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2006年12月15日 (金)

落語

 師走といえば、いろいろなイベントが催される。たとえば「第九」の演奏会が行われたり、昨日書いた「中心蔵」ナンて芝居が演じられたり・・・

 

20061215001  「落語」の世界にもそういう時期的な演題がある。年末に演じられる落語で代表的なものはやはり「芝浜」だろう。私のHNにも「夢」ということばが付いているように、夢は私の大好きなことばであり、それだけにこだわりも強い(苦笑)
 夢を題材にしたという点で、この「芝浜」はお気に入りの一つだ (^^)v

 その他にも「掛け取り」「尻餅」なんて、短いけれどとても滑稽な落語もこの時期によく演じられる演題だ。別に年末に限らないが、冬の間の演題として「二番煎じ」なんて落語も秀逸だ。

 

 私は特別落語が好きというわけではないが、ラジオなどで時々聞いたりする事も少なくない (^^ゞ
 馴染みがないから、食わず嫌いで敬遠しがちの方も居らっしゃると思いますが、少なくても最近のお笑い芸人たちの薄っぺらなコントを聞いているよりはずっとおもしろい (^^;

 そういえば「タイガー&ドラゴン」なんてテレビドラマがありましたね(苦笑)
 ドラマが当たって寄席にもお若い方たちが足を運ぶようになったと報じられていました。
 「♪俺の話を聞け~」という主題歌はきっと耳にした事があるんじゃないでしょうか(爆笑)
 一般に、話しの最後に「落ち」がある事から「落語」と呼ばれていて、おもしろおかしい話しが多いから落語はお笑いと思って居らっしゃる方も多いと思いますが、落語の演題の中には「人情話」や怪談などの「芝居話」もあったりするから思っているよりもずっと奥が深い・・・

 

 「落語」というのはナンとも不思議な世界だ。古典なんてことばもあるように、同じ演題を繰り返し語っているのに、廃れる事がない。聞く方も、話しの展開はわかっている場合が多いのに、聞いているうちに思わず笑ってしまう・・・ それはなぜなのか (^^;
 そのヘンが最近のお笑い芸人たちのコントとは根本的に違うところだ。

 

 芸事に「上品」とか「下品」とかはあまり言いたくはないが、落語を語る噺家たちはやはり上品だ。ヘンに客に媚を売る事もしないし、流行り廃りにもそれほどこだわってはいない。ただ、自分の世界を大切にして演じているだけだ。
 一方、お笑いの方はといえば、たいてい客の顔色を見ながらネタを演じ、ムリヤリにでもウケを取ろうとする。見ていて見苦しい・・・ (__;)
 笑いが取れないと仕事が減ってしまうから、それもある程度はやむを得ないのでしょうが、そういう点ではつくづく下品だと思います。

 

 お笑い番組を見て大笑いした後、今どんなネタで笑っていたのかを思い出せますか?
 確かにおもしろくて笑ったはずなのに、どんな内容のコントを演じていたのかほとんど覚えていない事が意外と少なくないのではないですか?

 芸が薄っぺらだというのはそういう事です。芸に中身が無くて、その場限りの刹那的な笑いしか取れないから、芸人としての寿命が短いのだと思います。
 賞味期限が決められているようなネタでは、いくらおもしろくても所詮は大量生産されたオモチャと同じで、飽きられたら見向きもされなくなってしまいます。

 その点、同じお笑いを生業にしていても、芸に個性や重みがある人達は息が長い。欽ちゃんやたけし、タモリなど・・・
 彼等のコントなどはいつ聞いてもちっとも古いとは感じさせない。いわゆる、賞味期限が無い芸だから・・・

 

 落語は、同じ演題を聞いても噺家によって受ける印象はずいぶん違う・・・ そういう点も楽しみの一つだ (^^)v
 今は100円ショップでも落語のCDが売られている (^^;
 見かけたら、ちょっと売り場で足を止めてみるのもイイかもしれませんよ(笑い)

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コメント

ピーターパンさん、こんばんは。
落語は安心して聞けるものという理解を基本的にはしていますが、基本的には芸能である限り、よどみなく変わっていくものというふうに考えています。
落語は「博物館」に入った時点で、死んでしまうと。これは談志師匠の持論ですが。
もう「博物館」に入ってしまったほうがいいような咄家が少なくないのも事実だと思います。
個人的には、タイプはまったく違いますが、立川志らくと柳家小三治のファンです。

投稿: むうさん | 2006年12月16日 (土) 00:22

夢さん おはよう(^_^)
私も落語は好きですね~
我々ドライバーのお友だちであるラジオでも
ごくたま~に番組がありましたよね~
昔 東京~関西の路線便に乗っている頃オールナイトニッポン
と共に楽しみにしていたものでした
一概に落語家といっても噺に引き込まれてしまう名人から
え~?本当に真打~?といいたくなるような迷人まで
色々です
100円ショップのCDね~ 今度覗いてみましょう
・・・・・・っておいらのトラックにはCDがありません (ーー;)

投稿: タマパパ | 2006年12月16日 (土) 11:52

 むうさん、どうもです (^^)/

 落語も、いわゆる「古典」もありますし、「新作」と呼ばれる落語もあります。
 古典落語を大事に受け継いで語っている噺家さんも居れば、積極的に新作落語を作って発表している噺家さんも居られます。
 それぞれの立場を尊重して共棲していければイイんじゃないかと私は思っています。

 「博物館」に入ってしまったほうがいいような咄家というのは、自己啓発を止めてしまった怠惰な噺家と受け取ってよろしいんでしょうか (^^;
 噺家に限らず、向上心を失った人間というのは存在価値は無いと私も思います。

投稿: 夢見るピーターパン | 2006年12月17日 (日) 12:14

 パパさん、どうもです (^^)/

 私も運転中のラジオから聞こえてくるNHKの落語なんかをタマに聞く事があります (^^ゞ
 昨日は、文化放送の「志の輔ラジオ 気分がいい!」の中で、志の輔の新作落語を聞きました。
 毎週土曜日の番組で、お昼からのコーナーではいろんな師匠の落語をオンエアしているのですが、昨日は珍しく志の輔本人の落語が流れました。「買い物ブギ」という演題で、大笑いさせていただきましたよ (^^;
 パパさんだと、土曜日は「永六輔その新世界」なのかな(笑い)


投稿: 夢見るピーターパン | 2006年12月17日 (日) 12:31

「博物館」というのは、たとえば「志ん生」や「円生」をただまねて、先人の遺産で食っているような人たちです。
古典だってその時代に応じて、聞かせなくちゃいけない。その時代おりおりで聞かせるために、枕というのがあるんでしょうと、いいたくなる。
言葉が分からないから、ファンが悪いという態度なら、すでに大衆芸能ではないのだと思います。
こういう落語家、結構ぼくも寄席にまめに通った時代がありますが多いものですよ。
という意味でした。失礼しました。

投稿: むうさん | 2006年12月17日 (日) 23:54

 むうさん、どうもです (^^)/

 なるほど、なるほど・・・
 了解いたしました (^▽^)/

 含蓄のあるおことば、有り難うございました。
 勉強になります (^^)v
 今後ともよろしくお願いします m(_ _)m

投稿: 夢見るピーターパン | 2006年12月18日 (月) 00:22

 今日、文化放送で「尻餅」を聞きました。何度聞いてもおもしろい落語ですね(笑い)
 しかし、この話し、現代風にいえばDVと疑われかねないんじゃないだろうか・・・(爆笑)

投稿: 夢見るピーターパン | 2006年12月23日 (土) 20:48

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