« 初詣 2008 | トップページ | わたしのいもうと »

2008年1月14日 (月)

行田市ミニ観光記

 先日、埼玉県の熊谷市へ仕事で行ったのですが、その帰り道、前から一度行ってみたかったところをいくつか見て来ました。

 立ち寄った先は、いずれも熊谷市の隣の行田市内にある「忍城(おしじょう)」「さきたま古墳公園」、そして、その近くにある「古代蓮の里」の三ケ所です。



20080114004 20080114005 20080114006


 古代蓮の池は、全くの時期ハズレですから何も見るべきところはありませんでしたが、代わりに猫の写真を撮って来ました (^◇^) 。。。ケラケラ
 ナンか、駐車場や施設の周りでやたらと野良猫の姿を見かけたものですから・・・ (^.^; ポリポリ



20080114003 20080114008

 「忍城」は、行田市の「郷土博物館」を兼ねていまして、常設展示と企画展示を行っていて、常設展示の方は、『行田の歴史と文化』を統一テーマのもとに、古代から江戸時代、明治と順を追って、写真や様々な品物を展示して説明してありました。
 また、「足袋の町」としての行田も合わせて紹介されていました。

 企画展示の方は、「三丁目の夕日」の影響からでしょうか、昭和30年代あたりのおもちゃとか雑誌とかなどの雑貨類をいろいろと並べて展示していました。



20080114001

20080114002

 さきたま古墳公園は、「埼玉」という県名発祥の地という事で、いくつかの巨大な古墳群が在ります。
 駐車場に車を停めて、公園の中へ入って行くと、まずその広さに圧倒されました (^^;

 広い芝生の公園の中には、「稲荷山古墳」「丸墓山古墳」「二子山古墳」などの大きな古墳があり、その中の一つの「将軍山古墳」では、内部に入って棺が納められている石室を見学できるという事で、もちろん入って来ましたよ (^.^; ポリポリ
 生きてお墓の中に入るのは・・・ やっぱ、イイ気持ちがしませんねぇ・・・ (^^;

 普段から、車に頼ってばっかりでマトモに歩いた事もないので、自転車でもないと古墳間の移動は辛かったです (^^;)☆\(-_-)
 広い公園なので、中にはジョギングをしている人や、ウォーキングをしている人たちも居ましたよ (^.^; ポリポリ


20080114007  道路を挟んで「さきたま史跡の博物館」が在り、こちらも見学して来ました (^^)v
 博物館の中というのは、先の忍城もそうでしたが、基本的に写真の撮影は禁止されています。しかし、この博物館は申請をすれば条件付きで許可がもらえるので、申請をして撮影許可の腕章を頂き、中に入りました (^^)v
 条件とは、他の見学者の迷惑となるフラッシュや三脚は使わない事、必要以上に展示ケースに近づいて撮影はしない事です。



 忍城の外観や古墳群など、4時間ほどで200枚以上もの写真を撮ったんですが、帰宅して撮影データをPCにコピーする際に、ついうっかりと何か操作ミスをしたようで、コピー完了と思っていつものようにSDカードのメモリーをクリアしてしまいました・・・ (^^;
 でも、なぜかデータの最初の方の大部分がHDDにコピーされておらず、一日の苦労が水の泡と消えてしまいました (__;)ガクッ
 歩きどおしで疲れたところに、このアクシデントで、この日は、心身共にKOされてしまいました・・・ (/_;) ・・・

 まぁ、こんな日も、タマにはあるさ~ (^_^ゞポリポリ

|

« 初詣 2008 | トップページ | わたしのいもうと »

旅行記・観光記」カテゴリの記事

コメント

おはよう^^

関東の事は詳しく無いですが、古墳群に関しては
都落ちした、役人や地方豪族の物でしょうね^^;

シャクシャイン伝説をテーマにして、書きかけてる
のが、あるのですが、一向に進んでません^^;
2~3作品を並行して書く悪い癖があり、結局仕上がりが
遅くなるのです^^;

暇があれば、有史以前の文明探しやりたい^^
それが、夢なのです。

投稿: GF | 2008年1月14日 (月) 10:53

さきたまという古墳群と、「埼玉」の県名は、何か由来でもあるのでしょうか。
ちょっと気になってしまいました。
写真データを誤って消してしまうなんて、本当に悔しいですよね。
何か疲れがドーッとでてきそうですね。
しかし、こんな日もあるさ~という前向きの夢さん、素晴らしい。

投稿: すが太郎 | 2008年1月14日 (月) 14:15

 GFさん、どうもです (^^)/

 太古の大昔から人は住んでいたと語られていましたが、この墓はおっしゃるように西の方から流れてきた豪族のモノに間違いないと思われます。
 こういう文化は、大陸の流れをくむものがほとんどだからです。
 「将軍山古墳」の中に納められている棺の周りにも、朝鮮あたりの影響を受けていると思われる馬具とかの埋葬品が展示してありましたよ。

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年1月14日 (月) 15:36

 すがさん、どうもです (^^)/

 「埼玉」の「埼」の文字ですが、辞書を開いていただければわかると思うのですが、「さき」という読みは載っていますが「さい」という読みは載っていません。
 この事から、「埼玉」という地名が先にあって、「さきたま」と読まれていたものが、いつの間にか「さいたま」と変化していったものと思われます。

 つまり、「さきたま」という名前の方が「さいたま」という名前よりもずっと古いという事になります。

 また、「埼玉」という地名ですが、「埼」の文字は「崎」という文字ともともとの意味は同じようなので、今は海の無い埼玉県ですが、大昔は海に突き出したような地形をしていたものと思われます (^.^; ポリポリ

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年1月14日 (月) 16:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 行田市ミニ観光記:

« 初詣 2008 | トップページ | わたしのいもうと »