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2006年9月30日 (土)

映画の好み

 私はけっこう映画が好きな方だと思う。
 でも、映画館で見る事はほとんど無い。
 たいていはテレビで放映される洋画などを録画してよく見ている。ごくたまにビデオやDVDをレンタルして来る事があるが、そんな事は年に何回も無い・・・

 

 昨日、本当に久しぶりに映画館に足を運んでみたけれど、その前に映画館に行ったのはいつが最後だったろう・・・
 別れたカミさんと一緒に行ったのが最後か・・・(苦笑)
 前妻と一緒に見たのは「バットマン」と、「ゴジラ VS キングギドラ」の2本だった。
 もしかして、「ダイ・ハード2」も見たんだっけ (?。?)
 でも、どっちが最初だったろう(?。?)
 私の記憶では「バットマン」なのだが・・・ (^^;
 20年近く経ってしまうとそのヘンの記憶もいい加減なモノだ(笑い)

 

 ところで、皆さんはどのようなジャンルの映画をよく見ているのだろうか・・・

 私の好みは、一般の方とはかなり違うのではないかと思っている。
 第一、ブームなどとはいっさい無縁だ(苦笑)
 例えば、「ハリーポッター」シリーズや「ロード・オブ・ザ・リング」などは映画のみならず小説としてもベストセラーになっているが、この類いのモノは受けつけない(笑い)

 いや、見ないというわけではない。世間で話題になっているものは一応は見てみる。しかし、私の好みには合わないので「ちっともおもしろくなかった」という結論になる。

 ちょっと前だと「スター・ウォーズ」が話題になった。日本でもファンは多く、エピソード3はシリーズ最終作という事で大きな話題にもなった。しかし、私はこのシリーズをそれほど評価していないし、おもしろいとは思わない。
 もちろんSF物は大好きだから「エイリアン」のシリーズとか「スタートレック」は大好きである (^^ゞ

 「ネバーエンディング・ストーリー」も退屈な映画だった。
 「ET」は少しだけ楽しめた・・・ (^^;

 

 邦画では、「釣りバカ日誌」はけっこうファンが多く興行収入もそれなりに稼げるシリーズだが、私はちっともおもしろいとは思わない。マンガだと好きなんだけれど・・・
 同じシリーズでも「男はつらいよ」は大好きなのにねぇ(笑い)

 

 「ダーティハリー」シリーズは好きだけれど、「48時間」シリーズはおもしろいとは思わない・・・
 「タクシー」シリーズとか「スピード」シリーズもちっともおもしろいとは思えない。

 

 う~ん、私の場合、好みの映画と好みじゃない映画との違いって・・・なんだ~・・・(?。?)

 

 ちなみに、私の好きな映画のベスト3

 洋画だと「エイリアン」シリーズ、「猿の惑星」「荒野の七人」

 邦画だと「砂の器」「幸せの黄色いハンカチ」「男はつらいよ」シリーズです (^^)v

 もっとも「猿の惑星」シリーズは、第1作のできが良かった分、2作目以降ははっきり言って駄作だと思います (^^ゞ

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2006年9月29日 (金)

フラガール

 昭和40年代に、福島県のいわき市に作られた「常磐ハワイアンセンター」の誕生秘話を描いたドキュメント映画ともいえる「フラガール」が今月から全国で上映されている。

仕事もなくてヒマだった (^^; ので、思い切って映画を見て気分転換でもしようと話題の「フラガール」を見るために久しぶりに映画館に出かけてきた。

 

 この映画は、時代に振り回されて、それでも生きていかなければならなかった地元の人々の、涙なくしては語れない悲哀を、女性たちの立場から描いたサクセスストーリーで、見終わった後にはぐっしょりと濡れたハンカチが手元に残る・・・
 私自身が福島県の出身であるから、常磐ハワイアンセンターは他人事ではない。
 できるまでの事はほとんど何も知らないが、できてからの事はよく知っている。

 

 炭坑の町というのは三池しかり、夕張しかり、多かれ少なかれどこでも似たような経緯をたどっているが、常磐炭坑も本州最大の炭坑町として長く栄え、特に戦前から戦後にかけては毎日がお祭りのような活気を呈していたという・・・

 しかし、昭和30年代も後半になると「黒いダイヤ」ともてはやされた石炭も、主役の座を石油に譲り、炭坑をとりまく状況は一変する事になる。
 石炭産業は坂道を転げ落ちるように没落の一途をたどり、同時に石炭に依存していた地域経済にも不景気という深刻な波が否応なしに押し寄せていった・・・

 今でいうところの大幅な「リストラ」を断行し、何とか倒産を先伸ばしにしようと悪あがきをする経営者に対し、行き場を失った多くの失業者たちと新たな新規事業を模索する会社の一部の人達が手を取り合って立ち上げたのが、石炭掘削の妨げとなって捨てられていた豊富な湯量を誇る「温泉」を逆手にとった「温泉レジャー施設」計画でした。

 

 当時の日本の為替レートは、1$=\360、単純に旅費も今の3倍かかるわけですし、所得も低かった当時では、一般の人達にとって海外旅行など夢のまた夢の事で「あこがれのハワイ航路」なんていう歌謡曲まであったくらいですから、常夏の楽園ハワイに対する人々の憧れは相当なものでした。

 そこで「温泉レジャー施設」の売り物として考えられたのが南国を象徴する「熱帯樹とフラダンス」でした。発想は安直でしたが、日本にハワイを作るという今風にいえばテーマパーク計画は悪くはないものの、あまりにも突飛すぎてなかなか地元の理解は得られませんでした。 (^^;
 しかし、ハワイアンセンターがりっぱだったのは、あくまでも町興しのために積極的に雇用対策としてこの事業を進めた事です。単に利益優先で経営するのならプロを雇って踊らせた方が手っ取り早くて効果も大きかったと思いますが、決してそういう安直な手段をとらなかった事で逆に細く長く営業を続けられる結果になりました。

 

 できて間もない頃の常磐ハワイアンセンターに行った事がありますが、確かに目新しさはありましたが、それほどおもしろいところでも楽しいところでもありませんでした。
 最初のうちこそ確かにもの珍しさも手伝って客は押し寄せましたが、リピーターを呼べるほどの魅力はありませんでした。あのままだったら他のテーマパークなんかと同じで、客足は次第に遠のき、経営難から閉鎖に追い込まれていたと思います。実際に昭和50年代に入ると客足は減っていきます。人間は、特に日本人は飽きるのが早いのです(苦笑)

 

 しかし、現状に満足する事なくハワイアンセンターの挑戦は続いた・・・

 50年代に入ると次々と新しい施設を増やし続ける・・・
 そして平成になって名称も「スパリゾートハワイアンズ」に変えた。過去の栄光にとらわれることなく、そして未来に向かって、心機一転の意気込みの現われだったように思う。

 

 そして、今、常磐ハワイアンセンターは名実ともにリピーターを呼べる「スパリゾートハワイアンズ」にと生まれ変わった・・・

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京葉線のトラブルに思う

20060929001  昨日の未明に、JR東京駅構内で起きた電気系統のトラブルにより、京葉線は始発から全面ストップ、千葉から都内方面へ向かう多くの利用客がバスや周辺各鉄道への振り替え輸送の利用を余儀なくされた・・・

 

 またか・・・ (__;)  昨日このニュースを朝一番で聞いた時にそう思った。つい先日、江戸川にかかる高圧線をクレーン船が切断して東京の大停電が起きたのも記憶に新しいというのに・・・ (ノ_-;)ハア…
 これが、大事故とか災害なんかで物理的に線路が使えないというのなら利用客も納得せざるを得ないのだろうが、輸送系統には何の異常も無いというのに、東京駅の変電所と信号機器室が焼けただけで電車が全く動かなくなってしまうというのも納得できない(怒り)
 一般的には、こういうトラブルの場合バックアップシステムが稼働して、事故による利用者への影響は最小限に留めるのが当り前だと思うのだが、全面復旧が8時間以上も経った午後1時過ぎ、それでも通常運行には程遠く、運転本数は多くの間引き運転をして帰宅の足にもまたまた大きな影響が出た (__メ)

 まる一日以上経った29日になっても京葉線の復旧は成らず、今朝も始発から東京―新木場間での運転を取りやめて通勤客は不自由を強いられた。

 とりあえず、先ほどの午前7時54分、京葉線は東京―蘇我間の全線で運転を再開したが、それでも運転本数は通常の7割程度で、通常通りのダイヤに戻るのは正午ごろになる見通しだという・・・

 

 思えば、首都圏とはいえ、千葉県の交通網は他県から比べると貧弱このうえない。これが神奈川や埼玉ならJR以外にも私鉄や地下鉄などの路線が縦横無尽に走っているので、仮に今回の様な事故が起きたとしても利用者は今回ほど大きな不便を強いられる事は無かったのだろう・・・
 そう思うと、千葉県というところは首都圏のへき地と言わざるを得ない・・・ q(`o')ブー!!

