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2009年5月31日 (日)

魔界

 公然わいせつ事件で活動を自粛していたSMAPの草彅剛が、29日、フジテレビ系の「笑っていいとも!」の生放送でテレビに復帰後初登場したと報じられた。

 草彅は、黒のスーツ姿で登場し、司会のタモリから「今日から剛が復帰です」と促されると、深く頭を下げ、客席からは「おかえり」と大きな歓声を浴びたという・・・

 

 あれからもう一ヶ月も経ってしまったのかと、あらためて時間の過ぎるのは早いなぁと思ってしまいました (^.^; ポリポリ
 そもそも、逮捕自体が行き過ぎだったんじゃないかと私なんかは思っていますし、CMの降板など、相次ぐバッシングなども、こんな事でナニを騒いでいるんだろうというのが正直な感想でした・・・

 木曜日に行なわれた、フジテレビでの復帰報告記者会見でも、晴れ晴れとした爽やかな顔で会見に臨み、好印象を与えた。
 迎えたSMAPのメンバー達も、「5人で活動できる事が幸せ」と異口同音に答えていた・・・

 

 もちろん、相変わらずの辛口で草彅を非難する人も未だに居ないわけではないけれど、世の大勢は、草彅の芸能界復帰に好意的ですし、私自身もなにも問題はないと思っています。

 一昨日に放送された、フジテレビの朝の看板番組である「とくダネ!」が行なったインターネットによるアンケートでは、事件前よりも草彅を「好きになった」と答えた人が、「キライになった」と答えた人よりも多く、草彅に対するイメージは「事件前と変わらない」とする圧倒的な声と合わせると、7割近くの人が事件による草彅のイメージダウンは無いと答えていました。

 これを後押しするように、降板を発表していた各社のCMも、地デジを含めて再検討するとの声も上がっているそうで、新キャラの「地デジカ」との共演もあるんじゃないかとの含みを残した・・・(笑い)

 

 まぁ、芸能人が逮捕されたとか、芸能界に復帰したとか、そんな事は私にとってたいした問題ではない・・・というか、はっきり言ってどうでもいい事ではありますが、SMAPが結成されてからすでに21年というのには正直驚かされました(苦笑)

 

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 そういえば、結成当時のSMAPは6人でしたが、事務所の徹底した隠蔽方針と、マスコミ各社へ圧力をかけ続けた結果、そういう事実は最初から無かったとでもいうような扱いで、初期からのファンならともかく、もしかしたら6人でスタートしたという事を知らない方も少なくなかったりして・・・ (^^;

 上の「心の鏡」のジャケット・・・
 92年に発表された3枚目のシングルですが、どの写真が誰なのか、おわかりになりますか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 森且行・・・ キムタクと向こうを張ったイケメンアイドルだったけれど、結成から8年後の96年5月、かねてからの夢であったオートレース選手に転身するためにSMAPを脱退。
 その際のイザコザから、ジャニーズ事務所の怒りを買い、副社長であるメリー喜多川の鶴の一声で、徹底的な「森排除」が行なわれてきた・・・
 「森などという人間は最初からSMAPには存在しない!」と公言して、過去のVTRなどが放送される際には、森の映る映像は全てカットするようにとマスコミ各社に圧力をかけ続けて今に至る・・・

 かつて、芸能界で絶大な勢力を誇った渡辺プロダクションが、不当な給与体系に耐えきれずに、独立をほのめかした所属するタレント等に、不当な仕打ちをくわえ、芸能界で生活できないようにと各方面に圧力をかけて回ったように、事務所の巨大な力を誇示し、芸能界をいいように操るという悪しき因習がまだ色濃く残っている芸能界・・・

 

 今でも、森に関する記事を載せると、芸能界と直接関係ない内容でもジャニーズ事務所からクレームが付くという。
 だから、芸能界を引退して、現在はオートレース界で活躍しているにもかかわらず、森且行の動向はいっこうに世間には伝わってこない・・・ (ノ_-;)ハア…

 一見、誰もが自由な生活を謳歌しているような我が国ではあるけれど、芸能界というところは、未だにこんな不条理な事が公然とまかり通る「魔界」である事を、多くの人は知らない・・・ (__;)

 だから、我が子を売り込もうと、ジャニーズ事務所を訪れる親は後を絶たない(笑い)

 めでたくジャニーズ事務所入りを果たし、ジャニーズJr.となっても、その後どうなるかは、神のみぞ・・・というよりも、事務所のみが知っている・・・ (^^;

 

 ふざけるなよ! ジャニーズ事務所 q(`o')ブー!!

 そんな専横がいつまでも続くと思うなよ! (-_-メ)

 

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2009年5月30日 (土)

ブログ開設三周年記念日

20090530001  個人的な事ですが、昨日、このブログを開設して、まる三年を迎え、今日から四年目に入りました ヽ(^◇^*)/

 これも、日々、ノレンをくぐって頂ける皆様方のご愛顧のたまものであり、深く感謝申し上げます <(_ _)>

 皆様方のご訪問が励みとなり、毎日の記事を書く原動力になっています (^^ゞ

 

 とはいえ、気ままな独り暮らしをしていた昨年までとは違って、今年からは伴侶もでき、なかなかまとまった時間を確保する事がままならない事も少なくなく、記事の質も内容も昨年までよりは落ちてきたかなと時々感じている今日この頃です(笑い)

 そういうのを誤魔化すというか、乏しい内容を写真を増やす事で水増しした記事が最近多いなぁと (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 いわゆる、上げ底記事ですね (^◇^) 。。。ケラケラ

 先日の「野の花」の記事は、そういう典型的な誤魔化し記事の一つです (^^;
 昔撮った花の写真をただ並べただけで、花の名前も説明も一切ない、「超」が付くくらいの手抜き記事だからです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ただ、そんな中にあって、私が常日頃から心がけている事が一つあります。
 それは、できるだけ「見やすい事」、「読みやすい事」を念頭に置いて記事を書くという事です (^_^ゞポリポリ

 ご存じのように、私の記事は実に回りくどくて、その上、画面をスクロールをしないと読めないような長々としたものがほとんどです (^^;
 まぁ、それが私の「文章のスタイル」ですから、わかってはいるけれど、なかなか変える事はできません (^.^; ポリポリ

 でも、こんな世知辛い世の中ですから、そういう長文だと敬遠される事が多く、パッと見ただけで面倒くさいからと読み飛ばされかねません(爆笑)
 せっかく書いた記事ですから、始めから面倒だという印象を与えて、読んでみたいという気持ちを萎えさせてしまうのは残念でなりませんから、私としても、いろいろと工夫をしながら記事を書いています (^_^ゞポリポリ

 

 ちょうど一年ほど前に書いた「タイトル」なんて記事も、そういう工夫の一つですが、他にも、読点(、)を多用するとか、適宜改行するとか、空白行を設けて段落を分けるなどのテクニックを使って、記事が文字で埋まらないようにしています。

 ブログの記事というのは、紙に書いたものを読むのとは違って、ディスプレイに表示されるものを読むというのが一般的なスタイルです。
 ですから、新聞の記事のようにベタ~ッと文字だけが表示されていると、見にくいし、読みにくいという事になってしまいます。

 

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 ですから、私は書いた記事が視覚的にも見やすくなるようにと、ことばや文章の間に読点や空白の行を多く挿入する事によって、ゆったりと見えるように工夫しています (^^)v

 

 他にも、ポイントとなることばを太字にしたり、文字を大きくしたりしてメリハリを付けるようにもしています。
 場合によっては、色付き文字にする事も少なくありません。

 

 また、自分で撮った写真や、場合によってはネットから見つけてきた写真などを記事の中に入れる事により、アクセントを設けるようにもしています。
 絵や写真は、どんな名文章よりも雄弁に物事を語ってくれますし、文字だけの記事よりは説得力も増すからです。

 

 もちろん、そういう小手先のテクだけでなく、記事そのものがおもしろくない事にはハナシにならないわけですが、日々の生活の中で、何かブログのネタになりそうなものは無いかと、アンテナを張り巡らしています (^_^ゞポリポリ

 そうはいっても、ほとんどが独断と偏見に満ちた記事で、皆様方には、またこんな事言ってるよと呆れている方もお出での事でしょうが、今後ともお見捨てなく、よろしくお付きあいのほどお願い申し上げます・・・
 <(_ _)>  店主敬白

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2009年5月29日 (金)

アジサイ

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 昨日、都内を走っていて、今年初めてアジサイの花が咲いているのを見ました。

 一日、雨模様だったので、雨に促されて咲き出したのでしょうか・・・

 最後の写真は、まだ咲いていない状態のものですが、他のアジサイはだいたいこんな感じなんですが、一部ではご覧のように咲いていました (^^)v

 見かけたものは、ほとんどが青い花だったのですが、中には紫からピンクっぽいのまでありましたね。

 

 季節は、そろそろアジサイを見かける季節になってきたんですね。
 もうすぐ、関東でも梅雨入りで、それが明けるといよいよ待ちに待った暑い夏です~ ヽ(^◇^*)/

 気象庁の発表では、今年の夏も猛暑だそうですが、そういう長期予報が出るとなると、例によって今年は冷夏になりそうだと思っている私が居ます(笑い)

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会津バス

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 昨日、都内は北区の王子3丁目の交差点で見かけた、故郷の会津バスです。

 

 私が板橋からの帰り道、信号待ちをしていると、王子駅方面から北本通りを走って来て、この交差点を鋭角に右折・・・
 王子北ランプから、首都高の中央環状線へと入っていきました。
 時刻は16時ちょっと前、懐かしいバスだったので、思わずパチリと・・・ (^.^; ポリポリ

 おそらく、ここから江北JCTを経由して、首都高川口線を下り、東北道で会津へと帰るところなのだと思います。

 

20090529003  会津に住んでいると、当たり前に見かける白地に赤と紺のラインが入った懐かしい車体・・・

 私は、見慣れているからかもしれませんが、この会津バスのカラーリングがけっこう気に入っています (^^)v

 どこかの観光スポットで、駐車場に停まっているたくさんの観光バスを見かけても、会津バスだけはちょっと特別に見えます (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 成田近辺でも、都内なんかでも、会津バスの観光バスにごくたまにすれ違ったりする事もありますが、写真に納めたのはこれが初めてかな (^.^; ポリポリ

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2009年5月28日 (木)

ザ恋愛インタビュアー

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 ネッ友さんが、「ザ恋愛インタビュアー」というお遊びを日記で紹介していたので、私もさっそくやってみました(笑い)

 

 あなたの代わりに1000人にインタビューしてきました。

 ・・・という事で、名前と生年月日、あと、いくつかの簡単な質問にイエス・ノーで答えるだけで、あなたに対しての街頭インタビューの結果が表示されるというものです。

 私ゃ、この手のお遊びが大好きでね (^.^; ポリポリ

 

 百聞は一見にしかり ( ^-^)/ ♪

 さっそく私の結果をご覧下さい(笑い)
 あまりにズバリと言われていたので、ティンクと一緒に大爆笑でしたよ~
  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

http://nashimoto.hanihoh.com/r/?k=0905271m5b4a1c7e4a4049b

 特に、「街角の声」というのが秀逸です (o^∇^o)ノ
 もう・・・、ナンで見知らぬ「アンタ」が私の事をここまで知っているのかなぁって感じ(爆笑)

 どういうロジックでこういうコメントが表示されるんでしょうかね・・・ (〃'∇'〃)ゝエヘヘ

 

 どうですか?
 興味のある方は、こちらのリンクからやってみてください ( ^-^)/ ♪

http://nashimoto.hanihoh.com/

 きっと、アナタもはまりますぜ(爆笑)

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2009年5月27日 (水)

忌み言葉

 皆さんは、「スルメ」は食べた事がありますか?
 男性なら、居酒屋なんかでお酒のツマミに「アタリメ」を食べた事があったりして・・・・・  (^^ゞ

 ところで、「スルメ」「アタリメ」の違いってご存じでしょうか(笑い)

 実は二つは同じモノなんですが、呼び方が違うだけです。
 「スルメ」の「スル」という部分が「金をする(使い果たす)」という意味にもとれるため、縁起をかついで言い換えたのが「アタリメ」という言葉であり、こういうのを「忌み言葉」といって、探すとけっこう身の回りにあったりしますが、それと気付かずに使っている事も少なくないと思います。

 

 他にも、例えば「梨の実」の「梨」が「無し」に通じるところから、「有の実」と呼ばれたり、「刺身」が「(刃物で身体を)刺す」に通じるところから、「お造り」と言い換えたりするのは、忌み言葉として有名なところかな。

 耳に馴染んだことばでは、「鏡開き」というのもそうです。もともとは「鏡割り」と言っていました。餅を刃物で切るのは切腹を連想させるので、木槌などを使って餅を割っていたから「鏡割り」だったのですが、「割る」では縁起が悪いというので「開く」という縁起の良いことばに言い換えられて今に至ります。

 

 変わったところでは、東京の下町にある「亀有」という地名で、こち亀として有名な「こちら葛飾区亀有公園前派出所」というマンガですっかり全国区の地名になってしまいました(笑い)

 

20090526002  この「亀有公園前派出所」というのは実在しませんが、「亀有公園」は亀有駅の北口からすぐのところに本当に在ります。
 そして、北口を出てすぐのところにはマンガの派出所のモデルとなったといわれる「亀有駅北口交番」があります (^^)v

