« 塔のへつり | トップページ | ガソリン価格 »

2008年11月 6日 (木)

大内宿

 「塔のへつり」の観光を済ませた私らは、続いて「大内宿」へと車を走らせました。
 いくらも離れていないところに、話題の宿場町があるからで、これはかねてからの予定の観光でした。

 

 「塔のへつり」「大内宿」・・・ どちらも会津では有名な観光スポットではありますが、この日、続けて回ってみると、その印象はまったく違ったものになりました。

 昨日の記事でも書いたとおり、「塔のへつり」にはもう行くつもりはありませんが、「大内宿」の方には来年また寄ってみようと思っています (^^)v

 なぜそう思ったのか、以下に、この日私が感じたことを述べてみたいと思います。

 

 実は、「大内宿」には20年ほど前に一度行った事があります。会津に住んでいた当時、友人とチョッと立ち寄ったんですが、その時には茅葺き屋根の民家が並んでいるだけで、土産物屋らしいところさえ皆無と言っていいほどで、何も無い殺風景なところでしかありませんでした。

 しかし、この日2度目の訪問をした「大内宿」は、あの頃とはまったく様変わりをしていて、活気があってとても賑やかなところになっていました。
 食事処や土産物屋が延々と軒を並べていて、たくさんの観光客は言わずもがなですが、お店の人達にも商売に対する熱意のようなものを感じたのです。
 単に、マスコミに取り上げられたからというだけではない、何か特別なオーラが宿場全体を包んでいたというような印象さえ受けました。

 

 以下は、当日撮ったスナップの一部です ( ^-^)/ ♪

 

20081106001 20081106002 20081106003

 

 国道から「大内宿」に向かう道へと左折して車を走らせます。しばらくは快調に走っていたんですが、「大内宿まで4km」という案内板を過ぎた頃から、しだいに流れが滞るようになり、やがて止まったままほとんど動かなくなってしまいます (^^;
 それが最初の写真です。延々と続く車の列が運転席から見えています・・・

 駐車場待ちの大渋滞にはまること約1時間、やっと駐車場の入口に着きました (^^ゞ
 それが次の写真で、係員の指示で車を進めます。

 駐車場から宿場の大通りへと続く近道です。バスで来た他所の団体客の列に混じり、一緒に歩きました(苦笑)
 個人で行くと、右も左もわからないので、こうして団体客に付いているガイドさんの説明なんかを聞くのも一興です (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 20081106004 20081106005

20081106006

 

 これが、大内宿の大通りの様子です。約450mの道の両側に、茅葺きの民家がズラ~ッと並んでおり、江戸時代の宿場の雰囲気をよく残しています。

 この通りは、かつて「会津西街道」と呼ばれ、会津藩の参勤交代や会津と江戸とを結ぶ物流の道として賑わったわけですが、明治17年に今の国道121号線の前身となる会津三方道路が設置されたことに伴い、主要街道としての機能は衰退していきました。つまり、今で言うところの「バイパス」が設けられたことにより、大内宿の役割も終焉を迎えたわけです。

 現在、旧街道筋にあたる大内宿には、往事の町並みや建造物が残されており、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

 

20081106007 20081106008

20081106010 20081106011 20081106012

 

 この日、遅めの昼食を食べた「山本屋」さんです。すでに14時を回っていたので、お腹はもうペコペコ・・・(苦笑)

 通りに面したところでは、お店の人が岩魚や串だんごを焼いていました。お店の中へは通りに面したここから入るのではなくて、軒を連ねた路地の方に玄関が設けてありました。
 大内宿では、山本屋さんに限らず、どこの家も通りに面した方ではなく、軒の方に回った方に玄関が作られていました。
 この通りは南北に通っていますから、普通は道路に面した東側か西側に入口を設ければ出入りは容易なわけですが、一様に南側の建物の中央付近に玄関が設けられていました。
 理由はよくわかりませんが、宿場町だからという事が何か関係あるのかもしれません。もしかして、侍の通る大通りに面して玄関を作るのははばかられたとか・・・ (^^;

