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2008年1月31日 (木)

クレーム

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 この写真は、千葉県のJR酒々井駅そばに在る100円ショップのお店です。
 私は、このお店の前を通る事はよくあるのですが、ほとんど利用した事はありません。
 先日、チョッと思い立って、この店で買い物をする機会がありました。


 私は、クレーマーの一人なので、買い物などをしていて「気になる事」や「カチンときた事」があると、すぐに担当者や責任者を呼んで、その思いを伝えるようにしています。
 お店によっては、「ご意見箱」のようなものが設けられている事も少なくないですが、私はそういうモノを利用した事はほとんどありません。そういうモノに意見を書いて入れても、責任者の目に触れるかどうか、保証の限りではないので、必ず口頭で伝えるのが私のスタイルです。

 クレーマーとはいっても、私の場合は企業に対してクレームを付けるわけで、個人に対してクレームを付けた事はまずありません。
 また、商品に因縁をつけて金品を巻き上げようとかする「チンピラ」とは違うので、「お店のため」に適切?なアドバイスを言っていると自分では思っています (^^ゞ ので、お店にとってはありがたいお客なのではないかと勝手に思い込んでいます (^◇^) 。。。ケラケラ
 確かに、その時にはそこで嫌な思いをしたけれど、次にそこのお店を利用する時には気持ちよく買い物をしたいと思うので、しっかりと声に出してクレームを付けるわけです。
 いわゆる「モノ言う消費者」としてのスタンスです (^^)v

 たいていのお客さんは、お店に不満があっても、わざわざ声に出して言ってくるような事は少なくて、何も言わずにそのお店から離れていくものなんですよ。
 で、お店に文句を言えなかった分、周りの人達に悪口として言いふらしたりして、一種の風評被害を起こす事になります・・・

 だから、わざわざ文句を言って来るお客さんは、ありがたい存在なんですよね。お店に「至らないところ」とか「不満なところ」とかがあるから「クレーム」になるワケで・・・


20080131026  例えば、これは昨年の10月に利用した、ある「道の駅」での写真ですが、案内板と天井との間にクモの巣が張っていました (^^;
 さすがにこの写真では、クモの巣まではよく写っていないのでわからないと思いますが、施設の案内板ですから利用客の目がよく向けられるところだと思います。そこにクモの巣が張っていたらお客さんはイイ気持ちはしませんよね (^^;
 で、直ぐに施設の責任者を呼んでクレームを付けてやりました。
 「こんなんじゃ、マズイんじゃないの・・・」と(苦笑)

 確かに、毎日施設の周囲とかの掃除は行っているのでしょうが、ホウキとチリトリを持って掃除をしていると、足元にばかり目が行きがちで、頭の上はついおろそかになって意外な盲点になる事が少なくないのです。

 今度から、お店にアドバイス料でも請求しようかな (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・


 それはともかく、この100円ショップで買い物をした時に、店長を呼んでクレームを付けた事があったので、今日はその顛末を・・・ (^.^; ポリポリ

 上の写真をご覧になって頂ければわかるのですが、お店の横に駐車場が設けられています。

20080131022_2  その入口のところに、このような案内が書かれていますので、案内にしたがい駐車場に入って行ったのですが・・・

 「あれ? どこに停めれば良いんだ (?。?) 」


 案内には「○○専用駐車場へお越しのお客様は右側奥へ駐車お願いします」と書かれている。
 しかし、その「右側奥」って・・・ いったいどこの事 (?。?)  (?。?)  (?。?)


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 それぞれの駐車スペースには、お店の名前などの表示も無いので、とりあえず建物の一番奥に当たる、この階段のところに停めてお店に入りました。
 写真では、ヴィッツが停まっていますが、この写真は後日に撮ったので、ちょうどこの場所に停めました。


 買い物を済ませ、レジで勘定を済ませた後、店長を呼んでもらってクレームの開始です・・・ (^^;

 「オタクの駐車場だけどさ、右側の奥ってどこの事言ってるの?」と・・・
 で、店長が説明してくれたんですけど、ことばだけでは要領を得ないので、店の外に連れ出して具体的に教えてもらう事にしました。
 すると、お店の建物の、さらにその奥に設けられている、写真ではハイエースが停まっているところと、その左隣の二つのスペースがこのお店の専用駐車場という事で・・・ (^^;

20080131020  私が停めた、このヴィッツが停まっているところは、このお店のそばにある「千葉銀行」の駐車場という事だそうです (^^;;;

 「あのさぁ、専用駐車場なら、お店の名前くらい表示しておくのが当たり前ナンじゃないの? これじゃ、どこがオタクの駐車場なのか、お客さんはわからないと思うよ」と。
 「私は、わからなかったからここに停めたんだけど(と、自分の車を指さして)、ここの駐車場の管理者から、銀行の利用者でもないのに勝手に停めてもらっては困ると文句を言われたらどうするの? オタクの不手際のせいで私に迷惑がかかるんだよ」と続ける・・・
 一応、50代くらいの女性店長は、私の言う事を聞いてはいましたが、納得しているようには見えない・・・ (ノ_-;)ハア…
 「少なくても、お店の名前くらいは書いておいた方が、お客さんにはわかりやすくて親切だと思うよ」と言って帰ってきましたが、1週間ほどしてこの駐車場を覗いてみると、前と何も変わっていませんでした(怒り)


 それで、これらの写真を撮って記事にしようと (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 他人の忠告を、自分の事としてしっかり受け止める事ができないようでは、この店の店長はお店を経営する資格は無いな・・・

 さらに言うならば、この専用駐車場に停まっているハイエースですが、前にも同じように停まっていましたので、おそらくはこのお店の車ナンだと思います。つまり、ここの駐車場は「お店のため」のモノであって、「お客さんのため」のモノではないんじゃないかな。
 お客さんは、勝手に「千葉銀」の駐車場の方に停めてくれ・・・と (__;)

 で、私なりの穿った見方をすれば、この専用駐車場にお客さんの車を停めてもらっては困ると思っているから、ナンの表示もしていないし、指摘されても表示しようとしないんじゃないかと・・・ (^^;
 もしかして、従業員の誰かがマイカーで通って来るから、そのために借り上げているスペースなんじゃないのか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 いずれにしても、こんな店、「ダメな店」の典型だと私は思うよ (`´)

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2008年1月30日 (水)

居酒屋

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 お酒のお好きな方なら、居酒屋の壁なんかに、こんな文字が書かれた色紙か短冊を見かけた事はないですか?


 これ・・・ 「商い ますます繁盛」と読みます (^^)v

 「商い」はわかると思います(苦笑)

 お酒を一升マスで二つと、五合は一升マスの半分ということで、「升升半升」です (^^)v


 似たような感じで、「一升五合」で、「一生繁盛」・・・な~んちゃって ・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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ケネディスタンプクラブ

 今日も、ケネディつながりの記事で失礼します・・・ (^.^; ポリポリ

 

20080127001_2

 

 先日、都内の新宿通りを通っている時に、懐かしい名前を目にしたので、思わず写真に納めてみました。

 

 「ケネディスタンプクラブ」・・・ 切手やコインを販売しているお店です。

 もうすっかり忘れていた名前なのですが、私が小学生の頃、切手収集にはまった事があり、その時にマンガ雑誌の広告などでこの名前を目にして、少ない小遣いの中から通信販売で何度も利用して切手を買い集めた事があります (^^;

 

 当時は、切手収集はけっこうメジャーな趣味であり、「趣味の王様」ナンて言われてもいました。
 もっとも、鉄道模型とかアマチュア無線とか、いろんな趣味の人達が勝手に「○○は趣味の王様」だと名乗ってもいましたが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 今思うと、本当におおらかな時代でしたねぇ (^^;

 なにしろ、本屋さんも無いような田舎の山村ですから、切手を買うといえば、郵便局か近所のよろずやで普通の「通常切手」を買うのがほとんどだったので、記念切手の存在はほとんど知りませんでした (^.^; ポリポリ

 

20080127002  私が一番最初に見た切手は、この10円のソメイヨシノと5円のオシドリでした。
 幼い時分、手紙が10円、ハガキが5円という事で、この切手はよく見かけました。

 

20080127003  次に、小学生の頃、郵便料金の値上げがあって、手紙は15円、ハガキは7円になりました。
 この時の図案は、15円が菊で、7円は金魚でした。

 私が切手収集を始めたのが、この頃だったように思います。

 

 きっかけは、何かのマンガ雑誌で「ケネディスタンプクラブ」の広告を目にし、「世界の切手50種」とかいうようなうたい文句で紹介されていたのを買ったのが最初だったと思います。
 この時の値段は覚えていませんが、小学生の小遣いで衝動買いできる程度の価格ですから、せいぜい100円か200円程度だったと思います (^^;

 半月ほどで送られて来た、今までに見た事もない美しい切手に目を奪われた私は、間もなく「ケネディスタンプクラブ」の会員に申し込みます (^.^; ポリポリ
 特に、ハンガリーとかルーマニアなどの東欧の国の切手は見事なくらいに美しい大型の切手で、子供心にもとてもお気に入りで憧れましたね (^.^; ポリポリ

 入会特典は、日本や外国の使用済みを含むたくさんの切手と、会員証&会員バッジ、ストックブックや、たしか切手用のピンセットなど、切手収集に必要な様々な品物だったと思います。
 それらが、アタッシュケースを模した厚紙製の小さな箱に入って送られて来て、子供心にわくわくしたのを覚えています(笑い)

 もう、40年くらい前の事になりますか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 以来、「ケネディスタンプクラブ」は私のお気に入りでした。
 その後、中学生くらいになると、「明治スタンプ会」なども知って、利用するようになります。
 カタログに載っている切手のプライスを比べると、明治の方がケネディよりも若干安かったのを記憶しています (^.^; ポリポリ

 

 最初の頃は、ワケもわからずに数を増やす事ばかり考えているような状況でしたが、そのうちに海外の切手には見向きもしなくなり、日本の切手だけに傾倒していきます。

 記念切手の発売日には、休み時間になると自転車で近くの郵便局まで行って何枚か買っていました (^.^; ポリポリ

 

 しかし、高校生くらいになるとイッキに熱が冷めて、記念切手さえほとんど買わなくなりました (^^;
 当時買い集めた切手は、おそらくどこかにあると思うのですが、その所在はさっぱりわかりません (^.^; ポリポリ

 私のモノに対するこだわりなんて、しょせんこの程度のモノです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 しかし・・・ ケネディスタンプクラブって、まだ営業してたんだ・・・ (^^;
 こっちの方が驚きかも・・・ (^.^; ポリポリ

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2008年1月29日 (火)

ケネディ電気

 今日は、チョッと「風変わりなお店」をご紹介してみようかなと・・・ (^.^; ポリポリ

 私が住む成田市から利根川を渡り、国道408号線をつくば・土浦方面に向かって北上すると、間もなく左手にワケのわからないモノが賑やかに並んでいる不思議な建物を目にする事になる・・・
 所在地はここになります ( ^-^)/ ♪

 このお店、「ケネディ電気」というらしいんですが、地元ではけっこう有名なようで、過去にはテレビにも取り上げられた事もあるようです。
 この道路は、仕事でよく利用するので、この店の前も何度も通って存在は以前から気にはなっていましたが、ブログを始めた事でもあり、写真でも撮って記事にでもしてみようと思って、先日ここを通った際にお店の周囲をカメラに納めて来ました (^^)v

 ・・・といっても、実際に撮影したのは昨年の10月15日ですから、3ヵ月以上も前の事になります (^◇^) 。。。ケラケラ
 写真を撮った時にはすぐに記事にしてご紹介するつもりだったんですが、なにぶん、他にも書きたい事が次から次に湧いてくるもので・・・ (^.^; ポリポリ
 こういう記事は、つなぎの記事というか、格別アップする時期を選びませんので、どうしてもタイムリーな話題の記事の方を優先せざるを得ないという、台所事情もご理解下さい(苦笑)


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 これが、お店の遠景ですが、どうですか、いかにもアヤシイ雰囲気が漂って来るでしょ (^◇^) 。。。ケラケラ
 このオブジェの数々ですが、ほとんど廃品利用の手作りのようで、見ていても笑えます (^.^; ポリポリ


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 お店の建物には、様々な文字が書かれており、その中で特に私の目を引いたのが、最後の写真にも写っている「会津の男だ」という一言 (^◇^) 。。。ケラケラ
 ネットで調べると、福島県は南会津の出身のご主人がやっているとの事、やっぱりねぇ(笑い)
 どうも、私を始め、会津の人間には、変わり者が多いのかな・・・
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 まぁ、それはともかく、気にはなっているとはいうものの、さすがに中に入って行く勇気は私にはありませんので、荒川さんという方が開いているHPの中に、潜入記事がありましたので、気になる方は、ぜひそちらの記事でお楽しみ下さい ( ^-^)/ ♪
 「ケネディ電気」というお店の名前の由来や、ご主人のプロフなども記事の中で丁寧に語られていますよ (^^)v

 他にも、似たような記事を書いたブログがあるようですが、なにぶん私は好奇心は人一倍旺盛なんですが、けっこう人見知りをする (^^; 方なので、一人で中に入って行く事はできませんでした (^.^; ポリポリ
 こういう時に、別れたカミさんなんかだと、怖いもの知らずだったのでドンドン中に入って行くのでしょうが・・・ (^^;

 これからも、私が中に入って行くような事は・・・ おそらくないんじゃないかな・・・ (^.^; ポリポリ

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2008年1月28日 (月)

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 今夜の月9ドラマを見て・・・ (^.^; ポリポリ

 なんとなく・・・
 そうかもしれないと・・・(苦笑)

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冗談じゃないぞ!

 昨日行われた「大阪国際女子マラソン」において、福士加代子が惨敗した・・・

 まさに、最初から最後まで、福士の、福士による、福士のための大会だった (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 

 スタート直後から果敢に飛び出し、たった一人で後続との差をドンドン広げていく・・・
 一時は、後続に最大で670m、2分以上もの差を付けて、独走状態に見えた・・・

 しかし、30キロを過ぎると徐々に失速・・・
 やがて、34キロを過ぎたあたりから、後続に次々に抜かれていく・・・
 最後は、脱水症状から、フラフラになり、何度も倒れながら、やっとの思いでゴールにたどり着いた・・・

 

 トップを走っていた時はもちろん、最後までカメラは福士を追い続けた・・・

 チョッと待て!
確かに、おもしろい絵は撮れて、数字は稼げたろうが、こんな事で良いんだろうか・・・

 百歩譲って、テレビの前の一般の視聴者が、福士の姿を見て「感動した」とか「最後まであきらめない姿に勇気を貰った」とかの思いを抱いても構わないだろう。
 彼等は単なる傍観者だ、無責任なことばを残しても、どんな感想を抱いてもナンの問題もない。

 しかし、仮にもスポーツを語ったり報道したりして、それでメシを食っている報道関係者や評論家たちが、彼等と同じレベルで福士を語って良いものだろうか・・・

 

 冗談じゃないぞ!!!

 

 フラフラになってやっとの思いでゴールして、そんな失敗レースを「美談」として語ってはいけないだろう。

 中には、ゴールすることで選手としての経験になり、マイナスにはならないナンてバカな事を語る関係者まで居たりして・・・ (ノ_-;)ハア…
 あんな状態でゴールすることに、いったいナンの意味があるの!

 監督は、早急にレースを止めさせるべきだったと思うのは私だけではあるまい。
 少なくても、次のレースの事を考えていたのなら、誰が考えても途中棄権が妥当だろう。精神的にも肉体的にも、選手生命を脅かしかねない状況だったわけだから・・・
 ・・・という事は、福士の次のフルマラソン参加は無いと考えても良いのかな(苦笑)

 

 マスコミは、こんな惨敗レースを取り上げるよりも、今回、話題にされるべきは、日本人最高となる2位でゴールした森本 友の方ではないのか。

 福士の飛び出しにも惑わされず、しっかりと自分の走りを見つめ、自分の力を信じてマイペースで走り続け、トップのマーラ・ヤマウチとは24秒差で堂々のゴールをした。
 確かに、タイムは2時間25分34秒とそれほど特筆すべきものではないけれど、それでも日本人1位ならそれなりの敬意を払うべきなのではないのか。

 

 こういうスポーツの大会で、報道関係者や評論家たちがしなければならない、本当に大切な事とは、いたずらに目先の話題を追う事ではなく、しっかりと結果を残した選手に対しては惜しみない「賛辞」を贈り、結果を出せなかった選手に対してはチャンと「叱責」をすることではないのか・・・

 いたずらにバッシングするのもどうかと思うが、少なくても今回の大会では、森本に対するリスペクトが足りないと思うし、無様な姿を晒した福士への必要以上の持ち上げぎみな報道が気になってならない。

 

 努力して、結果を残した選手には、それなりの扱いをしなくてはなるまい。
 逆に、ダメだった選手にはもっと冷淡になるべきだ!


 こんなバカな報道姿勢だから、日本のスポーツは世界に通用しないんだよ(怒り)

 

 私は、福士に言いたい!

 フルマラソンをなめるな! と・・・

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初めて買ったLP

 皆さんは、初めて買ったレコードとか、覚えていますか?
 今時ですと、レコードなんていってもご存知ない方が少なくないような時代ですけど、そういう方なら、初めて買ったCDという事になるのでしょうが・・・(笑い)

 私の場合は、シングルだと、小学生の頃に買ったベッツィ&クリス「白い色は恋人の色」でした (^^ゞ
 で、LPはというと、かぐや姫「かぐや姫LIVE」だったワケなんですが、記念すべき、初めて買ったLPになるはずのこのアルバムには、思い出したくもない程のとてもショッキングな苦い体験があって、今、手元には残っていません・・・
 今日は、そんな体験記を・・・ (^.^; ポリポリ


 私は、フォークソングが大好きで、中学生の頃から「かぐや姫」をずっと崇拝していました (^.^; ポリポリ
 もちろん、吉田拓郎や他のアーティストたちの事も、手あたり次第に聞いてはいましたが、私にとって「かぐや姫」は特別な存在という事で・・・ (^^)v


 彼等を意識するようになったきっかけは、多くの方々と同じように「神田川」を聞いたのが最初ですが、それ以前にも幼なじみの「いとこ」から、かぐや姫のLPレコードを借りた事があったので、名前だけは知ってはいました。
 しかし、何事にもタイミングがあるように、その時にはまだ彼等の良さがわからなかったので、他の多くのアーティストの中の一人というか、一つのグループでしかなかったわけです。

 また、ギターを覚えるきっかけになったのは、これよりもずっと前の、拓郎の「結婚しようよ」だったりしますから、そういうところからかぐや姫を好きになっていったわけでもないのです・・・

 とにかく、私は子どもの頃からガンコ (^^;ですので、理由はナンであれ、一度好きになるとひたすらにまっしぐらです(笑い)
 で、中学、高校と、幼なじみの「いとこ」と二人でデュオを組み、かぐや姫のコピーなどを中心に、一生懸命練習しましたね(苦笑)


20080128001  そんな頃、高校1年生の秋の事ですが、どうしてもかぐや姫のアルバムが欲しくて、発売されたばかりの「かぐや姫LIVE」というアルバムを買った事があります。

 当時、喜多方に住んでいた私は、会津若松の高校に通っていた「いとこ」と、ギターの練習をするために、日曜日には列車に乗って若松に行き、彼の下宿先に近い、鶴ヶ城の公園で練習をする事がよくありました (^.^; ポリポリ


 その日、例によってお城の公園でギターの練習をした後、駅へと向かって歩いた帰り道、会津若松のメインストリートである「神明通り」に在るレコード店に立ち寄り、前から欲しかった「かぐや姫LIVE」のアルバムを買い、意気揚々と帰途につきました (^^)v
 生まれて初めて買ったLPレコード・・・
 それが入っているビニール袋からは心地好い重みが手に伝わって来る・・・ (o^∇^o)ノ

 で、信じられない悪夢は、この後に待っていたのでした・・・ (^^;


 会津若松の駅に着き、喜多方までのキップを買うために券売機の前に行き、両手に持ったギターのハードケースと買ったばかりのLPの入ったビニール袋を足元に置いて、財布から小銭を取り出してキップを買い、また荷物を手にして改札をくぐってホームに立ちました。
 歩きどおしで多少の疲れはあったものの、充実した一日を過ごして私は大満足でした (*´∇`*)

