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2007年2月28日 (水)

三遊亭円楽

20070228001  落語界の大御所である、三遊亭円楽師匠が、25日に国立演芸場で「芝浜」を上演した後に第一線からの引退を表明したと報じられた。

 円楽師匠は、一昨年の10月に、脳梗塞の症状が現われたために入院、リハビリを続け、本格復帰したばかりだったが「ろれつが回らない、お客様に聞かせる芸ではない・・・」として、52年の噺家人生に自ら幕を下ろした。

 

 落語家の引退話で有名なのは、八代目の桂文楽だろう。1971年8月31日の国立劇場小劇場で「大仏餅」を演じた際に、登場人物の名前を思い出せず「申し訳ありません。勉強し直してまいります」といって高座を降り、そのまま引退したというのは、あまりにも有名なエピソードだ。

 

 私が円楽師匠の落語をチャンと聞いたのは、ちょうど30年前の19才の時の事、FMで流れていたのをたまたま聞いてカセットに録音したのが最初だ。
 それ以前は、円楽師匠の事はそれほど好きではなかった。ナンか風貌が噺家らしくなくて「星の王子さま」なんて愛称も鼻持ちならなかったから(笑い)
 その時に聞いた演題は「中村仲蔵」だった。私は、それまで落語というモノをキチンと聞いた事がなかったので、滑稽な話しをおもしろおかしく語るのが落語だと誤解していた面もあった。

 「中村仲蔵」は、いわゆる人情噺であり、各所で笑いを取るようなおかしい内容の演題ではない。しかし、落語には笑いを取るだけではなく、こういうじっくりと聞かせる類いの話しもあるという事を知るきっかけになったという点で、思い出深い作品になった。

 聞き始めると、ぐいぐい話しの中に引きずり込まれ、円楽という人の見かけだけではない奥の深さを思い知らされた。この時から私は円楽師匠のファンになった。
 この演題の落ちには幾つかあるようだが、この時には「煙草入れ」で下げとなった・・・

 別に、円楽師匠に限った事ではないが、以来、私の好みは人情噺になった (^^ゞ

 

 その後、日テレ系の「笑点」で、当時の司会者であった三波伸介が急死、その後を引き継ぐ形で四代目の司会者となった。
 ずいぶん長い間名司会者ぶりを発揮していたが、私自身はそれほど「笑点」を見ていたわけではない (^^ゞ
 気が向いた時に、時々見る程度だ。
 でも、たまたま見た「笑点」で、座布団を運んでいる山田隆夫を見た時には、正直驚いた(笑い)
 やっぱ、山田クンといえば「ずうとるび」というイメージが付いて回る(笑い)

 

 一線は退いたものの「気分がよければ、座談でも何でもしたい」と、話す事については前向きな姿勢のようだ o(*^▽^*)o~♪
 いつまでも、元気でいてほしいものだ。

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コメント

この引退の話を聞いた時、これぞプロの引退だなあなんて思っちゃいました。お金をいただくプロ意識がこの引退を決意させたんでしょうね。拍手を送りたいきぶんです。もちろん、まだまだ引退には早いのではないかと、非常に残念であるのはその通りなんですが・・。

投稿: ★なまはげ | 2007年2月28日 (水) 21:50

「芝浜」にこだわりがあったんでしょうね。
立川流など若手からは、
結構辛辣な批判を受けてきましたよね。
それでも、モアイ像のように動じない
円楽師匠に共感を感じていました。

投稿: むうさん | 2007年2月28日 (水) 22:07

 なまはげさん、どうもです (^^)/

 引退についての考え方は人それぞれですから、一概には言えませんが、円楽師匠のような引退もあってイイのかな・・・と (^^ゞ
 語る事で芸を売る商売ですから、ろれつが回らないのは致命的だとは思いますが、自分で語る事はできなくても、人を育てる事はできると思います。
 今後の一門の活躍を見てみたいですね。

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年2月28日 (水) 22:57

 むうさん、どうもです (^^)/

 円楽一門と立川一門とは、どうもソリが合わないようですね(笑い)
 でも、まぁそうやってお互いに芸を競いあって、イイ意味でライバルになってくれれば良いんですが、単にお互いをけなし合っているだけじゃ、得るモノは何も有りませんからねぇ・・・ (^^;
 我々部外者には、見守っていくしかないワケですが・・・ (__;)

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年2月28日 (水) 23:06

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