« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月31日 (月)

うわぁ~ (^^;

 「日刊スポーツ」東京版の今朝の紙面の1面ですが・・・ (^^;

 黒を背景にした「自民が死んだ日」という大見出しと、麻生首相の横顔・・・

 すごいインパクトだと思いませんか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 しかし、自民党の大物議員たちは、小選挙区では次々に落選して討ち死にしましたが、比例で復活当選した候補者も大勢居たそうで、つまり、ゾンビ議員たちが大手を振ってまかり通る自民党ですから、死んでもまた性懲りもなく甦ってくるんじゃないでしょうかねぇ・・・(爆笑)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

デジャヴ

 私の愛するソフトバンクホークスが、先週末に札幌ドームで日本ハムとの3連戦を行ない、1勝2敗という結果に終わりました。

 これで、61勝49敗で8月を終了し、貯金は12、首位の日ハムとは5.5ゲーム差の2位で9月を迎えることになりました。

 

 成績上は優勝を視野に入れており、9月の成績しだいでは6年ぶりの優勝も夢ではないはずなんですが、おそらく今年も優勝はおろか、Aクラス確保もままならないんじゃないか、私はそう思っています・・・ (__;)

 なぜなら、この展開は、昨年の状況と非常に酷似しているからです・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 昨年のペナントレースは、8月を終了した時点で、ホークスの貯金は、首位西武とは8ゲーム差の2位で9月を迎えました。

 それが、9月に入ったとたんに負け続け、9月の成績は実に5勝18敗という事で、借金は2から一気にマイナス11まで膨らみ、順位も最下位に落ちた・・・ (__;)ガクッ

 

 昨年の8月、ホークスは8勝8敗3分という、全くの五分の星でした。
 そして、今年の8月は、12勝12敗の五分でした・・・ (^^;

 ほら、チームの勢いといい、成績といい、なんとなくチームの置かれている状況が、昨年と酷似しているじゃないですか (^◇^) 。。。ケラケラ

 今2位にいるからといって、まったく安心できる状況にはないことが、そういう事からも伺えるわけです・・・ (^.^; ポリポリ

 

 ここまでの展開を見ると・・・

 交流戦で優勝 ヽ(^◇^*)/
 8月の戦いは五分で、勢いが落ちてきている (;^_^A アセアセ・・・
 順位は2位 (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 まるで、昨年のホークスを見ているような今年のペナントレース・・・

 これって、まさしく「デジャヴ」じゃないの・・・ (^^;

 頼むからさぁ、9月に入って、昨年のような大型連敗は・・・
 できるだけ、しないでね  (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

政権交代

 昨日行なわれた衆議院選挙において、民主党が単独過半数を大きく上回る308議席を獲得し、ついに政権交代が実現した。 ヽ(^◇^*)/

 私は、この日が来ることをどんなに待っていたことだろう・・・

 といっても、私は別に民主党の支持者というわけではないが、自民党の長期政権がついに崩れたことを素直に喜びたい。

 

 今まで、どんな事があっても自民党の政権が揺らぐことはなかった。
 特に、4年前に行なわれ「郵政選挙」と呼ばれた第44回衆議院選挙では、自民党が296議席・公明党が31議席と、圧倒的な勝利を収めた。
 あの時には、もう民主党の政権はないんじゃないかとさえ思えたんですが、その後も民主党は粘り強く戦ってきました。

 流れが変わったのは、2年前に行なわれた第21回参議院選挙あたりからです。
 この時、民主党は109議席を獲得し、単独過半数に迫る参議院第一党の議席数を獲得し、衆参の「ねじれ国会」という現象を引き起こしました (^^)v

 この勢いが維持できれば、衆議院でも勝てるかもしれないという状況がやっと現実のものになっていました。

 この7月に行なわれた、衆議院選挙の前哨戦と呼ばれた東京都議選でも、民主党の勢いは止らず、第一党の座を獲得してみせてくれた。

 

 政権が交代したからといって、我々の生活が一変するわけではありませんが、少なくても自民党の連中にとっては生活も意識も一変することは間違いないことで (^◇^) 。。。ケラケラ

 そして、その事こそが今回の選挙での一番の収穫だったんじゃないかな。

 マトモな政治を行なわず、いい加減な気持ちと慣れとでやっていれば、どんなに繁栄して権力を誇っているように見えても、有権者たちのしっぺ返しがあるんだという事がわかっただけでも、今後の自民党にはいいクスリになったと私は思いますし、国民のためにも非常にいいことだと信じています。

 

 確かに民主党の政権では不安もあるでしょうけど、自民党だってかつては「政権の一年目」があったわけですから、経験がないことに対してはそれほど神経質にならなくてもいいんじゃないかなと私は思いますね。

 それよりも、今回の選挙でチョッとでも関心を持てた「政治」に対して、その気持ちを少しでも維持して、民主党の動向や、他の政党の動向をしっかりと監視していくことが、民主党に票を投じた有権者の責任というものでしょう。

 

 これは蛇足ですが、大敗したことにより、自民党内での求心力が弱まって、渡辺善美氏のような離党者が続出し、かつての社会党のように、いつの間にか存在感が無くなって小政党の一つになってしまうんじゃないかとさえ思えてしまう惨敗でしたね (^^)v

 麻生総理は、今回の選挙の責任をとって早々と退陣を表明したそうですが、もし昨年の秋の就任直後に予定通り解散総選挙を行なっていたら、ここまでの大敗は喫しなかったんじゃないかと思うと、組織にとって、責任者の「決断」がいかに大事か、身にしみてわかったんじゃないかな(苦笑)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月30日 (日)

百日紅

 街中を走っていると、そこここで百日紅(サルスベリ)の花を見かける季節になりました。

 

20090830001_2

 そういう我が家・・・というか、アパートの庭にも百日紅の木がありまして、赤っぽいピンク色の花を咲かせてくれています。
 ティンクが枝の先を切って、居間の中に飾ってくれているのが上の写真です。

 これは、二代目の百日紅の小枝で、初代の小枝は一通り花を落としてしまい、つぼみだけになってしまったので、台所に場所を移し、居間には新しい小枝を切ってきて飾ったというわけです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 今、初代の百日紅は、台所で一つ、また一つとつぼみをほころばせかけています・・・

 

 「百日紅」の花というと、その名前にも表わされているように、ピンク色の淡いものと濃いものなどのような、「紅」系の色の花が一般的だと思います。
 ウチの庭に咲いている百日紅の花は、濃いピンク色をしたもののようです。

 しかし、街中では赤い百日紅の花だけではなく、白い色の花の百日紅も比較的よく見かけます。

 

20090830003 20090830002_2

 これがその白い百日紅を撮った写真なんですが、なかなかキレイで風情もあります。

 ただ、私なんかは花にそれほど関心があるわけでもないので、このように赤い百日紅と一緒に咲いていればそれとわかりますが、白い百日紅が単独で咲いていたとしたら気がつくかどうかアヤシイもんです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ところで、「サルスベリ」という名前ですが、「猿滑」という字を当てることもあるように、木肌がスベスベしていて、木登りの上手な猿でさえ滑ってしまうというところから付けられたといいます。

 「サルスベリ」という名前が猿に由来して付けられたものなのに、「百日紅」という漢字を当てているのは、赤い花が長い間に渡って咲いていることに由来しているそうですが、どうして植物の名前は、このように読みと当てられている漢字がそぐわないものが多いんでしょうねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 例えば、「紫陽花」「無花果」「蒲公英」・・・
 あなたは、これらの漢字を見て、花のイメージが頭の中に描けますか?
 紫陽花はアジサイ、無花果はイチジク、蒲公英はタンポポと読むわけですが、私にはなんだかなぁ・・・ (ノ_-;)ハア… という感想しかないですねぇ・・・ (^^;

| | コメント (3) | トラックバック (0)

投票

 毎朝、7時には目覚める私ですが、それは日曜日も例外ではなく、決まって7時の目覚ましで目を覚まし、枕元のミニコンポの電源を入れて、「イルカのミュージックハーモニー」を聞くのが常です (^^)v

 しかし、たいていは目覚ましが鳴るチョッと前くらいには自然に目が覚めてしまうのが普通なので、目覚ましは単なる飾りで、起きてから止めることが多いです (^_^ゞポリポリ

 

 今朝も、20分くらい前には目が覚めてしまい、寝ぼけたアタマでボ~ッとベッドの上に寝転んでいると、ティンクが雨が降ってきたと台所から声をかけてきました。
 今日は、衆議院選挙の投票日なので、早めに行ってこようと昨夜のうちに決めていまして、投票所はアパートのすぐそばの小学校なので、私は毎回散歩がてらに歩いて投票に行っていましたが、雨が降ってきたとなると歩いて行くのは億劫になります。

 そこで、朝早いうちなら車で行っても小学校に停めることができるだろうということで、急遽身支度をして投票に出かけることにしました (^◇^) 。。。ケラケラ

 投票は7時からなので、うまくいけば先頭で投票箱の確認もできるかもしれないと、淡い期待を抱きつつ、7時15分前にアパートを出発 (^^)v
 霧雨がそぼ降る中、5分もかからないで小学校の中の駐車場に愛車を停めることができました。

 

 以下は、今朝撮ってきたばかりの投票所の様子です ( ^-^)/ ♪

 

20090830021 20090830022 20090830023

 駐車場から、会場になっている棟に向かうところを撮ってみました。

 正門をくぐる時に中を歩いていた子ども連れの一家は、すでに玄関前に並んでおり、私と同じ駐車場から向かう人が私らの前を歩いていました。

 

20090830024_2 20090830025_2

20090830026 20090830027

 私らが玄関前に着いた時に、すでに並んでいたのは全部で7人。

 他に、係員とおぼしき人たちが、玄関脇に投票所であることを示すカンバンをガムテープで貼り付けていました(笑い)

20090830030 なんか、毎回ここでこの看板を見る度に思うのですが、板に貼り付けて立てかけるとか、もう少し手を加えてもらえないもんでしょうかねぇ・・・ (^^;
 いかにも、急ごしらえの感が否めず、選挙が安っぽく見えてしょうがないのですが・・・ (ノ_-;)ハア…

 右の写真は、自民党が歴史的大敗を喫し、民主党に参議院第一党の座を譲った、2年前の第21回参議院選挙の時に撮った写真で、同じようにガラス戸にガムテープで貼られた看板です (;^_^A アセアセ・・・

 

 7時3分くらい前に、係員が二人で先頭に並んでいる男性に声をかけ、中に誘っていきました。おそらく、投票前に投票箱が空であることを立ち会ってくれと言って連れて行ったのでしょうが、8番目に並んでいた私らも一緒に中に入って立ち会えるものだとばかり思っていただけに、ナンか肩すかしをくった感じでアララ・・・ (^◇^;)

 全員とは言いませんが、一応投票に来ていた人たちみんなの見守る中で、先頭の人が空であることの確認を行なうものなんじゃないの?
 こんなんじゃ、あらかじめ打ち合わせをしていた人が先頭に居さえすれば、不正だってできない事じゃないと思ってしまいましたよ。

 毎回、午前中の早い時間帯には投票を済ます私ですが、さすがにこんなに早い時間に投票に行ったのは初めてなので、先頭の人によって投票箱が確認される様子を写真に撮ろうと思っていた私の期待は、完全に裏切られてしまいました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 予定時間を2~3分回ったところで、並んでいた人たちが一斉に中に招き入れられ、いよいよ投票の開始です。

 小選挙区、比例代表、最高裁判所裁判官の国民審査と、順に投票用紙を渡され、それぞれを記入して投票箱に投入し、出口で記念品を受け取って帰ってきました。

 

20090830028 20090830029

 入る時には小雨だった雨も、投票を済ませて玄関を出る頃には本降りになっていまして、この頃には50人くらいの人が会場に来ていたと思います。
 駐車場に向かう最中にも、たくさんの人たちとすれ違いました。
 私らの前に並んでいた40代くらいの男性は、生まれて初めて選挙の投票に来たという事で、前の老夫婦と世間話をしていました (^^;
 有権者たちの出足もかなり早く、今回の選挙は、かなり国民的関心が高いように感じた今朝の投票風景です o(*^▽^*)o~♪

 

 最後の写真は、投票後に会場で頂いてきた記念品で、私は蒸し暑かったのでウチワを、ティンクはベランダのプランターに撒くんだと言って小松菜のタネを選びました。
 こんなところにも、それぞれの性格が出るんですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月29日 (土)

龍馬伝

 来年のNHK大河ドラマである「龍馬伝」の撮影が開始されたと報じられた。

 

 主演は、福山雅治ということで、なかなかセンスのよいキャスティングじゃないかと私は思います ヽ(^◇^*)/

 それと同時に、NHKからポスターも発表されました。
 右の、本物の龍馬の写真と比べて、いかがですか ( ^-^)/ ♪
 かなりイイ男過ぎますが、それは坂本龍馬という人物のイメージからかけ離れているわけでもなく、それっぽい雰囲気は十分に出ていると私は思います (^^)v

 個人的には、2004年の大河ドラマ「新選組!」で龍馬役だった江口洋介が一番のはまり役だったと思っていますから、それよりはチョッと落ちますが、少なくても、昨年の「篤姫」で龍馬を演じた玉木宏よりは、福山の龍馬の方がずっと龍馬らしいんじゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 坂本龍馬は、京都河原町の近江屋に居るところを何者かに襲撃されて命を落としますが、この暗殺の実行者はいまだに誰だったのか、ハッキリとした事はわかってはいません。
 それがために、いろいろな説がもっともらしく語られており、私の信奉する新選組も、実行者の一味としてかなり有力だとされてはいますが、それを裏付けるだけの物証はありません。

 

 それはともかくとして、個人的には坂本龍馬は嫌いな人物ではありません (^_^ゞポリポリ

 坂本龍馬という人間は、幕末の志士の一人ではありますが、薩長に代表されるような、単に倒幕を唱えていただけの、視野の狭いクーデター志士とは根本的に違い、世界を見据えて、その中で日本はどうあるべきかという事を真剣に考えていたフシがあるので、もし彼が暗殺されないで生きていたとしたなら、あの忌まわしい戊辰戦争ももしかしたら無かったんじゃないかとさえ思えてしまいます・・・ (__;)