 程なく、ホームに入ってきた列車に乗り込み、心地好い揺れに身を任せながら、網棚に置いたギターのケースを見ているウチに、ハタと気がついた・・・ (^^;
 あれ? レコードの入った袋はどうしたっけと・・・ (^^;;;

 サッと血の気が引き、キップを買うために足元に置いたのを思い出した・・・
 あれ・・・ あの時・・・ キップを手に取り、もう片方の手に取ったのはギターのケースだけだった・・・と・・・ (^^;;;;;;;;;

 ナンて事だ! 買ったばかりのレコードを、券売機のコーナーに置き忘れてきた~~~ (/_;)

 いつもキップを買う際に、ギターを足元に置き、出てきたキップを右手で取り、左手でギターを持つのが当たり前だったから、この時にも体の方でいつものように勝手に動いてしまったようだ・・・ (__;)

 喜多方の駅に着き、念のために若松の駅に忘れ物の問い合わせをしてもらい、合わせて紛失物の届けを出してきたけれど、とうとう出ては来なかった・・・ (ρ_;)・・・・・ 


 ヒドイ話しだ・・・
 貧乏高校生が、なけなしの小遣いでやっと買ったLPレコードだったのに、一度も針を落とす事のないまま、手元から消えてしまった・・・ (p_-)・・・

 ちなみに、この時買ったアルバムには、初回プレスの特典としてソノシートが1枚オマケで付いていた・・・
 「大阪のお嬢さん」というタイトルで、74年7月23日に大阪厚生年金会館ホールでのステージで披露した、即興の歌が1曲収録された、レア物のソノシートだった・・・ (;_;)


 その後、何年もしてから同じレコードを買い直した事があったけれど、その時のアルバムには当然このオマケは付いてはいなかった・・・ (^^;

 この時のショックはとても大きく、本当にガッカリしたんですよ (^^ゞ
 思い出したくもない「悪夢」として、今でも私の大きな汚点の一つになっています (^.^; ポリポリ


 まぁ、そそっかしいのは、昔からという事で・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 お粗末様でした~・・・ m(_ _)m

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2008年1月27日 (日)

大相撲初場所を終えて

 最後の最後まで、横綱二人のための場所だった・・・

 他の力士たちは、カヤの外・・・ (ノ_-;)ハア…

 特に、大関陣の腑甲斐なさは深刻だ(怒り)

 オマエら、全員、味噌汁で顔でも洗って出直して来~い!(怒怒怒怒怒怒)


 しかし、そういう不満をも、この二人の横綱は吹き飛ばしてくれた。
 二人とも、15日間、しっかりと結びと結び前の二番を取り切って、荒れそうになる土俵を横綱の「威厳」で見事に締めてくれた・・・
 (^^)// パチパチパチパチ

 特に、千秋楽結びの一番となった、横綱同士の相星決戦は、私の記憶に長く残るだろう「名勝負」となった・・・
  ヽ(^o^)尸
 

 こんなに力の入った一番を見るのは、いったいいつ以来だろう・・・
 チョッと、記憶にないな・・・ (^.^; ポリポリ

 半年ぶりの本場所という事で、朝青龍の優勝は無いと思っていた私ですが、まさかここまでやってくれるとは、完全に予想外でした (^^;
 私ゃ、中日あたりまで、途中休場も有り得るんじゃないかと本気で思っていましたから・・・ (^.^; ポリポリ

 体調が万全でない上に、相撲カンも本来の朝青龍のそれとはほど遠い中、終盤まで危うい相撲を取っていた朝青龍ですが、それでも星を落とさないのは、さすがというか、見事というか・・・ (^^;
 ありゃぁ、先輩横綱としての「意地」ですかね(苦笑)

 悔しいけれど、あそこまでやってくれると、さすがに認めざるを得ないわ・・・ (^.^; ポリポリ

 いやぁ、それにしても、見事な千秋楽結びの一番だった。
 あの、白鵬と朝青龍の力と技を駆使した一番を見られただけでも、今場所の価値は十分にあったな。
 本当に、今場所の十五日間を凝縮したような、中身の濃い、素晴らしい47秒間の攻防だった・・・

 さすがは、東西の「横綱」という事ですね o(*^▽^*)o~♪
 有り難い事だ・・・ (^人^)

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ホームにて

 先日、ネッ友さんのむうさんが、地元札幌のFM局にゲストとして招かれ、趣味のランニングを中心にいろいろと語っていたのを、ネットラジオで聞く機会を得ました。

 

20080127016  その番組の中で、むうさんのリクエストとして、中島みゆきの「ホームにて」が流されました。むうさんの思い出の曲という事で・・・

 実は、この作品は私にとっても思い出深い作品なのですが、その事をコメントに書いたところ、『夢さんの「ホームにて」の思い出ってなんでしょう。』というお返事を頂きましたので、今日は、そんな話題で・・・ (^.^; ポリポリ
 ・・・といっても、そんなにあらたまって人に聞かせるような内容でもありませんが・・・(苦笑)

 

 私が、中島みゆきというアーティストを意識するようになったのは、高校3年の暮れの事・・・
 その年の10月に、2枚目のアルバム「みんな去ってしまった」が発表され、地元のNHK-FM局のローカル番組の中で、特集が組まれたのを聞いたのが最初です。
 その時に、B面の1曲目から続けて4曲を流してくれました。
 流れた作品は・・・

 「冬を待つ季節」
 「夜風の中から」
 「03時」
 「うそつきが好きよ」

 この中で、2曲目に流れた「夜風の中から」という作品に刺激を受け、中島みゆきってイイじゃんという事で、一発でファンになりました (^^;
 私は、こういう作風の作品が好きなんですよね (^.^; ポリポリ

 

 で、中島みゆきを意識するようになると、それ以前に発表していた「アザミ嬢のララバイ」というデビュー曲があって、この曲の事は知っていたのですが、それと中島みゆきという名前が結びついていなくて、え~、これってみゆきの作品なの~・・・という事であらためて認識するに至りました (^.^; ポリポリ

 

 高校を卒業して、江戸川の電気屋で働きだして間もなく、6月に3枚目となる「あ・り・が・と・う」というアルバムが発表されます。
 私は、すぐに近所のレコード屋で手に入れました (^^)v
 これ以前にも、乏しいお小遣いの中から何枚かレコードを買った事はありましたが、私が人生で初めて「自分の稼いだお金で買った」レコードでした・・・ (^^;
 というワケで、このアルバムに対する私の思いは格別のモノがあります・・・ (^.^; ポリポリ

 そして、LPレコードを買ったのはこれで2枚目・・・

 生まれて初めて買ったLPレコードには、思いだしたくもないほどの苦い記憶があって、手元には残っていないので、実質的には初めて手にしたLPという事になります (^.^; ポリポリ
 このヘンの下りは、いずれあらためて「初めて買ったLP」とかいうようなタイトルで記事にしてみたいと思っています(笑い)

 

 それはともかく、この「あ・り・が・と・う」というアルバムは素晴らしい内容でした (o^∇^o)ノ
 私の中では、間違いなくみゆきのNo.1のアルバムです。

 収録されている作品は全部で9曲 (^^)v

 SideA20080127011
 遍路
 店の名はライフ
 まつりばやし
 女なんてものに


 SideB20080127012
 朝焼け
 ホームにて
 勝手にしやがれ
 サーチライト
 時は流れて

 

 いずれも、私好みの作品ばかりで、カセットに録音して繰り返し繰り返し聞きました・・・
 そして、中でも特に大好きだった作品が、このアルバムのB面に収録されていた「ホームにて」だったワケです (^^)v

 生まれ故郷の会津を離れ、独り暮らしを始めたばかりで、ホームシックというほど重症ではありませんが、ちょうど里心が芽生えてきた頃だった事も手伝って、聞いているウチに涙が滲んできた事もありました・・・ (^.^; ポリポリ

 今まで、何度この曲を聞いた事か・・・
 聞くだけではなく、この作品に影響されて、似たようなモチーフでオリジナルを作った事もありました・・・ (^^;

 ちょうど、私等よりも上の「団塊の世代」が、集団就職列車に乗って、はるばる着いた上野駅での思い出を、井沢八郎の「あゝ上野駅」を聞いて思いだしたような望郷の思いを、私はこの「ホームにて」の中に感じたわけです。

 この作品の完成度はとても高く、3か月後に発売された「わかれうた」のB面としてシングルカットされるに至り、A面の「わかれうた」の大ヒットに伴って多くの人の耳に届き、中島みゆきの隠れた名曲の一つとして現在に至っています (^^)v

 

 ところで、この「あ・り・が・と・う」というアルバムを買ってLPのジャケットを見た時の印象ですが・・・「中島みゆきって、イイ女だなぁ・・・ (^^ゞ  」というモノでした(爆笑)

 

20080127014_2 20080127013_2 20080127015_2

 その思いは、続く4枚目の「愛していると云ってくれ」、5枚目の「親愛なる者へ」、6枚目の「おかえりなさい」と、出されるアルバムの枚数が増えていくにつれ、ますます強くなっていきました・・・ (^.^; ポリポリ
 それらのジャケットに描かれている中島みゆきの写真は、どれもとても色っぽくて、ゾクゾクしました・・・ (^^;

 

 以来、私の中には、三人の「中島みゆき」が存在しています (^^;

 一人目は、言わずもがなですが「アーティスト」としての中島みゆきです。
 歌の中に現われる中島みゆきは実にいろんな表情を見せてくれます。よく言われるように、コワイ女というイメージは私にはないのですが、情が深そうな感じはしますね (^^;

 二人目は「女」としての中島みゆきです。
 ジャケット写真に描かれた彼女のポートレートは、そのまま写真集として発売しても十分に鑑賞に耐え得ると思います (^^)v

 三人目は、ラジオのパーソナリティーに代表されるような「素顔」の中島みゆきです。
 彼女の歌でしか、中島みゆきというアーティストを知らないと、なんとなく暗くて怖そうなオンナというイメージしか浮かばないかもしれませんが、ラジオなどで一度でも彼女の声を聞いた事のある方なら、そのギャップに腰を抜かすのではないか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 明るく高めのトーンで語られる軽めのトークと、ケラケラ・・・とか、時にはガハハ・・・と大きな声でよく笑う中島みゆきは、歌の中で太い声で彼女独特の世界を作り上げている中島みゆきとは、どうしても同一人物とは思えない・・・ (^^;
 もしかして、みゆきって多重人格者ナンじゃないかとさえ思えてきます(笑い)

 

 以上の3点から、私の理想の女性像は「中島みゆき」になった (^.^; ポリポリ
 こういう、いくつもの顔を持つ女性となら、一緒に暮らしていて「楽しくて飽きない」だろうなぁと・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 まぁ、理想と現実とは、多くの場合違ってしまうものですが・・・
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 

 蛇足ですが、中島みゆきの本名は「中島美雪」といいます。
 芸名では、名前はひらがなで書かれますが、漢字で名前を書くと、いかにも北海道の女性というイメージになりませんか?
 個人的には、ひらがなの方の「中島みゆき」が好きナンですが・・・ (^.^; ポリポリ

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2008年1月26日 (土)

ランナーズステーション

 私自身は、ランニングはしないのですが、ネッ友さんの中にもランナーの方は居らっしゃいますので、私も彼等の影響を受けて、1年ほど前に家の周りを少し走った事があります (^^ゞ
 でも、普段から運動らしい運動もした事のないまま、いきなり1kmチョッとのランニングを始めたら、何日もしないウチに右の膝を痛めてしまいました (^.^; ポリポリ
 いつの間にかしっかり体に付いてしまった脂肪の重みに、私の足が耐え切れず悲鳴をあげてしまったワケで、やっぱ、いきなり走りだすのではなくて、ウォーキングから始めるべきだったと反省しました (^◇^) 。。。ケラケラ

 それっきり、ランニングからは遠ざかってしまいました・・・ (^.^; ポリポリ
 膝を痛めたというのは単なる言い訳に過ぎず、私は生来の怠け者ですから・・・(。_°☆\(- - )

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 それはともかく、今、世は健康ブームのようで、ウォーキングやランニングを趣味にして居らっしゃる方がとても多いようです。
 写真は、仕事で内堀通りを走っている時に撮った、皇居の周りを走っているランナーたちです。以前から、皇居の周りをランニングする人はけっこう居たんですが、昨年の東京マラソンが潜在的な市民ランナーたちをさらに掘り起こしたようで、平日でも皇居の周回歩道をランニングしている人達の姿をよく見かけます。

 そんな人達ですが、勤務先の会社が近くにあればそこで着替えなどができるんでしょうが、必ずしもそういう恵まれた環境に居らっしゃる人達ばかりではありません。
 で、そういう人達がよく利用しているのが、近くにある銭湯で、有名なのは内神田の「稲荷湯」と、麹町の「バン・ドゥーシュ」でしょう。もしかしたら、神田神保町の「梅の湯」を利用している人も居らっしゃるかもしれません。

 そんなランナーたちの熱い要望に応えるかのように、昨年の10月に「ランナーズステーション」というシャワー施設がオープンして話題を呼んでいるようです。

 銭湯と違って湯船は無く、荷物を預けるロッカーとシャワー室がメインという、最初から皇居の周りを走るランナーたちをターゲットにした施設だという事で、評判もなかなかだとか・・・ (^^ゞ

 ただ、料金はビジターで700円と、銭湯の400円から比べればかなり高めかな(苦笑)
 走った後に、湯船に浸かってくつろぐこともできないし・・・ (^^;

 それでも、荷物がある場合にはキチンとした専用のロッカーが用意されているし、朝の7時から営業しているという事で、15時頃から営業を始める銭湯とは違って、時間を気にする必要も無い (^^)v
 出社前にランニングをして汗を流したいという人には打って付けの施設なのではないか。

 さらに言うならば、ここはランナー御用達の専用施設ですから、銭湯と違って他の一般のお客さんへの気遣いはしなくていいのと、周りに居る方たちは全てランナーたちですから、情報交換というかコミュニケーションを楽しむのもいいかもしれませんね (^^)v

 この施設についての詳しい情報は、オフィシャルHPの方でご確認下さい ( ^-^)/ ♪

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 ・・・というワケで、昨日仕事のついでに、どんなところなのか様子を見てきました (^^)v
 もちろん、外から見てきただけですが・・・ (^.^; ポリポリ
 こういう時にカーナビは便利ですね (o^∇^o)ノ

 カーナビの案内で、目的のビルにはすぐにたどり着いたんですが、肝心の「ランナーズステーション」が見つからない・・・ (^^;
 で、ビルが建っている区画をグル~ッと一回りして、ようやく見つけましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 それが上の写真ですが、簡単にいうと、ビルの裏側の狭い路地に面しているので気がつかなかったわけです。こういう客商売のお店って普通は表通りに面しているのが普通でしょ (^^;
 これじゃぁ、気づかないわ(苦笑) ぜんぜん目立たないし・・・ (^.^; ポリポリ
 まぁ、ここを利用しようと思う人は、一見さんではありませんから、最初からここを目指して来るわけで、そういう事はあまり問題にはならないのでしょうが、それにしても目立たなすぎですよ・・・ (^^;
 路地の入口に、3枚目の写真に写っているような案内も置いてあるのですが、こんなんじゃ、気がつきませんよ、普通(笑い)

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2008年1月25日 (金)

山本山が幕下優勝

 今日、序の口と序二段、そして幕下の優勝者が決まった。


 序ノ口は、全勝で、木瀬部屋の緒方が優勝を決めた。
 緒方は、先場所の九州で初土俵を踏んだが、今場所新入幕の市原や幕下優勝を決めた山本山と同じ年代であり、日体大の出身だ。一度は相撲をあきらめて働きだしたものの、市原や山本山の活躍に刺激されて、10ヵ月遅れで角界に入門した・・・


 序二段は、全勝で、阿武松部屋の若龍馬が優勝を決めた。


 そして、幕下は、全勝で、尾上部屋の山本山が優勝を決めた。
 山本山は、ロシア出身の阿覧と対戦し、巨体を生かして一方的に阿覧を押し出し、6連勝同士の対戦に決着をつけた ヽ(^o^)尸
 山本山は、東の幕下58枚目という事で、来場所では大きく番付を上げる事でしょうから、大阪場所である程度の成績で勝ち越せば十両昇進が見えてきます (^^)v
 やったじゃないか~ ヽ(^◇^*)/ 
 おめでとう!  ( ^-^)o-o<※ ☆ パンッ☆彡
 このチャンスを逃すなよ!!!


 ちなみに、三段目は、全勝で、八角部屋の勝龍と、阿武松部屋の寺下が並び、千秋楽に決定戦が行われる事になった・・・
 どっちも頑張れ~ ヽ(^o^)尸

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UFO

20080123001  これは「UFO」という、1977年に発表された、ピンク・レディー最大のヒット曲で、彼女たちの6枚目のシングルであり、ピンク・レディーの人気を決定づけた1曲です。



 この頃の私は、キャンディーズのファンだったので、それほど彼女たちの曲を聞いていたわけではありません (^.^; ポリポリ
 それでも、日本中がピンク・レディーの大ブームの中でしたので、聞くとは無しに耳に入って来ましたから、歌は一応知ってはいますが、この頃の私はというと、高校を卒業して、江戸川の電気店に勤めながら夜間の専門学校に通っていましたので、住まいは4畳半一間の小さなアパート。
 テレビは、電気店ですからその気になればお客さんのところから引き取って来た中古のテレビがいくらでも転がっていましたが、見たい番組がなかった事もあり、自分の部屋には置いていませんでした (^.^; ポリポリ

 当時は、テレビよりもオーディオに凝っていましたので、もっぱらFMばかり聞いていました。そして、発表されたばかりの高級ステレオカセットデッキでエアチェックを繰り返していました・・・ (^^;  エアチェックというのは、放送をテープに録音して残す事です。
 テレビの無い生活は、その後数年間続きましたが、友人たちの不評はあっても、私自身は全く必要性を感じなかったので、ぜんぜん困りませんでしたね(笑い)
 だから、彼女たちの歌の振り付けは全く知らないんですよ、見てないから・・・ (^^;


 ところで、この曲のタイトルですが「ユーフォー」と言います (^^ゞ
 「UFO」と書いて「ユーフォー」・・・ こんな事はおそらく小学生でも知っていると思います。
 カップ焼きそばにまで「U.F.O」ナンて商品があるくらいですから・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 しかし、「UFO」ということばを「ユーフォー」と読んでいるのは、おそらく日本だけだと思います (^^;
 
もちろん、欧米でも一部の人達の中には、日本のように「ユーフォー」と読んでいる人も居らっしゃるようですが、一般的には「ユー・エフ・オー」と読まれています。

 これは、なぜかというと「Unidentified Flying Object」の頭文字をとった「略語」だからで、一般の単語ではないからです。


 こういう例は、例えば「Federal Bureau of Investigation」の頭文字をとって「FBI」とか、「Central Intelligence Agency」の頭文字をとって「CIA」とかが日本人には馴染みのある「略語」ですが、いずれも「エフ・ビー・アイ」「シー・アイ・エー」と読んでいます。
 中には「National Aeronautics and Space Administration」のように「NASA」で「ナサ」というようなモノもあるようですが、「United States of America」「USA」でやはり「ユー・エス・エー」と読んでいます (^^)v


 我が国においても、1970年に日本テレビ系で「謎の円盤UFO」という特撮ドラマが放送された事があり、私もよく見ていた番組です (^.^; ポリポリ
 この番組が「UFO」ということばの日本上陸の最初だったように記憶していますが、その時には「謎の円盤ユー・エフ・オー」という読みで番組名は紹介されました・・・

 いったい、いつの間に日本では「ユーフォー」という読みに変わってしまったんだろう (?。?)
 少なくても、ピンク・レディーのこの歌が発表された時点では「ユーフォー」という読みが定着していたという事ですが、よくわかりません (^.^; ポリポリ
 Wikipedia ナンかの説明を読むと、比較的早い段階から日本では「ユーフォー」と読まれていたとあるので、テレビかなんかで社会的な影響力のある誰かが口にしたのがイッキに広まってしまったんでしょうね(苦笑)
 この当時、空飛ぶ円盤の目撃談などがよく取り上げられて円盤ブームを巻き起こした事があったからです。