 だいたい、首都圏でありながら、千葉県には地下鉄が無い(笑い)
 「無い」と言ってしまっては正確ではないから語弊もあるが、やはり地下鉄は無いのである (^^;
 東京メトロの「東西線」や都営地下鉄の「新宿線」がそれぞれ千葉県の西船橋と本八幡まで走ってはいるが、東西線は地下鉄とはいっても荒川以東の路線は地下ではなく地上を走っている (^^; し、新宿線は江戸川以東は、終点の本八幡駅までのたった一駅区間の2km程度しか路線が無いわけだから、実質的に千葉県には「地下鉄」と呼べる乗り物は無いに等しいのである。
 また、これとは別に東京メトロの「千代田線」もあるが、これはちょっと特殊な路線なので千葉県を走る地下鉄とは言い難い。千代田線は路線図を見ると茨城県の取手まで路線がある事になっていて、松戸や柏などの千葉県内の駅も在る事にはあるが、実際には都内の北千住以北の路線はJR常磐線の線路上を走っているので、正確にいえば相互乗り入れをしているという形である。実質的に千代田線は綾瀬駅までの路線を指していて、それ以北は常磐線なのである。

 

 一応、建て前は国際空港を抱える国際都市というのが千葉県のうたい文句ではあるが、交通網を見る限りその実情は国際都市などと呼ぶには程遠く、はなはだ淋しい限りなのである(笑い)
 そこに住む者としては、なんとかならないのかなぁ・・・と常々思っている。

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2006年9月27日 (水)

丹波哲郎が逝く・・・

 先日、俳優の丹波哲郎が肝炎のために84歳で他界した。正直、年齢不詳のようなところがあったので、亡くなったというニュースに驚くと同時に、84歳という年齢にも驚かされた。

 

 丹波哲郎といえば「キイハンター」か「Gメン’75」というイメージがついてまわる。もちろんホームグラウンドは映画なのだが、前出のテレビドラマで広く茶の間に顔を売った事でより幅の広い活躍の場を得た。

 邦画はハリウッドに代表される洋画に比べると作品の規模も質も見劣りがして、アニメか動物ものでないとヒットしないなどと陰口を言われる事も多いが、私が一番好きな邦画である「砂の器」にも主役として出演していた。この時の相棒の若手刑事が森田健作だった。作品そのものももちろん素晴らしいのだが、この映画の見どころはやはり日本海沿岸の圧倒的な大自然と終盤の「宿命」の演奏であろう。テーマが重いが、私は18歳の時に初めてこの映画を見て、以来数回は映画館に通った。同じ映画を繰り返し映画館で見たという経験は、後にも先にもこの「砂の器」だけである。すでに30年以上経過した映画ではあるが、この映画は今でも十分に鑑賞に耐えうる秀作だと思う。

 

 彼が出演した映画は、エンドロールに名前が載っているものだけでも優に300本を超える・・・
 お茶目なところもあったので、チョイ役でスクリーンをかすめる事も多く、そういう作品には丹波哲郎の名前は残っていないので、その手の作品を含めると出演した映画は400本とも500本とも言われて、その数ははっきりしない(笑い)
 出演をめぐるエピソードもいくつもあり、諸葛孔明にならって、出演依頼は二度断り三度目に応諾するとか、5ページ以上台詞のある仕事は受けない、などは有名なところかな(苦笑)
 近年出演する映画やテレビドラマでは、出演者のクレジットはいつも最後に登場するか、「特別出演」となっていることが多かった。キャリアや年齢、役柄からそうなっているのか、その様な待遇でないと出演しなかったのかは定かではない (^^;

 

 撮影の際にもかなりのワガママを通した事で、武勇伝には事欠かない。台詞を覚えない事は有名だが、自分の台詞以外の部分は台本を読まないとか、台本を隠し読みしながら演技をするようなこともあったという。
 蛇足ではあるが「丹下左膳」という右目、右手が無い剣士の役を演じる際に、殺陣がやりにくいからという理由で、左手・左目がないことにして右手で刀を持つ、という提案をして周囲を驚かせた。歴代の丹下左膳の中でも右手で演じる丹下左膳は「丹波左膳」のみである(爆笑)

 

 遺作ともなった公開中の映画「日本沈没」では、ヒロインの柴咲コウの祖父役で出演しているが、写真のみの出演で実際には演技はしていない。
 1973年に作られた「日本沈没」の中では総理大臣という重要な役で出演していたので、今回のリメイクにも敬意をはらっての出演となったという。

 

 しかし、丹波哲郎といえば最近では俳優というよりも“霊界の宣伝マン”としてのキャラの方が有名だったように思う(苦笑)
 約40年間研究を続けたという死後の世界についての著書は60冊以上にもなるし、自ら手掛けた映画「大霊界」シリーズはあまりにも有名だ(笑い)

 亡くなった方に対してこういう物言いは不謹慎ではあるが、自ら「死は怖くない。天国は素晴らしいところ」と語っていた丹波哲郎・・・
 先月に入院した際にも、「現世以上に素晴らしい世界」へ帰ることが「楽しみ」と周囲に語り、息を引き取る直前まで、明るくふるまっていたという。

 豪放な人柄と演技、天性の明るさで霊界についても愛きょうたっぷりに語るちゃめっ気で、幅広い世代に親しまれた丹波哲郎は、24日の夜に容体が急変して、眠るように静かに憧れの「大霊界」へと旅立った・・・

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2006年9月26日 (火)

帰ってきたつま恋

 9月23日に吉田拓郎とかぐや姫の三人の、計四人が静岡県掛川市のリゾート施設「つま恋」で31年ぶりに野外コンサートを行った。

 かつて、この四人が1975年8月2日の夕方から3日の未明にかけて行った12時間にもおよぶ「つま恋コンサート」は、5万人という観衆を集め、後に“炎の12時間”と呼ばれフォーク界の伝説となった。

 その再現ともいえるつま恋でのライブが、31年という年月を経て同じメンバー、同じ場所で開催され、3万5千人のファンと共に「同窓会」ともいえる宴を楽しんだ。
 31年前は熱気と殺気と狂気が会場を包んだが、今回は主催者側も観客たちも歳を重ねたため、大人の空気が会場を覆っていたという・・・
 拓郎も還暦を迎え、かぐや姫の三人を加えた四人の平均年齢は58歳、観客の平均年齢も49歳・・・広場を埋めた見渡す限りのおじさん・おばさんの集団は、野外ライブではあまり見ない珍しい光景だ(笑い)

 団塊の世代の宴は8時間にわたり、それぞれがそれぞれにあの頃の思いを懐かしみ、今の自分をあらためて見つめなおしていた・・・

 この日の模様はすでにNHKのハイビジョンで中継されたが、来月の下旬にはBS2で放送が予定されているし、総合でも年内には放送を予定しているという。
 また、12月20日にはDVDの発売も予定されてもいる。
 昨年発売された1975年のコンサートDVDは買ったので、今回のDVDも買おうかな (^.^ゞポリポリ
 私にとっては、語りつくせないほどの思い出がある四人の姿だから・・・

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2006年9月23日 (土)

青春のうた Best Collection その9

 みなさん、どうもです (^^)/
 今回も収録曲に沿って当時の思い出をつれづれに(^^;・・・
 お付きあい頂ければ幸いです。

             《収録曲》
Sbc009 1:チャンピオン/アリス
 2:わかって下さい/因幡晃
 3:海岸通/イルカ
 4:春の予感~I've been mellow/尾崎亜美
 5:虹とスニーカーの頃/チューリップ
 6:HERO(ヒーローになる時、それは今)/甲斐バンド


 「チャンピオン」はアリスを代表するヒット曲の一つ。それまでの曲とは一線を画するこの曲はアリスのツインボーカルを象徴する一曲でもある。
 「You're King of Kings」というサビの一節はあまりにも有名なので、誰しもマネをして歌った事があるんじゃないかな(笑い)
 ちょうどこの曲がヒットする前の年に、シルベスター・スタローンの「ロッキー」が公開されていましたので、この曲が作られた背景にはそういうものの影響もあったような気もします。

 「わかって下さい」はヒットしましたよね。フォークとかのワクを超えて日本中でこの曲がかかっていた事もあったんじゃないかな(苦笑)
 でも、流行っていた期間はアッという間でしたけど・・・ (^^ゞ
 因幡晃もイイ曲は少なくないようですけど、結局ヒットしたのはこの曲だけだったみたいですね、彼も一発屋の一人なのかな。
 今頃聞くにはイイ曲なんじゃないでしょうか・・・

 「海岸通」は一般的にはイルカの曲で知られていますけど、私は風の方のアルバムで知っていたので当然風の方のバージョンが好きです。やっぱり、シングルで発売されないと知名度は低いですね(苦笑)
 イルカは、この曲の他にもデビュー曲の「なごり雪」や「雨の物語」などの伊勢正三作品を歌っていますが、いずれもヒットしてますね。作品が良いからなのか、歌い手に魅力があるからなのか・・・両方ですね、きっと(笑い)

 「春の予感~I've been mellow」は尾崎亜美のバージョンはかなり後になってから知りました。私等の世代ですと、やはり南沙織が歌っていたというイメージの方が強いと思います。でも、耳に馴染んでいるのはオリジナルの尾崎亜美の方なのかな。何しろ南沙織の方は芸能界に居た期間が短かったですから。

 「虹とスニーカーの頃」は当時はそれほどでもなかったんですが、スルメのように後からジワジワと曲の良さがわかるようになって、今では大好きな曲です。二十歳前後の私には、まだ「若かった 何もかもが・・・」という歌詞に実感が湧かなかったのだと思います。

 「HERO(ヒーローになる時、それは今)」はCMソングの走りのような感じで、それこそ毎日のようにテレビから聞こえていました。私の十代の終わりに巷で流行っていた曲です。
 この曲と同時期にヒットしていたCMソングに、堀内孝雄の「君のひとみは1000ボルト」があります。HERO にはジェームス・ディーン、君のにはジャンヌ・ダルクと、どちらも歌詞の中に有名人の名前が入っているのも共通点の一つです。

 以上・・・(^^ゞ 

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2006年9月21日 (木)

独酌(酒場にて)

 悲しさ辛さ 紛らすために また苦い酒をあおってる
 今日の全てを忘れるためには あと何杯飲めばいいのだろう
 今夜独りで飲む酒は ただ酔うためだけの酒
 飲めば飲むほど よけいに心は 空しくなると十分わかっていても
 酔い潰れてでもいなければ 夜は独りじゃ淋しすぎて
 夜は独りじゃ・・・淋しすぎて

 

 酔ったオッサン ママに絡んでる・・・ 
 イイ歳をして情けないね
 これが明日の俺かもしれないなんて 横目で見ながらふと思う
 今夜酒場で飲む酒は ただ酔うためだけの酒
 飲めば飲むほど よけいに心は 空しくなると十分わかっていても
 酔い潰れてでもいなければ 夜は独りじゃ淋しすぎて
 夜は独りじゃ・・・淋しすぎて

 

 いろんなヤツがやって来る 今が辛いと逃げて来る・・・
 せめて今だけ 酒にこの身を委ねて 夜はゆらゆら更けてゆく
 今夜涙で飲む酒は ただ酔うためだけの酒
 飲めば飲むほど よけいに心は 空しくなると十分わかっていても
 酔い潰れてでもいなければ 夜は独りじゃ淋しすぎて
 夜は独りじゃ・・・淋しすぎて

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2006年9月20日 (水)

サッカーボール?

20060911006  仕事でよく利用する成田空港の中に珍しいものがある。

 

 ちょっとした塔の上に乗っかっている大きな丸い球体・・・
 見ようによってはビルの上なんかでよく見かける給水タンクのようにも見える。
 しかし、この形と模様・・・
 見ようによっては、まるで巨大なサッカーボールのように見えませんか(笑い) 

 

20060911002 実はこれ、「ドップラー・レーダー」といって、気象レーダーの一種なのですが、一般の気象レーダーよりも高機能かつ高性能に作られています。成田に限らず、空港にはたいてい複数のドップラー・レーダーが設置されています。
 私には構造とか原理とかの詳しい事はわかりかねますし、そういう難しい事をここで解説してもおもしろいような話題ではないと思いますので割愛しますが、これによって空港の周囲の雲の様子や風の具合なんかを詳細に観測して機長に連絡し、航空機の離発着の際に不測の事故が起こらないように備えています。

 ちょっと注意して身の回りを見渡してみると、けっこうおもしろいモノが見つかるモンですね(笑い)

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2006年9月19日 (火)

今場所の安馬は素晴らしい

 東の前頭6枚目の安馬が今場所絶好調だ!
 今日10日目を終わって9勝1敗と横綱の朝青龍と並んで優勝争いのトップを走る!

 

 安馬は小兵ながらも常に真っ向勝負のけれんみのない取り口が魅力の力士だが、いかんせん軽量ゆえに跳ね返される事も少なくなかった。
 しかし、今場所の安馬は一回り体が大きくなったようで、立ち会いでしっかりと当たれるようになったのが大きい!
 こうなるとこの力士はうるさい(笑い) しっかり相手の体に組みついて、あの手この手で攻めて来る。今場所、見ていて一番楽しい力士かもしれない。

 

 この力士、もしかして大化けするかもしれないと思わせてくれる雰囲気を漂わせ始めてきた。場内のお客さんにもそのヘンが伝わって来るのだろう、彼に送られる声援や拍手も日を追うごとに大きくなっている。今では高見盛に負けないくらいの声援が送られている。

 三役くらいには定着できるかも、いや、もしかして大関だって夢じゃないかもしれない。かつての名大関の貴ノ花のような強靱な足腰や、大関に上がってきた頃のウルフと呼ばれた千代の富士を彷彿とさせる闘志を剥き出しにした土俵スタイルは、他の力士にはちょっと見られない夢を感じさせてくれるおもしろい力士だ。

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吉野家

20060919001  昨日の18日、牛丼大手チェーンの「吉野家」が、アメリカ産の牛肉の輸入再開を受けて約2年7ヶ月ぶり(昨年2月に1日だけ販売しており、それ以来だと約1年7ヶ月ぶり)に限定100万食を全国の店舗で販売した。多くの店では長蛇の列ができ、夕方までに予定数を完売する店が相次いだ。

 

 こんなニュースが昨日一日いろんなメディアで取り上げられていたが、たかが牛丼になぜこんなに大騒ぎするのか理解に苦しむ・・・ (__;)
 全国一の売り上げを誇る有楽町店前には、午前11時の販売開始を前におよそ100人の吉牛ファンが並んだ。問題なのはそれを取り囲むように集まった150人を超える報道陣だ (ノ_-;)ハア…
 それぞれのカメラやマイクが集まったファンに対して向けられる。イイ映像を、美味しいコメントを求めて・・・
 そしてそれらの映像や記事がさっそく全国に向けられて発信されていく・・・

 

 マスコミの質も落ちたなぁ・・・
 米国産の牛肉の報道なら他にも切り口があるんじゃないのか?
 なぜいつも吉野家の動向にはこんなにも過剰に反応しなければならないんだ?
 タダでこんなニュースを繰り返し、繰り返し流すなんて、下手なCMよりよっぽど宣伝効果あるじゃん・・・(怒り)
 吉野家D&Cから政治家やマスコミに金でも流れているんじゃないのかと勘繰りたくもなるような扱いじゃないか。

 

 このところのマスメディアは、数字が全てという悪しき風潮が蔓延している。テレビやラジオは「視聴率」や「聴取率」の奪い合いに躍起だ。その結果、目先のインパクトだけはあるけれど、内容の伴わない薄っぺらな番組ばかりが目立っている。
 テレビがつまらないという声を聞くようになって久しいが、改善される気配はいっこうに見られない・・・
 数字が取れなければスポンサーは逃げる。結果番組は打ち切りに・・・ こんな悪循環をいつまで繰り返すのか・・・

 

 もっと腰の座った中身のある番組を作れないのかい!
 他人が牛丼を食べている映像なんて、何が悲しくて見なきゃいけないのか(苦笑)

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2006年9月18日 (月)

高気圧と低気圧

20060918001  テレビなどで天気予報を見ていると、天気図をご覧になる機会があると思います。で、その中に記入されているのが「高気圧」と「低気圧」というモノなんですが、それほど気にしている方は少ないと思います(苦笑)
 一般的な感覚では、「高気圧」だと天気は良くて「低気圧」だと天気は悪い・・・くらいの認識かな(苦笑)

 

 高校生の時に山岳部にも在籍していた私は、その時に必要に迫られて少しだけですが天気図を勉強しましたので、若干ですが天気図が読めます (^^ゞ
 もちろん、気象予報士みたいな本格的なものではありませんが・・・
 天気図を書くために、ラジオの気象情報を聞いて「南大東島、南南西の風、風力2・・・」なんて各地の数値を聞き取るなんて事もよくやりました(笑い)

 

 今、台風13号が日本海を北上中です。台風は低気圧の中でも特に勢力が大きいもので、今朝の6時の時点の中心気圧は 970hpa と発表されています。
 さらに南の海上には台風14号が発生していて、中心気圧は 994hpa という事ですが、この二つの台風を単純に気圧の数字だけで比較した場合、どちらの台風の方が大きくて強い台風だと思いますか?
 低気圧は、その数字が小さいほど大きなモノと判断できますから、今回の場合では13号の方が大きくて強い台風という事になります。
 950hpa とか 945hpa くらいの数字になりますと、相当勢力の強い巨大な台風と呼ばれる事になります。

 

 では「高気圧」と「低気圧」の境目はどのくらいだと思いますか?
 数字のキリがいいから 1000hpa 以上が高気圧で、それより下が低気圧とか・・・ (^^; 一般的にはそういうふうに何か境目があるんじゃないかと思っている方が少なくないと思いますが、実際には周りよりも気圧の高いところが高気圧と呼ばれ、低いところが低気圧と呼ばれるだけで、ここから・・・というような境目となる基準の数字はありません(苦笑)

 

 次に、「高気圧」は時計回りに風を起こし、「低気圧」は反時計回りに風を起こします。(地球の自転の関係で北半球に限りますが)
 冬になると、「西高東低」なんてことばを耳にする事が多くなります。日本列島の西側に大陸からの高気圧が張り出し、東の海上には低気圧がある状況です。この時には高気圧が時計回りに風を起こしますから日本列島には北風が吹く事になります。また、低気圧は反時計回りに風を起こしますから日本列島にはやはり北風が吹く事になります。
 冬には北風が吹く事が多いんですが、西高東低の気圧配置になると条件が倍加するので、より強い北風が吹き、悪天候になる事が多くなります。そしてこの時の北風が日本海側にたくさんの雪を降らせ、山を超えて太平洋側に吹く頃には湿気を無くして乾燥していますから、晴れる事が多いわけです。

 

 高気圧と低気圧の事がちょっとだけでもわかると、天気図を見る目も少し変わって来ますよ (^^)/

 蛇足ですが、「台風」ということばは英語の「typhoon」に台風という漢字を当てただけのもので、本来の日本語ではありません。それまでは「野分(のわき、のわけ)」とか「颶風(ぐふう)」と呼ばれていました。もっとも、この辺については諸説あるようですが(笑い)

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2006年9月17日 (日)

今日の大相撲中継

 今日の秋場所の中日八日目、テレビの中継ではおもしろい企画を放映していた。

 「星野 北の富士”プロフェッショナル”を語る」というタイトルで、解説に五十二代横綱の北の富士勝昭、ゲストに現阪神タイガースシニア・ディレクターの星野仙一を迎えての辛口対談・・・
 お互いに一時代を築いた大スターであり、引退後も若手の育成に惜しみない貢献をして来た二人だ。語られることばには自然と重みがこもり、熱を帯びて来る・・・
 本当に聞き応えがあった。
 もとより北の富士の解説は、歯に衣着せぬ物言いで定評があり、私は一番好きな解説者として尊敬している一人だ。

 残念ながら、総合ではニュースなどに代ってしまってカットされたところもあったようだが、BSではその間も二人は延々と語り続けていた。
 星野さんは、昨日の朝青龍と把瑠都との取り組みのスピードを、赤星が盗塁を決行する際のものと重ね合わせるなど、野球人としての立場から大相撲を大胆に切っていた(笑い) 
 対談の冒頭の方には、20年前に二人がNHKのスポーツニュースで顔を合わせた時の貴重な映像まで流してくれた。

 イイなぁ、NHK、頑張ってるじゃん。こういう企画ならドンドンやってほしいものだ (^^)v  スゴイ得した気分・・・見直したぞ、NHK。

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宮ヶ瀬ダム

20060911005  神奈川県の北西部、丹沢山地と相模平野の境目あたりに「宮ヶ瀬ダム」は在る。

 このダムによってできた人造湖である宮ヶ瀬湖は、4.60 平方キロもある大きなもので、東京都心から約50km、横浜や川崎の市街地からでも約40kmという近さの場所にあるわりには異例ともいえる規模の、名実ともに首都圏最大のダムである。

 

 私が幼少の頃、三才から六才までの3年間を、父の仕事の都合で宮ヶ瀬で過ごした事があったので、小学校の入学を控えた私等兄妹が母と一緒にこの地を離れて会津に戻った後も、このダムの建設については無関心では居られなかった。

 もっとも、住んでいたとはいっても遠い昔の事でもあるし幼い子供の頃の事でもあるから、宮ヶ瀬での暮らしについてはそれほど鮮明な記憶が残っているわけではない。
 ただ、大きな橋のたもとに住んでいて、橋の反対側にある雑貨屋に十年玉を握りしめてよくチョコレート菓子を買いに走って行った事を覚えている・・・
 でも、その後も父はずっと宮ヶ瀬で仕事を続けていたので、私が成人になってからも何度か宮ヶ瀬の父の許を訪れた事はある。

 

 この地にダム建設の計画が持ち上がってから、実際に建設が始まり、今に至るまでには計りしれないほどの困難と関係者の苦労が有った。特に水没する旧村274の全世帯の不安と不満は、とてもことばでは言い表す事はできない・・・
 

20060911004

 湖底に沈む前の宮ヶ瀬の集落 中央に宮ヶ瀬小学校が見える

 

 やがて「宮ヶ瀬」の名前はダムとともに悪い方の意味で有名になり、一人歩きを始めて行く・・・
 「ムダなダム」の代表みたいな扱いで、各方面でよく引き合いに出されたりもした。
 しかし、本当に宮ヶ瀬ダムは巨額の金を使って自然を壊し住民に犠牲を強いただけのムダなダムだったのだろうか・・・

 

 1982年後半から水役者の移転が始まり、1989年にはダム堤体工事に着手。1995年から試験湛水が始まり、1998年6月には「宮ケ瀬湖」は満水になった。

 1996年12月、移転者に対して生活再建実態調査が行われ、この調査で移転後の居住地の感想を「良くなった」と評価している者は84%だったと報告された。

20060911003  また、芝生広場にある高さ28mの自生のモミの木は、今や「日本一のクリスマスツリー」として年末には多くの観光客を集めている。

 湖畔の自然を再生し守る一方で、商業地域と住宅地域とをきちんと区画し、乱開発を避ける努力はしっかりと行われた。
 周囲には多くのレクリエーション施設や土産店、飲食店等の観光施設も作られた。

 

 都心から日帰り圏に在るという立地を活かして、完成したダムを観光の目玉にと積極的にPRして現在に至るが、宮ヶ瀬の在る清川村の歩んで来た歴史と政策、そして関係者の努力はある程度評価されても良いようにも思うのだが・・・

 多くの方の、様々な思いを他所に、宮ヶ瀬ダムは今日も満面の水を静かに湛えている・・・

http://www.town.kiyokawa.kanagawa.jp/sankan/map_miyagase.html

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2006年9月15日 (金)

秋の味覚

 今日、いつものスーパーの総菜のコーナーに「松茸ごはん」という名前のお弁当が並んでいた。いつも同じような弁当を買って食べているので、今日は思わず手に取ってしまっていた (^^;

 

20060915001  今日の晩ご飯は買って来たお弁当ではあるけれど、ちょっぴりリッチ (^_^)V。
 ささやかではあるけれど、松茸と栗が乗っかっていて、これは確かに秋の味覚~ ( ^-^)/ ♪

 

20060915002  そして、同じスーパーで買って来た晩酌のツマミ・・・ (^^ゞ
 今夜はお酒も進みそう(笑い)

 

 ところで、これからの季節には「食欲の秋」ということばがよく聞かれる。確かに秋にはいろいろと美味しい旬の食べ物が多い。ついつい食べ過ぎてしまう事も少なくない。でも、どうして秋になるとこんなに食欲が出て来るんだろう・・・(?。?)

 人類がまだそれほど進化していなかった原始時代と呼ばれる遠い昔、冬の間は食料となる食べ物がどうしても少なくて、飢える事も少なくなかった。だから冬が近づくと人々は一生懸命に食べ物を口に運び、体に脂肪を蓄えて冬に備えたという。ちょうど冬眠する前の熊がそうするように・・・ (^^;
 その頃の記憶が人類のDNAにしっかりと組み込まれているので、秋になると自然と食欲が増えるのだという事をどこかで聞いた事がある・・・

 ホントのところはどうなんだろう・・・(笑い)

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両国国技館に台風上陸

 なんじゃ~こりゃぁ~・・・  (゚◇゚;)!!!・・・

 今日行われた大相撲の秋場所6日目、1横綱5大関の上位陣全てが総崩れで破れてしまうという大波瀾で終わった・・・
 長い事大相撲を見て来ているけれど、こんな事っていつ以来なんだろう・・・って思ったら、史上初だという・・・ (__;)

 ○稀勢の里 寄り倒し 朝青龍×
 ○安 美 錦 外 掛 け 白 鵬×
 ○琴 光 喜 寄り切り 千代大海×
 ○ 雅 山  突き出し 魁 皇×
 ○ 出 島  突き落し 琴欧州×
 ○把 瑠 都 叩き込み 栃 東×

 勝負は時の運とも言うし、こういう事も有るのかもしれないが、いくらなんでもこれはないだろう・・・ (ノ_-;)ハア…  横綱・大関の面目丸つぶれだ・・・

 見事だったのは、稀勢の里と安美錦の両者。稀勢の里は横綱と真っ向から組み合っての寄り倒し、一方の安美錦は白鵬に終始突っ張られるも白鵬がマワシを取れずに安易に小手投げに来たところを体を寄せて外掛けで土俵に倒した。さすがは勢いの有る若手と相撲巧者だけのことはある。

 逆に、情けなかったのは、魁皇と栃東の二大関。どちらも相撲を取らせてもらえずに魁皇は一方的に土俵から突き出され、栃東はバッタリと土俵に這いつくばった・・・

 特に魁皇はもう完全に賞味期限が切れている。来場所は地元の九州だから今場所引退する事はないだろうが、おそらく明日以降は体調不良で休場、九州場所では星次第で場所中に引退という青写真が見える (__;)
 横綱と同等の実力が有りながら、ノミの心臓ゆえにことごとく綱取りに失敗して、大関として土俵を去る事になる魁皇・・・思えば、つくづく運のない大関だった・・・
 初土俵は昭和63年の春場所。同期には若乃花・貴乃花の兄弟や曙などのいずれも一時代を築いた横綱達が居た。
 結果的に横綱になれなかった事で、同期の中では一番長く土俵を勤める事ができた。皮肉な事だが・・・

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2006年9月14日 (木)

うっちゃり

20060914001  私の大好きな決まり手に「うっちゃり」がある。その性格上あまり誉められた技ではないが、土俵際に追い詰められた力士が、攻め込んだ力士を自分の体の上に乗せて後ろに反り返りながら投げ捨てる逆転技で、勝負の行方もさる事ながら、最後まで勝負をあきらめないという執念が感じられる点が好きな理由だ。

 

 しかし、かつては時々目にしたこの技も、力士が大型化するにつれて目にする事が少なくなってしまい、最近ではまず見られない。
 これはなぜかといえば、自分の体の上に相手の体を乗せて後ろに投げ捨てるわけだから、相当に強靱な足腰がなければ、二人合わせて300kgを超えるような荷重に耐えられずにそのまま潰れてしまうからだ。実際に技をかけたものの決め切れずに潰れてしまった取り組みもいくつか見た事がある。

 

 今日の秋場所で久しぶりにそのうっちゃりを見た。中入り後の最初の一番、春日錦-豊桜の一番の事である。土俵際まで追い詰められた豊桜が見事に春日錦を右後方へとうっちゃって勝ったのである。

 決まり手そのものも珍しかったが、その切れの良さもあざやかなうっちゃりであった。う~ん、これぞ大相撲! こういう一番が増えてくればファンも大喜びだろうなぁ。 (^^)v

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神に愛された男達

 昨日、5月の試合中に左手首を骨折して戦列を離れていたヤンキースの松井秀喜が、4カ月ぶりにメジャーの試合に復帰した。
 リハビリを含めて長く実戦から離れていたワケだから、メジャーに復帰したとはいえ、はたしてどのくらい調子が戻って来たのか、誰もが昨日の松井を不安な目で見ていたはずだ。もちろん私も・・・

 

 松井は昨日のデビルレイズ戦に「8番・DH」で先発出場した。しかし彼の第1打席はいきなり1回の攻撃から回って来る・・・ (^^;
 1死一、三塁で迎えた復帰第1打席。本拠地ファンのスタンディングオベーションが松井に贈られる。球場を、そして松井を拍手と歓声が包む・・・ そして松井の打球は詰まりながらもセンター前にポトリと落ちる見事なタイムリー安打となった。これでチームは5点目を挙げ、デビルレイズの先発コーコランは初回1死を取っただけでKOとなってしまった・・・

 その後も松井の勢いは止まらない・・・
 第2打席は痛烈なライト前への安打。第3、第4打席は詰まりながらもセンター前へ安打を放ち4打数4安打。8回の第5打席は四球で歩き、ここで松井に代走が送られてお役ごめん。
 結果、4打数4安打1四球で、5回の打席全てで出塁するという離れ業を演じてチームの勝利に大きく貢献、自らの復帰第1戦を華々しく演出した。

 しかし、昨日のデビルレイズの投手陣は先発のコーコランを始め若手が主体で一線級の選手ではなかったから、昨日の松井の活躍も割り引いて見なければいけないなどとしたり顔で解説する者もいる始末・・・ (__;)  わかってないなぁ・・・(怒り)

 たとえそうであったとしても、相手も来季に向けて必死にアピールしている選手なんだよ、仮に松井の調子が万全であったとしてもそうそう打てるモンじゃないって事をわかってほしいなぁ。
 昨日の松井は、実力はもちろんだが、運も味方にしていたと思わずにはいられない。「運も実力のうち」とは昔からよく言われて来たことばだ。どんなに実力があったとしても運が伴わなければスター選手になどなれるわけはないのだ。そして、その運を左右できるのは他ならぬ神だけだ。神に愛されてこそ初めて人はスターへと成り得る。

 

