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2007年11月 4日 (日)

横断歩道橋

 昭和30年代に入り「経済白書」で「もはや戦後ではない」という言葉が使われた頃、池田首相が「所得倍増計画」を打ち出した。
 そのことばどおり、10年間で日本経済は驚異的な成長を遂げた・・・

 昭和40年代に入ると、3Cと呼ばれる耐久消費財が、新三種の神器と呼ばれて一般の家庭に徐々にではあるが確実に普及していった。
 「Color television」「Cooler」「Car」の頭文字を取ったものだが、特にカラーテレビと乗用車の普及は目覚ましかった・・・

 乗用車は、昭和30年代に入りトヨタが「クラウン」を発表。翌年には「トヨタコロナ」、「スバル360」、「日産ブルーバード」などの名車が発表され、昭和40年代に入ると「日産サニー」と「トヨタカローラ」が発表されて、乗用車も普及の速度は加速していく・・・

 

 しかし、道路に関するインフラは立ち後れ、交通対策は後手に回って年間1万人を超える死者を出すに至って「交通戦争」と呼ばれることばまで生まれた。
 そして、その犠牲者の多くが子供たちだった事から、子供たちを車の脅威から守るために生まれたのが「横断歩道橋」だった。
 昭和38年に初めて登場した「横断歩道橋」は、東京五反田の国道1号線、品川駅前の国道15号線、世田谷区明大前の国道20号線の3ヶ所に設置され、これ以後「横断歩道橋」は全国に広がっていくことになる。

 

 一時は、かなりもてはやされたものの、階段を昇り降りする事が億劫な事を理由に、次第に利用される事が少なくなり、建設された時期も昭和40年代のモノが大部分を占める事もあって、老朽化を機会に撤去する自治体も増えてきているという・・・

 

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 写真の歩道橋は、成田空港の施設のすぐそばに在るものですが、使われている気配もなく、撤去費用がもったいないのか野晒しのままで打ち捨てられています。
 それにしても、なぜこんな場所に歩道橋が在るのだろう (?。?)

 

 この近くに学校や民家が在るわけでもないし、今は交通量もほとんどありませんが、往時だって今とそれほど変わらなかったのではないかナンて思えなくもない・・・

 もしかして、公費の無駄遣いだったんじゃないのなんて勝手な事を思ったりして・・・ (^.^ゞポリポリ
 それとも、30年とか40年前には、この辺は車の往来が激しい繁華街だったとでもいうのだろうか・・・ (^^;

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写真を語る」カテゴリの記事

コメント

こんにちは^^

何のための横断歩道なんでしょうね。

うちからさくら山を過ぎたあたりの歩道橋は、金網がはりめぐされて、屋根も付いてたと思います。常時、機動隊が警備にあたってるの。
空港周辺は、警備のため?と思える不思議なものがあるけど、それかしら?

投稿: kyoro | 2007年11月 4日 (日) 11:53

当時は「何でも作ってしまえ!」の時代だったんでしょうね。お役所もお金が余っていたし、住民からも文句は来ない。今の時代感覚からすれば、「無駄なこと」だったんでしょうが。
秋田県内のあちらこちらの歩道橋の殆どが撤去されています。ところどころにまだ残ってはいますが、殆ど使われていないようですよ。

投稿: ★なまはげ | 2007年11月 4日 (日) 15:17

 kyoroさん、どうもです (^^)/

 空港関連の施設というモノではなく、本当に普通の歩道橋ナンですよ (^^;
 回りを見渡しても、雑木林と草むらですから、わざわざ歩道橋を渡って横断するような場所でもないし・・・

 もう、ずいぶん使われていないようで、昇り口とかは草むらの中で、昇っていくにはチョッと勇気がいります (^◇^) 。。。ケラケラ

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年11月 4日 (日) 16:44

 なまはげさん、どうもです (^^)/

 今見ると、ムダ以外の何ものでもありません。
 ここに歩道橋を作らなければならない理由が、当時はあったという事ナンでしょうか (?。?)

 今、ここを歩いている人はまず居ないと思うのですが・・・ (^^;

投稿: 夢見るピーターパン | 2007年11月 4日 (日) 16:47

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