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2009年7月31日 (金)

アロハシャツ

20090731001  常夏の島「ハワイ」において、カラフルな「アロハシャツ」を着ている人たちをよく見かけるそうです。

 最近では、夏のカジュアルファッションとして日本国内においても身に付けている人も少なくないようです。

 「アロハシャツ」は、その名称からもハワイの民族衣装だと思っている方がほとんどだと思いますが、その起源は日本人にあり、日本人が作ったものだといいますから世の中わからないモンだと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 明治時代にハワイに移住した日本人たちが、持っていった着物をリフォームして「パラカ」と呼ばれる上着を真似て作った開襟シャツがアロハシャツの最初といわれ、着物の鮮やかな柄に惹かれた現地の人が、着物の生地でシャツを作ってくれと移住した日本人達に頼み込み、そういうハデなシャツがしだいに市民権を得ていった結果、アロハシャツが生まれたというものです。

 やがて、着物の生地を離れ、南国のフルーツやトロピカルな柄を用いたハワイ独自のアロハシャツが生まれるにいたって、ハワイの民族衣装もどきになっていったそうです。

 

 当時、浮世絵なんかも、日本の国内での評価よりも西洋での評価が高く、ヨーロッパでは「ジャポニズム」と呼ばれる文化を生みだし、モネやゴッホなど、著名な画家達も大いに影響を受けたといわれます。

 そういう、日本文化が欧米に与えた影響は意外に少なくない事は、知識としては知っていましたが、まさかアロハシャツの生みの親が日本人だったとは思いませんでしたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ところで、「アロハシャツ」ということばは登録商標ですから、一般的なことばとしては「ハワイアンシャツ」と呼ぶべきなんだそうですが、よくあるハナシではありますが、あまりにも人々の間に定着してしまったために、そんな名前で呼ぶ人は希だそうです (^^;

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2009年7月30日 (木)

埼玉スタジアム

 昨日、仕事で「埼玉スタジアム2002」に行って来ました。

 このスタジアムは、「2002FIFAワールドカップ」のために、サッカー専用スタジアムとして建設された、国内最大級のスタジアムです。
 私は、このスタジアムに行くのは昨日が初めてです。もちろん、サッカーの観戦に行ったわけではありませんが(苦笑)

 

 成田から、建設資材・・・というとオーバーですが、工事に使うワイヤーやボルトなどのパーツの類を現場まで届けてきたんですが、今日はそんな車窓を中心に ( ^-^)/ ♪

 

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 埼玉高速鉄道の「浦和美園駅」と、その周辺にあるショッピングセンターの様子です。
 国道463号BPから、スタジアム方面へと車を進めると、周囲はまだまだ開発途中で、ご覧のようにフェンスに囲まれた道路が続きます。

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 道路の先に、埼玉スタジアムが見えてきました。
 この道路を走っているのは、もっぱら工事用のダンプカーなどを中心とした工事関係者の車がほとんどです。

 途中、工事現場に入るそれぞれのゲートの前には、案内のガードマンが立っています。

 

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 これが埼玉スタジアムの全景です。
 といっても、サッカーをしていない時の競技場というのは、なんだか間が抜けた感じがするのは否めませんが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

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 スタジアムの、北門付近で行なわれていた工事現場です。
 ここの現場の人に荷物を手渡して終了です (^^)v

 

 成田を出発した9時前には、小雨もぱらついていたんですが、彩の国は雲は厚かったですが日射しもあって、とても蒸し暑かったです。

 終了したのは11時過ぎ。
 仕事とはいえ、こういう風にいろんなところへ出かけることができるのは、やはり役得ですかね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 今日は、愛知県に納品です。
 津島市、大治町、一宮市と、3件回ってきます。
 売上げが伸びないので、経費を抑えるためにも極力高速道路を使わずに往復するので、もしかしたら今日中には成田には戻れないかもしれません (^_^ゞポリポリ

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2009年7月29日 (水)

錆びたナイフ

20090729001

 これは、1957年に石原裕次郎が歌ってヒットした「錆びたナイフ」という作品で、翌年には同名の映画も製作されました。

 私が生まれる前の年のことでもあり、歌はよく知っていますが、映画となると全く知りません (^^ゞ

 

 石原裕次郎は国民的な大スターであり、先日も23回忌ということで大騒ぎした一件が報じられたばかりです。
 亡くなってもなお、「日本人が最も愛した男」という事で、彼を凌ぐ大スターが現れないことは淋しい限りですが、それだけ偉大な俳優だったという証なのでしょう・・・

 

 石原裕次郎は歌手としても活躍しており、タイトルの「錆びたナイフ」の他にもヒット曲をたくさん残しています。
 しかし、彼を「歌手として」評価した場合、それほど歌唱力もないし、二流、いや三流のレッテルを貼られても仕方がないくらいの歌手でしかなかったと私は思っています。
 素人でも、彼の作品を彼より上手に歌う人はいくらでも居ると思います。

 

 しかし、彼はもともと歌手ではないわけですから、歌手として評価するのはいかがなものかと・・・

 実際、裕次郎が歌番組などで歌っている映像を見たりすると、その存在感や表現力はバツグンで、他の人ではとうていあそこまでの世界を作り上げることはできないだろうと思います。

 これはどういう事かというと、石原裕次郎は超一流の俳優であるがゆえに、俳優としての才能をフルに使って歌謡曲という作品を「演じ上げて」いたのではないかと私は思っています。
 それぞれの作品の主人公として、歌を歌うのではなく、歌詞をセリフのように「語る」事によって、石原裕次郎のあの独特の世界を作り上げていたのではないかと・・・

 下に、YouTubeの動画を貼り付けておきましたから、そのあたりをご確認ください ( ^-^)/ ♪

 

 

 昔、歌謡曲は「3分間のドラマ」とよくいわれたものです。
 イントロからエンディングまでが3分かからず、その中に一つのドラマが描かれていたのでそういうふうにいわれたのです。
 石原裕次郎は、「歌手として」歌を歌い上げていたのではなく、あくまでも「俳優として」歌の世界を演じきっていたのだと私は思いますねぇ・・・ (^^)v

 歌唱力はなくても、俳優として歌詞を語る・・・
 そういえば、裕次郎の作品はどれも使われている音域が狭く、テンポも速からず遅からずで、普通に話すように歌詞を読み上げるだけでもそれなりに聞こえるんですよね(苦笑)

 

 ま、以上は私の独断と偏見に満ちた一つの意見ですので、あまりホンキに受けとめられても困るんですが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ところで、タイトルの「錆びたナイフ」ですが、私の作った替え歌でこんなのがあります。
 1番だけですが・・・ ( ^-^)/ ♪

♪砂山の砂を 指で掘ってたら
 まっかに錆びた ジャックナイフで手を切った
 どこのどいつが 埋めたか
 腕にズキンとくる 小指のキズだ♪

 

 上の方でもっともらしいことを語りましたが、実を言うと、今日はコレが言いたかっただけだったりして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 これから海水浴に出かける人もたくさんいらっしゃるんでしょうけど、人が集まればいつも問題になるのは大量のゴミの件です。
 ゴミ箱とかそういう集積所の近くに捨ててくれればまだいい方で、砂の中に埋めてしまう馬鹿者も少なくないわけで・・・ (ノ_-;)ハア…
 タバコの吸い殻とか空き缶なんかならまだしも、ビンだけは絶対に捨ててほしくはないものです。
 ビンが割れると、破片の回収は非常に困難で、一片でも残っている限り危険な凶器でしかないわけですから・・・

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2009年7月28日 (火)

ツチノコ

 お腹が出ているのは以前から気になっていたんですが、ティンクと一緒になって約半年・・・
 近頃ではますますお腹が出てきて、今や臨月を迎えた女性みたいな感じで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

Tuchinoko  そんな私を見て、最近ティンクが言うわけですよ。
 「ツチノコ」みたいな体型だと (^◇^) 。。。ケラケラ

 あのずんぐりむっくりした姿を想像していただければ、なんとなくイメージしていただけますでしょうか (;^_^A アセアセ・・・

 で、このところの私は「ツチノコさん」と呼ばれています (*^.-^*)♪

 

 そんなところに、ネッ友さんが「べろメーター」というサイトをご紹介していたのでやってみました

 この「べろメーター」というのは、「あなたの味覚を診断します」という事で、好みの朝食を選ぶだけで16タイプの味覚が判定されます。

 そこでやってみた結果がこれです・・・ (^^;

 

20090728001

 

20090728002  スタートの画面に描かれていた16種類のイラストを見て、その中にツチノコとおぼしき姿を発見し、嫌な予感はしていたんですが、診断結果の「ツチノコタイプ」というのを見て大笑いでした(爆笑)

 

 質問は全部で4つ・・・

 Q1は、朝食のメインとなるものを尋ねられます。
 パンやパスタ、うどんなどの中から私が選んだものは「白米」 (^^)v

 Q2は、おかずを選ばされます。
 これは複数選択可という事で、私が選んだものは「目玉焼き」「納豆」 (^^ゞ

 Q3は、汁系を選択・・・
 私は当然の事ですが「みそ汁」を(笑い)

 Q4は、飲み物ですね。
 候補はいろいろありましたが、私はやっぱり「お茶」ですねぇ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 最後に、性別と年代、住んでいる地域と未婚/既婚を入力すると、それぞれのタイプが表示されるというわけなんですが・・・

 皆さんも、上のサイト名をクリックしてやってみませんか ( ^-^)/ ♪

 

 以前の私は、朝食にはもっぱらパンを食べていました。
 その辺りのことは、昨年の3月に「最近の私の食生活」という記事の中で触れました。

 朝食は、和食党の私ですので、ご飯に納豆と卵焼き、そしてみそ汁というメニューはずっと憧れでもあったわけですが、独り暮らしが長いと、まずご飯を炊こうという気持ちが起きません (^◇^;)

 で、簡単に食べられるトーストとかを食べていたのですが、それも「焼いて何かを塗る」・・・
 たったそれだけの事でさえ面倒臭く思えてきて・・・ (^^;)☆\(-- )

 で、菓子パンを食べるようになって長かったんですが、今年になってから、念願だった「和風の朝食」がテーブルに並ぶようになりました・・・ ヽ(^◇^*)/
 美味しい、美味しいと毎朝食べているうちにすっかりツチノコ体型ですわ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 しかし、体型はともかく、塩味系という判定といい、その下に書いてある性格といい、なかなかどうして、お遊びではありますが、けっこう当たっていますよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年7月27日 (月)

喜多方高校校歌

 昨日、思いがけずに、高校の時のクラスメートからコメントを頂きました。

 そのコメントの中に、「喜多方高校の校歌で検索したときにこのページを見つけました。」という一文があって、そういえば、昨年の3月に「桜が丘1丁目」という記事を書いた時に、喜高の校歌を紹介したことを思い出しました。

 ただ、記事のタイトルが「桜が丘1丁目」で、その中に書いた校歌という形のままだと、検索してもヒットしないというか、埋もれてしまうことも考えられたので、せっかくですから先の記事の中から校歌の部分だけを切り取って独立した記事にしてみました (^_^ゞポリポリ

 

 かといって、それだけだと芸がないので、先の音源を加工してYouTubeに登録したものを貼り付けてみました。

 この音源は、喜多方高校の公式HPから拾ってきたもので、演奏は私も在籍していた吹奏楽委員会、合唱は音楽部の皆さんによるもので、1番・2番と7番が歌われています。
 総演奏時間は1分20秒ほどです。興味がお有りの方は、ぜひクリックしてみて下さい (^^ゞ
 なお、背景の写真は、昨年の春に喜高に立ち寄った際に撮ってきたものです。

 
 いかがでしょうか ( ^-^)/ ♪

 

 

 

 一般的に、校歌の中には学校の名前や所在地が織り込まれているのが普通だと思いますが、喜多方高校の校歌の中には「会津」という地名は出て来ますが、「喜多方」という地名は一切出て来ないのがチョッと変わっていておもしろいと思います。

 また、この校歌は大正8年に作られて以来、ずっと歌い継がれているという事で、約90年という歴史がありますから、歌詞もかなり難解なモノになっています (^^;
 ・・・という事は、2番の歌詞の中にある「昌平ここに八百年」というところも、まもなく「九百年」になるという事なんですね (^^;
 凄い歌だとあらためて思いました (^.^; ポリポリ

 

 校歌は全部で7番までありますが、短い歌詞とはいえ全部を歌うのは冗長なので、式典などでも1番・2番・そして7番を歌うのが慣例で、全部を通して歌う事はまずありません。

 入学した当時、音楽の授業で一通り教えられて歌いますが、おそらく通して歌うのはその時だけだと思いますし、全部の歌詞を知っている在校生はおそらく一人も居ないと思います (^^;
 もちろん、私も覚えていませんでした(爆笑)

 

 喜多方高校校歌 作詞:北村賢瑞 作曲:不詳

 1. 会津の原は雄大に 黄金の花は穣々と
   昌平ここに八百年 喜び多きわが郷よ

 2. 突兀七千有余尺 飯豊の山は聳えたり
   その秀霊の容姿こそ われら健児の精神なれ

 3. 漾々六十有数里 西に流るる阿賀の川
   昼夜をやめぬ心こそ われら健児の気象なれ

 4. 朝日に霞む桜壇 花咲き匂ふ潔さ
   八汐に映ゆる檜原湖 赤き心の尊しや

 5. 雪降る朝も風の夜も 荒金とかす夏の日も
   倦まず撓まず丈夫が 学びの道に勤しまむ

 6. 天地渺々際涯なく 時潮の浪は荒くとも
   われには金剛の力あり われには不壊の心あり

 7. 峯踏み分けていざ共に 薫れる枝を手折らばや
   八重の潮路を漕ぎ分けて 龍の宮居に到らなむ

 

 《 読み方 》
 1番:黄金・・・こがね
 2番:突兀・・・とっこつ 聳えたり・・・そびえたり
    容姿・・・すがた 精神・・・こころ
 3番:漾々・・・ようよう
 4番:檜原海・・・ひばらうみ
 5番:勤しまむ・・・いそしまん
 6番:渺々・・・びょうびょう 際涯なく・・・はてしなく
    金剛・・・てつ
 7番:手折らばや・・・たおらばや

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当選発表

 よく懸賞で、「当選の発表は、賞品の発送をもって替えさせていただきます」というのがありますが、アレってスポンサーの手抜きだと思いませんか?

