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2010年5月27日 (木)

佐藤慶が逝く

 今日の記事は、俳優の佐藤慶の追悼記事になっていますが、氏が亡くなったのは今月の初めのことですから、一ヶ月近くも経ってからこういう記事を書くというのもどうかなぁとも思うのですが、やはり語らずにはいられなかったので、よければおつきあいください (^_^ゞポリポリ

 

 そもそも、なぜこんなに経ってからの記事になってしまったのかといえば、亡くなったのが5月2日だったという事で、一般に訃報が伝えられたのがGW明けの6日のことでした。
 その頃、GWに帰省したこともあって、「帰省記」だとか「青ばととうふ」、「矢ノ原湿原」なんて故郷に関する記事をご紹介し、合間に「穴守稲荷」とか「足利フラワーパーク」などの観光記も時機を逸したくないのでアップせざるを得ませんでした。

 そうこうしているうちに、佐藤慶氏に対するモチベーションが下がってきてしまって、記事に取り上げようという気持ちが萎えてしまっていました (^^;

 さすがに、月が変わってから記事にするというのもなんなので、あらためて今日語らせていただく事にしました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20100529001  佐藤慶は、会津若松市の出身で、私と同郷ということもあり、けっこう好きな役者でした。
 独特の風貌と雰囲気を併せ持ち、それがために非情な悪役などを演じる事も多かったです (^^;

 大河ドラマなんかでは、脇役として欠かせない役者であり、その存在感は時には場の主役たり得るほどの重厚さがありました(笑い)

 写真は、北斗七星プロジェクトのプロフィールからお借りしてきたもので、このガンコそうな風貌と、木訥とした口調は、まさに会津っぽのイメージそのものです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 福島県出身の俳優は、例えば西田敏行や佐藤B作、最近では伊東美咲など、何人もいますが、こと会津出身となると佐藤慶くらいしか思い当たりませんからねぇ、そういう意味でも氏の訃報は残念でなりません。

 

 氏の出演作品といえば、「日本の首領」や「極道の妻たち」などに代表されるヤクザ役が印象的なんでしょうが、個人的に一番記憶に残っているのは、テレビドラマではありますが、NHKのスペシャルドラマとして2008年に放送された「感染爆発~パンデミック・フルー」という、新型ウイルスを題材にしたものです。

 北朝鮮から漂着した漁船の乗組員から、新型のインフルエンザがアッという間に広がっていく様子を描いたパニックもので、主役は医師の三浦友和、佐藤慶は、その父親役で出ており、感染元となった日本海に面した寒村の開業医という設定でした。

 原因不明の高熱に苦しむ患者を目の前にし、麻生祐未ら感染症予防研究所のチームは診察ではなく病原菌の解明に躍起になる。そんな麻生祐未に佐藤慶は「君たちも医者だろう。どうして患者を診ようとしないんだ」と怒りをあらわにする。
 「医者の仕事は、目の前の患者を診るだけだ」と孤軍奮闘し、やがて自らも発病して亡くなっていく・・・
 佐藤慶は、そんな愚直な開業医を見事に演じきっていた。

 主役の三浦友和や準主役の麻生祐未などよりも、露出度は極めて少ない脇役の佐藤慶の方が、はるかに印象に残った作品だった・・・

 

 佐藤慶の演技というのは、ハデなところはほとんど無い。静かに、そして言葉少なに、画面の片隅に「居る」だけのことが多い。
 このドラマのように、作品の中で声を荒げるようなことは希なのかもしれない。しかし、だからこそ私の記憶にも印象深く残った。

 

 会津若松市内の高校を卒業後、市役所の戸籍係に勤務しながら演劇にのめり込み、無断欠勤して県の演劇大会に出場したため、市役所をクビになったという佐藤慶・・・
 そういう、不器用ながらも一途なところがいかにも会津の人間らしい(笑い)

 上京してからも、下積み時代は貧乏で、会津に居た頃から得意だったガリ版刷りで検定教科書や同人誌などの筆耕の仕事を紹介してもらって食いつないだんだそうで、当時のガリ版用具は捨てがたく、晩年まで大事にしていたといいます。

 

 氏の訃報は本当に残念でならないのですが、ファンの一人として心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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