 マンガを読んだ読者の中には、両さんを訪ねて亀有駅を訪れる人が少なくないそうで、この北口交番に限らず、亀有の交番では、「両さんは?」と尋ねられると「両さんは、今パトロール中です」と答えるそうです (^◇^) 。。。ケラケラ
 日本の警察も、なかなかシャレがわかるというか・・・ (^_^;

 しかし、「亀有」は、もともとは「亀無」という地名だったという事です。「亀梨」という説もありますが、「亀梨」だとどこかで聞いた事のある名前ですね (^◇^) 。。。ケラケラ

 名前の由来は、地形が亀の甲羅に形が似ている事から、亀の形を成すという事だったそうですが、いつの間にか「成」の文字が「無(梨)」に転じたらしいです。
 さらに、江戸時代の初期に、「無」では「無し」に通じて縁起が悪いという事で、現在の「亀有」に改名されたそうですが、これも「梨の実」を「有の実」と言い換えたのと同様、忌み言葉といっていいと思います。

 

 そういえば、「キネマ」も忌み言葉として言い換えられたもので、もともとはフランス語の「シネマ」であり、「死ね」に通じるところから、縁起をかついで「キネマ」となったものです。

 

 日本人は、けっこう縁起を担いだりしますし、ことば遊びとして語呂ナンてのもいろいろなところで用いられています。
 「○○の日」に語呂をもじったものが多いのもそういう例の一つです。

 日本語って、奥が深くて、おもしろいですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年5月26日 (火)

野の花

 日々、撮りためた野の花の写真です。

 もともと花鳥風月には疎い私ですので、これらの花の名前はほとんど知りません (^^;

 でも、花を見てキレイだと思うのと、この花の名前はナンだろうというのとは自ずと違う事だと思います。
 花の名前がわからないからと皆さんにご紹介できないのはいかにも残念なので、今日は、とりあえず写真だけをアップさせて頂きます (^_^ゞポリポリ

 

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20090527008 20090527009 20090527010

 

 名前をご存じの方がお出ででしたら、コメントにてお願いいたします・・・ m(_ _;)m

 

 1  2  3

  4  5

  6  7

 8  9  10

 

 一応・・・

 2はヤマブキ
 6はオダマキ
 7はツルニチニチソウ
 8はヒルザキツキミソウ
 9はポピー
 
 ・・・だと思います (^_^ゞポリポリ

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2009年5月25日 (月)

二代目東関

 東十両7枚目の潮丸が、千秋楽の取り組み後、日本相撲協会に引退届を提出し、持ち回り理事会で年寄・小野川の襲名が承認されたと報じられた。

 師匠の東関親方も、この日最後の本場所を勤め上げ、来月16日の誕生日をもって定年を迎える。
 潮丸も、それを待って、年寄「東関」を襲名し、部屋を継承する段取りだという。

 

 現役最後の取り組みは、若天狼に寄り切られ、6勝9敗で場所を終えた・・・
 潮丸は引き上げる花道で号泣・・・
 「最後は本当に勝ちたかったけど、思いっきり取れたし納得できた。今まで培ってきたことを若い世代に伝えていきたい」と話したという・・・

 これで私も一安心 (^^)v

 ジェシーも、潮丸も、本当にお疲れ様でした~ (^^)/

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初優勝

 大相撲の夏場所は、昨日千秋楽を迎え、共に本割を制して1敗を守った横綱の白鳳と大関の安馬が優勝決定戦に臨み、安馬が豪快な下手投げで白鳳を下して初優勝を遂げた。

 安馬は、大関に昇進した時に日馬富士という四股名に改名しておりますが、どうにもこうにもしっくり来ないというか、安馬は安馬ですよ。それ以外の何ものでもないという思いから、私はこれからも安馬と勝手に呼ばせて頂きます。

 

 いやぁ、それにしても、本当に熱のこもった千秋楽となりました ヽ(^◇^*)/

 実は、一昨日の十四日目、33連勝中の白鳳が琴欧州に上手投げに投げ捨てられ、1敗となった時点で、こりゃ、朝青龍の逆転優勝は決まったかなと一瞬ですが思ったんですよ (^^ゞ

 朝青龍と安馬なら、間違いなく朝青龍に分があると思いましたし、朝青龍と白鳳が1敗同士で千秋楽に当たったとしたなら、逆転優勝の目は十分にあると思ったからです。

 しかし、次の結びの一番で、あろう事か、朝青龍が安馬の外掛けであっけなく倒されてしまいました・・・ (__;)ガクッ
 しかも、その時に背中から落ちたために、腰をしたたかに打ってしばらく動けないほど・・・ (^_^;

 

 こうなると、優勝はやはり白鳳で決まりなのかなぁと思って昨日の千秋楽の行方を見守っていました。

 次々と取り組みが進み、いよいよこれより三役~ ヽ(^o^)尸

 会場のボルテージも最高潮に達し、まずは優勝争いのその1、琴欧州 vs 安馬・・・
 不利な体勢から一か八かの首投げが豪快に決まって、安馬が1敗で優勝に王手をかけました (^^)v

 そしていよいよ優勝争いのその2、横綱同士の結びの一番・・・
 四つからの攻防の末に、白鳳が朝青龍を寄り切って優勝に逆王手 (^_^)V。

 安馬と白鳳の優勝決定戦は、立ち会い鋭く左をサッと差した安馬が十分な体勢となり、最後は豪快な下手投げで白鳳に手を付かせて初優勝を決めた (o^∇^o)ノ

 

 どうなんだろう、安馬と白鳳の優勝決定戦、ファンはどちらの後押しをしていたのかな (?。?)

 個人的には、安馬の初優勝を願っていましたが、やはり安馬の初優勝をと願っていた人の方が多かったんじゃないだろうか・・・
 白鳳は、これまでにも何度も優勝していますし、これからだってチャンスは幾度もあるだろう。
 しかし、体格的に見劣りのする安馬の優勝となると、そうは無いだろうと思うと、ここはナンとしても安馬に勝たせてやりたいと思ったのは私だけではないはずだ。

 しかも、十三日目の対決で、どっしりと構えた白鳳が、安馬に攻めるだけ攻めさせておいて、安馬が攻めあぐねたところで電光石火の裾払いで土俵に転がすという横綱相撲を見せられては、安馬との実力差はかなりあると感じた人も多かったと思うし、白鳳有利は動かないように見えた・・・ (^^;

 でも、勝負はやってみなければわからないというのは本当なんですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 仮に、白鳳が敗れるとしても、ああいう結果になると予想した人は、はたして居たんだろうか (?。?)

 

 本当に、昨夜は美味しいお酒を飲ませて頂きましたよ o(*^▽^*)o~♪

 初優勝、おめでとう~ ヽ(^◇^*)/

 

 それにしても、角界で元気なのはモンゴル勢だけというのもなんだかなぁ・・・ (ノ_-;)ハア…

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2009年5月24日 (日)

検温

 昨日、埼玉県の川口市まで納品に行って来ました。

 運んだモノは、食材である加工したゴボウ・・・ (^^;
 それを、川口にある食品工場まで運んできたのですが、先方に着いて、受付に入ったときのことです。
 いきなり、体温を測ります・・・と来た (^^;

 

20090524001  今、風邪に対してうるさいので・・・と、例の新型インフルエンザの件を持ち出して、写真のような感じの白衣を身にまとい、帽子とマスクで完全武装した事務員が体温計を手に私に迫ってくる・・・ (^_^;
 この体温計、レーザーポインターみたいな形状をしており、先端から赤い光が出ている・・・
 それを、私の額に当て、瞬時に「36.5度、OK!」と言ってくれました (^◇^) 。。。ケラケラ

 今の技術ってスゴイですねぇ・・・
 こんなに簡単に体温が測れるんだ (^◇^;)

 

 確かに、一昨日、埼玉県でも新型インフルエンザの感染者が出たとの報道がありましたが、世の中、こんな事になっているんですね (^^;

 私ゃ、長い事この仕事をしていますが、納品先で検温されたのは初めてですよ(爆笑)

 

 幸い、今回はパスしましたが、もし体温が高かった場合にはどうなるんだろう・・・ (?。?)
 入構を断られ、納品もできないんだろうか・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 そんな事はないと思うけど、検温にパスしなかった場合のマニュアルがどうなっているのか、非常に気になった昨日の仕事でした・・・

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2009年5月23日 (土)

有段者

 今年3月に初当選した森田健作・千葉県知事が、全日本剣道連盟から免状を受けていないのに、40年以上も「剣道二段」を名乗っていたことが発覚し、森田知事が21日の記者会見で認めたという報道があった。

 

 なんだかなぁ~ (^^;

 

 「俺は男だ!」以来の森田健作のイメージは、ウソだったって事ですか・・・ (ノ_-;)ハア…

 「俺は男だ!」のテレビドラマを見て、剣道ブームが起こり、剣道を始めた人だってけっこう居たはず。
 役柄はあくまでも役の上でのフィクションであっていいけれど、自ら「剣道二段」と公言してはばからなかったわけで、これはちょっと見過ごすわけにはいかない。

 最初から、剣道の腕前はフィクションだったと言ってしまえば、誰もなにも言えないと思うのに、これでは経歴詐称と言われても仕方がないじゃない・・・ q(`o')ブー!!

 

 つまり、森田氏は「剣道二段」だったのではなく、「剣道冗談」だったわけね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 

 蛇足ですが、私の妹が、四十路を過ぎてから剣道を始め、今では三段の腕前です (^^)v
 もちろん、連盟の公認もチャンとした三段ですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 そして、再婚とか引っ越しとかで一時中断していた剣道の稽古をこの春に再開したそうで、今は四段を目指して頑張っているそうです・・・

 子どもの頃は、よくケンカして泣かしていたのに、今じゃ、妹には全く頭が上がりません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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岩間 愛宕神社

 先月の末の事になりますが、常磐道の岩間ICそばまで仕事で行きまして、その帰り道、「愛宕神社」という看板を見つけたので、例によってちょっと寄ってみました (^^ゞ

 岩間の「愛宕神社」は、日本三大火防神社のひとつとして有名という事で、創建が大同元年(806年)、徳一大師の開山創建と伝えられている、歴史ある神社です。

 以下は、当日に撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 左の写真が、走っていて見かけた「愛宕神社」の案内板です。
 こういうものを見かけると、つい寄り道してみたくなるのが最近の私の行動パターンです(笑い)

 真ん中と右側の写真が、愛宕神社まで車で登って行く途中にあった公園です。
 GW中でしたが、藤や桜の花がまだ咲いていました (*^.-^*)♪

 

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 愛宕神社の表参道となる急な石段です。
 見上げると、はるか上の方まで延々と続いていました・・・ (^^;

 「愛宕神社」の扁額が掲げられた鳥居と、「日本火防三山の一 愛宕神社」と彫られた標柱が立てられています。

 

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 石段を見て心が折れかかりましたが、来た以上は、なんとか神社を見てみたいなと、意を決して登り始めました(笑い)

 登っている途中で見かけたいくつかの石碑や祠です。
 最初の碑には「女人禁制」と、次の碑には「聖徳太子」という文字が彫られていました。
 祠には、「百石段不動」と書かれていました。石段の数を数えたわけではありませんが、本当に100段くらいはあったんじゃないかと思います。

 

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 息を切らしながら、休み休み石段を登って行った時に見かけた周囲の様子です (^_^;

 途中から、石段を避ける緩やかな道が設けられていました。でも、私はガンコなので、ここまで登ってきたからにはそのまま石段を登ろうと・・・(笑い)

 さらに登って上を見上げても、まだまだ石段は続きます (^_^;
 チョッと無謀な企てだったような気もしましたが、気を取り直して登り続け、やっと神社の屋根が見えてきました ヽ(^◇^*)/

 

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 これが、石段を登った上にある、愛宕神社の拝殿です。

 鴨居のところには大きな天狗のお面が飾ってありました。愛宕山は天狗の修行場だったという事で、次のような天狗伝説が残っています。

 昔、愛宕山が岩間山といわれていたころ、筑波山、加波山と並んで、天狗の修験道場の一つでした。
 ここに十三人の大小天狗が住み、羽団扇を持って雲にのり、大空を矢よりも早く飛び妖魔を打ち払い、厳しい修行で身につけた術によって重い病人を救ったり、天候を予知して作物の豊凶を占ったりして、人々を幸せにしていました。
 現在でも、この愛宕神社の裏手にある「飯綱神社」の裏側に「十三天狗の祠」と言われる十三個の石の祠や、天狗の修行の地と言われる石尊などが残っています。

20090523030  これにより、愛宕神社は十三天狗が守護する神社といわれ、愛宕神社の神紋は、「三巴紋」「天狗団扇紋」

 

 三巴は、水巴とも考えられ、防火の印。
 天狗団扇は、天狗の守護した神社だからといわれます。

 

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 拝殿の奥に掲げてあった天狗のお面です (^^;

 なかなかりっぱです・・・って、ナニがぁ(爆笑)

 せっかくですから、社務所から買ってきたお札です (^^)v
 なにしろ、日本で三本の指に挙げられるという「火防の神」として霊験のある神社なわけですから、台所を護って頂こうと、私とティンクの実家の分を合わせて三枚頂いてきました (^_^)V。

 

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 社務所の先に設けてある展望台のようなところから見下ろした岩間の街並みです。
 はるか彼方は太平洋でしょうか?
 この山から海岸線までは約30km・・・ 海が見えたとしても不思議ではありません。

 右側の桜の写真は、拝殿の西側に設けてある、比較的なだらかな石段を下りていった先にあった大きな駐車場の周辺に咲いていた桜です。
 桜の名前が書いてなかったのでハッキリとは申し上げられませんが、緑の葉っぱの方がソメイヨシノで、咲いている方はおそらくヤマザクラではないかと思われます。

