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2008年1月15日 (火)

わたしのいもうと

 今日の記事に限らず、私の記事のほとんどは、私が感じた事、思っている事をそのまま述べている事が多いので、一般の方々の思考からは、かなりかけ離れた内容になっている事が少なくないと思います (^.^; ポリポリ
 だからといって、読んでいただいた方に私の考えを押しつけるつもりもありませんし、同意を求めているわけでもありません。
 ただ・・・ 世の中にはこんな事を思っている人も居るという事だけ知ってほしくて、日々拙い文章を綴っています・・・ (^.^; ポリポリ

 ・・・という事で、今日は「わたしのいもうと」という絵本について語ってみようかなと・・・(苦笑)
 かなりの「暴論」になっている事を、あらかじめお断わりしておきます m(_ _)m



20080115001  この作品は、けっこう有名な絵本ですので、ご存知の方も多いと思いますし、実際に手に取ってお読みになった方も少なくないと思います。
 松谷先生のもとに届いた一通の手紙を元に書かれた作品という事で、絵と少ない文字量でできている本なのに、妙に重たい本となっている・・・


 ご存知のない方のために、簡単に内容を紹介すると・・・

 この本の主人公となる「いもうと」さんが、小学4年生の時に転校した事をきっかけに、転校先のクラスで陰湿ないじめにあいます。
 理由もないのに無視されたり、汚いと言われたりして、ある日から学校に行けなくなり、引きこもりを始めてしまいます・・・
 彼女の顔からは笑顔も消え、食事も細くなっていきました・・・

 やがて中学生になり高校生になり、いじめた子どもたちは彼女をいじめた事も、彼女の事さえも忘れたように、毎日を明るく過ごしています。
 一方、いじめられた「いもうと」は、食事ものどを通らなくなり、やがてひっそりと死んでしまうというものです・・・

 最後に「いもうと」さんが残した遺書と思われる文・・・
 『わたしをいじめたひとたちは もう わたしを わすれてしまったでしょうね。
 あそびたかったのに べんきょうがしたかったのに・・・』

 この一文が、彼女の思いの全てを語っていると思います・・・


 この絵本の評判はとても高く、教育の現場でも教材として取り上げられる事が多いといわれています。
 実際に読んだ方の中でも、良い本だとおっしゃる方がほとんどだと思います・・・

 わたし自身はこの本を読んではいませんが、昨年、ラジオで全編を朗読されたものを聞いてこの作品の存在を知りました。
 内容もさる事ながら、アナウンサーの朗読が絶妙で、聞き終わった時には涙が溢れてきて、運転が危うくなったほどです・・・ (^_^ゞポリポリ


 しかし、だからといってわたしはこの絵本に共感しているわけではありません。むしろ、この手の本は好きにはなれません。
 なぜなら、少しも真実を語っていないから・・・
 作者の松谷さんは、現実を知らないでこの作品を書いたんじゃないのかなとさえ思えてしまいます (^^;

 上辺だけ「イジメ」は悪い事だ、止めましょうと言ったところでそれがナンになるのだろう・・・
 こんな本を教材にして「イジメ」について考えたりしているから、何も変わらなくてダメなんだと私は思うよ。


 この、イジメを受けて亡くなってしまった「いもうと」さんは気の毒だ・・・
 しかし、なぜこの「いもうと」さんは死んでいかなければならなかったのだろう・・・

 同級生たちに「イジメ」を受けたから?
 悪いのは「イジメ」をした彼等なんだろうか・・・
 少なくても、この絵本ではそのように語っている・・・

 しかし、私はイジメによって自殺をしたという報道がある度にいつも思う・・・
 本当に悪いのは、死を選ぶしかないまでに子どもを追い詰めてしまった「親」なのではないのかと・・・
 こういう事を言うと、タダでさえ我が子を亡くして傷心の親御さんにムチ打つ行為となり、非難されそうだ・・・ (^.^; ポリポリ
 しかし、誰もそれを言わないから、同じ悲劇が何度も繰り返されてしまうんだと私は思っています。

 我が子の心の痛みを受け止め、支え、守ってあげるのが親としての責任ではないのか・・・
 我が子をイジメから守ってやろうと真剣に考えたら、いろんな方法があったのではないのか・・・

 この絵本でも、登校拒否をし、引きこもりを始めた時点で、さらなる転校を考えるとか、あるいはどうしても学校には行けないのであれば自宅学習を考え、家庭教師を雇うとかの方法はすぐに思いつく・・・

 さらに、食が細くなっていった段階では、精神的な疾患が考えられるので、しかるべき医療機関に相談をするとか、専門的な施設に入院をさせるとかの方法もあったのではないのか・・・

 それなのに、何年も自宅にこもったままで、最後は死を選ぶ・・・
 家族たちは、『あそびたかったのに べんきょうがしたかったのに・・・』という彼女の声をどのように受け止めているのだろう・・・
 少なくても、この「いもうと」さんは、遊ばせてもらえなかったし、勉強もさせてもらえなかったと思っていたわけで、もしかしたらこの親御さんは、世間体を気にして「いもうと」さんの引きこもりをずっと隠していたのではないのか・・・ この「いもうと」さんの声に接すると、そんな事さえも思えなくもない・・・

