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2008年12月31日 (水)

とことん言います!

 一昨日の29日の事になりますが、NHKで「大相撲 とことん言います! 2008」という特番が放送されました。
 実は、昨年の暮れにも同様の番組が放送されたという事を後から知って、知らずに見逃してしまった事を大いに悔やんだので、今年も放送されるのならぜひ見てみたいと楽しみにしていました。

 

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 大相撲に見識の高い四人、北の富士勝昭舞の海秀平やくみつるデーモン小暮閣下が、テーブルを囲んでそれぞれの意見を交わし合う。実におもしろくて中身の濃い40分間でした。

 

 冒頭でそれぞれが角界の立て直しのために掲げた旗印を披露してひと言・・・
 デーモン氏は、「意識改革 再考美学」を挙げ、やく氏は「まわし待った」、舞の海氏は「お客様は神様」、北の富士氏は「誠」と、それぞれに大相撲界をぶった切った(笑い)
 皆、切り口がうまい! やく氏の「まわし待った」なんて、なんの事かと思ったら、今の角界は、土俵上も土俵の外も、いろいろと弛んだ状況で、ここらでまわし待ったをかけないと見られたもんじゃないぞと、やく氏らしい物言いでした(笑い)
 北の富士氏は、誠意を見せ、真の相撲を理解してもらうべきだという趣旨であり、デーモン氏は、相撲の美学を求め、舞の海氏は、お客様の事を第一に考えるべきじゃないのかという事でした。

 

 次に、デーモン氏の問題提示で角界の様々な不祥事を、やく氏の提示は朝青龍について、北の富士氏は日馬富士、舞の海氏は期待したい若手についてそれぞれ話題を提示してかなり突っ込んだ意見を述べあっていました。

 

 個人的な意見ですが、この四人に対する私の評価は、北の富士氏は別格ですから言うまでもないとして、舞の海氏は好きなキャラではありますが、相撲論に関しては一番信頼できないというか、私は彼の言う事は信用していませんし、あまり評価もしていません。だから、この四人の中では一番下っ端に見ています。(笑い)
 舞の海って、いかにも性格が悪そうなのが顔に出ているじゃないですか (^◇^) 。。。ケラケラ
 麻生総理なんかもそうですが、こういう顔をしている人って、嘘つきが多いんですよね (^^;

 その一方で、やく氏とデーモン氏はどちらも素人ではありますが、二人とも素人なりによく見ていますから、私はかなり高く評価しています (^^)v
 で、どちらが上かと究極の選択を迫られれば、若干やく氏の方が言が深いかなと (^.^; ポリポリ

 北の富士やくみつるデーモン小暮>>舞の海

 これが、私の中での彼等の序列です (^^)v

 

 さて、まもなく初場所が始まるわけだけど、来年の大相撲はどうなのかな?

 評価は低いようだけど、私は、安馬(あえて日馬富士とは呼ばない)は横綱になると踏んでいます。九州でも白鳳と堂々と渡り合って、ほぼ互角に見えました。今の白鳳なら追いつくのはそれほど難しくないと私は思っています。
 それに関して、やく氏は「白鳳時代」は来ないと言っていました。若手が伸びてきているからですが、それ以前に白鳳の稽古量が少なすぎるとも言っています。

 朝青龍は、いよいよ引退が近いと私は見ています(苦笑)
 まぁ、今の私にとっては、どうでもいい力士ですからねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 力士以前に、人間として失格ですよ、アイツは・・・ q(`o')ブー!!

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大晦日

 今日で、2008年も終わりになります。

 今日も私は仕事が入っているので、お昼から働いてきます (^.^; ポリポリ
 年越しそばの配達と聞いています(笑い)
 ・・・といっても、出前ではなくて、セブンイレブンなんかに卸している麺工場から運ぶので、おそらく都内方面のコンビニとかを回って納品していくんだと思うんですが・・・ (^^;

 

 今年も不景気でたいへんな年ではありましたが、それでもなんとか乗り切って来れました。
 確かに、公私ともにいろいろとあった激動の一年間でしたが、それも人生かなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まず、私を信頼して仕事を依頼してくれたクライアント達に感謝です。
 仕事の絶対量は減りましたが、それでもこの不況の時にあって仕事があるだけでも有り難い事です。

 

 健康面でも、特に病気とかしたわけでもなく、元気に働けた事にも感謝です。
 メタボの体型は、今年さらに進行しましたが、それでも高血圧とか糖尿病とか、そこまで深刻なわけではありませんから (^^ゞ
 ただ、今のうちになんとかしないとこのままではまずいなと・・・ (^^;

 

 交通事故にも遭いましたが、大事なく、数日の通院で済んだ事にも感謝です。
 これがきっかけとなって、前の車を諦める決心もつきました。
 今年は新車で仕事ができて快適でした (^^)v
 ついでと言ってはなんですが、保険屋さんの示談金で Vista のPCも買えましたし (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ブログの方も、5日ほど更新できない日はありましたが、ほぼ毎日アップする事ができました。
 今年書いた記事は、この記事を含めて全部で419本、我ながらよく書いたなぁと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 これも、日々ノレンをくぐって頂いた皆様方のおかげです (o^∇^o)ノ
 皆様方の訪問数に背中を押されて、今年も一年間ブログを続ける事ができました。
 かなり独善的な内容の記事や、個人的な内容の記事もあったはずなんですが、呆れることなく通い続けて頂けた事を感謝します。
 今後とも、当居酒屋『夢』を、どうぞよろしくお願いいたします m(_ _)m

 

 また、このブログがきっかけで、彼女もできました・・・ (〃'∇'〃)ゝ
 何事も、続けていれば、そのうちに報われるというか、いい事があるという事なんでしょうか(笑い)
 来年は、ブログ上で入籍とかの報告ができればいいなぁと思っています (^_^ゞポリポリ

 

 それでは皆様・・・

 よいお年をお迎えください  

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2008年12月30日 (火)

今年の重大ニュース

 年も押し詰まってくると、よくマスコミは「今年の10大ニュース」みたいなタイトルで一年間を振り返ったりします。
 そこで、今日は私も今年の一年間を振り返ってみようかなと (^.^; ポリポリ

 ただ、「10大ニュース」だといかにも冗長なので、今日は「重大ニュース」という事でベスト5を挙げてみたいと思います (^^)v
 これだけでも、けっこう長い記事になってしまいましたが(苦笑)

 

 第1位 バツイチの私に彼女ができた (^^;

 やっぱり、今年一番の出来事はこれを外しては語れないでしょうね (^◇^) 。。。ケラケラ
 バツイチになって10年以上、しかも、自分で言うのもなんですが、私はかなりの変人であり、頑固者ですからねぇ、こんな私に寄り添ってくれる女性が居るとは正直思いませんでしたよ (〃'∇'〃)ゝエヘヘ
 7月19日に書いた「覚悟」という記事の中で、コメントに対する返事として恋愛中である事を明かしました(爆笑)
 それ以前の6月18日に書いた「当たり前」という記事で、新しい恋人である彼女に対する自分の思いを述べたのが、ブログに恋愛中である事を匂わせた最初の記事で、これ以降「夢の中へ」「雨の慕情」「アニバーサリー」と、表向きにはそれとわからないようにしながら、記事の中で彼女への想いをオープンメールみたいに大胆に書き続け、「覚悟」の記事まででその数は実に18本 (^◇^) 。。。ケラケラ
 彼女もこのブログを読んでくれている読者の一人である事は知っていましたから、成就を願って一生懸命でしたよ(笑い)

 こういうのは、遊び心というか、チョッとした悪戯心も手伝って、誰か気付いてくれないかなという想いもある反面、誰かに話してみたくてたまらないけど、公開するのはまだチョッと早いかなという想いもあって、けっこう楽しみながらブログを書いていました (^.^; ポリポリ
 で、ほぼ一ヶ月後の「覚悟」という記事の中で、デイジ~さんに「ピーターさんは2度目の覚悟をしたい時期なんでしょうか?それとも恋しているのでしょうか?」と指摘されて、恋愛中である事を暴露します (^_^ゞポリポリ

 6月中旬以降の私は、ほんとうに彼女が全てでしたね(爆笑)
 ほとんど、欠かすことなく週末は彼女と一緒に過ごした半年間でした (^^)v

 

 第2位 生まれて初めて救急車に乗った (^^;

 2月1日に、信号待ちをしていた私の愛車にトラックが追突してきて、はずみで前に止まっていたRV車との間に挟まれる形で前後を大きく破損、結果的に愛車は廃車、私は生まれて初めて救急車というものに乗ったのでした・・・ (^^ゞ
 この時に書いたのが「初めての救急車」という記事です(笑い)

 事故そのものは、別にたいしたことはなかったのですが、その後の保険屋さんとの交渉もありますから、念のために救急車を呼んでもらって人身事故扱いで対応してもらったわけです。
 実際に、首と腰に軽い痛みがあったのは間違いないし、こういう事故ではその時は気が張っているのでたいしたことは無いように思えても、後から痛みとかが出てくるのはよくある事だからです。

 しかし、救急車の乗り心地は最悪ですね (^^;
 二度と乗りたいとは思いませんよ(笑い)

 

 第3位 愛車を新車に買い換えた (^^)v

 先の、事故の結果として、2月17日に新車の営業車が納車されました (^^)v
 この時には「新車」というタイトルで記事を書きました (^_^ゞポリポリ

 5年チョッと乗った前の愛車は、38万キロという気の遠くなるような走行距離を残しましたが、10ヶ月あまりで新車の走行距離は5万5千キロを越えました (^^;
 一般の人の感覚からすると、凄い距離を乗っているように思えるかもしれませんが、仕事で乗っていると、このくらいの距離ではたいしたことは無いというのが正直なところです (^_^ゞポリポリ
 1年間に7~8万キロは走らないと、儲けはあまり出ないのが私の仕事の辛いところです(苦笑)
 ただ、それだけ乗り回すと、車の傷みも早いので、買い換えのサイクルも短くなってきますから結局は同じ事なのかもしれませんが (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 第4位 ジェフ千葉、奇跡の逆転残留決定 ヽ(^o^)尸

 開幕から、最下位を走り続けたジェフが、最終戦で奇跡の逆転勝ちを収め、上位に居た2チームを交わして奇跡的にJ1残留を決めました(笑い)
 この時に書いたのが「16分間の奇跡」という12月7日の記事です (^^)v

 辛い1年間でしたが、サポーターの気持ちを裏切らない選手達の熱いプレーに感謝です ヽ(^o^)尸
 ただ、根本的にチームを見直さないと、来年も同じ事の繰り返しになる事は目に見えていますから、なんとかしてほしいですね(苦笑)

 

 第5位 ソフトバンクホークス、最下位に沈む (__;)

 10月7日、私の愛するホークスが、最終戦で楽天に延長サヨナラ負けを喫して12年ぶりに最下位に沈んだ・・・ (ノ_-;)ハア…
 この時に書いたのが「祝!最下位」という記事で、10月8日の事になります。

 決して、最下位になるようなダメなチームではないんですが、アタマがダメだとどうにもならないというのが証明されたシーズンでした (ノ_-;)ハア…
 監督は無能、コーチは無策、フロントも働かないボンクラ揃いで、選手はロートルと三流の出来損ないばかり・・・ こんなんで勝てたら誰も苦労はしないわな(怒り)

 最下位に終わった今年のオフ、ここまで目立った補強は聞こえてこない・・・
 何をやってるんでしょうかね、このままではまた万年Bクラスの暗黒時代に逆戻りですよ・・・ q(`o')ブー!!
 オーナーの損正義氏がカネを出ししぶっているんでしょうかね(苦笑)

 

 以上、今年一年間の私の重大ニュース、ベスト5です (^_^ゞポリポリ

 人生、波瀾万丈、いやぁ、生きているってほんとうに楽しいですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年12月29日 (月)

ポローニア

20081229015  昨日、とてもステキなお店でランチを食べてきました o(*^▽^*)o~♪

 

 成田市の三里塚街道沿いにある「Paulownia(ポローニア)」という欧風料理のお店です。
 実は、三里塚さんとお酒を飲んだ折、このお店の事を聞きまして、どうしても彼女と一緒にこのお店を訪れてみたくなったからです。

 

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 これは、お店の外観です。なかなか洒落た感じのお店で、その存在だけは私も以前から知ってはいましたが、入ってみようとは一度も思った事はなくて、そこがどんなお店なのかは全く知りませんでした (^.^; ポリポリ

 まぁ、よくある類の、こぢんまりした個人営業のレストランなのかなと・・・

 

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 これが、特徴ある店内の様子です。お店のスペースいっぱいにビートルズの写真やたくさんの楽器が展示してありました ヽ(^◇^*)/

 BGMは、もちろんビートルズの作品ばかりです。ビートルズ大好き人間の彼女にとっては、まさに夢のような空間であり、大感激していました ヽ(^◇^*)/

 私はビートルズにはほとんど関心はありませんが、彼女のように、ビートルズが大好きで、寝ても覚めてもビートルズ・・・という人も少なくないというか、むしろ、私のような人間の方が少数派なのでしょう (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 実は、彼女はさいたま市の浦和に住んでいますから、ジョン・レノン・ミュージアムは目と鼻の先であり、何度も訪れているお気に入りの場所で、そこから離れて成田に引っ越してくる事にとても抵抗を持っていましたが、そこほどではないにしても、こうしたビートルズに所縁のある場所が成田の、しかも私もアパートのすぐ近くに在る事を知って、やっと安心して浦和を離れる事を決心してくれました(笑い)

 このお店は、今年で創業27年という比較的古いお店ではありますが、最初からビートルズをモチーフにしていたお店ではなかったという事で、開店当初はクラシック音楽が流れる落ち着いた雰囲気のお店だったそうですが、ビートルズが大好きだったという一人娘のお嬢さんを病気で亡くされてから、生前に彼女が集めたビートルズの写真などをお店に飾るようになったそうで、それに加えてご主人が趣味で集めた楽器などもレイアウトに加えるようになって、今のようなスタイルのお店になったそうです。