 

 昔なら、放送時間や紙面の都合上、やむを得ずそういう事をせざるを得ない事情もあったんだろうと思うけど、最近でも相変わらず「当選の発表は賞品の発送をもって・・・」とやっているのを見かけると、スポンサーとして誠意がないんじゃないかと怒りさえ感じます。

 これだけネットなどの情報技術が発達している今、HPなどを使って当選者の発表を行なうくらいわけないことだと思うのは私だけなんでしょうか・・・

 もちろん、プライバシーの問題もあるだろうから、当選者の住所氏名をそのまま載せるわけにはいかない事くらい私にも理解できますが、「○○県××市 山田太郎」くらいの発表をする事にナンの問題があるのだろうと・・・

 

 穿った見方をすれば、賞品なんて最初から送っていないんじゃないかと思う人だっているかもしれないし、さすがに全く送らないのはあり得ないにしても、当選本数の半分くらいなどの「一部の人」にしか送っていないとかの不正はあるんじゃないだろうか・・・ (^^;
 例えそうだったとしても、応募者側では確認のしようがないので、企業倫理にもとるスポンサーなんかだったら十分あり得るハナシなんじゃないかと・・・

 

 また、キチンと発送している場合でも、なんらかの事故があって当選者の元に届かない事だってあり得るんじゃないかな。

 バイトの郵便配達員が、配達するのが面倒だからと年賀ハガキを捨ててしまうニュースが時々あるように、宅配の業者が途中で賞品の荷物を抜き取るような事だって考えられない事じゃない。
 最初から「賞品の発送をもって」と言っているのがわかっている懸賞の賞品なら、届けなくてもわかりゃしないと思う不心得者の宅配ドライバーが居たとしても不思議じゃないと思いませんか(苦笑)

 

 そういう、疑惑を持たれたり、不正が行なわれないように、当選者の発表は厳正に行なわれるべきで、それがスポンサーとしての責任だと私は思うのですが・・・

 少なくても、私は「当選者の発表は、発送をもって・・・」というような懸賞は、ハナから信用していませんし、そういう事を平気で行なうスポンサーも、無責任極まりないと思っています (^_^ゞポリポリ

 

 ところで、ある懸賞の募集をした際に、アナウンサーが、「賞品の発送は当選の発表をもって替えさせていただきます」と言い間違えたそうですが、本当にそんな事が許されるのなら、スポンサーとしては楽でいいでしょうね (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2009年7月26日 (日)

ツバメ

 私は職業ドライバーなので、あちこちに休憩のためのポイントのようなものを決めています。
 仕事にメリハリを付ける意味もありまして、特に急いでいない限り、そういう休憩ポイントには必ず立ち寄る事にしています。
 そこでは、例えばトイレだったり、食事だったり、買い物だったりと、運転とは直接関係のない事をして気分転換を図ったり、軽い運動をして身体をほぐしたりして運転の続きに備えます。

 

 あちこちに点在している「道の駅」などは、そういう休憩ポイントとしては申し分のない施設です。
 広い駐車場、必ず備わっているトイレ、ちょっとした土産物店など、ドライバーの行動や心理をよくわかって作られているというか(笑い)

 ただ、私の場合はそういう「道の駅」全てを利用しているわけではありません。いくつもある中から、実際に利用するところは決まっていたりします (^^;
 一応、どんなところなのか知らないのもナンですので、一度は立ち寄って利用してみますが、いつも利用しているお気に入りの道の駅と比べて、なんらかのメリットが無ければ、その後立ち寄ることはめったに無いです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 お気に入りを決める上で一番のポイントは、「位置」です。
 成田からどの程度の場所にあるのかがやっぱり決め手になります。
 具体的に申し上げるなら、成田から2時間前後の距離にある施設というのが一番立ち寄りやすいです。この程度運転してくると、そろそろ休憩しようかなという気持ちになるからです(笑い)

 で、成田からちょうど100km弱、茨城県と栃木県の境にある「道の駅」二宮は、私がこの方面に出かけた際に必ず立ち寄るお気に入りの休憩ポイントです。
 行きはもちろん、帰りに立ち寄ることも多いです。というのは、先に述べた成田からだいたい2時間の距離にありますから、自宅までの最終休憩地という事で、立ち寄ってもう一頑張りという気持ちになるからです。

 

 先日、宮城県の白石市に仕事で行った帰り、いつものように「道の駅」二宮に立ち寄ってトイレを済ませたんですが、その時におもしろいものを見かけたのでご紹介を・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 男子トイレの入口のところにちょっとした人垣ができているんですよ (^^;
 しかも、揃いも揃って上の方を見上げている・・・

 で、近づいてみると、「頭上注意 つばめの巣あり」の看板が・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 私が子どもの頃、自宅の玄関内によくツバメが巣を作ったのを思い出しましたが、最近じゃまず見かける事はないので、さっそくカメラを手にしてシャッターを (^^)v

 しかし、男子トイレの前だからいいようなものの、隣の女子トイレの前でデジカメを構えていたら、メチャクチャ怪しいですよね (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 場所をわきまえてくれたツバメ君に感謝 (^人^)

 しばらく見ていましたが、たぶん巣の中に居るヒナは二羽。
 巣の周りを行ったり来たりして飛び回っている親鳥は、確認しただけですが一羽だけでした (^^ゞ

 この道の駅二宮の施設内には、他にもツバメの巣が作られていましたから、きっと毎年ここにはツバメたちが来ているんでしょうね。
 だとすると、巣に気付いたのは今年が初めてというのがちょっと引っかかりますが・・・ (^_^ゞポリポリ

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2009年7月25日 (土)

スタンド・バイ・ミー

 昨年、「サイクリング」というタイトルで記事を書いたことがあります。
 その時には、サイクリングについての一般的な事を記事にしたんですが、今日は、私のツーリングの体験記を中心に語ってみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20090724003  私が中学3年生の時の夏休み、友人と二人で東北一周を目指し、自転車で会津の山村を出発した事がありました (^^;

 特にルートも目的地も決めず、一週間から十日くらいの予定で行けるところまで行こうという、今思えばずいぶんいい加減で無謀なツーリングだったと思います(苦笑)
 なにしろ、私は昔からズボラな人間でしたから・・・ (^◇^;)

 まるで、映画の「スタンド・バイ・ミー」さながらの、子どもの、子どもによる、子どものための、無計画な冒険旅行そのものでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20090724001_3

 

 実際に走ったルートは、会津若松~喜多方~米沢~山形~新庄~雄勝峠~新庄~鶴岡~村上~新発田~西会津という、距離にして約450km程度の5泊6日の旅でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 私が生まれ育ったところは、会津でもかなり山の中でしたから、車ならともかく自転車で村から出ようとするとそれだけで大仕事となりますから、普通はそんな無謀なことを考える人は居ないわけで・・・ (^◇^) ケラケラ

 で、初日はとりあえず村から出ようと、山越えルートで会津若松を目指して走り出しました。
 川沿いに向かう、比較的楽で一般的な国道ルートもありましたが、それだと山越えの倍以上の距離がありまして、朝出発しても若松までたどり着くのが精一杯かなと思い、ムリしても山越えの方のルートを選びました (^^;
 まぁ、若気のいたりといいますか、恐いモノ知らずというか(爆笑)
 だいたい、当時の山越えルートは今のように整備された道ではなく、自動車だって通れないような山道というか、峠道でしたから、ほとんど自転車を押して越えたことを思い出します (^^;

 なんとか会津高田町に抜け、会津若松を通り過ぎ、国道121号線で喜多方に向かって走り出したのは夕方近く・・・
 途中、薄暗くなってきたので、国道から見えた神社で泊まることにしました (^^ゞ

 神社の境内で、携帯コンロを使って炊事をしていると、近所のオジサンが様子を見にやってきました (^^;
 どこの馬の骨ともわからない子ども達が、神社で火を燃やしているとなれば、不審に思われるのは当然の事で・・・ (^.^; ポリポリ
 サイクリングをしていて、今夜はここに泊まる予定だと言うと、火の始末だけはキチンとするようにと言って帰り、しばらくして夕飯の差し入れを持って現れました (^^;
 他人の親切が身にしみましたねぇ・・・ (;_;) ウルウル・・・

 初日は、疲れもあって、神社の社の中に勝手に入り込んで寝袋で寝ました・・・

 

 二日目は、薄暗い中出発しました。昨夜早めに寝てしまったこともあり、目が覚めてしまって、他にする事もなかったので走り出そうと・・・ (^.^ゞポリポリ

 喜多方を抜け、米沢に抜ける国道121号線の大峠を越えようとしていた際に、あまりの急坂にへたり込んでいた時、通りがかったダンプカーのオジサンが声をかけて乗せてくれました ヽ(^o^)尸
 自転車は荷台に、私らは運転席に乗り込み、仕事先の峠まで送ってくれました。ありがたかったですねぇ o(*^▽^*)o

 登りとは違って、峠からの下り道は楽でした(笑い)
 米沢を抜け、国道13号線を通り、上山温泉に着いた辺りで暗くなってきたので、通り沿いにあった大きなお寺に立ち寄り、ご住職にお願いして本堂に泊めていただきました (^^)v
 このお寺では、夕飯をごちそうになり、畳の上でゆっくりと眠れました。
 このツーリングで一番快適な夜でした(笑い)

 

 三日目の朝は、本堂の掃除を手伝って出発しました。

 この日は国道13号線をひたすら北上・・・
 山形、天童、尾花沢と走り抜け、新庄を過ぎて、いよいよ秋田県に入りました。
 一番快適に走れた一日だったでしょうか (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 この日は、県境の雄勝峠を越えたところにあった神社で泊まることにして、そのまま休みました。いよいよ翌日は横手~秋田と、さらに北に向かうぞと計画を話し合っていたのですが・・・

 

 なんと、四日目は朝から雨が降っていまして、疲れていたこともあって神社の中で出発をしばらく見合わせることにしました(笑い)
 しかし、いつまで経っても止みそうになかったので、とりあえず北に向かうのは断念して、引き返すことにし、お昼前に出発しました。

 ポンチョを着て走るのは、馴れていないこともあって正直きつかったです。
 国道13号線で新庄まで戻り、そこから国道47号線で鶴岡に向かいました。
 全く同じ道を戻るのも芸がないので、日本海沿いを南下しようと思って・・・

 しかし、悪いことは重なるもので、私の自転車の後輪がパンクしてしまいます。
 すぐに修理を始めましたが、雨降りの中ではゴム糊がうまく乾かないんじゃないかと懸念されたので、チューブそのものを持参した新品に交換することにし、後輪を本体から外します。
 この、後輪を外したことが後のトラブルを引き起こします (^^;
 前輪ならわけなく脱着できますが、後輪はチェーンや変速ギアが複雑に絡み合っていて、素人には荷が重いことをその時は知りませんでした (^^ゞ
 で、最初のうちだけ調子よく走っていたのですが、いくらも走らないうちに後輪が重くなり始め、間もなくロックした感じで完全に回らなくなってしまったんですよ (__;)
 そうなるとお手上げです。後輪を持ち上げながら歩き、目についた自転車屋に飛び込んで治してもらいました (^^;

 そんなこんなで、すぐに暗くなってきたので、その日は通りがかった大きな橋の下にもぐり込んで野宿をしました (^^;
 雨はしのげましたが、ヤブ蚊が酷くて、寝袋の中に頭まですっぽりと覆って寝ました。
 それでも翌日はあちこち蚊に刺されていて、いろんなイミでこの日が一番ヒドイ一日でしたね(苦笑)

 

 五日目は、国道7号線に出て、日本海を見ながら快適に走り続けました。私が日本海を見たのは、この時が最初です (^_^ゞポリポリ

 村上からは内陸に入り、新発田を目指します。
 途中、人気のない材木小屋を見つけたので、勝手にもぐり込んで寝ました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 なんか、だんだん宿のレベルが落ちてきたなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 最終日となる六日目は、新発田から国道290号線で安田に抜け、そこからは国道49号線で会津を目指しました。
 途中、新潟県と福島県の県境のトンネルをくぐる前に、道端にあった電話ボックスから自宅に電話をかけ、夕方には帰ると伝えました。

 この辺りになると、お互いにもう会話をする気力もなくなって、無言でペダルをこぎ続けます・・・

20090724002 思い出すのは、コカコーラのホームサイズを買って、一気に飲み干したことかな(笑い)
 当時、500mlのホームサイズと呼ばれたボトルは、けっこう大きく見えたので、それを一息に飲めるなんて思ってなかったものの、口につけて飲み始めるとアッという間で・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 それだけ喉が渇いてて、水分を欲していたという事なんでしょうが・・・

 西会津町から三島町に入り、金山町と過ぎて、村に入った時にはホッとしたのを思い出します。

 自宅には、日焼けとホコリで真っ黒になった姿で戻り、呆れられました。
 おそらく、家を留守にしている間、家族は心配でしょうがなかったんでしょうが、そういう気配も見せない気丈な親でした (;^_^A アセアセ・・・

 で、ゆっくりと風呂に浸かり、一週間分の疲れと汚れを洗い流しました・・・

 

 その後は、頼まれたってそんな事をしたいと思ったことはありませんが、あの当時はそんな無茶もちっとも無茶なことだとは思っていなかったんですよね (^◇^;)
 やっぱ、若かったんでしょうね(爆笑)

 

 蛇足ですが、この時のツーリングの後、程なくして私の自転車は壊れてしまいまして、スクラップになったことを思い出します。
 もっとも、すぐに雪が降り、春には高校生として喜多方に下宿しましたから、村で自転車に乗る機会がなかったのが幸いでしたが・・・

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2009年7月24日 (金)

出島武春

 元大関で、西前頭13枚目の出島が、22日の取り組み後、現役引退を決意し、打ち出し後に記者会見して突然の引退を発表した。
 そして、昨日、協会に引退届を提出し、年寄「大鳴戸」を襲名したと報じられた。

 

 色白の美男力士で、五月人形のようだと形容された出島。特に女性に人気の高い力士だった。
 その取り口は頑ななまでの押し相撲で、NHKのアナウンサーからは「出る出る出島」と実況され、その出足とともに一気に番付を駆け上がっていった・・・

 

 特に99年の名古屋場所は、出島にとって生涯最高の場所となりました。

 この場所、もともとは東の関脇に座っていた、魁皇の大関取りをかけた場所として始まりました。
 直前の二場所の魁皇の成績は、小結で10勝、関脇で12勝と、二場所連続大勝ちして迎えた名古屋でしたので、星の上では11番くらい勝っていれば昇進の可能性がありました。
 しかし、十日目に横綱の曙に敗れて7敗目を喫し、大関取りはすでにご破算の状況にありました。

 一方、出島は西の関脇でしたが、直前の二場所の成績は小結で9勝、関脇で11勝の成績でしたので、大関昇進なんてハナシは下馬評にも上がらなかったワケで・・・ (^^;

 ところが、魁皇が7敗目を喫した十日目に、大関の千代大海を破った事で、風向きは一変してしまいました。
 十日目を終わった時点で、出島の星は9勝1敗。しかも、星の内容も七日目に横綱の曙、九日目に横綱の貴乃花を破っていた出島は、西の関脇というハンデをはね飛ばし、魁皇に代わって大関取りの最右翼に急浮上したのです。

 

 出島は、十一日目に魁皇に敗れて2敗目を喫しましたが、以後4連勝。
 横綱の曙と13勝2敗で優勝決定戦に臨み、曙を立ち会いの変化から素早く懐にもぐり込み、一気の出足で土俵の外に押し出して優勝を決めた!

