« 大阪で生まれた男 | トップページ | かあさんの下駄 »

2008年6月14日 (土)

水着に思う

20080614002_2  日本水泳連盟は10日、都内で常務理事会を開き、北京五輪に限り日本代表選手が着用する水着を自由化することを決定したと報じられた・・・

 個人的には、当たり前だと思うし、ここでダメなんて言ったら世論が収るまい(笑い)

 しかし、今回一番驚いたのはミズノの対応だった。個人契約を結ぶ北島康介等に対して、「レーザーレーサー」の着用を容認し、他社の水着を着る場合にも、違約金やペナルティーなどは一切発生しないと発表した。
 ミズノにしてみれば、なんとも苦渋の決断だったと思う。

 しかし、世界の流れが「レーザーレーサー」に動いている今、これは「オトナの対応」であり、選手側から見れば「予定通り」の発表だったのではないか・・・

 

 ただ、今回の一連の騒動を見てきて思う事は、「ふざけるなよ」と(苦笑)

 誰が主役の競泳なんだ?
 「選手」か? それとも「水着」なのか?

 これまでの報道は、「レーザーレーサー」についてのものばかりであり、選手自身の報道はほとんど無かった。
 「誰それが○○という水着を着て××だった」と言うような報道ばかりで、これじゃ誰が主役なのかわからないじゃない (^◇^) 。。。ケラケラ
 選手たちは、水着を着てその優劣をお互いに見せっこする「マネキン」なのか?

 

 8日のジャパン・オープンで北島が出した、男子二百メートル平泳ぎでの2分7秒51という記録は、北島自身がこれまでどうしても出し得なかった驚異的なタイムであり、世界新記録だった。
 それまでの世界記録である、ブレンダン・ハンセンのタイムを1秒近くも上回る信じられない数字だ。
 これが、英国スピード社の水着「レーザーレーサー」の実力だ。

 この水着を着るだけで「どうしても出せなかったタイム」が楽々と出せる (^^)v
 となれば、誰だって「レーザーレーサー」を着て泳ぎたいと思うのは当然だろう。

 

 しかし、チョッと待て! 

 たかだか「水着」を別のものに着替えただけで出せるタイムなら、それは選手自身の記録と言えるのか?

 今回、北島が出した世界新記録は、「レーザーレーサー」が出したタイムとは言えないのか (?。?)

 

 スポーツは、お互い同じ条件の下で競い合い、その上で出た結果を見て優劣を決め勝敗が決する。そうでなければ不公平であり、評価のしようがないからだが、今回の一連の騒動を見て感じる事は、明らかに「水着」による成績の優劣だ。
 同じ水着を着て競った上でのタイムなら評価に値するだろうが、これでは明らかに「レーザーレーサー」を着ていない選手は不利だ。
 こんな記録が、正式に認められて良いのだろうか・・・ (ノ_-;)ハア…

 世界水連は、「レーザーレーサー」について、構造上の違反はないと正式に発表している。
 しかし、この水着を着るだけで出せるタイムなら、やはりそれは「水着の力を借りて出したタイム」なのではないのか・・・

 こんな記録は、絶対に認められるべきではない。

 私は強くそう思う。

 

 この水着を着て出した記録が公に認められるようだと、悪い前例を作る事になる。

 例えば、陸上の100mを走る選手のシューズをどこかのメーカーが特殊開発して、誰かが8秒台のタイムを出したとしよう。そして、そのシューズを履けば、誰でもそれまでよりも1秒タイムが縮まるとしたなら、誰だってそのシューズを履きたくなるのではないのか・・・
 あるいは、走幅跳びや走高跳びなどのいわゆるジャンプ競技でのシューズも、まさか靴の中にバネを入れるわけにはいかないだろうが、エアーソールの様なものを新しく何かの素材で作ったりして、それまでよりも「長く」「高く」跳べたとしたなら、これも今までの記録と同様に扱って、新記録が出たと単純に喜んで良いモノだろうか・・・

 また、SFの世界でよく語られる事ですが、事故などで両足を失った人が居たとして、その人のためによくできた最新式の義足を取り付けたとしよう。その義足は超人的な力を持っていて、楽々と8秒台で100mを走る事ができたとしたなら、その人の出した記録は陸上の記録として認められるのだろうか (?。?)

 答えはノーだろう。明らかに他者の力を借りた記録であり、本人の実力で出した記録とは認められないから。

 今回の「レーザーレーサー」についても、同じ事が言えるのではないだろうか・・・

 

 私が子どもの頃、競泳の世界では水の抵抗を少なくするために、より小さな水着を着るのが常識だった。そして、中には体中の毛を剃ってしまった選手さえも居た (^^;

 そんな時代に育った私から見ると、今のワンピース式の水着はどうしても馴染めない。
 やはり、スポーツであるからには、一糸まとわぬ姿で戦うのが本来の姿なんじゃないかと思えてならない。
 実際に、オリンピックの元となった古代オリンピアの競技会では、全裸の選手たちが己の全身全霊だけでもって競い合った・・・

 まぁ、「一糸まとわぬ」というのはあくまでも喩えであり、さすがにムリがあるけれど、競泳でいうならば、男女ともに「ビキニ」の水着を着用するのが一番良いんじゃないかな。
 そして、小さい分には良いけれど、全身の表面積の○パーセント以上を布で覆ってはならないというような規則でも作れば、今回のような馬鹿げた騒動は起こりようもないし、お互い公平な条件でタイムを競い合う事ができると私は思っています。

 

 もう、北京には間に合わないけれど、少なくても次のロンドンでは、「レーザーレーサー」に代表される、全身を覆った「おかしな水着」が認められるようではダメだと私は思います。

 もちろん、競技用具の開発は必要だと思うけれど、行き過ぎてそれに頼るようになったらスポーツなんてお終いでしょ (ノ_-;)ハア…

|

« 大阪で生まれた男 | トップページ | かあさんの下駄 »

スポーツを語る」カテゴリの記事

コメント

スポーツの世界って難しいですね。
多かれ少なかれ、スポーツは道具が必要ですから、その道具が少しでも選手の負担を軽減できるようにメーカーは技術を注ぐのですからね。
すっぽんぽんでの競技が理想かもしれませんけど・・
スポンサーなどの問題が出てくるし・・・
難しい問題です。

投稿: すが太郎 | 2008年6月14日 (土) 20:10

 すがさん、どうもです (^_^)/

 先日のすがさんの記事でもおっしゃっていましたが、ご自身でウェットスーツを着て泳ぎやすかったと感想を述べられていましたが、それは、とりもなおさず「水着の力」ですよね (^^;

 一般の人がそういう水着の力を借りるのは良いと思うんですよ。楽しむ事が目的なワケだから。
 でも、競泳を仕事というか、目的にしているアスリート達が安易にそういうモノを使うというのは私は反対なんですよね。

 やはり、スポーツは「公平」に行なわれなければ。

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年6月14日 (土) 20:22

水着はビキニが一番。
あ~これからの水泳・・ビキニにならないかな。

投稿: No Name | 2008年6月19日 (木) 22:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 水着に思う:

« 大阪で生まれた男 | トップページ | かあさんの下駄 »