 お店の雰囲気は変わっても、ご主人が作る料理は相変わらず見事で、私も彼女も大満足でした o(*^▽^*)o~♪

 

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 これが、私らがオーダーした料理です。
 彼女はBランチの「メカジキのムニエル レモンバターソース」、私がCランチの「ポークソテー きのこのブラウンソース」、どちらも¥1,340でした。

 どちらにも、オニオンスープ、パンまたはライス、ソフトドリンクが付いています。私はライスを、彼女はパンを注文し、ドリンクはホットコーヒーを選びました (^^)v

 他にも、彼女はテーブルワインの赤をデキャンタで注文、美味しそうに飲んでいました(苦笑)

 ランチとはいえ、料理はどれもこれも絶品で、非の打ち所のない完璧な味 ヽ(^◇^*)/
 ワインはもちろん、食後に出されたコーヒーまで実に美味しくて、大満足でした。もちろん、私はワインを飲んではいませんが、ワイン好きの彼女が美味しいと言っていたので、間違いないですよ (^^)v

 

 余談ですが、気さくで物腰の柔らかなご主人はもちろんですが、スチュワーデスをしていたという奥さんも実に上品で、とてもステキなご夫婦でした。

 私らが入った時には、まだお客さんはどなたも居らっしゃらなかったので、ご主人にお願いして撮影の許可を頂いた私は、お店中をパチパチと何枚も写真に収めさせていただきました (^.^; ポリポリ
 彼女は、料理のできる間、ゆっくりと店内をくまなく見て回っていました。

 感心したのは、飾ってある楽器にホコリなど全くかかっていなかった事です。という事は、普段からマメに掃除している事はもちろん、いつでも演奏に使う事ができるくらい愛情を込めていらっしゃる証拠です。ギターを愛するご主人の心意気に惚れましたねぇ(笑い)

 

 食事を始めた頃に、次々とカップルのお客さんが立て続けに3組入ってきて、店内は賑やかに(苦笑)
 お客さんが居たら、店内を歩き回って撮影なんてできませんから、なんとタイミングのいい事か(爆笑)

 

 一度でお気に入りのお店になりましたよ (o^∇^o)ノ
 来年の彼女の誕生日は、ここでディナーを食べる事を約束しました (〃'∇'〃)ゝエヘヘ

 ゆっくりと、落ち着いて食事をしたいので、正直、あまり人には教えたくないお店なんですが、私のブログを読んでいる人なんてタカがしれているので、まぁ、いっかなと・・・(苦笑)

 一応、お店の場所です ( ^-^)/ ♪

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2008年12月28日 (日)

味佳

 昨夜、ネッ友さんのお一人と、自宅そばの居酒屋で一杯やってきました (^_^ゞポリポリ

 三里塚住民さんというHNで、このブログにもコメントを寄せていただいている方で、ご実家が三里塚に在り、この界隈の事については子どもの頃からよくご存じという事で、馴染みの居酒屋に席を設けていただいたので、彼女と二人で行って来ました (^^)v

 味佳(みか)という名前の居酒屋は、私がよく利用する中華屋さんの並びにあって、前から気になっていたお店で、一度入ってみたいなぁと思ってはいたものの、知らないお店にはなかなか入っていけないシャイ (^^; な私は、一度も利用した事はありません (^.^; ポリポリ
 そのお店の常連さんである三里塚さんに、せっかくだからエスコートして頂こうという事で昨夜の酒席となりました ヽ(^o^)尸

 

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 味佳は、私のアパートからも近いので、二人で歩いてお店に向かいました。
 これは、日中に撮ったものと、昨夜お店に入る前に撮ったお店の外観です (^^)v
 時期的なものもありますが、イルミネーションで派手に飾り付けをしてありました(笑い)

 約束の時刻は19:00・・・
 ほぼ定刻にお店に着き、中に入ります。
 予約を入れた三里塚さんのお名前をお店の人に告げると、お座敷に三つあるうちの一番奥の席に案内してくれました。
 お店の中は、カウンターもお座敷も常連さんと思われるお客さんでいっぱいです。なかなかいい感じのお店で、私はすぐに気に入りました o(*^▽^*)o~♪
 二人で席について、三里塚さんを待つ間に瓶ビールを1本注文して飲み始めたところに三里塚さんが登場です。

 

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 イメージしていたよりも、ずっとお若い好青年といった印象の三里塚さんと挨拶を交わし、それぞれに酒と肴を注文していざ酒宴開始~ ヽ(^◇^*)/
 三里塚さんは瓶ビールで、私らは焼酎の黒霧島で、それぞれ楽しみました。
 
 私らは、お店の看板メニューである串ものをいくつか注文して食べましたが、三里塚さんは食べ物はほとんど口にせず、もっぱらビールだけをグイグイと・・・ (^^;

 私よりも10才ほどお若い三里塚さんは、現在は柏市内の食品問屋に勤務しているという事で、成田には時々帰ってくる程度だそうですが、お店の方とも、お客さんの何人かとも顔なじみで、私らも三里塚さんに甘えて、図々しく飲み食いしてきました(笑い)

 22時過ぎくらいまでご一緒したんですが、そこでお開きという事にしてお店を出、それぞれの自宅へと向かいました。

 

 おかげで、楽しい一時を過ごす事ができました (*^.-^*)♪
 三里塚さん、どうも有り難うございました m(_ _)m
 このお店は、今後も利用させて頂こうと思っているので、機会があれば、またご一緒しましょうね (*^-^*)ノ

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2008年12月27日 (土)

プロ意識

 先日、都内の環八通りを走っていてこんな車を見かけました・・・
 どこででも見かける、某軽運送屋さんのトラックです。

 

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 私自身も、自営で運送屋をやっていますから、この方はいわば同業者という事になりますが、こんな駄目なトラックは初めて見ましたよ(笑い)

 

 リアに初心者マークが2枚貼ってあります。だからといって、このドライバーが初心者だとは限りませんが、普通は1枚だけでいいところを、わざわざ2枚も貼ってあるわけですから、きっと運転が心許ない事を周囲に訴えたいんだろうというドライバーの思いが伝わってきます (^^;
 このマークは、ファッションとして貼るような類のモノではないからです(笑い)

 その運転技術を証明するように、パネルの左側のドアは黄色いシートで覆われています。
 きっと、ぶつけるかなんかして大きく凹んだか何かしたので取り外したか、そうでないまでも、みっともないからシートで応急処置をして隠しているんでしょう (^^;

 さらに、よく見ると、左側のブレーキランプは切れているようで、右側だけしか点きません (^^;;

 

 う~ん、こういうのってどうなんだ?

 こういう特殊なカラーリングを施された車というのは、中古車市場に出しても、そのまま乗る事は抵抗があるし、かといって全塗装するにはけっこう手間とお金がかかるので、人気はほとんどなく、大きく値引きをしないと売れませんから、中古車屋さんでも持てあましぎみの車種なワケですが、中にはそういう事を逆手にとって、安く手に入れて普通のナンバーを付けて走っている人も居ないわけではありません。

 しかし、そういう人というのは、たいてい農家の人とかで、あまり人目を気にしなくてもいいような場所を乗り回すというような使われ方をするのがほとんどで、一般の公道を堂々と走る人は希です。
 この車は、チャンと営業ナンバーを付けていますから、そういう人とも違って現役の運送屋さんだとわかるわけです。

 

 営業車というのは、いわば「商売道具」なワケですから、それがないと仕事にならないという事で、例えば大工さんのノコギリカンナ、あるいは板前さんの包丁なんかと同じような立場にある物といえるわけですが、こういう状態の車というのは、喩えれば刃こぼれしたノコギリやカンナ、さび付いた包丁を使って仕事をしているようなもので、仕事に誇りを持っている職人なら、そんな道具を持ってお客さんの前に出ることは恥ずかしくて耐えられないはずなのですが、この車のオーナーはそういう事をわかっているのでしょうかねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 第一、こういう車で集荷に来られた荷主さんは、ホントにこの人に荷物を預けて大丈夫なんだろうかと不安になるんじゃないのかな(苦笑)

 自分の車さえ満足に手入れもしていないような人が、積み荷に愛情を持って、大事に扱ってくれるとはとても思えないですよね(苦笑)
 そういう不安な思いを荷主さんに与えただけで、プロとしては失格だと私は思うんですよ・・・

 

 こういう車に乗っているというだけで、整備なんかマトモにやっていないダメなオーナーという事が如実にわかってしまうわけで、たしかに板金なんかをするにはある程度の金額が必要だという事はわかりますが、プロとして、いの一番にしなければならない事は、目の前の仕事をする事ではなくて、たとえ借金をしてでも、マトモな車に「治す」事だと私は思いますねぇ・・・

 「信用」というモノは、お金には換えられないかけがえのないモノなんですよ。
 商売をしている上では、「信用」「看板」と同じくらい大切にしなくてはならないものなんじゃないかな。

 こういう車で仕事をしているという事は、その信用をどんどん無くしているんだという事に気付かなければなりませんね。

 

 そういう、当たり前の事がわからないような人だとしたら、この不況を乗り切っていく事は難しいんじゃないのかなと思います。

 実際、私が自営で軽運送業を始めて14年目になりますが、その間に同業者はめちゃくちゃ増えました (^^;
 その反面、仕事の量は不景気な事もあって少なくなっていく一方ですから、当然、少ない仕事を大勢で奪い合う事になるわけですよ。

 そんな時に、この仕事を誰に頼もうかという事になったら、荷主さんはできるだけ安心して任せられる人に依頼するのが当然だと思いませんか?

 荷主さんはお金を払って依頼するわけですから、同じお金をかけるなら、効率とか安心とかをできるだけ満足させてくれる業者を選ぶのは自明の理だからです。

 ですから、同業の仲間達も売り上げが思うように伸びず、辞めていく人が後を絶ちません。

 

 幸いな事に、私なんかはクソが付くくらいマジメなだけが取り得の人間ですから、たしかに仕事の量は少なくなっていますが、それでも相変わらず私を指名して仕事を依頼してくれる有り難い荷主さんが居てくれるので、なんとか仕事を続けていられます (^^)v

 

 仕事をキチンとするのはプロなら当たり前!
 その上で、道具や仕事への備えを常に怠らないのが、プロとしての心構えだと私は思います。

 それが、プロ意識ですよ (^^)v

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2008年12月26日 (金)

石橋

 以前、同僚の一人に「石橋」さんという方が居ました・・・

 その方は、いわゆる「デキル」人で、私も仕事の仕方とかを一から教え込まれて、個人的にも尊敬していました。
 とにかく、元気で声が大きく、よく気がつき、いつもキビキビと動き回っていました・・・
 責任感も人一倍強く、同僚に対しても遠慮無く、厳しく指導していました・・・

 職場の中でも、一目置かれる存在であり、実際にフロアの責任者でもあった「石橋」さんは、私ら同僚からは「ビシバシ」さんと呼ばれていましたっけ・・・ (^.^ゞポリポリ

 もちろん、陰口とかではなく、愛情を込めてそう呼んでいたわけで、もう20年近くも前の事ですが、今でも懐かしい思い出ですねぇ・・・(苦笑)

 「名は体を表わす」とは、よく言われることばではありますが、誰が言ったのか、「ビシバシ」さんは実に的を射たニックネームだったと今でも感心します。

 

 「石橋」さん・・・ 今頃、どこでどうしているんでしょうねぇ・・・

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2008年12月25日 (木)

賢者の贈り物

 今日はクリスマスという事になっていますが、日本では「クリスマス当日」よりも、むしろ前日の「クリスマス・イブ」の方が有り難がられる風潮にあるようで、今日あたりはもしかすると、祭りの後みたいな空虚な気持ちで過ごしている人も居るんじゃないのかな(笑い)

 で、時には私も人並みに、クリスマスらしい記事でも書こうと思います (^.^; ポリポリ

 

 クリスマスにまつわるエピソードとか寓話の類は、それこそ数え切れないくらいあるんじゃないかと思いますが、昨日、ネッ友さんのお一人であるこやなぎ名人が、「サンタはほんとうにいるの?」というタイトルで記事を書いていらっしゃいました。

 100年以上も前に、「サンタはほんとうにいるの?」という女の子の手紙をもらった新聞社の記者が、社説を使って回答した実話を紹介しているのですが、私はこういうハナシが大好きです (*^.-^*)♪
 有名なエピソードなので、ご存じの方も少なくないと思いますが、ご存じない方はぜひ読んで頂きたいので、下のURLをクリックして訪問してみて下さい ( ^-^)/ ♪

http://blogs.yahoo.co.jp/koyanagimeijin/57821899.html

 

20081225001  クリスマスのお話としては、やっぱり心温まるものがいいだろうという事で、今日私が選んだのは、タイトルにもあるように、オー・ヘンリー作の「賢者の贈り物」です・・・ o(*^▽^*)o~♪

 詳しい内容は、こちらをクリックしていただければお読み頂く事ができますが、あらすじを簡単に述べると・・・

 

 若くして夫婦になったジムとデラは、貧しくも互いを愛して暮らしていました。

 二人は貧しい生活をしていましたが、それぞれに大事な宝物を持っていました。
 ジムの宝物は祖父から父へと代々伝わる金の懐中時計、一方、デラの宝物はその美しい髪の毛でした。

 クリスマスの前日、デラはそれまで生活を切り詰めて少しずつ小銭を貯めてきたにもかかわらず、愛する夫にプレゼントを買うだけのお金がないことを嘆き、思案したあげく、自慢の美しい髪を切ってかつら屋に売る事を思いつきます。
 そして髪を売ったお金で、ジムの宝物である金の懐中時計に付けるプラチナの鎖を買ったのでした。

 ジムは家に帰ると、髪を切ったデラの姿を見て・・・ 怒りでも、驚きでも、不満でも、恐怖でもない、複雑な表情をしました。

 ジムがデラのために用意したプレゼントは、デラの美しい髪に似合うべっ甲の髪飾りだったのです。
 でも、その髪飾りによって飾られるべき美しい髪は、もはやデラにはありませんでした・・・

