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2009年11月30日 (月)

どうでもいいこと

 「SANSPO.COM」の今朝の記事なんですが、昨夜から気になっているんですが、今朝になっても直っていませんで・・・ (^^;

 今日の記事を書くのにいろいろと眺めていた記事の中の一つなんですが、昨日千秋楽を迎えたのは「大相撲九州場所」なんですが、「大相撲秋場所」と間違えて掲載されています。

 見出しにはチャンと「九州場所」と書かれていますから単なる勘違いだと思うんですが、校正はどうなってるんだ?

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 強い! なんという強さだ!

 

  大相撲九州場所は、昨日千秋楽を迎え、横綱同士の結びの一番も、白鵬が豪快に朝青龍を上手投げで破り、あこがれの双葉山に並ぶ12度目の優勝を全勝で飾り、あまつさえ、年間勝利数を86として朝青龍の持つ84を易々と更新してみせた。

 

 もう、この人の強さは人のそれを超えています。
 2005年に朝青龍が年間勝利数を84勝として、27年ぶりに北の湖の持つ82勝を超えた時には、さすがにこの記録を破る力士は出ないだろうといわれた・・・
 それがどうだ! わずか4年後にはあっさりと更新だ (^^;

 

 大相撲は、15日間の本場所が年6回開催されます。ゆえに、皆勤なら90日間で一年間を終えます。
 そのうち86勝したということは、白鳳は今年たった4敗しかしていないという事になります (^^;

 実際、白鳳は春場所と今場所は全勝、残りの場所はわずかに1敗ずつしかせずに今年一年間を終えました。
 全勝した二場所は当然白鳳が優勝していますが、他に優勝した場所は名古屋だけです (^^;

 これだけの人並み外れた成績を収めながら、初場所、夏場所、秋場所という国技館で開催された場所ではいずれも優勝決定戦に臨みながらも、朝青龍と安馬の二人に敗れて優勝を逃しています・・・
 つまり白鳳は、本割では無類の強さを誇りながら、優勝決定戦では一度も勝てなかった事になります (;^_^A アセアセ・・・

 

 圧倒的な強さで勝ち進みながら、優勝を3度も逃した白鳳は、もしかしたら「運」が無い力士なのかもしれません(苦笑)
 14勝1敗なんて成績を残せば、普通なら秋場所のように単独で優勝できているのが当たり前の世界ですから、他にも14勝している力士が居るという事自体運がないといえますし、白鳳の実力からすれば3回の優勝決定戦を一つも勝てなかった事も不思議といえば不思議な事だと思います。

 そう考えれば、14勝1敗を4回もしていながら、たった1度しか優勝できなかった白鳳には、やはり「運」が無いのだろうと私は思います。

 

 だからなのかもしれませんが、白鳳にはこれまでの横綱が当然備えていたような「華」が感じられません・・・

 昨日の表彰式を見ていても、晴れやかな舞台には似つかわしくない表情とコメントで、地味というか、なんというか・・・

 「華がない」というのは、言い換えれば、見ていて「つまらない」という事です。

 前人未踏の大記録を達成したアスリートなら、もっと素直に喜びを表現してもいいんじゃないかなと思えなくもありません。その点、優勝してバンザイをしちゃう朝青龍の方がずっと親しみが湧くというか、人間らしいというか(笑い)

 横綱としての威厳を保つというのと、能面のような顔で木で鼻をくくったようなコメントを繰り返すのとは、自ずと違うという事を理解する必要があるんじゃないでしょうか。
 そういえば、白鳳が尊敬する貴乃花も、こんな感じで他人事のようなコメントを繰り返すつまらない横綱でした (^^;
 だからだったんでしょうか、私は喜怒哀楽を全身で表わしていた曙が大好きでしたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まぁ、表情とか性格とか仕草とか、そういうものはある程度持って生まれたもので、その人の個性ですからそういう事をどうこう言ってみても詮無いことなんですが、地位が人間を作るという言葉もあり、私もそれを正論だと思っていますから、横綱になって2年以上も経つのに、いまだに「華」がない横綱ってなんなんだろうと私は思っています (;^_^A アセアセ・・・

 確かに、横綱になって白鳳は一皮剥けて、体も一回り大きくなり、それに伴ってメキメキ強くなりましたから、実力的には押しも押されもしない大横綱であることは異論のないところだと思います。
 また、常に品行方正でお行儀のよい白鳳は、よく問題にされる「横綱の品格」という点でも問題なく大横綱だと私も思います。

 しかし・・・
 しかし、なぜそんな白鳳を見ていてもワクワクとした高揚感を感じないんだろうか・・・ (ノ_-;)ハア…

 朝青龍なんか、あんなに問題児扱いされていても、彼がチョッと何かするだけでイッキに場が盛り上がるのに・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 つまり、「強い」という事と、「華がある」という事とは、イコールではないという事ですかね(苦笑)

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2009年11月29日 (日)

あみプレミアム・アウトレット

 昨日、茨城県は阿見町にある「あみプレミアム・アウトレット」にティンクと行ってきました。

 「あみプレミアム・アウトレット」は、チェルシージャパンが運営する巨大商業施設で、関東では「御殿場プレミアム・アウトレット」、「佐野プレミアム・アウトレット」に続く、3番目のお店という事で、アメリカ西海岸をイメージしたという建物には国内外の有名ブランドが100店も集まっているそうで、今年の7月にオープンしたばかりの、できたてほやほやです・・・

 

20091129003 20091129004

 しかし、そのネームバリューは凄まじく、とにかく、人・人・人で賑わっていました (^◇^;)
 前に、御殿場店の前を通ったことがあったのですが、その時にも御殿場ICからお店の駐車場に入るための車の長い列を見かけたことがあります。

 

 場所も、開通して間もない圏央道の阿見東ICに隣接していますから、とてもわかりやすくてマイカーならアクセスは容易だと思います (^^)v

 

 私らは、別に買い物が目的だったわけではありませんが、埼玉県にお住まいのネッ友さんが、娘さん等を伴って「あみプレミアム・アウトレット」に向かうと朝のチャットで書込んでいたので、成田からなら小一時間ほどで行けますから、日頃お世話になっているネッ友さんに会いにティンクと行ってみようかなと (^_^ゞポリポリ

 ハナシはすぐにまとまり、11時半くらいに自宅を出、国道408号線で阿見に向かいました。
 利根川を渡った先にある、圏央道の稲敷ICから乗っても、休日特別割引で100円で行けましたが、一般道で向かってもほとんど時間的な違いはないと思ったので、あえて走り慣れている下道で向かいました。

 

 予定通り、ちょうど1時間ほどで駐車場に到着 (^^)v

 車を降りてネッ友さんを探します。
 ショッピングに夢中になっているという奥さんと娘さんたちとは別行動のネッ友さんは、駐車場のそばにあるベンチに座って待っていてくれました o(*^▽^*)o~♪

 お互いに初対面ではありましたが、ネットに顔を晒している私の事はすぐにわかったそうで、ネッ友さんの方から声をかけてきてくれました(苦笑)

 奥さんたちと1時に待ち合わせているそうなので、ホンの30分ほどの談笑でしたが、イメージ通りの方でした(笑い)

 

20091129002 20091128012

 談笑の間に撮らせていただいた、K_proさんとティンクとのツーショットです(笑い)

 K_proさんのHPは、右のサイドバーの「友人の部屋」というところにリンクを張ってありますので、よかったら訪問してみてください ( ^-^)/ ♪

 

 私らは、ミニオフの後はすぐに駐車場を出まして、「阿見飛行場」「女化神社」などに立ち寄りつつ帰宅しました。
 いずれも、前にブログで紹介したことがあるので、興味があればご覧ください ( ^-^)/ ♪

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2009年11月28日 (土)

千代大海龍二

20091128001  大相撲の大関である千代大海が、現在開催中の九州場所の10日目の取り組みで、朝青龍に吊り出しで敗れ、二場所連続の負け越しとなり、規定により大関からの陥落が決まった・・・

 千代大海は、史上ワーストとなる14度目のカド番で今場所を迎え、さい先よく連勝で場所をスタートさせた。

 しかし、3日目から8連敗で陥落が決まると、11日目の25日からは休場した・・・

 

 千代大海が大関に昇進したのは、99年の3月場所後のことで、以来10年間65場所に渡って大関の地位を守り続けました。これは史上1位の記録だそうですが、はたしてこれをりっぱな記録と言うのかどうか・・・ (^^;

 そもそも、大関というのは綱取りまでの通過点であらねばならないというのが私の信念ですから、横綱に昇進できずに大関に長く留まっているのは、あまり褒められたものではないはずです。

 

 しかし、そうはいっても横綱にまで上り詰めることができる力士というのは、本当に数えるほどしか居ないわけですから、番付の頂点である大関に昇進できた力士というのは、やはりりっぱであることには違いないわけで・・・

 ただ、私は千代大海という力士は好きな方ではなく、どちらかといえばずっと嫌いな力士でした (^^ゞ
 なぜなら、突き押し一辺倒で、それ以外になんの取り得も無い力士だったからで、こんな芸のない力士が大関になったということがまず不満でした(苦笑)

 

 千代大海が大関に昇進した99年から00年にかけて、5人もの新大関が誕生しました。
 わずか1年半くらいの間に5人ですから、これはもう、大関の「粗製濫造」以外の何ものでもないわけで (^^;
 特に、00年は、3月に武双山、5月に雅山、7月に魁皇と、場所毎に新大関が誕生して華を添えました・・・
 思えば、大相撲人気が一番高かった頃かもしれません。

 

 しかし、千代大海、出島、武双山、雅山、魁皇と、立て続けに昇進した大関たちですが、粗製濫造がたたっていずれも「カド番」が常について回るだらしない大関たちでした (ノ_-;)ハア…

 出島、武双山、雅山の三人は、短い期間で大関を陥落して二度と返り咲くことはありませんでしたし、陥落こそしませんでしたが、千代大海は史上ワーストとなる14度のカド番を数え、魁皇も12度もカド番を数えています。

 綱に手が届かないのはまだしも、優勝争いにほとんど絡むこともなく、大関の地位を守ることだけに汲々としている大関なんて、いったいなんの存在価値があるのか・・・ q(`o')ブー!!

 

 私は常々、千代大海と魁皇の二人は、「賞味期限の切れた大関」と酷評してきました。特にここ数年は、二人ともカド番カド番の繰り返しで、いつ引退しても不思議ではない「だらしない大関陣」の象徴でしたから・・・ (__;)

 その一方の雄である千代大海が、ついにというか、やっとというか、大関を陥落してくれました。
 一応、来場所に返り咲きを狙うようですが、勝ち越すことさえやっとという有様の力士に10番も勝てるわけがありませんから、場所前に、「初場所で10勝を逃す6敗目を喫した時点で引退する」と語ったそうなので、おそらく来場所の今頃は引退しているのでしょう・・・

 

 それは、魁皇だって同じではないかと私は思っています。

 今場所、ついに幕内在位が98場所となり、高見山が持っていた大相撲史上第1位の記録を抜いてトップとなりました。
 さらに、10日目には琴欧州を破って幕内805勝を達成して、北の湖の804勝を超えて単独2位となりました。
 私はムリだろうと思ってきましたが、こうなると千代の富士の持つ807勝を超える可能性だってあるわけで、もしかして初場所に並ぶか、あるいは超えるかした時点で、引退を口にするかもしれないと思っています。

 ここ数年、魁皇は地元の九州場所を現役で迎えることだけを目標に1年1年を戦ってきました。
 しかし、初場所は九州場所から最も遠い場所ですし、さらに1年近く現役を勤める気力が残っているかといえば、今の魁皇には難しいんじゃないかと思えてなりません。
 となると、さし当たっての大きな目標であった幕内在位は1位になりましたし、あと残るは幕内最多勝だけですから、三つ勝ったら思い残すこともなくなり、引退するんじゃないかと私は思っています。

 

 個人的には、千代大海も魁皇も好きな力士ではありませんでしたが、なんというか、今年一年間現役にしがみつこうと必至にあがいている二人を見ているうちに、気持ちが変わってきた私がいることに気がつきました (^_^ゞポリポリ

 私は、ボロボロになっても未練がましく現役を続けるアスリートが大好きなので、そういう意味で私の琴線に触れたようです(笑い)

 

 先に述べた出島や武双山、雅山の三人が、早々に大関を陥落し、雅山以外はすでに引退しているのに対して、千代大海と魁皇がどうしてこんなに長い間大関で居ることができたのか・・・
 それはおそらく、しっかりした自分の「相撲の型」を持っていたからだと私は思っています。
 千代大海は、突き押し以外にはなんの取り得もありませんが、逆にいえば強烈な突きと押しが彼の武器であり、それこそが千代大海の「型」であるわけです。
 魁皇は、いわずとしれた「左四つ」が「型」であり、そこから繰り出される豪快な右の上手投げは、相撲通を唸らせるだけの魅力十分です。

 こういう、しっかりした「相撲の型」を持っていたからこそ、千代大海は65場所、魁皇も56場所という、前人未踏の大関在位記録を残せたのでしょう。

 相撲の型を持っている力士は強いとはよく言われることばですが、この二人は身をもってそれを示してくれた名大関といえるのではないでしょうか ( ^-^)/ ♪

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2009年11月27日 (金)

当たり前のひとこと

 今日は、昨日紹介した流れもあるので、「人生はカレーライス!」の中からネタを拾ってみました ( ^-^)/ ♪

 

 この本は、タイトルが「人生はカレーライス!」と銘打っている事もあって、「辛い」、「甘い」、「苦い」、「旨い」という4つの章に分類されています。

 その中から、第2章の「甘い」から一つのエピソードを・・・

 

 数年前に定年を迎えた男性が、料理を新しい趣味として持ち、生まれ変わったというものです。

 それまでの彼は、仕事が忙しいことを理由に、料理は完全に妻任せで台所には近づかなかったというものですが、料理の基礎さえも知らなかった彼が、本などを見ながら毎日料理をしているうちに、少しずつ自信を持ち、ある日仕事から帰ってきた妻が自分の作った料理に「おいしい」と言ってくれて有頂天になったそうです。

 しかし、その気持ちの裏で、自分自身は40年以上もの間、妻が作ってくれた料理に「おいしい」と言ったことがないことに気付いたのでした。
 おいしいと思ったことは何度もあったそうですが、口に出して言うことが恥ずかしかったということで・・・

 

 かつての私もそうでしたが、男性の多くは恋人や妻に対して「褒める」という事が苦手という人が多いように思います。
 しかし、バチイチになった私が学んだことは、「気持ちは思っているだけでは相手に伝わらない」というものです。

 伝わらないだけならまだいいのですが、そのうちに心の中にすきま風が吹くようになり、お互いの関係が冷え切って、やがて破局を迎える・・・ (^^;

 

 それからの私は、思っていることはできるだけ口に出して言うようにしています。

 「おいしい」はもちろんのこと、「おはよう」とか「おやすみ」などの日常の挨拶から、「行ってきます」や「ただいま」はもちろん、「愛してるよ」とか「キレイだね」なんて、昔の私なら絶対に口にはしなかっただろうと思われる歯の浮くようなセリフさえ、ごく普通の会話としてティンクに言っています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 当たり前の事を当たり前に言うことが、どれだけ大切な事か・・・

 

 定年をきっかけに料理に目覚め、「おいしい」というひとことの大切さに目覚めたこの男性は、これからは心の豊かな人生を送れると私は思います。

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2009年11月26日 (木)

人生はカレーライス!

