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2009年4月 6日 (月)

防空壕

 昨日のお花見の席で、後片付けをしている時に思いがけない情報を入手しました。

20090405001  花見をした三里塚第一公園のすぐ近くに、「三里塚記念公園」がありまして、その敷地内にある防空壕が臨時公開されて、中に入ることができるというものです (^^;

 花見を終えたのが15時前、16時までに限って中に入れるというので、せっかくですからこの機会を逃すまじということで慌てて三里塚記念公園に向かいました。

 

 この防空壕は、太平洋戦争が始まった昭和16年に作られたもので、敷地内には今の平成天皇が皇太子時代に何度も宿泊された「貴賓館」が建てられてあり、その裏手に位置することから、地元では皇室用として作られたと言い伝えられています。

 もちろん、皇族が防空壕に避難するなんて事は神国日本としてはあってはならないことであり、本土が空襲に遭うほど戦局が悪化するかもしれないという事は、当時の国民に対する影響も大きいという事から、この防空壕のことは一般には極秘とされ、皇室が使ったというような記録は一切残ってはいないので、いわゆる都市伝説の一つですが、その構造の堅固さや、当時としては最新の施工技術と材質を用いて作られたこの防空壕は、一般によく作られた防空壕などとは一線を画しており、明らかに「特別に作られた防空壕」であることを雄弁に物語っています。

 

 以下は、昨日撮ってきた写真です。

 

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 これは、「三里塚御料牧場記念館」へと続く正面の通路と、皇室が利用した「貴賓館」です。

 機会があれば、いずれブログなどでもご紹介できればと思っていますが、いかんせん内部の写真撮影は禁止されているので難しいかもしれません (^_^ゞポリポリ

 

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 ご覧のように、小高く盛られた丘のような場所の下に防空壕が掘られています。
 現在は、子ども達が登って遊ぶことのできる、のどかな場所です(笑い)

 この防空壕は、地元では当時「秘密の防空壕」と呼ばれ、戦後は御料牧場の野菜貯蔵庫に使われたそうですが、やがて使われることもなくなり、子ども達などが遊び場にもしていたそうです。しかし、そのまま放置しておくのも危険だということもあり、存在そのものを秘密にしたいという誰か (^^; の意向で、出入り口は長い間閉鎖され、草むらに埋もれたままになっていました。

 成田市は、昨年秋にこの防空壕の本格的な調査を始め、その模様は報道陣にも公開されたそうです。

 そして、この春に正式に一般公開することを決定し、昨日の一時的な公開はそれに先駆けて行なわれたものだといいます。

 

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 急な階段を下りていくと、中はけっこう広くできており、ご覧のように立って歩いても十分な高さが設けられています。
 内部はしっかりとしたコンクリート造りで、入口には分厚い鉄製の扉も設けられていました。

 今回の内部公開は、入口から出口へと歩いて行くだけのもので、立ち止まってゆっくり見ていることもできませんでしたので、1~2分でアッという間に通り過ぎてしまい、少々物足りなくもありましたが、私自身、防空壕なんてものは知識としては知っていましたが、実際に中に入るのは今回が初めてという事もあり、とても興味深い体験をさせていただきました。

 いずれ、一般公開されるようになれば、通路などももっと整備されて見学しやすいようにもなるのでしょうが、この急ごしらえの公開はけっこうスリリングでおもしろかったです(笑い)

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コメント

防空壕がいまでも残っているんですねぇ。
興味ある情報をありがとうございました。

投稿: こやなぎ名人 | 2009年4月 7日 (火) 06:13

 名人、どうもです (^_^)/

 日本の各地に作られた防空壕の多くは、民間人が作った粗末なもので、すでに壊されたか埋められたかして影も形もなくなっていると思います。
 この防空壕のように、今もなお当時の姿を留めているものは少ないと思います。それだけこの防空壕の存在は価値があると思われます。

投稿: 夢ピ | 2009年4月 7日 (火) 17:17

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