 それでもデラは感激し、髪はすぐに伸びるからと言いながら、ジムの時計に付けるために買ったプラチナの鎖を渡します。
 ところがジムは、デラにプレゼントする髪飾りを買うために、自慢の金の懐中時計を売ってしまっていたのでした・・・ (^^;

 

 お互いに、お互いを思いやって選んだ最高のプレゼントのはずなのに、結果としてどちらのプレゼントも役には立たず、あまつさえ、どちらも宝物を失ってしまうという、最悪の結末なのですが、男女の間において、こういう心のすれ違いは往々にして有りがちであるだけに、短いストーリーではありますが、簡単に読み飛ばす事のできない奥深さを秘めていると思います。

 

 男性が女性のためにと思って密かに用意するプレゼントというものは、えてして独り善がりのものが多く、女性には気に入ってもらえない事が少なくないんですよね (^.^; ポリポリ
 そのあたりが、男性と女性との感覚のズレというか・・・ (^^;

 反対に、女性が選ぶプレゼントを気に入らない男性はあまり居ないと思いますよ(笑い)

 

 やっぱり、プレゼントを選ぶ時には、しっかりコミュニケーションをとり、相手の意向を聞いた上で決めるのがムダもないし、結果として喜ばれるのかなと(苦笑)

 そんな、身もふたもないような事を言ってしまったら、この「賢者の贈り物」に対する冒涜になるのかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 しかし、宝物は失ってしまったかもしれませんが、この二人のお互いを大切に思う愛情はホンモノですから、それこそが何にも替えがたい「宝物」なんでしょうね o(*^▽^*)o~♪

 だから、この話を読み終えたあとに、なんともいえないほのぼのとした幸せを感じるのでしょう・・・

 

 ところで、この話の中において、鎖を貰ったジムと髪飾りを貰ったデラ、どちらの方が得をしたのでしょう・・・ (^^;

 やっぱり、いずれ髪が伸びて来るであろうデラの方が、もらった髪飾りを使う事ができる分、得をしたんじゃないのかなぁと私なんかは思っています (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年12月24日 (水)

山田ルイ53世

 最近・・・ 彼女が私の顔を見てよく言います・・・

 「山田ルイ53世+15才」と・・・ (^^;

 

20081224001  私は、バラエティとかほとんど見ないので、山田ルイ53世の事は知らなかったんですが、ネットなんかで検索すると、こんな顔が出てきます (^◇^) 。。。ケラケラ

 そりゃ、ねぇ・・・ (^.^ゞポリポリ
 丸い顔して・・・
 こんな感じのヒゲを生やして・・・
 体型もメタボだから・・・

 似てない事もないというか、はっきり言って、なるほどなぁと納得している私が居るのですが、う~ん、そうだったのか・・・ (^^;

 

20081224002_2  20年チョッと前は、まだかなりスリムだったし、陣内孝則に似ていると言われた事さえあった (^^; のに、30才を過ぎた頃からどんどん太りだし、10年くらい前はこぶ平(現九代目林家正蔵)と言われてました(爆笑)

 

 そっかぁ、今は、山田ルイ53世か・・・
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 

 なんとなく、トシとともに、だんだんと見た目のレベルが落ちていくように感じている今日この頃です・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 そんな私の顔を、可愛いと言ってくれる彼女の目は・・・
 運転免許証の条件等の欄に「眼鏡等」と書かれている程度の視力である事を、私は知っています・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 もちろん、普段はメガネなどかけてはいません・・・(苦笑)

 

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 いっそ、今度は「ミル・マスカラス」とでも言わせたろか~(爆笑)

 でも、顔は覆面でどうにでもなるけど、素っ裸だと体型はごまかしが効かないから、ダメだな・・・ (^^;

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2008年12月23日 (火)

寄生虫

 今日は、天皇誕生日という事で、国民の祝日になっています。
 私らの世代だと、天皇誕生日といえば「昭和天皇」を指すわけで、4月29日という事になっていましたから、12月に天皇誕生日と言われてもいまだにピンと来ないんですが、何だかんだ言っているうちに平成も21年目を迎えようとしていますから、来年は初めて平成生まれの人達による成人式が行なわれる事になるんでしょう・・・
 その成人式も、ハッピーマンデーなんてアホな制度が始まってからは、毎年日付が変わるわけで、なんとなく国民からは遠ざかってしまったような感が拭えませんが・・・

 

 最初にお断りしておきますが、今日の記事は非常に独善的な内容なので、一応コメントは付けられるようになってはいますが、無用に願います (^^ゞ
 どうしてもという方は、ご自身の責任の下にお願いします(苦笑)

 

 私は、天皇廃止論者ですから、ナンで一人の人間の誕生日を国中が揃って祝わなくてはならないのか、非常に納得いかないのですが、そういう事を表立って言ったりすると、変人扱いされて生活も危うくなったりしますから、軽はずみな事は言えないんですが、それにしても、「天皇」というものの存在を、ムリヤリに国民に押しつけるようなこのやり方はどうなのかなぁと私なんかは常々苦々しく思っています。

 戦前は神扱いされた天皇ですが、戦後は「人間宣言」したとはいうものの、その存在自体は戦前と何も変わってはいません・・・ (ノ_-;)ハア…
 国事には相変わらず関与しているし、国民の「上」に君臨するその姿は、今も大なり小なり国民に影響を与え続けています。
 天皇の存在自体は特定の宗教というわけではないけれど、何かにつけて神道に則った儀式を行なうので、それに近い存在である事は間違いのない事ですから、政教分離の原則から言えば大いに問題ではないかと私は思っています・・・ (__;)

 もともと、日本に天皇なんてものは存在しなかったはずです。たまたま力のあった豪族の一人が、中国に倣って自ら天皇と勝手に名乗ったに過ぎないのに、どうしてこんなに長い間日本の歴史の中で存在し続ける事ができたのだろう・・・
 天皇なんてよけいなものが存在したために、その周囲でどれほど多くの血が流されてきたことか・・・
 はっきり言って、「疫病神」以外の何ものでもなかった、それが天皇という存在の全てです。

 

 まぁ、過去は過去として、現代において「天皇」なんてものの存在はナンの役にもたたないというのが私の持論であり、むしろ、日本の国益に大いなる害を及ぼすとさえ私は思っています。

 いわば「天皇」は、日本という国に棲みついた「寄生虫」であり、もっと言えば、日本をダメにする「悪性の癌」だと私は思っています。

 百歩譲って、皇族という一族が存在する事については認めても良い(笑い)
 しかし、その立場はかつての華族と同じ「名目的」なものに限定するべきであり、皇族だからといって特別扱いは一切するべきではない。
 もちろん、皇居などの公の建物内に居を構える事は厳禁であり、個人でガードマンを雇うならともかく、公費を使って身辺警護をする必要がどこにあるのよ(怒り)

 こういう、特定の個人が国によって保護され、あまつさえ国策にあれこれと影響を与えるようではダメだと思うんだけどなぁ・・・(怒り)

 議員の世襲とかには何だかんだと異論を唱える人達も、天皇の世襲については何も思わないのかい。それって、片手落ちだし、矛盾しているとは思わないんだろうか?
 世の中から、世襲なんて因習は、全て廃止すべきだと私なんかは思っています・・・
 もっとも、二世議員については、いくら本人が継がせたいと思っていても、最終的な決定権は有権者にあるわけですから、こういうのは世襲とは言わないというのが私の持論です。嫌なら投票しない事で阻止する事ができるわけですから・・・

 誕生日に皇居で行なわれる一般参賀のように、祝いたい人だけが勝手に祝えばいいと思うのだが、それではダメなんだろうか (?。?)
 なぜ、祝日まで設ける必要があるのだろう・・・
 天皇は特別な存在である事を知らしめるためである事は明白であり、そこに何か怪しい作為を感じるのは私だけなのだろうか・・・

 

 それはともかく、このところ明仁氏の体調が思わしくないようで、そうなると思い出すのは昭和63年の暮れの事・・・
 あの時は、日本全体が病床にある裕仁氏を慮って「自粛」ムードに覆われ、日本経済は著しく活気が削がれた。
 あの頃の日本経済はバブル期にあったので、国中が自粛ムードだったとしてもそれほど深刻な事態には陥らなかったけれど、世界的に大不況のこの時にあって、またあのような馬鹿げた自粛論が国中を席巻するようだと、仕事も職もほとんど無くなって、日本という国は本当に死んでしまうのではないか・・・

 そんな事を憂える天皇誕生日です・・・

 まぁ、今のところは精神的、身体的なストレスが原因の体調不良とだけ報じられているだけですから、そんなに大げさに考える必要は無いのかもしれないが、これだけ不景気だと、つい、そんなよけいな事まで考えてしまう私がいます・・・

 

 なぜ、一人の人間を「祝日」まで設けて国中で祝い、なおかつ、これほど世の中が振り回されなくてはならないのか・・・ (ノ_-;)ハア…

 どう考えても理不尽だと思うし、私には全く理解できませんよ・・・

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2008年12月22日 (月)

脚下照顧

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 藤本幸邦さんは、長野市にある円福寺という曹洞宗のお寺のご住職です。

 これは、「はきものをそろえる」という詩で、全体の詩は次のようなものになります。

 

 はきものをそろえると心もそろう
 心がそろうとはきものもそろう
 ぬぐときにそろえておくと
 はくときに心がみだれない
 だれかがみだしておいたら
 だまってそろえておいてあげよう
 そうすればきっと
 世界中の人の心もそろうでしょう

 

 「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」というのは、「自分の足元を見よ」「自分の行いを見よ」と言う意味だそうで、それを子どもにも分かるように、そしてそれがいつも行動として身につくようにと考えたのがこの詩だったということで、作られたのは今から50数年も前の事だといいます。

 藤本さんは、終戦直後の昭和22年、東京の上野駅で出会った戦災孤児を、見るに見かねて3人お寺に連れて帰ったのが最初で、その後も延べにして400人ぐらいの孤児達をお寺で育ててきたそうです。
 孤児の人数が少ないうちはそうでもなかったようですが、20人、30人と子ども達の数が増えていくと、玄関やお手洗いなどで履き物がごった返しになったそうで、その時に子ども達に言い聞かせようと、「はきものをほっぱらかしておくと、また戦争になってしまうぞ、揃えておくと平和になるぞ」と教えたのがきっかけとなり、この詩ができたといいます。

 

 やがてこの詩は、禅宗のお寺から檀家へと広がり、学校や会社などにもだんだんと広がっていって、「イエローハット」では社訓にも採用されているそうです。

 

 玄関などで靴を脱ぐ際に、私は後ろ向きになって脱ぐのが常なのですが、けっこうそのまま脱いで上がる人も少なくないと思います。でも、脱いだ靴は出かける時にはまた履くことになるわけですから、少なくてもつま先が表の方を向くように揃えて置き直すくらいの心配りはあってもいいのではないでしょうか・・・ (^^ゞ
 第一、見た目もキチンと揃っていた方が気持ちイイですよ (^^)v

 昔、仕事でいろんなお宅を訪問したことがありますが、玄関を拝見すると実に様々な顔がありました。そういう経験からいうと、キチンと靴が揃っているお宅は、やはりしっかりしていたように思えてなりません。
 「玄関はお宅の顔」とも言われます。玄関の様子を見れば、そこに住んでいる方のお人柄も、ある程度想像がつくというものです(苦笑)

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2008年12月21日 (日)

年賀状 09

 先日ようやく年賀状を書き上げたので、昨日投函してきました ヽ(^o^)尸
 こんなに早く書き上げ、投函したのは、おそらく初めてなんじゃないかな(笑い)
 しかも、例年ならコンビニの印刷で済ますところ、今年はナンと、全てPCで印刷する事に挑戦しました (^^)v
 転んでもタダでは起きたくないので、今日はその顛末を記事にしてみようかなと・・・ (^.^ゞポリポリ

 

 昨年までに、書き損じたり、印刷はしたものの余って投函せずにしたりして、手元に残っていた出来損ないのお年玉付き年賀ハガキが28枚もあったので、郵便局に持っていって交換する事にしたのがそもそもの始りです。
 書き損じのハガキは、1枚に付き5円の手数料を支払う事で新しいハガキか切手に交換してくれる事は以前から知ってはいましたが、面倒くさいので実際に交換した事はありません。だから、長い年月の間に28枚も溜まってしまったわけで・・・ (^^;

 で、郵便局で、新しい年賀ハガキに交換してくださいというと、今年の年賀ハガキなら新しい年賀ハガキと交換可能ですが、昨年度までの年賀ハガキだと、普通のハガキか切手にしか交換できないという・・・ (^^;

20081221023   え~、それって変じゃないと、郵便局長を相手にかなり粘ったんですが、規則は規則で曲げられないとの一点張りなので、らちがあかず、仕方がないので50円の年賀切手と交換してきました (^^;
 普通のハガキと交換しても、懸賞なんかに応募するわけでもないし、私にはナンの役にもたたないし、かといって一般の80円切手とかではなんとなくつまらないと思ったからです (^.^ゞポリポリ

 年賀切手と交換したからには、それを使って年賀状を出すしかないわけで、今年は年賀ハガキではなくて私製ハガキで年賀状を出す事に決めました。
 そこで、インクジェットプリンター用のポストカードを買ってきて、それに印刷しようと・・・ (^^)v

 

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 これが、私が作った来年の年賀状です (^.^ゞポリポリ
 仕事用と、ジェフ千葉サポーターである友人達へのプライベート用の2種類です。
 絵心とかは全く無いので、デザインとかについてはまったく自信はありません。年賀状作成ソフトのサンプルをいろいろと組み合わせて作っただけですから・・・ (^^;

 これに、住所録から表の宛名を印刷して完了です o(*^▽^*)o~♪

 初めて作ったので、個人的にはなかなか気に入っているのですが、きっと皆さん方の目からみればイマイチなんだろうなぁと (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年12月20日 (土)

冬の日は

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 先日、ラジオを聞いていて覚えたことばです (^^)v

 安岡正篤は、陽明学者という事ですが、後年、私の嫌いな細木数子と浮いたハナシがあったそうで、なんだかなぁと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 偉そうなことを言っている二人ですが、しょせんはオトコとオンナでしかないのかなぁと・・・