 ところで、私は高校時代の3年間、ブラバンをやっていたという記事を昨年書きましたが、その時の担当楽器が「ユーホニウム」でした (^^;
 仲間内では「ユーホ」と略して言うのが一般的だったので、今でも誰かにブラバンの話しをした時なんかに、楽器は何をやってたの? ナンて聞かれた時には「ユーフォー」と答えています (^_^)V。
 まぁ、知っている人はまず居ないというマイナーな楽器ですが・・・ (^.^; ポリポリ

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2008年1月24日 (木)

嬉しい勲章

 2週間前に「化け鼠伝説」という記事をアップした事がありました (^.^; ポリポリ

 

 私自身、こんなふざけた記事を書いても良いのかなぁと思いつつも、イタズラ心を押さえられずに、読んだ皆さん方の反応が知りたくて、テスト的な意味合いで恐る恐るアップしてみました(笑い)

 オチがわからないようにと極力隠しつつ、できるだけリアルな記事になるようにと苦心しましたが、私の文章力ではせいぜいあの程度のデキにしかなりませんでした(苦笑)
 同じ事を書いても、文才のある方ならもっと気のきいた記事になったんじゃないかと思うと、少々不満もあります・・・ (^.^; ポリポリ

 読んでいただいた方が、「なぁんだ・・・(爆笑)」という反応をしていただければ、書いた甲斐もあったというワケなのですが・・・ (^.^; ポリポリ

 

 そんな中、ネッ友さんの永彌さんから、嬉しいご報告がありました (o^∇^o)ノ

 私の書いたお化けネズミの伝説を、先日息子さんに話して聞かせたというモノです・・・ (^.^; ポリポリ

 拙い記事とはいえ、周りの誰かにも語り聞かせたいという衝動を持っていただけたという事は、それだけ私の記事を楽しんで頂いたという何よりの証拠でもあります。

 

 モノを書いた事のある方ならおわかりの事と思いますが、自分の文章が誰かに読んでもらえるという事だけでも有り難く、とても嬉しく感じるものです。
 そのうえ、コメントを残して頂いたりと、読み手からのダイレクトな「反応」があると、舞い上がってしまいたくなるような気持ちにもなります。
 自分の書いた記事が、共感であれ反論であれ、誰かの琴線にふれたという事を実感として感じる事が出来るからです (^^)v

 しかし、今回は、さらにそれを超えて、読んだ記事の内容を、自分の内に止めておけなくて、他の誰かに話して頂いたというワケですから、書き手にとってはこれ以上の喜びはありません。

 本当に、嬉しい「勲章」を頂いたような気持ちになりました・・・ o(*^▽^*)o~♪

 

 永彌さん、いつも有り難うね~ (o^∇^o)ノ
 今後ともよろしくお願いしま~す・・・ ( ^-^)/ ♪

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サウスポー

20080122001  これは、昨年亡くなった阿久悠の作詞で、作曲は都倉俊一という、いわゆるゴールデンコンビによる作品であり、ピンク・レディーの代表曲の一つの「サウスポー」という作品です。


 歌われている内容は、巨人時代の王選手の事をモチーフにしていると思われます。
 発表された時期が1978年であり、その前年に王は756号を放ってハンク・アーロンの持つ世界記録を抜いたと騒がれた事もあったので、おそらくその影響もあって書かれたモノと思われます。

 

 選手時代の王は、地味すぎてそれほど好きな選手ではありませんでしたが、評価はしています (^^)v

 しかし、監督としての王はダメですね (^^;

 アタマが古すぎます。もしかして、脳が化石化しているんじゃないのか・・・ (^^;
 この人の野球アタマは、もう時代遅れだという事を本人も周囲もしっかりと認識する必要があると思います。
 4年連続V逸の責任をとって、昨年のオフに辞めてくれるものだと当然のように思っていたのですが、ここでもファンの想いを見事に裏切ってくれました (__;)ガクッ

 

 それはともかく、最近では「左利き」の事を「サウスポー」ナンていって、なんとなくカッコイイんですが、私が子どもの頃は「ぎっちょ」というのが周囲での一般的な呼び方でした。

 しかし「southpaw」ということばの中に「左」とか「手」というような意味のことばが含まれていないのもおもしろいなと (^.^; ポリポリ
 もっとも、「ぎっちょ」ということばの中にも、「左」とか「手」というような意味のことばは含まれてはいませんが・・・ (^^;

 

 私等が子どもの頃は、左利きの子どもたちは、右手を使うようにと強制的に矯正をされるのが普通でした。親御さんたちは、子どもが将来不自由な生活をしなくても済むようにと、矯正をするのが「親心」といわれたものです。

 しかし、最近では、左利きも「個性」という事で、あえて矯正をしないで育てるという親御さんが増えているようです。
 評論家の中にも、左利きをムリに矯正しようとするのは子どもたちにとって大きなストレスになるから、左利きのままで育てるべきだナンて本気でおっしゃっている方も居たりして、軽率な親御さんもそういうことばを鵜呑みにして育てている方も少なくないようで・・・ (^^;

 

 私も、左利きは「個性」だと思う一人で、日常生活の中の動作は左手で行ってもなんら不都合はないと思っていますので、あえて「左利き」を「右利き」に矯正するような無駄な事は意味がないと思っています。


 そうは思いますが、それでも「鉛筆」と「箸」だけは右手で持つべきであり、これだけは絶対に右手でも行えるように練習するべきだとも考えています。

 

 「鉛筆」に代表される「筆記用具を持つ手」は、どうしても右手で持つ必要があります。

 それは、日本語に限らず、たいていの国の文字は「右手で書く事」を前提にして形作られているのが普通だからです。
 これを左手で書こうとすると、ムリがあるのは否めない事で、ハタで見ていても不自然極まりありません (^^;

 百歩譲って、鉛筆などのペン類なら、それでもなんとか文字を書く事は不可能ではないと思いますが、筆を使って行う「書道」は左手ではムリです。
 「はね」「とめ」「はらい」などのあの独特な筆遣いは、右手で行う事が前提ですから、左手でもマネできない事はないと思いますが、現実的にはムリだと思います。

 まぁ、PCなどもドンドン普及していますから、いまさら書道でもないでしょうし、手書きで文字を書く事自体がほとんど無いような現代では、右手で文字を書く事にそれほどのメリットは無いのかもしれませんが、食事をする際の「箸」はそういうワケにはいきません。

 

 筆記用具は、右手で持とうが左手で持とうが、本人だけの問題ですから、本人が不自由を感じてさえいなければそれで済んでしまう事で、問題にするような事でもないんですが、食事をする際に手にする「箸」は本人だけの問題では済まされないので絶対に右手で持てるように練習するべきだと私は思っています。

 

 家庭などで食事をするだけなら、左右に居る人はほとんど居ないと思うし、仮に居たとしても身内だけなので問題にはならないと思いますが、食堂などのように不特定多数の人の中で食事をする際には、左手に箸を持っているのはハッキリ言って「迷惑」になります。

 特に、カウンターなどのように横に並んで食事をする場合には問題になります。
 左隣に座っている人の箸を持った右手と、箸を持つ左手とがケンカをしそうで見ていてとても不愉快になるからです。

 そうはいっても、実際に手と手が触れ合うなんて事は、普通はあり得ないと思いますが、実際に私のように不愉快に感じる人が居る以上、箸は右手で持つべきだと思うし、それが食事のマナーだと思っています。

 

 「食事のマナー」ということばを、皆さんはどのように理解しているのかわかりませんが、たいていの方は「食事の作法」というような意味で捉えているのではないかと思います。

 「テーブルマナー」なんていうと、やれフォークとナイフがどうのとか、手にする順番がどうのとかいうような「どうでもいいような事」ばかりが話題にされがちなので、ついそういう堅苦しい決まり事が「マナー」だと勘違いしている方も少なくないと思いますが、そもそも「マナー」とはお互いに気持ちよく生活をしていくための「思いやり」という意味です。

 「運転マナー」や「公共のマナー」、最近では「ネットのマナー」など、いろいろな場所で「マナー」ということばが聞かれますが、いずれも「相手を思いやる気持ち」から出る行動の事を差すわけです。

 「マナー違反」というのは、具体的に「こういう事」というようなモノではなく、相手に嫌な思いをさせたり、不愉快に感じるような事をしたら、それが「マナー違反」という事になります。

 

 翻って、先ほどの箸の件ですが、左手に箸を持つ事によって周囲に居る人が不愉快な思いをするようなら、それは本人がどう思っていようと「マナー違反」という事になります。
 決して「個性」で済まされていいような問題ではないと私は思っています。

 

 私自身は、右利きですが、友人たちの中にも左利きの人は何人も居ます。
 中には、ウチのソフトボールチームのエースのように、鉛筆も箸も左手で持つのに、ボールを投げるのもバッターボックスに立つのも右という友人も居ます (^^;
 このエースはかなり変わった例ですが、私のように右利きなのに「右投げ左打ち」というような例はよく見られる事です。

 私は、もともとは右で打っていたわけですが、中学生の頃に「野球は左が優利」という事を知ってから左打ちに変えました (^^)v
 おかげで、今は左右どちらでもバッターボックスに立つ事ができます(笑い)
 もっぱら左打席に立ちますが、サウスポーの投手の場合には右の打席に立ちます (^^)v
 左の打席の方がヒットの確率は高いのですが、右打席の方が当たれば遠くへは飛ぶようです(笑い)

 まぁ、そうはいっても、戦力にはなりませんから、実際に試合に出るような事はほとんど無いので、どうでもいいことではありますが・・・
 (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 

 また、右手を怪我した時なんかに備え (^^; て、左手で箸を使う練習をした事があり、食べ物をつまむくらいはできるようになりました (^.^; ポリポリ
 チョッと練習したくらいで、不器用モノの私でさえ左手で箸を使えるのですから、子どもの頃から何年もかけて練習をすれば、利き手でなくても箸を使うのはそれほど難しい事ではないと思います。

 

 ようは、やる気さえあれば、「左利き」を「右利き」に直す事はできなくても、右手を使って鉛筆や箸を持つ事くらいの事はできるという事で、それを最初から子どもに求めようとしないのは、ただ甘やかしているだけで、子どもの将来を考えていない「ダメな親」だと私は思っています。


 なぜ「鉛筆」と「箸」は右手で持った方が良いのか、キチンと子どもに理解をさせれば、矯正はそれほど難しい事でもストレスを伴うような事でもないというのが、私自身の経験から得た持論です。

 

 親は、子どものシツケには手を抜くべきではありませんし、甘やかして育てるべきではありません。
 なんといっても、人生は長いのですから、幼い子どものうちの数年のシツケは、その後の子どもの長い人生において、大きな財産になるというのが私の持論です。


 幼い子どものうちは、とにかく可愛いですから、ついなんでも甘やかして大目に見がちですが、「三つ子の魂百まで」ということばもあります。

 可愛い時期に甘やかして育てても、子どもの将来にはナンのイイ事もありません。逆に、キビシイくらいでちょうど良いんですよ。
 甘やかす・・・ というか、子供の意見を尊重するのは自我が芽生える
10代くらいからで十分です。

 今の親御さんは、それとは逆に、幼い頃にトコトン甘やかして、10代くらいになってやたらと厳しくするから、子供の反発をくらって、非行に走ったりするんだと私は思っています (^.^; ポリポリ

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2008年1月23日 (水)

モンゴル人力士

 大相撲初場所も、今日で11日目が終わった・・・

 

 優勝争いですが・・・

 横綱 白鵬・・・1敗
 横綱 朝青龍・・1敗
 前頭 鶴竜・・・2敗
 前頭 旭天鵬・・2敗

 残り4日間・・・ 何があるかわからないから早計には語れないが、優勝ラインが3敗まで落ちる事はないだろう・・・
 という事は、この中の誰かが優勝するという事になるが・・・

 

 う~ん、これを見て何か気付かないか・・・ (^^;

 

 4人ともモンゴル人力士じゃないか・・・(笑い)

 ・・・ったく、日本人力士たちはどうしたんだ・・・ (ノ_-;)ハア…

 こんな事を言うと、外国人力士たちに対して偏見を持っているかのように聞こえるかもしれませんが、別にそういう事でなくても、こういう状況だとそう思うのが普通じゃないのか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まいったなぁ・・・ (__;)

 モンゴル人力士以外に、マトモな力士は居らんのかい・・・ q(`o')ブー!!

 

 それにしても、旭天鵬が素晴らしい (o^∇^o)ノ

 来日した15年前には、格闘技の経験は全くなかった・・・

 それがために、ドンドン出世していった同期の旭鷲山などと比べるとずいぶん遅咲きの感じもするが、目先の勝利にこだわり、勝ち星を稼いで番付を上げていった旭鷲山と違って、最初から徹底した四つ相撲で、ずっと正攻法にこだわって取って来た。

 だから、相撲も長続きするし、大きな負け越しとかもほとんどなく、安定した星を残せるのだと思う。

 全く、ガンコというか、不器用というか・・・ (^^;

 

 昨日までは横綱と並んで、1敗で優勝争いをしていたが、今日は私のヒイキの朝赤龍にうまく取られてほとんど何もできずに寄り切られてしまった・・・ (^^;

 この、朝赤龍も確実に力をつけてきた力士の一人だ。今後はもっと伸びると思います。
 一応、今3敗ですから、形の上では優勝争いをしている一人です(苦笑)

 彼もまた、モンゴル人力士の一人ですが・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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いよいよ

 今日の幕下の取組みで、東の幕下58枚目の山本山が、大天霄を寄り倒しで破り・・・
 東の幕下21枚目の阿覧土佐豊を上手投げで破った ヽ(^o^)尸

 この結果、共に6連勝で優勝争いのトップに立った ヽ(^o^)尸
 これで、幕下優勝はこの二人に絞られた・・・


20080123022  しかも、昨年の大阪場所で初土俵を踏み、名古屋で序二段優勝、秋場所で三段目優勝、九州で幕下優勝という、三場所連続優勝の偉業を成し遂げ、さらに幕下以下での連勝記録を「30」に伸ばして、記録を更新中だった土佐豊を、阿覧が止めるというオマケまで付けての6連勝だった (^_^)V。

 山本山と、阿覧といえば、1年前の初場所で初土俵を踏んだ大型新人の二人だ。
 この時に、「山本山」というタイトルの記事を書いた事があるので、興味がある方は読んでほしい (^^)/

 ちなみに、この時の同期に、今場所新入幕を果たした市原が居ますが、市原は幕下付け出し10枚目格でのデビューだったので、昨年の九州で一足先に関取となり、今場所に入幕も決めました。

 6勝同士という事で、最後の一番は山本山阿覧の直接対決になるのかな (^^;


 ここまで番付を駆け上がって来たこの二人、優勝を決めた方の力士は大阪場所での新十両昇進も見えて来る。
 仮に昇進を逃しても、番付は幕下の上位まで大きく上がるだろうから、夏場所での昇進は十分にあるだろう (^^)v

 いよいよ、市原の後ろ姿が見えるところまで上がって来た期待の二人。
 若い力士の活躍は気持ちもイイし、楽しみですねぇ o(*^▽^*)o~♪

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フルスイング

20080123011


 先週の土曜日、NHKで新しい連続ドラマが始まった・・・
 夜9時から1時間枠で全6回、今日のタイトルは、そのドラマのタイトルであり、その第1話が19日に放送された「再びの、夢」だった・・・

 いやぁ、久しぶりに良いドラマを見た!
 主演の高橋克実の演技に泣かされた・・・ (^.^; ポリポリ

 「夢」・・・
 このブログの看板も「夢」であり、私のハンドルにも「夢」という文字が使われているように、「夢」は私の座右の銘というか、生きていく上での大きな支えとしている好きなことばだ・・・
 私にとって「夢」とは、人生を生きていく上で失ってはならない、とても大切なモノであるとも思っている。
 「夢」のない、あるいは「夢」を持てない、そんな人間は「人」としての存在価値はないと思っているので、生きている価値も無い! 私はそうも思っている (^^;
 食べて、働いて、そして寝るだけの人生なら、犬や猫とそれほど変わらないんじゃないか・・・

 もちろん、ここでいうところの「夢」とは、夜寝ている間に見る「夢」の事ではない(笑い)


 このドラマは、感動の実話を記した門田隆将の「甲子園への遺言~伝説の打撃コーチ 高畠導宏」をドラマ化したものだという・・・

 58才で高校の教師に転身したプロ野球の打撃コーチの話しという事で、もちろんある程度の脚色や演出はあるのだろうが、実際に存在した熱血先生の物語なだけに「金八先生」のような作り話よりも、話しに現実みがあるからずっとおもしろい(笑い)

 ドラマ中で、高畠役の高橋克実が、同僚の吹石一恵に語るシーンがある・・・

 「コーチ時代、コーチの仕事は教えん事・・・それがワシの信念でした。」
 それを聞いて吹石が驚く・・・
 「コーチなのに、教えないんですか・・・」
 それに答えて、高橋は続ける・・・
 「ムリヤリ教えても、選手がかわいそうじゃ・・・ 選手が、苦しんで、悩んで・・・『高さん、指導して下さい』言うて来るまで待つ・・・」
 「大きな耳、小さな口、優しい目で待つんですわ・・・」

 この何気ないことばの中に、指導者の姿の全てが言い表されている。

 とかく、監督やコーチというモノは、やたらと教えたがる。
 それが自分の仕事だと信じて、自分の色に染めたがる・・・
 巨人の監督やコーチが良い例だ (^◇^) 。。。ケラケラ
 「小さな耳、大きな口、厳しい目」で、選手たちを「指導」ではなく「管理」しようとしているのが、巨人上がりの監督・コーチ陣の特徴だ (^^;

 イチローや田口 壮が良い例だろう・・・
 イチローがプロ野球の選手としてオリックスに入団した時、監督は巨人のV9を支えた名2塁手の土井正三だった。
 土井は、振り子スイングのイチローに対して、オレの言うとおりにフォームを直さない限り1軍では使わないと言い、頑ななイチローはずっと2軍暮らしだったが、仰木 彬監督に代わると、黙って1軍で使い続け、日本記録となる210安打を放って光輝いた。

 田口も、入団当時ショートで起用されたが、土井の口喧しい指導についていけず、イップスにかかり、エラーを乱発・・・
 しかし、仰木は就任早々田口を外野にコンバート、イチローや本西厚博らと共に、日本一の外野と言われるまでになった。

 今では、二人とも大リーグで活躍する大選手だ (^^)v

 あのまま、監督が土井のままだったら、おそらく二人ともとっくの昔に引退を余儀なくされていたかもしれない・・・
 あれこれと口を出し、指導力を発揮する事が監督やコーチの仕事ではない。
 「選手を育てる事」、それが指導者としての本分なのではないのか・・・
 伸び伸びとプレーをさせ、選手が壁にぶつかったらその時に的確なアドバイスを与える・・・
 頼んでもいないのにあれこれと口出しをしても、選手は反発するし、第一、よけいなお世話だ (^◇^) 。。。ケラケラ


 もともとは、私の愛する「南海ホークス」の選手だったという事であり、私の尊敬する野村克也氏の下でヘッドコーチまで勤めたという事ですが、このドラマを見るまで「高畠導宏」という人物の事をほとんど知らなかったわけで、そう思うと残念でならない・・・ (^.^; ポリポリ  
 皆さんも、この人のプロフィールなどをネットで調べてみれば、私でなくてもその生き様に興味を惹かれるんじゃないだろうか・・・
 もちろん、野球などに全く関心のない人でも・・・だ (^^)v


 今から来週が楽しみだ・・・ (o^∇^o)ノ

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2008年1月22日 (火)

灯油が手に付いたら

20080122021  あの、嫌~なニオイがいつまでもとれなくて嫌ですよね (^^;

 石鹸でいくら手を洗っても、ニオイはとれなくて・・・



 いくら気をつけて給油をしていても、手に灯油が付く事ってありますよね。
 そんな時、皆さんはどうしていますか?

 実は、意外なモノを使って、簡単に手についた灯油のニオイを消す事ができるのですが、ご存知ですか?

 私は、ミカンが大好きなのですが、そのミカンの皮で手をこするんですよ (^^)v
 ミカンの皮をつぶすと、中から汁が出てくるので、その汁を手についた灯油に塗りつけるような感じでこすって、あとは水道で手を洗えば・・・あら不思議、灯油のニオイはキレイに消えています (^_^)V。

 騙されたと思って、お例しあれ~ ( ^-^)/ ♪

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冬眠

 毎日、寒い日が続きますねぇ・・・ (^^;
 昨日は「大寒」という事で、暦通りの寒い一日になったようです・・・

 私は雪国生まれの雪国育ちではありますが、根っから寒いのが苦手なので、冬の間はひたすらガマンの日々が続くわけですが、先日、ネッ友さんのブログで「春が来るまで冬眠したい気分・・・」というのを目にして、なるほどと思い、今日の記事を・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ


 1年ほど前の記事でも、「冬眠」について書いた事がありますが、「冬眠」といえば、ヘビやカエルなどの変温動物が、冬を越すために行うもので、体温を周りの気温と同じくらいまで下げる事によって、代謝をほとんど行う事無く、眠ったままで冬を越すというモノです。

 中には、コウモリやシマリスなどのように、恒温動物の中にも冬眠をする動物が居ますが、この場合は外気温ほどには体温は下がりません。そして、代謝も普段よりはずっと少ないですが、一応行われています。


 クマも冬眠をする動物としてよく知られていますが、クマの場合はこれらとはチョッと事情が違います。
 体温の低下もほとんどありませんし、物音に反応して目覚める事もあります。じっとして動かないだけで、代謝も普通にありますから、当然排泄も行います (^^;
 ですから、食料の少ない冬の間はできるだけムダなエネルギーを消費しないようにと、ただ寝て過ごしているだけのように思えるので、「冬眠」というよりも「穴ごもり」とか「冬ごもり」とか言った方が相応しいように思います。

 代謝がほとんど行われない状態ですと、当然夢も見ません。もっとも、ヘビやカエル、あるいはコウモリなどが夢を見るかどうかはわかりませんが、熊は普通に寝ているだけなので夢は見ているものと思われます。
 犬や猫は、寝ている間に夢を見ているようなので、熊だって夢は見ているんじゃないでしょうかねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ


 人間の場合は冬眠はしませんが、体温を下げる事によって冬眠状態にして長期間の保存を行うという「コールドスリープ」という方法がSFの世界で考えられています。
 宇宙船の中で、眠ったまま広大な宇宙空間を移動するとか、現代の医学では治らない病にかかった人を冷凍にして未来に残し、将来の医学に期待しようというような内容の映画が作られたりもしました。
 しかし、実際にこのような事が可能かどうかは疑問もあるといわれています。


 先日の記事でも書きましたが、晩秋の六甲山中で遭難した男性が、23日間も飲まず食わずで、仮死状態で発見された事がありました。
 この時の男性は意識もなく、当時の体温は22度程度と普通なら凍死しているはずの状態だったと伝えられました。
 なぜこの男性が凍死せずに生き延びる事ができたのか、不思議ですがおそらく「冬眠」の状態だったのではないかという報道でした・・・

 このような状況を人工的に作りだす事ができれば、「コールドスリープ」も決して夢物語ではないという事なのでしょうが・・・


 でも、このような手法で眠りにつき、何年も先の未来で目覚めたとしたら・・・
 まるで「浦島太郎」じゃないですか (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2008年1月21日 (月)

MY MUSIC STUDIO

20080121005  先日の記事でご紹介した「MY MUSIC STUDIO」の創刊号が今日届きました (^^)v
 書店では明日が発売日ですから、定期購読だと1日早く手にできたという事なのかな(笑い)

 

 今日送られて来たのは、本誌と音楽制作ソフト「Singer Song Writer」などが収録されたCD、それと創刊号の付録の特製バインダーの3点です (o^∇^o)ノ

 

 もともと、「音楽命」の私なのですが、日々の生活に追われるうちにずいぶん音楽からは遠ざかっていたように思います。
 まぁ、現実を知ったというか、自分の限界に気付いたというか、自分には音楽の才能なんてもともと無かったという事だったんですが、そういう事とは別にして、チョッと一から「楽しむ」事を前提にやり直してみようかなと (^.^; ポリポリ

 それに、PCミュージックなら楽器も必要ないし、場所もとらない(笑い)

 

 いくつになっても、趣味を持つというのは大切だと思います。
 どこまで熱いままでいられるかわかりませんが、とりあえず今年の年頭に決めた今年の目標への「はじめの一歩」・・・です (^^;

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温水プール

 先日、ネッ友さんのブログで「温水プール」という文字を目にしました。

 夏の間なら、プールの水は普通の冷水であり、気温も高いからそれで問題ないわけで、むしろ水の中の方が気持ちよかったりするのでプールはどこでも盛況なようですが、スポーツクラブやスイミングクラブなどのプールなどですと、夏だけプールを使っているわけではないので、屋内施設ですと室温や水温をキチンと管理してあり、冬の間でも利用できるようになっています。

 私は、このような施設のプールは利用した事がないので、「温水プール」というモノも話しには聞いていますが、実際にどのようなモノなのかはわかりませんでした。
 以前に、何かで「温水プールに入ったけれど、水は冷たかった・・・」というような事を耳にして、なるほど、そうなんだ~・・・と思った事はありますが、はたしてどのくらいの水温の水が張ってあるのか長い間疑問でした (^.^; ポリポリ

 そこで、これ幸いと、ブログの主催者であるすが太郎さんにプールの水温を訊ねると、そこの施設では室温は28度、水温は30度に管理されているという事でした。

 30度という事は「ぬるま湯」にも満たない程度の温度という事で、「生あたたかい水」という感じでしょうか (^.^; ポリポリ

 もっとも、お風呂のような40度前後のお湯が張ってあったとしたら、「温水プール」ではなくて「温泉プール」という感じになってしまいます(笑い)
 そんなところで長い間泳いでいたら、のぼせてしまいますね (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・



 正統な「温水プール」ではありませんが、私の記憶に残っている範囲ですと、福島県の「常磐ハワイアンセンター」の巨大な温水プールと、千葉県の「船橋ヘルスセンター」の大ローマ風呂が思いだされます (^.^; ポリポリ

 どちらも、私自身は利用した事はありませんが、巨大な娯楽施設としてテレビや雑誌などでも取り上げられた事があるので、名前くらいは知っています(笑い)

 「船橋ヘルスセンター」は、昭和30年代から40年代にかけて人気のあった総合レジャー施設ですが、1977年の5月に閉館され、その跡地にできたのが「ららぽーと船橋ショッピングセンター」でした。
 ヘルスセンターは利用する事はできませんでしたが、このららぽーとは習志野に住んでいた時に、近所でしたのでよく買い物に行きました (^^)v

 往時の名残を残す、「ららぽーとの湯 常盤殿」というスーパー銭湯もどきの施設も、昨年の3月に閉館したそうで、これで「船橋ヘルスセンター」の名残は完全に消えた事になります・・・ (__;)

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くすりの福太郎

20080120001 20080120002


 この2枚の写真は、同じ場所から撮ったものですが、道路を挟んで、二つの「くすりの福太郎」が営業しています (^^;

 この写真の場所ですが、東京都の江東区内です。
 詳しい場所は「ここ」です (^^)v

 最初の写真が、この地図で「くすりの福太郎」と書かれている方のお店で、2枚目の写真が、地図では「ミスタードーナツ」と書かれている建物に併設しているお店です。

 「くすりの福太郎」といえば、千葉県の鎌ヶ谷市が創業の地という事で、千葉県を中心に、東京や埼玉など、首都圏で店舗展開をしているドラッグストアーです。

 千葉県で創業されたドラッグストアといえば、「マツモトキヨシ」「ヤックスドラッグ」が有名ですが、「くすりの福太郎」もなかなか頑張っています (o^∇^o)ノ
 けっこうお客さんからも支持されていて、私ナンかも地元のお店で時々買い物をする事もあります (^.^; ポリポリ


20080121002 20080121003

 これは、私がよく利用する、JR酒々井駅そばに在る福太郎です (^^)v


 冒頭の写真のお店のように、ごく近所に同じお店がいくつも建っている例は、例えば家電の量販店などで見かける事がありますが、薬屋さんでは珍しいんじゃないでしょうか (^^;

 まぁ、家電店の場合は、テレビや冷蔵庫など、一つ一つの商品がけっこう大きいですから、展示や陳列に広い場所を必要とする事が多いので、必然的に多くのフロアが求められるので、ある程度やむを得ないのでしょうけど、ドラッグストアの場合は一つ一つの商品は極めて小さいものが多いので、街中にはけっこう小さなお店も少なくありません。

 薬などは、頭痛薬とか塗り薬とかの効能別に陳列するのが普通ですからそれほど面積は必要としませんが、化粧品はそういうワケにはいきません。
 例えば、リップとかネイルとかの、同じ種類のアイテムを1ヶ所にまとめて展示すれば、買い物客が選びやすくて効率的だと思うのは素人で、消費者はお気に入りのブランドとかを決めている事がほとんどなので、メーカーごとにコーナーを作って展示するのが一般的です (^^;
 そうすれば、ファンデーションからシャドー、リップ、ネイル等々、一つお気に入りのブランドの商品が決まれば、あとは似たようなラインナップでひと揃え買い集める事ができるからです。
 そして、メーカーの数は大手以外にもけっこうあるのでどうしても広いフロアが必要とされます・・・

 それに加えて、男性化粧品も女性のモノから比べれば規模はずっと小さくなりますが、似たような状況ですから、いやがうえにも広いフロアが求められるのでしょうね・・・


 この店も、何かどうしても2軒目を近くに営業しなければならない理由があったんでしょうねぇ (^^;
 例えば、最初は小さな店で営業を始めたけれど、思ったよりもお客さんに支持されて、売り上げも上がり、そのウチに商品を展示する床面積がもっと欲しくなって、近所に2軒目を持ったとか・・・ (^^;

 いずれにしても、安易に別の場所に広い店舗を探すのではなく、小さくても近所に支店を持つ。これは、地域のお客さんを大切にしているからではないのかな。
 商売繁盛で、まことに素晴らしい事だと思います (o^∇^o)ノ

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2008年1月20日 (日)

大関の責任

 全く、何という事だ・・・ (ノ_-;)ハア…
 13日に初日を迎えた「大相撲初場所」ですが、まだ7日目という事で、場所の半分も終わっていないのに、大関陣のこの目を覆いたくなるような体たらくはいったいどうした事だ・・・(怒り)

 今、大関陣は全部で4人・・・

 千代大海・・・7連敗 q(`o')ブー!!
 琴光喜・・・・3勝4敗 (-_-メ)
 魁皇・・・・・4勝3敗 (`´)
 琴欧州・・・・4勝3敗 (`´)

 場所はまだ前半戦だから、大関たちはほとんど上位の力士とは当たっていない・・・
 それなのにこの成績じゃ、これから終盤にかけて大関・横綱たちとの星の潰し合いになったら負け越す大関も出そうな感じだ・・・ (ノ_-;)ハア…

 しかも、4人全員が討ち死にした4日目の他にも、3人が破れた日が実に3日もあり、毎日毎日誰かが負けているという事で、私の記憶にも無いようなどうしようもない大荒れの場所となっている・・・ (__;)
 多少の波瀾なら見ていておもしろいけれど、こうも「波瀾」「大安売り」をされてもねぇ・・・
 もう食傷気味で、十分過ぎるほど見せてもらったからこれ以上はチョッと勘弁してくれと・・・(苦笑)


 大関といえば、番付上の最高位力士であり、角界のカンバン力士のはずだ。それが、こうもだらしなく毎日毎日負け続けるようだと角界の威信にもかかわる・・・
 まさに、国技館の屋台骨を揺るがしかねない非常事態だ・・・
 全く、コイツ等は大関としての責任をどう感じているのだろう・・・
 怒怒怒怒怒!!!

 全員、腹を切れ~!!! 凸(`o´) ブ~!

 ・・・という事で、7連敗の千代大海ですが、今日から休場だそうです・・・ (ノ_-;)ハア…
 もっとも、このまま出ていても勝てそうな感じはしませんが(笑い)

 しかし「大関」と名乗るからには、単に「出ればいい」というような地位ではないはずです。マトモな相撲が取れないのならハナから出場に踏み切るべきではありません。
 「なんとかなるかもしれない」とか「やれるとこまでやって、ダメなら休場しよう」とかいうような、平幕みたいな甘い考えでは困ります(怒り)

 少なくても、毎場所優勝争いに絡むとか、横綱を倒す最右翼でなければ「大関」を名乗る資格なんてないと思うぞ!
 それが、毎場所毎場所「大関」の地位を守る事で精一杯だなんて、情けなさ過ぎるだろう・・・ (__;)

 今の大関たちは・・・ ひどすぎる、あんまりだ・・・ (/_;)



 大関たちがだらしない分、横綱の二人が一日の最後をしっかりと締めてくれるからまだ場所がもってくれているけれど、そうでなかったら今頃は客に見離されていたかも・・・ (^^;

 全く、横綱様々ですな・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年1月19日 (土)

寒い朝

 今朝、いつものように朝のシャワーを浴びようと浴室に入り、お湯のコックをひねったんですが、蛇口からはナニも出て来ない・・・ (^^;
 なにしろ、シャワーを浴びるつもりですからスッポンポンなワケでしょ、そこでこの予想もしなかった事態に遭遇して、私ゃ、凍りついてしまいましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 さて、どうしようかなぁと固まったままで30秒ほど経った頃、蛇口の先から水がポタポタと・・・
 続いて、水が勢いよく出て来たので、間もなくお目当てのお湯が出て来て事なきを得ました (^.^; ポリポリ


 思えば、このアパートに越して来て初めての冬、やはり朝に水道が凍ってしまってにっちもさっちもいかなかった事がありまして、その時にガス屋さんに電話して怒鳴りまくった事があります (^^;
 「寒いからこそ、お湯が使いたいワケでしょ、それなのに凍って出ないってどういう事よ! 毎月基本料金を払っているのはこういう事が無いようにと設備を維持管理するためなんだから、今すぐに使えるようにしてくれ!!!」と (^^;;;

 これ以前にも、事務所に乗り込んで、独り暮らしで自炊もせず、ほとんどガスなんて使っていないのに、家族持ちと一緒の金額なのはおかしいんじゃないかと、ガス料金の「基本料金」にクレームを付け、強引に値引きさせた事があった (^^; ので、私の事はクレーマーとしてインプットされていたらしく、ガス屋さんはすぐに対応してくれました (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 まぁ、多少ムリを言うのは、カネを払っている消費者の権利だと私は思っているので、言いたい事はキチンと伝えるようにしています (^^)v
 どうせ、ダメモトですから、それで少しでも何かしてもらえればラッキーでしょ・・・(爆笑)

 以来、約5年、こういう事は一度も無かったのに、今朝は久々に思いだしてしまいました(笑い)
 それだけ今朝は「寒い朝」という事だったのでしょう・・・



20080119021  ところで、「寒い朝」といえば、昔、吉永小百合和田弘とマヒナスターズと一緒になって発表した同名のヒット曲がありました。

 「日活の看板女優」としてすでに名前の売れていた吉永小百合ですが、レコードデビューはビクターも慎重になり、松尾和子と組んで「誰よりも君を愛す」や「お座敷小唄」などのヒットを飛ばしてすでに一時代を築いていた、和田弘とマヒナスターズの力を借りてのデビューとなりました。
 レコード会社の思惑は見事に当たり、このデビューレコードは20万枚を売り上げるヒットとなりました。
 以来、吉永小百合は押しも押されもせぬ大スターの座を手にする事になります。

 この歌が発表されたのは、1962年の5月という事で、その頃私は4才になったばかり、当然テレビも無いわけですからその頃見聞きしたというような記憶はありません (^.^; ポリポリ
 その後、テレビが自宅に来てから歌番組などで覚えたのでしょうけれど、いつ聞いたのかはもう覚えていません(苦笑)
 もしかすると、テレビでは一度も見ていないかもしれません・・・ (^.^; ポリポリ


 雪国で育ちましたから、この中で歌われている「北風吹きぬく寒い朝も・・・」というフレーズには親近感を感じ、「北風の中に待とうよ春を」というフレーズには共感を覚えるという、私のお気に入りの作品でもあります。

 寒いのがとにかく苦手な私なので、今朝みたいな寒い朝には「北風吹きぬく寒い朝も 心ひとつで暖かくなる」というフレーズが思わず口を付いて出てくる事も少なくありません (^.^; ポリポリ
 もっとも、鼻歌で口ずさむのはこの部分だけで、オマケにちっとも暖かくはなってくれませんが・・・(爆笑)

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山手トンネル走行記

 先日、八王子へ行く仕事があったので、帰りは新しくできた山手トンネルを走ってみる事にしました (^^)v
 先の記事でも書いたとおり、新宿から先は都心環状線までずっと渋滞の列が続くので、いつもならお金を払って首都高に乗りたいとは思わないんですが、ナンでも新しいモノには心が惹かれます (^.^; ポリポリ
 何事も、一度体験しておいて損はないし、知らない事があるのは悔しいじゃないですか(笑い)


 まずは、八王子方面から都心へ向かう「首都高4号新宿線」の上り線を、新宿の手前までいつものように走り、「西新宿JCTから山手トンネルへ入って行くところ」をデジカメで動画に撮ってみました (^.^; ポリポリ
 1分ほどの動画ですが、それほど画質も良くなく、鑑賞には耐えられないシロモノですが、関心がお有りならどうぞご覧下さい (^^;

 本線から側道に入り、そこからトンネルの入口までは、カーブもありますし勾配もかなり急で、確かにジェットコースターに乗っているような感じもしないでもありませんが、トンネルの中に入ると、片側2車線のけっこう走りやすい道路でしたよ (o^∇^o)ノ

 その様子を撮ったのが「この動画」です (^.^; ポリポリ
 1分半ほどの動画ですが、ただトンネルの中を走っているだけの動画ですから、別におもしろくもナンともない、退屈なだけの動画ですが、興味があればどうぞ~ (^^;


20080119001


 西新宿JCTから熊野町JCT、板橋JCT、江北JCTと、上の地図でいうところの赤いルートを通って葛西JCTを目指して走って来ました (^^)v
 これまでなら、緑のルートで帰るところなのですが、実際に走ってみるとこれは快適ですねぇ (o^∇^o)ノ
 確かに大きく遠回りをする事になりますが、渋滞の中にはまってイライラするよりは、遠回りでもスイスイと走っていた方が私は好きなんですよ (^.^; ポリポリ


 これからは、八王子方面へ行っても、それほど帰宅のルートを心配する事は無くて済みそうです(笑い)
 有り難い事で・・・ o(*^▽^*)o~♪

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2008年1月18日 (金)

愛鷹PA

20080118001 20080118004


 東名高速道路の「沼津IC」「富士IC」の間に設けられている「愛鷹(あしたか)PA」・・・
 ここは私のお気に入りのパーキングです (o^∇^o)ノ

 ・・・といっても、別に何か名物があるとか、そういうワケではありません (^^;
 ただ・・・ 名前がね、とても気に入ってるんですよ (^^)v


 「愛鷹」・・・ ホークスファンの私にとって、この名前は最高です o(*^▽^*)o~♪
 まるで、私のためにあるようなPAじゃないですか (^◇^) 。。。ケラケラ

 名前の由来は、近くにある「愛鷹山」から付けられています。最初の写真の、中央に高く見える山が「愛鷹山」です (^^)v
 もっとも、この山も「赤城山」と同じような連峰ということで、1,188mの「愛鷹山」を始めとする9つの山の総称として「愛鷹連峰」と言われる事もあるようです。

 東名を利用してここを通った時には、特別な理由がない限りここのPAには必ず立ち寄る事にしています(笑い)
 トイレ休憩でも、食事休憩でも、とにかくここで一息入れるのが私のこだわりです o(*^▽^*)o~♪



20080118005  一昨日、愛知県の豊田市にある「トヨタ自動車」まで、仕事で行って来ました。
 そこへ向かう時にいつものようにこのPAを利用したのですが、この日は食事休憩にしました (^^ゞ

 で、レストランでいつものように「かけそば」を食べようと思ったんですが、そこで目にしたポップに目が行き、おもわず選んだのが「ひつまぶし丼セット」です(笑い)

 先日、「ひつまぶし」の記事を書いた事もあって、どんなモノなのか一度食べてみたいと思ったからです (^.^; ポリポリ


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 これが、レストランで見かけたポップと、出された「ひつまぶし丼セット」ですが、ご飯にウナギがまぶされておらず、ご飯の上に乗っかっているだけ・・・
 これでは、丸ごとのウナギが乗っているか、バラされたウナギが乗っているかの違いだけで、ナンて事はない、タダの「うな丼」じゃないか (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 騙された・・・ (__;)

 しかも、東北で田舎育ちの私にとっては、味付けが上品すぎて物足りないというオマケまで付いていました・・・ (^^;
 やっぱ、いつも通り「かけそば」を食べるべきだったかなぁ・・・(笑い)

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2008年1月17日 (木)

初雪 2008

 今日、千葉県に初雪が降りました・・・

 昨夜、仕事で23時頃に箱根の山を超えて帰路についたのですが、その時に箱根新道でちらついているのを見ました。
 箱根で雪を見てもそれほど驚きませんが、日付が変わって1時過ぎ、東関道の四街道ICを出た辺りで千葉でも雪がちらつき始めました (^^;
 馴染みのGSで給油している時に、店員サンに聞くと、日付が変わったあたりから降り始めたそうです。

 その後、佐倉、酒々井と、徐々に標高が上がって自宅に近づくにつれ、2時頃には降り方は本格的になって来て、富里から成田に入った頃には凄い勢いで降っていました (^.^; ポリポリ

 

20080117001  こりゃ、朝方にはけっこう積もるんじゃないかと思ってベッドにもぐりこんだんですが、明け方6時頃に寒くてトイレに起きた時に表を覗いて見ると、思ったほどではないので安心しました (o^∇^o)ノ

 写真は、その時に撮ったものです (^^)v

 

 関東の寒さは、明日が底だそうですが、いやぁ、それにしても、まいったなぁ・・・ (^.^; ポリポリ

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青春のうた Best Collection その21

 みなさん、どうもです (^^)/
 今回も収録曲に沿って当時の思い出をつれづれに(^^;・・・
 お付きあい頂ければ幸いです。

 今回の収録曲は、私が21才の頃のモノです (^.^ゞポリポリ Sbc021


   《収録曲》
 1:贈る言葉/海援隊 79年11月発表
 2:大都会/クリスタル・キング 79年11月発表
 3:サクセス/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 77年3月発表
 4:陽はまた昇る/谷村新司 79年6月発表
 5:私に人生と言えるものがあるなら/高石ともや&ザ・ナターシャ・セブン 79年11月発表
 6:織江の唄/山崎ハコ 79年9月発表


 「贈る言葉」は、もう30年も前の作品になるんですね (^.^; ポリポリ
 そんなに古さは感じないのですが・・・
 かつては、卒業式の定番ソングとして親しまれましたが、さすがに今のお若い方たちは、こういう歌は歌わないのかな(笑い)
 金八先生は、このクールでも放送されてはいますが、木曜の9時にオンエアされていますから、昔風にいうと「木九先生」という事になってしまいます(苦笑)
 でも、タイトルは相変わらず「金八先生」ナンですね (^◇^) 。。。ケラケラ

 「大都会」は、センセーショナルな作品でしたね。あのツインボーカルがメチャ格好よくて・・・ (o^∇^o)ノ
 このデビュー曲のイメージが強すぎて、その後の作品では苦労しましたね。結局一発屋みたいなグループになってしまいました・・・ (__;)
 それにしても、某缶コーヒーのCMには笑ってしまいました (^◇^) 。。。ケラケラ

 「サクセス」は、化粧品のCMソングとしての印象が強すぎて、単独ではそれほど思い出はありません。
 この頃の化粧品のCMソングには、「燃えろいい女」「時間よ止まれ」「君のひとみは10000ボルト」などの名曲がめじろ押しですね (o^∇^o)ノ いずれも、よく耳にしました。

 「陽はまた昇る」は、後になって知った作品です。アリスの事については当時それほど好きだったワケではありませんが、友人の一人にアリス好きが居て、その影響で徐々に好きになって聞くようになります。だから、谷村がソロとして出したこの曲も、当時はほとんど知りませんでした。ソロとしての谷村を強烈に印象づけた作品が、後に発表した「昴」でした (^^ゞ

 「私に人生と言えるものがあるなら」は、当時の思い出はあまりありません。この頃の高石ともやは、かなりマイナーな存在で、表舞台にはほとんど出るような事はありませんでしたから・・・
 ごくたまにラジオからいくつかの作品が流れてくるのを耳にする程度のアーティストでしたね。

 「織江の唄」は、山崎ハコの作品の中で知っている、数少ない作品の一つです (^.^; ポリポリ
 決して嫌いではないんですが、ハコはあまり聞かないですねぇ・・・ (^^;
 この作品は「青春の門」が映画化された時の主題歌だったそうで、この映画、一度見てみたいと思っているのですが、いまだにその機会に恵まれずにいます。レンタルしてくればなんて事ないんですが・・・ (^.^; ポリポリ


 以上・・・(^^ゞ 

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2008年1月16日 (水)

成人・・・

 先日、各地で成人式がとり行われた・・・

 ただ・・・ 例のハッピーマンデーのせいで、新成人達の感慨もいま一つなのではないかと私なんかは考えています (^.^; ポリポリ
 自分が出席した成人式は、いったい1月の何日だったんだろうと後日思うのではないかとよけいな心配をしてしまいます (^◇^) 。。。ケラケラ


 私等の頃は、成人式は1月の15日と決まっていたから、30年も経った今でもハッキリとその日を思いだす事ができるけど、今は1月の第2月曜日となってしまったから、毎年その日付が変わってしまう事になるワケで、そんなんじゃ後から振り返って、何日に成人式を行ったのか思いだせない事も多いんじゃないかな (^^;

 役人とか政治家というヤツは、自分に関係ないと、平気でバカみたいな制度や法律を作ってしまうからなぁ・・・ (ノ_-;)ハア…


 それはともかく、今の我が国では、民法第4条の「年齢二十歳をもって、成年とする。」という規定により、二十歳をもって「成人」とみなされる事になります。
 この日を境に、酒やタバコも解禁となり、めでたく大人の仲間入りをする事になるわけですが、最近、この年齢を18才程度に引き下げようという声が上がっています。

 諸外国などを見ても、アメリカなどを始めとして18才からオトナとみなす国が多いようなので、我が国でもそういう声が上がってもなんら不思議ではない。


 ただ・・・ 現状を見ていると、私なんかは、逆に「22才」に引き上げるべきだと思っています (^.^; ポリポリ

 今の二十歳の青年たちを見ていて、彼等をオトナだと感じますか?

 そりゃ、確かに私等の頃と違って、体の成育だけは良いようで、りっぱなボディをしています。
 特に女子の体ときたら、背丈だけでなく、どこもかしこもまぶしいくらいに成熟していて・・・ (x_x)☆\(- - )

 しかし、その反面、精神的にはどうなんだろう・・・
 メチャクチャ子どもっぽいと思いませんか (^◇^) 。。。ケラケラ

 手前味噌ではありますが、私等が二十歳だった頃の30年前、周囲を見渡しても、もう少しオトナに見えたと自負しています。
 今の二十歳って、どうしてこんなに子どもに感じられるようになってしまったんだろう・・・ (^^;
 単に、私がトシをとって、相対的にそう感じるようになっただけなんだろうか・・・ (?。?)

 決してそういうイメージ的なモノだけではないのではないか、私はそんなふうに考えています。


 平均寿命がドンドン伸びて、世界でも有数の長寿国となった日本・・・
 その反動で、実質的な年齢はずっと若いのではないかと言われている。
 もしかすると、精神年齢は肉体年齢の7掛けから8掛けくらいがイイところではないかとさえ言われています(苦笑)

 例えば、今50才なら、昔なら35才から40才・・・
 今80才なら、56才から64才ていど・・・というように (^^;

 人生50年といわれた戦国時代、数え年で12~15才になると元服の儀式がとり行われました。
 それが、人生80年以上と言われるようになった今、二十歳で成人というのはいかにも若すぎるのではないか・・・ (^^;

 成人は22才から・・・ 私はこれでも若すぎるように思うが、いくらナンでもこれ以上引き上げたら今とのギャップが大きすぎるか(爆笑)


 いずれにしても、18才で成人だなんて、とんでもないハナシだ。

 18才の彼等に、選挙権など与えても、猫に小判ナンじゃないの~
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

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2008年1月15日 (火)

不安

20080116001  今日の朝青龍・・・

一応、はた目には豪快に勝ったように見えたけれど、不安の残る一番に見えたのは私だけだったんだろうか・・・


 左の足首・・・ 今日から黒いサポーターをして出ていたけれど、もしかしてそうとう悪いんじゃないのかな (^^;
 力が入っているようには見えなかったし、引きずってもいた・・・

 もしかして・・・ 優勝争いどころか、途中休場もあるのではないのか・・・ (^^;

 せっかく大入り満員も出て、本場所にお客さんも戻ってきたところなのに・・・ (__;)

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わたしのいもうと

 今日の記事に限らず、私の記事のほとんどは、私が感じた事、思っている事をそのまま述べている事が多いので、一般の方々の思考からは、かなりかけ離れた内容になっている事が少なくないと思います (^.^; ポリポリ

 だからといって、読んでいただいた方に私の考えを押しつけるつもりもありませんし、同意を求めているわけでもありません。
 ただ・・・ 世の中にはこんな事を思っている人も居るという事だけ知ってほしくて、日々拙い文章を綴っています・・・ (^.^; ポリポリ

 

 ・・・という事で、今日は「わたしのいもうと」という絵本について語ってみようかなと・・・(苦笑)
 かなりの「暴論」になっている事を、あらかじめお断わりしておきます m(_ _)m

 

20080115001  この作品は、けっこう有名な絵本ですので、ご存知の方も多いと思いますし、実際に手に取ってお読みになった方も少なくないと思います。
 松谷先生のもとに届いた一通の手紙を元に書かれた作品という事で、絵と少ない文字量でできている本なのに、妙に重たい本となっている・・・

 

 ご存知のない方のために、簡単に内容を紹介すると・・・

 この本の主人公となる「いもうと」さんが、小学4年生の時に転校した事をきっかけに、転校先のクラスで陰湿ないじめにあいます。
 理由もないのに無視されたり、汚いと言われたりして、ある日から学校に行けなくなり、引きこもりを始めてしまいます・・・
 彼女の顔からは笑顔も消え、食事も細くなっていきました・・・

 やがて中学生になり高校生になり、いじめた子どもたちは彼女をいじめた事も、彼女の事さえも忘れたように、毎日を明るく過ごしています。
 一方、いじめられた「いもうと」は、食事ものどを通らなくなり、やがてひっそりと死んでしまうというものです・・・

 

 最後に「いもうと」さんが残した遺書と思われる文・・・

 『わたしをいじめたひとたちは もう わたしを わすれてしまったでしょうね。
 あそびたかったのに べんきょうがしたかったのに・・・』

 この一文が、彼女の思いの全てを語っていると思います・・・

 

 この絵本の評判はとても高く、教育の現場でも教材として取り上げられる事が多いといわれています。
 実際に読んだ方の中でも、良い本だとおっしゃる方がほとんどだと思います・・・

 わたし自身はこの本を読んではいませんが、昨年、ラジオで全編を朗読されたものを聞いてこの作品の存在を知りました。
 内容もさる事ながら、アナウンサーの朗読が絶妙で、聞き終わった時には涙が溢れてきて、運転が危うくなったほどです・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 しかし、だからといってわたしはこの絵本に共感しているわけではありません。
 むしろ、この手の本は好きにはなれません。
 なぜなら、少しも真実を語っていないから・・・
 作者の松谷さんは、現実を知らないでこの作品を書いたんじゃないのかなとさえ思えてしまいます (^^;

 上辺だけ「イジメ」は悪い事だ、止めましょうと言ったところでそれがナンになるのだろう・・・
 こんな本を教材にして「イジメ」について考えたりしているから、何も変わらなくてダメなんだと私は思うよ。

 

 この、イジメを受けて亡くなってしまった「いもうと」さんは、確かに気の毒だ・・・

 しかし、なぜこの「いもうと」さんは死んでいかなければならなかったのだろう・・・

 同級生たちに「イジメ」を受けたから?
 悪いのは「イジメ」をした彼等なんだろうか・・・
 少なくても、この絵本ではそのように語っている・・・

 しかし、私はイジメによって自殺をしたという報道がある度にいつも思う・・・
 本当に悪いのは、死を選ぶしかないまでに子どもを追い詰めてしまった「親」なのではないのかと・・・

 こういう事を言うと、タダでさえ我が子を亡くして傷心の親御さんにムチ打つ行為となり、非難されそうだ・・・ (^.^; ポリポリ
 しかし、誰もそれを言わないから、同じ悲劇が何度も繰り返されてしまうんだと私は思っています。

 我が子の心の痛みを受け止め、支え、守ってあげるのが親としての責任ではないのか・・・
 我が子をイジメから守ってやろうと真剣に考えたら、いろんな方法があったのではないのか・・・

 

 この絵本でも、登校拒否をし、引きこもりを始めた時点で、さらなる転校を考えるとか、あるいはどうしても学校には行けないのであれば自宅学習を考え、家庭教師を雇うとかの方法はすぐに思いつく・・・

 さらに、食が細くなっていった段階では、精神的な疾患が考えられるので、しかるべき医療機関に相談をするとか、専門的な施設に入院をさせるとかの方法もあったのではないのか・・・

 

 それなのに、何年も自宅にこもったままで、最後は死を選ぶ・・・
 家族たちは、『あそびたかったのに べんきょうがしたかったのに・・・』という彼女の声をどのように受け止めているのだろう・・・

 少なくても、この「いもうと」さんは、遊ばせてもらえなかったし、勉強もさせてもらえなかったと思っていたわけで、もしかしたらこの親御さんは、世間体を気にして「いもうと」さんの引きこもりをずっと隠していたのではないのか・・・
 この「いもうと」さんの声に接すると、そんな事さえも思えなくもない・・・

 

それなのに「いもうと」さんが亡くなってしまったのはイジメをした同級生たちのせいだと家族たちは思っているのだろう・・・
 でも、それでは「いもうと」さんを失った家族たちは、一生救われる事はないだろう・・・
 「いもうと」さんの死とは無関係に、同級生たちはずっと生き続けていくわけで、誰も彼等を責める事はしないし、罰する事もしないから、彼等を見かける度に「あの子が私の子どもの命を奪った・・・」と思う事になるから・・・ (^^;

 家族たちが、自分たちの非を認め、「いもうと」さんに謝罪する事から始めないと、前には進めないのではないか、私はそう思います。

 

 人は、いじめられたくらいでは「学校に行きたくない」と思う事はあっても、「死にたい」とまでは思わないものです。
 「死にたい」と、あるいは「この世から消えてしまいたい」と思う時はいったいどんな時なのか・・・

 それは、守ってくれるはずの親の愛情を感じられなくなったり、もう自分を必要とはしていないんじゃないかと感じたりして、家の中で疎外感を感じたり、居場所が無いと感じた場合です。
 この「いもうと」さんも、もしかしたら家族たちに対してそのような思いを抱いていたのではないのかな・・・

 

 「イジメ」なんて、卑怯だとかカッコ悪いよとか、大人はいろいろなことばで子どもたちにイジメをしないようにと教えているけれど、そんなことばは子どもたちの心には届いてはいない。
 なぜなら、そこに「ウソ」がある事を子どもたちは敏感に感じとっているから・・・

 世の中では、イジメなんてごく当たり前に行われている・・・
 先に書いた私の記事を引用すれば・・・

 『ご近所同士のおつきあいや部落問題などで起きている地域的なイジメ・・・
 会社で起きているセクハラやパワハラ、リストラなどによるイジメ・・・
 関連会社や取引先などから受ける仕事上のイジメ・・・
 さらには、国から受ける理不尽なイジメや人種間、国家間のイジメだってある・・・』

 世の中、イジメのない事の方が珍しいんじゃないのか (^^;

 だから、オトナ達は日常的にイジメをしているのに、子どもたちには悪い事だからしてはいけないよナンて言っても、説得力なんてあるはずがない。

 むしろ、こんな世の中だからこそ、学校の「イジメ」は「必要悪」なんじゃないかとさえ私は思っています。

 どんなに理想論をかざそうと、嫌なヤツは居るし、嫌いなヤツも存在します。集団生活をしている以上、それはしかたがない事だと思います。
 それなのに、上辺だけは仲良し同士を装い、イジメのない学校を目指す・・・

 もしかすると、イジメの無い学校って、ある意味すごく「不自然」で「恐ろしい」ところなんじゃないのかな、私はそんなふうにも思っています。ナンか、全てが管理され、人間らしい感情を持つ事を禁じられた、まるで刑務所の受刑者かオートメーションの機械の前に立つ流れ作業の工員たちのようなイメージです。

 そんなところで育てられた子どもたちが、いざ社会に出た時に、そこで出会う様々なイジメにどのように対応するのかな・・・ (^^;

 イジメは、悪い事だなんて、誰でも知っています。
 でも、現実には身の回りでは日常的に行われています・・・

 そこで私は思っています。
 イジメを無くそうなんて考えるのは、間違っているとまでは言わないけれど、無駄な事ナンじゃないのかと (^^;
 それよりも、イジメに負けない強い心と、イジメを受けた時の対処法を考えてあげる事の方がずっと現実的で効果的なんじゃないのかと・・・

 オトナ達の社会から、あらゆるイジメが無くなった時に、初めて子どもたちに「イジメは悪い事」だと教える事ができるのだと私は思っています。

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2008年1月14日 (月)

行田市ミニ観光記

 先日、埼玉県の熊谷市へ仕事で行ったのですが、その帰り道、前から一度行ってみたかったところをいくつか見て来ました。

 立ち寄った先は、いずれも熊谷市の隣の行田市内にある「忍城(おしじょう)」「さきたま古墳公園」、そして、その近くにある「古代蓮の里」の三ケ所です。



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 古代蓮の池は、全くの時期ハズレですから何も見るべきところはありませんでしたが、代わりに猫の写真を撮って来ました (^◇^) 。。。ケラケラ
 ナンか、駐車場や施設の周りでやたらと野良猫の姿を見かけたものですから・・・ (^.^; ポリポリ



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 「忍城」は、行田市の「郷土博物館」を兼ねていまして、常設展示と企画展示を行っていて、常設展示の方は、『行田の歴史と文化』を統一テーマのもとに、古代から江戸時代、明治と順を追って、写真や様々な品物を展示して説明してありました。
 また、「足袋の町」としての行田も合わせて紹介されていました。

 企画展示の方は、「三丁目の夕日」の影響からでしょうか、昭和30年代あたりのおもちゃとか雑誌とかなどの雑貨類をいろいろと並べて展示していました。



20080114001

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 さきたま古墳公園は、「埼玉」という県名発祥の地という事で、いくつかの巨大な古墳群が在ります。
 駐車場に車を停めて、公園の中へ入って行くと、まずその広さに圧倒されました (^^;

 広い芝生の公園の中には、「稲荷山古墳」「丸墓山古墳」「二子山古墳」などの大きな古墳があり、その中の一つの「将軍山古墳」では、内部に入って棺が納められている石室を見学できるという事で、もちろん入って来ましたよ (^.^; ポリポリ
 生きてお墓の中に入るのは・・・ やっぱ、イイ気持ちがしませんねぇ・・・ (^^;

 普段から、車に頼ってばっかりでマトモに歩いた事もないので、自転車でもないと古墳間の移動は辛かったです (^^;)☆\(-_-)
 広い公園なので、中にはジョギングをしている人や、ウォーキングをしている人たちも居ましたよ (^.^; ポリポリ


20080114007  道路を挟んで「さきたま史跡の博物館」が在り、こちらも見学して来ました (^^)v
 博物館の中というのは、先の忍城もそうでしたが、基本的に写真の撮影は禁止されています。しかし、この博物館は申請をすれば条件付きで許可がもらえるので、申請をして撮影許可の腕章を頂き、中に入りました (^^)v
 条件とは、他の見学者の迷惑となるフラッシュや三脚は使わない事、必要以上に展示ケースに近づいて撮影はしない事です。



 忍城の外観や古墳群など、4時間ほどで200枚以上もの写真を撮ったんですが、帰宅して撮影データをPCにコピーする際に、ついうっかりと何か操作ミスをしたようで、コピー完了と思っていつものようにSDカードのメモリーをクリアしてしまいました・・・ (^^;
 でも、なぜかデータの最初の方の大部分がHDDにコピーされておらず、一日の苦労が水の泡と消えてしまいました (__;)ガクッ
 歩きどおしで疲れたところに、このアクシデントで、この日は、心身共にKOされてしまいました・・・ (/_;) ・・・

 まぁ、こんな日も、タマにはあるさ~ (^_^ゞポリポリ

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2008年1月13日 (日)

初詣 2008

 今日の午前中、かねてよりの予定通り、成田山への初詣に行って来ました (o^∇^o)ノ
 一般の方々からみると、ずいぶんのんびりしているようにも思えるかもしれませんが、人混みが大の苦手な私は、毎年松の内を避けて、中旬の日曜日に出かける事にしています (^.^; ポリポリ
 それでなくても、成田山の参拝者数は全国第2位の数を誇るので、地元の者としては、有り難く誇らしい反面、あまり近づきたくないという痛し痒しの状況です(苦笑)

 そんな、今日の成田山の様子です (o^∇^o)ノ

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 私、御用達の「成田市東和田駐車場」に車を停め、徒歩で成田山へと向かう・・・
 途中、国道51号線から、参道へと向かう交差点です。大型の観光バスやマイカーがズラ~っと並んでいます (^^;
 さらに成田山方向へと足を進め、「交通安全祈祷殿」の付近の様子です。

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 「交通安全祈祷殿」の駐車場内に停まっていたライダー達です。この駐車場へは自動車の祈祷を受ける車以外は入れませんから、彼等の乗っているオートバイを祈祷してもらったものと思われます。

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 さらに奥に足を進めます。
 この辺りからは、道の両側の歩道の上に露店ができていて、狭くなっていて歩きにくくてしょうがありません・・・ (__;)
 そうかといって車道を歩くのも危ないし・・・ (^^;

 また、民間の駐車場に出入りする車で、混雑にさらなる輪をかけています・・・ (ノ_-;)ハア…
 それにしても、駐車場への誘導をするために立っているオッサン達・・・ ガラが悪い輩が少なくないですねぇ (ノ_-;)ハア…
 そういう、利用客を上から見下す殿様商売をしていると、成田山の評判を大きく落としますね(怒り)
 駐車場待ちの無駄な時間と混雑を無くし、無用な腹立ちをしなくてすむためにも、参道の民間駐車場を利用するのではなく、私のように周囲の駐車場を利用するか、公共交通機関の利用をお勧めしますよ(苦笑)
 それに、少々歩くのは健康にもイイですから・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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 この辺りからは、車の進入は禁止されるので、いくぶん歩きやすくなりますが、それでも人が多くて・・・(苦笑)
 道の奥には、成田山の新しい顔となる「総門」が見えています。

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 成田山の大まかな俯瞰図です。下に「現在地」と書いてある所から、「総門」「仁王門」「大本堂」へと歩みを進めます。
 この「総門」は、着工から約3年8カ月をかけて昨年完成し、11月28日に「落慶入仏法要」が行われたばかりの、総ケヤキ造りの見事な門です (o^∇^o)ノ
 昨年のお参りの時には、全体がシートで覆われている工事中の状態だったので、お参りそのモノがしにくい状況だったのですが、今年は素晴らしい威容を見せてくれました (^^)v

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 その、総門から仁王門を見たところ、次が仁王門前の石段、そして大本堂へ続く最後の石段です・・・
 こういう石段はどこでもそうですが、成田山もとても急なので、お年寄りにはかなりキツイと思います。そのせいもあるのでしょうが、混雑と事故を避けるために、登り専用の一方通行になっています。

 今日の大本堂の様子と、隣に建っている三重塔です。
 いかにも成田の風景らしく、バックの空には旅客機が写っています (^◇^) 。。。ケラケラ
 あいにくと、逆光になってしまったようで、暗い写真になってしまいました (^^;
 少し補正を加えてはみましたが、慣れない事をしても、うまくいかないモンですね (^.^; ポリポリ

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 今日、目についた少年野球チームの参拝光景です。総門の外側で見かけ、整列した後大本堂へと向かって行きました。他のチームも居たので、もしかして今日はそういう日なのかな(笑い)
 3枚目の写真が、大本堂の中の、巨大な賽銭箱の前でのお参り光景です (^.^; ポリポリ
 さすがにここは、身動きがとれないくらいの混雑でした・・・ (^^;

20080113025  最後に、友人がやっている馴染みの売店で、いつもの熊手を買って今年の初詣の予定は全て終了です (^_^)V。

 ・・・というワケで、今年も無事に初詣を終える事ができました o(*^▽^*)o~♪

20080113026  オマケで、帰り道、参道の一角で行われていた、縁起物の猿回しです (^^)v
 なかなかおもしろそうだったので、チョッと足を止めて見物を・・・ (^.^; ポリポリ
 1分足らずですが、デジカメで動画も撮ってみましたので、良かったらお楽しみ下さい ( ^-^)/ ♪

 

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2008年1月12日 (土)

大相撲初場所を前に

 いよいよ、明日から大相撲の「初場所」が始まる (o^∇^o)ノ

 今場所の目玉は、ナンといっても朝青龍のカムバックだろう (^◇^) 。。。ケラケラ
 最近の報道では、朝青龍の調子の良さだけが目立っていて、早くも優勝は朝青龍だろうとの下馬評も高い・・・

 しかし、私は、朝青龍の優勝は有り得ないと思っている (^.^; ポリポリ
 二場所全休で、三場所ぶりの本場所となるワケだから、実質的には半年ぶりの土俵である。いくら朝青龍でも、このハンデは如何ともし難いと私は見る。まして、体調は万全ではないようだし・・・ (^^;
 まぁ、腰椎を疲労骨折していても、元気にサッカーができるくらいの超人だから、多少の不具合ナンかは、ハンデでもナンでもないのかもしれないが・・・ (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!


 しかし、もしこれで朝青龍が優勝するような事があったりすると、他の力士はいったい何をやっているんだという事になる。そうならないように、頑張ってほしいなぁと願うだけだが・・・ (^^;
 まぁ、朝青龍には徹底的にヒールになっていただき、彼を取り巻く包囲網で、寄ってたかって潰してほしいと思うのが大相撲ファンの大方の願望かな・・・ (^.^; ポリポリ
 あ、これはマジで私の願望です(笑い)

 でも、朝青龍の優勝がないと言っても、単純に白鵬が優勝するだろうとも私は考えていない。白鵬の相撲は、巧さはあっても力強さがない。喩えるなら昨年引退した栃東みたいなタイプだ。ドンドン優勝回数を積み上げていくような横綱ではない。
 ナンていうのかなぁ、白鵬には朝青龍のような「花」がないんですよね・・・ 地味すぎて・・・ (ノ_-;)ハア…


 となると、いやがうえにも期待したいのが安馬だ (^^)v
 今年は、いよいよ大関になると私は思っています (o^∇^o)ノ


 次に、安美錦・・・ 今場所は大関への足掛かりの場所にしてほしい。となると、二桁では物足りない。少なくても12~13番は勝って、優勝争いに絡み、3月の大阪場所で大関を狙ってほしいものだ。

 関脇の元気な場所はおもしろいと昔からよく言われる。全ての上位力士と顔が合う地位なワケだから、関脇が勝ち続けるという事は「波瀾」が付き物という事で、おもしろい場所にならないわけがない(笑い)
 ぜひ、そんな場所であってほしいと思います (o^∇^o)ノ


 チケットの前売りも好調なようで、まさか九州場所のような事はないと思うが、とても楽しみですねぇ o(^^o)(o^^)oワクワク


 ところで、もう過ぎてしまいましたが、1月9日は「風邪の日」という事です(笑い)


20080112001  ナンでこの日が「風邪の日」なのかというと、時期的にも風邪が流行っているという事ももちろんあるのでしょうが、第4代横綱として圧倒的な強さを誇った谷風梶之助が、流行性感冒のために46才という若さで「現役中」に亡くなった事に由来しているといいます (^^;
 この時、谷風は35連勝中でした・・・ (^^;;;


 この谷風、記録の上では一応「4代目」となってはいますが、この頃の横綱という地位は、明確な決まりがあったわけではないので、実質的な横綱第一号ともいわれています。
 そして、189cm、169kgという巨漢でもあり、5年間に渡って負けなしの63連勝を記録するという、名実ともに横綱の鑑とされて、江戸の相撲ファンの間では絶大な人気を誇ったといいます・・・
 その谷風も、風邪にはかなわなかったという事で、悪性の風邪の事を「タニカゼ」と呼んだとか・・・ (^.^; ポリポリ

 死に至ってしまったという事で、谷風がかかっていたのは「インフルエンザ」だったと思われますが、「風邪」も「インフルエンザ」も似たような病気だと思われていますが、インフルエンザは甘く見てはいけません。関節の痛みを伴ったり、胃腸障害を起こして下痢などを起こしたりするのがインフルエンザという事で、これは早目に通院して医師の診断を仰ぐべきです。


 もっとも、タダの「風邪」も、原因も治療法もよくわからない病気だったりするので、昔から「風邪を治せる薬を作ったらノーベル賞モノだ」ナンて言われたりもしますし、「風邪は万病のモト」ナンて言われるように、合併症を引き起こしやすいので、十分な注意が必要ですが・・・ (^^;

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2008年1月11日 (金)

頭の体操

 1+2+3+・・・というように、1から順に10まで足していくと、答えはいくつになるか?

 私等の世代だと、小学校の時分にソロバンの授業があったので、この答えはたいていの人なら計算をしなくても答えられます。
 いの一番に、指使いの練習としてこの計算をさせられるからです。
 この答えは「55」になるのですが、じゃぁ、1から100までだといくらになるのか・・・
 さすがにこの答えをご存知の方はあまり居ないんじゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 私も、この答えは知りませんでした・・・ (^.^; ポリポリ

 こんな話題を、一昨日のTBSラジオで取り上げていました。


 一応、この答えを求める公式というのが存在していて、からαまでの数字を順に足した答え「X」は・・・

 X=(α+1)xα÷2

 この公式に先ほどの問題を当てはめると・・・

 1から10までの場合 (10+1)x10÷2=55
 1から100までの場合(100+1)x100÷2=5050

 このようになります (^^;

 まるで、台形の面積を求める公式・・・
 (上底+下底)x高さ÷2 ・・・に似ています(笑い)

 今のゆとり教育のもとでは、台形の面積を求める公式は、算数の授業では教えていないそうです。その代りに、台形をいくつかの三角形に分けたりして面積を求める方法を教えているそうで・・・ (^^;
 それはそれでいいとして、別に台形の面積を直接求める公式を教えない理由がわからない・・・
 どうしてこのような公式になるのか、単に呪文のように丸暗記させるのではなく、そういう事をキチンと教える事が教育ナンだと私は思うんだけどな。
 そこんトコの手を抜いて、公式だけを教えようとするから、生徒たちは何がナンだかわからなくなって覚えられないという事になるんだと私は思うよ。

 長方形の面積を求める「タテxヨコ」という公式なら誰でも知っている。台形の面積を求めるのはその延長で、(上底+下底)x高さというのは、長方形のタテxヨコという事なんだよね (^^)v
 つまり、ひっくり返した台形を元の台形にくっつけると、横に長い大きな長方形になるから。ただ、そのままだと倍の面積になっちゃうから最後に2で割るわけで・・・


 ところで、先の1からαまでの足し算ですが、公式を覚えなくても、その理屈を覚えれば答えは簡単に導きだせます (^^)v
 その理屈とは・・・1からαまでの「平均値」を求めてα倍するという方法ですが、ことばで言うよりも実際にやってみましょう (^^)v

 1から10までの平均値・・・というとナンか難しく感じますが、ようは1から10までの真ん中の数字という事になります。
 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 と、10個の数字が並んでいて、その真ん中の数字は・・・ 単純に「10」の半分の「5」ではありません (^^;
 「5」と「6」の真ん中、つまり「5.5」になります。
 その「5.5」を10倍すれば答えの「55」になります (^.^; ポリポリ

 同じように、1から100までだと・・・真ん中の数字は「50.5」・・・ (^^;
 このヘンになってくるとよくわからないかな(笑い)


 もっと簡単にいうと「α」の半分の数字に、「1」の半分の「0.5」を足したものが真ん中の数字です(苦笑)
 10なら、(10÷2)+0.5=5.5
 50なら、(50÷2)+0.5=25.5
 100なら、(100÷2)+0.5=50.5

 この数字に最初のαをかければ答えになります・・・ (^_^ゞポリポリ



20080111001  また、野球ナンかでよく行われるトーナメントの組み合わせですが、左のように、4チームが戦う場合、優勝が決まるまでに3試合行われます。

 このくらいのチーム数だと簡単にわかりますが、例えば甲子園大会などのように47都道府県から1チームずつ参加するという事になると、優勝が決まるまでにいったい何試合を行わなければならないのでしょうか (?。?)


 実は、これも簡単にわかります (^^)v
 1試合を行う度に、負けたチームが去っていく事になるわけですから、優勝が決まるまでには、優勝をするチーム以外が全て負ける必要があるわけで、つまり「参加チーム数-1」が行われる試合数になります(苦笑)
 47チームが参加するのであれば、47-1=46試合です。
 100チームの参加なら、100-1=99試合です (^^)v

 したがって、三位決定戦が行われるのであれば、総試合数は参加チームと同じ数だけ行われる事になります (^.^; ポリポリ


 難しいと思われがちな算数ですが、理屈がわかるとけっこう興味が湧いて来ませんか (o^∇^o)ノ
 え? そんな事ないですか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年1月10日 (木)

化け鼠伝説

 連日、ネズミの話題で恐縮なのですが、今日は、千葉県に伝わる「お化けネズミ」伝説をご紹介してみようかなと・・・ (^.^; ポリポリ

 

 「化け猫」とかならけっこうポピュラーですが、「化け鼠」となるとそうそうは聞いた事がないのではないか・・・ (^^;
 しかも、このハナシは一般に伝承されているような民話とか都市伝説のようなフィクションではなく、実際に目撃した人が何人も居るという事で、ウワサを耳にした人たちが全国から押し寄せるというチョッとしたブームまで巻き起こし、ニュースにも取り上げられた事もあるので、ご存知の方も居らっしゃるかもしれません・・・

 

 このお化けネズミですが、もともとの原産地は北米という事で、この化け鼠の体長は一般には70cm~90cm。大きくても1mチョッとくらいと言われていますが、ナンと千葉で目撃した人の話しによると、その大きさはおよそ2メートル前後で、全身真っ黒な毛で覆われていると言います。まるで、熊ですね・・・ (^^;
 おそらく何かの荷物を輸入した際に紛れ込んだのが逃げたのか、それとも誰かがこっそりと密輸して、ペットとして飼っているウチに、大きくなりすぎて飼いきれなくなって捨てていったのかは定かではないけれど、このお化けネズミを見かけるようになったのは20年チョッと前からという事で、主に千葉県と東京都との境にある浦安市近辺での目撃情報が多いという・・・

 

 そもそも、浦安というところは、今でこそTDLなどができた事もあり、オシャレな街として人気も高く、都心までの通勤時間も短いという事で、マンションなどもたくさん建てられていますが、もともとは漁師町であり、ホントに何も無いところでした・・・
 まぁ、何も無いところだからこそ、数ある候補地の中から浦安が勝ち残り、あんな巨大なテーマパークが作られたのでしょうが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 1970年公開の「男はつらいよ」の第5作「望郷篇」では、浦安が舞台となり、その中にも田舎びた街の風景が映像として残されています。たった40年程度の事なのに、信じられないくらい様変わりしました・・・

 ・・・という事で、この化け鼠、もしかして浦安の魚を食べてデカくなってしまったのかな・・・ (^^;

 目撃者の話しでは、一匹だと言う人も多いのですが、中には何匹も居るんじゃないかと思っている人も少なくないようです (^^;

 

20070923011  これは、浦安の近くの船橋市の国道357号線で信号待ちをしている時に、道端で見かけたネズミですが、一般によく見かける「イエネズミ」ですから、小さな姿です。「ドブネズミ」ならもう少し大きいのですが、こんなのでデカイ鼠が突然現われたら、やっぱ嫌ですよねぇ・・・ (^^;

 

 ところで、このお化けネズミですが、異常にデカイから、付近の住民たちに怖がられているのかと思うと、意外にそんな事はなくて、妙に人なつこいらしく、目撃した人たちはけっこうおもしろがっているとも言われています (^^;

 そういう私も、このお化けネズミを2~3度見かけた事があります (^.^; ポリポリ
 その時の印象ですが、怖いというよりも、どちらかといえばユーモラスでしたよ(苦笑)

 

 その・・・「お化けネズミ」の姿ですけど、目撃者たちの話しを総合的にイメージ化すると、こんな感じだそうです・・・ (^^ゞ

 気になる方は、クリックしてみて下さい・・・(苦笑)

 

 お粗末様でした~・・・ m(_ _;)m

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2008年1月 9日 (水)

鼠坂

20080109001 昨日、都内への仕事が飯田橋で終わったので、チョッと足を伸ばして、文京区の音羽地内に在るという「鼠坂」を見て来ました (^^)v

 なにしろ、今年はネズミ年、ネズミという名前が付くというだけでも見てみたいという思いが湧き上がってくる (^◇^) 。。。ケラケラ

 この「鼠坂」、森鴎外の作品の中にもあるけれど、読んだ事がないのでその内容は全くわかりませんが、なんとなく「坂」としてのネーミングはイイですよね (^^;
 「鼠坂」の地図です (^^)/

 都内には、この他にも「神楽坂」とか「芋洗坂」とか、風情のある坂の名前がたくさんありますよね (o^∇^o)ノ


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 目白阪下から護国寺に抜ける大通りから、小日向方面に向かって50mほど細い路地を入ると、目の前に長い石の階段が見えてくる・・・
 この石段が「鼠坂」と呼ばれるモノらしい (^.^; ポリポリ
 階段の途中に、この坂の由来を記した立て札が立っていました (^^)v

 最初の2枚が、下から見上げたところと、坂の途中から見上げたところです。
 次の2枚が上から見下ろしたところと、立て札の辺りから見下ろしたところです。坂の向こうには、大通りが見えます。



 実は、千葉県の長柄町にも「鼠坂」という場所があります。
 その事は以前から知っていて、何度か通った事もあるので、ついでにこちらにも回ってみようかなと思い立って、京葉道路で蘇我まで行き、県道14号線、通称「茂原街道」で茂原市方面に向かいました。

 長柄町の「鼠坂」の地図です (^^)/ 


20080109002  しかし、先の場所のように明確に「ここ」というアナウンスがないので、ここらしいという程度の事しかわかりませんでした (^.^; ポリポリ
 こういう時には地元の人に聞くに限ります。で、目についたラーメン屋に入り、名物という味噌ラーメンを食べながら話しを聞くと、私が今まで「鼠坂」だと思っていた店の前の通りは、新しくできたバイパスという事なので、目的の「鼠坂」は店の裏手の旧道ではないかと言う・・・
 青い道路が新しいバイパスで、赤い道路が旧道らしいのですが・・・ (^.^; ポリポリ


20080109017 20080109018

20080109019 20080109020


 この辺りが「鼠坂」に間違いはないはずなんですが、時間も時間なので、暗くなって来てしまい、はっきりした確認が取れないまま帰宅せざるを得ない事になってしまいました (^.^; ポリポリ

 上の2枚が新しいバイパスの坂道で、下側から撮ったところ・・・
 下の2枚は、夕飯を食べたラーメン屋と、旧道の鼠坂らしい所を上側から撮ってみました (^^)v


 いずれ、機会があれば、もう一度チャレンジしてみようかと思っています (^^;

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2008年1月 8日 (火)

ウグイス

20080108002  なぜ今の時期に「ウグイス」なのかと訝しんでいらっしゃる方も居られる事と思いますが、チョッとだけ「お耳」を・・・というか、「お目」を拝借~ (^^)/


 皆さんは、ウグイスって「どの季節」に鳴くかご存知ですか?


