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2010年11月17日 (水)

三百六十五歩のマーチ

 一昨日の事になりますが、作詞家の星野哲郎氏が心不全で亡くなったと報じられました。

 ・・・という事で、今日は氏への追悼記事ということで、氏の作詞した作品を取り上げて語ってみたいなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 昭和という時代に生まれ、昭和という時代に育った私にとっても、星野哲郎の作詞した歌はとても馴染みが深い・・・

 もちろん、氏の作詞した作品を全て知っているわけではありませんが、おおむね私好みの作品になっています (*^.-^*)♪

 

 しかし、中にはちょっと首を傾げたくなるような内容の作品も無いわけではありません (^^;

 それが、タイトルに掲げた「三百六十五歩のマーチ」です。

 この作品は、人生の応援歌的な内容であり、「しあわせ」についての星野哲郎の考え方が述べられています。

 まぁ、考え方というのは人それぞれですから、一概にこれが正しくてそれは間違いだとかみたいには決めつけられないワケです。

 実際にこの歌によって励まされたとか、力づけられたという方も少なくないと思いますから、そういう方々にとっては、この内容は支持されているのだと思います。

 しかし、私はこの考え方にはどうしても賛同できないところがあるので、敢えて持論を述べてみたいと思います。

 

 その前に、この作品の歌詞と動画を、一応ご覧になってみてください ( ^-^)/ ♪

 

 三百六十五歩のマーチ

       作詞:星野哲郎 作曲:米山正夫

   ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー

(一)しあわせは歩いてこない だから歩いてゆくんだね
   一日一歩 三日で三歩 三歩進んで二歩さがる
   人生はワン・ツー・パンチ 汗かきべそかき歩こうよ
   あなたのつけた足あとにゃ きれいな花が咲くでしょう
   腕を振って足をあげて ワン・ツー ワン・ツー
   休まないで歩け
   ソレ ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー

(二)しあわせの扉はせまい だからしゃがんで通るのね
   百日百歩 千日千歩 ままになる日もならぬ日も
   人生はワン・ツー・パンチ あしたのあしたはまたあした
   あなたはいつも新しい 希望の虹をだいている
   腕を振って足をあげて ワン・ツー ワン・ツー
   休まないで歩け
   ソレ ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー

(三)しあわせの隣にいても わからない日もあるんだね
   一年三百六十五日 一歩違いで逃がしても
   人生はワン・ツー・パンチ 歩みを止めずに夢みよう
   千里の道も一歩から はじまることを信じよう
   腕を振って足をあげて ワン・ツー ワン・ツー
   休まないで歩け
   ソレ ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー

 

 

 この歌詞の内容を見ますと、「しあわせ」というものは、自分からは遠いところにある、特別なモノというように書かれています。
 そして、「しあわせ」の方からは歩み寄ってこないので、一生懸命に自分の方から歩いていかないと決して手にすることはできないみたいに書かれています。

 

 しかし、私は思うのですよ。
 そういう考え方をしている人は、おそらく「しあわせ」を感じることがないままに一生を終えてしまうのだろうと・・・ (^^;

 

 しかし、「しあわせ」って、そんなに特別なモノなのでしょうか・・・

 

 この歌の通りだとすれば、ほとんどの人は「しあわせ」ではなく、「しあわせ」を求めて一生懸命に生きている・・・という事になってしまいます。

 でも、世の中には私も含めて、今が「しあわせ」だと思って生きている人も多いと思います。

 

 この歌のように、「しあわせ」を求めて一生懸命に生きている人と、私のように、今が「しあわせ」だと思って生きている人と、どこがどう違うのでしょうか・・・

 おそらく、「しあわせ」に対する考え方の差だと思うのですが、私は「しあわせ」なんて、そんなに特別なモノではないと常々思っています。
 いつも、自分の周りにあるもので、自分で気付きさえすれば、「ああ、しあわせだなぁ」といつでも実感できるもの、それが「しあわせ」の正体です (^^)v

 よって、「しあわせ」とは、「求める」ものでも「つかまえる」ものでもなくて、「気付くもの」・・・
 私は、そんなふうに考えています (^^)v

 

 よく、「小さなしあわせ」なんて事をおっしゃる方が居ますが、「しあわせ」には「大きい」も「小さい」も無いというのが私の持論です。

 強いていうならば、「しあわせ」とはもともと些細なものであり、そういう「しあわせ」をたくさん感じることができる人は、より大きな満足感とか充実感を得ることができる・・・というようなものじゃないかな。

 

 今、五体満足の健康体で、仕事があって、家族や友人が居て・・・

 そういう事を、人は「しあわせ」というんじゃないのかな・・・

 

 もし、あなたが今「しあわせ」ではないと思っているとしたら・・・

 あなたが探し求めている「しあわせ」って・・・いったいどんなモノなんですか?

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コメント

こんにちわ(*^_^*)
お久しぶりで~す~
はい!同感です、私もプラス思考でいつも今が一番幸せだと思っている一人です(^^ゞ

投稿: 一ファン | 2010年11月17日 (水) 12:02

 一ファンさん、どうもです (^_^)/

 お仲間ですね (*^.-^*)♪

 「今」の「しあわせ」に感謝できる謙虚な心こそが、大切なことなのだと私は思います。

投稿: 夢ピ | 2010年11月17日 (水) 14:13

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