 この優勝が決め手となり、場所後に急遽大関昇進が決まった。

 

 しかし、12場所務めた大関の座も、カド番で迎えた2001年の名古屋で、3連勝から2連敗を喫し、六日目から休場して陥落が決まった・・・ (__;)

 以後、8年間の長きにわたり、三役を含む幕内の上位で活躍し続けた。
 さすがに、ここ4場所は体調不良もあって負け越しが続いていたが、大関から陥落した後に48場所も土俵を務めたのは、大関から転落した力士の中でも最多だった。

 

 同部屋の武蔵丸や武双山といった兄弟子達の胸にぶつかり続け、築き上げた「出る出る出島」のスタイル。
 「(勝っても負けても)自分はとにかく当たって前に出るだけですから」と言い切る出島は、叩きや引き技に頼ってばかりの外国勢が増える中で、「押さば押せ、引かば押せ」という相撲道の基本を真っすぐに貫き通し、自ら体現して見せてくれた。
 しかし、右ひざや左足、最近は左腕にも故障を抱え、常にケガと戦い続けた相撲道でもあった。

 

 96年の春場所に幕下付出で初土俵を踏んだ出島ですが、新十両昇進を決めたのも名古屋場所、初優勝して大関昇進を決めたのも名古屋場所、大関陥落も名古屋場所だった。
 石川県出身の出島にとってはご当地場所となる思い出の名古屋で、現役引退を決めた出島・・・

 今後は、武蔵川部屋の部屋付き親方として、後進の指導にあたるそうです・・・
 ぜひ、厳しさで定評のある武蔵川部屋から、横綱、大関をまた排出してほしいですね ヽ(^o^)尸

 

 ところで、出島という名前ですが、四股名ではありません。タイトルにも書いた「出島武春」は、本名であり、とうとう最後まで本名のままで取り続けました。

 本名のまま土俵に上がり続ける力士が居ないわけではありませんが、やはり少数派であることは否めません。
 過去には、同じ石川県出身の輪島という横綱が居て、彼も本名のまま土俵に上がり続けましたが、四股名を名乗っていなかったわけではありません。
 四股名は「輪島大士」といい、本名は「輪島博」で、共に「わじまひろし」と読みます (^^)v

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2009年7月23日 (木)

日食

 昨日は、全国的に皆既日食で大騒ぎしていた一日だったようです (^^;

 

20090723031  なにしろ、46年ぶりに日本で見られる皆既日食という事で、あちこちの旅行会社が、奄美大島や小笠原諸島なんかに出かけて皆既日食を観測するツアーみたいなものまで企画され、振り回された人も少なくなかったのかな・・・
 挙げ句に、せっかく島まで出かけても、トカラ列島の悪石島などのように、悪天候で見ることはできなかった場所もあったという・・・

 

 そういう私は、こんなものには全く関心がないので、成田では一日中雨が降ったり止んだりの空模様で太陽を見ることは全くできませんでしたが、残念だとかの思いは全くありません (^_^ゞポリポリ

 同じモノを見て、感動する人が居る一方で、なんの関心もない人が居る・・・
 「同じアホなら踊らにゃ損損」という歌の文句もありますから、どうせなら感動する人になりたいものだと思ってはいますが、関心がないものでは感動は無理ッすよね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 次に日本で皆既日食が観測されるのは、26年後の2035年9月で、北陸や北関東で観測されるそうですが、別に「皆既日食」にこだわらなければ、3年後の2012年に下の図のような「金環食」が見られるそうです。

 

20090723032

 2012年5月21日の朝に、全国的に見られるそうですから、今回見られなかった方はそちらをご覧になったらいかがでしょう ( ^-^)/ ♪
 ちなみに、当日は土曜日です(笑い)

 

20090723033  「皆既日食」「金環食」とがどう違うのかというと、月と太陽の大きさの違いになります。
 「皆既日食」は、月の方が太陽よりも大きく見えるために、太陽が月にすっぽりと隠れてしまいますが、「金環食」の方は、月は太陽よりも小さく見えるために、月の周りから太陽の姿がはみ出して見えます。
 この様子が、金の指環のように見えるために、「金環食」と呼ばれるわけです。

 当然の事ですが、皆既日食の場合は太陽が完全に隠れるために夜のように暗くなりますが、金環食の場合は僅かですが太陽が覗いているので、皆既日食ほどの闇にはなりません (^^ゞ

 

 ちなみに、上の金環食の図は、下のサイトから拾ってきました (^_^ゞポリポリ
http://homepage2.nifty.com/turupura/novelty/kinkan.htm

 

 蛇足ですが、半年後の1月15日、部分的に欠ける金環食が西日本を中心に見られるそうですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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大関の意地

 「荒れる名古屋」とはよく言われることばですが、昨日の大相撲の十一日目、本当に荒れに荒れた・・・ (^^;

 しかし、決して悪い意味で荒れたのではない。
 荒れて、よりおもしろくなってきた (^◇^) 。。。ケラケラ
 同じ荒れるのでも、こういうふうに荒れた土俵なら大歓迎だ ヽ(^o^)尸

 昨日の土俵をひと言でいうならば、タイトルにも書いたが
 「大関の意地」だろう。

 

 まず、とうに賞味期限が切れている大関の、千代大海魁皇の一番が秀逸だった (^^)v

 千代大海は、全勝の琴欧州をうまいタイミングではたき込んで土をつけたし、魁皇は、朝青龍を得意の小手投げで土俵の外に放り出した。
 どちらも、普通に取っていたら勝負にならずに敗れていたはずで、二人ともなんとか勝ってやろうという「気迫」「執念」でつかんだ白星だった。

 私は、二人とも好きな力士ではないけれど、そこに大関としての意地を見た。
 こういう風に、なりふり構わずに現役にこだわり続け、遮二無二白星をつかみ取ろうとするアスリートは素直に応援したくなる。
 他の日本人力士達は、このベテラン大関達のツメのアカでも煎じて飲んだらどうかと言いたくなるくらいだらしない輩が多すぎる。

 

 そして、なんといっても大喝采なのは、全勝の白鳳に相撲を取らせずに寄り切って土をつけた琴光喜の結びの一番だった ヽ(^◇^*)/

 琴光喜という力士は、素質も才能も実力も、その非凡さは誰もが認めるところであり、もっともっと勝ちが増えていてもいい力士ではあるが、おそらくは心臓がノミなのと、性格が優しくて勝負師向きではないのではないかと思える点がネックとなって、イマイチ成績がパッとしない (^^;
 十分な体勢になっても、自分から積極的に攻め込むような事はせず、攻めあぐねているうちに相手に反撃を許して負けてしまうというような、なんとも歯がゆい力士であることは否めなかった・・・

 

 それがどうだ!
 昨日は、立ち会い鋭く当たり、上手を取ると、出し投げで横綱を崩し、うまくもろ差しを決めて寄り立てる・・・

 一度は横綱に残されたものの、終始攻め続け、前に出続けた。

 あの白鳳が、なんの反撃もできずに、寄り切られてしまうなんて・・・ (^^;

 誰もが、琴光喜にはこういう相撲を期待していたのではないか!
 ここ一番にもろかった大関が、ここ一番で最高のパフォーマンスを見せた!

 

 この白星がきっかけとなって、一皮剥けてくれると、綱も夢ではないと私は思う。

 

 とにもかくにも、大関三人の意地が、優勝争いを混沌としたものにしたのは間違いない。

 横綱の白鳳と、大関の琴欧州と琴光喜、三人が一敗で並んだ。

 おそらく優勝はこの三人の中から出ると思うが、最終コーナーを回って横一線に並んだ三人。
 最後の直線で抜け出すのは誰だ!!!

 個人的な希望を言わせてもらうならば、このままこの三人には勝ち続けてもらって、優勝決定巴戦が見たいぞ~ ヽ(^o^)尸

 まだまだお互いの星のつぶし合いが残っているから、1敗同士の優勝決定戦はムリだけど、とにかくみんな頑張れ~ ヽ(^o^)尸

 

 

 そして、白熱した優勝争いの陰で、元大関の出島が現役引退を発表した・・・

 昨日、豊ノ島に叩き込みで敗れ、9敗目を喫し、来場所の十両陥落が濃厚になったことで、潔く引退を決意したと見られるが、ある意味、これも「大関の意地」だったのではないか・・・

 元大関としてのプライドが、十両の土俵に上がることを許さなかったのだろう・・・

 安易に引き技で「楽して勝とう」という根性無し力士がはびこる現在の角界において、気持ちいいくらい前に出続けた出島という不器用な力士・・・

 角界の「良心」ともいえる名物力士が、また一人土俵から居なくなってしまった・・・ (__;)

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2009年7月22日 (水)

今朝の成田

20090722021 20090722022

 今朝、8時過ぎに自宅の窓から撮った写真です (^_^ゞポリポリ

 けっこう本格的に降っている雨がおわかりかと・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 こりゃ、日食どころじゃないな (^◇^) 。。。ケラケラ

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消防署

20090718001  先日、成田市役所の前を通りがかった時に、市役所に併設されている成田消防署の前で、署員たちが消防車や救急車の始業点検をしていると思われる光景を目にしました。

 これは、救急車の点検と掃除をしているところなのかな。

 

 

20090718002 20090718003

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20090718006 20090718007

 しかし、この日の目玉というか、皆さんにお伝えしたかったのが、このはしご車の光景です。

 消防車がハシゴを伸ばしているところなんて、そうそう目にすることはないと思うんですが、しだいに長く、高く伸びていくハシゴを見て、思わずワクワクしてしまいました (^_^ゞポリポリ

 ホントは、ゆっくりと見物していたかったんですが、これ、信号待ちで止っている間に撮ったものなんで、信号が変わって、流れに押し出されるように消防署を後にせざるを得ませんでした (^◇^;)

 

 でも、いいもの見たなぁと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20090718008  以上は、成田市の消防本部の光景でしたが、私の住んでいる三里塚にも「三里塚消防署」があって、周辺のランドマークになっています (^^)v

 私のアパートの場所を説明する時に、「三里塚の消防署の近くです」と言えば、たいていの人は大まかな場所が思い浮かぶようで、助かっています(笑い)
 あとは、そこから道順を説明すれば、初めての方でもだいたい迷わずに私のアパートに来れるみたいで (;^_^A アセアセ・・・

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2009年7月21日 (火)

特ダネ!

 昨日、アリスが神田共立講堂で、24日から始まる全国ツアーの「前夜祭」としてライブを行なった。

 CSでは生放送されたそうですが、私は加入していないので、今朝の「特ダネ!」の中でホンのさわりだけを聞きました (^_^ゞポリポリ

 

 この「特ダネ!」というのは、フジテレビ系で朝の8時から放送されている情報番組ですが、メインキャスターの小倉智昭が音楽好きという事で、ほとんど自身の趣味で放送されているような独断と偏見に満ちた番組で、先日のマイケル・ジャクソンの訃報に際しては、一週間くらいマイケル一色の内容で放送していたのが印象的でした(笑い)

 

 私は、そういう彼の姿勢が好きなので、ほとんど毎朝見ていますが、今朝は案の定、アリスの前夜祭のニュースから始まりました (^◇^) 。。。ケラケラ

 それをデジカメの動画に納めたのが なんですが、画質が悪いとか、音量が低いとか、とても視聴には耐えないんですが、それでも関心がある方はご覧になってみてください ( ^-^)/ ♪

 

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オフ会

 私がニフの会員になったのが92年の2月ですから、ネットを始めてからもう17年も経った事になります。

 当時は、インターネットなんて便利なものではなく、もっぱらテキスト中心のやり取りが主流だったわけですが、それでもそれぞれの会議室は賑わっていました。

 

 私も、あちこちの会議室に顔を出しては、常連さんたちとコメントのやり取りをしていました。
 そして、そういう賑わっている会議室では、よくオフ会が行なわれていて、私もいろんなオフ会に参加してきました。

 ネッ友さん同士の交流というのは、普通はネットにつながっているオンラインの状態で行なうものですが、ネットには接続せずに、オフラインの状態で実際に会員同士が会って行なわれる交流を、「オフラインミーティング」、略して「オフ会」とか「オフ」と一般的に呼ばれています。

 

 私が一番最初に参加したオフ会は、今でははっきりしませんが、おそらくサッカーの会議室で知り合ったネッ友さんたちとの観戦オフだったと思います。

 93年に、華々しく開幕したJリーグですが、開幕バブルがしばらく続き、チケットの入手が困難な時期がありました。
 私は当時からジェフユナイテッド市原のサポーターであり、会議室であれこれと応援の書き込みをしているウチに、某常連さんから「チケットがありますけど、よかったら一緒に観戦しませんか」というメールが届いたのがきっかけです。
 さっそく、前妻の分と2枚お願いして、当日競技場で分けて頂いて、生まれて初めてサッカーを生観戦しました o(*^▽^*)o~♪
 皆さんとお会いするのは初めてでしたが、会議室での常連さんたちという事もあり、ナンの違和感もなく溶け込んでご一緒させて頂きました。

 以後、この時の皆さんたちとは、チケット購入徹夜並びオフとか、競技場でのゲート前徹夜並びオフとかもありましたし、観戦オフは多数、忘年会や結婚披露宴オフにも参加させて頂きました。
 今でも、一番濃くお付きあいさせて頂いているネッ友さん達です (^^)v

 

 その後、コミックの会議室では、古本屋回りオフに何度か参加しましたし、小学館のDIMEが立ち上げたパティオでは、編集部が神保町だったかで催したイベントオフにも参加し、ゲストに招かれた広末涼子にも会ってきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 Yahoo!のトピで親しくなったホークスファンのネッ友さんとは、プロ野球観戦オフとか、津田沼や上野でサミットオフも行ないました。

 ニフのサークルで知り合った方たちとの忘年会オフや花見オフ、mixiのネッ友さんたちとの熱海一泊オフ・・・と、一つ一つ挙げていったらそれだけで何本も記事が書けそうです (^◇^) 。。。ケラケラ
 (実際に、オフ会の度にそれにまつわる記事を書いてきました (^^; )

 

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20090721001 20090721002 20090721003

 上は、そんなネッ友さんたちとのオフ会に参加した時に撮った写真です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 最初の二枚は、私のオフ会の原点となった、ジェフ千葉のサポーター達とのもので、忘年会と、ナビスコ杯決勝の国立競技場での写真です (^^)v
 忘年会の方は、親しくさせて頂いている名古屋のサポーターと、試合後に蘇我の駅前で一緒に行なったもので、奥が私たちで、手前側が名古屋サポです。

 3枚目は、ニフのネッ友さん達と浅草で花見オフをした時のもの。
 花見というのは集まるための口実で、ひたすら飲んで食べて過ごした一日でした (^◇^) 。。。ケラケラ

 4枚目と5枚目は、ホークスファンのオフ会で、最初のが津田沼で3人が集まったもの。
 次は、その3人にもう一人加えて、4人が上野に集まりました。

 最後の写真は、mixiのネッ友さん達と熱海で一泊オフをした時のもので、夕飯後にゲームをしているところです ヽ(^o^)尸

 いずれも下にリンクを貼っておきましたから、それぞれクリックしていただければオフ会の様子を書いた記事を読むことができます ( ^-^)/ ♪

ジェフサポの忘年会   ジェフサポの観戦オフ  ニフ友の浅草オフ

ホークスファンの津田沼オフ  同じく上野オフ  mixiの熱海オフ

 

 インターネットの普及で、ネットの世界が身近になったとはいえ、一般的にはまだまだ偏見も多く、ネットで知り合った人と実際に会うなんて言うと、コワイとか不安だとかの声も根強くありますし、出会い系みたいな何やら怪しげな印象をお持ちの人も多いと思います。

 しかし、会議室などでマメに発言している人なら、文体やコメントの内容などで、ある程度どういうキャラの人なのか判断できると思いますし、いきなり二人きりで会うとかでなければ、いたずらに不安になる必要もないんじゃないかななんて私は思っています。

 

 最近では、ネットの間口も広がり、ネットの参加人数も膨大な数に上っていますから、年中いたるところでオフ会が行なわれていると思います。
 居酒屋やファミレスなんかで、年齢層や服装がバラバラで、10人前後の和気あいあいとした集団を見かけたら、なにかのオフ会という可能性が極めて高いです。
 それに加えて、お互いを怪しげな名前で呼び合っていたら、100%ネッ友さん同士のオフ会です (^^)v

 私なんか、オフ会では「ピーターパンさん」とか「夢さん」と呼ばれることが多く、親しい人たちの間では「ピーちゃん」と呼ばれていますから、街中でそういう呼びかけを耳にしたらかなり怪しいでしょうねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 もっとも、呼ばれる方の私にはほとんど抵抗はありませんが、そう口にするネッ友さんはかなり恥ずかしそうですが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年7月20日 (月)

京成バラ園

 昨日、千葉県は八千代市にある「京成バラ園」に行ってきました。

 