 

20081106016 大内宿では、ネギ1本で食べる「ねぎそば」なるものもマスコミなどでおもしろおかしく取り上げられていますが、私はそういうマスコミに踊らされるのは苦手というか、癪で・・・ (^.^; ポリポリ

 で、なんとなく美味しそうな「ニオイ」がした「山本屋」さんに入ったわけですが、これが大当たりでしたよ(笑い)

 

 今回注文したのは、会津に代々伝わる「高遠そば」 (^^)v
 「高遠そば」というのは、長野県の高遠地方で取れる特別辛い大根のしぼり汁に、醤油か焼き味噌を溶いて作った汁に浸けて食べる蕎麦のことで、江戸初期の頃、高遠の城主だった保科正之が会津に転封されたことにより、この食べ方を会津に伝え、広めたそうです。
 とはいうものの、会津で生まれ育った私でも、「高遠そば」という名前は初めて聞きましたが (^◇^) 。。。ケラケラ 

 山本屋さんでは、大根のしぼり汁にネギなどの薬味を入れて、しょう油を混ぜて食べるのですが、この蕎麦、メチャクチャ美味しい~ ヽ(^◇^*)/
 もちろん、1本のねぎではなくて、普通に割り箸で食べたわけで、大内宿の高遠そばは、どこでもねぎ1本で食べるのが当たり前ではありませんって(笑い)

 ところで、この山本屋さんはメニューにも凝っていて、見てください、このレトロな感じのメニューを (*^-^*)ノ
 私は、こんなステキなメニューを見たことはいまだかつてありませんよ。
 風格といい、重厚さといい、実に見事なもんじゃありませんか ヽ(^o^)尸

 

20081106013  これは、相方の彼女が注文した岩魚の骨酒です(笑い)
 もちろん、私は飲んでいませんが、とっても美味しかったと言っていました (^^)v
 しかし、この徳利というか急須というか、骨酒の入っている容れ物のユニークなこと、こんな徳利で出された岩魚の骨酒なんて、それだけでも美味しいと感じるんじゃないでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20081106014  これは、食事をした部屋の柱に貼ってあった習字の紙ですが、この山本屋さんでは一般の民家をそのままお店として使っているようで、間取りとか調度とかはそのままでした。
 部屋の中には囲炉裏が作られ、隅には仏壇もありました。

 過去にも、このブログで会津の風習として「火の用心」という記事を書いたことがあります。
 私の村では、数えで6才になった子ども達が「火の用心」という習字をするのですが、下郷地方では、数え年12才になった子ども達が、12月12日に「十二月十二日」と書く風習があるそうです。
 所変わればというか、土地土地によって様々な風習があるモンですね(苦笑)

 

20081106015  これは、散策の途中で見かけたお店です。
 「三澤屋」さんというのですが、来年はぜひこのお店にも行ってみたいなと (^.^; ポリポリ

 

 実は、このお店はたまたま美味しそうだと感じてそう思ったんですが、帰ってからネットで調べると、大内宿を代表するかなり有名なお店ということがわかりました (;^_^A アセアセ・・・

 私が邪道だと思うねぎ1本で食べる「ねぎそば」も、もちろん扱っていて、その点は他の多くのお店と同じです。
 せっかくですから、今度行った時には、ここで話題の「ねぎそば」を食べてこようかなと (^.^; ポリポリ  
 邪道だとか、口で言うのは簡単なんですが、なんといっても、実際に食べてみないことには評価はできないと思うからです (^^ゞ

 

 今度大内宿に行く時には、駐車場のところへ直接入って行ける抜け道を見つけたので、休日でも渋滞とは無縁で楽しんでこれると思います o(*^▽^*)o~♪
 いわゆる、ジモティの特権というヤツですね (^◇^) 。。。ケラケラ

|
|

« 塔のへつり | トップページ | ガソリン価格 »

故郷「会津」を語る」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/179664/43013261

この記事へのトラックバック一覧です: 大内宿:

« 塔のへつり | トップページ | ガソリン価格 »