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2009年8月 1日 (土)

伊勢湾台風殉難之塔

 30日の木曜日、愛知県に仕事で行って来ました

 津島市、大治町、一宮市の3ヶ所を回ってきたんですが、その途中、思いがけないものを見てきたので、今日はそんな記事を・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 午前零時に成田の自宅を出発し、経費を節約するためにも高速はできるだけ使わず、箱根を越えて国道1号線を使って西に向かい、「清水IC」から東名に乗り、「浜松西IC」でいったん下りてまた乗ることによって、通勤割引を2度使って高速代金を節約しました (^^)v

 そして、8時過ぎに、伊勢湾岸自動車道の「湾岸弥富IC」で高速を下り、西尾張中央道を北上して1件目の津島市に向かいました。

 走り出して間もなく、「西末広」の交差点で赤信号による停車をしました。
 最近の私の常として、信号待ちの間に何かネタになるような被写体を探すのがクセになっていまして、この時にも何かおもしろいものがないかとグルッと辺りを見渡してみたんですよね。
 そうすると、右脇に公園があって、トイレが目に入ったんで、ついでだから用を足していくかと思ってちょっと立ち寄ってみたんですよ (^_^ゞポリポリ
 納品の指定時間にはまだ十分な余裕があったもので・・・

 

 で、目的を果たした後で、ちょっと公園内を散策してみました。
 そうすると、何やら厳かな塔が立っていまして、「伊勢湾台風殉難之塔」と書かれていました。

 「伊勢湾台風」という名前や、それがもたらした大きな被害の事は、知識としては知ってはいましたが、50年も前の事であることと、被災地が住んでいたところからは遠く離れた場所であることとで、私にとっては単なる歴史上の出来事でしかありませんでした (^_^ゞポリポリ

 

 しかし、偶然とはいえ、そこに立ち寄ったという事には、なんらかの意味というか、因縁めいたものを感じてしまうのが私という人間です (;^_^A アセアセ・・・
 よくいわれるところの、何かに「引き寄せられた」というヤツです(笑い)

 で、散策ついでに、何枚か写真も撮ってきましたのでご紹介を・・・

 

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 これが、「伊勢湾台風殉難之塔」で、正面から見た写真です。

 高さ約10mほどの塔で、基部となる台の両側には二つの彫塑がありました。

 

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 二つの彫塑の写真です。

 左側には、子どもを抱きかかえた女性の像、右側にはボートから被災者を助け上げている像がありました。
 いずれも、被災当時の悲しみが伝わってくるような、力強くリアルなもので、私のような通りすがりの者にも訴えかけてくる「何か」がありました。

 また、塔の先端には名前はわかりませんでしたが、仏像も安置されていました。

 

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 塔の裏側の写真です。

 塔の基部には、何やら扉が設けられていました。
 という事は、もしかしたらこの塔は墓石のような役割もあって、身元不明とか引き取り手がなかったとかの無縁仏のお骨とかが納められているのでしょうか (?。?)
 その辺りの説明はありませんでしたが、なんとなくそんな印象を受けました。

 また、銘板があって、それによると、正面の「伊勢湾台風殉難之塔」という書は、塔が建立された昭和38年当時の愛知県知事の桑原幹根氏の手によるもの。
 両脇の彫塑は、愛知学芸大学助教授であった高木久成氏の作であることがわかります。

 

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 公園内にあった石碑です。

 洪水の底にて稲穂靡くかたち
             冬燕
 とありました。

 文才はないので、この句を読んだだけでは意味がわかりませんでしたが、そばにあった石碑に書かれた文を読んで、思わず目頭が熱くなりました。

 小さな石碑には、「舟で行く。水の下には稔った稲穂がぎっしり。水の流れによってその穂が一斉に動く。風に靡くのとそっくり。水中の稲穂よあわれ・・・」と書いてありました。

 台風が襲ってきた9月26日、田んぼには収穫を間近に控えた稲穂が黄金色に実っていたことでしょう・・・
 その稲穂たちが、洪水の水の底でまるで風になびくようにユラユラと靡いているというわけです。

 無情というか、あまりにも残酷な光景が脳裏に浮かんできて、堪りませんでしたよ・・・ (;_;) ウルウル・・・

 

 この台風によって亡くなられた方たちのご冥福をお祈りして、記事を終わらせて頂きます・・・

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コメント

こんばんは^^

夢さんは遠くまでお仕事で行かれるんですね^^
一宮は主人の在所のお墓があるので年に一度行きます。

伊勢湾台風の話は、今までに何度か、主人の在所で聞きました。実際経験した方には忘れられない記憶なんですね。^^;

2000年9月にあった東海豪雨の際に、主人の叔母宅が床上浸水したんです。(室内で150cmほど水に浸かったと)
丁度我家が新築して1ヵ月後のことで、
「いいわね、あんたんとこは、新しい家に住めて」って叔母さん。我家、2次災害というのでしょうか、
なんとも言いようもなく、「すみません」が精一杯。
酷い災害は、心に爪あとを残し、記憶にも刻むなんとも恐ろしいものですね^^;

投稿: kyoro | 2009年8月 1日 (土) 23:44

 kyoroさん、どうもです (^_^)/

 先日の集中豪雨や竜巻など、被災された方にはお気の毒としか言いようがありませんが、たまたまそこで起きただけで、ここ成田で起こっていても不思議ではないわけですから、本当に自然災害は恐ろしいですね・・・

 私が体験した自然災害は、洪水と地震ですが、幸いどちらも私自身にはそれほど影響なかったので助かりました (^^;

投稿: 夢ピ | 2009年8月 2日 (日) 07:27

弥富あたりは、土地も低く水害に遭い易い土地でもあり、伊勢湾台風では、相当の被害があったようですね。
私の実家の名古屋市港区も、家の屋根まで海の水で浸かったと親から聞いています。
今では、高潮堤で囲まれており、高潮が来ても、堤防を締め切って、海からの水が陸地に入ってこないようになっています。
でも、台風が来ると、今でも心配になります。

投稿: すが太郎 | 2009年8月 2日 (日) 08:31

 すがさん、どうもです (^_^)/

 うわ~・・・ (^^;
 屋根まで水に浸かってしまったんですか・・・ (^^;;;

 そういう実体験をお聞きすると、こういう物見遊山ふうな記事はいかがなものかとふと思ってしまいますよ・・・ (^.^; ポリポリ

投稿: 夢ピ | 2009年8月 2日 (日) 08:47

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