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2008年5月15日 (木)

まぶたの母

20080515001  今月の10日から、東京の「世田谷パブリックシアター」において、草彅 剛が主演の舞台が公演されています。
 演目は「瞼の母」・・・ (^^;

 

 こういっても、どんな芝居なのかご存じない方も多いと思います (^.^; ポリポリ

 簡単に言えば、幼い時に母と生き別れになってしまった渡世人の息子が、母を訪ねて三千里・・・みたいなハナシなのですが、この舞台のクライマックスは、なんといってもやっと巡り会えた母と、息子である番場の忠太郎の対面の場面です。

 

20080515002  その場面を歌にしたのが、「瞼の母」という左の歌詞なのですが、お読みになられていかがですか?
 二人の向かい合うシーンのやりとりが目に浮かびますでしょうか・・・

 

 歌に芝居に、映画にドラマに、この場面は幾たびも姿を変えて演じられてきました。
 ぶっちゃけ「忠臣蔵」の股旅版みたいな感じで、日本人には非常にウケの良い題材であることは間違いないことで・・・

 ただ、「忠臣蔵」がそうであるように、この「瞼の母」も私の嫌いな作品の一つでして・・・ (^.^; ポリポリ

 「忠臣蔵」に関しては、過去にも記事の中で語った事があるので、興味がある方はそちらも併せてお読み頂ければ幸いです。

 

 私が、この「瞼の母」が嫌いだという理由ですが、それはこの歌の中の最初のセリフと、次に続く二番の歌詞の中にあります・・・

 「笑わしちゃいけねえぜ」と忠太郎は母親に言う・・・
 しかし、笑わしちゃいけねえぜと思うのは、忠太郎のその後に続くセリフだ(苦笑)

 「こんなやくざに誰がしたんでぇ」
 「こんなやくざをなぜ産んだ」

  (゚-゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン
 君のその言い分もわからないでもない・・・
 しかしね、人間、やくざから生まれてくる赤ん坊は居ても、やくざとして生まれてくる赤ん坊は一人として居ないんだよ。
 成長していく過程で、やくざという道を選ばざるを得なかったのは、誰がそうしたのでもない、他ならぬ君自身が選んだ道だったんだろうと・・・ (^^;

 親にはぐれた子どもたちが、皆やくざの世界に入ってしまうわけではないだろう。
 親なんて居なくても立派に育つ子どもたちだって多いと思うよ。というか、親が居なくても、普通はやくざになんてならないだろう (^◇^) 。。。ケラケラ
 道を踏み外したのは、誰の責任でもない、君の心が弱くて、世間に負けてしまったからナンだという事に気づかなければ、今後とも忠太郎に明日はない・・・ (^^;

 それなのに、自分の身の上の不幸は親のせいかい。そうやっていつも他人のせいにして、現実から逃げてばかりいるから、やくざなんていう世間のつまはじき者に身を落としてしまうことになるんじゃないのかな。

 はっきり言って、身から出たサビだよ、忠太郎クン (^◇^) 。。。ケラケラ
 私は、君のような性根の腐った人間が大嫌いだ q(`o')ブー!!

 

 それに比べると、この母親は素晴らしい (^^)// パチパチパチパチ

 こんな立派な母親から、忠太郎のような親不孝者が生まれてくるとは信じがたい・・・ (__;)

 こんな愚痴や恨み言を口にする前に、この母親の前に出ても恥ずかしくないような、一人前の漢(おとこ)になるべく、修行をし直すんだな q(`o')ブー!!

 出直して来い!!!

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