 私は、普段からラジオをよく聞いています。

 ニッポン放送も、朝の時間帯を中心に聞いていまして、今の私のマイブームは、10時まではニッポン放送というものです。

 

20091126001  そんなニッポン放送の番組から、また一冊の本が出版されました。

 これまでにも、2006年の11月には「車いすのパティシエ」が。

 翌2007年の9月には第2弾となる「母ちゃんダンプ」が番組の中から生まれました。

 

 その流れを汲んで編集された本が、今月の13日に出版された「人生はカレーライス!」です。

 番組に寄せられたリスナーの「忘れられないひと言」を、厳選し、一冊にまとめたものです。

 

 私は、こういうハナシが大好きで、昔で言えば新聞の投稿欄が大好きでよく読んでいました。
 今は、各ラジオ局がリスナーの体験談を語るコーナーが大好きでよく聞いています。

 ニッポン放送では「8時のGOOD STORY」、TBSでは「女のリポート」、文化放送では「大竹発見伝~ザ・ゴールデンヒストリー」等々・・・

 うわべだけの「いい話」というのではなく、リスナーが実際に体験した事だからこそ、普段なら聞き流してしまうような何げないひと言にさえズッシリとした重みがこもっていて、思わず目が潤んでくることさえあります・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 今日、やっと近所のセブンイレブンから「人生はカレーライス!」を購入してきました (^^)v

 今夜の夕飯のメニューが「カレーライス」だという事を知っていましたので、それを絡めてブログのネタにしようと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20091126002  実は、このカレーは昨日の夕飯のためにこしらえたもので、私が大のカレー好きという事を知っているティンクが特別に腕をふるって作ってくれたものです o(*^▽^*)o~♪

 

 昨夜は、尼崎からの帰宅が午前様になってしまったこともあり、軽く一杯食べただけだったので、カレーのルーが大量に鍋に残ってしまっていたので、今朝もカレー、そして夕食にもカツを添えたカレーが出されました。

 ティンクは、同じメニューを二度続けて出すような横着な事はしないので、今回は特別という事になります(笑い)

 朝、仕事に出かける私に向かって、「晩ご飯もカレーでいい?」と聞いてきたので、カレー好きの私は「もちろん! キミのカレーは日本一だもの (^^)v 」と答えました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 それで、「人生はカレーライス!」を思い出したというわけで・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20091126003 そういえば、前に「母ちゃんダンプ」を紹介した記事の中で、『ニッポン放送のようにこのコーナーで取り上げた(女のリポートの)お便りを一冊の本にまとめたらけっこう反響はあると思うのだが・・・』と書いたことがあった。

 そんな私の声が聞こえたわけではないのだろうが、先月TBSから「女のリポート100選」という本が出版されました(苦笑)

 この本も近いうちに購入したいと思っています。

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2009年11月25日 (水)

懐かしい景色

 最近、自分でも動画を録ったりして、時々YouTubeにアップしたりしているものですから、チョッと悪戯心を出して「下中津川」なんて故郷の地名で検索してみたんですよ(笑い)
 そしたら、ヒットした中にこんな動画が見つかり、懐かしくて思わず見入ってしまいました・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 

 投稿の主は、GYPJさんとなっていまして、他にもたくさんの動画をアップなされているので、手当たり次第に観賞させていただきました。

 動画に添付されているコメントや名前、あるいはアップされている地域の偏りから、住まいのおおよその場所もわかり、妹の同級生という事もわかってとても親近感を抱いています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 この方の動画の優れている点は、BGMの選曲が秀逸なこと。
 さらに、この動画のような長回しの流し録りはともかく、いくつものカットを編集している動画などを拝見すると、ディレクターとしてのセンスの良さもうかがえます。
 そんな動画の一つがこちらです ( ^-^)/ ♪

 

 

 いずれの動画も、私とは違ってこの土地に思い入れが無い人には、退屈なだけでおもしろくも何ともないと思いますが、会津の冬を経験したことのある私には懐かしくて嬉しくて・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 私は、雪に対してはいい思い出がなく、「白い悪魔」というイメージしか持てないこともあって、雪が降る冬期間は会津には一切近づかないようにしています。

 87年の2月に再び上京して千葉に住むようになった私は、GWにその年初めて会津に帰省するという事の繰り返しでしたから、少なくても20年以上もの間故郷の雪景色を見たことがありません。

 ここに映っている景色は、私にとっては生まれ育った思い出深い故郷の光景ですから、すぐにどこかわかりますし、それにまつわるいろいろな思い出も甦ってきます。

 

 GYPJさんは、YouTubeに490本もの動画をアップされていますから、とても全てを拝見したわけではありませんで、まだ10数本を見ただけに過ぎませんが、私にとってはいずれも涙ものの逸品です(笑い)

 こんな貴重な動画をアップしていただいて、GYPJさんには感謝です ( ^-^)/ ♪

 成田に居ながらにして、故郷に帰省した思いです (^^)v

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2009年11月24日 (火)

辞書

  20091124001

 写真は、私が普段使っている辞書たちで、全て三省堂のものです。

 それぞれ、「デイリーコンサイス英和・和英辞典」「明解漢和辞典」「国語辞典」の顔ぶれです (^_^ゞポリポリ

 その時々で、使ってきた辞書はいろいろあって、国語辞典は、写真の漢和辞典と一緒に小学6年生の時に買った「明解国語辞典」をずっと愛用していましたが、20年以上も使い続けているうちに表紙がボロボロになってしまったので、15年ほど前に写真のものに買い換えました。
 つまり、漢和辞典はもう40年ほど使い続けているという事になります(笑い)

 英和辞典は、中学校に入学した時に何かを買ったことは覚えていますが、その後出版したばかりの学研の「アンカー英和辞典」の初版を購入してずっと愛用していました。しかし、社会人になってからは英語はそれほど必要性も感じなかったことから、そんなに詳しい辞書は必要ないと判断して、平成になった頃に写真のコンパクトな辞書を買って、以来これで間に合っているような状況です (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 私は、辞書はけっこう頻繁に手にする方で、英和や漢和などの辞書はともかく、国語辞典は普段からよく使っています。

 中には、辞書を愛読書として日常的に「読んでいる」ツワモノもいらっしゃるようですが、そこまでではないにしても、私も国語辞典を「読む」のは好きな方です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 そんな私が、常々欲しいなと思っているのが電子辞書なんですが、だいぶ前から気になってはいるのですが、いまだに踏ん切りがつきません (^^;

 紙の辞書で十分間に合っているのに、そこまで投資する気持ちが起きないというのが正直なところなんですが、昔から目新しいものにはすぐに食指を伸ばしてきた私にしては、これは珍しいというか(笑い)

 

 しかし、近い将来、否応なく電子辞書のお世話にならざるを得なくなる日がやって来るだろう事は間違いないと思います (^^;
 なにしろ、最近は辞書の文字がだんだん見えにくくなってきていますから・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 そういう点でも、文字の大きさを変えられる電子辞書というのは優れものなんですよね (*^.-^*)♪

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2009年11月23日 (月)

こたつ

20091122012  このところ、寒い日も増えてきたので、冬支度を始めている方も多いんじゃないでしょうか・・・

 冬支度というと、なんといっても暖房器具という事で、日本人ならやはりコタツだろうか(笑い)

 

 私はこたつが大好きでして、子どもの頃から自分の部屋に置いた電気こたつにもぐり込んではアレコレするのが好きでした。

 高校の時などは、下宿した6畳の部屋の奥に電気こたつを置き、壁を背にこたつに入り、その周囲に様々なものを配置することによって、こたつに入ったまま全てのことができるようにして過ごしました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 そんなこたつ大好き人間の私でしたが、高校を卒業して東京のアパートに住むようになった時、4畳半一間のそのスペースには、コタツは置けないという事に気がつきました・・・ (__;)
 こたつを置くと、布団を敷くスペースが取れないのです・・・

 

 それでも、こたつを置きたくて、いろいろと試行錯誤をしてはみました。

 まず、寝る時にはこたつを移動するというものです。
 しかし、毎日毎日そんな面倒な事はとてもできません(苦笑)

 次に、寝る場所を変えてみました。
 押し入れの上の段を片付けて布団を敷き、そこで寝るようにしたのです。つまり、簡易ベッドですな (^◇^) 。。。ケラケラ
 しかし、しばらくそこで寝てみましたが、どうにも具合が悪い・・・
 なぜかというと、いわゆる江戸間とでもいうのでしょうか、それとも団地間というのでしょうか、とても狭く、押し入れの間口が180cm無いので、首を持ち上げて寝ないと横になれないのです (^^;
 ずいぶん我慢していたんですが、そんなムリが長く続くはずもなく、押し入れで寝るのも断念しました・・・

 最後に、こたつでそのまま寝るということもやってみましたが、最終的に出た結論は「狭い部屋にはこたつは置けない」というものでした (__;)

 そうなると、こたつは無用の長物です。折りたたんで仕舞ったまま、二度と使われることはありませんでした・・・

 

20091122011  代わりに、部屋に置いたのが反射式の石油ストーブでした。昔よく見かけた天板にヤカンなどを乗せることができるこんな感じのタイプです。
 狭い部屋なので、小さなストーブでも暑いくらいに暖まりました。

 ストーブを置くようになって、部屋が広く使えるようになったというか、こたつを置いていた頃には味わえなかった自由が手に入りました。
 部屋そのものが暖かいので、服装も身軽になりましたし、部屋のレイアウトも自在です (^^)v

 

 その後、石油ストーブはファンヒーターに変わりましたが、相変わらずこたつは使うことがありませんでした・・・
 今現在も、暖房の中心はファンヒーターで、補助的にエアコンとホットカーペットを使うこともありますが、こたつは持っていませんから使うことはありません。
 こたつが部屋から消えて、今年でかれこれ30年くらいにはなるのかな (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 その間、友人達と麻雀やトランプなどのゲームをする時に、思い立ったようにこたつを設置したことも何度かありましたが、すぐに片付けてしまったことを思い出します・・・

 

 今も、こたつに対する憧れはあるのですが、こたつを置いてしまうとそこが生活の中心になってしまうのがわかっているので、置けないというか、置きたくはありませんね(苦笑)

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2009年11月22日 (日)

寿司屋

 今日は「回転寿司」の日という事で、巷では回転寿司がたいへんなブームです。

 今月も、佐倉市の新しいバイパス沿いに「かっぱ寿司」「銚子丸」という回転寿司チェーンのお店が道路を挟んで開店しました (^^;

 

 昔、回転寿司が街中に登場した頃、「安い」、「早い」が取り得の回転寿司は、「旨い」という点ではどうしても不満が残る・・・というか、誰も回転寿司に「旨い」までは望んでいなかったというのが正直なところだと思います。

 しかし、10年くらい前から、回転寿司も乱立するようになり、「安い」だけではお客が満足しなくなってきました。
 そうなると、回転寿司も「安い」に加えて「旨い」お店でないと生き残れないというか・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20091123001  私も、にぎり寿司は大好きですから、スーパーの惣菜コーナーや回転寿司を利用することは度々あります。
 しかし、50年の人生の中で、普通の寿司屋を利用したことは出前を含めて数えるほどの回数しかありません。

 どうしてかというと、馴染みのお店ならともかく、値段がわからないから不安というのが一番大きな理由だったりします。

 多くの人達が、寿司屋にはそういう思いを抱いているのではないでしょうか。

 

 ネタも仕入れ価格が毎日のように変わるのが当たり前の世界なので、決まった価格で提供することが難しく、「時価」ナンていう値札を臆面もなく客に提示するのが当たり前のお店も多く、なんとなく胡散臭いイメージをお持ちの方も少なくないと思います。
 私自身、寿司屋に対しては、知り合いでもなければ信用置けないという考えを持っています (^_^ゞポリポリ