 千葉県内には、他にも習志野市に「谷津バラ園」が在って、こちらの方は何度も行った事がありますが、京成バラ園の方は場所はよく知っていますが、中に入ったのは昨日が初めてになります。

 規模は京成バラ園の方が断然大きいのですが、こぢんまりしていても手入れが行き届いていて馴染みがある分、谷津バラ園の方が私好みかなという印象を受けました (^_^ゞポリポリ

 

20090720001_2  成田の自宅からもそれほど遠くないので、13時過ぎに自宅を出発して、1時間ほどで到着。

 入園料はシーズンオフという事で300円。リーズナブルな料金に感謝(笑い)

 

 お天気も申し分なく・・・ というか、日射しは暑いくらいでしたが、さっそく、散策を開始です (^^)v
 園内では、日傘をさしている方も何人も見かけました。

 

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 入園ゲートをくぐってすぐのところに設けてあった「ディズニーランドローズ」と呼ばれるコーナーで、ディズニーランドの名前を冠したバラが植えてありました。

 手前に見えるベンチとテーブルですが、大人が座るにはとても小さく、オモチャのような感じのセットです。
 あくまでも、子ども向けのコーナーというコンセプトなんでしょう(笑い)

 

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 京成バラ園の庭園の様子です。

 シーズンオフとはいえ、園内はバラが咲き誇り、甘い臭いがいっぱいでした (*^.-^*)♪

 

20090720007_2  園内には、バラのコーナーだけではなく、「自然風庭園」とか「散策の森」とかの一角もあり、とにかくメチャクチャ広いです (^^;

 歩き回るだけで疲れるというか・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 昨日は、暑かったので、どちらかといえば日射しを遮るところのないバラのコーナーよりも、森の中のような木陰や日陰を選んで見て回っていたような感じもします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 下に、園内のマップのリンクを貼り付けましたので、クリックしてみてください ( ^-^)/ ♪

http://www.keiseirose.co.jp/garden/rosegardenmap/rosegardenmap.html

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2009年7月19日 (日)

祭りの季節

 昨日、仕事で銚子市内に行って来ました。

 

 ちょうど祭礼の日に当たっていたようで、一部の道路は完全に閉鎖して歩行者天国状態。
 通り過ぎる時にチョッと覗いたら、どこかの町内か仲間かわかりませんでしたが、女性陣がハワイアンの扮装をしてフラを踊っているのが見えました。
 けっこう、人出もあって賑わっていました。

 

 夕方には、他にも道路を封鎖して、屋台などが軒を並べ、浴衣を着た老若男女があちこちから集まってきてスゴイ人混みになっていました (^^;
 きっと、盆踊りみたいな事が行なわれたんじゃないかな。

 私は、仕事が押していたので、見物も写真を撮ることもできませんで、後ろ髪を引かれる思いで銚子を後にしました。

 

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20090719023 20090719024

 帰り道、香取市内の小見川地区を通った際、やはり祭礼という事で国道356号線を一部通行止めにして祭りを行なっていました。

 写真は、迂回させられた先で出会った神輿で、道端に止めた車の中から通り過ぎていく神輿を撮ったものです。
 ちょうど、道路に出て行くところを撮ってみました (^^)v

 

 今時分は、どこも祭りの季節なんですね ヽ(^o^)尸

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集団健診09

 市で毎年行なっている集団健診が、一昨日行なわれたので行ってきました (^^)v

 せっかくですから、一応、毎年欠かさずに受診しています。

 

20090719001  例によって、9時開始なので、いつものように8時には自宅を出発。
 これまでは、自転車で行っていたのですが、金曜日はあいにくの雨という事もあり、加えて、ティンクが自転車には乗れないので、マイカーで行ってきました。

 

 会場となる成田コミュニティセンターはすぐそばなので、3分も走れば駐車場に到着・・・ (^^;

 雨模様だったこともあり、受付で受け取った整理券は17番と18番という事で、こんなに早い番号をもらったのは初めてかも (^_^ゞポリポリ

 

20090719002  とりあえず待合室に座って、始まるのを待ちます。
 いつもなら、新聞なんか読んで時間を過ごすのですが、今年はティンクが居るので退屈しないで済みました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090719003  9時15分くらい前から受付が開始され、5人ずつ呼ばれて受付に向かいます。

 手順はいつも通りで、胸部レントゲンから始まって、採尿、身長と体重の測定、血圧測定、採血と順に進みます。

 昨年、体重が5kg減ったと喜んでいたら、今年は5.6kgも増加していました・・・ (__;)
 思い当たることはありますかと問診を受けた際に、はい、それはもう・・・ (^^; と答えるしかなくて (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 腹囲もとうとうメートル超えを果たし、しっかりメタボだと言われて帰ってきました・・・ (__;)ガクッ
 覚悟はしていましたが、しっかり数値で示されると、あらためてショックで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 いきなり適正値を目指してもムリですから、とりあえず今年一年間で昨年の数字を目指しましょうと慰められたりして・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 私の一番苦手な採血ですが、今年は注射器の針が細くなったんじゃないでしょうか・・・
 いつもほどには痛くないように感じたんですが (^^)v
 単に、採血した人がベテランで上手だったから・・・というだけではないように思えました。

 

 最後に胃ガンのレントゲン撮影があり、屋外に停まっている検診車に向かいます。
 先の人が撮影している間に、係の人からコップ1杯のバリウムを渡されてムリヤリ飲みます (^^;
 以前から比べれば飲む量も半分くらいになり、それなりの味も付いてずっと飲みやすくなったとはいえ、それでも全部飲み干すのには努力を要します(苦笑)
 全部飲み干して、渡されたティッシュで口元を拭っていると、発泡剤と水を渡されてこれも一気に飲んでくださいと・・・ (^^;
 これ、どうしてもゲップが出るから苦手なんですけど、できるだけゲップを我慢してくださいと何度も念を押されて、いざ撮影室の中へ・・・
 撮影台の上では、腹ばいになったり回転したり、仰向けになったりと、その度にお腹の中で何やら動いている感じが・・・ (^◇^;)

 撮影終了後、下剤を2回分渡されて全行程を終了。
 さっそく、1回分の2錠を飲んで帰ってきました。

 

 10時過ぎには自宅に戻ることができましたが、毎年の恒例行事とはいえ、前夜の9時過ぎからの飲食を禁じられ、朝も何も口にしていませんから、コーヒーの美味いこと美味いこと・・・ o(*^▽^*)o~♪

 ついでに、朝食兼昼食を食べ、午後から横浜まで仕事で行って来ました (^^)v

 

20090719004 20090719005

 ところで、雨模様という事もあって、傘をさして来場する方も多かったのですが、玄関脇の傘立てはご覧の通り・・・ (ノ_-;)ハア…

 右の写真のように、キチンと巻いて留め紐で留めておけば、見た目にもキレイだと思いますし、他の方にも迷惑はかけないと思うのですが、何が面倒なのかそのまま差し込む人の多いこと・・・ (__;)

 こういうのは、躾の問題ですから、しっかり親から教えられていれば誰でもできるはずなんですが、いいトシをした大人が恥ずかしくないんでしょうかね(笑い)
 情けないと思いますよ、ホント q(`ε´) ブー!!

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2009年7月18日 (土)

恥ずかしいハナシ

 昨夜、ブログの記事を作成中に突然ネットがつながらなくなりましてね (^^;

 一応、LANは生きているので他のPCなんかにはつながるんですが、どうしても外部につながらない・・・

 で、Yahoo!からレンタルしているモデムを確認すると、電源ランプとパソコンランプのみが点灯しているだけで、肝心のインターネットのランプが消えているじゃない (^^;

 という事は、モデムまでネットの信号が来ていないことになります。
 でも、電話はつながりますから、電話線は異常がないことは明らかなので、結論としては、モデムが壊れたか、Yahoo!の回線になんらかの問題が生じているという事になるわけで・・・

 仕方がないので、書きかけの記事は後回しで、今日は予備稿をアップさせて頂きました (^_^ゞポリポリ

 

 で、今日Yahoo!に問い合わせしてみたんですよ。
 そしたら、料金の滞納で回線を一時的に切らせていただいたと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 実は、5月と6月の引き落としが残高不足でできてなくて、そのこと自体は私も認識しており、つい先日、月末までにコンビニで支払うようにと振り込み用紙が郵送されてきたばかりです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 だもんで、月末までに支払えばいいのかなぁなんて呑気に構えていたら、突然これですもんね(笑い)
 普通、こういう時ってなんかしら通告があるモンじゃないですか・・・ (^^;

 

 まぁ、どういう理由があるにせよ、払ってなかった私が悪いのは間違いないので、さっそくコンビニから入金したんですが、今日は土曜日ですから、入金確認が取れるのを黙って待っていると、いつ回線が開通するかわかったもんじゃありません (^^;

 だもんで、電話で入金が済んだから回線を開いてくれないかとダメモトで頼み込んでみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 すると、意外と簡単にOKを出してくれたので、今夜もいつものようにネットライフを楽しんでいます (^^)v

 

 やっぱ、ネットが無いと退屈ですよねぇ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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タバコ畑

 皆さんは、タバコはお吸いになられますか?

 私自身は、子どもの頃にイタズラしたくらいで、二十歳になってからはキッパリと止めて今に至りますから、喫煙の習慣は全くありません (^^)v

 そんな私ですが、子どもの頃、会津の田舎でよく見かけた「タバコ畑」の思い出は、今でもよく覚えています。

 

20090717005  これは、5月の下旬に見かけたタバコ畑で、栃木県の益子町で撮った写真です。
 益子町といえば「焼き物」がすぐに連想されるんでしょうが、それは益子町の産業のごく一部分にすぎず、この辺りもご多分に漏れず、農業が盛んなところです。

 まだ苗を植えて間もない頃だと思われまして、背丈も30cmくらいでしょうか、このくらいだとナンの畑なのかわからない方も多いと思います。

 

 タバコの栽培はとても手間がかかるうえに、重労働を伴うので、昔はともかく、最近では栽培している農家もかなり減ってきていると聞きます。
 現在では、熊本県を中心とする九州山地一帯と沖縄県、徳島県、そして福島県、栃木県、茨城県などで僅かに栽培されている程度だそうです。
 やはり、就労者の高齢化に伴い、キツイ作業の伴う農作物の作付けは敬遠されるんだろうと思われます。

 

20090717001 20090717002

20090717003 20090717004

 これは、6月の下旬に見かけたタバコ畑です。場所は、茨城県の行方市にあった畑で、もうかなり成長していまして、私の身の丈は優に超す大きさになっていました。
 ご覧のように、タバコの成長はとても早く、アッという間に大きく育って収穫されます。

 4枚目の写真は、先端に咲いたタバコの花です (*^.-^*)♪
 こんなのはめったに見られませんよ〜(笑い)

 

 葉の収穫は、真夏に行なわれる事が一般的だと思われますので、私も、夏休みに母の実家に遊びに行くと、有無を言わさずに耕耘機の荷台に乗せられてタバコ畑に連れて行かれ、一日中タバコの葉の収穫を手伝わされたものです (^^;

 といっても、タバコの葉の扱いはとても気を使いますから、収穫作業は子どもにはとても任せてはもらえず、もっぱら収穫して束ねた葉を耕耘機まで運ぶくらいの仕事しかさせてはもらえませんでしたが、タバコの葉はとても大きいし、収穫したばかりのものは水分も含んでいますから、何枚もまとまるととても重いんですよね (^^;
 で、ヒイヒイ言いながら汗だくになって運んだものです・・・(笑い)

20090717006  これは、ネットで見つけてきた収穫の光景ですが、このように一枚一枚手でもぎ取って重ねて収穫します。それを何枚かまとめて縄で縛って運んだと記憶しているのですが、40年近くも経ってしまうと、細かいところはハッキリ思い出せませんねぇ (^_^ゞポリポリ
 そもそも、嫌々やっていましたから (;^_^A アセアセ・・・

 

 しかも、タバコの葉の柄から出る樹液がネバネバしててね、手に付くと乾いて真っ黒になり、洗ってもなかなか落ちなくて、閉口したのを覚えています。

 子供心に、タバコ畑にはいい思い出は無いので、母の実家は好きだったんですが、夏の間はあまり近寄らないようにしていました(爆笑)

 

 身の丈以上にも育つタバコ畑は、子ども達にとってはいい遊び場で、隠れたりするのにはもってこいの場所でしたから、畝と畝との間を走り回ったり、タバコの茎と茎の間をすり抜けたりして遊んだものです。
 しかし、そういう事をすると葉が痛みますから、見つかると大人たちにはこっぴどく怒られましたが (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090717007  収穫した葉は、今は機械で乾燥させるのが一般的なようですが、私が子どもだった頃の会津では、写真のように縄の編み目に葉の柄を差し込み、それをビニールハウスか作業小屋のようなところにズラ〜ッと並べて張って自然乾燥していました。

 やがて、茶色くパリパリに乾燥したタバコの葉は、秋になると農協経由で専売公社に引き渡されました。
 ウチの村のタバコの葉はかなり質がいいとのことで、乾燥した葉の全てがタバコの原料になったと子どもの頃に聞いた記憶があります。
 出来上がりの質が低いと、葉脈の固い部分などはタバコの原料として使えないんだそうで・・・

 

20060823002_2  収穫を終えたタバコ畑は、こんな感じで先端の葉と茎の部分だけが残されます。

 昔は乾燥させて薪の代わりに炊事などに燃やして使われたそうですが、私が子どもの頃にはすでに利用価値は無くなっていて、集めて畑で燃やされたことを思い出します。

 燃やした後の灰は、おそらくそのまま肥料として畑の土の中に混ぜて使用されたんだと思います。

 今は、どう扱っているのかわかりませんが、やはり肥料として土に還されるのだと思います。

 

 あまりいい思い出のないタバコ畑ですが、普段見かける事が無いだけに、こうしてたまに見かけると妙に懐かしくてね(笑い)

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2009年7月17日 (金)

高みの見物

 かつて、野党の第一党として巨大な勢力を誇っていた「日本社会党」・・・
 私が子どもの頃は、自民党に対抗していたのは常に社会党だった。

 その日本社会党も、「社会民主党」と名前を変えて13年、かつての面影は全く無く、今現在の議席数も衆院で7、参院で5と、ほとんど無いに等しい弱小政党になり下がってしまった・・・ (__;)
 いったい、どこでどう道を間違えてしまったのか・・・

 一時は、土井たか子党首の下、1989年の参院選では自民党を過半数割れに追い込み、「山は動いた」という名言を残し、村山富市という首相まで排出した社会党・・・

 

 その社会党の末期の迷走ぶりを、ふと連想させる最近の自民党・・・ (^^;

 いくらなんでも、自民党が消滅するような事態は想像できないが、求心力を失い、内部分裂と集散離合を繰り返して、社会党のように弱体化していくシナリオは、今も垣間見えるようだ(笑い)

 やはり、安倍、福田、麻生と、3年続けてダメな総裁を出したツケは大きすぎたような気がする・・・
 国民だってバカではない。看板だけはデカイけれど、中身は空っぽという、苦しい自民党の台所事情にやっと気がついたというところか・・・

 

 いや、もしかしたら、2005年の郵政選挙で歴史的な大勝利を納めたことに対する「慢心」が、こんなダメな総裁を次々に担ぎ出し、仕事もしないで途中で政権を放り出すような役立たずの総理を生み出したんじゃないか(苦笑)

 いわゆる、自然の自浄作用が働いた結果なのかもしれない (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 そう考えると、今は民主党の動向よりも、苦しみもがいている自民党の様子を観察する方が貴重な感じがします。

 はたして、今回の衆議院選挙はどういう結果に終わるのか・・・

 そして、それを踏まえて自民党はどういう方向に動いていこうとするのか・・・

 

 これから2~3年の間の自民党は本当に正念場で、その動向は一見の価値あり・・・というか、目を離せないと思いませんか (^^)v

 私は、外野から高みの見物と洒落こみたいと思っています (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年7月16日 (木)

恨み言

 先日の都議選において、大きく議席の数を減らし、惨敗と報じられた自民党。

 マスコミなどでは、自民党に「逆風」が吹いたなどと表現しているところもあるようだけれど、そんな事はないと私は思っています。

 前回の2005年に行なわれた都議選では、自民党は全体で134万票を獲得しました。
 これに対し、今回の都議選で自民党は、146万票獲得しています。
 これを見る限り、前回自民党に投票した人は、今回もやはり自民党に入れる人が多かったという事で、自民党に対する評価は前回の都議選とそれほど変わってはいないという事になると思います。

 一方、民主党はというと、前回の都議選では、107万票でした。
 しかし、今回の都議選では、倍以上の230万票近く獲得しています。

 つまり、今回の都議選において、一見民主党が圧勝したかのように見えていますが、そのカラクリは投票率が前回よりも10ポイント以上も上がったことにより、増えた票のほとんどが民主党に入った事によるものとみられます

 投票率が上がった大きな要因は、普段は選挙に無関心だった無党派層が投票所に足を運んだ結果という事で、無党派層の多くは自民党ではなくて民主党を選んだという事です。

 

 以上の事を踏まえた上で申し上げるならば、今回の都議選では自民党に「逆風」が吹いたというよりも、民主党側に「追い風」が吹いたのだろうと思います。

 なんやかやと言われている麻生自民党ですが、有権者たちの評価はそれほど悪いわけではないということが今回の都議選で証明されたんじゃないかと・・・ (^_^ゞポリポリ

 来月の30日に衆議院選挙が行なわれることが決まったようですが、こういう事をしっかりと理解していないで、大勝したなんて浮かれていると、民主党も政権交代どころか、足をすくわれることになるんじゃないかと非常に心配されますねぇ (^^;

 

 

 ところで、葛飾区から立候補して、次点で落選した鈴木一光という自民党推薦の議員がいます。

 葛飾区議会連続4期当選、都議会も3期務めている現職の大ベテラン議員で、現在は都議会で自民党の総務会長という要職に就いており、今回も当選は間違いないだろうと思われていたワケですが、結果的に告示のわずか3日前に急きょ民主党から担ぎ出された新人候補に1万票近く差をつけられ、同じ自民党推薦の樺山議員に2千票及ばず次点に泣きました。

 

 まぁ、選挙ですから落選することも当然あるわけですが、13日の朝に見た報道番組のインタビューで、「流れに押し流されてしまった。風っていうのは本当に恐ろしい。こっちに何か問題があった気がしない」という敗戦の弁を残したのをたまたま耳にしました。
 挙げ句に、落選は党の問題だとし、「自由民主党」から「自由」の文字を取って選挙戦に臨みたかったとまで恨み言を述べた・・・

 気持ちはわかるけど、それを言っちゃぁお終めぇよぉ (ノ_-;)ハア…

 

 落選したのは、あくまでも自身の責任であって、当選した候補たちに比べて「何かが足りなかった」んだという事を謙虚に反省することが大切だと私は思います。

 落選の責任を党や有権者になすりつけることは簡単なことだけど、政治家としてはやってはいけない最低の行為であり、天に向かってツバする行為だと私は思いますよ (__;)

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2009年7月15日 (水)

明と暗

 「脳死は一般的に人の死」と位置付け、臓器提供の年齢制限を撤廃し、本人が生前に拒否表明していなければ家族の同意で可能になる改正臓器移植法が、13日午後の参院本会議で可決、成立したと報じられた。

 

 おそらく、世の大勢は、これで救われる命が増えると単純に喜んでいる人がほとんどなのではないか・・・

 不治の病や移植以外に治療の方法もない難病に苦しむ人たちにとっては、なるほど「朗報」であり、これでやっと治療への道筋ができたと喜ぶのもわからないでもない。
 これが、タイトルでいうところの「明」の部分であり、確かに評価に価することなのかもしれない。

 しかし、光のあるところには必ず影もできる。
 「明」があれば「暗」がある。これは世の常識であり、真理でもあります。

 私は、移植法以前に、臓器移植自体に否定的な一人であり、他人の身体の一部を金で買ってきて移植するというやり方が納得いかないので、今回の移植法に関してもどうしてそこまでする必要があるんだろうと・・・ (__;)

 

 報道というのは、客受けすることしか大きく取り上げないのが一般的だから、たいていは難病に苦しむ子どもとかを取り上げて、なんとかこの子の命を助けたいとか訴える親の声を視聴者や聴取者に伝えて、世論をその方向に向けようとするものです。

 しかし、臓器というものは作ることができませんから、誰かの身体から取り出す必要があるわけです。

 当然の事ですが、臓器を取り出された方の身体からはそれが無くなってしまうわけですよ (^^;

 死体から摘出した臓器でコトが済めばハナシは簡単なんですが、たいていは「生きている人」、もしくは「亡くなって間もない人」から摘出した臓器でなければ移植には不向きとされています。

 それで、今回のような法律が求められるわけです。

 

 移植を待つ人たちの数よりも、臓器を提供する人の数の方が圧倒的に少ないわけですから、そこになにがしかの思惑が絡むんじゃないかと思うのは当然のことで・・・

 例えば、脳死と「思われる」人がいて、その人が「死を宣告される」のを「待っている」とか「願っている」人が何人もいるという事ですよ (^^;

 この事がどれだけ異常なことか・・・

 「脳死」と判定されれば、身体から臓器を取り出すことができるわけですから、「今」生きている誰かのためにと、救命の医療行為が途中で放り出されるような事がないと断言できるのだろうか・・・

 たとえ脳死と判定されても、遺族の心情としては死んでいることを認めたくないと思うのは自然なことであり、救命措置を続けてほしいと医療機関に頼み込んだ場合、それを暗に断るようなことがないとは言いきれないだろう。
 または、周囲から遺族側になんらかの心理的な圧力が加わり、臓器の提供に同意しなければ人非人だみたいな誹謗中傷がないともいえないんじゃないか・・・

 

 そういう、臓器売買まがいの事が公然と行なわれかねない世の中に、今回の移植法の成立はつながっていくんじゃないかと心配でなりません。
 現に、アメリカなんかではすでに臓器売買がビジネスとして成り立っていて、高額なカネで臓器が売買されて移植されているのは周知の事実です。

 今はまだ最初の一歩が踏み出されたばかりですから、すぐにどうこういうようなことはないでしょうが、人間には「馴れ」という魔物が棲みつきやすいものです。
 しだいに、しだいに、おかしな方向へと運用がねじ曲げられていかないと、誰が断言できるのでしょうか・・・

 

 臓器移植によって助かる命と、臓器提供によって完全に断ち切られてしまう命と、そこになんらかの違いはあるのだろうか・・・

 私にはどうしても「脳死」という概念が納得いかないんですがねぇ・・・ (__;)

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2009年7月14日 (火)

幸福実現党

20090714001  ついこの前の日曜日のことですが、成田は三里塚にあるスーパーに買い物に行った時のこと、見慣れない車が駐車場に止っていました。

 「幸福実現党」と車体に書かれてあって、どうやらミニ政党らしいのだが、それにしてもこの政党名はナンだ!

 一政党についてどうこう言うつもりはないが、この名前は有権者をバカにしているというか、傲慢というか・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 「幸福実現党」というからには、「幸福」を「実現」するために結成された政党という事になるのだろうか・・・
 であるならば、この政党に所属する人たちは、有権者たちは幸福ではないだろうから、私どもと一緒に幸福になりましょうよと言外に主張しているわけですよね。

 アンタ達他人に、私らの何がわかるというのよ。
 勝手に人を「不幸」呼ばわりするんじゃないっての!

 

 どうにも胡散臭そうな臭いがプンプンしていたから、ちょっと調べてみたら、「幸福の科学」が母体で、大川隆法が創立者となり、今年の5月30日に結成された政党だという・・・ (^^;

 ナンだ、やっぱり宗教がらみかい (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 だったら、「幸福実現党」なんて回りくどい名前じゃなくて、「幸福の科学党」でいいんじゃないのか(苦笑)

 

 別に、宗教法人に対して偏見は持っていないけれど、「人間は生まれながらにして罪人だ」とか、「ウチの○○を信じてさえいれば幸せになる」などのうたい文句はいかがかと思っている一人です。

 私は特定の宗教の信者というわけではないから、一般的に言えば不信心者という事になるんだろうけど、それでも自分が不幸だなんて思ったことはないもんね~ ヽ(^◇^*)/
 今だって、毎日が幸せで幸せで(爆笑)

 

 よく、アンケートとか称して「あなたは今幸せですか?」みたいな事を言う人がいるけど、そういう人に会ったら、私は「はい、お陰さまでとっても幸せですよ」と答えることにしています(笑い)
 そして、逆に「あなたは幸せではないんですか?」と聞き返すことにしています (^^)v

 

 世の中、誰もが幸せを求めているのだろうなんて思ったら大間違いですよ!


 私のように、「今」が幸せだと思っている人もけっこう多いと思います。

 逆に、「今」が幸せだと感じられない人がいるとしたら、本当に気の毒な人だと・・・ (^^;

 

 何かを信じるとか、何かにすがるって事が悪いことだとは思わないけど、心に病を抱えた人とか、心の弱い人たちに向かって、あることないこと吹き込んで、○○に入会すれば幸せになるとか、あまつさえ、××を信じないと不幸になるとか言うのは止めて欲しいと思っています。

 

 ちなみに、ちょうど2年ほど前に「幸せになる」という記事の中で、「幸せ」について語ったことがあります。
 ご関心がおありなら、ご一読をお願いします ( ^-^)/ ♪

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2009年7月13日 (月)

佐原夏祭り

 秩父や川越と並んで、「関東三大山車祭り」の一つである、佐原の大祭に行ってきました。

 この祭りは、約300年の伝統を引き継ぐ、この界隈では一番大きなお祭りになり、成田からも近いので、一度見てみたいとずっと思っていたのですが、先週佐原の町を歩いたことで、ぜひ見てみたいという気持ちが強くなり、一昨日の土曜日についに夢が叶ったというわけで (^^)v

 成田からですと、車で行くのが一番便利なので、先週の散策は車で出かけました。
 しかし、祭りという事になりますと、駐車場や渋滞が懸念されたので、初めてという事もあり、万全を期して電車で行くことにしました (^_^ゞポリポリ

 

 お昼過ぎに車で自宅を出、成田駅のそばに車を置き、13:42の臨時列車で向かうことにしました。
 いつもですと、市営の東和田駐車場に停めるんですが、そこからだと駅までけっこう遠いので、行きはいいんですが、帰りは疲れているのは必須ですから、東和田駐車場まではとても歩く気にならないだろうと予想されたので、今回は駅の近くの駐車場を探してみました。
 当然の事ですが、駅に近ければ近いほど駐車料金は高くなるので、距離と料金とを比較しながら、今回選んだのは「タイムズの成田駅前駐車場」です。
 東和田駐車場ですと24Hで400円なんですが、タイムズは24Hで600円でした。もっと駅の近くにも駐車場はありましたが、いずれも700円とか800円とか、駅の目の前は1100円ですから、この辺が妥当な線かなと (^_^ゞポリポリ
 利用した感想は、駅を利用するならタイムズ、成田山を利用するなら東和田だなという結論に達しました(笑い)

 

 以下は、一昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 13:42発の、佐原行き各駅停車の臨時列車です。いかにもお祭りに行くぞという気分にさせてくれます (^◇^) 。。。ケラケラ
 ホームで待っている人たちも、佐原の祭り見物に行くんだろうとおぼしき人ばかりでした。

 私たちは、この列車の最後尾に乗ったんですが、この車輌ではつり革の種類がご覧のように3種類も下がっていました (^^;
 これって、かなり珍しくないですか(苦笑)

 

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 佐原駅のホームと建物の外観、および、駅から祭りの会場となる小野川へと向かう街並みです。
 私は、初めて佐原の駅を利用してみましたが、かなりレトロな感じの駅舎と街並みでした(笑い)

 

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 小野川の川縁の光景です。

 観光船は相変わらず賑わっていました。
 佐原囃子に合わせて踊っている女性陣です ヽ(^◇^*)/

 

 デジカメで録ってきた小野川の川縁の光景を、動画にして下に貼り付けてみたので、ぜひ佐原の夏祭りの雰囲気を味わってください (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 小野川を行き来するお囃子舟です。
 かつてはこんなものはなかったそうで、何年か前から、観光客のためにと始まったそうですが、とても風情があって観光客たちにもウケていました。
 私も、これはいいアイディアだと思いました。

 

 こちらは、観光遊覧船の様子です。
 遊覧船のお客さんたちにも、目の前で演奏しているお囃子舟は好評のようでしたよ (*^.-^*)♪

 

 お囃子舟の佐原囃子に合わせて踊っている人たちです。
 なかなか粋ですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 

 

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 左から、田宿区の「伊弉那岐尊(いざなぎのみこと)」、仁井宿区の「鷹」、船戸区の「神武天皇」の山車です。
 夜の曳き廻しが始まるまで、しばし休憩で、大通りに順番に集まってきて待機しているところです。
 夏祭りで曳き廻される山車は全部で10台。それぞれに個性的で巨大な人形が乗っています。
 それぞれの山車の一覧は、「こちら」をクリックして頂ければご覧になれますよ (^^)v

 

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 待機している山車のそばで談笑したり、食事をしている町内の女性陣です。
 「に組」のはんてんは、仁井宿区の町内ということを現わしています。

 

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 待機している間に、山車にぼんぼりや提灯などの電飾を取り付け、夜の曳き廻しに備えます。
 上の写真は16時頃、下の写真は19時頃のものです (^^)v

 電飾に灯りがともされ、明るく華やかになった山車です。
 どうですか、なかなか雰囲気が出てきたでしょ(笑い)

 

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 今年は3年に一度の本際の年にあたり、田宿区から仁井宿区への「山車年番」の引き継ぎが行なわれました。
 「山車年番」というのは、祭りの進行その他一切を取り仕切る役のことで、以後3年間は仁井宿区の尽力によって佐原の祭りは執り行なわれます。
 昨年まで年番だった田宿区は「前年番」、仁井宿区の後に年番となる船戸区は「後年番」と呼ばれます。
 年番とあわせ「前後三町」と呼ばれ、お互いに協力しあって祭りを運営します。つまり、後先合わせて9年間は、祭り一色の生活が待っているそうです(苦笑)

 

 19時半過ぎ、年番引き継ぎ行事が滞りなく終了し、いよいよ夜の曳き廻しが始まりました。

 まず、先頭になっていた田宿の「伊弉那岐尊」の山車が動きだし、町内の境となっている小野川に架かる「忠敬橋」まで行ってUターンし、順に待機している山車の脇を通って最後尾につきます。

 代わって、新しく年番となる仁井宿区の「鷹」の山車が先頭に立って、曳き廻しが本番を迎えます。

 

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 時刻は20時近くになり、辺りはかなり暗くなって来ました。ご覧のように、山車が電飾に浮かび上がって綺麗です。

 個人的な感想ですが、今年から年番となった「鷹」の山車・・・
 もしかして、今年から3年間は私の愛するホークスがリーグ制覇するのかな・・・と ヽ(^◇^*)/

 