 

 それはともかく、言っていることは実に的を射たものなので、紹介させて頂きました。

 人生には、春もあれば夏もあります。そして、時には冬のように厳しい時期もあるかもしれません。そういう時に何をするかでその後の人生が大きく変わるのでしょう。
 地味ではありますが、見えないところで根を大きく広げることによって、強い風にも負けない逞しい人間に成長できるのだと思います。

 人間、見えないところで何をするかが大事なんだと言うことなのでしょうか・・・

 

 ちなみに、このことばは、高橋尚子も座右の銘としていたといいます。彼女も、遅咲きのランナーとして、不遇の時代が長かったので、そういう冬の時代にこういうことばに巡り逢って練習を積み重ね、大きな花を咲かせたということなのでしょう。
 そういう意味では、彼女にこのことばはとてもよく似合うなぁと・・・ (^^ゞ

 もっとも、彼女の場合は、人づてに聞いたことばだったようで、「何も咲かない寒い日は下へ下へと根を伸ばせ やがて大きな花が咲く」というように、原文とはいくぶん形を変えて覚えていたようですが(苦笑)

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2008年12月19日 (金)

 日本漢字能力検定協会が公募で選ぶ「今年の漢字」「変」が選ばれたというニュースが12日に報じられた。

 もう、一週間も前の事になりますから、今さらという感じがしないでもありませんが、あらためて・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 この「変」という文字が選ばれた背景には、米国大統領選でオバマ氏がスローガンとして掲げた「チェンジ」が大きく影響しただろう事は想像に難くない。
 しかし、今年の世相を表わす漢字という趣旨からすると、他所の国の動向が選ばれる文字に反映されるのはおかしくはないか・・・

 少なからず、例年の漢字は、それぞれになるほどと思うものであったのに比べると、今年の「変」という漢字はチョッと納得いかないというか、チョッと「変」じゃないのかと思わずにはいられない(笑い)

 ちなみに、「変」は6031票で1位。
 2位は「金」、3位は「落」だったと発表されています・・・

 

20081219012  そこで、個人的に、今年の私を象徴する漢字を一つ挙げるとすると、やっぱ「恋」なのかなぁと・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 正直、このトシになって誰かと恋愛できるなんて思ってもいませんでしたから、一番驚き、一番戸惑っているのは私自身のような気がします (^.^ゞポリポリ

 おかげで、夏以降の私は、毎日がとても楽しくて、充実していました (*^.-^*)♪

 

 人が生きると書いて「人生」といいますが、やっぱり、人生は、一人ではなくて誰かと一緒に生きるのがいいですね o(*^▽^*)o~♪

 一人だと、淋しくて・・・ (^.^ゞポリポリ

 それが、彼女と二人だと、嬉しくて・・・ 楽しくて・・・

 

 幸せだなァ 僕は君といる時が一番幸せなんだ
 僕は死ぬまで君を離さないぞ いいだろ?

 ・・・な~んちゃって・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2008年12月18日 (木)

親友

 TBSラジオの、今週の「えびシャケ!」・・・
 今週のテーマは「あなたには、親友がいる? それともいない?」というものだった。

 そんな事、ことさら考えたこともなかったけれど、あらためて考えてみました (^.^ゞポリポリ

 私の意見を述べる前に、リスナーの投票結果はというと・・・

 親友がいる ・・・61%
 親友がいない・・・39%

 という事で、番組的には、親友が居る~ ヽ(^◇^*)/

 

 最初に、「親友」の定義を考えてみたい。いったい、親友って、どんな人のことを指して言うものなんだろうと・・・

 私が愛用している三省堂の国語辞典には、親友という項目の説明として「お互いに信頼している仲のよい友達」とあります。
 番組の中でも聞かれましたが、自分では親友と思っていても、相手は自分の事を親友と思ってくれているかどうかわからないから、親友と呼べる友人は居ないなんておっしゃるスタッフやリスナーも居ましたが、それってどうなんだ?
 お互いに親友だと確認できなければ「親友」とは言わないって事なんだろうか・・・ (^^;
 そんな事はないんじゃないのというのが私の意見なのですが、皆さんはどう考えていらっしゃいますか?

 自分の一方的な思い込みであっても、アイツはオレの親友だと思ってれば、それはその人にとって「親友」なんだと思うのですが・・・
 だって、友人というのは、お互いに契約を交わして成立するようなものではないわけでしょ、アイツはオレの友達だと思えれば、その時点でその人とは友人同士ということになるんじゃないの?
 だったら、親友だって、友人達の中で特に気が合うとか、大事だと思えれば親友と呼んでいいと私は思うんですよ。

 だから、私にも親友と呼べる友人達が何人か居ます (^^)v
 その人達が、私のことをどう思っているかは関係ないんですよ、私にとって大事な友人だから親友なんです o(*^▽^*)o~♪

 

 番組の中で、親友について、いきなり呼びつけて借金の連帯保証人を頼んだ時に、その場で引き受けてくれるのが親友だっておっしゃるリスナーが居て、自分にはそういう友人は居ないから親友は居ないって言っていました。
 しかし、それっておかしくないか (^◇^) 。。。ケラケラ
 ほんとうに親友だと思っているのなら、借金の連帯保証人を頼んだりしないんじゃないのか・・・
 都合の悪いことを平気で押しつける事ができるとしたら、それは親友ではなくて、「都合のいい知人」としか思っていない証拠だと思うんだけどな・・・ (^^;

 

 また、親友はなんでも打ち明けられる人だと思うので、そういう相手は奥さんしか居ないから、親友と呼べるのは自分の奥さんだけですなんておっしゃるスタッフも居たりして・・・ (^^;
 おいおい、奥さんは配偶者であって、友達じゃないだろう・・・
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 何を勘違いしているのか知らないけれど、奥さんだからこそ、言えないことだってあるんじゃないのかな。
 よく、なんでも隠さずに話し合えるのが夫婦だなんておっしゃる人も居ますが、確かに夫婦の間で隠し事はよくないと私も思いますよ。でも、夫婦だからこそ、言えないことだって無いわけじゃないと思うんですがねぇ・・・ (^.^ゞポリポリ
 そういう、「遠慮」だとか「思いやり」も、愛情表現のうちだと私は思っているんですが・・・
 なんでも隠さずに打ち明けることが愛情だとは私は思っていません。言わなくていいことや言わない方がいいことだって、世の中にはいくらでもあるんですよ(苦笑)

 

 親友って、そうそう得られるものでもないと思うので、人生の中で一番大切なものが「親友」だと私は思っています。
 もちろん、親兄弟や家族など、かけがえのないものはありますよ。でも、そういうものは血縁でつながっていたり、婚姻届などの契約というものの上に成り立っているわけで、ある意味切っても切れない「縁」が存在するわけですが、先にも述べたように、友人達の間にあるのは「心」のつながりだけです。だから失うことも簡単なんですよね。
 友人関係を長く続けるためには、何らかの「努力」が必要なわけで、そういうものが必要な分、親友はかけがえのない宝物だと言えるわけです。

 

 誰ですか、人生で一番大切なものは「お金」だなんて夢のないことをおっしゃる人は・・・ (^^;
 「お金」なんて、手にしようと思えばそれなりに手に入るわけでしょ、金額の多寡を別にすれば働けばそれなりの収入はあるわけだから・・・
 極端なことを言えば、働かなくても生活保護などでそこそこのお金は手に入りますもの (^^;

 でも、親友は、欲しいと思ってもそう簡単には手にできないものなんじゃないかな (^.^ゞポリポリ
 この世の中で、人の「心」だけは、思惑通りにはいかないものなんですよ。
 だから「孤独」なんてことばが存在するわけでしょ (^^;

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2008年12月17日 (水)

クリスマスツリー

20081217011  先日、急に思い立って、押し入れの奥からクリスマスツリーを引っ張り出し、居間に飾ってみました (^.^ゞポリポリ

 といっても、昔飾っていたオモチャの小さなツリーで、高さも60cmしかありませんが、バツイチになってからはこんなもの飾って一人で眺めるのも空しいし、第一押し入れから出したり、しまったりするのが面倒で、もう10年くらいは一度も飾ったことはありませんでした。

 でも、今年は私の他にも部屋に居てくれる大切な人もできましたし、一年に一度のことですから、少しはそれらしい雰囲気を演出するのもいいかなぁと思って・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 いいトシをして、なんとも情けないツリーではありますが、かといってこれ以上大きなツリーを飾ろうと思っても、6畳の狭い部屋にはそんなスペースはありませんって(苦笑)

 ずいぶん久しぶりに箱から出してみたんですが、長~いことたたんだままだったので、プラスチックの枝はもうすっかり固まってしまっていてうまく広がってくれません (^^;
 それに、肝心の電球のセットが見あたらないんですよ (^^ゞ
 壊れたかなんかで処分してしまったのか、あるいはどこかに別にしまったのか、10年以上も経ってしまうとその辺のことも思い出せなくて、仕方がないのでホームセンターに行って一番小さな電球セットを買ってきました。時期的に、もう在庫処分みたいな感じで、50球とか100球とかの大きなセットはともかく、小さなセットは最後の一つ・・・ (^^;
 カラーの20球のセットで、¥680でした (^^)v
 こんなものでも、取り付けてみるとやはりそれらしい雰囲気は出るなぁと (^◇^) 。。。ケラケラ

 ただ、MADE IN CHINAなので、機能一辺倒で、デザインはやたらとダサい (^_^;
 電球はとっても小さいくせに、それをつないでいる電線はメチャクチャ太いんですよ (^^;
 一応、緑色のコードなのが救いですが、ごっついコードなので取り回しがたいへんで、うまくツリーにからんでくれません (__;)
 ちっちゃなツリーにはおよそ似つかわしくない電球セットなのですが、遠目にはそれほど目立つわけでもないし、10日間ほどしか飾らないから、ま、いっか~・・・ ヾ(;´▽`A``

 

 今年のクリスマスは、曜日の配列のアヤで週の真ん中になっているので、彼女と一緒に過ごすことはできませんが、来年からはず~っと一緒に居られるから、今回だけはガマンする事にします(爆笑)

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2008年12月16日 (火)

週刊少年マガジン

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 先日、お昼を食べようと思って、セブンイレブンにおにぎりを買いに入ったところ、レジの脇に見切り商品が入ったワゴンが置いてあって、その中におもしろいものが入っていたので思わず買ってしまいました (^.^ゞポリポリ

 袋の裏には・・・

 少年マガジン創刊50周年と発売50周年を迎えるベビースターのコラボレーション商品です。
 1960年代に人気の8(エイト)マンをパッケージにしました。

 ・・・という、文が書かれています。

 

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 チョッと調べてみると、11月7日~11月23日まで行なわれていた『少年サンデー・少年マガジン50周年記念 セブン-イレブンフェア』のタイアップ商品の「ベビースター マガジン ペッパーソルト(100円)」らしい・・・

 どうりで、半額の50円で売られていたわけだ(爆笑)

 

 私は、少年マガジンに対しての思い入れは、きっと他の人よりは大きい方だと思います。
 一番最初に手にした週刊少年マガジンは、1963年頃に父に買ってもらった一冊で、価格は40円だったと記憶しています。
 巻頭に収録された「8マン」は今でもよく覚えています。他の作品はほとんど記憶にないのに、この作品の存在感はバツグンでした。

 「8マン」は、その後アニメでも放送され、いとこの家でよく見ました (^.^ゞポリポリ
 当時、丸美屋のふりかけには「8マン」が描かれ、プリントシールがよくオマケで入っていたので、大好きで買って食べていました(笑い)

 

20081216004_2  週刊少年マガジンは、小学生の頃、定期購読を始めて、けっこう長いこと読んでいました。
 この頃の主な掲載作品は「巨人の星」「あしたのジョー」・・・

20081216005  価格は70円くらいになっていたと思います。購読中に、80円、90円、そして110円くらいまで上がったように記憶しています。

 

20081216006  マガジンの他にも、例えばサンデーやキング、ジャンプなどの雑誌がありましたが、この頃はマガジンに連載されているマンガが抜きん出ておもしろかったので、以後も私のマガジン崇拝は続きます (^^;

 

20081216007  「リュウの道」「無用ノ介」なんかも、大好きで読んでいました。

 

 

20081216008  中学生の頃に好きだった作品は「男おいどん」「釘師サブやん」・・・ 実に子供ららしくない大人びた作品だ(笑い)

 

 

20081216009  後に「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」で松本零士のブームが訪れますが、私にとっては松本零士はSF作家というよりも、四畳半ものに代表される人情作家というイメージがずっと強いです。
 「デビルマン」も大好きな作品でした (^^)v

 

 高校の頃になると、「釣りキチ三平」「三つ目がとおる」などの作品が秀逸でした。

 一つ一つ作品の名前を挙げているとキリがありませんが、とにかく、私にとって週刊少年マガジンはバイブル的存在のマンガ雑誌です (^^)v

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2008年12月15日 (月)

全日本実業団女子駅伝2008

 全日本実業団女子駅伝が14日、岐阜長良川競技場発着の6区間、42.195キロで行われ、豊田自動織機が2時間14分17秒で初優勝を飾った ヽ(^o^)尸

 毎年、ほんとうに楽しみに見ているんですが、昨年はなんの波乱もなく、非常に「つまらない」大会だったので、今年も三井住友海上が順当に優勝するんだろうと思って見てました (^^;
 案の定、2区で首位に立つと、3区のエース区間を走った渋井陽子が2位以下を大きく離す激走で首位をキープ。このまま優勝は決まったと見ていた私も思いました (^.^ゞポリポリ

 ところが、今年の大会はここからが違いましたねぇ(笑い)
 いやぁ、スポーツは、筋書きのないドラマとはよく言ったもんだと思います。まさか、こんな結末が待っているなんて・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 何から語ったらいいんだろう、あまりに興奮していて、考えがまとまりませんが、今回優勝した豊田自動織機はその名前からもわかるように、愛知県の会社であり、あのトヨタの母体となった機械メーカーということで、トヨタ自動車は豊田自動織機から自動車部門が独立したモノだそうです (^^;

 その豊田自動織機の女子陸上部が、小出義雄氏が代表を務める「佐倉アスリート倶楽部」で指導を受けているということで、千葉県のチームとして東日本地区から2度目の参加で見事に初優勝を遂げた・・・

 昨年は、この大会に出場することすらできなかった新生チームが、実に安定したレース運びで、堂々と優勝してくれた。
 私は、5区の途中からは、画面に釘付けとなって観戦していました (^.^ゞポリポリ

 

 3位でスタートした豊田自動織機は、2位-2位-2位-3位-1位という、実に安定したレース運びで初優勝を勝ち取った。
 もちろん、それぞれに活躍した選手はいた。しかし、昨日のこの結果はチーム全員が一つになって闘って勝ち取った栄冠だったと思う。
 他のチームのように華々しいスター選手は居ない。しかし、新谷仁美、青山瑠衣、W.ケバソ、宮崎翔子、脇田茜、永田あやの6人でつないだタスキは常に3位以内をキープしていた。総合力という点では出場チームの中でピカ一だった。

 

 渋井が作った大きな貯金を、5区の最長区間を走った大平美樹が、区間11位という走りで一気に食いつぶした・・・
 この時、ホクレンの赤羽有紀子は区間賞、豊田自動織機の脇田茜は区間3位で走り、トップの三井住友海上の背中にもう一歩と迫ってそれぞれチームの成績に大きく貢献した。

 特に、脇田は、タスキを受け取った時点でトップの三井住友海上の大平とは1分以上の差があったが、アンカーの永田にタスキを渡した時にはわずかに9秒差まで詰め寄っていた。この執念の激走が18才のルーキーに大きな力を与えた。
 永田は、1キロあまりでトップに立つと、そのままスピードを緩めることなく、仲間の待つ歓喜のゴールに飛び込んで行った・・・ ヽ(^o^)尸

 

 まったく、なんという結末だろう・・・
 この優勝に大きな貢献を果たしたであろう、小出代表の指導力にはほんとうに頭が下がる思いです。
 「玉磨かざれば光なし」ということばがあります。どんなに力がある選手でも、育て方を間違えると輝くことは無いのは自明の理ですが、小出氏の手にかかれば、ただの石ころでも宝石以上の輝きを放つようになるんじゃないかとさえ思えてきます (^^;

 若い選手達がほとんどという豊田自動織機というチーム・・・
 今後の活躍が楽しみですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 ほんとうに、おめでとう~ ヽ(^◇^*)/

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2008年12月14日 (日)

いいことは

20081214001

  (^-^*)(・・*)(^-^*)(・・*)ウンウン

 まったく、その通りだと私も思いますねぇ・・・

 おかげさまで・・・

 今年もなんとか無事に一年間を乗り切れそうな気がします・・・

 (^.^ゞポリポリ

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2008年12月13日 (土)

順子

 いきなり「順子」とかいうタイトルをご覧になったら、皆さんはどのような反応を示すのでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 別に、他意はありませんが、先日、ラジオでおもしろい事を言っていたので記事にしてみようかなぁと・・・ (^.^; ポリポリ

 といっても、タイトルは「順子」でなくても、「純子」でも「淳子」でも、「Junko」という名前であればいいわけですが、私がすぐに連想するのはどうしても長渕剛の「順子」という事なので、悪しからず・・・ m(_ _;)m

 

20081213001

 

 ただ、だからといって長渕剛の「順子」に何らかの思い入れとか思い出があるわけでもありませんが・・・ (^_^ゞポリポリ
 むしろ、「Junko」という名前なら、「桜田淳子」のファンだったので、私にとってはこっちの方を語ってみたいのですが、今日のところはそれもはしょって、後日に回します (^^ゞ

 

 で、本題ですが・・・ (^.^ゞポリポリ

 英語もおぼつかない私ですから、イタリア語なんかに縁があるはずもなくて、全く知らなかったのですが、欧米では文字として一様にアルファベット26文字を用いているという先入観が私なんかにはありまして、読み方は国によって違うにしろ、ある程度は共通なのかなぁなんて思っていたんですが、決してそんな事はないんですね(苦笑)

 例えば、イタリアでは「J」「K」「W」「X」「Y」の5文字は使用されないということで、ことばは実質21文字のアルファベットで書き表されることになります。
 これは、日本語の中にアルファベットという概念がないのと一緒で、人名などのイタリアにとっての「外国語」にのみ使われることがあるといいます。

 どういう事かというと、「順子」という名前の人が、例えばホテルなどにチェックインする時にフロントで自分の名前を記入する際、普通に「Junko」と書いたとします。
 でも、「J」はイタリアの文字の中には無い文字ですから、書かれてあっても読む時には無視されます (^^;
 で、イタリアの人は「Junko」という名前をどのように読むかというと、「J」をとった「unko」の部分だけを発音するんだそうで・・・(笑い)
 だから、理不尽ではありますが「うんこ」さんと呼ばれるのが、イタリアでの「順子」さんの宿命となります (^_^ゞポリポリ

 「うんこ 君の名を呼べば僕はかなしいよ  だから心のドアを ノックしないで ノックしないで・・・」

 

 どうしても、「うんこ」という呼び方に馴染めず、「じゅんこ」と呼んでほしいのであれば、「Giunko」と書けばOKです (^^)v

 「ja、ju、jo」の発音にあたるものは、
 「gia、giu、gio」と書くのがイタリア流ということになるそうで・・・

 

 ところ変われば・・・とはよく言われますが、こんな話題はいかがですか(笑い)
 これがホントの「ウンチク」という事で・・・

 

 

 全国の「Junko」さん、ごめんなさいね・・・ m(_ _;)m

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2008年12月12日 (金)

ジオラマ

 ネッ友さんの日記で、鉄道模型に対する憧れの記事を拝見しました。
 部屋の中に作られたジオラマの中で、スケールモデルの電車を走らせることが夢という・・・

 

 そういう私も、一時期そういう事に夢中になった時期があります (^.^; ポリポリ
 といっても、私の場合は鉄道模型ではなく、戦場ものが中心でしたが (^^;

 中学生の頃、幼なじみの影響でスケールモデルを作る楽しみを覚えます。

 それまでにも、プラモデルを作ることは大好きで、船とか車とか飛行機とか、小学生の頃からいろいろと作っては遊んでいました。
 この辺の件は、去年「マブチモーター」という記事の中で語ったことがありますので、興味がありましたら合わせてご一読下さい ( ^-^)/ ♪

 

 それまでの私は単にプラモデルを組み立てて、動かして遊ぶことがメインでした。だから、動かないプラモデルを作ったことは飛行機などのごく一部を除いてはほとんどありません。
 幼い子供でしたから、「動く」という事が一つのステイタスだったわけです。

 また、設計図に従って組み立てるだけで、塗装は全くしたことはありませんでした。
 いつもプラスチックの地の色のままで満足していました。

 

20081212005  中学生になった頃は、そういう遊びにも飽きてしまって、プラモデルを作ることはほとんどなくなっていたんですが、ある日幼なじみのいとこの家に遊びに行った時に非常に興味深いモノを見せられました。
 タミヤのスケールモデルで、1/35の「キューベルワーゲン」という旧ドイツ軍が用いたジープです。

 

20081212006 特別どうとかいうようなシロモノではありませんでしたが、綺麗に塗装がされてあって、乗っている運転手の表情まで丁寧に描きこんでありました。
 私は、それまでそういうモノを間近で見たことは無かったので、いっぺんにスケールモデルの虜になりました。

 

 で、帰宅するとさっそく小遣いを手にして近所の万屋に駆け込んで同じモノを買って帰りました。当時の価格で300円だったと記憶しています。

 一気に組み立て上げた私は、続いて塗装に使う塗料やシンナーなどの一式を揃えて、いとこの持っているジープと同じようにしたいと思いましたが、そこはそれ、いとこはとても器用なヤツでしたが、私は国宝級の不器用者ですからねぇ、綺麗に仕上がったいとこのモノとは比べものにならないくらいお粗末なデキにしかなりませんでしたよ(笑い)

 

 でも、これがきっかけとなって、私はスケールモデルの世界にのめり込んでいくわけです・・・

 メインで作っていたのは、当時タミヤが発売していた「MMシリーズ」と呼ばれた1/35のミリタリーミニチュアシリーズです。
 商品のラインアップが一番充実していましたし、後からはまる事になるフィギュアも、このスケールが一番良くできていてリアルに見えたからです。

 しかも、ドイツ軍の戦闘車両を中心に作りました。理由は、シリーズの中で種類が一番充実していて、商品のバリエーションも豊富にあったからです。
 それに、ジープや装甲車などという「ソフトスキン」と呼ばれる軽車両が、他の国、例えばアメリカやイギリスのそれと比較してとても魅力的に見えました (^^)v

 最初にいとこに見せられた事もあって、二人でアフリカ戦線用の塗装を施し、それらの車輌やフィギュアを並べて悦に入っていました (^.^; ポリポリ

 

 この頃、タミヤは「パチッ」と呼ばれるジオラマ投稿写真集を、年に数回出しておりまして、私らも何度か投稿したことがありますが、常連の方たちから比べれば未熟極まりない私らの写真が入選するようなことは一度も無く、高校を過ぎ、社会人となった頃から次第に制作する時間が取れなくなったこともあって、スケールモデルからは遠ざかってしまい、今に至ります (^.^; ポリポリ

 今でも、実家の押し入れの中には、箱のままで手つかずのプラモデルの箱がいくつもあると思います。いつか作ろうと思って、買いだめておいたものですが、30年経った今でもそういう気持ちは起きてきません (^.^; ポリポリ

 

20081212001 20081212002

20081212003 20081212004

 これは、当時私が撮ったジオラマの写真の一部です。
 何枚も撮ったはずなんですが、今でも手元に残っているのはこれくらいです (^^;
 使っているカメラも、本格的なモノではなくて、確か700円程度で買ったオモチャのカメラで撮っていました(爆笑)
 それでも、この程度の写真はなんとか撮れました (^.^; ポリポリ

 ただ、当時はカラーの焼き付けはとても高かったので、子供の小遣いではとても手に負えなくて、もっぱら白黒のフィルムばっかり使っていましたが・・・ (^_^;

 上の段に、壊れたジープが写っていますが、これが私が一番最初に作った出来損ないのキューベルワーゲンです (^^;
 作った時の仕上がりはイマイチでしたが、こうして廃車としてジオラマの中で役に立ってくれました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20060815001  下の段の、左側の写真に遠景の山並みが写っていますが、私の家から見える故郷の山並みです。
 窓際にセットを持っていって、そこから表の景色が一緒に写るようにして撮ったものです (^^;
 上の写真は、前にデジカメで撮った実際の風景です。
 どうですか? 30年以上経ってますが、同じでしょ(笑い)

 

 この頃の私は、戦車とかの大きな車輌よりも、ジープなどの軽車両や、大砲などの火器類を主に作っていました。
 その方が人間との関わり合いが密接というか、人間臭さが感じられたからです。

 そういう理由もあって、フィギュアと呼ばれる兵士達もよく買い集めました。
 出来合いの兵士達をシーンに合わせていろいろと加工や改造を施して、それらしく見えるようにするのが楽しみでした。
 上の写真の兵士達の多くは、そうやって作りだした私の作品達です (^^)v

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2008年12月11日 (木)

遠藤実が逝く・・・

20081211001  先日、戦後歌謡界を代表する作曲家として名高い、遠藤実氏が急性心筋梗塞のために76才の人生に幕を下ろしたと報じられた・・・

 今年50才の私にとっても、氏の作曲した作品はどれも思い出があり、カラオケなんかでもよく歌ってきたから、ほんとうはもっと早く追悼の記事を書きたかったんですが、どうしても記事をまとめる時間が取れず、書きやすい記事からアップしたこともあって、少々時機を逸した感じもしないでもありませんが、その辺についてはご容赦下さい・・・ m(_ _;)m

 

 私が子どもの頃から遠藤実のメロディーはそこにあった・・・
 島倉千代子、舟木一夫、千昌夫などが歌う歌は、両親達も好んで愛唱していたので、幼い私の耳にも自然に入ってきていたから・・・

 私はフォークソングで育った世代ではありますが、当時の歌謡界は演歌ということばさえ無かった時代ですから、もっぱら歌謡曲という名前で一括りにされ、流行歌ということばで語られていた頃です。

 氏の作る作品は、どれも親しみやすく、歌いやすいというのが特徴で、千昌夫が歌って大ヒットした「星影のワルツ」は、当時のNHKのど自慢で、出場者達の多くがこの作品を歌ったものだ。
 次の出場者も次の出場者も「○番、星影のワルツ・・・」という事で、さすがに食傷気味の感じも否めなかったが、それだけこの作品が国民の多くに支持されたという証しだろう・・・
 はっきりしたことはわからないけど、おそらくこれまでののど自慢の長い歴史の中で、一番歌われた歌は「星影のワルツ」なんじゃないだろうか・・・

 氏の作曲した作品は5000曲を越えるともいわれていますから、いちいち挙げてもキリがありませんが、渡哲也の「くちなしの花」や杉良太郎の「すきま風」、渥美二郎の「夢追い酒」など、私自身もつい口をついて出てくる作品は多いです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 この記事を書くために、Wikipediaなんかでいろいろと調べると、「ミノルフォン」というレコード会社を立ち上げたのが遠藤氏であり、その名前をとって「ミノルフォン」と付けたというのが載っていて、言われてみればなるほどと思うものの、これは目からウロコでしたよ(笑い)

 

 昨年、「歌詞のない歌」という記事の中でも語りましたが、近年の歌は昔とは根本的に質が違ってきています。
 私の持論として、聞くだけのモノは「歌」とは言わないというのがあります。
 人々の口から、声に出して歌われないような作品は、どんなにヒットした作品であろうと消えて無くなる「消耗品」という考えです。
 リズム重視で、浮かんだメロディに意味のない歌詞をはめ込んで出来上がった作品は、確かに耳あたりはいいかもしれないが、その分なんの感動も与えてはくれない・・・
 小室哲哉の作品に代表されるような、最近のワケのわからない歌を聞いて育った若い世代は、自身がオトナになり、中年になり、定年を迎える頃になっても、それらの作品を覚えているのだろうか・・・
 折々に触れ、懐かしい作品だと思い出すことはあるのだろうか・・・

 個人的な意見では、粗製濫造した「消耗品」でしかないそれらの作品は、いずれ時代の流れの中で消えていく運命にあるのではないかと思わずにはいられない・・・
 そんな時に、彼等の心に残っている、心のよりどころとなるべき「歌」はほんとうにあるのだろうかと・・・

 

 遠藤実・・・ 氏の作曲した多くの作品は、間違いなく次の時代でも支持されるホンモノの「歌」だと私は思う。
 どんなに世の中が変わろうとも、遠藤実の世界は色褪せることはないだろうと私には思えます。
 それは、私が氏の作品を聞いて育ったとか、そういう短絡的なことで語られるような薄っぺらなモノではない!