 こんな事を聞かれたら、皆さんはどのようにお答えになるのでしょうか・・・ (^^;

 おそらく、ほとんどの方が「春」と答えるのではないでしょうか(苦笑)

 もちろん「春」にも鳴きますから、間違ってはいませんが、正解は「一年中、鳴いている・・・」です(笑い)

 そりゃそうですよね、春しか鳴けないとしたら、他の季節はどうしているのかという事になってしまいます。

 では、どうしてウグイスというと「春」と反射的に答えてしまうのでしょうか・・・

 ウグイスは、この時期に繁殖の為にオスがメスに対して愛をささやき始めます (^^)v
 ウグイスの事を「春告げ鳥」ナンて風流な名前で呼んだりもしますが、あの「ホーホケキョ」という独特な鳴き声が、まるで春を運んで来たような錯覚を人々に感じさせるからでしょうか・・・(笑い)
 この「ホーホケキョ」という鳴き声は、繁殖期独特の鳴き声であって、いつもこのような鳴き声で鳴いているわけではありません。
 逆に、この時期にしかこのような鳴きかたをしないから、ウグイスは「春の鳥」と思われているワケです。

 山登りとかを経験なさった事のある方ならご存知だと思いますが、夏に高い山に登っていくと、道すがら「ホーホケキョ」と鳴いているウグイスの声を耳にした事があると思います。これだけをみても、ウグイスは春にだけしか鳴いていないワケではないのです (^^)v


 それでは、繁殖期以外の時期にはウグイスはどのように鳴いているのでしょう・・・

 それが、この「笹鳴き」と呼ばれる独特の鳴き声です。Windowsをお使いでしたら、クリックしていただければその鳴き声をお聞きいただけると思います ( ^-^)/ ♪


20080108001 繁殖のため、春から夏にかけて山で過ごした彼らは、秋の深まりと共に里に降りてきて、公園の茂みや庭の植え込み、河原や竹やぶ等に隠れてひっそりと暮らしています。

 こんな「チャッチャッチャッ・・・」とか「ジャッジャッジャッ・・・」いう声を耳にしたら、近くの薮や茂みの中にウグイスが居る可能性が非常に高いですよ~ (^^)v

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2008年1月 7日 (月)

もしもピアノが弾けたなら

20080106001  これは、昨年他界した阿久悠が作詞をして、西田敏行が歌って1981年にヒットした「もしもピアノが弾けたなら」という作品です。

 私のお気に入りの作品でもありますが、きっと皆さんも、ピアノに憧れた事が一度くらいはあるんじゃないでしょうか・・・
 ピアノを弾いている人を見るとカッコイイなぁと思ったり、自分でもあんなふうに弾けたらイイだろうなぁとか思う事は、たぶん誰でも思う事ナンじゃないですかね。


 実は、私も20年チョッと前に、会津に居た時に、馴染みの楽器屋で開いているピアノ教室に一年ほど通った事があります (^^ゞ

 当時バンドをやっていて、自分で作ったオリジナル作品を、多重録音で音を重ね、一つの形あるモノにする事を趣味でやっていた事があります。ギターとかベースとかならそれまでにも弾いてきましたので、多少は演奏する事はできましたが、それだけではやはり作品としては物足りない。
 どうしてもキーボードやシンセサイザーの音が欲しいという事で、これだけは独学ではどうにもならないので、チャンとした先生の下に通わせて頂きました。

 週一で1年チョッと通いましたが、生来の不器用者ですから思ったほどには巧くならず、そのウチにあきらめてしまいました (^◇^) 。。。ケラケラ

 知り合いの先生でしたし、すでに私のトシも26才くらいでしたので、バイエルとかの一般的な稽古ではなく、ナニをしたいのかを聞いてくれ、オリジナル曲の伴奏をしたいと言ったところ、それならとりあえず何か好きな作品を一つ選んで、それを形にしてみましょうという事で、選んだ曲が「マイウェイ」・・・ (^.^; ポリポリ

 で、初歩の運指から始まって、徐々に曲の方の練習に入り、1年ほど過ぎてある程度サマになってきたところで言われたのが、「教室の発表会があるので、アナタも出てみませんか」でした (^^;
 といっても、ピアノ教室に通っている生徒は子どもが中心ですから、大人ナンてほとんど居ません。恥ずかしかったですが、こんな機会はもう二度とないだろうというのと、目立つ事が好きな事もあって、小学生などの子どもたちに混じって「マイウェイ」を1曲演奏してきました (^.^; ポリポリ


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 それが上の写真ですが、ピアノを弾いているのが私で、ベースを弾いているのが先生です。ギターとドラムは友人たちに手伝ってもらいました (^^;
 その下の集合写真では、最上段の一番左端に立っていますが、演奏が終わると早々にトレーナーに着替えています (^^;  なにぶん、ネクタイが苦手なので・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 しかし、こういう写真を撮る事をあらかじめ教えておいてくれれば、それまでは我慢したのに・・・ (^^;
 それでなくてもかなり浮いているのに、せっかくの記念写真がこれでは台無しです・・・ (__;)ガクッ

 発表会が終わって、市文化センターのロビーに出てきた時の事、ナンと中学校の時の国語の先生が来ていて声をかけてくれました。卒業以来ですから10年ぶりくらいに会ったのですが、中学の時の私はそういうイメージではなかったので、ずいぶん驚いていましたよ (^^;
 おそらく学校の生徒の誰かが発表会に出るという事で聞きに来たんでしょうが、まさか昔の教え子がステージに上がるとは思わなかったでしょうね (^◇^) 。。。ケラケラ



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 これらの写真は、私がかつて愛用していた楽器と録音機材です (^^)v
 シンセサイザーやシーケンサー、リズムボックス、キーボードに電子ピアノ等々が置いてあります (^_^ゞポリポリ

20080106004  1枚目の写真の左手の下にあるメーターが四つ並んでいる機械が、TEACの144と呼ばれた、当時としては画期的な4トラックのマルチトラックレコーダーで、この機械でリズムとかギターとかキーボードなどの音を一つ一つ重ねて録音していき、最後にボーカルやコーラスを重ねて録音して完成となります (^^)v

 これらの機材は全て実家の方に置いて来てあるので、今は何もやっていませんが、懐かしいですねぇ(笑い)


 あ・・・ 断わっておきますが、こういう記事を書いたからといって、私がピアノを弾けると思わないで下さいね(爆笑)
 なにしろ、もう20年以上も前の事ですし、その後何もやっていませんから、当時練習した「マイウェイ」でさえも、今では全く弾けませんよ・・・ (^.^; ポリポリ
 ただ・・・ イイ経験をしたのは間違いない事で、今では良い思い出です (o^∇^o)ノ

 授業料を払っただけの価値は十分にあったと今でも思っています (^^)v
 人間、必至になれば、とうていできそうもないことでも、たいていの事はできるもんナンだとこの時しみじみ思いましたっけ・・・ (^.^; ポリポリ


 これはオマケですが、もう20年以上何のアクションも起こしていなかった私ですが、今月デアゴスティーニから「週刊 マイ ミュージック スタジオ」というシリーズが創刊される事になりました。
 これを機会に、定期購読して、今年はパソコン・ミュージックにチャレンジしてみようかなと思い立ちました (^.^; ポリポリ
 まぁ、いつもの事ではありますが、熱しやすく冷めやすい私の事、いつまでこの気持ちが保てるのかはなはだ疑問ではありますが、何もしないよりは前向きだと思うので、とりあえず始めてみる事にしました(苦笑)
http://www.de-club.net/mms/

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2008年1月 6日 (日)

ネイチャーセンター

 今日は、茨城県下妻市に在る「ネイチャーセンター」をご紹介します (^^)/

 仕事で利用する事の多い国道294号線を走っていると、国道125号線と交差する辺りで筑波山の方向を見ると、そこにおもしろい建物が見えてきます。まるで「大きな蛾」が羽を広げて止まっているように見えます。見ようによっては「モスラ」みたい・・・ (^^;
 施設側では、「蝶」をイメージして作ったようですが「蝶」は止まる時に羽を広げては止まりません (^^;
 羽を広げて止まるのは「蛾」です(苦笑)


 この施設について、私は詳しい事はほとんど何も知りません (^^; ので、詳細についてはHPやネットなどでご確認下さい (^_^ゞポリポリ
http://www.city.shimotsuma.lg.jp/kanko/fureai_koen/nature_center.html


 今日の記事では、通りがかった時にチョッと立ち寄って撮ってきた写真を何枚かご紹介させていただきます ( ^-^)/ ♪


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 どうですか? 国道方面から近づいて行くと、だんだんその全容が見えてくると思います(笑い)
 建物の後方に見える高い山が筑波山です (^^)v
 中央は、最初滑り台のようなモノかなぁと思っていたんですが、単に展望台へと続いている階段のようです。


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 駐車場の方からだんだんと近づいて行った感じの写真です。壁面には大きく幼虫の姿が描かれています。
 周囲に作られている池にも、小さな魚が何匹も泳いでいました(苦笑)


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 建物を正面から見上げたところです。この上が展望デッキになっているものと思われます。
 ここの階段を下りていくと、すぐ下は広々とした公園になっています。


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 林の中にベンチが作られており、休憩ができます。フィトンチッドを胸いっぱいに吸い込みながらの森林浴はなかなかいいんじゃないですかねぇ(笑い)
 植えられている木々にはそれぞれに名前のプレートがかけられています。何気ないことですが、これは親切だと思いますね (o^∇^o)ノ
 エノキとクヌギの写真を撮ってきました。榎はケヤキに似てますね(苦笑)
 クヌギは、言わずと知れたドングリの木です (^^)v


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 林の奥には、広々とした芝生が広がっており、パットゴルフやゲートボールができるようになっていました。
 お天気も良いので、ちょうど何組かの人たちがゲームを楽しんでいましたよ (o^∇^o)ノ


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 木々の間には、こんなオブジェも置いてありました (^◇^) 。。。ケラケラ
 キツネとタヌキと、なぜかイノシシです (^.^; ポリポリ


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 施設の周囲には、子どもの遊び場や、サイクリングコース、サッカーや野球のグラウンドなども設けられていましたので、休日なんかにはけっこう賑わうんじゃないですかねぇ。
 遠くに筑波山が見えるんですが、この日はあいにくと雲に隠れてしまって、上の方は見えませんでした (^.^; ポリポリ

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2008年1月 5日 (土)

エベレスト

20080105001  皆さんは「エベレスト」という名前をご存知だと思います。
 世界で一番高い山として、おそらく日本人ならたいていの方はその名前を聞いた事があると思います。

 しかし、実は世界中のどこにも「エベレスト」という山は存在しないのですが、そういう事実とは別に「エベレスト」という名前だけが一人歩きをしているのが現実です。

 

 実は、この「エベレスト」という名前は、アンドリュー・ウォーという一人の英国人によって付けられた名前で、現地では「チョモランマ」という名前で呼ばれています。登山家たちのインタビューなんかを聞いていると、しばしば「チョモランマ」という名前で呼んでいるのを耳にする事があると思います。
 また、これとは別に、ネパール政府は「サガルマーター」という名前で呼ぶ事を求めているともいわれています。

 地名などの「固有名詞」は、原則として現地で呼ばれている名前を採用する事と決められています。そうでなくてはいろんな名前が乱立する事になるので、私もそれは当然だと考えています。

 

 しかし、この「エベレスト」ですが、ヒマラヤ山脈の中に存在し、なかなか人が踏み込む事ができにくい所だった事に加え、外国人の立ち入りも禁止されていた事も重なって、この山の存在が確認された19世紀半ばには、名前があるのかどうかさえもわからなかったので、ウォーが功名心にはやって、かってに「エベレスト」と名付けて、欧米を中心に広まってしまったものです (^^;

 その後、20世紀に入り、ヒマラヤ登山に訪れる欧米の登山家たちのポーターとして雇われた、現地のシェルパ族の人たちの口から、昔から「チョモランマ」と呼ばれていた事が知られるようになると、やっとその名前が知られるようになりました。
 しかし、ネパール政府は中国との対立もあって、チベット名の「チョモランマ」という名前を認めず、新たに「サガルマーター」という名前を付けるにいたった・・・ (^^;

 

 ・・・というワケで、今は「エベレスト」「チョモランマ」「サガルマーター」という三つの名前がそれぞれに存在するわけですが、先に述べた「原則として現地で呼ばれている名前を採用する」という決まりからいえば、余所者が独自に名付けた「エベレスト」は、いの一番に却下されるべき名前だと私は思っています。

 また「サガルマーター」も、ネパール政府の勝手な言い分から20世紀の半ばに独自に付けられたモノである事を考えれば、これも却下だと私は思っています (^^;

 したがって「エベレスト」という名前で呼ばれているこの山は、なるべく早く「チョモランマ」という、もともとの現地名で呼ぶべきだというのが私の持論です。

 

 ちなみに、この山のもう一方の国境に当たる中国側では、人民日報が「チョモランマという中国名は280年以上も前の地図に記載されており、英語名のエベレストよりも歴史が長い」と主張しているという・・・
 まぁ、中国政府の公式な発表でもないし、中国独特のドンブリ勘定的な物言いの一つだとも言えなくないので、どこまで信憑性があるのか疑わしいような気もしていますが・・・ (^.^; ポリポリ

 

 蛇足ですが、世界で二番目に高い山は「K2」という山ですが、これも名前が無いという事で、インドの測量局がカラコルム山脈の測量をはじめた際に、無名の山々の一つ一つにカラコルムの頭文字である「K」をとって、順にK1・K2・K3・・・と測量番号を付けたのが今に至っているだけで、これもおそらく現地の名前があるんだろうと思うのですが、誰もあの山は「○○」という名前だと言わないのが不思議ですねぇ・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20080105002  こういうハナシを聞くと、つい「白馬岳」を思い出します。

 もともとは「代馬(しろうま)」という名前の山だったものが、余所者に「あの山の名前は?」と聞かれて「しろうまです」と地元の人が答えたところ、聞いた人が「しろうま」に「白馬」という文字を勝手に当て、地図にも「白馬」と記載されたのがそもそもの始まりです。その後、事情を知らない人たちが「はくば」と読むようになって、いつの間にかもともとの名前とは全く別の意味になってしまったというモノです。
 あまつさえ、今では村の名前まで「白馬村(はくばむら)」となっていますから、人の口には戸はたてられないモノですね (^◇^) 。。。ケラケラ

 「代馬」という名前は、山に積もった雪が春になって融け、山肌に現われる黒い岩の形が、麓から見ると馬の形に見えるというところから付けられたといいます。そして、この馬の形を見かける頃になったら、タンボの代かきを始めて田植えに備えるという地元の人たちの生活の智恵だったとも・・・

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2008年1月 4日 (金)

餅つき

 お正月休みも、そろそろ終わりという方も少なくないと思いますが、ゆっくり休めましたか?
 帰省とかされた方は、疲れただけの休みだったという方も居たりして・・・ (^.^; ポリポリ
 私も、一応今日から仕事始めナンですが、はたして仕事は入るのかな(笑い)

 皆さんは、お正月中には、お餅は食べましたか?
 今時だと、お餅なんて、特別ご馳走だなんて思っている方は少ないのかもしれませんが、私ナンか古い人間ですし、田舎者ですから、お餅は大好きです o(*^▽^*)o~♪

 両親も、それはよくわかっていますから、五月の連休やお盆などに帰省した折には、機械でですが、たいていお餅をついてくれます (^^;


20080104001  ところで、皆さんは「(うす)」と「(きね)」で「餅つき」をした事はありますか?
 最近では住宅事情もありますから、自宅で「臼」と「杵」を使って餅つきをする事はほとんど無いのかもしれませんが、お祭りとか町内会とかのイベントで、威勢よくお餅をついているのを見かけた事はあるんじゃないかな。



20080104002  私の実家でも、子どもの頃は「臼」と「杵」で、両親がペッタンペッタンとついていたのを思い出します。
 ちょうど、こんな感じの、大きな木をくりぬいて作った臼でした。
 父がつき手で、母が餅を返す合いの手です。

 子どもでしたが、私もおもしろがってつかせてもらった事を懐かしく思い出します。さすがに蒸したもち米をこねることはテクニックが要るのでできませんでしたが、いいかげんにつき上がった頃、途中で父にせがんで代ってもらって、よろよろしながら危なっかしい手付きで杵を振り下ろしていました (^.^; ポリポリ
 ほとんど遊び半分ですから、たいした回数はついていませんが、それでも自分でついたという思いがあるので、つき上がったお餅を母が調理してくれるんですが、格別美味しかったですね~ o(*^▽^*)o~♪


 私が中学生の頃、餅つき機を買ったので、それ以来餅つきは機械でするようになってしまいましたが、臼と杵は今でも物置にしまってあるのを私は知っています(苦笑)
 もう、トシだから、臼とかを使う事はないと思うんですがねぇ・・・ (^.^; ポリポリ
 第一、重いから引っ張り出してくるだけでもたいへんだと思うし・・・ (^^;
 デカイから場所をとるので、ジャマなだけだと思うんですが、何か思い入れがあるんでしょうかねぇ(苦笑)
 今度、機会があったら聞いてみようかな (^.^; ポリポリ

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2008年1月 3日 (木)

箱根駅伝2008 復路

20080103002  今日、箱根駅伝の復路が行われ、復路重視の作戦をとる駒澤大学が、3年ぶり、6回目の総合優勝を遂げて幕を下ろしました ヽ(^o^)尸
 私のヒイキの早稲田は、なかなか良い戦いをしてくれましたが、層の厚い駒澤の前に、15年ぶりの総合優勝を阻まれてしまいました (__;)ガクッ

 破れはしましたが、往路で優勝をしてくれましたし、終盤まで夢を見せてもらっての準優勝でしたので大満足です ヽ(^◇^*)/ 


 今日の復路では、ナンといっても6区の山下りを走った早稲田加藤創大が素晴らしい ヽ(^o^)尸
 スタートした直後の登りの時には、若干体が重そうな感じで、チョッと不安だったんですが、下りに入った途端に走りが一変、ぐんぐんスピードを上げて後続との差をドンドン広げる (^_^)V。
 昨日の時点では、6区で後続に差を詰められるのはある程度は覚悟していたんですが、終わってみれば2位に3分11秒の差という事で、逆に今日の6区だけで2分近い貯金を作ってしまった o(*^▽^*)o~♪

 私が箱根駅伝を見るようになってから、箱根の山の上り下りでは早稲田にはあまり良い印象はない。それこそ、12年前に往路優勝をした時に5区の山登りで小林雅幸が区間新を作った事があるくらいで、どちらかといえば「山に弱い早稲田」というイメージがあったほどだ (^^;
 それが、戦前に渡辺監督「山の上り下りには自信があります」と言ったように、見事にその期待に応えてくれた。
 ナンと、登りも下りも早稲田が区間賞を取った~ ヽ(^◇^*)/ 
 こんな事は、私が箱根を見るようになって初めての事です (^.^; ポリポリ
 早稲田が5区で区間賞を取るのは12年ぶり、6区の区間賞となると、1959年の黒川澄夫以来というから、実に49年ぶりという事になります (^^;

 去年の大会では、駒野亮太の5区の走りにも希望を与えてもらいましたが、残念ながら加藤創大は4位~5位という位置を走っていた事もあって、ほとんどテレビには写らなかったので、その力走ぶりはわかりませんでした・・・ (^^;

 去年の記事でも書きましたが、今年も同じ事を繰り返させて頂こうと・・・ (^^;
 「山に弱いと言われ続けて来た早稲田ですが、いつの間にか山を『走れる』スペシャリストを育てていた事に感激(;_;) ウルウル・・・」(『』が昨年と違う部分です (^^; )


 ここまでトップを守っていた早稲田ですが、7区を走った石橋洋三、8区を走った飯塚淳司がチョッとスピードに乗れずに差を詰められてハラハラさせられましたが、飯塚が得意の遊行寺の坂で持ち直し、ナンとかトップをキープして9区の三輪真之にタスキを託す・・・