 そして、龍馬が生きて明治維新を迎えていたら、日本という国はもっと違った国になっていたんじゃないかと思えてなりません。

 

 過去にも、いろんな解釈の「坂本龍馬」が文字として、映像として具現化されてきましたが、私にはイマイチ実像とはかけ離れていたように思えてなりませんでした。

 はたして、来年の「龍馬伝」は、どのような解釈で私たちの前に現れてくれるのか・・・
 21世紀の大河ドラマは、斬新な切り口で、思い切った脚本やキャスティングをしてくれる作品が多いので、今からけっこう楽しみにしている私がいます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ところで、今年から大河ドラマは11月で終了する予定になっていることを、この龍馬伝の記事を書くためにいろいろと調べているウチに知りました (^^;

 21世紀スペシャル大河ドラマとして、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を放送することが決まっており、全13話を3回に分け、それぞれ秋に放送する予定になっているそうで、今年の大河ドラマである「天地人」は、11月22日が最終話となっており、11月29日から5週にわたって「坂の上の雲」第1部が放送されます。
 しかし、1年間も待たされたら、どんなに素晴らしい内容のドラマだったとしても、前の話を忘れてしまいますし、関心も薄れてしまうと思うのですがねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 来年の放送予定は、秋ということだけで、具体的にはまだ決まってはいませんが、という事は、「龍馬伝」も11月までの放送となる可能性が高いという事になります・・・
 大河ドラマは1年間の枠で放送されるという刷り込みがあるので、なんとなく中途半端な感じがしないでもありません・・・ (__;)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月28日 (金)

サバイバル研修

 少し過ぎてしまいましたが、8月25日は「即席ラーメンの日」だそうです(笑い)

20090828001  1958年の8月25日に、日清食品はお湯をかけたら2分で食べられる即席ラーメンとして「チキンラーメン」を発売し、これが世界で初めて市販されたインスタントラーメンでした。

 

 

 この年は、私が生まれた年であると同時に、様々なものが世の中にデビューした年でもありました。

 一番有名なのが「東京タワー」でしょうが、長嶋茂雄が4打席4三振で球界にデビューしたのもこの年ですし、東海道本線の東京~大阪間で国鉄初の電車特急「こだま」が登場したのもこの年です。
 さらに、日本で初めてブルートレインが運行を開始したのもこの年です。

20090828002 変わったところでいえば、私らには懐かしい聖徳太子の肖像が用いられた一万円札が登場したのもこの年でした(笑い)
 今の福沢諭吉の一万円札にはない、威厳と格調に溢れた、手にして楽しいというか、嬉しいというか、あるいは幸せというか、そういう高揚した気持ちにさせてくれるお札でした(爆笑)

 

 それはともかく、自社が開発した「即席ラーメンの日」にちなんでだと思うのですが、日清食品ホールディングスは、26日から2泊3日の予定で、グループ事業会社の若手管理職社員を対象に無人島で生活させる「サバイバル研修」を実施しているそうで、今日がその最終日になります。

 

 同社は、管理職の心身を鍛錬するために、2003年から05年までは瀬戸内海の無人島で、06年から08年までは埼玉県の山中で「サバイバル研修」を行ってきたそうで、今年は過去の実績から、山中よりも条件が過酷で研修効果も高まると判断し、再び無人島に場所を戻しての実施だそうです。
  対象者は、日清食品で7月に課長職に昇格した13人に、明星食品などグループ会社4社の管理職4人を加えた40歳前後の計17人という事で、以前の無人島研修ではグループ制をとっていたそうですが、今回の研修では個人行動が原則だそうです。

 参加者たちにあらかじめ手渡されるのは、「チキンラーメン」と水、小麦粉とビニールシートのみという事で、社員たちはまきをひろって火をおこし、手作りの鍋などで調理して食事をし、ビニールシートで寝泊まりする暮らしを強いられることになるというもの・・・ (^^;

 

 う~ん、趣旨はわかるけれど、こういう研修ってどうなんだろう・・・(笑い)
 会社は、彼等にいったい何を求めようとしてこういう研修を行なうのか・・・ (?。?)

 社員研修でよく行なわれるのが、自衛隊への体験入隊というものですが、無人島でサバイバル生活を行なうというのも凄いなと・・・ (^◇^;)
 しかも、3日間口にできるのはチキンラーメンだけかよ(爆笑)

 しかし、お湯を沸かそうにも、鍋や器は各自の裁量に委ねられるわけで、うまく現地調達とか工夫とかができなければ、お湯を沸かすこともできませんから、ラーメンを食べることはできないわけですよね(苦笑)
 キビシイっすねぇ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 また、雨が降らなければまだしも、ビニールシートだけで夜露を凌がなければならないわけでしょ、夏とはいえ、もし雨が降ったら相当苛酷な野営になると思うんだけど・・・ (^^;

 

 そういう私も、サバイバルではありませんが、サラリーマン時代に研修と呼ばれる泊まり込みの合宿を体験したことがあります。

 こういう研修で利用される宿舎というか会場は、たいていどっかの自治体が運営している○○の家みたいな施設を借りて行なわれるのが普通で、人里離れた山の中とかに建てられていたりします(笑い)
 逃げ出そうにも、バスとかタクシーとかはおいそれとはつかまらない、そして、夜に繁華街とかに出かけることのできないような、へんぴな場所が候補地となることが多いようです (^^;

 

 私が研修を受けたのは、秋田県の山の中でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 何泊くらいしたんだったか、細かいことは覚えていませんが、1週間近くは缶詰にされたと記憶しています。
 日中は講義やロールプレイングなど、仕事をしていく上で覚えておかなければならないことや身に付けておかなければならない様々なイロハを教え込まれました。
 夕食後は一応自由時間になっていますが、それはタテマエで、毎晩これでもか~ってくらいの宿題を出されて、睡眠時間もマトモに確保できないくらいの、研修という名のイジメが行なわれていました (^◇^) 。。。ケラケラ

 それが後に役に立ったとか、そういう記憶は無いのですが、その時に一緒だった同僚たちとはけっこううち解けて、仲間意識も強くなったことを覚えています。いわゆる、同じ釜のメシを食って戦った仲間たち、簡単にいえば戦友です (^^)v

 

 今回の日清食品のサバイバル研修も、やっている時には苛酷な3日間だと思いますが、あとから振り返れば、普通ではまず体験することのない非日常ですから、いい思い出というか、笑い話になると思うのですが、果たしてどんな3日間だったのかな(苦笑)

 研修の内容が漏れ伝わってくるようなことはないとは思いますが、現代の飽食や贅沢に慣れきった人間たちが、電気も携帯もテレビもない日々をどのようにして過ごしたのか、個人的にはとても興味がありますねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2009年8月27日 (木)

死んだふり

 先週の19日の事ですが、非常に珍しいというか、バカバカしいけど恐ろしい「事件」があり、翌日の20日に一斉に報じられました。

 事の顛末は以下の通りです。

 

  19日の午後11時ごろ、大阪府堺市の路上で、ミニバイク2台が信号無視や蛇行運転を繰り返していたところを、バイクでパトロール中の巡査長に見つかった。
 そこで22才の容疑者は自身のバイクを意図的に巡査長のバイクにぶつけて転倒させ逃走をもくろんだ。
 この容疑者は大暴れの末に取り押さえられ、傷害と公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕されたが、その直後から道路に寝転び、「死んだふり」をはじめたというもの (^^;

 「死んだふり」は2時間半も続けられ、現場から病院、そして所轄の堺署と場所を変え、最終的に署に呼び出された母親の呼びかけで目を覚ましたというものですが、これ、笑い話では済まないハナシとしてチョッと取り上げてみたい。

 

 問題なのは、死んだふりをした容疑者ではなくて、この容疑者を扱った警察側の対応が問題だったのではないかということ・・・

 この容疑者は、警察の調べに対し「眠かったから寝ていただけ」と話しているようですが、同署では「心臓も動いていたので、死んだふりというより寝たふり。拘置されるのが嫌だったんだろう。意識があるのはわかっていた」と語っており、あまつさえ「忙しいのにアホなことしてくれるな」と怒り心頭で語ったと報じられています。

 つまり、最初から「死んだふり」は演技だという事がわかっていて、警察側はおもしろがってこの容疑者をからかっていたフシがみられるからです。

 

 まず、救急車を呼んで病院へ搬送し、薬物による異常がないかを調べるために尿検査を実施しようとしたそうです。
 しかし、病院内でも死んだふりを続けていた容疑者に対し、病院側は男性器から尿道カテーテルを挿入して尿を採取したようですが、容疑者はこの時にもまったく反応を示さなかったという・・・ (^◇^;)

 しかし、演技だということは最初からわかっていたわけですから、ズボンなどを脱がせて男性器を晒させ、そこにカテーテルを突っ込むナンてことを警察側の判断だけで勝手にやっちゃっていいんですかね (^^;

 おそらく、警察側では、スッポンポンにすると言えば恥ずかしくて死んだふりを止めるだろうとか思ったんじゃないでしょうか・・・(苦笑)
 警察側の思惑に反して、それでも死んだふりを止めなかったので、成り行き上とりあえず脱がせることを始めれば止めるだろうと思ったけども、ズボンを脱がせても、パンツを脱がせても死んだふりを続ける・・・

 こりゃ、見せしめというか懲らしめというか、どこまで我慢できるかカテーテルを突っ込んで試してみようかという、はっきりいって「取り調べ」という名を借りた警察の「悪ふざけ」だったと私は思っています。

 なぜなら、薬物使用を疑うのなら、動かない人間の服を脱がせて、無理矢理カテーテルを突っ込んで尿を採取するなんて乱暴な方法をとらなくても、血液を採取して検査すれば事は足りるからで、尿検査の方が手っ取り早く結果がわかるとはいっても、本人の承諾も無しに膀胱から強制的に尿を採取するというのはいかがなものか・・・ (ノ_-;)ハア…

 私には、違法捜査というか、手順と人権を無視した「暴走行為」だと思えるのですが・・・

 

 こんな事が許されるようだと、例えば薬物使用を疑われた容疑者が、尿の提出を断った場合、寄ってたかって押さえつけられ、ムリヤリ服を脱がせられてチンポにカテーテルを突っ込まれ、尿を採取されるという事だってあり得ないハナシではないと思いませんか (^◇^;)
 あるいは、事故を起こしたドライバーに対し、飲酒検査をしようとして拒否され、それならと抑え込んでカテーテルを・・・ (^^;

 今回のチン事件、それと根本的には同じ事だと私は思うのですが・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 これ、マスコミはおもしろがって報道していただけで、そういう人権問題みたいな事に言及したところは無かったようで、問題にもされていませんが、もしかしてうっかり批判めいたことを言って警察側を刺激すると、後々の警察発表などに悪影響が出て会見の場などから締め出されるような事もあり得るから、それを恐れて目をつぶったナンてことはないんでしょうね・・・

 とても納得のいかない珍報道でした・・・ (__;)

 こういう時にこそ、大きな声をあげろよ!>人権団体

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月26日 (水)

わた曇

20090826021

 千葉県は佐倉市の上空で見かけた積雲です。

 モコモコした綿のように見えることから、わた曇とも呼ばれています。
 雲の種類の中では、一番低いところに浮かんでいる方の代表的な雲です。

 晴れた日にはよく見かけると思いますが、この雲が成長すると、夏によく見かける入道雲になります。

 爽やかな日和にこうした雲を見ていると、なんとなく吹く風も夏とは違ってきたようにも感じて、季節の移り変わりを感じます。
 実際、気温もむやみに暑くはなく、湿度もそれほどではなかったですから、明らかに季節は秋に向かっているように思えます。

 

20090826022

 これからは、雲も、もっともっと高いところにあるものを見かけるようになっていくんでしょう。

 この積雲も、ひつじ雲と呼ばれる高積雲や、いわし雲やうろこ雲と呼ばれる巻積雲に変わっていきます。
 そうなるとすっかり秋の空です (^^)v

 上の雲の図は、雲の名前(種類)というサイトからお借りしてきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 わかりやすくて、なかなかグ~です (^^)v

| | コメント (4) | トラックバック (0)

駒落ち

 私の愛するホークスは、先週の金・土・日と、パリーグの首位を独走する日本ハムとの三連戦がありました。

 結果は、今季初となる同一カードの三連勝で、6ゲームあった差もイッキに3ゲームまで減りました (^^)v

 上の写真は、金曜日の先発で勝利投手となった大隣、次が土・日と二日続けてお立ち台に立った長谷川、最後が15奪三振で完投勝利を収め、12勝目を挙げた日曜日の先発の杉内です ヽ(^o^)尸

 日本ハムは、新型インフルエンザの影響をモロに受け、主力を欠いたいわゆる「駒落ち」のチーム状態ではあったものの、三連勝は三連勝、誰にも恥じることはないし、引け目に感じる必要もない。

 例えば、ケガやスランプで主力が登録を抹消されたとして、それは選手の自己管理がなっていなかったからで、彼等がスタメンに名前を連ねることができなかったとしても、そんな事は敗戦のなんの言い訳にもならないことは周知の事実だ。

 

 しかし、どういう巡り合わせなのか、今週の週末にも日本ハムとの三連戦が予定されています(笑い)

 先週は、本拠地となる福岡ヤフードームでの開催でしたが、今週は敵地の札幌ドームでの開催です。
 まさか三連敗はしないと思いますが、1勝2敗ならオンの字だと思っています (^^;
 2勝1敗できたら上出来というか、はっきりいって出来すぎだと思います(苦笑)

 

 その前に、昨日から千葉マリンでのロッテ三連戦が行なわれています。

 最低でも勝ち越して、勢いを維持したまま札幌に乗り込みたいとは思うのですが、初戦で躓いた昨日の試合を見る限り、難しいかも・・・ (^_^;

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年8月25日 (火)

