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2010年7月17日 (土)

性善説

 「性善説」ということばがありまして、人間の本性は基本的には「善」であるというもので、孟子が唱えました。

 一方、「性悪説」ということばもありまして、こちらは反対に、人間の本性は基本的には「悪」であるとし、人間は放っておくと何をするかわからないから、法律を作って取り締まらないと社会は成り立たないとする考えで、荀子が唱えたそうです。

 どちらも、もともとの考えはそういう世俗的なものではなく、もっと高尚な思想だったようですが、今は冒頭に挙げたようなアバウトな考え方でもいいんじゃないかなと個人的には思っています。

 

 いずれも、どちらが正しくてどちらが間違っているとか、そういう単純なものではありませんが、さて、アナタならどちらの説を支持しますか?(笑い)

 

 一般的には、「性悪説」を支持する人が多いんじゃないかと思うんですが、私は断然「性善説」派です (^^)v

 「性悪説」を支持しているという人でも、根本的なところでは「性善説」に従って日々を過ごしているんじゃないでしょうか、そうでなければ生きていくことなんかできないんじゃないかと・・・ (^^;

 

 どういう事かというと、例えば、道を歩いていて、向こうから歩いてくる人を見かけたとして、あの人はもしかしてポケットにナイフを忍ばせていて、いきなり切りつけられるんじゃないだろうかとか、私のバッグをひったくろうとしているんじゃないかとか、いちいちそんな事考えていませんよね (^◇^) 。。。ケラケラ
 たいてい、道行く人たちは皆善良な人々であり、それぞれがそれぞれの目的地に向かって先を急いでいるとしか思ってないでしょ。

 車を運転している時でも、周りのドライバーは皆それぞれに、真剣に運転をしていると思っているはずで、まさか飲酒運転をしているとか、居眠り運転をしているとか、そんなふうには思っていないはずです。思ったら恐ろしくて公道を走ることなんかできませんって(苦笑)
 さらにいえば、交差点では信号に従って全ての車や歩行者が止ったり進んだりすると思っているはずですし、走っている車は全て万全に整備がされており、間違っても欠陥車が公道を走っているなんてことは考えたことも無いと思います。

 一生懸命に働いていれば、会社は間違いなく給料を振り込んでくれるだろうし、手紙や宅配便は、業者に預ければ間違いなく先方に届くと信じているはずです。まさか会社が給料を払わないとか、手紙や荷物が配達の途中で無くなってしまうなんて考えたことも無いはずです。

 それらは、全て周囲の人たちを無条件で信じていることの証しじゃないですかねぇ・・・
 言うなれば、皆が「性善説」の支持者だと(笑い)

 

 「性悪説」というのは、簡単にいえば「人を見たら泥棒と思え」みたいな考え方ですから、社会生活を営んでいくにあたって、人間関係を構築する際に弊害が出るのは必至じゃないかと・・・

 

 隣に住んでいる人は、もしかしたら悪い人かもしれないと思うよりも、いい人に違いないと思った方が、楽しく暮らせると思うんですがねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 まぁ、「楽しい」というのと、「安心」というのとは、同じ次元で語れることばではありませんが・・・

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