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2009年3月10日 (火)

赤組と白組

 今は、運動会の時期ではありませんが、昨日、六平直政氏の記事を書いていて思いだしたことがあったので記事にしてみました (^_^ゞポリポリ

 

20090310001  運動会というと、「赤勝て、白勝て」という事で、中にはクラス対抗なんていうのもあったりしますが、たいていは「赤組」「白組」とに別れて競い合うというスタイルが一般的です。
 そして、赤と白の鉢巻きとか帽子とかを頭に付けて競技に臨みます。

 でも、勝負ということであれば、「白黒をつける」ということばもあるように、赤と白というよりは、白と黒という方が馴染みがあるように思いませんか?

 囲碁やオセロだって白と黒ですから、運動会だって赤と白に分けるよりは、白と黒とに分けた方がわかりやすいというか、なんとなく自然な考えだと思うんですがねぇ(苦笑)

 

 だとすれば、あえて「赤」「白」とに分けたのには、そこに何かの意図があったのではないかと思うのが普通です。

 例えば、「黒」という色には「負け」という意味や「悪者」というような意味もありますから、「黒組」ではなんとなくイメージが悪いという意見もあったのかもしれません(苦笑)

 

 日本における「運動会」の起源は、明治7年に海軍兵学校で行なわれた競闘遊戯会だといわれていますし、その頃から綿々と行なわれているとするならば、たまたま「赤」と「白」に分けただけだったのなら、とっくの昔に他の色に変わっていてもおかしくはないと思います。

 しかし、運動会が「赤組」「白組」とに別れて行なうという事には、次のような意味があるという事を知って、私はかなり信憑性は高いのではないかと思うようになりました。

 

20090310002

 

 古来、「赤」と「白」の対立で有名なのは、「源平の合戦」です。
 いうまでもなく、「赤」は「平家」の旗印であり、「白」は「源氏」の旗印です。

 「一ノ谷の戦い」や「壇ノ浦の戦い」で有名な源平の合戦では、双方の兵の数が膨大だったために、同士討ちを避けるためにも味方同士で一目でわかるような目印を付けて合戦に臨みました。この時に用いたのが赤と白の旗だったわけです。

 

 以後、旗印は戦国大名達の間でも広く用いられるようになりました。

 源平の合戦は、日本の歴史の上でも大きな出来事でしたから、以後、二つのグループの対抗という図式を描く時には「紅白戦」という呼び名が用いられるようになったというものです。

 厳密にいえば、「赤」「紅」は違う意味を持っているようですが、運動会の組み分けなどのように、単に色の違いを指す時には「赤」という文字を用いるようです。

 「紅」という文字には、「紅一点」とか「口紅」などにも代表されるように、「女性」という意味が含まれる場合があります。
 年末の「紅白歌合戦」が男女対抗という図式になっているのはそのためですが、スポーツなどでよく行なわれる「紅白戦」は、その限りではありません (^^;
 これは、語呂の関係から、「赤白戦」と言うよりは「紅白戦」と言った方が語呂がいいからではないかと思うのですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 歴史の彼方の出来事でしかない平家と源氏の対立ですが、現代においてもその影響を残しているとすれば、なんとなくロマンを感じるというか、凄いことだなぁと・・・ (^_^ゞポリポリ

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