 

 以上、ちょっと立ち寄ったワリには、収穫の大きな神社でしたよ ヽ(^◇^*)/

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2009年5月22日 (金)

後悔

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 これは、ハリウッドで活躍した、イングリッド・バーグマンの残したことばとされています。

 同じ後悔するのでも、前者と後者では全く意味合いが違ってきますね (^^;

 

 ちなみに、私のモットーは「後悔しない人生」ですから、彼女のことばとは根本的に違います。

 もちろん、私はかなりそそっかしい方なので、失敗する事もたくさんありますが、それらも含めて私の人生ですから、「反省」はしっかりしますが、「後悔」はしません。
 後悔しても後の祭りですし、やり直す事などできないわけですから、後悔はマイナス思考の極致と言えるでしょう(笑い)

 それよりも、どうして失敗してしまったのかを徹底的に反省し、同じ事を繰り返さないとしたならば、後の人生に生かされることにもなり、失敗もムダな事ではなかったという事で、マイナスだと思っていた事もプラスに転じます (^^)v

 

 たった一度しかない人生ですから、命の終わりを迎える時になって、アレもしておけばよかった、コレもしておけばよかった、アレはしなければよかった、こうしておけばよかった・・・な~んて後悔しながら死んでいきたくはないですよね (^^;

 少なくても、私はいつ命の終わりを迎える事になったとしても、悔いの残らない人生を・・・と心がけています。
 まぁ、理想と現実とは必ずしも同じになるとは限りませんが、できるだけそれに近づきたいなと・・・ (^_^ゞポリポリ

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2009年5月21日 (木)

カサブランカ

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 これは、沢田研二が1979年に発表して大ヒットを飛ばした「カサブランカ・ダンディ」という作品です。
 沢田研二の作品の中では、「勝手にしやがれ」と並んで、私の大好きな作品でもあります。

 この作品のタイトルである「カサブランカ・ダンディ」とは、映画「カサブランカ」の主役を演じたハンフリー・ボガートの事を指しているというのは周知の事実です。
 歌詞の中にも「ボギー」というボガートの愛称が出てくる事からもそれは明らかです。

 

20090521002 私も、「カサブランカ」という映画はテレビなどで2~3度見ましたが、とにかくボギーが格好良くってね(笑い)
 今じゃ喫煙シーンはいろいろと問題視される事が多く、映画やテレビの画面からタバコを吸うシーンはほとんどといっていいくらい消えてしまいましたが、当時はタバコは男性の嗜みみたいなところがありましたから、ボギーのようにキザにタバコをくわえる真似をした男性は少なくなかったと思います(苦笑)

 タバコでなくても、コートの衿を立てて着るのを真似した男性は多いはず (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 私が生まれる前年にボギーは亡くなっていますから、私よりも二世代くらい上の世界をこの歌は歌っているわけで、だからこそ、「あんたの時代はよかった」と何度も何度も繰り返し歌われているわけで・・・

 

 そういえば、「カサブランカ」の映画の中の有名なシーンに、酒場でイボンヌとリックが交わすこんな会話がありました。

20090521003  「昨夜はどこにいたの?」
 「そんな昔のことは憶えてないね」
 「今夜会ってくれる?」
 「そんな先のことはわからない」

 この・・・

 「そんな昔のことは憶えていない」
 「そんな先のことはわからない」


 このセリフがとても好きで、今でも私のお気に入りです(笑い)

 チョッと聞くと、プレイボーイが口にするいい加減なセリフのようにも思えますが、そうではなくて、戦時中で、しかもドイツ軍が席巻するフランス領モロッコという状況の中で、精一杯生きているからこそ言えるセリフなんだろうと私は思います。

 ボギー演じるリックは、過去の思い出を抱いて生きているのではなく、かといってまだ見ぬ未来の夢を支えに生きているのでもなく、「今、この時」を一生懸命に生きようとしているからこそ、先のセリフが口をついて出てくるのだと・・・

 

 ボギー・・・ 「あんたの時代はよかった」・・・
 確かに私もそう思うよ・・・

 でも、今だって捨てたモンじゃないさ、皆が思ってるほど悪い時代じゃないと思うぜ・・・ (^^)v

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2009年5月20日 (水)

寺家ふるさと村

 先々週の週末、9日の事ですが、海外からの引っ越し品を届ける仕事をしてきました。
 受け取った荷物は二軒分。1件目は10時に町田市に、そして2件目は17時に横浜市の青葉区に・・・です (^^;

 

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 上の地図で見るとおわかりのように、この二つの場所は自治体こそ違え、目と鼻の先にあります。移動時間だって30分もあれば十分に着ける距離なわけで、という事は1件目の町田の納品を終えてから、2件目の青葉区の指定時間までは7時間近くもあるわけですよ (^^;
 その間、どうやって時間を潰そうかなと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 最初、すぐそばにある「子どもの国」に行こうと思っていたんですよ。でも、ネットで調べると、入園料が600円、駐車料金が900円もかかるというんで断念しました。
 ただの時間つぶしのために1500円というのはチョッとねぇ (^^;

 で、チャットで近くに安く利用できるおすすめのスポットがないか聞いてみると、地元のみけさんから「寺家ふるさと村」はどうですかというお返事が・・・ (o^∇^o)ノ
 そこなら駐車料金は無料じゃないかという事で、さっそく向かってみました。

 

20090520001 「寺家ふるさと村(じけふるさとむら)」は、横浜市青葉区寺家町にある「横浜ふるさと村」のひとつで、寺家ふるさと村四季の家管理運営委員会が横浜市からの委託を受け、管理しているそうです。

 

 昔ながらの田園風景が色濃く残っているところで、水田と雑木林が織りなす景観に恵まれた地域という事で、地元の人達の憩いの場となっているようです。

 実際にこの日も、親子連れとか写生を楽しむグループとかをたくさん見かけました。

 私は、水車小屋の近くに車を停め、むじな池の辺りから入ってふるさとの森周辺をゆっくりと散策してきました o(*^▽^*)o~♪

 

 以下は、その日に撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 ふるさと村への入口となる交差点です。私はここを左折して、四季の家から水車小屋の方へと車を走らせました。
 ご覧のように、田んぼや森などが目の前に大きく広がっていて、自然溢れる魅力的な場所でした (^_^)V。
 横浜市とはいっても、青葉区とか緑区とか、いかにも自然が残っていそうな地名というのは、それだけ田舎だという事を物語っています(苦笑)
 成田くんだりに住んでいる私なんかに田舎呼ばわりされたくはないと思いますが、そういえば、千葉市にも緑区とか若葉区とかいう地名がありますが、こちらもかなりの田舎ですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 ここは、都会の近くでホタルを見る事ができる有名な場所だそうで、来月辺りにはホタル見物の人達も集まってくるのかな。
 水路でザリガニなどの小動物を、バケツと網を持って獲っていた親子連れです。

 

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 むじな池の手前に咲いていた菖蒲の花です。奥に見えているのは蓮の花です。
 池では、けっこう大きな亀が何匹も泳いでいました(笑い)

 

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 むじな池から大池の方に登っていく道です。ご覧のようにけっこう本格的な山道ですが、初心者でも歩きやすいように整備されています。

 

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 熊野池です。ここは釣り堀になっていて、たくさんの太公望が集っていました。
 ここでは用具のレンタルも行なっていますから、着の身着のままでやって来ても釣りを楽しむ事ができます (^^)v

 

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 熊野池のそばにあった熊野神社です。石段は延々と70段。登るのはけっこうしんどかったです (^^ゞ
 神社の周辺でも、写生をしている人達がたくさん居ました。

 

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20090520028  ふるさとの森の入口で写生をしている人達です。

 

 一通り散策を済ませた私は、一度車に戻り、お弁当を持ってここからもう一度森の中に入っていきました・・・

 写真は、私がお弁当を食べた森の中の休憩施設です。
 食後は、このベンチに横たわってしばらく昼寝・・・ (^^)v
 爽やかな風が心地よくて、30分くらいは寝てたかな(笑い)

 

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 オマケの写真です (^_^ゞポリポリ
 神社のそばからむじな池方面へと登っていく山道です。この辺りは石畳でりっぱな道になっていますが、少し登ると先の写真のような階段状の狭い山道になります (^^;

 むじな池のそばにある梅林です。ここでも写生の方を見かけました。

 私がお弁当を食べた近くで見かけたカップルです。男性はアコースティックギターを持って来ていて、彼女に歌を聴かせていたところです(苦笑)
 こんなところまで生ギターを提げて持ってくるその努力に脱帽・・・ m(_ _;)m

 

 いい場所を教えて頂いたので、けっこう長い時間でしたが退屈せずに過ごす事ができましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 それにしても、普段から車ばっかり乗って歩く事が少ないので、チョッと歩いただけで息が切れてしまって・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 タマには、こういう「運動」も身体のためにはいいのかな(爆笑)

 お天気も申し分なく、楽しい一時でした。
 みけさん、いい場所をご紹介いただきありがとうございました o(*^▽^*)o~♪

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2009年5月19日 (火)

アグネス・チャン

20090519001  私が中学生2年の時、アグネス・チャンが「ひなげしの花」でデビューしました。

 当時のアイドルというと、小柳ルミ子・南沙織・天地真理の「新三人娘」が絶大な人気を誇っていました。
 当時の女性の歌声はアルトが中心で、ソプラノの女性歌手は売れないというのが業界の定説でした。そこに、ソプラノトーンの女の子がデビューして、いきなりテレビの中で歌い出したのです。当時のインパクトは相当のものがありました。

 

 デビューした当時、アグネスは17才。その愛くるしい表情はたちまちお茶の間の人気者になりました ヽ(^◇^*)/

 ちなみに、写真は当時手に入れたブロマイドをスキャンしてみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 私は、それまでは天地真理のファンでした (^_^ゞポリポリ
 しかし、アグネスがデビューしてからは彼女のファンになってしまいました(笑い)
 だって、可愛かったんだもの (〃'∇'〃)ゝエヘヘ

 高校に入学した当初、クラスで自己紹介の時間がありまして、一人ずつ立ち上がってはいろいろと自分の事を語ったんですが、皆当たり障りのない事を無難に述べていました。
 しかし、T橋クンの番になった時、彼が「あべ静江のファンです」と最後に言ったのを聞いて、ああ、そういう事を言ってもいいんだと思った私は、自己紹介の時に「アグネス・チャンのファンです」と付け加えてみました(苦笑)
 級友達の反応がどうだったのかは覚えていません (^^;
 もしかしたら、誰もそんな他人の自己紹介など興味はなく、聞いてはいなかったのかもしれません(爆笑)

 

 それはともかく、アグネスは香港から日本にやって来ました。
 当時の香港は、イギリス領であり、中国人の両親から生まれましたが、アグネスの国籍はイギリスです。という事は、彼女はイギリス人という事になるのだと思います (^^;

 その後、日本人の男性と結婚し、日本での名前を金子陳美齢(かねこチャンメイリン)といいますが、別に日本に帰化して国籍を変えたというハナシは聞きませんし、という事は、夫は日本人ですが、アグネスは相変わらずイギリス人という事になります(ホントか?)

 アグネスは、さらにカナダで長男を、アメリカで次男を出産し、中国に返還された香港で三男を出産しています・・・ (^^;
 という事はナンだ、長男はカナダ国籍、次男はアメリカ国籍、三男は中国国籍を持っているという事になるのかな・・・ (^^;;;

 ちょっと調べてみましたが、どうもそれぞれの国籍がどうなっているのかまでは確認できませんでした (^.^; ポリポリ
 ただ一つだけ間違いないのは、夫の国籍は「日本」だという事です (^^)v

 

 もし、それぞれの家族が上に挙げた通りの国籍を持っているとしたら、家族の一人一人が全て別々の国籍を持っているということになります (^^;
 アグネスは、さすがに国際人らしく、華々しい家族構成ですね~(苦笑)

 香港が中国に返還された時に、香港に住んでいた人達はアメリカやカナダの国籍を取って海外に脱出したというハナシがありましたが、ホントなんですかね (?。?)
 アグネスも、その時に国籍をどこかの国に変えたって事はないよね・・・ (^^;

 アグネスの公式HPを見ても、彼女の国籍の事については全く触れていないんですよね~ (^^;

 一応、ファンだったからという事ももちろんあるのですが、私はそういう「どうでもいいような事」が、無性に気になる性分でねぇ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年5月18日 (月)

原宿トンネル

 神奈川県を走る国道1号線は、交通の大動脈としてその重要性は非常に高い。
 そのために、交通量もハンパではない。したがって、あちこちで渋滞が起き、その経済的損失は計り知れない・・・

 国道1号線が、横浜から藤沢を通って茅ヶ崎方面に抜ける途中、渋滞のメッカと呼ばれるポイントは「戸塚警察署前」「吹上」「影取町」など何カ所もあるが、中でも有名なのが「原宿交差点」です。
 原宿といっても、渋谷の原宿ではありません(苦笑)
 渋谷の原宿も車で通るには難儀する場所ですが、この国道1号線にある原宿交差点は年がら年中、それも時間帯には関係なく混み合っている事が多く、神奈川県内でもワーストワンの渋滞ポイントとして挙げられ、通過するにはけっこう時間のかかるところです。

 