 最後に、山車の曳き廻しの様子を録った動画をアップします。
 明るい時と暗くなってからの2シーンを納めてあります (^^)v

 

 

 

 帰りは、20:47発の電車で帰ってきました。
 途中、ラーメンで腹ごしらえをして、スーパーで買い物をして、帰宅したのは23時近くになっていました (^^;
 昨日は日曜日でしたが、朝早い仕事が入っていたので、何もせずにすぐに寝てしまいましたよ(笑い)

 おかげで、更新作業が大幅に遅れ、昨日は間に合わせの記事で失礼しました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年7月12日 (日)

右肩上り

 かつて、経済が高度成長期にあった頃、世の中は好景気に沸き、「右肩上り」ということばが当たり前に聞かれた。

 しかし、バブルが弾け、一気に景気が悪くなると、「右肩上がり」なんて夢のまた夢、「現状維持」ならまだいい方で、私なんか毎年売上げが落ちていますから、先行きが本当に心配です・・・ (^.^ゞポリポリ

 

 ところで、大相撲は今日から名古屋場所が始まります。

 今場所の話題は、安馬の綱取りという事になっていますが、私は安馬は綱には届かないんじゃないかと思っています。
 しかし、3代若乃花の例もありますから、綱を掴むのが不可能だとも思っていません。

 個人的には、モンゴル人の横綱は、もう勘弁してくれという思いです(笑い)

 

 そんな中、今場所から番付の中に「右肩上り」という四股名が登場したそうです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 大嶽部屋の三段目力士である「吉野」が、親方の意向で「右肩上り」という四股名に改名したということで、彼の名前は今場所から「右肩上り博保」となりました (^^;

 ちょうど一年前の名古屋場所で勝ち越し、秋場所に幕下に上がったものの、以後三段目と幕下の間を場所毎に上がったり下がったりしているエレベーター力士です。

 大嶽親方は、「(露鵬の大麻吸引疑惑で大嶽部屋も暗いけど)世の中全体が暗いので、携わる人を含め、みんなが幸せになれるように付けた」と語り、部屋頭の吉野に期待して「右肩上り」への改名を決めたという。

 

 先月29日の番付発表を受け、愛知県愛西市の大嶽部屋宿舎でしこ名を確認した「時の人」は「びっくりという感じですね」と照れ笑いを浮かべたものの、「名前負けしないように頑張ります。土俵でも注目される力士になりたい」と目を輝かせていたと報じられた。

 

 う~ん、こういう力士には、話題性だけで終わることなく、本当に頑張って番付を駆け上がっていってほしいですね ヽ(^o^)尸

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2009年7月11日 (土)

便所メシ

 7月6日付の朝日新聞の夕刊に、「友達いなくて便所飯」という、いささかショッキングな記事が掲載されて、ちょっとした物議を醸しているという・・・

 

 お昼を食べている姿を他人に見られたくなくて、人気のない場所を求め、その一つがトイレの個室だというハナシなのですが、皆さんはこの記事をどのように受けとめられるのでしょうか・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 これとはちょっと違いますが、私も2年ほど前に「トイレの中で」という記事を書いたことがあります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 トイレの中で、本を読むという事に始まって、長い独身生活の中で、だんだん行動がエスカレートしていった様子を書いたものなんですが、その中でコーヒーを個室に持ち込んで飲んでいるという事も書きました (^.^; ポリポリ
 これは、この春に結婚生活を始めてからも続いている私のマイブームなのですが、そんな私でもトイレの中で何かを食べたという記憶はほとんどありません。
 ほとんど・・・というのは、無いわけではないのですが、背に腹は替えられずにやむを得ず・・・ということが2~3回あったかな (^◇^) 。。。ケラケラ
 食べたのはお茶漬けなんですが、朝の忙しい時間にどうしてもトイレと朝食を済ませたかったからなんですが・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 しかし、外出先でそういう行為に及んだことは無いですし、しようと思ったこともありません。
 理由は、不特定多数の方が利用するトイレというのは、どうしても不潔な印象が拭いきれないからです。

 

 私らが子どもの時に、お弁当の中身を友達に見られたくなくて、お弁当の上に上体を被せるようにして、お弁当を隠しながら食べている級友達がいました。
 昭和40年代当時は、まだまだ国民は貧しかった時代ですから、お弁当のおかずだって今のようにいろいろと種類があったわけではありません。そんな貧弱なお弁当を子供心に恥ずかしいと思った子ども達は何人も居ました。
 しかし、教室を飛び出して、他の空き部屋・・・例えば図書室とか音楽室とかで食べていたというハナシは聞いたことがありません。
 まして、トイレの中にお弁当を持ち込んだとなれば、それはそれでからかいやイジメの対象になっただろうと思われます。

 

 ただ、こういう記事を目にしてもそうですが、最近の子どもや若者は、極端に人との関わりを嫌う傾向があるように私には思えます。
 これは、よく言われるように、テレビやゲーム機器の普及が大きく影響しているんだろうと・・・

 子どもの頃から、核家族で育てられ、家族や身内以外とはほとんど交流がないままに大きくなり、他人との付き合い方がわからないんじゃないかと・・・ (^^;
 だから、どんどん家の中に引きこもり、家族さえもうっとうしく思えてくると今度は部屋の中に閉じこもってしまう・・・ (__;)

 結局、他人との付き合いは、ネットを通しての無機質な文字の交流に留まり、実在の人とは、顔も合わせられないとか、口もきけないとか、そういう内向的な人格が形成されていく・・・

 ちょっと意見が違ったり、思ってもいない応対をされただけで、パニックを起こし、いわゆる「切れる」と呼ばれる突発的な問題行動にでる若者たち・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 どういう理由があるにせよ、外出先のトイレの中で食事をする・・・
 これが、普通の感覚ではないと思うのは私だけではあるまい・・・

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2009年7月10日 (金)

イロハ

 千葉県には、おもしろい地名があって、タイトルの「イロハ」なんかもその一つです。

 「イ」「ロ」「ハ」・・・という文字が町名になっている自治体が少なくても六つ存在します。

 

 まず、九十九里の「旭市」

 「イ」~「ニ」まで4町あります。

 地図は、スクロールや拡大縮小もできますから、順番に「イ」「ロ」「ハ」・・・と探してみるのも一興かと(笑い)

 

 

 同じく、九十九里の「八日市場市」で、今は町村合併で「匝瑳市」と名前が変わっています。「そうさし」と読みますが、何もわざわざこんな難読の名前にしなくてもと思うのは私だけでしょうか(笑い)
 ちなみに、俳優の地井武男の出身地です。

 「八日市場イ」~「八日市場ホ」まで5町あります。

 

 

 さらに、九十九里の「蓮沼村」で、今は町村合併で「山武市」と名前が変わっています。ちなみに、合併前は「さんぶぐん」であり、「さんぶまち」でしたが、合併後は「さんむし」と読むようになりました (^◇^;)

 「蓮沼イ」~「蓮沼ホ」まで5町あります。

 

 

 次に、千葉県のほぼ中央に位置する「八街市」
 「やちまたし」と読みます。これも難読地名の一つですかね(苦笑)

 「八街い」~「八街へ」まで6町あります。

 

 

 最後に、利根川に面している「佐原市」で、今は町村合併で「香取市」と名前が変わっています。読みは「さわらし」です。「さはらし」ではありません。
 有名なところでは、伊能忠敬の出身地でもあります。

 「佐原イ」~「佐原ホ」まで5町あります。

 

 

 同じく、利根川に面している「東庄町」
 「とうのしょうまち」と読みます、

 「笹川い」~「笹川ろ」まで2町あります。

 

 また、佐原市内には、他にも
 「篠原イ」と「篠原ロ」
 「昭和町い」と「昭和町ろ」
 という町名も存在します。

 それぞれ、クリックすれば地図が表示されますよ ( ^-^)/ ♪

 

 いずれも、地名として採用されるにあたっては、いろいろな歴史とか事情とかあったんだと思うのですが、さすがにその辺りまで深く調べることはできませんでした・・・ (^_^ゞポリポリ

 こういう変わった地名もあるよという事で、今日のところは失礼いたします・・・ m(_ _;)m

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2009年7月 9日 (木)

縦書きと横書き

20090709006_2  文書の表記には、縦書き横書きがあり、日本や中国などの漢字圏では古来から縦書き表記を行なって来ました。

 これに対して、英語を始めとするアルファベットなどの文字を用いる欧米では横書きが主流・・・というよりも、アルファベットでは縦書きは不可能です(笑い)
 無理矢理アルファベットをタテに並べているTシャツのようなものも無いわけではありませんが、そういう場合にも普通は文字を寝かせて、文字の下側を左側にするのが一般的で、文字の下側をそのまま下にして縦に並べて書いてあるのは極めて希です。

 

 しかし、最近では日本国内においても、教科書を始め、PCや雑誌なんかでも横書きがドンドン主流になりつつあり、頑固に縦書きに固執しているのは新聞や書籍類、あるいは国語の教科書くらいのもので、看板でもチラシでもテレビでも、普段目にするものは横書きが断然多いです。

 私の経験でも、ノートを取る場合、縦書きで書いていたのは国語のノートくらいのものでしたが、それでさえ小学校の高学年くらいからは大学ノートに横書きで板書を写していました (^.^; ポリポリ
 社会人になってからは、およそ縦書きで文書を書いた記憶がありません (^^;

 ここまで横書きが市民権を持ってしまった今、縦書きなんて意味がないから無くしてしまった方がスッキリしていいんじゃないかと思っている私がいます (^_^ゞポリポリ

 

 そもそも、日本で縦書きが行なわれてきたのには理由があります。

 漢字と、それから派生したひらがなとカタカナは、その起こりから縦書き用に作られているからで、一つ一つの文字を個々に書く場合はともかく、草書のように崩して書く場合には縦書きでなければ形にならないので、ずっと縦書きが当たり前に行なわれてきたのです。

 しかし、戦後はかなり事情が違ってきています。テレビが普及し、目から入る情報は新聞や本よりもテレビの画面から入る方が徐々に増えてきて、それと共に文字はドンドン横書きが増えていきました。
 書籍類も、小説などは相変わらず縦書きが主流ですが、雑誌類は横書きが増えています。

 そういう目で見た場合、横書きに比べて縦書きになんらかのメリットがあるのかといえば、何も無いのではないかという結論になるわけですよ(笑い)

 

 まず第一に、人は右利きの方が圧倒的に多いわけで、そうなると書くのも読むのも横書きの方が断然有利なんですよね。

 読む場合の事を考えてみましょう。
 縦書きの場合は綴じ口は右側にあります。したがって本屋などで内容を確認しようと思ってパラパラとめくってみる場合、右手で背表紙を持ち、左手の親指でパラパラとやる事になります。利き手でない方の手でパラパラやるのはたいへんじゃないですか?
 しかし、横書きですと綴じ口は左側ですから、左手で背表紙を持ち、利き手の右手でパラパラとめくることが容易にできるわけです (^^)v

 また、文字を追う目の動きも、普通、本はタテの方が長くできていますから、下まで読んでいって上に戻るよりも、右端から左に戻る方が動きが少ない分疲れないんじゃないでしょうか (^◇^;)

 書く場合には横書きの方がもっとメリットがあります。

 縦書きですと、先に書いた文章は右手に隠れてしまって部分的に見えなくなりますが、横書きならそういう心配は全く無く、常に全ての文章が確認できます。
 また、万年筆のように、インクの種類によっては先に書いた文字が右手で擦れて滲んでしまうようなことも起こり得ます。

 

 第二に、横書きの方がエコであるという事。

 文章は、常に行いっぱいを使って書くものではないわけですから、例えば会話のような短い文を連続的に書く場合、縦書きですと紙面の下側が大きく空いてしまいます。
 しかし、横書きの場合タテに比べて辺が短いわけですから、紙面の右側にできる空白も少なくて済みます。

20090709005 20090709004_2

 これは少々極端な例ですが、ご覧のように、文字に比べて白い部分の方がはるかに多いですよね (^^;
 この例の場合、横書きならもしかして2ページで書けたかもしれませんね。3ページなら間違いなく書けますから、それだけでも1ページ余分に使っていることになります (^_^ゞポリポリ
 ちなみに、この写真の「戯曲」に書かれている意味ですが、2年ほど前に「伊奈かっぺい」という記事の中で書きましたので、気になる方はクリックしてお読みください ( ^-^)/ ♪

 

 第三に、横書きは文字の種類を選ばないという事です。

 小説に限らず、文章というものは漢字やひらがな以外にも数字やアルファベットなども書くことがあります。
 よく、「小説は縦書きでないと読みにくい」とか言っている人も多いですが、本当にそうでしょうか(笑い)
 もしかしたら、小説は縦書きの本しか見たことがなくて、そのようなものだとの先入観があるから縦書きの方が読みやすいと勝手に思い込んでいるだけなんじゃないでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ
 その証拠に、理科や社会の教科書は、国語の教科書に比べて読みにくかったですか?

 

 縦書きよりも横書きの方が文章は自然で、利点も多いという事を検証するために、以下のような場合を考えてみましょう。

 

20090709001_2 

 文中に英語の単語や文章が入っている場合です。
 別に専門書などでなくても、小説だってこのように横文字が入っていることも最近では珍しくなくなりました。そういう場合に、縦書きではどうしても読みにくいですよね(笑い)
 いちいち本を横にして読む人も居ないでしょうが、横文字を目にしたらちょっと首を傾げたくなりませんか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090709002

 次に、日付や時間を書く場合です。
 縦書きだとご覧のような表記になりますが、横書きなら普通にアラビア数字(1,2,3・・・)を使って書くことができます。
 どちらが読みやすいかといわれれば、自明の理です (^_^)V。

 

20090709003

 また、上に準じますが、文中に数字を書かなければならない時に、縦書きだと非常に制約があります。
 二桁くらいの数字なら写真のように33~37とか43~47とか書けますが、三桁とか、それ以上の桁の数字はどうやって書くのでしょう (;^_^A アセアセ・・・
 横書きなら、何桁の数字であってもなんら問題なく書くことができますよ。

 0-0とか、2-3なんて表記も同じです。縦書きで書くよりもこのように横書きの方が自然に読めると思います。

 100%なんて表現も横書きならこの通りですし、100kmとか100cmとか、いずれも縦書きじゃ不自然な表記にならざるを得ませんよね。
 0.4秒というのも同じです。

 

20090709007  ところで、縦書きでないと不自然なものが一つだけ思い浮かびます。
 それは、背表紙に書かれた本のタイトルです (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 本棚に立てた時、これだけは縦書きの方に軍配が上がりますねぇ (;^_^A アセアセ・・・

 

 今は、プロの物書きの多くは、PCを用いて原稿を書いている方が多いそうです。
 中には愛用の万年筆でないと筆が進まないとかいって、相変わらず原稿用紙に手書きをしている人も少なくないようですが、PCの画面は当然ですが横書きで表示されます。それが馴染めないからと、わざわざ縦書きに表示を変えて入力している人も多いと聞きます。
 ソフトによっては、ご丁寧に原稿用紙が画面に表示されるんだそうで (^◇^) 。。。ケラケラ

 縦書きなんて、そこまでしてこだわるようなものなんですかねぇ・・・ (?。?)

