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2009年6月30日 (火)

ガソリンスタンド

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 これは、私がメインで利用しているセルフのガソリンスタンドなんですが、今月に入ってから急に営業を縮小し、手洗いによる洗車はもちろん、車のメンテナンス業務も取りやめてしまいました・・・ (__;)

 事務所の右側にあるシャッターのところが、ピットです。
 今までは、ここでオイル交換を始め、様々なメンテナンスを行なっていたんですが、シャッターを下ろしたままです・・・

 写真では見えませんが、事務所の左側には手洗いの洗車場が2台分あったんですが、機械などをきれいに片付けてしまって、今はガランとした空きスペースになっています。
 事務所の中も、カウンター以外は全て取り払ってしまって、妙にこざっぱりとしてしまいました。

 

20090624004  今、このスタンドは、セルフによる給油と、機械によるセルフ洗車のみの営業しか行なっていません。
 別に、それだけやってくれれば、私にとっては十分なわけですが、スタッフも最小限までに減らし、なんとか営業をしている様子を見ていると、この先、このスタンドは大丈夫なのかなとよけいな心配をしてしまいます・・・ (^_^;
 上の写真は、先月までの様子で、この会社のHPから拾ってきました。かつてはこんなに賑わっていたんですが、最近ではそういう面影はありません・・・ (__;)

 

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 不況の波は、収るところを知らないようで、近頃はこんな感じで閉店してしまったガソリンスタンドを街のあちこちでよく見かけます・・・ (^^;
 ガソリンスタンドの経営は、想像以上にキビシイものがあるようで、薄利多売を目指そうにも、最近ではエコブームのあおりを食って車離れが進んでおり、肝心のガソリンが売れないようです (^^;

 

 冒頭で紹介したこのスタンド、私にとっては10年以上付き合っていて、とても重宝しているスタンドなので、ここがもし閉店なんていう事になってしまったら、とっても困るんだけどな~ (ノ_-;)ハア…

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2009年6月29日 (月)

板橋不動尊

 昨日、仕事の途中で見かけてずっと気になっていたお寺に、あらためてティンクを伴って行ってきました。

 「板橋のお不動さん」として、古くから関東一円の皆さんから信仰されてきた、茨城県はつくばみらい市(旧伊奈町)に在る「清安山願成寺不動院」、通称「板橋不動尊」です。

 

 主要な幹線道路や駅などからも離れているために、マイカー以外のアクセスは決して良いとはいえませんが、駐車場として設けられている空き地はかなり広いので、参拝客はけっこう多い方だと聞きます。

 よく言えば、田舎の閑静な場所に設けられた豪華なお寺で、建物に施された装飾は見事の一言 (^^)v

 記録によれば、このお寺は、大同3年(808年)に弘法大師が諸国行脚の折に、自ら御本尊の不動明王を彫刻されたのが始りとされ、実に1200年の歴史があるそうです。

 

 以下は、昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 これが、願成寺の本堂です。
 安土桃山時代に建立された、入母屋造の建築物ということで、県指定文化財にもなっています。
 さすがに重厚さと歴史の重みを感じます。

 ところで、このお寺の狛犬は、ちょっと変わっています。
 普通、狛犬といえば獅子の姿などをしており、お稲荷さんでは狐だったりもしますが、板橋不動尊では普通の白い犬の姿をしています。
 これは、このお寺が、安産子育ての霊験あらたかなお不動さんとして皆さんに親しまれている事の象徴であり、次のようないわれがあるそうです。

 江戸の昔、この近辺では難産の婦人が多かったために、親子共々亡くなってしまうことも少なくなく、子どもを身籠もると不幸になるというウワサが立つようになったそうです。
 そんな時に、村の名主の夢枕に雌雄の白い犬が現れ、板橋不動の使いだと名乗り、不動尊に参詣し、護摩祈祷をすれば難産の苦しみから救われると語り、その通りに祈祷して、白犬一対を奉納したところ、以後、難産で苦しむ者は一人もいなくなったということで、それからは誰言うともなく「お犬不動尊」と呼んで白い雌雄の犬を奉るようになったというものです。
 そのいわれから察するに、左側の犬は子どもを伴っていますから雌犬で、右側が雄犬だと思われます。

 これは、犬は多産でありながらお産が極めて軽いということから、昔から安産の象徴として、妊婦帯と戌の日のいわれにもなっている事に似ており、そういう古来からの言い伝えがモチーフになっているのかなと・・・ (^^ゞ

 

 しかし、このお寺の醍醐味は、なんといってもこの「三重塔」だと思います o(*^▽^*)o~♪

 

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 どうですか、この見事な装飾の施された荘厳な趣は (o^∇^o)ノ

 安永元年(1722年)に建立され、足かけ8年かかって落成した県指定文化財です。

 高さ、25.1m、三層の屋根の下側(尾垂木)にはびっしりと竜の頭が彫られており、その迫力と精巧さは「見事」という他はない。
 他にも、彩色や彫刻が施されており、この三重塔だけでも見る価値は十分にあります。

 

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 ただ、このお寺の楼門は、昨年から改修工事が行なわれており、その姿を見ることができなかったのがちょっと残念かなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 右側の写真が、本来の楼門の姿なんですが、完成予定は平成23年度中ということで、今しばらくその姿を見ることはできないようです。
 その代わりといってはなんですが、ちょっと得難い体験をしてきましたのでご報告を・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これは、楼門に安置されている仁王像です。
 左側が密迹金剛像(みつしゃくこんごう)、右側が那羅延金剛像(ならえんこんごう)という事で、それぞれ門の左右に納められているのですが、門の改修工事の間に、この象も修復されるそうで、門の改修が終わるまで専門業者の元に預けられることになっているそうです。

 今、この二つの象は、境内に設けられている休憩所の隅に白い布をかけて置かれています。
 せっかくですから、そばに寄って布の上からそっとお体を触らせて頂いてきました (;^_^A アセアセ・・・
 こんな事、普通はできませんからねぇ、本当に改修様々で、有り難い事だなと・・・(苦笑)
 布の下から覗いている大きな足が印象的でした (^_^ゞポリポリ

 

 一通り、境内を散策した後、お寺を後にしましたが、帰宅途中に雨が降り出しまして、成田に着く頃には本降りになっていました (^^;

 貴重なお参りをさせていただいたことに感謝して、今日の記事とさせていただきました ( ^-^)/ ♪

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2009年6月28日 (日)

スイカ

20090628011_2  今日、隣町の富里市では、毎年恒例の「富里スイカロードレース大会」が開催されます。
 この大会、今年で26回目を数える、そこそこ伝統のある市民参加のマラソン大会なのですが、その内容はかなりユニークです o(*^▽^*)o

 フルでもハーフでもない、3km、5km、10kmの三つのコースから、年齢や体力などによって出場コースを選びます。

 

 けっこう有名な大会なので、県外からの参加者も多く、東京駅などの有名な駅には会場直通の貸し切りバスが用意されているそうです。

20090628012 ちなみに、毎年一万人を越える参加者があり、当日の会場周辺はランナーや応援者、関係者たちでごった返します (^^;

 

 一番人気のある10kmのコースには、毎回6千人を超えるランナーがエントリーするそうです。

20090628010  参加者たちは、リアルレースを展開する本気モードのランナーたちももちろんいますが、多くはお祭りモードで参加するランナーたちがほとんどで、こんなふうに仮装で走るランナーたちも多いようですよ(笑い)

 

 もちろん、交通規制も行なわれ、コース周辺は9時から12時までの3時間、全面交通止めとなります。

 

 また、大会の名前からも察しがつくと思いますが、会場となっている富里市はスイカが名産で、そのスイカを食べながら走るというところがこの大会のウリです(笑い)

20090628013 コースの途中には、「給水所」と共に「給スイカ所」があり、休憩を兼ねてスイカを食べる事ができます(笑い)

 

 シリアスレースを展開するランナー達は、給スイカ所ではスイカではなく水を手にするのでしょうが、ゴールした後もスイカは食べ放題ですから、ゴールした後で思う存分スイカを頬張ることができます (^^)v

 

20090628020  この大会の10kmのコースでは、けっこう坂も多く、特にゴール手前にある坂はメチャクチャ凄いです (^^;
 手前から一気に下り、そこから自転車でも乗ったままでは登れないようなキツイ上り坂が待っています。
 参加者達は皆、この坂で泣かされてしまうんですよね(苦笑)
 それでも、参加したランナー達の評判はすこぶる良くて、また走ってみたいと思う人が多いそうで・・・ (^^)v

 

20090628017  ところで、左の写真をご覧ください ( ^-^)/ ♪

 シリアスレースを展開している大学生達なんですが、左手後方に何やらでかいスイカが写っているのが見えると思います。
 このスイカを撮った写真が下の2枚なんですが、いかがですか(爆笑)

 

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 実はこれ、バイオ技術の勝利の結果、同市で新しく売り出した新種の巨大スイカ・・・・・ ではなく、単なるガスタンク (^^; なのですが、こんな無機質な建築物でも、こういうペイントを施すとなんとなく周囲の景色にもとけこみ、自然にも優しそうに見えるから不思議です。

 しかし、このペイントのアイディアを出した人はエライと思います(苦笑)
 私もこのガスタンクを初めて見た時は、ちょっと驚いたのと同時になんとなくほのぼのした感じになりました。
 このペイントをしてから、もう7~8年くらいにはなると思います。ガスタンク自体はもっと以前から在ったのかもしれませんが、このペイントがされるまでは存在自体を気にした事がなかったので、ハッキリしたことは言えませんが、今ではこの街にすっかり馴染んでいます(^^ゞ

 

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 これは、コースの途中などでも見かける、スイカ畑です。

 富里のスイカ栽培は、ビニールを使ったトンネル型のものが主流で、主として栽培されているのは「紅大」、他に「味きらら」「祭ばやし777」「春のだんらん」の4品種が栽培されており、一部農家ではハウス栽培の「ファイエースSF」という種類も生産しているそうですが、私には全く違いがわかりません (^_^ゞポリポリ

 富里のスイカ栽培は70年もの歴史があり、寒暖の差が激しい気候で育った富里のスイカは、果肉がしっかりしていて、シャリシャリとした食感を持ち、甘くておいしいといわれています。

 八街産の落花生が千葉を代表する名産品なら、富里産のスイカもまた千葉を代表する名産品です。
 ただ、富里のスイカは、そのほとんどが高値で取り引きされる北海道に真っ直ぐ送られ、そこで消費されるそうなので、関東でその姿を見かける事はほとんど無いといわれています。

 

 ところで、スイカやメロンを「果物」だとおっしゃる方も少なくないようですが、こうして畑で実っているスイカを見れば、やはり「野菜」だという事がよくおわかりだと思います(笑い)

 スイカやメロンは、ウリ科の植物であり、瓜やキュウリを果物と呼ぶ人がいないように、紛れもなく野菜のはずなんですが、見た目や味が果物っぽいせいか、相変わらず果物と主張する人が後を絶たないのが現実のようです・・・ (^^;

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2009年6月27日 (土)

マイケル・ジャクソンが逝く

 「スリラー」など、世界的なヒット曲で知られるアメリカの人気歌手のマイケル・ジャクソンが、現地時間の25日にロサンゼルスで死去したと報じられた。

 

 いや、驚きました・・・
 昨日、目覚めると、すでにニュースはこの件一色・・・ (^^;

 

 あまりに突然の訃報に戸惑うばかりで、前日まではこんなニュースが流れようとは、世界中の誰もが思ってはいなかったはず・・・ 

 私は、マイケル・ジャクソンについては、ほとんど思い入れはありませんが、さすがにこれだけのアーティストが亡くなったのに、何も語る事がないというのもおかしいので、簡単に思い出を語ってみたいと思います。

 

 私がマイケルのことを・・・というか、ジャクソン5をリアルタイムで聞いたことのある世代なので、そちらの方が先になるのですが、クリスマスの季節になると必ず耳にする「ママがサンタにキッスした」という作品が秀逸でね(笑い)

 この作品は、多くのアーティストの手によって歌われていますが、私はジャクソン5のカバーが一番好きです(笑い)
 12才当時のマイケルの歌声と、屈託のないセリフがとっても楽しそうで・・・
 もしかして、この頃が一番楽しく歌を歌っていた頃なのかなと・・・
 だからこそ、多くの人の心にダイレクトに響いてくるんだろうな。

 

 その後、私はマイケルを意識することは全く無くて、次にマイケルを見たのは、友人の部屋で発表されたばかりの「Thriller」のプロモーションビデオを見た時・・・
 これも、オリジナルを見た時よりも、アルバムの中の「Beat It」をアル・ヤンコビックが徹底的にパロった「Eat It」を見た時の印象の方がはるかに強くて、「Thriller」と聞くと、条件反射的にこの「Eat It」を思い出してしまう私です (^_^ゞポリポリ

 

