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2007年5月 2日 (水)

こうのとりのゆりかご

 以前から話題になっていた「こうのとりのゆりかご」が昨日完成して、早ければ今月の10日から運用を始めると報じられた。
 設置に前向きだったのは、熊本市の慈恵病院で、昨年の暮れに熊本市に設置許可を申請していた。これを受け、先月熊本市は設置許可を下し、工事が進んでいたものだ。
 子供も居ない私が軽軽に論じても良いような話題でもないし、ずっと静観して来ましたが、今回も簡単に・・・ (^.^ゞポリポリ

 

 この話題については、賛否両論で、それぞれにもっともらしい意見も述べられてはいるものの、世の大勢としては設置に賛成という声が多数派のようだ。
 しかし、私は思う・・・
 いったいナンのためにこんなモノが必要なのだろうと・・・

 

 設置の目的は「望まれない生命を中絶から守ることと、新生児の遺棄及び殺害を未然に防ぐ事」という事ですが、安易にこういう施設を容認してしまうのはいかがなものか・・・
 短絡的に見ると、亡くなってしまうかもしれない命を救う事になるワケだから、いかにも人命重視の人道的な施設のようにも見えますが、よくよく考えれば、これは「人命軽視」を助長するヒドイ施設だと言わざるを得ない・・・ (__;)
 なぜこんな施設が許可されるのか、私は理解に苦しむ・・・

 

 子供ができたと医師に告げられ、産む決心をし、出産に至るまでにはいくつものハードルが有り、その都度「親」としての重大な選択を迫られる事になる・・・
 お腹の中の子供を産める環境にあるのか、産んだ後はキチンと育てていけるのか・・・ それは一人の女性が「母親」に成るための避けては通れない厳粛な「儀式」とも言えるもので、それが有るからこそ生まれた我が子を愛しくも思え、どんな事があっても育て上げようという「覚悟」もできる。
 そういう覚悟ができない場合は、悲しい事だけれど産む前に「中絶」という選択をする事になる・・・
 せっかく芽生えた命を、途中で摘みとる決断をする事は、親としては悲しい事ではあるけれど、子供のその後を考えれば責められるようなものではない・・・

 

 しかし、こういう施設が存在するとなると、そういう「覚悟」をする必要も無くなる・・・

 子供ができちゃったけれど、中絶するのもお金がかかるし、相談する人も居ないから、ま、イイか・・・
 第一、手術は面倒だし、恥ずかしいもの・・・ (^^;)
 生まれたら、黙って「ポスト」に入れちゃえばイイし~・・・

 極端な例だけれど、こんな無責任な事を考える女性が出て来ないとも限らない。
 「匿名」で病院に置いていけるという事は、親に「責任」「覚悟」も求めないという事だから。

 

 こんな施設を作る前に、そういう気の毒な「新生児」を作らないようにする事の方が大切なんじゃないの?
 現状だって、どうしても育てられない子供なら、預ける施設はあるわけで・・・
 ただし「匿名」で置いていくわけにはいかないけれど・・・
 でも「母親」だったら「匿名」で置いていくなんて事は・・・できっこないでしょ (^^)v

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コメント

こんにちは^^

難しい問題ですね^^;
母親の無責任さが先に出ますが、子供は、一人ではできないわけで、
父親になる人の無責任さもあると思います。

産むまでは、働けても、身2つになれば、
うまれた赤子を家に置いて、働くにも限界があります。
収入がなければ、子供を育てるどころか、食っていくのも難しい。

こうのとりのゆりかごを設けるのであれば、
病院内もしくは、関係施設での雇用を
考えてあげたほうがいいようにも思えるんです。
赤ちゃんは、院内託児所で見てもらって、院内の仕事に就かせて、・・
ゆりかごでは、養子縁組の受け箱のように思えて、
どうもねぇ~

投稿: kyoro | 2007年5月 2日 (水) 11:53

 kyoroさん、どうもです (^^)/

 正直、この話題についてはあまり語りたくないのがホンネです (^.^ゞポリポリ
 皆、それぞれに事情があるわけですから・・・

 ただ、妊娠の期間は相当にあるわけですから、育てられないのであれば最初から産むべきではありません。
 産んではみたけれど、育てられないというのでは、考えが甘いと言わざるを得ません。
 そういうのは大人のする事ではありません。

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年5月 2日 (水) 18:36

同じような『赤ちゃんBOX』を設置しているイタリアでは、設置してから10年間でここに入れられた赤ちゃんは1人だけだったと何かで聞きました。他国と同じとは言いませんが、ピーターパンさんが仰るように生むまでの間にお母さん達にはそれ相当の覚悟が出来てくるのだと思います。が、あるとき突然事情が変わってしまうときが無いとは限りません。そのとき、犠牲になる赤ちゃんが一人でも救われてくれれば良いなあと私は考えます。

投稿: ★なまはげ | 2007年5月 2日 (水) 19:52

 なまはげさん、どうもです (^^)/

 そういう事情も、無いわけではないでしょうが、だからといって「匿名」でこんなところに預けなくても、それなりの施設は今でもあるわけですから、自分で育てられないのなら、キチンと手順を踏んでしかるべきところに預けるのが親としての責任だと思いますが・・・

 私が言いたいのは、無責任に子供を「捨てる」行為が公に認められるのはいかがなものかという事で。

 百歩譲って「匿名」でないのなら私も理解できますが、それだと今までの施設と変わらないという事になります。

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年5月 2日 (水) 21:48

ぼ、く実は赤ちゃんポストの設置賛成派です。
こういう施設がなくて、いままでどれだけの子供が無駄に命を落としていったかということを考えます。
確かに母親というか(当事者の男の)のモラルも必要なんでしょうが、母親本人が意図しないで生まれてくる子供は現実的にはかなり多いのでしょうね。
育児の責任から逃れたい母親は多くいるのでしょうが、子供には何の罪もないわけですから。

投稿: むうさん | 2007年5月 3日 (木) 01:53

 むうさん、どうもです (^^)/

 賛成派の主旨が、むうさんのおっしゃる「命が助かる」という事と「子供に罪はない」という事でしょう。
 でも、こんなその場しのぎのような施設を作ってみたところでなんのメリットも無いように思えてなりません。
 むしろ、産み捨てをするようなモラルの無い親が増え、ますます気の毒な子供たちが増えるだけのように思えるんですよ。

 それよりは、産んだ子供を育てやすい環境を作り、親の啓蒙を計る方が先なんじゃないかと思うのが私の意見です。
 ま、口でいうほど簡単な事ではないのはわかっていますが・・・ (^^;

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年5月 3日 (木) 08:08

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