 私ゃ、文章の表記は全て横書きだけでいいと思っているんですが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年7月 8日 (水)

アチャコ

20090708002_2  最近、私のお気に入りの番組である、NHK教育の「知る楽」・・・
 6月の「こだわり人物伝」で取り上げられたのは「花菱アチャコ」だった。

 アチャコという芸人の名前は知っていますが、世代が違うこともあって芸風などはまったく知らないままでしたから、正直顔すらも思い出せないというか・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20090708004_2 20090708003

 この番組を見て、今までほとんど何も知らなかった花菱アチャコという芸人を知りました。
 それに加えて、「漫才」というものの認識が変わったというか・・・ (^^;

 今日は、そんな事を語ってみたいと思います。

 

 「漫才」というと、二人組の芸人が「ボケ」と「ツッコミ」に分かれて、おもしろい事を言い合うのが漫才だと思っていた私は、それは「しゃべくり漫才」というのであって、漫才の本来の姿から一部分を切り出して芸として確立したものであるという事を初めて知りました (^.^; ポリポリ

 平安時代の頃に始まったとされる漫才は、本来は新年を祝う歌舞であり、一方が三味線や鼓などの楽器を演奏し、一方がそれに合わせて舞いを披露するもので、おもしろい話しをしあうようなものではなかったと第一話で紹介していました。
 それが、江戸時代に入ると歌舞のみでなく、言葉の掛け合いや謎かけ問答などを芸に加えて、より滑稽味を増していったといいます。

 

20090708001  その中において、アチャコはメインとなる歌舞の方ではなく、場つなぎとして取り入れられていた話術だけで人を笑わせることができないかと考え、後に同じような事を考えていた横山エンタツと共に「しゃべくり漫才」という分野を生みだし、一つの芸として確立していった・・・

 しかし、その道は容易なものではなく、楽器を持たず、芸もせず、二人で話しをしているだけのアチャコとエンタツに向けて容赦ない罵声とミカンの皮が投げつけられたといいます。
 何事も、人の先に立って道を切り開いていく先駆者の歩む道は険しいということでしょうか (^^;

 その後のアチャコやエンタツの努力と活躍の甲斐もあって、しゃべくり漫才は日の目を見、今では「漫才」といえば「しゃべくり漫才」の事を指すまでになりました。

 

 ただ、最近のお笑いの傾向を見ていると、漫才・・・ つまり「しゃべくり漫才」と呼ばれる芸人は減っているなぁと思えなくもありません。
 代わって増えているのが「コント」と呼ばれる芸を披露するお笑いタレントたちです。

 「漫才」「コント」・・・ どこがどう違うのかおわかりでしょうか・・・

 コントは大正時代に欧米から入ってきたとされ、バラエティーの場面転換とショーのいろどりとして定着したもので、2人ないし数人で演じられ、扮装や化粧、必要があればちょっとした小道具等も使用されます。
 わかりやすい代表が、ザ・ドリフターズコント55号でしょうか(笑い)

 対して、漫才は扮装をする事も化粧をする事もなく、身振り手振りも最小限に止め、話術だけで勝負します。
 こちらの代表が、古くはやすきよツービートであり、その後はダウンタウンウッチャンナンチャンです。

 どちらの芸が高尚とかいうわけではありませんが、やはり才能が試されるのは漫才の方ではないでしょうか・・・
 といっても、最近の若手芸人たちは売れるためならなんでもアリですから、芸風も相互乗り入れを行なっているような状態なので、このこのコンビは漫才師、こっちはコントという風に簡単に分けるのは難しくなってきていますが・・・ (;^_^A アセアセ・・・

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2009年7月 7日 (火)

裕次郎寺

 昭和の大スターだった、石原裕次郎の二十三回忌の法要が、5日、国立競技場で営まれたと報じられた。

 十三回忌で20万人が参列し、総持寺周辺で起きた大パニックに学び、今回は安全第一を目指して広大な国立競技場に舞台を移した二十三回忌法要・・・のはずだったのだが、フタを開けてみると、そこには様々な問題点が浮き上がってきた・・・

 

 競技場内に、横浜の総持寺を再現し、そこで法要を行なうことで無用な混雑を避けようという意図だったらしいが、思惑とは裏腹に、手際の悪さは否めない・・・

 この日来場したファンは、11万7千人弱ということで、当初見込んでいた15万人には及ばなかったものの、国立競技場で開催されたイベントとしては異例の数のファンが押し寄せたことになる。

 ただ、器が総持寺から国立競技場に変わっただけで、応対の悪さは根本的にそれほど変わっていない事に怒りを感じる・・・

 

 普通、こういうイベントを行なう際には、一斉に群衆が押し寄せることのないようにと、上手にさばくことが必要になる。
 しかし、主催者側にそういう思いがあったとは考えにくい・・・

 約5万人収容できる競技場に加え、周辺のスペースを解放する事によって、「15万人はさばける」と目論み、できるだけ多くのファンが献花できるようにと考えていたようだが、それでも各地でトラブルは起きたと昨日のニュースでは伝えていた・・・

 ファンの列に最大「5時間待ち」の表示が出たそうで、一部には6時間待ちという報道もあった。

 

 そもそも、誰がどれだけ来るのかわからないようなイベントを組むこと自体、ファンを蔑ろにしているとはいえないだろうか・・・
 法事に参列したい人には、チケぴなどを通して、前もって入場券を購入させるなどの方法は取れなかったのだろうか・・・
 法事が有料というのは馴染めないのかもしれないが、入場料が千円でも二千円でも、金額は「香典」と考えればなにも問題はないのではないかと私は考えるのだが・・・

 そして、チケットには席種ならぬ、時間種を設け、「○時~×時」という枠を作って販売すれば、最初から献花できる時間は予定が立つわけですから、徹夜組なんて存在は無くなりますし、ゲートでの無用な混雑も無くなると思います。

 この日、一番乗りを果たした来場者は札幌市在住の74才の主婦ということで、3日の午後2時から代々木門前に並んでいたといいます。
 「今回が最後かもしれないから何が何でも来ようと思いました。体力的にキツイですけど老体にムチ打って頑張りました」と笑顔で語ったそうですが、ファンにこんな思いをさせることが本当に故人の供養になるんですかねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…
 私はどうにも納得ができないのですが・・・ q(`o')ブー!!

 あるいは、セレモニーに参加できるのは、ハガキの抽選に当たった5万人だけということにして、その他の一般参列者は先のチケット方式にして、午後あたりから時間を区切って入場させるようにするとか・・・

 いずれにしても、誰でもいつでも参加できるという事では、いたずらに混乱を招き、無用なトラブルを起こしかねないので、大勢を集めるイベントとしてはダメだと思うなぁ・・・

 

 今回、私が一番腹が立っているのは、5万人に配られるはずだった記念品の件です。
 これは、事前にハガキによる抽選が行なわれ、当選した人が当日記念品と交換できることになっていましたが、当選倍率15倍ともいわれた当選ハガキを持って会場に来ても、献花をしないと記念品はもらえないということで、遠方から来ている人などの中には長蛇の列に並ぶのを途中で諦めて、交換できないままに競技場を後にする人も居たということです。
 せっかく当選して、ワクワクしながら競技場にやってきたのに、記念品をもらえないまま帰らざるを得なかったのでは、詐欺だと思った人も居たのじゃないでしょうか・・・

 どうして競技場の外に臨時の交換所を設けられなかったのでしょうか・・・
 設けなくても、係員に事情を話せば、記念品を持って来て渡してくれるくらいのサービスがなぜできないのかと・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 大スターだったこともわかるし、大勢のファンが居ることもわかります。
 しかし、それにあぐらをかいて、大勢のファンを何時間も待たせても平気という主催者の感覚と、最後まで並んで献花までたどり着かないと、約束だった記念品を渡さないという方針はいかがなものか・・・

 せめて、後日でも、当選ハガキを郵送すれば、それと引き替えに宅配便で送るくらいのサービスをしないことには、当事者の落胆と怒りはおさまらないと思うのだが・・・

 

 私のネッ友さんの中にも、この法要にお出かけになられ、貴重な記念品を頂いてきた方が居らっしゃいまして、その事を日記に書いていました。
 やっぱり、列並びにかなりの時間を要したようで・・・ (^^;

 本当に、お疲れ様でした・・・ m(_ _;)m

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2009年7月 6日 (月)

ぴぃ散歩「佐原編」

20090706001_2  一週間前の、29日と30日の二日間にわたって、テレビ朝日系で放送している「ちい散歩」という番組の中で、千葉県の佐原を取り上げてくれました。

 

 「ちい散歩」というのは、俳優の地井武男さんが散歩の楽しみ方、散歩のお勧めコースをお茶の間の皆さんに紹介する番組で、関東周辺の観光地とかを実際に歩いて見せてくれます。

 私はほとんど見ることはありませんが、ティンクがこの番組が好きでよく見ていて、この日千葉県を取り上げていたのを教えてくれ、一緒になって見ていました。
 写真は、地井さんが番組の中で立ち寄った「ほていや 蔵店」という和菓子屋で、入口のところの黒板に「ちい散歩立ち寄りのお店」と書いてありました(笑い)

 

 佐原は、水郷として有名な潮来と、利根川を挟んで対岸に位置していることもあって、水路を利用した商業で古くから栄えた街であり、江戸時代の名残を留める昔ながらの建物が多数残っていて、北総の小江戸と呼ばれている風情のある街です。

 成田からですと、20kmも離れていない距離にありますし、仕事でもよく出かけるところなので、以前からゆっくりと歩いてみたいと思っていました。
 しかし、一人で行くには億劫な事もあって、つい先延ばしにしていたんですが、番組を見たティンクが行ってみたいと言ってくれたので、それではということで重い腰を上げることにしました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ・・・というワケで、「ちい散歩」に倣って「ぴぃ散歩」とタイトルを付けてみました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 11時頃に成田の自宅を出発。
 お天気はというと、曇り空でしたが、かえって暑い日射しに悩まされることもなく、のんびりと市内を散策できました (^^)v

 

 以下は、昨日撮ってきたスナップの一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 これが、佐原の街並みです。まるで大正から戦前の昭和の時代を彷彿とさせてくれるレトロな街並みが見られます。
 映画でいうと、「ALWAYS 三丁目の夕日」とか、「地下鉄(メトロ)に乗って」なんかの世界に迷い込んででもしまったような、ちょっと不思議な世界がそこにあります。

 

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 佐原の市内を南北に流れ、街を二分している「小野川」です。川の東側を「本宿」、西側を「新宿」と呼び、有名な佐原の大祭と呼ばれる祭事も、本宿は夏に、新宿は秋にと、別々に行ないます。

 この川の両岸には、江戸時代や明治時代の建物が数多く残り、このあたり一帯は文化庁指定の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

 

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 小野川を行き来する観光遊覧船です。
 今回は乗りませんでしたが、いずれ乗ってみたいと思っています。

 

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20090706026  街の中で見かけた山車です。
 今度の金曜日から行なわれる、「八坂神社の祇園祭」、通称「本宿祭」の主役となる山車の準備をしているところです。
 その大きさに驚かされるとともに、祭りを楽しんでいる佐原の若い衆が粋でした。

 

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 この日の目的の一つである、酒蔵の見学と、利き酒の様子です。

 酒蔵は、清酒「東薫」の製造元である「東薫酒造」です。
 もともとは、伊能忠敬の実家で営んでいた酒蔵で修行して創業したという事で、佐原でも老舗の酒蔵の一つです。

 見学も利き酒も無料でした。もちろん、私は甘酒のサービスを受けただけで、飲んだのはもっぱらティンクです(笑い)
 右側に「叶」という大吟醸の清酒が置かれており、これだけは特別のお酒ということで一杯300円取られました(笑い)
 無料で置かれていた同じく大吟醸の「夢」を飲んでからこの「叶」を飲めば、夢が叶うという事で、説明してくれたオジサンが笑っていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ここでは、お土産に「にごり酒」を1本買ってきて晩酌で飲みました o(*^▽^*)o~♪

 

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 山車会館が建てられている、八坂神社の境内では、毎月町おこしのイベントとして「骨董市」が開催されており、昨日はたまたま開催日ということでちょっと覗いてきました (^_^ゞポリポリ
 なかなか盛況で、多くの人達で賑わっていました。

 

 

 以下は、オマケの写真です (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090706023_2  東薫酒造の前で見かけた外国の観光客です (〃'∇'〃)ゝエヘヘ
 レンタサイクルで仲間と走っていました。
 なかなか可愛いですよね・・・ (*^.-^*)♪

 

 

20090706024_2  小野川の川岸で見かけたNコロです。
 先日の記事でも紹介しましたが、こちらは当時の状態のまま調子よく走っているそうです。

 今では懐かしい小さな軽のナンバープレートがまぶしいです。
 写真を撮っているとオーナーが声をかけてきたので、ひとしきり話してきましたが、古い車やオートバイを「集める」のが趣味ということで・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

20090706025_2  街中で見かけた清涼飲料水の自販機ですが、しっかりと街の景色に溶け込んでいました (o^∇^o)ノ

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2009年7月 5日 (日)

お札の向き

 どうでもいいことではありますが、私はお札の向きをとても気にしています (^_^ゞポリポリ

 

 こういう事を言うと、たいてい几帳面だとか思う方がほとんどだと思いますが、私は生来ズボラな方で、整理整頓とかは苦手だったりします(笑い)
 昔、職場なんかでもよく言われたもんですが、血液型はA型だろうとか、部屋はキチンと片付いているんだろうとか・・・ (^^;

 きっと、マジメな性格だから、他の人の目にはそのように写るのかもしれませんが、私は典型的なO型であり、整理整頓とか潔癖とかいうことばとは無縁の生活を送っています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 そんな私ですが、冒頭に申し上げたように、お札の向きにはこだわっています。

 これは、昔、家電店で働いていた時に、社長からきつく言われていた事が根本にあるからです。

 レジにも立ちましたから、お客さんから受け取ったお札は、必ず向きを揃えてレジに入れるように口を酸っぱくしてたたき込まれました。
 お札の向きなんてどうでもいいと思っている人も少なくないようで、買い物をする際に店員の様子を見ていると、上下も裏表も関係なく、無造作にレジにしまい込む人を見かけます。そのようにしまってあると、お釣としてお客さんにお札を渡す際にも向きがバラバラで渡すことになります。
 別にそれでも構わないのですが、そのように無頓着にお札を扱っていると、間違いも起こりやすくなります。
 向きを揃えてからレジにしまうことくらい、ほんのちょっとした手間をかけるだけですから、それほど時間もかかるわけでもないですし、ぜひ励行してもらいたいと私は思っています。

 お釣りとして受け取る時も気持ちいいですし、レジを締めて精算する際にも向きが揃っていた方が数えやすいですから、当然の事ですがミスも少なくなります。

 

 しっかりしたお店なら、お札の取り扱い方もマニュアルとしてキチンと明文化してあるはずですから、たとえアルバイトやパートであったとしても社員からしっかり教え込まれるはずなので、いい加減に扱っている店員を見かけると、ああ、この店はダメな店だなと私は思ってしまいます・・・ (__;)
 お札の取り扱い方をしっかり教えられないような店に将来性があるはずはないからです。つまり、小さな事をいい加減に済ましてしまうという体質がそこに見えるんですよね。

 

 お札の向きは、財布の中でも同じ事です。
 私は、財布の中にお札の種類ごとにキチンと分けて入れます。
 たいていの財布はお札の入れるところが仕切りで二つに分けられていると思うので、一万円札と五千円札は奥に、千円札は手前に入れています。

 

 向きも、裏表はもちろん、上下もしっかりと気にします (^^;

 全てお札の顔を手前に向け、必ず頭を下にして入れています。つまり、上下を逆さに入れているということです (^_^ゞポリポリ

20090705001 これは、人によっては嫌う入れ方で、お札に失礼だとかいって写真のように上下を正しく入れている人も多いと思います。
 ただ、いろいろといわれもあって、上下を正しい向きで入れておくと、お札が出て行きやすくなるといわれてます (^^ゞ

