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2009年3月31日 (火)

東京マラソンの功罪

 東京マラソンも3回目を迎え、今年も大きな盛り上がりの中行なわれたと報じられた。

 

 参加希望者も増える一方で、3万5千人の枠に対して26万人を越える応募があったという事で、倍率はおおよそ7.5倍・・・ (^^;
 それだけ、この大会で走りたいという人が多いという事で、来年はさらに多くの申し込みがあることは必至だと思います。

 この大会に関しては、私も肯定派でして、言い出しっぺの石原都知事に対しては五輪招致などいろいろと批判的な私ですが、この大会に関しては素直に褒めています(笑い)

 

 ただ、盛り上がりがある一方で、影の部分もいろいろと言われています。

 例えば、お笑いタレントの松村邦洋氏がレース中に倒れ、現在に至るも入院中だという事など、無謀ともとれるマラソンチャレンジに、いろいろと批判も寄せられているという報道もあります。

 

 そんな中、読売新聞の23日版に興味深い記事がある事を知りました。
 これは、当日の記事をネットから見つけたものですが、皆さんはこれを読んでどのように思われますか?

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 見出しは「女性ランナー輝いた…妊婦さん完走、赤ちゃんも頑張った」というもので、妊婦と障害者の母、それに81才のおばあちゃんの三人を記事の中で取り上げています。

 

 それぞれにいろいろな思いを背負ってレースに臨んでいるのはわかるのですが、妊娠7ヶ月目の身重の身体でフルマラソンに臨むということはいかがなものか・・・ (ノ_-;)ハア…

 この岡田綾乃という女性がどのような方なのかは詳しくは語られていませんが、記事から推測するに、日常的にランニングを嗜む方ということは伝わってきますし、3年目にしてようやく出場権を手にしたとありますから、第1回目からずっと申し込んでいたのだと思われます。
 先にも述べましたが、今回の応募者数は26万人以上もあったということで、走りたくてもなかなか抽選に当たらないという事情はわからなくもないので、当たったからにはなんとか走りたいという思いもわからなくはない。おそらく、申し込みをした時点では妊娠していることもわからなかったのではないのか・・・
 ただ、どうして今回でなくてはならなかったのか・・・ 少なくても、今回の出場は見送るとかの選択肢もあったのではないだろうか。
 もちろん、人気のレースですから、今回見送ったら、来年以降当選するという保証は何もありませんが・・・ (^^;

 しかし、いかなる理由があったにせよ、妊婦がフルマラソンを走るということの異常さはいかんともしがたい。
 本人が走りたいという以上、周囲がそれを押し止めることは容易ではない。おそらく、夫を始め、主治医なども出走を取りやめるようにといろいろと説得はしたと思われますが、本人の意志が相当固かったのだろう(苦笑)
 だからといって、主催者側も主催者側だと思います。出場者は前日までにゼッケンを取りに行かなければならないわけですから、受け取りに来た時点で身重の身体だということは見てわかるんじゃないでしょうか。だったら、参加を見合わせるように説得するとかの動きは無かったのでしょうかねぇ・・・

 

 この読売新聞の記事でもわかる通り、もしかしたら主催者側に「美談」を欲しがるえげつない思惑が無かったとは言いきれないと思います。
 たいへんな思いをしても、妊婦がフルマラソンを完走したとなると、そのニュースバリューは相当大きなものになるからです。

 今回、何事もなくゴールできたから良かったとかいう問題ではないように私には思えます。
 42.195キロを走ったことでどのような悪影響が母体や胎児にあったのか、今の時点でそれを証明することは不可能だと思いますが、健康な人でもフルマラソンを完走することは並大抵のことではない事は私にもわかります。
 現に、マラソン大会に女性が参加することは、肉体的な面からもタブーとされ、五輪に女子マラソンが正式に採用されたのは84年のロサンゼルス大会からという事で、今では女子のマラソンは当たり前に行なわれてはいますが、歴史的に見てもそれほど古くから行なわれていたわけではないのです。

 それを、7ヶ月の身重の女性が行なうというワケでしょ、フルマラソンでなくても、普通は走ることさえはばかられるんじゃないのかな。
 まぁ、百歩譲って、妊婦にも適度な運動は必要とかいう意見もありますから、一概に妊婦はスポーツをしてはいけないというつもりもありませんが、誰が考えたって、フルマラソンは適度な運動の範疇を大きく逸脱しているだろう事はわかりそうなもので(苦笑)

 

 「女性ランナー輝いた・・・」という見出しからもわかるように、読売新聞としては岡田さんを記事の中で讃えているわけです。
 マスコミのあり方として、これはいかがなものか・・・

 もし、この記事を読んだ女性ランナーが、自分も妊娠しているのがわかった時点で、私も身重の身体でフルマラソンを走ってみようとか思ったとしたら、この記事を書いた記者は責任を取れるのだろうか・・・
 岡田さんの後に続く妊婦さんが出てこないとは言いきれないとは思わないのだろうか・・・

 ペンは、銃以上に大きな武器になることはよく言われていることです。マスコミの方は、自分の記事が社会に与えるであろう影響を十分に認識してペンを走らせるべきです。

 

 東京マラソンに限らず、主催者はもっと慎重に大会を運営するべきではないのか、この記事に接して私は強く思います。

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2009年3月30日 (月)

大相撲大阪場所を終えて

 大阪場所が昨日千秋楽を迎えましたが、いやいや、なんという場所だったのだろう・・・ (ノ_-;)ハア…

 荒れる大阪とはよく言われたもんですが、ここまで荒れると、もはや言うべきことばも見あたりませんわ・・・ q(`o')ブー!!
 私が見続けてきた20年あまりの大相撲観戦でも最低の場所でしたよ・・・ (__;)

 

     初   5    10    千
 朝青龍 ○○○○○○○○○●○●○●● 11勝4敗
 白 鳳 ○○○○○○○○○○○○○○○ 全 勝
 琴欧州 ○●○●○○○●○○●○●○○ 10勝5敗
 千代大海○●●●●●●○●●●●●●● 2勝13敗
 魁 皇 ●○○○○○○●○●○●●●● 8勝7敗
 安 馬 ●○○○○●○●●○○●○○○ 10勝5敗
 琴光喜 ○●●○○○○○●●●○○●● 8勝7敗

 

 今場所は、中日を過ぎるまで横綱二人の一騎打ちの様相を呈していました。
 大関陣が不甲斐ないながらも、最後の最後に横綱二人が土俵を締めてくれましたから、まだなんとなく場所は体裁を保っていたような気がします。

 ところが、十日目に朝青龍に土が付くと、場所は一気に締まらなくなります・・・ (__;)
 翌十一日目は勝ったものの、十二日目に二敗目を喫します (__;)ガクッ
 この時点で全勝の白鳳とは星二つの差です。朝青龍は事実上優勝争いから脱落した感がありました。
 連敗はしないものの、十四日目に三敗目、この時点で白鳳の優勝が決まってしまいました。なんという気の抜けた優勝決定の瞬間だったことか・・・ (ノ_-;)ハア…
 それでも、なんとか横綱としての意地を見せて欲しいと思っていた千秋楽でしたが、朝青龍の緊張の糸はすでに切れており、相撲にならないまま白鳳に寄り切られて四敗目を喫し、大阪場所を終えました・・・

 

 こんな最低の場所になってしまった一番大きな原因は、連日負け続けた大関陣の不甲斐なさにあります q(`o')ブー!!
 なんと、十五日間、大関の負けない日は一日とて無いという信じられない場所になりました。
 もちろん、千代大海が2勝13敗という、皆勤の大関としては史上初という大負けをしたことも大きな理由の一つでしょうが、千代大海を抜きにしても、残りの四大関が安泰だった日はたった二日間しか無いわけですから、いかに大関陣が不甲斐ない場所だったかがよくわかろうというものです・・・(怒怒怒怒怒怒)

 

 そんな中で、楽しみもありました。若手の台頭です。
 特に、豪栄道栃煌山の二人が、期待通りの活躍をしてくれました ヽ(^o^)尸

 関脇の稀勢の里と小結の旭天鵬の二人が、来場所は平幕に落ちます。
 関脇の把瑠都は辛うじて勝ち越しましたので、来場所も今の地位に留まると思いますから、小結の豪栄道が西の関脇に昇進するのは間違いないと思います。
 また、空いた二つの小結の座は、鶴竜が東、栃煌山が西として新三役昇進がほぼ決まりだと思いますので、来場所以降、ますますおもしろくなってくるのは間違いないと思いますね ヽ(^◇^*)/

 

 それにつけても、稀勢の里も不甲斐ない・・・ (ノ_-;)ハア…
 これまでは、次の大関の最右翼だった稀勢の里ですが、おそらく豪栄道と栃煌山に追い越されてしまうでしょうなぁ・・・ (__;)

 

 というわけで、今場所は白鳳が全勝で優勝を決めたわけですが、華がないだけに、マスコミの扱いも朝青龍のそれとは比較になりません(笑い)
 一応、協会の覚えめでたい白鳳なんですが、思いとは裏腹に朝青龍の人気はいっこうに落ちません (^^;

 白鳳自身に責任はありませんが、両横綱の間にどうしてこんなにも差があるのでしょうね、とても気になりますよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年3月29日 (日)

日曜日の光景

 今日、お天気もいいので、買い物ついでにティンクと成田空港の周辺をちょっと散策してみました o(*^▽^*)o

 

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 これは、空港の南側にある、「さくらの丘」という成田空港のビュースポットの一つで撮った写真です。

 上段の左側に、空港付近の航空写真も一緒にアップしましたので、クリックして拡大写真でご覧いただければ位置関係などもおわかりになるかと思います。
 展望台に植えられている桜の木も、つぼみはだいぶ膨らんでいましたから、近日中に開花するのではないかと思われます。

 私らの他にも、見物客はたくさん来ていました。
 ここから眺めると、メインの滑走路が間近に見られるので離発着の航空機も迫力十分です ヽ(^◇^*)/
 ただ、今日の風はあいにくの北風でしたので、いまいちでした (^^;
 南風だと、離発着の機体が展望台に向かって来ますので、もっと楽しめるのですが (^_^ゞポリポリ

 

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 こちらは、空港の北側にある、「さくらの山」というビュースポットで撮った写真です。

 「さくらの丘」よりは、こちらの方が一般には有名で、駐車場周辺の施設もリニューアルして整っていますから、見物客の数も圧倒的に多いです。
 ただ、「さくらの丘」から比べると滑走路も遠いので、離発着する航空機もいまいち良く見えないのですが、その代わり飛行ルートの真下にありますから、頭上を飛んでいく機体を間近に見ることができますよ(笑い)

 

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 これは、買い物の途中で見かけた水仙の畑です。あまりに見事だったので、車を停めて写真を撮ってみました ヽ(^◇^*)/

 地元の方らしいのですが、三脚を立てて写真を撮っている方が居まして、ちょっと話し込んでいるうちに二人の写真を撮ってくれるというので、せっかくですからお言葉に甘えてシャッターを切ってもらいました。
 家族となってから、初めて撮ったツーショットです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 今日は、千葉県知事選の投票日ですが、私はすでに期日前投票を済ませているので、休日の一日をティンクとのんびり過ごすことができました (^^)v

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ベテランの活躍

 昨日、横浜アリーナで行なわれた「K-1ワールドGP2009」をフジテレビの録画でテレビ観戦しました。

 私は、格闘技も結構好きです。K-1もよく見ますが、どちらかといえば総合格闘技の方が断然好きです (^_^ゞポリポリ
 理由は、K-1は立ち技だけですから、お行儀のいいスポーツという印象ですが、総合はなんでもアリですから、よりリアルな戦いがそこにあるからです。
 なんでもアリだけに、お互いに牽制しあって膠着してしまう試合も少なくありませんが、そういうところも含めて「リアル」な闘いだと私は思うわけです。

 

 それはともかく、昨夜のK-1には興奮してしまいました (^.^; ポリポリ

 格闘技に限らず、野球でもサッカーでも、テレビの画面に向かって大声出して興奮することは私にはよくあることなので、今さらという感じもしないではありませんが、昨夜は、第4試合のジェロム・レ・バンナ vs エヴェルトン・テイシェイラ戦と、第6試合のピーター・アーツ vs エロール・ジマーマン戦を、オープニングで立て続けに放送してくれました ヽ(^o^)尸
 この二試合が予想以上におもしろくて・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 ジェロム・レ・バンナは今年36才ピーター・アーツは今年38才であり、共にK-1の顔としてごく初期から活躍し続けて来た大ベテランです。
 そういう事もあって、昨夜はこの二人に肩入れして見ていました (^^ゞ

 

