琴櫻傑將が逝く・・・
昨日、元横綱「琴櫻」の先代佐渡ヶ嶽親方が、敗血症による多臓器不全のため、千葉県松戸市内の病院で亡くなったと報じられた・・・
享年66才、2年前に定年退職をして、弟子の琴の若に部屋を譲ったばかりで、あまりにも突然の訃報だった・・・ (__;)
奇しくも、先日の名古屋場所で、琴光喜が優勝した事を受け、このブログでも「琴櫻」というタイトルで記事にしたばかりだった・・・
http://yume-peterpan.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_2fa7.html
あの時に耳にした「田宮には『琴櫻』を継がせたいんだよ・・・」という彼のことばが、妙に胸に染みて、記事にしなければいけないような思いに駆られたわけが今わかったような気がする・・・
あの時には体調不良という報道はなかったけれど、まだ一月足らずなのにまさかこんな事になってしまうとは・・・ (__;)
現役の頃の琴櫻は、一応見てはいるはずだけれど、当時は大相撲にはあまり興味がなかったのでほとんど記憶にはない・・・ (^.^; ポリポリ
しかし、いかつい風貌と、頭から思いきりぶちかます立ち会いと強烈なのど輪でイッキに攻め込む取り口から、思わずスペインの闘牛を連想させ、「猛牛」の異名で琴櫻旋風を巻き起こした・・・
晩年には、成績不振から「うば桜」などと揶喩された事もあったが、その後連続優勝を飾り、念願の横綱にも昇進を果たして「姥桜の狂い咲き」などと囃された事もあった・・・ (^^;
この時の年齢が32才・・・
32才1ヶ月での横綱昇進は、「おしん横綱」と呼ばれた隆の里よりも1年4ヵ月も遅く、いまだに最高齢の記録は破られてはいない。
佐渡ヶ嶽部屋を継いでからは、非常に厳しい稽古を弟子に課し、佐渡ヶ嶽部屋出身の力士は枚挙にいとまがないほど排出し続け、角界でも揺るがない一大勢力をずっと誇っている。
そのヘンが二子山部屋や武蔵川部屋などのように、一時的な隆盛を極めた部屋とは根本的に違う。
しかし、この親方の真骨頂は、厳しさと共に、人情派だった事にある。弟子に対する実に細やかな気配りと愛情があったからこそ、厳しい稽古にも弟子たちは黙々とついていったのは容易に想像がつく。
私も、ヒイキの部屋とは別に、先代の佐渡ヶ嶽親方は角界でも一番好きな理想の親方として大好きだった・・・
あまりにも早すぎる訃報だけれど、先場所琴光喜が念願の大関昇進を果たした。
琴光喜にしても、最後の最後になんとか師匠に恩返しができたという事で、琴櫻には心残りは無かったのかもしれない・・・
いや、やはり「琴櫻」の四股名を名乗った琴光喜の姿を見たかった事だろう・・・
そのためにも、今後の琴光喜を応援していきたい・・・
・・・合掌・・・ (-人-)
| 固定リンク
« 熱中症 | トップページ | パパとムスメの7日間 »
コメント
66歳とは、まだまだ若い年齢、早すぎる死ですね。
またひとつ、時代が終わった感じがします。
でも、琴光喜には、頑張って横綱になって、「琴桜」を継いでもらいたいなー
投稿: すが太郎 | 2007年8月15日 (水) 12:06
横綱としての期間は短く、短命横綱でしたけれど一直線の相撲は今も目に焼きついています。のど輪の鋭さは天下一品でした。先日の琴光喜の大関昇進のときは元気そうに見えていたんですが、今度の訃報にはビックリしました。
琴光喜には是非横綱に昇進してもらって「琴桜」を襲名してもらいたいものです。
何処かの横綱にも、一門は違えど、「横綱の品格」はかくあるべしというものを見習ってもらいたいものです。
投稿: ★なまはげ | 2007年8月15日 (水) 17:55
すが太郎さん、どうもです (^^)/
若すぎますよね~ (^^;
好きな親方だっただけに、まだまだ弟子たちに目を光らせていてほしかった・・・
琴の若の指導力が未知数なだけに、今後の佐渡ヶ嶽部屋の行く末が心配です・・・
・・・とはいえ、琴の若は、ベイビーフェイスのワリには、キビシイ親方だと聞いています(笑い)
投稿: 夢見るピーターパン | 2007年8月15日 (水) 19:20
なまはげさん、どうもです (^^)/
現役の琴櫻をご存知というのは凄いなぁ。
私なんか、真剣に見るようになったのは、昭和60年あたりからですから・・・ (^.^; ポリポリ
もっと早くから大相撲ファンになっていれば、大鵬以降の横綱は全部知っている事になるのに(笑い)
先月くらいまではお元気そうに見えたんですがね (__;) 残念です・・・
投稿: 夢見るピーターパン | 2007年8月15日 (水) 19:24