謙虚

 いや~、興奮しました ヽ(^◇^*)/

 

 日曜日の夜、世界陸上の女子マラソンが行なわれ、第一生命の尾崎好美が、2時間25分25秒のタイムで銀メダルを獲得したのをテレビ観戦したんですが、前日の男子マラソン以上の興奮と感動を頂きました(笑い)

 

 なんというのかな、男子マラソンが静かに淡々と展開したレースだったのに比べると、女子マラソンは前半こそ大きな団子で展開しましたが、後半は実に見応えがあるダイナミックなレースでした (^^)v

 それは、男子は早々にトップ集団がケニアとエチオピアのアフリカ勢に決まってしまって、それ以外の選手たちはほとんど優勝争いに絡む事ができなかったから、見ている方も盛り上がりに欠けてしまったんじゃないかと・・・

 それに比べると、女子の方は、最後の最後までどうなるか予想のつかない展開でしたから、やっている方は堪らなかったでしょうけど、見ている方は楽しめましたよね(笑い)
 最後の尾崎と白雪のマッチレースなんか、本当に手に汗握るという表現がピッタリな感じ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 レースは、中間点を過ぎても大きな集団のままで、お互いに牽制しあって非常に退屈なレースでした (^^;
 もちろん、日本勢の4人も、尾崎と加納は集団の中段に、藤永と赤羽は後方にではありましたが、全員先頭集団の中に入っていました。

 動きがあったのは30キロ手前あたりから・・・
 徐徐にペースが上がり、藤永と赤羽が遅れ始めます。
 集団は10人程度に絞られ、尾崎と加納の二人もしっかりと食らいついていました。

 30キロを過ぎると、さらにペースは上がり、先頭集団はロシアのユラマノワ、中国の白雪、エチオピアのメルギア、そして日本の尾崎の4人になります。

 先頭集団と第2集団との差はますます広がり、35キロ手前ではトップを走っていたユラマノワが脱落。3人でのメダル争いになります。

 35キロ過ぎで尾崎が仕掛け、トップに立って白雪とメルギアを引っ張ります ヽ(^o^)尸
 この辺は見ていてワクワクしましたねぇ(笑い)

 37キロ過ぎに二人に捕まり、先頭争いを繰り返します。

 40キロ通過は2時間18分10秒。
 加納は8位、藤永は15位、赤羽は32位で通過。
 3人によるトップ争いは熾烈を極め、尾崎も果敢な攻めの走りを見せます o(*^▽^*)o

 40キロを過ぎると尾崎がもう一度トップに立ち、白雪が続きます。
 メルギアは遅れ、ここからは完全に尾崎と白雪の一騎打ちになりました。
 私にとってはここが一番盛り上がったところです o(*^▽^*)o~♪

 41キロ過ぎに白雪が尾崎を抜き返してトップに立つと、差を開きつつそのままゴールに飛び込みました。
 尾崎も必死に白雪の背中に追いすがったんですが、わずかに届きませんでした・・・ (__;)ガクッ

 

 白雪のタイムは2時間25分15秒で初優勝。
 尾崎は、10秒差の2位でゴール。
 加納は7位入賞、藤永は14位、赤羽は31位でゴールした。

 また、日本はマラソン団体戦で銀メダルを獲得しました。

 

 以下は、レース後に語った尾崎のコメントです。

 「メダルを獲れると思っていなかったのでうれしい。最後に力尽きたけど、今の状態では満足できる結果です」

 「山下監督を超えられなかったのは残念だけど、とりあえず追いつけた。やっぱりここで金メダルを獲ったら調子に乗りそう。まだまだやれよってことだと思う」

 う~ん、最近のアスリートのコメントにはいつも感心させられることが多いんですが、この謙虚なコメントはどうですか(笑い)

 

 それにしても、小さな身体で一生懸命に走った尾崎は見事だったと思います。
 しかし、小柄なワリには、尾崎って足が長いんですよねぇ(笑い)
 全身のバランスからいうと上半身がメッチャ小さいの (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 個人的には、汗がこぼれ落ちる上気した顔でインタビューを受ける尾崎が、とっても可愛くて魅力的だったです (〃'∇'〃)ゝエヘヘ

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2009年8月24日 (月)

汚名返上

 世界陸上の男子マラソンが22日に行なわれ、中国電力の佐藤敦之が2時間12分5秒で6位に入賞したと報じられた。

 今回の世界陸上で、私が一番楽しみにしていた競技であるだけに、録画して一生懸命に応援しながら見させていただきました (^^)v

 

 北京五輪以来、男子マラソンは高速化の時代を迎えた。
 今回の世界陸上でも、ケニアやエチオピアなどのアフリカ勢を中心にレースは展開し、日本勢は全員完走したとはいうものの、終始先頭集団の中には食い込めず、苦しいレースになった・・・

 私はもちろん、同郷である会津出身のエース、佐藤敦之を中心に観戦させていただきました(笑い)

 

 その佐藤敦之ですが、期待されて臨んだ北京五輪では最下位という、佐藤という選手を知っている者には信じられないような大惨敗に終わり、一時は引退も囁かれたランナーです。
 練習の虫と呼ばれた佐藤ですが、五輪後はショックが大きく、マスコミなどにも叩かれた事もあって、練習に身が入らず、サボる事も何度もあったようです (^^;

 五輪後に私が再び見た佐藤は、元日のニューイヤー駅伝に出場していまして、いつもの5区ではなく3区というつなぎの区間で5位という、まったく彼らしくないレースをしていました・・・ (__;)

 いつも走っている5区は、終始上り坂と強風に悩まされる難コースで、佐藤はいつもここで区間賞を獲る走りで中国電力の入賞に大きく貢献していました。
 こういう姿を見ているので、私は佐藤を「強い選手」という表現で語る事が多かったんですが、この日の佐藤は本来の走りができず、そうかといって佐藤のエントリーを回避させるほどチーム事情はよくないので、3区という比較的平坦な高速区間に配置されました。
 しかし、練習不足もあってまったくスピードに乗れず、区間5位という信じられない結果に終わりました・・・ (__;)ガクッ

 佐藤の不甲斐ない成績もあって、中国電力は貯金を作るどころか、タイムを縮める事さえできず、7位という最近にしては珍しくふるわない結果に終わったニューイヤー駅伝でした・・・

 ただ、この日のレースが佐藤の目を覚まさせたといいます。
 当時の彼のことばを借りれば、「きのうまで勝ってる選手にボロクソに負けておもしろくなかった」と会津っぽの冷めていたハートに火がついたという。
 負け犬のまま終わるのは、会津の人間ではない。屈辱から這い上がり、意地を見せてこそこその「会津っぽ」だ (^^)v

 

 序盤は先頭集団の中に佐藤を含む日本勢5人の全てが居た・・・

 7キロ過ぎに、清水将也が前の選手と接触して転倒し、他の日本人選手たちからは大きく遅れはしたものの、しっかりした足取りで前を追う・・・

 10キロ過ぎから先頭集団のペースが徐々に上がっていき、佐藤を始め日本勢はしだいに離されていく・・・
 15キロ過ぎにはさらにペースが上がり、この時点で日本勢は先頭集団からは完全に脱落・・・ (^^;
 佐藤と藤原が二人で前を追いかける展開になり、入船と前田が続き、清水は後方から遅れながらもマイペースでついていく・・・

 20キロ通過時点で、佐藤が日本人トップながら先頭とは44秒差の14位。その後に16位で入船、18位で藤原と続き、27位と28位で清水と前田が通過します。

 25キロは、1時間14分38秒で通過。先頭集団はケニアの3人にエチオピアとルワンダを加えた5人になり、日本人トップの佐藤は、先頭とは1分30秒遅れの14位。
 入船は16位、藤原は17位、清水は22位、前田は25位で通過・・・

 ルワンダのディシが棄権して、30キロでは4人に絞られたトップ集団は、1時間29分43秒で通過。
 佐藤は2分33秒遅れの14位で通過。入船は19位、清水は20位、藤原は22位、前田は30位・・・
 しっかりした足取りの清水が、徐々に、徐々に、前から落ちてくる選手を捕らえて順位を上げてきました。

 33キロ付近で清水が入船を抜いて18位に浮上 し、日本人2位となります。

 35キロは1時間44分56秒で通過。ケニアのキルイとムタイの二人がスパートし、エチオピアのメルガが徐々に引き離されていく・・・
 佐藤が14位から9位に浮上。トップとの差は3分27秒に。
 14位清水、15位入船、33位前田、48位藤原の順・・・

 最終的に、ケニアのキルイが2時間06分55秒で優勝。
 ムタイが2位に入り、ケニア勢がワンツーフィニッシュ。3位にはエチオピアのケベデが入った。
 佐藤が日本人トップの6位で入賞を果たし、清水は11位、入船は14位でゴール。
 前田は39位、藤原が61位に終わった。

 

 それにしても、41キロ過ぎからの佐藤敦之の追い上げは凄かったです ヽ(^◇^*)/
 それまでの走りとは明らかにスピードが変わり、ニューイヤー駅伝の5区でよく見る、前の選手との距離をドンドン詰めて、横からイッキに抜いていく、あの力強く伸びのある走りです。

 9位から一人、さらにもう一人と交わして順位を上げ、上位で一人棄権があったために、結果的に6位入賞を果たしました ヽ(^o^)尸

 

 ゴール直前のブランデンブルク門に入る時にコースを間違えかけて、係員に誘導されて慌てて向きを変えてゴールに向かうというハプニングもありましたが、ゴール直後に歓喜の雄叫びを何度も上げて喜びを爆発させていました(笑い)

 声は中継の映像には入っていませんでしたが、口の動きを見る限り、「やった~!」と叫んでいたように見えました。

 おそらく、入賞したとかそういう喜びよりも、世界の舞台で、スピードのあるアフリカ勢等を相手に戦い、しっかりとした手応えを感じた事に対する喜びだったのだと思います。
 そして、北京で味わった悪夢と屈辱を払拭し、汚名を返上した事に対しての喜びだったであろう事は言うまでもありません・・・

 

 各国上位3人のタイムで争う団体は、佐藤、清水、入船の三人の活躍により、ケニア、エチオピアに次いで3位となり、銅メダルを獲得しました ヽ(^o^)尸

 

 そして、今回のレースで一番評価が高いのは、やはり佐藤でしょうけど、清水の活躍も忘れてはいけないんじゃないかと・・・ (^_^ゞポリポリ
 順位はともかくとして、高速レースであるにもかかわらず、自分の力を冷静に見つめ、終始マイペースで走り抜きました。
 惜しむらくは、最後の最後でスタミナが切れ、ゴール寸前で3人に次々に抜かれ、入賞を逃した事で、もうチョイ余力が残っていたら8位で入賞していただけに、とても残念でなりません。
 日本勢の5人の中で、一番クレバーで安定したレースを展開していたと個人的には思っています。

 

 あと、蛇足ではありますが、解説を務めた瀬古利彦が今回の放送では珍しく秀逸だったなと(笑い)
 この人は、いつも放送の流れとは無関係のよけいな一言を言って視聴者の気分を壊す事が多いのですが、今回はいつになく寡黙で、しかもコメントは的確でした。
 いつもこんななら彼の解説も悪くはないなと (^◇^) 。。。ケラケラ
 やっと、オトナの解説ができるようになったのかな(爆笑)

 

 最後に、佐藤敦之がゴールする前後のシーンを動画にしてみましたので、ご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

 

 ゴール直前の、コースを間違えかけた問題のシーンですが、佐藤が門に近づいていく時に、右側から係員と思われるオヤジが現れ、右手を上げて紛らわしい仕草をするもんだから、佐藤が勘違いしてそちらにコースを変えてしまいます・・・
 明らかにこっちに行けというように右手を動かし、それを見て、佐藤が向きを変えた様子が伺えるので、こんなの係員としては言語道断だと思います q(`o')ブー!!

 アレで後ろの選手に抜かれてでもいたらと思うと、本当に納得いきません・・・
 それでなくても、若干タイムをロスしたのは明らかだし・・・ (ノ_-;)ハア…

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月23日 (日)

投票用紙

 来週は、衆議院選挙の投票日ですが、皆さんは投票には足を運ぶ予定ですか?