20090628002  でも、私のマイケルの思い出の中で、一番記憶に残っているのは、85年にチャリティーを目的に発表されたUSA for AFRICAの「We are the world」です。
 小林克也がナレーションを務めた、「製作の舞台裏」をテレビで見て、私もさっそくアルバムを買いました (^^)v

 このレコード、部屋が狭いのでオーディオ機器と一緒に実家の押し入れに仕舞い込んだままで、もう20年以上聴いていませんが、YouTubeなどでも聴くことができ、当時の思い出がまざまざと甦ってきます・・・

 

 

 昨日の訃報に接しては、きっと、大きなショックを受けた方がほとんどなんだろうけど、私にはそれほどの・・・というか、思い入れが無いだけになんの落胆も悲しみもない・・・

 死因については、今のところほとんど何も語られてはいませんが、これだけの大スターの急死なだけに、マリリン・モンローなどの時と同じように、後にいろいろな説が出てくるに違いない・・・

 

 子どもの頃から、常に世間から注目され続けて来たということで、どこへ行っても心の安まる場所は無かったろう・・・ (__;)

 今頃は、大好きだったネバーランドで、子ども達と一緒に戯れている頃だろうか・・・

 

 心よりの御冥福をお祈り申し上げます・・・ (-人-)  

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2009年6月26日 (金)

栗の花

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 これは、最近あちこちで見かける「栗の木」で、時期的に花が真っ盛りです。

 といっても、今日は別に下ネタを語ろうとか言うつもりはありません(笑い)
 わかる人だけわかって頂ければいいので、この件については、これ以上は触れません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 栗の実であるイガとか、その中のクリの実はご存じの方も多いと思いますが、栗の木に咲く「花」となるとそれほど知られていないのではないかと思い、今日の記事となりました。

 

20090627003 この写真が「栗の花」です。

 細長い房に、毛のようなものがびっしりと付いている姿は、クリスマスツリーの飾りなどに用いられるモールのようにも見えます(笑い)

 これが一般に「栗の花」と呼ばれているものなんですが、実は、栗の花には「雄花」「雌花」とがあって、このモールのような花は「雄花」の方になります。

 

20090627006 一斉に咲き誇っている雄花に比べると、雌花は目立たないんですが、枝の所々にこんなふうにひっそりと咲いています (^^;

 この雌花が受粉してイガグリに育っていくわけですが、そういえばなんとなく雌花の形は、イガグリに似ていませんか(笑い)

 先っちょに付いている白い糸のようなものが「めしべ」です (^^)v

 

 雌花は生長して、秋にはイガグリとして人の目につきますが、雄花は受粉の時期を過ぎると自然に地面に落ちてしまいます・・・

 今の時期は、栗の雄花だけが目立っていますが、もうすぐ、一斉に落ちてしまって、徐々に成長していく雌花だけが目につくようになります・・・ (^_^ゞポリポリ

 そして、人に歓迎されるのは、栗の実だけということになります。
 その頃には、地面に落ちて朽ち果てた雄花たちを踏みつけつつ、栗の実を拾い集める人ばかりで、この栗の木を覆わんばかりに咲き誇っていた雄花のことを思い出す人も居ないんじゃないかな(笑い)

 

 動物の世界でも、植物の世界でも、オスの役割というのは、なんというか、切ないものですねぇ・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 一時期だけは、表舞台でパ~ッと目立っていても、長い目で見るとメスの存在感には、結局のところかなわないという・・・ (__;)

 

 

 タイトルを見て、何かを期待していた方には、肩すかし・・・という感じの記事だったですかね (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2009年6月25日 (木)

シェフ

 女優の川島なお美と、パティシエの鎧塚俊彦氏との結婚披露宴が、23日に都内のホテルで開かれたと報じられた。

 豪華な披露宴では、フランス料理の有名シェフ等8人もの手によるコース料理が振る舞われ、川島もソムリエとしてワインを選んだという・・・

 

 私は、芸能人のニュースにはあまり関心がない方で、こういうニュースはどうでもいいと思っている一人なので、これについて何かを語ろうとかいうつもりは全く無い(笑い)

 あえて一言だけ言わせて頂くなら、川島なお美がこの日、エッセー集「熟婚のすすめ」を出版したそうで、そういう事なら私らも「熟婚」と言えるのかなと (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 ところで、皆さんは「シェフ」ということばを聞いて、どのようなイメージをお持ちなのでしょうか・・・

 真っ先に頭に思い描くのは、フランス料理店などの厨房で働く、白い服を着て高い帽子を被った料理人の姿ではないでしょうか(苦笑)

 

 じゃ、一般的なレストランの厨房には、「シェフ」と呼ばれる人は何人くらい居るものなのでしょうか・・・

 

 答えは、「基本的には一人だけ」というものなのですが、いかがですか(笑い)

 「シェフ」というのは、フランス語の「chef」であり、英語の「chief」と同じことばになります。
 つまり、「シェフ」は、単に「料理人」を指すことばではなくて、「組織の長」という意味があります。

 先に、厨房にはシェフは一人しか居ないと言ったのはそういう事です。

 

 日本料理の場合、料理人の事を「板前」といい、板前を束ねる長の事を「花板」といいますが、フランス料理でも似たような感じで、もともとは厨房のトップに立つ人を「シェフ」と呼んでいたそうですが、日本では「シェフ」といえば単に西洋料理の調理人全般を指すようになってしまったというのがホントのところのようです。

 

 それでは、フランスでは、料理人一般の事を指してなんと言うんでしょうか?
 チョッと調べてみたんですが、わかりませんでした (^.^ゞポリポリ
 ネットによる翻訳は、英語だけしかなかったので・・・ (^^;

 英語だと「コック(cook)」ということばがあるんですが、フランス語だとそれにあたることばはなんなんだろ (?。?)

 どなたか、フランス語に通じていらっしゃる方はお出でですか (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年6月24日 (水)

平塚八兵衛

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 先週の週末、20日と21日の二夜にわたって、テレビ朝日の開局50周年記念ドラマという事で、昭和を代表する名物刑事「平塚八兵衛」を取り上げた「刑事一代」が放送されたので、録画した二夜分を一気に見て、楽しませて頂きました (o^∇^o)ノ

 

20090625002  テレビドラマというには、かなり力の入った作品であり、脚本も配役もしっかりしていて、十二分に堪能させて頂きましたよ(笑い)

 ただ、「ドラマ」としては楽しめましたが、どうも演出過多が目につき、平塚八兵衛という一人の刑事を扱ったドラマとして見れば、疑問の残る駄作でしかありませんでした・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 この平塚八兵衛という刑事ですが、「落としの八兵衛」「ケンカ八兵衛」「鬼の八兵衛」など、数々の異名を持つ名物刑事であり、手がけた事件は殺人だけで124件といわれ、戦後の事件史を語る上で名前の挙がるような多くの大事件のほとんどを担当してきたといわれる。

 今回のドラマでも、「帝銀事件」「警備員殺人事件」「吉展ちゃん事件」「三億円事件」の四つの事件を柱にしてストーリーは展開した・・・

 

 しかし、こういう実話を元にしたドラマには有りがちな事ですが、主人公のイメージを損なうようなエピソードやシーンはことごとく排除され、「正義の味方」とか「いい人」という前提で描かれる事が多い。
 日本では、亡くなった人を悪く言うような事は「死者にむち打つ」といって嫌われる事もあり、よほどの事がない限り、「いい人」だというタテマエで振り返られる事がほとんどだと思います・・・

 今回の「刑事一代」でも、平塚八兵衛は、終始人間味溢れる「優しい人」として描かれていました・・・ (^^;
 身内の刑事仲間や組織には熱く熱弁をふるい、時には衝突する事もあるが、容疑者やその周辺の人達に対しては、人情派の刑事として実に紳士的に接していた (^◇^) 。。。ケラケラ
 これ、平塚八兵衛の実像からはかなりかけ離れていたんじゃないかと思えてならない・・・

 1シーンだけ、自分が容疑者だと思う森川にメチャクチャ暴行を働くところがあったけど、アレが八兵衛の素顔なんじゃないかと私は思いますねぇ・・・

 

 ストーリーの序盤に語られた「帝銀事件」では、容疑者とされた平沢を逮捕したところまでを描き、以後の取り調べは検察と検事に持っていかれたと八兵衛は述懐する・・・
 しかし、実際には八兵衛が拷問に近い取り調べを行なって、平沢からムリヤリ自白を取ったという話しも残っている。
 さすがに、現代のドラマにおいては、そういう非人道的なシーンを描くわけにはいかなかったというところなのだろうか(苦笑)

 これに限らず、八兵衛の捜査方法や取り調べにはいろいろと問題が指摘されている。
 たたき上げの刑事らしく、徹底した現場主義者で、本人の自白が他の何よりも優先するという、前近代的な取り調べをずっと身上にしてきたから、起訴した事件のうち、えん罪も少なからずあったのではないかと私はずっと思ってきた・・・

 

 だいたい、八兵衛が警察官になろうとした動機がそもそも不純である(笑い)
 このドラマの中でも語られていたが、未成年の時分に、ある事件で誤認逮捕され、土浦警察署での取り調べ中に刑事達から殴る蹴るの暴行を加えられ、この暴行の体験に憤慨し、刑事になってコイツ等を見返してやろうと決意したというものだ (^^;
 だから、取り調べでは八兵衛も容疑者に対して殴る蹴るを当たり前にやっていたのではないかと思えてならない。

 検挙率トップとか、捜査の神様とか、落としの八兵衛とか、そういうたいそうな肩書きを持つという背景には、非合法な事もずいぶんやっていたからではないのかという疑念も湧いてくる・・・
 私は、八兵衛は非合法な捜査や取り調べを日常的に行なっていたと思っています (^^ゞ

 昭和の時代だから、こんなアナクロな刑事がハバを効かせる事ができたのかもしれないけれど、そうやって起訴され、有罪となった容疑者達が、えん罪を訴えて次々に再審請求を起こしたり準備したりしている昨今においては、平塚八兵衛のような無法刑事が存在してもらっては困る!

 怪しいと疑われたら最後、密室の中で徹底的にいたぶられ、それは自白するまで延々と続くワケだから・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 このドラマでも取り上げられた「帝銀事件」の犯人として八兵衛が逮捕した平沢貞通が、死刑確定後も刑が執行される事はなく、40年間も拘置された挙げ句に、医療刑務所内で95才の老衰で亡くなったという事実は、平沢には犯人と断定するだけの根拠がなかったから、歴代の法相達も刑を執行する事がはばかられたのではないかという疑惑がついて回る・・・ (__;)

 もしかしたら、平沢貞通はえん罪ではなかったのかと指摘する有識者は多い・・・

 

 「三億円事件」の時効を目の前にして、八兵衛は突然退職する・・・

 当時すでに60才を越えていましたから、決して急な退職ではなかったのかもしれないが、退職の理由は定かではない。
 おそらく、自分の捜査方法に誇りを持っており、プライドの高い平塚八兵衛のこと、時代が自分を必要としなくなったという事を悟ったのではないか・・・

 

 昇進試験は一度も受けたことがなく、巡査から巡査部長・警部補・警部・警視とすべて無試験で昇任し、退職までに警視総監賞を94回受賞したのをはじめとして、帝銀事件で警察功労章を、吉展ちゃん誘拐殺人事件で警察功績章をそれぞれ受章している。

 間違いなく、戦後を代表する名刑事だった平塚八兵衛・・・

 しかし、解決した多くの事件と数々の表彰という輝かしい功績の影で、公にできずに闇から闇に葬られてきた言動も少なからずあっただろうと私は疑っています。

 

 ところで、実際に平塚八兵衛が言ったかどうかは疑わしいのですが、このドラマの中で八兵衛が次のようなことばを口にしたのが納得いかなくてね (^_^ゞポリポリ

 「俺たちには、100点か0点かしかねぇんだよ。ホシを挙げりゃ100点、挙げそこなったら0点だ。」
 「80点とか、90点とか、そういう中途半端な点数は、俺たちデカにはねぇんだよ。」
 「俺は、3億円のホシを挙げられねぇまま辞めちまった男だ。そんな0点のデカが・・・(以下省略)」

 ・・・というものなんですが、なるほど、言っている事は一応、もっともだとも思えなくもないんですが、これ、根本的に考え方が間違ってませんか (^◇^) 。。。ケラケラ

 一つ一つの事件に対してなら、逮捕して起訴まで持ち込めれば100点、解決する事のないままに時効を迎えてしまったら0点と言えるかもしれませんが、最後に担当した事件を解決できなかったからといって、最終的な評価は0点の刑事なんですかね (^^;
 そんな事言ったら、世の中、0点の刑事だらけになってしまいますよ(笑い)

 一つ一つの事件の積み重ねがその刑事の評価となるわけで、例えば、ある刑事が生涯に100件の事件を担当したとして、90件は解決したけれど、残りの10件は未解決に終わった場合、90勝10敗という事で、勝率は9割 (^^)v
 つまり、90点の評価になるというのが私の持論なんですが・・・

