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2010年8月15日 (日)

大沼郡昭和村

 今日は「お盆」ですから、普段はあまり人の姿を見ることのない私の村でも、おそらく関東方面などの県外ナンバーを付けた乗用車がたくさん村に帰省していて、今夜あたりはそれぞれの神社や学校の校庭などに設けられた櫓を囲んで、盆踊りが賑やかに催されるんだろうと思います。

 

 そこで今日は一つ、私の生まれ育った「会津の故郷」をご紹介してみようかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 これまでにも、私の村を取り上げた記事を書いたことは何度もあったんですが、あらたまって「昭和村」という名前を挙げたコトは一度も無かったからです (^^ゞ
 なぜかと言えば、やっぱり照れ臭いこともありましたし、なんといっても、不特定多数の方が閲覧するこういう場所でプライベートなことを披露することは抵抗があったからです (^_^ゞポリポリ

 

 私の生まれ育った村は、福島県の中でもかなりへき地の部類に入る、一般には「奥会津」と呼ばれる場所に在る、「大沼郡昭和村」です。
 ただ、必ずしも「奥会津」=「へき地」というわけではなく、その中でも私の村は、地理的にも内容的にも「へき地」と呼ばれるべき十分な理由があるワケです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 

 チョッと前ですと、日本全国には11もの「昭和村」が在ったとウィキペディアに載っていましたが、町村合併などで、今も「昭和村」という名前が残っているところは、群馬県利根郡にある「昭和村」と、私の実家のある福島県大沼郡の「昭和村」の二カ所だけになってしまったようです。

 ちなみに、その他の「昭和村」はというと・・・

 山梨県 中巨摩郡 昭和村(現・昭和町)
 長野県 更級郡 昭和村(のち川中島町→現・長野市)
 大阪府 豊能郡 昭和村(のち西能勢村と村名変更→現・能勢町)
 奈良県 生駒郡 昭和村(現・大和郡山市)
 広島県 安芸郡 昭和村(現・呉市)
 香川県 綾歌郡 昭和村(のち綾南町→現・綾川町)
 高知県 幡多郡 昭和村(のち十和村→現・四万十町)
 熊本県 八代郡 昭和村(現・八代市)
 大分県 南海部郡 昭和村(のち弥生村と村名変更→弥生町→現・佐伯市)

 

 私の村でも平成の大合併による合併話が当然のように持ち上がり、5年前の3月に周辺の五町村と合併し、いわき市に次ぐ県内二番目の広さとなる大きな市が出来上がるはずで、それを目指してハナシも進められていました・・・
 しかし、詳しい経緯はわかりませんが、最終的に合併話は頓挫して立ち消えとなり、幸か不幸か今に至っても「昭和村」は存在しています (^^ゞ

 おそらく、合併する町村の財政問題がネックになったんだろうと思います。五町村のそれぞれが深刻な過疎問題を抱える自治体ですから、合併したところで巨大な過疎の市が誕生するだけで、今と比べても人口の増加などそれほど見込めないだろうから、税収もアテにならないってことなんでしょうかね・・・
 マイナス同士の町村をいくら足し合せてみても、マイナス幅が大きくなるだけで、プラスになることはないって理屈でしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ところで、私の村がなぜ「昭和村」というのか・・・

 口の悪い人に言わせれば、昭和になってから人が住んでいることがわかったような秘境だから、「昭和村」になったんだろうなんてまことしやかに言われるくらい、村の認知度は低くて、私が喜多方高校に入学した当時、自己紹介で「昭和中学校から来ました○○です・・・」と言っても、それがどこにある中学校なのかわかっているクラスメートが果たしてどれだけ居たのか・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 かつて二つの村だったのが、昭和2年に合併して今の村が出来上がったので、改元したばかりの年号にあやかって「昭和村」と名付けられたというのが真相なんですが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 村がある場所も、会津の中心である会津若松市とは千mを超える山々に阻まれ、今でこそ博士峠を越える国道401号線もある程度整備されて車も通れるようになりましたが、私の子どもの頃は舗装もされておらず、ここを通って会津若松方面に抜けるなんて、考えられない時代でした (^^;

 写真は、上二枚が東側から村への入口となる博士峠付近を撮った国道401号のもの。

 左下は北側から村へ入る表玄関的存在の綱木渓谷で、標高約400mと村内で一番低い場所にあたり、右下は南側からの入口となる舟鼻峠を撮ったものです。

 いずれのルートを選択したとしても、村に入るにはそれなりに苦労が伴うことを覚悟しなければなりません (^_^ゞポリポリ

 余談ですが、千葉県内で一番高い場所が408mの愛宕山の山頂ですから、私の村は全ての場所が千葉県内のどこよりも高いところに在るという事になります (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 村の面積は、東京都23区を合せた面積の約1/3ということで、けっこう広いのですが、いかんせん、その9割が山林という事で、人口は決して多くはありません (^^;

 私が子供だった昭和30年代には5千人近くの人口があり、その頃が一番村も賑わっていたようですが、農林業以外の仕事はほとんどありませんから、子ども達も村の中学校を卒業すると、村外の高校へ進むのが当たり前であり、卒業後は大学に進むかどこかに就職するか、いずれにしても村に戻ってくるようなことはなく、人口の流出に歯止めがかからないようで、今現在の村の人口は1700人程度だそうです (^^ゞ

 しかも、65歳以上の高齢者人口が総人口に占める割合を示す「高齢化率」が54.8%にも達しており、全国ワースト2位となる限界集落という事で、高齢化が進み、共同体としての機能維持が限界に達している状態なんだそうです・・・ (__;)

 

 現在の村の主な産業としては、日本有数の出荷量を誇る「かすみ草」の栽培と、福島県の指定重要無形文化財にもなっている「からむし織」、あとは大根などの「高原野菜」でしょうか・・・

 

 村を離れてすでに35年以上、私の人生の2/3以上は村外で暮らしています。
 村に帰省するのも、年に2~3回という私ですから、今現在の村の様子なんてほとんど何も知らないのと一緒です (^^ゞ

 こんな事を書いていても、上っ面の記事というか、村をよく知る人が読んだら笑っちゃう内容なんでしょうね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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コメント

数年前の冬、商工会の講演でお邪魔しました。

ほんと、雪の量はすごかったですけど、

かすみ草やからむし織りで、

元気に輝いているな、という感じを受けました。

からむし織りの名刺入れは愛用品になりました(^_^)

投稿: こやなぎ名人 | 2010年8月15日 (日) 08:52

 名人、どうもです (^_^)/

 昭和村にお越しになられた事があるんですね (*^.-^*)♪
 しかも、冬に・・・ (^◇^;)

 という事は、金山町経由だったと思いますが、やはり鉄道とバスで・・・ですかね(笑い)

 ありがとうございました・・・ m(_ _)m

投稿: 夢ピ | 2010年8月15日 (日) 09:28

昭和村という村が実際にあるんですね。
すみません、見識不足で。
自分の住んでいる愛知県には明治村という、明治の建物などを保存しているところがあり、隣の岐阜県には、同じように大正、昭和の風景や建物を再現した、大正村、昭和村があるので、テーマパークのイメージが強くて。
でも年に2~3回も帰省するなんて、地元思いで、素晴らしいことだと思います。
生まれ育った村を大切にしてください。

投稿: すが太郎 | 2010年8月15日 (日) 18:56

 すがさん、どうもです (^_^)/

 やっぱ、テーマパークのイメージですかね (^◇^) 。。。ケラケラ

 生まれ育った村ですから、それなりに愛着もあるんですが、親戚付き合いも希薄ですし、おそらく両親が亡くなったら、会津に帰省することはあっても、村に立ち寄るかどうかはアヤシイもんです・・・ (^^ゞ

投稿: 夢ピ | 2010年8月15日 (日) 19:26

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