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2008年5月25日 (日)

子生

20080524010 この写真は、茨城県の鉾田市内を走っている時に撮った写真です。
 国道51号線沿いにある郵便局なのですが、この郵便局の建物に書かれている地名がチョッと変わっているというか、読みが難しいので以前から気になっていました。

 「子生」という地名なのですが、もちろん今はしっかり読めますが、初めてこの郵便局の看板に書かれているこの地名を見かけた時には、いったい何と読むのかずいぶん気になったモノです (^_^ゞポリポリ
 「壬生(みぶ)」ナンて地名もありますから、「こぶ」とか・・・ (^^;

 私は、気になる事があるとどうしても知りたくなるという野次馬的な性分をしているので、調べてみた結果「こなじ」だという事がわかりました (^.^; ポリポリ
 う~ん、チョッと読めないなぁ・・・ (^^;

 ところで、この「子生(こなじ)」とは、「子どもを生(な)す」という意味だそうで、標準語に言い換えると「赤ん坊を産む」となり、たいへんおめでたい地名だという事です。

 

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 この郵便局から、国道に沿って500mほど北に行くと、「厳島神社」が在ります。
 こじんまりとした「一間社流造(いっけんしゃながれづくり)」の「本殿」と「拝殿」が、窪地というか、周囲の国道辺りから比べるとずいぶん低い谷底みたいなところにある、小さな池の中に建てられています。
 写真は、国道51号線に面した、厳島神社の本殿へと続く表参道です。

 

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 そこから奥に歩いて行くと、本殿、拝殿が建っている池へと下りていく階段が設けられています。かなり下まで下りていく感じで、4枚目は途中から社を見下ろしたところです。
 あまりここを通ってお参りする人は居らっしゃらないのでしょうか、階段を下りていくと、途中クモの巣が階段の両脇の枝と枝の間に張っていたりして・・・ (^.^ゞポリポリ

 

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 これが「厳島神社」の全景です。
 「流造」というのは、日本の神社建築様式の1つであり、屋根が上下左右に大きく反っているのが特徴です。正面から見ると屋根の一番下の部分が左右に反っていますし、横から見ても屋根全体がスキーのジャンプ台のように、空に向かって反り上がっています。
 流れるような流線型の屋根を持つ建物という意味で「流造」と言うのでしょうかねぇ・・・
 私は、そんな感じで理解していますが・・・ (^.^; ポリポリ

 また、正面の柱の間が1間(立っている柱が2本)の社が「一間社」と呼ばれ、一番小さい形の社という事です。

 正面の大きい方の社が「拝殿」で、その後ろに隠れるように建てられている周囲をガラスで囲った小さめの社が「本殿」です (^^)v
 池の中に立てられている二つの社と、それを囲むように設けられている朱塗りの欄干が綺麗です。
 この池の中には、大きな鯉が何匹も泳いでいました。

 

 「子生(こなじ)の弁天様」の名前で親しまれるこの神社は、承歴2年(1078年)、宮島の厳島神社から分霊を迎えたのが始まりとされ、古くから安産の神様として村人から信仰されていたそうです。

 これには、次のような民話が言い伝えられています。

20080524031  鎌倉時代の中頃、ある女の人が十数年たっても子宝に恵まれず、家人はおろか夫にさえ冷たさを覚え、思いあまって家出をし、たどり着いた所が一望千里の大海原。
 近くの社で一夜を過ごすと、琵琶の音色と金襴をまとった弁天様が現れる夢を見た。
 急に陣痛に襲われ、我に返ると、まもなく男の子が生まれたという。
 この事から、「子生弁財天」と呼ばれるようになり、地元では安産の神様として伝えられているという事です。(「鉾田市の民話」より)

 

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20080524027  神社を背にして、歩いていくと、広い空き地があり、その先は「裏参道」へと続いています。この「裏参道」もけっこう急な道ですが、表参道とは違って、こちらは車でも入っていけるように階段ではなく、未舗装の細い道路になっていました。
 しかし、ほとんど整備はされておらず、ご覧のように、途中には降り続いた雨か何かで崩れた斜面がそのままになっていました (^^;
 あまり、ここを歩く人は無いように思われましたねぇ (^^;

 

 この神社、本当に地域の人達に愛されているのでしょうか・・・ (?。?)
 もしかして、実際にはほとんど訪れる人は居ないんじゃないのかな (^^;

 この記事を書くために、いろいろと下調べをして、それなりに期待もあったんですが、実際に写真を撮るために訪れてみると、社殿はともかく、境内のうらぶれた様子が実に淋しく、人影もまったく見かけませんでしたので、実は少々がっかりしています・・・ (__;)

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コメント

「こなじ」なんて、読めませんよね。
歴史の古い町なんですね。

投稿: すが太郎 | 2008年5月25日 (日) 05:58

 すがさん、どうもです (^^)/

 読めない地名って、ホントに多いですよね。
 仕事がら、地名にはとても関心があります (^^ゞ

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年5月25日 (日) 07:16

おはよう^^

女性特に、子供に関わりのある神社は全国各地に多くありますね^^
記紀にもある、国産み伝説が母体となってると思います。
有名な所だと、宮崎の鵜戸神宮があり、高天原も近いことから
やはり、天照大神に代表される女性神信仰が神道では
重要な意味を持つことを、表してるように思います。

投稿: GF | 2008年5月25日 (日) 09:24

 GFさん、どうもです (^_^)/

 やはり、子供を産むことの神秘と驚きは、古来から敬われてきたのでしょう・・・
 これが神の所行でなくてナンでしょう・・・

 人間も、動物である限り、子孫を残すことが最大の使命ですからね (^^)v

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年5月25日 (日) 09:38

いまどき、これほどのお社を維持していくのは大変なんでしょうね。地元の人たちもいろいろ奉納させられるんでしょうけれど、田舎だと年金暮らしのお年寄りばっかりですからね。

投稿: むうさん | 2008年5月26日 (月) 19:12

 むうさん、どうもです (^_^)/

 なるほどね・・・
 常駐の宮司さんが居らっしゃる様子もないし、となると、掃除とかするだけでもたいへんなんでしょうね (^^;

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年5月26日 (月) 19:25

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