 その二人が、勢いのある若手を相手に一歩も引けを取らない戦いを見せてくれ、バンナは延長を含め5ラウンドを戦ってテイシェイラに1-2で判定負け、アーツは延長を含む4ラウンドを戦ってジマーマンに3-0で判定勝ちを収めた。
 バンナは、負けたとはいうものの、終始攻め続け、内容では勝っていたような感じもするのですが、残念ながら3人の審判のうち二人はテイシェイラに軍配を上げました。
 それでも、一人の審判はバンナに軍配を上げたわけですから、勝者は紙一重の差でしかなかったという事の何よりの証明でしょう。

 

 普通、二人くらいの年齢になると、力も落ちてそうそう勝てないというか、ファイターとして現役で居ることさえ難しい事です。
 現に、二人と共にK-1の創世記だった93年頃から屋台骨を支えてきた、アーネスト・ホースト、マイク・ベルナルド、アンディ・フグ、佐竹雅昭などの面々はすでに現役を引退している。
 フグの場合は病死ですから、引退とはちょっと違いますが、アーツよりも6才も年上ですから、生きていたとしても44才、おそらくリングに立つことはムリだと思います (^^;

 そんな大ベテランの二人なのに、実力のある若手を相手に互角以上の戦いをしてくれるわけですよ(笑い)
 規定の3ラウンド内では決着がつかず、共に延長戦まで戦い、判定にまで持ち込むという素晴らしい戦いを・・・
 見ていて、本当に熱くなりましたねぇ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 こういう、味のあるベテランの活躍は、いつまでも見ていたいと思わせてくれます。
 彼等のようなアスリートが、本当の意味での「プロ」なんだと思いますねぇ・・・

 この年齢になっても、なお昨日のような試合ができるというのは、日頃の節制や鍛錬が尋常ではないということの証しでもあります。
 人間、気持ちが老け込むと一気に老化現象が始まります。という事は、この二人は気持ちの上でも若手に負けない闘争心が今もなお燃え続けているということになります。
 怠惰な日常を過ごしている私なんかから見れば、本当に頭が下がりますねぇ・・・ (^^;

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2009年3月28日 (土)

トイレのレバー

20090329001  これは、今日私が利用した公園の公衆トイレです (^^;

 こういう不特定多数の人が利用するトイレは、依然として和式が主流です (^_^ゞポリポリ
 お店なんかに設置されたトイレならともかく、こういう場所にあるトイレだと、手入れが行き届かない分、洋式だと利用者に敬遠されがちだからだと思うのですが、最近の子ども達には和式の便器は馴染みがないので、使い方がわからないという子供も多いのだと聞きます。
 都内の小学校だったか、新入生のために和式便器の使い方を図解で教えるという話しも聞きました(苦笑)

 

 それはともかく、この写真にも写っていますが、用を足した後、水を流す時に用いる水洗のレバーですが、皆さんは手で押しますか? それとも足で押しますか?

 私は、ごく小さい時は律儀に手で押していましたが、いつの頃からか足で押すのが当たり前になって今に至ります (^.^; ポリポリ

 

 そういえば、TBSのラジオ番組である「えびシャケ!」の2005年8月30日のテーマが「和式のトイレのバーは、手で押す?足で押す?」でした(笑い)

 この時のリスナーからの投票結果は・・・

 手で押す・・・33%

 足で押す・・・67%

 ・・・ということで、番組的には、日本人のスタンダードは「足で押す」という結果に終わりました (^^;

 

 この時にも思ったのですが、便器のメーカーは、果たしてあのレバーを手で操作するという意識があって作っているのだろうかということです。

 写真を見てもおわかりのように、手で操作するにはあまりにも不自然な位置にレバーが取り付けられてあり、どう見ても足で踏み込んで操作するようにしか見えません。

 私事で恐縮なのですが、用を足した後、私は立ち上がり、まず身支度を整えてから水を流すという手順でトイレを使います。
 そうなると、当然立った姿勢ですから、わざわざしゃがみ込んで手でレバーを押すという事は考えられないわけですよ (^^;

 レバーではなく、壁に設置されたボタンを押して水を流すという方式を採っている和式トイレもあります。その場合には、ボタンはある程度の高さに設けられているのが普通なので、私は足ではなく手でボタンを押します(苦笑)

 もし、メーカー側に「レバーは手で操作する」という意図があるのなら、もう少し高い位置、例えば腰くらいの高さに取り付けるのが当たり前であり、こんな床ギリギリに取り付けるはずがありません。
 番組内でメーカーの人の声も紹介されまして、作り手としては一応手で操作することを前提としており、足で押すと場合によっては壊れることもあるようなことを語っていましたが、それはタテマエだと思いますね(笑い)

 このレバーは、誰が考えたって、足で押す人が圧倒的に多いだろうと私は思っています。

 皆さんは、どう思います (?。?)

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2009年3月27日 (金)

山本山トンネル

 今、大相撲は大阪場所の真っ最中で、昨日十二日目を終えていよいよ三日間を残すのみとなった。

 優勝争いは予想通り横綱同士の一騎打ちになるかと思われましたが、あろう事か、昨日朝青龍が琴光喜に完敗しまして、全勝の白鳳とは二差になってしまい、優勝争いから大きく後退してしまいました (^^;
 それにしても、この二人の他に優勝争いに絡む力士が誰も居ないのが情けない・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 ところで、幕内二場所目の山本山ですが、相変わらず人気は高いです(笑い)
 一番大きな歓声を受けているのが、地元大阪府は寝屋川市の出身力士である豪栄道ですが、それに次ぐ高見盛と変わらないくらいの歓声を受けています ヽ(^o^)尸

 成績の方は、4連勝スタートの後、五日目から苦しみまして、現在6勝6敗の星となって、残り三日間に勝ち越しをかけることになりました。
 やはり、相撲を覚えられたというか、研究されたというか、横に回られて攻められると、意外ともろいところを見せています (^^;
 昨日の嘉風戦でも、スピードに勝る嘉風についていけず、横から後ろに回られて、あっけなく送り出しで敗れてしまいました(苦笑)
 これから幕内に定着し、さらに上位を目指すとなると、この辺りをなんとかしないと通用しないかもしれません。

 

20090327001  ところで、先日、新潟への仕事で関越道を走った時に、おもしろいものに気がつきました。
 関越トンネルは何度も走っているのですが、漫然と走っていると意外と気がつかないもので、今回初めてそんなものを目にしたというか・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 「山本山トンネル」・・・ 関越自動車道の小千谷ICと越後川口ICとの間にある、長さ1800mあまりのトンネルなんですが、このトンネル、今までそんな名前だったとは知りませんでした(笑い)

 このトンネルの北側にある山本山にちなんで付けられた名前なのでしょうが、世の中にはホントにこんな名前の山があるんですね(苦笑)

 それぞれに、いろんないわれがあって付けられた名前なんでしょうけど、地名って、おもしろいなぁと・・・

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2009年3月26日 (木)

ソクラテス

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 これは、古代ギリシアの哲学者として知られるソクラテスが残したといわれることばです。

 

 もっとも、ソクラテス自身は著作を残さなかったと言われているので、弟子のプラトンや、歴史家のクセノポン、アリストテレス等の著作を通じて紹介されているにすぎませんが・・・

 

 人間というものは弱いもので、誘惑に負けて怠惰に時間を過ごしたり、毎日を生きることで精一杯で、他になんにもできなかったりということも少なくないのですが、そうやって過ごした一生がどれほど空しいことか・・・

 ここで言うところの「善く生きる」という事がどういう事なのか・・・
 おそらく人それぞれに思うところはあると思いますが、詰まるところは無駄に時間を過ごすなって事なんじゃないかしら・・・

 ことばは違いますが、以前に紹介したベンジャミン・フランクリンの

 『長生きしても人は満足しないかもしれないが
   充実した人生には満足する』

 というのと、言いたいことは似ているんじゃないでしょうか・・・

 

 また、ソクラテスは、次のようなことばも語ったそうです。
 いずれも、味のあることばだと思いませんか(笑い)

 

 「生きるために食べるべきで、食べるために生きてははならぬ」

 「ともかく結婚せよ
  もし君が良い妻を持ったなら君は幸福になるだろう
  悪い妻を持ったならば君は哲学者になるだろう」

 「世界を動かそうと思ったらまず、自分自身を動かせ」

 

 食べるために生きてるとしたら、動物と変わらないことになります (^^;
 中には、グルメや料理人として、食べるために生きている人もいらっしゃるのかもしれませんが・・・(苦笑)

 ホントかどうかわかりませんが、ソクラテスの妻はたいへんな悪妻として有名です (^^;
 それで、上の「悪い妻を持ったならば哲学者になるだろう」ということばが生まれたんでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年3月25日 (水)

血液型占い

 私の血液型はO型ですが、皆さんはご自分の血液型をご存じですか?

 実は、私はずっと自分の血液型を知らないままで生きてきまして、親兄弟が全てO型だからきっと自分もO型だろうと、そのくらいの関心しかなくて・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 私が自分の血液型をはっきりと知ったのは40才の時です (^^;
 離婚した前妻に子供が生まれまして、その子供との親子関係は存在しない事の証明のために、街の開業医で血液型を鑑定してもらったのがきっかけです(苦笑)
 普通に生まれていたらそんな面倒な事は必要なかったのですが、かなりの早産だったために、そのままだと私の子供として戸籍に載ってしまうことになったからです (^^;

 鑑定の結果は、思っていた通りのO型で、それによって私の子供ではないことが無事に証明されました o(*^▽^*)o

 

 それはともかく、日本には「血液型占い」というものが存在しまして、けっこう気にしたり信じたりしている人が多いのは、私なんかにはとうてい理解できない事でして・・・
 誰がこんな馬鹿げたことを言いだしたのかは知りませんが、どう考えたって血液型で性格が変わったりするわけはないんですよね (^◇^) 。。。ケラケラ

 よく言われるのは、人間の性格がたった四つのタイプに分けられるわけがないじゃないかということです。私はそこまでは言いませんが、人の性格なんてものは複雑極まりないものであって、A型の血液型だから○○の性格だナンて簡単に言えるようなものではないということです。
 第一、本当に血液型で性格が変わってしまうものなら、骨髄移植をした人はそれまでの血液型と違う血液型になってしまうことも多いので、手術前と後で性格が変わってしまう事になってしまいますよ
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!
 実際にはそんな事はないわけで、いかに血液型占いがいい加減なものかの証明にもなると思います。

 

 ただ、「占い」というものは手相でも星占いでも何にでも言えることですが、「統計学」の一つですから、多くのサンプルを元に、こういうケースではこういうパターンという、一つのサンプルのようなものは出ると思いますから、A型の血液型の人に几帳面な性格の人が多いというような結果はあっても不思議ではないと思います。
 しかし、間違えて欲しくないのは、A型の血液型に几帳面な性格の人が多いからといって、「A型の血液型は几帳面な性格」だという事にはならないわけですよ。

 B型の血液型の中にも几帳面な性格の人はたくさん居るだろうし、A型の血液型の人の中にもズボラな性格の人はいくらでも居ると思います(爆笑)

 私は、血液型占いなんてまったく信じてはいませんが、人とつきあう上で、統計学としての血液型占いは有効な手段の一つと言えるだろうと私は思っています。
 A型の血液型の人には几帳面な性格の人が多いという結果が出ているのなら、目の前の人がA型の血液型だったら、この人は几帳面な性格の人なのかもしれないというある程度の目安のようなものにはなるのではないでしょうか。
 特に、上司がたくさんの部下を扱う上で、血液型占いの性格分類を参考にするなんてのは有効な方法ではないかと私は思いますよ。

 

 日本においては、けっこう信奉者が多い「血液型占い」ですが、日本以外では韓国くらいしかそんなモノを話題にしている人は居ないというのが本当のところです。

 信奉者に言わせると、けっこう当たっているとよくおっしゃるようですが、占いというのは万人に当てはまるように上手にことばを選んで語るのがテクニックです。
 試しに、血液型のところを隠して中身だけを読めば、どの血液型の内容も、全て自分に当てはまっているように思えるのが「血液型占い」というものの正体ですよ(爆笑)
 こんなものにいちいち振り回されている人が居るとしたら、愚かな事だと私なんかは思いますねぇ。

 

 2年ほど前にも、「血液型」というタイトルで記事を書いたことがあります。こちらは占いとかとは無関係で、血液型そのものについて語ったものですが、よかったら合わせてご一読ください ( ^-^)/ ♪

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2009年3月24日 (火)

欠陥空港

 昨日、成田空港に着陸しようとした貨物機が、着陸に失敗して炎上したとのニュースが報じられた。

 報道によると、昨日の早朝、7時前のことですが、最大風速約20mの風にあおられた機体は、いったん滑走路でバウンドし、左側に傾いて大破、機体は仰向けの状態で燃え上がったという・・・