 

 そういう印象を持たれがちの寿司屋ですが、職人が一本立ちしてお店を持とうという段になると、例外なく小さくてもいいから独立したお店を構えたいと思っているそうです。
 つまり、回転寿司のオーナーという選択肢は最初から持っていないという事です。

 しかし、需要は回転寿司が圧倒的に高いわけですから、職人のプライドを掲げて寿司店をオープンしても、たいていは思ったようにお客が付かず、閉店・・・という寿司屋が後を絶たないわけで・・・

 

 職人ですから、自身の仕事に誇りを持っており、回転寿司など寿司屋ではないくらいの思いを持っているのでしょうが、寿司屋といえども経営者の端くれですから、客に喜んでもらわないことには利益は出ないというか、経営は成り立たないわけですよ。

 で、客は何を望んでいるかというと、「安く」て「旨い」事に加えて、「安心」して食事ができることじゃないかな。
 回転寿司は、それらを全て満たしているから連日お客が押し寄せるわけですが、寿司屋はどうでしょう・・・
 少なくても、時価なんていうプライスを掲げている限り、「安心」は与えられないでしょうし、「安い」という点でも回転寿司にはとうてい太刀打ちできないことは明らかです。

 にもかかわらず、お店を持つ時には「回転寿司」ではなくて「寿司屋」にしたいというのは、時勢を読めていないというか、市場を見誤っているというか・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 どうしても「寿司屋」を持ちたいというのなら、従来のような寿司屋とは違って、何か新しい営業形態をとらなければ経営は難しいと思います。
 例えば、メニューには一般の食堂のように明確な品書きと価格を載せ、お昼時にはランチメニューなどのお得感ある目玉を設けるなど、できる限り敷居を低くして、お店の方からお客にすり寄っていかないとダメなんじゃないでしょうかねぇ・・・

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2009年11月21日 (土)

 時期的にスーパーなどの青果コーナーで柿の実を見かけると思いますが、皆さんは、柿はお好きですか?

 

 私は、会津の人間らしく、柿はけっこう好きな方です (^^)v
 会津には、「みしらず柿」という品種の柿があり、地元ではかなりポピュラーな存在です。
 「みしらず柿」は、「身不知柿」とも書きまして、ちょっと変わった名前ですが、その由来はいろいろといわれています。

 主なものとしては、枝が折れてしまうほどたくさんの実を付けることから、自身の事もわからない「身の程知らず」というものや、数え切れないほどの実が生ることから、実の数がわからない「実知らず」というものが有力です。

 その他にも、「あまりの美味しさに我を忘れて食べ過ぎてしまう」という説、「未だ、かかる(このような)美味しい柿を知らずと将軍が大いに賞味されたから」という説などもあります。
 実際に、会津若松市の門田御山地区からは、毎年皇室献上の柿として出荷されています。

 

 柿の生産量の一番多いのは、和歌山県や奈良県で、福島県は95年の統計では全国17位となっています (^^;
 福島県の3千トンに対し、和歌山県は4万3千トンですから、実に10倍以上の開きがあるわけで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 しかし、干し柿の出荷量では、1位が福島県、2位は長野県、3位は山梨県となっています (^^)v

 ただ、個人的な好みでは、柿に限らず桃でもバナナでも果物は固く締まった実が好きで、柔らかな実はチョッと苦手です (^_^ゞポリポリ

 あと、干し柿も好きですが、やはり生をガリッとかぶりつくのがいいですねぇ (*^.-^*)♪

 

 ところで、柿は日本原産の果物といわれています。
 日本から18世紀の終わり頃にヨーロッパへ、明治初期に北アメリカへ伝わったことから、学名にも Diospyros Kaki という事で、kakiの名が使われています。

 しかし、現在私たちが知っている柿の実は、奈良時代に中国から渡ってきたと考えられています。
 中国では約3千年前から柿があったそうで、紀元前2世紀頃の王家の墓からは多数の柿の種が出土しているそうです。

 その一方で、縄文時代や弥生時代の遺跡から柿の種が出土していますし、柿の化石も出土していますから、中国から渡ってくる以前から日本には柿があったことを物語っています。
 一節によると、日本から中国に渡った柿が、時代を経て品種改良され、奈良時代に逆輸入されたとも考えられているようです。

 

 一般的には、柿といえば果物というイメージしかないと思いますが、柿の木は非常に固い材質なので、家具などの材料としても使われたりしています。
 特に、黒柿や縞柿は銘木として名高く、仏壇を始め家具や日用品の材料として加工されて用いられています。
 

 他にも、ゴルフクラブで耳にする「パーシモン」も柿材から作られています (^^)v

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2009年11月20日 (金)

廃品利用

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 先日、茨城県のつくば市内で見かけた火の見やぐらです。

 ご覧のように、石材屋さんの敷地内に建っていました。

 下側半分と屋根はグリーンに塗られていて、チョッと変わった火の見やぐらだと思ったので、敷地内で洗車をしていた従業員とおぼしき人に許可を頂いて撮ってきました。

 そのついでに、お話も伺ってきました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 実は、この火の見やぐらは、使われなくなったものをこの石材店が引き取ってここに移設したそうです。
 その際に、会社のシンボルカラーで塗ったという事です。

 つまり、この火の見やぐらは、会社の広告塔というか、モニュメントというか、いわゆる店先に置いてある「招き猫」や「狸の置物」とそう変わらないシロモノという事です(笑い)

 

しかし、こういうものが敷地内にあるという事は、かなり目立ちますから、その存在の効果は相当あるんじゃないでしょうか・・・
 火の見やぐらが建っている石材店なんて、そうそうあるモンじゃありませんしね (^◇^) 。。。ケラケラ

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衝動買い

 皆さんは衝動買いってなさいますか?

 

 先日聞いたラジオでは、女性は比較的衝動買いをする方が多いと言っていましたが、男性はどちらかというと慎重派が多いそうです。

 ですが、私なんか衝動買いはしょっちゅうです (^◇^) 。。。ケラケラ

 コンビニなんかで、目的のものを持ってレジに行くと、そこで目についた串団子やら肉まんやらをつい買ってしまいます(爆笑)

 しかし、値段の張る物を衝動買いするような事はめったにありません。
 例えば、PCを購入する際には、まず製品そのものをあれこれ比較して、だいたい候補が絞れたら、そこから価格を比較したりして購入を決定することが多いです。

 高価な品物というのは、長くつき合うことが多いですから、そう簡単には決められませんよ (^_^ゞポリポリ

 

 私のものを選ぶ基準は、「使えればいい」ですから、ことさら多機能のものとか、高価なものとかを買うことは少ないですが、中にはブランドものと呼ばれるシロモノに何万円も払って手に入れようとする人もいらっしゃるようで、そういう方の思考回路は私なんかとは根本的に違っているんでしょうね(笑い)

 例えば、カバン一つにン十万円とか・・・ (^^;
 使えればいいという私から見れば、鞄なんてモノが入れば980円でも1980円でもいいと思うんですがねぇ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 確かに、材質とか、縫合とか、そういうモノに対するこだわりがあってもいいとは思うんですが、そこに一流と呼ばれるブランドネームが入っているだけで売価は何倍にも跳ね上がってしまうわけですよ。
 モノそのものに対する価値にはペイする価があると思いますが、ブランドネームなんてただの虚飾でしょ。そんなモノには私はなんの価値も見いだせません。

 たとえばのハナシ、グッチとかプラダとか、そういうブランド品が大好きな人が居たとして、せっせとお気に入りのブランド品を買い揃えていたとしてですね、ある日不渡りかなんかでそのブランドメーカーが倒産してしまったとしましょう (^^;
 その時にそこのブランド品を買い集めていた人はどうするんでしょうね。

 本当にそのブランドの「製品」が好きだった人なら、たとえメーカーが倒産しても買い集めたアイテムは大事に使うと思うんですよ。
 しかし、ただブランドの「ネームバリュー」だけが好きだった人は、倒産したとたんにそれらのアイテムに価値を見いだせなくなって手放してしまうと思うんですよね。
 で、別のブランドに心変わりをしてしまうわけです。

 前者なら、私は素晴らしいと喝采を贈りますが、後者だったとしたならただのアホだと思います (^◇^) 。。。ケラケラ
 そういう人には、本当のモノの価値は一生わからないだろうと思いますし、使ったお金はドブに捨てたのと同じ事じゃないかと思いますねぇ・・・

 

 ところで、何かを買おうかどうか迷っているとき、「本当にそれを買うべきか?」を判断するためのテスト方法として「ストレンジャーテスト」というのがあるというのを番組で紹介していました。
 
ストレンジャーテストとは、買おうかどうか迷っているときに「見知らぬ人からその金額でその商品を譲って欲しいと言われたらどうするか?」を自分に問いかけるというテストだそうです。

 たとえば、バッグでもパソコンでもいいのですが、売り場で在庫があと一つとなった商品を前に購入を迷っている時に、見知らぬ人がアナタに声をかけてきてこう言います。
 その商品がどうしても欲しいので、その商品と同じお金をお支払いしますからどうか私に譲って欲しいと・・・

 その時に、その商品とお金とを比較して、お金を受け取って商品の購入を諦めるのか、それともどうしてもその商品を買って帰るのかを考え、前者であれば購入は見合わせると判断するというものです。

 お金の方により魅力を感じるのなら、その商品は今のアナタにとってそれほど必要ではないという事らしいのですが、これって、どうなんですかねぇ・・・ (^^;
 だいたい、そんな奇特な人が現実に居るとは考えにくいし (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 これは余談ですが、お金に不自由しない方は別にして、後先考えずに衝動買いできる価格は、ワンコインまでというのが一般的な感覚だそうです。

 つまり、500円までのプライスのモノなら必要とか不要とかそういう事を考えずに勢いで買ってしまうことが多いというもので、500円を超えるプライスが付いていると、買い物は急に慎重になるそうです。

 だからというわけではないでしょうが、100円ショップに行くと、ついついカゴにあれこれと放り込んでしまうのも衝動買いの典型的な例ではないでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年11月19日 (木)

ベテランの去就

 横浜を戦力外となった工藤公康投手が、古巣である西武への復帰が決まった。

 一方で、磐田から戦力外通告を受けたFWの中山雅史へ、静岡県社会人リーグ1部の藤枝MYFCからのオファーがあったとも報じられた。
 中山の去就はまだ海のものとも山のものともいえない状況ではあるが、「選手に対して強い情熱がある。まだまだうまくなりたい。ここで辞めてしまうと後悔につながる」と現役続行に強い意欲を示す中山を獲らない手はない。

 

 工藤は46才、中山は42才、ともにベテランというには少々薹がたってはいますが、それでも現役にこだわり続ける姿には、未練がましいというよりも、むしろ清々しささえ感じる。

 私は、彼等に限らず、たとえボロボロになっても、このようにいつまでも現役にしがみつこうとするアスリートが大好きです。

 

 若い頃の工藤は、私の愛するホークスとは敵同士でもありましたから、正直好きな選手ではありませんでしたが、FAでダイエーに移籍してからは見る目が違ってきました(笑い)
 やはり、西武で育った選手だけに、プレーに対する考え方はハンパではありませんでしたから・・・ (^_^ゞポリポリ
 その辺りの背中をホークスの若手達が見て育ち、弱体化していたホークス投手陣でしたが、一時は投手王国と呼ばれるまでになり、リーグ優勝、さらには日本一へと上り詰めるまでに至りました。

 しかし、工藤が去った後のホークス投手陣は見る影もありません・・・ (ノ_-;)ハア…
 故障、故障の続出で、マトモに働いている投手はほとんどいません・・・ (__;)

 

 工藤にしても、中山にしても、本人がいくら現役にこだわり、必至にプレーしても、輝いていた頃のようなキレのあるプレーはもはや望むべくもない・・・
 正直、先発で起用するような選手ではないことは明らかだろう。

 しかし、だからといって彼等を獲らないのは、チームにとって「大きな損失」だと私は思います。

 なぜなら、年俸だって、かつての頃のような大きな金額が必要なわけでもないでしょうし、彼等を獲っておけばこれまで培ってきた貴重なノウハウをチームに還元することもできます。
 ヘタな若手を獲るよりも、お手軽にチーム作りをする事ができると私は思うのですが・・・

 

 彼等のような大ベテランが現役にこだわる理由というのは、金額の多寡ではないんですよね。
 自身も、今更プレーでチームに貢献できるとは思っていないはずですし、それでも現役を続けたいというのは、ひとえにプロとしての「プライド」故だと思います。

 そのプライドを上手に利用するのも、チームの器量というか、フロントの仕事だと思いますよ。

 先の工藤の例を出すまでもなく、大ベテランのノウハウというのは、若手にとっては貴重な生きたお手本ですから、別に何を教えなくても、背中でチームを引っ張っていくことができるんですよ (^^)v

 

 しかし、ベテランであれば誰でもそういう事ができるというわけではありません。
 いくら天才と呼ばれた大選手でも、清原なんかは居るだけでチームに害を及ぼすダメな選手ですから、巨人を戦力外になった時にオリックスが彼を拾い上げましたが、アレはいただけません(苦笑)
 本人のためにも、巨人で現役生活を終わらせてあげるべきだったと私は思っています。
 そういう点では、工藤も中山も、性格的にも人間的にも、私は高く評価しています。

 

 個人的な希望では、工藤はホークスが獲って欲しかったし、中山はジェフが獲得に動いて欲しいと思っています。
 将来的なコーチ候補として、真剣に獲得するべきだと思いますよ。

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2009年11月18日 (水)

クロマグロ

 国内においては、ホンマグロとも呼ばれているクロマグロですが、大西洋クロマグロの資源管理機関である「大西洋まぐろ類保存国際委員会」は、2010年の東大西洋と地中海のクロマグロの漁獲枠を、09年比約4割減の1万3500トンに削減することで合意したと発表した。
 これにより、日本の国別割当量も今年の1871トンから1148トンになり、日本の食卓に影響が出るのは確実という。

 

 このニュースをお聞きになったアナタは、どのように思ったのだろうか・・・

 

 日本人のマグロ好きは世界的に有名であり、世界で漁獲されるクロマグロの約8割は日本で消費されるという。
 それがために、世界中でクロマグロの乱獲が行なわれ、その多くは高値で取り引きされる日本に向けて輸出されている・・・

 08年の日本市場への供給量は4万3000トンで、このうちのほぼ半分が東大西洋と地中海で取れたものだそうです。

 

 しかし、いかに日本人がマグロ好きだといっても、こんなニュース、いかほどのことがあろう・・・
 私は、たとえマグロが口にできなくなったとしても、困るような日本人は居ないのではないかと思っています。
 困るのは、マグロを扱って金を儲けようとしている業者達だけなんじゃないの (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 かつて、日本人の食卓に上り、日本人の命をつないできたクジラが、世界の捕鯨反対にあってその姿を消した時、困った日本人が居ただろうか・・・

 それと同じ事で、マグロが姿を消したとしても、おそらく消費者達は誰も困らないのではないかと思えてなりません。
 しかし、マスコミはセンセーショナルにこういうニュースを流したがります。
 マグロが口にできなくなるから伝えるのではなく、そういうニュースを流せば数字が稼げることを知っているからです(笑い)

 

 マグロが高級食材になって、庶民の口に入りにくいのであれば、食べなければいいだけのハナシです。
 どうしてもマグロでなければならない理由はどこにもありません。
 クロマグロが捕れなければ、メバチでもキハダでもビンチョウでも、マグロであることには違いはないわけですし、カツオでもサバでも、魚なんて他にもたくさんいますよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 それに、今回の漁獲割り当ては、東大西洋と地中海でのハナシであって、太平洋での漁には一切無関係です。
 確かに大西洋などでの漁獲高も大きいのですが、太平洋のそれと比べたら、それほど問題になるほどの量でもないと思うのですが・・・

 

 私も、マグロは大好きですが、もし入手困難になったとしても、ちっとも困りませんよ (^^)v

 皆さんはどうですか?
 マグロが食べられなくなったら、ホントに困りますか?

 

 そういえば、先日行なわれた秋の褒章で、紫綬褒章を受けた中島みゆきが、「思いがけずうれしいことの表現に『棚からボタ餅』と申しますが、今の私の気持ちは、ボタ餅どころではございません。『棚から本マグロ』。これくらいの驚きでございます」とコメントしたそうですが、マグロが高級魚になったら、そのくらいのインパクトのある魚になるかもしれませんね(爆笑)

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2009年11月17日 (火)

ぴぃ散歩「銚子編」 後編

 今日も、昨日に続いて、銚子市内の散策の様子を順を追ってご紹介します。

 

 今日は、君ヶ浜駅から銚子電鉄に乗って観音駅で降り、銚子漁港と飯沼観音を巡る散歩です ( ^-^)/ ♪

 

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 君ヶ浜駅から順に、「海鹿島」→「西海鹿島」→「笠上黒生」→「本銚子」と駅が続き、5番目の駅が「観音駅」です。 難読の駅名が並んでいますが、順に「あしかじま」、「にしあしかじま」、「かさがみくろはえ」、「もとちょうし」と読みます (;^_^A アセアセ・・・

 君ヶ浜駅から観音駅までの6駅の中で、駅員が常駐しているのは笠上黒生駅と観音駅の二駅だけで、あとの4駅は無人でホームだけがある小さな駅です。

 上の路線図をご覧いただければおわかりのように、全長6.4kmで、総所要時間もわずかに19分と、銚子の市内だけの間を走る非常にコンパクトな路線ではありますが、1時間に2~3本の電車が走っていますし、日曜日だったせいもあると思いますが、いずれの電車もそこそこの乗客達で賑わっていました。

 以前、経営難で継続が困難というニュースも流れた銚子電鉄ですが、赤字を補うためにぬれ煎餅の製造販売を行なったりしています。

 実際に乗ってみた感想ですが、それぞれの駅舎に特徴を持たせるなど、非常に観光客を意識した経営をしていると、好感を持ちました (*^.-^*)♪

 

 『観音駅』

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 これが、私たちが2度目の下車をした観音駅です。
 スイス風の駅舎という触れ込みです(笑い)
 構内では、名物のたい焼きが売られていました。一尾90円ですから、ごく普通の価格だと思います。

 

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 この駅では、「開運切符」が売られているので、さっそく1枚購入してきました (^^)v
 お隣の「本銚子駅」から上り「銚子駅」ゆき・・・ということで、「本調子から、上り調子ゆき」という意味だそうです o(*^▽^*)o~♪

 この手の切符で思い出すのは、70年代に爆発的ブームを巻き起こした、愛国駅から幸福駅行きの切符で、通信販売までされ、日本中でたくさんの方が購入したそうです。

 ご覧のように、通常の切符に「開運」という赤い文字が印刷されています。
 嬉しいのは、自動改札機が普及した今ではあまり見かける事のない「硬券」ですから、それだけでも貴重というか (^◇^) 。。。ケラケラ

 本来なら本銚子駅で販売されるべきものなんでしょうが、いかんせん、無人駅なので、やむを得ずに隣の観音駅で販売しているものと思われます。

 

 『銚子漁港』

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 観音駅から通りを真っ直ぐに北上すると、500m足らずで銚子漁港の中央市場に着きます。昼過ぎですから、市場の中はご覧のように閑散としていましたが、岸壁には漁船が何隻も横付けされていました。

 銚子漁港は、国内でも有数の遠洋漁業の基地ですから、正直もう少し賑わっているところをイメージしていたのですが、さすがに昼過ぎではそうはいかなかったようですね (^_^ゞポリポリ

 

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 これらは、岸壁に係留されていた漁船なんですが、いずれの船名も、なんと読むんでしょうね(笑い)

 左側は「藤田藤丸」、右側が「第五十八富丸」と書かれてあったのですが、単純に「ふじたふじまる」と「だいごじゅうはちとみまる」なんでしょうかねぇ・・・ (?。?)
 なんとなく語呂がよくない感じがするんですよね (^^;

 特に、富丸の方は、もしかして第五十「八富丸」(読み方は不明ですが)かもしれないなどと、つまらないことを考えたりもしています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 というのも、成田には、八街市、富里市、成田市の三市共同の斎場がありまして、その名前が「八富成田斎場」と言うんですよ。読みは「やとみなりた」です (^_^ゞポリポリ

 

 『魚料理みうら』

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 これは、市場の目の前にあった魚料理のお店で、この他にもいくつも似たようなお店が並んでいました。
 正直、なんの情報も持たずに行ったものですから、どこでもよかったんですが、通りの反対側からしばらく様子を伺い、最終的に私らが選んだのはこの三店の右端にあった「みうら」という少しこぢんまりとしたお店でした。

 私が飲食店を選ぶ場合、一つの基準があります。
 それは、できるだけ派手な店は避けて、地味な構えのお店を選ぶというものです。

 なぜなら、大きな看板が掲げられていたり、派手な電飾などで飾り付けられていたり、大きな声で呼び込みを行なっているようなお店は、そうしなければお客が入らないからそうしているのであって、しっかりしたお店ならそんな小手先のアピールをしなくても十分にお客さんが来てくれるものなんですよ(笑い)

 実は、このお店は三店とも銚子では有名なお店だそうで、雑誌などでも取り上げられることが少なくないそうです。
 しかし、有名なお店だからといってお客さんに喜んでもらえるお店だとは限らないわけで・・・ (^^;

 この「みうら」ですが、ご覧のようにお店の前も静かなもので、メニューなどが所狭しと並んではいますが、他のお店のように人の姿は見かけません(笑い)
 しかし、小綺麗な店先に好感を覚え、目的のサンマ料理もありましたから、迷わずに中へ・・・

 応対してくれた従業員達の質も申し分なく、ティンクはサンマづくし膳、私はサンマの刺身定食をオーダー。
 どうですか、この見事な盛りつけ ヽ(^◇^*)/

 味も大満足で、このお店はアタリでした (^^)v

 

 『飯沼観音』

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 お腹もいっぱいになり、観音駅に戻る途中、銚子の代名詞ともいえる「飯沼観音」に立ち寄りました。

 銚子市のほぼ中心に位置する圓福寺の観音様は、人々の信仰を大いに集め、銚子は門前町としてこのお寺を中心に発展してきました。

 写真は、円福寺の仁王門、大仏、そして十一面観音が納められている本堂です。

 

 そして、境内の左手には今年の5月に建立されたばかりの真新しい五重塔がそびえていました。
 以前、銚子市内の仕事をしていた時には気付かなかった五重塔でしたが、まさか、できたてのほやほやだったとは思いませんでしたよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 最下段の写真は、本堂の中を写したものと、ご本尊の十一面観音像です。

 

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 最後に、飯沼観音の境内に隣接して建っていた、「銚港神社」です。

 その隣にも小さな社が祀られていましたが、こちらは詳しい名前が見あたりませんでした。かすかに金比羅というような文字が読めるように思えるんですが、とすると、これは金比羅神社なのでしょうか・・・ (?。?)

 もしそうなら、二つの神社とも、漁師の町である銚子には相応しい神社という事になります。

 

 「飯沼観音」もりっぱなお寺でしたが、私にはどちらかといえばこの「銚港神社」の方に興味を覚えましたし、それよりもこの小さなよくわからないお社の方がずっと気になりました (^_^ゞポリポリ
 ネットで調べても、銚港神社の方はヒットするんですが、この歴史を感じる小さなお社については何もわからないのが不思議で・・・ (__;)

 

 『銚子駅』

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 私らは、飯沼観音から観音駅に戻り、銚子電鉄で外川駅まで移動して、そこから車で帰宅しましたので、銚子の駅には立ち寄っていませんが、銚子電鉄を紹介するのに肝心の銚子駅を省略するのも片手落ちというか・・・ (^^ゞ

 これは、10日に銚子市内で仕事をした祭に、合間を見て撮った写真です。
 JR銚子駅のホームの端っこに、銚子電鉄のホームが設けられています。ちなみに、駅舎はオランダ風だそうです(苦笑)

 この写真を撮ったことがきっかけとなって、銚子電鉄に乗ってみたくなり、日曜日の銚子訪問となりました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 以上、駆け足で巡った銚子の散歩でしたが、春になったら、飯沼観音の境内に見事な梅の木があったので、梅の花を見に再訪してみたいと思っています。

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2009年11月16日 (月)

ぴぃ散歩「銚子編」 前編

 昨日の日曜日、ぐずついていた空も綺麗に晴れ上がり、絶好のドライブ日和と判断しましたので、かねてよりの予定通り、千葉県は銚子市までドライブに行って来ました o(*^▽^*)o~♪

 今回の銚子訪問の目的は二つ、銚子電鉄に乗ることと、銚子漁港でサンマを食べること (^◇^) 。。。ケラケラ

 以下は、昨日の散策記です (^^)v
 紹介したい写真がたくさんあるので、今回は前後編の2回に分けてご紹介させて頂きます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 今日は、外川駅から君ヶ浜駅までです。

 

 
 《 今回の行程図 》

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 朝の10時に自宅を車で出発し、一路銚子市に向かいます。

 当初の予定では、銚子駅周辺に車を置いて、銚子駅から終点の外川駅に向かって散策をしようと思っていたのですが、銚子市内に入ったところで「地球の丸く見える丘展望館」という案内看板が目に入ったので、とりあえずそちらに車を向けました(笑い)

 私にとっては、予定なんてさし当たっての事でしかなく、いつもその場で臨機応変に・・・といえば聞こえはいいのですが、いわゆる行き当たりばったりで観光を楽しむのが私流です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 予定に縛られて、目の前の観光スポットをみすみす見逃してしまうなんて愚は犯したくないと思っているからで、観光地なんて行ってみなければどうなっているのかナンてわからないのが普通ですから、行った先々で地元の人などの話などを聞き、できるだけ美味しいものを見聞きしなければ損ですからね (^^)v

 

 『地球の丸く見える丘展望館』

 というわけで、国道126号線からかつて「銚子有料道路」と呼ばれていた県道を走って、展望館に向かいました。
 現在は、償還が済み、一般県道として無料開放されています。

 展望館の駐車場は無料になっていましたので、えらいサービスがいいなと(笑い)

 

20091116004  展望館は、愛宕山という、標高が70mチョッとの小高い丘の上にある展望台です。

 屋上の展望台に登れば、利根川とその向こうにある茨城県の街並みや、犬吠埼の灯台、「東洋のドーバー」とも呼ばれる屏風ヶ浦などが一望できます。

 よく晴れた日などには、富士山を見ることができるといいますが、さすがに昨日はそこまでは見れませんでした (^^;

 

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 上の写真は、それぞれ、東に見える犬吠埼の灯台、南に見える太平洋の水平線、西に見える屏風ヶ浦の光景です。

 そして、ここから太平洋を眺めると、名前の由来ともなったゆるやかに弧を描く水平線を目の当たりにすることができるといいますが、どうですか?
 丸く見えますかね(苦笑)

 

 『外川駅』

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 銚子電鉄の終着駅となる「外川駅」で、「とかわ」と読みます。
 えらく年期の入った駅舎で、裏から見るとまるで海辺に建っている漁師さんの作業小屋みたいな板張りの小さな建物で、駅名が書いてなかったらそれとはわからないような感じでした (^^;

 ここで、「弧廻手形」と呼ばれる一日乗車券を購入しました。
 大人は620円で、乗り放題できます (^^)v
 この乗車券には、二枚の割引券と、銚子名物のぬれ煎餅が一枚もらえる引換券が付いています (*^.-^*)♪

 乗車券を購入する前に展望館に行ってきたので、1割引の券はムダになってしまいましたが、一番下の煎餅の引換券だけちぎられて無くなっています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 外川駅のホームに入ってきたデハ1001と呼ばれる下り電車です。

 桃太郎電鉄という、昔流行ったファミコンのゲームのキャラクターがたくさん描かれている、なんともかわいらしい、1両編成の車両です o(*^▽^*)o~♪
 ご覧のように、中までキャラが描かれていました(笑い)

 この車両が、上りの車両として折り返して運転されます。一通り乗客を降ろした後、あらためて上りの乗客を乗せます。

 ワンマン運転で、途中には無人駅もいくつもあるので、ご覧のようなバスでよく見かける運賃精算機が運転席の脇に設置されていました。

 車両は、かなり年季の入ったもので、オイルの臭いが漂っている、昔ながらのレトロなものでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 『犬吠駅』 

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 2分ほどで外川駅の隣にある、「犬吠駅」に到着します。

 ここは、犬吠埼の灯台への最寄り駅という事で、駅舎も大きくてりっぱです。

 私らはここで降りました。写真は、乗ってきた桃太郎電鉄の車両がホームを離れていくところです。

 

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 上2枚の写真は、犬吠駅のホームと、改札を入った駅舎の中の光景です。

 

20091116036  ここの売店で、乗車券の引換券を見せてぬれ煎餅を一枚ずつもらってきました。
 さっそく一枚二人で食べましたが、さすがにしょう油の町である銚子の煎餅という事で、おしょう油の良い香りがして、味も申し分ないお煎餅でした。

 

 ぬれ煎餅ですから、パリパリとした食感はなく、フニャッとした感じですが、これはこれでいいもんだなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 下2枚の写真は、表に出て撮った駅舎とその廻りの様子です。
 ポルトガル風の駅舎と謳っていまして、先の外川駅とは違ってなかなか洒落た建物でした(笑い)

 

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 これは、駅前で営業していた喫茶店と足湯の写真です。

 電車を改造して、中やその周りで様々なメニューを提供していました。

 足湯は、耕耘機の荷台にお湯を張り、その周りに腰掛けられるようになっていましたが、私らが立ち寄った昼過ぎはまだ営業前という事で、お湯は張られていませんでした (^^;
 しかし、こんなところで足湯に浸かる観光客って、はたして居るんだろうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 駅前の通りに面した場所には、駐車場も設けられていまして、私も最初はここに停めて電車に乗ろうと思っていましたが、外川駅の方にも内緒ですが停める場所はあったものですから、今回は利用しませんでした (^_^ゞポリポリ

 昨日はたまたま1台分のスペースが空いていましたが、さすがに駐車場は満車状態でしたから、結果的に外川駅の方に停めて正解だったのかなと・・・

 二人で、通りを犬吠埼の方に向かって歩き出します・・・

 

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 犬吠埼にある灯台の周囲は広々とした公園になっていまして、様々なお店もたくさん並んでいました。

 有料ですが、灯台の中に入って上から景色を眺めることもできます。
 私らは、下から灯台を眺めただけで、そばには行かず、売店でチョッと休憩を・・・ (^^;

 

 

 『君ヶ浜駅』

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 犬吠埼の灯台のところから、君ヶ浜しおさい公園を経て、犬吠駅の隣の君ヶ浜駅を目指して歩き出します。
 それほど距離はありませんが、普段から歩き慣れていない中年の二人なので最初はチョッと心配でしたが、道端の草花などを見ながら歩いているうちになんとか君ヶ浜駅に到着しました。

 駅とはいうものの、無人駅で、しかも駅舎も無く、上り下り兼用のホームが一つあるだけの本当にささやかな駅でした (^^;
 道端のそばに自販機が一つ置いてあるだけで、階段を上ればそこがホームです。

 一応、イタリア風の駅という設定だそうですが、どんなもんですかねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 無人の駅でしたが、猫が一匹住み着いていました。
 チャンと首輪を付けてもらい、自販機のそばにはこの猫用のエサや飲み水が用意してあります。
 という事は、今流行の、猫の駅長さんなんですかね(爆笑)

 下は、君ヶ浜駅のホームに入ってくる電車を録ってみた動画です。

 先の桃太郎電鉄の車両ではなく、デハ801と呼ばれる普通の車両です。

 

 

 

 入ってきたこの電車に乗ってさらに散歩を続けます (*^.-^*)♪

 以降の記事は、また明日にでも・・・ ( ^-^)/ ♪

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2009年11月15日 (日)

夕暮れ

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 昨日、夕暮れ時に自宅の辺りから撮った写真です ( ^-^)/ ♪

 写真のセンスはありませんから、仕上がりはイマイチですが、実際にこの目で見るととてもキレイでしたよ (^^)v

 いいもの見たな~って感じ o(*^▽^*)o~♪

 

 昨日の成田は、昼過ぎまで雨が降ったり止んだりで、時折バケツをひっくり返したようにザ~ッと降ったりもしていましたが、午後は上がりまして、日射しもあったりして・・・

 その代わり、風はとても強かったです・・・

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2009年11月14日 (土)

ファーストフード?

 マクドナルドや吉野家など、外食産業界の間ではファストフードと呼ばれる形態のお店が花盛りで、それを利用しているお客さん達も相当数いらっしゃいます。

 

 しかし、こういったお店を利用している方達のほとんどというか、全てと言っても過言ではないかもしれませんが、「ファーストフード」と言っているのが気になります。

 「ファースト」では「first」になってしまい、本来の「早い」という意味が無くなってしまい、「一番」という意味になってしまいます(笑い)
 野球じゃないんだから、ファーストとかセカンドとかはないんじゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 ここは、やはり「fast food」という事で、「ファストフード」と呼ぶべきなのではないか・・・

 

 「ファストフード」の対極として「スローフード(Slow Food)」ということばがあり、こちらはキチンと使われています。

 「スロー(Slow)」の反対は「ファスト(fast)」ですから、やはり「ファーストフード」というのは誤りなのではないかと個人的には思っています。

 

 しかし、ここまで社会に広まってしまうと、今更「ファーストフード」は間違いですなんて言ってみても、焼け石に水というか、あまり効果はないだろうな・・・ (ノ_-;)ハア…

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2009年11月13日 (金)

つれづれに・・・

 昨夜は、疲れてしまって記事を更新する気力がサッパリ起きませんでした・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 天皇陛下の即位20年を記念する式典が行なわれたとか、その裏では天皇制に反対する人々のデモが行なわれたとか、NHKの行なった電話によるアンケートでは、天皇制の廃止を望む人が8%いたとか・・・

 行政刷新会議の「事業仕分け」が始まって、厳しい判定を連発しているとか・・・

 森繁久弥氏の訃報が伝えられたりとか・・・

 

 いろいろと語りたいことはあるんですが、どうにも考えがまとまりません・・・ (__;)

 

 ひと言だけ言わせて頂くなら、私が事業仕分けでいの一番に切って欲しいと思っているのは、皇室に関わる莫大なお金かな (^◇^) 。。。ケラケラ

 天皇制廃止論者の私にとって、日本で一番ムダだと思うのは、天皇の存在ですかね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 別に、天皇を名乗りたいならそれはそれで構わないけど、皇居を始め、公の建物を私的に用いるのはご遠慮頂いて、警備なんかも個人で民間の警備会社を雇うならともかく、国家警察を私的に利用するのも廃止にしてもらって、国事行為も一切関わることはお止め頂いて・・・

 天皇誕生日なんて祝日はすぐにでも廃止して、個人の誕生日を国民に祝ってもらおうなんて僭越な考えは捨ててもらって・・・ (^^;

 ああ、元号なんてのも面倒くさいだけで邪魔だから、もう止めましょうよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 そういえば、今日は「13日の金曜日」・・・ (^^;

 でも、六曜では「大安」です (^◇^) 。。。ケラケラ

 アナタなら、和洋、どちらを信じますか?

 あ、六曜は中国で生まれたんだっけ (;^_^A アセアセ・・・

 

 

 ・・・な~んて、思いつくままに文字にしただけでも、これだけの量になるのか(爆笑)

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2009年11月12日 (木)

森麗

 今月は奇数月ですから大相撲の本場所が開催される月です (^^)v

 今月は、1年の締めくくりといわれる、九州場所で、15日が初日となっています。

 それに先だって、今月の2日に大相撲協会がら新番付が発表されましたが、その中に「森麗」という四股名が載りました・・・
 「森麗」・・・まるで、宝塚に所属している劇団員の名前のようでもあります (^◇^) 。。。ケラケラ

 「森麗」と書いて、「もりうらら」と読ませるそうですが、この名前、どこかで聞いたことはないか・・・

 

 2003年、一躍全国にその名を知らしめた、高知競馬所属の「ハルウララ」という競走馬がいましたが、「もりうらら」は、それをもじった四股名であることは明らかです。

 競走馬の「ハルウララ」は、連戦連敗を繰り返し、113連敗という不名誉な大記録を残して引退しました。

 

 「森麗」は、今場所改名する前までは、本名の「森川」で土俵に上がっていました。

 

 初場所は03年の夏場所ということで、最高位は西序二段の132枚目です。
 現役6年目にして、今場所も東序ノ口16枚目で、一番下の「序の口」をいまだに抜け出せない、はっきりいって力士としての素質は全く無いダメ力士のようです。
 左の写真が森川の写真ですが、どう見ても勝負の世界で生きている大相撲の力士には見えませんが、相撲が好きというその言葉に偽りはなさそうだ。

 中学3年の夏に、1週間の予定で当時の大鵬部屋に体験入門した森川は、師匠や兄弟子の厳しくも温かい指導が「うれしかった。帰りたくなかった」と語り、2週間延長して、3週間も居続けたという。

 中学を卒業した、03年の夏場所に初土俵を踏んだものの、先場所の秋場所まで38場所連続負け越しが続いている。
 この夏にも、体験入門に来た高校生の柔道部員にあっさりと寄り切られるなど、実力は力士と呼ぶにはほど遠い・・・ (^◇^;)

 度重なる負け越しに、親方は何度も引退を勧めたが、その度に森川は「辞めたくない・・・」と泣きながら訴えたという・・・

 

 そこで、競馬好きの大嶽親方が以前からあたためていた、「森麗」という四股名に改名したというわけなんですが、「森麗」の改名会見には、関取の改名会見並みの報道陣約20人が殺到したという(笑い)
 序ノ口の力士が記者会見を行うこと自体、異例中の異例ですが、福岡市内の大嶽部屋で会見した「森麗」は、改名の感想を聞かれ、「うれしいです・・・」「聞いた時はビックリしました・・・」と蚊の鳴くような声で答え、恥ずかしそうな笑顔を見せたという。

  同席した二子山親方(元十両大竜)も「ハルウララとダブる部分はある。だから、負けてもみんなに愛される力士になってほしいという願いを込めて大嶽親方と相談し決めた」と経緯を説明した。

 

 大嶽部屋では、今年の名古屋場所の前にも「右肩上り」という四股名の力士を誕生させて話題を振りまきました。

 その時にも、「右肩上り」という記事を書かせて頂きましたが、肝心の改名後の成績はというと、名古屋場所も秋場所も、二場所連続して3勝3敗から7番目の相撲を落として負け越しています(笑い)

 そこで、再び改名し、今場所から「右肩上り」を「右肩上」にしたそうです (^^;

 

 今回の「森麗」も、「右肩上」も、単なる話題性だけで終わって欲しくはないものですが、はたして親方の吹いた笛の通りに踊るものかどうか・・・

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2009年11月11日 (水)

ランナーズ

 ネッ友さんの中にも、マラソンやトライアスロンなど、走ることを趣味・・・というか、生き甲斐になされている方も少なくなく、おそらくそういう方々は読んでいるだろうと思われる「ランナーズ」という雑誌・・・

 

 正直、私は買って読んだことがないものですから、単にそういう雑誌があるという事くらいしか知らなかったのですが・・・

 

 先日、ラジオを聞いていた時に、最近は本業以外の事業で業績を伸ばしている会社が少なくないという話題を取り上げていました。

 なんでこの会社がこんなモノを作ったり売ったりしているんだという違和感を感じることは多々あります。
 例えば、日立造船所の「杜仲茶」だったり、富士フイルムの「化粧品」だったり、そこまで異業種ではなくても、「味ぽん」で有名な醸造酢メーカーのミツカンが、実は納豆のシェアは業界2位であり、ミツカングループの中でも納豆事業の占める売上げの割合は徐々に増えつつあり、同社の柱になりつつあるみたいなハナシはよく聞きます。

 

 そこでタイトルに挙げた「ランナーズ」ですが、私の意識の中では出版社の一つという認識しかなかったのですが、実は出版部門は会社の中ではそれほど大きな位置を占めているわけではなく、売上げのほとんどはそれ以外の事業で稼いでいるという・・・ (^^;

 

 その柱となっている事業が「大会・イベントの企画運営」という事で、日本中のマラソン大会の多くを・・・というか、ほとんどの大会になんらかの形で関わっているといいます・・・

 へぇ~、そうだったんだ・・・という思いです (;^_^A アセアセ・・・

 もちろん、大会運営に関わるようになった当初は、思うような収益などおぼつかなかったのでしょうが、何年もそういう事を続けているうちに培ってきた「ノウハウ」が、今の「ランナーズ」という会社を支えているわけです。

 

20091111002  また、現在のマラソンの大会では必ず使われている計測チップも、10年以上も前にオランダのチャンピオンチップ社といち早く使用契約を結び、日本においてはほぼ独占状態という事で、先を見る目を持っている人が社内にいるという事がどれほどの利益を生み出すことか・・・

 

 そういえば、世界最大の自動車メーカーとして、その地位を揺るぎないものにしたトヨタというメーカーも、もともとは自動車とはなんの関係もない機織り機のメーカーでした。
 しかし、これからは機織りよりも自動車の時代が来ると予見した創業者が、織機工場の片隅に立ち上げた小さな自動車部門が最初です。

 

 現在の状況に甘んじることなく、勇気を持って新しい道へ第一歩を踏み出すことが、今の閉塞した経済状況を抜け出すための一つの方法であることは間違いないと思います。
 しかし、多くの人達は新しい道へ一歩を踏み出す勇気を持てず、このままではダメだとわかっていても、沈みゆく船からなかなか離れることができずにいることが多いんですよね。

 馴染みのない、ノウハウもない、文字通りゼロからの出発となる新しい事業というのは、リスクも大きいですから、なんとか今の事業の中で切り抜けられないものかと考えるのは仕方のないことだと思います。
 しかし、既成事業ではどうにもならないからこそ、今のような抜き差しならない事態に陥っているわけで・・・

 こんな出口の見えない経済状況下にあってさえ、マクドナルドとか、ユニクロとか、一人勝ちと呼ばれている企業もあるわけで、やり方次第では業績改善も十分可能なわけです。

 

 翻って、ランナーズですが、出版社という既成のワクを超えて、いろいろと独自の路線を行く経営努力は、評価されてしかるべきだと私は思います。

 世の中には、本業とは別になんらかの経営を行ない、収益を上げている会社がまだまだいくらでもあるんでしょうね o(*^▽^*)o~♪

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2009年11月10日 (火)

20091109001

 これは、エチオピアのマラソン選手であるアベベ・ビキラが、1960年のローマオリンピックで優勝した祭に語った言葉とされています。
 1964年に行なわれた東京オリンピックで優勝した時に語った言葉だともいわれていますが・・・ (^^ゞ

 

 東京オリンピックを知っている私らの世代には、絶大なヒーローだったアベベ・・・

 彼は、ローマ五輪の祭に裸足でマラソンに参加して、当時の世界記録を塗り替えて優勝したために「裸足の王者」とか「裸足の英雄」などとマスコミから呼ばれていました。
 当時は、アフリカの選手という事で、貧しくてマラソンシューズを買えなかったんだろうというような憶測も流れましたが、彼は軍人であり、階級も軍曹でしたから、お金に困っているわけではなく、当然靴を履いて走っていました(苦笑)
 しかし、ローマに入った時に、履いていた靴が偶然壊れてしまい、現地で靴を買い求めようと探したそうですが、自分に合う靴を見つけることができなかったために、やむを得ず裸足で参加したというのが真相だったようです。

 余談ですが、その翌年、つまり東京五輪の3年前になりますが、大阪で行なわれた毎日マラソンに参加するためにアベベが来日した際、鬼塚タイガー(現アシックス)の鬼塚社長がアベベの元を訪れ、裸足のように軽いシューズを提供するからぜひ履いてくれと説得し、アベベはオニツカ製のシューズを履いて参加、優勝したそうです。
 その後も鬼塚社長はアベベの元にシューズを送り続けたそうですが、東京五輪の祭にはプーマのシューズを履いて優勝し、そのことを後日聞いた鬼塚社長は苦笑いしたそうです(笑い)

 

 翻って、冒頭の「敵」ですが、スポーツに限らず「ライバル」と呼ばれる存在はどこの世界にもいて、よくインタビューなんかでも「尊敬する(目標とする)人は誰ですか?」とか「ライバルは誰ですか?」みたいな質問をしているのを見聞きすることがあります。

 好敵手とも呼ばれる「ライバル」の存在は、自分自身を高めていくためにも必要だと私は考えています。
 「アイツには負けたくない」という気持ちは、やはり競技を続けていく上での大きなモチベーションになることは間違いないと思うからです。

 

 しかし、それ以上に「自分に負けない」、あるいは「自分に勝つ」というのは、かなり難しいというか、意識の上ではかなり高尚なものだと私は思っています。

 例えば、競技中に、精神的に、あるいは肉体的に、「もうダメだ・・・」と心が折れそうになった時、もう一度気持ちを奮い立たせて競技に向かっていく事がどれほどキツイ事か・・・

 あるいは、去年の記録を上回りたい、去年の記録には負けたくないというような思いは、誰でも自然と持っているものだと思います。それが競技を続けていく上での成長の証しであり、モチベーションになっている事も多いと思います。

 しかし、競技を続けていれば誰もがぶつかるであろう「記録の壁」が必ず存在します。

 かつて、棒高跳びの世界にブブカという「鳥人」と呼ばれた男子選手がいました。
 彼は、現役時代に35回も世界記録を更新しています。もちろん、他の選手の記録を抜いて世界記録を樹立したこともあったわけですが、そのほとんどは自分自身の記録を超えていったわけです。

 現在でいえば、イシンバエワが女子の棒高跳びの世界で27回世界記録を更新しています(笑い)
 彼女もまた、自分自身の持つ記録と戦っている一人でしょう。

 

 ブブカもそうだったように、どんなに頑張ってもその壁を越えられない時、あるいは肉体的な衰えとか年齢的な問題とかから、現在の記録を維持していくことさえ困難になってきた時、「自分自身」が最大の敵になってくるわけです。

 「自分自身」に負けてしまった時、アスリートは現役からの「引退」を考えるのかもしれません。
 あるいは、「競技者」としてではなく、「参加者」として、さらに長く競技を続けていこうという「分岐点」になるのかもしれません。

 「参加者」として、記録を狙うのではなく、競技そのものを純粋に楽しむ事もアスリートとしては忘れてはならないことだと私は思っています。その延長として、監督やコーチなどの「指導者」という道も場合によっては開けてくるわけで・・・

 

 アスリートに限ったことではなく、人が人として生きていく上で「自分に負けない」という事はとても大事なことであり、負けてしまった人の中には自ら命を絶ってしまうような人もいないわけではありません・・・ (^^;

 そう考えると、人生とは、毎日毎日が負けることの許されない「自分自身との戦い」なんですかね(苦笑)

 

 これは後日談になりますが、冒頭の言葉を残したアベベは、大会2連覇の後のメキシコ五輪にも出場しましたが、この時には残念ながら途中棄権をしています。
 その翌年、アベベは交通事故を起こして下半身不随となってしまいます・・・

 しかし、車椅子姿ではありましたが、メキシコの次のミュンヘン五輪で開会式にゲスト出演したり、事故からわずか4ヶ月後に開かれたパラリンピックではアーチェリーと車椅子レースの2種目に出場したり、さらに71年には、ノルウェーで行われた身障者スポーツ大会の犬ぞりレースで優勝も果たすなど、不自由な体ながらもスポーツに懸ける情熱が衰えることはなく、生涯スポーツに関わり続けようとしていました・・・

 残念ながら、ミュンヘン五輪の翌年に脳出血により41才という若さで亡くなりましたが、彼の残した「最強の敵は、自分自身だ」という言葉通り、生涯自分自身と戦い続けたアベベは、アスリートとしても、人間としても、やはり超一流の人物だったと私は思っています。

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2009年11月 9日 (月)

降格

 ついに・・・

 ついに、私の愛するジェフユナイテッド市原・千葉が44年間死守してきた一部リーグの座から滑り落ちてしまった・・・ (__;)

 昨日、J1の第31節が行なわれ、ジェフ千葉は川崎のホームである等々力陸上競技場で首位の川崎と対戦し、惜しくも2-3で敗れ、今季3戦を残して、クラブ史上初のJ2降格が決定した。

 よく言われることですが、ジェフ千葉は1965年にJリーグの全身である日本サッカーリーグ発足当時から参加しており、日本リーグ、Jリーグを通じて一度も下部リーグに降格したことのない唯一のチームだったわけですが、昔はともかくとして、Jリーグが開幕してからは、どちらかといえば弱小チームというイメージが強く、これまでにも降格争いを何度も経験し、もうダメか・・・というギリギリの崖っぷちから、その都度首の皮一枚で残留を勝ち取ってきました・・・

 特に、昨年は絶体絶命のところから奇跡的な残留劇を繰り広げ、「16分間の奇跡」というタイトルで記事を書かせて頂きました。

 

 しかし、今年も開幕から超低空飛行を続け、初勝利は開幕から一ヶ月以上も過ぎた第6節・・・
 その時までの戦績は、3分2敗の17位だった。

 その後も成績は振るわず、2勝目はさらに一ヶ月以上も過ぎた5月9日の第11節・・・ (__;)

 4勝目は7月4日に行なわれた第16節で、それ以降の白星はただの一つもありません・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 7月25日の第19節が終わった時点で、成績不振を理由にアレックス・ミラー監督との契約を解除して、生え抜きの江尻篤彦を新たに監督に迎えた。
 ここまでの成績は4勝7分8敗の16位・・・ (^^;

 しかし、監督交代のカンフル剤もまったく効果はなく、江尻氏が監督になってから昨日までの12試合の戦績は、5分7敗と勝ち星は一つもありませんでした (ノ_-;)ハア…
 つまり、もう4ヶ月以上もの間勝ち星が無いわけです・・・ (__;)

 

 昨日の試合は、私もNHKの中継で見ていたんですが、崖っぷちで後がない状況であるにもかかわらず、それほど悪いチームには見えませんでした (^_^ゞポリポリ
 もちろん首位を走り、リーグ№1の得点力を誇る川崎との対戦ですから、ゴール前に再三攻め込まれる展開が多かったんですが、そんな中、前半35分にMF工藤浩平が先制ゴールを決め試合の主導権を握ったようにも見えました (^^;

 しかし、後半早々にレナチーニョにPKを決められ同点にされると、25分にもレナチーニョに2点目を決められ逆転される・・・

 千葉も必死になって攻め込み、43分に和田拓三のゴールで一時は同点に追いつきましたが、わずかに残った希望も後半ロスタイム、レナチーニョのこの日3点目となるゴールで断ち切られました・・・ (ρ_;)・・・・・ 

 

 今年は、競技場での生観戦はもちろん、テレビ観戦もままならない状況で、いっこうに勝ち点が伸びない状況だけをジリジリと眺めるだけのシーズンでしたが、全国放送があった日に限ってこういう残酷な現実を見せつけられることになろうとは・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 まぁ、昨日決まらなくても、残り3試合のいずれかで決まっていたでしょうし、今年はず~っと降格圏内を抜け出すことができませんでしたから、ある程度覚悟はできていましたのでそれほどのショックはありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 結局、今年は14位が最高順位だったのかな (^◇^;)

 

 しかし、J2に落ちた来年以降もチームは存続しているんだろうか・・・ (^_^;
 降格しても私がジェフ千葉を愛している気持ちは変わりませんが、肝心のチームが無くなってしまったらどうしようもありませんから、正直、今はそれだけが気がかりです(苦笑)

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2009年11月 8日 (日)

バルブ交換

20091108007_2  これは、私が普段仕事で使っているのと同型の軽トラで、スバルのサンバーといいます。
 この仕事を始めてから15年くらい経ちますが、その間に中古車も含めて、今の車で5代目となりますが、ずっと同じサンバーを乗り継いでいます (^^)v

 自分が使っているからということを差し引いても、この車は実に良くできていて、他社で販売されている似たような軽トラと比べてもバツグンの使い勝手と性能を誇っていると思います (o^∇^o)ノ
 もう、このサンバー以外の車で仕事をしようという気持ちは起きない私が居ます。

 ただ、そういう車であってもパーフェクトという事はあり得ないので、何かしら不満もあるのもまた事実だったりします (^_^ゞポリポリ
 今日は、そういう話題を一つ・・・

 

 先日、ヘッドライトが片方切れてしまいましてね、まぁ、そういう事はこれまでにも何度もありまして、その都度新しいバルブを買って自分でバルブ交換を行なってきました。

 ただ、サンバーのバルブ交換には少々問題もありまして、左側(助手席側)はすんなり作業ができるのですが、右側(運転席側)はペダルやら何やら足下にいろいろ障害物があって、作業には相当の困難が伴います・・・

 

 【左側】          【右側】

20091108003_2 20091108005_2

20091108004_2 20091108006_2

 これらの写真は、室内側からヘッドライトの部分を撮ったもので、左の2枚が助手席側のもの、右の2枚が運転席側のものです。

 

20091108002_2  ご覧いただければおわかりのように、助手席側はヘッドライトカバーの周囲に十分なスペースがありますから、右の説明書の通りに行なえば、それほど難しくなく作業を行なうことができます。

 それに対して、運転席側はゴチャゴチャといろいろなものが取り付けられており、満足なスペースが無いものですから、手自体が思うように入らなかったり、スパナやドライバーの類を満足に扱うことができません。

 第一、ボルトを外しても、カバーはステーやその他いろいろなものにぶつかってどうしても外れません (^^;

 
20091108008_2  先日も、納品先の目の前がホームセンターだったので、いつまでも片目で運転しているわけにもいかないので、ちょっと立ち寄って新しいバルブを買い求め、そこの駐車場で30分ほど交換作業をやってみましたが、結局カバーがキズだらけになっただけの徒労に終わりました・・・ (__;)

 

 私がこのサンバーを乗るようになってから、今までに2度のモデルチェンジを経験してきましたが、この運転席の足下の基本的な設計はほとんど変わっていません。
 それでも、先の二つのモデルは確かに作業はし辛かったですが、それでも私にもなんとか交換できる程度の仕様にはなっていました。
 しかし、今乗っているモデルでは、正直いって素人には手に負えない設計になっています (__;)

 

 そんなこんなで、昨日ディーラーに車を持ち込み、整備員にお願いしてバルブの交換を行なってきました (^^)v

20091108009  運転席側の交換作業がし辛いことは、整備員達も十分にわかっていますから、とりあえず今後の交換作業が私一人だけでもできるように、右の図で言うところの3番のナットをプロの手で外してもらいました。
 1番と2番のナットは私にも外せましたが、3番だけは奥まったところにあるために手が入っていかず、スパナも思うように動かせず、どうしても外せなかったからです。

 説明書のようにカバーを外さなくても、この3本のナットを外せば、ランプ本体を車体から外すことができ、そうすることによって比較的楽にバルブを交換することができます。

 車体から外したランプ本体から、切れたバルブを取り出し、新しいバルブを取り付けて元通りに戻し、チャンと点灯することを確認してからカバーを取り付けてもらいました (^^)v
 このカバーはもう二度と外すことはないでしょう (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20091108001  取り付けたバルブも私が持参した物ですし、実際に交換作業をしたのも私自身なので、工賃はサービスしますということで、無料でした(笑い)
 しかし、なんとなく恐縮でもありますので、今なら特別サービスで手洗い洗車と撥水コートが1,050円でできるというので、それをお願いしてきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 セルフの洗車機で洗っても、ワックス掛けまで行なえば千円くらいはするご時勢ですから、このサービス、メチャクチャ安いと思うのですが、どう思います? (^◇^) 。。。ケラケラ

 おかげで、私の愛車は久しぶりにピッカピカ~ ヽ(^◇^*)/

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2009年11月 7日 (土)

ウエイトトレーニング

20091107001 20091107002

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20091107004 20091107003

 これは、先日納品先で見かけた光景です。

 

 最初、トラックだけが停まっているのを見まして、その時には別になんとも思わなかったのですが、中からフォークリフトに乗ったドライバーが出てきて、荷台の前に停まり、続いてパレットから1袋ずつ下ろし始めたのを見てビックリ (゚◇゚;)!!!

 袋の中身がなんなのかはわかりませんから、1袋がどのくらいの重さなのかはわかりませんが、この手の袋物はだいたい25kg程度はあるのが普通ですから、1袋ずつ荷台に並べて積んでいく作業はたいへんだろうなぁと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 私なんかは、お金と力は無い、典型的な「エロ男」で、腰に爆弾を抱えていますから、こういった力仕事は苦手ですというか、はっきり言ってできません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 一人、黙々とフォークリフトを操り、袋を荷台に並べていく・・・

 気の遠くなるような作業をこのドライバーは疲れた様子もなく繰り返していました・・・

 

 普通、こういうものをトラックに積む時には、パレットのまま積み卸しをするのが一般的なんですが、そうできない何かしらの理由があるんでしょうね。
 単なる、嫌がらせだったらことばも無いけど・・・ (^◇^;)

 

 しかし、手作業で積んだという事は、下ろす時にも手作業でパレットに積み上げるんでしょうね (^^;

 頭が下がります・・・

 

 彼の作業を見ていて思ったこと・・・

 まるで、ウエイトトレーニングをしているみたいだ(苦笑)
 それも、お金をもらって・・・(爆笑)

 1パレットが1セットとして、積み終わるまでに彼は何セット行なったのでしょう・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 凄すぎる~ w(゚o゚)W

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2009年11月 6日 (金)

ゴミ箱

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 これらの写真は、昨日仕事で行った先の、埼玉県内で立ち寄った、某「道の駅」の敷地内を撮ったものです。

 自販機のそばには、空き缶やペットボトルなどを捨てるゴミ箱がいくつも置いてあり、トイレの脇には喫煙コーナーも設けてあって、灰皿も置いてありました。

 しかし、紙くずなどを捨てるための、一般のゴミ箱はどこを探しても置いてありませんでした・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 かつて、地下鉄サリン事件や、テロ事件が起こった後、しばらく駅構内や街角から一斉にゴミ箱が姿を消したことがありました。

 今は、そういう社会的背景もありませんし、こういう不特定多数のお客が次から次に立ち寄るような場所に、ゴミ箱が一個も置いてないというのも納得いかないというか・・・

 ドライバー達は、トイレついでに車内のゴミを捨ててこようかと、レジ袋なんかに詰めたゴミを持って車を降りる方が少なくないと思います。

 案の定、トイレの中には、捨てるところが見つからず、かといってまた車に持って帰るような奇特な人も少ないですから、ゴミ袋がいくつも置き去りにされていました。

 どうしてこの施設にはゴミ箱が置いてないのでしょう・・・

 

 よく、高速道路のPAやSAでは、家庭などからの「持ち込みゴミ」はご遠慮くださいみたいなアナウンスがされていることがあります。
 ゴミ処理にかかる費用が年云々もかかるので、皆様方のご協力をお願いしますというような内容なんですが、私はこういうお願いの仕方は「筋違い」だと思っているので、耳にする度に腹立たしくてしょうがありません。

 バカ高い通行料金を利用者に負担させておきながら、休憩で立ち寄ったサービス施設でゴミも思うように出せないというのは、客をバカにしているというか、蔑ろにしているというか・・・ q(`o')ブー!!

 逆に、持ち込まれるゴミをキレイに処理してこそ、サービス施設の存在意義があるというか、そういう事こそが施設には求められているんじゃないのかな。

 

 よく、「民営化」ということばを耳にします。

 「官」から「民」へという事で、民間でもできる事は民間の業者にやってもらった方が、お互いにとって有益であるから、民営化して民間のノウハウを導入して経費を節約しようというのが趣旨らしいのですが、過去にも国鉄や電電公社、郵政公社や道路公団など、いくつもの国営企業が民営化されてきました。

 しかし、私に言わせていただくなら、これらの中で民営化して成功したというか、ユーザーのためになったのは電電公社くらいのもので、あとは全て失敗だったと思っています。

 第一、民営化して、前よりもサービスが良くなるはずがないんですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 そういう「幻想」を国民に植え付けたのはどこのバカ野郎なんでしょうね(怒り)

 

 「民営化」するという事は、利益を求めて企業が動くという事です。ムダな経費を抑え、より売上げが上がるようにしなければ、利益なんて生まれませんから、自然と利用者に対するサービスの質は落ちていきます。

 売上げの悪いところはドンドン清算して切り捨て、逆に売上げのいいところにはさらなる設備投資をして利用者にサービスをアピールする。これが民営化の行き着く先です。
 このために、JRでは、不採算路線をバッサリと切り捨て、利益率の悪い急行や特急も次々に廃止して利益率の良い新幹線の路線を増やしてそちらを利用してもらう。
 サービスが良くなったと喜んでいるのは大都市圏だけで、地方ではどんどん不便になっていく一方だ。

 自らの会社の利益を追求するために、利用客に不便を強いる・・・
 それが民営化のカラクリです。

 

 たかがゴミ箱一つと侮るなかれ!

 一つの事を省いて、利用者がそれに慣れたら、また一つ新たな何かを省いていく・・・
 気がついたら、ちっとも役に立たない施設がそこに在るというような事にならなければいいのだが・・・

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2009年11月 5日 (木)

マニフェスト

 「マニフェスト」とは、政党が有権者等に対して、実現したい、あるいは実行したい政策を文書として示したものであり、党の歩むべき方向を示した地図とか羅針盤のようなものです。

 

 今回、民主党が「マニフェスト」を錦の御旗として掲げて衆議院選挙を戦い、圧勝して政権与党に就いたものだから、下野した政党辺りから、言うに事欠いて「マニフェスト至上主義」だなんて的外れな声も聞かれる・・・

 バカ言ってンじゃねぇよ!

 「マニフェスト至上主義」のどこがいけないのよ!!

 

 かつて、自民党のボンクラどもが、選挙の度に政権公約だなんて声高に語ったものの、当選したとたんに手のひらを返したように次々に反故にしてきた・・・
 選挙公約は口約束だからナンて堂々と口にする政治家さえいたように記憶している・・・ (ノ_-;)ハア…

 そんな有権者への裏切り行為を、延々と半世紀以上も続けて来た結果、有権者の政治離れが加速度的に進み、政治家は二枚舌だとか、信用できないとか、誰が当選しても同じ事で何も変わらないとかの、失望感だけを有権者に与えてきた・・・

 

 党が掲げ、有権者達に約束した「マニフェスト」を、党員である政治家達が実現するためにと、粉骨砕身努力し、汗を流すことは、当たり前の事であって、それを指して「マニフェスト至上主義」とはどういう事なんだと(怒り)

 

 「あなた方に言われたくない」というのは、鳩山首相の弁ですが、百歩譲って、有権者が「民主党はマニフェスト至上主義だ」と言うのならハナシはわかるのですが、自民党のボンクラどもにそんな事は言われたくないというか、公約も守れず、実行するつもりもなかった自民党員の中に、それを口にするだけの資格のある政治家がはたして何人いるのか・・・

 

 今回の衆議院選挙の圧勝による政権交代は、必ずしも民主党のマニフェストに賛同している有権者ばかりではないというのは当然の事で、民主党に何かを期待している有権者は少ないのかもしれませんが、少なくても民主党による政治に、自民党時代にはなかった「何か」を望んでいる人は多いんじゃないかな。

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2009年11月 4日 (水)

右書き

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 これは、先日見かけたトラックで、別にこの会社の車のことを語りたいわけではないのですが、このトラックを見ているうちに思い出したことがあったので・・・ (^_^ゞポリポリ

 このトラックもそうなのですが、車体に会社名などの看板が書かれています。

 たいてい、会社で使っている車には、このように社名とか電話番号とかが書かれているのが一般的なのですが、縦書きならともかく、横書きで書かれている場合、普通は左書きで書かれるのが現代においての決まり事になっています。

 

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 ところが、車に書かれる看板ですが、時折右書きで書かれたものを見かける事があります。

 上のトラックにおいても、荷台に書かれた看板は普通に左書きで書かれていますが、運転席のあるキャビンに書かれた看板は右書きで書かれています (^^;

 これが、車体の左側(助手席側)ですと、全て左書きで書かれており、右書きで書かれた看板は見かけたことがないのですが、車体の右側(運転席側)には、左書きがあったり、右書きがあったりします・・・

 車体に書かれる看板は、車の前の方から後ろに向かって文字は書かれると、以前どこかで聞いたことがあります。

 だから、車体の左側は左書きになり、右側は右書きになるのだと・・・

 

20091104003_2  しかし、中にはこんなふうに、社名は右書きになっていても、その下に書かれている電話番号などは左書きになっているというチグハグな車も見かけます(笑い)

 

 個人的な意見では、車体の右側であったとしても、文字は左書きで書くべきだというもので、私の愛車は必ず左書きで書くようにと、購入する時にはディーラーに何度も念を押しています。

 だって、右書きだと読みにくいでしょ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2009年11月 3日 (火)

会津川口駅

 福島県の会津若松駅から、新潟県魚沼市の小出駅までを結ぶローカル線として、「JR只見線」があります。

 もともとは会津若松駅と地元で有名な虚空蔵尊のある会津柳津駅までを結ぶ路線だったのですが、戦後の電力需要から只見川の各所にダム建設が始まると、昭和16年に会津宮下駅まで、昭和31年に会津川口駅まで、昭和38年に只見駅までと、しだいに延長されてきました。

 この路線は、最初から会津若松と小出とを結ぶ路線として計画されてはいましたが、県境となる「六十里超」と呼ばれる難所の区間がネックとなり、トンネルを掘って全線開通したのは昭和46年の事になります。

 会津若松~小出間が全線開通したことにより、陸の孤島と呼ばれた私の村から都内方面へのアクセスが格段に改善されました。
 それまでですと、いったん会津若松に出て、磐越西線で郡山経由で東北本線というルートしか無かったわけですが、小出に出られるようになりますと、上越線に乗り換えて上京することが可能となりました ヽ(^o^)尸
 これにより、より安く、より早く都内に出ることができるようになり、出稼ぎに出ていた父なども、もっぱら小出回りで行き来することが多かったです。

 ただ、只見を含む県境の辺りは、会津でも屈指の豪雪地帯ですから、通年営業をしているとはいっても積雪量の如何によっては運休になることも少なくないワケですが、並行して走っている国道252号線は冬期間は通行止めになりますから、沿線の住民達にとっては今でも新潟方面への唯一の交通手段ですから、今でも廃止を免れて存続しています・・・

 正直、利用客はそれほど多くはなく、もっぱら通学や通勤客が利用する程度で、私が子どもだった頃から比べても、運行本数は大幅に減り、現在では通常運転は朝昼晩の一日三本に、紅葉の時期や雪祭りなどの時に臨時で運行されるイベント列車が走っている程度です (^^;

 

20091103002

 そんな只見線のほぼ真ん中辺りに、今日ご紹介したい「会津川口駅」が在ります。
 会津若松~小出間の全線は約135kmで4時間ほどかかり、会津若松~会津川口間は約61kmで2時間ほどの所要時間ですから、位置的にも時間的にも、路線のほぼ中央にあることがおわかりのことと思います。

 この「会津川口駅」は、私の村の表玄関となる場所に位置しており、最寄り駅となりますから、私も子どもの頃にはよく利用させてもらいましたから、とても馴染みのある駅です。
 村からバスで川口に出て、この駅からディーゼル列車で会津若松方面に出ていったものです。

 

 しかし、この駅はそれだけではなく、チョッとおもしろい特徴があるので機会があったらぜひ皆さんにご紹介したいとずっと思っていました。

 実は、帰省の祭には一般道で南会津経由で往復するのが常の私が、今回高速で帰ろうと思い立ったのも、この駅に立ち寄ることが最初からの目的でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 もちろん、休日千円の高速料金も大きな理由の一つなのですが、あくまでもそれは表向きの理由です (^^)v

 

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 左側の写真が、「会津川口駅」の写真です ( ^-^)/ ♪
 1987年に現在の駅舎に建て替えられたということで、私がこの駅舎を見るのは今回が初めてとなります (^_^ゞポリポリ

 右側の写真が、それまでの駅舎で、私にはこちらの方が懐かしく、ネットで見つけてきました (;^_^A アセアセ・・・

 

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 これが、この駅の特徴の一つである、駅舎の改札を抜けホームへと向かう「構内踏切」と、屋根もかかっていない「島のホーム」です (^^;

 普通、ホームへは階段などを利用して向かうのが一般的であり、線路を歩いて横断するというのは危険ですから、行なわれないのが常識です。
 しかし、この駅では、ご覧のように構内の真ん中に「島」というか「中州」のようにホームが独立して設けられており、その両側に線路が敷かれてあって列車が止ります。

 駅舎側が小出方面に向かう下りのホームで、反対側が会津若松方面に向かう上りのホームになります。
 つまり、改札を抜けた乗客は、いったん下り線の線路を歩いて横断してホームに向かうことになります(苦笑)
 同じく、下りの列車に乗ってきてこの駅で降りた乗客も、止っている列車の前を通って線路を横切り、駅舎の改札に向かうことになります (;^_^A アセアセ・・・

 こんな事ができるのも、運行本数が少ないからなんでしょうかね (^◇^) 。。。ケラケラ

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 確かに、「島のホーム」「構内踏切」も、珍しい光景には違いありませんが、この駅を語る上でどうしても外せないものがあります。それがこれらの写真なのですが、いかがですか(笑い)

 川のそばに設けられた駅というのは、日本中にいくらでもあると思うのですが、この「会津川口駅」は、ホームの片側が只見川の大きな流れにくっついています (^^;
 つまり、ホームが堤防の役割も果たしているわけで、さすがにこういう光景は珍しいのではないかと個人的に思っています。

 下の3枚は、只見川の反対側から駅を見たところです。
 只見川の静かな川面が、上り線のホームに迫っているのがよくわかると思います o(*^▽^*)o~♪

 これなら、ホームから線路越しに釣り竿を構え、釣り糸を垂れることだってできそうな気がしますよ(苦笑)

 

 

 ・・・ということで、本来の記事はここまでで、以下の写真は、実はオマケです (^◇^) 。。。ケラケラ

 先の記事でも述べましたが、会津坂下ICで高速を下り、国道252号線で会津川口駅に向かっている途中、大勢のカメラマン達に遭遇し、SLが通ることを知って、慌ててSL見物を日程に組み入れました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これは、只見駅で折り返してきたSLが、会津川口駅のホームに入ってくるところです。
 なかなか力強く、迫力がありました ヽ(^◇^*)/

20091103034  撮影は、こんなふうに先にご紹介した構内踏切の中から行ないました (^_^ゞポリポリ
 もちろん、駅長さんに声をかけ、この場所から撮影する許可を頂いての撮影です (^^)v

 駅長さんもそうですが、ホームで列車を誘導する駅員さん達も気さくでとても親切でしたよ(笑い)
 なお、この写真はティンクが携帯で撮ったものです (*^.-^*)♪

 

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 これは、会津川口駅のホームに止っているSLの様子を撮ったものです。

 上の2枚は、ホームに滑り込んできた客車を後ろから撮ってみました。真岡で乗った時の今風に内装が整えられた客車とは違って、かつての懐かしい椅子が取り付けられてある古めかしい客車で、これでなくてはSLの醍醐味は味わえないですよね(笑い)

 このイベントでは、単にSLを走らせるだけではなく、様々な体験イベントや写真撮影なども同時に行なっているようで、会津川口駅のホームにも15分間も停車してくれました。
 その間、乗客達も、ホームに降りて記念撮影をしたり、運転席に乗ったりしてSLの旅を満喫していましたよ(笑い)

 

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 これらの写真は、会津柳津駅のホームから撮った写真です。

 駅の構内には、SLが常設展示されていました。

 只見線では、1974年10月まで蒸気機関車が走っていました。
 当時メインで走っていたのは、C11型蒸気機関車で、それがために、私の中ではC11に対する思い入れは格別です。
 一般的には、D51に代表されるような、力強い、いかにも「蒸気機関車」というSLが人気のようですが、私が実際に乗ったことのあるC11は、私にとってはSLの代表的な存在です o(*^▽^*)o~♪

 この日走っていたC11は、前にもご紹介した「真岡鐵道」で使用されているSLであり、いつもは真岡駅の車庫で待機している車両です。

 このように、真岡鐵道のSLは、会津だけではなく、あちこちのイベントに貸し出されているそうで、人気者のようですよ(笑い)

 

 以上、思ってもいなかったSLに出逢えて、当初予定していた会津川口駅だけの記事よりも、ずいぶんとボリュームある記事になってしまいました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 「会津川口駅」・・・

 今日はへんぴなローカル線の、誰も知らないような小さな駅を紹介させて頂きましたが、何か興味を引かれるような内容がありましたでしょうか・・・ (^.^ゞポリポリ

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2009年11月 2日 (月)

会津帰省記 09霜月編

 先週の土・日を利用して、会津に帰省してきました (^^)v

 一泊二日の強行軍ですから、アレもコレもというようなワケにはいきませんでしたが、今回の帰省の目的は、高校の時の同級生達との飲み会ですから、他ははっきり言ってどうでもイイというか・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 だもんで、実家にも一応顔を出しましたが、滞在時間はわずかに4時間足らず・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 昨日の夜から今日にかけて、目一杯の仕事をしてましたので、こんな時間の更新になってしまいましたが、今日はそんな帰省日記を一つ・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 先にも述べましたが、今回の帰省の目的は、土曜の夜の酒宴にあります。
 その待ち合わせ時刻は、会津若松のお店に18時という事で、マゴマゴしていると遅刻してしまいますから、成田の自宅を出発したのが朝の4時(苦笑)

 圏央道の稲敷ICが開通したので、そこまで30分も走れば到着します (^^)v
 以降は、千円乗り放題の恩恵にあずかって、会津までひたすら高速を走ります。

 普通に考えれば、つくばJCTで常磐道に乗った後、いわきJCTで磐越道に乗り換えて会津に向かうのが常道というか、たいていの人ならそういうルートを選択すると思うのですが、紅葉の時期でもありますし、日光方面に向かうマイカーの状況が知りたくて、わざわざ友部JCTで北関東道に乗り換え、栃木都賀JCT経由で東北道~郡山JCT~磐越道という邪道なドライブをしてきました(笑い)

 時間も早かったせいか、東北道もそれほど交通量が多いとは感じませんでしたが、それでも鹿沼付近からは若干混雑してきたように思いました。

 しかし、日光方面への分岐点となる宇都宮ICを過ぎるとスイスイ~ (*^-^*)ノ
 高速無料にすると高速が混雑して高速の役目を果たさないなんて言い分は、まったく杞憂だという事がこれで証明されたわけです (^◇^) 。。。ケラケラ
 だいたい、地方の高速道路が混雑するなんて、盆暮れの時期くらいしかあり得ないですよ。

 

20091103001  予定通り、会津坂下ICで高速を下り、国道252号線で実家に向かいます。
 ご覧のように高速料金は、通常¥5,300のところ、¥1,000 ヽ(^◇^*)/
 ありがたいですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 国道252号線は、ローカル線であるJR只見線に沿って設けられていますが、なぜか道のあちこちで三脚やカメラを持った人たちの姿を見かけました。もしかすると、これはSLか何かを撮影するために集まってきた人たちなんじゃないかと思い、村の入口にある会津川口駅に立ち寄って情報を仕入れると、この連休には只見線でSLが走るという事で、通過時刻まで教えて頂きました。

 実家に立ち寄る都合もあるので、下りの列車を見ることはできそうにありませんでしたが、戻ってくる上りの列車なら少し早めに実家を出れば間に合うなと思い、しっかり時刻を確認して実家に向かいます(笑い)

 

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 これは、金山町と私の実家のある山村との境にある「綱木渓谷」と、実家のある里から見える山々です (o^∇^o)ノ
 写真では紅葉の色合いがイマイチですが、実際に目で見るとそれはもう、筆舌に尽くしがたいほどの絶景で・・・(笑い)

 

 そんなこんなで、実家ではお昼をごちそうになっただけで、両親の元気そうな顔を確認して、予定より1時間も早く、13時半には会津川口駅に向かいました ヽ(^o^)尸

 只見駅で折り返してきた、上りのSLの写真をホームから撮り、発車を見送って会津若松に向かいます。
 しかし、途中でSLを追い越したのがわかると、さらに欲が出て、会津柳津駅に車を向けます (^_^ゞポリポリ

 

20091103006  会津柳津駅のホームで待つこと15分ほどで、SLがホームに滑り込んできました・・・ (^^)v

 

 つい、SLの追っかけみたいな事をして、気がついたら15時半を回っていまして、慌てて会津若松に向かいます。
 普通に国道252号線を走って若松に向かったのでは、待ち合わせの時刻に間に合いそうにないので、会津坂下ICから高速に乗って会津若松ICへ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 勝手知った街ですから、抜け道を使って16時過ぎにはホテルにチェックイン (^^)v
 会場となるお店は、ホテルのすぐそばですから、ひと休みしてから、15分前くらいになってから店に向かいました。

 

 私らが座敷に入って間もなく、会津若松の友人3人が次々に現れました。五月の連休以来の再会です (*^.-^*)♪

 お互いの近況や仕事の話しなどを交えながら、3時間ほどたっぷりと飲んで、食べて、語りました。
 高校を卒業して32年、いまだに親しくつき合ってくれる旧友達に感謝です。

 21時にお店を出、次はカラオケボックスに・・・(笑い)
 ここでも、心いくまで飲んで、歌って、楽しみました。

 お開きは、日付が変わってから・・・
 それぞれの思いを胸に家路に向かいました・・・

 

20091103007  翌、日曜日は、7時過ぎに目覚めて、ホテルの朝食をとった後、10時にチェックアウト。

 

 いったん、実家に立ち寄った後、再び会津坂下ICから高速に乗り、今度はいわきJCT経由で常磐道で帰ってきました (^^ゞ

 成田着は19時過ぎ・・・

 強行軍ですから、さすがに疲れましたよ(苦笑)

 

 次の会津帰省は、来年のGWになります ( ^-^)/ ♪

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2009年11月 1日 (日)

金字塔

 後世に永く残るような立派な業績や、偉大な作品や事業など、いつまでも値打ちのある大きな業績を例えて「金字塔」と言い、「金字塔を打ちたてる」などのような言い回しをする事があります。

 現代においては、日常会話の中で使われるようなことはほとんど無く、もっぱらスポーツ新聞などの記事の中で目にする程度でしょうか(笑い)

 

 さて、この「金字塔」ということばですが、もともとはあるモノを指して付けられた名前なんですが、何を指していたかというと・・・

 

 生前にりっぱな事を成し遂げて亡くなった故人に敬意を払い、金文字で彫られた、「大きな墓石」・・・・・・

 ・・・・・・のワケないか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 

 実は、「金字塔」とはエジプトなどにある「ピラミッド」の事なんですよね。

 ピラミッドを横から見た時に、三角形に見えますが、この石を積み上げた形が「金」という文字に似ているところから「金の字の形をした巨大な建築物」という事で、「Pyramid」に対して「金字塔」という訳語が作られました。

 

20091031003_3 20091031002_3

 それが転じて、ピラミッドのように雄大かつ揺るぎもしない業績などを指して「金字塔」と言うようになりました (^^)v

 

 それにしても、日本語ってステキですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 奥が深くて、知れば知るほど唸らされます (^^)v

 

 

 ・・・という事で、今朝は会津若松のホテルの4階で目が覚めました ( ^-^)/ ♪

 最近、お気に入りになって、もっぱらここばかり利用させてもらっている中町のフジグランドホテルです (^^)v

 帰省の様子などは、明日以降の記事の中でご紹介させて頂きます。
 チョッとした嬉しいハプニングもあったりしてとても楽しい帰省になりました(笑い)

 

20091101001_2

 これは、実家に向かう途中の只見線を走っていたSLです。思いがけず、イベント走行をやっているところに遭遇しましたので、せっかくですから写真に撮ってきました (^^)v

 

 今日は、もう一度実家に立ち寄って、東北道経由で帰宅する予定です・・・

 皆様方も、楽しい日曜日をお過ごしください ( ^-^)/ ♪

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