 9区に入ると、駒澤大の太ももランナー (^^; 堺 晃一が序盤から突っ込んで入り、3km手前で早稲田三輪を交わしてトップに立つ (^^;
 しばらく並走となるも、権太坂の下りを利用してがスパート、三輪を振り切る・・・ (__;)ガクッ
 クンはどっしりとして重そうな走りナンですが、戦車みたいで相変わらず強いっすねぇ (^^;



 ところで、今日の日テレの中継のゲストは、藤田敦史山下拓郎の二人でした。
 藤田は福島出身で駒澤大のOBと、今日も福島出身のランナーがゲストに選ばれました(笑い)
 4人のゲストのうち、3人が福島出身のランナーという事で、いつの間にか、福島県は長距離界に大きく貢献しているようです (^◇^) 。。。ケラケラ
 山下拓郎は静岡の出身で、亜細亜大のOBですけど、藤田山下も共に千葉県にある富士通の所属という事で、元日のニューイヤー駅伝にもノミネートはされていましたが、藤田は故障で出場は回避、山下も補欠で、実際に走る事はありませんでした。
 でも、私の2押しの富士通のランナーという事で、今日のゲストも私にとっては申し分の無い人選でした (^^)v


 最後に、今回のレースでは、3校が途中棄権という前代未聞のハプニングが起こってしまった・・・ (__;)
 5区で順天大、9区で大東大、10区ではナンと東海大が途中棄権をした・・・
 順天大東海大も優勝候補に挙げられていた大学であり、特に順天大は1区でも止まってしまうという大ブレーキがあったので、実質的には4人のランナーが走れなくなってしまった事になるわけで、これはこの大会に何か大きな「問題」が隠れているのではないのかと思わざるを得ない・・・ (ノ_-;)ハア…

 大会に対する人気が加熱する中で、各大学の力が拮抗して熾烈なレースが展開されるようになった。予選会からの参加校も、シード校と比べてなんら遜色のない戦いをしてくる。実際に、今大会でも予選会から勝ち上がった大学の中で、中央学院大山梨学院大帝京大、それに、関東学連選抜を加えると、シード枠の10校の中に4校も入った事になる。
 しかも、区間賞を取った選手たちを見ると、城西大から二人、山梨学院大国士舘中央学院大からそれぞれ一人ずつと、10人中、半分の5人が予選会組だ。
 これでは、選手たちに大きなプレッシャーと負担を与える事は想像に難くない。

 単に選手たちの体調管理に問題があったのだろうとか、暑い気象条件が災いしたのだろうとかの目先の理由だけで終わってほしくはない。
 私は、大会の運営になんらかの問題があるのではないかと思っている。伝統のある大会というのはわかるが、なんらかの手を打たないと、これからも同じ事は繰り返されるのではないのか・・・
 人気を優先するあまり、若い有望なランナーを、潰してしまいかねない、そんな無謀な大会にはなってほしくはない・・・ (__;)

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2008年1月 2日 (水)

箱根駅伝2008 往路

20080102002  今日、私が1年で一番楽しみにしているイベントである「箱根駅伝」往路が行われた。
 ホントなら、明日に復路の分と合わせて一つの記事にしようと思っていたのですが、意外や意外、私の一番ヒイキの早稲田が、12年ぶりとなる往路優勝をしてしまったので、書かずにはいられなかった・・・ (^.^; ポリポリ
 いやぁ、メチャクチャ嬉しいっす ヽ(^o^)尸


 戦前の予想では、エースの竹澤健介が暮れに故障を起こし、花の2区を走れないという情報が流れ、早稲田の苦戦は必至と見られていた。
 年末の練習では、そこそこ回復したという事で、渡辺康幸監督は3区での起用を決めた。

 レース後、渡辺監督が優勝インタビューの中で言っていたように、エースが不調という事でチームに危機感が募り、それで逆に結束が強まり、出場選手一人一人に「オレが頑張らないとヤバイ」という自覚を持たせたんじゃないかな。
 災い転じて福・・・というヤツか (^^)v

 しかし、1区の尾﨑貴宏はトップと4秒差の3位でタスキを渡したものの、2区のエース区間を走った高原聖典にはやはり荷が重すぎて、トップとは3分43秒差の12位まで順位を落としてしまう・・・ (__;)ガクッ

 その後、3区で竹澤が本来の走りではなく、苦しみながらも区間賞の走りでトップと2分25秒差の5位まで押し戻すと、4区の中島賢士が順位は一つ落としたものの、トップとのタイム差を1分27秒まで詰め、5区を走った主将の駒野亮太も区間賞を取る素晴らしい走りで次々と前を捕らえ、宮の下手前の10km過ぎで、山梨学院高瀬無量を交わしてとうとう首位に立つ~ ヽ(^o^)尸

 駒澤の主将の安西秀幸も必至に食らいついてきたが、駒野は13km手前で振り切り、そのまま差を広げてゴールテープを切った ヽ(^◇^*)/ 
 この駒野亮太ですが、昨年の箱根でも5区を走り、見事な走りをしてくれた事を記事に書いた事がある。その時には、まさか1年後にこんな大活躍をしてくれるとまでは思いませんでしたが・・・ (^.^; ポリポリ


 箱根駅伝を巡る報道は加熱する一方で、それがために各大学間のレベルも上がり、レースも拮抗してくる・・・
 案の定、1区ではお互いに牽制し合って、10kmを過ぎても20人の巨大なダンゴのままでレースは進む・・・
 レースが動いたのは、残り7km余りとなった16km過ぎ・・・ 東洋大大西智也が飛び出し集団はみるみる縦長に・・・
 そんな中、ディフェンディングチャンピオンである順天大関戸雅輝にトラブル (^^;
 一番に集団から脱落・・・ 何度も何度も止まりそうになりながら、それでもなんとか20位で2区にタスキをつないで事なきを得た・・・

 しかし、順天大はこの後の5区で、ゴールのわずかに500m手前、小野裕幸が全身に痙攣を起こし、本当にもう一歩のところで無念の途中棄権となってしまった・・・ (__;)

 また、他に目についた選手としては、花の2区を走った中央学院大木原真佐人が素晴らしかったです (o^∇^o)ノ
 区間3位の走りとはいうものの、9位でもらったタスキを、区間賞の走りをした山梨学院大モグスに次いで2番手で3区につないだ。先日の予選会でも日本人トップでゴールしたし、この選手はホンモノのランナーですね o(*^▽^*)o~♪
 木原クンは、いつもはサングラスをかけて走るのですが、なぜか今日はしていませんでいたので、カワイイ顔がまぶしく輝いていました(苦笑)


 それはさておき、今日の日テレの中継のゲストに招かれたのは、昨日のニューイヤー駅伝で共に5区を走った、中国電力佐藤敦之トヨタ自動車九州今井正人だった(笑い)
 この二人は、福島県出身の先輩と後輩であり、佐藤早稲田の「エース」として、今井順天大の「山の神」としてそれぞれ大活躍した。
 そして、私の一押しが早稲田であり、二押しが地元にキャンパスがある順天大だから、今日のゲストは私にとっては最高の人選だった (^^)v

 しかし、それぞれの大学のOBとして、一方は往路優勝を遂げ、一方は途中棄権となり、運命のイタズラとでもいうのだろうか、明暗を分けた格好でナンとも言いようがない・・・ (__;)


 順天大には気の毒だけれど、明日のレースが楽しみになってきた・・・(苦笑)
 2位の駒澤とのタイム差は1分13秒・・・ 層の厚さでは駒澤にはとてもかなわないと思うけれど、ここまでやってくれたのなら少しでもイイ思いをさせてくれ~ (^人^)

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マウス

 今年は、ネズミ年という事ですが、この「ネズミ」という名前は、人間たちが寝ている間に寝ずに盗取る」というところから名付けられたと言う説があります(笑い)

 ところで、ネズミといえば、英語では「mouse」・・・
 「mouse」といえば、やはり馴染み深いのはPCを操作する時に右手に握っている「マウス」ではないでしょうか・・・

 この「マウス」ですが、名前の由来はもちろんネズミに似ているところから名付けられたワケですが、皆さんは今ご自身が手にしているマウスをご覧になって、ネズミに似ていると思いますか?

 そう言われれば、なんとなく似ているような気もするけれど、そんな事はないんじゃないの・・・というのがホンネではないでしょうか(苦笑)

 しかし、マウスが世の中に登場した当時、確かにマウスはネズミに似ていたんですよ (^^;
 だからマウスという愛称で呼ばれていたのが、いつの間にか定着してしまったというワケです。

 今は、左右に大きな二つのボタンがあって、その間からPCと接続するためのコードが出ています。もちろん、コードレスのマウスもありますが、一般的に有線のマウスは、このように左右のボタンの間からコードが出ています。

 しかし、初期のマウスはこのような形ではありませんでした。コードはボタンの方ではなく、手前の手首側の方から出ていました (^^;
 このために、左右の大きなボタンがネズミの耳に、手前のコードが尻尾に見えた事から、マウスと呼ばれるようになったのですが、使っているウチにコードが手前側にあると操作するのに邪魔だという理由から、今のように向こう側から出すようになりました。それでも「マウス」という言葉だけはそのまま残ってしまったというワケで・・・ (^^;


 ところで、私はマウスとかキーボードとかの小物には目がなくて、お店とか回っておもしろそうなモノや手ごろなお買い得なモノを見つけると、つい衝動買いしてしまうという悪いクセがあります (^.^; ポリポリ


20080102001


 写真は、そんな私が買い集めたマウスたちです (^.^; ポリポリ
 もちろん、全部を使っているわけではありません。

 8番のマウスは、ロジクール製のコードレスで、とにかく使いやすいのでこればっかり愛用しています。メインのデスクトップにつないでいます (^^)v
 値段も張りましたが、それだけの価値はある優れモノです (o^∇^o)ノ

 7番のマウスは、雑記帳の方で書いた事もある、BUFFALO製のワイヤレスキーボードに付属していたワイヤレスマウスです。普段はノートPCにつないで使っています。

 5番のマウスは、マイクロソフトの物で、通販で買ったのですが、ホイールにクリックが無いので、マイクロソフト社製のマウスに対してアレルギーを持つようになったきっかけになったシロモノです。ホイールは使用頻度が高いですから、ここに不満があると使えないという事になります。マイクロソフトでも最近のマウスにはホイールにクリックが付いているのもあるようですが、以前は無いものが一般的だったようで、以来私はマイクロソフトのマウスには触りません (^.^; ポリポリ

 4番は、メインのPCとして使っている、e-machinesのデスクトップにオマケで付いてきたマウスですが、一度も使った事はありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 その他は、買っては飽きて、引き出しのコヤシになっているかわいそうなマウスたちです(爆笑)

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2008年1月 1日 (火)

ニューイヤー駅伝2008

20080101031  今日行われた「第52回全日本実業団対抗駅伝」のテレビ観戦が終わりました。
 結果は、コニカミノルタが序盤から積極的にレースを運び、駅伝王者の貫禄を十分に見せつけて、2年ぶりに6度目の優勝を飾った。
 私のヒイキの中国電力は2位だった (__;)


 レース後に、解説を勤めた花田勝彦が言っていたように、この大会の結果は「1区の走りが全て」だったように思う・・・
 二人の外国人選手から離れずに、トップ集団で走りきったコニカミノルタ太田 崇は、先頭から3秒差の3位で2区の松宮隆行にタスキを渡した。
 一方、第2グループの大集団の中でお互いに牽制し合って、ズルズルとトップとのタイム差を広げられてしまった中国電力新井広憲は、先頭から52秒差の11位で尾方 剛にタスキを渡した。コニカミノルタとのタイム差は実に48秒・・・ (ノ_-;)ハア…

 1区のランナーに与えられた役割というのは、いかに良い順位で2区のランナーにタスキを渡すかではない!
 先頭とのタイム差を、いかに少ないままで渡すかにある!!! それが、良い流れでレースを運ぶ絶対条件だからだ。
 それなのに、先頭を追いかける事もせずに第2グループで周りの様子を伺うようなレースをするなんて、愚の骨頂だ。もちろん、それだけの走力が伴わなければ先頭を追いかける事はできないわけだが、少なくても第2グループに甘んじているような走りをするべきではない。

 その「悪い流れ」は、2区の尾方 剛にも伝わってしまったから1区を走った新井広憲の責任は大きい。今日の戦犯は間違いなく新井だ。
 タスキを受け取った尾方は、やはり先頭を追う事をせずに、9位争いをしている12人からなる第2グループの中でお互いを牽制しながら体力を温存する作戦に出た・・・ (ノ_-;)ハア…
 まぁ、この区間は22kmの最長区間だから、序盤はムリをせずに行こうという思いだったのだろうが、他の選手ならともかく、尾方ほどの選手がそういう消極的な走りをしては勝てるわけがない。

 案の定、1区で31位と大きく出遅れたトヨタ自動車九州三津谷 祐が、このスローペースの大集団を見て後ろから猛烈な勢いで追い上げてくる・・・ (^^;
 中継所で、中国電力とは1分13秒もあったタイム差は、中間地点手前の10km付近で無くなり、三津谷はこの大集団を後方からアッという間に交わして、イッキに8位に踊り出る・・・
 三津谷に抜かれて、尾方を含むこの牽制集団は、慌てて三津谷を追う展開に変わる (^^;
 君たち、そんな余力があったのなら最初から先頭を追うべきだったのではないのか・・・(怒り)

 三津谷の勢いは止まらない・・・ そのまま前を走る3人を捕らえて、大集団は5位争いを始める (^^;
 さすがに尾方も目の色を変えてこの集団の先頭付近で頑張るが、こんなところになってやっと勝負を仕掛けるなんて、完全に作戦ミスだろう・・・ (__;)

 結果的に、松宮隆行は区間賞の快走でトップで3区のS.アレックスにタスキを渡した。
 中国電力尾方は、4位で岡本直己にタスキを渡したものの、序盤のスローペースが祟って先頭のコニカミノルタとの差は1分49秒まで広がった・・・ (__;)
 三津谷は、区間賞こそ松宮に奪われたが、24人抜きという史上最大のごぼう抜き記録を達成した ヽ(^o^)尸

 3区は外国人のスーパーランナーがひしめき合うスピード区間、ここに外国人を配置できたコニカミノルタと、ルーキーを配さなければならなかった中国電力とではハナから勝負にはならない。
 岡本は、6位に順位を落とし、トップのコニカミノルタ中国電力との差は2分55秒まで広がった・・・ (ノ_-;)ハア…

 以下の展開は語るものもない。いくら「ニューイヤー駅伝の5区の神」と呼ばれる佐藤敦之をもってしても、コニカミノルタとの差を詰める事はできなかった・・・ (__;)ガクッ


 という事で、レース以外の見どころとしては、中国電力佐藤敦之トヨタ自動車九州今井正人との一騎打ちがあった(笑い)
 佐藤は、以前にも語った事があるが、私の故郷の会津出身だけれど、今井も福島県の浜通りの出身で、二人は同郷の先輩と後輩というランナーたちでもある ヽ(^o^)尸
 したがって、私のこの二人に対する熱の入れようも言わずもがなだ (^.^; ポリポリ
 この二人が、太田中継所で2位と3位でタスキを受け取るために、タスキ渡しの場所に並んだ時に、佐藤今井に握手を求めるというシーンがあった。私は、ロードレースの大会中にこんな美しいシーンは見た事がない・・・ o(*^▽^*)o~♪
 二人の戦いは、佐藤の圧勝に終わったが、今井もただのルーキーではない事をその後のホンダとの戦いで十分に見せつけてくれた。
 佐藤に置いていかれた今井は、終盤にホンダ堀口貴史にも抜かれて4位に落ちる。しかし、今井の気持ちは切れない。離されないでしっかりと堀口に付いていくと、中継所の手前で抜き返して3位でタスキをつないで、最終的にチームの5位のゴールに大きく貢献した (^^)v


 あとは、安川電機の4位という成績もりっぱだったと思う。2区で走った飛松 誠以外のメンバーは、ハッキリいって知らない選手だけれど、その飛松で落とした順位を後続のランナーが着実に上げていって、最終的に表彰台までもう一歩という好成績を残した ヽ(^◇^*)/ 


 他に、私のヒイキの富士通は8位でギリギリ入賞 (^^)v
 JAL AGSは30位だった・・・ (^^;

 今年も、感動を有り難う~ (*^^)// パチパチ・・・

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鍋いっぱいの汁

20080101011  昨夜作った、けんちん風の汁です。
 しょう油味で具だくさん、鍋いっぱいにたっぷりと作りました (^^)v


20080101012 20080101013 20080101014

 夕飯は、パックの切り餅を4個、オーブントースターで炙った後、お湯にくぐらせて柔らかくしてからこの汁をかけて食べました。

 その後、日付が変わるチョッと前に、冷凍しておいた蕎麦を常温で解凍し、お湯で軽く茹でてから、この汁をかけて年越し蕎麦として食べました (^.^; ポリポリ


 私の大晦日は、いつもこんな感じです。
 けんちん風の汁を鍋に作って、お餅や蕎麦にかけてつゆ餅とか年越し蕎麦とかとして食べています。味付けはしょう油だったり、味噌だったりとその時の気分で変わりますが、やはりしょう油が多いかな。
 一度この汁を作れば、あとは温め直すだけでイイから面倒がなくて重宝します (^^)v


 今朝も、お餅にかけて食べましたが、まだまだたくさん残っているので、お正月はつゆ餅三昧です o(*^▽^*)o~♪
 これもまた、いつもの事ですが・・・ (^.^; ポリポリ

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還暦

 皆様、明けましておめでとうございます m(_ _)m

20080101001  今年は、ネズミ年ですね (o^∇^o)ノ
 十二支の最初という事で、今日は「干支(えと)」について語ってみようかなと思います。

 今年の干支は「戊子(つちのえね)」です。今はあまりそういう言い方をしませんが、「丙午(ひのえうま)」とか「甲子(きのえね)」とかの言葉は、比較的有名なので、どこかで耳にした事があるかもしれませんね。

 「ひのえうまの年に生まれた女は男を食い殺す」ナンて迷信があったり、「甲子正宗(きのえねまさむね)」ナンて日本酒があったりします。
 身近なところでは、阪神タイガースのホームグラウンドである「甲子園球場」にも甲子(きのえね)という言葉が入っています。これは、球場が建設された1924年は「甲子(きのえね)」の年だったから「甲子園」という名前になったものです。

 「十二支(じゅうにし)」はわりとポピュラーですが「十干(じっかん)」は今ではほとんど使われないので、一般にはあまり知られていないと思います。

 十干とは、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類です。
 これは、五行の元素である「(き)」・「(ひ)」・「(つち)」・「(か)」・「(みず)」に、陰陽の「兄弟(えと)」を組み合わせる事によりできる、「きのえ」・「きのと」・「ひのえ」・「ひのと」・・・という10種類です。

 また、十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類です。

 この二つを順に組み合わせてできるのが「干支」で、全部で60種類あります。
 つまり、60年で組み合わせが一巡するという事になり、61年目には「暦が元に還る」という意味で「還暦」という言葉が生まれました。

 かつては、人生50年ナンて言葉もあったように、61才のお正月を迎える事ができるという事はとてもおめでたい事であったわけです。そして、もう一度生まれた時の干支に戻るという意味で、赤いちゃんちゃんこを着せてお祝いをする事になりますが、これは「赤ちゃん」に戻ったという意味合いです (^^;

 現在では、満年齢を用いるのが一般的なので、還暦は60才の誕生日に祝うという事が広く行われているようですが、上の説明からすると、数え年で61才のお正月に祝うのが正しいという事になります。といっても、それほど違いがあるわけではありませんが・・・ (^.^; ポリポリ
 それに、数え年で61才というよりも、満年齢で60才という方が、区切り的にもわかりやすくて良いのかな (^^;

 それはともかく、還暦を迎えた人に「赤いちゃんちゃんこ」を着せるというのはうまいこと考えたモノだと思います。
 まぁ、今は60才を超えたくらいではそんなにお年寄りという感じはしませんが、次第に足腰が弱って歩けなくなり、寝たきりになったりすると、その姿は赤ん坊とほとんど変わらないですから・・・ (^^;

 ああ・・・ 元日からどうでもイイ事を語ってしまった (^.^; ポリポリ
 これに懲りずに、今年もどうぞ、この「居酒屋」をよろしくお願いします m(_ _)m

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