 氏の作品の中には、魂を揺さぶる感動がある。
 不変の真理がある。
 そして、時代を超え、世代を超えてわかり合える「何か」が間違いなくそこにある・・・

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2008年12月10日 (水)

餃子

 昨日、栃木県の大田原市まで納品に行って来ました。

 その帰り道、お昼を食べに寄ったあるラーメン店での事です。
 風邪でも引いたのか、少し喉が痛いなぁと思ったので、熱いラーメンでも食べて暖まろうと思って寄ったんですよ。
 国道294号線沿いのお店で、昼時ということもあってお店の前の駐車場にはけっこう車が停まっていて、うん、ここならいいかなということで・・・

 

 お店に入ると、女性の店員が揃って「いらっしゃいませ~」と元気よく迎えてくれました。
 なかなか感じはいいお店です。

 昼時で、私は一人なので、カウンターの向こうにいる女性店員が手を伸ばしてカウンターの席にどうぞという感じで案内してくれました。
 それに従って、入口のすぐ前、カウンターの一番端の席に座る私・・・

 カウンターの上に置いてあるメニューを眺めながら何を注文するかな~なんて眺めていたんですが、いっこうにオーダーを取りに来ない・・・ (^^;

 そのうちに、食事を済ませたお客達が勘定を済ませて出ていきます。
 その都度「ありがとうございました~」と元気よく声をかける三人の女性の店員達・・・
 うん、相変わらず元気のいい店員達だ(笑い)

 店員達は、厨房に一人、私の座っているカウンターの向こうに一人、テーブル席やお座敷席の間を動き回っている一人と、それぞれに忙しそうに仕事をしているんですが、私は相変わらずカウンターに座ったまま・・・ (^^;

 忙しいのはわかるんだけどさ、目の前にいるオレのことはどうなってるのかな~ (?。?)
 おそらく、それぞれの店員が誰か応対したんじゃないかということで私のことには誰も見向きもしないんで、少しの間様子を見ていたんですよ。
 こういうお店なら、普通はお冷やを持ってオーダーを取りに来るのが普通で、目の前にお冷やが無いのがわかれば、オーダーはまだなのがわかるはずなんだけどね (^^;

 

 そんなこんなで、座ってから5分以上は過ぎたんじゃないかな、カウンターの向こうの店員がダスターを手に私の横に来てカウンターを拭き始めました・・・ (^_^;
 おいおい、そこまで来てもオレに気付かないのか・・・ (^^;;;

 ただでさえ気の短い私です。腹が減っていればよけいにイライラしますよ。
 で、「いい加減にしろよ」と怒り出しました (^.^; ポリポリ
 「そんなところを拭いているヒマがあるなら、オレのオーダーを取れよ!」と・・・

 「あ、気がつきませんで申し訳ありませんでした・・・」と恐縮そうにお冷やを取りに行く店員・・・
 オレはさ、アンタの指示でここに座ったンじゃん、それなのに気がつきませんでって・・・ (^^;

 ま、私もそれ以上は何も言いませんで、ネギ味噌ラーメンを注文して、その場は済ませました(苦笑)

 そのうち、ヒマなので、目の前のメニューを見ているうちに、「凄く旨い餃子」というコピーが目に入ったので、「へぇ~、餃子が旨いんだ・・・」と思ったので、カウンターの向こうの店員に餃子を追加で注文・・・ (^^)v
 「餃子、一人前追加~」と大きな声で厨房に声をかける店員、相変わらず、元気がいいのだけはさすがだ(笑い)

 そのうちに、先に注文したネギ味噌ラーメンがカウンター越しに運ばれてきました。
 「餃子は今焼いています・・・」と店員・・・

 ラーメンを食べながら、メニューを見ているうちに、おもしろい事に気付きました・・・

 

20081210001

 写真は、携帯のカメラで撮ったので、いまいちピントが甘く、よくわからないと思いますが・・・

 「野菜餃子」  ¥250
 「肉餃子」   ¥350
 「スタミナ餃子」¥350

 そして、その下に「三食餃子」¥400と書いてあります。
 野菜・肉・スタミナ入りと書いてあって、これだけ6個皿に盛ってあります。
 という事は、おそらく上の餃子を2個ずつ皿に盛ってあるんだと思います。

 

 こういうものを目にすると、クレーマーとしての私の心に火が点きます(笑い)
 で、カウンターの店員に店長を呼んで下さいというと、店長は今日は来ていないというので、じゃ、確認したいことがあるので、誰か責任者をお願いしますと・・・ (^^;

 カウンターの店員は、奥の厨房の女性店員に声をかけ、厨房から店員が私のところにやって来ます。
 で、メニューを示しながら彼女に聞いてみます。
 「この三食餃子って、何か特別なメニューなの?」
 「いいえ、上に載っている餃子を2個ずつ盛ってあるだけです」と・・・
 「この400円という値段は誰が付けたの?」
 「事務所で決めました」
 「これ、400円分のメリットは何かあるの?」とさらに突っ込んで聞くと
 「1個よぶんに盛ってあって、これだけ6個入りですから・・・」と言うじゃない。
 我が意を得たりと思って、さらに続けます・・・

 「でも、野菜餃子は5個で250円でしょ、という事はだ、1個50円ということだよね・・・」
 「肉餃子とスタミナ餃子は5個で350円だから、1個70円だ・・・」
 「それが2個ずつ皿に盛ってあったら全部で380円分にしかならないんじゃないの?」

 70円X4個+50円X2個=380円です (^^)v

 そう言うと、店員は初めて納得した顔になりました。

 「お客はさ、何か得する事がないと、この値段じゃ納得しないんじゃないの?」
 「例えばさ、野菜餃子をもう1個加えて、7個で400円とかならわかるけど、でなけりゃ、少なくても380円以下にしなきゃ、20円も高い値段だとお客は納得しないと思うな・・・」

 一応、「上に伝えておきます、指摘して頂いて有り難うございました・・・」なんて言ってはくれたけど、ホンネはどうなのかな(苦笑)

 

 今度ここを通ることがあったら、もう一度寄ってメニューを確認してみようかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 ちなみに、この日食べた野菜餃子ですが、そんなに美味しいシロモノでもありませんでしたよ(苦笑)

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2008年12月 9日 (火)

振りこマン

20081209001  振り込め詐欺の被害が、依然後を絶ちませんが、警視庁の葛飾署は被害防止のために最終兵器としてご当地ヒーローを発表したと報じられた・・・

 

 その名も「防犯戦隊振りこマン」という事で、「手渡さなイーヌ」とのコンビで出動するといいます(笑い)

 どうでもいいですけど、現職警察官が扮するにはあまりにも安直すぎるというか・・・ (^^;

 「振りこマン」の方は、まるで覆面レスラーじゃないか・・・
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 それに・・・
 「振りこマン」って・・・ カタカナで書いたら、チョッと危ないことばに聞こえてこないか (^^;
 警察官が、こんなことばを口にして、いいのかな~(爆笑)

 このニュースの動画は、こちらでご覧になれますよ ( ^-^)/ ♪

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2008年12月 8日 (月)

ガソリン価格 3

20081206001_2  金曜日に、千葉県内にある、私御用達のGSで給油した時の写真です。

 レギュラーガソリンの価格は、ついにリッター110円を切って、100円台に突入していました ヽ(^o^)尸

 この価格は、ちょうど4年前に給油していた頃と同じです。このくらいの価格なら、まぁガマンできるかなと思える範囲ですが、おそらくまだまだ下がると私なんかは思っています。
 もしかしたら、あと10円くらい下がって、90円台になるのもそう遠くないんじゃないかと思っています(苦笑)

 ちなみに、10年前の価格は、リッター88円程度でした。
 この水準まではあと20円弱・・・ (^^;

 ムリかなぁ・・・ (^.^; ポリポリ

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2008年12月 7日 (日)

決別

 今日、私が在籍しているソフトボールチームの納会があったので参加してきました・・・

 

 終始和やかで楽しい席でしたが、酒を酌み交わしながら交わす談義の中に、私の求めるチームの姿と、監督以下のそれとが大きく違っている事に今さらですが気付かされまして、これ以上私の居場所は無いと判断しましたので、来年以降は脱退する事にしました・・・ (^.^; ポリポリ

 今までも、少なからずそういう思いはあったのですが、ズルズルと今日まで来てしまったのが良くなかったのだと思います・・・ (__;)

 もともと、運動などした事のない私が、チームの中に居ようとした事が根本的に間違っていたのではないかと思えなくもありません(苦笑)
 初代の監督が、選手としては全く戦力にならない私に向かって、スコアラーとして力を貸してほしいと言ってくれたので、及ばずながら今日まで10年近くかかわってきましたが、どうもそれも私の独り善がりだったように思えてなりません (^^;

 悲しい事ですが、趣味を通して集っている仲間ですから、必要とされなければ居場所は無い事になります・・・
 町内を離れた時点でチームからも脱退すべきだったのでしょう・・・

 

 来年以降は、ソフトボールに関する記事を書くことはおそらくないだろうと思います。

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16分間の奇跡

 絶体絶命の状況で向かえたJ1の最終節、千葉は0-2からの逆転勝ちを収め、ほんとうに奇跡的にJ1残留を決めた ヽ(^◇^*)/

 

 J1残留の可能性は限りなく低かった・・・
 18位と17位は自動的にJ2への降格が決まる。
 たとえ、自動降格を逃れても、16位はJ2で3位となったチームとの入れ替え戦に臨まなければならない・・・

 

20081206011 20081206012

 昨日、最終節となる34節を迎える時点で、千葉の順位は自動降格圏内の17位
 しかも、勝ち点は35で、16位の東京ヴェルディと15位の磐田は37ですから、勝ち点での差がありました。
 つまり、残留するには絶対に負けられないわけで、負けた時点で即、降格は決定。
 残留するためには、勝って勝ち点を38に伸ばす事が絶対条件でした。
 その上で、上位に居るヴェルディと磐田の両チームが共に負けてくれなければ残留はかなわないわけです (^^;

 それだけなら、可能性は無いわけではないので、私もかすかな希望を持ってこの日の試合の行方を見守っていました・・・

 

 そして、運命の最終戦がホームとなるフクダ電子アリーナに東京FCを迎えて始まりました・・・

 私は仕事もあったので、愛車のラジオでニッポン放送の札幌 vs 鹿島の中継を聞きながら、時々報じられる途中経過を追っていたに過ぎませんが・・・ (^.^; ポリポリ

 そんな中、前半に東京に先制を許してしまいます (^^;
 前半はそのまま終了、0-1で折り返しました。
 ほんとうに一縷の望みをかけて始まった後半早々、さらに追加点を許し、0-2と突き放されたとの一報が入ってきます・・・ (__;)ガクッ

 この瞬間、私は敗戦を確信し、降格を覚悟しました・・・ (^.^; ポリポリ
 いくらなんでも、2点差ですから、追いつく事はできるかもしれませんが、3点を取って逆転する事は不可能だと思ったからです。
 引き分けでは、勝ち点は36までしか伸びませんから、たとえヴェルディと磐田の両チームが負けたとしても17位は確定だからです。

 

 私は、ラジオの選局を他局に切り替え、サッカー観戦は止めてしまいました・・・ (^^;

 ・・・そして、帰宅して、シャワーを浴びながら聞いていたラジオのニュース速報で、東京ヴェルディの降格決定を知ります・・・

  (゚◇゚;)!!!・・・
 千葉はどうなったんだ (?。?)
 まさか、あの状況から勝ったというのか・・・
 ☆!☆?☆ (☆_◎) ☆!☆?☆チンプンカンプン

 慌てて試合の結果を確認して驚きました・・・
 なんと、後半の29分に1点を返すと、そのまま怒濤の攻撃で立て続けに3点を奪い、最終的に4-2で逆転勝ちを収めたそうです・・・ (^^;

 

 まず、後半の29分、中盤で相手からボールを奪って縦パスを前線に放り込むと、走り込んだ途中出場のFW新居辰基が決めて1点差に詰め寄る (^^)v
 その2分後には左サイドからのロングボールをFW巻が胸トラップで落とし、MF谷沢達也がけり込み同点 ヽ(^◇^*)/
 33分には相手ペナルティーエリア内でファウルを受けてPKを獲得し、レイナウドが落ち着いて決めて逆転~
  ヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノ
 さらに、40分にはカウンター攻撃から再び谷沢が追加点を奪い、ダメ押し~ (^_^)V。

 

 試合は全体的に東京が支配し、千葉は劣勢だったと報じられている。降格もほぼ決まっていたといっていい千葉だが、「皆が最後まであきらめずに戦い続けた結果だと思う。1点取れば流れは来ると信じていた」と日本代表の巻が試合後に号泣の中で語ったように、かすかな望みをピッチ上の誰もが捨てなかった・・・
 その思いが爆発するかのように、後半29分に途中出場の新居が1点を返すと、ここから一気に畳み掛けた。

 試合終了までわずかに16分・・・
 その間に千葉の選手達は大量4点をもぎ取って逆転勝利を収めた・・・

 彼等を祝福するかのように、勝利の女神はさらに信じられないような、いたずらを仕掛ける・・・
 東京ヴェルディは川崎フロンターレに0-2で、ジュビロ磐田も大宮アルディージャに0-1で、共に完封負けを喫した・・・

 これにより、千葉の勝ち点は38となり、37のままのヴェルディと磐田をかわして17位から15位へと一気にジャンプア~ップ!
 降格圏内から見事に抜け出した! ヽ(^o^)尸

 

 千葉サポーターの私でさえ信じられない、16分間の逆転劇と、残留決定だった。

 まさに、16分間の奇跡!

 サッカーは、最後の最後まで何があるかほんとうにわからない、恐い世界だという事をしみじみ感じた一日でした (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 しかし、この一年間、ほんとうに苦しい戦いでした・・・

 開幕から5月6日までの11戦、千葉は1勝も挙げる事ができず9敗2分という成績で最下位を独走し続けました(苦笑)
 この頃から、今年の降格はある程度覚悟していました (^^;

 日本リーグ時代から含めて、一度も2部落ちを経験した事のない唯一のチーム、それがジェフユナイテッド市原・千葉というチームですが、これまでも何度も降格の危機はありました。
 99年にも、最終節で逆転残留を決めた事があります (^^;
 そして、いよいよ昨日は、日本サッカー界の歴史にその名を残すかもしれない運命の日になるかもしれなかったわけで、それは試合終了の16分前までかなり濃厚でした (^^;

 いやはや、千葉の強運もここまで来ると神憑り的なものがありますね (^◇^) 。。。ケラケラ

 来年の受験シーズンには、落ちそうで落ちないジェフ千葉という事で、受験生達にチームグッズがお守り代わりに買われるようになるかもしれませんよ(爆笑)

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2008年12月 6日 (土)

不況

 連日、不況を象徴するようなニュースがこれでもかというほど報じられている・・・

 ・キヤノンと東芝、大分で非正社員1500人削減の方針・・・
 ・新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合・・・
 ・11月国内新車販売、過去最悪の27%減・・・
 ・ホンダ、期間従業員490人を追加削減 国内4工場で・・・
 ・不当解雇を訴え、日比谷公園で2千人のデモ・・・

 リストラや経営統合というのは、そこで働く従業員達の人数を削減するという事であり、働く場所が無くなるという事ですから、当人達にとってはまさに死活問題となります。

 「リストラ」ということばも、もうすっかり市民権を得て、その意味を知らない人は居ないと思いますが、「リストラ」とは英語の Restructuring の略で、「再構築」というのがもともとの意味です。
 再構築ですから、経営を見直し、組み立て直す事が本来の目的なワケですが、日本ではもっぱら不採算事業や部署の縮小や切り捨てを行い、それに伴う従業員の解雇が行われる事が多かったので、「リストラ」=「首切り」の意味だと思っている人も多いと思います (^^;

 

 そういう私自身も、こういうニュースは決して他人事ではありません (^^;
 私は、自営で運送屋をやっていますが、年々売上は下がる一方です (^.^; ポリポリ

 政府はずっと景気は回復傾向にあると言い続けてきましたが、多くの人達にはその実感は無かった・・・
 私は、物流の最先端で働いていますから不景気の風は誰よりも敏感に感じられ、景気が回復しているなんて嘘っぱちだという思いを強く抱いていました。
 私ら運送屋が運ぶ荷物が少ないという事は、すなわちモノは売れていないというなによりの証拠だからです。
 私ら運送屋が悲鳴を上がるくらい物流は少ないわけですから、景気がいいなんてあるわけがないんですよ (ノ_-;)ハア…
 あるとしたら、大手とかのごく一部の企業だけ・・・
 だから、勝ち組だの負け組などのことばが流行るわけで・・・ (__;)

 

 年末年始で、巷は活気が溢れるのが普通なのに、そんな感じはちっとも受けません。一応、街はクリスマスセールの飾り付けをしてはいますが、昔ほどの賑わいはないように思えてなりません。
 私の仕事量も、今月に入ったとたんに激減しています (^^;

 街に吹く師走の北風が、いつも以上に冷たく厳しいように感じられるのは、私だけではないんじゃないかな・・・

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2008年12月 5日 (金)

陽炎の辻2

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 一年ほど前にも、「陽炎の辻」~居眠り磐音 江戸双紙~についての記事を書いた事があります。
 その時にも、けっこうドラマがおもしろくて書いたわけですが、今年も「陽炎の辻2」として帰って来たので、けっこうはまって見てました (o^∇^o)ノ

 その放送も11月22日に終了していますから、もう半月も前の事 (^^; になりまして、今さら記事にするというのもどうかなと思ったんですが、やっと先日録画してあった全てを見終わりましたので、その点については勘弁して下さい(笑い)

 

 ストーリーについては割愛しますが、最終回のラストシーンがとても印象的だったので今日の記事になりました (^_^ゞポリポリ

 ラストのシーンで、主人公の磐音は人生の伴侶となるおこんの手を握り、三国峠下の湯治場へと向かって歩いて行く・・・
 この時代、武士が女性と手をつないで往来を歩くなんて事は考えられないわけですが、そういうヤボな事は抜きにして、現代ふうにアレンジした時代劇として見ればなんてことはないわけで(苦笑)
 また、そういう演出だったからこそ、私の心の琴線にも触れたわけでして・・・ (^^ゞ

 

 紆余曲折を経て、磐音はおこんと一緒になる事を決めた。
 おこんの方は、先のシリーズの最初から磐音に一目惚れしているわけですから、なんの問題もないわけですが、肝心の磐音の方はというと、おこんに心を寄せてはいるものの、一筋縄ではいかない堅物として描かれているので、そうなるまでには長かったです(笑い)
 結局、第1シリーズでは11話、第2シリーズでは12話と、計23話もかかって結ばれたというわけで・・・(爆笑)

 

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 二人で並んで歩きながら、磐音はおこんに語りかける・・・

 「それがしは幸せ者です・・・」
 「おこんさんと旅ができる・・・」
 そう言われて「なんですか、急に・・・」と、はにかむおこん。

 磐音は少々照れながら、さらに続ける・・・
 「人とは、誰かに逢うために生まれてくるのだと思います」
 「それがしにとって・・・それはおこんさんでした」
 それに応えて、おこんも磐音を見つめながら答える・・・
 「私も同じです。坂崎さんと逢うために生まれてきた・・・」

 

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 それを聞いた磐音は、おこんの手をそっと握り、おこんも嬉しそうにほほえむ・・・
 二人で楽しそうに歩いて行く姿にかぶって流れるナレーション・・・

 誰かに逢うため・・・
 ・・・その誰かを守るため・・・
 人はこの世に生を受け、生きていく

 磐音とおこん
 陽の光ただようその道を
 今、二人で歩こうとしていた・・・

 ・・・エンドロール ( ^-^)/ ♪ ・・・

 

20081205011  誰でもそうですが、人は一人では生きていけません。
 「人」という文字は、両側から支え合ってできているなんてたとえは、よくいわれる事です。

 人は、長い人生の中でたくさんの人に出会います。
 その相手は、幼なじみとして、クラスメートとして、同僚として、あるいは先輩や先生、親戚、ご近所の人達・・・その時々で出会う相手との立場は違いますが、その中の何人かとは長い付き合いになったり、親友や恋人、さらには配偶者になったりもします。

 誰かに巡り逢う事・・・
 それが「人生」という旅の目的であり、全てなのかもしれませんね o(*^▽^*)o~♪

 もちろん、私にもたくさんの大切な人達がいます。
 それらの人達に支えられて今の私があるわけで、皆、かけがえのない宝物であり、私の財産です (^^)v

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2008年12月 4日 (木)

風のガーデン

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 この秋に、俳優の緒形拳が肝臓ガンで急逝し、その追悼記事を書いた事があった・・・

 その緒形拳の遺作ともいえる、フジテレビ系で放送されている連ドラの「風のガーデン」・・・
 急死が報じられた直後からスタートしたという事もあって、私も毎週欠かさずに見ています。
 全11話という事で、今日を含めて残すところあと3話・・・
 物語もいよいよ佳境に入ってきました。

 

 末期のすい臓ガンに冒されているという設定で、それを隠しながら医者の仕事をしている我が子役の中井貴一を目の前にして、自らも肝臓ガンに蝕まれていて余命幾ばくもない事を周囲に隠していた緒形拳は、どのような思いで撮影に臨んでいたのだろう・・・
 ついに、先週の8話では、久しぶりに会った息子が重い病である事を知ってしまい、激しく動揺してその場から逃げ出すところで放送は終了した・・・

 

 緒形拳は、富良野の開業医という設定で、現在は訪問医として、末期の患者達のターミナルケアに心を砕いている・・・
 現在では、生まれる時も死ぬ時も、病院のベッドの上という事がほとんどであり、自宅で出産する事や自宅で最後を向かえる事は希というか、ほとんど無いと思います。
 私が生まれ育ったところは、会津の山村という事もあり、今はともかくとして、当時は生死を迎える場所は自宅と決まっていました。もちろん、私を始め、妹弟も自宅で産婆さんの手によって取り上げられましたし、母方の祖父が亡くなる時にも自宅で亡くなっていくのを目にしました。
 そういう事が当たり前だったので、私自身には自宅で最後を向かえる事になんの抵抗もないのです・・・

 

20081204002 20081204003

20081204004 20081204005

 5話のドラマの中で、死を目前にして苦しむ父親を目の前にして、東京から帰って来た息子さんは大きな病院に連れて行って最新の治療を受けさせたいと言って、自宅から動かそうとしない家族達に詰め寄ります。
 家族達は、お爺ちゃんは自宅で死にたいと言っているからと息子に言い、今さら帰って来て偉そうな事を言わないでと反論する家族達・・・

 そんな息子さん達の前で、緒形拳は静かに語り出します・・・

 「お母様も何度も聞いておられますが、病院でだけは死にたくないというのが、以前からのお父様のご希望でした・・・」
 ・・・中略・・・
 「病院の方が設備は整っている・・・ それはもちろんおっしゃる通りです」と・・・
 「でも、病院では何かしら治療をせにゃならんので・・・ 呼吸を確保するために管を気管に挿入するとか、点滴するとか・・・ 家族の手を出す事なんか無いわけです・・・」
 「家族は・・・ただ・・・黙って見ているだけです・・・」
 「そうしますとね、家族は何もできませんから『何もしなかった』という悔いが残ります・・・」
 「患者さんの方も苦しいだけで同じです。患者さんの方も最後の時間をゆっくり家族と過ごせませんから心残りのまま寂しく逝くわけです。いい事じゃないと私は思っています・・・」と続ける・・・
 「札幌にある大病院で、長い事私は医者をやっていて、そういうふうに考え始めました。」
 「患者さんの心を一番よく知るのは本人と・・・それにご家族です。ですから、私は患者さんの死をご家族全員で受けとめて、最後までご一緒に闘ってほしいんです・・・」
 緒形は、さらに次のように続ける・・・
 「生意気を申しましたが、そういう事です・・・」
 「苦しみは・・・私が可能な限り取ります」
 「ですから、お父様が一番望まれている、ご自宅での最後を・・・迎えさせてあげませんか・・・」と・・・

 

 自宅で最後を迎えたいと思っている人は少なくないと思いますが、実際には家族の都合もあって、病院で亡くなる方がほとんどだと思います。
 病院に連れて行かないと、親戚などの目もあって、あとから何を言われるかわからないから、少なくてもできる限りの事はしたんだと回りを納得させるためにも病院で最後まで治療を受けさせる事もあったりするわけで、本人の意志とは無関係に、無意味な延命治療が行なわれる事もあったりします・・・

 

 このドラマ・・・ 倉本聰が長い事温めてきたというだけあって、脚本もしっかりしており、主役の中井貴一と父親役の緒形拳という二人の演技も素晴らしく、実に骨太のドラマとなっています。
 フジテレビでは、今日の午後3時から16日にかけて再放送をする事を決定したそうです。
 単に、緒形拳の遺作という意味だけではなく、こういうドラマは見ておいても損はないというか、有意義じゃないかと私は思っています。
 興味がありましたら、この機会にぜひご覧になってみてはいかがですか ( ^-^)/ ♪

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2008年12月 3日 (水)

戦国武将

 伊達政宗や真田幸村、長宗我部元親といった戦国武将が若い女性のあいだでブームになっているというようなニュースがこの秋に報じられた・・・ (^^;

 

 戦国武将といえば、やはり「歴史」という事になり、これまでだとそういう事に関心のある方はほとんどが男性であり、しかも比較的年齢の高い中高齢者というのが常識だったと思います(笑い)
 歴史ファンに女性が、それもお若い方が武将ゆかりの史跡や博物館などを巡るというと、なんとなく違和感を覚えるのですが、昨今の歴女ブームはけっこう熱いものがあるようです (^.^; ポリポリ

 メディアでは、その理由として戦国時代を扱ったゲームソフトや大河ドラマの影響が大きいと語っています。

 

20081201001 20081201002

 

 実際に、昨年放送された大河ドラマの「風林火山」の中では、ビジュアル系のボーカリストとして人気の高いガクト上杉謙信役で登場して話題となりました。

 この出演の影響は大きく、同年に上越市で行なわれた「謙信公祭」の出陣行列にも謙信公役として武者姿で参加して好評を博したといいます。
 また、劇中の甲冑姿で撮影した写真集「龍の化身」も発売され、紅白歌合戦にも同じ姿で出演して高い評価を得たと報じられました。

 私もこのドラマは見ていまして、なかなか良い演技をしていたと思いましたよ(笑い)
 まぁ、これだけのイケメンが武将の扮装をしたら、女性じゃなくても惚れ惚れとしちゃうかもね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 かつては、大河ドラマといえば史実に忠実にという事で、配役も重鎮達を揃え、脚本もカタクて、あまり一般ウケするようなものではありませんでした。
 しかし、NHKもいろいろと考えているようで、90年代の終わりぐらいから配役に大きな変化が見られるようになりました。
 それまでは、主役はたいてい名の通った名優であり、そのまわりを名だたる俳優陣で固めるというキャスティングが主流でした。
 だから若い人達なんかは大河ドラマには見向きもしなかったわけで・・・

 ところが、97年の「毛利元就」では歌舞伎俳優の中村橋之助・中村梅雀・中村獅童らを抜擢、98年の「徳川慶喜」ではジャニーズのシブがき隊で「モックン」と呼ばれていた本木雅弘を起用するなど、「名前」よりも「ビジュアル」を重視するようになり、2002年の「利家とまつ」でその方向性は決定的になったように思っています。

 この時の脚本とキャスティングには度肝を抜かれました (^^;
 一応、前田利家を描いたドラマではあったものの、実際にはその正室のまつを中心にしてドラマは展開されました。

 それまでにも女性を描いた大河ドラマはあったものの、歴史の中では埋もれがちであった「妻」にスポットライトを当てた作品はこれが初めてだったに違いない。
 主役の前田利家には唐沢寿明、正室のまつ役には松嶋菜々子という、キャスティングだけを聞いたなら、トレンディドラマと勘違いするような配役で臨み、信長役に反町隆史、秀吉役に香川照之、他にも伊藤英明、竹野内豊、羽田美智子、及川光博、的場浩司、沢村一樹、酒井法子、瀬戸朝香等々・・・トレンディドラマでもこれだけの人気俳優達を一堂に揃える事は難しいだろうと思うほど豪華な顔ぶれだった。

 さすがはNHKだと思わずにいられない(笑い)
 いずれの顔ぶれも、民放の連ドラなんかでは主役を張れるだけの実力者たちばかりです (^^;

 この試みは大成功を収め、この一年間で大河ドラマは若年層の間にもしっかりと根を下ろし、以降の大河ドラマの制作にも大きな影響を与えた・・・

 その後も、03年の「武蔵」では市川新之助(現:市川海老蔵)と米倉涼子
 04年の「新選組!」ではSMAPの香取慎吾藤原竜也山本耕史
 05年の「義経」では滝沢秀明上戸彩石原さとみ
 06年の「功名が辻」では仲間由紀恵上川隆也玉木宏らが主役や相手役を務め、大河ドラマは完全に若手を中心にキャスティングされるようになりました。

 

 こういう制作側の努力もあって、比較的お若い方たちにも大河ドラマが受け入れられるようになっていったと思うのですが、それはあくまでも一つのきっかけに過ぎず、今のように若い女性達に戦国の武将達が受け入れられるようになった背景ですが、単に見てくれとかそういうものだけが理由ではないと思います。

 私が思うに、最近の男性達に不足しているリーダーシップとか行動力とか、あるいはカリスマ性のようなものを戦国武将達の中に感じているんじゃないのかなと・・・ (^^;

 最近の男性達は一様に優しくなったと言われています。
 それはそれで結構なことなんですが、裏を返せば女性に対して自信を無くしているからという事も言えると思います。

 私が子どもの頃は、「オレについて来い!」タイプの男性が多かったように記憶していまして、逆に女性達はそういう逞しい男性に従順だったように思います(苦笑)

 しかし、いい事か悪い事かは別にして、今の女性達は自立心も向上心も持ち合わせており、どんどん社会の中に進出して自分の居場所を見つけ、意見もしっかり言うようになりました。
 そうなると、男性達に対してどうしても物足りなさを感じるようになってしまったんじゃないかと思えるんですよね (^^;

 その反動として、戦国武将達の中に男性の理想像を求めているんじゃないのかなと・・・ (^.^; ポリポリ

 

 ちなみに、「あなたは戦国武将でいうと誰?」という事で、性格診断によって似ている歴史上の武将を表示してくれる遊びがあります(爆笑)

 さっそくやってみた私の結果ですが・・・

 あなたは豊臣秀吉に似ています。
 武力 69 知力88 魅力 78 政治力 87 才能 99

 う~ん、秀吉かぁ・・・ (^^;
 私は、あんな悲しい人生を送ってはいないぞという事で、一応、個人的に一番好きな戦国武将は武田信玄なんですよね (^_^)V。
 理由は、強くて優しいから・・・
 まぁ、若い頃にはいろいろと非道な事もしたようですが、私の理想は武田信玄です。

 あと、伊達政宗も好きな武将です。やはり、強くて、革新的な戦略家だったようなので (^.^; ポリポリ
 でも、信長も秀吉も家康も、人を信じる事ができなかった小心者という点で私の評価は著しく低いです(笑い)

 あなたも、やってみられては・・・ ( ^-^)/ ♪

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2008年12月 2日 (火)

チャダ

20081202003  今年の「紅白歌合戦」の出場歌手の中に、異色の演歌歌手が居る。
 「史上初の黒人演歌歌手」として売り出した、アメリカはペンシルバニア州ピッツバーグ出身の黒人演歌歌手「ジェロ」その人である。

 彼のデビュー曲である「海雪」は、映像を見ずにその歌だけを聴いていたらおそらく日本人が歌っていると勘違いする人が多いんじゃないだろうか(笑い)
 それだけジェロの歌う「海雪」は完成度が高く、決して際物ではない、正統派の演歌を聴かせてくれる ヽ(^o^)尸

 

 今年一年、日本の演歌界はジェロに始り、ジェロに終わったともいえるほど彼の姿と歌は至る所で見聞きする事ができた。
 確かに、黒人が演歌を歌うという物珍しさも手伝ってはいたが、ジェロ本人も極めてマジメに各地でキャンペーンを行ない、様々なメディアに顔を出しては歌をPRしていた。

 ここ何年も、演歌界ではパッとした話しは聞かれず、氷河期と言われて久しい。唯一気を吐いているのが氷川きよしですが、それにしたって最近では大きなヒット曲は出ていない。
 そこに彗星のように登場した黒人演歌歌手はかなりインパクトがあった。しかも、バツグンに歌が上手いのだ。
 話題にならないわけがないじゃない(笑い)
 これだけ頑張ったのだから、NHKが紅白に出したいと思ってもなんら不思議ではない・・・

 

 

 ところで、このジェロの活躍に節操のないマスコミが動いた。

 「元祖外国人演歌歌手」とも言われていた「チャダ」に接触を図り、もともと外国人の演歌歌手といえばオマエが元祖だったじゃないかという事で、ジェロに続けとばかりに30年ぶりに新曲を発表したというものだ(笑い)

20081202002  チャダといえば、70年代に初のインド人演歌歌手として登場、デビュー曲の「面影の女」は10万枚を越えるヒットとなり、日本レコード大賞、日本歌謡大賞などの新人賞を獲得し、そのユニークなキャラクターはお茶の間の人気者にもなった、あの「チャダ」だ ヽ(^o^)尸

 私くらいの年代の人間なら、誰でも一度くらいは、あのひげ面にターバン姿で流ちょうな日本語を話すユニークなキャラクターをテレビで見た事があるんじゃないだろうか・・・
 それだけインパクトのあったキャラで、ブームにもなったチャダではあったものの、飽きやすいのも日本人の常というわけで、いつの間にか芸能界からは姿を消していった・・・ (^^;

 これは、チャダのデビュー曲である「面影の女」の動画ですが、どうですか、なかなか堂々とした歌唱力だと思いませんか (^_^)V。

 それに比べて、新曲は「踊るマハチャダ」という事で、どうしてこんなおちゃらけた作品を発表したのだろう (?。?)
 これなら、「面影の女」をリメイクして「面影の女2008」とかいって発表した方がはるかにマシだったように私には思えるのですが (ノ_-;)ハア…

 

 どうせなら、チャダも応援とか審査員とかの理由を付けて紅白に出してしまえば、もっと数字は取れると思うんだけど、そこまでは無理なのか (^^;
 今からでも遅くないから、至急チャダに連絡をとり、紅白に出演してもらったらいいんじゃないかな(苦笑)

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2008年12月 1日 (月)

水谷豊

 いよいよ今日から師走という事で、2008年も残すところ30日あまりとなりました。
 何かとせわしい年の瀬ではありますが、それぞれに一年間を締めくくるべく、東奔西走する事になるのでしょう(笑い)

 そういう私も、世間並みに一年間で一番忙しい時期ではあるのですが、誰も彼もが忙しい事情は同じようで、道路が混み合うワリには思っているほど仕事ははかどらなくて売り上げも伸びないというのが悩みのタネで(爆笑)

 

 そんな中、大晦日の年中行事といえば、NHKの「紅白歌合戦」という事になります。私自身はもう30年くらいマトモに見た事はありませんで、全く関心はないので今年も見る予定はないのですが、それでも多くの人達にとってはいまだに国民的行事の一つになっているようで、これを見なければ年が越せないと思っている人も少なくないんじゃないかな(苦笑)

 

20081201011  先日、出場歌手の顔ぶれが発表されまして、名前も歌も聞いた事のないような人達が何人も居る中に、「水谷豊」という名前を見つけて、思わず笑ってしまいました (^^;
 芸能界生活も長いのに、初出場だというのも笑ってしまったのですが、この人の持ち歌といえば「カリフォルニア・コネクション」くらいしかヒット曲は無いわけですから、おそらく紅白でもこの歌を歌う事になるのでしょうが、はっきり言って歌はあんまり上手ではありませんからねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 それはともかくとして、水谷豊といえば「相棒」という事になり、今回の紅白出場も、映画の「相棒」のヒットから声がかかったのは明らかなわけで・・・

 

 

 私も、この「相棒」は大好きで、かなり初期の頃からほとんどの作品を見ています (^^)v
 刑事ドラマは掃いて捨てるほどありますが、これほどよく練られたドラマは少ないので、人気のほどもわかろうというものです。

 

20081201013  このドラマの主役は杉下右京役の水谷豊という事になっていまして、多くの視聴者もそのように認識していると思いますが、実際には「相棒」というタイトルからもわかるように、コンビを組んでいる亀山薫役の寺脇康文がメインとなってドラマは進行していき、ドラマの上でも重要な役割を果たしているのは寺脇の方です(笑い)


 キャラクターとしても、脇役のはずの寺脇の方がずっと魅力的に描かれており、終始冷静な水谷を完全に食ってしまっていますから、個人的には寺脇康文の方を中心にしてドラマを楽しんでいます(爆笑)
 クールな上司と熱血漢の部下という構図で、それがピッタリはまっているからこのドラマはおもしろいのですが、おもしろいのは水谷という役者の存在です。

 一昔前なら、暴走気味な亀山薫の役は間違いなく水谷豊が演じていたはずで、その水谷が沈着冷静な杉下右京の役を演じるようになったところが、この「相棒」の興味深いところであり、時の流れを感じさせてくれる所以でもあります(爆笑)

 

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 私は50才ですから、水谷豊のデビューの頃から彼を知っているわけで、私と同年代の方なら当時人気のあった学園ドラマの中にしばしば登場した水谷豊をよくご存じの事と思います。
 これは、水谷豊の役者デビューとなった13才の時のテレビドラマの「バンパイヤ」と、20代の頃に発表したシングルレコードのジャケット写真ですが、見るからに危ないチンピラそのものです(笑い)

 

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 またこれは、水谷豊の映画デビュー作となった、1970年公開の「その人は女教師」と、76年公開の「青春の殺人者」という映画のポスターです。

 「その人は女教師」では岩下志麻との競演を果たしたものの、主演は三船敏郎の実子である三船史郎ということで、水谷は単なる脇役でしたから、ポスターに描かれている男性の写真も水谷豊ではありません (^^; が、「青春の殺人者」では堂々の主演です (^^)v

 いずれにしても、この頃の作品は危ない役どころが中心であり、冷静沈着な「相棒」杉下右京役とは似ても似つかぬイメージであった事は間違いのない事でして・・・ (^.^; ポリポリ  

 

 当時、水谷豊といえば不良役というのが定番であり、番長とかチンピラとかの危ない役を演じる事がほとんどでした。特に「傷だらけの天使」で演じた乾亨の役は水谷豊のイメージを決定的にした名物ドラマとして有名です。
 このドラマの中で演じた水谷のファッションやセリフが一人歩きを始めて社会現象にもなるなど、主役の萩原健一を人気の面では完全に食っていました。
 しかし、この時の乾亨のイメージが強すぎて、水谷豊=チンピラというイメージはその後も彼の役者人生に大きな影響を与える事になり、長く抜け出す事ができずにいました。

 

 この、水谷豊=チンピラというイメージを払拭するのに大きな役割を果たしたのが、78年に放送された「熱中時代」です。
 チンピラ役の水谷豊を、小学校の教師役に大抜擢した当時のスタッフには脱帽です(笑い)
 いったい誰がこんなキャストを考えたのでしょうか・・・
 スタッフに見る目があったのか、はなはだ疑問ですが、結果的にこのドラマで水谷豊は大ブレイクをするわけですから、番組が始まった当初は大きな冒険だったのでしょうが、結果オーライという事で・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20081201021 ちなみに、この時に放送された「熱中時代」は後に「教師編」と呼ばれ、後日作られた「刑事編」の主題歌としてリリースされたのが「カリフォルニア・コネクション」ですが、歌がヒットしたワリにはドラマの方は思ったほどの数字は取れず、半年間で放送は終了し、翌年にはまた「教師編」として続編が作られました (^^;
 写真は、最初の「教師編」が放送された時の主題歌だった「ぼくの先生はフィーバー」のジャケットです。

 

 一方、「傷だらけの天使」で主役を演じた萩原健一は、その後もチンピラの役から抜け出せず、現在に至っても危ない役どころしか回ってこないというのは情けないというか・・・ (^^;
 まぁ、私生活でも大麻所持、交通事故、恐喝と、警察のお世話になりっぱなしでマトモな人生を歩んでいるとは言い難いので、危ない役は演技の上だけではないようですが・・・ (^^;

 

 それはともかく、水谷豊は1952年生まれといいますから、現在56才です。決して若いという印象はありませんが、この人もいい感じにトシを重ねている一人ではないでしょうか (^^)v
 少なくても、若い頃の水谷豊よりはずっと魅力的に私には見えます (^^)v

 私は大晦日は格闘技を見る予定なので紅白は見ませんが、これからも「相棒」は欠かさずに見るつもりでいますので、水谷豊には今後とも頑張って欲しいですね ヽ(^o^)尸

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