 この事故の影響で、一本しかないメインの滑走路(A滑走路)は閉鎖され、成田空港は機能できず、国際空港としての体面は大きく揺らぎ、信頼を失った。

 もう一本ある暫定平行滑走路(B滑走路)は、2180mの長さしかないために、ジャンボ機を始めとする大型機は羽田や新千歳、中部などに到着空港を変更して当面の危機を乗り切り、中国や東南アジアなど近距離国際線を飛ぶ中型、小型の旅客機は、B滑走路で問題なく予定の離発着を処理した。

 

 しかし、国際空港として、今回の不手際はいかがなものか・・・ (ノ_-;)ハア…

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20090324005  そもそも、当初の予定では、4千mクラスの滑走路を2本と、横風用にC滑走路を備えた空港になるはずだったものが、反対派の頑強な抵抗にあって、C滑走路は用地の収用がままならず、計画だけで手つかずの状態。

 

20090324004_2  B滑走路は南側の用地が買収できずに、2002年に大型機の離発着はできない暫定滑走路として供用を開始したものの、空港第2ビルの駐機場からB滑走路へと向かう誘導路の一部が、空港反対派民家とその所有地の影響で、狭いうえに、大きく「への字」に湾曲しており、いまだに不便な利用を強いられている状態です。
 下は、B滑走路に着陸した旅客機が、空港第2ビル方面にある駐機場へと向かう様子を撮影した動画です。「への字」の部分までは映っていませんが、狭い誘導路をゆっくりと移動していく感じはおわかり頂けますでしょうか ( ^-^)/ ♪
 最初のが約33秒、次が約1分5秒の動画です。

 また、メインのA滑走路でさえ、反対派の影響で南側にはアプローチ帯を建設できず、進入灯がA滑走路南側内に750mにわたって設置されているため、南側(太平洋側)から滑走路に進入する場合には、実質3250mの滑走路としてしか利用できないという、実に欠陥だらけの空港です。

 

 翻って、今回の事故ですが、最大風速20mの風なんて、それほど特別なものではありません。台風などの影響がなくても、ちょっと風が強い日ならそのくらいの数字が出る事はあるでしょう。そんな時に、横風用の滑走路がない成田空港では、常に今回のような事故が起こる可能性は否定できません。

 今回の事故は、元を正せば空港反対派のテロリスト達が空港内の土地を占拠し続けて、3本の滑走路を完成させなかったことに原因があるわけで、早急に反対派のテロリストを排除して、空港の建設を急がないと、成田空港に未来はないと私は思います。

 誰が考えたって、羽田を国際空港にした方が、便利で機能的な空港だというのはわかりきったことで、こんなデタラメな計画で見切り発車してしまった成田空港は、今までに同様の事故が起きなかったことの方がむしろラッキーなことだったと思わなければなりません。

 

 ところで、これだけ大きな事故だったのにもかかわらず、件の滑走路のすぐそばのアパートに住んでいる私は、事故のことをまったく知りませんで、テレビのニュースで事故を知ったのですが、騒がしい音が聞こえてくるわけでもありませんし、まったくいつもの平穏な朝でした。
 報道では、北西の風が吹いていたということで、私のアパートの方から空港に向かって吹いていた格好なので、それで音も聞こえてこなかったんだと思います。

 また、仕事で空港内の貨物地区に荷物の引き取りに行きましたが、事故のあったA滑走路は目と鼻の先なのですが、そういう雰囲気も伝わってきませんで、報道ほどの実感はありませんでした (^^ゞ

 

 予定では、今日中には滑走路の清掃作業を終えて使用可能になると言われていますが、二日間も大型機の離発着ができなかったことは、成田空港に大きな汚点を残した事になるでしょうね。

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2009年3月23日 (月)

プリンター

 ネッ友さんが、プリンターを新しく購入したというブログを先日目にしました。

 

 私も、PC歴・・・というか、PCを使い続けた期間はけっこう長いので、オモチャのようなMSXから88,98,そして Windows と、今日まで何台もの機種を使い続けてきました。

 そして、プリンターもその時々で様々なモノを買って使ってきました。

 

 私が一番最初に買ったプリンターは、20年以上も前の事ですが、MSXパソコンにつないで使った、SONYのプロットプリンターというものでした。
 これは、専用のボールペンをセットしてロール紙に書いていくもので、今のプリンターから比べれば本当にオモチャそのものでした (^.^ゞポリポリ

 当時、雑誌に載っていたプログラムを一生懸命に入力して、未熟なゲームで遊んでいましたが、そのうちに遊び半分でBASICを覚え、拙いプログラムを組んでみたことがあります。
 初めは円や四角を書くことを覚え、それらを組み合わせて紙芝居ふうの絵とストーリーをプログラムで表わしてみました。
 次に、打ち上げ花火を表現したプログラムを・・・ (^.^ゞポリポリ

 次第に、実用的なものをという事で、住所録とかビデオライブラリのデータベースとかを作った頃に、必要に迫られて買ったのがプロットプリンターで、もっぱらプログラムのリストを印刷するのに使っていました。
 プロットプリンターというのは、本格的なものだと製図などを書く時に用いるタイプなので、文字を書くというよりは絵を描く方が得意というシロモノで、私が買ったオモチャも4色のボールペンをセットできるタイプでしたので、いろいろとインクの色を変えて絵を描いたこともありましたが、実際にマトモな絵を描いたのは、85年に阪神が優勝した時の暮れに、86年の年賀状にと、トラの絵を描いた時ぐらいでしたが(笑い)

 

 マトモなプリンターを買ったのは、15年くらい前の事で、エプソンのノートPCを使っていた時、ブラザーのドットインパクトタイプの物を買いました。

 その後、ネッ友さんからNECの熱転写式のプリンターを頂いたこともありまして、これは重宝して使い続け、今も手元にあります。

 

 その後、PCもDOSから Windows へと移り、2002年にXPのPCと一緒に買ったのがサンヨーの安い複合機で、これはしばらく使いました。
 しかし、インクがバカ高いのと、そのインクが入手不可能になったのとで、新しいプリンタを買う決心をしたのが2005年のことです。

 サンヨーのプリンターを使っていて学習したことは、プリンターはキャノンかエプソンの物以外を買ってはいけないという事でした。

 なぜなら、サンヨーのプリンターも、どこも壊れてはいないのですが、肝心のインクが手に入らないので使用不可能になってしまったわけで、買う時に安いからとかなどの刹那的な理由でマイナーなメーカーの製品を衝動買いしてしまうと、後から消耗品が手に入らなくなる可能性が非常に高いからです。
 プリンターなんて技術の進歩がけっこう速いので、モデルチェンジも頻繁に行なわれ、使用する消耗品もその都度別なタイプに変わってしまうなんてことは日常茶飯事です。同じメーカーのプリンターでも、新製品だとインクカートリッジの形状が違うので、それまでのものと互換性はないなんて事はよくあることで、そうなると古い方のインクカートリッジは遠からず入手困難になってしまうわけです。

 その点、キャノンやエプソンのプリンターなら、インクが手に入らなくなるなんて可能性はほとんど無いと思います。なぜなら、これだけシェアの高いメーカーの消耗品というのは、当のメーカーだけでなく、サードパーティといって他のメーカーからも汎用品という形で提供されることが多いからです。
 純正品と同じ形状の物でなくても、例えば詰め替えインクといった形で提供されることも少なくありません。

 という事で、この時に買ったのがキャノンのip3100というプリンターです。
 このプリンターは、現在も重宝して使っていますが、2年後の2007年に同じキャノンのMP810という複合機を買いまして、現在2台のプリンターを使い分けています。

 

 2台目の複合機を買おうと思ったきっかけは、スキャナーを利用したかったからで、スキャナーだけならインクの無いサンヨーの複合機でも間に合ったんですが、フィルムスキャンの機能も付いているということで、過去に撮ったフィルムなんてそれほど残ってはいませんが、新しい機能が付いていると欲しくなり、自分も使ってみたいと思うのは私の悪いクセでして・・・ (^.^ゞポリポリ
 で、サンヨーの複合機はお払い箱にして、新しくMP810を購入しました。この時にも、一番に考えたのは消耗品のインクカートリッジの事です。
 MP810なら、前に買ったip3100と同じインクカートリッジを使いますから、新たに別のインクを買う必要はないからです。

 

 プリンターに限らず、FAXなんかでもそうですが、本体は安く手に入るのに消耗品はけっこう高価なことが多いものです。
 ですから、本体を選ぶ時に選択を間違えると、後々後悔することになります。よく言う、「安物買いの銭失い」というヤツです (^^;

 テレビや冷蔵庫などのように、本体だけで完結するような製品ならどこのメーカーを選んでもそれほど後悔することはないと思いますが、掃除機とかFAXとか、消耗品がついて回るような製品を購入する際には、間違っても聞いたことのないようなメーカーの製品だけは選んではいけません。消耗品が手に入らなくなれば、もうその製品は使えないということになってしまうからです・・・

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2009年3月22日 (日)

格差

 大相撲の春場所も、前半戦を終えて、今日は中日を迎えます。

 ここまでの星取を見てみると、両横綱は全勝で万全ですが、大関以下の役力士達の不甲斐なさ・・・ (ノ_-;)ハア…

 琴欧州 ○●○●○○○
 千代大海○●●●●●●
 魁 皇 ●○○○○○○
 安 馬 ●○○○○●○
 琴光喜 ○●●○○○○

 毎日毎日、大関の誰かが負けていて、二人以上の大関が負けた日は5日もあります。しかも、いずれの大関も2敗以上していて、全員が早々に優勝戦線から脱落した格好です q(`o')ブー!!
 魁皇だけが一応1敗ですが、いつ引退してもおかしくない力士だけに、中日以降8連敗することだって十分あり得ますから、割り引いて見てちょうどいいくらいだと私は見ています。

 

 横綱と、それ以外の力士達との力の差が歴然としていて、これでは興業として盛り上がろうはずがありません。
 これは、今場所に限ったことではなく、毎場所、毎場所繰り返されてきたことでありまして、大関が優勝争いに絡むことが無いのは今に始まったことではありません。

 いつも、早々に優勝争いから脱落してしまう大関陣は、琴欧州が優勝した昨年の夏場所に遡るまで、不甲斐ない成績のオンパレードです(怒り)
 これでは、なんのための大関なのか、その存在価値さえ疑いたくなります。

 二人の横綱の力が抜きん出ていて、それ以外の力士達との格差がありすぎるとはよく言われることですが、私はそれはちょっと違うんじゃないかと思うようになりました。

 私も、これまではそのように思ってきたんですが、朝青龍も、白鳳も、これまでの横綱達と比べてもそれほど特別な横綱だとは思えません。
 体つきだって特別大きいわけじゃありませんし、圧倒的な力持ちというわけでもないじゃないですか(笑い)
 それでも、この二人の横綱に付いてこれるような力士が居ないというのは、横綱が特別強いのではなく、それ以外の力士達が弱すぎるのだという結論に達しました(爆笑)

 

 最近の力士達は稽古を嫌がる傾向にあるとはよく言われることです。
 稽古をしないどころか、ロクなものも食べていないと聞きます。いや、食事をしていないわけではないんですがね、ちゃんこを食べずにハンバーガーだとかポテトチップスだとかの間食でお腹を膨らましているとかのウワサを耳にします (^^;
 これではマトモな身体を作ることはできませんし、相撲も強くなれないのは道理です。

 このところの稽古では、量の多さで目につくのはなんといっても安馬だという事です。次いで朝青龍と白鳳・・・ (^^;
 その安馬にしたって、かつての昭和の力士達から見れば稽古量はずっと少ないようですし、横綱二人が一生懸命に稽古をしていて、他の力士達がいい加減な稽古しかしていないようでは、この先もこの二人に追いつくような力士が育ってくるわけはありません。

 

 それにしても、今の大関陣は何なんでしょうね・・・ (ノ_-;)ハア…

 前半戦で揃って2敗ずつ・・・千代大海に至っては休場以外考えられない成績なわけで、今場所も優勝争いは朝青龍と白鳳の二人で行なわれる事は確実です。
 毎場所毎場所、優勝争いにも絡めない大関なんて、何の存在価値もないわけですから、角番なんて待たずに皆降格させてしまえばいいんですよ(怒り)
 もしくは、年間50勝に満たない大関は降格とか・・・
 そのくらいの厳しさが大関にはあってしかるべきだと私は思いますよ。

 高い給金もらっているくせに、働かないのでは、給金泥棒と言われても仕方のないことで・・・ (__;)

 

 横綱と大関との間の実力にここまで「格差」がついてしまっては、この先も大相撲が盛り上がろうはずはありませんね(笑い)

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2009年3月21日 (土)

あぶさん

 ついに・・・「ついに」というか「とうとう」と言うべきか、そういう表現がまさにピッタリと当てはまる記事を先日ネットで目にした・・・
 私の愛する景浦安武の「引退宣言」が発表されたのだ・・・ (__;)

 景浦安武・・・ ホークス一筋36年、今年37年目のシーズンを迎える62才の現役のプロ野球選手です。
 もちろん、実在の選手ではなく、小学館発行の成年コミック誌「ビッグコミックオリジナル」で連載中の野球漫画「あぶさん」の主人公なんですが、私にとっては実在の選手以上に愛して応援し続けて来た唯一の選手です。

 昨年の夏に、「景浦安武」というタイトルで記事を書いたこともあるので、今日の記事をお読み頂く前に、ぜひそちらの記事もお読み頂きたいと思います m(_ _)m
 上のタイトルをクリックして頂ければ、過去の記事にジャンプしますよ ( ^-^)/ ♪

 

 連載が始まった頃ならともかく、年々現実とのギャップが大きくなっていきましたから、いつかはこういう日が来るだろう事は予想してはいましたが、現実となるとやっぱり淋しいですねぇ・・・ (__;)

 

 10年くらい前からは、毎年、シーズンオフになると、来年も現役でやってくれるだろうかと、常に心配している私がいまして、春が来て、ユニフォーム姿の景浦選手を紙面に見つけると、ああ、今年も一年間はあぶさんの活躍が見れると安心するのが常でした (^^;

 

 この作品の連載が始まった73年は、私は中学の3年生。高校1年生の時に、クラスメートのMからコミックの第1巻を借りたのがきっかけで、それから延々と買い続けてきて、現在93巻まで刊行されています (^_^ゞポリポリ

 この間、私も高校生から社会人となり、サラリーマンから自営へと、様々な人生を歩んできましたが、いつも心の中には南海ホークスがしっかりと座り続けていました。

 そのホークスも、南海からダイエーへ、そしてソフトバンクへと2度も親会社を変え、万年Bクラスだった弱小球団もいつの間にか毎年優勝争いができるチームへと変わりましたが、監督は野村克也氏を解任した頃から長期低迷を続け、代を変わるごとに監督の質は落ちていきました。

 最近でいえば、根本陸夫氏が監督として大きな仕事をしてくれたのを高く評価しています。彼が今日のチームの土台を作ってくれたおかげで、後任の凹が監督として美味しいところを独り占めできましたが、チームの優勝とか日本一とか、そういう栄光は決して凹の功績ではありません。
 凹は人間的には評価できますが、監督としては仕事らしい仕事は何もできず、単に根本氏の残した遺産を食いつぶした挙げ句に、チームを再び弱小球団にしてしまった戦犯です q(`o')ブー!!

 

 それはともかく、この「あぶさん」という作品は私の人生を大きく変えてくれました。
 それまでの私は、皆がそうだったように巨人のファンであり、巨人以外のことはほとんど知りませんでした。ましてパ・リーグの事なんて知る術もなく、どんな球団があるのかさえもわからないような状態でしたが、これ以降、私の観戦スタイルはパ・リーグ中心になり、セ・リーグとは縁を切ります (^^ゞ

 もちろん、パ・リーグの試合を観戦する手段なんてありませんでしたから、ホークスを応援しているとはいっても、どんな選手が居てどんな戦いをしているのかさえわからず、時々スポーツ新聞で順位を確認するくらいがせいぜいでしたが・・・(苦笑)

 そして、年に一度、日本シリーズに出てくるパ・リーグのチームをひたすら応援していました(笑い)
 この頃は、西武の黄金期が長く続いたので、応援しているホークスよりも、西武の選手の方が名前も顔もよく知っていましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 この作品の中で監督をしていた野村克也氏は、以後私の一番尊敬する野球人になりました。もちろん、今も私にとっては神に等しい存在です (^_^ゞポリポリ

 

 引退したあとも、当面作品の連載は続けるそうです。そうなると、当然チーム内でのポジションは指導者ということになります。
 それでも、ホークスと一緒に歩いてくれるということだけが嬉しくてね (^_^ゞポリポリ

 

 私の人生の三分の二近くを共に歩んできた景浦安武・・・
 できれば、これからも彼の姿を見続けていきたいと思っています。

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2009年3月20日 (金)

ネット恋愛

 インターネットをはじめとする、いわゆる「ネット社会」において、そこに集う人達同士の恋愛について疑問視する方も少なくありません。
 「ネット社会」は、実社会とは違ってバーチャルな「疑似社会」ですから、そこでの会話や付き合いもホンモノではない「ウソ」が蔓延しているという考え方です。
 ネットでいくら愛を語り合っても、それは疑似恋愛であって、本物の恋愛にはほど遠いと・・・

 

 確かに、ネットでの恋愛というと、よく言われる「出会い系サイト」なんかがすぐに連想されがちだから、そういう偏見もやむを得ないんだろうけど、私のように20年近くもネットをやっていると、ネット上で恋愛を見かけることも少なくなくて、そこで結ばれたカップルをいくつも見てきました。
 中には、岐阜にお住まいの女性が都内の男性の元へ嫁いだという遠距離恋愛もありまして、さすがにネットでの恋愛だなと思ったこともありましたし、私も関東のネッ友さんの結婚披露宴や引っ越しなどにも呼ばれた経験も持っていますから、ネット恋愛には比較的理解はあった方だと自負しています。。

 何より、今回一緒になったティンクは、Nifty の某サークルで知り合ったネッ友さんですから、私自身もネットで知り合った相手と結婚したことになります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 4年ほど前の事ですが、Nifty のサークルに参加した時に、ティンクはすでにそこに居て、新規参加の私に対してもあれこれと世話を焼いてくれた事を思い出します (^^ゞ

 そんな折、サークル主催の忘年会オフが上野で行なわれ、私もそのオフに出席したのがティンクと顔を合わせた最初です。
 笑顔のステキな女性で、正直私の一目惚れでした (^◇^) 。。。ケラケラ

 でも、まぁ、コトはそう簡単には進みませんで、オフとかがあると、できるだけ参加するようにはしていたんですが、ティンクに言わせると、当時の私のことはほとんど印象にはないと・・・ ヾ(;´▽`A``
 中には、熱海での1泊オフなんてのもあったはずなんですが、そこでも私の思い出はほとんど無いそうで、メンバーの中に私が居たことさえあやふやで・・・(爆笑)

 そんな影の薄い私だったはずなのに、昨年の夏にプライベートオフをしてからは、彼女を独り占めしていたりして・・・ (*^.-^*)♪

 

 まったく、世の中、どこでどうなるかなんてわからないものですね(苦笑)
 特に、男女の仲なんて他人から見たら理解不能だと思いますよ (^^;

 今回のことで、一番驚いているのが私自身だったりしますからね (^◇^) 。。。ケラケラ
 ガンコで偏屈で、かなりの変人だと十分に自覚していますから、女性に縁があるとは思えないと誰よりも私自身がよくわかっているんで・・・ (^.^; ポリポリ

 

 そういえば、昨日、藤原紀香と陣内智則の破局が報じられました。
 あのカップルは、最初から釣りあいが取れないと思っていましたから、別に驚きもしませんが、私とティンクも、端から見ればかなり不釣り合いな方なので、この先ティンクに見捨てられないようにと頑張らなければ・・・ (^_^ゞポリポリ

 もう、ティンクが居ない生活なんて、私には考えられないですから・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年3月19日 (木)

ゾンビ大会

 今開催されているWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)ですが、どうもにも納得のいかない大会です。

 これは、この大会で採用されている「ダブルエリミネート方式」のトーナメントというのが、普段馴染んでいない方式だけにわかりにくさに輪をかけているからだと思う。

 1度負けたら敗退する一般的なノックアウト方式のトーナメントと違い、2敗した時点でトーナメントから排除されるという事で、負けても敗者復活戦があり、同じ相手と何度も何度も戦うことになるのが納得いかない。
 まるで、死んでも何度も甦ってくる「ゾンビ」同士の戦いみたいな大会だ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090319002 20090319001

 

 例えば、今回の日本代表は、1次ラウンドで韓国と2度戦い、1勝1敗の成績だった。
 2次ラウンドでも韓国と昨日3度目の戦いを行い敗れた (^^;
 すると、今日、先日破ったキューバと敗者復活戦を行なうという・・・ (ノ_-;)ハア…
 そこで勝てば、明日韓国と4度目の戦いを行ない、1位と2位を決めて決勝トーナメントへと駒を進めるという。

 決勝トーナメントでは、お互いに1勝すれば、決勝戦でまたまた韓国と戦うという事だってあり得るわけで、どうして、こんなに何度も何度も同じ相手と戦わなくてはならないんだろう (?。?)

 

 どう考えても、これが「ワールド」な大会だとは思えない。
 組み合わせにもう少し配慮があれば、このような事は避けられたと思うのだが、いかんせん、アメリカの、アメリカによる、アメリカのための大会であるから、このような一方的なルールを押しつけられてしまうわけで、こんな不公平な大会ならもう止めてしまえと声を大にして言いたい。

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入籍

 昨日、ティンクと二人で成田市役所に出向き、婚姻届を提出して入籍を済ませました (^_^)V。

 先月から一緒に暮らしていたんで、当初の予定だと2月下旬のティンクの誕生日くらいまでには入籍しようと話し合っていたんですが、いろいろと事情があって昨日になってしまいました (^.^ゞポリポリ
 という事で、昨日は私らの「結婚記念日」という事になります ヽ(^◇^*)/
 といっても、お互い再婚同士ですから、結婚式とか披露宴とかの特別なイベントは何もありませんが・・・ (^_^ゞポリポリ

 でも、まぁ、これで肩の荷が下りたというか・・・ o(*^▽^*)o~♪
 逆に、両の肩にズシッと責任がのしかかってきたというか・・・ (^^;

 今までのように、楽しいという気持ちだけでは暮らしてはいけないなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 9時過ぎに市役所に出向いたんですが、市民課の窓口で手続きを待っている間に、私らの他にも婚姻とおぼしきカップルを二組ほど見かけました(苦笑)
 私らと同じ時間に、同じ窓口で他にも婚姻届を提出する人が居るとなると、昨日だけで成田市役所では何組の婚姻届が受理されたんでしょうね(笑い)

 ちなみに、平成19年度に全国で受理された婚姻件数は719,822組といいますから、おおよそ2分間に3組の夫婦が生まれた事になります。

 もっとも、一方では257,475組の離婚もあったそうなので、こちらは2分間に一組の割合で夫婦が離婚していたことになります(苦笑)

 ・・・ということは、差し引きすると、我が国では毎分一組の割合で夫婦が増えているんですね (^^;

 まぁ、厳密に言うと、離婚でなくても、例えば死別などでも夫婦の数は減っていきますから、そう単純なハナシでもないんですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 ところで、どうでもいいことですが、今回私らは「入籍」を済ませましたが、「結婚」するということと「入籍」するということとは、厳密には意味が違います。

 普通、未婚の男女が結婚する際には、両家の筆頭者である親の戸籍から抜け、夫か妻のどちらかが筆頭者となり、二人で新しい戸籍を作りますから、「入籍」という手続きにはなりません。
 その場合は、婚姻により「新籍の編成」をしたという言い方をします。

 「入籍」というのは、文字通りすでにある戸籍に他の人が入り、その戸籍の筆頭者の姓を名乗るということです。
 再婚者の場合には、戸籍筆頭者と結婚し、その戸籍筆頭者の姓を名乗ることが多いので、その場合は「入籍」という手続きが行なわれることになります。

 私らの場合も、お互いに離婚して戸籍の筆頭者となった者同士の再婚であり、私の戸籍にティンクが入って、私の姓を名乗ることになりましたから、ティンクが私の戸籍に「入籍」したことになります (^^)v

 一般的には、「結婚」と「入籍」とを混同している人も多いので、マスコミなんかでも誤用はよく見られるようですね。

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2009年3月18日 (水)

少年キング

 昨日は、「漫画週刊誌の日」という事を、こやなぎ名人のブログで知りました。
 1959年の昨日、日本初の少年向け週刊誌として「少年マガジン」「少年サンデー」が発刊された日なんだそうです。

 私が生まれたのが1958年の4月ですから、ほとんど生まれた時から漫画週刊誌が存在していたことになります。
 もちろん、赤ん坊の頃からマガジンやサンデーを読んでいたわけではありませんが、生まれて初めて買ってもらった「少年マガジン」のことはよく覚えています。
 1964年、当時の定価は40円でした。メインの連載作品は「エイトマン」「黒い秘密兵器」「ハリス無段」など・・・

 

20090318011  ところで、これら二つの週刊マンガ雑誌に遅れること4年、少年画報社から「週刊少年キング」が発刊されます。
 以後、私の少年時代は、「マガジン」「サンデー」「キング」の三誌が三つどもえで読者を奪い合っていました。
 後に、「少年ジャンプ」、「少年チャンピオン」が相次いで発刊されて、少年マンガ雑誌は五誌になり、漫画界は隆盛を極めます。

 

20090318012  しかし、その中にあって「少年キング」だけは思うように部数が伸びず、1982年の4月に休刊の憂き目にあい、その後は「少年KING」として月2回の刊行で生きながらえていましたが、それも1888年で休刊して今に至るので、「少年キング」の名前を知らない方も多いと思います。

 

 

 確かに、キングの連載作品にはそれほど読者を惹きつける作品は無かったけれど、初期でいえば「サイボーグ009」、中期では「ワイルド7」、後期ですと「銀河鉄道999」など、常に柱となる強力な作品があって、根強い読者を取り込んでいました。これらの人気漫画のタイトルに、いずれも数字が入っているのも偶然とはいえ興味深いなぁと・・・ (^^;

 

20090318013  他にも、「サイクル野郎」「ジャイアント台風」など、異色の作品が多く、秀逸でしたが、いかんせん他の作品群が貧弱すぎたことが部数が伸びない大きな原因だったように思います。

 

 

 しかし、当時ならともかく、ゲーム機器やPCなど、これだけ娯楽が多様化した現代においても、マンガ雑誌は相変わらず子ども達をとらえて放しません。
 これは、本当に凄いことだなぁと思いますねぇ。

 

 海外ではマンガは子供のためのモノであって、オトナの観賞に堪えうるような作品は少ないと思いますが、日本ではサラリーマンのためのマンガ雑誌まで存在しますから(笑い)

 

 私が一番好きだったのは「少年マガジン」で、それは今も変わっていませんが、「少年キング」もなかなか魅力的な雑誌だったんですがねぇ・・・ (__;)

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2009年3月17日 (火)

リニア中央新幹線

 昨日、山梨県の富士吉田市へ仕事で行って来ました。
 中央道で大月JCTから都留市へと向かう途中、山梨リニア実験線のそばを通りまして、大規模な軌道を目にしました。

 

20090317011

 およそ2年ほど前の4月、JR東海の松本正之社長が、2025年をめどに、東京-名古屋間でリニア中央新幹線の営業運転開始を目指すことを正式に表明した。
 計画では、東京-名古屋間が約40分、全線開通すれば、東京-大阪間が1時間で結ばれるという。

 夢のようなハナシではありますが、私はこのリニア新幹線には否定的な一人です。

 なぜ、今さらリニア新幹線なんてものを建設しなければならないのだろう (?。?)

 

 今現在、のぞみなどの新幹線を使っても、東京-大阪間は2時間半程度で行く事ができる。それでも十分すぎるくらいだと思うけど、それでも遅いと感じる人がどれだけ居るというのだろう?

 新幹線で物足りない人は、航空機を利用すれば良いだけのことで、巨額な建設費を使って新たに新路線を建設することにどれほどのメリットがあるのかはなはだ疑問です。

 

 リニア新幹線は、従来の鉄道とは全く違うコンセプトの元に開発された車輌です。ですから、軌道も一から建設しなければなりません。それも、単にレールを敷いていくだけのような簡単なものではなく、その構造からも全体を壁で覆うような大がかりなものとなることは必然で、総工費は10兆円前後にもなると試算されています。
 この財政難の時期にあって、どこにそんなお金があるというのでしょう。

 航空機なら、空港を作ればそれだけで十分なわけで、空港と空港を結ぶ路線は空中ですからレールも何も必用ありません。
 リニアから比べればはるかに安価な投資で路線が確保できることになります。しかも、空中にはメンテナンスなんてものさえも不要なわけです。

 また、リニア新幹線には、車体を浮かして走るという基本的な構造がネックになって、早いけれど大量輸送には向かないという、鉄道としては致命的な欠陥があります。重くなると車体が浮かなくなるからです(笑い)
 車輌や運行システムに不具合が出て浮かなくなると、車輪があるわけではありませんから、その重たい車体はただの鉄の塊となってしまい、軌道上から排除することが非常に困難になってしまいます (^^;
 軌道上から動かす事ができなければ、営業運行は即、麻痺してしまいます。

 それに、リニア新幹線は、ただ「速い」という事だけがウリで、高い壁に遮られて車窓を楽しむことはおそらくできないだろうと思います。旅の目的は、単に移動することではなくて、移動している間も含めて「旅」だと思うので、そういう事も含めて魅力は無いなと私は思いますね。

 

 新幹線でも物足りないと感じる人は、航空機を利用すれば事足りるわけで、今さらリニア新幹線なんて必要ないと思いませんか?

 ただ、リニアの技術は海外に売り込むこともできるわけですから、国内で必要ないからといって研究も必要ないとは思いません。
 せいぜい頑張って、中国とかヨーロッパとかの広大な国土で建設してもらえるように売り込んだらいかがでしょう ( ^-^)/ ♪

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2009年3月16日 (月)

チラシ

 我が家では、新聞は購読してはいません。
 以前は産経新聞をずっと購読していたのですが、八街市に越した際に産経新聞の販売店が近所になかったこともあり、購読を止めてから15年以上になります。

 

 新聞を購読するメリットは様々ありますが、その中でも大きい比重を占めるのが、テレビ番組欄と折り込みチラシではないでしょうか(笑い)
 ニュース記事は、新聞でなくてもテレビやネットなど、他の媒体でも見聞きすることはできますし、テレビ番組は市販のテレビガイドなどで十分に間に合わせることはできますが、チラシだけはなかなかそういうわけにはいかなくて・・・

 

20090316011

 以前は、スーパーのHPなどを見ても、チラシ情報までは載っていないことが多かったのですが、最近では各店ともお買い得情報の一つとして、チラシをPDFファイルなどで閲覧することができ、私も活用するようになりました (^^)v
 やはり、お客さんの声が大きかったのではないかと思います。

 写真は、我が家の近所のスーパーに在る、「カスミ」というスーパーのチラシで、ネットから拾ってきました (^^ゞ

 

 こうなると、ますます新聞を購読するメリットはなくなってしまうんじゃないかと私なんかは思っています。

 最近では、さらに一歩進んで、その地域で一番安く買えるチラシ情報なんかを携帯やPCで閲覧できるサイトまでできたと聞いています。
 こういう事は、紙媒体ではとうていできない芸当ですから、本当にネット様々だと私は思っています。

 

 新聞記事をスクラップするにしても、HPの記事をプリントアウトすればそれで間に合うわけですし、毎月3千円程度を支払ってまで新聞を配達してもらう必要性っていったい何でしょう・・・

 それまで当たり前に行なっていた新聞購読を止めても、私には不便だとかそういう思いをしたことがありません (^^;
 古新聞のゴミが出ないだけでも、メリットは大きいんじゃないかな(爆笑)

 まぁ、新聞の勧誘は、相変わらずやって来ますが、煩わしいだけなのでマトモに相手にしたことは一度もありませんよ (^_^ゞポリポリ

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2009年3月15日 (日)

ダイコン

 昨日、仕事で練馬区の下石神井まで行って来ました。

 

20090315012  練馬といえば、すぐに連想するのは「練馬大根」です(笑い)
 その名前の通り、練馬で栽培された大根だから「練馬大根」という名前なのですが、現在では練馬区内ではほとんど栽培されていないそうです。
 そりゃそうですよね、練馬辺りの土地は畑として存在するよりも宅地としての方がずっと利用価値があると思いますから・・・ (^^;

 

20090315011  今では、千葉県とか群馬県とかが練馬大根の主な生産地だそうですが、練馬大根の生産量は年々減る一方で、それに代わって「青首大根」の生産が増えているそうで、今では大根といえば青首大根のことを指すまでになりました。
 スーパーなどで見かける大根は、葉っぱの付け根のところが青くなっている「青首大根」がほとんどだと思います。

 

 よく、女性の足を指して「ダイコン足」なんて言ったりしますが、青首大根ならダイコン足は悪口になってしまいますが、練馬大根ならむしろ褒めことばになります(笑い)
 なぜなら、練馬大根はスラッと細く長いのが特徴で、オマケに全体的に色白ときていますから (^^)v

 長いことが練馬大根の大きな特徴であり、大きいものだと70~100センチほどにもなりますから、通常の青首大根の二倍くらいもの長さがあります (^^;

 このために、引き抜く時に大きな力が必要となるために、高齢者が中心の農家の方からは敬遠されがちで、そのために生産高が落ちているとも言われています。
 青首大根と比べると、数倍もの力が必要ということですから、手間をかけられないと思えば作付けが減るのもやむを得ないのかなと・・・

 

 先の「ダイコン足」ではありませんが、売れない役者のことを「ダイコン役者」と言ったりします。
 これも、いろいろといわれがあるようですが、私は、次の説を支持しています (^^ゞ
 ダイコンは、他の食べ物の消化を助けこそすれ、一緒に食べたからといって食あたりを起こすようなことはありません。この事から、当たらない役者のことを「ダイコン」と言うようになったというものです(笑い)

 

 私は、大根が好きで、特に大根おろしに目がありません。東京の電気屋に勤め、独り暮らしを始めた30年以上も前の事ですが、ナショナル製の大根おろし器を買ったことがあります (^_^ゞポリポリ
 確かに便利なことは便利なのですが、おろした後の後片付けが面倒くさいので、2~3度使ったきりでその後は一度も使うことはありませんでした(苦笑)

 あと、おでんの具で一番好きなのが大根です (^^)v
 つゆがしっかりと染みこんだ大根は、とても美味しいと思いますねぇ(苦笑)

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2009年3月14日 (土)

暖かい朝

 今朝は、やけに暖かな朝です ヽ(^o^)尸

 いつも、起きるとすぐに入れるファンヒーターのスイッチも、今朝はまだ押していません(笑い)
 暖房の要らない朝というのは、今シーズン初めてです。

 

 啓蟄も過ぎて、桜の開花予想も二度目が発表されて、福岡では全国一早く、昨日開花宣言が出されました。
 もう、春に向けてまっしぐらって感じですかね (^^)v

 

 私は、寒いのが苦手なので、今朝はとてもありがたいです ヽ(^◇^*)/
 ただ、風はとても強く吹いていますし、雨もシトシトと降り続いています。

 

 今日の仕事は、練馬まで・・・
 頑張って行ってこようっと o(*^▽^*)o~♪

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2009年3月13日 (金)

橋の下

 「橋の下」というタイトルをご覧になって、皆さんはどのような記事を連想なさったのでしょうか(笑い)
 もしかして、ホームレスかなんかの記事じゃないかとお思いになられた、あ・な・た・・・ 残念でした~ (o^∇^o)ノ

 

20090312001 20090312002

 この写真は、首都高速に架かる超有名な吊り橋で、左側が「レインボーブリッジ」、そして右側が「横浜ベイブリッジ」です。
 いずれも、夜景を撮った写真ですが、私がこんなキレイな写真を撮れるはずもなく、ネットで拾ってきたもので恐縮なのですが・・・ (^.^; ポリポリ

 

 高速道路としての両橋は有名ですが、実は、この橋は上下二層構造になっており、上層部は首都高として有料道路となっていますが、下層部は一般道となっており、いつでも無料で走行が可能なんですが、首都圏にお住まいの方でも土地勘がないと意外と知られていない情報だったりします。

 

 私は、仕事柄首都高はよく利用しますから、「レインボーブリッジ」「横浜ベイブリッジ」も何度も走っています。
 もちろん、首都高部分だけではなく、下の一般道も走ったことはありますが、「レインボーブリッジ」の下を走る「東京都道482号台場青海線(通称臨港道路)」の方は、都内方面からの帰宅の際によく利用しますが、「横浜ベイブリッジ」の下を走る「国道357号線(通称東京湾岸道路)」の方はめったに利用することはありませんで、たいていは神奈川線の通行料金600円を払って、上の首都高の部分を渡るのがほとんどです (^^ゞ
 なぜなら、ここから一般道で成田まで帰宅するというのは、かなりしんどいからで、たいていはベイブリッジを渡り、大黒線から横羽線を使って羽田ランプで下りるというルートを取ることが多いです。
 羽田からなら、すぐに湾岸道路に出ることができますから、ここからなら東京線の700円を使わなくても、一般道で帰宅するのにそれほど精神的な負担はありませんから (^^)v

 

 今日は、そんなあまり一般的には知られてはいない、橋の下を走る一般連絡道の写真を中心に語ってみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 まずは、東京都港区の芝浦お台場とを結ぶ「レインボーブリッジ」の下を走る「臨港道路」の方から・・・ ( ^-^)/ ♪

 

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 これらの写真は、芝浦側からお台場側へと走った「下り線」を撮った写真です。

 芝浦側からは大きなループを登って橋の下へと向かいます。ループの部分も橋の下の部分も片側2車線の立派な道路になっていますが、お台場側へと下りていくと強制的に1車線に合流させられてしまいます。
 中段の後ろ2枚には、上り車線との間に設けられた新交通システムの「ゆりかもめ」の車輌が写っています(苦笑)
 橋の柱が多いですし、路側帯もありませんから、ゆっくり景色を眺めている余裕はありませんが、それでもホンの少しだけ東京湾の景色を見ることができますよ (^^)v
 渡り終えた先には、お台場のシンボルである大観覧車が真ん前に見えてきます (*^.-^*)♪

 

 

 次に、横浜の本牧埠頭A突堤と大黒埠頭とを結ぶ「横浜ベイブリッジ」の下を走る「湾岸道路」です ( ^-^)/ ♪

 

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 同じく、これらの写真は、本牧埠頭側から大黒埠頭側へと走った上り線の写真です。
 こちらの道路は、レインボーブリッジのものとは違ってずっと片側1車線のままです。本牧埠頭側からは、おおむね真っ直ぐに橋の下へと登っていく感じですが、大黒側へと下りていく道路は大きくカーブしながら他の道路へと接続するような形になっています。
 こちらの道路は路側帯が設けられてはいますが、下り車線とはガードレールで区切られているだけなので、トレーラーなどの大型車を含む対向車がすぐ隣に見えますので、ちょっと窮屈な感じがするのは否めません。

 

 こんな「橋の下」の話題はどんなものですか?

 私は、仕事柄、こういう珍しい道路を走るのは楽しみな方なんですが、こんな地味な写真を何枚もアップしてみたところで、ほとんどの方は興味なんてないと思います (^◇^) 。。。ケラケラ

 まぁ、誰か一人くらいこういうマニアックなものが好きな方が居てくれたらありがたいなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 蛇足ですが、レインボーブリッジもベイブリッジも、徒歩で渡るための「遊歩道」が設けられています。
 ベイブリッジの方は、大黒側から途中までしか渡ることはできませんが、レインボーブリッジの方は全部を歩いて渡りきることができますよ (^^)v

 そういえば、先日の3月1日、レインボーブリッジの首都高部分を全面通行止めにして、5千人が歩いて渡る「東京レインボーウオーク」が実施されました。
 アクアラインの供用開始前に、確かトンネル内を歩く見学ツアーが行なわれた事があったと記憶していますが、供用開始後に本線上を歩くイベントが行なわれたのは今回が初めてのことなんじゃないだろうか (?。?)

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2009年3月12日 (木)

苗字

 私は、「人名」とか「地名」とかに、かなり興味がある方でして、変わった名前を目にするとどうしても食指が伸びてしまいます (^_^ゞポリポリ

 私自身の苗字も、「日本の苗字7000桀」というサイトで見ると、4千番台で、人口も2千人ちょっとくらいしかないような、いわゆる「珍名」の中に入る非常に変わったものです(笑い)
 といっても、別に難しい漢字を使った難読タイプではなく、二文字のどちらも小学校の一年生で習う漢字の中に入っているような、ごく易しい漢字なんですが、私のこの苗字を見た人のインパクトはけっこう大きいと思いますねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 会津でも、ごく一部に限って見られるような、本当に珍しい苗字で、肩身の狭い思いもずいぶんしましたが、私の村ではけっこうポピュラーなものなんですがねぇ・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 それはともかく、今、日本における人名は、家系を表わす「苗字(姓)」と個人を示す「名前」とで書き表すのが通例であり、役所などでの公文書でもそのように扱われます。

 ところで、その「苗字」の方ですが、一般的には「苗字」は武士や貴族などの一部の人達にのみ許されたもので、庶民は明治初期に出された「平民苗字許可令」および「平民苗字必称義務令」によって名乗ることができるようになったもので、それまでの庶民は苗字は持っていなかったと思っていらっしゃる方も多いと思います。

 私自身もそのような認識しかありませんでしたが、実際にはそれは誤りであり、武士や貴族などでなくても、古来から日本の国民は、町民から百姓に至るまで苗字を持っていたという事が確認されています。
 ただ、持ってはいても「公には名乗ることができなかった」というだけです。

 そうでなくては、10万を超えるとも言われている日本人の苗字の大部分が、100年そこそこの歴史しかないということになってしまいます(笑い)
 明治政府の方針によって、急ごしらえの苗字が巷に乱立したとしても、さすがにそれはムリあるだろうというのが私の考えであり、実際にお寺の過去帳や古文書などからも庶民達が苗字を持っていたと思われる記録が見つかっています。

 また、100年ちょっとの歴史しか無いようなものだとしたら、姓名判断などの占いも権威は大きく失墜する事になってしまいます (^^;

 

 先の、「日本の苗字7000桀」で見ると、1位は「佐藤」で約200万人近くの人が佐藤姓という事になっており、2位は「鈴木」で約170万人、3位は「高橋」の140万人・・・
 以下、「田中」、「渡辺」、「伊藤」、「山本」、「中村」、「小林」、そして、10位の「斉藤」までの上位10種の苗字の人口が約1300万人ですから、これだけで日本の総人口の約1割を占めています (^^;
 という事は、残りの9割の人口の中に、それ以外の10万を超える苗字がひしめいていることになるわけで、少数派ですと本当に一握りの方のみが名乗っているという苗字もあると思います。

 先日、一躍有名になりました「東国原」なんていう苗字も、そういう少数派の苗字ということになります。

 

 ところで、日本に多い苗字のベスト10の中にも入っていますが、「佐藤」「伊藤」「斉藤」などのように、「藤」の文字を持つ苗字はけっこうあります。
 これらの苗字は、藤原氏に縁続きの家系とか、藤原氏に与した家系に許されたなどのように、藤原氏所縁のものが多いといわれます。
 もちろん、「藤」が付くからといって全てが藤原氏と関係があったと考えるのは早計ですが、例えば「佐藤」ですと、「佐」という文字は、補佐などのことばにもあるように、「助ける」という意味がありますから、「藤原氏を助ける」という役割を持った家系だったという事がうかがい知れるわけです。

 また、「伊藤」は、伊勢地方に移った藤原氏が名乗ったもの、「加藤」は、加賀地方に移った藤原氏が名乗ったものなどのように、藤原氏は平安時代以降、絶大な権力を誇った一大勢力ですから、それにまつわる苗字が多いというのもうなずけるところです。

 あるいは、「平野」や「平山」などのように、「平」の文字が付く苗字も多いですが、これは言わずと知れた平家所以の苗字です。

 

 こんなふうに、身近にある地名や人名でも、ちょっと掘り下げてみるとけっこうおもしろい事がわかってきますから、お好きな方には病みつきになること必至です(爆笑)

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2009年3月11日 (水)

強制退去

 偽造パスポートで日本に入国した夫婦と、その間に生まれた少女に対して、強制送還の決定が下り、仮放免の期限を迎えてもなお日本滞在を求める親子に対して、東京入管は9日に父親を強制収用したと報じられた。

 

 この問題については、世論もいろいろとあるようだけれど、個人的には家族共々強制退去でいいと思うし、それが当然だと思っています。

 こういう問題になると、どうしても「情」が絡み、かわいそうだとかの声が必ず上がる。
 しかし、法を犯した人間に対して「情」を持ち出すのは狡いというか、論外だと思います。
 なぜなら、この親子のことを知ったら、誰だって強制送還は気の毒だと思うのが普通だから・・・
 そういう人の弱みにつけ込んで日本に住み続けたいと言うのはフェアではない。もしこういう事がまかり通るようだと、法治国家というものの存在は否定されることになる。

 日本で暮らしたいと思う外国人達は、とりあえず国内に入り、仕事を見つけ子供を作るという「既成事実」を残せば、結果として滞在が認められるという悪しき前例を残すことになるからだ。

 

 法を守るべき立場にある人間達は、「情」に流されることなく、粛々と取り締まることが何よりも求められる。
 「法」という絶対のよりどころの前には、「情」という実に曖昧な要素は正確な判断の妨げにしかならないわけで、そういうものによって法の解釈が歪められるのはいい事ではない。

 こういう問題は、形こそ違え、親のエゴに振り回される子ども達の件にも言える。

 事実婚の夫婦の間に生まれた子供を嫡出子と認めさせようと訴えた世田谷の夫婦や、代理出産で生まれた子ども達を実子と認めるようにと訴えた高田夫妻の件も、根は同じで、法を無視して勝手に「既成事実」を作っておいて、その後で情に訴えて自分たちの主張を認めさせようとする点では基本的には同じだ。

 

 今回の東京入管は、子供だけは特別に国内にとどまることを認めるという、「情状酌量」を決めた。
 これだけでも大きな譲歩だと私は思います。

 個人的には、家族は離ればなれにはなるべきではないという持論を持っていますから、家族全員での強制送還が当然だと思う一人です。

 

 日本で生まれ、日本の暮らししか知らない子供が、フィリピンでの生活に馴染めないとかいうのは、家族側の言い分でしかなく、それは身勝手な親の犠牲になった結果の「自業自得」だと私は思うだけです。

 これは、外国人に対する偏見とか、差別とか、そういう事を言っているのではなく、遵法精神を問題にしたいだけです (^^)v

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2009年3月10日 (火)

赤組と白組

 今は、運動会の時期ではありませんが、昨日、六平直政氏の記事を書いていて思いだしたことがあったので記事にしてみました (^_^ゞポリポリ

 

20090310001  運動会というと、「赤勝て、白勝て」という事で、中にはクラス対抗なんていうのもあったりしますが、たいていは「赤組」「白組」とに別れて競い合うというスタイルが一般的です。
 そして、赤と白の鉢巻きとか帽子とかを頭に付けて競技に臨みます。

 でも、勝負ということであれば、「白黒をつける」ということばもあるように、赤と白というよりは、白と黒という方が馴染みがあるように思いませんか?

 囲碁やオセロだって白と黒ですから、運動会だって赤と白に分けるよりは、白と黒とに分けた方がわかりやすいというか、なんとなく自然な考えだと思うんですがねぇ(苦笑)

 

 だとすれば、あえて「赤」「白」とに分けたのには、そこに何かの意図があったのではないかと思うのが普通です。

 例えば、「黒」という色には「負け」という意味や「悪者」というような意味もありますから、「黒組」ではなんとなくイメージが悪いという意見もあったのかもしれません(苦笑)

 

 日本における「運動会」の起源は、明治7年に海軍兵学校で行なわれた競闘遊戯会だといわれていますし、その頃から綿々と行なわれているとするならば、たまたま「赤」と「白」に分けただけだったのなら、とっくの昔に他の色に変わっていてもおかしくはないと思います。

 しかし、運動会が「赤組」「白組」とに別れて行なうという事には、次のような意味があるという事を知って、私はかなり信憑性は高いのではないかと思うようになりました。

 

20090310002

 

 古来、「赤」と「白」の対立で有名なのは、「源平の合戦」です。
 いうまでもなく、「赤」は「平家」の旗印であり、「白」は「源氏」の旗印です。

 「一ノ谷の戦い」や「壇ノ浦の戦い」で有名な源平の合戦では、双方の兵の数が膨大だったために、同士討ちを避けるためにも味方同士で一目でわかるような目印を付けて合戦に臨みました。この時に用いたのが赤と白の旗だったわけです。

 

 以後、旗印は戦国大名達の間でも広く用いられるようになりました。

 源平の合戦は、日本の歴史の上でも大きな出来事でしたから、以後、二つのグループの対抗という図式を描く時には「紅白戦」という呼び名が用いられるようになったというものです。

 厳密にいえば、「赤」「紅」は違う意味を持っているようですが、運動会の組み分けなどのように、単に色の違いを指す時には「赤」という文字を用いるようです。

 「紅」という文字には、「紅一点」とか「口紅」などにも代表されるように、「女性」という意味が含まれる場合があります。
 年末の「紅白歌合戦」が男女対抗という図式になっているのはそのためですが、スポーツなどでよく行なわれる「紅白戦」は、その限りではありません (^^;
 これは、語呂の関係から、「赤白戦」と言うよりは「紅白戦」と言った方が語呂がいいからではないかと思うのですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 歴史の彼方の出来事でしかない平家と源氏の対立ですが、現代においてもその影響を残しているとすれば、なんとなくロマンを感じるというか、凄いことだなぁと・・・ (^_^ゞポリポリ

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2009年3月 9日 (月)

結果オーライ

 今夜、WBCの第一ラウンドの決勝が行なわれ、日本は韓国に0-1で敗れ、1位通過を逃したと報じられた。

 私は、今回のWBCには関心はありませんから、一度も試合を見ていません。
 そういう私が言うのもなんですが、今夜の完封負けは日本のためには良かったんじゃないですかね。

 前回、韓国に7回コールド勝ちを収めた日本ですから、少なくても今回は勝たなくて良かったと私は思っています。

 なぜなら、韓国が強豪だということは誰でもわかっていることで、二度とも韓国に勝ってしまうと、チーム内にも国内的にも勘違いする人が出てくるんじゃないかと・・・ (^^;

 日本のチームは強いんだなどと慢心してしまったら、米国で行なわれる第二ラウンドで手痛いしっぺ返しを食らってしまっていたんじゃないかな。
 第一ラウンドと違って、第二ラウンドはトーナメント方式ですから、負けたらそこでお終いです。

 1位通過した方がどうのとか言っている評論家とかも居るようですが、どっちみち優勝するつもりでやっているわけですから、対戦相手なんてどこでも同じ事だと思いますよ(笑い)
 どことやった方が有利だとか、そんなせこい事を考えているようじゃ、優勝なんてできないと私は思いますね。

 今夜負けたことで、フンドシを締め直す気持ちになれたでしょうから、少なくても悪い結果にはならないと思うのですが・・・

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六平直政

20090309001  映画やドラマで名脇役ぶりを発揮している六平直政氏ですが、味のあるキャラで私も大好きな役者の一人です ヽ(^o^)尸

 しかし、その名前ですが、「六平直政」は本名ということで、父親は秋田県で浄土真宗大谷派のご住職だそうです。
 私はこの名前が読めませんで、ずっと「ろっぺいなおまさ」だと思っていたんですが、先日「むさかなおまさ」だという事を知り、どうして「六平」と書いて「むさか」なんだろうと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 先日、TBSラジオにゲストとして出演してその辺りのことについても語ってくれました。

 それによると、もともとは「むつあか」と呼ばれていたものが、いつの間にか「むさか」に変わってしまったんだそうで・・・

20090309002 なぜ「六平」が「むつあか」なのかというと、六平氏の先祖は平家に所縁の家系だったそうで、「平家」といえばその旗印は赤い旗・・・
 その赤い旗が六本で「むつあか」と呼ばれたのが、そもそもの姓の起こりということです。

 東北に限らず、平家の落ち武者伝説とかいうのはけっこう残っているようで、中には胡散臭いようなものも少なくないようですが、六平氏の話はどこまでホントなんですかねぇ(笑い)

 「六平」が姓で「直政」が名前ということになると、ちょっと見には名前が二つ並んでいるように見えて、インパクトもありますから、役者という仕事柄からも、わざわざ新しく芸名を名乗るよりも、本名のままの方がかえって都合がいいという事も考えられます。

 

20090309003  そういえば、昔「釣りキチ三平」というマンガがありまして、その主人公が「三平三平(みひらさんぺい)」という名前でした(爆笑)
 お爺ちゃんが「三平一平(みひらいっぺい)」、父親は「三平平(みひらたいら)」、兄は「三平一(はじめ)」という事で、冗談のような名前でしたが、作者の矢口高雄氏も秋田県の出身ですから、六平氏が本名ということになると、三平性も案外実在するのかもしれませんね(笑い)

 

 それはともかく、この六平氏、とにかく強面でコワイ・・・ (^^;
 役柄も、ヤクザとかの悪役が多かったんですが、最近は刑事などの警官役も多いです(笑い)
 しかも、顔に似合わずけっこう人情派の演技も見られます。まぁ、根がシャイな人のようなので、そういう役には打って付けなのかなと (^^)v

 

 私が六平氏を意識するようになったのは、伊丹十三監督の「ミンボーの女」を始めとする一連の作品だったと記憶しています。
 その圧倒的な存在感は、氏でなければとうてい出せないんじゃないかな(苦笑)
 私も、最初はコワイ役者というイメージしかありませんでしたが、苦労人なだけに幅の広い演技が魅力で、実際には人情味の溢れるとてもあたたかな人のようです (^_^ゞポリポリ

 私は、ドラマや映画など、けっこう監督やキャストで見ることが多いので、六平氏の出る作品はよく見る方だと思います (o^∇^o)ノ

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2009年3月 8日 (日)

名古屋国際女子マラソン 2009

 8月の世界陸上選手権の代表選考会を兼ねた名古屋国際女子マラソンが、名古屋市瑞穂陸上競技場発着の42.195キロで行われ、27歳で初マラソンに挑戦した資生堂の藤永佳子が、2時間28分13秒で優勝し、世界陸上の代表に内定した。

 私は、今日も大南ツインズの妹である敬美を応援していましたが、終始第2集団の後方で走っており、残念ながら25km付近で途中棄権してしまいました (^^;

 

 このレース、私もテレビの前で観戦していましたが、なかなかおもしろく、感動させてもらいましたよ ヽ(^o^)尸
 特に、藤永がゴールに飛び込んで弘山コーチと抱き合ったシーンは、3年前に弘山晴美が同じ名古屋で初優勝を果たした時とダブってしまいました (^_^ゞポリポリ
 あの感動の優勝が、もう3年前の事になるんですね・・・

 

 今日のレース、藤永も新谷仁美と並んで期待されていた有力ランナーであるだけに、優勝したからといってそれほど驚くようなことでもないけれど、それでも今日のレース展開を見ると、藤永の優勝は評価されてしかるべきだと思います。

 終始、先頭グループの中に居たとはいうものの、30kmくらいまでは先頭の新谷からはかなり遅れており、この時点では藤永が優勝するだろうなんて思っている人はほとんど居なかったんじゃないかな。

 しかし、この辺りからトップを走る新谷の表情も険しくなり、スピードも落ち始める。
 33km手前でケニアのキレルをかわして2位に浮上した藤永は、そのまま力強く新谷を追い始め、その背中に迫っていく・・・

 こうなると、俄然藤永に分がある。37キロ手前で新谷を抜き去った藤永は、そのまま差を広げて瑞穂陸上競技場に飛び込んでいった・・・

 

 確かに、レースの序盤からトップを走る中国の白雪やケニアのキレル等の背中を見据え、こぼれることなく先頭集団の後方からしっかりと食いついていった粘りは驚異的だったと私も思います。
 何度も何度もふるい落とされそうになりながら、その都度追いついていった精神力の強さには頭が下がります。

 30km手前で新谷がスパートをかけてトップに立った時も、自分を見失わず、落ち着いてペースを守り、やがてスピードの落ちてきた目の前のキレル、新谷を次々とかわしていった・・・

 今、自分にできる精一杯の走りを粘り強く続け、結果としてトップでゴールに飛び込んだ藤永・・・
 彼女の走りに見習うところは多いのではないか。

 

 それは、2位の堀江や3位の町田についても同じ事が言える。彼女らが居た第2集団は、一時は先頭グループから大~きく離されていましたから、この時点でこの中から表彰台に登る選手が出るとは思えませんでした。
 しかし、彼女らも粘り強く自分の走りを続け、結果として表彰台に登ることができました。

 勝負は下駄を履くまでわからないとはよくいわれることばですが、今日のレースは本当にそのことばがよく当てはまったと思います (^^)v

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完敗

 昨日、Jリーグが開幕して、私の愛するジェフ千葉は、ホームであるフクダ電子アリーナにガンバ大阪を迎えて開幕戦を行ないました。

 私は、仕事もあったので、BS1の放送を録画して観戦しました。

 

 結果は、0-3と完敗でした・・・ (__;)ガクッ

 まぁ、千葉は昨年もすんでの所で降格を免れた弱小チームですし、一方の大阪は例年優勝争いに絡んでいる強豪ですから、結果だけを見れば至極当然の事なのですが、それにしても負け方がねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 早いパス回しのガンバの攻撃に、全くついていけない千葉・・・ (__;)
 高い位置から相手選手に向かっていき、ボールを奪おうとする姿勢はわかるのですが、ガンバの冷静なパス回しにいいように翻弄されて、結果的にDFの裏を突かれる危ういシーンを何度も見せられました。

 

 これは、この試合に限ったことではなく、直前に行なわれた柏レイソルとのプレシーズンマッチでも、同じように一本のロングパスで簡単にDFの裏を突かれるシーンを目にしまして、1-3という似たようなスコアで敗れました。

 言うなれば、千葉のアキレス腱が4バックのDFラインということになります。
 ここが機能しない限り、今年も失点を重ね、結果として敗戦ということの繰り返しなんじゃないかと思います・・・ (__;)

 昨年も、失点53は、札幌の70に次いでワースト2という体たらくです。
 勝てないまでも、失点さえ防げればそこそこゲームを作っていくことは可能だと思います。

 

 今の千葉に必要なのは、ムダな失点を防げるだけのしっかりしたDFです。
 勝負事ですから、負けることはやぶさかではありませんが、それにしても、「完敗」というのだけは勘弁してほしいと思いますねぇ・・・ q(`o')ブー!!
 同じ土俵で戦っているプロ同士なわけですから、一方的な展開というのはあり得ないと私は思うからです。

 

 昨年は、GW明けの12節まで、11試合連続白星無しという最悪のスタートでした (^^;
 この分では、今年も先が思いやられてなりません・・・ (ノ_-;)ハア…

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2009年3月 7日 (土)

顰蹙

20090307001

 これは、幻冬舎を創設し、社長を務める見城徹氏のことばで、彼の座右の銘というか、信念になっているそうです。

 

 とにかく、出版界というのは長く培われた既得権益に徹底的に守られた世界ということで、既存の価値観や常識を覆さなければ、歴史ある大手と戦って勝ち目はない・・・

 後発の弱小出版社であるからには、当たり前の取材とか売り込みとかをしていたのでは生き残れないということで、会った相手に顰蹙を買うくらいでないと、覚えてももらえないし、売上にはつながらないという、これまでの経験で得た彼なりの持論です。

 彼のことばを借りると、「あいつは何だ。何をやるか分からない」と思わせるようなことをしない限り、善戦はしても圧倒的な勝利は得られないからだという。

 

 まぁ、わからないでもないけれど、「諸刃の剣」ということばもあります。
 顰蹙を買えば、嫌われて次の仕事のチャンスは無くなってしまうかもしれません(苦笑)
 顰蹙を買っても、次の仕事に生かされるような、そんな奥の手を見城氏は身に付けているのかもしれません(笑い)

 

 これとは別に、昔から「若い時の苦労は買ってでもしろ」というのがあります。

 誰も、好き好んで「顰蹙」「苦労」を買いたいとは思わないでしょうが、日本には若い頃なら失敗しても許されるという風潮があります。
 また、若い時なら失敗しても取り返しが効くというか、やり直すこともできます。

 躓いて、そこで立ち直れなければそれまでですが、そこからもう一度這い上がることができれば、それはその人にとって大きな力となり、財産となることでしょう。

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2009年3月 6日 (金)

ぞろ目

20090306001  最近の時計は、デジタル表示のものが多くて、私の場合も腕時計を始め、家電とか身の回りにデジタル時計がたくさんあります。

 

 そんな時計で時刻を見る時に、なぜか「11:11」という「ぞろ目」の表示を目にすることが少なくありません。

 

 一日の中で、同じ数字が揃う瞬間は、たった3回・・・
 「00:00」・「11:11」・「22:22」の3度だけです。

 「00:00」と「22:22」はほとんど目にすることはないのですが、「11:11」だけはよく目にします (^_^ゞポリポリ

 ふと、時計に目をやった時に、「11:11」だったという事がよくあるんですよ (^^)v

 

 これも、人によってはそういう事はないという意見をお持ちの方もいらっしゃいます。
 ぞろ目の数字が並んだ時というのは、他の数字が並んでいる時よりもインパクトが強いので、見た時の印象が頭の中に残りやすいからよく見かけるように錯覚しているだけなんだと・・・ (^^;
 他の時刻の時にも、時計を見ていることは少なくないわけですが、そういう時の印象は薄くて記憶に残っていないので、結果としてぞろ目の時にだけ時計を見ているような錯覚に陥っているのだろうと・・・

 なるほど、説得力のある意見だと思います。

 

 しかし、私はそうは思っていない一人です (^◇^) 。。。ケラケラ

 確かに、ぞろ目の「11:11」という時刻を目にする機会は、他の時よりも断然多いと・・・ (^^;

 

 まぁ、「11:11」が近づくと、他の時間の時よりも時計に目をやる回数は間違いなく増えるので、それでぞろ目の「11:11」の時刻を何度も見ているような気になっているだけなのかもしれません (^_^ゞポリポリ

 

 さぁ、今日はどうかな・・・
 「11:11」の時刻表示を目にできるかな(爆笑)

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2009年3月 5日 (木)

いただきます

 食事をする際に、口にする「いただきます」ということばですが、どうですか、皆さんはチャンと言っていますか(笑い)

 

 この「いただきます」ということばですが、最近のアホ親たちの中には、学校の給食の際に子ども達に「いただきます」と言わせるのが我慢ならないと抗議する人も少なくないそうです。
 給食費を払わない(払えないのではない)バカ親たちの事がニュースにも取り上げられたことがありましたが、それとは別に、給食費を払っているのだから、「いただきます」と言わせられる事は封建的で屈辱的だというのが彼等の主張なのですが、給食費を払うことと「いただきます」と言う事がどう結びつくのか、どう考えても理不尽というか、考え違いをしているというか・・・ (^^;

