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2010年9月 4日 (土)

安達ヶ原

 「岩手」という固有名詞で連想するのは、やはり「岩手県」という事になるのだろうか(笑い)

 

 今、民主党の代表選挙の様子が連日報道されていますから、岩手県にお住まいの方達は、やはり心穏やかではいられないのかな (^_^ゞポリポリ

 個人的な意見では、与党・野党の政治家たちを見渡してみても、小沢一郎ほどの政治家は他に見当たらないので、どうして今まで首相になれなかったのか、そのことの方がずっと不思議です。
 今、代表を争っている菅直人と小沢一郎とを比べてみれば、政治家としての格が一枚も二枚も違いますから、ここは小沢氏で決まりだろうと私は思うのですが、マスコミの執拗なバッシングのせいで、小沢氏のイメージは甚だよくない・・・ (ノ_-;)ハア…
 どうして小沢氏だけがマスコミからこれほどまでに叩かれなければならないのか、私にはよくわかりませんねぇ・・・ (__;)

 

 まぁ、それはそれとして、今日語りたい「岩手」とは、「岩手県」とはなんの関係もなくて、福島県に昔から伝わる「民話」に登場する主人公の名前です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 福島県のほぼ中央に、「安達ヶ原」という場所がありまして、ここは高村光太郎の妻である智恵子の出身地であり、近所には智恵子の生家や記念館もあります。

 しかし、それとは別に、ここは昔から有名な場所として人々に知られていました。
 なぜなら、今もなお芝居や歌舞伎などで語りつがれている「安達ヶ原の鬼婆伝説」の舞台となった地とされているからです・・・

 「安達ヶ原の鬼婆伝説」の詳細は、左をクリックして頂ければご覧になれますが、簡単に言うと、安達ヶ原に棲みついた鬼婆が、ここを通った旅人を、次々に泊めては殺めていたというもので、やがて行者が泊まった折、鬼婆という事がわかって逃げ出したものの、鬼婆が追いかけて来るので、行者が法力をもってこれを退治したというもので、似たような昔話はどこにでもあると思います。

 

 私も、「安達ヶ原の鬼婆伝説」があるという事は子どもの頃から知ってはいましたが、上のように、伝説の一部であるクライマックスだけを知っていたに過ぎず、その鬼婆が「岩手」という名前だったことはもちろん、どうしてこの安達ヶ原に棲みつくに至ったのかという、肝心な部分は、今回の訪問で初めて知りました (^_^ゞポリポリ

 

 一昨日の2日、宮城県の蔵王町に納品に行った帰り道、国道4号線を南下していたんですが、この安達ヶ原にさしかかった時に、左手に五重塔が見えたので、チョッと気になって寄り道したのが、今日の記事のきっかけとなりました (;^_^A アセアセ・・・

 

 下が、安達ヶ原の場所を示す地図です。
 私が立ち寄った「安達ヶ原ふるさと村」はもちろん、高村智恵子の記念館も載っています ( ^-^)/ ♪

 

 

 

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 国道4号線を、福島方面から郡山方面に走って行くと、福島市と郡山市とのほぼ真ん中辺りに、二本松市の安達ヶ原という場所があります。

 写真左が「安達ヶ原入口」という交差点で、ここを右折して阿武隈川を渡った先が「安達ヶ原」になります。

 写真右は、阿武隈川に架かっている安達ヶ橋で、この下に後に述べる「黒塚」があり、渡った先の左手には、今年4月から入園料が無料となった「安達ヶ原ふるさと村」があります。

 

 《 安達ヶ原ふるさと村 》

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 ふるさと村の駐車場に車を停め、向かった先が五重塔が在るふるさと村へのアクセストンネルです。

 「ふるさと村」そのものは、緑いっぱいの豊かな自然の中に、二本松の歴史と伝統的生活文化がひとめで分かる「武家屋敷」「養蚕農家」「鍛冶屋」などが再現されており、触れて、見て、遊び、学べる、大人から子供まで楽しめる施設という触れ込みですが、とても全部を見て回っている気力も時間的余裕も無かったので、今回は鬼婆だけに的を絞って見てこようということで、「五重塔」と、「先人館」と呼ばれる、二本松や安達地方が生んだ偉人や文化人の、偉業・業績・作品などを展示・紹介している郷土資料館だけを見て、あとは鬼婆が棲んでいたといわれている「観世寺」と、鬼婆を葬った「黒塚」に移動しました・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 《 五重塔 》

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 これが、国道を走っていて目に入った五重塔で、ふるさと村のシンボル的存在だそうです。

 その一番下に、鬼婆の姿を再現した人形が置かれてあって、いやが上にも安達ヶ原に来たという事を知らしめさせられます (^_^ゞポリポリ

 鬼婆についての説明もしっかりとされており、単に恐ろしいというだけの説明ではなく、「母の愛」についても触れているところが、鬼子母神にも通じるところがあって感心しました。

 

 《 観世寺 》

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 「安達ヶ原」の鬼婆伝説の舞台となった、「真弓山観世寺」という、天台宗のお寺です。

 鬼婆は、ここの境内の中にある岩場に棲んでいたとされ、伝説を描いた掛け軸や岩手が使っていた道具など、様々な展示物のある「宝物館」なども興味深く見てきました。

 写真は、入口となる「山門」と、「本堂」です。バックに五重塔が写っていますが、五重塔はこのお寺のものではなく、ふるさと村のものになります (^^;

 

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 左から、「観音菩薩」「薬師如来」「毘沙門天」を祀ったお堂です。

 

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 これが、境内にあった岩場です。鬼婆が棲んだといわれる「笠石」を始め、大きな石がいくつも積み上げられており、とても自然にできたもののようには見えません。
 しかし、重機とか無かった昔に、これだけの大きな岩を運んできて積み上げたとも考えにくいので、鬼が積み上げたというような言い伝えもあながちウソには聞こえないくらい、神秘的な場所でした。

 「笠石」は、中央の写真の、帽子のひさしのように大きくせり出したものがそうです ( ^-^)/ ♪

 

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 他にも、岩と岩との間の隙間が洞窟のようになった「胎内くぐり」や、当寺に祀られた白真弓如意輪観音の化身といわれた白蛇が棲み着いていたといわれる「蛇石」、松尾芭蕉が当寺に立ち寄った際に休んだとされる「休み石」など、様々な言い伝えの残る巨岩が、たくさんありました。

 

 《 黒塚 》

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 これが、阿武隈川と堤防との間に設けられている、「黒塚」と呼ばれる、村人が鬼婆を葬ったところとされている場所です。

 奥に見える大きな橋が、国道4号線に通じる「安達ヶ橋」です。

 この日も30度を超える日射しが容赦なく照りつける暑い日で、そんな中で見る「黒塚」はそれほど不気味な感じもしませんでしたが、日が大きく西に傾いた頃なら、もしかして鬼気迫るものを感じるのかもしれません (^◇^;)

 

 以上、安達ヶ原に伝わる鬼婆伝説を簡単にご紹介してみましたが、チョッと寄り道したわりには、収穫の多いところでした (^^)v

 次に機会があったら、ふるさと村の施設や、高村智恵子にまつわる施設なんかも見てきたいなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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