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2008年2月19日 (火)

本の虫

 私は、子供の頃から本が大好きで、本さえあれば何時間でもおとなしく過ごせるので、そういう意味では手間のかからない子供でした (^.^; ポリポリ

 

 ごく幼い頃の3年間、私は父の仕事の都合で、神奈川県の宮ヶ瀬に住んでいた事があります。昔の宮ヶ瀬大橋のたもとに住んでいた事もありますが、丹沢などの山の中で暮らした事も多かったので、周囲に友だちが居なくてね、その頃の友だちは父が買い与えてくれる「本」だけでした・・・
 本といっても、3才とか4才とかの頃の事ですから、当時でいえば「よいこ」とか「幼稚園」とかの幼児向けの雑誌です (^.^; ポリポリ

 でも、他にやる事もないので、日がな一日同じ本を読んでいるわけで、付録に付いていたひらがなの五十音表や、その他の学習教材もどきの遊具で遊んでいるウチに、その頃にはすでにひらがなやカタカナは、拾い読みではなくて普通にスラスラと読めるようになっていました (^.^; ポリポリ

 

 そうなると、そういう雑誌では物足りなくなり、古紙回収のオジサンのリヤカーから、隙を見てこっそりとマンガ雑誌を失敬したりした事もあります(^^;
 その時に失敬したマンガというのが、手塚治虫の「アトム誕生」で、今でもよく覚えています。

 当時のマンガというのは、とても手をかけて作られていて、フキダシの中の漢字にはいちいちルビ(ふりがな)がふってありましたから、ひらがなやカタカナが読めさえすればマンガを読む事は可能だったわけです。

 そんなわけで、「よいこ」や「幼稚園」ナンて雑誌とは早々にサヨナラして、5才当時のお気に入りは「少年」という漫画の月刊誌や「週間少年マガジン」でした(^^;

 

 小学校に入ると、国語の授業ナンかでよく朗読をさせられました。教科書をスラスラと流暢に読む私は、先生のお気に入りだったようで(^◇^) 。。。ケラケラ

 また、小学校には図書室というモノがあったので、私の好奇心を十分に満たしてくれる夢のような場所でした。
 伝記とか冒険小説などの読みやすいものから手当たりしだいに借りて読み、田舎の小学校の小さな図書室ですから、蔵書もそれほど多くはありませんで、卒業するまでの6年間に、辞書みたいなモノは別にして、ほとんどの本は読み切ったと思います(^^)v

 

 低学年の頃にはただ借りて読むだけの普通の児童でしたが、高学年になると、部活動がありましたから、私が入ったのは図書部・・・ (^^;
 以後、卒業まで図書部に居ました。
 で、6年生になると部長を任されまして、そうなると職権濫用で、一度に10冊とかまとめて借りるとか、「禁帯出」とラベルの貼ってある、原則持ち出し禁止の本を家に持ち帰るとかの悪さを繰り返してやりたい放題でした(爆笑)

 で、そのうちに先生に見つかって大目玉をくらった事もあります(爆笑)

 

 そんなこんなで、高校の頃までは、けっこういろんな本を読みました。
 でも、社会人になると、イッキに熱が冷めて、それまでほどには活字は読まなくなりましたが、映画とかドラマとかに刺激されて、山本周五郎の「樅ノ木は残った」とか山岡荘八の「徳川家康」、吉川英治の「三国史」などの時代物や、「猿の惑星シリーズ」や「復活の日」などのSFモノを中心に、思い出したようにのめり込んだりする事も少なくありません (^.^; ポリポリ

 

 最近でこそ、めったに文学的な本は読まなくなりましたが、もしかすると、私が読むはずだった一生分の本を、すでに読んでしまったからなのかもしれません・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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風邪がすっごいよくなってきたにゃり〜♪もうちょっとで完全復活!!にゃんこの時代がやってきたにゃん!!!でもいっつも風邪は引き始めと治りかけがやばいんだよにゃぁ〜まだまだ寒いしきをつけにゃいとぉ〜にゃんこ [続きを読む]

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