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2007年4月 1日 (日)

花見

 東京では、桜の満開宣言も出され、今日は桜の名所は、きっとどこもお花見をする方で混み合うんだろう・・・
 昨日の関東は朝から曇り空で、午後は雨が落ちて来たところもあったようなので、お花見を予定していた方たちにとってはあいにくの空模様になってしまったようだけれど、今日は朝から晴れ上がり、おあつらえ向きのお花見日和だ~ o(*^▽^*)o~♪

 

20070401002  今、日本では単に「花」といえば、それは「桜」を指すし、桜が咲けば「花見」なんてイベントがそこここで行われるくらい国民に親しまれている花なワケだけれど、昔からそうだったのかといえば、決してそんな事はない・・・
 文献によっては、桜のお花見は平安時代あたりから貴族たちの間で行われて来たと書かれてあったりもするが、私はこの説には否定的だ。

 

20070401003  奈良時代までは「花」といえば、それは「梅」を指していて、「花見」はもっぱら梅の花を愛でる事だったようだ。それは、万葉集などに代表される、当時の貴族たちを中心とした風流人たちが詠んだ和歌などにもよく現われていて、「梅」を詠んだ和歌はたくさんあるのに対し、「桜」を詠んだ和歌はそれほど多くはない・・・というか、ほとんど無い。

 これは、雪解けを待って、他の花に先駈けて咲く梅の花に対して、当時の人達は春を感じ、特別な花として愛でていたからではないのか・・・
 それに、梅の花は、桜に比べてはっきりした匂いもあるから、梅の花の咲き誇る所で花見をするのは、とても風情があって楽しいとも思われる (^^)v

 

20070401004  梅の花を愛でる風習は、平安時代に入ってもそれほど変わらなかったと私は思っている。もちろん、中には桜の花を愛でる貴族たちも居たかもしれないが、それはあくまでも小数派だと私は見る。
 日本書記や古事記などに、当時の天皇が桜の名所である吉野山を訪れたとか書かれてあっても、それほど一般的な事だったようには思えない。言ってみれば、彼等は「アバンギャルド」な存在だったのではないか(笑い)

 

20070401005  桜の花が、次第に人々の間で珍重されるようになったのは、武家社会が確立された鎌倉時代あたりからではないのか・・・と、私は考えている。

 ある時期になると一斉に花開き、ごく短期感の間に散ってしまうという、桜の花の特性を潔いとして、武士たちが桜の花に人生を重ね合わせて見ていたのではないかと思える・・・

 

20070401006 そして、何よりも桜の花見を決定的にしたのは、豊臣秀吉が醍醐で盛大に行った花見ではなかったかと思う。派手好きな秀吉が、諸侯を千人以上も従えて催した「醍醐の花見」の様子が、参列した大名や家来たちの口から、全国の津々浦々で語られるにいたって、庶民たちの間にも「花見」というイベントの存在が広がっていったのではないか・・・

20070401007  それまでは「花見」は特権階級の間で行われる程度だったのが、この頃から次第に町人や一般の庶民の間にも徐々に広がって、市民権を得ていったのではないかと思えてならない。それが文化として花開いたのが、あの「元禄時代」あたりだったのではないか(笑い)

 

20070401008  ・・・と、まぁ、私のどうでもイイような持論はこのくらいにして、穏やかな空の下、花見を計画なさっている方は、心行くまで桜を楽しんで頂きたい (o^∇^o)ノ

 くれぐれも、ハメをはずしすぎて、周りから顰蹙を買うのだけはなさらない程度に・・・(苦笑)

 

 ついでですが、昨年の10月に書いた「桜」の記事です (^^ゞ
 書いた時には時期はずれでしたが、興味があれば一読を・・・ (^^)/
http://yume-peterpan.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_4a8c.html

 なお、写真は、いずれも私の出身地である会津若松のシンボルである、鶴ヶ城の桜で、地元の人達はここで花見をするのが何よりも楽しみにしています。
 私も、何度もここで花見をしました・・・
 先日、太平洋側のいわき市で桜の開花が発表されましたから、会津でも、そろそろ咲き出す頃なんじゃないかな (^_^)V。

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コメント

桜の歴史って意外に歴史が浅いのですね。
昔から親しまれているものと思っていました。
なにか、貴族と桜って優雅さで合っているような気がしますが。

投稿: すが太郎 | 2007年4月 1日 (日) 15:11

 すが太郎さん、どうもです (^^)/

 私の記事は、あくまでも持論ですので、一般的なものではないかもしれません (^.^ゞポリポリ
 「貴族と桜」というよりも、私はやはり「貴族と梅」というイメージを拭いさる事はできません (^^ゞ
 菅原道真の、「東風吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」の和歌は、あまりにも有名ですよね。
 やっぱり、平安時代の貴族たちは、桜よりも梅の花を愛でていたと考えるのが自然なんじゃないかと私は思います。

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年4月 1日 (日) 15:51

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