 この、悪名高き「原宿交差点」の渋滞緩和を目的に、立体交差の案が浮上し、トンネルを造る事によって国道1号線の流れをスムースにしようと何年か前から工事を行なって来ました。
 その「原宿トンネル」が、東京方面に向かう上り線だけですが、4月4日から共用が開始されました ヽ(^o^)尸
 といっても、この上り線として共用が開始された原宿トンネルですが、本来は下り線用として作られたものですが、おそらく下り線よりも上り線のほうが交通量が多いというか、上り線の方を重要視したために、暫定的に上り線として使っての開通です。
 本来の上り線用の原宿トンネルは、今現在も工事中で、全線が計画通り開通するのは平成22年度を予定しているそうです。
 したがって、本来の上り線用のトンネルが開通すれば、今のトンネルは下り線となりますから、それまでは二度と走る事のできない「トンネルの逆走」を体験できるという事で(笑い)

 

 以下に、仕事の帰り道、走りながら撮った原宿トンネルの写真をアップしてみました。

 

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 藤沢方面から原宿交差点に向かう、国道1号線の様子です。
 いつもなら、藤沢バイパス方面から次第にスピードが落ち、釣具屋の上州屋から安売り店のドン・キホーテ辺りでは動かなくなるほど渋滞している事が少なくないんですが、ご覧の通りスムースに流れています ヽ(^o^)尸

 

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 ドン・キホーテの店の辺りから、トンネル方面と従来の交差点方面へと、道が二つに分かれています。
 交差点に向かう側道と、トンネルへ向かう本線との間には、上り線のトンネル工事をしている工事現場がフェンスで仕切られて見えます。全線開通の暁には、この本線は下り線の本線に姿を変える事になります。

 

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 これら一連の写真が、新しく開通した原宿トンネルの様子です (^^)v
 片側2車線、内部もしっかりとした道路になっています。

 

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 トンネルを抜けたところです。非常にスムースに原宿交差点を通り過ぎてしまいました。
 反対車線は相変わらず混んでいますから、このトンネルの利用価値は想像以上のモノがあります ヽ(^◇^*)/

 

 

 ついでながら、大船方面から原宿交差点に向かって走ってきて、従来通りに交差点を右折し、トンネルを抜けてきた本線に合流する写真もアップしてみました。合わせてご覧下さい ( ^-^)/ ♪

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 交差点を信号に従って右折して、本線に合流する側道に入ったところです。
 右側には工事箇所と側道とを隔てるフェンスが延々と設けられています。

 

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 側道から本線へと合流し、横浜方面に向かう様子です。
 反対車線は、ご覧のように大渋滞しています (^^;

 

 個人的には、納品先へと向かう下り線の方が重要なので、今回開通させるのなら下り線を優先してほしかったのですが、一般的には、やはり上り線の方が重要だという声の方が多かったのかな(笑い)

 しかし、暫定的にしろ、このトンネルが開通したおかげで、国道1号線の上り線の渋滞は解消・・・とまではいかなくても、明らかにスムースに流れている車の流れを実感する事ができました。

 こうなると、一日も早く、上り線を含めた原宿トンネルの全線開通が待たれるところです。
 なにしろ、ここは私も仕事で非常によく通る場所だからです (^_^ゞポリポリ

 今日も、平塚まで仕事で行く予定なので、帰りにはこの原宿トンネルのお世話になると思います (^^)v

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2009年5月17日 (日)

高見山

 高見山・・・今は東関親方として部屋を持ち、曙を始めとする関取を何人も育ててきた。

 今でこそ、角界は外国人力士達が何人も席巻し、横綱や大関は言うに及ばず、幕内や十両などでも各国から来日した関取衆がハバをきかせています・・・
 しかし、今から45年前、ハワイから単身来日した高見山が外国人力士としてのパイオニアであり、彼の涙ぐましい努力と華々しい活躍が無くては、今日の角界は語れまい・・・

 

 その東関親方が、夏場所後の6月16日の誕生日をもって65才となり、定年退職をします。もうそんな年齢なのかと驚くと同時に、その後の部屋の動向が大いに気になります (^^;

 私は、現役の高見山が大好きで、その流れで彼の興した東関部屋と、彼が所属していた高砂部屋をこよなく愛しています。
 古き良き時代に角界に入門した高見山は、その風貌も独特でしたが、やる事もけっこう派手でした(笑い)
 黒や紺の締め込みが当たり前だった時代に、彼の締めたオレンジ色の締め込みは、大胆というか・・・ (^^;
 今はけっこうカラフルな締め込みが土俵上を賑わせていますが、高見山がオレンジの締め込みを着けて土俵に上がったのは、かなりセンセーショナルな出来事でした。南国出身だけに、オシャレで陽気なキャラクターは、テレビを通してお茶の間でも大人気でしたよ。

 特に、丸八真綿を始め、様々なCMに出演して人気者になりました。増位山や琴風に代表されるように、歌を歌った関取は何人もいますが、CMやドラマに出演した関取は、後年の高見盛や舞の海くらいしか思い浮かびません。
 それだけ、世代を超えて愛されたキャラクターだったという事でしょう。

 

 現在の東関部屋には13人の力士が居ますが、関取は幕内の高見盛と十両の潮丸の二人だけで、横綱にもなった曙はすでに協会を退職しており、事実上部屋の後継者はこの二人に絞られているわけですが、高見盛が33才、潮丸が31才と、二人とも三十代の前半ですから、年齢がネックとなって、もしかすると部屋を閉じて一門の高砂部屋辺りに吸収合併されるかもしれません (^^;

 人気の面では断然高見盛に軍配が上がるのですが、型破りの力士である高見盛が親方というのはとても受け入れがたいので、個人的には地味ですがより力士らしい潮丸に東関の名跡を継いでもらって、部屋を残してほしいと思っています。

 すでに、東関親方は潮丸を後継者に指名しているとの未確認情報がまことしやかに囁かれてはいますが、いずれにしても来月中には去就が決まると思われますので、動向を見守りたいと思います。

 

 奇しくも、昨日の夏場所七日目、NHKの大相撲中継では「高見山特集」ということで、番組の間中高見山の思い出などを関係者の証言などで振り返ってくれました。
 解説の北の富士や麒麟児の北陣親方、審判の親方衆、現役力士達の語ってくれる高見山の思い出は、初めて聞くことも多く、とても興味深かったです。

 今場所は、入口のところでチケットのもぎりをしている東関親方に会うことができます。
 引退が決まっている親方は、直前の場所では労をねぎらわれて、仕事らしい仕事をする事はないということですが、東関親方のたっての希望でもぎりの仕事をしているそうです。最後までファンを大切にしたいと考える親方らしいですね。

 ただ、以前は仕事中は絶対にサインなどのファンサービスはしないことで有名だったんですが、今でもそうなのかな (^^;

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2009年5月16日 (土)

寝言

 寝ている時に、寝言を言うことは誰にでもあることです(笑い)
 ただ、寝入っている間の出来事だけに、寝言を言っている本人はそういう自覚が無いのが普通ですから、独身だと自分が寝言を言うクセがあるのかどうかはわからないものです(苦笑)

 この「寝言」ですが、誰かが言っているのを聞いたとしても、たいていはハッキリとは聞き取れないものが多く、あ、何か寝言を言っているなくらいに思われるのがオチです。

 しかし、私の連れ合いのティンクですが、よく寝言を言うんですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 それがまた、ハッキリとした口調で・・・ (^_^;
 だから、チョッと聞くと、私や誰かに対して何か言っているように思えて、目を覚ましてしまうことが多いです(笑い)

 

 先日も、夜中に大きな声で叱られてしまいましてね(爆笑)
 いきなり、「いやだ! 何をやっているのよぉ・・・」と・・・ (^^ゞ
 その後、しばらくしっかりした口調でティンクのお小言が続きます (^◇^) 。。。ケラケラ

 仕方がないので、起こしましたよ・・・ ヾ(;´▽`A``
 夢を見ている間は寝言は止みませんから・・・ (^^;

 で、なんで怒っていたのか聞くと、食事の後片付けをしていた時に、私がよけいな事をして仕事を増やしたからだと・・・ (^.^; ポリポリ
 どうやら、私は寝ている間もティンクに世話を焼かせているようです (;^_^A アセアセ・・・

 

 夢の中に限らず、私自身はティンクのためによかれと思ってやっていることがほとんどなのですが、時々お互いの思いがすれ違って、ありがた迷惑になっていることも少なくないようです (^^;
 その都度、ティンクはハッキリと指摘してくれるのでありがたいなと (〃'∇'〃)ゝエヘヘ

 好き勝手な独り暮らしを長い間やっていて、齢も五十を過ぎると、アタマもそれなりに固くなっているようで、時々我流の生き方が出てしまって、その都度ティンクを困らせているようです (^.^; ポリポリ

 

 しかし、夢の中でまで叱られるようだと、これは相当重症だなと・・・ □\(- -;)ハンセイ

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2009年5月15日 (金)

市場のパン屋さん

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 写真は、船橋市の湊町にある、卸小売市場内に昨年の暮れにオープンした「市場のパン屋さん」という、自家製のパン屋さんです。

 

20090514022  それだけなら、街の自家製パン屋さんの一つということで特別珍しいお店ではありませんが、このお店がオープンしているのは、一週間のうちの月・木・金の3日間だけ (^^;
 しかも、営業時間は9:30~14:30の間だけという事で、かなり変則的な営業をしている特殊なお店ということになります。

 私がこの写真を撮ったのは、8日の14時前ですが、すでに「本日は終了しました」のボードが下がっていました (^^;
 という事は、この日焼いたパンは全て完売したという事になります ヽ(^◇^*)/

 ご覧のように、このお店では電話での予約も承っているということですから、あらかじめ購入するパンが決まっているのなら、週に3日間しかお店が開いていないとか、営業時間が短いとかはあまり関係ないという事になります。
 いついつ伺うからと電話で予約を入れてさえおけば、来店時にはパンが用意されているわけですから (^^)v

 一週間のうち、3日間しか営業できないというからには、お店側に何かしらのご事情があるんだと思いますが、そういうハンデをお客様に積極的にアピールしていくことで、逆に他店との差別化を図ることができるわけです。

 

 このお店のある場所は、駅から近いわけでもありませんし、大きな通りとか商店街に面しているわけでもありません。
 お店の前を歩く通行人はめったに居ませんし、駐車場だって無くて、抜け道となる狭い道路に在るわけですから、お客さんから見れば、足を運びやすいお店だとは決して言えないんですが、すでに半年近く営業しているわけですから、そこそこお客さんも付いているのだと思われます。

 

 要は、立地の悪さや営業時間の制約を嘆くのではなくて、こんなところでも、やりようによっては自家製パン屋も十分に商売になるという、良い見本なのではないでしょうか ( ^-^)/ ♪

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2009年5月14日 (木)

高所作業

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 先日、都内で見かけた光景です。

 ビルの窓拭き作業をしている方だと思うのですが、屋上から身を乗り出し、あれよあれよという間にロープを伝って降下し、7階とおぼしきところの窓で止まりました。

 地上では、屋上から垂らしたロープを持った同僚が一人待機していて、見守っていました。

 

 私は、高いところが苦手なので、こういう曲芸まがいの作業を行なう人を見ると、ただ凄いなぁと思うだけなんですが、この時も信じられない思いで見ていました (^_^ゞポリポリ

 これ、信号待ちをしている僅かの間に撮った写真であり、私の止まっている場所からは、かなり離れていた事もあって、光学3倍のズームをいっぱいにして撮ったのですが、何をしているところなのかまでは確認できませんでした (^^;

 しかし、この人達は日々こういう仕事をしているんでしょうね (;^_^A アセアセ・・・
 私には、考えられない人種です(苦笑)

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2009年5月13日 (水)

三木たかしが逝く

 一昨日の朝、多くのヒット曲を世に排出した三木たかしが、癌で他界したとの一報が伝えられた・・・

 昨年の暮れに亡くなった遠藤実に続いて、また一人、昭和を代表する偉大な作曲家が亡くなってしまいました・・・ (__;)

 

 70年代から80年代にかけて、氏の手がけた多くの歌謡曲が巷で聞かれました。もちろん、私もそれらの作品を聞いて育った一人です。
 ただ、父の年齢に近い遠藤実と違って、三木たかしの場合はもう少し身の丈に近いというか、雲の上の存在だった遠藤実よりはずっと親近感を持てました。それでも、私よりは一回り以上年上ですが・・・ (^_^ゞポリポリ
 だから、聞いていてもフィーリングが合うというのでしょうか、メロディがワリとすんなり心に響いてきましたね。

 

 中でも私の好きな作品である、テレサ・テンの歌った「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」は、84年、85年、86年と、3年連続で有線大賞に輝き、彼女を代表する作品として、「不倫三部作」と呼ばれ、同時期に「金妻」の主題歌として大ヒットした、小林明子の「恋におちて」と共に、人妻達の不倫ブームに火をつけるきっかけともなりました(苦笑)
 といっても、「恋におちて」は、小林明子の作曲ですから、三木たかしとは直接関係ありませんが (^^ゞ

 氏は、作詞家である阿久悠荒木とよひさ等とのコンビを組んだ作品が多く、それぞれに名曲をたくさん残しました。
 石川さゆりや伊藤咲子などは阿久悠の作詞で、テレサ・テンなどは荒木とよひさの作詞でした。

 「スター誕生」の審査員でもあった阿久悠と三木たかしは、この番組からデビューした歌手達の作品を手がけることも多く、伊藤咲子や岩崎宏美などの作品はこの二人のコンビによって作られることも多かったです。

 

 私の十代から二十代の多感な時期に、氏は黄金期を迎えていたわけで、私の人生にも少なからず影響を与えた作品があったのは間違いないと勝手に思っています (^^ゞ
 知らず知らずに聞いていた歌謡曲の中にも、氏の手がけた作品はたくさんあった事を、三木たかしの作品リストから知りました (^_^ゞポリポリ

 

 今頃は、天国で先に逝った阿久悠と、旧交を温めあっている頃だろうか・・・

 ファンの一人として、心から氏のご冥福をお祈り申し上げます(合掌)

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2009年5月12日 (火)

模様替え

 日曜日、免許センターから帰宅すると、部屋は相当暑い・・・ (^^;
 なにしろ、関東の山沿いでは、真夏日を記録したところもあったということで、成田はそこまでの暑さではなかったけれど、2~3度違うくらいで暑いことには変わらない・・・

 という事で、部屋の模様替えをする事にしました (^^)v
 冬物を片付けて、夏物を出します。

 

 まずは、ホットカーペットをたたんで、代わりにラグを敷きました。

 次に、ファンヒーターを2台しまい、代わりに扇風機を3台出して各部屋に置きました(苦笑)
 エアコンもありますが、扇風機は無くてはならない大事なアイテムです (^^)v
 さっそく、居間や台所では扇風機が活躍しています(笑い)

 最後に、加湿器を片付けて、除湿器を出して、一応夏を迎える準備ができました ヽ(^o^)尸
 なんか、部屋がスッキリした感じです (^^)v

 あ、トイレも電気ストーブもしまって、スリムな扇風機を置いたんだった(笑い)
 便座の暖房も昼間はスイッチを切って、お尻に冷たい感触が心地よい~ (^◇^) 。。。ケラケラ

 寝室の布団も、近いうちに夏用の肌掛けにしなきゃな~ (^^;

 

 私の大好きな夏が、少しずつ近づいているようで、なんかウキウキしている私が居ます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しまった冬物を出すのは、今年も10月下旬か、11月に入った頃かな~・・・

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2009年5月11日 (月)

免許更新

 昨日、11回目となる運転免許証の更新に行ってきました (^_^)/
 私は4月生まれなので、いつもは4月の誕生日が来る前までに行なうのが常だったのですが、数年前から有効期限が一ヶ月伸びたので、今年はのんびりと、誕生日を過ぎてから更新してきました。
 5月に免許の更新を行なうのは今回が初めてです (^_^ゞポリポリ

 なんといっても、運転免許証は私の商売道具ですから、これがなくては何も始まりませんからねぇ(笑い)

 

 免許証の更新は、地元の警察署なんかでもできますが、私はいつも幕張にある免許センターで日曜日に行なうのが常です。その方が面倒がないし、即日交付してもらえますから (^^)v
 免許センターでの更新は、毎日行なわれていますが、日曜日は他の業務を全て休んで、更新業務だけを行なうことになっており、休日ということでメチャクチャ凄い数の人が押しかけますが、並んでいる人数とは裏腹に、けっこうスムースにさばいていきます(苦笑)

 私は、いつもはけっこう早い時間に免許センターに行きますから、それほど待たされることもなく、お昼までには余裕で帰宅できるんですよ (^^)v

 でも、昨日はちょっぴり出遅れましてね (^_^ゞポリポリ
 8時半から業務が始まるんですが、成田の自宅を出たのが7時過ぎ・・・
 スムースに走ったんですが、それでも幕張の免許センターに着いたのが8時20分頃・・・

 

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 いつもなら一般の駐車場の空いているところを見つけて停めるんですが、昨日はすでに満車 (^^;
 係員の誘導で、予備というか、裏の方の身体障害者用などの空いている駐車場などを有効に使ってさばいていきます。
 ですから、昨日は正面玄関ではなく、裏口から入ることになりました(笑い)
 写真も、建物の裏口から撮った物です。

 

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 入ってすぐに驚いたのが、申請書を受け取る窓口に続く延々と並んだ長蛇の列・・・ (^^;
 いつもなら、窓口の前に並んだごく少人数の列に並んで、アッという間に書類を受け取るんですが、この日は並んで書類を受け取るまで約一時間・・・ (ノ_-;)ハア…
 写真は、最後尾に並んだ時のものと、窓口に近づいたところ、そして窓口のところまであと2~3人のところの写真です(苦笑)
 列は、建物の壁に沿って「コ」の字の形に並んでいまして、最初の写真の場所から突き当たりまで進んで左に折れ、さらに突き当たりまで進んで左に折れて窓口に至ります (^^;

 いくらスムースに処理をしていても、人数が人数ですから、この最初の列並びだけで、結局一時間もかかってしまいました・・・

 

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 こちらの写真は、申請書を受け取って、適性検査の視力検査に並んでいるところを撮りました。

 更新作業の流れとしては、まず1番の窓口で申請書を受け取り、2番の窓口で収入印紙を買う事によって手数料を支払います。
 その後、写真の3番の窓口で視力検査を行い、その裏で免許証用の写真を撮って、講習の教室へ移動して講義を受け、最終的に新しい免許証を受け取って終了です。

 視力検査の列に並んでしまえば、後は流れ作業的に処理は進み、講習まではそれほど時間はかかりません (^^)v

 

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 これが、講習を受ける教室と、最終的に新しい免許証を受け取る待合室の様子です (^_^)/
 私は昨年の暮れに携帯電話の保持で切符を切られていますから「違反者教習」ということで、2時間の講義を受けてきました (^_^ゞポリポリ
 受け取った新しい免許証も、ゴールドではなくてブルーの普通のモノです (^^;

 

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 これが、今までの免許証と、昨日頂いてきた新しい免許証、そして高校を卒業する32年前に、生まれて初めて手にした運転免許証です (^^ゞ
 新しい免許証は、偽造防止のためのICチップ入りということで、本籍の欄が空白になっています。

 古い免許証なんて、新しい免許証を手にすれば無用の長物でしかないわけで、普通は新しい免許証を受け取る時に返却し、その直後にシュレッダーにかけられて処分されてしまうわけですが、希望すればご覧のようにパンチで穴を開けた上で返却してくれます (^^)v

 私は、過去の免許証の多くを、このように返却せずに記念に取っています。
 生まれて初めて手にした免許証は、洗濯物と一緒に洗っちゃったこともあって、状態は良くはありませんが、写真を始め、内容はなんとかおわかりになると思います (^.^; ポリポリ

 

 それにしても、免許証の写真って、どうしてこういう風に納得のいかないものが多いんでしょうね (ノ_-;)ハア…

 撮影する時に、流れ作業でドンドン処理しなきゃいけないのはわかるんですが、撮影した画像を見せてくれて、これでいいかどうか本人に確認させるくらいのことがどうしてできないんでしょう(怒り)
 免許証が出来上がってしまえば、最低3年間、人によっては5年間もこの写真を使わなくちゃならないわけで、気に入らない写真だと、免許証を人に見せるのさえはばかられてしまいますよね・・・ (__;)

 いちいちそんな事をするのは難しいというなら、カメラの下にモニターを一台、撮影者の方に向けて置いておいてくれれば、撮影時に本人がそれを見てある程度対処できるし、どんな写真が免許証に載るのか、ある程度予測できると思います (^^)v
 運転免許証の更新とはいえ、ここに来ている人は高い更新手数料を払っている「お客さん」なわけですから、そのくらいのことができなくてどうするのかなと・・・ q(`o')ブー!!
 あるいは、自分の気に入った写真を持っていって、それを免許証の写真として使ってくれるとか・・・

 

 いつも思うのですが、講習を受け持っている講師の人は、けっこう我々に対して「お客様」という意識を持っていると感じるのですが、事務を受け持っている人達はそういう意識が足りなすぎると思います。
 いつも、上から目線で、「免許証を更新してやっている」という態度がアリアリで、感じ悪いことこの上ないです (-_-メ)

 出来上がった免許証の写真が気に入らないからと言ってクレームを付けたら、その場で写真を撮り直して、免許証を作り直してくれるんでしょうか (?。?)
 もしできるのなら、次回はクレームを付けてやろうかと本気で思っていますよ(爆笑)

 

 という事で、全て終わって免許センターを後にしたのが12時半くらい・・・
 総所要時間はちょうど4時間でした。いつもの更新よりも1時間くらい余分にかかった事になります。
 朝の30分の遅れが、最終的に1時間の違いになってしまったことになります (^^ゞ

 

 さぁ、今日からは、気に入らないけれど、この新しい免許証で仕事開始です (^^;

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2009年5月10日 (日)

薔薇

 先週末、ティンクと買い物に出かけた先で仕事の依頼を受けたので、千葉県の市川市まで一緒に走ってきました (^_^ゞポリポリ

 その帰り道、せっかくですから、習志野の「谷津バラ園」に誘って、ちょっと散策してきました (^^)v

 このブログでも、過去に2度にわたってこのバラ園を紹介させて頂きました。

 最初は、2年前の9月23日に「谷津バラ園」という記事で・・・

 そして、その1ヶ月後くらいに書いた「谷津バラ園 Part2」という記事で・・・です。

 

20090510001  以前、このすぐ近くに住んでいたことがあるので、勝手知った場所ということで、ここは時々寄らせてもらう事があったりします。

 残念ながら、この日はそれほど咲いている状態ではなかったので、今日はその時に撮った興味深いバラを中心にご紹介させて頂こうかなと・・・ ( ^-^)/ ♪

 

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 バラの花には、有名人の名前の付いた品種が少なくありません。
 このバラには、西部劇などで活躍した「ヘンリー・フォンダ」というアメリカの俳優の名前が付けられていました(笑い) 

 

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 こちらは「カトリーヌ・ドヌーヴ」と名付けられたバラです。
 世界最高の美女と賞賛された、フランスを代表する女優の一人です (o^∇^o)ノ

 

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 これは、20世紀最高のオペラ歌手といわれた「マリア・カラス」の名前が付けられたバラです。

 

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 ご存じ、ビートルズの「ポール・マッカートニー」の名前が付けられたバラです。
 どういう理由でこのバラがポールなんでしょうかねぇ(笑い)

 

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 これは「夢」という名前が付けられたバラです(爆笑)
 「夢」というからには、ご紹介しないわけにはいかないなと思って撮ってきました (^^)v

 

20090510002  ただ、この日の「夢」は、ご覧のようにまだ咲ききっていないので、私の「夢」も、まだ咲いてはいないのかなと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 やむを得ないので、ネットから「夢」の写真を探して拾ってきました (^_^ゞポリポリ

 恐縮ですが、こちらの写真で「夢」を見てください ( ^-^)/ ♪

 

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 これは、この日私が一番気に入ったバラの花です ヽ(^o^)尸
 私は、黄色いバラがお気に入りで、花も大きく、いかにも「薔薇の花」という雰囲気がいっぱいの品種なので、ああ、いいなぁと・・・ o(*^▽^*)o~♪

 

 まだ園内に、バラがそれほど咲いていないので、入場券を売っているオジサンが「それほど咲いていませんが、それでもよかったら・・・」と、しきりに恐縮していました(苦笑)
 あと十日もすればかなり咲き揃い、見事な眺めになると思うのですがねぇ・・・

 

 というわけで、今日は習志野の薔薇の花を紹介させて頂きました (^^ゞ

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2009年5月 9日 (土)

懐かしい写真

 先日、実家に帰省した折に、とても懐かしい写真を見つけたのでチョッと拝借してきました (^.^; ポリポリ

 

20090509001

 写真は、私が卒業した小学校で、昭和55年の3月で廃校となっており、校舎もすでに取り壊されていてもうありません・・・ (^^;
 個人的にはとても思い入れがあるので、写真に残しておきたいなと思った頃には時すでに遅く、もう影も形も無くなってしまっていたので、とても心を痛めておりました・・・ (__;)

 

 この小学校、名前を「昭和村立下中津川小学校」といいまして、当時村内には分校も含めて5つの小学校がありましたが、その中でも一番大きくて、在校生も多かったので、村の中心的な小学校でした。

 私は、この小学校の昭和40年度の入学生であり、45年度の卒業生になります。
 同級生は46人、全校でも200人に届かない、山村の小さな小さな小学校です (^_^ゞポリポリ

 

 写真の中に、「下」と「小」を人文字で作って、その間に「中津川」という白線で書いた文字が見えます。
 「下小」というのは、「下中津川小学校」の略称です (^^)v

 また、その下に「1975」という文字がありますから、1975年に撮られた写真という事がうかがえます。
 当時、10才下の弟が小学校2年生ですから、この人文字の中の一人が弟だと思います(笑い)
 国旗を掲揚するポールになぜか鯉のぼりがはためいており、桜も咲いていますから、おそらくGW前後に撮られた写真なのではないかと思われます。
 ただ、この角度から写真を撮るとなると、適当な場所は無いはずですから、もしかしてヘリコプターなどを使って撮影した記念写真という事が考えられます。

 それにしても、パッと見ただけでも100人足らずと思える在校生で、なんとか作った人文字がいじらしいですねぇ(苦笑)

 

 正面に見えるのが校舎です。

 入口が三カ所、中央の入口が職員用の玄関で、入った目の前が職員室でした。
 職員室の右隣が校長室、左隣が保健室だったことを覚えています (^^;

 右側の入口が下級生用の玄関で、 入ってすぐの1階の教室が1年生の教室、その左隣が2年生の教室でした。

 左側の入口が上級生用の玄関で、2階の右端から、3年生、4年生、5年生、6年生の教室が並んでいました。
 2階の左端は、当時は図書室でした (^^)v
 確か、3年生から卒業まで、私は図書委員をやっていましたっけ・・・ (^_^ゞポリポリ
 図書室の下にあたる、1階の左端が音楽室でした。

 

 校舎の左側にある平屋の建物が体育館兼講堂です。
 小学校の行事だけでなく、当時は村の公民館的な役割も果たしていて、ここで芸能人などの歌謡ショーや映画の上映などの興業も行なわれていました (^^;
 この体育館の中で、春日八郎や井沢八郎、都はるみなどのそうそうたる歌手達が毎年歌を披露してくれました (^^ゞ

 右端にあるのが、プールです。大きい方が25mで、小さい方が10mの浅いプールです。
 私たちが在校中には無かったのですが、中学生になった時に作られまして、中学校から体育の時間にここまで来て使わせてもらったことを覚えています。

 

 中央の校庭は、上級生用の玄関の前から右下に向かって白線を斜めに引いて、ギリギリ80mのラインが確保できる程度の狭いモノです (^^;

 また、左下に火の見やぐらが写っていますが、その下の桜の影に、砂場と高い鉄棒が設けられてあり、走り幅跳びとかハイジャンプはこの砂場で行ないました。
 その脇には、百葉箱が写っています。懐かしいですねぇ(苦笑)

 小さくて旧型の木造校舎ですが、6年間も毎日歩いて通った小学校ですから、私の記憶の中では大きく輝いている懐かしい学舎です。

 

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 昭和55年の4月からは、新しく建てられた「昭和小学校」に統合され、村内全ての児童がスクールバスで通うことになったために、それまで村内に点在していた4つの小学校は、小野川分校を残して全て廃校となり、しばらく校舎は残っていましたが、いつの間にかそれも取り壊されて今に至ります・・・ (__;)

 上の写真は、村のHPからお借りした現在の昭和小学校の校舎です。
 昨年度の在校生は46人ということで、私が小学校に通っていた時の同級生の人数と同じです (^^;
 今年は、はたして何人の新入生があったのでしょう・・・ (^_^;

 よけいなお世話ですが、50人足らずの児童が通う小学校にしては、りっぱすぎる校舎のようにも感じますが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年5月 8日 (金)

会津帰省記 09GW編 その3

 帰省3日目となる、5日の顛末記です (^^ゞ

 

 ゆっくりと7時くらいに起き出して、8時くらいに1階にある食堂で朝食をとりました。
 朝食は、ホテルのサービスとなりますが、無料とは思えない充実したもので、幕の内のお弁当風の入れ物に焼き魚とかハンバーグとかのおかずがいろいろと入っており、そこにご飯とお味噌汁が付いています。
 他に、お茶とお水の二つのカップが付いていて、これだけでも朝食としては豪華なものですが、他にもロールパンやコーヒーなども置いてあり、セルフで自由にとって食べる事ができます ヽ(^o^)尸
 パンはお腹がいっぱいで食べれませんでしたが、食後にコーヒーは頂いてきました (^^)v

 

 部屋に戻って、チェックアウトまでの1時間ちょっとをゆっくり過ごそうかなと・・・
 部屋にはLAN端子が付いており、持っていったノートPCをつないでちょっと巡回を・・・ (^_^ゞポリポリ
 最近のホテルは、こういう風にネットの設備が当たり前のように備わっているのでありがたいですね (*^.-^*)♪
 二日ぶりにブログを確認し、コメントを頂いた方にマトコメではありますが一応お返事を返しておきました (^^ゞ

 

 10時にチェックアウトを済ませ、駐車場から車をスタートさせます。

 まず、スーパーに行ってお土産などを買い込む事にしました(苦笑)
 寄ったのは地元では有名なヨークベニマルというスーパーです。
 お土産やお気に入りの味噌を買い込んで、あらためて成田に向けて出発です。

 とりあえずは、普通に国道121号線で南に向かいます。

 途中、給油の警告灯が点いたので、ガソリンスタンドに寄って満タンにし、さらに南に向かいます。会津でのレギュラーガソリンの価格は、リッター121円、関東とは10円以上違い、さすがに高いなと (^^;

 下郷からは、前回も通った甲子道路を使って白河に抜けました。昨年までは、羽鳥湖から白河に向かっていたのですが、甲子道路が開通したので、今年からは羽鳥湖を回るよりもはるかに楽に白河に向かうことができるようになりました (o^∇^o)ノ

 

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 途中、先月の下旬にオープンしたばかりの「道の駅しもごう」に、休憩を兼ねて立ち寄ってみました。
 オープンしたばかりということもありますが、やはりGWだったからなのでしょうか、お客さんがいっぱいで、特に土産物店の中は身動きもできないくらいでしたよ (^^;

 

 再び走り出し、甲子トンネルを抜けて白河方面に出、途中見かけた美味しそうなラーメン屋に立ち寄って昼食を済ませます。
 このラーメン屋さんは当たりでした ヽ(^◇^*)/
 私は味噌タンメン、ティンクがチャーシューメンを食べたんですが、味噌のスープもしょう油のスープも素晴らしい味でしたよ (^^)v
 さらに言えば、ここのチャーシューがまたうまい(笑い)
 お店の中が混んでいたのは、GWだったからというだけではなさそうです。これだけのラーメンを提供できれば、当然のように大勢の常連さんが付くでしょうね。

 

 お店を出たのが13時くらい。国道289号線から294号線に入り、栃木県の県境を越えて、那須町、大田原市、那珂川町、那須烏山市と走り抜けて、市貝町にある「芝ざくら公園」にちょっと寄ってみました。

 ここは、1年ほど前にも仕事の帰りに立ち寄ったことがあるのですが、その時には時期を過ぎていて、花を楽しむことはできなかったので、今年リベンジの機会をうかがっていたんですが、4月はあいにくと栃木方面への仕事が無くて、もしかしたらまだ間に合うかなという感じで、どうせ通り道ですからついでに寄ってみました。

 

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 しかし、昨年ほどではありませんが、やはり時期は過ぎてしまっていて、特に赤は完全に葉っぱだけになっていました (^^;
 辛うじて、ピンクや白の花がまだ咲いていたので、ご覧の感じの写真になりました。
 ただ、カメラを車の中に置き忘れてしまって、携帯のカメラで間に合わせたので、ピントとか甘いのはご勘弁ください (^_^ゞポリポリ

 

 芝ざくら公園を出たのが15時過ぎです。
 あとは、国道294号線に出てひたすら南下して、茨城県に入り、つくば市で国道408号線に出て、そのまま成田市へと戻ってきました (^^)v

 途中、16時頃から雨が落ち始め、成田に近づくにつれて雨脚は強くなってきましたが、運転しづらいというほどでもなかったので助かりました。
 自宅の近所のバーミヤンに寄って夕食を済ませたのが19時過ぎくらいでした。

 

 帰りの総走行距離は270キロくらい。約9時間弱のドライブでした。
 もちろん、帰り道でも渋滞などという無粋なことばとは無縁の快適ドライブでしたよ(笑い)

 

 以上、私の3日間の会津帰省日記です (^_^ゞポリポリ
 ティンクへのサービスという意味合いもありますが、私にしては、けっこう盛りだくさんの観光地巡りと思い出を残せたドライブでした(笑い)

 実家から土産にともらってきた笹巻・・・ 来年も食べられますように・・・ (^人^)

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2009年5月 7日 (木)

会津帰省記 09GW編 その2

 昨日に続いて、帰省の顛末記、その2です (^_^ゞポリポリ

 

 4日の朝は、ティンクは6時くらいには起き出したようですが、私はゆっくりと7時前くらいまで寝ていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 起きがけのお茶を飲んで目を覚ましましたが、朝ご飯は食欲が無かったので、汁だけを食べて済ませました。 

 その後、9時くらいにティンクを交えて、両親と四人で我が家のお墓参りに行ってきました。
 私自身も久しぶりの墓参りです (^_^ゞポリポリ
 お寺は車で五分ほどのところに在るのですが、お墓は山肌に点在するように設けられているので、年寄りにはお墓参りはキツイと思います (^^;
 足下も急坂で危ういし・・・

 

 夕方には、会津若松の旧友達と飲み会があるので、市内観光を兼ねて10時過ぎには実家を後にしました。
 半年ぶりの実家だというのに、今年も滞在時間はわずかなモノです (^.^; ポリポリ

 で、村から国道401号を使って峠を越え、会津美里町(旧会津高田町)を経て、会津若松市のはずれにある「飯盛山」に向かいました。
 「飯盛山」は、戊辰戦争の悲劇の象徴といわれる、白虎隊の自刃の地であり、彼等の墓が設けられている会津を代表する観光スポットの一つです。
 会津で生まれ育った私ですが、飯盛山を訪れるのは小学校かなんかの遠足で来て以来ですから、前回の訪問からは、少なくても30年以上は経っていると思います (^_^ゞポリポリ

 

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 飯森山の入口の光景です。観光地の入口なんて、どこも似たようなものですね(笑い)

 「山」と付いていることからもおわかりのように、飯盛山の中腹にお墓があります。そこまでは約180段の階段を登っていくのですが、30年くらい前でしょうか、階段の右脇にベルトコンベア式のスロープが設けられて、お年寄りの方などはずっと楽に観光ができるようになりました (^^)v
 作られた当初は「自分の足で階段を登ってこそで、楽をしてどうのこうの・・・」とか、「わざわざこんなモノにお金を払ってまで乗る人が居るはずがない」等と、地元民からの批判も少なくなかったのですが、やはりこれは便利だと思いますよ(笑い)

 

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 料金は250円、江ノ島の「エスカー」はエスカレーター方式ですが、この飯盛山の「スロープコンベア」はベルトコンベア方式の動く歩道です。

 私らは、階段を登るのを最初から敬遠して、このスロープコンベアで登っていきました (^^ゞ
 写真は、登っていく途中で撮ったもので、白虎隊記念館と呼ばれる資料館です。

 

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 これが、自刃して果てた19名の白虎隊士を祀ったお墓です。階段を登った正面に設けられています。
 ここは、観光客の手向けるお線香の煙が一年中絶えることはないところです。

 

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 これは、白虎隊士の自刃の地と呼ばれている場所から臨んだ会津城(鶴ヶ城)です。
 小さくてすぐにはそれとわからないかもしれませんが、市街地の真ん中にこんもりと繁る緑の中にそびえています。
 ただ、この場所からみると、ちょうどお城の位置に赤と白のポールが立っていて、はっきりいって邪魔です (^^;
 このポール、アンテナなのか、避雷針の類なのかはよくわかりませんが、偶然にお城と飯盛山との間に立っているようです。確かに目印にはなると思いますが、こうして写真を撮るには邪魔でしかありませんよね (^^;

 右の写真は、階段を避けて、坂道で下に下りる時に撮ったものです。
 階段やスロープコンベア、市街地などの様子が見て取れます。

 

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 これは、お墓の周辺で見かけた女性達です。

 左側は、観光客を相手にいろいろと説明をしてくれているガイドの女性です。
 右側は、おそらく剣舞かなにかを披露する女性だと思われます。

 女性のこういう姿って、凛々しく見えていいですね (^_^ゞポリポリ

 

20090507013  飯盛山での観光を一通り終えて、車を停めさせて頂いた土産物屋に戻り、そこの食堂で二人で食べた「喜多方ラーメン」です。

 「喜多方ラーメン」ということばだけが一人歩きをしてしまっていますが、決してこれが喜多方ラーメンだというような明確な味とかレシピとかがあるわけではありません。お店によって味も盛りつけも違いますから、食べたお店によって喜多方ラーメンの評価は大きく変わってしまうと思います (^^;
 「札幌ラーメン」と一口に言っても、その実態はお店によって千差万別なのと基本的には同じ事です。

 私は、「喜多方ラーメン」と銘打ったラーメンを初めて食べてみました(笑い)
 このお店で出している「喜多方ラーメン」は、しょう油ベースのさっぱりとしたもので、なかなか美味しかったです。ラーメン専門店ならまだしも、こんな土産物屋の食堂で食べるラーメンにしては秀逸な一品だと思います。
 駐車場で誘導してくれた男性従業員のおっしゃった通り、チャーシューは柔らかくて絶品でした。

 写真をご覧になればおわかりのように、会津のラーメンは、太くて縮れていない麺が特徴です (^^)v

 

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 飯盛山を後にして、次に向かったのが、会津を紹介するガイドブックには必ずといっていいほど載っている、味噌田楽の「満田屋」です。
 もともとはお味噌の製造販売を行なっていた老舗であり、現在もお店の隣に「会津天宝醸造」の建物があります。
 昭和30年代に、お味噌の製造を主に行なう「会津天宝醸造」と、お味噌関連の商品の販売を主に行なう「満田屋」とに分かれて現在に至りますが、始めは一つの会社だったという事です。

 ちなみに、私の愛する「会津天宝白虎みそ」は、ここで作られています (^^)v
 このお味噌を食べるようになって30年くらいになりますかね(笑い)
 例によって、今回もスーパーから1kg入りの袋を5袋買ってきました (^^)v

 

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 それはともかく、このお店の田楽は他とは明らかにモノが違います。会津若松市内にも周辺にも味噌田楽を売りにしているお店はいくつもありますが、ここで食べる味噌田楽はひと味もふた味も違いますから、一度食べたら他ではもう食べられません(笑い)

 普段でも店内は混み合いますが、この日は連休中ということもあり、待ち時間はおよそ1時間 (^^;
 普段なら並んでまでモノを食べたいとは思わない私ですが、どうしてもティンクにここの味噌田楽を食べさせたくて並んで食べてきました(爆笑)

 ティンクが飲んだビールですが、ラベルが特別だったので思わずパチリと (^_^ゞポリポリ
 明治政府の命令で取り壊された鶴ヶ城が、今の姿で再建されたのが昭和40年のことで、50周年というと2015年の事になりますが、何かイベントでも企画されているんでしょうか (?。?)
 写真には、突き出しで出された味噌漬けが写っていますが、これがまたうまいのなんのって(爆笑)
 やっぱ、お味噌のメーカーが自ら漬けているからなんでしょうね、こんな漬け物があったらご飯は何杯でもいけちゃいますよ o(*^▽^*)o

 

 この後、ホテルにチェックインして、19時から神明通りにあるお店で旧友達と酒宴を開いたんですが、高校卒業以来の再会となる珍しい同級生も同席してくれて、とても楽しい座になりました o(*^▽^*)o~♪

 その後は、お決まりのカラオケでひとしきり盛り上がり、23時くらいにお開きとなりました。
 私のためにいつも集まってくれるありがたい友人達に感謝です ( ^-^)/ ♪

 彼等も、このブログの読者ということで、会津若松に住んでいる彼等とはずいぶん離れて暮らしていますが、ここの記事を毎日読むことによって私の動向はよくわかるそうなので、言うなれば、このブログは、私の彼等に宛てた「生存報告」ですかね (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2009年5月 6日 (水)

ダースベーダー

 創業三百年といわれる、人形の老舗「吉徳」が、五月人形の新作としてダースベーダーの鎧飾りと兜飾りを発売したと報じられた。

 

 ちなみに、鎧飾りの方のお値段は、346,500円、兜飾りの方が、189,000円ということで、完全受注生産のうえ、納期も2~3ヶ月はかかるといいますから、今年の節句には間に合いませんが、どちらかといえば、子供のためというよりはお父さんが自分のために買っていきそうな商品です (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090506023  しかし、いくら人気映画のキャラクターとはいえ、ダースベーダーの五月人形ってどうなんだぁ・・・ (^^;

 ダースベーダーといえば、悪の権化といわれる「暗黒卿」でしょ、映画の中でも悪役の代表として存在していたんじゃなかったっけ・・・ (^^;

 いくら人気キャラとはいえ、そんな悪の権化の人形を子供の節句に飾るというのはいかがなものか・・・(苦笑)
 確かに強い男の子に育ってはくれそうですが、なんとなく、途中で道を踏み外してしまうんじゃないかと思うのは私だけでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 こんなものを飾って、我が子の成長を願う親って・・・ どうなんだろう・・・ (ノ_-;)ハア…

 作る方も作る方だと思うけど、買う方の気持ちは、私にゃ、もっとわかりませんねぇ・・・ (^^;

 

 五月人形としてではなく、オタク相手の精巧なフィギュアとして売り出すくらいに止めておいた方がよかったような・・・ (^^;

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会津帰省記 09GW編 その1

 故郷の雪も溶けたことですし、例年のごとく、このGWも会津の実家に帰省してまいりました (^_^ゞポリポリ

 ただ、今年のGWはいつもとは違って、ティンクと一緒に二人での帰省となります。
 ティンクは、昨年のお盆と11月の2度、私の実家に来てくれていますので、今回で3度目の訪問となりますが、GWは初めてになります。
 過去の2度の帰省で、私の父母ともすでに親しくなってくれていますので、今回の帰省でも最初からうち解けてくれてくれていたのでありがたい事だなと・・・ (^^ゞ

 今回の帰省は、3日・4日・5日の3日間で決行してまいりました(笑い)
 その顛末を、順に語ってみようかなと (^_^ゞポリポリ

 

 3日の朝は5時に起き、簡単に身支度を整え、ネッ友さんの部屋をザッと巡回して7時に自宅を後にしました。

 会津へのルートですが、いつものように高速道路などは一切使わずに、ひたすら空いている一般道を選択して向かいました。
 ラジオの交通情報などでは、各地で大渋滞をしているようなことを伝えてくれていましたが、私の選択したルートでは、全く渋滞は無く、とても快適にドライブを楽しめましたよ(笑い)

 主なルートは、我孫子市の栄橋を渡って利根川を越え、茨城県の利根町~竜ヶ崎市~牛久市と抜けてつくば市に入り、そこから桜川市(旧真壁町・旧大和村・旧岩瀬町)を経て栃木県の益子町に入ります。
 茨城県と栃木県との県境を越えてすぐのところに在る「本沼パーキング」でトイレ休憩を兼ねて一服し、さらに北上します。この辺りで10時を少し回っていました (^^)v

 益子の市街地は、こういう連休には焼き物を求める観光客が大挙して押し寄せてくるのを知っていますから、ここから矢板ICのところまではマトモな道は一切走らず、ひたすら裏道を走りついで走り抜けます (^^;

 矢板ICの付近からは、県道30号線で那須塩原市の関谷に抜け、ここからは国道400号線で塩原温泉郷を経て日光市の上三依で国道121号線に入ります。
 上三依に入ったところで、昨年のお盆に寄った美味しい蕎麦屋で昼食をとりました (^^)v
 私は温かなきのこそばを、ティンクはざるそばを注文、あとは岩魚の塩焼きを注文して一尾ずつ二人で食べました。
 ここで13時を回ったくらいです。

 14時少し前くらいにお店を出て再び走り出しました。
 あとは、一本道をひたすら北上するだけです。山王トンネルで福島との県境を越え、南会津町に至ります。

 15時くらいには、南会津町の田島付近を過ぎました。
 ここで当初の予定を大きく変更し、翌日に回る予定だった下郷町の大内宿に立ち寄って、土産物屋から「じゅうねん味噌」を購入してきました。
 この、じゅうねん味噌はティンクのお気に入りで、会津に行った際にはぜひまた買ってきたいと言うので、ついでだからちょっと寄り道して買ってきました。
 ただ、休日の大内宿はとても混み合います。この日も「大内宿から渋滞7.5キロ」という表示を見かけたので、表の正規のルートからではなく、裏からズルをしてイッキに駐車場付近まで乗り入れ、そこに一旦車を停めて徒歩で土産物屋に向かいました (^^)v
 観光ではなく、単にそこで売っている土産物を買うだけなので、渋滞に並ぶような悠長なことはしていられませんから(苦笑)

 

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 写真は、駐車場に向かう観光客の車の長い列を撮ってみました (^^;

 右の写真は、正規のルートで混み合う右側の道路と、抜け道が合流する辺りを撮ってみました。
 この車の列の先に大内宿の有料駐車場があります。

 

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 これは、駐車場に入るのを待ちきれずに、途中の路肩に停めてあった車の中の一台ですが、ロータススポーツです (^^;
 こんな車でこんな場所に乗り付けて、なおかつ屋根をオープン状態で無造作に路駐していける大胆なお方に脱帽です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 また、右は当日の大内宿の様子です。凄い混みようでしたよ (^^;

 

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 この後、大内宿から私の実家に向かう途中、芝桜が咲いている場所を見かけたので、ちょっと寄り道してみました(苦笑)

 それほど広い場所ではありませんが、周囲の施設もよく手入れされていて、なかなか感じのいい場所でした。

 ちなみに、ティンクの特別出演でアップして見ました(爆笑)

 

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 さらに、同じ下郷町の桑取火(くわとび)地区に、カタクリの群生地があって、カタクリ祭りを行なっているというのぼりを見かけたので、こちらもついでだからと足を運んでみました (^^;

 ただ、すでに盛りの時期を過ぎてしまったそうで、カタクリの花はほとんど見かけることはなかったのが残念だったなと (^^;

 

 などと、無計画にあちこち寄り道しながらの帰省でして、最終的に実家にたどり着いたのが17時前となりました (^^;

 居間に上がると、私らの到着を待ちきれなかった妹夫婦が、すでに父とお酒を酌み交わしていました(笑い)
 しばし、妹夫婦を交えた酒宴で盛り上がりましたが、多少疲れていたこともあって、20時過ぎには床につきました (^_^ゞポリポリ

 

 以上、帰省初日の様子です ( ^-^)/ ♪

 総走行距離は、約300キロ。約10時間近い、の~んびりとしたドライブでした o(*^▽^*)o~♪

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2009年5月 5日 (火)

アワビ

 昨年の秋頃から、月に1度か2度、都内の業者さんから活アワビを引き取って、伊豆半島の最南端まで運ぶ仕事を依頼されるようになりました。
 これまでにも似たような仕事は何度もしてきましたが、成田空港に空輸されてきた活アワビを運ぶことがほとんどだったので、今回のように一旦いけすに入れたものを運ぶのは、ずいぶんと久しぶりです。
 以前・・・といっても、もう10年くらい前の事ですが、都内の豊洲とか房総の勝浦辺りにあるいけすから、山梨県の富士吉田にあるホテルまで、毎週のように活アワビを運んだことを思い出します。

 

 先日、アワビを引き取りに行った時のこと、入口に大きなトラックが停まっていました。おそらく専用の水槽車だと思うんですが、海水を入れた荷台にアワビの入ったカゴをたくさん積んで納品に来ていました。
 ナンバーを見ると、「山口」という事で、どうやらそちらの方面からやって来たトラックのようです。

 作業をしているお兄さんに聞いたところによると、山口県は韓国との貿易が盛んなようで、韓国産のアワビを輸入し、このように陸送で都内方面を始め、全国に運搬しているそうです。

 以下は、その時に撮ってきた写真です ( ^-^)/ ♪

 

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 荷台から、アワビの入ったカゴを下ろしている様子です。
 慣れた様子で、二人の男性がフォークリフトのパレットにアワビの入ったカゴを積んでいました。
 先に金具の付いた棒をカゴに引っかけて水槽から取りだし、パレットに乗せていきます。

 これを中に運び込み、カゴごといけすの海水の中に入れて保管します。
 別に養殖とかそういうわけではなく、商品が売れるまでの一時保管場所としていけすが使われます。生きていなければ商品価値が大きく下がってしまうので、そのまま岡の上に置いて保管するようなわけにはいきませんから (^^;

 

 出荷時には、適量のアワビ(私が運んでいるのは5kg入りのものです)を海水と一緒にビニール袋に入れ、それを発泡スチロールの箱に入れてテープでフタを固定して積み込みます。
 海水が入っているので、一箱の重量はおおよそ10kgちょっとくらいでしょうか。私の軽トラだと、30個ほど積むと積載重量いっぱいいっぱいですから、海水が荷台で揺れてなんとなく不安定になります(笑い)

 運んでいるモノは、半分以上が海水ですから、これがホントの「水商売」な~んちゃって (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

20090505010_2  これはオマケですが、フロントガラスに貼ってあったステッカーです。

 笑っちゃいますよね(爆笑)

 

 潮吹きというわけではありませんが、一旦いけすに入れたアワビを運ぶ際には、運搬中の揺れでどうしても海水が漏れてくるので、私のように普通の軽トラの場合、ブルーシートを荷台に敷いてその上にアワビの入った箱を乗せるようにして、海水が車体に付かないようにしています (^_^ゞポリポリ
 仕事そのものは単純なんですが、これでけっこう苦労してるんですよ(笑い)

 

20090505011 これは、下田の先で見かけた水槽車です。このくらいのものならよく見かけるんですが、上の写真のような超大型のトラックの水槽車はなかなか見かけることはありませんで、とても貴重な体験でした (^^)v

 

 

 仕事柄、いろんなものを運びますが、中にはこういう美味しい仕事もあるんですよね (^◇^) 。。。ケラケラ
 納品先は観光地とあって、風光明媚なところを延々と走るので、私のお気に入りの仕事の一つです (^^)v

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2009年5月 4日 (月)

舟唄

20090502001

 これは、30年前に八代亜紀が歌って大ヒットした「舟唄」という作品です。
 この作品が発表される頃には、押しも押されぬ大演歌歌手としてすでに歌謡界の大スターだった彼女ですが、この作品がデビュー曲の「愛は死んでも」から数えて28枚目のシングルと知って、そんなに後で発表された曲だったっけとあらためて驚かされました (^^;
 なんか、昔から聞いて知っていたので、八代亜紀の初期の頃の作品のような気がしていたもので・・・(笑い)

 

 それはともかく、先日、ニッポン放送の「アッコのいいかげんに1000回」という番組の中で、この作品にまつわる興味深いエピソードを聞いたので、今日はそんなハナシでも・・・ (^^ゞ

 

 この作品、八代亜紀の代表曲というイメージが強すぎて、今さら他の歌手が歌っても、なんとなくそぐわないと思う方がほとんどだと思うのですが、もともとは阿久悠が美空ひばりをイメージして、彼女のために書いた歌詞だったという事で・・・ (^^;

 この作品が八代亜紀の歌声で発表される3年ほど前、スポーツニッポンという新聞紙上で、阿久悠が連載していた「阿久悠の実践的歌詞講座」の中の最終編で、オリジナルの「舟唄」が発表されています。
 この詞が、「石狩挽歌」でヒットを飛ばした後、しばらく低迷していた作曲家の浜圭介のもとに編集者の手を経て届けられます。
 そしてレコード会社の方針として、八代亜紀が歌うことになったわけですが、浜圭介はこの作品で作曲家としてカムバックを果たします。

 

 番組の中で、美空ひばりが歌った「舟唄」が流されたんですが、いやぁ、さすがですねぇ、素晴らしいの一言に尽きますよ ヽ(^o^)尸
 低く太い声で「お酒はぬるめの燗がいい・・・」と始まる美空ひばりの「舟唄」は、それだけで八代亜紀の歌うそれとは明らかに別の作品です。

 この音源と同じかどうかは不明ですが、「演歌カバー傑作選」というCDに納められた美空ひばりの歌う「舟唄」を視聴することができます。
 ホンのさわりだけですが、「こちら」をクリックして頂ければお聞きになれますよ ( ^-^)/ ♪

 やはり、天才歌手美空ひばりは、何を歌わせても天下一品ですね(笑い)

 

 ところで、和田アキ子がこの作品に寄せて一言・・・

♪お酒はぬるめの 燗がいい 肴はあぶった イカでいい
 女は無口な ひとがいい 灯りはぼんやり 灯りゃいい♪

 ・・・って、なんや、それ まるで「お化け屋敷」みたいやん・・・(爆笑)

 

 個人的には、お酒のお供は無口な女性よりも、楽しい女性が好きですねぇ(笑い)

 しみじみ飲むのもいいものですが、私のモットーは、「お酒は楽しく」ですから (^^)v

 

 ・・・ということで、今晩は会津の旧友達と、会津若松の居酒屋辺りで楽しくお酒を酌み交わす予定になっています (^^)v
 お互いに気心の知り尽くした友人同士なので、トコトン飲んで騒いで、旧交を温めあってこようかなと o(*^▽^*)o~♪

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2009年5月 3日 (日)

マナー

 「交通マナーを守りましょう」みたいな標語は、時々見かけるのではないでしょうか。
 また、「マナーを守らない人が多すぎる」みたいな言い方もされることがあります。

 しかし、私は思うのですが、マナーって、守るようなものなのだろうかと・・・

 「交通ルールを守り、マナーの向上に努めましょう」というのなら話しはわかる。
 ルールや規則は守るためにあるものだからですが、マナーもそれと同じようなものと考えているから、先の「マナーを守る」という言い回しがされるのだと思います。

 

 「交通マナー」や「テーブルマナー」など、マナーということばがつくものは多々ありますが、それらはお互いに嫌な思いをすることなく暮らしていくための「思いやり」とか「心配り」といったものであって、決して「規則」とか「ルール」のような、人が決めたものではないはずです。
 ですから、マナーは「わきまえる」ものであって、「守る」ようなものではないというのが私の持論です。

 

 例えば、「テーブルマナー」ということばがあります。皆さんはこのことばに対してどのような事を連想するのでしょうか?

 食事をする際の「作法」だとか、「手順」とか、そういう事を細かく決めたものが「テーブルマナー」だと思っている人は、堅苦しいものとかのイメージをお持ちの方も居らっしゃると思います。
 しかし、テーブルマナーとは決してそのようなものではありません。例えば、右手にフォークを持って食事をする人を見て、ナイフとフォークを持つ手が逆だから、マナー違反だとおっしゃる人がいたとしたら、その方はマナーというものをはき違えているということになります。
 「マナー」というものが、相手に嫌な思いをさせない心配りのことをいっているのだとわかっていれば、相手に嫌な思いをさせない限り、どのような食べ方をしようとそれはマナーに適っているということになります (^^)v

 逆に、どんなに完璧に作法や手順を身に付けていても、食べ物を咀嚼する音や汁をすする音など、食事をする際に不快な音を立てている人は、周囲の人に対してマナー違反を犯しているということになります。

 

 「交通マナー」であれば、周りの車や歩行者などに嫌な思いをさせることなく、潤滑で円満な通行を心がけることがマナーに適っているということになるのだと思います。
 それは、交通ルールに決められた数々の条文とは別の、言うなれば人間としての基本的な「優しさ」であり、「守る」ようなものではなく、「備えて」というか、「わきまえて」いなければならない当然のものだと私は思いますよ (^^)v

 

 そう考えれば、タバコを路上に捨てるとか、ところ構わずに携帯電話で話しをするとか、そういう周囲に迷惑をかける行為は、「マナーを守れない人」なのではなく、「マナーをわきまえていない非常識な人」ということになります。

 まぁ、マナーをわきまえているかいないかという以前に、他人に迷惑をかけないというのは、人として社会生活を営むうえでは、基本中の基本だと私は思いますが・・・

 

 ・・・ということで、今日から私は、ティンクと二人で会津の実家に帰省いたします。
 今のところの帰宅予定は5日か6日の予定ですので、その間は、皆様方へのコメント等も滞るかもしれません (^_^ゞポリポリ
 その節は、平にご容赦を・・・ m(_ _;)m

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2009年5月 2日 (土)

学生時代

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 これは、1964年にペギー葉山が歌ってヒットした「学生時代」という作品です。
 私が中学生の頃には、すでに音楽の教科書にも載っていて、覚えたのも授業で歌ったのが最初です。
 歌っていて、情景が目の前に浮かんでくるこの作品は私のお気に入りでもあり、遠足の中のバスの中なんかで皆で歌った思い出もあります。

 

 ところで、皆さんは学生時代の思い出というと何か思い出すようなことがありますか?

 非常に個人的な事なのですが、私には「学生時代」と呼ばれる期間は一度も無かったので、学生時代の思い出は何もありません (^.^; ポリポリ

 学生時代が無いなんていうと、引きこもりかなんかで不登校だったのかナンて思う方も居るのかな(笑い)
 決してそういうわけではないんですが、最終学歴が高校で、大学へは進学しなかった私には「学生時代」と呼べる期間は無かったというだけのことです (^^;

 

 日本の学校教育法では、「学生」とは、大学・短期大学・大学院(全課程)・高等専門学校のいずれかの学校に在籍している者を呼ぶと決められています。
 したがって、高校生以下の者は、厳密にいえば「学生」ではないということになります(苦笑)

 それでは、それ以外の学校に在籍している者は何というのかというと、高校生と中学生は「生徒」、小学生は「児童」と呼びます。

 でも、一般にはそういう認識はほとんどありませんから、学校に通っている者は全て「学生」だと思っている人も少なくないと思います。
 私なんかも、このブログの中で「学生時代」ということばを何度か使ったことがありますが、便宜上そう言った方がわかりやすいと思うので用いただけで、知らないで使っていたわけではありません (^_^ゞポリポリ

 

 翻って、冒頭の「学生時代」という作品ですが、歌詞を読む限り「大学」のキャンパス生活を歌ったものとは思えないんですよね (^^;
 どうにも歌っている内容が幼く感じられて、せいぜい高校生くらいの学校生活のことを歌っているんじゃないかと思えなくもない・・・
 だとすると、「学生時代」というタイトルは、相応しいとはいえないということになります(笑い)

 ただ、ミッション系の私立学校は、小・中・高・大と、エスカレーター式に一貫教育を行なっているところも少なくないので、そう考えればあながち的外れなタイトルだとも言えないわけでして・・・ (^^;

 

 私は体験することのできなかった「学生時代」・・・
 だから、少なからず「憧れ」のようなものは今でもあるんですよね (^_^ゞポリポリ

 かといって、今さら大学に通いたいとは思いませんが (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年5月 1日 (金)

4月の順位が確定

 先日、「4月の順位は」というタイトルで記事を書いたんですが、昨日三連戦を終えて順位が確定したのでちょっとだけ(苦笑)

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 楽天は、日本ハムに2勝1敗と勝ち越し、日本ハムとオリックスに1ゲーム差をつけて、堂々と単独首位で4月を終えました ヽ(^o^)尸
 見事だと思います。

 

 一方、懸念された私の愛するソフトバンクですが、西武に1勝2敗と負け越しまして、1ゲーム差の5位でした (^^;

 一応、ロッテもオリックスに1勝2敗とお付きあいをしてくれたので、辛うじて最下位にはならずに済みましたが (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 4月の順位だけを見て何かを申し上げるのもなんですが、この順位はかなりセンセーショナルなものなんじゃないでしょうか(爆笑)

 楽天が首位にいるのも驚きだと思いますが、昨年日本一になった西武が借金を一つ背負って4位ですからねぇ(苦笑)

 

 今日を含めて、GW期間中の残り6連戦、これを消化した時点でさらに順位はどう変わっているか・・・
 まだまだ団子状態で、どう転ぶか予想がつきにくいだけに、非常に楽しみですよ (o^∇^o)ノ

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3・6・9

 「3・6・9」なんていうと、すぐに麻雀の「スジ」とか連想する方もお出でだったりして (^◇^) 。。。ケラケラ

 私は、麻雀は一応できますが、全くのヘボでして、相手の手を推理するなんて高等なことはできませんで、もっぱら自分の手を作り上げるのに精一杯で、リーチとかかけられると振り込まないようにと相手の捨て牌から「スジ」を読んで、ひたすら逃げに徹するような弱腰の麻雀しかできない、ネギを背負った「カモ」です(爆笑)

 

 しかし、今日語りたいのは「麻雀」の話題ではありません。「野球」のハナシをしたいなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 「野球」の話しの中でも、今日は特に「打順」に絞って語ってみたいと思います。

 いろいろな考え方があると思うので、今日の記事は私の個人的な意見であり、これがスタンダードな考え方ではありません。むしろ「邪道」と呼ばれるようなものかもしれませんが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 私は、打順の中でキーマンとなるのは、「3番、6番、9番」の打者だという考えをずっと持っています。
 ここにある程度打力のある打者を配しない限り、「打線」にはならず、得点も望めないという考え方です。
 ですから、チームのオーダーを見る場合、私はまずこの打順の三人の顔ぶれを見ることが多いです (^^ゞ

 

 もちろん、打順の要は「四番打者」であり、誰がオーダーを組む場合でも、ここをいの一番に決める・・・というか、まず四番ありきで打順が決められることがほとんどだと思います。
 私も、その考えには賛成でして、決して「3番、6番、9番」が四番よりも重要だという意味ではありません。

 ただ、オーダーというのは往々にして3番、4番、5番というクリーンナップを偏重するあまり、それ以外の、特に7番、8番、9番の打者にはそれほどこだわらないで、いい加減(といっては言い過ぎかもしれませんが)に決められてしまうことが少なくなく、よって「下位打線」なんてことばで一括りにされてしまいがちです (^^;

 

 特に、「9番打者」は、チーム内で一番非力な選手を起用する事が一般的であり、セ・パにかかわらず、ここには投手が充てられることがほとんどです。(パ・リーグの場合は、指名打者制を採用しているので、交流戦などの場合です)
 しかし、私はこの考え方は消極的すぎて大嫌いです。こんなオーダーを組むから夢のない打線になってしまうんですよ。

 9番は、決して打線の切れ目ではないんですよ。
 よく、9番で打線が切れてチェンジになったとしても、次の回は1番から始まるのでOKなんてぬけぬけとおっしゃる方も居たりしますが、ここは発想の転換をして頂きたいですねぇ(苦笑)
 次は1番の上位打線に戻っていくわけですから、ここに非力な打者を配してみすみすアウトを献上するのは愚の骨頂と言わねばなりません。
 ここに足が速くて出塁率の高い打者を配することにより、チャンスの芽となり、得点のチャンスを広げられると私は考えています。
 いわば、9番は「最後の打順」ではなくて、「最初に戻るためのつなぎの打順」という考え方です。いや、むしろ「陰のトップバッター」とさえ私は考えています。
 つまり、一番非力な打者を9番に据えるのが消極的な打順なら、ここを攻撃の起点と考え、足のある出塁率の高い打者を9番に据えるのは、より攻撃的な打順と私は考えています。

 私なら、一番非力な打者は8番で起用します。ここが「打線」のつながりを考えた場合、一番リスクが少ないと私は考えるからです。

 

20090501001_2  多くのチームが9番軽視のオーダーを組む中で、私が理想とするオーダーを組むチームがあります。
 普段からパ・リーグしか見ていない私は、セ・リーグのチームの事は全くわからないので割愛しますが、西武は以前から9番に足のある良い打者を配して試合に臨んでくるので、私はいつも羨ましく思っています(笑い)
 昨年と今年は、9番に赤田とかボカチカを多く起用しています。赤田はスイッチヒッターですし、ボカチカは長打力が魅力で、共に俊足で、おそらく他のチームならこの二人を9番に起用したりはしないと思います(苦笑)
 下位打線に、こういう有能な選手を起用できるところが他のチームとは大きく違うところなんですよね。 ヽ(^o^)尸

 

 そして、次に重要なのが「6番打者」です。
 クリーンナップの後を打つ打順ですから、当然チャンスで回ってくることが多いわけです。塁上にランナーが居ることも少なくないと思いますから、ここに相当の打者を配することができなければ、みすみす得点のチャンスをつぶしてしまいかねません。
 少なくても、得点圏打率の高い、チャンスに強い選手を起用するべきです。
 ここに、非力な打者を配すると、4番、5番との勝負を避けられ、安パイと思って6番で勝負をされるようなオーダーになってしまいます (^^;
 伝統的にそういうダメなオーダーを組むのが私の愛するソフトバンクです(笑い)
 ただ、今年は長谷川という選手が化けてくれて、おもしろい打線になってくれていたのですが、打率が上がると打順も上がって (^^; 、今は5番に座っており、そうなると、再び6番が穴となってしまったので、痛し痒しと言わざるを得ません (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 最後に、「3番打者」の重要性ですが、これは今さら語るようなものではなく、クリーンナップの一人ですから、ここに打点を稼げる、打率も高い好打者を配するのは、もはやセオリーというか、日本の常識です(笑い)

 

 以上、私の考える理想のオーダーを組む上での、「3・6・9」重視論です (o^∇^o)ノ

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