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2008年11月21日 (金)

ラジオ・チャリティ・ミュージックソン

 今年も「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」の季節がやって来た・・・

 一日中ラジオを聞いていると、ニッポン放送では募金の呼びかけを耳にすることも少なくない。

 

 私も、かつて会津若松で仕事をしている時に、地元の放送局である「ラジオ福島」が参加していたので、何度か募金をしたことがあります。
 ペットボトルに買い物の時のお釣りである一円玉や五円玉を一年間貯め、それを市内に設けられていた支社の窓口に持っていったものだ。

 

20081120001

 写真は、その時に頂いたノベルティなのですが、その年によって品物はいろいろと変わり、この時には鉛筆を頂いたものの、使うこともなく手元に残っていたものです (^.^; ポリポリ
 確か、1本くらい削った記憶があるので、そうすると頂いた鉛筆は半ダースで、それが箱に入っていたんだと思います。

 

 この頃は、けっこうミーハー的に募金にも参加することが少なくなかったのですが、30代の頃から募金に対する考えが変わってきて、今では一切の募金はしないのが私の主義です。

 この辺の持論については、2年ほど前にも「募金運動」というタイトルの記事を書いたことがあります。
 簡単に言えば、国の福祉政策がダメだから国民が募金なんてしなくてはならないわけで、戦後とかの混乱した時代ならともかく、今の時代に「募金」なんてナンセンスであり、ふざけるなよと・・・
 関心がありましたら、そのヘンのことについて語った過去の記事もぜひご一読を願いしたいものです (^.^; ポリポリ

 

 それはともかく、75年に始まった「ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」も、今年で34回目を数えるという・・・

 集まった寄付金は、音の出る信号機の設置や録音図書などの制作と購入など、目の不自由な人に対する理解の促進と思いやりの心の育成を図るという「明確」な目的があるから、この募金に対する私の心証はまだいい方なんだけど、でもこの番組、いったい、いつまで続けるつもりなんでしょうかね (^^;

 番組が続くということは、すなわち、国の福祉が目の不自由な人達に対して行き届いていないという事のなによりの証しであり、人々の理解も思いやりも、満足ではないという事になるのではないか・・・
 そんな事を考えている私が居ます (^.^; ポリポリ

 別に、この番組に対してどうこう言うつもりはないんだけど、こんなチャリティ番組をしなければ音の出る信号機や録音図書が増えず、社会の理解も得られないというのでは、世の中どっかおかしいんじゃないか、間違っているんじゃないかと思わずにはいられない・・・

 電車の「優先席」なんかと一緒で、こんな番組が無くても弱者に優しい社会でなければいけないんじゃないかな・・・

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コメント

確かに、そう思いますね…不十分な福祉と行政。募金の趣旨も判りますが、信号機は国交省が…書籍などは文科省が…取り組むべきなんでしょうね。小学生の時に道徳の時間が在りましたね。あれって今こそ必要ですね。最近のモラルの低下は車を運転していても、はっきり見てとれます。それに対して何ら出来ませんが、そう感じます。
挨拶も出来ない大人が…席など譲るわけもない。

投稿: にゃ次郎 | 2008年11月21日 (金) 06:27

 にゃ次郎さん、どうもです (^^)/

 道徳の授業は、私も必要だと思います。
 子供の頃には、しっかりした「しつけ」が絶対に必要なのに、今の親たちは甘やかすだけでそういう事は教えない。
 しつけなんて学校で教えるものではないというのが私の持論ですが、家庭でできないのならせめて学校で教えてくれない事には・・・ (^^;
 子供を作るだけ作って、育てられない親たちが増えているのを見ていると、将来は暗いです (^^ゞ

投稿: 夢見るピーターパン | 2008年11月21日 (金) 08:11

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