 今回ほどワクワクする選挙は、いまだかつて経験した事がないので、私は是が非でも投票してくるつもりです (^^)v

 

 ところで、投票所で渡される投票用紙ですが、先日、興味深いハナシをラジオで聞きました。

 投票用紙に候補者の名前を記入した後、折らずにそのまま投票箱に投入するという人は居ないと思います(笑い)
 で、たいていの方は二つに折ると思うのですが、この時にどのように折るか・・・というハナシです (^^;
 別に、折り方に決まりはありませんので、どんな風に折っても咎められるような事はないと思うんですが、たったこれだけの作業なのに、そこにその人の人間性が現れるんじゃないかというものです。

 

20090823011

 私は、1番のように、横に・・・というか、長辺を真ん中から二つに折って投票箱に入れていました。
 特に意味はありませんが、紙を二つに折るとなると、そういうふうに折るのが一般的かなと思っていたからです。

 もっとも、私の場合は、さらに長辺で二つに折るのが普通なので、結果的に投票用紙は四つ折りになります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、ラジオでは、2番のように、縦に・・・
 つまり、短辺を真ん中から二つに折って、細長い状態で投票する人の方が多数派だと言っていました (^^;
 その方が、投票箱の穴に入れやすそうだと思って、自然にそういうふうに折っているそうです。
 また、名前を記入する欄も縦書きになるように印刷されていますから、書いた流れでついつい縦に折っているだけなのかもしれません (^^;

 ちなみに、ティンクも穴に入れやすいからと、2番の折り方だそうです。

 

 いずれにしても、紙を二つに折るというだけの行為なのに、人によってそのやり方は大きく違っています。

 中には、投票用紙で紙飛行機を折って投票する人がいるかもしれません(爆笑)
 そんな事をしても、係員から注意されるとかはないと思うのですが、昔は開票作業の祭に投票用紙を開く作業が一番手間がかかったといいます。
 それぞれがそれぞれのやり方で紙を折るわけですから、開く方は本当にたいへんだったと思います。

 

 しかし、最近はプラスチックで作られた投票用紙が一般的になっているそうなので、投票された用紙は箱の中で独りでに開くようになっているそうです (^^;
 仮に、紙飛行機を折って投票しても、中で勝手に開くそうで、それならどんな風に折っても投票しても、開票作業にはほとんど影響はないといえます。

 プラスチックの投票用紙といってもピンと来ないかもしれませんが、薄いフィルムを想像していただければなんとなくイメージしていただけるかなと・・・
 最近の開票速報が、以前と比べて格段に早くなっているのは、実はこんなところにも理由があったりします (^^)v

 

 ただ、こうしたアナログな手法をいつまで採っているのだろうと私なんかは思っています。

 インターネットが普及しているからといって、どこででも投票できるという電子投票の実現はまだまだ難しいと思いますし、投票所に出向いて投票するという行為は、不正を防止する点からもやむを得ないのかなとは思いますが、紙に名前を書いて箱に入れるという原始的な手法はそろそろ終わりにしてもいいんじゃないかな。

 仕切りの付いたボックスの中で、ディスプレイに表示された候補者の名前をタッチするという手法なら、印刷代も材料費もかからずに、投票した時点で即集計ができるじゃないですか。
 それなら身障者の方やケガをしているような人でも投票に支障は出ないと思うし (o^∇^o)ノ

 もちろん、誤って触れても投票には反映されないように、触れた候補者の名前を一度表示して、これで間違いないか確認させるくらいのケアは必要でしょうけど・・・

 ただ、こういう方法だと、証拠が残りませんから、後で不正がなかったか確認する事が困難で、それで採用されないのだと思われますが、選挙のやり方なんてアタマを使えばどうにでもなると思うんで、もっとカネのかからない、効率的な手法に変えていくべきだと思いますねぇ。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年8月22日 (土)

ウザイんボルト

 ベルリンで行なわれている「世界陸上」において、ジャマイカのウサイン・ボルト選手が、100mに続いて200mでも、自身の持つ世界記録を大幅に更新し、世界新二冠を達成したと報じられた。

 

 いやはや、恐れ入りましたよ、ホント・・・ (^◇^;)

 

 100mの9秒58という記録も凄いと思うけど、今回出した200mの19秒19という記録も人間業じゃないね ヾ(;´▽`A``

 

 北京五輪の時から比べると、スタートが改善されたようで、それが記録更新に結びついたのだと思うんですが、まだまだ走っているフォームにはムダが多すぎてバタバタと走っているように見えてしまいますから、もっと走りのフォームをムダの無いように改善すればさらにタイムを縮める事も可能だと私は思っています。

 

 しかし、記録には素直に喝采を贈りますが、私はこのボルトという選手が嫌いです (^◇^) 。。。ケラケラ

 それで、タイトルも、「ウザイんボルト」と、もじってみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 どうして嫌いなのかといえば、やたらとチャラチャラしているからです。

 彼等スプリンターにとって、「走る」という事は「仕事」なわけでして、つまり、大会に出場するという事は会社に出勤している事になり、レースをしている間は「勤務時間」にあたると思うんですよ。
 その勤務時間中に、チャラチャラしているのが見ていてとても気になります。

 これは、ジャマイカ人特有の陽気な国民性からくるものなのでしょうか?
 それとも、ボルト選手固有のキャラなのでしょうか?

 

 例えば、往年のスーパースターだったカール・ルイスや、今回も出場しているタイソン・ゲイなどのように、ストイックにレースに臨む選手たちが居る一方で、ボルトのようにヘラヘラ笑いながらレースに臨む選手も居るわけで、どちらが好きかと問われれば、私は断然前者になります。

 私は、才能の上にあぐらをかいてチンタラやっている人間が大嫌いです。その反面、才能はそれほどではなくても、一生懸命に努力して自身を磨き、精一杯プレーしている人間には、仮に結果が伴わなかったとしても賞賛を惜しみません。
 だから、清原は大嫌いですが、イチローは大好きです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 もちろん、彼等にとっては「記録」こそが自らの存在を示しうる唯一無二のものであり、それを軽々とたたき出したボルトが責められるいわれは何もありません。
 しかし、速く走れば何をやっても許されるのかといえば、そんな事はないと思います。

 予選のレースで、力を抜いて走るなんて事はよくある事です。
 それ自体はなにも問題はありませんが、ボルトにいたっては、ゴール前に左右の選手を見ながらヘラヘラと笑っているじゃないですか (^^;
 ああいうやたらと軽いところが、私がボルトを好きになれない大きな理由です q(`o')ブー!!

 あのトラックに立っている選手たちは、皆それぞれの国の代表として来ているわけで、お互いにリスペクトしあうべきだと私なんかは思います。
 それなりの礼というか、応対の態度も気をつけるべきだと思っています。

 それなのに、ボルトは、スタート地点に立った時から終始マイペースです。他の選手たちの事なんか一切お構いなしで、自らのパフォーマンスに明け暮れています。
 スタート地点では、例えば目を瞑って精神統一をしたり、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとする選手も少なくないわけで、そういう選手たちにとってはボルト選手は本当にウザイ存在だと思います。

 

 レース中も、他の選手を観察するだけの余裕もあり、力を抜いても予選を通過できるとわかれば軽く流して笑いながら走る有様です。
 流すのはいいとしても、どうして笑う必要があるのでしょう・・・

 少なくても、仕事中にヘラヘラ笑っている人間を私は信用しません。
 笑顔で居るというのとヘラヘラ笑っているというのとでは、自ずと性格が違います。

 笑顔は社会の潤滑油であり、お互いの緊張や警戒心を和らげる事ができますが、ヘラヘラ笑っていると要らぬ敵を作りかねません (^^;
 相手を見下しているようにも受けとられかねないからです。
 現に、私はボルト選手が嫌いですから (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 仮に、ボルトが真摯な態度でレースに臨み、今回の大記録を打ち立てたとしたなら、私も素直に喜べるのですが、そうでないだけに、かなり複雑な心境で今回の報道を見聞きしています (^^;

 マスコミ的には、ボルト選手は華がありますから、あの弓を引くような独特のポーズなんかも含めてどうしても取り上げたくなるんでしょうが、個人的にはスポーツマンらしいとは思えず、なんとなくお笑い芸人みたいに見えるので、私は気にいらないですねぇ・・・

 ナンであんな奴の名前が歴史に残ることになってしまったんだろう・・・ (ノ_-;)ハア…
 それが神の意志なのか・・・ (__;)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月21日 (金)

船橋市丸山

 千葉県の船橋市に、「丸山」という町名があり、1丁目から5丁目まで存在します。

 

20090819002_2 

 

 これがその船橋市丸山の地図ですが、ご覧のように完全な飛地になっており、周囲を鎌ヶ谷市にグルッと囲まれています。

 船橋市の「丸山」が飛地だという事は、地元でもそれほど知られているハナシではないんですが、実は、鎌ヶ谷市にも「丸山」という町名が在って、こちらは1丁目から3丁目まであるという事はほとんど知られていません (^^;
 上の地図で見ても、ホンの1km程度しか離れていませんから、目と鼻の先に二つの丸山という地名が存在している事になります。

 

 実は、船橋のお店に勤めていた15年くらい前の事ですが、この船橋の丸山に配達に行った事がありまして、伝票の住所をいくら探しても目的のお宅が見つからなかった事がありました。
 丁目と番地は確かにそこに存在するのですが、そこのお宅の表札の名前が伝票に書かれているのとは違うんですよね (^_^ゞポリポリ

 で、伝票に書かれている番号に電話をかけて確かめてみたんですよ。
 もちろん、この当時は携帯電話なんて一般的な通信手段ではありませんでしたから、公衆電話を見つけてそこからかけるのが普通でしたが・・・ (^.^; ポリポリ
 すると、電話の向こうではそこは船橋の丸山だから、鎌ヶ谷の丸山に来いと・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 その時初めて知ったんですが、「丸山」という地名は「船橋」と「鎌ヶ谷」の両方に存在して、お互いに目と鼻の先にあるわけですよ・・・
 紛らわしいったらないですよね、ホント・・・ (ノ_-;)ハア…

 もちろん、勘違いしたのは私の落ち度ではあるわけですが、その当時は「丸山」といえば「船橋」だとばかり思っていまして、他にも同じ名前があるなんて夢にも思いませんでした。
 そんなわけで、「鎌ヶ谷市」と住所の頭に書かれていたとは思わずに、そそっかしい私は「丸山」という町名を見ただけで船橋の丸山に向けて走り出したというわけで・・・

 まぁ、間違えたとはいっても、目的地は目と鼻の先ですから大事には至らず、配達先の家人も笑って許してくれましたが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 同じ地名なんて、世の中にはたくさんありますから、似たようなご経験をお持ちの方はきっと少なくないんじゃないかな(苦笑)

 

 船橋市の飛び地であるこの「丸山」は、江戸時代に新しく開墾された、いわゆる「新田」の一つという事で、こうした新田はその後の市町村化や、さらにはそれら同士の合併の中で、飛び地となることが少なくないそうです。

 丸山は、その名前の通り丸い形をしており、周囲は谷になっていて、この地区は小高い山になっています。
 そのために、昔から水の便が悪く、周囲では稲作が行なわれていたにもかかわらず、丸山地区だけは水田が作れずに畑作が中心だったといいます。
 明治時代には、水の利権争いが絶えず、この時に丸山地区は鎌ヶ谷村ではなく、船橋町に属す事を選択し、飛地となって今に至ります。

 

 丸山地区内には、丸山小法典東小の二つの小学校がありますが、中学校はありませんから、船橋の藤原地区にある法典中学校に通う事になりますが、飛地ですから鎌ヶ谷市の馬込沢地区を通って通学する事になります (^^;

 

 地理的にいっても、船橋市の飛地として存在するよりは、鎌ヶ谷市に編入してしまう方が自然なのでしょうが、それぞれの自治体や住民たちにもいろいろと都合や思惑があるらしく、いつまで経っても飛地のままで存在しています。
 そして、いつも不利益を蒙るのは飛地内に住んでいる住民の人たちなんですよね (__;)

 そんな事を思うのは、よそ者の私だからであって、もしかしたら丸山地区に住んでいる方たちは、飛地である事になんの不都合も感じていなかったりして・・・ (^.^; ポリポリ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年8月20日 (木)

長狭米

 昨日、仕事で南房総市まで行って来ました。

 その帰り道、以前に寄った事のある「大山千枚田」に寄り道してみました。
 2年前の5月にここに立ち寄って、その模様を記事にした事があるんですが、あの時は田植えが済んで間もなくでしたし、稲刈りも近いだろう今頃は、棚田の様子はどんななんだろうと気になったので、せっかく近くまで来ているので、行ってみる事にしたわけです (^^)v

 

20090820003_2 20090820004 20090820005

 県道34号線から、千枚田のある大山地区に入っていく入口にあたる場所です。
 鴨川方面から東京湾に面した鋸南町方面に向かって走ってきて、ここを左折して山の中に入っていきます。

 次の写真は、県道から左折してすぐの道路で、決して広くはない道で、いきなり上りになります (^^;

 道なりにチョッと行くと、このようなトンネルがあります。

 

20090820006 20090820007_2 20090820008

 トンネルを抜けた先の道路です。狭く、曲がりくねった山道ですが、そう長くはないです(苦笑)

 チョッと登って行くと、すぐに左手に棚田が広がっているのが見えてきます。
 ここまで登ってくると、駐車場は目の前です (^^)v

 

20090820009 20070516006

 上の駐車場から、通り過ぎてきた下の駐車場方面を見たところです。

 右に、2年前に撮った田植えが済んだ頃の写真を載せましたので、見比べてみてください ( ^-^)/ ♪
 個人的には、水面が見える右側の写真の方が、より棚田らしく見えて好みです(笑い)

 

20090820010 20090820011 20090820012

20090820013 20090820014 20090820015

 上の駐車場からさらに上方向を見たところです。

 駐車場のところから、案山子が道に沿ってズラ~ッと並んでいました。
 地元の人が作った案山子らしく、通し番号と題名とが書かれていました。

 奥まで歩いて行って見てくるだけの時間的な余裕も根性もなかったので、駐車場の周りのものだけ写真に収めてみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 タイムリーな題材が多く、ハリーポッター、マイケル・ジャクソン、そして直江兼続らしき案山子です(笑い)

 

20090820016 20090820017

 あぜ道に咲いていた花たちです。

 左側は「ネリネ」、右側が「ハナトラノオ」です。
 ネリネは彼岸花に似ていて、私ももしかしたら見た事のない彼岸花かと思って写真に撮ったのですが、ティンクがネリネという花だと教えてくれました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 別名は「ダイヤモンドリリー」という事で、ヒガンバナ科に属するそうなので、彼岸花に似ていても不思議はないなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 ハナトラノオは、シソ科の植物という事で、これもティンクに名前を教えてもらいました (;^_^A アセアセ・・・

 

 

20090820018 20090820019 20090820020

 大山千枚田からの帰り道、県道を鴨川に向かって走っていると、ご覧のような稲刈りの光景に遭遇しました (^^;
 もちろん、今年稲刈りを見るのはこれが初めてです。

 タイトルからもおわかりのように、今日の本題はここからです(爆笑)

 来月に入れば、多くのところで稲刈りの光景が見られると思いますが、さすがに8月中に稲刈りをしているところを見るとは思わなかったので、さっそくデジカメを手に車を降り、撮影を開始です(笑い)

 下にも、動画をアップしましたので、コンバインが稲を刈り取っていく様子をご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

</p>

 

 

20090820021_2 20090820001_3 20090820002 

 その後、道沿いにあったお米屋さんに立ち寄り、チョッと話しを伺ってきました。

 お店の名前は「竹ノ内米店」といって、帰宅してネットで検索すると
HPをお持ちでした (^_^ゞポリポリ

 

 鴨川市は、市内を流れている川が京都の「鴨川」に似ているという事から、「加茂川」と字を変えて呼ばれていた事に由来し、もともとは「加茂川」と言っていたそうですが、町村合併時に「加茂」を「鴨」に変え、「鴨川」となったといわれています。

 その「加茂川」の流域は、この地域の古い土豪の一人である長狭氏の名前をとって「長狭地方」と呼ばれ、昔から関東有数の米どころとして知られていたそうで、明治4年に行われた明治天皇即位の大嘗祭に献上される米を作る斎田にも選ばれました。

 その長狭地方の中でも、棚田が広がる大山地区は、加茂川流域で最も源流に近い地域で、生産されるお米の品質ランクも最高と評価されているそうです。

 

 この長狭地方で収穫されるお米は「長狭米」と呼ばれ、香取郡の「多古米」と並んで千葉県のブランド米として市場に流通しています。
 シャリにこだわるお寿司屋さんのあいだでは、昔から長狭米がもてはやされてきたそうです。

 その長狭米の中心は、早場米の「こしひかり」と「ふさおとめ」の2品種という事で、他には「ふさこがね」や「あきたこまち」なども栽培されているそうです。

 毎年、今頃になると稲刈りが始まるそうで、長狭地方は千葉県内でも最も早い早場米地帯として知られており、早いところではお盆前に刈り取りが行なわれる田んぼもあるそうで・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 私は、「長狭米」という名前を今回初めて知りました (^^;
 機会があれば、一度食べてみたいと思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月19日 (水)

臨時収入

 皆さんは、占いとか信じる方ですか?

