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2010年4月 3日 (土)

時効

 1995年の3月に、当時の国松警察庁長官が銃撃された事件が、先月の30日午前0時に時効を迎えたと報じられた。

 

 必死の捜査にもかかわらず、犯人を捕らえることができずに時効を迎えてしまうことは少なくない。しかし、今回の時効にはとんでもないオマケが付いて物議を醸している・・・

 あろう事か、時効を迎えた当日に行なわれた記者会見で、警視庁南千住署捜査本部長の青木公安部長が「オウム真理教の信者グループが松本智津夫死刑囚の意思の下、組織的、計画的に行ったテロと認めた」とする捜査結果を発表したからだ。

 同じ会見で、「実行犯や共犯者を特定できるだけの証拠はなかった」と述べながら、オウム真理教を名指しで犯人と断定する非常識さ・・・ (ノ_-;)ハア…

 この事がどれだけ恐ろしいことか・・・
 といっても、私は別にオウムを擁護しているわけではありませんので、チョッと視点を変えて語ってみたいと思います。

 

 折しも、足利事件の犯人として無期懲役の刑に服した菅谷さんに対し、宇都宮地裁が再審で無罪判決を言い渡し、「17年半もの長きにわたり自由を奪う結果となり、申し訳なく思う」と深々と頭を下げたニュースがその4日前に報じられたばかりだ。

 このニュース、よかったと両手を挙げて喜べないのは、菅谷さんが犯人でないことが証明された以上、真犯人は別にいるということであり、そしてその真犯人は時効を過ぎていますからもう裁かれる事はないということです。

 

 先の青木公安部長が、「起訴できなかったけれどオウムが銃撃犯だ」と言った事は、「裁判所は無罪と言ったけれども、警察は今でも菅谷さんが犯人だと思っている」と言ったに等しい暴言であり、決して見過ごされるべきではない。

 

 なぜ多くの捜査員を動員し、長い年月をかけたにもかかわらず、長官銃撃事件の犯人を挙げることができなかったのか・・・

 この事件、最初から一貫して公安がオウム真理教をターゲットとして捜査を進め、時効を過ぎた今でもオウムが実行犯だと信じて疑わないその「視野の狭さ」が原因だったのではないかと指摘する声は多い。

 警察トップの長官が銃撃されるという、あってはならない不祥事に対し、意地でも犯人を挙げると意気込んでいたのに、結局時効を迎えてしまった行き場のない憤りとメンツ丸つぶれで地に堕ちた警察の威信を、オウムの名を出すことによってなんとか守りたいという、警察サイドの思惑が見え見えの会見だったと私は思っています。

 

 ここまで書いてきて、ふと、昨年テレ朝でドラマ化された平塚八兵衛の「刑事一代」を思い出しました。
 このドラマの終盤で、平塚八兵衛役の渡辺謙が次のようなセリフを口にします。
 「俺たち(刑事)には、100点か0点かしかねぇんだよ。ホシを挙げりゃ100点、挙げそこなったら0点だ。」
 「80点とか、90点とか、そういう中途半端な点数は、俺たちデカにはねぇんだよ。」
・・・と (^^;

 今回の長官銃撃事件は、ホシを挙げられずに時効を迎えてしまったわけで、点数を付けると「0点」という事になります。

 しかし、警察トップが殺されかけ、血眼になって捜査したけど犯人は見つかりませんでしたでは、今まで何をやっていたのかと警察の内外から責任追及されかねないので、「犯人は挙げられませんでしたがコイツ等だということはわかったので、少なくても及第点は下さいね」という意味での会見だったのかなと私は勘ぐっています。

 とりあえず、オウム真理教の名前を挙げておけば、当たらずとも遠からずで、世間もああ、やっぱりね・・・と納得してくれるんじゃないかという目論見はあったんだろうと思いますね。

 

 今回の長官銃撃事件の場合、逃げる犯人の目撃者も複数居たといいます。にもかかわらずそういう人たちに聞き込みをしたのは事件から何年も経ってからだったと報道ニュースで言っていました。
 銃を使った凶悪事件で、捜査員も相当数動員されたにも関わらず、根本的な捜査が行なわれず、犯人を検挙できないままに時効を迎えてしまう日本の警察っていったい何だ!(怒り)

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コメント

おはようございます。

確かに、今回の警察の記者会見は納得できない内容でしたね。

仰る通り、最初から「犯人はオウム」と決めつけての捜査で、それが故に結局は犯人を捕まえることが出来なかったのでしょう。

今回の苦い経験を(菅谷さんの件も含め)、「犯人ありきの事件捜査」から、「犯人を探すための事件捜査」に活かしていって欲しいですが、やはり警察も古い慣習が抜けないでしょうから、難しいかも知れませんね…

投稿: 本家本元の通りすがり | 2010年4月 3日 (土) 07:44

まさに、そのとおりですね!

警察の体質がよく分かります。

私たちも万が一冤罪事件に巻き込まれたらと思うと、

ゾッとします。

日頃の行いには、さらに気を付けるようにします(^_^;)


投稿: こやなぎ名人 | 2010年4月 3日 (土) 09:15

 本家本元の通りすがりさん、どうもです (^_^)/

 人間ですから、「思い込み」というモノはどうしてもあるだろうとは思いますが、仮にも一人の人間の人生を左右する事になるわけですから、慎重の上にも慎重を期していただかなければ一般市民としては堪ったもんじゃありません。
 ある意味、警察に疑いをかけられただけで人生が変わってしまうことだってあるわけですから・・・

投稿: 夢ピ | 2010年4月 3日 (土) 10:00

 名人、どうもです (^_^)/

 チカン事件などもそうですが、いったん疑いをかけられたらそれを晴らすことがどれだけ困難なことか・・・
 我々にできる事は、できるだけ疑われないように、「李下に冠を正さず」を日々実践することですかね (;^_^A アセアセ・・・

投稿: 夢ピ | 2010年4月 3日 (土) 10:04

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