ハロウィン
今日は「ハロウィン」という事で、キリスト教とはほとんど無関係の我が国においてさえ、商業目的で盛り上がっているところが一部あるようだが、これはいかがなものか・・・ (ノ_-;)ハア…
すでに、クリスマスやバレンタインなど、我が国に根付いてしまった他国の宗教的なイベントも少なくないけれど、思想も主義主張も無い者がそんなモノを祝うフリをして、上辺だけの空騒ぎをしてみたところでナンの意味があるのだろう・・・ (__;)
単に、これを利用して一儲けしてやろうという、商業イベントにまんまと乗せられているだけという思いがどうしてもしてしまい、騒いでいる連中を見ると、バカじゃないのと私ナンかは冷ややかに見ています。
そういう私も、昨日からブログの背景をカボチャの絵に変えましたからあまり他人の事は言えない (^^; んですが、これはハロウィンを意識したものではなくて、時期の絵を探したら新着のテンプレートの中にあって、良い感じだからたまたま使っただけです (^^;
だから、カボチャはカボチャでも、ハロウィンのお化けカボチャではありません(苦笑)
私が「ハロウィン」という行事の存在を知ったのは、もう35年くらい前の事、中学生の時にオーストラリアの友人と文通をしたのがきっかけだった。
当時は文通ブームで、国内はもとより、海外の人達と文通をするのがけっこうポピュラーな事だった。
どの雑誌にも文通相手を求めるコーナーが設けられているのが当たり前で、友達募集のコーナーはいつも盛況だった・・・ (^^ゞ
小学生の頃から国内の友と手紙をやり取りした事のある私は、中学生になって英語を勉強するようになると、海外の友と文通をしてみたいと思うようになり、「コース」とか「時代」とかの学習雑誌に時々特集される「海外ペンパル」の記事を読んでは、いつかは私も・・・と、ずっと思って来た (^.^ゞポリポリ
そんなある日、そういう雑誌に載っていたペンパル相手を探してくれる会社に登録していた私の下に、オーストラリアの同年代の女性から手紙が来た・・・
舞い上がった私は、さっそく隣町の本屋に出かけて英語の手紙の書き方の文例集を何冊か買って来て、返事を書いた・・・ (^^ゞ
私の英語力はからきしヘボかったが、文例集を参考に、ナンとかそれらしい手紙を書き上げて送る事がほとんどだった。
そんなナンちゃって英語の内容が相手に通じていたのかどうかはよくわからないが、それでも高校まで3年間くらいはずっと手紙のやりとりをしました (^.^ゞポリポリ
その後、文通はフェードアウトして自然消滅してしまいましたが、今でも私の大切な思い出です。
送ってもらった手紙の束とか写真、彼女の家族の声を録音したカセットテープとかは、今でも実家にあると思いますが、彼女は今でもお元気にしてるんでしょうか・・・
その時に買った手紙の文例集の中に、ハロウィンの説明もありまして、キリスト教の子供たちの間ではけっこうメジャーな行事だという事が書いてありました。
家々を回ってお菓子をもらって歩くという事で、日本の節分を連想していました(笑い)
今は子供も少なくなりましたし、事情も変わっただろうから行われているのかどうかはよくわかりませんが、当時の私たちは、節分の日に子供たちが集まり、夜に順番に一件ずつ家々を回って、豆撒きで撒いた豆やお菓子を拾って歩くという行事を楽しんでいました。
豆を撒くのはその家の大黒柱の男性ですが、出稼ぎで主人が居ない家も少なくなく、私の家でも父親が出稼ぎで不在でしたので、小学生の頃から私が皆の前で撒いていました (^.^ゞポリポリ
まだまだ日本に定着するという程には盛り上がってはいないけれど、お祭り好きで軽薄な日本人のことだから、近い将来にはハロウィンはクリスマスのような年中行事の一つになっていくのは避けられないような気もします。何しろ、様々なグッズが売り出されますから、キャラクター好きの日本の国民性には合っているような気がします・・・
海外の文化を貪欲に吸収して、ドンドン自国の文化にしてしまう日本という国のパワーは、素直に凄い事だと思うのですが、節操の無いところだけはどうにかならないものでしょうか・・・ (ノ_-;)ハア…
きっと、そのウチに金になるとわかると「イースター」とか「犠牲祭」ナンてモノまでえげつなく始めてしまうんじゃないかと心配でなりません (^◇^) 。。。ケラケラ
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