それなのに「いもうと」さんが亡くなってしまったのはイジメをした同級生たちのせいだと家族たちは思っているのだろう・・・
 でも、それでは「いもうと」さんを失った家族たちは、一生救われる事はないだろう・・・
 「いもうと」さんの死とは無関係に、同級生たちはずっと生き続けていくわけで、誰も彼等を責める事はしないし、罰する事もしないから、彼等を見かける度に「あの子が私の子どもの命を奪った・・・」と思う事になるから・・・ (^^;

 家族たちが、自分たちの非を認め、「いもうと」さんに謝罪する事から始めないと、前には進めないのではないか、私はそう思います。


 人は、いじめられたくらいでは「学校に行きたくない」と思う事はあっても、「死にたい」とまでは思わないものです。
 「死にたい」と、あるいは「この世から消えてしまいたい」と思う時はいったいどんな時なのか・・・
 それは、守ってくれるはずの親の愛情を感じられなくなったり、もう自分を必要とはしていないんじゃないかと感じたりして、家の中で疎外感を感じたり、居場所が無いと感じた場合です。
 この「いもうと」さんも、もしかしたら家族たちに対してそのような思いを抱いていたのではないのかな・・・


 「イジメ」なんて、卑怯だとかカッコ悪いよとか、大人はいろいろなことばで子どもたちにイジメをしないようにと教えているけれど、そんなことばは子どもたちの心には届いてはいない。
 なぜなら、そこに「ウソ」がある事を子どもたちは敏感に感じとっているから・・・

 世の中では、イジメなんてごく当たり前に行われている・・・
 先に書いた私の記事を引用すれば・・・

 『ご近所同士のおつきあいや部落問題などで起きている地域的なイジメ・・・
 会社で起きているセクハラやパワハラ、リストラなどによるイジメ・・・
 関連会社や取引先などから受ける仕事上のイジメ・・・
 さらには、国から受ける理不尽なイジメや人種間、国家間のイジメだってある・・・』

 世の中、イジメのない事の方が珍しいんじゃないのか (^^;

 だから、オトナ達は日常的にイジメをしているのに、子どもたちには悪い事だからしてはいけないよナンて言っても、説得力なんてあるはずがない。

 むしろ、こんな世の中だからこそ、学校の「イジメ」は「必要悪」なんじゃないかとさえ私は思っています。
 どんなに理想論をかざそうと、嫌なヤツは居るし、嫌いなヤツも存在します。集団生活をしている以上、それはしかたがない事だと思います。
 それなのに、上辺だけは仲良し同士を装い、イジメのない学校を目指す・・・
 もしかすると、イジメの無い学校って、ある意味すごく「不自然」で「恐ろしい」ところなんじゃないのかな、私はそんなふうにも思っています。ナンか、全てが管理され、人間らしい感情を持つ事を禁じられた、まるで刑務所の受刑者かオートメーションの機械の前に立つ流れ作業の工員たちのようなイメージです。

 そんなところで育てられた子どもたちが、いざ社会に出た時に、そこで出会う様々なイジメにどのように対応するのかな・・・ (^^;

 イジメは、悪い事だなんて、誰でも知っています。
 でも、現実には身の回りでは日常的に行われています・・・

 そこで私は思っています。
 イジメを無くそうなんて考えるのは、間違っているとまでは言わないけれど、無駄な事ナンじゃないのかと (^^;
 それよりも、イジメに負けない強い心と、イジメを受けた時の対処法を考えてあげる事の方がずっと現実的で効果的なんじゃないのかと・・・

 オトナ達の社会から、あらゆるイジメが無くなった時に、初めて子どもたちに「イジメは悪い事」だと教える事ができるのだと私は思っています。

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コメント

ピーターさん。こんばんわ♪

すごーくわかりますね。。。
いじめとかがあるからとかで子供に受験させる親が増えたりしてますがそれはどうなのかと思います。

子供が望んで受験するならまだしも、親が決めるのはどうかと・・・(^-^;)

子ども自身がイジメにあっても負けない気持ちをもてることが大事だと思います。。。
いじめなんて絶対あるもん!!!

自分の子供も心の強~い子に育てたいな。。。

投稿: ゆめ | 2008年1月15日 (火) 20:47

 ゆめさん、どうもです (^^)/

 私は、別に「イジメ」を肯定しているワケではないのですが、こんな本でもって学校からイジメを無くせるなどと考えるほどお気楽な人間ではありません (^.^; ポリポリ

 現実的には、イジメに上手に対応していくのが良いと思っています。
 悪質なイジメには、子どもであってもキチンと警察に対応してもらうくらいでないと、加害者側はつけ上がるだけだと思っています。
 学校も、警察沙汰は避けたいと思うはずですから、真剣に対応してくれると思いますし・・・

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年1月15日 (火) 21:21

どんな暴論がでてくるかと思いましたが…。
親が果たすべき役割。学校の役割。それぞれの役割があるのでは、と思います。
ぼくはこの絵本のことは知らないけれど、松谷さんは絵本にしかできない役割を考えたのではないのかな。

投稿: むうさん | 2008年1月15日 (火) 21:22

 むうさん、どうもです (^^)/

 松谷さんの絵本そのモノは良いできだと思います (^^)v
 ただ・・・その扱い方がねぇ・・・ (^^;
 周りが持ち上げすぎなんですよ。
 絵本は、ただの絵本でイイんじゃないかなぁ・・・
 別に、教材として扱わなくても・・・

 松谷さんも、そういうつもりで書いたんじゃないと思うし・・・

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年1月15日 (火) 22:11

私は、いじめというものは、昨日今日に始まったものではないので、簡単にいじめをした方が悪いとは思っていません。
でも、今の世の中、いじめをする方も陰険ではなくなりつつあり、受ける方も、もっと前向きに考えれば、ひとつのいじめがもっと色々な方向で、社会で認められる物になっていくのではないかと思います。
難しいですね。

投稿: すが太郎 | 2008年1月15日 (火) 23:27

 すがさん、どうもです (^^)/

 私等が子どもの頃だって、イジメは存在していましたし、いじめっ子もいじめられっ子も居ました。
 しかし、いじめられた子どもが自殺をするなんて事はほとんどあり得ませんでした。

 やはり、昔とは何かが違うとしか考えられません・・・

 それは、社会が変わってしまったのか、子どもたちが変わってしまったのか、あるいはもっと違う何かの理由があるのか・・・

 本当に難しい問題だと思います。

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年1月15日 (火) 23:47

イジメ・・・

それは、される側にも理由がある。
 ・・・と、言う人達がいる。

ある意味、間違ってはいないと思う・・

なぜ・こんなことを言うかといえば・・・
 現実にそれを経験し・乗り越えた自分がいるから・・


私は、子供の頃・言語障害を持っていた。
(ニフ時代からの私を良く知るピーちゃんたちには考えられない事だわね^^)

私は俗に言う【どもり】という種類の子供時代をすごした。。

ー・-・-・-・-・-

言葉が原因で、イジメというものにもあったし・
でも・・いつも、笑顔でいる私を助けてくれる男の子たちもいましたわ♪

でも、いつのまにか 誰もそんな事は言わなくなり・・
国語の先生の【本を読まされるイジメ】は皆で助けてくれるようになっちゃったわ。


私があの時もし・・・
暗く 落ち込んで 家族の愛もなかったら・・・


  今の私は・・・いない。

投稿: Layla | 2008年1月16日 (水) 00:37

 Layla さん、どうもです (^^)/

 何というか・・・ その・・・ (^^;

 多くの人たちに守られてきたLayla さん・・・
 やっぱ、その笑顔が大きな武器だったんだね (^^)v
 今も、キミの笑顔はステキですよ~ (o^∇^o)ノ

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年1月16日 (水) 07:26

はじめまして。
私も、この本のことをつい最近、小学校の読み聞かせ講習会で知りました。
フリーアナウンサーをされている方が読み語りをしてくださって、
聞いているだけで、その場の状況が感じられました。
が、私はやはりこの子のいじめより、このお母さんはなぜ我が子を護ってやれなかったの?という疑問でいっぱいになりました。
どうしても、この本が好きになれず、色々とサイトを回って、こちらにたどり着きました。
おかしい…どうしてこの本が絶賛されるのか。
しかも、学校での教材として使っている。
こういう問題にかかわっていない子は、普通に道徳として考えられるでしょうが、実際にいじめを受けた子がこの授業で学ぶのは、私もこうなってしまうんじゃないかという恐怖ではないでしょうか。
我が子が幼稚園の時の先生がおっしゃっていました。
「小学校の研究授業で、友達のいいとこみつけをやってた。誰が一番いいとこがあるのか、グラフまでつけてた。まだこんなことやってるのかと落胆した。」
その先生は、褒められたくていいことをしても意味がない、人の知らないところでいいことが出来る子が本当のいい子だと。
そして、大人だって好きな人きらいな人がいるのに、子どもに誰とでも仲良くしなさいというのは無理、集団生活で協力するのは当たり前のことだけど、きらいな人がいてむしろ普通だとおっしゃいました。
今の教育は枠にはめ込みすぎなんでしょうか…
そして先生は、卒園式の時、子ども達に、
「一生懸命いきるんだよ!」と教えてくれました。

投稿: ぼゃ | 2008年3月11日 (火) 12:19

 ぼゃさん、初めまして~ (^^)/

 熱いコメント、有り難うございました。
 私は、この絵本の内容をラジオで聞いた時、どこかしら不自然さというか、違和感を感じたので、このような内容の記事になりました (^^ゞ

 この絵本は、イジメについて考える教材というよりも、イジメを受けている子供の親に対しての教材にしてほしいと私は思っています。
 この絵本を反面教師として、こんな親であってはいけないという教材に・・・ (^^;

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年3月11日 (火) 16:41

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