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2008年11月 1日 (土)

箱根山

20081029001

 

 これは、世の中にはさまざまな立場の人がいて、それぞれがそれぞれの役割を果たすことによって社会は成り立っているという事の喩えとして、良く言われることばです。

 

 この社会には、駕篭に乗って運ばれる社会的地位の高い人や、お金持ちの人がいる一方で、その駕篭を担いで運ぶ人も居ますし、さらに、その駕篭屋が足に履くワラジを作る人も存在します。

 それぞれがそれぞれの仕事をしているから、社会は上手く回っていくわけで、駕篭屋は裸足では仕事になりませんから、どうしてもワラジを作ってくれる人が必要になります。
 また、駕篭屋は駕篭に乗ってくれる人が居なければ商売になりませんから、お金を出して駕篭に乗ってくれる人がどうしても必要になります。

 だからといって、駕篭屋より駕篭に乗る人が偉いというわけでもありませんし、ワラジを作っている人が駕篭屋と比べて見劣りするような仕事をしているわけでもありません。

 ワラジを作っている人にとっては、仕事で履き潰して何足も何足もワラジを買ってくれる駕篭屋は、いいお客さんということになりますし、駕篭屋にとっては、高いお金を払って駕篭に乗ってくれる人は大切なお客さんということになります。
 お互いに、持ちつ持たれつしながら社会が成り立っているということを考えれば、どっちがエライとか立場が上とかを考えることは空しいというか愚かというか・・・

 

 また、このことばは、人間はどんな人であろうと一人で生きていくことはできない。
 お互いに支え合い、助け合って生きているんだという事を言い表していることばでもありますね (^^)v

 今自分が着ている服や、今日食べたもの、住んでいる家、等等・・・
 どれ一つとっても自分が創り出したものなんてほとんど無いんじゃないのかな・・・

 逆に、自分も知らないところできっと誰かの役に立っていると思えれば、毎日毎日同じようなことの繰り返しに思える日常でも、やりがいというか生きがいというか、そういう幸せや喜びを感じることができるんじゃないでしょうか・・・

 

 

 ・・・ということで、私は今日から三日間、会津の実家に帰省します ( ^-^)/ ♪
 今頃は、会津に向かう車の中でしょうか (^_^ゞポリポリ

 連休が明けるまで、皆さんのブログ等へもお邪魔できなくなりますが、悪しからず・・・ m(_ _)m

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