 それとは逆に、頭を下側にして、上下を逆さに入れておくと、お札は財布から出て行きにくくなるそうで、私はこちらを支持しています (^^)v

 

20090705002_2  写真は私の財布ですが、 私はいつもこんな感じでお札を入れています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 本当は、こんな二つ折りのタイプではなく、長財布の方が折り目がつかないからお札も喜ぶんだそうで、長財布の愛用者の方が主流だと思うのですが、私はいつもお尻のポケットに財布を入れているので、長財布だとポケットから大きくはみ出すために、すられたり落としたりして財布を無くすことが心配なので、敢えて長財布ではなく二つ折りのタイプを長年愛用しています (^_^ゞポリポリ

 また、色もこんな黒い財布よりも風水的にいえば黄色とかの色の方が金運もアップするとか言われていますが、どうなんですかねぇ、オヤジが持つには黄色い財布なんてハデすぎるでしょ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まぁ、お札の上下については、好き嫌いとかこだわりなんかもあるでしょうから、揃ってさえいれば頭が上だろうが下だろうが、どっちがどっちでも構わないと思いますが、せめてお札の裏表くらいはキチンと揃えておきましょうよ ( ^-^)/ ♪
 買い物をする度に、お金に無頓着だと思われるのは損だと思いますよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 それに、お札に対して愛情を持つというのは、一つのエチケットというか、礼儀だと私は思っています。

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2009年7月 4日 (土)

自由の女神

 なぜ、今日の記事が「自由の女神」なのかという疑問はあるかと思いますが、単なる気まぐれであって、深い意味はありません (^_^ゞポリポリ
 な~んて最初書きましたが、よく考えてみたら、今日はアメリカの独立記念日ですから、タイムリーな記事じゃないですか (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 決して意図していたわけではありませんが、結果としてそうなってしまいましたよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 「自由の女神」といえば、誰だっていの一番に思い浮かべるのが、アメリカはニューヨーク湾に在るリバティ島に立っている像だと思います。

 これは、1876年に、時のフランス政府がアメリカ建国100周年を記念してニューヨークに贈ったものであることは周知の事実です。

 

20090704002  ところで、世界中にはいろんなところにこの「自由の女神」のレプリカが存在しますが、東京はお台場に在る「お台場海浜公園」の中にも「自由の女神」のレプリカが存在します。
 この事自体はけっこう有名な話しなのでご存じの方も少なくないと思いますが、このお台場に立っている「自由の女神像」は、ニューヨークにある「自由の女神像」のレプリカではない事に加え、立っている様子も少々異なっています (^^;
 今日は、そんな事を語ってみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 実は、ニューヨークに「自由の女神像」が贈られた際の返礼として、パリに住むアメリカ人たちが、フランス革命100周年を記念して贈ったとされる「自由の女神像」のレプリカが、セーヌ川の「白鳥の散歩道」にも立っています。

 ただ、本家の像から比べるとかなり小さめの像です。
 ニューヨークの自由の女神像は、台座の足下からトーチの先端まで約46mもある巨大な像ですが、パリのそれは、約11.5mと、約四分の一の大きさだそうです。
 それでも、十分にデカイ像であることには違いありませんが・・・(苦笑)

 

 このパリに立っているレプリカ像が、「日本におけるフランス年」事業の一環として、98年4月から99年5月まで貸し出されたことがありました。
 美術品の銅像程度ならともかく、こんな巨大なモノを運んでくるということ自体が私には驚きなんですが・・・ ヾ(;´▽`A``

 この貸し出されて展示された「自由の女神像」は非常に好評で、臨海副都心地区の経済振興に多いに役立ちました。
 このため、地元の「臨海副都心まちづくり協議会」は女神像の返却後も、レプリカを設置することを強く希望し、その結果として、フランスから「自由の女神像」のレプリカ作成が認められ、東京2000年祭事業のひとつとして、高さ約11mのブロンズ製の自由の女神像が完成しました (^^)v

 したがって、お台場の「自由の女神像」は、パリのレプリカであり、本家であるニューヨークの「それ」から見れば、レプリカのレプリカということになり、「孫」という事になります(笑い)
 そして、ニューヨークの「自由の女神像」のレプリカはあちこちにたくさん存在しますが、パリの「自由の女神像」のレプリカは世界でもお台場に一つあるだけです (o^∇^o)ノ

 ニューヨークのとパリの像とで、何が違うという事はありませんが、左手に持っている銘板に刻まれている文字が違うくらいでしょうか。
 ニューヨークのにはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とローマ数字で刻印されており、パリのにはフランス革命のきっかけとなったバスティーユ牢獄襲撃が起こった「1789年7月14日」の日付が刻まれています。という事は、お台場のものもパリに倣っているという事なんでしょうか?
 意外と、お台場に立てられた日付が刻まれていたりしてね(笑い)

 

 あと、本家のニューヨークの「自由の女神像」は、大西洋から船でニューヨーク湾に入って来た際に、移民局の置かれているエリス島に到着する手前で、船の上から臨むことができるように、海側を向いて立っています。

20090704003 しかし、お台場の「それ」は、明らかに観光客の写真撮影を意識して立てられており、海を背に、フジテレビ本社ビルの方を向いて立てられています(笑い)

 こんなところにも、それぞれの国民性が表れるんでしょうか (^^;

 

 蛇足ですが、本家のニューヨークの「自由の女神像」を造る際の原型となった「自由の女神像」が、パリのリュクサンブール公園に設置されているそうです。
 大きさは1.2mの像だそうで、制作者はフランス人の彫刻家フレデリック=オーギュスト・バルトルディです。

 ニューヨークの自由の女神像は、この像を徐々に拡大することによって作られたブロンズ製の部品を、組み上げることによって造られたといいます。

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2009年7月 3日 (金)

チンク

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 これは、先日、さいたま市内で見かけた懐かしい車です。

 

 イタリアのブランド車として有名な「Fiat」の小型自動車で、戦前に「トポリーノ」の愛称で親しまれたモデルが初代といわれるFiat500で、上の写真は「チンクェチェント」と呼ばれる二代目のものとなります。

 もっとも、低価格で人気のあった「チンクェチェント」は、57年から77年までの20年間製造され、その間にたくさんのバリエーションが造られましたから、私のような素人にはどのタイプか判別は不可能なのですが、65年に発売された「F」以降のタイプであることだけは間違いないと思われます (^_^ゞポリポリ

 ちなみに、チンクェチェントとは、イタリア語で「500」という意味だそうです。
 排気量が500ccだからチンクェチェントなのですが、一般的には「チンク」の愛称の方が通りがいいかもしれません。
 念のため、お断りしておきますが、「ティンク」ではありません、あくまでも「チンク」です (^◇^) 。。。ケラケラ

 乗り心地のいい車とは、お世辞にもいえませんが、価格の安さと経済性の良さをウリにし、路地裏にまで入り込んでいける機動性の高さから、イタリアでは国民車として人気を博したほか、ヨーロッパ全土にも輸出されて、各地で好評を得たそうです。

 いわゆる、日本における軽自動車という位置づけの車なんでしょうね (*^.-^*)♪
 ただ、500ccの車にもかかわらず、チンクが登場した当時の日本では、軽自動車の排気量は360ccだったために、日本国内で登録する際には軽自動車ではなく小型自動車の扱いになるそうで、冒頭の写真のチンクも、軽自動車が付ける黄色いナンバープレートではなく、普通の白いナンバーを付けています。
 法の整備が追いつかない例とでもいいましょうか、軽自動車の排気量が360ccから550ccにアップされてからすでに30年以上、現在の660ccになってからでさえ20年近く経つというのに、500ccで普通車扱いというのはなんとなくワリに合わないように感じるのは私だけなのでしょうか (?。?)

 

 イギリスのミニなんかもそうですが、この手の愛くるしい車に魅せられたオーナーも少なくないようで、日本を始め、世界中にチンクのオーナーズクラブが存在するそうです (*^.-^*)♪

 

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 ところで、このチンクが日本で有名になった理由の一つに、ルパン三世の愛車としてスクリーンに登場したからというのがあります。
 「ルパン三世」の劇場映画版の第二作にあたる「カリオストロの城」の中で、丸く黄色いチンクがスクリーン狭しと走り回ったのが観客に受けたんだそうで・・・(苦笑)
 もっとも、作中のチンクは、車体の後部にスーパーチャージャーを搭載し、100馬力を出せるスーパーカーとして描かれていましたが、実際のチンクは20馬力に満たない非力な車ですから、道路をかっ飛ばすどころか、エアコンさえ付けるのは難しいと思われます (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 そのチンクも、2007年に三代目が発表され、日本でも昨年から販売が開始されました。

 しかし、愛らしい二代目の概観とは裏腹に、三代目はなんとまぁ今風のこざっぱりとした顔とスタイルをしているのでしょう(爆笑)

 一応、小さくつぶらなヘッドライトや軽くせり出した前面と丸っこい全体的なシルエットなど、二代目チンクの雰囲気を残しているとはいうものの、1000ccを超えるエンジンを搭載するなど、一世を風靡したかつての「チンク」の面影はどこにもありません・・・
 冒頭のチンクの写真を見て、古き良き時代のノスタルジアを感じるのは私だけなのでしょうか・・・ (__;)

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2009年7月 2日 (木)

トマト

 ここのところ、スイカ、イチゴと、立て続けに記事で取り上げさせて頂きました。

 

 私は、スイカは野菜、イチゴは果物という認識ですが、そういうふうには思っていない人も多いと思います。
 第一、野菜と果物の基準そのものが曖昧ですから、どっちがどっちでも別に構わないというか、困らないというのが流通業者や消費者のホンネなんだと思います(笑い)

 

20090702001  ところで、今日取り上げる「トマト」ですが、これも野菜と果物、意見が分かれるシロモノだと思います (^^;
 私は、「トマトは野菜」だという意見ですが、果物だと思っている人も少なくないんじゃないかな。

 トマトは、植物学的にいえばナス科の植物ですから、野菜でいいと思うのですが、そうは思わない人も居たりしてね(苦笑)

 

 実は、トマトは「野菜」か「果物」かで言い争いになり、裁判沙汰になったというウソのようなホントの話があります (^◇^) 。。。ケラケラ

 時は19世紀、場所はアメリカでの話しです。

 当時のアメリカでは、輸入の際に果物には関税がかからなかったのですが、野菜には10%の関税がかけられていました。
 これに対して、トマトは果物なので支払った関税を返してほしいと訴えた業者がいたそうです。
 一般にはどうでもいいような事でも、そこにお金がからむとなれば、訴えてみたくなるのも無理からぬ事なのでしょう(苦笑)

 この訴えに対して、果物派の植物学者たちと、野菜派の農務省が侃々諤々と言い争い、裁判所は「トマトは野菜である」との判決を言い渡したそうです。

 判決文には、「トマトは野菜畑で育てられていて、食事には煮て出されるが、デザートにはならないから野菜である」と書かれていたそうです(笑い)

 それ以来、アメリカでは、トマトは「茎に付く実」であることから、植物学的には果物なのですが、法律的には野菜である、ということになっているのだそうです。

 

 ちなみに、日本でいうところの野菜とは、「1年生・多年生の草本性で、食用に供し得る植物のこと」を指し、果実とは、「永年作物などの木本類」をいいます。
 つまり、1年や2年で枯れてしまうような草から収穫できる実は野菜、同じ樹から何年も実が収穫できれば果物という事です。
 日本の農水省の統計では、トマトだけでなくイチゴやスイカなども野菜と定義されているそうです。

 ただし、流通業者の間では、イチゴは果物として取り扱われているそうですが・・・ (^^;

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2009年7月 1日 (水)

イチゴ

 人間、日々勉強とはよく言われます。
 私は、知らないことを覚えることが大好きで、毎日のニュースやラジオの番組の中からブログのネタを拾っていますが、50年以上生きてきても、初めて知るような事や認識を新たにするような事は多々あったりします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 今日の記事は「イチゴ」という事で、今日から7月ですから、少々時期を逸した感がありますが、そういう最近知ったことの一つであり、個人的にはかなり驚いています・・・(苦笑)

 

20090630001  イチゴは皆さんもよくご存じの果物だと思いますが、あの赤い部分は、実はイチゴの「実」ではないというのが今日の記事の趣旨なのですが、皆さんはご存じでしたか(笑い)

20090630000  イチゴといえば、誰だってこんな風な絵を描くと思いますし、食べている部分もあの赤い部分ですから、そこが「実」ではないといわれても、にわかには信じられないと思います。

 

 また、イチゴの表面には小さな黒いブツブツがありますが、たいていはアレがイチゴの種だと教えられ、そう思っている人も多いと思います。
 もちろん、私もその一人でした。

 しかし、実はあの黒いブツブツこそがイチゴの「実」であり、赤い部分は「花托(かたく)」と呼ばれる花の「根元」の部分だそうです (^^;

 

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   イチゴの花の写真と、花と実の構造図

 「花托」は花床(かしょう)とも呼ばれ、(がくと呼ばれ、果物ではヘタと呼ばれることもあります)・花びら雄しべ雌しべ等をつける「土台」としてクッションの役目を担っています。

 普通の植物では、花托はそれほど大きくなることはなく、花の土台として目立たない存在ですが、イチゴでは、おしべの花粉がめしべに着いて受精すると、花托が大きく発育し始め、うす緑色から熟すると赤色になります。
 花托の組織の外側は皮層(ひそう)、内部は髄(ずい)と呼ばれます。

 めしべの子房(しぼう)は小さく硬く熟して、大きくなった花托の表面に半ばうずまったような姿で点々と貼りついています。
 植物学上はこれが本当の果実で、イチゴでは硬く小さくやせているので「痩果(そうか)」といいます。ひとつの痩果の中には種が1個入っています。

 この痩果を表面にのせた花托の成熟組織全体が、果物としてのイチゴです。

 

 つまり、私たちが普段美味しい美味しいと食べているイチゴの大部分は、子房が大きくなった「実」そのものではなく、「花托」の組織が大きく発育したものなのです。

 このように、イチゴの場合は、子房が大きくなって実となる他の植物とは異なり、かなり特殊な構造をしています。
 イチゴと同じように花托が大きくなり、それを実として食べられているものに、リンゴとかなどがあります。いずれも、イチゴと同じバラ科の植物です (^^)v
 ただ、同じバラ科の植物でも、桃やサクランボは子房が大きくなって実となりますから、やはりイチゴなどが特殊なんだろうと思われます。

 

 こんな事、知っているからといって別にどうということもありませんが、何事も知らないままでいるよりは、知っていた方がベターなのではないかと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 その日その日を、食べる事のみのために生きている他の動物たちと、人間との決定的な違いというのは、「知識」を求めるかどうかということです。
 動物が成長していく過程において、生きていくために覚えなくてはならないことはいろいろとあると思いますが、そういう事とは別に、人間はいろいろと知りたがります。

 子ども達が、親を始めとする周囲の人たちに向かって「なぜ?」「どうして?」と質問するのはそういう「知識」を欲しているからです。
 よく、数学や化学などの授業は、勉強しても将来なんの役に立つのかと口にする人がいますが、実際に生活の中で用いるかどうかは別にして、そういう「ムダ (^^; な知識」を覚えることが人間として生きていくことなのだと私は思っています。

 ただ生きていくだけなら、そういう「ムダな知識」は要らないだろうと思いますが、それでは動物園で飼われている獣たちとそう変わらないことになってしまうと思いませんか(苦笑)

 

 というわけで・・・

 イチゴの黒いブツブツは種ではなくて、本当は「実」
 実だと思って食べていた赤い部分は、花の「土台」

 ・・・ということになります (^^)v

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