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2009年6月23日 (火)

ON

 私が子どもの頃、「巨人・大鵬・卵焼き」ナンてことばまであったように、子ども達の間で巨人の人気が凄くてね(笑い)

 マンガの世界でも「巨人の星」に代表されるように、野球マンガはどの作品を読んでも主人公は巨人の中心選手でした(爆笑)

 野球マンガでなくっても、作品の中に長嶋が登場する事も少なくなくてね・・・

 そんなワケで、国家的な陰謀というか、幼少の頃から「巨人」ということばを刷り込まれたせいで、ONの二人は私の子どもの頃のアイドルというか、大好きな選手でしたよ (o^∇^o)ノ

 ご多分に漏れず、二人のうちのどっちが好きかと問われれば、断然「長嶋」と答える私でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 だって、長嶋には王にはない「華」がありましたからねぇ (^^)v

 長嶋から比べれば、王は地味でねぇ・・・ (^^;

 

 タイトルは、昔二人が現役だった頃に呼ばれていた「ON砲」からつけました。

 

20090622001 これ、当時の打順が、三番ファースト王四番サード長嶋という順番だった事から、二人のイニシャルをくっつけて「ON(オーエヌ)」と呼ばれるようになったというものなんですが、「ON」だからいいようなものの、打順が逆で「NO」だったら、ノーという事で、ダメじゃんという事になってしまいます (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 ちなみに、上の写真は、現役の頃の二人で、左が長嶋で、右が王です。
 長嶋がホームで王を迎えていますから、状況としては王がホームランを打ってダイヤモンドを一周して来たところだと思われます (^^)v

 

 しかし、誰が言いだしたのか知りませんが、「ON」とはうまい事言ったものだと思います。

 「ON」は、スイッチなどのオン・オフの「ON」と同じですから、この二人によって攻撃のスイッチが入るという意味にも取る事ができます。
 実際にその通りに、この二人の活躍によって打線は「線」としてつながっていました。

 

 私は、巨人のV9時代をリアルタイムで体験した世代ですが、さすがに子ども時分の事とて詳しい記憶があるわけではありません。
 しかし、この二人のバッターは、チームの中でもずば抜けている存在だった事はよく覚えています。

 よく、V9時代の巨人は、無敵で凄いチームだったと思っていらっしゃる人が居るようですが、それは正しくはないと私は思っています。

 今でこそ、巨人はあちこちのチームから四番相当の打者を引き抜いて、破壊力十分の攻撃的なチームになっていますが、V9当時のチームというのは、どちらかと言えば貧弱な打線のイメージがついて回ります。
 最近の巨人のように、どこからでも点が取れる「重量打線」というのではなく、小技を使ってなんとかONにつなぎ、そこで点を取るという「つなぎの打線」です。
 ですから、よけいにONの存在が際だっていたわけで・・・

 

 そんな貧弱な打線でもリーグの覇者となるために、当時の監督だった川上は「負けない野球」を展開しようとして、後に「セオリー」と呼ばれるいくつかの戦術を完成させます。

 2番に送りバントをさせる。9番に投手をおく・・・
 それまではあまり見られなかった、地味ですが堅実な戦術を多用する事で、とにかく1点でもよけいに取り、しっかり守って逃げ切る戦法です(笑い)

 その代わり、守備は鉄壁でした(笑い)
 捕手の森を要にした堅実な守備で、相手のチームに得点をさせないという、完全な守りのチームです。

 私が、日頃から「強いチームは守りが堅い」と言う意味がここにあります。
 勝てなくても、負けなければチームは常に5割以上をキープできるわけですから(爆笑)

 

 この、川上が完成させた「負けない野球」を受け継いだのが広岡であり、森でした。

 広岡は、黎明期の西武の監督として弱小球団を優勝できるチームに育て上げ、その後を引き継いだ森は、常勝軍団と呼ばれるまでにしました。
 どちらも、守備に力を入れ、非力なチームでも戦い方しだいで優勝できる事を実践した監督です。

 しかし、川上にしろ、広岡、森にしろ、勝てるチームのワリには戦い方が地味なので、率いたチームの人気は勝率とは裏腹に低く、観客動員数も中継の視聴率も低迷していましたね (^◇^) 。。。ケラケラ 
 森に至っては、「(監督を)おやりになりたければどうぞおやりなさい」などと、堤オーナーから言われる始末で、実績のワリには球団での評価は低かったようです (^^;

 V9をしている時の巨人が人気がなかったなんていうと反論がありそうですが、人間は刺激がなくなると飽きてしまうんですよね(笑い)
 毎年毎年、巨人が当たり前のように日本シリーズに出てきて、当たり前のように日本一になってしまうと、誰も巨人の試合なんて見ようと思わなくなってしまうんですよ。どうせ今日も勝つんだろうと思ってね (^^;

 それ以前に、高校野球や社会人野球ならともかく、アマのお手本となるべきプロが、そういう希望もない「セコイ野球」を日常的にやっていては、ファンも失望して、試合を見ようという意欲も萎えてしまいますよね q(`o')ブー!!

 

 それはともかく、現役時代はあれほど大好きだったONですが、引退後の二人はどうにも好きにはなれなくてね・・・ (^_^;

 特に、長嶋は浮世離れした言動が目につき、野球とは無縁となった今に至っても、世間での人気が衰えないのを苦々しく思っています。
 長嶋の亡霊を振り払わない限り、日本のプロ野球界はいつまで経っても旧態依然のままで、未来が無いようにさえ思えてきます。
 「脱長嶋!」 これが21世紀の日本プロ野球界が取り組むべき課題だと私は思います。

 逆に、好きにはなれませんでしたが、王の方は真摯に野球に取り組む姿勢に好感を感じ、現役時代よりも評価が上がって、少なくても長嶋よりはマトモな人物だと思っていたんですが、胃ガンの手術後はよりいっそう頑固になって、采配も正常な判断ができなかった事により、私の中では最低最悪の監督だったという評価しか残っていません (__;)

 万年Bクラスだったホークスを、優勝させ、日本一に導き、常勝軍団にした功労者みたいに考えているファンも多いのですが、私に言わせれば、根本陸夫氏の培った遺産にどっかりと寄りかかり、食い散らかした挙げ句、再びチームを最下位に貶めた大戦犯という評価しか無いです。
 ひたすら選手の資質に頼った采配しかできず、自らは何もしなかった無能な監督だったという印象の方が強いですねぇ (ノ_-;)ハア…

 

 それはともかく、ONの二人ですが、性格は対照的です。

 よく、「勘ピューター」ということばに代表されるように、長嶋の方は豪放磊落で、王は緻密な人というイメージをお持ちの方が多いと思いますが、実際には、長嶋の方が理論的に物事を考える慎重派であり、王はどちらかと言えば感情的で大胆な行動が先に立つ、猪突猛進型です(笑い)

 だから、監督としても、頭を使う長嶋と、出たとこ勝負の王という図式が成り立つと私は考えています。

 

 そんなONも、長嶋は73才、王も69才になりました。
 二人ともそろそろ世俗を離れ、楽隠居でいいように思うのは私だけなんでしょうね (^◇^) 。。。ケラケラ
 まぁ、本人達がそう思っていても、周りがそうさせてはくれないんでしょうが・・・ (ノ_-;)ハア…

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2009年6月22日 (月)

生キャラメル

 北海道のお土産として、今では定番商品となった「生キャラメル」・・・

 特に、花畑牧場の「生キャラメル」は、マスコミなんかがよく取り上げるものだから、入手する事さえ困難な状況が続いているという・・・

 私は、北海道に行く事もないし、物産展とかに出かける事もないので、名前は知っていても、食べた事はありませんで、テレビなどで紹介される度にどんなシロモノなんだろうとずっと気になっていました・・・ (^^ゞ

 

 もう、半月ほど前の事になりますが、ネッ友さんのご自宅を訪問した際に、お茶請けとして花畑牧場の「生キャラメル」を出して頂きまして、ワクワクしながら食べてきました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 なんでも、北海道に住んでいた頃のお友達から送って頂いたとかで・・・

 私もティンクも、初めて食べる「生キャラメル」に興奮して、さっそく一粒口に入れてみたのですが・・・ (^_^;

 なんというのかな、え~、これがあんなに騒がれているシロモノなの~ (^◇^;) という印象で、期待が高かった分、正直肩すかしをくったような感じで・・・ (__;)

 やたらと柔らかくて、口に入れたとたんにふにゃ~っと溶けるように口の中に広がっていき、これが「生キャラメル」の、「生」たる所以なのねと変に納得しながら舐めていました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 噛む度に歯にベタッとまとわりつく感じは、普通のキャラメルと変わりなくて、食べにくい・・・(笑い)

 

Caramel1  別に、不味いというほどではありませんが、かといって「特別」美味しいというわけでもないし、これなら食べ慣れている分、森永の「ハイソフト」の方がずっと美味しいと思うぞ(爆笑)

 

 どうしてこんなものが入手困難になるほどの人気商品なのかと、納得いかない思いで2個目を口に入れました (^◇^) 。。。ケラケラ

 ネッ友さんも、ティンクも、期待外れという意見は一致しており、決して私だけがそう思ったわけではないようなんですが、そうなると、テレビなんかで美味しい美味しいと言っているあの声はなんなんだろうと・・・ (?。?)

 

 マジで、「生キャラメル」って、そんなにブームになるほどのシロモノですか?

 あれから、どうにも納得いかなくて、花畑牧場の「生キャラメル」を食べた事のある方のご意見を伺ってみたいと思い、今日の記事になりました・・・ (^_^ゞポリポリ

 皆さんは、本当に美味しいと思って食べたのかなと・・・

 正直、私にはもう一度食べてみたいと思えるようなシロモノではありませんでしたし、これをお土産として誰かに渡したいと思うほどのものでもないなと・・・

 

 日本人は、しっかりした自分の意見を持っている方は少なく、まして、その意見を堂々と口にする人は希です。
 ですから、他人が○○と言えば、自分ではそう思っていなくても○○と同調する人がほとんどなわけで、だからアサヒのスーパードライがいきなり売上のトップに躍り出るような珍現象も起こり得るわけです。

 そういう付和雷同的な国民性が私は嫌いでね。

 もっと、自分の意見をしっかり持とうよ。
 そして、ハッキリとモノを言おうよ。

 

 私は、アサヒのスーパードライは不味いと思う一人で、サッポロの黒ラベルの方が断然美味いと思う。
 一番美味しいと思うのはサントリーのモルツだけれど、好みは馴染んだ黒ラベルの方です (^^)v

 そして、花畑牧場の生キャラメルは、そんなに美味しいものではなく、どちらかと言えば森永のハイソフトの方が美味しいと私は思うぞ~(笑い)

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2009年6月21日 (日)

コストコ

 今日の記事は、昨日の記事の流れで書いています。
 時代に逆行していると思われるお店の事なんですが・・・ (^_^;

 

20090621001  最近、「コストコ」という名前のウェアハウスが人気です。

 ウェアハウスというのは、倉庫をそのまま店舗にしている形態をいうそうで、入荷したままのパレットに乗っている商品を大型の倉庫に並べて販売することにより、管理や陳列にかかるコストなどを徹底的に抑え、その分低価格でお客さんに提供するというコンセプトで営業しています。

 コストコは、会員制を採っており、個人会員は年会費を4200円払って会員にならないと入店する事すらもできません (^^;

 

 これは、あちこちのサイトから拾ってきたコストコの店内の写真です (^^;)☆\(-- )

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 私はコストコは利用した事がありませんが、会員の方の感想はというと、年会費を払っても安いからすぐに元が取れるという事で、概ね歓迎ムードが大勢を占めています。

 しかし、私の意見は違います。
 このお店の経営方針が時代に逆行しているのは明らかなので、今のままの販売形態を続けている限り、少なくてもこの日本においてはこの店に将来性はないだろうというモノです。

 なぜそう思うのか、以下にその理由を述べてみたいと思います。

 

 ・まず、ロットが大きいという事。

 コストコでは、コストを抑えるために販売ロットがとにかくデカイです (^^;
 業務で使うならまだしも、個人が買うには量が大きすぎるんですよ。
 例えば、トイレットペーパーなら最小ロットは36ロール、肉ならキロ単位・・・
 全てがケース買い、まとめ買いが基本です。バラ売りは基本的に行なっていません。

 これも、会員の方と一緒に2名までの入店が可能ですから、ご近所同士などで買い物に行って、後で分け合えばいいみたいな話しを聞く事がありますが、買い物っていつもいつもそういうものではないと思いませんか(笑い)
 いくら安くても、さしあたって必要のない分まで先取りして買う事が、はたして得な事なのでしょうか (?。?)

 これは、在庫管理の基本ですが、当座使う以外の分はデッドストックと一緒ですから、いつかは使うものだからといっても、使い切れずに押し入れなどにしまっておく分は、結局ムダな買い物という事になります。

 必要なものを、必要な時に、必要なだけ買う・・・


 これは買い物のセオリーであり、これが一番確実でお得な購入方法だと私は思っています。

 例えば、百円ショップへ行くと、目に映った物を、つい次から次にカゴの中に商品を入れてしまい、帰ってから役にたたない物だとわかり、以後使われる事のないまま仕舞い込んでしまう・・・
 あの衝動買いの感覚がコストコの買い物には付きまといます。
 いくら安いからといっても、1年分の洗剤とかキッチン用品とか、まとめ買いする人が居るでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ
 保管場所を取る分、邪魔でムダな物だと思うのですが・・・

 

 ・次に、年会費が必要という事。

 コストコでは、年会費を払って会員にならないと、買い物どころか入店する事すらできません。これも、すぐに元が取れると思っている人が大半だと思いますが、買い物するのに顔写真入りの会員証が必要だという点がまずおかしい(笑い)

 日本人は「限定」ということばにとても弱いです。会員限定、数量限定、日時限定・・・
 いずれも、限定ということばに騙され、今買わないと損みたいな想いを買い手に抱かせ、正常な判断ができないようにして要らない物を買わせる事が狙いです。

 コストコでは、CMやチラシはまずありませんから、どんなものがいくらで売っているのかは中に入ってみなければわかりません。いくら安くても、お目当ての商品が無かったら買い物の目的を失い、楽しみは半減します。
 普通のお店なら「定番」と呼ばれるどこでも扱っている商品が必ずあるものですが、コストコでは仕入れの時期とアイテムはバイヤーが決めますから、人気商品なんかだと売り切れてしまって、しばらく入荷しないなんて事もあります (^^;
 また、その場限りで二度と販売される事のない売り切り商品も少なくありません。

 せっかく買い物に行ったのに、お目当ての商品は買えず、せっかく来たのだからと他に目についた商品を買ってくる事が、得な買い物と言えないのは自明の理です。
 それは、単なる無駄遣いでしかないからです。

 

 今、日本では核家族が主流です。しかも、単身者とか二人暮らしみたいな世帯がいかに多い事か・・・
 これまでは、スーパーなどでも3~4人用の惣菜や食材が中心に売られてきましたが、そういう事情を鑑み、今では単身者や少人数用のパックが売られており、需要も多いそうです。
 サンマが食べたいと思っても、5尾入りとかのパックばかりだったとしたら、食べ残しを心配して売れない時代なんですよ。
 少々割高だとわかった上で、それでも1尾とか2尾入りの小さなパックを買っていく主婦がいかに多い事か・・・

 そんな時代なのに、コストコの大ロット販売は、消費者にとってはムダが多い時代遅れの販売方式だと私は思います。
 いかにも、大量販売、大量消費を目指した80年代のアメリカ的商法だと言わざるを得ません。

 どうして日本でこれだけコンビニが流行っているのか、コストコの経営者はわかっているのでしょうか・・・
 まぁ、わかっていないからこそ、こんなアメリカナイズのお店を日本でも出店しようと思ったんでしょうが(爆笑)

 

 これまでは、コストコのような販売形態のお店が日本にありませんでしたから、今は物珍しさも手伝ってお客が押し寄せていますが、それもそう長くは続かないだろうと私は思います。

 欧米のように、一週間分とかのまとめ買いをするような習慣のある人ならともかく、日本では業者の方が仕入れのために利用するとかくらいしか存在価値はないような気もするのですが、業者さんならもっと安く仕入れる事のできる馴染みの卸屋さんとかがあるはずなので、そうなるとますますコストコの存在価値はなくなります。

 第一、食材を手当たり次第にまとめ買いしてから、それで献立を考えるような主婦がどれほど居るというのでしょう・・・
 たいていは、メニューを先に決め、それに必要な食材を買い集めるために、近所のスーパーに足を運ぶという主婦が多いように私は思っているのですが・・・

 世界的に「エコ」が叫ばれ、エコロジーとエコノミーが叫ばれる昨今、買い物に行くたびにこんなムダな消費を買い物客に押しつけるコストコ商法は、まず客から愛想を尽かされると私は思っています。

 

 詰まるところ、普段の買い物は近所のスーパーやディスカウントストアで済ませ、コストコは月に一度とか、レジャー気分で買い物に寄ってみるくらいしか個人での利用機会はないような気がします。
 コストコをメインに買い物をするような豪気な人は日本では少ないんじゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 コストコが日本で生き残っていく事ができるとすれば、会員限定制度の撤廃と、1個からのバラ売りをする事が絶対条件だと私は思います。
 しかし、そうなると近所のディスカウントストアとなんら変わらない事になってしまいますが(爆笑)

 

 結局、得な買い物というのは、毎日チラシを見比べ、お店を選んで必要なものを買い回る・・・
 これが一番「堅実」「無駄」のない買い物だと私は思いますねぇ(笑い)

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2009年6月20日 (土)

マンモス企業

 経営危機に陥っていた、米自動車大手のゼネラル・モーターズ(GM)は、6月1日に日本の民事再生法にあたる米連邦破産法11条の適用を申請し、経営破綻をしたと報じられた・・・
 すでに、4月末にはクライスラーが破産法を申請しており、「ビッグ3」と呼ばれた巨大企業のうちの2社が経営破綻に追い込まれた事になる。

 

 こういう事態に陥るであろう兆候は、1980年代頃にはアメリカ国内で現れていた・・・
 当時すでに、日本車は燃費に優れ、性能も良いという事で米国人の間でも市民権を得ており、そのしわ寄せがアメリカ車のメーカーに販売不振という形で現れ、余剰従業員として工場を解雇された工員達が中心になって日本車の糾弾を行なった事があった・・・

 当時、目の敵にされたのはトヨタ車ではなく、ホンダ車だった (^_^;
 アコードの米国仕様車が大人気で、飛ぶように売れていた時期・・・
 この頃、逆輸入という形で、国内でも左ハンドルのアコードをしばしば街中で見かけた事があります。

 そのホンダ車の屋根に乗って、大きなハンマーを振り下ろして車体をボコボコにしている映像がセンセーショナルに流された事もあったので、覚えている方も多いと思います。

 

 なぜ当時のアメリカ人達に、日本車が魅力的に映ったのか・・・

 あの時に、「ビッグ3」が目先の売上の事だけを見ていないで、販売不振の原因をしっかりと検証していたなら、このような事態には陥らなかったのではないかと思えてならない。

 お金持ちならいざ知らず、庶民にとって燃費が良く故障しない車というのは、それだけでありがたいもので、それは日本人だろうとアメリカ人だろうと変わらないと思います(笑い)

 

 車に限らず、メーカーが第一に考えなければならない事は、「自分たちの作りたいものを作る」という事ではなく、「ユーザーの求めているものを作る」という、極めて当たり前の事ではないでしょうか・・・

 自分の作りたいものを作って成功するのは、経営者ではなく、芸術家だけだと思いますよ (^◇^) 。。。ケラケラ
 それだって、世の中に受け入れられるようになるまでにはたいへんな努力が必要ですが・・・

 

 ところで、今回のGMの経営破綻を見て思う事は、かつて地球上を席巻していた大型の恐竜たちやマンモスなどが絶滅し、小型のほ乳類たちにその座を奪われた事・・・
 あの時の状況によく似ているなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

Egg_mountain  大きな身体をした恐竜たちは力も強く、人間を始めとした小型のほ乳類など問題にしてもいなかっただろう。(もっとも、この時代には人類の祖先はまだ地球上には現れていなかったと思いますが (^^; )
 まさか、そんな小動物が自分たちに代わって地球上に君臨するような事になろうとは誰も・・・というか、恐竜たち自身は予想だにしていなかったと思います。

 しかし、大きな身体をしているという事は、燃費が悪いという事ですから、一日に食べる食料も膨大なものになります。
 温暖で、雨量も十分にあった時代ならともかく、チョッと気候が変わって緑が少なくなっていけば、食べ物にも事欠く有様で、そうなると大型の動物から餓死していく事は自然の摂理でしょう・・・

 恐竜やマンモスの絶滅に関しては、いろいろな説がありますが、いずれにしてもほ乳類を中心とした小回りの効く、彼らよりは小型の動物たちが生き残った事は、歴史上の事実です。

 

 翻って、GMを始めとする「ビッグ3」も、大型車にこだわることなく、燃費のいい小型車に生産の主力をシフトしていたなら、ここまで事態は悪化しなかったんじゃないかと思えてなりません・・・ (__;)

 「大男総身に知恵が回りかね」ナンてことばもあるように、企業も図体が大きくなると、方向転換をしようにも思うように身体がついていかないなんて事はよくある事で、このままじゃいけないいけないとわかってはいても、なかなか思う方向に舵が切れないもののようです。
 海を航行する船も、前方に障害物が在るのはわかっていても、モーターボートのような小型の船なら簡単に向きを変える事ができますが、タンカーのような大型の船が向きを変えるのは容易な事ではないのに似ていると思います・・・ (^_^;

 

20090620006_4 20090620005_3   

 イトーヨーカドーが、子会社だったはずのセブンイレブンに売上高でも抜かれたのは記憶に新しい。
 消費者達にとっては、郊外にある大きなイトーヨーカドーよりも、身近にある小さなセブンイレブンの方が魅力的だったという何よりの証しだと思います。
 デパートも、販売不振で苦戦しているところが多いのに比べ、コンビニは雨後の筍のようにそこここに出店しているのを見ても、時代は大きなお店より小さなお店を求めているように私には思えます。

 品揃えや値段では大きなスーパーにかなわなくても、お客様の声をすぐに陳列に反映できる小回りの良さが消費者にアピールし、売上に直結しているのは火を見るよりも明らかだからです。
 消費者達にとってコンビニは、その名の通り「コンビニエンス」なお店なんですよ (^^)v

 

20090620002 20090620007

 その結果、シンボルマークだったはずのハトのマークは、いつの間にか「セブン&アイHLDGS」に取って代わるという逆転現象が起きてしまいました(苦笑)
 これ、「庇を貸して母屋を取られる」って事のいい例なんじゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 車でも小売店でも、大きなモノが求められた時代はすでに終焉を迎え、21世紀はもっと小さくてパーソナルなモノが求められる時代になっていくんじゃないかと私は思いますねぇ・・・ (^_^)V。

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2009年6月19日 (金)

短い手紙

 手紙といっても、最近ではEメールが主流で、ハガキであれ手紙であれ、実際に文字を書いてポストに投函するなんて事は少なくなっているのかもしれません。

 そういう私自身も、年賀状を除けば、ここ何年も手紙なんて書いた記憶はないですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ところで、タイトルの短い手紙ですが、有名なものでは、徳川家康の家臣で「鬼作左」と異名を取った、本多作左衛門重次の「一筆啓上」でしょうか(笑い)

 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」

 皆さんも、どこかで一度くらい耳にした事のある文章だと思います。

 

 これは、本多重次が、1575年の長篠の戦いの陣中から、留守を守っている妻に当てて書いた手紙と言われ、短い文面であるにもかかわらず、要を得た書簡として、現在でも手紙の模範とされている有名なものです。

 内容は、「筆をもって申し上げます。私の留守の間、火の用心を怠らず、長男の仙千代の面倒をよく見て、馬には飼い葉をやって大きく育て上げてください。」というようなものでしょうか。
 陣中にあってなお、家を思い、子を愛し、主君に尽くそうとする本多重次の優しい心が、少ない文字間から伝わってくる感じがします。

 

20090619001  上の「一筆啓上」も、確かに短い手紙であり、仙千代と呼ばれた後の初代丸岡藩主、本多成重の居城、丸岡城内には「日本一短い手紙」としてその石碑が建てられています。

 そして、丸岡町では、毎年「日本一短い手紙」のコンテストが行われ、これには海外からも応募があるそうです。

 

20090619002  ちなみに、昨年募集された「第6回新一筆啓上賞」は「夢」をテーマとした手紙だったそうで、本としても出版されています(苦笑)

 

 

 

 

 

 しかし、日本で一番短い手紙となると、「一筆啓上」よりもさらに短く、僅かに3文字だけだったそうです。

 この手紙は、もともとは「電報」ですから、手紙といえるかどうかは別にして、たったの3文字で何が伝えられるというのでしょう・・・
 そう思うのは無理からぬ事でしょうが、この3文字の手紙を受け取った本人はもちろん、周囲に居た方々も、読んだ人は涙が止まらなかったといいます。

 

 この手紙についての顛末は以下の通りです。

 南極の昭和基地ができて間もない頃といいますから、今から4~50年ほども前の事だそうです。
 日本を遠く離れた南極越冬隊の隊員宛に、妻がお正月に送った手紙という事で、この当時、南極への通信手段は電報しかなく、日本からモールス信号で打電され、基地ではそれをカナタイプで打ち直し、手紙として隊員に渡していたといいます。
 しかし、その作業はたいへんであり、まして私用の手紙は皆にも申し訳ないという事から、5文字までという字数制限があったそうです (^_^;

 

 そんな妻からの手紙を受け取った隊員の一人が、その手紙を抱きしめて泣き始めたといいます。
 彼は、結婚早々に南極での任務を言い渡された新婚さんであり、日本の奥さんからの手紙を読んで泣き出したので、同じ部屋に居た隊員達は訝かしみ、日本で何か不幸な事でもあったのかと思ったそうです。
 で、別の隊員が彼の手から手紙を受け取って読み、また泣き始める・・・
 そして、この手紙を回し読んだ隊員達が、次々に涙を流したと伝えられています。

 

 日本に残された新妻が、南極の愛しい夫に宛てて書いた手紙には、たった3文字・・・

 

 「あ な た」

 

 と書かれてあったそうです。

 たった一言だからこそ、その後に続くであろうことばは、読んだ人がそれぞれに心の中に思い浮かべただろうと思います。

 「あなた」、お元気ですか?
 「あなた」、お仕事はたいへんではないですか?
 「あなた」、淋しくはありませんか? 
 「あなた」、無事にお帰りくださいね
 「あなた」、・・・・・・

 心を込めて書いた手紙は、たった一言でも十分に相手に気持ちを伝える事ができるという事なんでしょうね o(*^▽^*)o~♪

 

 ところで、世界ではどうでしょう・・・

 世界で一番短い手紙というのは、たった一文字だけだったといいますから、上には上があるものだと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 フランスの文豪、ビクトル・ユーゴーは、「ああ無情」という本を出版したとき、その本の売れ行きが心配で、出版社宛てに手紙で問い合わせをしたそうです。
 その時に書いたのは・・・
 「?」 の一文字だけ。

 それを見た出版社は、次のように返事をしたそうです。
 「!」 と・・・

 つまり・・・

 「売れ行きはどうですか?」という問に対して、
 「凄い売れ行きだよ!」という意味の返事をしたという事で (^^)v

 

 ユーゴーのセンスも凄いと思うけれど、出版社も粋だと思いませんか(笑い)

 あ、「?」や「!」は記号であり、文字とはいえないなんてヤボな事は言いっこなしですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年6月18日 (木)

神田共立講堂

 70年代に、一世を風靡した人気フォークグループ「アリス」が、7月20日に「フォークの聖地」と呼ばれた東京の神田共立講堂で、約33年ぶりとなる一夜限りのライブを行うと報じられた。

 

 いや~、これは嬉しいですねぇ ヽ(^◇^*)/

 アリスは、同ライブの4日後から、28年ぶりとなる40公演の全国ツアーをスタートさせる事になっているが、前夜祭の舞台としてはこれ以上の会場は他にないであろうという、涙もののステージとなる (^^)v

 

 神田共立講堂では、フォーク全盛時に多くのアーティストがライブを行ない、アリスもここで東京での初ライブを行なった。

 その後、フォークを志して上京した70年代の若者にとって、「フォークの聖地」と呼ばれるようになった神田共立講堂は、ブレイク前のアリスをはじめ、吉田拓郎井上陽水甲斐バンドらのそうそうたる面々がライブを行い、数多くの伝説が生まれたことで知られる会場で、私の愛するかぐや姫を始め、グレープガロが解散コンサートを行なった事でも知られています。

 これは、75年の4月に神田共立講堂で行なわれた、かぐや姫の解散コンサートの模様が残されている動画です。
 動画の最後に、コンサートの終わりで歌われた「神田川」の一部が収録されています。

 2コーラス目が始まって、涙で声を詰まらせる、南こうせつ・・・
 会場からかけられる温かな声援・・・
 こういう古き良き時代が、神田共立講堂には確かにありました・・・

 

 しかし、神田共立講堂は、76年12月22日以降、コンサート・ホールとしての使用が封印されてしまいました (^_^;
 以後、一度もライブは行なわれた事がなく、固く閉ざされていた同講堂の門を、「営利目的ではない」という説得と、「思い出の地でもう1度ライブをやりたい」「ここしかない! 懐かしいんですよ」という2年越しの粘り強い交渉が認められ、ついに全国ツアー直前の7月20日に、伝説の地「神田共立講堂」でのライブが実現することになったというもの・・・

 

 「共立講堂の客席で青春を過ごした人は、物凄い数いると思うんだよね。誰のファンとか関係なく。だから、あそこにいるだけでその頃の自分を思い出すだろうし、僕らもお客さんだけじゃなくホールにも“ありがとう”を言いに行きたいし」と谷村が語るように、特別アリスのファンではなくても、33年ぶりに解放される神田共立講堂での一夜限りのライブは、70年代に青春時代を送っていた私ら中高年層にとっては、間違いなく嬉しくて大きなニュースだと思います。

 

 谷村新司60才、堀内孝雄59才、矢沢透60才・・・

 四半世紀の時間を経て、オリジナルの三人による「還暦のアリス伝説」が、来月、この神田共立講堂から始まる・・・ ヽ(^o^)尸

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2009年6月17日 (水)

連覇!

 昨日、交流戦のマジックを「2」としていたソフトバンクが、中日を延長戦の末に4-3で下し、対象チームである西武が巨人に6-7で敗れたために、昨年に続き、交流戦の連覇が決定しました ヽ(^◇^*)/

 

 昨日の試合、中継はテレビもネットも無かったので、やむを得ずネットラジオで観戦していました (^_^;

 

 初回に犠牲フライで先制し、2回にも1点を加えたホークスですが、4回の裏に中日の主砲のブランコに2ランを打たれ、ゲームは振り出しに戻りました (__;)ガクッ

 それでも、7回に1点を勝ち越し、いよいよ勝ちが見えてきた9回の裏、守護神の馬原が1死2塁の場面で、ブランコに対し2度の暴投で再び振り出しに・・・ (p_-)・・・
 このところ、馬原の調子が今ひとつで、抑えに失敗する事が何度もあった・・・
 ですから、馬原に対し不信感もあり、嫌な予感もあったんですが、まさかああいう形で失点してしまうとは・・・ (ノ_-;)ハア・・・

 

 しかし、今年のホークスは延長戦に強い!

 10回の表、2死2塁から代打の森本がタイムリーを放ち、この1点が決勝点となって中日に競り勝った (^^)v

 今年の森本は、こういう風にいいところでしっかりと結果を残しているところが評価できます。オフの間にしっかりと練習を積んできた証拠です (o^∇^o)ノ

 

 この時点で優勝へのマジックは「1」!
 優勝は宇都宮で行なわれている、西武-巨人戦の結果に委ねられます・・・

 こちらの試合はテレビでの中継があったので、急遽西武の行方を見守ります・・・ (^^;

 

  一時は3-7まで点差が広がり、この分なら優勝は間違いないかなと思っていたのですが、西武に1点差まで詰め寄られハラハラドキドキ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 でも、巨人は最終回のマウンドに豊田を送り、辛うじて6-7で逃げ切って、この瞬間、ソフトバンクの交流戦連覇が決まった。

  ヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノ

 

 いやぁ、嬉しいですねぇ ヽ(^◇^*)/

 今月の初めに、先月の順位を語った記事でも述べたんですが、4月の時のチームとは明らかに別のチームのように変わっています。

 これは、大砲の加入と、故障で出遅れた野手達が次々に戻ってきた事が大きいわけで、これによって、チーム内に不調な松中とか馬原とかが居ても、他の選手でなんとかカバーすることができるという、プロとして当たり前の事ができるようになったからだと私は思っています。

 

 今までのホークスは、この「当たり前の事」が全くできていなかったので勝てなかったわけで・・・ (ノ_-;)ハア…
 チーム内の選手の調子とか実力とかを全く考慮しないで、今までの実績とかネームバリューとかで一軍のスタメンを保証し、ずっと使い続けてきたのがそもそもの間違いなんですよね。

 特に凹の采配は酷かった・・・(怒り)
 TMKとかいって、多村、松中、小久保をクリーンナップに据え、どんなに調子が悪くても使い続けた・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 今年、監督が凹から秋山に変わり、そのあたりが若干変わった(笑い)

 昨日のスタメンでも、多村と松中の名前は無い!
 松中は、7回に先発投手の代打として一度だけ打席に立ったが、多村はベンチに座ったまま、最後まで使われる事はなかった・・・ (^^)v

 最終回に、馬原がマウンドに上がり、自滅した格好で同点を許した・・・
 昨年までの凹なら、馬原と心中で、10回のマウンドにも馬原を上げていたに違いない (^^;
 しかし、秋山は1回でスパッと諦め、10回のマウンドには新加入のファルケンボーグを送った・・・

 今の戦力なら、個々人の力に頼るのではなく、こういうチームとしての戦い方ができる (^^)v

 

 さらに、大阪では阪神が日本ハムに4-3で勝ったために、ホークスは、優勝と同時に今年初めて、日本ハムと同率ながらも、首位に立った~ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 もしかしたら、今年はなんとかAクラスに滑り込めるかもしれないなぁ・・・と思った連覇の瞬間でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 甘いかな・・・ (;^_^A アセアセ・・・

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2009年6月16日 (火)

風を感じて

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20090616004  これは、浜田省吾が歌ってヒットした「風を感じて」という作品です。

 このところ、季候もいいせいか、街を走っていると上の写真のようなオープンカーを見かける事も少なくないです(笑い)

 で、颯爽と走り抜けていくこれらのオープンカーを目にした時にイメージするのは、浜省の「風を感じて」という作品であり、It's so easy・・・という、あの歌詞とメロディだったりします・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 オープンカーを目にする事は珍しい事ではありませんが、実際に乗った事はありません (^^;

 乗った事はないので、あくまでも仕入れた知識によるイメージで語りますが、オープンカーで風を感じるというと、風を切って走るシーンを連想するのではないでしょうか・・・
 しかし、バイクで走るのと違って、オープンカーでは前方からの風を感じる事はないそうです (^^;

 車では、流体力学を考慮してデザインを決めているために、空気の流れはフロントガラスに沿って上方に上がっていきます。そして、運転席への巻き込みが起きないように、うまく空気を後方へと流すような設計になっているために、運転者が前方からの風を感じる事は無いと聞きます。

 

 写真では、3台とも屋根を開けて走っていますが、下の写真の2台はドアに付いているサイドの窓ガラスは上げて走っているのがおわかりだと思います。
 こうする事によって車内への風の侵入はほとんど無くなると聞いています。

 むしろ、乗っている人が風を感じるとしたら、前からではなく、車の後ろから吹いてくるように感じるそうですが、最近のオープンカーはそういう風の巻き込みも少なくなるように設計されているそうなので、実際には見た目ほど風は感じないのかもしれませんよ(笑い)

 

 これから夏本番になりますが、そうなると少なくても日中の間は屋根をオープンで走るような物好きな人はほとんど居なくなるだろうと思います。
 言うまでもなく、夏の直射日光を浴びるのは暑くて堪らないからなんですが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年6月15日 (月)

アジサイ寺

 紫陽花寺として有名なのは、北鎌倉にある「明月院」ですが、日本には境内などにアジサイの花をたくさん植えて、アジサイの花が有名な寺院は全国各地にたくさんあるそうです。

 昨日訪れた、千葉県は多古町にある「日本寺」も、そんな中の一つですが、多古町そのものがアジサイで有名であり、日本寺が紫陽花寺と呼ばれているというわけではありません。
 しかし、参道の両側を始め、境内には8千株ものアジサイが植えられているというこの寺は、紫陽花寺と呼んでも差し支えないのではないかと私は個人的に思っています。

 

 このお寺については、昨年の記事でも取り上げたので、今日は境内に咲いていたアジサイの花を中心に紹介していきたいと思っていますので、お寺の概略などについては過去の記事をご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

 以下は、昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

20090615001 20090615002

20090615003 20090615004

 上は、山門へと続く参道を、下は、山門の様子と、そこから本堂へと続く表参道です。

 昨年の10月には、殺風景な眺めだったこの通りですが、昨日はご覧のような賑わいで・・・(笑い)
 やはり、色とりどりのアジサイの花と、大勢の見物客が居たからだと思います。
 上の「過去の記事」をクリックして、昨年の写真と比べてみるとおもしろいんじゃないでしょうか(苦笑)

 

20090615031 20090615032 20090615033

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20090615005_2 20090615006 20090615007

 老若男女、それぞれにいろいろな思いを抱いてこのお寺に見えていました。

 カメラを構えている人は言うに及ばず、スケッチをしている人、祈願をしている人、境内は本当に賑わっていました。

 

20090615011 20090615012 20090615013

20090615014 20090615015 20090615018

 ちょっと見ただけでも、様々な種類のアジサイが咲いているのがわかりましたが、その中でも珍しくてキレイだと思う花をピックアップしてみました。

 このお寺のアジサイは、比較的、青系と白系のアジサイが多いという印象を受けました。

 

20090615017 20090615016 20090615009

 境内でスケッチをしていたお二人です。
 私らが近づいても、我関せずでスケッチを続けていました (^^;

 

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 境内の奥にある、お稲荷さんに用いる鳥居だと思うのですが、ペンキ塗り立てといった感じで、塗料の臭いがプンプンしていました。
 こんなものを見るのは初めてなので、なんとなくワクワクしたりして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 以上、前回の訪問とは打って変わって、なかなか楽しめた訪問でしたよ o(*^▽^*)o~♪

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2009年6月14日 (日)

犬かき

 昨日出かけた、「あじさい遊歩道」で見かけた光景です。

 飼い主が投げたボールを、咥えて戻ってくる犬を見かけた事はあると思いますが、これは、川に投げ込んだボールを、堤から川にダイビングして、泳いで取ってくる犬です (^◇^;)

 

 

 このオジサンは、ボールを何度か川に投げ込んで、その都度そばにいるレトリバーが飛び込んで、泳いで取ってくるのを見まして、この動画はその中の1トライを手にしていたデジカメで撮ってみました (^^)v

 ただ、光学3倍ズームではこの程度の大きさにしかならず、よくわからないかもしれませんが、オジサンがボールを川に投げ込むところから、合図で川に向かい、ダイビングして、犬かきでボールに向かい、咥えて戻ってくるところまで撮ってあります。

 

 さすがに、上がってきた犬は、バテていましたが、このオジサン、しつこくてね (^◇^) 。。。ケラケラ

 一度くらいならまだしも、こんなに何度も泳がされるんじゃ、動物虐待になるんじゃないのかな (;^_^A アセアセ・・・

 

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あじさい遊歩道

 成田の隣町にあたる香取郡多古町は、アジサイを町の花として積極的にPRしていて、国道296号線沿いに在る、道の駅「多古」「あじさい館」の在る「あじさい公園」を中心に、栗山川の両堤を「あじさい遊歩道」と名付けて、町民を始め、訪れる人々の憩いの場となっています。

 

20090614020  この「あじさい公園」を会場として、今日、「あじさい祭り」が行なわれる事になっていて、私もティンクと出かけようかなと、かねてから予定していたのですが、どうも今日のお天気の予報がイマイチよくないのと、会場付近の混雑が予想されるのとが気がかりで、昨日、仕事が終わってから、ティンクと二人で一日早く行ってきました。

 公園に着いた時には、すでに17時を回っており、お客さん達もほとんど帰っていたので、車も駐車場に余裕で停める事ができ、多古大橋あじさい橋の間の「あじさい遊歩道」をゆっくりと一回りしてきました (^^)v

 

 以下は、昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

20090614011 20090614010 20090614008

20090614005 20090614006

 これが、「あじさい遊歩道」の概観です。
 真ん中を流れるのが栗山川で、九十九里界隈では最大の川といわれ、道の駅の施設である「あじさい館」周辺の堤に、約1.2kmにわたって一万株のアジサイを植えた事から「あじさい遊歩道」と名付けられ、1980年に誕生したそうです。

 今は時期的にアジサイの花がメインですが、春は菜の花、秋にはコスモスなどが咲き誇り、近隣の住民達や、ここを訪れる人達の目を楽しませてくれています。

 

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20090614014 20090614015 20090614016

 堤に咲いていたアジサイたちです o(*^▽^*)o~♪

 昨日見た感じでは、7~8分咲きといった感じでしょうか。これからが見頃だという印象を受けました。
 夕暮れの乏しい光量の中で撮った写真なので、発色がイマイチですが、明るい日射しの中で見れば、緑の芝とのコントラストが見事だと思います o(*^▽^*)o

 

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20090614021 20090614022 20090614023_2

 今日のあじさい祭りのために設けられた遊覧船なのでしょうか?
 通年営業しているのかもしれませんが、昨日も頻繁に出入りしているいろんな形の船を見かけました。

 

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20090614001 20090614002 20090614003

 今日の祭りのための、リハーサルや準備をしている人達です。

 上は、フラダンスを披露するグループ、下は、船着き場のテントの後片付けをしている女性です。
 やはり、女性陣は華やかですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 祭りには女性達の明るさや華やかさは欠かせないものです (^^)v

 

 それにしても、今日の会場は、きっと賑やかなんでしょうねぇ・・・

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2009年6月13日 (土)

信号待ちで Part2

20090613001 20090613002

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20090613005 20090613006

 

 

20090613009  都内の葛飾区内で見かけたライダーです。

 最初、興味深いバイクに乗っていたので、こんなふうに後ろから撮っていただけなのですが、信号待ちで止まったらいろいろと・・・ね(笑い)

 

 最初、タバコでも取り出したのかなと思っていたのですが、帰宅して写真をよく見てみるとそうではないようで・・・ (^_^;

 ジーンズのお尻のポケットには無線機でしょうかねぇ、どうも取り出したのはそのハンドマイクみたいな感じがしますが・・・

 なかなかユニークなライダーで、けっこう見ていて楽しかったです (^^)v

 

 

20090613007 20090613008

 これは、オマケです。

 次の信号で止まった時のものですが、この堂に入った乗りっぷり、さすがですねぇ(笑い)

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2009年6月12日 (金)

DVDレーベル

 このところ、仕事がヒマ (^^; なんで、自宅で待機したままの事も少なくなく、そうかといって何かをやろうかなんていう殊勝な気持ちも起きなくてね・・・ (^_^ゞポリポリ

 で、この際だから、録り溜めてそのままになっているDVDの整理でもしようかなと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 普段から、テレビで放送される映画なんかをHDレコーダーに録画して、そこからDVDにダビングしたものは何枚もあるんですが、根っから不精者なので、ラベルは白いままでケースに入っています (^^;
 一応、タイトルくらいは付箋紙に書いて添付してあるんですが、いつまで経っても盤面にタイトルとかをプリントする事はなくて・・・ (^.^; ポリポリ

 

 で、DVDのレーベルをいろいろとアップしてあるサイトを探して、仕上げてみる事にしました(苦笑)
 いくつかあった中で、利用させて頂いたのは、「tanapapa 自作ラベル保管庫」というサイトと、「とうたんのDVD盤面デザインコレクション」というサイトです。

 

20090612001  以前は、盤面のデザインを自分で一枚ずつ作っていましたが、こういうサイトを利用すると楽ですし、第一私が作ったものなんかよりもはるかに素晴らしいレーベルが作れる ヽ(^◇^*)/

 というわけで、これは一昨日仕上げたDVD達です (^^)v

 

 いやぁ、素晴らしいですよ、満足、満足~ (*^.-^*)♪
 サイトの管理人さん達に感謝です。
 ありがとうございました・・・ <(_ _)>

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2009年6月11日 (木)

エヌコロ

 タイトルは、「犬コロ」ではありません、「エヌコロ」です (^_^ゞポリポリ
 こう書くよりも、「Nコロ」と書いた方が一般的だと思います。

 

 先日、彩の国からの帰り道、仕事ではワリとよく通るところなんですが、やっとお目当ての写真を撮る事ができたのでアップします (^^)v

20090610011 20090610012

 これは、ホンダがかつて生産販売していた「N360」という往年の名車です。
 60年代の後半、ホンダが初めて量産した軽自動車だったと記憶しています。

 ご覧のように、野ざらしになっており、ずっとこの場所に置いたままになっていますから、乗り回していない事は明らかなんですが、なぜかナンバープレートは当時のままのものが付いたままになっており、という事は、廃車にはなってなくて、未だに登録されたままで自動車税も払っているという事になります (^^;

 毎年数千円の税金を払っても、廃車にはしたくないというオーナーの意向なんでしょうか (?。?)
 いかにも、名車にとりつかれた車マニアのイメージが浮かんできます。

 もしかして、将来的に、板金やエンジンなどに手を加えて、甦らせようと思っているのでしょうか、この車を見る度にそんな事を思っていました。

 でも、だったら野ざらしはやめて欲しいなと・・・ (^^;
 せめてシートくらいは被せておいてくれないと、車に対する愛情は感じられませんね。

 

20090610013  ところで、この車に付いているナンバープレートを、クリックしてよくご覧になって頂きたいのですが、あれ?と意外に思った方も居らっしゃるかもしれませんね。
 なぜなら、付いているナンバーは、「88」となっているからです。

 今のナンバープレートにおいては、「8ナンバー車」は特殊用途自動車という事になっていて、パトカーや消防車、あるいはキャンピングカーなどのように、ベースとなる車体になんらかの改造を施した車に付けられるものだからです。

 

20090610015  しかし、今のようにマイカーが普及していなかった70年代頃までのナンバープレートは、「8」は軽乗用車に用いられた車種区分でした。
 私が始めて買った車の事を記事にした事がありますが、そこに載せた私の愛車に付いていたナンバープレートも「8」でした (^^ゞ

 自動車黎明時代、軽自動車は特殊な車という位置づけだったためか、乗用、貨物共に、専用のナンバーが設けられており、軽貨物が「6」、軽乗用が「8」となっていました。
 「7」の記憶が無いんですが、もしかしたら軽三輪あたりがそうだったのかもしれません (^_^ゞポリポリ

 

 この野ざらしの「Nコロ」も、廃車になっていない以上、公道を走れる状態だとしたらこのナンバープレートのままでOKなんですが、それにしても懐かしいですねぇ(笑い)
 何がって、ナンバープレートもそうですが、この「Nコロ」が・・・です。

 私自身は、この車の後継である「ホンダZ」の方により愛着を感じますが、軽乗用車といえば「スバル360」くらいしか無かった60年代、颯爽と登場して一世を風靡した「Nコロ」は、間違いなく当時の常識を凌駕した異端児だったと思います。

 

 今では前輪駆動の車は当たり前であり、マイカーのほとんどはFFという時代になりましたが、当時はFRが主流であり、FF方式を日本で最初に実用化したのがホンダであり、「Nコロ」であったという事です。

 軽自動車において、FFは必然ともいえる駆動方式でした。
 小さい車体で居住スペースを大きく取ろうとすると、必然的にFFで作らざるを得ないというか、FRでは中央にドライブシャフトを通さなければならないために、足下に余分な出っ張りがどうしても存在してしまうからです。
 事実、私が乗っていた「ホンダZ」も、小さな車体とは裏腹に足下はゆったりと作られていました。
 最初は馴染みの無かったFF方式の車が、アッという間に市場を席巻してしまったのにはそういう理由があるのです。

 

 また、「Nコロ」は、スポーティな面も持っており、360ccのエンジンでは20馬力程度が一般的だった軽自動車界において、30馬力を越すエンジンを積み、最高時速は100kmを超えるという事で、「安い・速い」とユーザーの支持を集め、軽自動車の代名詞でもあった「スバル360」の売上を抜いたこともあった・・・

 しかし、時代を先取りしすぎた設計が裏目に出て、「欠陥車」という風評が立ち、ユーザーの信頼を取り戻せないまま市場から姿を消した・・・ (__;)
 当時の道路事情などを考慮すると、軽自動車で100kmを越す性能というのは、いたずらに事故を誘発しかねないスーパーカーだったわけです (^^;

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2009年6月10日 (水)

稲と麦

20090610005  一昨日、前橋に仕事で行った帰り道、上武道路から深谷BP、熊谷BP、行田BPと走っている道すがら、広大な麦畑を目にしました。

 私自身は、麦を身近に見かける事がほとんど無いままに育った事もあり、麦というものに対して知識らしいものはほとんど持ち合わせていません (^_^ゞポリポリ
 せいぜい、秋に種をまいて、芽が出たら麦踏みをして・・・などという断片的な知識しかなく、収穫がいつなのかさえ知りませんでした (^^;

 

 走りながら、茶色に染まった麦畑を見ているうちに、奇妙な光景を目にします・・・

 麦畑のそばに広がる水田です (^^;
 中には、田植えの真っ最中という農家の方も居らっしゃいました。関東では、GW前後が田植えのシーズンですから、今頃田植えが行なわれているというのはチョッと異様な光景に見えました (^^;

 茶色く実った麦畑と、満面の水をたたえた水田に植えられた稲の苗のコントラストが珍しくて、思わず車を停めて写真を撮り始めました (^_^ゞポリポリ
 半世紀も生きてきましたが、こういう光景を目にするのは初めてじゃないかしら・・・
 チョッと記憶にありませんねぇ (^^;

 

20090610002 20090610001

20090610004 20090610003

 ご覧のような、私にとってはかなり珍しい光景を眺めているうちに、近所の農家のオジサンが声をかけて近寄ってきました (^^;
 麦畑を写真に撮っている私が物珍しかったのか、あるいは挙動不審な怪しいオヤジに見えたのか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 それによると、この辺りでは、かつては稲作と麦の二毛作が普通に行なわれていたそうです。

 11月頃に麦の種をまき、今頃に収穫し、その後に水田として稲作をして秋に穫り入れる。そういう農家がほとんどだったといいます。

 しかし、政府による減反政策が始まると、そういう農家はしだいに減ってきたといいます。

 米を作らなくてもお金がもらえる・・・
 そうなると、敢えて二毛作なんて面倒な事をする農家は居なくなっていったそうで、今でも稲作と麦との二毛作を行なっている農家の方も一部では居らっしゃるそうですが、ほとんどがどちらかの単作を行なっているそうです。

 こう書くと、今の農家の方は、稲作か麦かのどちらか一方だけを作っているように思われるかもしれませんが、そうではなくて、春から秋にかけては水田で稲作を、秋から春にかけては畑で麦を作っているそうです。
 つまり、同じ耕地で稲と麦の二毛作をしていないというだけです。
 「二毛作」というのは、同じ耕地で一年間の間に別々の作物を作る事をいうからです。

 

 いろいろなところを走る機会があると、本当に様々なものを目にします (^^)v

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2009年6月 9日 (火)

下野のミニオフ

 一昨日の日曜日、栃木県は小山市内にお住まいのネッ友さん宅に、ティンクと二人でお邪魔してきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ネッ友さんのハンドルはフィガロさん。
 mixiのマイミクさんで、ティンクからご紹介頂きました。

 

 二人は、Nifty からの知り合いで、もう5年くらいの付き合いになるそうですが、実際にお会いするのは初めてであり、成田と小山ですから、それほど遠いというわけでもないので、お互いに会いたいねと言っていました。

 その願いがかなって、先々週の日曜日にお邪魔する事になっていたんですが、当日に私に仕事が入ってドタキャンになり、その穴埋めとして、一昨日の朝にティンクがフィガロさんにメールで当日の都合を尋ねたのですが・・・
 なかなか返事が返って来ないので、お天気もいいし、隣町の多古町にアジサイでも見に行こうかとお昼に自宅を出て車を走らせているところへ、着電が・・・ (^^ゞ

 時刻は、すでに正午を回っていましたが、これからでもよければいかがですかと・・・ ヽ(^o^)尸

 

20090609003  最初は、利根川沿いに車を走らせ、境町から国道354号線で古河市へと向かい、旧4号線で向かおうと思っていたんですが、時間も時間ですし、こうなると一秒でも惜しい・・・

 という事で、この春に開通したばかりの、圏央道の稲敷ICを使ってみる事にしました (^^)v

 

 この道路も、将来的には東関道とつながり、さらには東金を経てアクアラインと結ばれる予定です。
 成田は、決してアクセスの良い場所ではないのですが、こうして稲敷ICが開通した事により、茨城・栃木方面へのアクセスはずいぶん改善された事になります。

 

 とりあえず、国道408号線で茨城県に入り、稲敷ICを目指します。
 新しくできた道路は気持ちいいですね~ ヽ(^◇^*)/

 

20090609001 これは、阿見東IC付近から見た牛久浄苑の大仏様です。
 道路の先に、阿弥陀如来が小~さく見えていますが、これではよくわからないかな(苦笑)

 

 つくばJCTで常磐道に入り、しばし下り線を走った後、友部JCTで北関東自動車道に入ります。
 そして、東北道方面に車を走らせ、宇都宮上三川ICで高速を下り、国道4号バイパスへ・・・

 ここまで約2時間、さすがに高速は早いっす (^^)v
 しかも、料金は休日割引きでたったの千円~(爆笑)

 

 近くまで行って、ティンクに電話をかけてもらい、道案内をして頂いて無事にフィガロさん宅に到着 (^^)v

 居間に通され、フィガロさんとティンクはさっそくワインで乾杯を・・・ (*^.-^*)♪
 私には、キリンのFREEを出していただきました(笑い)

 三人とも、初対面とは思えないほど話に花が咲く・・・
 二人でワインを2本空け、私もFREEを2本・・・

 その間、猫好きの私は二匹の飼い猫と戯れる・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20090609002  楽しい時間はアッという間に過ぎて、時刻は20時を回る・・・
 後ろ髪を引かれる思いで、フィガさん宅を後にしました・・・
 これは、帰り際に玄関前で撮ったフィガロさんとティンクの写真です (o^∇^o)ノ

 

 帰りは、国道354号線で坂東市を通り、取手市経由で印西市に抜け、成田に戻ってきました。
 途中、ラーメン屋さんで夕食をとり、日付が変わるチョッと前にアパートに帰り着きました。

 

 急な訪問だったのですが、大量のお酒とツマミでおもてなし頂いたフィガロさんに感謝です。
 今後とも、よろしくお付きあいのほど、お願いしますね o(*^▽^*)o~♪

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2009年6月 8日 (月)

信号待ちで

20090608001 20090608002

20090608003 20090608004

20090608005 20090608006

 先日見かけた、オートバイのタンデムです。

 信号待ちで、止まる度に後ろの女性がいろいろと・・・ (^^;

 いやぁ、楽しませて頂きました (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年6月 7日 (日)

死因

 日本の若者の死因のトップは、自殺・・・
 そういう衝撃的な事実が明らかになった・・・

 

 厚生労働省の人口動態統計によると、平成19年の死因別順位は・・・

 第1位が悪性新生物(ガン)で、336,290人
 第2位が心疾患で、175,396人
 第3位が脳血管疾患で、126,940人
 第4位が肺炎で、110,080人
 第5位が不慮の事故で、37,874人

 全体の死亡数が1,108,280人であり、5位までの死亡数の合計は786,580人ですから、これだけで全体の7割を超えています。

 

 しかし、20代から30代に限って見てみると・・・

 20代
 第1位:自殺、第2位:不慮の事故、第3位:悪性新生物

 30代
 第1位:自殺、第2位:悪性新生物、第3位:不慮の事故

 いずれも、トップは「自殺」という結果だったそうです。
 ちなみに、20代の自殺者数は、3,026人、30代の自殺者数は、4,397人でした。

 この年の総自殺者数は、33,093人でしたから、20代と30代を合わせた人数だけで2割強を占める事になります。

 

 もちろん、年齢が上がればそれなりに死亡するリスクも高まりますから、自殺者の数も病死その他で亡くなる方も、若年世代よりは高齢者の方がはるかに多いですから、単純に数とか割合とかを比べてもそれほど意味はありませんが、若者の死因の1位が自殺だという事は動かぬ事実で、大きな問題だと思います。

 

 お若い方が亡くなったという話しを耳にした場合、たいていは「病死」か「事故死」だと思うのが一般の感覚だと思います。

 「自殺」というのは、死因としてはかなり特殊なケースだと思っていらっしゃる方がほとんどなのではないか・・・
 もちろん、私も今の今までそのように思っていた一人です。

 

 しかし、死因のトップが「自殺」だという事になると、これはかなり異常な事態だと言わざるを得ません。
 20代、30代という事は、学生というよりは社会人という立場の方がほとんどだと思いますが、前途洋々たるはずの人生を、自ら終わらせてしまうわけですから、どんな理由があったにせよ、もったいないなと・・・ (^^ゞ

 それだけ、お若い方達にとって、この国の未来は暗いと思っている方が多いのでしょうか・・・

 実際に自殺をするほど悩んではいないとしても、生きているだけの価値もない社会だと思っている若者が少なくないとしたら、やはりこの国は病んでいるとしか思えません。
 病気や事故で亡くなるのは、ある程度やむを得ないとしても、自らの手で人生に幕を引くというのはどうにもやり切れませんよ・・・ (__;)

 他の先進国を見ても、若者の死因のトップが「自殺」だなんていう国は、他に例がありませんからね。

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2009年6月 6日 (土)

我が家の猫

20090606021 20090606022 20090606023

 我が家のたちです(笑い)

 もちろん、作り物で、本物ではありません (^◇^) 。。。ケラケラ
 アパート暮らしなので、猫は大好きですが、飼う事はできずにいます。

 

 大きい方は、江ノ島に遊びに行った時に買ったもので、千円でした (^_^ゞポリポリ
 電池が入っていて、音に反応して「ニャ~・・・」と鳴いてくれます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 親子で、大トラと子トラという名前です (^^;
 二匹まとめて、トラちゃんと呼びかけています。

 小さい方は、ティンクのプレゼントで、ウメちゃんです (^^)v
 なかなかよくできていて、ちょっと見ると、まるで生きているみたいでしょ o(*^▽^*)o~♪

 

20090516021 20090516022

 これは、会津に居た頃に飼っていた猫たちです。
 もう20年以上も昔の事になります・・・ (__;)

 

 子どもの頃から、猫は何匹も飼っていました・・・ (^^)v
 懐かしいですねぇ・・・

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一年目の手紙

20090605001

 という事で、昨日の続編です(笑い)

 

 「今日で付き合ってちょうど1年。・・・」という書き出しで始まるこの手紙、これもまたなかなかに秀逸です。

 

 ちなみに、私宛に届いた「一年目の手紙」は、こんなんでした (*^-^*)ノ

http://tegami.hanihoh.com/r/?k=09060463984a2768607dedc

 

 まぁ、お遊びですから、ほどほどに楽しめればいいんじゃないでしょうか(笑い)

 

 自分宛の手紙が気になった人は、下のURLからやってみてください ( ^-^)/ ♪

http://tegami.hanihoh.com/

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2009年6月 5日 (金)

初恋の人からの手紙

20090606001

 ネッ友さんの日記に紹介されていたので、おもしろがってやってみました (^_^ゞポリポリ

 

 一週間ほど前の記事で取り上げた、「ザ恋愛インタビュアー」の続編というか、似たようなタイプのお遊びです。

 ネッ友さんの日記では、「一年目の手紙」の方を取り上げていたのですが、順番からいって、今日は「初恋の人からの手紙」だろうと (^◇^) 。。。ケラケラ

 「一年目の手紙」は、明日の記事で取り上げようと思っています (*^.-^*)♪
 どちらの手紙も、とにかく笑えます (^◇^)

 

 今日の「初恋の人からの手紙」は、初恋の人から○○さんへお手紙が届きました。というもので、「○○さん、ひさしぶり(ですね)。」という書き出しで始まります (^_^ゞポリポリ

 なかなかよくできていて、読んでいて大笑いしてしまいましたよ (^◇^)

 私宛に届いた手紙の内容はこちらです ( ^-^)/ ♪

http://www.aiyomu.com/hatsukoi/r/?k=09060451244a276ed72aa93

 

 そういえば、私の初恋って、いつの事だったろう (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 初恋と呼べるかどうかは別にして、お目当ての女の子と一緒に居たいと思ったのは小学校の一年の時 (^^;
 手をつないで二人で学校から帰った事も何度かあったけど、級友達から冷やかされて、相手の女の子が私と居るのを嫌がるようになり、それっきりになってしまったっけ・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 これが初恋と呼べるのなら、私はけっこうませていたのかもしれません・・・(爆笑)

 

 また、中学に入学した時、隣に座っている女の子がメチャ可愛かったので、一目惚れした事もありましたっけ・・・ (^^;
 ラブレターと呼べるものを、生まれて初めて渡した事もあったから、私の中では、初恋はあの娘だったと思っているのですが・・・ (〃'∇'〃)ゝ

 

 それはともかく、初恋の人からの手紙を受け取ってみたいと思う方は、こちらからどうぞ ( ^-^)/ ♪
 映画の予告編に続いて診断が始まります。
http://www.aiyomu.com/hatsukoi/

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2009年6月 4日 (木)

M10

 プロ野球の交流戦も、半分の12試合を終え、私の愛するソフトバンクホークスは、10勝1敗1分けで折り返し、交流戦連覇へのマジック10も点灯したと報じられた。

 そりゃぁね、残り12試合のうち、10も勝ったら、嫌でも優勝できますって (^◇^) 。。。ケラケラ
 だって、20勝3敗1分けで、勝率8割6分9厘ですぜ! (^^;

 

 確かに、わかりやすくていいとは思うけど、このいい加減な「マジックナンバー」って、いったいナニ?

 

 蛇足ですが、よくプロ野球が開幕する時に、「優勝までのマジックナンバー140とかバカな事を言っている人も居ますけど、いくらなんでも、そりゃ~無いぜ! (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

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身障者マーク

20090604001_2  この写真は、先日見かけた車なんですが、リアガラスに車椅子のステッカーが貼ってありました。
 最近は、この手のステッカーを貼った車をそこここで見かけるようになりました・・・ (^^;

 

 ところで、皆さんはこの車椅子のステッカーを貼った車を見かけたらどんな事を思うのでしょう・・・

 きっと身体の不自由な方が運転していらっしゃるのだろうと思う方がほとんどなのではないでしょうか・・・

 

20090604002  一般に、このマークは「身障者マーク」と呼ばれていますが、実は、このマークを付けている車を運転しているドライバーは、ほぼ100%が健常者だという事をご存じでしょうか (^^;

 

 え~、車椅子のマークだから、車椅子を利用している等の身体になんらかの障害を持っている方が運転しているんじゃないの~・・・と思った、ア・ナ・タ・・・ 違うんですね~(苦笑)

 

20090604003  もし、本当に身体になんらかの障害を持っている方が、車を運転せざるを得ない状況になったとしたら、上のような「身障者マーク」ではなくて、「クローバーマーク」と呼ばれる「身体障害者標識」を車に付けて運転するようにと道交法で定められています。

 この「クローバーマーク」を付ける事は義務ではありませんが、身体になんらかの障害を持っていて、運転に影響を及ぼすおそれのある時には、できるだけ表示して運転するように努めなければならないのです。
 もし、このマークを付けている車に対して幅寄せや割り込みをした場合には、減点1と5万円以下の罰金が科せられます (^^;

 

 それでは、よく見かける車椅子の「身障者マーク」はどういう意味を持つものなのでしょうか・・・

 この「身障者マーク」は、障害のある方々にも利用できる建築物等や各種設備であることを示す全世界共通の国際シンボルマークで、日本においては、財団法人日本障害者リハビリテーション協会が普及をつとめていますが、道交法で定められているような類のものではありません。
 したがって、このマークを付けて道路を走っていても、ドライバーになんらかの特例や免除が与えられるようなものではないのです。

 

20090604006_3  このマークを付けている車というのは、車椅子に限らず、なんらかの障害を持つ方の「送迎」「搬送」を目的にしている車だという事を周囲に知らせるためのもので、主に福祉関係の方が利用する車に貼られています。

 

 一般の方でも、ご家族などに身体障害者の方がいらっしゃって、その方の外出のお手伝いをする場合には車に貼っているようです。

 つまり、運転者が身障者なのではなく、「身障者が同乗していますよ」というアピールなわけです。

 

 しかし、最近どこのカーショップでも、この車椅子マークのステッカーを売っています。
 しかも、このマークを購入するにあたっての規制のようなものは何もありません。
 つまり、誰でもこの車椅子マークのステッカーを購入する事ができます (^^;

 

20090604005_2  身内や知り合いに身体障害者の方がいらっしゃらない、普通の健常者がこういうマークを購入するというのは、普通はあり得ないわけですが、例えば、スーパーなどの駐車場でこのような絵が描かれてあるスペースを見かけた事はあると思います。
 車椅子などを利用している方が駐車する場合、不自由な思いを最小限にする目的で、できるだけ入口近くに設けられている身障者用の駐車スペースです。
 当然の事ですが、このスペースは空いているからといって健常者の方が駐車するべきではありません。もちろん、停めたからといって罰則はありませんが、人間として恥ずべき行為だと言えるでしょう。

 

 障害者にとって便利なこのスペースは、健常者にとっても便利である事は間違いないので、空いていれば、つい停めたくなるのも人情です(笑い)
 一般のスペースよりもゆったりと作られているこのスペースは、駐車が苦手な初心者のドライバーなどにとっては実に有り難いワケで・・・(爆笑)

 でも、普通の車をこの身障者用のスペースに停めておくと、周囲の目も気になるので、この車椅子マークのステッカーを貼っておけば身障者の方の車だと勝手に思ってくれて、多少は誤魔化せるかなというズルイ考えが湧いてくるんでしょうね。

 というわけで、なんでもない普通の車に「身障者マーク」を貼っている心ないドライバーが最近増えているそうです・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 「赤ちゃんが乗っています」なんてステッカーよりも、はるかに周囲に対するアピール度も高いので、お守り代わりに貼っている人も居たりして・・・ (^^;

 確かに規制はありませんが、なんでもない方がこういうステッカーを車に貼るのは止めてもらえませんかねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 紛らわしくてしょうがない・・・ というよりも、身障者の方に対する冒涜行為だと私なんかは思うんですが (__;)

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2009年6月 3日 (水)

青春のうた Best Collection その28

 みなさん、どうもです (^^)/
 今回も収録曲に沿って当時の思い出をつれづれに(^^;・・・
 お付きあい頂ければ幸いです。

 

 今回の収録曲は、私が社会人一年生となった19才から二十歳の頃の作品です。
 独り暮らしのアパートで、宝物のコンポから流れてくるこれらの作品をよく聞いていましたねぇ (^^ゞ
 今聞いても、本当に懐かしいと心から思う作品達です。

 

   《収録曲》
Sbc028  1:案山子/さだまさし 77年11月発表
 2:夢一夜/南こうせつ 78年10月発表
 3:たそがれマイ・ラブ/大橋純子 78年8月発表
 4:思えば遠くへ来たもんだ/海援隊 78年9月発表
 5:マイ・ピュア・レディ/尾崎亜美 77年2月発表
 6:季節の中で/松山千春 78年8月発表

 

 「案山子」は、よく我が身に置き換えて聞いていました。親元を離れ、独り暮らしのわびしい生活は、まさにこの歌詞の通りのものでしたから・・・ (^^;
 30代を過ぎた頃からは、この作品に歌われているように、親の目線で聞けるようになっていました。私には子どもは居ませんが、親の立場も、子どもの立場もよくわかるなぁと・・・ (^_^ゞポリポリ
 実際には、兄が遠方に住む弟を思いやるという設定なのですが、兄でなく父親として聴いても違和感はありません。
 元気でいるか・・・ 街には慣れたか・・・ 友達できたか・・・
 何度も繰り返されるこのフレーズは、カラオケで歌っていても思わず涙が滲んできます・・・

 

 「夢一夜」は、江戸川のアパートで何度も何度も聞いた作品です。かぐや姫時代から私の崇拝する南こうせつは、この頃一番聞いていたアーティストだったかもしれません。
 正やんの身の丈の親しみやすい作品とも違い、ハートに直接響いてくるあったかいおいちゃんの作品群がお気に入りでした。

 

 「たそがれマイ・ラブ」は、「シルエット・ロマンス」と共に、大橋純子を代表する作品です。
 正直、私はこの「たそがれマイ・ラブ」で大橋純子というアーティストを知りました。非常に歌のうまいアーティストであり、この作品も当時はよく耳にしました。

 

 「思えば遠くへ来たもんだ」は、私のお気に入りの1曲であり、カラオケなんかでもよく歌ったりするほど思い入れは強い作品です。
 先の「案山子」同様、会津を離れて暮らしている私自身を、この歌詞に当てはめて聞いたり歌ったりする事が多いです (^_^ゞポリポリ

 

 「マイ・ピュア・レディ」は、資生堂のキャンペーンソングとして流れていたのをよく耳にしました。この作品を発表した時、尾崎亜美は若干19才、凄い才能だと思いますねぇ (o^∇^o)ノ
 この頃は、荒井由美、中島みゆき、丸山圭子、矢野顕子等々、個性的な女性アーティストが次々に現れていた頃です。

 

 「季節の中で」は、松山千春を一躍全国区に押し上げた大ヒット曲であり、自身初のオリコンチャート1位を記録した、5枚目の記念すべきシングル作品でした。
 確かにこの頃の松山千春の人気は凄かったのですが、私がはまったのはこのちょっと後で、会津若松の友人Mの影響が大きいです (^^ゞ
 Mは、よく私のアパートに遊びに来ては、ギターを弾いて松山千春の作品を歌っていました。なかなかうまいので、聞いているうちに本家の千春が好きになった・・・というわけです(爆笑)

 

 以上・・・(^^ゞ 

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2009年6月 2日 (火)

5月の順位が確定

 ソフトバンクの勢いが止まらない ヽ(^◇^*)/
 31日、本拠地であるヤフードームに中日を迎えて行なわれた交流戦で、今季6度目となるサヨナラ勝ちを収め、中日戦に連勝した。

 

20090602001

 今年のペナントも、一時期は5位に低迷し、借金も最多で「4」を数えたソフトバンクホークス・・・
 それが、5月19日からの交流戦に入ってから絶好調だ。
 ここまで10試合を戦って、8勝1敗1分けと、勝率は8割8分9厘という驚異的な数字を残している。

 借金3を抱え、4位タイで交流戦に臨んだホークスですが、アッという間に借金を返済し、それどころか貯金を今季最多の4にまで伸ばして、順位も2位まで浮上した (^^)v

 

 昨年は交流戦を制し、優勝したホークスですが、最終的には最下位という屈辱的な成績で、責任をとる形で凹監督が辞任した・・・

 今年、新しく監督となった秋山幸二率いる新生ホークスは、オフにマトモな補強をしないまま今年の開幕を迎え、案の定、苦戦を強いられ、4月は、10勝13敗と、3つの負け越し。
 5月は、交流戦までの14試合で、7勝7敗の五分と、イマイチ波に乗れないまま交流戦を迎えた。

 しかし、先に述べたように、交流戦に入るとまるで別のチームのように勝ち続ける・・・ ヽ(^o^)尸

 

20090602002

 この、劇的にチームが変わった理由の一番は、やはりホセ・オーティズ選手の緊急補強ではないか、私はそう思っています。

 

 4月28日の西武戦から戦力に加わり、来日初打席でいきなり左翼席にホームランをたたき込んでくれました (o^∇^o)ノ
 この、挨拶代わりの一発は、待ちに待った大砲の加入という事で、ホークスには心強い助っ人となりました (^^)v

 思えば、ここ数年、ホークスにはマトモな外国人選手が加入した例しはなく、ズレータ以来の当たりじゃないかと私は思っています。

 オーティズが加わってからのチームの成績は、16勝10敗、勝率は実に6割を超えています(笑い)
 個人成績は、一ヶ月間で3割5厘、ホームラン7本は上出来だと思います。

 

 さらに、オープン戦で右肩を痛めていた田村が、交流戦の二カード目となる広島戦からチームに合流しました。これも大きかったと思います。

 ただ、田村はサボり癖があるので、事あるごとに「あちらが痛い」「こちらが痛い」と休みたがるのが玉にきずでして (^◇^) 。。。ケラケラ
 まぁ、出た試合だけはしっかり働いてもらわないとね (^^;

 

 さすがに、この勢いがずっと続くとは思わないけど、案外今年の交流戦もそこそこの成績を残せるかもしれないと甘い夢を見ている私がいます(笑い)

 

 さて、今月のホークスは、いったいどんな戦いを見せてくれるのかな・・・ p(^_^)q ワクワク

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2009年6月 1日 (月)

プカプカ

20090601001

 これは、71年に発表された、ザ・ディランⅡ(セカンド)の「プカプカ」という作品です。

 「Ⅱ」という文字は、ローマ数字の「2」で、「機種依存文字」となっていますから、「II」などの代用表記を用いて書くべきで、ネットでは基本的に使うべきではないのですが、固有名詞でもあり、敢えて今回は使わせて頂きました m(_ _)m
 Windows では正しく表示されると思いますが、Macintosh では全く違う文字として表示されているはずです (^^;

 

 私がこの曲を耳にしたのは、6年後の77年、江戸川で独り暮らしを始めた頃の事です。FMを聞いていて知ったのですが、当時としてはかなり斬新な作品として私の耳に入ってきました(笑い)

 歌われている内容はといえば、女だてらにタバコを嗜み、歌を歌って、男が好き・・・ (^^;
 当時の感覚で言えば、女性としてかなり翔んでいるというか、くだけた言い方をすれば「アバズレ」という事になるのだと思いますが、そういう女性をモチーフに歌われたこの作品は、デキは良くてもしょせんは「男らしいってわかるかい」のB面扱い。
 表だっては歌えないようなキワモノだったのではないか・・・

 ちなみに、この作品の作者である「象狂象」とは、当時「象さん」と呼ばれていた西岡恭蔵であり、モデルとなった女性は、西岡が大好きだったという安田南であるといわれています。

 

 やがてこの作品は、ザ・ディランⅡを代表する作品となり、その母体であったザ・ディランを脱退した西岡自身も、セルフカバーとしてこの作品を歌っています

 私も、当時はともかく、30代くらいになるとなんとなくこの作品の良さというか、歌われている世界がわかるような気がして、好きな作品になっていました (^.^; ポリポリ

 

 それはともかく、昨日は「国際禁煙デー」という事で、このブログと共に、裏で私が主催している「夢見るピーターパンの奥座敷」の方にこんな記事を書いてみました(笑い)

 私は、子どもの頃にイタズラでタバコを吸った事はありますが、二十歳でタバコはキッパリと止めました (^^; から、タバコを吸うという習慣はありません (^.^; ポリポリ

 でも・・・ ティンクは愛煙家なんですよね (^◇^) 。。。ケラケラ

 だからといって、ティンクにタバコを止めて欲しいとは思っていませんが、私も古~い人間の一人ですから、女性がタバコを吸うという事については抵抗がある一人です (^^;

 しかし、人間、惚れた相手に対してはなんでも目を瞑れてしまうようで、他の人間がタバコを吸っているのならともかく、ティンクが目の前でタバコを吸っていても、「可愛いなぁ」と思っているバカな私がいます (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 恋愛は、惚れた方の負けとはよく言われることばですが、確かに、その通りだなぁと思いますよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 私ゃ、ティンクに首ったけですから・・・ (///ω///) ♪

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