 イチローが良い例だろう。彼が1992年に最初にプロとして入ったチームは日本のオリックスというパ・リーグのチームだった。当時の監督は土井正三・・・いわずと知れた巨人V9を支えた名2塁手である。とかく巨人出身の監督やコーチは型にはめたがる傾向がある。イチローの打撃フォームを見て徹底的に扱き下ろし、オレの言うとおりに直さない限り使わないという事で2年間ずっと二軍暮らしが続いた・・・
 その後、土井は成績不振と選手たちからもファンからも愛想を尽かされた事で監督を解任された。

 土井の後を継いで1994年に監督になった仰木彬は、二軍で好成績を残しているイチローにさっそく目を付けて開幕からずっと1軍で使い続ける・・・ もちろんあの振り子打法のままでだ。
 以後のイチローの活躍はご存知の通りだ。その年から光を放ち、プロ野球記録を次々と塗り替えて行った・・・

 もし、あのまま監督が土井のままだったら・・・イチローは鈴木一郎という原石のままで、光輝く事もなく野球界から消えていったかもしれない・・・

 

 松井秀喜、鈴木一郎、彼等は間違いなく神に愛されて輝きを放ち、スターになった男達だ・・・

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2006年9月13日 (水)

青い三角定規

 私等40代も後半以上となる世代の方々にとってはなんとも懐かしい名前がニュースで流れて来た・・・

 「♪君は 何を今 見つめているの・・・」のフレーズで知られる、ミリオンセラー「太陽がくれた季節」を歌った3人組フォークグループ「青い三角定規」は、日本テレビ系ドラマ「飛び出せ!青春」の主題歌として1972年に同曲を大ヒットさせた事で日本中に名前が知られるようになった。そして同年の日本レコード大賞新人賞を獲得し、NHK紅白歌合戦にも初出場して、一躍お茶の間の人気者になったが、その後に出した曲はいずれもパッとせず、3人の目指す方向性の違いもあって翌年にはあっさり解散してしまった。世に言う「一発屋」と呼ばれる芸能人の典型的な一例だ (^^;

 その「青い三角定規」が33年ぶりに本格的に活動を再開すると発表してかつてのファンを驚かせたのが9月11日、その同じ日にメンバーの一人が業務上過失傷害と酒気帯び運転の道交法違反の疑いで逮捕されていたことが昨日報道された。

 こういう形でかつてのアイドルの名前を聞く事になろうとは・・・残念でならない (__;)

 

 解散後の三人は、西口久美子は歌手、女優、司会などマルチな活動を展開。岩久茂は作曲家に、高田真理は芸能界からは遠ざかっていた。
 そのメンバーの一人である高田が、11日の夕方、埼玉県の入間市内にある交差点を原付バイクで右折しようとして、直進してきた自転車の女性をはねて、女性は全治1カ月の重傷を負った。高田はカラオケ店で酒を飲み、自宅へ戻る途中だったという・・・

 道路交通法が改正され、飲酒運転に対しては厳罰で望むようになって久しいが、飲酒運転による交通事故は改正後に一時確かに減ったものの、昨年あたりから再び増える傾向にある中での今回の事故、おそらく彼の心の中にはミニバイクだからというような甘えも在ったのではないかと思う・・・

 

 33年ぶりの活動再開にも水を差し、かつてのファンの心をも裏切った今回のニュース、本人は今、どのように考えているのだろうか・・・

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2006年9月12日 (火)

斎藤の大学進学に疑問

 今年の甲子園大会で初優勝した早実の斎藤佑樹投手が、昨日の記者会見で大学進学を希望すると発表した。

 

 世間的には、この決断を好意的に見ている向きもあるようだが、本当にこれで良いのだろうか・・・
 大学に進学しても野球を続ける事に変わりはないのだろう。それならば少しでも早く、よりレベルの高いところに活躍の場を求めるべきだ。穿った見方をすれば、甲子園で活躍したからといって必ずしもプロで成功するとは限らないわけだから、そういう時のために「大学卒」という保険が欲しいだけなんじゃないのか?

 

 昨日、このニュースを耳にして思い出した選手がいる。
 国見の天才ストライカー「平山相太」だ。

 彼も、2003年度の全国高校サッカー選手権大会で国見高の中心選手として得点を量産し、大会史上初の2年連続得点王となった。
 高校卒業後は、Jリーグだけでなくヨーロッパの強豪クラブからも誘いが来ていたものの、全てのオファーを断って2004年4月に筑波大学に進学してしまった・・・
 この時には、教員免状が目当ての若者らしくない消極的な選択として一部からは非難もされた。

 

 その後の彼はどういう道を歩んだのだろうか・・・ 

 翌年には練習生としてオランダに留学、直後に1部昇格をしたばかりのヘラクレスに3年契約で入団、筑波大学の方は休学という措置をとった。

 さらにその翌年である今年の4月「サッカーに専念するため」として、休学中であった筑波大学を自主退学。プロサッカー選手としての道を歩みはじめる・・・

 

 結局、平山の選択した大学進学ですが、実質1年少々通っただけで休学、そして退学となるわけで、彼がサッカーを続ける事は最初からわかっていたわけだから、大学進学はただの遠回りという結果にしかならなかったという事になる。

 

 余談だが、プロになった平山は半年でヘラクレスを解雇され、一昨日の10日にJリーグ1部のFC東京と正式に契約を結んだ(笑い) 

 別にオランダのサッカーのレベルが高かったから解雇されたわけではない。平山自身に向上心が足りなかっただけだ。

 厳しい言い方かもしれないが、「古いタイプのFW」という殻を破れない限り、Jリーグでも生き残るのは難しいように思う。

 

 斎藤が似たような道を歩むとは限らないが、スポーツ選手の賞味期限は短い・・・
 旬の今が売り時なんじゃないのかと思えてならない・・・ (__;)
 松坂大輔を見習え! 彼に続け! と声を大にして言いたい。

 

 大学進学の目的は何だ?
 明確な目的を持っての進学ならばそれはそれで意味もあるのだろうが、そうでないのならば大学進学は斎藤にとっては何のメリットも無いと思わずにはいられない・・・

 これが斎藤ではなくて、他の選手なら全く話しは違う。
 高校よりハイレベルな大学の場で、さらに精進して大きく成長すれば良いだけの事。

 大学での4年間が彼の人生においてムダな4年間にならなければいいのだが・・・

 

 これに対して、駒大苫小牧の田中将大投手は、今だ態度をはっきりさせてはいないが、おそらくプロ入りは間違いないだろう。一足先にプロの世界に身を投じ、4年後にどれだけの差になっているか斎藤に見せつけてやるのもおもしろいかもしれない。

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2006年9月10日 (日)

大相撲秋場所初日を終えて

 いや、驚いた・・・ (^^;
 何がって、これじゃまるで先場所の再現じゃないか(笑い)
 大関の白鵬と関脇の雅山が二人揃って初日に黒星発進だ。
 その他にも、魁皇と栃東の二大関も破れ、前頭筆頭の把瑠都も破れるという、今日の初日は大波瀾の幕開けとなった。

 先場所は、白鵬は綱取り、雅山は大関復帰と、この話題の二人を中心に回るはずだった。しかし、中日までに雅山は4敗と精彩を欠き、千秋楽を終えた成績は白鵬が13勝2敗、雅山は10勝5敗で共に昇進は見送られ、今場所に望みをつなぐ形になった。

 そんな中で迎えた秋場所だ。二人はそれぞれに、先場所の雪辱と今場所にかける意気込みを胸に秘めて土俵に上がったはずだった・・・
 しかし共に黒星発進、これは先場所の時と全く同じだ・・・ (__;)
 今場所も先場所と同じ轍を踏むというのだろうか・・・
 情けないぞ~ (ノ_-;)ハア…

 また、私が期待している把瑠都は大関の千代大海に一方的に押し倒されて、実力の違いを見せつけられる結果となった。(苦笑) まぁ、把瑠都には良い薬になったんじゃないかな。彼のような恐いもの知らずの若手には、こういう黒星が一番発奮する材料になるんですよね。明日からの土俵が楽しみだ。

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珈琲のかほり

 私は珈琲が大好きで、朝目覚めるとまず一番にコーヒーメーカーに向かう事から一日が始まる。一般的な紙フィルターでドリップするタイプのモノで、これは何台目の物なんだろうか・・・

 

20060910001  セットが済むと、朝のお勤めとシャワーを済ませる・・・
 その頃には、台所からはなんともいえない心地好い珈琲のかほりが漂ってくる・・・
 う~ん、至福の一時だ・・・ (^^)v

 

 20年くらい前の私も珈琲は大好きだったが、今のようにコーヒーメーカーで煎れるような事はそれほど多くはなかった。
 ごくたまに、気の向いた時に使うくらいがせいぜいだった。
 その頃は習志野に住んでいて、毎朝自宅を出て、通勤途中にある自販機から缶コーヒーを買って飲むのが習慣だった。
 あの頃お気に入りだったのはBOSSだったかなぁ・・・

 

 しかし、毎朝買って飲んでいるうちに私自身に変化が起きてきた。
 だんだん甘い缶コーヒーが苦手になって来たのである (^^ゞ
 味覚に変化が起きてきていた・・・
 三十路に手の届く頃だったろうか (^^;

 その後、私は甘さ控えめと呼ばれる物やブラックと呼ばれる缶コーヒーを好んで飲むようになる。
 それが数年続いた・・・
 しかし、なんとなく物足りない・・・
 「甘さ控えめ」とはいえ、甘い事には変わりはない(苦笑)
 また、ブラックの缶コーヒーは美味しいものに当たった事がない (__;)
 それで、レギュラーコーヒーに手を伸ばしたというわけである。

 

 朝、自分でフィルターをセットし、コーヒーの粉と水を入れてスイッチON (^^)v
 それまでの自販機からポンよりも、なんとなく気分はセレブだ(爆笑)
 以来、今日までずっと続いている・・・

 いつも好んで飲んでいるのは「モカ」です。
 いつもこればっかり・・・ (^^ゞ
 でも、今朝煎れたのは「ブルーマウンテン」 (^▽^)/ 
 たまにはリッチな朝を迎えたいじゃないですか~ (^◇^) 。。。ケラケラ

 正直、私はそれほど微妙な味の違いがわかるほど舌は肥えていませんが、それでもなんとなくいつものモカよりは奥深い珈琲のかほりが立ち上ってくるようながします o(*^▽^*)o~♪

 

 10年ほど前から今の仕事に変わると、私のコーヒー好きは加速していく・・・

 一日中運転席の中に座って居るわけだから、する事は限られて来る。
 ラジオを聞いて、お気に入りの歌でも流れてくれば一緒になって歌うとか、眠気防止にガムでも噛むとか、菓子類を食べるとか、喉が渇いたら何かを飲むとか・・・

 中でもこの「何かを飲む」というのはけっこうポイントで、頻度が高くなると小銭でもバカにならないくらいの出費になる。
 そこで私はいつも飲んでいるコーヒーに目をつけた。

 朝、少し多めにコーヒーを入れて、朝飲む分の他はポットに入れて持ち歩く・・・ というものだ。
 一般的なステンレスでできた500mlとか750mlくらいのポットですが、これが実に具合がイイ (^^)v
 いつでもどこでもお気に入りの熱いコーヒーを飲む事ができるし、第一、経済的じゃないですか(笑い)
 気分転換と眠気防止にはまさに打って付けです。

 

 このポットも、最初はホームセンターなんかで安売りしている980円くらいの物を使っていました。
 時には似たような製品を780円くらいで買った事もあります (^^ゞ

 でも、それまで使っていたものが具合が悪くなって新しい物を探した時に、その手の安いポットがたまたま在庫が無くて、象印の物しか置いていない時がありましてね、さすがに一流メーカー品だけあってそれまで使っていたものと外見はほとんど変わらないのに、3000円近いプライスが付いているんですよね(苦笑)
 その時はさすがにまた今度にしようかなぁなんて一度は思ったんですが、背に腹は替えられず、清水の舞台から飛び降りたつもり (^^ゞ でエイっと大枚叩いて買ったんですよ (^.^; ポリポリ

 ところが、さすがにイイものはデキが違うんですね。それまでの物ですと、朝入れた熱いコーヒーも昼を過ぎるとだんだん温くなって、夕方前には冷たくなってしまうのが常だったんですが、今度の象印のポットだと昼過ぎても熱いんですよ (^^)v
 夕方になってもまだそこそこ保温されているのには驚きました (^^ゞ

 

20060910002 やっぱ、こんな物でも価格相応ということばが付いて回るんですね、勉強になりました。

 もう2年くらい使っていまして、その間にも落っことすやら何やらしてますから、へこんだり傷ついたりしてかなり見てくれは悪くなりましたが、肝心の保温性能はまだまだ健在です。 (^^)v

 以前の安物だと、保温能力も落ちますが、ポット自体もこんなに長くは使えなかったなぁ・・・

 

 

  今朝は、普段は口にしない「ブルマ」のかほりを楽しみながら、徒然に綴ってみました・・・

 あ、「ブルーマウンテン」の略で、決して「ブルマー」ではありません、念のため・・・ (^.^; ポリポリ

 「ブルマーのかほり」を楽しむのは・・・ちょっと普通じゃない・・・ かも (^^; ・・・

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2006年9月 9日 (土)

あのねのね

 皆さん、お早うございます(^^)/
 
 「あのねのね」というフォークグループをお覚えていますか?1970年代に「赤とんぼの唄」で一躍注目を集めたのですが、その後も同じような作風の作品を発表し続けたので、一般的にはコミックソングバンドという印象が強いと思います。
 しかしあまり知られてはいませんが、彼等の歌の中にもなかなかしっとりとした名曲が少なくありません。

 今回の記事は「青春旅情」という彼等の作品の中でも大好きな1曲を語ってみたいと思います。隠れた名曲なのでご存知ない方がほとんどだと思います。むしろ、知っている方が意外なのかな(苦笑) もしかしたら、河島英五の方が有名だからそちらでご存知の方が居らっしゃるかも・・・

 

 この曲はもともと河島英五が作って歌っていた作品なのですが、私が初めて聞いたのは高校生の時で、あのねのねの方のバージョンが最初でした。とてもシンプルでコンパクトな曲なのですが、この1曲で彼等に対する印象がガラッと変わった事を思い出します。
 短い歌詞に乗せられた哀愁を感じさせるメロディー・・・「赤とんぼの唄」しかご存じない方が聞いたらちょっとしたカルチャーショックを覚えるかも(苦笑) 私自身がそうでしたから・・・

 付いているコードも簡単なものばかりでしたから、私もギターを弾きながらよく歌ったことを思い出します。この作品の中で歌われているように、彼等の魅力はレコードとして完成された作品を自宅で聞くよりも、どこか小さな会場で行われるコンサートなどで聞く方にこそあると思います。彼等の漫才まがいのおかしなMCや、おもしろおかしい曲を目の前で聞いた後、こんな叙情的な曲を歌われたりしたら、思わず聞き入っちゃうんじゃないかなぁ (^^ゞ

 

 彼等はこの曲の他にも「さよならは白い雪文字」「雪が降っています」なんていう、びっくりするようなステキなラブソングも歌っています。後者はそれなりにヒットしましたからご存知の方も少なくないと思いますが、前者はラジオなんかでもまずかからないので知らない方がほとんどだと思います。どちらの作品も、これからの季節に耳にしたら、思わず目が潤んで来てしまうような悲しい作品です。機会があれば、騙されたと思って一度聞いてみて下さい。フォークソングがお好きな方ならかなりお勧めです。

 誤解されやすいのですが、意外とマジメなグループでしたよ、あのねのね・・・ (^^;

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2006年9月 8日 (金)

消費税

 自民党の総裁選が今日告示され、安倍晋三官房長官、谷垣禎一財務相、麻生太郎外相の3人がそれぞれ立候補した。
 3人は共同会見で政権構想や重点政策を訴え、その中で谷垣氏は財政の立て直しにも触れ、消費税率の引き上げ問題についても前向きの姿勢を示した。

 

 平成元年に当時の竹下首相が導入した「消費税」は、いまやすっかり日本に定着した感が在るが、皆さんは消費税をどのようにお考えになられているのでしょうか・・・
 3%の税率で導入された消費税も、現在では5%、それが税制難ということばと引き換えに8%~10%程度に引き上げられようとしいている昨今、国民の大多数は「仕方ない・・・」という消極的ではあるが、改正には前向きな考えをお持ちのようだ。

 しかし、それで本当に良いのだろうか・・・

 

 私は「消費税」は20世紀最大の悪税であると声を大にして言いたい!
 そして、こんな悪税は即刻無くしてしまえと・・・

 「消費税」の特徴は、国民全てに対して同じ税率の負担を強いる不公平さにある。全ての人が同じ税率を負担するわけだから、一見すると公平な税金だと勘違いしている方も多いようだけれど、実際はそうではない。
 全ての国民に同じ税率の税金を強いるという事がどれほど不公平なことなのか、よく考えてみてほしい。

 税金というものは、一般的には仕事をして収入のある個人や法人に対して課税するもので、決して収入のない家庭や生活弱者と呼ばれる人達に負担を強いるものではない。
 それなのに、日本での消費税はそういった方たちはもちろん、子供たちや老人にまで同じ税率で課税しており、これは決して許されるものではない (ーーメ

 

 消費税率の話題になると、必ず引き合いに出されるのは「欧州などではもっと税率の高いところもザラにあり、中には20%を超える国も・・・」などの声だ。
 確かに、イタリアは20%、フランスは19.6%、イギリスは17.5%等と日本よりも高い。しかし、こういう数字だけで騙されてはいけない。消費税率の高い国では、例えばイギリスでは食料品等の日用品が非課税であることや、高い消費税を取っている国は教育費が無料であるなど福祉が充実していることなどの、払った分だけ国民にしっかり還元されていることが多いからだ。
 日本では消費税そのモノが耳新しい税金であることをイイ事に、そういう説明をいっさい抜きにして税率だけを議論の対象にしようとしている。

 仮に、消費税を10%に引き上げるとするならば、食料品や家賃、衣類等の「衣食住」にかかる商品は非課税にするべきだ。それならばそれほど税の負担感は無くなる。

 生活保護を受けている方や年金生活者、あるいは母子家庭などでは、年間の収入が200万円以下の家庭は珍しくない。中には100万円に満たない家庭だってあるだろう。
 そういう家庭では収入のほとんど全てが日々の生活のために消費される。つまり、なけなしのお金の中から消費税率分のお金が消えていくという事になる・・・

 これに対して、年間の収入が1000万円とか2000万円とかの高収入の家庭では、いくら豪華な生活をしていたとしても日々の生活に全ての収入を充てているなんて事はない。多くのお金が貯蓄として蓄えられることになる。

 消費税はお金を使わなければ負担することもないし、貯蓄をすれば利子という余禄まで与えてくれる。

 お金は、無いところからは逃げて行き、有るところにはますますお金が集まって来る・・・というのはこういう事である。
 消費税が弱者に負担が重く、格差社会を生み出す根源になっているという問題点はここにある。

 

 繰り返し言いたい。消費税なんて悪税は即刻無くするべきだ。
 
これが私の持論である。

 消費税を無くした分の財源は、所得税や法人税を上げれば良い。
 お金が有るところからなら多少税率を上げても払ってもらえないことはない(苦笑)
 無いところからも同じように取ろうとするから不満の声が出るのである。

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2006年9月 7日 (木)

洋画に付けられる邦題

 かつて映画が娯楽の王様として大衆の支持を得ていた頃、多くの洋画が日本でも公開された。その頃は英語は今ほど一般的ではなかったから、原題は上手に和訳されてそれぞれの映画にそれぞれの邦題が付けられた。当時の邦題にはさすがと感心させられるものがとても多い。
 今も洋画には邦題が付けられてはいるものの、かつて程名訳だと思えるものは少なくなった。また、ムリに邦題を付けずに原題のままの方がより相応しいとして原題のまま公開される洋画も少なくない。

 

 そんな中、どうにも納得のいかない邦題の洋画があるのも事実だ。

「プライベート・ライアン」と邦題を付けられた映画を覚えておられるだろうか? 天才スピルバ-グが監督した衝撃の戦争映画で、その完成度はかなり高い。しかし、その邦題はひどいものだ・・・もう少しなんとかならなかったのだろうか (__;)
 「プライベート・ライアン」というタイトルで多くの方が思うのは、ライアンという兵士の何か個人的な話しを中心にしたストーリーなのではないかとの誤った解釈だ。これではせっかくの大作も台無しだ・・・ (__;)
 原題は「Saving Private Ryan」となっている。Private ということばには一番下っ端の兵士という意味がある事を理解していなければ、誤った解釈はやむを得ない・・・
 原題に Saving とのことばがある以上、救出ということばを抜きにしては和訳は語れまい。そこで私が考えた邦題は「ライアン二等兵を救え!」だ。
 一応、ストーリーを踏まえたタイトルだと思うが、やっぱ素人が考えたコピーじゃイマイチかなぁ(笑い)
 それでも「プライベート・ライアン」よりはかなりマシだと思うのだが・・・ (^.^; ポリポリ

 

 その他にも1990年に作られた「Pretty Woman」という映画があった。ジュリア・ロバーツとリチャード・ギアの共演によるお馴染みの映画です。この映画については別の機会に語るとして、この映画が当たった事で、1999年に同じコンビで「RUNAWAY BRIDE」という映画が作られた。ところが、この映画の邦題は「プリティ・ブライド」というものだった (^^;
 先の映画で、プリティということばが使われてヒットしたので二匹目のドジョウを狙ったのは間違いのないところでしょう。しかし、こういう安直な邦題は作品の価値を下げてしまう・・・ (__;)

 しかし、そうはいっても原題を直訳して「逃げる花嫁」なんてのじゃ何がなんだかわからないし・・・
 一応、プリティということばを使う事で、前作を見ている方にはシンデレラストーリーがある程度予測できるわけで、そう考えると、安直なタイトルのようで意外と奥が深いような気もしますねぇ(笑い)

 

 洋画に邦題を付けるのは難しい・・・
 だからこそ、逆に見る方は楽しめるのかもしれません。

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2006年9月 6日 (水)

野口五郎

 なぜここで「野口五郎」の名前が出てくるのか・・・
 私は別に彼のファンというわけではない(笑い)

 昭和30年代の歌謡界には御三家と呼ばれる歌手達が居た。当時人気絶頂だった、橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の三人を指して人々がそう呼んで親しみを表したものだった。
 その10年後、新御三家と呼ばれる三人が登場する。郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎がそれである。

 その中の一人の野口五郎ですが、これは芸名であって本名ではない(苦笑)
 本名は佐藤 靖という。では、彼の野口五郎という芸名はどういう理由から付けられたのか・・・ それが今日の記事のテーマです(笑い)
 昨日、赤城山について語ったので、今日も山つながりです(笑い)

 

 北アルプスの中部に「野口五郎岳」と命名された標高2,924mの山が在ります。山頂付近は大石が堆積していて、灰色で茫洋とした山容が特徴的な山だそうで・・・ (^^;

20060905011

 野口五郎岳

20060905012

 付近の地図

 「野口」は、この山が属する長野県大町市の集落「野口」に由来し、「五郎」とは大きな石が転がっている場所を表す「ゴーロ」の当て字という事ですが、ゴーロって石がゴロゴロ転がっているって事なのかなぁ(苦笑)

 芸名の「野口五郎」はこの「野口五郎岳」に由来し、名付け親はポリドールレコードのディレクターといわれている。
 なお、この山より岐阜県の飛騨寄りに数キロ離れたところに「黒部五郎岳」という名前の山も在り、こちらにちなんだ「黒部五郎」も芸名の候補の中にあったといいます・・・ (^^;
 凄い安直だ・・・ 
 上の地図でいえば、三保蓮華岳の少し左上の県境に在ります。
 まぁ、個人的には野口五郎の方が歌手の芸名としては相応しいと思っています。黒部五郎だと歌手というよりは映画俳優というイメージの芸名かな (^^ゞ  それも悪役とかの(笑い)

 

20060905013

 黒部五郎岳

 歌手の方が有名になってしまった現在では、山の名前の方が歌手にちなんで付けられたと誤解している人さえ居るといいます(笑い)
 山岳部とかで山に興味がある人ならまだしも、一般的にはムリも無い事だと思います・・・

 

 ところで、野口五郎のデビュー曲って何かご存知ですか?
 コアなファンなら当然知っていると思いますが、一般的なファンはエレキギターを持って青春ポップスを歌っていたイメージから1971年8月1日に出された「青いリンゴ」がデビュー曲と思っている方がほとんどだと思いますが、実はその3ヵ月前に出された「博多みれん」がホントのデビュー曲だったという事を知っている方はかなり少ないと思います。野口五郎の歌手デビューは、演歌歌手としてのスタートだったんですね(苦笑) 意外でしたか?
 でも、この曲は全く売れなかった事で急遽ポップスに転向・・・これが大成功を納めたというわけですから、世の中、何が幸いするかわかりませんね(笑い)

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2006年9月 5日 (火)

赤城山

 富士山の標高は3376m・・・
 では、赤城山の標高は?
 こう質問されても、答えられる人は居ない。それはなぜか・・・

 

 新国劇の「赤城の山も今宵限り・・」で始まるセリフはあまりにも有名で、「赤城山」という山はそれだけで全国区になってしまった。もちろん、私もこの台詞で赤城山という山の名前を覚えたわけだが、芝居の方はあいにくと1度も見た事はない・・・

 また、東海林太郎が歌った「名月赤城山」という歌謡曲の中でも歌われたし、
http://8.health-life.net/~susa26/ikoi/meigetu.html

 「赤城の子守歌」という童謡(と呼べるのか?)も1度くらいはお耳にした事があるんじゃないでしょうか。
http://8.health-life.net/~susa26/ikoi/akagi.html

 日本人なら誰でもその名前は知っている赤城山ではあるが、実際には「赤城山」という名前の山はどこにも存在しない・・・ (^^;
 だから、赤城山の標高はと訊かれても答えようがないのです (^^;

 これはどういう事かというと、最高峰の黒檜山、そして駒ヶ岳、長七郎山、地蔵岳、荒山、鍋割山、鈴が岳などの総称 が「赤城山」であり、単独の山ではないからです。
 ちなみに、赤城山、妙義山、榛名山は上毛三山と呼ばれて地元の人達に親しまれています。

 

 こういう例は他にもあります。長野・山梨両県にまたがる八ヶ岳や、青森県にある八甲田山などがそれです。どちらも有名な山ではありますが、いずれもたくさんの山の総称として「八ヶ岳」や「八甲田山」と呼ばれているだけで、八ヶ岳という山も八甲田山という山も実際にはありません・・・
 それで、こういう山には「連峰」ということばを付けて赤城連峰とか八ヶ岳連峰・八甲田連峰などと呼ばれる事もあります。「連山」と言い換えられることもありますが、ようは同じ事です。

 

 いずれの山にも実際に登った事はないけれども、近くを観光した事はあります。青森市内に1年間の期間限定で赴任していた時の事で、同僚たちと十和田湖の花火大会に車で出かけた時の事です。
 市内から八甲田山の麓にある酸ヶ湯温泉を通り、奥入瀬を経由して宇樽部から休屋に到着。短い時間ではあったけれど、湖上に上がる綺麗な花火を存分に楽しんで帰路についた。
 この時の十和田湖の印象がとても良かったので、会津に戻ってからも翌年の夏と翌々年の夏の2度に渡って十和田湖を観光で訪れました。特に見るべきモノは何もない (^^; のですが、十和田湖の景観と奥入瀬渓流の風情はとても文字では表せない・・・それほど私の心に大きな思い出を残してくれた十和田湖と奥入瀬の旅だった・・・

 また行ってみたいなぁ・・・ もう四半世紀近くも前の事です・・・ (^^;

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2006年9月 4日 (月)

クラシックの日

 今日9月4日は、語呂から「クラシックの日」だそうです(笑い)

 「Classic」ということばには「古典」とか「名作」などの一般的に知られている意味の他にも様々な意味が有ります。この春にアメリカで行われた野球の世界一を決める大会名にも「WBC(World Baseball Classic)」として使われたのは記憶に新しいところです。第1回目のこの大会がなぜクラシックと冠する大会なのか・・・ 興味が有ればぜひ辞書を引いてみて下さい(苦笑)
 そういえば、ゴルフでは「サンケイクラシック」なんて大会もありますよね(苦笑)

 

 そんな中、一般的に「クラシック」と聞けば連想するのはやはりクラシック音楽ですよね。ベートーヴェンやモーツァルトと呼ばれる大作曲家の作品は、かつて音楽の授業ナンかでお聞きになられた事があるのではないでしょうか・・・
 でも、クラシック音楽はそれほど身近でもないせいか、食わず嫌いの方が少なくないのは残念な事だと思っています。
 私自身がそれほどクラシック音楽に詳しいわけでも好きだというわけでもないのですが、それでも大好きな作曲家や作品は有ります。

 チェコの作曲家、ドヴォルザーク作曲による交響曲第9番ホ短調作品95『新世界より』がそれです。
 高校の時にブラスバンドに在籍していた私が、そこで演奏したのがきっかけですが、雄大な旋律と繊細な旋律が組み合わされたこの作品は、今でも私が一番好きなクラシック音楽です。
 この時に演奏したのは、一般的には一番有名な「第4楽章 Allegro con fuoco」 の冒頭部分です。重厚なブラスセッションから始まり、ティンパニーの音が重なっていく辺りはもう背筋がゾクゾクするくらいの感動でした。その後に続く主旋律は演奏していても実に気持ちイイんですよ(爆笑)

 この作品の「第2楽章 Largo 」の主旋律は、皆さんも学校の下校の際に流れるオルゴール曲なんかでよく耳になさった事があるのではないでしょうか・・・
 「遠き山に日は落ちて(作詞:堀内敬三)」
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/tookiyamani.html
 「家路(作詞:野上彰)」
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/ieji.html

 どちらも詞が違うだけで、メロディは同じです。

 

 また、歌謡曲やニューミュージックの中にもクラシックの作品に詞を付けて歌われたものも少なくありません。
 一昨年に大ヒットした平原綾香の「ジュピター」は、ホルストの組曲「惑星」のなかの「木星(=Jupiter)」のさびの部分に日本語歌詞をつけて歌ったものでした。
http://classic-midi.com/midi_player/classic/cla_Holst_jupiter.htm

 また、80年代にヒットしたザ・ビーナスの「キッスは目にして」や50年近くも前にザ・ピーナツが歌ってヒットした「情熱の花」はベートーヴェンの「エリーゼのために」という有名なピアノ曲が元になっています。
http://classic-midi.com/midi_player/classic/cla_Beethoven_elise.htm

 

 いかがですか?
 クラシック音楽に対するイメージが少しだけ変わりませんか?
 そうであれば、少しは役に立てたのかな・・・ (^.^; ポリポリ

 他にもクラシックを題材としたポップスナンバーはたくさんありますので、興味があれば覗いてみて下さい ( ^-^)/ ♪  ↓
http://www.nhk.or.jp/kimakura/kiss01.html

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2006年9月 3日 (日)

ご当地ナンバー

 10月10日から新たな地域名を表示した「ご当地ナンバー」と呼ばれるナンバープレートが登場する
https://www.kibou-number.jp/kibou/general/newnumber/newnumber.html

 今までは原則として運輸支局などの所在地や、県名などをナンバープレートに記載する際の地名として使ってきましたが、2000年に静岡県が「伊豆ナンバー」の新設を要望したことをきっかけに、地域振興につながるなどの理由からご当地ナンバーの導入を求める声が全国に広がっていきました。

 その結果として、まず18の地名が「ご当地ナンバー」として認可されました。そのうちの17地域が10月10日から実際に交付を始めるそうです。

 来月お目見えするナンバーの中には、私の住んでいる「成田」や、ご近所の「柏」、実家の有る「会津」など身近な地名も含まれています。
 今現在のナンバーは「千葉」なのですが、申請すれば「成田」に変更する事も可能だそうです。

 でも、思い入れの強さではやっぱ「会津」かなぁ(苦笑)
 いっその事住民票を一度実家に移して申請するか・・・(爆笑)
 でも、営業ナンバーだと事務所の事とかもあるからいろいろと手続は面倒そうだな、やっぱムリか (^^;

 ま、現実的にはナンバーを変更するとそれに伴って空港関係とかモロモロの変更手続が必要になるし、お金も僅かですがかかるので今回は見送りです。
 来年あたりにはまた車を買い替えなくちゃいけないので、その時に希望番号で申し込む事にします。今のところ、希望番号は「11-34」ですかね (^^)v
 この番号は、私の愛してやまないJOQRの周波数です(笑い)

 

 私の知っている範囲ですと、地域ナンバーとしての走りは「湘南」じゃなかったかなぁ・・・ ご存知のように「湘南」というのは特定の地域を表すものであって、決して市町村の地名ではありません。ですから、当初は運輸支局のある「平塚」になるはずだったようですが、サザンとか加山雄三とかの影響から「湘南」という地名の方が「平塚」より知名度が高いとして「湘南」ナンバーを求める声が大きくなって、紆余曲折の結果「湘南」ナンバーが生まれたと聞きました。

 また、千葉県に「千葉」「習志野」「袖ケ浦」に次ぐ4番目のナンバーが生まれる際には、運輸支局のある「野田」は田舎っぽいイメージがあるし、隣の「柏」の方が知名度も高く街も大きいとして、「柏」を望む声が多かったのですが、結局は当初の予定通り「野田」になってしまいました・・・ (^^;
 来月、「柏」ができるので、市民の声は一応届いた事になるのかな。

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2006年9月 2日 (土)

青春のうた Best Collection その8

 みなさん、どうもです (^^)/
 それではこのブログでの第3弾です (^^ゞ

 今回も収録曲に沿って当時の思い出をつれづれに(^^;・・・
 お付きあい頂ければ幸いです。

            《収録曲》
Sbc008 1:ぼくの好きな先生/RCサクセション
 2:僕の胸でおやすみ/かぐや姫
 3:空よ/トワ・エ・モワ
 4:恋人もいないのに/シモンズ
 5:心が痛い/りりィ
 6:たどりついたらいつも雨ふり/モップス


 「ぼくの好きな先生」はかなり後になってから聞いた曲ですが、この曲を聞くと高校の時の美術の先生を思い出します。ちょうどこの歌の中で歌われているようなイメージの先生でした。 叱られた事はありませんでしたし、担任でもないので美術の時間以外はそれほど接する機会もありませんでしたが、とても個性的な先生でしたのでなんとなく忘れる事ができないでいます。 (^^ゞ
 蛇足ですが「RCサクセション」というバンド名ですけど、命名の由来をご存知ですか? 「ある日作成した」バンドだから・・・という事らしいんですが、ホントなんですかねぇ (^^ゞ
 RC(ラジオ・コントロール通称ラジコン)とはなんの関係もないらしいですよ・・・(笑い)

 「僕の胸でおやすみ」は私の崇拝するかぐや姫の4枚目のシングルです。といっても、まだこの時点では彼等の存在を私は知りませんでした・・・ この後に出された「神田川」がヒットして彼等が昼のテレビにゲスト出演するに至って、初めてその存在を知るのですが、この時の私は中学の3年生、もう二学期も残り少なくなった頃の事です (^^ゞ
 その後の私は急激に彼等の世界にどっぷりとはまっていく事になるのですが、それについては機会があれば語ってみたいと思います・・・

 「空よ」はトワ・エ・モワの作品ではありますが、もともとはNHKの「あなたのメロディー」に応募された作品の一つであり、それを彼等が歌ったのがきっかけで世に出る事になったという経緯があります。
 彼等は「或る日突然」という曲でプロデビューするわけですが、それまではそれぞれソロで活動していてそれなりに評判も良かったものの、どうにもキャラクターがジミでプロとしては売れないだろうと業界の方には思われていました。そんな折にカーペンターズが話題となります。一人一人は魅力がなくても、二人をデュオとしてくっつければ案外イケるんじゃないかという安易な発想から生まれたのがトワ・エ・モワです。 (^^;
 カーペンターズがアメリカ的なグループならこちらは欧州的にという事でグループ名も「あなたとわたし」という意味のフランス語になりました。これは「その1」の中でも触れています。
 蛇足ですが、この「あなたのメロディ」という番組はわたしも大好きな番組だったので、何度となく応募してみようとは思ったものの、ついに1度も応募までには至りませんでした (^.^; ポリポリ

 「恋人もいないのに」はリアルタイムでは記憶にありません。ちょうど中学生の頃だったはずなんですが・・・
 ラジオはワリと聞いていましたので、耳にしていたのかもしれませんが記憶に残っていないだけなのかもしれません。

 「心が痛い」はりりィのごく初期の作品で、この曲で彼女は歌手としての礎を築いたわけですが、私はこの後に出された4枚目のシングルとなる「私は泣いています」のヒットで初めて彼女を知りましたから、この曲を聞いたのも後の事です。
 しかし、彼女のこの歌声は・・・とても21歳の時に録音したとは思えないくらい大人びていますよね・・・ (^^;  それが彼女の個性だったわけなんだけど・・・

 「たどりついたらいつも雨ふり」は吉田拓郎の手による作品ですが、そんな事を感じさせないくらい鈴木ヒロミツのボーカルには魅力がありました。それだからこそヒットにもつながったんだと思います。後に拓郎自身によるカバーでもこの曲を聞いたけれど、やっぱりモップスのデキの方が音楽的な質は高かったと思います。

 以上・・・(^^ゞ 

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2006年9月 1日 (金)

大相撲秋場所を前に

  先日、9月10日から行われる秋場所の新番付が発表された。

 三役以上の番付には特に目立った変化はない。唯一、黒海が小結に返り咲いたくらいだ。
 賞味期限の切れた役力士たちには用はない、闘志を見せてくれ!
 それが高い給料を貰っている者の果たす責任であり勤めだろう。

 興味深いのは、私のお気に入りの把瑠都が前頭の筆頭まで上がって来た事だ。
 さすがに新三役はムリだったようだけれど、なぁに、まだまだ若いしこれからじゃん。
 今場所も把瑠都旋風を巻き起こしてほしいぞ (^^)v

 先場所、好成績だったにもかかわらず昇進を見送られた白鵬と雅山・・・今場所のデキはどうなのかな?
 先場所味わった悔しさを忘れずに、意地を見せてくれ!
 ぬるま湯に浸かったような今の角界に君たちの力で新風を吹き込んでくれ!!!

 ああ、本場所が今から待ち遠しいや・・・p(^_^)q ワクワク

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今日から新学期

 今朝は7時過ぎから近所の子供たちが集団で登校していった。

 私の家のすぐそばには小学校がある。選挙の投票の時なんかに私たち大人も利用する小学校だ。ここからなら徒歩5分・・・ (^^)v

 ちなみに、家の目の前には幼稚園もある(笑い)
 いつも園児たちの賑やかな声が聞こえてくるのだが、おそらく幼稚園も今日から始まるんだろう・・・
 園児たちはお母さんに連れられて徒歩か車で送り迎え。今のお母さんたちは見るからに若い・・・ (^^;
 とても子供がいるようには見えないお母さんたちも少なくない o(*^▽^*)o~♪
 もうそろそろ家の前を通る頃かな (^^;

 先ほど登校していった子供たちも、賑やかに談笑しながら歩いていった。けっこう楽しそうだった。夏休みが終わってブルーな気持ちでいるんじゃないかなんてのは大人の偏見なのかもしれない。
 そういえば、私が子供の頃には学校は楽しい場所だった。地区の子供たちと一緒に登校するのはけっこう楽しかった事を思い出した。
 学校にまつわる暗いニュースもいくつか聞こえてくるような昨今ですが、意外と今の子供たちも私たちと同じように楽しい学校生活を送っているのかもしれないな、そんな事を思った朝でした。

 

 おや? いつの間にか雨が落ちはじめたのかな? 
 先ほどまでは降っていなかったのに・・・
 小さな黄色い傘とお母さんのピンクの傘がゆっくりと並んで歩いてゆく・・・
 なんとも微笑ましい光景だ・・・ (*´∇`*)

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