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2009年9月14日 (月)

引退

 テニスの四大大会の女子ダブルスで、3度優勝するなど、日本女子の第一人者として長く世界で活躍してきた杉山愛が、今季限りでの現役引退を表明したと報じられた・・・

 まぁ、本人が引退を決意した事でもあるし、周りがとやかく言う事でもありませんから、それについては別に語る事も無いわけですが、いいきっかけでもあるので、私が普段から考えている「引退」についてチョッと語ってみたいと思います。

 

 「引退」ということばは、アスリートには必ず付きまとうものであり、そこには本人はもちろん、いろいろな人たちの「思惑」が絡み、その人の考え方や生き様が見えてきます。

 「引退」には、大きく分けて次の二つのタイプがあります。

 一つは、年齢や体力などがネックとなって、本人が納得して現役から引退するもの

 そしてもう一つは、ケガやチーム事情など、本人の意図とは無関係に現役を続けられなくなるものです。

 後者の場合は、ある程度やむを得ないものですから、当人も気持ちの上ではなかなか受け入れる事が難しいかもしれませんが、いやでも「引退」せざるを得ないので、これについては「残念」という言葉以外に、何も言うべき言葉は見つかりません。

 問題は、「引退」を自分で決める事ができる前者の場合です。
 今日は、これについて語ってみたい。

 

 よく、「引き際の美学」ナンてことばがあるように、年齢や体力などの理由から、プレーの質が現役を続けるに価しないと感じられるようになると、アスリートは引退を考え始めるようです。

 プロとして、あるいはトップアスリートとして、それまでと同じようなパフォーマンスが維持できないと思ったら、サッサと現役から身を引く・・・
 それは、ある意味わからないわけでもない。
 カネを払って見に来てくれるファンに対して、無様な姿を晒すのは「しのびない」とか「申し訳ない」とか思うのは、自らのプレーにプライドを持つ一流のプロなら、あるいはトップアスリートなら、当然の事かもしれないから・・・

 

 しかし、本人はそう思っていても、周りはそう思っていない事も少なくありません。
 ある日突然、「引退」を口にして周りを驚かせ、まだ早いだろうとか、まだやれるんじゃないかと言われる中、未練無くサッと身を引く姿はある意味潔いともいえます。

 サッカーの日本代表を務めた中田英寿なんかもそういう潔い「引退」をした一人です。

 しかし、そういう引退の仕方は、本当にファンに受け入れられているのだろうか・・・

 

 中には、気持ちを汲んで、「お疲れ様」とか言って引退を受け入れるファンも少なくないのだろうが、私はそういう引退の仕方を受け入れられない一人です。

 やろうと思えば現役を続けられるのに、あえて引退をするというのは、単なる「逃げ」というか、「現実逃避」、あるいは「敵前逃亡」とか「職場放棄」といえるような重罪なのではないか、そういうふうに思い、ふざけるなよと思っている一人です (^^ゞ

 

 私は、たとえボロボロになっても、いつまでも未練がましく現役にしがみつこうとしてあがき続けるアスリートが大好きです。
 そして、そういうアスリートに惹かれ、応援してきました。

 

 例を挙げるならば、昔でいえば、球団から何度も首を切られ、その度に他の球団に移籍して、45才まで現役を続けて「生涯一捕手」を貫き通した野村克也

 今でいえば、Jリーグが開幕する前から、プロ選手としてチームの中心で活躍し、今も現役でプレーを続けている三浦知良中山雅史

 三浦や中山は、すでにアスリートとしての旬は過ぎ、かつてのようなプレーなどおぼつかないのに、それでも42才の身体にムチを打ち、必死になって現役にこだわり、プレーを続ける姿に疑問を持つ方も少なくないと思います。
 「大物」であるがゆえに、経済的な心配もなく、辞めようと思えばいつでも辞める事ができるはずなのに、なぜそこまで現役にこだわり続けるのか・・・

 

 一般の選手たちならまだしも、彼等のような「大物」と呼ばれたビッグネームのベテランが示すそういう真摯でひたむきな姿こそ、本当の意味での「プロ」なのではないでしょうか。少なくても私は、そのように思っています。

 ある意味、現役で居続ける事は、引退する事よりも、もっと辛く厳しい現実と向き合い続ける事です。
 心ない人たちからは、高いカネを貰っているのにそれに見合わないプレーしかできないと、容赦ないバッシングも受ける事もあるでしょうし、プレーする気持ちはあっても、空回りする事も多いかもしれません (^^;

 

 ただ、プレーはともかく、そういうベテランと呼ばれる彼等が現役で居続け、彼等の背中を後に続く若手たちに見せる事によって、周りの士気を上げるという効果も期待できる事は否定できないでしょう。
 なぜなら、彼等にはそれまでに培ってきた「経験」という何にも替えがたい財産があるからです。

 かつて、ヤクルトでブンブン丸と異名をとった池山隆寛は、晩年、全力疾走もままならない身体で、ベンチの最前列に身を置き、赤いメガホンを持ってチームを鼓舞し続けた・・・

 華々しい活躍をしていた頃よりも、私はベンチで必死に大声を上げ、引き上げてくる選手たちに真っ先に声をかけていた、晩年の池山の方が断然好きであり、応援していました。

 

 アスリートが、プレーでその存在感を示すことができなくなった時、「引退」という選択肢を選ぶことはやぶさかではない。
 しかし、辞めることはいつでもできると私は思う。

 それよりも、池山の例を挙げるまでもなく、プレー以外にもベテランがその存在感を示す方法はいくらでもあるのではないか・・・

 本当のプロなら、自分の事だけではなく、そこまで考えてこそ、一流と呼ばれるアスリートなのではないか。
 私はそんなふうに思っています。

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コメント

私もプロアスリートには、引き際の妙より、ピークを過ぎても努力して、体力を維持するためにトレーニングをし、試合に臨む姿が好きです。
その体力を維持していくと言うことが難しいと思うから、その努力をプロとして、子供達に見せて欲しいな~と思います。

投稿: すが太郎 | 2009年9月14日 (月) 12:53

 すがさん、どうもです (^_^)/

 そうですよね。
 いい時も、悪い時も、プロは見られているわけですから、子ども達を始めとして、我々にとっても、いいお手本でいてほしいと思います。

投稿: 夢ピ | 2009年9月14日 (月) 20:07

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