 

 うちのティンクはけっこう占い好きでしてね、毎朝テレビで放送している各局の占いコーナーをハシゴして見ています (^◇^) 。。。ケラケラ

 7時前に、千葉テレビ、日本テレビ、フジテレビと、次々にチャンネルを変えて見た後、8時前にはテレビ朝日の占いを見て、最後にフジテレビの「とくダネ!」の中でやっている「血液型選手権」で締めとなります(爆笑)

 毎朝、私の星座である「牡牛座」は○位だったよとか、今日のラッキーカラーは××だよナンて教えてくれるのが常なんですが、昨日はチョッと違っていましてね、「ピーちゃん、今日の占いはね、『臨時収入でニコニコ でも使わずに』だってよ」と教えてくれました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、そうはいっても、クライアントが運賃を振り込んでくれる日は、それぞれの会社の規定で決まっていまして、私のクライアントは、5日、10日、25日、27日、そして一番多いのが月末となっていますから、臨時収入といっても、こんな中途半端な日付での入金なんて普通はないわけですよ。

 あと、考えられるのは、荷物を運んだ先で、運賃を即支払ってくれる現金仕事か、めったに依頼されないクライアントから頼まれたスポット配送のイレギュラーな振り込みくらいです。

 

 で、騙されたと思ってATMに通帳を入れて記帳してみたんですよね・・・ (^_^ゞポリポリ

 そしたら、「ジジジ・・・」という、あの機械の印字音が一行分聞こえてきました・・・ w(゚o゚)W

 この時期に引き落とされる支払いは無いはずなので、通帳に記帳されるという事は「入金があった」事を物語っています・・・

 え~、マジかよ・・・ (^^;

 ・・・と思いつつも、入金があって悪い気持ちになるはずもなく、どこからの入金だったのか出てきた通帳を見てみました(笑い)

 そしたら、そこには・・・

 

 

 

 

20090819031_2  「リソク」と書かれていまして、入金欄には「2」と記載されていました(爆笑)

 

 まぁ、2円でも臨時収入には違いないわけですから、昨日の占いは見事に当たった事になりますが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 一応、占いが当たった事で、「ニコニコ」・・・
 もちろん、臨時収入はそのまま使わずに貯金しておきましたよ(爆笑)

| | コメント (4) | トラックバック (4)

2009年8月18日 (火)

珍しい車

 一昨日、鹿島神宮に行った帰り道、東関道の潮来ICそばにある、道の駅「いたこ」にチョッと寄ってみました。
 最近の私のマイブームとして、道の駅などで売られている農産物なんかを買い求めるというのがありまして、野菜が安く売られていないかと・・・ (^^;
 だって、最近の野菜は、スーパーなんかで買うと高いんだもの (;^_^A アセアセ・・・

 

 で、駐車場に車を停めて施設の方に足を向けると、何やら人だかりが・・・

 近づいて見ると、「珍しい車の夏祭り」と銘打って、ポルシェを中心としたスーパーカーがズラッ~と展示してありました ヽ(^◇^*)/

 私は、特に車に興味はないのですが、これだけまとまって展示してあるのを見るのは非常に珍しい事なので、せっかくですからゆっくりと観賞してきました (^^)v

 それぞれの車のダッシュボードには、簡単な車の説明がありましたが、私にはよくわからないので、車の名前と前後から撮った写真だけをアップさせていただきます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20090818002 20090818001

20090818003

 

 これが、展示してあった「ひかりの広場」と呼ばれるスペースです。

 この日展示してあった車は、ポルシェが10台と、その他の車が3台。
 なかなか豪華な顔ぶれでした o(*^▽^*)o~♪
 車の他にも、バイクとか展示してありましたが、そちらはほとんど興味がないので、簡単に素通りを・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 まずは、メインとなっていたポルシェの面々から・・・ ( ^-^)/ ♪
 気になる車がありましたら、ネットなどでご確認ください(苦笑)

 

 Porsche 904 GTS

20090818008 20090818009

 

 Porsche 911

20090818022 20090818023

 

 Porsche 911 フラットノーズ

20090818026 20090818027

 

 Porsche 911 カレラ

20090818028 20090818029

 

 Porsche 905K

20090818024 20090818025

 

 Porsche Carera GT

20090818010 20090818011

20090818012 20090818013

 

 これは、ポルシェのハイエンドモデルとなるカレラGTです。
 公道を走るロードモデルとしては、フェラーリ・エンツォに次いで国内では二番目に高価なクルマだそうで、価格は約5千万円という事です・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 今回の催しでも、やはりこの車が展示のメインだったようで、エンジンルームを開けて見せてくれたり、エンジンをかけるパフォーマンスなんかもしてくれたりして (^◇^) 。。。ケラケラ

 下に、その時の模様を動画に録ってみましたので、よければご覧ください。

 

 

 Porsche GEMBALLA 620 GTR

20090818020 20090818021

 

 Porsche GEMBALLA GTR 750 EVO

20090818014 20090818015

 

 Porsche 356 C

20090818030 20090818031

 

 Porsche GT3 RS

20090818018 20090818019

 

 

 以下は、ポルシェ以外に展示されていたスーパーカーです。

 

 Lamborghini Miura P400SV

20090818006 20090818007

 

 これは、ランボルギーニのミウラです。

 

 Ferrari 512 BBi

20090818016 20090818017

 

 こちらは、フェラーリの512BBiです。

 

 TOYOTA 2000GT

20090818004 20090818005

 

 そして、個人的には一番惹かれた往年の名車、トヨタの2000GTです ヽ(^o^)尸

 いろんな車の中でも、やはりこの車が私の中では一番のスーパーカーですね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 今日の記事は、かなり読み手を限定したものとなっていますが、私の記事はそういうものが多いので、いつもの事として読み飛ばしてください (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月17日 (月)

鹿島神宮

 昨日、茨城県の鹿嶋市にある「鹿島神宮」に行って来ました。

 先週、利根川を挟んで千葉県側にある「香取神宮」に行って来たので、どうせですから、今週は対岸に渡ってみようと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 鹿島神宮が作られたのは、一説には紀元前660年といわれ、それが本当なら日本でも最古参の神社の一つという事になります。

 それはともかく、平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは、「延喜式神名帳」によると、「伊勢神宮」「鹿島神宮」「香取神宮」の三社だけだったといわれますから、東国のみならず、日本国内においても由緒正しい神社だったという事が伺えます。

 

 下は、境内で撮ってきた鹿島神宮の写真と、境内の案内図です。

 

20090817002 20090817008

 

 これは、朱塗りの楼門で、熊本の阿蘇神社、福岡の筥崎八幡宮と並んで日本三大楼門の一つになっているそうです。
 この三つの楼門がどういう基準でベスト3に選ばれたのかは不明ですが、三本の指に数えられるという事はそれだけでも名誉なことだと思います (^^)v
 この楼門は、寛永11年(1634年)に、水戸初代藩主の徳川頼房によって奉納されたそうです。
 ちなみに、頼房は水戸黄門と呼ばれた徳川光圀の父親です。

 左側の写真は、外から境内の中に向かって見たところ、右側は、中に入って楼門を裏手から見たところです。

 

20090817003 20090817004 20090817005

 

 これは、楼門をくぐって、奥宮に通じる参道を見たところです。
 参道の左手には社務所、右手にはおみくじを販売している建物と、その奥には鹿島神宮のメインの社殿となる「拝殿」と「本殿」が見えます。

 

20090817006 20090817007

 

 これは、拝殿を正面から見たところと、その奥に建っている本殿を撮った写真です。
 建物の横手は立ち入り禁止のエリアが設けられていて、本殿の全体像を納めることができませんでした (^^;

 下に、公式HPから拾ってきた「境内の案内図」を載せましたので、写真と見比べてみて下さい ( ^-^)/ ♪

 

20090817001_2

 

 

 これは、境内にあった「鹿園」で、鹿たちにエサを与えている親子連れの様子を録った動画です。
 エサはそばにあるお店で買うのですが、中身はニンジンです(笑い)
 鹿たちにとってニンジンはおやつであり、主食はおからだそうです。

 「鹿島神宮」という名前からもわかるように、鹿はこの神社のシンボル的な存在なのですが、もともとは「香島」という名前だったそうで、奈良時代に神の使いとされる鹿の字を取って「鹿島」と書くようになったと伝えられています。

 神社で鹿というと、奈良の「春日大社」が有名ですが、藤原氏によって「春日大社」の建設が始まると、767年に、鹿島神宮にいる白い神鹿の背に分霊を乗せ、多くの鹿を引き連れて1年かけて奈良まで行ったとされています。
 つまり、春日大社の鹿たちは、鹿島神宮から連れてこられた鹿たちの子孫という事で、そのルーツは鹿島神宮にあったという事を昨日初めて知りました (^_^ゞポリポリ

 全国的には、春日大社の方が断然有名だと思いますが、鹿島神宮の方が歴史的にはずっと古い神社なんですね o(*^▽^*)o~♪

| | コメント (0) | トラックバック (5)

2009年8月16日 (日)

日本人の底力

 11日早朝に起きた、静岡・駿河湾を震源とする震度6弱の地震により、一部区間が不通となっていた東名高速道路は、復旧工事が完了し、予定していた今日の午前0時に通行止めが解除されて全面開通されたと報じられた。

 

 いや、それにしても驚きました。

一昨日、工事方法の変更を発表した時点で、15日中に開通させたいという関係者のコメントを聞きましたが、あの状況では正直いって無理だろうと思っていただけに、予定通りに工事を進め、開通させた工事関係者には、頭が下がると同時に、かつて高度成長時代によく行なわれた「突貫工事」で、何が何でも予定通りに工事を進めて工期までには絶対に間に合わせるという、日本人の意地というか、プライドを見せてもらった思いです。

 

 しかし、日本人って淒ぇなぁと、あらためて思い知らされましたよ・・・

 

 ただ・・・
 地盤が思ったよりも軟弱だったという事で、開通を急がせた裏で、安全面が犠牲になったという事はないのだろうか・・・ (^^;

 私も利用する可能性が非常に高い道路であるだけに、とりあえず「車が走れればいい」というだけの道路でない事だけを祈ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

くさかんむり

 「花」という漢字の画数は、いくつですか?

 こんな質問をされた場合、あなたなら何画と答えますか?

 7画
 8画
 それとも、10画ですか?

 

 答えは、全て正解なのですが、どうしてこんなややこしい事になっているのでしょう・・・

 問題は、「花」という漢字を構成している「くさかんむり」と呼ばれる部首にあります。

 この「┼┼」の部分が、新字体だと「3画」旧字体だと「4画」になり、つくりの「化」と合わせて7画だったり8画だったりするわけです。

 新字体だと横の線はつながっていますから、「3画」ですが、旧字体だと「┼ ┼」と表記されたり、「┤├」のように表記されたりして、いずれも「4画」になります。

 

 しかし、「くさかんむり」は、もともと「艸」(見えていますかね (^^; )という文字でしたから、姓名判断などの本では「6画」として扱われている場合が少なくありません。

 今は、「3画」と数える書籍が多数派のようですが、かたくなに「6画」と述べている書籍も存在しているのが事実です。

 

 私なんかは、姓名判断などの類はまったく信用していませんから、何画といわれてもはっきりいってどうでもいいのですが、世の中にはそういう事にこだわる人が多いので混乱をきたす事になります。
 「くさかんむり」を3画で数えると字画が良いけど、4画とか6画だと悪くなるとか・・・ (^^;

 

 そんな事言い始めたら、キリがないと思うんですがねぇ(笑い)
 だって、今使われている漢字って、ほとんどがもともとの字体から省略を繰り返されて、今の書体に落ち着いたわけですよね。
 例えば、「礼」という文字は、「禮」を省略したもので、「禮」だってその前は違う書体だったかもしれないわけですから・・・

 だったら、戸籍に登録した時の文字がその人の名前という事でいいんじゃないかと私は思いますよ。
 そこに書かれている書体で数えればいいだけの話しなんじゃないかな (^^)v

 

20090816001_3  ・・・なら「7画」

 

20090816002  ・・・なら「8画」

 

20090816003  ・・・なら「10画」
 (こんな文字はありませんが・・・ (^^; )

 

 ちなみに、似たような話は「くさかんむり」だけではなく、例えば次のような部首についてもいえます(笑い)

 「さんずい(津)」は、もともと「水」なので「4画」
 「りっしんべん(快)」は、もともと「心」なので「4画」
 「けものへん(猿)」は、もともと「犬」なので「4画」
 etc. etc.・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月15日 (土)