 もしかしたら、彼等は「いただきます」ということばは、食事を恵んでもらっている人が口にすることばだと勘違いをしているのではないかと思えなくもありません。
 だとすると、外食なんかで、街のレストランとかラーメン屋とかでお金を払って食事をする際には「いただきます」と言うのはおかしいという考えになります。
 実際、お店の中で「いただきます」と声に出して言っている人はほとんど居ないのかもしれませんが、それぞれ心の中では「いただきます」と言っているのではないでしょうか。
 私も、声に出して言うことは少ないですが、必ず手を合わせて「いただきます」と心の中でつぶやいています (^^)v

 ここで言うところの「いただきます」は、食事に対する感謝の気持ちから出ることばですから、お金を払って食べているんだからとかの問題とは次元の違うハナシになります。

 

 人は、自分一人で生きているわけではありません。例えラーメン一杯、カレーライス一杯であったとしても、食材全てを一から自分で作りだしたとしたならどれほどの手間になることか・・・
 それが、お米を作る人、野菜を作る人、家畜を飼う人、魚貝類を獲る人、さらにはそれらの食材を運ぶ人、売る人、調理する人・・・ 実にたくさんの人の手を経て口に運ばれることになるわけです。
 その時に支払う代金は、それらの人々に対する感謝の気持ちとしての対価と考えれば、お金を払って食べているんだからというような傲慢な考えにはならないと思うのですがねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…
 そう思えれば、食べる前には自然と「いただきます」ということばが出てくるだろうし、食事が済めば「ごちそうさまでした」と思えるのではないでしょうか・・・

 

 この、「いただきます」や「ごちそうさま」のことばは、食事を作ってくれた奥さんや料理人の人達に対するねぎらいのことばという意味だけにはとどまりません。
 狭義的に考えれば、確かに料理を作ってくれた人に対することばなのかもしれませんが、先日、永六輔がラジオの中でこんな事を言っていました。

 「あなたの命を、私の命に代えさせていただきます」というのが本当の意味で、前半は省略されて、最後の「いただきます」という部分だけが残ったのだと・・・

 これを聞いた時に、ああ、なるほどと思いましたねぇ(苦笑)

 さすがに、お寺の息子さんですねぇ、言うことがいちいち説法臭くて、ひと味違います (o^∇^o)ノ

 

 我々人間は、生きていく上でどうしても殺生をしなくてはならないわけで、他の生き物の生命を奪うことによって、自らの命を保っているということを自覚する必要があります。
 ここでいうところの「他の生き物」とは、何も動物だけのことを言っているのではありません。植物にだって「命」はあるわけですから、菜食主義の人だからといって他の生命を奪っていないということにはならないわけです。

 ここで大事なことは、他の生き物の生命を奪うことが、必ずしも罪なことではないということです。
 他の生命を奪って、それを食べて生きていくことを、地球的なスケールでいえば「食物連鎖」といいますが、自分が食べる分の殺生はやむを得ない事であり、それを罪といってしまっては身もふたもないということになってしまいます(苦笑)
 必要もない分まで殺生をしたら、それは罪といわれても仕方がないということになりますが・・・

 

 そこで、先のことばに行き着きます。どのみち、他の生き物の命を奪って生きて行かざるを得ないわけですから、「あなたの命を、私の命に代えさせていただきます」という感謝の気持ちを持つことで、奪った命も無駄にはならず、食べた人の血となり、肉となって、新しい命に形を変えて受け継がれていくことになるわけです。

 様々な宗教において、食事をする際にお祈りをするのは特別なことではありませんが、その根本にある考えというのは、ことばや言い回しは違っても、おそらくそういう事を言っているんだろうと思います。

 

 「いただきます」・・・
 たった6文字の何でもないことばではありますが、現代人は、もっと真剣な気持ちでこのことばに込められた意味を考えるべきだと思いますねぇ (*^.-^*)♪

 そして、食事の前には必ず口にするべきだと思いますよ(笑い)

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2009年3月 4日 (水)

今日の車窓から

 今日は、朝着けで茨城県のつくば市まで行って来ました。

 昨日、関東地方では小雪が舞いまして、夜にはそこそこ降っていたので積雪も心配されました。

 私も、積み置きの仕事が入っていたので、今朝の道路状況がとても心配だったのですが、5時に起きてみると、小雨は降っているものの、雪は全く積もっていませんでした (o^∇^o)ノ
 車のボンネットとか屋根とかには2~3センチくらいの雪が積もっていましたが、道路は濡れているだけで走行には全く問題なさそうだったので安心しました。

 情報によると、夜半過ぎには雪から雨に変わったそうで、大事にならなくて助かりました。

 

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 写真は、6時半頃に撮ったもので、利根川に架かる「長豊橋」の上から茨城県側の河川敷と、稲敷市の道路沿いの田んぼです。

 いずれも、道路上には雪はありませんでしたが、周囲には多少の雪が積もっていました。

 こんな雪でも、備えができていない分、関東では大騒ぎになるんですよね (^^ゞ

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菜の花

20090303001  成田空港の近くで見かけた菜の花です。

 道路の脇に設けられた花壇に植えられた菜の花なんですが、小さいながらもなかなかキレイに咲いていたので、写真に撮ってみました (^^)v
 菜の花は、千葉県の花としてシンボル的な意味があります。

 

 この菜の花の咲いている通りは「芝山はにわ道」といって、成田空港と九十九里浜を結んでいる県道です。
 太平洋上から成田空港へと向かう航空機は、おおよそこの道に沿うように上空を飛んでいきます。

 また、所々にこのような埴輪のレプリカが置かれてあって、なかなか興味深い道路ですよ ( ^-^)/ ♪

 名前の由来は、国指定史跡の芝山古墳群や千葉県指定史跡の山室姫塚古墳などのそばを通っているからということですが、私自身はまだそれらの古墳を見てはいません (^_^ゞポリポリ

 そのうちに・・・とは思っているのですが、なかなか腰が重くて・・・ (^^;
 というよりは、私自身にそういうモノに対する感心が無いんでしょうね(笑い)

 でも、せっかく近くにそういうモノがあるわけですから、機会があれば見ておかない手はないのかなと・・・

 

 昨夜、雪がちらついて積雪も心配されたんですが、起きてみるとまったく積もってなくて、小雨の朝となりました (^^)v

 菜の花も咲いて、いよいよ春もそこまで来たようです o(*^▽^*)o~♪

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2009年3月 3日 (火)

薄型テレビ

 地デジの普及のために、地上アナログ放送を2011年7月24日で終了すると発表されてから、家電店でのテレビ売り場が熱い(笑い)

 テレビのコーナーに行くと、大画面の薄型テレビがこれでもか~って感じで迫ってくる・・・

 そこでは、液晶やプラズマの薄型テレビがズラーッと並んでおり、そのサイズはとにかくデカイ・・・ (^^;

 2年ほど前に、私もジャパネットの通販で32型の液晶テレビを買いましたが、当時の主流は32型くらいでした。
 それが、昨年の売れ筋は37型になり、今年の主流は42型くらいになっているみたいです。
 売り場に行っても、私の買った32型の画面は、とても小さく感じられます (^^;
 売り場の担当者も、6畳くらいの部屋でも、ブラウン管のテレビから比べれば厚みがほとんどありませんから、圧迫感がなくて42型でも決して大きくはありませんよと(苦笑)

 

 ところで、現在の画面方式は大きく分けて「液晶」「プラズマ」の二つになり、それぞれに長所をアピールして販売されています。
 これまでですと、「安い液晶」「高いプラズマ」というイメージがありましたから、プラズマディスプレイのテレビは高級品という感じがして、モノがいいのはわかっていても、なかなか手が出せないと思っている人が多かったんじゃないでしょうか・・・

 しかし、ここに来てプラズマディスプレイのテレビの価格が大きく値崩れしてきています。42型の大型画面でも10万円ちょっとくらいのプライスを付けた商品を見かけるようになりました。
 こうなると、憧れのプラズマディスプレイの薄型テレビを買ってみようかとお思いの方も居らっしゃると思います。

 しかし、今、プラズマのテレビは本当にお買い得なのだろうか・・・ (?。?)

 私は、今使っているテレビが壊れたかなんかで、どうしても「今」テレビを買わなくてはならない人ならともかく、もう少しガマンできるのであれば、安いからといってプラズマの薄型テレビを今買うのはどうかと思っている一人です。

 なぜなら、プラズマディスプレイの薄型テレビは、将来性がないと思えてならないからです。

 

 昨今、新しい表示方式として「有機EL」を使ったディスプレイが発表されました。現段階では大型の画面は技術的に難しいとのことで、せいぜい14型程度のテレビしか実用化はされていませんが、パナソニックは2011年くらいをめどに37型程度の大画面テレビを量産したいと発表していますから、おそらく2~3年のうちには各社とも有機EL方式を用いた大画面の薄型テレビを販売してくると思われます。
 そうなると、プラズマ方式のメリットは何もなくなりますから、おそらくどこのメーカーもプラズマディスプレイの薄型テレビは、生産を打ち切るのではないかと私は思っています。

 現状では、有機EL方式のディスプレイがあらゆる点でプラズマ方式よりも優れていることは明白であり、有機EL方式には太刀打ちできないだろう事は火を見るよりも明らかだからです。

 ただ、有機ELのテレビは価格が高すぎて、液晶やプラズマのテレビとは問題になりません。

20090303003  1年ほど前にソニーが発売した11型の有機ELテレビでさえ価格は20万円もしますから、大画面のテレビは推して知るべしです。40型程度の大画面テレビだと40万円以下という金額は難しいだろうとは思いますが、大量生産されることによって価格もどんどん安くなっていくだろう事は容易に想像がつきます。

 プラズマに対して、液晶方式の方は、大画面が容易に作れることと、製造コストが安いという点で生き残れる可能性を残してはいますが、それだって将来的にはどうなるかわからないと思います。

 

20090303002  昨年、サムスンでは40型という大画面の有機ELテレビを発表しています。このテレビの厚さはわずかに8.9ミリ (^^; という事で、とうとう壁掛けテレビが本当に実現したことになります ヽ(^◇^*)/
 8.9センチじゃないですよ、1センチ以下の薄さです(笑い)

 どうですか、この薄さ・・・ (^^;
 未来は本当に明るいと思いませんか(笑い)

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2009年3月 2日 (月)

小春日和

 「小春日和」ということばがあります。

 先日、某所で「小春日和」ということばを目にしたのですが、ああ、またかと・・・ (^^;

 よく誤用されがちなことばではありますが、「小春日和」とは今時分に用いられることばではありません

 

 そもそも、「小春」というのは、旧暦でいうところの10月の事を指しますから、現在の暦でいえば「11月頃」の事になります。
 この頃の気候は、冬に向かってどんどん寒くなっていく時期ですが、移動性高気圧に覆われて、穏やかで暖かな天候になることがあります。
 このポカポカとした気候が、まるで春のように感じられたところからこう呼ばれるようになったのですが、今時分は「春」そのものですから、あらためて「小春日和」と言わなくてもいいわけでして・・・

 俳句の世界でも、「小春日和」は「冬」の季語になります (^^)v

 ちなみに、「ひなたぼっこ」も冬の季語です(苦笑)

 

 どうでもいいような事ではありますが、こういう間違いを見つけると黙っていられないのが私の性分でして・・・ (^.^; ポリポリ
 だからといって、某所で直接コメントするのもはばかられたので今日の記事になったわけですが、いずれにしても、オヤジのツッコミで気分を損ねないでね ( ^-^)/ ♪

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2009年3月 1日 (日)

昨日の車窓から

 昨日、長岡市と新潟市に納品に行ってまいりました。

 以下は、道すがら撮った写真です。

 

20090301001 20090301002

 水上IC付近から見た谷川岳です。
 本線上には雪はありませんが、高い山はさすがに真っ白です。

 

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 関越トンネルを抜けた、越後の光景です。

 上段は、トンネル直後の土樽付近から見た光景、下段は、湯沢辺りの光景です。
 新潟側でも雪は無くて、走行には全く支障がありませんでした。

 

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 湯沢IC付近の光景で、スキー場が見えます。さすがに、スキー場には雪はたくさん・・・ (^^;

 観光バスと、ヴィクトリア・タワー湯沢という高層マンションです。

 

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 関越自動車道を、小千谷ICで下りました。写真は、小千谷市内の様子です。

 市街地でも雪の影響は全く感じられませんでした。

 

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 長岡市から新潟市へと向かう途中の、北陸道沿いの田んぼです。早くも水田の準備をしている姿も見られましたよ。

 新潟西ICで高速を下り、国道8号線の桜木ICから白山公園方面に走った時の街の様子です。
 ご覧のように、雪は全くありません。今年は本当に雪は少ないようです。

 

 成田からの総走行距離は、約800km。久しぶりの超ロングコースでした。

 行きは普通に関越道で新潟に向かったのですが、帰りは磐越道で会津回りで帰って来ました (^^)v
 土地勘がないと、えらい遠回りをしたように感じるのでしょうが、実際には会津回りの方が距離も時間も短縮できます(笑い)

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