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2008年2月 1日 (金)

「青い三角定規」が活動再開

20080131011 06年の9月に「青い三角定規」というタイトルの記事を書いた事がある・・・
 33年ぶりに本格的に活動を再開すると発表した矢先、メンバーの一人が酒気帯び運転で事故を起こして逮捕され、その事を記事にしたものだが、彼はその直後に自殺をしてしまった・・・ (__;)

 その悲しみを乗り越え、残されたメンバーの岩久 茂と西口久美子の二人が「青い三角定規」として活動を再開すると発表した・・・
 この秋には、新しいアルバムの発売も予定しているという・・・

 懐かしいなぁ・・・

2008013101420080131012 彼等の代表曲である「太陽がくれた季節」がヒットした時、私は中学2年生・・・ (^.^; ポリポリ



 この曲が主題歌だった「飛び出せ青春」も毎週見ていたはずですが、ドラマの内容も、主演の村野武範がどんな演技をしていたのかも、ほとんど覚えていない (^^;
 次のシリーズとなった「われら青春」はよ~く覚えているのに・・・ (^.^; ポリポリ
 なんでかな・・・ (?。?)  それほどおもしろいとは思わなかったからか(苦笑)

 いや、そうではなくて、おそらく次の「われら青春」のインパクトが強すぎて、それ以前の記憶が消し飛んでしまったんじゃないだろうか・・・ (^.^; ポリポリ


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 「われら青春」・・・ いわずと知れた中村雅俊の役者としてのデビュー作であり、主題歌の「帰らざる日のために」も、挿入歌の「ふれあい」も大ヒットした。
 このドラマで、役者と歌手で成功した中村は、その後国民的なスターになっていく・・・

 実は、このドラマで「無名の中村雅俊」が主演に抜てきされた背景には松田優作の存在があった。
 「飛び出せ青春」で主役を演じていた村野武範が、日テレのプロデューサーである岡田晋吉に、新人役者として同じ文学座の後輩である松田優作を紹介した。この事により松田は、ドラマの降板を言いだした萩原健一に代わって「太陽にほえろ!」のジーパン刑事として華々しくドラマで活躍する事になる・・・

 「われら青春」の放送が決定した時、主役は松田優作でほぼ決まっていたが、松田は「太陽にほえろ!」の方ですでにレギュラーになってしまっていたために、変わりに同じ文学座の後輩である中村雅俊を推薦したというものである・・・

 「われら青春」の放送がが始まった時、私は喜多方高校の1年生・・・ (^^)v
 高校の近くに下宿をしていた私は、本当に真剣に「われら青春」を見ていました (^.^; ポリポリ
 下宿生活をしていた高校時代、テレビなんてほとんど見せてもらえませんでしたが、放送が日曜日だった事もあり、このドラマだけは大目に見てもらっていました (^^;
 それだけに思い入れも強くて・・・

 この頃までは、こういう「スポ根」モノのドラマが多かったんですよね (^◇^) 。。。ケラケラ


 「青い三角定規」・・・ 単なる懐かしさを売りにするだけじゃなく、オリジナルで頑張って欲しいですね (o^∇^o)ノ

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コメント

たしかにリバイバルデビューしても、昔の歌を歌っているだけじゃねぇ。勝負してほしいですね。

投稿: むうさん | 2008年2月 1日 (金) 22:42

 むうさん、どうもです (^^)/

 昔の名前で出ています・・・っていうだけじゃ、チョッとね (^^;
 せっかく再デビューするわけですし、ここは勝負しかないですよね (o^∇^o)ノ

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年2月 1日 (金) 22:54

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