会津の人

 月遅れのお盆で、例年なら私も実家のある会津に帰省しているのが通例なんだけど、今年は諸般の事情により帰省は断念して、成田のアパートでのんびりと過ごしています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 お盆中であるにもかかわらず、仕事の依頼も毎日入ってくるので、有り難い事この上ないです。

 で、今日は私の故郷である「会津」を偲んで、チョッと会津にまつわるエトセトラでも語ってみようかと・・・(笑い)

 

 「会津」ということばを聞くと、たいていの方は薩長に代表される明治政府軍と対立し、戊辰戦争で敗れた「逆賊」というイメージをお持ちの方がほとんどだと思いますが、私を始め、会津人の多くは誰もそんな事は思っていません(笑い)

 「勝てば官軍」ということばにも言い表されているように、戊辰戦争に敗れてしまったから「逆賊」の汚名を着せられてしまっただけで、仮に勝っていれば歴史の上で「逆賊」と呼ばれていたのは薩長側だっただけの事ですから・・・(苦笑)

 このように、「歴史」というのは、常に勝者側の言い分だけが史実として残っていくのが普通なので、私は学校の授業なんかで教えられる「歴史」は、全部とは言いませんが、そのほとんどは人為的にねつ造された「嘘っぱち」ばかりだという持論を持っています。

 

20090815031_3 20090815032_3   

 それはともかく、福島県は県内を南北に連なる奥羽山脈と阿武隈高地の二つの尾根線を概ねの境界として、ヨコに大きく三つに分けられていまして、海側から「浜通り」「中通り」、そして「会津」と呼ばれています。

 気候や文化、住んでいる人々の気質もこれら三地方では大きく違っていまして、日々の天気予報なんかでも「浜通り」「中通り」「会津」と三つに分けて紹介されます。

 

 このように、「会津」というのは「福島県」の一部なわけですが、会津人の多くはそういうふうには思っていないのが普通じゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 よく笑い話なんかでも言われますが、「ご出身はどちらですか?」ナンて問いかけられる事があった際に、私を始めとする会津の人は「会津です」と答えるのが一般的だと思います。
 他の地方の出身の方が「福島の出身です」と答えても、会津の人は決して「福島出身です」とは言わないだろうと思います(苦笑)

 それを聞いた人が、「ああ、福島の方ですか」ナンて受けて答えても、「いいえ、会津です」とガンコに言い直すのが会津人の会津人たる所以です (^◇^) 。。。ケラケラ
 会津って福島じゃなかったかしらと思われても、会津人にとっては「会津」は今でも独立した国なんですよね(爆笑)

 

 会津人は、会津という歴史ある土地に誇りを持っていますから、「福島県」なんて後からできた行政区分に取り込まれるものかと、心の片隅で必死に抵抗しています(ウソウソ)

 廃藩置県が行なわれた明治4年、会津藩はそのまま「若松県」と名前を変えて再スタートを切りました。
 しかし、その5年後である明治9年に、「若松県」は廃止され、浜通りの「磐前県」や中通りの「福島県」とムリヤリ合併させられて、今の福島県が出来上がったという経緯がありますから、よけいにそう思うのかもしれません。

 

 第一、浜通り地方は、南部は茨城県の影響を色濃く受けており、ことばなんかも「だっぺ」に代表される茨城弁が主流ですが、北部は仙台の伊達の影響を受けています。
 また、中通り地方は仙台や米沢の影響を受けています。

 一方、会津地方は、越後の上杉に統治されていた時期もあり、地理的にも新潟に近いですから、気候もことばも他の二つの地方とは大きく違うために、どうしても会津は福島県の中では異質の土地柄という事になってしまいます。

 

 そんな中で培われた「会津人気質」は、夏は暑く、冬は雪に閉ざされるという、東北の盆地によく見られる特有の気候と、古来より盛んな教育、そして漆器や酒造など、ものづくりの伝統の中で培われてきた、「実直で粘り強く生真面目」と一般に呼ばれるもので、私なんかもよく仲間内で「クソが付くくらいのマジメな奴」と言われています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 けっこう飽きっぽいところもありますが、損得ではなく、「義理と人情」が私の行動の原点であるところなんかも、アナログな会津人を代表しているのかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 まぁ、私はかなりの変人ですから、会津に住んでいる人が全て私のような考えをしているワケではないと思いますが、身内意識がとても強く、よそ者をなかなか受け入れないという閉鎖的なところは、昔も今もそれほど変わっていないと思いますよ。

 

 そんな会津人気質をよく言い表していることばの一つに「会津の三泣き」があります。

 今日は、最後にそんなことばをご紹介して記事を締めさせていただきます ( ^-^)/ ♪

 

 他所から転勤などで会津に住む事を余儀なくされた時に、彼らは3度涙を流すといわれます。
 住み始めて1度、住んでいるさなかに1度、会津を去る時にもう1度・・・です。

 

 まず、その閉鎖的な人間関係が最初のハードルです (^^;
 よそ者扱いされて、なかなか土地に馴染めずに泣くといいます。これが最初の一泣きです。

 次に、住み始めてわかる事ですが、盆地特有の厳しい気候にも泣かされます。
 そしてこの頃になると、会津人は意外と情が深い事もわかって泣かされる事も少なくないといいます。これが二泣きといわれるものです。

 そして、会津を離れる日が来た時に、今度は会津を離れがたくて三度目の涙を流すといわれます。

 これが「会津の三泣き」で、戦後間もない頃にある新聞社の記者が会津に転勤でやって来て数年間を過ごし、会津を去る時に書き残した記事が元になっているそうです。

 

 義を貫き、武士道を全うしただけの会津藩に対して、よそ者の明治政府軍が行なった非道極まりない仕打ちに接し、会津の人々はよそ者に対する猜疑心と警戒心をより強め、排他的になっていきました。

 戊辰戦争なんて、大昔の出来事であり、そんな事を今でも引きずっていることを笑う人もいらっしゃるかもしれませんが、たかだか百年チョッと前の出来事であり、せいぜい4~5代前の先祖が受けた仕打ちです。
 具体的に言えば、私の父の、祖父さんか曾祖父さんあたりの世代がそれにあたります。

 イジメは、した方は忘れてしまうことが多いそうですが、された方はいつまでも心の傷となって忘れることはないといいます。
 たかだか百年程度の年月で、過去のこととして水に流してしまうワケにはいかない事情が会津に生まれ育った人達の間にはあるんですよ。

 だから、他所から会津に移り住むとなると、今でもけっこう苦労すると思います (^^;

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年8月14日 (金)

二国の車窓

20090815000  タイトルの「二国」というのは、都内から横浜方面に通じている「京浜第二国道」の事を指していまして、一般にいうところの「国道1号線」の事を、京浜地区では通称として「二国(にこく)」と呼んでいます。

 

20090815007_2

 上の地図をご覧頂きたいのですが、東側から、国道15号線国道1号線、そして有料道路となる第三京浜国道の、三本の大きな国道が都内から横浜方面に伸びていまして、それぞれ第一京浜国道第二京浜国道第三京浜国道と呼ばれています。
 特に、最初の二つの道路のことを「いちこく」「にこく」と地元の人は呼んでいます。

 昔、フランク永井が歌ってヒットした「夜霧の第二国道」に歌われている道路が、この京浜第二国道、通称「二国」であることは有名なハナシで、私もかつてこのブログで記事にしたことがあります。

 

 それはともかく、先日川崎市に納品に行った際に、普段はめったに走ることのない「二国」を久しぶりに走ってみたので、運転席から見える車窓を写真に撮ってみました。
 いずれの写真も、奥が川崎・横浜方面です。

 

20090815001 20090815002

 これは、品川区の五反田駅前です。
 ちょうど、ホームに山手線が止っています。

 次は、大田区の馬込付近です。
 道路の先に、横須賀線と新幹線の高架が見えます。

 

20090815003 20090815004

20090815008 20090815009

 上の2枚の写真は、いずれも大田区の馬込付近で撮ったものです。
 下は、右側に写っている歩道橋の写真を切り取ってみたもので、「国道1号」と「第二京浜」の文字が書かれています。

 

20090815005 20090815006

 大田区の池上付近で撮った写真です。
 最初の写真が「本門寺入口」の交差点で、「池上本門寺」の看板が見えます(笑い)

 次が、大田区の多摩川付近の写真で、間もなく多摩川に架かる多摩川大橋を渡って、神奈川県の川崎市に入るところです。

 

 こんな写真を見ても、特におもしろいとかいうわけではないと思いますが、「二国」ということばの存在を知っていただく事と、なんとなくでもいいので、「二国」の車窓ってこんななんだと思っていただければ幸いです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月13日 (木)

帰省

 今日辺りは、時期的には月遅れのお盆にあたりますから、会社なんかも夏休みを取るところが多く、この時期の風物詩として「帰省ラッシュ」が見られる頃になりましたが、今年はちょっと事情が違ってきたのではないでしょうか・・・

 

 一昨日の早朝、静岡県の焼津市や御前崎市などで震度6弱の地震があり、交通の大動脈の一つである東名高速の一部が崩壊して部分的に通行止めになってしまったからだ・・・

 当然、帰省のマイカーに与える影響は大きいはずで、このお盆に東名を使って帰省を予定していた人たちはどうするのだろうと・・・

 名古屋以西に向かう人たちなら、中央道を使えば問題ないわけだけど、ただでさえ混み合うお盆の中央道ですから、東名を使う予定だった人たちまで乗り入れられてはたいへんな事になるのは目に見えています。

 そうかといって、今さら鉄道や飛行機を使おうと思っても、乗車券の手配はたいへんだと思う。

 

 なら、いっその事、今年は「帰省を取り止める」という選択肢はないのだろうか(笑い)

 

 個人的な事ですが、毎年お盆に帰省していた私ですが、今年は曜日の配列が悪いのと、仕事量が減ってしまって売上げが悪いのとで、早々にお盆の帰省は断念しました (;^_^A アセアセ・・・

 毎年、バカの一つ覚えみたいに、お盆には「帰省」というワンパターンに走るのはいかがなものか (ノ_-;)ハア…
 少なくても、東名利用の方たちにとっては、今年はそういう当たり前に思われている「奇行」を見直すいい機会なんじゃないだろうか・・・ (^^;

 

 帰省するには、ある程度の長期休暇が必要であり、それにはGWやお盆の夏休みはもってこいというのはわかるんだけど、毎年毎年、物差しで測ったように同じ事を同じように繰り返す必要が果たしてあるのだろうか・・・

 今回のように、いつもと違った「何か」があるのなら、他のことを考えてみるのも一興だと思うんですがねぇ(笑い)
 状況に応じて、臨機応変に行動を変えてみるのは、オトナとしてのたしなみというか分別じゃないかと私なんかは思うんですが (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 こういったアクシデントを、マイナスに捉えるのではなくて、逆に前向きに考えて、この機会だからと何か新しいことにチャレンジするのに絶好の機会なんじゃないかと私は思いますよ。

 マイカー利用で帰省するつもりだったのなら、他の交通機関のように前もって乗車券を購入しているわけでもないでしょうから、計画の変更も容易だと思うんですよね。
 もしか、ご近所へのお土産を買ってあったとしても、そんなのはお詫びの一言を添えて宅配便で送ってしまえばいいんじゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 いつも以上に混み合うとわかりきっているのに、いつもと同じように行動するのは、芸がないというか、はっきり言って○○なんじゃないかと私は思いますねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 あ、上の○○には、「無謀」とか「徒労」とかの、当たり障りのないことばを入れてくださいね~ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月12日 (水)

覚悟

20090812001_2

 昨日、仕事に行く途中でこんな車を見ました(笑い)

 「この道より我を生かす道なし この道を歩く」

 これは、武者小路実篤の言葉で、この車はおそらくそれを書いたんだと思います。

 多少言い回しは違っていても、言いたいことは伝わってきます。

 

 人は誰でもそうだと思いますが、常に迷いつつ生きているんじゃないでしょうか。

 今の仕事でいいのか・・・
 もっと自分に合っている仕事があるんじゃないか・・・
 そう思っている人は多いと思います。

 

 私自身も、転職は何度も繰り返してきましたから、そういう思いはよくわかるつもりです。

 しかし、そういう私が言うのもナンですが、サラリーマンなら、どこに勤めても大きな違いはないというのが正直なところです。
 別の会社に転職しても、目先の給料や仕事の内容が多少違うくらいで、期待していたほどのモノはないのが現実ではないでしょうか・・・

 「隣の芝は青く見える」とよく言われますが、実際に隣に行ってそばで見ると、思っていたほど青くはなく、自分の家の芝と同じ色をしていることがわかると思います。

 転職した先で、やっぱり辞めるんじゃなかったと思った人も少なくないと思います。

 

 脱サラをして、自営で職業ドライバーの道を選んだ私ですが、今思っているのは「これが私の天職だった」という事です。

 そして、この道を最後まで歩き通そうと思っている私がいます。

 それが、私の覚悟です (^^)v

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009年8月11日 (火)

青春のうた Best Collection その30

 みなさん、どうもです (^^)/
 今回も収録曲に沿って当時の思い出をつれづれに(^^;・・・
 お付きあい頂ければ幸いです。

 

 今回の収録曲は、私が小学校三年生から五年生の頃の作品です。
 したがって、リアルタイムで聞いた記憶はほとんどありません。
 いずれも、中学生や高校生になって、ラジオなんかで聞き覚えた作品ばかりです。

 ベトナム戦争や70年安保を控えた時代背景だったこともあって、学生運動が盛んに行なわれていた頃でもあり、反戦歌がよく歌われていた頃でもあります。

 今回の収録曲の中でも、「愛する人に歌わせないで」や「死んだ男の残したものは」は、明らかな反戦歌であり、「青年は荒野をめざす」や「もしもボクの背中に羽が生えたら」も、内容的には反戦歌といっていいんじゃないかと個人的には思っています。

 

20090811052_3 20090811051_3

 

   《収録曲》
 1:青年は荒野をめざす/フォーク・クルセダーズ 68年12月発表
 2:星に祈りを/ザ・ブロード・サイド・フォー 66年9月発表
 3:時計をとめて/ジャックス 68年5月発表
 4:愛する人に歌わせないで/森山良子 68年1月発表
 5:死んだ男の残したものは/高石友也 67年9月発表
 6:もしもボクの背中に羽が生えたら/五つの赤い風船69年2月発表

 

 「青年は荒野をめざす」は、一年間という限定活動をしていたザ・フォーク・クルセダーズの、最後のシングル曲だった。
 プロ活動は1年間だけだったものの、「帰って来たヨッパライ」・「イムジン河」・「悲しくてやりきれない」などの名曲を残し、解散後もそれぞれが独自の音楽活動を続け、音楽会に多大なる影響を与えた・・・
 この「青年は荒野をめざす」も、作詞が五木寛之ということで、少々異色な作品ではあるが、その分完成度は高い。

 

 「星に祈りを」は、正直あまりよく知らない作品で、ザ・ブロード・サイド・フォーとしては、やはり「若者たち」が一番のヒット曲であり、彼らを代表する作品だったと私は思います。

 

 「時計をとめて」は、聞いたことがありません (^^;
 というか、ジャックスというバンド自体を知らないので、彼らの作品を聞いたことがないのも無理はないんですが・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 「愛する人に歌わせないで」は、森山良子のごく初期の頃の作品です。デビュー2年目で、4枚目のシングルとして発表されたこの作品は、彼女の初チャートイン作品だったそうです。
 私が森山良子の作品を初めて聞いたのは、72年発表の「遠い遠いあの野原」でしたから、この作品の4年後ということで、中学2年生の時のことです。確か、出産で一時休業していた後の、カムバック作品だったと記憶しています。

 

 「死んだ男の残したものは」は、65年に「ベトナムの平和を願う市民の集会」のためにつくられ、声楽家の友竹正則によって歌われたのが初演といわれています。
 明快なメッセージと易しいメロディで、聞く人に戦争の虚しさを訴えるこの作品は、高石友也以外にもたくさんのアーティストたちによって歌い継がれている名曲です。

 

 「もしもボクの背中に羽が生えたら」も、正直あまりよく知らない作品なので、語る術がないんですが、聞いてみると何というか、とても懐かしい感じのサウンドが・・・(笑い)
 こういう、とてもシンプルな編曲というのは、私がフォークソングを聴き始めた中学生とか高校生の頃、あちこちでよく耳にしたなぁと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 以上・・・(^^ゞ 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月10日 (月)

香取神宮

20090810001 20090810002

 昨日、千葉県は香取市にある「香取神宮」に行って来ました。

 この神社は、茨城県の鹿嶋市にある「鹿島神宮」と並んで、成田市の近隣では名前の通った大きな神社であり、どちらもそばを通ったことは何度もありますが、境内の中にまで入っていったことは一度もありません (^_^ゞポリポリ

 近くに住んでいるのに、どんな神社なのか知らないままなのも悔しいので、せっかくだからティンクと二人で、参拝がてらに観光でもと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 昼過ぎに自宅を出、「成田IC」から東関道に乗って「佐原・香取IC」で下り、県道55号線で香取神宮の無料駐車場まで30分ちょっとのドライブです。
 勝手知ったる道筋なので、カーナビも必要ないくらい(笑い)

 広々とした駐車場と、うっそうとした深い森が私たちを迎えてくれました。
 下に、「香取神宮のHP」から拾ってきた境内の案内図を載せましたので、記事と見比べながらご覧下さい ( ^-^)/ ♪

 

20090810010

 

20090810003_2 20090810004

 無料駐車場から、案内図の下に載っている朱塗りの大鳥居をくぐり、両側から木々の枝がアーチのように生い茂った玉砂利の長~い参道を歩いてたどり着いたのが、写真の左側の「総門」です。
 初めて行ったので、神社の中の様子はわからなかったのですが、ご覧のように多くの参拝客がこの門のところまで脇道を通ってマイカーを乗り入れていました (^^;
 次に行く時には、歩くのがまだるっこしいので、私もここまで乗り入れようと思いました(笑い)

 総門からチョッと歩けば、写真右側の「楼門」です。
 この門は、元禄13年(1700年)に徳川幕府によって造営されたものだそうで、昭和58年に重要文化財に指定されました。

 

20090810005  20090810006

20090810007_2

 そしてこれが「拝殿」です。楼門を始め、朱塗りの建物が多い中で、漆黒の建物はひときわ重厚で荘厳な雰囲気を醸していました。
 白木で作られた神社や朱塗りの社殿は多く見てきましたが、黒塗りの社は記憶にないように思います。それがために、一目で感動してしまいました o(*^▽^*)o~♪

 屋根は、最初萱葺きだと思ってましたが、この記事を書くために調べると、桧の皮を重ねた桧皮葺(ひわだぶき)だという事で、私は初めて知りました・・・ (^^;

 この拝殿は、昭和15年に皇紀2600年を記念して国費により建て替えられたものだそうで、それまで拝殿として使われていたのが今の「祈祷殿」で、立て替えにより今の場所に移築されました。

 

20090810008 20090810009

 これは、「拝殿」の後ろに建っていた「本殿」です。神社の建物のランクでいえば、この「本殿」が境内の中で一番メインとなる建物になるはずなのですが、たいてい参拝客がお参りする「拝殿」の方がずっと大きくて立派なのが普通です(笑い)
 楼門と同じく、元禄13年の造営であり、昭和52年に重要文化財に指定されました。

 

 以上、滞在時間は、だいたい1時間とチョッと。
 簡単に主だったところをグルッと一回りしただけなので、まだ見ていないところもありますが、それはまたおいおいと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 9日 (日)

自分

 最近、私の周りでも、テレビなんかでも、自分のことを指す「一人称」で、「自分」と言う人が増えているように思います。

 本来、「私は・・・」と言うべきところ、「自分は・・・」と言うわけです。

 スポーツなんかをしている学生たちが口にするのならともかく、社会人になっても「自分は」と言っているのを耳にすると、ちょっと違和感を感じざるを得ません。

 

 言っている本人たちには悪びれた様子は見えないので、普通の感覚で口にするのだと思いますが、なぜ「私」ではなく、「自分」なのだろう (?。?)
 その方が格好いいとでも思っているのだろうか・・・

 

 個人的な感覚では、一人称に「自分」という代名詞を用いる社会人を見ると、大人になりきっていないような、なんとなく子どもっぽいイメージを受けてしまいます。
 いつまで仲良しクラブをやっているつもりで居るんだろうと・・・

 あるいは、軍隊的なイメージを感じることもあります。

 いずれにしても、「自分」というのは一般社会には馴染まない一人称だと私は思うのですよ。

 

 大人になったら、それなりの言葉遣いを身に付けるべきなんじゃないかと、私は思うのですがねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 あらたまった場において、「自分は・・・」なんて言っているのは、おかしくないですかね。

 それとも、そんな事考えている私の方がおかしいんでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月 8日 (土)

青春のうた Best Collection その29

 みなさん、どうもです (^^)/
 今回も収録曲に沿って当時の思い出をつれづれに(^^;・・・
 お付きあい頂ければ幸いです。

 

 今回の収録曲は、私が中学一年生から二年生の頃の作品です。
 フォークソングに目覚め始めた頃で、深夜放送をよく聞いていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 今回から、それぞれの音源を一緒にアップしてみましたので、記事中のそれぞれのタイトルをクリックすればメディアプレーヤーなどでお聞きになることができますよ ( ^-^)/ ♪

 

Sbc029a Sbc029b

 

   《収録曲》
 1:ケンとメリー~愛と風のように~/BUZZ 72年11月発表
 2:珈琲不演唱/高田 渡 71年5月発表
 3:赤色エレジー/あがた森魚 72年4月発表
 4:あしたはきっと/いとうたかお 72年7月発表
 5:出発の歌/上條恒彦と六文銭 71年12月発表
 6:雨が空から降れば/小室 等 71年4月発表

 

 「ケンとメリー」は、スカイラインのCMソングとしてよく耳にしました。
 私自身はそれほど思い入れのある作品ではありませんが、この作品をコピーしている仲間は当時たくさんいました。

 

 「珈琲不演唱」は、「コーヒーブルース」と読みますが、私は高田の作品はほとんど知らないので、この作品も聞いたことがありません (^_^ゞポリポリ
 知らない作品については、何もコメントすることはありません (^^;

 

 「赤色エレジー」は、よく聞いた作品です。こういう作風の作品は当時としても珍しかったので、かなりインパクトがありました。
 作品としてもそこそこヒットしたと思いますが、その後は鳴かず飛ばずで、アルバムなんかはけっこう何枚も出しているみたいなんですが、まったく聞いた記憶はありません。

 

 「あしたはきっと」は、まったく聞いたことがありませんし、いとうたかおというアーティストも知りません (;^_^A アセアセ・・・

 

 「出発の歌」は、よく知っています (^^)v
 上條恒彦というシンガーは、テレビの「木枯らし紋次郎」の主題歌を歌った人としてのインパクトが強すぎて、この作品でもそうですが、圧倒的でパワフルな声量が魅力的なんですが、それがために作品を選ぶというか・・・ (^^;
 しかし、この「出発の歌」のようにスケールの大きな作品というのは、彼の独断場ですね (*^.-^*)♪

 

 「雨が空から降れば」は、小室等のごく初期の作品ですが、彼の魅力がよく出ている秀作だと思います。
 それがために、吉田拓郎やかぐや姫などの他のアーティストたちにもよくカバーされていました。
 私がこの作品を初めて聞いたのも、かぐや姫のアルバムが最初でしたから・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 以上・・・(^^ゞ 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年8月 7日 (金)

甲賀

 一昨日、兵庫県の尼崎市まで仕事で行って来ました。

 その帰り道、名神高速を「栗東IC」で下り、国道1号線で亀山、四日市方面へ抜け、そこから国道23号線で名古屋市を抜けて、東名の「岡崎IC」から高速に乗りました。

 途中、甲賀市内を通ったので、今日はそんなハナシを・・・ (^_^ゞポリポリ
 タイトルが、「甲賀」となっていますが、別に忍者の話しをしようとかいうつもりはありません。念のため・・・(笑い)

 近畿方面に行ったことのない方でも、「伊賀」や「甲賀」という名称は日本人ならほとんどの方がご存じだと思います。
 たいてい、時代劇なんかに出てくる「忍者の流派」として見聞きして覚えたんだと思うのですが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090807003

 

20090807002 20090807001

 これは、国道1号線を走っていて見かけた方面案内板ですが、土地柄のせいか、「伊賀」とか「甲賀」ナンて物々しい地名を当たり前のように見かけたりするのがおかしくて(笑い)

 ところで、それぞれの地名の下に書かれたローマ字の読みをご覧頂きたいのですが、「Iga」はいいとして、「Koka」はどうですか?

 え~、「こう」じゃなくて「こう」でしょと思った、ア・ナ・タ・・・ 残念でした(笑い)

 

 関西にお住まいの方なら、こんな事は常識なのかもしれませんが、私も10年以上前に、仕事で大阪に行った帰り道、高速代を節約するためにと、天理から国道25号線を通って名古屋に抜けた時に、似たような方面案内板で「甲賀」の下に書かれていた「Koka」という読みにショックを受けた一人です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 「甲賀」は、もともと「こうか」と読むのが一般的だったわけですが、「伊賀」という名称が有名になると、山一つ隔てた「甲賀」の里に住む者達をライバルとして漫画や小説などの時代劇に登場させるようになりました。
 この時に、「いが」に対して「こうが」と誰かが誤読したのが、世間的に広まってしまったために、今では「こうが」と読む方が一般的になってしまったというわけです。

 

 しかし、時代劇などのフィクションの世界でならともかく、現実の世界では、やはり「甲賀」は「こうか」と正しく読むべきでしょう。

 人によっては、「こうか」でも「こうが」でも、たいした違いはないんじゃないかと思っている人も多いと思いますが、私は、人の名前や地名などの「固有名詞」は、巌に正しく読むべきだと思っている一人です。

 まぁ、「日本」の国名を、「にほん」でも「にっぽん」でもどちらでもいいですなんて、政府が言うくらいのいい加減な国ですから、そんな事を言っても空しいのはわかっていますが・・・ (__;)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

人の道

    20090727001

 

20090727004  これは、柏市にある「天満神社」の境内にあった石碑に刻まれていた一文なのですが、最初の2行は有名なので、皆さんもどこかで耳にしたことがあるんじゃないでしょうか。

 

 

 人間というものは勝手なもので、つい、「今の自分」を中心にして物事を考えがちです。
 自分もかつては子どもだったことさえ忘れ、「今の子ども達は・・・」とか、「今の若い者は・・・」とか口にしたりします (^^ゞ

 そういう時に、ふと思い出してほしいのがこの2行です ( ^-^)/ ♪

 自分から見て、いかにも幼くて、何をやらせてもまだるっこしいと嘆く前に、自分もこんな未熟な頃があったことを思い出せば、イライラした気持ちや怒りも収まって、あたたかく見守る気持ちも起きてこようというものです(苦笑)

 同じ意味で、年をとって動作が鈍くなったり、うっかりと物忘れをしたりするお年寄りも、いずれ自分も体験することだとわかれば、笑ったり蔑ろにしたりはできようはずもありません。

 いずれも、「人の道」としては基本中の基本と言えるべきものでしょうか・・・

 

 後の3行は、私もこの石碑を見て初めて目にした文なのですが、これがもともとの文章なのでしょうか (?。?)
 自らの不明をさらけ出すようで恥ずかしいのですが、この「石塚五十夫」という名前を私は存じませんで、ネットで検索してもほとんど引っかかってこないのが不思議で・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 「来た道行く道二人旅」という部分は、弘法大師の「同行二人」に通じるところがあるのかな・・・
 前の2行を踏まえると、これまで歩んできた人生も、これから歩んでいく人生も、自分一人だけの人生ではなくて、「過去の自分の上に生かされている今の自分」、そして、「今の自分の上に築かれていく未来の自分」というような意味になるのだろうと私は思うのですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 今までの人生の中で、自分を支えてくれたたくさんの人々のお陰で今の自分があり、今の自分の行いが後の自分の人生になっていくのだということがわかれば、一時たりともムダな時間なんて無いことがわかろうというものです。

