« 投げる | トップページ | 今日の車窓から »

2010年8月18日 (水)

登山という行為

 近年、登山ブームとかで、毎年毎々20万人近くの登山人口が増えているんだそうで、財団法人日本生産性本部発行のレジャー白書によると、08年の全国の登山人口は推計で590万人と発表されています。

 

 私は、大人になってからは本格的な登山をしたことはありませんが、高校時代の2年間、山岳部に所属しており、会津近隣の山に何度か登ったことがあります。
 たいていは土曜日の午後から登り、翌日曜日に下山するという、一泊二日の登山がメインでしたが、合宿という名目で3~4日の山行や、山岳部による高体連にも参加したこともありましたし、雪山ではありませんが、春に吹雪に吹かれながら山小屋を探して山中を彷徨ったこともありました (^.^ゞポリポリ

 

 しかし、ブームだからといって、皆が皆、登山に対して理解をしているわけではなく、中にはなんのために山に登るのか理解できない人も居るんじゃないだろうか(苦笑)

 登山をしたことのない人が登山に対して抱いているイメージというと、なんとなく辛そうだとか、トイレやお風呂などは山には基本的にありませんから、不自由で不潔そうだなんていう、あまりいい印象はお持ちではないんじゃないかな (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 第一、麓から苦労して山頂に登ったところで、そこで特別な何かをするわけではありませんから、生産性はゼロですし、山の反対側かなんかに下りるんならともかく、登ってきた道と同じ道をまた麓まで下りるのでは、ただ疲れただけで、なんのために登ったのかわからないと思う人が居たとしても不思議ではありません。

 言い換えれば、究極のムダというか、登山というのは「時間」と「体力」、さらにいえば「お金」を浪費するだけで、何も得るモノはないワケですから、「ムダ」そのものだと思っている人もいらっしゃるんじゃないでしょうか・・・ (^^;

 

 究極の体罰として、大きな穴を掘らせ、掘れたら今度はそこを元通りに埋めさせ、埋め終わったらまた掘らせる・・・という事を何度も繰り返させるというものがあります。
 これは体力を消耗させるだけでなく、心理的にも大きなダメージを与えることができ、一石二鳥の効果を得られますが、人間、このようになんの役にもたたない、ムダなことをやっていると思うと、疲れは二倍にも三倍にもなって感じられ、精神的にまいってしまうんだそうで・・・

 

 しかし、今の世の中、お金と時間を無駄に遣うことこそが「贅沢」な事なのだという事を理解する必要があります。

 例えば、伊豆諸島の最南端にあり、東京から287kmの太平洋上に浮かぶ八丈島、ここへのアクセスの手段としては、主なものとして飛行機と船との二つのルートがあります。

 飛行機なら羽田空港よりジェット機で約40分、船なら東京竹芝桟橋から東海汽船で約10時間かかるそうです。
 しかし、料金はというと、大型客船を用いる東海汽船の方が、利用する席種によっては高いケースも出てくるそうで・・・ (^^;

 もしアナタが八丈島へ観光に行くと仮定して、飛行機と船、どちらを選びますか?

 

 現代人は世知辛いですから、旅行するというと、つい、目的地だけに目が行きがちで、その間の行程はできるだけ短縮しよう、省略しようと考えがちです。
 つまり、旅行とは名ばかりで、現在地と目的地を点で結ぶだけという、情緒も風情もなにもない、味気ないものになりがちで、それが「旅」だと勘違いしている人がいかに多いことか・・・ (ノ_-;)ハア…

 これは、なにも飛行機で移動しなくても、列車であれ、マイカーであれ、新幹線や高速道路を利用して目的地に一直線に移動するだけという点では、点と点の移動といえるのではないかと私は思っています。

 

 しかし、「旅」というものの醍醐味は、「目的地に行ってそこで何かすること」ではなくて、「目的地までの行程そのもの」にあります。

 先の八丈島までの旅を考えた場合、自宅を出てから八丈島に着くまでの過程こそが「旅」であり、八丈島で観光したり宿泊したりすることだけが目的では、片手落ちというか、もったいない旅をしていることになるわけです。
 そう考えると、ジェット機で40分で着いてしまうよりも、10時間かけて大型客船での~んびりと行った方が、途中いろいろとありそうで楽しそうじゃないですか(笑い)

 さらに言うならば、自宅を出てから、無事に戻ってくるまでの全てが「旅」であり、帰りは疲れて列車の中で居眠りをするとか、そういう事も含めて「旅行」というのだと私は思っています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 そういう、余裕のある「旅」ができる事の方が、ジェット機なんかを使ってパッパと往復してしまうよりも、ずっと贅沢な旅なのではないかと考えている一人です。

 

 翻って、登山も同じで、麓から頂上まで苦労して自分の足で登ることによって、見える景色もその時々で違ってきますし、同行している仲間や途中で知り合った登山者たちとの交流なんかも登山の大いなる楽しみの一つになります (^^)v
 たとえ同じ道を登って下りるだけであっても、決してムダなことをしているワケではないんですよね (*^.-^*)♪

 

 そういう事が理解できない人には、登山という行為は永遠にわからない趣味のままで終わるんじゃないかと思います(苦笑)

|
|

« 投げる | トップページ | 今日の車窓から »

スポーツを語る」カテゴリの記事

独り言」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/179664/49155578

この記事へのトラックバック一覧です: 登山という行為:

« 投げる | トップページ | 今日の車窓から »