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2008年2月29日 (金)

KY

 私は、芸能界にはほとんど興味が無いので、誰がどうしたとかこうしたとかいう、不毛な話題には全く無縁です・・・ (^.^; ポリポリ

20080228001  だから、昨年の暮れに毎日新聞が「'07年顔 空気読んだ?」というインタビュー記事の特集を組んだ時、人気俳優の小栗旬が、「KY(空気読め)って言葉、オレは許せない。どこまで知的レベルを落とせばいいんだ、この国は、って思います。オレだって勉強ダメですけど、でも自分の中に良い悪いの基準はちゃんとつくっているつもりだから」と語ったという事を、ずっと知らないままでいました・・・ (^^;

 小栗のこのことばに対しては、インターネット上の巨大掲示板「2ちゃんねる」を中心に大きな反響を呼んだという・・・
 その多くが、好意的な意見という事で、この国もまだまだ捨てたモンじゃないなぁという思いをあらためて思いました(笑い)

 この「KY」ということばですが、「空気を読め」という意味の若者ことばだそうですが、マスコミなどではもっぱら「(周囲の)空気が読めない(人)」という意味で使われているようです。

 しかし、「空気を読め」にしても、「空気が読めない」にしても、いかにも日本人的な考え方だと思う (^◇^) 。。。ケラケラ
 周りに気を使い、周りと同調する事で自分が浮いた存在にならないようにという、いわゆる「保身」のための護身術みたいだ(苦笑)

 とかく日本人は、周りに合わせていれば安心という考え方が主流で、人と違う事をすると叩かれたりする事が少なくない・・・ (__;)

 それは、子育てにおいて、より顕著に表れる・・・
 自分の子供が、周りの同年代の子供たちと比べて、違うところはないかという事を探す事に一喜一憂している親がほとんどだからだ。
 オムツが取れるのが遅くはないか、立って歩くのが遅くはないか、ことばは遅れていないか、友だちと仲良く遊べているのか、仲間外れにされてはいないか・・・etc.、etc.・・・
 別に、ことばが遅れていようと、他の子供たちと一緒に遊べなかろうと、それが我が子の個性なのだと思えばなんて事ないはずなのに、周りの母親たちの手前、自分の子供だけが違うという事が恥ずかしいのだと思う。

 親がこんな調子だから、そんな中で育つ子供はとにかく周りと同じにしようという「事なかれ主義」の子供になってしまう。いわゆる、オトナたちにとって都合の良い「イイ子」と呼ばれるように、オトナの顔色を伺うような小賢しい子供に育つワケです(笑い)

 「個性」は否定され、画一化された子供たち・・・
 そういう子供たちだから、「KY」ナンてことばが、当たり前に使われるようになってしまうのだろう・・・ (__;)

 なぜ「空気を読む」必要があるのだろう・・・(?。?)

 百歩譲って、場の空気を読む事は大切な事かもしれないが、だからといって自分の意見をはっきりと言えないのは問題ではないのか・・・

 おそらく、欧米ではこのような考え方は理解されないと思います。
 自分の意見を持っていない人間は存在価値が無いというのが、あちらでの一般的な考え方だからです。
 人と違う意見を言う事で、その人の株が上がったりする事は、欧米ではよくある事のようですが、日本では場合によっては「変人」扱いされてしまいかねませんからねぇ・・・ (^^;

 こういう意見を、分別のついた年寄りが言うのならまだしも、若い小栗旬が言ったというのが意味のある事で、彼はけっこう人気もある俳優ですから、彼のことばは少なからず若者たちに影響を与えるだろう事は想像に難くない。
 オトナたちが、こういうことを言っても、おそらく若者たちは反発をして聞く耳を持たないと思うけど、自分たちとそれほど年齢差も無い小栗旬のような若者が発することばというのは、比較的すんなりと受け入れてくれるものだ。

 昔でいえば、吉田拓郎の歌に共感する若者がたくさん居たように、次の世代では、尾崎豊の歌に共感する若者がたくさん居たように、若者たちは、常に親とか先生とか、そういう一段上から見下ろすオトナのことばではなく、自分たちの目線でモノを言う身近なことばを受け入れて成長して来た・・・

 小栗旬のように、自分の意見をキチンと持っている若者は好感が持てる。
 これまでもけっこう好きな役者だったけれど、これからはもっと好きになりそうだ (o^∇^o)ノ

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2008年2月28日 (木)

いたずら

 私は、幼い頃から、とにかく好奇心の旺盛な子供でした・・・ (^.^; ポリポリ


 見た事が無いものに接すると、とにかくナニがどうなっているのか知りたくて、そうなると衝動はどうにも止まらなくて、例えばブリキのオモチャの車とかを買ってもらうと、最初のうちはおとなしくそれで遊んでいるのですが、すぐにバラバラに分解してしまって、中に入っているはずみ車ナンかを取り出してコマにして遊んだりと、そんなアホな子供でした(苦笑)
 親父ナンかは、買ったその日に哀れな姿になってしまったオモチャを目にして、もう二度と買ってやらないと何度言っては怒った事か・・・ (^.^; ポリポリ
 でも、長男の私にはトコトン甘い親父でしたから、舌の根も乾かないうちに新しいオモチャを買って来ては、また同じ事の繰り返しでした (^^;


 そんな私でしたから、幼い頃は好奇心が高じて、冗談では済まされないような「いたずら」はよくやったものです・・・ (^^;

 今でも私の記憶に残っている大きないたずらは、5才の時に「はとバス」で都内観光をした時の事、私が座った席は非常扉の設置してある部分だった事もあり、扉のそばに付いている赤い部分に触っているうちに大きな音でベルというかサイレンというか、とにかく非常装置が作動して、運転手が慌てて車を止めて対処した事がありました (^^;
 突然鳴り出した大きな音に、車内は半分パニックで・・・ (^.^; ポリポリ
 この時は、運転手に親は怒られていましたねぇ (^^;
 私はというと、何が起こったのか理解できずに、目を丸くしているだけでした (^◇^) 。。。ケラケラ


 また、同じ頃、社員旅行で熱海に行った時の事、親たちは大広間で宴会をしていましたが、子供の私には退屈なだけの時間でしたから、こっそりと抜け出してホテルの中の探検を始めました(^^)v
 なにしろ、ホテルなんて初めて泊まった事もあり、見るもの全てが興味津々で、トイレなんて水洗でしょ、見た事もないワケですから何をどうして良いのかもわからず、探検しているうちに、個室に入り、いろいろいじっているうちに、扉の内鍵を中からかけてしまい出られなくなってしまいました (^.^; ポリポリ
 そうなると、子供ですから泣くしかできないわけで、そのウチに私が個室で泣いている事に気付いた誰かが騒ぎ出して、宴会は中断、皆トイレに集まって、ああでもない、こうでもないと私の救出作戦が開始されました (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 表では、ああしろとかこうしろとかいろいろと私にアドバイスをするのですが、5才の子供には言っている事がなかなかわからなくてね、お手上げでした・・・ (__;)
 そのうち、冷静な誰かが隣の個室に入って、内鍵の構造をよく見て、私に同じようにやってみろという事で、隣から細かに言ってくるわけですよ。おかげで無事に脱出は成功しましたが、宴会はしらけてしまって、そのままお開きになってしまったと記憶しています。
 私は親に怒られるし、親は周りからしつけが悪いと責められるしで、散々な社員旅行になりました・・・って、私にはそんな認識はありませんでしたが・・・(苦笑)


 この頃のいたずらの極めつけは、床屋さんごっこでしたかね (^.^; ポリポリ
 妹を相手に、床屋さんの真似事をして、ハサミで妹の髪の毛をジョキジョキと切ってしまった事がありまして、切っている途中で母親に見つかって、死ぬほど殴られましたっけ・・・ (^^;
 挙げ句に、表の木に縛り付けられて、半日泣いていました・・・ (^.^; ポリポリ
 あれは、今思い出しても堪えましたねぇ・・・ (^^;
 もちろん、仕事から帰宅した親父にも、後でしっかりと怒られましたっけ・・・ (__;)
 幼い頃の事とはいえ、妹にはホントに気の毒な事をしました・・・ (^^;  


 私がそうだったのでよくわかるのですが、子供が静かにしている時はたいていロクな事はしていないものです (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 子供心にも、イケナイ事をしているという認識があるので、見つからないようにと静かにコトを行っているに過ぎません(爆笑)
 やんちゃにしていた子供が、急に静かになったら、ナニか怪しいと気がつかないといけません (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年2月27日 (水)

旧友

 昨日の昼過ぎ、仕事中の私の携帯に会津若松に住むから電話が入った・・・
 今時分、何だろうと思って電話に出ると、私のこのブログを読んでいて事故の事を知り、心配してかけて来たものだった・・・ (^.^; ポリポリ

20080227003_2  去年のお盆に帰省して、会津若松の居酒屋に皆で集まった時に、手作りの名刺を配ってブログをPRしてきたので、それで時々覗いてくれているらしい (^.^; ポリポリ

 まぁ、このブログは、私の生存報告みたいなところもあるので、記事がアップされている限り、生きているという事で・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 とは、喜多方高校の1年の時に同じクラスになって以来の付き合いで、3年間ブラバンで一緒だった・・・
 その後も、バンド仲間として長い付き合いをさせてもらっています。という事は、もう30年以上の付き合いか・・・ (^^;

 でも、オフで知り合った方々と違って、私の事を、裏も表も知り尽している「旧友」がこのブログを見てくれているというのは、嬉しい反面、やはり照れ臭いですねぇ・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 私の素顔は、誰も知らないという前提で書いている記事も多いですから・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20080227001_2  20080227002_3

 この写真は、正確な日時は記憶にありませんが、25~26才の頃のモノだと思います。
 ポプコンの県大会に出るための練習をしている時に撮ったもので、から、ギターの、ドラムの、そしてベースのσ(^-^; です。
 次の写真が、カメラ目線のです(笑い) ギターとボーカルを担当していました。

 

20080227004 20080227005

 会津若松には、の他にも喜多方高校時代の友人が何人も居ます(^^)v
 やはり彼等も、喜多方高校の同級生で、同じブラバン仲間であり、バンド仲間です o(*^▽^*)o~♪

 これらの写真も、同じ頃に山形蔵王にスキーに行った時に、ロッジで休憩した時に撮ったものです。

 最初の写真が、から、Bの奥さん (^^; 、後輩の、そしてσ(^-^; です。

 次の写真は、から、、σ(^-^; 、Bの奥さんで、以外は皆同級生です(^^)v
 もちろん、全員喜多方高校出身です。
 ちなみに、はドラム、はギターとボーカル担当でした(^^)v

 私以外は、スキーは皆お手のモノですが、私の場合は「曲がらない」「止まらない」ですから、皆と一緒になってリフトで頂上まで行った時には、下まで下りてくるのがたいへんでした (^^;
 私が下のロッジまで下りてくる間に、皆は2本とか3本とか滑っていましたから・・・ (^^;
 この時は、ウェアはBからの借り物、用具はスキー場でレンタルでした。もちろん、私以外は皆自前の用具を持って行きました。

 

20080227011 これは、81年のお正月に、Mの自宅に集まった時の写真です。
 いつものメンバーで、背中を向けているのが、中央が、ベースを弾いているのがです。
 私が会津に居た頃は、大晦日から元旦にかけて誰かの家に集まって、ゲームをしたり、このように歌を歌ったりと、ワイワイと大騒ぎしながら年越しをするのが毎年の恒例行事でした(^^)v
 日付が替わって、元日になったら、その足で皆で揃って鶴ヶ城に初詣に行くんですよ。
 暗いうちもありましたし、明るくなってからの事もありました。お酒が入っているので、雪道を危ない足取りで・・・ (^.^; ポリポリ
 雪国ですから、積雪があったりすると車を停める場所も限られていますから、皆歩いてお参りに行くのが常なのですが、当時は本当によく歩きましたねぇ (^.^; ポリポリ

 勝手に皆の写真を全国公開してしまいましたが、怒られるかな~・・・ (^^;

 

20080227006 20080227007

 また、こんな写真もあります(笑い)
 81年の5月に、4人で那須にドライブに行った時に撮ったものです。という事は、全員22~23才の時という事で、やっぱ若いですね(爆笑)
 から、σ(^-^; 、です。

 次の写真ですが、この時に那須で知り合った女性のグループと一緒に撮ったものです (^_^ゞポリポリ
 場所は「殺生石」という事で、ムードもナニもあったモンじゃありませんが・・・ (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 この頃の私は、体重が50kg、ウエストも70cmと、今の私からは想像もつかないスリムな体型をしています (^^;
 スリムというよりも、骨と皮だけみたいなガリガリだったので、夏は半袖になるのが恥ずかしかった頃です (^.^; ポリポリ
 今じゃ、体重は5割増、ウエストは2割増ですから、体が重くて重くて・・・
 (x_x)☆\(- -

 

 おい、~、おまえ、仕事がらオレなんかよりもパソコンに詳しいんだろ、HPかブログ持ってないのか~?
 メルアドも教えてくれないくらいだから、持っていても内緒かぁ (^^;
 あんまり、水臭いじゃないか・・・(笑い)

 心配させちゃったみたいだけど、電話有り難うね~ (o^∇^o)ノ
 ゴールデンウィークには、また集まって飲もうよ、そんときゃ、よろしくね~ (o^∇^o)ノ

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2008年2月26日 (火)

御成街道

 私は、運送屋という事で、道路に対する関心はおそらく一般の人よりも高いと思います。
 子供の頃から、地図を読むのが趣味みたいなところがあったので、よく市販の「道路地図」を眺めては、いろいろと思いに耽るのが常でした (^.^; ポリポリ

 

 そんな私が気になっている「お気に入りの道路」が私の身近にあります。

 タイトルにも書いてある「御成街道(おなりかいどう)」がそれで、今日はそれをご紹介してみようかなと・・・(^^)v

 

 もともとは、徳川家康が千葉県にある東金で「鷹狩り」をするために、地元の農民たちに命じて突貫工事で作らせたといわれる道路で、船橋から東金に至る約37kmの、ほぼ一直線の道路です。

 現在では、一部が寸断されたり消失したりしている他、現在の車社会に対応して拡張されたりして、完全な姿で残っているわけではありませんが、それでも道のところどころに昔の面影を残してくれているのはありがたい事だと思います (o^∇^o)ノ

 また、今の仕事をする以前から、抜け道としてよく利用していたので、私にとっては愛着のあるお気に入りの道路でもあり、地元の人達もよく利用している道路です(^^)v

 

 私自身も、この道路については、それほど詳しいわけではありませんが、この道路については郷土研究家の方が「東金御成街道」というHPを開いていらっしゃいますので、もっと詳しい事をとお思いの方はぜひそちらでご確認頂ければと思います( ^-^)/ ♪

 

 で、私は、先日実際に走ってみた千葉市若葉区の千城台付近から八街市の沖付近までの写真を中心に紹介してみようかなと (^.^; ポリポリ

 

20080224001 20080224002

 

 最初の図が、船橋から東金に至る「御成街道」の全図です。ご覧のように、ほぼ一直線に西から東へ道が伸びています。
 次の図が、私が今回実際に走って写真を撮った部分の図です。この部分は、八街方面から千葉市へ向かう際に抜け道として私もよく利用する区間で、勝手知った道筋です(^^)v

 

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 先の地図でいうところの、最初の区間の写真です。御成台入り口の交差点から金親町の交差点までの様子を撮ってみました。
 千城台の街に近いところの最初の2枚はまだしも、すぐに道幅が狭くなり、ご覧のような感じの昔を偲ばせる道並に変わります。
 坂道の部分はS字に若干カーブをしていますが、あとはまっすぐに伸びています。

 

20080225008 20080225009 20080225010
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 次の、御殿町の区間の3枚です。ひたすらまっすぐに伸びている道路が、谷へ下りて行く部分がやはりS字にカーブしています。
 この付近の左手の方には、「御茶屋御殿跡」が在ります。
 これについては、記事の最後に写真をアップしてみました(^^)v

 

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 袖ケ浦CC付近から、八街市の沖付近までを撮ってみました。
 この区間は、何年か前に拡幅工事が行われ、以前よりもずいぶん走りやすくはなりましたが、それでもご覧のように道幅も狭く、快適な道路とはいえません。それでも、信号がほとんどない分、やはり走っては早いです(^^)v

 2段目の2枚目、3枚目の右手には、袖ケ浦CCのゴルフコースが広がっています。
 3段目の2枚目、3枚目辺りが千葉市若葉区と八街市の境になる谷底です。ここに例によってS字カーブがありますが、そこから先はさらにまっすぐに伸びていますが、沖十文字付近で御成街道は一旦寸断されます。
 そこから先は、上砂付近でまた現れ、終点に近い八街市の滝台付近まで伸びています。

 このように、決して車の走りやすい通りではありませんが、今でも利用価値は十分に高い道路となっています。

 ご紹介できなかった場所にも、いろいろと昔を偲ばせる遺跡などが残っているようですので、機会があったら、この目で確認してみたいと思っています(^^)v

 

20080225031 20080225032 20080225033

 

 これが、先の御殿町の区間で述べた「御茶屋御殿跡」の今の様子です。
 家康が鷹狩りに向かう途中で休憩した跡という事で、今はただの空き地になっていますが、他所の場所とは違って、しっかりと保存されているようです。

 

 よく通って、走り慣れている道路のワリには、歴史的な背景とかはほとんど知らないので、せっかくの紹介記事も、ただ写真を並べるだけの、内容の無い記事にしかなりませんでした・・・ (^.^; ポリポリ

 でも、道路のおおまかな感じと、私の心意気だけ汲み取って頂ければ幸いです・・・ (^_^ゞポリポリ

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2008年2月25日 (月)

立石智紀

20080225041  「立石智紀」などと名前を挙げたところで、おそらくほとんどの人が誰の事なのかおわかりにはならないと思います (^^;
 Jリーグの、ジェフユナイテッド市原・千葉に在籍する正ゴールキーパーで、今年33才。Jリーグの中でも大ベテランの一人なのですが、常にビッグネームのGKの陰で、第二GKとして甘んじざるを得ない状況で、一時は福岡にレンタル移籍までされる屈辱まで味わって来た苦労人です・・・ (^^ゞ


 私は、プロ野球にしろ、Jリーグにしろ、好きな球団はありますが、選手個人に対する思い入れなどはほとんどなく、もっぱら球団そのモノを愛して応援して来ました。
 もちろん、素晴らしい選手はたくさん居りましたが、個人的に応援したくなるような選手はめったに居りませんで、そのためにトレードなどで選手の出入りがあってもほとんど歯牙にかけるような事はありません (^.^; ポリポリ
 私にとっては、チームが全てであり、チームさえ存続してくれればそれで十分だからです。


20080225042  そんな中で、現役の選手では数少ない、個人的に応援しているヒイキの選手が「立石智紀」その人です(^^)v

 Jリーグが華々しく開幕した93年、JEFに入団した立石ですが、当時の正GKは日本代表にも名を連ねた事もある下川健一で、当然サブとしてのポジションしかありませんでした。
 その後、下川の後任は、後輩である大型ルーキーの櫛野 亮に奪われ、またもサブとしての座に甘んじざるを得ませんでした・・・(__;)

 私が立石を応援している理由ですが、そうして日陰の身で13年・・・ 出場機会に恵まれず、普通ならとっくの昔に腐って辞めるか、他に楽しみを見つけてアスリートとしての身を持ち崩すかしていてもおかしくないんですが、立石はマジメですからねぇ、コツコツとサテライト(Jリーグの二軍)で自身のモチベーションを保ちつつ、レベルアップを計っていました (o^∇^o)ノ

 そして迎えた05年、ケガで離脱した櫛野に代ってようやっと先発として日の目を見た立石は、その後正GKの座をガッチリとキープ!
 櫛野がケガから復帰してもその座を譲る事はなかった・・・ ヽ(^o^)尸

 なにしろ、立石はJリーグが開幕した93年から、ずっとJEFに在籍している唯一の選手です ヽ(^◇^*)/ 
 レンタルは正式な移籍ではありませんから、1年間の福岡への移籍も立石にとってはナンの問題もない(^^)v

 Jリーグ全体を見渡しても、開幕当時から16年間、ずっと現役でいる選手なんてほとんど居ないと思うし、ましてや一つのチームにずっと居る選手なんて立石くらいしか居ないんじゃないのか(苦笑)

 この立石ですが、誕生日が私と1日しか違わないんですよ(笑い)
 もちろん、トシは違いますよ、トシは (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!
 そういうところも含めて、私はこういう地味でも、必死で現役にしがみつくアスリートが大好きなので、今後とも応援していきます(^_^)V。


 昨日、今年のシーズンを占う、プレシーズンマッチの一つとして長い伝統のある「ちばぎんカップ」がジェフ千葉のホームグラウンドであるフクダ電子アリーナで行われました。

 柏レイソルがJリーグに昇格した事を記念して、千葉銀行が冠スポンサーになって開催が決まった千葉ダービーマッチの「ちばぎんカップ」も今年で14回目を数える ヽ(^o^)尸
 この大会、JEFにはメチャンコ分が悪くて、昨年までの成績はJEFの3勝10敗・・・ (^^;

 今年は1-1でPK戦に入り、3-2でJEFが勝ってなんとか一矢を報いた・・・(^^)v

 JEF ○ ○ × × ○  3
  柏  ○ × ○ × ×  2

 最後の柏の5人目のPKを、立石はガッチリと体の真ん中で受け止め、この大会4勝目を挙げた ヽ(^◇^*)/ 

 思えば、櫛野の代りに先発出場する事が増えた05年、ガンバ大阪とのナビスコカップの決勝戦で、0-0で迎えたPK戦、神がかり的なセーブを連発していた立石は、PK戦でも1本止めて自らの手で優勝を決め、MVPにも選ばれた事がある。

 こういう選手が頑張って結果を残してくれると、私はとても嬉しいですねぇ o(*^▽^*)o~♪


 頑張れ! 立石智紀!!!
 私は君が大好きだ~ ヽ(^◇^*)/
 

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2008年2月24日 (日)

気力

 2か月前に、「フルスイング」というタイトルで記事を書きましたが、昨日、そのドラマが終了しました。


20080224022  主演の高橋克実が、実に良い味を出して、熱演をしてくれました。
 いやぁ、とてもおもしろかったです (o^∇^o)ノ

 素晴らしいドラマでした。思いっきり泣かされました・・・ (^.^; ポリポリ


 今日のタイトルの「気力」ですが、病に冒された高橋が、卒業式の当日に卒業して行くクラスの教え子たちに、最後のホームルームで、黒板に大きく「気力」と書いて餞のことばとしました。



  20080224023


 このことばを背中に、生徒たちに向かって、静かに、そして力強いことばで語り出す・・・


 「わしゃぁ、なぁ・・・ 諦めん気持ちこそ・・・ 『気力』じゃと言いたい・・・」

 「諦めちゃいかん!  ワシも・・・ みんなもじゃ!」

 「九回裏・・・ 2アウト・・・ ランナー無しでも、何点離されとっても、諦めん気持ち、これが気力じゃ・・・」

 「気力は、人を思う事で強くなる。 思われる事で、もっと強くなる」

 「ワシは、この気力で病気と闘ってくる! 必ず、気力で治してくる!」


 この先、困難にブチあたって、どうしていいかわからなくなったときには、この「気力」ということばを思い出して、気力で乗り越えてほしいと、生徒たちに向かって高橋は続ける・・・ (;_;) ウルウル・・・

 語り終わった高橋は、生徒たちへのエールだと言って、生徒たちの前で、歯を食いしばって何度も何度も、力一杯バットを振った・・・

 まさに、渾身のフルスイングだった・・・



 卒業式の夜、東京に戻り、癌病棟で闘病生活を始めて・・・
 5週間後・・・ 高橋は亡くなる・・・(__;)

 高橋が、福岡の桜台高校で教壇に立ったのは、わずかに1年と1ヵ月・・・

 本当に、皆の心の中を、風のように駆け抜けていった、59才の新人教師が居た・・・

 合掌・・・ (-人-)

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五月みどり

20080224011  昨日、文化放送の「志の輔ラジオ 落語DEデート」という番組に、歌手デビュー50周年を迎えた五月みどりがゲストとして出演して、いろいろと興味深いハナシを語ってくれました。
 この写真は、文化放送のHPにアップされていたものです (^^;

 五月みどりといえば、1939年生れという事で、今年69才を迎える熟女中の熟女だ (^^;
 なにしろ、歌手デビューが私の生まれた年と同じだから、歌手としてのキャリアももちろんだけれど、そのうえ36才からはポルノ映画にも主演として出、40才を過ぎても日活ロマンポルノに出演して熟女の魅力を存分にアピールしてくれた・・・ (^_^)V。

 当時はもちろんですが、今でも若々しいその肉体は、とても還暦を過ぎて、古稀を目前にしている女性とは思えないほどのなまめかしさがある・・・

 今年の1月には「(来年)70歳になったらヌード写真集を出したい」とテレビで宣言、そのいきさつについても、志の輔相手に語ってくれた。
 トシを重ねたからといって、そこで諦めてしまったら肉体は太ったり弛んだりして、とても人には見せられなくなる。だから、そう周りに宣言する事で、実際に写真やドラマなどで脱ぐ機会があるかどうかはわからないけれど、いつでも脱げる覚悟を持っているという事で、それによって女性としての肉体を鍛え、維持しようとするモチベーションを保つ事ができる・・・と、そんな主旨の事をおっしゃっていました。

 このへんは、さすがにプロだなぁと感心しました (o^∇^o)ノ

 しかし、昨日取り上げた落語が、8代目林家正蔵の「五人廻し」というのは、ゲストが五月みどりだからウケを狙ったんでしょうか(^◇^) 。。。ケラケラ
 吉原を題材にした、いわゆる「艶話」の一つなのですが・・・ (^^;


 下は、五月みどりの公式HPです・・・ (^.^; ポリポリ
http://www.satsukimidori.net/

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   三沢あけみ            由美かおる

 五月みどりもそうですが、他にも今年63才になる三沢あけみや、今年58才を迎える由美かおるなども、いまだに若々しい肉体を維持しています。
 特に由美かおるは、若い頃とスリーサイズがほとんど変わらないという事で、その気になればここまで肉体は維持できるのかと驚かせてくれます。簡単に「プロ」だからということばだけで片付ける事はできないんじゃないでしょうか・・・
 写真は、2001年に発表した「生まれたままの妖精」という、50才の時に発表したヌード写真集の中の1枚です(^^)v

 私は、水戸黄門は見ていないのでわからないのですが、今でも由美かおるの入浴シーンは有るのでしょうか・・・(苦笑)





 私は、ストライクゾーンはかなり広い (^^; 方なので、お若い方はもちろん、こういう妙齢というか、熟女中の熟女といえる方にも、胸ときめく一人です・・・ (^.^; ポリポリ

 単にスケベなだけという声も聞こえて来そうですが・・・
  (。_°☆\(- - )

 でも、正直なハナシ、彼女たちのような年齢になってもなお、女性としてのみずみずしい「ボディ」と「ハート」を保っているというのは、本当に素晴らしい事だと思うのですが・・・ o(*^▽^*)o~♪

 ぜひ、彼女たちに続いて、魅力的な熟女たちがどんどん増えていく事を男性の一人としては願っています (^_^ゞポリポリ
 世の中、その方が絶対楽しいもの(笑い)

 オトコも・・・ 負けていられないなぁ・・・ (^_^ゞポリポリ

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2008年2月23日 (土)

永六輔

 TBSラジオ系列でオンエアされている、永六輔の「いつかどこかで」という10分程度のミニコーナーがあり、一応全国でネット放送されていますから、もしかしたら一度くらいお聞きになった事のある方も少なくないのかもしれません。

 

 このコーナーですが、私のお気に入りで、ほぼ毎日のように聞いています(^^)v
 といっても、別に永六輔が好きだとかそういうわけではありません (^^;
 むしろ、永六輔は嫌いな人間の一人なのですが、永氏のようにはっきりとモノを言う人はけっこう好きなんですよね (^^;

 そして、私自身がそうであるように、どうでもいいようなつまらない事を、思いきり偏った持論を持って熱く語れる人には親近感を抱いてしまいます (^.^; ポリポリ

 

 ただ、先に申し上げたように、永六輔は嫌いな人間の一人なので、毎週土曜日に放送されている「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」は、まず聞く事はありません (^^;
 このワイド番組は4時間半もありますから、そんな長い時間この偏屈オヤジのお喋りに付き合えるほど私は人間ができていないので(^◇^) 。。。ケラケラ

 それなら、なぜ「いつかどこかで」の放送を毎日聞いているのかというと、たった10分間のミニコーナーですから、なんとか我慢できるというだけの事に過ぎません(苦笑)

 そして、たいてい「ンなこたぁ、ないよ・・・」とか、「ソレは違うな・・・」などと、永六輔の語りにツッコミを入れながら聞くのが常であり、楽しみでもあります・・・
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 

 そんな永六輔の話題の中に、ある一人の友人がよく登場しまして、年に何回か、同じ事を番組のパートナーの遠藤泰子アナに向かって語るのを耳にする事があります。

 その内容というのが、永氏の友人の一人に、お箸の使い方がとても上手な方が居て、その方の食べ終わったお箸を見ると、先の先端の部分がホンの5mmほどしか濡れていないという事で、その事を永氏が絶賛して褒めるわけですよ (^^;
 まぁ、5mmというのはいくらなんでもオーバー過ぎるとは思いますが、話半分としても、興味深いハナシだと思います。

 いかに箸の使い方がキレイなのかを永氏は力説するわけですが、私は全くそんな事は思わないので、この話題を聞く度に不愉快になります (^.^; ポリポリ
 もしかして、この友人という方は、正しい箸の使い方を知らないだけなんじゃないかと私は思っています。
 そして、そんなつまらない事を繰り返し語る永六輔もロクなモンじゃないなと(爆笑)

 

 「箸」については、昔からいろいろな事を言われて来ました。
 有名なのは「忌み箸」と言われる箸使いのタブーの数々です。今日は、そういう事を語りたいわけではないので、興味があるかたは次のURLでご確認下さい( ^-^)/ ♪
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AB%8C%E3%81%84%E7%AE%B8

 

 箸というのは、日本だけでなく、東アジアを中心に広く用いられている食事の道具ですが、西洋などで一般的に使われているナイフやフォークなどといった単なる「道具」とは違って、実に奥の深い代物です。

 単なる2本の棒でしかない箸ですが、その働きを述べると、「はさむ」「つかむ」といったごく基本的な動作から、「運ぶ」「切る」「混ぜる」などの動作を含め、さらには「押さえる」「のせる」「すくう」「裂く」「はがす」「包む」など、実に多種多様な用途に対応しているという事で、まるで「魔法のスティック」です(^^)v

 

 そういう箸の機能をフルに用いて食事をしたならば、いくらなんでも箸の先だけしか食べ物に触れないなんて事は有り得ないはずなので、この友人という方が本当に箸の先しか濡らさずに食事をしているとなると、いかにも不自然な箸の使い方をして食べているという事になります。

 それなのに、永氏はこの方の箸使いを絶賛するわけですから、私は納得いかないのです。

 箸使いがキレイだとか、だらしないとかいうのは、箸の濡れ方というか、汚れ方というか、そんなモノでは評価できないというのが私の持論です。

 第一、箸の先端しか使わないで、ラーメンのような汁物をどうやって食べるのでしょうか(^◇^) 。。。ケラケラ
 先にスープを全部飲んでしまってから麺を食べるのでしょうか・・・ (^^;
 それこそおかしな食べ方ですよねぇ(爆笑)

 できれば、この方の食事をしているところを実際に見てみたいと思います(苦笑)
 本当にキレイな箸の使い方をしているんでしょうかねぇ、大いに疑わしいと私は思っているんですが・・・ (^^;

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2008年2月22日 (金)

マイティボーイ

 今から20年ちょっと前、スズキ自動車から、私の心をくすぐる非常にユニークな車が発表された・・・

 スズキの「マイティボーイ」と呼ばれたその小さな車は、今までに見た事もない非常に個性的なスタイルをしていた・・・


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 これは、先日、都内の京葉道路で見かけたマイティボーイですが、今でも時々公道を走っているのを見かける事があります。


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 車種としては「ピックアップトラック」というカテゴリーに分類されるマイティボーイですが、普通ピックアップトラックといえば、ニッサンの「ダットサントラック」とかトヨタの「ハイラックス」とかが有名です。上の写真で、左がダットラ、右がハイラックスです。
 ただ、このマイティボーイは軽自動車ですからねぇ・・・  ピックアップトラックとしての役にはほとんどたたないと思うのですが、それでもこの車の人気はけっこう高かったです(^^)v


 実は、この車が開発されるにあたっては、あるおもしろいエピソードがありました。
 今日は、そんな話しをしてみようかなと・・・ (^.^; ポリポリ


20080222013_2 みなさんは、ブドウ狩りってした事がありますか?
 ブドウの実っているブドウ棚の下を歩きながら、たわわに実ったブドウの房をハサミのようなもので切り取って収穫するのですが、観光農園のような遊び同然のところなら、お客さんが棚の下を勝手に歩き回って収穫していきますからナンの問題もないわけですが、市場に出荷するために収穫するとなるとそんな悠長な事は言っていられません。

 仕事で収穫するとなると、機動力が勝負みたいなところもありますから、当然トラックのようなモノを使って収穫するのが当たり前なのですが、ここで一つ問題がありました・・・
 ブドウの棚というのは、写真のように手を伸ばせば届くような、天井がかなり低い作りになっています。だから、普通のトラックはもちろん、軽トラのような車でさえブドウ棚の中へ入って行くことは難しいのです。
 だから、農家の人はいろいろと工夫をしなければなりませんでした。


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 一般的なのは、こんな手押し車を使って棚の中で収穫し、棚の外に停めたトラックに積む方法です。一番簡単な方法かもしれません (^^;
 ただ、この方法だと手押し車からトラックに積み直す手間が増えてしまいます。

 そこで、農家の中には棚の下に直接トラックを入れて収穫しようと、写真のようにトラックの屋根を切り取ってしまう強者もけっこう居ます (^^;
 一般の道路を走るのでなければ、車検もナンバープレートも必要ありませんから、こんな改造車も農園の中では活躍できるわけです。
 二人一組になって、一人はゆ~っくりとトラックを運転して、もう一人がトラックの荷台に座って次々とブドウを収穫していきます。これならけっこう効率的に収穫できます(^^)v


 そんな、ブドウ農家の人からの相談が当時のスズキ自動車にあったそうです。改造をしなくてもブドウ棚の中へ直接入って行けるような、背丈の低いトラックを作ってもらえないかと・・・

 もちろん、スズキも軽トラを作っていましたが、軽トラは車高がけっこう高いので、改造は困難だったそうです・・・

20080222002  そこで目を付けたのが、当時のスズキの顔ともいえる「セルボ」でした。もともと乗用車であり、スポーツカーのようなそのスタイリッシュなスタイルは、車高も十分に低いので、基本的には「セルボ」の車体をそのまま生かし、運転席の後ろの屋根を大胆にカットして、そこに荷台をあつらえるという試作車はブドウ農家に大好評でした ヽ(^o^)尸

20080222003  スズキも、商売が上手で、この時に作った試作車をさらに改良して、スタイリッシュなピックアップトラックとして量産して一般に売り出すことを決めました (^^;
 それが「マイティボーイ」なのですが、それまでに無かったコンセプトの車であり、他の軽自動車と比べても圧倒的に安い価格設定だったこともあり、若者に大きな支持を得てけっこう人気を誇っていました。

20071121003  この頃私が買ったホンダのアクティは100万円以上しましたが、マイティボーイはその半分の50万円程度で買えましたから(^^)v


 そういう事もあって、この車をベースにして、いろいろと個性的な改造を施して乗り回す若者がよく見られました。

20080222016 かつて、ホンダがステップバンを発売して、サーファー達を中心に好評を博し、次々にドレスアップした個性的なステップバンが街中で見られたように、マイティボーイのドレスアップもチョッとしたブームになりました。


 この頃私がよく買っていた「カスタムカー」という雑誌にも、マイティボーイを改造した投稿写真がよく載っていました(^^)v 

 私は、マイティボーイは買う事はありませんでしたが、今ではとても懐かしい思い出です・・・ (o^∇^o)ノ

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2008年2月21日 (木)

選手名鑑

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 ついに、今年の選手名鑑を買って来ました ヽ(^o^)尸


 いつものように、Jリーグとプロ野球の二つ・・・
 それまでは、雑誌の付録で間に合わせていたんですが、独立して売っている名鑑を買うようになって、今年で3年目・・・
 やっぱ、お金を出して購入するだけの価値はあります。


 いろんなところから、似たような名鑑が出ていますが、いろいろ比べた結果、私が買っているのがこの二つです(^^)v
 Jリーグのは3年続けてこのシリーズ、プロ野球のは昨年に続いてこれで2回目・・・

 決め手は、「見やすさ」・・・
 大きさも、携帯するのならポケットサイズが便利なのでしょうが、私は部屋で見るだけなので、なるべく大判のものを買っています (^^;



 毎年、選手名鑑を手にすると、シーズンが始まるのが近いのを実感する事ができます。

 ああ、楽しみだな~ o(^^o)(o^^)oワクワク

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金魚鉢の中の人生

 私の仕事は「運送屋」という事で、一日の多くの時間を運転席に座って過ごしています (^^;
 つまり、シートに座ったままほとんど運動らしい事をする事のないまま、四方を大きな窓ガラスに囲まれて過ごしている事になるわけで、時々、自分は金魚じゃないかと思う事があります(^◇^) 。。。ケラケラ

 狭い水槽の中で、行ったり来たりしながら泳いでいる金魚と、ガラス張りの狭い運転席にじっと座ったまま、長~い時間を過ごす私とは、ある種、似た者同士なのかもと・・・ (^.^; ポリポリ

 

20080221001  ・・・という事で、思い出したのが、何年か前にラジオでよく流れていた、香田 晋の「酒場の金魚」という歌謡曲です(笑い)

 格別良い歌だとか、思い入れがあるとか、そういうわけではありませんが「♪金魚 金魚 酒場の隅でマッカッカ・・・♪」というフレーズがやけに耳に残る作品でした (^^;

 

 

 

 実際に、金魚鉢を置いている酒場なんて、私は見た事がありませんが、熱帯魚とかの水槽ならあっても不思議ではないのかな。

 また、鑑賞用ではありませんが、大きな生け簀とか水槽とかの中で泳いでいる魚はたまに見かける事があります (^.^; ポリポリ
 時々、板さんが網ですくって、目の前でさばいてくれたりして・・・ (^^;

 

 食用の魚なら、水槽の中で泳いでいてもナンの不思議もないのですが、鑑賞用の金魚とか熱帯魚とかの魚が、水槽の中で泳いでいても、空しいというか、彼等はそんな人生(魚の場合は人生とは言わないのかな (^^; )をどのように思って、くる日もくる日も、くるくる、くるくる、同じところを泳いでいるのだろう・・・(?。?)

 ナンの生産的な活動をする事もなく、餌や飼育設備にかかる電気代などを消費するだけの彼等は、ナンのために生きているのだろうと思う事がよくあります・・・
 鑑賞魚ですから、彼等を見て癒されたり、楽しめたりすれば、それで存在価値は十分なのでしょうが、私ナンかにはよくわからない世界です・・・ (^.^; ポリポリ

 水槽の中で生きている「金魚」とか「熱帯魚」なんて、他の魚の餌になるわけでもないし、存在そのモノが「ムダ」なんじゃないのかと・・・ (^^;

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2008年2月20日 (水)

手賀沼の浄化

 1年半ほど前に、「よみがえれ手賀沼」というタイトルで記事を書いた事があります。


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 千葉県の、柏・我孫子両市などにまたがる「手賀沼」で第1回トライアスロン大会が開かれ、約350人が1.5kmの水泳を含む競技に挑んだというニュースが報じられ、その驚きを記事にしたものだった。


 手賀沼は、1974年から2000年までの27年間、湖沼汚濁度で全国ワーストワンが続いていた・・・ (__;)
 簡単に言うと、四半世紀以上も日本一汚れた沼だったワケです・・・ (^^;
 そういう印象があるので、手賀沼を泳いだというニュースはかなりインパクトがありました・・・ (^.^; ポリポリ

 しかし、利根川の水を手賀沼と江戸川に放流する「北千葉導水事業」での通水が始まった2000年度から劇的に水質は改善していった・・・

 翌2001年度にはワーストワンを返上、その後も水質は改善を続け、とうとう2006年度にワースト11という事で、ワースト10からの脱却を遂げたのである (^^)v
 ・・・といっても、全国で11番目に汚い沼という事実は動かないワケですが・・・ (^.^; ポリポリ

 トライアスロン大会は、関係者や参加者などの努力の甲斐あって、昨年も無事に第2回大会が開催されたという。
 願わくば、今年以降も第3回、第4回と回を重ねていってほしいものです。


 沼のある我孫子市では「流域市村と連携し、さらなる手賀沼浄化に努める」としている (o^∇^o)ノ
 地元民の一人としては、応援したいですね (^_^)V。


 ちなみに、手賀沼の場所です (^^)/
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.85670142832854&lon=140.02884673958195&sc=4&mode=map&type=scroll

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2008年2月19日 (火)

本の虫

 私は、子供の頃から本が大好きで、本さえあれば何時間でもおとなしく過ごせるので、そういう意味では手間のかからない子供でした (^.^; ポリポリ

 

 ごく幼い頃の3年間、私は父の仕事の都合で、神奈川県の宮ヶ瀬に住んでいた事があります。昔の宮ヶ瀬大橋のたもとに住んでいた事もありますが、丹沢などの山の中で暮らした事も多かったので、周囲に友だちが居なくてね、その頃の友だちは父が買い与えてくれる「本」だけでした・・・
 本といっても、3才とか4才とかの頃の事ですから、当時でいえば「よいこ」とか「幼稚園」とかの幼児向けの雑誌です (^.^; ポリポリ

 でも、他にやる事もないので、日がな一日同じ本を読んでいるわけで、付録に付いていたひらがなの五十音表や、その他の学習教材もどきの遊具で遊んでいるウチに、その頃にはすでにひらがなやカタカナは、拾い読みではなくて普通にスラスラと読めるようになっていました (^.^; ポリポリ

 

 そうなると、そういう雑誌では物足りなくなり、古紙回収のオジサンのリヤカーから、隙を見てこっそりとマンガ雑誌を失敬したりした事もあります(^^;
 その時に失敬したマンガというのが、手塚治虫の「アトム誕生」で、今でもよく覚えています。

 当時のマンガというのは、とても手をかけて作られていて、フキダシの中の漢字にはいちいちルビ(ふりがな)がふってありましたから、ひらがなやカタカナが読めさえすればマンガを読む事は可能だったわけです。

 そんなわけで、「よいこ」や「幼稚園」ナンて雑誌とは早々にサヨナラして、5才当時のお気に入りは「少年」という漫画の月刊誌や「週間少年マガジン」でした(^^;

 

 小学校に入ると、国語の授業ナンかでよく朗読をさせられました。教科書をスラスラと流暢に読む私は、先生のお気に入りだったようで(^◇^) 。。。ケラケラ

 また、小学校には図書室というモノがあったので、私の好奇心を十分に満たしてくれる夢のような場所でした。
 伝記とか冒険小説などの読みやすいものから手当たりしだいに借りて読み、田舎の小学校の小さな図書室ですから、蔵書もそれほど多くはありませんで、卒業するまでの6年間に、辞書みたいなモノは別にして、ほとんどの本は読み切ったと思います(^^)v

 

 低学年の頃にはただ借りて読むだけの普通の児童でしたが、高学年になると、部活動がありましたから、私が入ったのは図書部・・・ (^^;
 以後、卒業まで図書部に居ました。
 で、6年生になると部長を任されまして、そうなると職権濫用で、一度に10冊とかまとめて借りるとか、「禁帯出」とラベルの貼ってある、原則持ち出し禁止の本を家に持ち帰るとかの悪さを繰り返してやりたい放題でした(爆笑)

 で、そのうちに先生に見つかって大目玉をくらった事もあります(爆笑)

 

 そんなこんなで、高校の頃までは、けっこういろんな本を読みました。
 でも、社会人になると、イッキに熱が冷めて、それまでほどには活字は読まなくなりましたが、映画とかドラマとかに刺激されて、山本周五郎の「樅ノ木は残った」とか山岡荘八の「徳川家康」、吉川英治の「三国史」などの時代物や、「猿の惑星シリーズ」や「復活の日」などのSFモノを中心に、思い出したようにのめり込んだりする事も少なくありません (^.^; ポリポリ

 

 最近でこそ、めったに文学的な本は読まなくなりましたが、もしかすると、私が読むはずだった一生分の本を、すでに読んでしまったからなのかもしれません・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2008年2月18日 (月)

北極の氷が融けると

 今、地球温暖化が大きな問題になっている・・・

 その際に、よく報道されているものに「北極の氷」があります。北極の氷が融けて、海中に崩れ落ちる映像やシロクマが氷の上から落ちる様子などがテレビで報じられたりもしているので、ご覧になった方も居らっしゃるのではないか・・・

 学者たちの中には、北極の氷は、早ければ今世紀の半ばくらいには完全に無くなってしまうのではないかと危惧を抱いている人も少なくないという・・・


 それはそれで大きな問題だとは思うのだが、よく、北極の氷が融けると海水面が上昇して、陸地が減少するというハナシを耳にする事があるけれど、これは全くの誤解だ
 確かにあの巨大な氷が全て融け出したら、なんとなく海面が上がりそうな感じはする。しかし、実際にはそういう心配はない・・・

 北極の氷というのは、南極の氷とは違って、海の上に浮かんだ氷だ。水が凍ると体積は10%増える。この増えた10%の部分が水の上に顔を出している格好だ。


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 これは、コップに氷を浮かべ、フチいっぱいまでギリギリに水を張っておいた場合を考えれば直ぐにわかることです (^^)v
 水の中に浮かんだ氷が融けきっても、水はコップから溢れる事はない。

 この実験からもわかるように、北極の氷が融けたとしても、海水面が上昇するような事はないのである (^^)v


 これが、一般的な「常識」としてまかり通っているけれど、しかし、実際には「事」はそう単純でもないのである・・・ (^.^; ポリポリ

 海水は水道の水とは違って「塩水」ですから、真水よりも比重が高いので、同じような実験を塩水で行えば水はコップから溢れるという意見を目にした・・・ (^^;
 真水に浮かんだ氷は、1割が水の上に顔を出しますが、塩水は水よりも比重が高いから、氷は1割以上水面から顔を出すというモノです。当然、水面から余分に出ている分の氷が融ければ、余分な体積分の水が海中に融け出すという事になります。
 これは今までの私の常識を根本から覆す理論だったので、試しにやってみました (^^)v


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 これが、結果です・・・ (^^;
 確かに水はコップから溢れてしまいました・・・ (__;)ガクッ

 ・・・という事は・・・ やはり、北極の氷が融ければ、海水面は少し上がってしまうという事になるようです・・・ (__;)

 困った事実を知ってしまいました・・・ (^^;
 これは、もう、なんとしても温暖化を止めざるを得ない状況になってきたようです・・・


 もちろん、南極の氷が融け出せば、北極の比ではない・・・
 平均2400m以上もあるという大陸の上に乗っかった巨大な氷の山が融け出せば、確実に海水面は上がります。
 しかし、たとえ今以上に地球の温暖化が進んだとしても、南極の氷は融けないのではないかという学説が有力だ・・・
 他の場所でいくら平均気温が上がっても、南極での気温は氷点下のままだろうというのがその根拠だ。
 南極の氷が融け出すような事態になったなら、他の場所ではとても人間が住めるような気温ではないだろうという事です (^^;


 しかし、だからといって北極の氷が融けて無くなってしまうのを黙って見ている手はない。
 自然破壊は、海水面の上昇などというような目に見えるような変化ではなくても、静かに、そして確実に我々の生活を脅かす事は間違いのない事で・・・


 皆さん、地球温暖化防止に、ご協力を m(_ _)m


 某ネッ友さんの、HPみたいになってしまいました (^.^; ポリポリ
 でも、正しい事は正しいし、ならぬ事はならぬものです (^^)v

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2008年2月17日 (日)

新車

 先日の事故で、全損扱いとなった愛車の替わりとなる、新車が納車されました ヽ(^◇^*)/

 半月間、レンタカーで仕事をしていたわけですが、カーナビもETCも付いていない他人の車で仕事をするのはかなりのストレスでした (^^;

 

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 さっそく、カーショップに行って新しいカーナビを購入して取り付けました o(*^▽^*)o~♪

 写真は、取付前と、取付後のコクピットの様子です (^^)v
 今までのカーナビは、DVD仕様で、地図もかなり古くなっていたので、良い機会だと思い、買い替える事にしました (^^)v

 最初、価格の面でパナソニックの機種にしようと思ったのですが、表示される地図がどうにも馴染めない・・・ (ノ_-;)ハア…
 私は、普通の平面の地図がお気に入りなのだけれど、アルパイン、パイオニアと使ってきた私には、パナソニックの地図は見づらくてダメですね (^^;
 で、結局パイオニアの「AVIC-HRZ008」にしました (o^∇^o)ノ

http://pioneer.jp/carrozzeria/rakunavi/line_up/008/hrz008.html

 別に、パナソニックのカーナビがダメというのではなくて、何にでも言える事ですが、相性というのがあるという事で、私とはパナソの地図は肌が合わないという事で・・・ (^.^; ポリポリ

 

 最初、カーナビとステレオを両方購入しようと考えていたんですが、この機種だとオーディオ一体型という事で、世話がないのでこれにしました(苦笑)

 しかも、HDDナビという事で、これまで私が考えてもいなかった使い方ができる事を説明書を読んでいて気が付きました (^^;
 これまでは、SONY製の10連装CDチェンジャーを使っていたのですが、このカーナビのHDDには、240枚相当のCDが録音できるという事で、チェンジャーなんて邪魔な物は必要無くなりました(笑い)
 1枚1枚録音するのが手間ですが、世の中は変わっているというか、便利になったというか、まさに災い点じて福という事になりましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20080216012  真新しいインパネのオドメーターです。
 これが直ぐに何万キロという数字を表示するようになります (^.^; ポリポリ

 

 さぁ、明日からは、新しくなった愛車で、今まで以上にバリバリ仕事をするぞ~ ヽ(^◇^*)/ 

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裸祭り

 先日、岩手県奥州市の黒石寺で行われた「蘇民祭」ですが、騒がれたワリには粛粛と行われ、それほどの混乱も無かったと報じられた・・・


20080218001 そもそも、事の起こりは、先月流れたJR東日本のポスター拒否の報道だった。
 「胸毛や下帯姿の男性たちを写したポスターは見る人に不快感を与える恐れがある」として、駅構内へのポスター掲示を断わったもの・・・

 このニュースがおもしろおかしく流されたので、私のようにこの祭りを知らない人達にまでどんな祭りなのかとかえって興味をそそらせる事になった(苦笑)


 あげくに、地元警察まで「全裸になった者は公然わいせつに該当し、警察として措置する」ナンて事前警告したものだから、例年ですと地元局だけが取材で訪れるだけなのに、今年集まった報道機関は47社、約170人ものスタッフ達が駆けつけ、祭りの行方を見守ったという・・・ (^^;


 長い歴史に培われてきた、お祭りのような伝統行事にまでクレームが付く世の中になってしまったのか・・・ (ノ_-;)ハア…
 ナニが公然わいせつだよ! ふざけるんじゃないよ(怒り)
 この調子だと、近い将来には、男性のシンボルや女性のシンボルを型取った「御神体」まで、公然わいせつ物陳列罪でクレームが付くんじゃないのか (^◇^) 。。。ケラケラ

 いやいや、もしかしたら大相撲にクレームが付いて、マワシ姿は下品だからと、レスリングのユニフォームのようなモノを着て戦うようになるとか・・・(爆笑)


 う~ん、何かが間違っているような気がするのは私だけなのかしら・・・ (__;)



 ちなみに、私の故郷の会津でも有名な裸祭りが行われています (^^)v


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 柳津町で毎年1月7日に行われる事から「七日堂裸詣り」という名前が付いていますが、「柳津の裸祭り」という方が通りが良いようです (^.^; ポリポリ
 千年以上の歴史があるともいわれ、午後八時半、鐘楼の鐘を合図に、表参道で待機していた下帯姿の男たちが、113段の石段を駆け上がり、本堂に乱入。
 大鰐口から下がった麻縄に飛びかかる・・・
 300人ほどの男たちがもみ合い、へしあい、落としあい、無事に鰐口までたどりつければ幸せが来るという、豪壮な中にもユーモラスなところのある祭りです ヽ(^o^)尸


 また、千葉県の四街道市にも興味深い裸祭りがあります。


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 「和良比はだか祭り」といわれるこの裸祭りは、和良比地区に古くから伝わる神事で、赤ちゃんの健康を願い、五穀豊穣を祈って、毎年2月25日に行われます。
 下帯姿にハチマキを締めた男たちが、赤ちゃんを抱き、田んぼの中で泥を手に取って赤ちゃんの顔に塗りつけます。

 その後、田んぼの中で騎馬を組み、激しくぶつかり合います。
 騎馬が崩れ、田んぼの中に落ち、泥だらけになる男たち・・・

 こちらも、なかなかユニークな祭りだと思います (o^∇^o)ノ


 こういうお祭り・・・ 無くなったり、形を変えたりしてほしくはないものだ・・・ (__;)

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2008年2月16日 (土)

危険な国道

 道路特定財源を、一般財源化するべきだなんて、アホな持論をぶち上げる政治家が後を絶たない・・・ (__;)
 自分がどのような理不尽な事を言っているのか、わかって言っているのだろうか・・・
 信じられないアホだ・・・

 

 道路特定財源は、道路の整備を目的に、その財源として「受益者負担」の考えのもとに、自動車の利用者から「ガソリン税」や「自動車重量税」などの名目で徴収されて来たもので、それを一方的に道路以外にも使いたいと言われても、納税者の一人としてはとうてい納得できるものではない。

 「道路の整備は一通り済んだので、無駄な道路をこれ以上作るのはいかがなものか・・・ それよりも、財政難の折、一般財源化して好きなように使えるようしようではないか」というのが彼等の言い分ではあるが、そもそも「無駄な道路」ナンて本当にあるのだろうか・・・

 誰にとって「無駄」だと言っているのか、はなはだ疑問だ・・・
 利用者にとっては「無駄な道路」ナンて存在しない。机の上でウダウダ言っているだけのヤツに限ってそういう的外れな事を言いたがる・・・ (ノ_-;)ハア…

 そもそも、道路で「採算」ってナンだ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 「採算」が取れない道路が「無駄」だと言うのなら、国中のほとんどの道路は「無駄な道路」という事になるじゃないか (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 

 第一、国は莫大な借金を背負っているとよく言われるが、本当なんだろうか(笑い)
 悪いけど、そういううさん臭いハナシをそのまま信じるほど私はお人好しではない。
 中には、経済学者の菊地英博氏や経済評論家の森永拓郎氏のように「日本が借金漬けというのは嘘で、政府の粉飾だ」と警告を発し続けている識者も居る。これはどのように考えたら良いのか・・・

 折も折、霞ケ関には莫大な隠し金がある事が暴露されかけてもいる。本当にそんなモノがあるのなら、それは国民に対する背任行為に他ならない・・・

 もしかして、「超債務国」ナンて言い方は、かつての「天動説」のように、まことしやかに信じこまされているだけの「ウソ」なんじゃないのかと私なんかは思っています。
 誰もその莫大な借金の実状を見た人は居ないわけで、国民からうまく税金を搾りとるために誰かが言い出した陰謀かもしれないなどと私は思っています。

 第一、本当にそんな途方もない借金をしていたら、予算の無駄遣いなどできないわけですが、国も役人も、言葉ほど緊縮財政予算を組んでいるようには見えなくて、相変わらず使途不明の莫大なカネが「機密費」などという名目の下、どこかに消えてしまっているのは事実だ・・・

 また、減税をしたりしたら、減った分の財源をどうするのかなどと声高に叫ぶ人もよく居るが、騙されてはいけない。減った分の財源を補てんする必要などないからだ。
 なぜ減った分を他の何かで補わなければならないのだろう・・・ (?。?)
 前年度よりも、歳入が減っても良いではないか。減ったら減ったなりの予算を組めば良いだけの事で、なぜ前年同様かそれ以上の歳入がなければならないのだろう。
 つくづくおかしな言い分だと私は思う・・・

 よく、予算を余らしたりしたら次の年から予算を減らされるからと、年度末になるといろいろと無駄遣いをしてキッチリと使い切るようにしているという話しを聞きます。ホントかどうか私にはわからないけれど、50年も生きているとまんざらウソではないだろうと私は思っています。

 

 という事はだ、道路に使うからと集めた特定財源を、一般財源なんかにしたら、こういうバカ役人たちにイイようにムダに使われてしまうという事に他ならない。
 冗談じゃないぞ!

 町内の事に使うと言って集めた町内会費を、黙って役員たちの飲み食いに使われたら誰だって怒るんじゃないのか?
 それと同じような事を国はやろうとしているんだよ。
 道路を作るといって集めたお金なら、道路を作るためだけに使ってくれよ!
 もしそのお金が余っているのなら「受益者負担」の原則に従い、納税者に返還するか、税金を減額するのが筋なんじゃないのか!!!
 勝手に他で使うなんてもっての外だ~(怒り)

 第一、一般財源なんかにされたら、いくらのお金がどこにどういうふうに使われたかなんて誰にもわからなくなってしまう・・・ (__;)
 役人どもの悪知恵は、私等のおよぶところではない。信じたらバカをみるのがオチだ。

 

 ・・・で、冒頭の、一般財源化推進派のことばを、私なりに解釈すると、『道路の整備は一応は形になったので、これ以上道路にカネを使うのは止めようじゃないか。それよりも、財政難だからと国民を騙して、一般財源化して、我々で好きなように使っちゃおうぜ』・・・ というのが、「道路特定財源」を「一般財源化」しようとしている輩たちの「ホンネ」なんじゃないかと私は思っています。

 

 ・・・と、まぁ、毒づくのはこのヘンにして・・・ (^.^; ポリポリ
 ここからが、今日の本題です・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20080214003  これは、先日、茨城県のひたちなか市の国道254号線を走っている時に見かけた光景です。

 高校生が自転車で登校している様子を撮ったんですが、この国道はとても重要な路線であり、毎日通行する車輌も相当な数に登ります。

 それなのに、満足な歩道も無いどころか、ガードレールも縁石も無いこんな路側帯を、毎日毎日自転車で通学しなくてはならないワケで、彼等の精神的苦痛は相当なモノではないかと思えてなりません・・・
 このように、明るい時間帯ならまだしも、冬季間の夕方なんかですと陽も沈んで暗くなっている事でしょうから、街灯も無い真っ暗な道路を、自転車で走るのはかなり恐いんじゃないかと・・・ (^^;

 

 それでも、この辺りはまだ良い方で、この辺りから2kmほど水戸市方面に向かうと、那珂川に架かる「湊大橋」に差し掛かります。

 

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 この「湊大橋」ですが、写真のように竣工から50年以上も経っているという事で、老朽化も進み、歩道も設けられていない狭い橋という事で、この国道の交通量を考えると、自転車でこの橋を渡るのはとても危険だ・・・ (__;)

 橋の長さは約330m・・・ 渡っている間に、もし風にあおられてよろめいたりでもしたらどうなるのだろう・・・
 まさに、自転車でこの橋を渡るのは「命懸け」といっても過言ではない・・・

 2枚目の写真でもおわかりのように、橋の左端を走っている自転車を避けようとして、大型のタンクローリーがはみ出し禁止の黄色い中央線を超えて走っている・・・ このままでは、反対車線を大型のトラックなどが走ってきてもすれ違えないという事になる・・・ (__;)
 そうかといって、自転車の方へハンドルは切れない・・・ (^^;

 

 関東を走っている重要な国道でさえこの惨状だ・・・
 こんなのは、まだ氷山の一角に過ぎないのではないか・・・

 日本中には、まだまだ整備が必要な道路が山とあるに違いない。

 それなのに、道路の整備は一通り済んだナンてごまかされて、道路特定財源を一般財源化なんてしてしまったら、いつまで経ってもこういう危険な道路は無くならないだろう・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 政治家や役人諸君、君たちが税金を無駄遣いをするせいで、もしかしたら命を落とした人が居たかもしれないし、これから出るかもしれないんだぞ~ q(`o')ブー!!

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2008年2月15日 (金)

あしたでも・・・

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 これは、風香さんという方がお作りになった詩で、題名は「あしたでも 百まででも」というものです。
 私は、永六輔の「誰かとどこかで」というTBSラジオのミニコーナーでこの詩を知りました。

 短い詩ではありますが、実に内容の濃い、重い詩だと思います。

 けっこう、賛同する方も多いのではないか・・・


 私も、基本的には風香さんの思いと一緒ではありますが、ただ、百まで生きたいとは思ってはいません (^.^; ポリポリ
 私風に言うならば、「あしたでも 今この時にも」・・・かな(笑い)

 人間、1秒先も1分先も、「今」の延長で同じように生きていると思っている人がほとんどだと思いますが、ホントのところ、その保証はどこにもありません (^^;
 偶然に偶然が重なって、たまたま生き延びていられるだけにすぎません。

 でも、誰もそれを有り難いだなんて思っていないんじゃないかしら・・・
 1秒先、1分先にも、自分が生きている事は当たり前の事だと・・・

 でも、よく考えてみて欲しい・・・
 人間は、いつか必ず死ぬんですよ。
 これだけは間違いのない事で、誰もそれから逃れる事はできないワケで・・・

 それは何年も先の事かもしれないし、もしかしたら次の瞬間かもしれないわけでしょ (^^;
 今まで生きてこられたから、明日も生きていられるだろうナンて考えは、ハッキリいって甘いと思います。

 まぁ、そんな事言ったら、人生、夢も希望も無くなってしまいますが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ


 ・・・で、私なりにこの詩を言い換えると・・・


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 こんな感じになるのかな・・・ (^.^; ポリポリ

 いつ、人生の終わりを迎えても、やり残した事や思い残すことの無いように・・・ (^^)v


 ただ・・・
 「明日できる事は、今日やらない」というのも、ズボラな私のモットーではありますが・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 言ってる事が180度違うか・・・ (。_°☆\(- - )

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2008年2月14日 (木)

市川崑が逝く

 昨日、映画監督の市川崑が肺炎のために92才の生涯に幕を下ろした・・・ (__;)


20080214033_2  映画監督として、多くの名作を残した市川崑・・・
 おそらく、「ビルマの竪琴」や「東京オリンピック」などの、映画の名作については、他の方が語るだろうから、私は、中学生の頃に、夢中になって見ていたテレビドラマの「木枯らし紋次郎」について語ってみたい・・・ (^^;


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 「木枯らし紋次郎」・・・ 1972年からフジテレビ系で放送され、爆発的な人気を博し、裏番組を完全に駆逐したお化け番組だった・・・
 しかし、ドラマの撮影中に、主役の中村敦夫がアキレス腱を切ってしまうアクシデントがあり、一時中断の後はパッとしないままに尻すぼみに終わってしまった・・・ (^^;

 市川崑は、最初のシリーズでの3話までと、一部で監督を務めたにすぎないが、冒頭のタイトルには「市川崑劇場」と銘打たれ、放送され続けた。


 この作品がヒットした理由ですが、それまでの時代劇とは一線を画し、殺陣のシーンがリアルだった事にあるのではないかと私は思っています。
 それまでの時代劇ですと、主人公の剣豪が、大勢の敵を相手にして、バッタバッタと切っていくのが殺陣の醍醐味だったワケですが、新人の中村敦夫が主役に抜てきされた時、「殺陣ナンかできませんよ」と言って断わろうとした時、言われたことばが「とにかく、走って走って走ってくれ」だったという・・・ (^^;
 中村敦夫に当時の撮影の思い出を聞くと、とにかく夢中になって走っている印象しか残っていないという事で・・・(笑い)

 この当時、有名な時代劇に、勝新太郎の「座頭市」があったが、殺陣のスピードはそれまでの時代劇とは全く違い、とにかくスピーディで、画面の中を走り回っているだけのシーンがとにかく多く、殺陣も何をしているのか見ていてわからないくらい、目まぐるしく画面の中で登場人物たちは走り、そして見苦しくぶつかり合った・・・ (^^;
 そして、それまでのように相手を「切る」のではなく、「突き刺したり」あるいは、刀で相手を「ブッタ切ったり」、何度も「殴りつけたり」と、決してスマートではない殺陣が大いにウケた。

 これは、百姓の紋次郎は剣術を習ったわけではないので、あくまでも実戦で、見様見真似で会得したケンカ剣法がベースだったから、そういうスマートな殺陣は廃し、泥臭い殺陣を画面に再現したかったという制作陣の意向によるものであったという・・・
 制作陣の意向という事は、市川崑の意向という事でもあったと思う。

 時代も、学生運動が終焉を告げ、無気力・無関心・無責任の「三無主義」が主流となった70年代、紋次郎の口癖の「あっしには関わりねえことでござんす」というセリフが時代にもマッチして流行語にもなった・・・


 私も、とにかく毎週楽しみに見ていました (^^)v
 昨年、千葉テレビで「木枯らし紋次郎」の第2シリーズを放送してくれたので、毎日録画して見ていました (^.^; ポリポリ
 私は、最初のシリーズしか見た事がなかったので、30年ぶりに見る「新・木枯らし紋次郎」はとにかく懐かしかったです (^^)v

 市川崑がテレビ番組を手掛けた事はほとんどないので、「木枯らし紋次郎」は、市川崑の名前が残る貴重な作品の一つと言える・・・


 多くの映画ファンに感銘を残してくれた市川崑・・・ 
 今頃は、黒沢明と旧交を温めている頃だろうか・・・ (合掌)

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農集電話

 今では、信じられないかもしれませんが、普通の家に電話機が有るなんて考えられない時代がありました・・・
 昔の映画なんかでタマに見かける事がありますが、近所のお店なんかにかかってきた電話を、その家の人が「○○さ~ん、電話ですよ~」ナンて言って取り次いでくれて、慌ててそのお店の電話機のところまで走って行く・・・ナンて光景も確かにありました・・・(苦笑)

 でも、ウチの田舎なんかですと、そういう事さえありませんでした (^.^; ポリポリ
 近所どころか、村中でも電話機を持っている家というのは何軒も無かったからです (^^;


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 私が、小学生の頃、板金屋さんをやっている同級生の家に遊びに行くと、黒い電話が置いてあって、家の人がかけるのを見てなんとなく憧れた事を覚えています。この頃の電話機は、ダイヤルではなく、写真のようなハンドルが電話機の右側に付いていて、電話をかける時にはこのハンドルをグルグルと回すと、交換手の女性が出るので、相手の番号を伝えると交換手がつないでくれました (^^;
 レトロですねぇ(笑い)


 で、昭和40年代の事になりますが、当時の電電公社が、電話機の普及を促進するために「地域団体加入電話」というモノを全国規模で展開していきました。
 私の住んでいる山村でも、この集合電話に加入する事になって、一般には「農集電話」という名前で呼ばれました。
 この「農集電話」というのは、近所同士が数件から10軒程度集まってグループを作り、そのグループ単位で電話機を取り付けていくもので、当時高額だった電話加入権も格安となり、この「地域団体加入電話」により、日本全国に急速に電話機が普及していきました・・・


20080212011  初めて自宅に取り付けられた黒いダイヤル式の電話機を見て、子供心にも「文化的」な生活になったと思ったものです (o^∇^o)ノ


 ただ、この「農集電話」ですが、格安だった事もあり、今では考えられない不都合な事がいろいろとありました (^^;

 まず、電話番号ですが、普通の番号ではなく「○○農集××××」というモノでした (^^;  ○○には、その地域の地名が入ります。
 子供だったので、村の外から電話をした事が無かった事もあり、市外からこの番号へかけるには何か特別な方法があったのかどうかは覚えていませんが、電話帳にはそのように記載されていました (^.^; ポリポリ

 しかも、グループ単位で加入していますから、グループによる制約もありました。私の村ではだいたい10軒単位でグループができていましたので、同じグループ内に10軒の加入者がいます。
 このグループというのは、今風にいうと「内線」でつながっている子機どうしといえば感じがわかって頂けるのではないか・・・
 グループ内の電話はかけ方も特殊で、ちょうど「内線」で話している感じになります。それで、受話器を上げると、時々グループ内で話している電話の内容がそのまま聞こえてくる事がありました・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 もちろん、グループ外にかける事もできるわけで、その場合には普通に相手の電話番号をダイヤルすればいいのですが、グループ内の誰かが電話を使っていると、自分は電話をかける事ができないという不便なモノでした(苦笑)
 逆も同じで、別のグループの家に電話をした場合、そのグループ内の誰かが話し中だとつながりません・・・ (^^;


 それでも、自分の家に電話機があるというのは当時としては画期的な事だったので、しばらくは有り難く使っていたわけですが、人間、便利な事に慣れてしまうと、それまでの電話の無かった生活の事は忘れてしまって、こんな不便 (^^; な電話では使いづらいという事で、10年くらいすると農集の電話機を買い上げる家が増えていきました。
 子供でしたから、お金の事については何も教えてもらえませんでしたが、おそらく一般の加入権よりはずっと安かったのではないかと思います。なにしろ、ウチも含めて、貧しい山村の家庭が次々に一般の加入電話に切り替わっていったわけですから・・・
 といっても、電話機が別のモノに替わったワケではなく、番号だけが何か別のモノに変わったようなようなおぼろげの記憶がありますが、なにぶん昔の事なので、はっきりした事は覚えていません (^.^; ポリポリ


 その後は、今と同じような感覚の、独立した電話になって今に至るわけですが、こんな電話機ナンて物一つをとっても、私が体験してきた40年くらいの間に、ずいぶん形も使い勝手も変わってきたものだとつくづく思います。

 今や、携帯電話が当たり前の時代ですからねぇ、当時とは隔世の感があります・・・ (^^;

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2008年2月13日 (水)

不思議な工事

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 写真は、仕事でよく通る事のある、京葉道路の光景です。
 場所は、江戸川区と江東区の境を流れる「旧中川」に架かっている「中川新橋」で、ここになります (^^)/


 ここを走る度に思うのですが、年がら年中「工事」をしています・・・ (^.^; ポリポリ

 この工事、いったい何をどのようにしようとして、行っているのかよくわからないんですが、私が19才の春に、江戸川の電気店で働いていた時には、すでにここで同じような工事をやっていましたから、もう、かれこれ、30年以上は工事をしている事になります (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・


 橋を架け替えたり、道路を付け替えたり、広げたりと、「中川新橋」を挟んで、江戸川区と江東区の両側で延々と工事をしていて、いつも走りにくくて困ります・・・ (^^;
 こんなに長い間工事をしていても、道幅が広がって、真っ直ぐになった事くらいで、30年前に初めてここを走った時とそれほど変わってはいないんですよね (^^;

 それと、写真をご覧になっていただければわかると思うのですが、工事をしている事は間違いないんですが、工事車輌も作業員の姿もほとんど見かけません (^^;
 もしかして、地下に潜って作業をしているんでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ


 いったい・・・ この工事はいつまで続くのでしょうかねぇ・・・(爆笑)

 それ以前に、1km程度の区間なのに、30年以上も同じところで、同じような工事をやっているのって、ナンか変じゃないですか (^^;

 つくづく「不思議な工事」だと思います。

 いったい、この工事は何なんでしょう (?。?)
 何がどうなれば、この工事は完了となるのでしょうか・・・ (ノ_-;)ハア…
 誰か、事情をご存知の方は居ませんか (^◇^) 。。。ケラケラ
 気になって仕方がありませんよ・・・ (^^;

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2008年2月12日 (火)

無礼な電話

20070912003  今時、電話の無い生活なんて考えられない・・・
 自宅にある、固定電話はもちろん、携帯電話が信じられない勢いで普及して、今や個々人がどこにいても、電話で話しをする事が出来る・・・

 

 しかし、便利さが当たり前になってしまって、「電話」というモノがどういうモノなのかを、いまさら深く考えた事など無いのではないだろうか・・・

 

 私は、電話がかかってくる度に、よく思う事がある・・・
 この「電話」というヤツは、ナンて「無礼」「失礼」な奴なんだろうと・・・ (__;)

 おそらく、この世の中で「電話」ほど「礼儀しらず」「無礼」な輩は存在しないのではないかと私は思っています。

 

20080212011  当たり前の事ではありますが、「電話」というモノは、話しをしたい相手にダイヤルする事から始まります。
 今はもう、この「ダイヤルする」ナンてことばさえ死語になっているのかな(苦笑)
 でも、相手の番号をプッシュするというのもなんだかおかしな表現だ (^◇^) 。。。ケラケラ

 とにかく、何か用事があって電話をかけるわけですが、この行為はあまりにも一方的過ぎるのではないか・・・ (__;)
 電話を受ける相手の都合など一切考えてはいない。ただ、かけ手が「今」話しをしたいからという「かけ手」側の都合だけで成り立っている・・・ それが電話だ。

 今、かけようとしている相手がどのような状況であるかなんて気にして電話をかけている人はほとんど居ない。
 もしかしたら、先方はお風呂に入っているかもしれないし、トイレに座っている真っ最中かもしれない(爆笑)
 あるいは、お気に入りのドラマを見ている時かもしれないし、美味しい食事ができて食卓に並べられ、いただきますという事で口に入れたその瞬間かもしれないけれど、そういう「受け手」の都合は全く考えてはいない。
 いきなり突然に容赦なく、電話のベルが鳴る・・・ (^^;

 もちろん、中にはかかってくる事があらかじめわかっていて、今か今かとベルの鳴るのを待っている場合もあるかもしれないが、たいていはナンの前ぶれも無く、突然に電話のベルが鳴るのが普通だ・・・ (^^;

 

 それでも、電話が一般の家庭に普及し出した頃には、かけ手側にもある程度のマナーがあった・・・
 あまり遅い時間だと、もう先方が休んでいるかもしれないとか、そういう「気遣い」があったものだ・・・
 だから、深夜とか、あるいは早朝なんかに電話のベルが鳴ると、緊急の用事という事で、何かあったのではないかと受け手もそれなりの心の準備をして電話に出たものだった・・・ (^^;

 また、固定電話しか無かった時代は、誰が電話に出るかわからないから、かける方もそうそう無茶な事はできなかったわけですが、携帯電話の普及がそういうかけ手のマナーを根こそぎぶち壊してしまった・・・ (ノ_-;)ハア…

 携帯の番号の先には、目的とする相手しか存在しないわけだから、お互いが了解していれば深夜だろうが早朝だろうがお構いなしで電話をかける事ができる。

 ところが、この「いつでも」、「どこでも」かける事ができるというメリットが、電話の「無礼」にさらなる拍車をかけてしまった・・・ (__;)
 携帯電話を持っている人は、私もそうですが、たいていどこに行くにも携帯電話を肌身離さず持っています (^.^; ポリポリ
 外出する時はもちろん、家の中に居てさえ、お風呂場だろうがトイレの中だろうが、いつ電話がかかってくるかわからないので手放せないのです (^^;

 便利な反面、とにかく無礼な事このうえない・・・ (__;)
 少しはオレの都合も考えてくれと言ってみたくなる・・・(苦笑)

 

 ところで、皆さんは「テレビ電話」をどう思いますか?
 私が子どもの頃から、夢の電話として紹介されていて、皆さん方の中にも憧れている人も多いんだろうけど、私はこのテレビ電話は否定派です (^.^; ポリポリ
 こんなモノ、ビジネスでならともかく、一般の家庭には普及はしないだろうと (^◇^) 。。。ケラケラ

 他の人はどう思っているか知りませんが、「テレビ電話」ですからねぇ、話している相手の顔が見えるわけですよねぇ・・・ (^^;
 いつもいつも完璧にメイクしているわけでもないだろうし、寝ているところにかかって来たらスッピンで電話に出なければならないワケですよね(爆笑)
 しかもパジャマなどのナイティを着た姿で・・・ (^^ゞ
 浮気の最中だったら、絶対に電話には出られませんよね(苦笑)
 お風呂に入っている時にかかって来たら、どうするんでしょうかねぇ・・・
 まさか裸で出るわけにもいかないだろうし・・・
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 第一、私の部屋ナンかとても他人サマにはお見せできませんよ、恥ずかしくて・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 そうでなくても、どこの誰かわからない人に、平気で部屋の様子を見られてしまう危険性もあるわけで・・・ (^^;
 もしかして、間違い電話やセールスを装ったストーカーかもしれないし・・・ (^^;;;

 電話は、声だけでつながっているから、安心して出られるという事もあるんじゃないかな。私は、電話に画像なんて要らないと思いますよ (^.^; ポリポリ
 好きな人に電話をかけて、プライベートのだらしない姿を見て、夢が壊れるナンて事だってあるかもしれないでしょ (^◇^) 。。。ケラケラ

 「テレビ電話」だと、いつかかってくるのかもわからない電話に、プライバシーを完全に侵害されちゃいますよね (^^;
 その点、かける方はイイですよね、準備万端でダイヤルできますから(笑い)

 

 本当に、「電話」ほど「無礼」「礼儀しらず」な奴は、この世の中に存在しないのではないか・・・

 

 セールスの電話ナンか、「無礼」とかを通り越して、「迷惑」ですよね (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2008年2月11日 (月)

燃えない器

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 これは、私が時々食べる、アルミ鍋で作るうどんの一つですが、こういったうどんとかの他にも、一人用の鍋とかがコンビニなんかでも売っていて、手軽で重宝なので、晩酌のお友にと買って来る事もあります。


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 その調理方ですが、商品に付いている「アルミ鍋」に一定のお水を入れて、このように直接コンロにかけるワケで、でき上がったら火から下ろしてそのまま器として食べる事ができるので、まことに便利で、お手軽な商品です (^^)v


 しかし、皆さんは不思議に思った事はありませんか?
 なぜ、このアルミ鍋は燃えてしまわないんだろうと・・・ (^^;

 そりゃ、アルミ鍋だから、薄くても燃えないんだろうとか思っているとしたらチョッと甘いです(笑い)
 このような商品には、必ず「鍋の空炊きは、容器に穴があきますので絶対にしないで下さい。」と書かれているのが普通で、実際に食べ終わった後のアルミ鍋を火にかけてみるとおわかりだと思いますが、火に当たった瞬間にアッという間に穴が空いてしまいます・・・ (^^;

 でも、それならばなぜこのアルミ鍋で調理ができるのでしょうか・・・

 それは、鍋の中に水が入っているから・・・ という事になります (^^)v


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 これは、別にアルミ鍋でなくても、紙コップなどでも同じで、紙コップに水を入れて直接コンロにかけても、コゲはしますが燃えたりはしないで、ちゃんとお湯になります・・・
 ただ、弱火で・・・という条件の下で・・・ですが (^^;
 強火だと、燃えはしませんが、焦げたところから穴が空いてしまいます (^^;


 モノが燃えるためには、「燃える物」「酸素」が有り、その上で「発火点」まで温度が上昇する事が絶対条件になります。
 つまり、このうちのどれか一つでも欠ければモノは燃えないという事になるワケで・・・

 先のアルミ鍋や紙コップの場合ですと、「燃える物」と「酸素」はあるのですが、「発火点」まで温度が上がらないから燃えないで調理ができるという事になります。

 水の沸点は100度であり、これ以上はいくら温めても温度が上がる事はなくて、水蒸気となって蒸発していくだけです。
 つまり、水に接している部分のアルミや紙は、いくら火にかざしても、熱は水に吸い取られて蒸気となって空気中に拡散してしまい、発火点には達する事がないので「燃えない」のです。ちなみに、紙の種類にもよりますが、紙の発火点は、およそ300度前後だという事です・・・


 紙コップでお湯が沸かせるなんて、考えた事ありましたか(笑い)

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2008年2月10日 (日)

火の用心

 昨夜、NHKのBShiで、偶然に懐かしい内容の番組を目にし、思わず見入ってしまいました (^.^; ポリポリ

 番組の名前は「こんなステキなにっぽんが」というモノで、昨夜放送されたものは「火の用心を書き継いで」という、福島県只見町に伝わる珍しい風習を取り上げていました・・・


20080210002  只見町だけではなく、福島県の奥会津地方には、昔からチョッとおもしろいというか、興味深い風習があります。
 数え年6才になった子供たちが、お正月に「火の用心」ということばを書き初めで書いて、近所や親戚に配って歩くというモノです。
 おそらく、子供たちを幼くして亡くしてしまう事が少なくなかった昔、ここまで大きく育ちましたという感謝と、お披露目の意味をこめて、お正月に近所や親戚に新年の挨拶を兼ねて連れて歩くための口実だったのだろうと思います。

 「火の用心」の書き初めをもらった家では、持ってきた子供にお年玉をあげて、家に貼っておくと、文字どおり「火の用心」になるというモノで、もちろん私の村でも行っていて、私も数えで6才のお正月にその書き初めをした事を覚えています (^.^; ポリポリ
 でも、チョッとした騒動を起こしたので、今でもあの日の事は苦い思い出として覚えているんですよね (^^;
 もう、44年も前の事になるのですが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ


20080210001  その日、父に筆の使い方などを教えてもらって、父の書いた手本を見ながら新聞紙に何回も何回も書いて練習して、なんとか形になってきたところで、細長く切った半紙に何枚か書き上げて完了です (o^∇^o)ノ
 只見町では、普通の半紙に書いているようですが、私の村ではこのように半分に切った細長い半紙に書くのが一般的です。
 自分で言うのもナンですが、けっこう上手に書けた事を覚えています (^^ゞ
 そして、書いた中からデキの良いものを何枚か選んで、それを持って親戚回りの開始です (^^)v

 で、子供ですから、親に言われるまま、「おめでとうございます」の挨拶から始まって、「『火の用心』を持ってきました」みたいな事を言って、その家の人に書き初めを渡してお年玉を受け取ります。
 たいてい、家の人に「上手に書けたね」とか「偉いね」とかお世辞を言われるので、子供たちは得意顔です。その上お年玉を頂けるのですから、子供心にもつい良い気持ちになってしまって、何軒か回って帰って来たところで、私は親に「もっと書いて配りたい」と言ったそうです(笑い)
 おそらく、もっとたくさん書いて、また配って歩いて、褒めてもらってお年玉をもらいたいと思ったのでしょう (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 そうはいっても、そんなに大きな部落ではありませんから、そうそう配れる家は無いんですよね (^^;
 で、親に「もうお終い」と言われたのに腹を立て、習字の道具とか半紙とかを投げつけたり破ったりして暴れたそうです (^.^; ポリポリ
 さすがに細かい事までは覚えてはいませんが、確かにそういう事をした事は覚えています・・・ (^^;
 子どもの頃からワガママなガキでしたからねぇ、私は・・・ (^.^; ポリポリ

 で、その時に親から言われたことばが、「オマエは書き初めで暴れて、習字の神様を怒らせたから、字はうまくならない・・・」と (^.^; ポリポリ


 確かに、それから字はちっともうまくならなくて、私が悪筆なのはあの時のセイなのかなぁと真剣に思っている私が居ます。
 なにしろ、私の父の家系は達筆で有名で、もちろん父も見事な字を書きますから、私が父の血を引いて字が上手でもナンの不思議もないんですが、なぜか私は子どもの頃からひどい悪筆で、それが大きなコンプレックスになっています (__;)
 なにしろ、自分で自分の書いた文字が読めない時がありますからねぇ・・・(爆笑)


 今でも、心のスミにあの時の過ちが小さな傷として残っています・・・ (__;)


 それにしても、懐かしい思い出です。

 今でも五月の連休に帰省した時、家の中に貼ってある新しい「火の用心」の書き初めを見かける事があります。まぁ、昔と違って子供の数もずっと減ってしまいましたから、貼ってある「火の用心」も、1枚とか2枚とかで、ホンの申し訳程度の枚数しか無いのがチョッと淋しいですが・・・ (__;)

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2008年2月 9日 (土)

ダメな医院

 今朝、事故で受けたケガの診察という事で、整形外科に行ってきました。

 最初運ばれたのは、事故を起こした現場に近い江戸川の病院だったので、診断書とかはそこでもらって来るしかなかったので、あの雪の影響の残る月曜日に、大渋滞の中行ってきたわけですが、成田から通院するには遠すぎるので、紹介状を書いてもらって地元の医療機関にかかろうと思って、今日はその2回目・・・

 

 9時の受付開始前に駐車場に車を停め、受付を済ませて待合室で待たされること1時間以上・・・ (ノ_-;)ハア…
 まぁ、医者なんてどこでもこんなモノなんだろうが、10時過ぎにやっと名前を呼ばれて診察室へ・・・ (^^;

 先生の前の椅子に座って問診を受けること二言三言・・・
 「その後、どうですか・・・?」
 「だいぶいいんですよ、痛みももうほとんどありませんし・・・ 気にすれば痛いかなぁと思えるくらいで・・・」
 「そうですか・・・ で、どうなさいます? 何か要望はありますか? 薬とか・・・」
 「もう、大丈夫だとは思うんですが、念のために貼り薬だけお願いします・・・ 前の病院で頂いたものもほとんどないので・・・」
 「わかりました・・・ で、次回はどうなさいますか? 今日で終わりでもこちらとしては構わないんですが・・・」
 「でも、念のため、一週間ほどしてから、もう一度見てもらいたいのですが・・・ (^^; 」
 「わかりました、じゃ、来週お出で下さい。 お大事に・・・」

 こんな感じで、私の体に触れるワケでもなく、簡単な会話だけでお終い・・・
 診察室に入ってから3分も経っていないぞっと (^^;
 まだ、カップラーメンもできない時間だ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 しばらくして、名前を呼ばれ、処方箋を受け取って医院を後にして、薬局から貼り薬を受け取って自宅に帰りついても、まだ11時前・・・ (^^;
 診察室に入ってから自宅に戻るまで、1時間も経っていない計算です (^^;;;

 典型的な、医療機関だな・・・ (^.^; ポリポリ

 

 ところで、タイトルの「ダメな医院」ですが、この長~い待ち時間や、短すぎる診察時間とかの事を言いたいのではなくて、1時間以上待たされている待合室で、ヒマを持て余している時に、思ったことです (^.^; ポリポリ

 病院の待合室とかには、たいていいろんなお知らせが壁などに貼り出してあります。そんな中の1枚にこんなポスターがありました・・・ (^^;

 

20080209001

 

 花粉症に対する告示ポスターで、なるほどと思って内容を読んでいるウチに・・・

 な・・・ ナンだ! コレは~!!!
  (゚◇゚;)・・・

 

 ポスターの下の方に、日本の地図が描かれており、桜前線ならぬ、スギ花粉の飛散量の予想が紹介されています。
 しかし、そのタイトルはというと・・・

 「2003年春の花粉予想」・・・ (^^;

 バカにするなよ、いったい、今、何年だと思っているの・・・ (ノ_-;)ハア…
 こんなモン貼り出しておいて、ナンの役に立つというのだろう・・・(怒り)

 ・・・で、さっそく受付の男性事務員を呼び出して、クレームの開始です (^◇^) 。。。ケラケラ

 「あのさぁ、ナンのためにこんなモノ貼ってあるの?」
 「・・・はぁ?・・・」
 「こんなモノ貼って、いったいナンの役に立つの?」
 「花粉症の人に対していろいろと役に立つと思いますが・・・」
 「でもさぁ、これ、5年も前のモノでしょ、こんなんじゃなくって、どうして今年のモノを貼らないの、怠慢だと思うなぁ、やる気ないんじゃないの?」
 「いや、(ムッとして)やる気はありますよ、これしかないんですよ」
 「バカ言ってんじゃないよ、その気になれば、こんなモンいくらでも手に入るでしょうが・・・ この年にしか作ってないわけじゃないでしょ、似たようなものは毎年作っているんじゃないの?」

 ・・・という事で、院長に伝えておきますという事で事務室に戻って行きました・・・(笑い)

 よく見ると、全体的に色も褪せているし、平気でこんなモノを貼り出している神経がわからない・・・
 仕事に対して愛情も熱意も無い証拠だ。事務員やナースたちが何人も居るのに、誰もこういう事に疑問とか違和感とか感じないんだろうか・・・
 いずれにしても、こんな役立たずの従業員しか居ない医院は、ダメだと思うなぁ・・・ (__;)

 もしかしたら、気づいた人は居るのかもしれませんが、そういう事を上に言えない雰囲気があるとすれば、それはそれでダメな企業だと思うし、そういう報告を聞いていながら何もしようとしないのであれば、もうこれは論外です。 

 あえて医院の名前は挙げませんが、成田市内には整形外科の開業医は何軒も無いので、三里塚に住んでいる私の近所の医院と言えば1軒しかありませんから、わかる人にはわかると思います・・・ (^.^; ポリポリ

 

 これに限らず、期間が過ぎたポスターとかをいつまでも貼ったままのお店ナンかをよく見かけます。気が付いた都度、お店の人には注意するのが常ナンですが、その反応というか、対応は様々で、見ているとおもしろいですよ (^◇^) 。。。ケラケラ
 その人の人間性や、雇っているお店の程度もわかりますから・・・ (^^;

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お金と幸せ

 人は、「お金持ちになりたい」と思ったり、口にしたりする事がよくあります。
 また、「お金が無いから不幸だ」と嘆く人も居たりします。

 単純に、お金があればナンでも買えるし、贅沢もできるから、お金持ちは幸せな人生を手にしているようにも思えなくもない・・・
 だから、人は誰でもお金が欲しい、金持ちになりたいと思うのだろう・・・

 でも、「お金」と「幸せ」の間には、ナンの関係もないんじゃないのか?

 むしろ、私は「お金はあればあるほど、人は不幸になる」という持論を持っています。

 もちろん、お金が全く無ければ生活ができませんから、衣食住に関わる最低限のお金は必要ですが、問題はそれを超えるお金の事です。


 「ALWAYS 三丁目の夕日」ナンて映画が話題になり、続編まで作られるヒットになった事は記憶に新しい。
 私も、昭和30年代を生きた一人だから、あの頃の生活はよく覚えています。
 確かに、国中が貧しくて、その日その日を細々と生きているような人々が多かったけれど、モノが溢れている今よりも、人々はずっと幸せで心の豊かな暮らしをしていたと私は思っています。

 お金が無ければ、人々は寄り添って生きていかざるを得ません。
 お互いに助け合って生きていかざるを得ません。


 住んでいる家も狭くて部屋数も少ない・・・
 もちろん、子供部屋なんて夢の世界で、居間のちゃぶ台で勉強をせざるを得ない・・・
 でも、それは悪い事ではないんですよね。家族全員に目が行き届きますから、嫌でも子どもたちの事に目がいくわけで、勉強もわからないところナンか親や兄弟たちがその都度教える事ができるから・・・ (^^)v
 これが、給料が増えて、大きな家に住めるようになって、念願だった子供部屋も持てた・・・
 普通に考えるなら、前の生活よりは幸せになったと思うのでしょう。でも、本当にそうでしょうか・・・ (^^;
 子供部屋ができた事により、子どもたちは学校から帰って来ると、真っ直ぐ自分の部屋に直行してしまって居間には近づかなくなってしまいます。学校でどんな事をしているのか、どんな友人たちと付き合っているのか、勉強の進み具合はどんななのか・・・
 親は子どもの事がだんだんわからなくなっていきます・・・ (^^;
 そのウチに、子供は部屋に鍵を取り付けて、家族が入って来るのを嫌がるようになります (^^;;; 
 もしかして、イジメとか何かの理由で部屋に引きこもったまま出てこなくなったりして・・・(苦笑)
 悪い友達と付き合うようになっても、生活が荒れていても、部屋に入れないから親は気づかずに、やがて学校や警察から電話をもらって初めて子どもの現実を知る・・・
 ・・・な~んて、これは極端な例ですが、まんざらあり得ない事でもなくて、今の親子って、多かれ少なかれこんな感じなのではないでしょうか・・・
 これって幸せな事ですか? 私は、狭い家で、家族が寄り添って生活していた頃の方が、ずっと幸せだと思うのですがねぇ・・・
 だいたい、子供部屋がないと勉強ができないなんて、考えすぎですよ (^◇^) 。。。ケラケラ  子供たちにとって一番必要ないのが「子供部屋」なんじゃないのか(苦笑)
 穿った見方をすれば、子供部屋に追いやっておけば親たちが楽だからそんなモノを与えているんじゃないのかな。
 まぁ、中学生くらいになれば、男女を問わずプライバシーが欲しいと思うものなんだろうけれど、少なくても小学生に子供部屋は要らんでしょ。
 実際に私は小学生まで自分の部屋なんて持っていませんでしたが、勉強するのに困ったなんて思ったことは有りませんでしたよ (^.^; ポリポリ
 まぁ、私は勉強が大好きでしたから、どこででもできたのでしょうが (^◇^) 。。。ケラケラ


 私は、テレビのない生活も知っています (^.^; ポリポリ
 だから、家にテレビが来た時は嬉しかったですね (o^∇^o)ノ
 でも、貧しいから、家にテレビは1台しかない。親も子どもたちも、それぞれに見たい番組はありますからこの時代には「チャンネル争い」ナンてことばも生まれました(笑い)
 結局はお互いに譲り合って、早い時間は子ども向けのマンガを見て、8時くらいからは親が野球とか時代劇とかを見たりするのが一般的だったように思います。
 でも、小さいながらも2台目のテレビを買うゆとりができて、そのテレビを子どもたちに与え、親はモトのテレビで好きな番組を楽しむ・・・
 普通に考えるなら、前よりも便利になって、良かった良かったという事になるのでしょうが、本当にそうなのでしょうか・・・ (^^;
 子どもたちは自分たちの見たい番組を見ようと別の部屋に籠もり、親と子の間に溝ができはじめたのに気づかない。自然と親子の間の会話も減り、子どもの事がわからないようになっていく・・・
 あとは、先のパターンと同じで、「親子の断絶」なんてことばもこの頃は聞かれたりもしました・・・ (__;)
 貧しくても、1台のテレビを囲んで、お互いの事を思いやりながら同じ番組を見て、談笑している生活の方がずっと豊かな生活だと私は考えています。


 また、マイカーなんかも、かつては考えられませんでした。個人で車を持っている人というのは、自営をして商売で使っている車を持っているか、金持ちくらいしかなくて、一般の人達は自転車に乗るくらいがせいぜいでした。
 働いて働いて、やっとマイカーを持った時の喜び・・・ 今じゃそういう気持ちはわからないだろうなぁ・・・ (^.^; ポリポリ
 その1台の小さな車に乗って家族でドライブをする・・・ そういうのがホントの幸せというんじゃないかなぁ(苦笑)
 やがて、子どもも大きくなって、自分で中古車を買って乗り回すようになる・・・
 一家に2台の乗用車なんて、昔は贅沢でした (^^;  だから、普通に考えるなら、1台しか車を持っていない時よりも幸せだという事になるのだろう・・・(笑い)
 しかし、本当にそうなのだろうか(苦笑)
 子どもは子どもで自分の車に乗るようになり、揃ってドライブに行くような事は無くなってしまった・・・
 そのウチに、奥さんまで、買い物には車で行きたいと言いだし、軽自動車を購入・・・
 所有している車は全部で3台になった・・・ すごい幸せな家族だ(笑い)
 でも、行動はそれぞれ違うから、家族の心もバラバラになり、そうこうしているウチに奥さんが買い物の帰りに人身事故を起こしてしまった・・・ (__;)
 車が1台しか無かったら、もしかしてこんな悲劇は起こらなかったんじゃないだろうか (^^;


 さらに言うならば、かつては食事なんて質素なもので、好きなものをお腹一杯に食べる事に憧れた時代もあった・・・
 その頃は糖尿病なんて一部の人達のモノで、「贅沢病」ナンて揶喩された事もあったけれど、飽食の現代では、糖尿病はごく普通の病気になってしまった。私も含めて、「メタボ」と呼ばれ、糖尿病予備軍と言われる人がいかに多い事か・・・ (ノ_-;)ハア…
 これも、国民が裕福になり、好きなものを好きなだけ食べられるようになったからで、それは幸せな事のハズなのに、こうした陰の部分もクローズアップされるようになってしまった。


 お金があれば幸せになれるナンてのは、一種の「妄想」でしかないのではないか・・・

 明確なビジョンがあって、「お金が手に入ったら、○○をしよう・・・」などと考えている人はほとんど居ない。
 せいぜい、マイホームを購入して、イイ車に乗って、海外旅行でもしたいなどといったところが関の山ではないのか (^◇^) 。。。ケラケラ

 そんな心の貧しい人ばかりだから、実際に大金を手にして、お金持ちになったとしても、不幸になる事はあっても、決して幸せにはなれないんだよ。お金を生かすことを知らない人が大金を持っても、そういうのは「猫に小判」と言うんじゃないのか(爆笑)


 宝くじに当たって、高額当選金を手にしても、それで幸せになったなんて報道は聞いた事がないもの(苦笑)
 逆に、醜いお金の奪い合いで不幸せになったというようなハナシはよく聞きます (^^;


 だから、お金は、あればあるほど、人は不幸せになっていくものだと私は考えています。

 お金に振り回され、お金で身を滅ぼす・・・
 よく言われる事ではありますが、お金に「良いお金」とか「悪いお金」とかの区別はありません。
 それを使う人間が決める事です・・・


 例えば、立身出世の権化みたいな豊臣秀吉ですが、何も無い貧乏百姓のどん底から、最後は天下人にまで上り詰めました。
 一般的にいえば幸せを手に入れた代表のような人物ですが、果たして彼は幸せな人生を送ったと言えるのでしょうか・・・
 私は、秀吉は不幸を絵に描いたような人物だと思っています (^^;
 百姓のままでサムライになどなろうとしなければ、もっと人間らしい平穏な一生を送れたのではないかと思っています。特に、晩年の秀吉は、幸せな老人とはとてもいえないんじゃないのかな・・・ (^^;
 「分相応」・・・ 秀吉を見ていると、どうもそう思えてなりません (__;)
 背伸びをして生きてみても、決して幸せではないだろうと・・・
 「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」・・・ 
 これは、秀吉の時世ですが、富と権力の全てを手にした秀吉でさえ、死ぬ時にはこのような事を思っていたという事で、彼の人生は決して幸せではなかった事がよく現われています。


 幸せなのかどうかは、お金の多寡ではなく、どのように人生を生きたか、そしてどのような思いで死んでいったかで決まるんじゃないか・・・ 
 往往にして、お金が有れば、それに比例してモノが増えていく事になるワケで、モノがたくさんある暮らしは一見豊かなようにも見えますが、実際にはそれに反比例して心はドンドン貧しくなっていくんじゃないかな、少なくても私はそういうふうに考えています。

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2008年2月 8日 (金)

群馬の史跡

 昨日、仕事で群馬県の高崎市まで行ってきました。

 その帰り道、来る時に走って来た国道17号線ではなくて、国道354号線を通って帰る事にしたのですが、たまたま信号待ちをした交差点で、何やら大勢の人達が集まっているところを目にしました。
 この光景はテレビなどでよく見かける、何かの遺跡の発掘に違いないと思い、さっそくそばに車を停めて、写真を撮り始めました (^.^; ポリポリ

 近くに居た工事関係者に話しを聞くと、15世紀くらいの屋敷の跡ではないかという事で、国道354号のバイパスの工事をしていて偶然に見つかったそうです。
 15世紀といえば、鎌倉時代の前後あたりという事になります。もしかして、武士の住居跡なのかしら・・・


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 これが、遺跡の発掘現場の写真です。

 最初の3枚が、旧の国道354号線とバイパスとの交差点の写真です。
 左右に走っている道路が旧の国道354号線で、奥から手前に走っている道路が354号線のバイパスです。ちょうどこの交差点の手前側が遺跡になっているので、T字の交差点になっています。
 このバイパスは、この遺跡を超えて、最後の2枚の写真にも写っているように、ずっと先に伸びる予定になっています。
 一番最後の写真は、200mほど先から遺跡の方を振り返って見たところですが、建設予定地はすでに杭打ちまで終わっていますが、遺跡の調査が終了しない事には道路工事は進められないので、そのまま空き地になっていました。

 いずれにしても、この遺跡の発掘はまだ始まったばかりという事で、詳しい事はもっと発掘が進んでから、少しずつ明らかにされていくのでしょう・・・ o(^o^)o ワクワク



 この遺跡のすぐ近く、最後の写真を撮った場所の先には、大きな古墳があったので、ついでにこっちも写真にと・・・ (^^)v

 遺跡の周りをグルッと走って、正面とおぼしき場所に車を停めて写真を撮り始めたら、直ぐにオジサンが近寄ってきて声をかけてきました・・・ (^^;
 路駐でも注意されるのかなと思っていたら、この古墳を管理するために県の教育委員会から派遣されている、常駐の管理人さんでした (^.^; ポリポリ

 管理人さんのアドバイスで、この古墳に設けられている専用駐車場に車を停め、あらためて撮影の開始です (^^)v
 この古墳は「綿貫観音山古墳」という、群馬県内でも有数の前方後円墳で、そのために観光バスなどもよく来るそうで、ガイド役としてここに常駐しているそうです。
 駐車場は無料で、住宅地の中に在るワリには比較的ゆったりと作られていました。もちろん公衆トイレもありましたし (^^ゞ

 今日は、私一人しか居ませんでしたが、管理人さんは嬉々として専属のガイドを勤めてくれました (o^∇^o)ノ
 タダで一通りの説明をしてくれて、中の石室にまで案内してくれました (^^;
 ラッキー o(*^▽^*)o~♪

 以下は、今日撮った古墳のスナップです ( ^-^)/ ♪


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 正面に設けられているカンバンと、休憩所にあった古墳の平面図です。これを撮っている時に管理人に声をかけられました。で、アドバイスで教えられた専用駐車場です。中央に写っている小さな建物がトイレで、管理人さんが常駐している建物はこの裏側に在りました。


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 正面に設けられている、古墳に登る階段と説明板です。 中段に設けられた石室への入口のところで、管理人さんが私を待ってくれています (^^ゞ


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 石室への入口は、普段は鍵がかけられているのですが、中に誘う時には開けてもらえるようです。
 狭い入口とは違って、石室の中はけっこう広くて、十分に立って歩く事ができました。
 驚いたのは、天井に巨大な石を6個使っており、この石は10kmも離れたところから運んできたものだそうで、大きさも一番大きなもので20t以上もあるといいます。管理人さんは、昔の人達がどのようにしてこの大きな石を天井に積んだのかも説明してくれました (^^)v
 簡単にいえば、ピラミッドに石を積み上げたのと同じ手法を取ったのではないかという事で、側面の石を積み上げてから一度砂か土で石室を埋め、天井の石を乗せた後で石室の土を掻き出したのではないかと・・・
 また、側面に積み上げている石ですが、キチンと面取りをしてあり、野積みでは無いというところにも驚かされました。この当時、手間もかかったでしょうが、けっこう丁寧に作られていたようです (^^;

 この「観音山古墳」は、6世紀末に造られたと考えられているそうで、日本の古墳としては最後の頃のモノだそうです。6世紀といえば、聖徳太子が政治を行っていた頃ですから、その後は仏教の伝来により国中にお寺が建てられ、古墳はだんだん造られなくなっていったそうで・・・


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 古墳の一番上まで登ってみました。手前側が後ろ側の「円墳」で、奥が前側に当たる「方墳」です。
 2枚目の下から撮った写真も同じです。


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 上州名物の「からっ風」がとても強くて、古墳の上では飛ばされそうでしたが、榛名山や赤城山、妙義山などの周囲にある上州三山がキレイに見えて良い眺めでした (o^∇^o)ノ
 下の3枚が、左からそれぞれ「榛名山」「赤城山」「妙義山」です。榛名山は、古墳の左奥に、妙義山は写真の中央に写っています。

 遠くには、雪を被った浅間山も見えましたよ (^^)v
 上の3枚目の写真が浅間山ですが、最初、雪を被った富士山かと思って見ていました (^.^; ポリポリ
 上の1枚目は、古墳の上から撮った駐車場の光景です。レンタカーの私の車が1台ポツンと停まっています。2枚目の写真と合わせて、古墳の周囲は住宅街なのがよくおわかりだと思います・・・

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2008年2月 7日 (木)

磐越自動車道

 先日、仙台市内に納品があったので、常磐自動車道磐越自動車道東北自動車道・・・と乗り継いで、行ってきました。

 その「磐越自動車道」ですが、太平洋側にある福島県の「いわき市」と、日本海側にある新潟県の「新潟市」を結ぶ形で、福島県を横断している高速道路です。
 私自身はこの道路を利用する事はそれほど多くないのですが、それはこの道路が走りにくい事と無関係ではありません。
 雪さえなければ、そうでもないんですが、冬季間はとにかく走るのが恐くて・・・ (^^;

 この道路は、高速道路の常として、もともとは4車線で作るように計画されているのですが、利用者への供用を急ぐあまり、ほとんどの区間で暫定2車線が採用されて開通しました。
 そのために、全線で「対面通行」が多用されてきました。
 また、路線のほとんどを、山間部の高いところに橋を架ける方法で作られているために、冬季間は凍結も心配で・・・ (^^;  
 風も強いし・・・ (__;)

 対面通行だと、走っていても、恐くて恐くて・・・ (ノ_-;)ハア…

 以前から、4車線化を目指して工事をしているのは知っていましたが、先日利用したいわき~郡山間では、だいぶ4車線化が進んでいました。
 対面通行はそれほど多くなく、一部分の区間だけに減っていました (o^∇^o)ノ

 完全4車線化が実現すれば、もっと利用したくなる路線なのですが・・・ (^.^; ポリポリ

 ・・・というワケで、走りながら撮った磐越道のスナップです (^^)v


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 常磐自動車道から、磐越自動車道へと分岐する「いわきJCT」の光景と、その後の快適な片側2車線の道路です。早く全線がこのようになる事を願っています (o^∇^o)ノ

 途中見かけた安全運転をうながす横断幕です。「ここは制限速度70kmだっぺ!」と書いてあります(笑い)
 福島って、そんな言い方するんだろうか (?。?)
 「だっぺ」は、むしろ茨城の方言だと思うのだけど・・・ (^^;
 私は会津の人間だから、浜通りの方の方言はよくわからなくて・・・ (^.^; ポリポリ


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 これが、今日の記事で語りたかった「暫定2車線」の区間を撮った写真です。

 最初の3枚が、通常の4車線(片側2車線)の道路から、車線減少を知らせる標識が現われ、徐々に車線が1車線になっていく様子です。

 次の3枚は、その後の「対面通行」の区間の様子です。最初のうちこそお互いの車線の中央にガードレールが設けられていますが、直ぐに無くなり、あとはずっとこんなポールが立っているだけです (^^;
 これじゃ、対向車線の車がスリップしたり、居眠りか脇見で突っ込んでこられたら、堪ったものではありませんよ・・・ (ノ_-;)ハア…
 だから、この道路は嫌いなんです (__;)

 最後の3枚は、4車線化の工事をしているところと、対面通行のところに設けられている追い越し車線を知らせる標識です。
 私の軽トラのように速度の遅い車が先頭を走っていると、後続の車が迷惑をして後ろにつながってしまうので、所々にこのような追い越し車線を設ける事で急ぐ車を先にやる事ができます (^^)v
 対面通行の区間に在る「オアシス」といった感じのところで、私にとっては唯一心のやすまる場所でもあります (^^;


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 郡山JCT付近から見た近隣の山々です。
 最初の山並みは何かよくわかりませんが、2枚目はあの有名な「安達太良山」だと思います (^^)v
 雪を被っていますので、チョッと感じが違って見えますが、このあたりから見える高い山は、安達太良山くらいしかないはずなので (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年2月 6日 (水)

松居一代

 先日、松居一代さんがTBSラジオのゲストにお出になり、パーソナリティーの大沢悠里相手に、得意の掃除術にまつわる持論を繰り広げてくれました・・・


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 私は、面倒な事はとにかく嫌いなので、掃除とか整理とかいう作業はメチャクチャ苦手ですから、松居さんほど潔癖症なのもどうかとは思いますが、彼女のように掃除好きな人は素直に凄いなぁと思います (^▽^)/
 誰が考えたって、家の中や部屋の中は、乱雑に散らかっているよりもキレイに片付いていた方が気持ちイイに決まっています。
 そうは思うものの・・・ ゴミやホコリに埋まって死んだ人は居ないというのも私の持論です (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・


 リアルな実社会とかオフとかで、私の事をご存知の方は、ほとんどの方が私の印象を「典型的なA型」で「几帳面な人」だと感じるようで、部屋ナンかもキレイに片付いているのだろうと勝手に思ってくれているようですが、ホントの私はO型の代表みたいな人間であり、かなりズボラで、いいかげんなヤツだという事を誰も知らない・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 あ・・・ 全国にバラしてしまった・・・ (^.^; ポリポリ


 それはともかく、番組を聞いていて気になった事もありました。

 彼女がどのように考えていようと、それは彼女がご自身の経験から会得した「持論」ですから、それはそれで良いのですが、私には納得のいかないことも多々あったりして・・・ (^^;


 一番気になったのは、掃除をすると「運」が向いてきて、幸せになる・・・というモノ。
 まぁ、言いたい事はわからないでもないけれど、「掃除」をする事と「運」や「幸せ」がどういう関係があるのか・・・ (^^;
 部屋が汚いと「運気」が逃げていき、幸せにはなれないと言うのだが、そもそも、「幸せ」って、追いかけるものでも捕まえるものでもないと思うのだが・・・

 彼女曰く・・・「ただ待っているだけじゃ幸せにはなれないのよ、自分から行動して捕まえなくちゃ・・・ その方が人生前向きでしょ・・・」


20080203004  このことばを聞いて、思い出した歌があった・・・
 水前寺清子が、40年も前に発表した「三百六十五歩のマーチ」だ(笑い)

 この中に「しあわせは 歩いてこない だから 歩いてゆくんだね」というフレーズがあります。

 なんとなく正論のような気もしますが、私はそうは思いません。

 私の考えでは「しあわせは黙っていてもそこにある だから、特別な事は何もしなくても、しあわせは満喫できる・・・」というモノだからです(爆笑)


 このヘンの持論については、以前にも「幸せになる」というタイトルで記事にした事があります。
 繰り返すと、「幸せ」というものは、「求める」モノでも「達成する」モノでもない、「気付く」モノ・・・ というものです。

 納得できない方は、ぜひ↑をクリックして、そちらの記事の方も合わせて読んでほしいです ( ^-^)/ ♪


 第一、私は、掃除などほとんどしない (^^; けれど、十分「幸せ」だモ~ン o(*^▽^*)o~♪

 こういう人種も中には居るという事なのだが、松井さんは私のような人間が居るという事についてはどのように考えておられるのか・・・
 できれば、ぜひご意見を伺ってみたいものだ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・


 「掃除をしなければ幸せにはなれない」という松居さんの持論と、「何もしなくても、とても幸せ~ (^^)v 」という私の持論とでは、私の方が断然ラクチンでイイと思うんだけどな(爆笑)


 松居さんには、たくさんの支持者が居らっしゃるという・・・
 言うならば「松居教」の信者たち・・・

 それならば、今度私も「グウタラ教」とかいう新興宗教でも興して、教祖になってやろうかな
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 ただ・・・
 そういうグウタラな信者が増えると、国中にゴミが溢れて、「美しい国」ナンて夢のまた夢になってしまいそうだが・・・(。_°☆\(- - )

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2008年2月 5日 (火)

白鳥

 今日、仙台市まで仕事で走って来ました。

 その帰り道、高速代がもったいない (^^; ので、国道6号線をひたすら南下して帰って来たんですが、宮城県と福島県の県境近くを走っていた時に、ふと道路脇の溜池みたいなところに白鳥が居るのを見かけたので、慌てて車を寄せて、写真に撮ってみました (^.^; ポリポリ

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 こんな小さな水辺にたむろっているなんて、健気というか、いじらしいというか・・・ (^^;

 場所は、宮城県の亘理(わたり)町で、この辺りです ( ^-^)/ ♪
http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=38.02363636181417&lon=140.85466895292728&sc=3&mode=map&type=scroll

 私が写真を撮るために近づいても逃げませんので、この白鳥や鴨たちは人間には慣れているようです。
 ・・・という事は、彼等は毎年ここにやって来てるのでしょうかねぇ (?。?)

 しかし、国道のすぐ脇で、こんな光景を目にできるとは思いませんでしたよ(笑い)
 ラッキー ヽ(^◇^*)/ 

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山田順子

 私は、大河ドラマとか鬼平犯科帳などに代表される「時代劇」が大好きなんですが、皆さんはいかがですか?
 まぁ、お若い方などには敬遠されがちなジャンルなのかもしれませんが・・・ (^.^; ポリポリ

 ただ、時代劇ならナンでも好きかというと、決してそんな事はなくて、例えば「水戸黄門」はけっこう人気のドラマですが、私はこういう時代劇は肌に合わないので、子どもの頃は別にして、全く見た事はありません (^.^; ポリポリ
 なぜ好きじゃないかというと、あまりにも現実離れしたストーリーだからです(笑い)
 やはり、ある程度はリアルな脚本で作ってもらわないと・・・ (^^;

 

 で、そんなリアルな時代劇のドラマとか映画を作る際に「時代考証家」という人が活躍します。
 史実になるべく忠実に、演出におかしな点とかが無いようにと、いろいろとアドバイスするのが仕事です。

 そんな「時代考証家」の一人に、山田順子という方が居らっしゃいます。
 先日、TBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」に彼女がゲストとして招かれ、パーソナリティーの大沢悠里相手にいろいろと語ってくれたのを聞く機会を得ました (^^)v

 そこで、彼女が語った中に「時代劇のウソ」というのがあって、実に興味深く聞かせて頂きました。

 代表的な時代劇を取り上げ、その中で描かれているウソを語ってくれたのですが・・・

 「水戸黄門」のウソや「暴れん坊将軍」のウソなどと、いちいち具体的な例を挙げておもしろおかしく説明してくれました。

 私は、こういうウンチクが大好きなので、思わずのめり込んで聞いてしまいましたよ (^.^; ポリポリ

 私も、ウンチクを語るのがシュミ (^^; というところがあるので、こういうどうでもイイ事を熱く語れる人が、大好きです (o^∇^o)ノ
 以前は、カミさんくらいしかウンチクを語れる相手が居なかったので、よく「ふ~ん、だからどうしたの・・・」とか、「そんな事知っていて、何かの役に立つの?」とか、鼻先で軽~くあしらわれていました (^◇^) 。。。ケラケラ

 今は、この「居酒屋」で思い切り胸のウチを吐き出せるので、以前のようにストレスを感じずに済みます (^^)v
 まぁ、ホントにどうでもイイような記事が多いので、おつきあいさせられる皆様方には、迷惑なハナシだと思いますが・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 ただ、山田さんの語ってくれた内容には、なるほどと思う事も確かに多いのですが、ドラマはあくまでもフィクションの世界です。
 そこに描かれている事はすでに「ウソ」なワケですから、あまり小さな事をいちいち取り上げて、そこはこうするべきだとか、ああするべきだとか言ってみても詮ない事と私ナンかは考えています。

 よく、大河ドラマを見た視聴者たちの中から「史実」に忠実でないとかいうようなクレームが付く事があるといいます。
 なるほど、私も時々気になる事も少なくありませんが、そういう事をいちいち気にするよりも、もっとドラマそのモノを楽しんだ方がイイんじゃないかな。

 「木を見て森を見ず」というか、ドラマはおもしろければ、枝葉ナンかの細かいところは目をつぶってもイイのではないでしょうかねぇ・・・ (^^;
 ドキュメンタリー見てるワケじゃないんだし・・・(苦笑)

 

 例えば、時代劇の中によく登場する居酒屋のシーンですが、テーブルも椅子も、ずっと後になって西洋の文化が入ってきてから登場したので、江戸時代の居酒屋でテーブルに座ってお酒を飲んでいるシーンはあり得ないとか、徳利でお酒を注ぐシーンも、徳利はこの時代にはなかったはずで、この時代には三三九度の時に盃にお酒を注ぐ時に使うような急須に似た道具を使っていたはずだとか、お酒も清酒を一般の人達が飲む事はあり得ないので、濁り酒を飲んでいたはずだとか・・・

 そういう事をいちいち言い出したらキリがありません・・・ (^^;
 そういう細かいところをキチンと正確に再現して作ったドラマよりも、馴染みのある居酒屋の光景の方が見ていて親しみがあるのではないでしょうか・・・

 また、当時、既婚の女性たちは「お歯黒」という風習をするのが一般的でしたが、歯を黒く塗るなんて嫌だと女優たちからの抵抗も大きいので、ほとんどの時代劇では普通の白い歯のままで撮影していますが、正確を期するべきだとして黒い歯の女優が画面の中に出てセリフを話していたら、見ている方でもかなりショックは大きいんじゃないでしょうか・・・ (^^;

 

 本気になって時代劇を作ったら、今の世の中からはかなりかけ離れているので、ワケがわからなくておもしろくないと思いますよ。

 第一、ことばがまず違うわけでしょ (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 しかし、そんな事を言ったら「時代考証家」ナンて、仕事が無くなってしまいますね(爆笑)

 まぁ、まるっきりデタラメでも困りますが、ホドホドに考証して頂ければイイんじゃないかと・・・ (^^;)☆\(- -)

 

20080202001 ちなみに、これは番組の中でも紹介されていた、山田順子氏のお勧めの1冊で、時代考証おもしろ事典―TV時代劇を100倍楽しく観る方法という本です。

時代劇のウソ、ホントがまるわかり・・・ という事で、内容は・・・

 

 第1章 武田信玄と上杉謙信が主役の時代(信玄と謙信は、どんな顔だったのか?;信玄と謙信は、どんな兜を被っていたのか? ほか)

 第2章 信長・秀吉・家康が主役の時代(信長は、どんな戦いをしたのか?;秀吉は、どんな大坂城を築いたのか? ほか)

 第3章 水戸黄門が主役の時代(黄門様の正しい呼び方は、どうすればいいのか?;黄門様の屋敷の表札は、どのように書くのか? ほか)

 第4章 大石内蔵助と赤穂浪士が主役の時代(内匠頭は、大名ランキングの何位だったのか?;内匠頭はいつ、江戸城に登城したのか? ほか)

 第5章 徳川吉宗と大岡越前が主役の時代(吉宗が住んでいた江戸城は、どんな城だったのか?;吉宗の顔を知っていた幕臣は、何人いたのか? ほか)

 確かに、私のような人間にとっては、おもしろそうな本ではあります・・・ (^^)v

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2008年2月 4日 (月)

ヤクルトレディ

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 日々、仕事であちらこちらと走り回っていると、街中でよくヤクルトレディーの姿を見かけます。
 写真のようなスクーターに乗っていたり、自転車だったり、その場所場所で利用している乗り物は違いますが、皆さん一様にステキな笑顔で、イキイキと仕事をしていらっしゃいます (o^∇^o)ノ

 売っているものは、ヤクルトに代表されるような「乳製品」ですが、もしかしたら彼女たちは商品と一緒に「笑顔」も売っているんじゃないかと私は思っています (o^∇^o)ノ


 今のアパートに越して来て、間もなく6年になりますが、「血液サラサラ」とかのうたい文句につい心を動かされ、年齢的なモノからくる健康志向もありまして、宅配をお願いするようになって5年くらいにはなるのかな (^.^; ポリポリ
 ヤクルトレディが週一回、自宅を訪問をしてくれますので有り難いなと・・・
 私は、独り者なので、毎週、必ずしも手渡しで受け取っているワケではありませんが、仕事で留守の時には、玄関先のクーラーボックスに入れてもらっています (^^)v

20080204004  最初購入していた商品は「ミルミル」だったんですけど、そのうちに生産終了という事で、後継の商品として今購入しているのは「ビフィーネS」です (^^)v
 商品の切り換えの時に「ビフィーネ」の「S」と「M」を見本で1本ずつ頂いて、飲み比べてみたら「S」の方が私の舌には美味しいと感じたので、ずっと「S」を買い続けています。
 成分的には「M」の方が「ミルミル」に近いとはいうモノの、チョッと物足りない味なんですよ、私には・・・ (^.^; ポリポリ

 やっぱ私は、「M」じゃなくて、「S」の方が肌に合っているのかぁ・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・


 それはともかく、私のアパートを訪問してくれるヤクルトレディーですが、やはり笑顔で毎週商品を届けてくれます (o^∇^o)ノ
 けっこう、頻繁に担当が替わるので、今の担当者で4~5人目くらいになるのかな (^^;
 感じとしては、毎年替わっているような印象です(苦笑)

 ただ、受け持ちの地区とか、担当商品とかが替わって担当から外れただけのようなので、中には本当に辞めてしまった人も居るのかもしれませんが、今の担当者のように、乳製品から化粧品の担当になって私の担当から外れ、前任者を一人置いて、また私の担当に戻ったヤクルトレディも居たりしますので、会社内での移動はけっこうあるみたいです。


 どんな仕事でもそうなのでしょうが、彼女たちの仕事も、端で見ているよりはたいへんな仕事のようです・・・ (^^;
 それでも、いつも笑顔で働いていらっしゃるのは、偉いなぁと・・・ o(*^▽^*)o~♪

 私も、彼女たちに負けないように、頑張らなくっちゃ~ ヽ(^◇^*)/ 
 もらった笑顔は、私も誰かにお返ししなきゃね (^^)v

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2008年2月 3日 (日)

豆撒き

20080203021  今日は、節分という事で、豆撒きが行われるけど、地方によってとか、その家によってとか、豆撒きのやり方は様々・・・



 会津にあるウチの田舎じゃ、「渡部(わたなべ)」さんという姓の人が居て、節分に豆撒きはしないんですよ。
 もちろん、渡部という姓の人が皆が皆しないわけではなくて、撒きたい人は撒くのでしょうが、撒かない人が多いです。
 詳しい事情は知りませんが、昔から「渡部家」ではそういう事になっているんだそうで、ウチの田舎じゃけっこう有名です・・・ (^.^; ポリポリ

 中には、「鬼は外」は言わないとか、「鬼も内」と言うとか・・・

 私なんかは、「福は内、鬼は外」ではなくて、「鬼は外、福は内」と言います (^.^; ポリポリ
 順番として、家の中の鬼をまず追い出して、福の神が入るスペースを作っておかないと、福の神も入りにくいと思うし、入って来た福の神と、家の中に居る鬼とがケンカをしそうじゃないですか (^◇^) 。。。ケラケラ


 ところで、「鬼塚」さんや「鬼頭」さんなどのように、姓に「鬼」が付く人も居たりしますが、そういう人の家でも「鬼は~外」って言うんでしょうかねぇ (^.^; ポリポリ
 やっぱ、何か普通とは違うやり方があるんでしょうか・・・ (?。?)

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モノレール

20080203011  モノレールということばは、おそらく誰でも知っていると思います。
 有名なのは、羽田空港と浜松町を結んでいる「東京モノレール」でしょうか (^^)v

 モノレールとは、その名の通り、「モノ(一つの)レール」という事で、一般の電車は2本のレールの上を走りますが、モノレールは1本のレールを使って走ります。

 モノレールは、レールの上を跨いだ格好で走る「跨座式(こざしき)」という方式と、レールにぶら下がって走る「懸垂式(けんすいしき)」の、大きく二つの方式にに分類できます。
 一般的には、跨座式が圧倒的に多く、懸垂式のモノレールは、国内では「上野動物園」とかの、ごく一部で採用されているに過ぎません。


20080203012_2  そんな珍しい「懸垂式モノレール」が、千葉市内で営業運転されています。
 「千葉都市モノレール」というのですが、今年で営業20周年を迎えるそうで・・・ (^^)v

 路線は「千葉みなと」と「県庁前」を結ぶ1号線と、「千葉駅」と「千城台」間の2号線の二つあり、営業距離は計15.2キロという事で、懸垂式モノレールとしては世界最長であり、ギネスブックにも登録されているといいます ヽ(^o^)尸

 「懸垂式モノレール」の利点というのは、揺れや振動が少ない事だと言われています。私も実際に千葉都市モノレールに乗った事が2~3度ありますが、走っている時はもちろん、発車時や停車時にも確かに揺れはほとんど感じなかったように記憶しています。

 あとは、車体の下にレールのような軌道がありませんから、車内からの眺望はバツグンです。ちょうどロープウェイに乗ったような感じで、車体の下まで見下ろす事ができます (^^)v
 もっとも、高所恐怖症の人ナンかですと、恐いとか感じてしまうのかもしれませんが・・・ (^.^; ポリポリ


 そんな千葉都市モノレールが、受験生のためにいくつかのお守りを発売したと先日報道されました。
 人気が高く、ストラップとキーホルダーはすでに売り切れてしまって、今では入手は不可能という事ですが・・・ (^^;


20080203013  これが、今回発売された合格祈願お守りのストラップとキーホルダーですが、昨年引退したモノレール車両の「落下防止用」として実際に使用されていたワイヤを小さく切ってカプセルの中に封入したもので、名付けて「落ちない御守」 (o^∇^o)ノ
 ストラップ、キーホルダーともに、400円で販売され、各500個が用意されたそうです。


20080203016  また、これとは別に370円で「御守切符」も発売しているという事で、こちらの名前は「サクラサク」・・・ (^^)v
 名前の由来は、「桜木(さくらぎ)駅」発で「作草部(さくさべ)駅」行きの乗車券ということで、両駅の名前から付けられました。
 このお守りの中に入っている乗車券は、一般の乗車券とは違って、昔懐かしい「硬券」で、千葉県長南町の長福寿寺で、発売前に祈とうをしたモノだそうです。
 初めて発売した昨年は1700枚を売り上げ、今年は2000枚を用意したという・・・

20080203017  「硬券」というのは、現在主流になっている、自動改札用の裏に磁気を塗った切符ではなく、写真のような厚紙に印刷された従来の切符の事を指していいます。
 こちらの「サクラサク」の方は、まだ購入可能という事で、駅売りだけではなく通信販売でも入手可能という事です ( ^-^)/ ♪

 こういう、駅名をもじって人気が出た切符に、70年代に爆発的なブームになった「愛国から幸福ゆき」の切符があります。何百万枚も売れたこの本家から比べれば、「サクラサク」の方は足元にも及ばないとはいうモノの、この千葉都市モノレール、なかなか商売がうまいと思うのは私だけだろうか・・・(苦笑)



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20080203015  また、千葉都市モノレールでは、88年に最初の車両が走り、約20年とされる耐用年数が切れる車両が出始めるため、来年度から順次新型車輌に入れ替えるとも発表した。

 新車両の売りは「眺望が良く、乗っても見ても美しい車両」という事で、車両の最前部と最後部にパノラマデッキを設け、床にもガラスをはめこんで、空中からの眺めの良さをアピールすると意気込む。
 車体は「都会的で上品なイメージを出したい」と、水色にしたそうです (^^)v

 う~ん、気持ちはわかるけど、足元がガラス張りというのは・・・ (^^;
 私ゃ、恐いぞ・・・っと (^.^; ポリポリ

 まぁ、そういう人は、一番前と一番後ろの部分には近づかなければ良いだけのハナシではありますが・・・(苦笑)

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2008年2月 2日 (土)

貴様と俺

 昨日、「飛び出せ青春」「われら青春」ナンて懐かしいテレビドラマの名前を挙げましたが、私にはまだまだ思い出深い青春ドラマがたくさん有ります。

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 森田健作が主演の「おれは男だ!」や、桜木健一が主演の「柔道一直線」などは有名だと思うけれど、夏木陽介が主演だった「青春とはなんだ」は、これら一連の青春ドラマの先駆けとなったドラマだけに、私の中ではかなり比重は高い (^^)v

 といっても、このドラマが放送されたのは昭和40年の10月から約1年間という事で、私は小学校に入学したばかりのピカピカの1年生、とてもストーリーなどは覚えてはいない。でも、このドラマには一つだけ、今でも忘れられないものがある。

 それが、今日のタイトルの「貴様と俺」だ (^^)v

 私がこのタイトルを口にすると、ほとんどの方が「同期の桜」を連想するらしく、軍歌の事かと勘違いする方も多い・・・ (^.^; ポリポリ

 

 

20080201011  この「貴様と俺」というのは、この「青春とはなんだ」のドラマの中で歌われた挿入歌だった・・・
 歌っていたのは布施 明だけれど、ドラマの中でこの歌が流れる時には、決まって横に並んだ出演者たちが肩を組んで、左右に体を揺すって歌っていた。

20080201001♪「エイコラゴーゴー やっつけろ
  年がら年中 傷だらけ・・・」♪

 このドラマは、ラグビーを扱ったモノだから、泥んこになったラガーシャツが、子供心にもとてもかっこよく見えた(苦笑)

♪「泥んこ苦行は なんのため
  勝って帰らにゃ男じゃない」♪

 ここのフレーズが、この歌の中で一番好きなところなんですよね(笑い)

 「勝って帰らにゃ男じゃない!」

 ソフトボールのチームに入っているので、少なくてもスコアラーの仕事をしている私だけは、常に勝ちにこだわってベンチから様々な声をチームの皆にかけています (^.^; ポリポリ
 もちろん、楽しく一日を過す事が基本なんですが、せっかく頑張ってプレーしているわけですから、勝って帰れればそれにこしたことはないわけで・・・(苦笑)

 今でもこの歌は大好きなので、カラオケで歌いたいと常々思っているのですが、通信でもめったにこの曲が入っているのを見た事がありません・・・ (^^;
 けっこう良い歌なんですが、とても残念です・・・ (__;)

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2008年2月 1日 (金)

初めての救急車

 今日、生まれて初めて救急車というヤツに乗りました (^.^; ポリポリ

 都内への仕事の途中、交差点で信号待ちをしているところへ、2tトラックにオカマを掘られ、はずみで前に止まっていたRV車にドン!

 前後を大きな車に挟まれては、私の軽トラなんかひとたまりもありませんって (^◇^) 。。。ケラケラ
 前と後ろが大きく潰れてしまいましたよ・・・ (^^;

 

 一応、事故検分に来た警官に、どこか痛いところはないかと聞かれ、首と腰が痛いと言ったところ、救急車に乗せられて近くの病院へ・・・ (^.^; ポリポリ
 しかし、首が痛いと言ったものだから、救急車の隊員に簡易のコルセットを首に付けられてしまいました・・・ (^^;
 アレ、付けられると不自由なモンですね (^^;  なにしろ、首が回らないし、足元もお辞儀をするように前屈みにならないと見えないし・・・ (^^;

 生まれて初めて乗った救急車ですが、あんなに乗り心地が悪いものだとは思いませんでした(爆笑)
 病人を搬送する車ですから、もっとショックアブソーバーとか効いていて、イイ気持ちで乗れるのかと思ったら、座った長椅子も、車のサスペンションもメチャクチャ硬くて、揺れるわ弾むわで・・・ 私の軽トラなんかより乗り心地はずっとヒドイ・・・ (ノ_-;)ハア…
 病院へ着く前に、上下に揺られた私の胃袋は車酔いの一歩手前までいき、もう少しで戻してしまいそうになりましたよ・・・ (__;)
 救急車なんて、乗るモンじゃないな・・・ (__;)

 まぁ、貴重な (^^; 経験ではありました・・・ (^.^; ポリポリ

 

 念のために撮ったレントゲンでも、骨にヒビとか歪みとかも無く、単なる打ち身ではないかという事で、湿布の貼り薬をもらって帰ってきました・・・ (^^)v

 しかし、帰りの愛車の中は、ヒーターが壊れたようで寒いのなんのって・・・、凍えそうでした・・・ (^.^; ポリポリ

 

 良いチャンスですのでこれを機会に車を入れ替える事にしました (^^)v
 もともと、昨年の7月に、車検を受けずに買い換えるつもりだったんですが、面倒なのと、まだ走れそうだからもったいないと思ったので、つい車検を通してしまいました・・・ (^^;
 去年、新車にしていたら、半年でポンコツにされてしまっていたわけで、そう考えれば昨年の私の選択は間違ってはいなかったなと (^_^)V。

 さらに言うならば、半年間頑張ったおかげで、新車購入のきっかけができましたし、購入費用も多少は相手に補償してもらえると思うので、ラッキーかなと (o^∇^o)ノ

20080201031  もう、38万キロも走った愛車です。そろそろ休ませてあげるのも良い頃かなと・・・ (^.^; ポリポリ
 38万キロといえば、月までの距離と一緒です (^^;
 あんな遠くまで、この車は走ってくれたんだなぁと(;_;) ウルウル・・・

 

 なにしろ、信号待ちで止まっていた車に勝手にぶつけて来たわけですし、私の車は一般の乗用車とは違って営業車ですからねぇ、板金代くらいで済まされてはたまりませんし、そんなつもりも毛頭ありません。
 しっかり言う事は言って、休業補償や、迷惑をこうむった慰謝料も、しっかりしてもらわなくては・・・ (^_^)V。

 クレーマーとしての本領発揮です。ぶつけた相手が悪かったという事で、保険屋さんには泣いてもらいましょう・・・
(_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 

 ああ・・・ 楽しみだ~ o(*^▽^*)o~♪

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「青い三角定規」が活動再開

20080131011 06年の9月に「青い三角定規」というタイトルの記事を書いた事がある・・・
 33年ぶりに本格的に活動を再開すると発表した矢先、メンバーの一人が酒気帯び運転で事故を起こして逮捕され、その事を記事にしたものだが、彼はその直後に自殺をしてしまった・・・ (__;)

 その悲しみを乗り越え、残されたメンバーの岩久 茂と西口久美子の二人が「青い三角定規」として活動を再開すると発表した・・・
 この秋には、新しいアルバムの発売も予定しているという・・・

 懐かしいなぁ・・・

2008013101420080131012 彼等の代表曲である「太陽がくれた季節」がヒットした時、私は中学2年生・・・ (^.^; ポリポリ



 この曲が主題歌だった「飛び出せ青春」も毎週見ていたはずですが、ドラマの内容も、主演の村野武範がどんな演技をしていたのかも、ほとんど覚えていない (^^;
 次のシリーズとなった「われら青春」はよ~く覚えているのに・・・ (^.^; ポリポリ
 なんでかな・・・ (?。?)  それほどおもしろいとは思わなかったからか(苦笑)

 いや、そうではなくて、おそらく次の「われら青春」のインパクトが強すぎて、それ以前の記憶が消し飛んでしまったんじゃないだろうか・・・ (^.^; ポリポリ


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 「われら青春」・・・ いわずと知れた中村雅俊の役者としてのデビュー作であり、主題歌の「帰らざる日のために」も、挿入歌の「ふれあい」も大ヒットした。
 このドラマで、役者と歌手で成功した中村は、その後国民的なスターになっていく・・・

 実は、このドラマで「無名の中村雅俊」が主演に抜てきされた背景には松田優作の存在があった。
 「飛び出せ青春」で主役を演じていた村野武範が、日テレのプロデューサーである岡田晋吉に、新人役者として同じ文学座の後輩である松田優作を紹介した。この事により松田は、ドラマの降板を言いだした萩原健一に代わって「太陽にほえろ!」のジーパン刑事として華々しくドラマで活躍する事になる・・・

 「われら青春」の放送が決定した時、主役は松田優作でほぼ決まっていたが、松田は「太陽にほえろ!」の方ですでにレギュラーになってしまっていたために、変わりに同じ文学座の後輩である中村雅俊を推薦したというものである・・・

 「われら青春」の放送がが始まった時、私は喜多方高校の1年生・・・ (^^)v
 高校の近くに下宿をしていた私は、本当に真剣に「われら青春」を見ていました (^.^; ポリポリ
 下宿生活をしていた高校時代、テレビなんてほとんど見せてもらえませんでしたが、放送が日曜日だった事もあり、このドラマだけは大目に見てもらっていました (^^;
 それだけに思い入れも強くて・・・

 この頃までは、こういう「スポ根」モノのドラマが多かったんですよね (^◇^) 。。。ケラケラ


 「青い三角定規」・・・ 単なる懐かしさを売りにするだけじゃなく、オリジナルで頑張って欲しいですね (o^∇^o)ノ

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