 

 そして作者が一番強く言いたかったであろう部分が、最後の2行です。

 「過去」とは違って、一分先はおろか、一秒先だって「未来」はわからないわけですから、「今」をしっかりと生きていくことこそがより良い未来を手にするための秘訣というか、大事な事なんだと思います。

 ゲームのように、失敗したからといって「リセット」してやり直すことはできないわけですから、必然的に、一生懸命に、真剣に、「今」を生きざるを得ないわけで・・・

 

 最後に、天満神社の写真をアップして記事を締めくくりたいと思います。

 

20090727002 20090727003

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年8月 5日 (水)

気になる川

 先日、埼玉県に仕事で行った時に、越谷市で見かけた川の光景です。

 小さな川なんですが、上流中流下流と、それぞれ趣が違っていておもしろいなと・・・(苦笑)
 といっても、私が見たのはホンの4km足らずの流れでしたが、その中での上流、中流、下流という意味です (^.^; ポリポリ

 

20090805001

 これが、上流の様子で、自然な感じがよく残っています。

 田舎育ちなので、こういう眺めだと、個人的には親しみが持てるというか・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20090805002

 これは、中流の流れの様子です。

 なんというか、水面が道路とそう変わらない感じで、こんなだと大雨が降ったら溢れ出したりしないのかとても心配です。

 まぁ、埼玉県で水害があったというニュースは、ここ何年も聞いた記憶がないので、私の杞憂に過ぎないのでしょうが、それにしても、これだと水面から道路まで50cmもないんじゃないかな (^^;
 本当に大丈夫なんでしょうかねぇ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 こんな光景を目にしたので、今日の記事を書いてみようと思ったワケなんですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20090805003

 そして、これが下流の様子です。

 奥に、橋が見えると思いますが、先の中流の流れの先は、この橋のところまで暗渠になっていて、川の姿は見えません。

 再び流れが見えると、ご覧のようにキチンと整備された川となっています。
 所々に、写真にも写っていますが、木製の足場が設けられていました。
 見た目もきれいですから、こういう景色もなかなかいいもんだなと・・・

 ただ、上流と中流の流れから比べると、いささか小さすぎる川のようにも思えるので、もしかすると最近よくある、本流は暗渠のまま流して、一部の水だけ地表に出して流し、いかにも川らしく見せるという「見せかけの川」なのかなと・・・ (?。?)

 

 下に、地図を貼り付けてみました。
 この地図の場所が下流の写真を撮った場所になります。
 地図の左側が上流で、右側が下流になります。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 4日 (火)

愛知の風景

 先日、愛知県に仕事で行って来ました。

 関東に住んでいる私にとって、名古屋とか大阪とかは馴染みのないところなので、仕事が入る度に、なんとなくワクワクする気持ちになる反面、不安になる気持ちもあったりする私がいます。
 今は、カーナビがあるので迷うようなことはありませんが、それでも走り慣れていない分、名古屋高速や阪神高速を利用するのは今でも躊躇する私です (;^_^A アセアセ・・・

 以下は、そんな愛知県内を走っていて見かけた光景です ( ^-^)/ ♪

 

20090802004 20090802005 20090802006

 伊勢湾岸自動車道を西に向かって走っていて目にした光景です。

 「名港潮見IC」近くで撮った写真なんですが、このICの前後には、「名港東大橋」「名港中央大橋」「名港西大橋」と、連続して見事な吊り橋が架かっています。
 地図と見比べてみると、いくぶん青っぽいのが東大橋、白っぽいのが中央大橋、赤く見えるのが西大橋だと思います。

 

20090802007 20090802008 20090802009

 伊勢湾岸自動車道を「湾岸弥富IC」で下り、西尾張中央道を北上していて通った東名阪自動車道の「蟹江IC」の入口の写真です。

 一宮市にある「本町通り」の大きなアーケード街と、そこを抜けた先に在った「真清田神社」です。

 

20090802010 20090802011 20090802012

20090802013 20090802014 20090802015

 蟹江ICへ向かう途中で見かけ、時間調整のために立ち寄った「源氏泉緑地公園」の写真です。

 広々としている上に、なかなか落ち着いた公園で、ご近所の方々が音楽に合わせて何やら運動をしていました。
 中国系のような音楽が流れていましたが、太極拳ではないように感じました。
 誰が置いていったのか、あるいは捨てていったと表現した方がいいのかもしれませんが、ソファーふうの椅子まで置いてありました (^_^;

 下の写真は、俳句を刻んだ石碑です。ちょっと確認しただけで三つほど見かけました。

 林の中は、セミがうるさいくらいに鳴いていました。
 下に動画を貼り付けてみましたので、その様子をお聞き下さい(笑い)

 

 

 

20090802001 20090802002_2 20090802003

 最後に、よく話題になる名古屋市内のメチャクチャ広い道路です(笑い)

 片側4車線の広々とした道路が延々と続いています。これだけ広いと、車線変更はたいへんです (^_^;
 最後の写真なんか、右左折用のレーンも加えると片側6車線にもなります (^◇^) 。。。ケラケラ

 私なんか、片側1車線の道路を走ることが多いし、2車線あると広いと思う口なので、走っていてもなんか落ち着かないというか・・・ (^_^ゞポリポリ
 走る車線を選ぶだけでもたいへんですわ(爆笑)

| | コメント (6) | トラックバック (2)

2009年8月 3日 (月)

三里塚の祭 Part2

 昨日に引き続いて、三里塚地区の祭礼の模様をお伝えします。

 

 昨日、三里塚地区の祭礼の二日目が行なわれました。
 この日のメインは、三里塚交差点の近くに在る「天満天神社」周辺で行なわれる、神輿や山車が練り歩く様子です。
 こういうものは、いくら文章で綴ってもその場の雰囲気は伝わるものではないので、今日の記事はたくさんの動画や写真を並べたものとなっています(笑い)

 興味を惹かれる動画がありましたら、どうぞクリックしてご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

20090803025 20090803026

 天満天神社の境内に向かう参道です。
 たくさんの露天が並び、大きな幟がお祭りの雰囲気を盛り上げていました。
 この写真を撮ったのは16時過ぎですが、この頃になると次から次に見物客が神社に向かいます。

 

20090803024 20090803023

20090803022 20090803021

 出番を待つ山車と、三つの神輿です。
 上の神輿が大人の神輿、下の神輿は、左が女神輿、右が子供の神輿です。

 

20090803027 20090803028

 成田市で唯一といわれる「女神輿」の出発を待つ女性達です。仕切り手は「華緒会」の面々です。
 下に、出発の様子を動画にしたものをアップしましたので、ぜひご覧下さい ( ^-^)/ ♪

 

 

 

  これは、18時から大通りを通行止めにして行なわれた、「天神会」による大人神輿の出発の様子です。

 

 

 こちらは、三里塚区の山車が出発していく様子です。 

 

 

 三里塚区の山車と、本三里塚区の山車がすれ違う様子です。
 山車の屋根に乗った人同士が、互いに挨拶を交わし合うのが粋というかユニークというか・・・ (^◇^;)

 

 

 こちらは、本三里塚区の山車を曳く「本三里塚若睦連」の踊りです。
 なかなか息もあって見事な踊りでした。

 

 

 「天神会」による、神輿をかつぐ様子です。
 こちらも粋でしたねぇ ヽ(^o^)尸

 

 

20090803029 20090803030

 19時頃の大通りの様子です。
 この頃になると、通りは祭りの参加者と見物客でギッシリと埋まっていました。
 左側の写真が本三里塚区の山車側、右側の写真が三里塚区の山車側の通りの様子です。

 

 三里塚に住むようになってから8回目の夏ですが、こんなにしっかりと地元の祭りを見たのは初めてです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 今年はいい夏になりそうです (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 2日 (日)

三里塚の祭り

 昨日、私が住んでいる成田市の三里塚地区で祭礼が行なわれ、私の町内の路地にも山車が入ってきて、挽き廻しが行なわれました。
 せっかくですから、デジカメを持って部屋を飛び出し、写真と動画を録ってきました (^^)v

 以下は、その写真です ( ^-^)/ ♪

 

20090801031 20090801032

20090801033 20090801034

 バス通りとなっている三里塚街道から、町内の路地へと山車が入ってきたところを撮ってみました。
 大きなお祭りとは違って、こぢんまりとした感は否めませんが、それでも「オラが街のお祭り」を自分たちで行なっているという自負と気概のようなものを感じました (o^∇^o)ノ
 参加している人の顔ぶれは、子ども達からお年寄りまで、本当に老若男女が入り混じって楽しんでいました。

 下は、そんな山車が曳かれていく様子を録った動画です ( ^-^)/ ♪

 

 

 

20090801035 20090801036

20090801037 20090801038

 さらに路地の奥まで入ってきたところを撮ってみました。

 それぞれがそれぞれの役目をしっかり果たして、山車は次の路地へとゆっくり曳かれていきました・・・

 

 

20090801040 20090801041 20090801042

 これは、場所を変えて、先の路地から大通りに出、「三里塚交差点」に曳かれてきた山車を撮ってみました。

 山車の後ろの車や、交差点内の車の流れを一時的に規制して、芝山方向にゆっくりと90度曲がって行きました。

 その様子を動画に録りましたので、よかったらご覧下さい ( ^-^)/ ♪

 

 

 

 

20090801030 20090801039

 上の二枚は、オマケの写真です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 お祭りに花を添えてくれた女性達です。
 可愛いですねぇ o(*^▽^*)o~♪

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年8月 1日 (土)

伊勢湾台風殉難之塔

 30日の木曜日、愛知県に仕事で行って来ました

 津島市、大治町、一宮市の3ヶ所を回ってきたんですが、その途中、思いがけないものを見てきたので、今日はそんな記事を・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 午前零時に成田の自宅を出発し、経費を節約するためにも高速はできるだけ使わず、箱根を越えて国道1号線を使って西に向かい、「清水IC」から東名に乗り、「浜松西IC」でいったん下りてまた乗ることによって、通勤割引を2度使って高速代金を節約しました (^^)v

 そして、8時過ぎに、伊勢湾岸自動車道の「湾岸弥富IC」で高速を下り、西尾張中央道を北上して1件目の津島市に向かいました。

 走り出して間もなく、「西末広」の交差点で赤信号による停車をしました。
 最近の私の常として、信号待ちの間に何かネタになるような被写体を探すのがクセになっていまして、この時にも何かおもしろいものがないかとグルッと辺りを見渡してみたんですよね。
 そうすると、右脇に公園があって、トイレが目に入ったんで、ついでだから用を足していくかと思ってちょっと立ち寄ってみたんですよ (^_^ゞポリポリ
 納品の指定時間にはまだ十分な余裕があったもので・・・

 

 で、目的を果たした後で、ちょっと公園内を散策してみました。
 そうすると、何やら厳かな塔が立っていまして、「伊勢湾台風殉難之塔」と書かれていました。

 「伊勢湾台風」という名前や、それがもたらした大きな被害の事は、知識としては知ってはいましたが、50年も前の事であることと、被災地が住んでいたところからは遠く離れた場所であることとで、私にとっては単なる歴史上の出来事でしかありませんでした (^_^ゞポリポリ

 

 しかし、偶然とはいえ、そこに立ち寄ったという事には、なんらかの意味というか、因縁めいたものを感じてしまうのが私という人間です (;^_^A アセアセ・・・
 よくいわれるところの、何かに「引き寄せられた」というヤツです(笑い)

 で、散策ついでに、何枚か写真も撮ってきましたのでご紹介を・・・

 

20090803001 20090803002

 これが、「伊勢湾台風殉難之塔」で、正面から見た写真です。

 高さ約10mほどの塔で、基部となる台の両側には二つの彫塑がありました。

 

20090803003 20090803005 20090803004

20090803010 20090803006

 二つの彫塑の写真です。

 左側には、子どもを抱きかかえた女性の像、右側にはボートから被災者を助け上げている像がありました。
 いずれも、被災当時の悲しみが伝わってくるような、力強くリアルなもので、私のような通りすがりの者にも訴えかけてくる「何か」がありました。

 また、塔の先端には名前はわかりませんでしたが、仏像も安置されていました。

 

20090803011 20090803012

 塔の裏側の写真です。

 塔の基部には、何やら扉が設けられていました。
 という事は、もしかしたらこの塔は墓石のような役割もあって、身元不明とか引き取り手がなかったとかの無縁仏のお骨とかが納められているのでしょうか (?。?)
 その辺りの説明はありませんでしたが、なんとなくそんな印象を受けました。

 また、銘板があって、それによると、正面の「伊勢湾台風殉難之塔」という書は、塔が建立された昭和38年当時の愛知県知事の桑原幹根氏の手によるもの。
 両脇の彫塑は、愛知学芸大学助教授であった高木久成氏の作であることがわかります。

 

20090803007 20090803009 20090803008

 公園内にあった石碑です。

 洪水の底にて稲穂靡くかたち
             冬燕
 とありました。

 文才はないので、この句を読んだだけでは意味がわかりませんでしたが、そばにあった石碑に書かれた文を読んで、思わず目頭が熱くなりました。

 小さな石碑には、「舟で行く。水の下には稔った稲穂がぎっしり。水の流れによってその穂が一斉に動く。風に靡くのとそっくり。水中の稲穂よあわれ・・・」と書いてありました。

 台風が襲ってきた9月26日、田んぼには収穫を間近に控えた稲穂が黄金色に実っていたことでしょう・・・
 その稲穂たちが、洪水の水の底でまるで風になびくようにユラユラと靡いているというわけです。

 無情というか、あまりにも残酷な光景が脳裏に浮かんできて、堪りませんでしたよ・・・ (;_;) ウルウル・・・

 

 この台風によって亡くなられた方たちのご冥福をお祈りして、記事を終わらせて頂きます・・・

| | コメント (4) | トラックバック (1)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »