« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月31日 (土)

円楽が逝く

 落語家の三遊亭円楽氏が、29日の朝、肺がんのために亡くなったと報じられた・・・ (__;)

 私は、円楽師匠のファンであり、2年前に一線を退いた時に「三遊亭円楽」という記事を書いたことがあります。

 その時の内容の繰り返しになりますから多くは語りませんが、76才という年齢は、やはり早いという印象を拭えない・・・

 

 脳梗塞の影響から、「ろれつが回らない」という事で第一線から退いたものの、高座での芸はともかく、後進への指導など、まだまだ伝えることはたくさんあったと思うのに、ここで円楽師匠の「芸」を永遠に失ってしまうのは、惜しいというか、もったいないというか・・・ (__;)

 

 円楽師匠のご冥福を、心よりお祈り申し上げます・・・ (-人-)

 

 

 ・・・ということで、今日は会津にプチ帰省をしてきます。

 お盆に帰省できなかったので、雪が降る前に一度帰っておきたかったんですが、なかなかまとまった休みが取れなくてね、一泊二日での強行軍です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 明日の夕方くらいまでには成田に戻ってくる予定なんですが、例の土・日千円の恩恵にあずかって、成田~会津間をイッキに往復するつもりでいます (^^)v
 今までは、一般道で帰省していたんですが、やっぱり高速使うと楽ちんですからね(笑い)

 地方出身の私なんかにとっては、やはり高速無料化はありがたいですねぇ。
 一日も早く実現して欲しいと思っていますよ。

 久しぶりに両親の顔を見た後、今夜は会津若松で旧友達と楽しいお酒を酌み交わしてきます o(*^▽^*)o~♪

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2009年10月30日 (金)

球団経営会社としての資質

 米大リーグのマリナーズを退団した城島健司捕手が、阪神に入団することが27日に決定した。

 

 このニュースが、ホークスファンである私をどれだけ悲しませたことか・・・ (/_;)

 誤解しないで頂きたいが、私は城島が阪神に入団したことが悲しいのではない。
 ホークスの親会社であるソフトバンクが、プロ野球の球団経営会社としてはあまりにも未熟で不誠実で不適格であることがハッキリとわかったからだ・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 今回の城島の一件では、20日のマリナーズ退団表明直後から、阪神が猛烈なラブコールを送った一方で、ソフトバンクが獲得の意志を表明したのは4日後の24日になってからであり、阪神の4年間で20億円プラス出来高の条件に対し、ソフトバンクは条件提示もできなかったことが、阪神入団への決め手になったと表面上は報じられていますが、裏ではそんな生やさしいハナシではなかったことが漏れ伝わってきています・・・

 

 ソフトバンクが、城島のマリナーズ退団の情報をつかんだのは、9月の中旬だったという事です。
 しかし、フロントは熟慮を重ねた結果、城島の獲得には動かない方針を固めたという・・・(大馬鹿者!)

 ところが、ファン達の城島獲得を望む声は予想以上に大きく、チームとしても獲得のポーズを取らざるを得なくなり、竹内球団最高執行責任者は「途中で大きく方針転換した」と明かした。それが23日のことだったという。
 で、阪神に遅れること4日、凹球団会長を担いで、会食という形で城島本人と交渉の席を設けたのが24日の夜だった・・・

 出遅れというか、一度は城島の獲得はしないと決めた背景には、チームとして・・・というよりは、親会社としての苦しい台所事情があったのは間違いないだろう・・・

 

 ソフトバンクがホークスを買収してプロ野球界に名乗りを上げたのが、5年前の2004年の11月だった・・・
 以来、5度のシーズンを送りましたが、その間、大きな金額の絡む補強は初年度のバティスタくらいで、その後は一度も行なわれませんでした・・・ (ノ_-;)ハア…

 つまり、ソフトバンク本体の経営そのものが苦しく、加えてダイエー時代から在籍しているビッグネームに対する高額な年俸がネックとなって、高いカネを出してまで新しい選手は穫れないという、「ケチケチ球団経営」をずっと続けてきたわけです。
 現に、一昨年のオフと昨年のオフは、2年続けて補強らしい補強を行なわず、ドラフトによる補強と現有戦力のみで昨年と今年のペナントを戦ってきました。

 今年のオフも、おそらく目立った補強はするつもりがないだろう事は、監督以下のスタッフのほとんど全員、残留が決まっているらしいことからも予想がつきます。

 だから、城島の獲得にしても、高額な年俸がネックとなって本腰で獲りに動けなかった親会社の台所事情が見えてきます。

 

 おそらくというか、たぶん間違いないと思うんですが、城島の気持ちの中では、日本球界に復帰するならホークス以外は考えていなかったと思うし、マリナーズを退団すると言えば、何をおいてもホークスが真っ先に獲得に動いてくるだろうと考えていたフシがあります。
 しかし、その意志を球団に伝えてもソフトバンクは動こうとしなかった・・・

 そうこうしているうちに一ヶ月が過ぎ、あろう事か意中外の阪神が真っ先に手を挙げ、それでもソフトバンクは名乗りを上げてはくれなかった・・・ (^^;

 城島は、そんな球団を見て、裏切られた思いでいっぱいだったんじゃないでしょうか・・・

 この、記者会見場での城島の表情をご覧ください。新しい移籍先が決まった事を報告する選手の顔にはとても見えないでしょ (^^;;;

 城島はオトナですから、ソフトバンクに対する恨みつらみは、会見場ではひと言も語りませんでしたが、何も言わなくても、この表情がその辺りの事情を雄弁に語っていますよ。

 

 思えば、ダイエーが親会社だった頃は、本気でチームを強くしよう、ファンを大切にしようという思いが感じられました。
 しかし、親会社がソフトバンクになってからは、そういう思いはまったく伝わってきません (ノ_-;)ハア…

 単に、球団を会社の宣伝媒体の一つくらいにしか考えていないからこそ、マトモな球団経営をしてこなかったんだと思います。

 それでなくても、ヤフードームに年間50億円も支払い、選手全員の年俸の総額は12球団で2番目に高い32億6940万円にもなるのですから、高い金を出してメジャーなどから助っ人を雇うような余裕はないんでしょうな q(`o')ブー!!

 

 カネが無いなら無いで、それなりにチームを作っていく方法はいくらでもありそうなものですが、損オーナーはそういう事にはまったく無関心らしく、なんの手も打とうとはしていません。

 例えば、選手にカネを出せないのなら、せめて監督やコーチくらいマトモな人材を揃えるくらいのことがなぜできないのでしょう・・・ (ノ_-;)ハア…
 たとえ一流のコーチであったとしても、一流の選手よりは安く雇うことができると思うのですが。
 そうすれば、安いカネで獲ってきた選手を、それなりに使える選手に育て、戦えるチームを作れるじゃないですか。
 そういう事に長けているのが、広島という球団で、過去に何人もの大物選手を自前で育て上げてきています。

 おそらく、ソフトバンクのスタッフたちは、12球団一貧弱で無能な顔ぶれだと私は思っています。
 広島のスタッフのツメのアカでも煎じて飲むべきでしょうな (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 どうせカネが無いのなら、高いカネを取るだけで、見合った働きのできない松中や多村、小久保、斎藤などの高額年俸者を真っ先に切ってしまえばいいと私なんかは思っています。
 それだけで年間10億円以上は浮く計算になります (^^)v
 その浮いたカネで有望な選手が何人獲れることか・・・(笑い)

 チームの顔として、切るに切れない高額年俸者をいつまでも抱えて、その結果として成績が低迷しているよりは、思い切って若返りを図り、イキのいいチームで再出発した方が、たとえすぐに結果は出なくても、方向性が見えている分ファンも納得するんじゃないかな。
 少なくても、私はこんなロートルで働かない選手ばかりの顔ぶれのチームよりは、フレッシュで元気なチームを応援したいですね。

 

 これまでの5年間で、ソフトバンクという会社は、プロ野球の球団経営にはまったく向かないダメな会社だという事が十分わかりましたので、サッサと身売りして球団経営から撤退して欲しいと切に思っています。

 プロ野球の経営というものは、一般の商売とは違って、「夢」を売るのがチームの存在意義なわけですから、そのヘンをはき違えるとファンからは愛想を尽かされることになります。
 今のソフトバンクホークスを見ても、ちっとも「夢」を感じませんよ q(`o')ブー!!

 

 ・・・ということで、今後の私のスタンスとしては、ホークスのファンは止めませんが、プロ野球の球団経営会社としては、資質に欠けると思われるソフトバンクとは、金輪際縁を切りたいと思っています(怒り)

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月29日 (木)

冬支度

 このところ、とみに寒くなってきまして、わが家でも慌ただしく冬支度を始めています (^_^ゞポリポリ

 

 まず、日曜日ですが、特にすることもなくヒマだったものですから、夏の間に使っていた扇風機やら除湿器やらを片付ける事にしました (^^)v

 家中に置いてある三台の扇風機を分解し、ホコリなどの汚れを拭き取って、箱の中にキチンと収納しまい、除湿器も箱の中に入れてそれぞれ押し入れの中へ・・・

 代わりに出した二台のファンヒーターは、それぞれ台所と居間に置き、二台の加湿器も、居間と寝室に置きました。

 

 月曜日には、私が仕事に行っている間にティンクがホットカーペットを敷いていてくれました。

 私は、帰り道、ガソリンスタンドから灯油をポリタンに一缶買ってきましたので、さっそくファンヒーターのタンクに電動給油ポンプで入れようとしたんですが、スイッチを押してもウンでもスンでもなく、こりゃ、オフシーズンの間に電池が無くなったのかなと思って代わりの電池を入れてみたんですがやっぱり動きません・・・ (^^;

 ポンプ自体が安物でもありますし、それでも10年くらいは毎シーズン働いてくれたので、さすがに寿命が来たのかなという事で、買い物ついでにKデンキに寄って新しい電動ポンプとトイレに置く小さな温風ヒーターを買ってきました (*^.-^*)♪

 

 火曜日には、さっそく早朝にファンヒーターを使い、夜にはホットカーペットも使い始めました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 次は、いよいよ電気毛布だけど、これはいつ頃必要になるのかな (^^;

 その前に、羽毛布団を出すのが先だな o(*^▽^*)o~♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月28日 (水)

学年誌

 小学館は、学習雑誌である「小学五年生」「小学六年生」を、平成21年度いっぱいで休刊すると26日に発表した。

 

 いや、驚きました(笑い)
 両誌は、共に大正11年に創刊され、昭和40年代をピークに5~60万部も発行されていた、文字通り小学館の看板雑誌ですから・・・ (^_^ゞポリポリ

 一応、「五年生」は来年3月号、「六年生」は同2・3月合併号が最後になる予定で、それ以外の「小学一年生」から「四年生」の刊行は当面継続するというもの。

 

 個人的には、小学館の学年誌は一度も買ったことがありませんから、両誌に対する思い出のようなものは一切ありませんが、これらの学年誌に思い入れのある方も多いことと思います。

 私は、3~4才の頃に、小学館の「よいこ」とか「幼稚園」を親に時々買ってもらって読んでいました。
 それらの付録などでひらがなを覚えると、5才頃にはすでに一般のマンガ雑誌を読んでいました (^^ゞ

 小学校に上がると、読むのはもっぱら図書室の本であり、雑誌は「少年」や「マガジン」などのマンガ雑誌でしたから、小学館の学年誌にはまったく関心がありませんでした(苦笑)

 

 この頃、学年誌としては、学研が発行していた「科学」「学習」の方が私にとってはずっと思い入れがあります。
 小学三年生頃から、ずっと両誌を定期購読していました。

 中学生になると、その延長で、学研の「コース」と、旺文社の「時代」を定期購読していました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 今回、小学館が「小学五年生」と「小学六年生」を休刊にすると発表した背景には、少子化ももちろんあるのでしょうが、それだけなら他の学年誌も休刊になるはずなので、おそらく小学館の広報室が語っているように、時代のニーズに合わなくなってきたからなのだと思われます。

 小学生も高学年くらいになると、趣味も多様化してきますし、さらに現代においてはネットも普及していますから、小学生でもパソコンくらい持っている子供も増えているのだと思います。

 そういった子ども達にとって、オトナが押しつけるような学習雑誌なんてウザイと思われているんじゃないだろうか・・・

 私もそうでしたが、読みたいものは自分で選ぶという自主性が何よりも大切なんだと思います。

 

 楽しみも少なかったかつての小学生たちならともかく、現代にはテレビもあればゲーム機やPCもあります。そういった情報が溢れる中で育った子ども達にとって、画一的な学年誌なんてこれっぽっちも興味がないものなのかもしれません。

 いうならば、小学館の学年誌は、すでにその役割を終えてしまったのかもしれません・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月27日 (火)

散髪

 昨日、仕事の帰りに散髪をしてきました (^^)v

 先週の金曜日、お店の入口まで行ったのに、急な仕事で入ることができなかったので、やっとサッパリとなりましたよ(笑い)

 

 以前は、普通に馴染みの理髪店に行っていたのですが、昨年辺りから1000円カットのお店を利用するようになりました。
 もちろん、昨日も自宅そばのスーパーにテナントとして入っている1000円カットのお店で済ませてきました。

 

 1000円カットのお店を利用するようになった理由ですが、散髪代が安いのはもちろんですが、所要時間が短いというのも気に入っている理由の一つです (^^)v
 普通、理髪店ではカットから洗髪、ひげ剃りなど、一通り行なうと1時間程度かかりますが、1000円カットのお店ならカットだけですから10分前後で終わってしまいます (^^)v

 また、年中無休で営業しているのも大きな理由の一つです。
 理髪店は、たいてい月曜日が休みというところが多いと思いますが、1000円カットのお店だからこそ、月曜日の昨日散髪してもらう事ができたわけで (o^∇^o)ノ

 

20091027001  思えば、理髪店は「組合」の制約があって、料金も休日も横並びで、どこの店でも似たり寄ったりなのが私なんかには納得いかなくて、そういう反発心も手伝って、こういうアウトローというか、ベンチャーというか、「お客様第一主義」のお店をヒイキにしています。

 「理容組合」といえば聞こえはいいですが、やっていることは極めて後ろ向きです。

 新しいことは何一つ行なおうとせず、横並びでお互いの店を牽制し、それによって自らの保身を行なっているワケです。
 それは、全てがお店の存続のためにあるのであって、決してお客のために営業しているのではないのです。

 

 このご時勢にあって、そういう考えは自らの首を絞めているという事にどうして気付かないのでしょうか・・・

 例えば、全店が月曜日に休むことがどうして必要なのでしょう・・・
 休日を他の曜日に移し、他の店が休んでいる月曜日に営業すれば、それだけも喜ぶお客さんが居るということに気付くべきでしょう。

 また、すべてのお客に均一のサービスを押しつけ、同じ料金を請求するというのも納得いきません。
 もちろん、そういうフルのサービスを望んでいるお客さんも少なくないんでしょうが、カットだけでいいとか、今日はシャンプーは必要ないとか、時間がないのでひげ剃りは省きたいとか、そういう部分的なサービスだけを利用したいお客さんの方が多いんじゃないかと私は思います。
 どうして理髪店ではお客が必要なサービスだけを選ぶことができなくて、画一的なサービスを店から押しつけられなければならないんでしょう (ノ_-;)ハア…

 これって、例えば吉野屋に入って並だけを食べたいのに、みそ汁とお新香が付いたセットメニューしか売ってくれないみたいな、それに近い押し売り商売とか、悪徳商売なんじゃないかとさえ思ってしまいます (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 そういう、「組合」の存在にもどかしさを感じ、組合の押しつけではない「自らのサービス」を掲げたお店のあり方の一つが、1000円カットのお店ではないでしょうか。

 そして、当然の事ではありますが、1000円カットのお店はお客さんの支持を得て、いつもお客さんが入っているようです(笑い)

 

 商売というのは、どんな業種でもそうですが、お客様第一主義でなければ、存続は難しいものです。
 お店の都合で営業しようとすれば、お客は離れていく・・・
 それが自然の摂理であり、商売の基本です。

 

 「組合」は、理髪店の営業のお手伝いをするために存在するのが基本であり、「組合」が、理髪店の営業の足かせになってはいけないと私は思います。

 例えば、お店の休日を変更したい。料金を独自に設定したい。そういうお店の要望が、組合の規約に反するとかのバカな理由だけで認められないのは、お店のためにも、お客のためにも、マイナスなだけで、何のメリットもないと私は思いますよ。

 理容組合が発足した昭和32年当時はともかく、いつまでも旧態依然としたマンネリ経営を組合が指導し続けているという事が私なんかには理解できません。

 もっと、個々のお店の独自性を認めてあげるような組合でないと、理容業界そのものが先細りして、未来はないと私には思えてなりません (ノ_-;)ハア…

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月26日 (月)

レレレのレ~

 赤塚不二夫が描いた「天才バカボン」のキャラクターである、レレレのおじさんがCMに登場した(笑い)

 皆さんも、すでにご覧になられたんじゃないかと思いますが、賃貸住宅大手の「レオパレス21」の新しいCMとして、俳優の松平健がレレレのおじさんを好演しています(爆笑)

 

 20091024001

 
 これが、その姿ですが、いかがですか ( ^-^)/ ♪

 いわゆる、マンガの実写版というヤツですが、CMの中での松平は、決しておちゃらけているわけでもなく、あの渋い声で

 「お探しですか?」

 「レレレのレ」

 などの、お馴染みのセリフを語ってくれる (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 このCMは、「レオパレスのCM紹介」のサイトでご覧になれますよ。
 もし、まだご覧になっていない方が居らっしゃったら、ぜひクリックしてみてください。

 一見の価値ありですよ (^^)v

 「早トク編」「賃貸編」の二つがありますが、お勧めは、やはり、「賃貸編」の方です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年10月25日 (日)

レンコン

20091025001

 先日、茨城県の霞ヶ浦に面した阿見町の国道を走行中に、レンコンを収穫しているところに遭遇したので写真に収めてみました (^^)v

 

 この阿見町を含む霞ヶ浦の湖岸地域は、レンコンの栽培に最適な環境らしく、収穫量は全国第一位を誇り、文字通り日本一のレンコン栽培地になっています。

 ただ、レンコンの栽培は一般の野菜のように畑で作るわけではなく、蓮田と呼ばれる泥沼で栽培され、水の底の地下深くで育った根を傷をつけないように掘り出すので、とてもたいへんな作業という事で、私は今回初めてこの目でレンコンを収穫している所を生で見ました。

 蓮田そのものは、利根川や霞ヶ浦の周辺でよく見かけますが、収穫などで蓮田の中に人が入っているところは、なかなか目にしたことはありません。

 

20091025002 20091025003

20091025004 20091025005

20091025006 20091025007

 ご覧のように、「胴付水中長」と呼ばれる胸まであるようなゴム長を履きというか、身に付け、腰まで泥水に浸かって、1本1本丁寧に掘り出していきます (^^;

 収穫は、おせち料理の需要に向けて、秋から冬の寒い時期に行なわれるという事で、時には薄氷の張っている蓮田の中にも入る事があるそうです (^^;
 モノがモノだけに、収穫は全てが手作業で慎重に行なわれるという事で、稲作のように田植えから稲刈りまで機械化が進んでいる作物とは違って、経験を要するたいへんな重労働だという事です。
 それがために、後継者のなり手は少ないらしく、労働者の高齢化が進んでいるようです。

 

20091025008 20091025009

 上の写真は、6月と8月に撮った蓮の写真です。

 左の蓮田は、水面がまったく見えないくらい水草というか苔というか、そんな小さな雑草が広がっていて、まるで緑の砂地のように見えます (^^;

 右の写真は、池に咲いていた蓮の花を撮ったものなので、蓮田ではありませんが、レンコンの花もこんな感じの花が咲きます (^^)v

 

 レンコンの料理というと、個人的にはきんぴらが一番好きですかね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 他には、天ぷらとか、あとは、やっぱり煮付けでしょうか (^^)v

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月24日 (土)

踏んだり蹴ったり

 昨日、山梨県の大月市へ仕事で行きまして、成田に戻ってきたのが17時くらいでした。

 思ったよりも早めに帰って来れたので、近所の千円カットのお店で散髪でもしようかなと思って、入口のドアを開けようとしたその時です。携帯が鳴って埼玉県の春日部市まで行ってくれないかとの依頼が・・・ (^^;
 正直、疲れていたので行きたくはなかったんですが、恩のあるクライアントですから無下にもできず、二つ返事で引き受けて、帰宅したのが22時くらい・・・ (^◇^;)

 

 それで終わったわけではなく、今日の朝着の依頼を受けていましたので、荷物を取りに行ってこなくてはなりません (^_^ゞポリポリ
 で、慌てて夕飯を食べ、日付が変わってから成田空港の貨物地区に入って、荷物を引き取って帰宅したのが午前1時過ぎの事です・・・ (__;)

 今朝の仕事は神奈川県の海老名市で、指定時間は午前9時半になっていましたので、6時くらいに自宅を出ればいいとして、目覚ましは4時半にセットして床につきました・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 今朝、予定通り4時半に起きて身支度を整え、寝ぼけたアタマでネットを一通り回ってから、6時チョッと前に自宅を出ました。

 

 ここまではいつもの事だったんですが、羽田空港の少し手前にある大井PAで休憩を取った時に、携帯電話を家に忘れてきたことに気付きました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 携帯を忘れて家を出ることはタマにあるんですが、たいていそれほど遠く離れないうちに気付くので、すぐに引き返して取ってくるのですが、今朝は寝ぼけていたせいでまったく気付かずに羽田の近くまで行ってしまいました (ノ_-;)ハア…

 こうなっては、取りに戻るわけにも行かず、仕方がないので公衆電話を探して自宅に電話をかけて、クライアントなどの電話番号をティンクから聞き出して納品先に向かいました・・・

 

 ところが、悪いことは重なるもので、カーナビで案内された場所に着いたのが9時チョッと前なんですが、目的の会社が見あたらない・・・ w(゚o゚)W

 伝票に書いてある目的地の住所は、海老名市大谷○×番地となっていますが、電柱の住居表示には大谷北1丁目と書いてあります。
 どうやら、最近住居表示が変わったらしく、通りで見かけたオジサンに聞いてみると、案の定変更になったとのこと・・・ (__;)

 会社なんかだと、始業前はたいてい留守電になっているので、伝票に書いてある電話番号にかけても所在地を案内してもらえない事が多く、マゴマゴしていると指定時間になってしまいます・・・ (^^;

 

 

 私のモットーとして、困った時には、とにかくお役所に駆け込むことにしています (^_^ゞポリポリ
 こういう、地理に不案内な時に役に立つのが、自治体の役所であったり、交番や消防署なんですが、どういう偶然なのか、目的地のすぐそばには、「海老名市役所」「海老名警察署」「海老名消防署」の三つ全てが、信号を挟んだ交差点の角に設けられていました (^◇^) 。。。ケラケラ

 こんなに便利な場所ってなかなかないと思うのですが、土曜日だと市役所は休みですし、警察署はなかなか敷居が高いので、私が駆け込んだのは消防署でした (;^_^A アセアセ・・・

 

 事務所に行って、所員に事情を話して住宅地図で場所を教えてもらいます。こういう時に消防署はとても有効です。
 なにしろ、火事や救急依頼の電話が入った時に、すぐに消防車や救急車を向かわせなくてはならず、所番地ですぐに目的地が探せなくては署員は勤まりませんから (^^)v

 

 そんなこんなで、署員に教えてもらった場所に向かい、無事に納品を済ませて、終了報告は公衆電話から・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 一応、仕事は完了したんですが、携帯電話がないと本当に心許ないですわ (^◇^) 。。。ケラケラ

 以上、寝不足でアタマが目覚めていない、今朝の失敗談でした・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年10月23日 (金)

青いバラ

 サントリーは、世界で初めて開発した「青いバラ」を、11月3日から8都府県で一般に販売を開始することを、20日に発表したと報じられた。

 

 この「青いバラ」ですが、青い色素を作る遺伝子を持っていない「バラの花」では、青いバラを作ることは夢とされており、現に英語で「Blue Rose」といえば、「不可能」という意味の代名詞とになっているほどでした。

 

 1990年から「青いバラ」の研究に取り組んだというサントリーは、まず、青色遺伝子を取得する事から始め、次に、取得した青色遺伝子をバラに導入して、遺伝子組み換えによって「青いバラ」を作る方法を開発していったという・・・

 しかし、口で言うほど簡単ではなかったらしく、過去800年の品種改良の歴史の中で、多くの育種家が青いバラの開発に挑んできましたが、これまでに成功した例は一度も無く、サントリーも開発を始めてから青いバラが開花するまで、十数年を要したわけですが、この間の月日はまさに試行錯誤の繰り返しだったという事です。

 

 翻って、今回サントリーが開発に成功した「青いバラ」ですが、純粋な「青」というワケではなく、若干紫がかって見えますが、花に含まれている色素は、青色が95%以上を占めているという事で、青色色素が花びらに存在する、正真正銘の「世界初の青いバラ」になりました。

 「サントリー・ブルーローズ・アプローズ」という名前が付けられたこの「青いバラ」ですが、心憎いのは、この花に付けられた花言葉が「夢かなう」という事で、夢がかなった人や、夢に向かって努力している人に拍手を贈りたいとの思いを込めたといいます。

 

 今のところ、小売り価格は1本2千~3千円くらいになる見込みで、一般のバラの10本分 (^^; くらいの値段にはなるようですが、生産量が限られているために、まず首都圏や愛知県、京阪神地区の契約生花店で販売するという事で、11年の全国販売を目指しているそうです。

 

20091023005_2  個人的な好みで言えば、一番好きなバラの色は「黄色いバラ」で、「青いバラ」をみてもそれほど心を動かされることはないんですが、「夢」を追い続け、とうとう実現したという事で、今日は記事に取り上げてみました ( ^-^)/ ♪

 

20091023006_2  まぁ、「青いバラ」が市場に出回るようなことになっても、多くの人たちは相変わらず「赤いバラ」に心をときめかせるんでしょうね (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月22日 (木)

顔訓13ヵ条

 連日、「顔」の話題で恐縮なのですが、昨日の「顔」という記事を書くにあたって、いろいろとネットを回っているうちに、「顔訓13ヵ条」というものを知りました。

 これは、日経新聞に連載されていた「顔のナゾ」というコラムの最終回で語られたもので、東京大学教授の原島博氏が2001年4月29日付けの紙面で発表したものだそうです。

 

 連載17回目を迎えた、この日の小見出しは「13ヵ条でいい顔になろう」というものでした。

 記事の内容は割愛しますが、お読みになりたい方は、こちらのサイトに書かれていますのでクリックしてみてください ( ^-^)/ ♪

 このコラムの中で挙げられていた13ヵ条ですが、以下のような内容になっています。

  《 顔訓13ヵ条 》

 1、自分の顔を好きになろう

 2、顔は見られることによって美しくなる

 3、顔はほめられることによって美しくなる

 4、人と違う顔の特徴は、自分の個性(チャームポイント)と思おう

 5、コンプレックスは自分が気にしなければ他人も気づかない

 6、眉間(みけん)にシワを寄せると、胃にもシワができる

 7、目と目の間を広げよう。そうすれば人生の視界も広がる

 8、口と歯をきれいにして、心おきなく笑おう

 9、左右対称の表情作りを心がけよう

 10、美しいシワと美しいハゲを人生の誇りとしよう

 11、人生の3分の1は眠り。寝る前にいい顔をしよう

 12、楽しい顔をしていると心も楽しくなる。人生も楽しくなる

 13、いい顔、悪い顔は人から人へ伝わる

 ・・・というものでした。

 いちいち、なるほどと思わされることばが並んでいます。

 

 この世の中には、たくさんの人が居るわけですが、自分の顔が好きだと思っている人は、はたしてどのくらいいるのだろう・・・ (^^;

 自慢じゃないですけど、私は自分の顔が嫌いというほどではありませんが、それほど好きなワケでもありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 でも、自分の顔ですからねぇ、せめて私自身くらいは好きになってあげなくては、顔も立場がないと思いますし、第一、かわいそうですよね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 正直なところ、ヒゲを生やした今の自分の顔は、これといって特徴のなかったかつての私の顔よりは、いくぶんマシになったようにも思ったりもしているのですが、他人からはどのように見えているのかは不明です(爆笑)

 

 ただ、51才になった私の顔には、私の歩んできた人生がどのように刻まれているのか・・・ (^.^; ポリポリ

 性格が尖っている分、顔くらいは丸くありたいと思っていますよ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

2009年10月21日 (水)

 「男は40過ぎたら、自分の顔に責任を持て」なんてことばがありまして、かつてリンカーンが言ったものだとされています。

 

 顔なんて、持って生まれてきたものですから、整形でもしない限り変えようもないし、そんな自分の顔に責任を持てなんて言われても、納得できない人も多いと思いますが、私はそういうふうには思っていない一人です。

 子どもの頃はともかくとして、オトナとして20年以上も生きてきたのなら、顔もそれなりに変わっていくものだと私は思っています。
 つまり、「その人が歩んできた人生考え方が、にそのまま表れる」という事です。

 

 例えば、今、話題の人である石川遼ですが、若干18才であるにもかかわらず、昨年プロデビューした頃の幼さが残る顔つきとは明らかに変わって来ています。
 私はゴルフは嫌いなスポーツなので、中継などを見ることはありません。せいぜいスポーツニュースなどで見る程度ですが、ここ半年ほどで、実に男らしく精悍で、しっかりした顔つきになってきたなと私は感じています。

 これも、おそらくは自分のプレーに自信を持って大会に臨むことができ、そこで納得のできる成績を収めることができるようになってきたからではないかと私は思っています。

 

 マスコミに比較的顔がよく出てくる政治家なんかだと、その差がハッキリと現れます。

 麻生太郎という政治家がいますが、あの人の顔には性格の悪さがよくにじみ出ています(笑い)
 育ちはともかく、意地の悪い、性格のひん曲がったところは、あの顔そのものです。

 

 自民党には、顔が悪い大物が少なくありませんが、今回政権をとった民主党には、小沢一郎なんて例外もいますが、鳩山由紀夫にしろ、岡田克也にしろ、菅直人にしろ、実に誠実そうな顔をしているじゃないですか(苦笑)

 前原誠司なんて、その最たる人じゃないでしょうか・・・
 テレビで見かける国土交通大臣としての前原氏の顔には、ウソなんてこれっぽっちも感じられない、清廉潔白を画に描いたような清々しい顔をしています o(*^▽^*)o~♪

 

 まぁ、これは新政権に期待する私の欲目も多分に入っていますから、よけいにそう見えてしまうのかもしれませんがね(爆笑)

 

 

 そういえば、かつて、扇千景という政治家がいました。
 もともとは宝塚出身の女優であり、その美貌は人を唸らせるだけのものを持っていました。

 しかし、政治家となり、やがて党首となり、大臣となっていきましたが、それにつれて彼女の顔は大きく変わっていきました・・・ (^^;

 それは、単に年齢を重ねたからなどという生やさしいものではなく、国交大臣を務めている頃の彼女の顔は、まるで夜叉のような険しい顔になっていました。
 おそらく、大臣として仕事をしていく上で、人には言えない様々な「うんたらかんたら」を経験していくうちに、あのような顔に変わっていったんだと思うのですが、それにつけても、「生き方」や「考え方」は大事だとつくづく思うようになりました。

 

 私の尊敬する人物に、楽天の野村克也がいます。

 来シーズンは監督はしない事が決まったようですが、監督であろうがなかろうが、野村克也という人物の本質は変わりません。

 その野村氏の言葉に次のようなものがあります。

 「心」が変われば「態度」が変わる。
 「態度」が変われば「行動」が変わる。
 「行動」が変われば「習慣」が変わる。
 「習慣」が変われば「人格」が変わる。
 「人格」が変われば「運命」が変わる。
 「運命」が変われば「人生」が変わる。

 これなんか、非常にわかりやすい言葉だと私は思うのですが、ここにひと言付け加えるとすれば・・・

 「人生」が変われば「顔」が変わる。

 どうですかね ( ^-^)/ ♪

| | コメント (2) | トラックバック (1)
|

2009年10月20日 (火)

同じ顔

20091018011_2

 これは、今現在の、私のPCラックの足下に置かれているデスクトップパソコンです。
 「同じ顔」のデスク君が二台並んでいますが、今日はそんな話題を一つ・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 実は、左側のデスク君は、先日までティンクが愛用していたPCです。
 買って5年ほど経つそうで、先月辺りから立ち上がったり上がらなかったりと、不調を訴え始めたので、先週私が予備として使っていたデスク君と交換トレードが成立し、ついに私のものとなりました (^^)v

 

 実は、昨年、ティンクの部屋に遊びに行った時のこと、使っていたこの eMachinesJ2604が、あまりにも動作が重くて、まだるっこしいのに驚き、いくらシリーズのローエンドモデルとはいえ、これは異常だと感じたことがあります。

 で、次に行った時に、私のジャンク品のメモリを増設してあげたことがあります。
 それまで、128MBだけだったのを、256MB+512MBにして、多少動作が改善されたので、騙し騙し先日まで使っていたわけです (^^;

 

 しかし、このモデル、CPUはIntel(R)Celeron(R) 2.60GHzで、メモリは先に述べたように768MB搭載していますから、いくらなんでもこんな低パフォーマンスのはずがなく、再三リカバリをしてみようよと言っていたのですが、ティンクは頑として首をタテに振ってくれなく、あろう事か、PCに勝手に触れることも禁じられてしまいました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 不調のPCを前にして、それに触れないというのは、私にとって拷問にも等しく、ストレスの溜まる毎日を送っていたのですが、立ち上がらないということでいよいよティンクも諦めてくれまして、私の予備のデスク君を今まで使っていたのと同じ状態にセットする事を条件に、このJ2604を私のモノとして好きに料理できることになりました ヽ(^◇^*)/

 

20091018012 20091018013jpg

 左側の写真が、今現在のティンクのPC環境です。

 交換したデスク君は、富士通のFMV-C600。筐体はJ2604よりもはるかにスリムで省スペース (^^)v
 にもかかわらず、性能はほとんど変わらず、CPUはIntel(R)Celeron(R) 1.70GHzで、メモリは512MB搭載しており、何よりも、私が使っていましたから非常に軽快にサクサクと動いてくれます(笑い)

 前に使っていた、重くて重くてどうしようもないJ2604に比べたら、使い勝手は雲泥の差ですから、これには非常に感謝されましたよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 右側の写真は、昨年の夏に処分した、私にとっては Windows 2台目のPCとなる、初代の eMachinesJ2828です。
 買ったのは、2004年の8月で、このPCが気に入ったので、1年後の2005年8月にはさらに上位機種となるJ4424を、二代目の eMachines として買いました o(*^▽^*)o~♪

 

20091020001 20080411004

 写真左側が、そのJ4424をメインで使っていた時の写真です。
 この時は、J2828は、足下の棚に置いて使っていました。

 

 右側の写真は、昨年の4月に今現在メインで使っている、mouse computerVista 君を購入し、J4424と入れ替えた時のものです (*^.-^*)♪

 この機種を買ったので、J4424は、J2828と共に、足下の棚に並んで置かれるようになりました。
 ちょうど、冒頭の「同じ顔」のデスク君が二台並んで置かれている、まさにそれと同じ状態でした。

 しかし、一ヶ月も経たないうちに、J2828は突然立ち上がらなくなってしまいます・・・ (__;)
 修理に出して診てもらうと、マザーボードがダメになっているらしく、修理はあきらめ、使えそうな主なパーツを可能な限り取り外し、処分に出したのが上にアップしたJ2828の写真です (^_^ゞポリポリ
 つまり、「同じ顔」が並んでいたのは、僅かに一ヶ月弱という事で・・・ (__;)

 

20091020002 20091020003

 左側の写真は、J2828が壊れ、eMachines は、J4424だけになってしまった淋しい状態の頃の、私のパソコンラックです (^^;

 この頃は、J2828の代わりに、ノート君を机の周りにセットして、それでしばらくは凌いでいました (^_^ゞポリポリ
 デスク君が2台、ノート君が2台、全て家庭内LANでインターネットにつながっており、独身者の部屋らしく、足の踏み場も無いくらいの状態がしばらく続きました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 右側の写真は、ちょうど1年くらい前の私のパソコンラックの足下です (^^;

 壊れて処分したJ2828の代わりにと中古で求めた、富士通のFMV-C600が置かれています。
 これが今回、ティンクのJ2604と交換トレードに出されたデスク君です (^^)v

 隣には、ネッ友さんから譲って頂いたNECのデスクトップも置かれていますが、残念ながらこれは今は使っていません (^.^ゞポリポリ

 この頃になると、ノート君たちはパソコンラックの周りからはお役御免となり、本来の持ち場に戻っていきました(笑い)

 

20091020004_3

 そして、これが現在の私のパソコンラックの様子です ( ^-^)/ ♪

 1年5ヶ月ぶりに、eMachines の「同じ顔」が二台並んで置かれることになりました ヽ(^◇^*)/
 この状況になることを、私はどれほど待ち焦がれていた事か・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 J2828が壊れて処分した当時、私は eMachines の中古をネットなどで探してみたんですが、思ったような出物はなく、あきらめて富士通のFMV-C600を中古で買ったわけナンですが、巡り巡って eMachines にたどり着いた・・・ 今はそんな感じがしています。

 ティンクがeMachines を持っていたのは、単なる偶然なのかもしれませんが、私は、ティンクと出会ったことは、何かしら不思議な運命というか、浅からぬ因縁だったのかもしれないなどと、勝手に思っています (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ついに私のモノとなった、ティンクのJ2604・・・

 手始めに、40GB40GBだった内蔵HDを、40GB120GBにグレードアップし、さらに標準で付いていたCD-R/RWドライブを取り外して、DVD±RWドライブと交換し、取り外したCD-R/RWドライブは空きベイにもう一度取り付けて、J4424と同じ二段構えのオプティカルドライブシステムにしました。
 全て、昨年処分したJ2828から取り外したパーツです (^^)v

 その後、念願だったリカバリも実施し、今ではティンクが使っていた頃のような面影はまったくありません。
 似て非なるデスクトップに生まれ変わった、私にとって三代目となる eMachinesJ2604・・・

 もう、ティンクが返してくれと言ってきても、受け付けませんよ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

| | コメント (5) | トラックバック (0)
|

2009年10月19日 (月)

イナゴのつくだ煮

20091019001  田舎の山村で生まれ育った私にとって、どうしても忘れられない好物があります。

 その外観から、好き嫌いがハッキリと分かれている「イナゴのつくだ煮」です・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 地方には、その土地では当たり前に食されているものの、他人には理解できない食べ物がいくらでもあります。

 蚕のマユ、蜂の子、そういうものを普通の食材として食べている地方もあるように、イナゴのつくだ煮もそんな類の食べ物の一つです (;^_^A アセアセ・・・

 イナゴのつくだ煮は大好きな私ですが、蚕のマユも蜂の子も、私は口にできません (^◇^;)

 

 これらはいずれも、食料が不足がちだった昔、山間部における貴重なタンパク源として重宝されてきました。
 食が豊になった今では、さすがに好んで食べる人は少なくなりましたが、中には「珍味」として私のように食べたがる人も少なくありません (^_^ゞポリポリ

 私が子どもの頃は、ビニール袋を手に、田んぼの中からイナゴを捕まえてきては、母につくだ煮にしてもらって食べたものでした。

 

 時代は変わって、今ではスーパーの棚に時々置いてあるのを見かける事があり、時々買ってきて食べる程度ですが、味はともかく、売っているイナゴのつくだ煮は少々物足りなくてね(苦笑)

 イナゴのつくだ煮が好きという人たちの間でも、好みの別れるところなのですが、「足」が付いているか付いていないかがしばしば問題になったりもします (^^;

 私は断然、足が付いたままのイナゴのつくだ煮が好みなのですが、足があると気持ち悪いという人も多いと思います。
 そもそも、イナゴのつくだ煮自体がグロテスクなのに、足があるか無いかくらいの事がどうしてそんなに問題になるのか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 売っているイナゴのつくだ煮は、そういう人たちのことを慮って、足を取って作られているものがほとんどなので、私には少々物足りないという事になります (^_^ゞポリポリ

 

 稲作が行なわれている限り、イナゴが捕れなくなるということはないと思うのですが、それでも農薬などの影響からか、イナゴの姿もかつてのようには見られなくなり、口の肥えた人たちはわざわざイナゴのつくだ煮ナンて食べようとはしないでしょうから、やがては口にすることもできなくなる時代がやって来るんでしょうか・・・ (^^;

 自然破壊などとはチョッと違いますが、そういう方向に向かっている世の中が、チョッと心配でね・・・ (__;)

| | コメント (8) | トラックバック (0)
|

2009年10月18日 (日)

加藤和彦が逝く

 なんということだろう・・・ (__;)

 昨日、軽井沢のホテル内で、音楽家の加藤和彦氏が首をつって亡くなったと報じられた。
 当初、「自殺」という報道はなく、62才という年齢ということから、病死かなとも思ったんですが、その後「自殺」というショッキングな報道に変わった・・・ (__;)

 

 いったい何があったというのだろう・・・

 

 確かに、名前ほどには表に出て活動するような人ではなかったから、近年の氏の動向はうかがい知ることはできなかったけれど、奇しくも、先週のニッポン放送では、朝の9時から放送している「黄金歌謡伝説」というミニコーナーの中において、加藤和彦氏がゲストとして取り上げられ、「帰って来たヨッパライ」や「悲しくてやりきれない」、「タイムマシンにおねがい」などの名曲の誕生秘話を、12日~15日の4日間にわたって生々しく語ってくれたばかりだ・・・
 もちろん、録音ではありましたが、あの時インタビューに答えていた氏の声からは、こんな大それた事を考えているようなニュアンスは伝わってきませんでした。それだけに、訃報の第一報には大きな衝撃を受けました・・・

 

 私の、氏との出会いは、言わずとしれた「帰って来たヨッパライ」ですが、当然の事ですがこの当時は「ザ・フォーク・クルセダーズ」とだけしか認識はなく、その中のメンバーに加藤和彦や北山修が居たということは、後になって知りました (^_^ゞポリポリ

 この「ザ・フォーク・クルセダーズ」は、当初の予定である1968年だけの一年間に限ったプロ活動でしたが、解散した後も、メンバーである北山修とはしだのりひこと共に、それぞれ独自の音楽活動を行ない、音楽界にその名を残した・・・

 解散後の作品で一番思い入れが深いのは、北山修とのコンビで発表した「あの素晴しい愛をもう一度」です。

 もう、どのような経緯だったのかは失念しましたが、中学生の時にクラスメートがバンドを組んで全校生たちの前でベンチャーズの作品なんかを演奏した事があり、その時に私も彼等の演奏をバックに、この「あの素晴しい愛をもう一度」をステージの上で歌ったことがあるからです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 別に、この作品が好きだったとか、そういうワケではなく、バンドの方からこの曲を歌ってくれとのリクエストだったからなのですが、それは、おそらく彼等のレパートリーが少なかったから、あえて曲を指定してきたのだと思います(苦笑)

 私のボーカルは、とても観賞に耐えうるようなものでないことは、私をご存じの方ならよくおわかりのことと思いますが、それでも、この時の一件で人前で歌うことの快感を知ってしまった私は、高校生になると、いとことフォークデュオを組み、コンサートなんぞも行なうという、音楽漬けの三年間を送ることになります。
 この時にバンド活動を通じて知り合った友人たちとは、今でも親しく交友を続けさせて頂いています o(*^▽^*)o~♪

 

 私は、演歌からクラシックまで、ジャズ以外はおよそジャンルにこだわらずに音楽を聴いてきましたが、中でもフォークソングには人一倍のこだわりがあります。
 そのルーツには、加藤和彦の存在が少なからず影響しているだろうことは否定できません。

 

 あまりに突然で、納得のいかない訃報でしたが、彼が自ら選んだ事なら、それはそれで外野があれこれ言うことでもあるまい・・・

 心安らかに、お眠りくださいと願うだけです・・・ (-人-)

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年10月17日 (土)

宅配

 私は運送屋をやっていますが、もっぱらスポット配送と呼ばれる「チャーター便」の仕事をしていまして、ルート便と呼ばれる定期配送や、宅配業務はやっておりません。

 したがって、毎日見る景色が違うという役得もありますが、反面、売上げは安定せず、悪く言えばその日暮らしみたいなところもあったりします (^_^ゞポリポリ

 

 しかし、時には宅配のヘルプも依頼されたりしますから、宅配はまったくやっていないかと言えば、そうでもないのが現状です (^^;
 個人的な好みを言わせて頂ければ、小さな仕事をコツコツと積み上げていくような宅配業務は、性に合わないというか、はっきり言ってズボラな私には向いてないんですよね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ただ、仕事は好き嫌いでやるようなものでもないので、入ってきた仕事は基本的に受けるというのが私のモットーです (^^)v
 まぁ、仕事の選り好みができるほど、次から次に依頼が入るわけではありませんので、ワガママを言ってると次から仕事を回してもらえなくなってしまいます (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 昨日、懇意にしている仲間から、宅配のヘルプを依頼されまして九十九里の方を回ってきました。
 この仕事も、月に2~3本くらいは依頼され、もう5~6年くらいはやっていますから、ある程度は慣れもありますが、それでも毎日同じ地区を配達している社員達とは根本的に違いますから、配達して回る件数も彼等から比べればささやかなものです(笑い)

 社員達は、一日に100件以上は楽にこなしますが、私は5~60件くらいでアップアップしています (;^_^A アセアセ・・・
 なにしろ、社員達は毎日毎日同じ地区を回っているわけですから、朝、伝票を手にしても、楽々とコースを組んでいきますが、私のような外部業者は、そこからしてハードルが高いわけです(笑い)

 

 それでも、タマにしかやらないわけですから、クライアントの方でも気を使ってくれて、基本的に法人関係の荷物しか渡してくれませんし、回る地区もある程度決めてくれています (^^ゞ

 ところが、昨日は午前中はいつもと同じ仕事をさせてくれたんですが、午後渡された伝票は全て個人宅・・・ (^^;
 看板が上がっていて、電話番号をカーナビに入力すれば自動的に案内してくれる法人相手とは違って、個人宅だとカーナビだけでは配達は不可能です。
 社員達ならある程度ノウハウもありますから、個人宅でもそれほど苦にはならないんでしょうが、タマに配達する程度の私にとって個人宅は鬼門です (__;)
 ゼンリンが発行している住宅地図がないと、とても仕事になりません。

 しかし、以前はそうでもなかったんですが、2~3年前からとうとう番地が見えなくなってしまって・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 仲間達は、大きなルーペを使って見ているんですが、私はそういうのは面倒くさくて、いつもメガネを外して、目を地図にくっつけるように近づけて見ています(爆笑)
 自分では別になんとも思っていないのですが、とても人には見せられない姿です (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 そんなこんなで、20件そこそこの件数なんですが、住宅地図を使って場所を確認し、配送ルートを組んで、荷物を集めて車に積み、営業所を出発するまで2時間もかかってしまいました・・・ (^.^; ポリポリ
 ですから、配達が完了したのは20時近く・・・ (__;)

 

 ちっともはかどらない苦手な仕事に、久々に泣きが入ってしまいましたよ(笑い)

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月16日 (金)

新政権

 鳩山新政権が先月発足してから、今日で一ヶ月目の節目を迎えます。

 

 この一ヶ月間、新内閣の閣僚がマスコミで報じられなかった日は、一日とて無かったんじゃないかな。
 それくらい、鳩山氏ご自身はもちろん、各大臣等がテレビなどで大きく取り上げられていた。

 特に、時の人である前原国土交通大臣の露出度はバツグンで、良きにつけ悪しきにつけ話題を提供しまくった(笑い)

 

 このくらいそれぞれの大臣達が、ニュースに取り上げられたことは、自民党の政権時代にはあっただろうか・・・

 時々、失言や失態、あるいは不正などを行なってバッシングを受けることはあったけれど、肝心の仕事の方となると、いつもは何をやっているのかわからないくらい、自民党時代は大臣の存在感は薄かった(爆笑)

 

 しかし、鳩山新政権の大臣達は、それぞれに精力的に動き回り、それが逐一ニュースになって我々の耳目に届く・・・
 もちろん、野党の政権は初めてのことでもあるし、各大臣達も多少は戸惑っているところもあるんだろうけど、それを差し引いても、この一ヶ月間の仕事ぶりには、百点満点を上げてもいいくらいだと個人的には思っています。

 「意外と、民主党もやるじゃん」と、正直彼等を見直している私が居ます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 それに比べて、自民党の連中の危機感のなさはいったい何だろう・・・ (ノ_-;)ハア…

 そのうちに、民主党が勝手に転けてくれるとでも思っているんだろうか・・・

 自分たちが積極的に何かをしていかない限り、国民にアピールすることはないんだよね。

 今の自民党で、一番話題を振り撒き、輝いているのは、一年生議員の小泉進次郎だけなんじゃないのか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 初めは、一度野党に政権をとらせてみたら・・・くらいにしか思っていなかったけれど、この一ヶ月間を見ていると、民主党の政権も悪くないと思っている私が居ます。

 どうせ、短期政権に終わるだろうとタカをくくっていましたが、意外と長期政権になるかもしれないし、もしかしたら、もう自民党が政権を握ることは無いかもしれないなぁとまで思い始めている私が居ますよ(笑い)

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

2009年10月15日 (木)

相性

 連日、我が愛機である Vista 君のハナシで恐縮なのですが、1.5TBの内蔵ハードディスクを本体に組み込んだところまでが、続編である前回の「次から次に」という記事でした (^^ゞ

 これでひと安心・・・と思っていたのですが、結果はそううまくはいきませんでした(笑い)

 月曜日に新しく買ってきた1.5TBのHDを、1TBと500GBの二つのパーティーションに分けたという事は前回の記事にも書きましたが、1TBの方は問題なくフォーマットも済み、使用できる状態になったんですが、残りの500GBの方は、何度フォーマットしても「WINDOWSはフォーマットを完了できませんでした」というメッセージが出て、フォーマットできず、使用できないという現象が起きてしまいました (^^;

 

20091015001_2

 これが、その状態を表わした画面なんですが、本来「NTFS」と表示されるべきところ、「RAW」と表示されています。

 「RAW」とは、フォーマットされていない状態を表わしており、このままではファイルの読み書きはできません。

 私は最初、このHDには読み書きできないエリアがある不良品で、それでフォーマットできないんだと思い、翌日の火曜日に買った店に持っていき、クレームを付けて新品交換してもらいました。

 

 しかし、交換したHDでもまったく同じ現象が起き、500GBが使用できません (^^;

 同じ不具合が二台のHDで続けて起きるということは、普通は考えられない事ですから、私は考え方をあらため、私の操作手順が悪いか、私の Vista 君が悪いか、いずれにしてもHDに責任はないと思われるので、お店で確認してもらい、できればお店でフォーマットしてもらおうと、水曜日に二度目のクレームをつけにお店に出向きました (^^;

 お店で、1TBのパーティーションは正常なことと、500GBのパーティーションはフォーマットが済んでおらず、使用できない状態であることを確認してもらい、その場で500GBの方をクイックフォーマットして頂きました。

 その結果、正常な状態になりましたので、意気揚々と自宅に戻り、本体に組み込んでみたんですが・・・

 

 結果は、最初と同じく、1TBは問題ないんですが、500GBの方は、相変わらず「RAWボリューム」で、フォーマットできていません (ノ_-;)ハア…

 お店では問題なくフォーマットできたのに、これはどういう事なんだろうと考えると、考えられることは、私の Vista 君に問題があるのではないかということです (^^;

 

 そこで、HDケースに内蔵ハードディスクを入れ、例しに、別のXPの本体にUSB端子を介してつないでみました・・・

 結果、問題なく1TBと500GBのパーティションが確認されました (^^)v

 次に、そのケースを、 Vista 君のUSB端子につないでみると、なんということでしょう、問題なく1TBと500GBのパーティションが表示されているではないですか ヽ(^◇^*)/

 

20091015002_2

 これが、 Vista 君のUSB端子に接続し、外付けHDとして使用した時の画面です。

 チャンと「NTFS」となっており、全ての領域が空き領域ということで使用可能となっています (^^)v

 

 で、ケースから取り出し、本体に組み込むと・・・
 やはり、500GBが使用不可です (__;)ガクッ ・・・

 つまり、外付けのHDとして Vista 君につなげば、1TBと500GBの両方とも問題なく使用できますが、内蔵してしまうと500GBの方は使えないということが判明しました(苦笑)

 

 おそらくこれは、「相性」という問題による現象であり、買ってきた内蔵ハードディスクにも、 Vista 君にも、不具合はないものと思われます。

 機械に「相性」ナンてあるのかと、皆さん方の中にも訝かしんでおられる方も居らっしゃると思いますが、パソコンの世界においては、間違いなく「相性」というものが存在します。

 

 パソコンというものは、実にたくさんのパーツによって構成されています。
 CPUを始め、メモリ、記憶装置、電源からビデオボードなど、それらが一体となって一つのパソコンとなります。

 お店で販売されているパソコンは、十分にそれらのパーツ同士の「相性」を考慮して組み立てられ、販売されますから、それ自体に不具合が出るようなことはほとんど無いのですが、買ってきたパソコンに、後からメモリやHDを買ってきて増設したりすると、使えないということが少なくありません・・・ (^^;
 別に、メモリやHDが不良品でなくても、そういう事が希に起きる事があり、その場合、パソコン本体との「相性が悪い」ということになります・・・

 

 結論として、今回、私が購入した内蔵ハードディスクは、「愛機である Vista 君とは相性が悪い」ようですので、残念ですが内蔵はあきらめて外付けのHDとして使用させていただく事になりました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2009年10月14日 (水)

さまざまな「夢」

 「夢」ということばは、私のハンドルネームにも用いられていることからもおわかりのように、私にとってはとても思い入れの強いことばだったりします (^_^ゞポリポリ

 この「夢」ですが、寝ている間に見る、あの「夢」の事ではなく、人生において、もっとも大事な物の一つである、「目標」とか「憧れ」とかのことばで言い換えることのできる方の「夢」であることは言うまでもありません。

 しかし、子どもの時分ならいざ知らず、いいトシをしたオトナが、「夢」を語ったりすると、たいていは笑い飛ばされるのがオチで、私のように臆面もなく「夢」なんてことばを日常的に掲げているオトナはマイノリティと言っていいと思います(笑い)

 

 今日は、仕事であちこち走っている際に、街角で見かけた、「さまざまな『夢』」をご紹介してみようかなと ( ^-^)/ ♪

 

20091014006 20091014011

 これは、よく見かける、スカイラークグループの一つである「夢庵」です。
 この夢庵の看板も、いろいろなタイプのものを見かけますので、何かの基準で使い分けているのかもしれません。

 次は、自動車の整備工場ですが、看板には「感動工場」と書かれています。

 

20091014003 20091014005

 これは、有りがちな「水商売系」のお店の看板です (^^)v

 お酒を扱うお店は、ある意味「夢」を売っているわけですから、それもアリなのかなと(笑い)

 

20091014007 20091014012

 これは、どちらもパチンコ屋です。

 片や「夢屋」、こなた「夢らんど」です(笑い)

 

20091014009 20091014008

 これは、商店街に付けられた名前と、そのそばに在った居酒屋の看板です。

 

20091014004 20091014010

 次は、チョッと変わった写真を二点・・・

 「夢屋診療所」ですが、夢占いとか夢判断とかの類ではありませんし、心療内科でも神経内科でもありません。
 内科と歯科をメインに、リハビリや発達小児科といった患者さんも受け入れている普通の開業医なんですが、医院の名前に「夢」というのも珍しいんじゃないかと (^_^ゞポリポリ

 次は、タクシー会社のあんどんに書かれていた「夢」です(笑い)
 タクシー会社の名前としても、「夢」というのは珍しいんじゃないかと(苦笑)

 

20091014001 20091014002

 最後に、近所にある居酒屋なんですが、開店した当初は「イザック『』」となっていました。
 おそらく、居酒屋とスナックを合わせた造語だと思うんですが、いつの間にか「酒場『』」に看板が直されていたのにはビックリ (^^;

 

 まだまだ、他にも「さまざまな『夢』」があると思われます。

 また見かけましたらご紹介させて頂きます (o^∇^o)ノ

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

2009年10月13日 (火)

次から次に

 先日、メインで使っている Vista 君の調子が悪いので、リカバリした記事を書いたばかりなんですが・・・ (^^;

 今日は、その続編になります (^_^ゞポリポリ

 

 リカバリはしたものの、やはりなんとなくヘンだ・・・
 少しでも気になるところがあると、どうしてもそのままにはしておけないのが私の性分でして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 で、とりあえず、「D」ドライブのエラーチェックをしてみることにしました。
 「C」ドライブは、 Windows のシステムが入っているために、直ぐにはチェックできないから、さしあたっては、「D」からと・・・

 そんなこんなで、チェックを始めたんですが、かなりの時間が経過しているにもかかわらず、いっこうにチェックが終了しません・・・ (^^;

 これはおかしいということで、一度「D」ドライブを初期化してみようかなと思い、パーティーションを削除して、フォーマットを始めたんですが・・・

 これも、「フォーマットを正常に完了しませんでした」ナンていうエラーメッセージが出る始末・・・ (__;)

 こうなると、もう、このハードディスクはどこかがおかしくて、正常に動作していないということになります。

 

 仕方がないので、本体に組み込んである「ディスク0」「ディスク1」を入れ替え、写真などのデータの保存用に使っていた「ディスク1」をフォーマットして Windows のシステムを入れることにしました。
 またまた、リカバリの開始です・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 このHDDは、320GBなので、70GBと250GBにパーティーションを切り直して、70GBの方を「C」ドライブとして Windows をインストールしました (^^)v
 250GBの方は、データ用として「D」ドライブにしました。

 

 ただ、不具合の出たHDDを取り外したままなので、バックアップ用にと、もう一台内蔵HDが欲しくなってしまいました (^.^ゞポリポリ
 だって、内蔵ハードディスクのケースが一つ余ったままなんだもの (^◇^) 。。。ケラケラ

 たまたま、本当にたまたま (^^; なのですが、近所のPCショップで、12日の日替り商品として、「内蔵ハードディスク1.5TBが8,970円」というチラシを目にして、欲しくなっちゃいましてね、買ってきました (^◇^) 。。。ケラケラ

 これだけ大容量のHDなら、当面、空き容量の心配をする事もないし、第一、1万円以下のプライスですからね (^^)v

 

 買ってきて、本体に組み込んで、さぁ、フォーマット・・・と思ったんですが、今度は、「コントロールパネル」→「管理ツール」→「コンピュータの管理」→「ディスクの管理」と手順を踏み、いざフォーマットと思っても、肝心の「フォーマット」という項目がどこにも表示されない・・・ (^^;

20091013001

 おかしいなぁと思って、ネットで調べると、「ディスク1」と書いてある1番のエリアで右クリックしないと「フォーマット」という項目が出てこないことがわかった・・・ (ノ_-;)ハア…

 これまでのXPを使ってきた経験だと、2番のエリアで右クリックすれば「フォーマット」はできたので、これは大きな落とし穴でした・・・ q(`o')ブー!!

 

 ともあれ、無事にフォーマットも済み、1.5TBという、途方もない大きさのHDを、1TBと500GBの二つに分けることにしました (^^)v
 それでも、私の感覚ではメチャクチャ大きな容量ですが・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 今は、ハード面の作業は一段落したので、これから必要なソフトを一つ一つ組み込んでいく作業に入るところです (^^ゞ

 まったく、次から次に、いろいろとトラブルが起きてくるもんです・・・ (ノ_-;)ハア…
 まぁ、その分、楽しみは尽きないのですがね・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月12日 (月)

佐原の秋祭り

20091012002 20091012003 20091012004

20091012001_3

 昨日の日曜日、千葉県は香取市で行なわれた「佐原の秋祭り」に行ってきました。

 

 佐原では、7月と10月に「夏祭り」「秋祭り」が行なわれ、ともに「佐原の大祭」と呼ばれています。

 夏は街の中央を流れる小野川を挟んで東側の本宿・八坂神社、秋は西側の新宿・諏訪神社の祭礼として催されます。

 夏祭りの様子は、「佐原夏祭り」というタイトルで7月にご紹介させて頂きました。

 

 その時に案内して頂いた友人が、秋祭りでは町内の山車に乗ってお囃子を演奏するというので、その勇姿を見物がてら、ティンクと二人で行ってきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 この友人は、町内でも顔役の方なので、時には近隣の町のお祭りにも呼ばれて、お囃子を演奏したりすることもあるそうで、なかなか頼りになります(笑い)

 上の山車は、それぞれ、上宿の「源義経」・下宿の「源頼義」・上中宿の「鎮西八郎為朝」で、三町の山車を合わせて「源三町」だったかな (^^ゞ
 源氏に所以の人形を乗せた三つの山車ということで、お昼過ぎには三町合同の踊りも披露されました (^^)v

 そして、下の大きな写真が、友人の乗った上中宿「鎮西八郎為朝」の山車で、今回はこの山車を中心に見物してきました (^^)v

 

20091012005 20091012006 20091012009

 これは、友人の町内にある「東薫酒造」の駐車場に設けられていた休憩所です。

 町内の人たちによる「いわしのつみれ汁」や「さんまの炭火焼き」などのテントの他にも、銚子から来た水産業者による「まぐろの解体ショー」や、成田の「米屋」、富津の「マザー牧場」など、近隣の自治体によるテントもあって、なかなか賑わっていました。

 下は、「まぐろの解体ショー」の動画です (^◇^) 。。。ケラケラ

 佐原の祭りとは直接関係ありませんが、バックに佐原囃子が流れているので、こんな解体ショーもチョッと変わっていておもしろいかなと (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 解体したまぐろは、直ちに隣のテントで、「まぐろ丼」として振る舞われていました。
 さすがにテントの中では一番人気で、長蛇の列ができていました(笑い)

 

 

 

 

20091012007 20091012010 20091012008

 例によって、オマケの写真です (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 粋なはんてん姿の若衆たちです。

 犬も、はんてんを着せてもらって、道端で見物していました(爆笑)

 お天気も申し分なく、日向は暑いくらいの日射しで、祭りの最終日を楽しく見物できました (^^)v

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年10月11日 (日)

食事

20091011001

 これは、ラジオかなんかで聞いて覚えたことばで、誰が言ったものなのか失念してしまいましたが、私はその通りだなと思っています。

 

 一流のレストランなんかに行って、一流の料理人の作ったものを食べて「美味しい」と思うのは、当たり前すぎておもしろくも何ともありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 そうではなくて、どんな料理であったとしても「美味しく」食べる事ができたとしたら、これは凄いことだと思いませんか ( ^-^)/ ♪

 第一、そうそう美味しいものばかり口にする事なんて、どこかの金持ちか王様でもない限り無理でしょ (;^_^A アセアセ・・・

 

 三度三度の食事を、いつも美味しくいただく事ができるとすれば、どんなに幸せなことでしょう (^^)v

 もしかしたらそれは、大富豪の暮らしにも匹敵する、とても「贅沢」なことだと私は思いますよ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2009年10月10日 (土)

ジュークボックス

 ネッ友さんのお一人であるこやなぎ名人が、昨日は「ジュークボックスの日」という事で、ご自身の日記で取り上げていました。

 

 私も、年齢からして当然ジュークボックスを知っている世代なので、こういう美味しいネタを提供されると食いつかざるを得ない (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 私が初めてジュークボックスを見たというか、触ったというか、知ったというか、使ったというか、そういう事ははるか昔の事なのでよく覚えてはいませんが、おそらく小学校の修学旅行で福島県のいわき市にあった「常磐ハワイアンセンター」に行った時が最初だと記憶しています。

 当時のハワイアンセンターは、子どもにはおもしろいような場所ではありませんで、夜のショーなんかは子どもは入場はダメと言われて見ることができませんでしたから、子どもでも入ることができる、今でいうとゲームセンターみたいな場所で遊んでいた時に、隅に置いてあったデカイ箱のようなモノが、「ジュークボックス」でした。

 

 最初は、他人が硬貨を入れて音楽を聴いているのを遠巻きに見ていたんですが、そのうちに自分でも何か聞いてみたくなって、ボックスの上に並んだたくさんのボタンと、曲名をしばらく眺めて、私が選んだレコードは、ガーション・キングスレイの「ポップコーン」(笑い)
 なんでそんな曲を知っていたのかよく覚えていないけれど、とっても軽快でリズミカルなテンポの作品で、当時はラジオなんかでよく耳にしたような記憶があります。

 目の前の大きな箱から流れてくる大音量の音楽に、私はすっかりはまってしまって、確か3回くらいは同じ曲をかけたような記憶があります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ジュークボックスの中には、「EPレコード」と呼ばれる、いわゆるシングルレコードがたくさん入っていまして、それを機械がピックアップしてターンテーブルに乗せ、演奏するというのがジュークボックスという機械なのですが、この機械が普及するにあたってシングルレコードの形状が変わってしまうという現象が起きました。

 

20091010003 シングルレコードは最初、LPレコードのように、中央に小さな穴が空いているものが一般的だったわけですが、これでは機械がうまくピックアップできず、そのためにセンターに大きな穴が空けられました。
 その形状のために、シングルレコードは一般的に「ドーナツ盤」と呼ばれていました。

 ジュークボックスではなく、家庭のプレーヤーで演奏する際には、アダプターと呼ばれるレコードの内側の穴にはめるための器具をターンテーブルにセットしてからシングルレコードを乗せなくてはならない煩わしさがありましたが、安価で音質のよいシングルレコードは、LPレコードとは別の存在で消費者の支持を得ていました。

 

20091010005  ドーナツ盤のシングルとは別に、雑誌の付録などに付いてきた「ソノシート」と呼ばれるペラペラのレコードがありまして、これはその形状からドーナツ盤は無理ですので、中央に小さな穴が空いた形状の物が一般的でした。

 

20091010004  また、LPレコードは高価なので、「コンパクトLP」と呼ばれる、シングルレコードと同じ大きさのディスクを用い、33回転に回転数を落として、両面で4~5曲くらいの作品を収録したものもけっこう出回っていまして、私なんかはけっこうこのタイプのレコードを買った記憶があります。
 このタイプも、ドーナツ盤にはなっていませんでしたが、これは収録曲を多くするためにレーベルにたくさん文字を記入しなければならない都合があったからではないかと私は思っています。

 

 その後、ジュークボックスは飲食店や夜の繁華街などに置かれて利用されましたが、70年代に入ると8トラックのカラオケが主流になり、お客さんは聞くだけではもの足りず、自らマイクを持って歌うようになり、場所をとるジュークボックスは急激にその姿を消していきました・・・

 そのカラオケも、8トラからレーザーディスク、そして今は通信と、次々にメディアの形を変えていきました・・・

 

 お若い方・・・というか、30代くらいまでの世代の方は、ジュークボックスの存在をご存じない方がほとんどなんじゃないでしょうか・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2009年10月 9日 (金)

リカバリ

 昨日、台風18号が上陸ということで、わが家でもそれに備えて雨戸を全部閉め、玄関先のプランターなどの小物を物置の陰に避難させて、準備万端で朝を迎えました (^^)v

 夜のうちこそ雨風の音がそれなりに聞こえていましたが7時に起きてみると、意外にも晴れていまして (^^; 、風だけは時々すごい突風が吹き抜けてはいくものの、普段の朝とそれほど変わりなく、チョッと拍子抜けといった感じ・・・ (^^;)☆\(-- )

 それでも、テレビなどでは都内方面を中心に、電車が運休とかいろいろと台風の影響を伝えていまして、こんな日は外に出ないに限るということで、予定通り臨時休業ということで、一日中部屋の中で過ごしました(笑い)

 

 念のためにという事で、雨戸は閉め切ったままですので、外の様子はわからないまま、巣ごもりを続けます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 そんな中、何をして過ごそうかということで、思い立ったのがメインで使っているデスクトップのリカバリです ヾ(;´▽`A``

 最近、どうにも調子が悪く、文字の入力をしようとキーを叩いても、しばらく画面に文字が出てこないとか、エクスプローラーでファイルのコピーなどをしようと思っても、「応答していません」とかのメッセージが出て、ストレスがたまる一方の状況だったので、いっその事リカバリしようかなと・・・ (^^;

 私は、リカバリ大好き人間でして、PCに何か不具合が起きて、あれこれやるのが面倒くさくなると、すぐにリカバリをしてしまいます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 そんなこんなで、リカバリディスクを引き出しから引っ張り出し、さっそくリカバリの開始です (^^)v

 

 リカバリそのものは簡単なのですが、問題なのはその後の処理・・・

 買って一年以上経つと、それなりにインストールしてあるソフトも増えていますから、リカバリ前の状態にまで戻すとなるとけっこうたいへんです (;^_^A アセアセ・・・
 まぁ、私のような人間には、それがまた楽しみでもあるのですが (^◇^) 。。。ケラケラ

 リカバリが済んだPCに、最初に行なうのはウイルスソフトのインストールです。これだけはいの一番に行なっておかないと、ADSLにつながったままの状態ですから非常に具合が悪い・・・

 で、無料ソフトの「avast!」をダウンロードしてインストール・・・
 さらに、ATOKをインストールして日本語入力も無事OK (^^)v

 

 そんなこんなで、まだ元の状態にはほど遠いのですが、なんとか日常の生活が送れる程度には元に戻りました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 台風も、それほどの影響もなく、昼過ぎには雨戸を開けました。
 お天気はいいものの、風だけは夕方まで強く吹いていましたが、それでも思ったほどの影響もなく、私の突然の臨時休業もPCの前に座ったまま、静かに通り過ぎていきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 たいへんな被害が出たところもあるようで、被災地に遭われた方にはお気の毒とお見舞い申し上げます・・・

 皆さんのところでは、台風の影響はありましたか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2009年10月 8日 (木)

電波時計

 最近、ホームセンターなどに行くと、ワゴンに入った「電波時計」の山を目にすることがあります。
 たいてい、980円くらいのプライスが付いていて、つい、衝動買いをしそうになってしまいます(笑い)

 

20091008002_2  私は、職業ドライバーの一人ですから、日常的に運転席に座っていることが多く、何年も前の事になりますが、イエローハットに寄った時にいろんなアクセサリーの中に電波時計を見つけ、当時、確か1,980円くらいのプライスだったと思うのですが、ちょっと高いなと思ったんですが、なかなかデザインも良かったので買ってきてダッシュボードの上に両面テープで貼り付けて使っています (^^)v

 「時間」は何よりも優先するのが運送屋の宿命ですから、正確な時計がいつも目の前にあるというのは有り難いことで、年がら年中、ダッシュボードの上の電波時計を見て過ごすのが私の日課にもなっております(笑い)

 

 この「電波時計」というヤツですが、もうかれこれ5年くらいは使っていますが、毎時、ラジオの時報と一緒にピタッと時刻を表示してくれる、実に優れたツールで、もう、ダッシュボードの上にこれが無いと仕事にならないというか、不安でしょうがありません(笑い)

 

20091008001  そんな思いを電波時計には抱いていたので、1年くらい前の事でしょうかねぇ、ホームセンターでワゴンにいっぱい積まれた電波時計を目にして、980円くらいで衝動買いしてきて、私が居間で一番長い時間過ごしている、デスクトップパソコンの上に置いて使っていたのですが、どうにも時刻が正確でなくて・・・ (^^;
 2~3分くらい遅れるのは普通で、場合によっては5分以上も遅れていることもあってね。

 やっぱり安物だからダメなのかなナンてずっと思っていて、それでも捨ててしまうにはもったいないからとそのまま使っていたんですが・・・

 

 昨日、マイミクさんの日記に、電波時計のことが書かれていまして、それによるとパソコンの近くで電波時計を使うと、電磁波の影響で狂ったり壊れたりするということを知りました (^^;

 そんな事もあるのかと、試しにPCの上の電波時計を居間の隅の窓際に移してみたんですよ。
 そしたら、しばらくすると、遅れていた時刻が正確に直っていました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20091008003  な~んだ、これって不良品の電波時計じゃなかったのね、という事で、あらためて私の座っている近くに持って来ました。今度は、PC本体から少し離して・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

20091008004  今まで置いていたところと、50センチも離れていませんが、たったそれだけのことなのに、今のところ問題なく正確な時刻を表示してくれています o(*^▽^*)o~♪
 よく見ると、右肩に表示されているアンテナのところに、小さく「OK」の文字が出ています。つまり、送信所からの電波を正常に受信しているということなのでしょう (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 基本的な使い方も知らないで、安物だからと今までバカにしていてゴメンね~ (o^∇^o)ノ

 そして、今回貴重な情報と共に、ブログネタを提供して頂いたフィガロさんには、感謝~ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 お陰さまで、また私のPCライフが便利になりましたよ~ (^^)v

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

2009年10月 7日 (水)

抱いて

 武田鉄矢がパーソナリティを務めている、文化放送をキー局にした「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」という、10分間のミニ番組があります。

 毎朝、好きで聞いていたのですが、朝の時間はニッポン放送に浮気をしてしまったので、もう聞かなくなってから3年くらいは過ぎたと思います (^^ゞ

 

 以前は、文化放送オンリーで、朝から晩まで文化放送だけを聞いていたのですが、20年くらい前から番組改編が行なわれる度に文化放送の番組がつまらなくなっていき、今では昼の「大竹まこと ゴールデンラジオ!」「玉川美沙たまなび」、夜の「ライオンズナイター」くらいしか文化放送は聞いていません。

 

 それはともかく、昔、武田鉄矢が番組の中で語ったエピソードの一つに、こんなのがありました。

 ある日の朝、仕事に出かけようと玄関で靴を履いていた武田に向かって、背中越しに奥さんが「アナタ、抱いて・・・」と声をかけてきたそうです(笑い)

 これから仕事だっていうのに、朝っぱらからコイツは何を言ってるんだろうねと苦笑いしたものの、悪い気持ちになろうはずもなく、コイツはまだオレに惚れているんだなぁと照れながら、奥さんの方に向き直り、手を差し伸べようとしたその時・・・

 「いつまでそこに居るのよ! アナタが邪魔でゴミを出しに行けないじゃないの。早くどいて!」と言われてしまったそうです (^◇^) 。。。ケラケラ

 なんのことはない、「抱いて」というのは、「どいて」の聞き間違いだったというだけのハナシなんですが、こういう些細なことばの聞き違いというか、気持ちのすれ違いって、意外と身の回りでは有りがちなんじゃないでしょうか (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、「抱いて」「どいて」では、たった一文字の違いなのに、言われた方はエライ差だなと・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2009年10月 6日 (火)

さようなら90番

20091007002

 ソフトバンクホークスの「あぶさん」こと景浦安武外野手(62)が今シーズンのヤフードーム最終戦となるオリックス戦を最後に現役を引退する・・・

 以下は、昨日発売となったビッグコミックオリジナルに収録された、第873話の一部です(笑い)

 

2009100704420091007043

2009100704620091007045

20091007047

 

20091007001 思えば、私のプロ野球観戦の歴史は、常に「あぶさん」とともにあったような気がします。

 高校一年生の時に、同級生の一人からコミックの第1巻を借りて読んだのが「あぶさん」との出会いの最初でした。

 以来、今日までちょうど35年、私の人生は「あぶさん」とともにあったと言っても過言ではありません。

 この辺の件は、昨年の8月に「景浦安武」という記事と、今年の3月に書いた「あぶさん」という記事に詳しく書きましたので、興味があればご一読ください(苦笑)

 

 「引退」という二文字は、アスリートには必ずついて回ることばであり、これはどんな名選手であっても避ける事のできない現実です。
 これについても、先月「引退」という記事の中で引退に対する持論を述べましたので、あらためてご一読願えれば幸いです ( ^-^)/ ♪

 しかし、多くのアスリート達は、その輝いていた時とは裏腹に、誰にも知られることのないままにひっそりと現役を引退していくのが常であり、引退セレモニーとか、引退試合とかを設定してもらえる選手はごく一握りの人たちに限られています。

 中日の落合監督が、選手たちに言っていることばの一つに、「引退をさせてもらえる選手になれ」というのがあるそうです。
 使えない選手として球団からクビを言い渡されて放り出されてしまうのではなく、セレモニーなどを設けて送り出してもらえるような選手になれという意味だと思うのですが、本人はそう思っていても、球団やファンから愛されていないとなかなかそういう花道は作ってもらえないと思います。

 球界は、今年もオフを迎えようとしています。
 今年も、たくさんの選手が現役を引退していくのでしょう・・・
 新人が入団するためには、席を空けておく必要があるからですが、はたして本人が納得して引退していく選手は何人いるのでしょう (^^;

 

 

 今回、景浦安武選手は、自らの引退試合をサヨナラホームランで締めくくり、そして引退セレモニーを経て球場を後にしました・・・

 37年間という、気の遠くなるような現役生活を送り、試合後にロッカールームに現れた母親に、脱いだばかりのユニフォームを手渡し、「お袋、丈夫な体をありがとう。」「やっと終わったよ。」のことばとともに、淋しい思いをさせ続けた母親に対し、精一杯の感謝の気持ちを伝えた・・・

 

20091007051_220091007052_2

 あぶさんは今日引退しましたが、作品の連載が終わるようなコメントはありませんでしたので、おそらく引退後もユニフォームを着せ続けるんだと思います(笑い)

 ファンの一人として、ぜひそうあって欲しいし、これからもあぶさんの活躍を見ていきたいと思っています。

 ありがとう、そしてお疲れ様でした。
 このオフは、例年以上に、恋の宿でゆっくりと体を癒してください・・・

 

 最後に、現在、日本で最も長く連載が続いている「あぶさん」の、コミック各巻の表紙をアップして記事を締めくくりたいと思います。 もちろん、全巻所有しています (^^)v

 

20091007048_2 

20091007049

| | コメント (10) | トラックバック (0)
|

2009年10月 5日 (月)

スマイルウオーク

  一昨日の土曜日、仕事で都内は港区の南青山まで納品に行って来ました。

 その途中、赤坂サカスの方からTBSの前を通り、乃木坂トンネルを通って表参道の方へ抜けたのですが、青山霊園にさしかかった辺りで何やら不思議な集団に遭遇しました。

 ピンクのシャツを着た老若男女が、歩道を次から次に歩いてきます。
 まるで、何かのウオークラリーの集団のようだと思って運転席から見ていました。

 下が、青山霊園周辺の地図と、その時に撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

 

20091005001 20091005002

20091005004

20091005003 20091005005

 ご覧のような感じで、ピンクの集団は、納品先へ向かう私の車の横を通り過ぎ、納品をしている最中はもちろん、納品を終えて帰途についてもまだ延々と続いていました (;^_^A アセアセ・・・

 

 帰宅してからネットで調べてみると、この集団は「ピンクリボンスマイルウオーク」の一団ということで、乳がんへの知識を深め、自分自身の問題として意識し、検診への一歩を踏み出すきっかけにしようと、「検診に行くまでが、ピンクリボンスマイルウオーク!」を合言葉に、集まった人々だそうです。

 かなり大規模なイベントだったようで、帰路は青山霊園から外苑東通りを通って芝公園方面に向かったんですが、麻布十番辺りにさしかかった辺りでも、ピンクの人たちを見かけましたから、相当数の人たちがこのスマイルウオークに参加したようでした。

 

 う~ん、いろんなところで、いろんな催しが行なわれているんですね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 そういうところに偶然とはいえ、遭遇することも、この仕事をやっていて得したなぁと思える瞬間です (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年10月 4日 (日)

放火

 昨日、都内の京葉道路を走っていて見かけたライダーです。

 大きなバイクにまたがり、信号待ちをしている間にタバコを取り出し、火を点けて咥える一連の仕草が実に手慣れた様子で、なかなか格好良くて、思わずカメラを向けてシャッターを・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20091004001 20091004002

20091004003_2

20091004004

 しかし、バイクに乗ったライダーはともかくとして、私はこういうふうに、咥えタバコで公道を歩いたり、運転したりする輩が大ッ嫌いです q(`o')ブー!!

 バイクを運転しながらタバコを吸っているからには、タバコの灰はもちろん、吸い終われば吸い殻は火の点いたまま路上に投げ捨てていくのだと思われます。
 私は、こういうアウトローを見かけると、後ろからハンマーでぶん殴ってやりたくなります・・・ (__;)

 

 年がら年中車を運転していると、いろいろなドライバーを目にしますから、このライダーのようにバイクを運転しながらとか、車に乗りながらタバコを吸っているドライバーを目にすることは日常茶飯事です。

 ただ、そういうライダーやドライバーのほとんどがマナーを弁えないバカ野郎どもです。

 タバコの灰を路上に捨てるなんてのはかわいい方で、吸い終わった吸い殻は、火が点いたまま路上に投げ捨てていく不心得者がどれだけ多いことか・・・
 道路のゴミ拾いをしたことのある人なら、路上のゴミとしてタバコの吸い殻が如何に多いか身をもって知っているんじゃないでしょうか。

 捨てていく方は、別に悪いことをしているとかいう認識はまったく持っていないのだと思います。
 ただ、不要になったから捨てる・・・ それだけだと思います。

 しかし、火の点いたままの吸い殻を路上に捨てるという行為がどれだけ危険なものか、彼等は知るべきです。

 もし、投げ捨てた吸い殻が、風に吹かれて道路の端に転がっていき、そこにたまたま投げ捨てられた雑誌か新聞紙のような紙くずがあって燃え上がり、その紙くずがさらに風にあおられてどこかに飛んでいって枯れ草とか住宅とかに燃え移ったとしたらどうでしょう・・・

 現に、山火事の多くが、そういう気軽に投げ捨てられたタバコの吸い殻に端を発している事は少なくありません。
 野山には、本来火事の原因となる「火の元」はありませんから、山火事の原因は誰かが使った「火」が燃え広がった物というのは自明の理です。
 たき火か、タバコか、いずれにしても火の不始末が山火事という災害をもたらしたわけです。

 

 私は、定められた場所以外でタバコを吸い、その吸い殻を指定された灰皿などではなく、路上などに投げ捨てた者は「放火」と見なして厳重に処罰するべきだという考えを持っています。

 

 東京消防庁管内では、1977年以降、出火原因の第一位は常に「放火」が占めているそうです。
 その数も、平均して年間に2400件2400件ですよ!!!
 単純に12ヶ月で割ると、一ヶ月辺り200件です。

 毎日毎日、都内のどこかで4時間毎に1件の放火が行なわれているという現実を、皆さんはどのようにお考えなのでしょうか・・・
 都内だけでこれですから、全国レベルで見たらどれだけの放火が日々行なわれているのでしょう・・・ (ノ_-;)ハア…
 背筋が凍り付くような数字だとは思いませんか?

 

 しかし、そういう現実とは裏腹に、「放火」の罪は軽すぎると私は思っています。

 よく、ムシャクシャしたから火を点けたナンていうバカ野郎が、連続放火魔として捕まってニュースになることがありまして、本人は火を点けてスッキリするかもしれないけれど、付近の住民達はいつ自宅の周囲で火が点けられるかと思うと、恐くて恐くておちおち眠ってもいられない・・・

 その昔、江戸時代なんかでは火付けをした者は火あぶりの刑と決まっていました。
 私は、現在の刑法もこのくらい厳しくて当たり前ではないかと思っています。

 現在においても、「放火」は他の犯罪から見ればかなり厳しい罰則を設けてあるとはいうものの、人がいる建物などに放火した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処するとあり、これが無人の建物なら2年以上の有期懲役となりますし、放火した建物が自分の所有物なら6ヶ月以上7年以下の懲役と大きくトーンダウンしてしまいます。

 

 私は、「放火」は被害の大小にかかわらず、一律「死刑」でいいと思っています。
 そのくらいの厳しさが無くては、放火は無くならないと思っています。
 火は点けたけど、ボヤで済んだなんていうのは、結果論でしか無く、もしかしたら町内が巻き込まれるような大火事になっていたかもしれないわけで、そういう事で量刑が左右されるような現在の刑法では放火は無くならないというのが私の持論です。

 もちろん、「失火」はこの限りではありません。しかし、たとえ未必の故意であったとしても、意志を持って火を点けた、あるいは火の点いている物を投げ捨てたというのは、絶対に許される行為ではないというのが私の持論です。

 

20091004005 20091004006

20091004007

 こちらも、同じように信号待ちをしている間にタバコを取り出し、口にくわえたライダーです。

 タバコをポイ捨てしたら「放火」と見なして「死刑」。

 かなり乱暴な意見ですが、そのくらいの厳しさがあってもいいんじゃないのかな (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (10) | トラックバック (0)
|

2009年10月 3日 (土)

2016年夏季五輪開催地が決定

 2016年夏季五輪開催都市を決めるため、デンマークの首都コペンハーゲンで開かれている国際オリンピック委員会総会は、2日、開催地を決定する投票を行い、ブラジルのリオデジャネイロが開催地に決定したと報じられた。
 東京は第2回目の投票で落選したという。

 この件については、今年の2月2日にもここの記事で取り上げたことがあります。

 昨年の6月に候補地がシカゴ、東京、リオデジャネイロ、マドリードの4都市に絞られた際、一番評価が高かったのが東京ということで、石原都知事の鼻息も荒く、ずっと先頭に立って招致運動を続けて来た・・・

 

 しかし、私は東京が開催地に選ばれることはないだろうとずっと思ってきました。

 先の記事の中でも、東京開催の可能性は、

 リオデジャネイロシカゴマドリード>東京

 ・・・と、この4都市の中で一番低いだろうと述べました。

 

 結果だけを見れば、私の予想は当たったことになりますが、それにしても意外だったのは、シカゴが真っ先に落選したという事・・・ (^^;

 私の予想では、東京が真っ先に候補から外れ、次に外れるとしたらマドリードだと思っていただけに、リオとマドリードとの決選投票になったというのがかなり意外で驚きでした(苦笑)

 それだけ、アメリカの存在は煙たく思われているということなんでしょうかねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 今回、リオが候補地に選ばれた大きな理由の一つが「南米初の五輪開催」というものだった。
 やはり、誰の目にもその点は強力なアピールになったんでしょうね。

 

 ところで、招致運動で湯水のように使ったお金ですが、落選した今、なんのメリットももたらされることもなく、単にドブに捨てたのと同じ結果になってしまいました・・・ (ノ_-;)ハア…

 戦後の復興を大きく前進させた64年の東京五輪の頃とは違って、今は五輪を招致するメリットなんてほとんど無いと思います。
 自治体のトップなら、そのヘンをもっと冷静に考えられないものでしょうか・・・

 いったい、招致運動に何億円のお金が消えていったのかわかりませんが、そんなムダな事に大金を使う余裕があるのなら、都内のホームレス達のためにでも使った方がどれほど有意義だったことか・・・

 ディーゼル規制といい、都民銀行といい、次から次によけいな事を思いつくあの人の頭の構造はどうなっているんでしょうかね(怒り)
 もう、思いつきで何かを行なうのは止めて欲しいですわ、ホント!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2009年10月 2日 (金)

火の見やぐら

20090918004

 

  かつて、街のそこここで見られた「火の見やぐら」・・・

 

 もちろん、火の見やぐらはその名の通り、「出火」をいち早く発見し、周囲に知らせ、消火活動を迅速に行なうために設置されたもので、江戸時代頃から作られるようになったといわれています。

 その後、年々その数は増えていき、昭和初期の頃にはほぼ全国全ての地域に普及した火の見やぐら・・・

 

 今と違って、高層の建物はほとんど見られることのなかったかつての町や村などにおいては、火の見やぐらはランドマーク的な役割も果たしていました。

 私が子どもの頃、小学校への集団登校などの時に、部落ごとに集合場所が決まっていまして、そういう時にはたいてい火の見やぐらの下に集まるのが一般的だったような気がしています。
 事実、私の部落では火の見やぐらの下に集まっていました。

 また、夏休みの間に行なわれる朝のラジオ体操なんかの時にも、一度火の見やぐらの下に集まって、そこから部落はずれの神社まで、マラソンで移動したりしたものです。

 

 そういう、火事とは縁のないところでも、火の見やぐらは身近な存在だったような気がします。

 私たち、男の子達の間では、火の見やぐらは格好の遊び場でもありました ヾ(;´▽`A``

 木登りの要領で、火の見やぐらに登って遊んでは、大人達に見つかって怒られたりもしましたっけ・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 下は、そんな火の見やぐらの写真です。
 仕事であちこち走っていて見かけた火の見やぐらを写真に収めてみました ( ^-^)/ ♪

 

20090918001_2 20090918003

20090918005 20090918007

 これが一般的な火の見やぐらですが、実際には多種多様の形をした火の見やぐらが存在するそうです。

 写真のものは全て脚が4本で立っていますが、3本の脚の火の見やぐらも存在するようですし、てっぺんの屋根の形が丸かったり四角だったり、あるいは6角とか8角とかの多角形の屋根もあるそうです。
 それは、屋根の下に設けられた見張り台の形にもいえまして、丸いもの、四角いもの、多角形のものなど、そういう特徴を組み合わせて火の見やぐらの形が決まります。

 正式に申し上げるならば、上の4枚の写真は順に、「四脚八八型」・「四脚丸丸型」・「四脚六六型」・「四脚八八型」と呼ばれる火の見やぐらです (^^)v

 

20090918002 20090918006

 上の写真は、現役を終えて、使われなくなったままうち捨てられていたり、看板などを取り付けて広告塔として再利用しているものなどの写真です。
 ちなみに、こちらは「四脚四四型」と「四脚六四型」の火の見やぐらです(苦笑)

 この記事の最初には、観光地に建てられていたほとんどダミーと思われる火の見やぐらの写真を載せましたが、火の見やぐらの引退後の姿も様々ですね(笑い)

 

20090918008  ところで、火の見やぐらに登って行くためのハシゴですが、私が子どもの頃に田舎で見ていたものは、この写真とは違って、地面からは設置されていませんでした。

 子ども達がおもしろ半分に登って遊んだりできないように、一番下の部分は取り付けられてはいなかったものですが、これらの写真の火の見やぐらは、いずれも地面からハシゴが取り付けられています。

 もしかして、私の田舎の子ども達だけが特別行儀が悪くて、それでハシゴが外されていた・・・ナンてことはないんでしょうね (^◇^) 。。。ケラケラ

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

2009年10月 1日 (木)

ぴぃ散歩「真岡編」

  先日の日曜日、真岡鐵道のSLに乗ってみたくて、ティンクと出かけてきました。

 本当は、もっと早くご紹介したかったのですが、撮ってきた写真が370枚と膨大だったのと、仕事が忙しくてなかなか記事をまとめることができなかったのとで、こんな時機を逸した記事になってしまいました (^_^ゞポリポリ

 今日は、そんな道中記を・・・ ( ^-^)/ ♪

 

  朝の7時半、自宅から車で茨城県の下館駅に向かいました。
 休日特別割引を使って、圏央道の稲敷ICから常磐道、北関東道と乗り継ぎ、桜川筑西ICで国道50号線へ。高速料金は千円 (^^)v

 車は、土・日は無料開放されている下館市役所の駐車場に停め、徒歩で下館駅へ・・・

 

 下館駅

20090929001 20090929002

 下館駅の写真です。
 駅を利用するのは初めてですが、思っていたよりもずっとこぢんまりとしていて、さすがにローカルな駅だなと(笑い)

 

20090929003 20090929004

 下館駅のホームの様子です。
 目指す真岡鐵道は、JRではないので、専用のホームが設けられています。

 ホームには、通常走っている「モオカ14形」が停まっていまして、私らが乗るSLは、その隣の引き込み線で待機していました。

 

20090929005

20090929006 20090929007

 引き込み線で出番を待つC12の勇姿です。
 ホームのお客さん達は、めいめいに携帯やデジカメを向けてその姿を写真に収めていました。

 下の写真は、「モオカ14形」が発車していき、その後に引き込み線から場所を移して停まったC12と、それに連結されている客車の中の様子です。
 車内はそれほど混雑しているわけでもなく、私らと同じ車内には小学生達の一団とそれを率いる先生達の姿も見られました。おそらくは遠足か社会見学なのかなと(苦笑)
 始発駅となる下館発は、10時37分。

 

 真岡駅

20090929008 20090929009

 私らが降りた真岡駅です。到着時刻は、11時12分。
 この駅の様子は、先日の記事でも取り上げましたので割愛します。

 写真は、先日お伝えできなかった東口のものです。外観そのものは西口から撮った先日の写真と同じです (^^;
 この日は、はとバスなんかも止っていたりして(笑い)

 駅舎の中に向かって、埋め込まれていたレールです。廃材利用で、なかなかユニークだなと感心しました。

 この日は、真岡駅で降りて、茂木で折り返してくる上りのSLが戻ってくるまでの4時間チョッとを、真岡市内を散策して過ごすことにしました。

 

 真岡鐵道SL館

20090929010 20090929011 20090929012 20090929013

 西口の駅舎の一部に、「SL館」と呼ばれるSL関連のグッズを販売しているブースが設けられていました。
 商品はともかく、そこのオジサンが気さくな人で、いろいろと丁寧に説明してくれるんですよ (*^.-^*)♪
 下の写真は、オジサンに教えて頂いて見てきたC11の車庫と、西口駅前の蕎麦屋さんで食べた昼食です (^^)v

 

 SL車庫

20090929014 20090929015

 これが、私がお目当てにしていたC11の勇姿です。

 この日はあいにくと、もう一台のC12が営業運転をしていました。
 2台の蒸気機関車を交互に走らせているのか、それとも、2台の運行に何かローテーションがあるのかは不明ですが、とりあえず目にすることができたので満足満足っと o(*^▽^*)o~♪

 

 森田屋

20090929016 20090929017 20090929018

 昼食がまだなら、お勧めの蕎麦屋さんがあるよとのことで、SL館のオジサンに勧められた蕎麦屋さんでの光景です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ティンクは「天せいろ」。
 私は冷たい蕎麦はあまり好きではないので「山菜蕎麦」を注文しました。
 他に、季節の天ぷらと瓶ビールも (^◇^) 。。。ケラケラ
 確かに、蕎麦も天ぷらも絶品でしたよ ヽ(^◇^*)/

 

 城山公園

20090929019 20090929020

 お腹も膨らんだので、腹ごなしのためにと、二人で市内へと歩き始めました。

 写真は、最初に立ち寄った「城山公園」です。
 真岡城が在った後ということで、石垣などがそのまま残されており、そばを流れる行屋川周辺が水辺公園としてとてもキレイに整備されていました o(*^▽^*)o~♪

 

 般若寺

20090929021 20090929022

 城山橋を渡り、行屋川に沿って少し歩くと、「般若寺」が在ります。

 このお寺は、徳川家光の乳母である春日局の夫だった、稲葉正成の菩提寺として、江戸時代には幕府から朱印寺として庇護され繁栄したそうです。

 境内には、真岡市が選定した古木・名木の一つであるサルスベリの大きな木が植えられていました。

 

 長蓮寺

20090929023 20090929024 20090929025

20090929026 20090929027 20090929028 20090929029

 般若寺を出て少し歩くと、真岡弁財天として知られる「長蓮寺」が在ります。

 このお寺も、稲葉正成ゆかりの寺として、徳川家光より朱印十二石を拝領していたそうで、高さ3.45米といわれる日本一の弁天さまがご本尊として安置されています。
 この弁天さまは、もともとは浅草の浅草寺に安置されていたものだそうですが、時の流れの中で、この長蓮寺に安住の地を定めたといわれています。
 ご本尊の両脇には毘沙門天と大黒天が控え、従者として十五童子を配した全国でも貴重な弁財天だそうです。

 

 

 真岡物産会館・真岡木綿会館

20090929030 20090929031 20090929032

20090929033 20090929034 20090929035

 長蓮寺を出て、大通りを渡ると、「真岡物産会館」と、それに隣接した「真岡木綿会館」が在ります。

  そのなんともレトロな店構えが魅力の「真岡物産会館」は、真岡の特産品の展示即売と観光案内所を目的とした建物です。

 同じ敷地内に建てられている「真岡木綿会館」は、真岡の特産品である木綿をアピールする場所として、昨年の4月にオープンしたそうです。
 中には、12台の機織り機を設置して織姫たちが機を織り、生産工程が見学できるほか、機織りや染色の体験もできます。

 さらに、「真岡木綿会館」は、岡部記念館「金鈴荘」と内部でつながっており、明治初期に二代目岡部久四郎氏が、紫檀・黒檀・鉄刀木などの唐木材を始め、当時としてはなかなか手に入りにくい高級な材料を多年にわたって集め、出入りの職人を使って十年余の歳月を費やして建築したもので、廊下の梁などは長い1本ものを使用しており、驚き以外の何ものでもありません (^^;

20090929052 20090929054 20090929053

 撮影は禁止ということで、上の写真はネットで探してきたものですが、外観は重厚な印象を受けますが、内部は派手さもなく落ち着いた繊細な空間で、贅を尽くした建物と庭は、一見の価値ありですよ~ o(*^▽^*)o~♪

 

 満川医院

20090929036 20090929037

20090929038 20090929039 20090929040

 別に、観光スポットというわけではありませんが、大通りを歩いていて見かけた開業医です。

 風情のあるそのたたずまいがなんともステキで琴線に触れ、思わず写真に撮ってみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 看板も、旧書体のまま書かれています。隣の建物も趣があるのですが、こちらは一般のご家庭なのでしょうか (?。?)
 とてもそうは見えないのですが、かといって料亭などの看板も見あたらなかったので・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 その、趣のある建物と医院の間に流れている堀ですが、両側の塀と相まって、いい眺めだと思いませんか (^◇^) 。。。ケラケラ
 まるで、時代劇にでも出てくるような、あるいは、歴史の重みを感じる京都あたりで見かけるような、そんな異空間ですよ (o^∇^o)ノ

 医院の敷地内にあったクスノキですが、これも真岡市の古木・名木に指定されていました。

 

 女体橋

20090929042 20090929050 20090929043

 ただの橋なんですが、なぜか「女体橋」という名前が付けられています(笑い)

 こういう名前にめっぽう弱いのが、私の弱点です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 海潮寺

20090929044 20090929045 20090929046

 この日最後の散策先となった「海潮寺」です。

  中世、真岡を中心に周辺を支配していた芳賀氏代々の菩提寺だったそうです。
 江戸時代には、徳川家光から20石の朱印状を受け取って庇護されたそうで、写真の山門は文化3年(1806)に建立されたといわれています。

 

 番外編

20090929047 20090929048 20090929049

 海潮寺を出たところで見かけた曼珠沙華です。
 普段よく見かける赤い花に混じって、白い曼珠沙華が咲いていました (*^.-^*)♪

 駅へ向かう道筋で見かけた木彫工房です。土地柄なのか、仏所と書かれていました。
 道路に面した建物に貼られた紙には、精神鍛錬にとか書に興味のある方は云々とか書かれていまして、察するところ、お弟子さんを募集しているのかなと (^◇^;)

 最後は、歯医者さんの写真なんですが、表札の代わりに「村上歯科医院」と小さな看板が門柱に取り付けてありました。
 この街の特長なのか、随所でレトロな建物を見かけました。
 この歯医者さんも、この看板が無ければ、まず歯医者さんには見えないんじゃないでしょうか(笑い)

 

 以上、私らが歩いた道筋をたどった地図を下に貼り付けておきましたので、記事と合わせてご覧ください ( ^-^)/ ♪

20090929051

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »