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2011年1月31日 (月)

初タイトル

 土曜日の深夜に行なわれたアジアカップの決勝戦ですが、日本代表が死闘の末にオーストラリア代表を破り、2大会ぶりとなる4度目の優勝を飾りました。

 

 私も、もちろんこの模様をテレビで観戦しました (^^)v

 ただ、金曜日の夕方から四日市方面へ仕事で出かけており、帰宅したのが土曜日の夕方という事もあって、ずっと起きているつもりではいたんですが、夕飯を済ますと、もう眠くて眠くて・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 で、試合開始まではまだ十分な時間があるので、家内と共にしばしの間、仮眠を取る事にしました。

 疲れと睡眠不足のダブルパンチで、横になると直ぐに、深い眠りにつきました・・・ (^^ゞ

 

 そして、隣で寝ている家内の「いやだ! もう、こんな時間!」という声で目覚めたのですが、時計はすでに午前1時を回っていました・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 どうやら、家内も深い眠りについていたようです (^◇^) 。。。ケラケラ

 慌ててテレビの電源を入れ、BS1にチャンネルを合わせます。
 急ぎ得点を確認すると、0-0という表示・・・

 よかった~、得点シーンを見逃さずに済んだ (^^)v

 

 で、すぐに試合の中に入り込んでいったのですが、ここでアナウンサーと解説が語る「長友ですが、前の方に居ますよね」という声に、ポジションの変更があったことを知ります。

 後でわかったことですが、後半が始まって間もなく、MFの藤本を下げ、代わりに守備的な岩政を投入したそうで、結果的にこれが功を奏して、押され気味だった日本代表が息を吹き返します。
 高さのあるオーストラリアの攻撃陣に対し、最終ラインに長身の岩政を置くことによって、攻撃を封じ込め、運動量のある長友を前に置くことによって、よりチャンスを作ろうとしたわけです。

 前半の日本代表がどんなだったのか、見ていない私には何も語れませんが、後半に限っていえば、テクニックで上回るオーストラリアの前に、劣勢は否めないものの、左サイドを駆け上がる長友によって何度もチャンスを作っていました。

 もちろん、決定的なチャンスはオーストラリアの方が多かったですけど・・・ (^^ゞ
 それも、再三に渡る川島のファインセーブにより、かろうじて救われたというシーンが何度もありました (^_^;
 この、川島という選手ですけど、私は今までに見てきたどんなGKよりも、一番能力のあるGKのように見えます。
 何よりもあの表情がいいです (*^.-^*)♪

 

 前半の攻防を見ていないので、なかなか点が入らない展開を見ているうちに、この両者の戦いをもっと見ていたいと思うようになり、後半の30分過ぎからは延長戦に入ることを心のどこかで願っている自分に気がつきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 おそらく、90分間での決着を願っていなかったのは、日本広しといえども、私ら夫婦だけだったのではないでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まぁ、それはともかくとして、長友のクロスから李のボレーシュートという、あの決勝ゴールは見事でしたねぇ ヽ(^◇^*)/
 出場機会に恵まれない選手の、意地のアピールだったように私には見えました。

 そういえば、トーナメント戦に入ってからは、カタール戦の伊野波といい、韓国戦の細貝といい、今回の李といい、3戦全てにおいて、ベンチを温める事の多かった、いわゆる控え組と呼ばれる選手たちが見事な殊勲弾を決めてくれたわけで、先発の選手たちは言うまでもありませんが、そういうリザーブの選手たちもまた、監督の期待によく応えて頑張ってくれたと思います ヽ(^o^)尸

 

 別に、監督が岡田からザックに代わったからといって、全てが良くなったとは思ってはいませんが、指揮官によってこうもチームが変ってしまうものなのかと、今さらながらではありますが、今回のアジアカップを見ていて思い知らされました。

 私は、歴代の代表監督の中でも、ザッケローニ監督が日本代表に一番相応しいのではないかと今では思っています。

 もちろん、オシムを除いて・・・ですが (^_^ゞポリポリ

 

 ザックジャパン 初タイトル おめでとう!!!

 これからも、期待してますぜ ヽ(^o^)尸

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2011年1月30日 (日)

会津若松市議会

 いやいや、目からウロコというか、灯台もと暗しというか・・・ (^^;

 私の故郷でもある会津若松市において、全国から千人以上もの人が議会視察に訪れているというニュースを目にし、あらためて会津という土地を見直した次第です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

http://diamond.jp/articles/-/10902

 この記事、私もまったく知らなかったんで、まさに寝耳に水という出来事なんですが、なかなか読み応えがある内容なので、ぜひご一読願いたいと思います。

 

 昨今、自治体の首長と議会が対立するというニュースが、例えば名古屋市だったり、阿久根市だったりと続きました。

 それ以前にも、田中長野県知事と県議会とか、橋本大阪府知事と府議会とか、おそらくそういう首長と議会との対立は、枚挙にいとまがないのではないか・・・

 

 そんな中にあって、市民の目線での政治が行なわれているという、会津若松市議会・・・

 昔、「ならぬことはならぬものです」と説いた会津松平家の初代藩主、保科正之の教えが色濃く残る、会津という土地ならではのホットなエピソードにも思えました。

 

 会津若松市議会が行なっている画期的な取り組みの詳細は、上のリンクをクリックしてダイヤモンドオンラインの記事からお読み頂くとして、今日は、市長と議会との対立を経て、今や会津若松市のシンボルともなった会津若松城の再建話をご紹介してみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

  20110130001

 会津若松城・・・ 地元では、もっぱら「鶴ヶ城」という名前で呼ばれており、私も「鶴ヶ城」という名前でしか呼んだことはありませんが、戊辰戦争で朝敵の汚名を着せられ、薩長を始めとする新政府軍の総攻撃を一ヶ月も受け、ボロボロになった天守閣は、そのまま残しておくのは危険だからという理由で、明治の初めに解体されました。

 写真は、会津に住んでいた頃に撮ったもので、85年1月28日という日付が写り込んでいます (^^;
 という事は、四半世紀前のモノということになります(苦笑)
 通りで、あちこち変色しちゃっていますが、そこはご愛敬という事で・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 その天守閣を再建しようというハナシが持ち上がったのは、戦後間もなくの昭和24年のことだったといいます。
 当時の会津若松市の財政は火の車であり、貧乏の極致にあった市民たちからの賛同は得にくく、再建計画は遅々として進まなかったといいます。
 しかし、当時の会津若松市長であった横山武と、議会の代表者である高橋直幸の二人が中心となって進められた再建計画は、昭和39年7月、僅か1票差で議会を通り、いよいよ本格的な再建工事が開始され、翌40年に完成しました。

 何より画期的だったのは、天守閣の建設資金は全て募金によるカンパでまかなわれたという事で、市民の血税は一円たりとも使われていないという事です。

 

 今でこそ、市のシンボルとして市民からも愛されている鶴ヶ城ですが、再建前後は横山市長の強引な政策を非難する人も多く、市議会はもちろん、市民からもワンマン市長として大きなバッシングを受けたと聞いています。

 しかし、信念を通して、鶴ヶ城の再建に邁進した横山市長の英断があったからこそ、今日の会津の観光事業があるのだと思わずにはいられません。

 

 という事で、昔は市長と議会の対立もあった会津若松市議会ですが、今現在は、市民と一体となって運営されているそうで、旧会津若松市民としてはちょっぴり鼻が高いなと(苦笑)

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2011年1月29日 (土)

悩ましい

 江田五月法務大臣が、就任後に行なわれた記者会見で「死刑という刑罰はいろんな欠陥を抱えた刑罰だと思う」と述べたことに対し、26日、産経新聞などのインタビューに応じて「欠陥というのは言葉がきつすぎたので、訂正したい」と述べた上で、「悩ましい制度」と言い換えたと報じられた。

 

 まぁ、言いたいことはわからないでもないけれど、死刑制度という、人の生死を左右する制度を語るのに「悩ましい」ということばを用いるのはいかがなものか・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 明らかな誤用だとまでは言わないけれど、普通「悩ましい」ということばは、官能的な意味合いで用いられるのが一般的だと私は思う。

 死刑制度が悩ましい・・・ (^^;

 いったい、どういう事なんだろうと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 普通に、「難しい」ということばを使えばいいだけだったように思えなくもないが、敢えて「悩ましい」ということばを使った理由はナンだ?

 確かに、「悩ましい」ということばには、悩むことがあって苦しいとか、難儀であるなどの意味も無いわけではないが、法務大臣ほどの要職に就く人間が、誤解を生みかねないような紛らわしいことばを使うべきではない。
 官僚のひと言というのは、それだけ重みのあることばであり、もっと慎重にことばを選ぶべきだ。

 

 奇しくも、菅首相が27日、米国の格付け会社が日本の長期国債を格下げしたことに関して「ちょっとそういう事には疎いので」と述べたことが大きな問題になっています。

 この件に限りませんが、どうも民主党の議員たちは、脇が甘いというか、不用意な失言が目立ちすぎます・・・ (__;)
 単に、与党の立場に慣れていないからとか、そういう問題ではないような気がしてなりません。アタマが悪いとは思いませんが、資質に欠けるのは否めないと思いますねぇ。
 自らの発言の影響がどれほど大きいものなのか、国民の代表という自覚があるのなら、その辺りをもっと考えてモノを言って欲しいと思います。

 

 翻って、江田法相ですが、この人は「死刑廃止論者」だという事で、先の千葉法相の時にも思いましたが、少なくても「死刑に反対の立場の者は法務大臣になるべきではない」と思います。

 当然の事ですが、法務大臣は死刑の執行命令を最終的に下す立場にありますから、死刑制度に反対の立場にある法相なら執行書にサインをしない可能性は大きいわけで、つまりは仕事をしない「お飾り」の法務大臣になってしまうのは目に見えています・・・

 法務大臣の仕事は、死刑執行を命ずるだけではありませんが、だからといって蔑ろにしていいような責任の軽いものでもありません。

 もし、死刑廃止論者が法相の就任を打診されたら、断わるのが筋というものでしょう。

 それ以前に、そういう思想を持っているという事がわかっていながら、法務大臣というポストをあてがうというのも、首相としてはあってはならない人事だと私は思いますねぇ・・・ q(`o')ブー!!

 

 こんな人事は、とても適材適所だとはいえないワケで、他にも、枝野氏の官房長官とか、与謝野死の入閣とか、首を傾げたくなるような人事がまかり通る菅内閣というのは、正直、末期的な症状を呈していると思えてなりません。

 あまりに国民をバカにしているというか、こんな支離滅裂な政権がこれからも続くのは日本のためにはならないんじゃないか(怒り)

 

 それにしても、小沢一郎を越えるような、本当の意味での政治家が、与野党を見渡してみても一人も見当たらないのが悲しいというか・・・ (__;)

 ここだけのハナシですが、もし、小沢一郎が民主党を見限って新党を作るというのなら、私は迷わずにその政党の候補者に一票を投じるつもりなんですがねぇ(苦笑)

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2011年1月28日 (金)

JR日野駅

20110128003

 これは、JR中央本線の日野駅の写真です。

 八王子へ仕事に行ったときなどに、甲州街道をよく利用しますので、その時に撮ったものです。

 

 日野市といえば、多摩地区の南に位置し、都心のベッドタウンみたいなイメージがありますから、駅も今風のオシャレな駅ビルを想像している人も多いと思います。

 しかし、実際にはご覧のような民家ふうの素朴な駅舎になっています。
 個人的には、どこにでもあるようなデカイ駅ビルなんかよりも、小さくてもこういう味のある駅舎の方が個性的で素敵だなと思うんですが、利用者たちの声はどんなもんなんでしょうかねぇ・・・

 

【東側】           【西側】

20110128001 20110128002

 これは、線路を挟んで、東側と西側から駅を見た写真です。

 日野市は、他の多摩地区の都市と同じように、ごく一部だけは現代的な街並みになっていますが、例えば、この駅をちょっと離れると、とたんに畑などが現われ、田舎びた風景が広がります (*^-^*)ノ

 しかし、どこもかしこもアスファルトで覆われた無機質な街並みよりも、私はこういう土の見える街が好みです (^^)v

 自然には事欠かない会津の山村で生まれ育ったからというのもありますが、やはり人が暮らすには、「土」のある環境が、生物学的にもエコの点でも優れていると思うからです。

 

 下に、「JR日野駅」付近の地図も貼り付けておきましたから、合わせてご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

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2011年1月27日 (木)

植え込み

 20100824011 20100824012

 これは、昨年の8月に、裏の掲示板でも紹介させて頂いた、さるお宅の植え込みです。

 私の自宅からもそれほど離れていないところであり、このお宅の前は抜け道としてもよく利用しますから、通る度に眺めるのが楽しみでね(笑い)

 

 庭の木を、こんなふうに刈り込んでいるという、家人の遊び心が伝わってきますし、第一、気持ちに余裕がなければ、こんな事をしてみようとかの発想も浮かばないと思います。

 この植え込みですが、プロの庭師の手による仕事ではなくて、おそらくはご主人か誰か、この家の方が遊び半分に行なったものではないかと私は思っています。

 

 20110126001

 これは、先日撮ってきた同じ植え込みですが、冬という事もあるのでしょう、色もすっかり赤茶けてしまい、それぞれの小枝も伸び放題で、形もずいぶん崩れてしまっています (^_^;

 

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 これは、反対側から撮った写真です (^_^ゞポリポリ

 こちら側の方が、より雑に見えます(苦笑)

 

 これから、春を迎え、夏に向けて、またキレイにせん定して形を整えるんでしょうが、今から楽しみですねぇ(笑い)

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2011年1月26日 (水)

工事現場

 私は、しばしば工事現場へ仕事で訪れることがあります。

 緊急で必要になった資材や機械類を、現場に届けるためですが、こういう場所って、一般の人の立ち入りは制限されていたり、禁止されているのが普通です。
 ですから、けっこうワクワクしながら仕事をしています (^^ゞ

 まぁ、誰でもこういうところに興味を持っているわけではないでしょうが、少なくても一部の男性にはウケるのではないでしょうか・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 少なくても私は、巨大な建設機械や工事用車輌なんかが大きな音を立てていて、大勢の作業員たちが緊張をもって動き回っている、そういう現場が好きでね、けっこう飽きずに見ていたりする方です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 今日は、そういう工事現場で撮ってきた写真でもご紹介してみようかなと・・・ (^^ゞ

 

 

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 まずは、都内江東区の新木場付近の現場です。

 ここは、いわゆる運河になっていまして、そこに浮かぶような形で作られた現場です。

 大きな船というか、イカダのようなモノの上に作られた現場とでも形容した方がイメージしやすいかも (^_^ゞポリポリ

 

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 ここいらは、もともと東京湾の海でしたが、大規模な埋め立てが行なわれて、現在はそういう面影はありません。

 そういう埋め立て地の間の運河を、このようにいろんな船が行き交っていました・・・

 

 

 

 

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 次は、さいたま市の浦和にある、駒場スタジアムです。

 もともとは、Jリーグの浦和レッズのホームスタジアムでしたが、現在、陸上競技場として大規模な改修工事中です。

 

 

 

 

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 最後に、品川埠頭の現場です。

 下の地図をご覧いただければおわかりのように、お台場とレインボーブリッジとに囲まれた、中州のような埋め立て地です。

 私も、初めてこの埠頭の岸壁に立ってみましたが、なかなか眺めは良かったです(笑い)

 レインボーブリッジと、対岸にあるお台場のビル群との対比が美しいというか・・・ (*^.-^*)♪

 ビル群の中央付近に見える、フジテレビ本社ビルがご確認できるでしょうか ( ^-^)/ ♪

 

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2011年1月25日 (火)

お年玉付年賀はがき

 昨日、お年玉付年賀はがきの当選番号発表がありまして、かろうじて4等1枚当たりました ヽ(^◇^*)/

 しかし、今回の当選番号ですが、「69」という事で、いかにも私らしい番号だったなと (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 まぁ、それはともかく、我が家では年賀はがきを頂く枚数はそれほど多くはないので、一応、発表を楽しみにはしていますが、ほとんど当たった例しはありません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 それでも、今年は4等が当たったので、ラッキーだったなと (^^)v

 

 ちなみに、4等は、100本に2本という事で、当たる確率は、2%という事になっています。

 年賀状を50枚頂ければ、数字の上では4等が1枚は当たることになっているみたいですが、現実にはそうもいかないようで・・・(苦笑)

 という事で、お正月早々、縁起がいいわい! o(*^▽^*)o~♪

 

    20110124003

 

 さっそく、郵便局に行って交換してきた切手シートです (^^)v

 以前は、交換の際に郵便局員の方が、ハガキの下の当選番号の部分をハサミなどで切り取っていたものですが、今はこのようにスタンプを押して返してくれるんですね (*^.-^*)♪
 切り取られてしまうと、ハガキが損なわれてしまいますから、裏面の文字や図柄が無くなってしまいますが、これならそういう心配もなく、とてもいいなと o(*^▽^*)o
 どうして、最初からこの方法をしてくれなかったのかなと・・・ (^_^;

 

 子どもの頃は、切手収集とかしていたこともあるので、交換した切手シートは大切に取って置いたものですが、最近ではハガキや封筒に貼って使ってしまうことがほとんどです (^_^ゞポリポリ

 

20110124004  これは、いつだったか忘れましたが、50円ですから懸賞などに応募したハガキに貼って使ってしまったお年玉切手シートです(笑い)

 平成十五年と書かれていますから、8年前に当たった切手シートです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 つまり、今回の当選はそれ以来の出来事という事で・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年1月24日 (月)

佑観マダム

 連日報じられる、日ハムのルーキー、斎藤佑樹に湧く千葉県鎌ヶ谷市ですが、先日来、「有閑マダム」ならぬ「佑観マダム」なることばがマスコミで聞かれるようになりました(笑い)

 ヒマとカネを持てあましている中年女性たちが、斎藤佑樹見たさにアチコチから集まってくるから、「佑観マダム」・・・

 これなんか、ホームラン級の大ヒットじゃないかと、個人的には思っています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 今に始まったことではありませんが、スポーツ新聞とか芸能週刊誌とかが、こういう造語を作り出すセンスは見事なものがありますね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ところで、先日、スポーツニュースで見た斎藤の顔つきが、それまでに見られた幼さが消えて、精悍になっているのにビックリ!
 なるほど、確かに騒がれるだけの事はあるなと (;^_^A アセアセ・・・

 

 私は以前、「斎藤の大学進学に疑問」という記事を書いて、プロに進まず、大学進学を決めた斎藤を批判した事があります。

 その思いは、今も変ってはいません。

 

 あの時に、迷わずプロに進んだ田中将大は、今は楽天の中心選手となり、岩隅と並んで先発ローテーションの柱を担っています。
 プロ5年目を迎えた今年の田中の年俸は、2億円+出来高払い・・・

 プロ1年目の斎藤はというと、契約金は別にして、年俸は1500万円+5000万円の出来高払い・・・

 

 5年前なら、二人ともスタートラインは同じだったはずなのに、今や両者の間にはこれだけの開きがあるわけですよ。
 これを埋め、田中に並ぶとなると、並大抵の事ではありませんし、私はムリじゃないかと思っています。

 理由は、アスリートには年齢的な限界があり、10年も20年もプロ野球の選手でいられる選手は、ホンの一握りだけで、ほとんどの選手は数年のウチにはクビを切られるという事。
 斎藤が、どれほどスゴイ選手であっても、4年間のハンデは大きすぎるように思います。

 

 どっちみちプロでやるつもりだったのなら、大学の4年間は、私はムダだったと思わずにはいられません。
 「人生にムダはない」、これは私の持論でもありますが、こと、斎藤に限っては、早稲田大学での野球生活が、彼のために何らかのメリットがあったとは思えないからです。

 

 何はともあれ、今年からプロのマウンドに立つことになる斎藤佑樹。

 同じチーム内には、ダルビッシュという雲の上の存在が居ます。
 その年棒は、現役日本人選手では球界最高年俸となる5億円という、文字通りケタ違いの大エースです。

 ダルビッシュだって、ルーキーがこれだけ騒がれているのは、内心おもしろいわけがありません(笑い)
 奇しくも、ダルビッシュの入団が決まった2005年の今頃、写真週刊誌には「喫煙」をすっぱ抜いたゴシップ記事が載りました・・・ (^^;
 当時のダルビッシュは高校を卒業する前の未成年ですから、当然の事ですが喫煙は御法度だったわけで、この当時のダルビッシュは完全なヒール役でした(笑い)

 

 斎藤は、ルーキーながら1軍の選手と一緒に2月からの名護キャンプに帯同させると、すでに発表されています。
 まさか、客寄せパンダで終わるような投手ではないと思いますが、かといってダルビッシュを越えるような投手になれるとは思えないし、2年や3年で田中に並ぶような活躍をするとも思えない・・・

 

 今までとは違って、これからは「イバラの道」が続くと思うけれど、どれだけ大きな投手になれるのか、長い目で見てみたいなと思っています。

 大学進学がムダではなかったという証しを、自らの活躍で見せて欲しいと思わずには居られません。

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2011年1月23日 (日)

梅の花

 つい先日、大寒を迎えたばかりで、暦の上でも実際の気候でも、寒さのまっただ中です。
 そんな中、千葉県内では梅の花が咲き始めました o(*^▽^*)o~♪

 

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 これは、一昨日、四街道市内を走っていて見かけた梅の花です。

 

20110123001 20110123002

 そしてこちらは、昨日、佐倉市内で撮ってきた梅の花です。

 

 そういえば、「寒中梅」なんてお酒が、新潟にありますが、今、寒風に吹きさらされながら咲いている梅の花も、まさに「寒中梅」そのものではないかと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 寒い寒いと言いつつも、春は一歩一歩、確実に近づいて来ているようです (^^)v

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2011年1月22日 (土)

一億総リポーター

 一週間ほど前のことになりますが、ウェスティンホテル東京のアルバイト店員が、レストランで食事をしている某有名人の個人情報を、ツイッターで実況中継したとして、ちょっとした騒動になりました。

 

 たとえアルバイト店員の行為とはいえ、ホテルの従業員が利用客の個人情報を流出させるという、あってはならない事が現実の事になってしまいました。

 おそらく、この女子大生には、重大な犯罪を犯しているという認識は全く無かっただろうと思います。
 そんな事よりも、ブログやツイッターなどのネット上に、誰も知らない情報をいち早くアップする事により、優越感に浸ろうという、いわゆる「ネット中毒」とでも呼ぶべき悪魔の囁きに、まんまと乗せられてしまったのだと思います。

 

 インターネットの急激な普及により、利用者の道徳観が伴わないまま、イッキに広がってしまったネット社会は、今まさに、無法地帯となりつつあります。

 匿名性をいい事に、暴言や悪口を言い合う掲示板や、たまたま知り得た情報を勝手に晒してしまうサイトやブログなども数多く存在します。

 先日も、海上保安庁の職員がYouTubeに、中国漁船との衝突ビデオをアップしてしまいましたし、海外にはウィキリークスという情報公開を目的としたゲリラサイトまで存在する始末です。

 

 ひと昔前なら、不特定多数の相手に情報を発信するという事は、電波や紙面を握るホンの一握りのマスコミに限定されていたものですが、今は、誰でもブログやホームページを持つ事ができますし、それを使って何でも発信する事ができます。

 そして、デジカメやカメラ付き携帯などが爆発的に普及する事によって、誰でも、いつでも、どこでも、撮った写真などをネットに掲載する事ができるようになってしまいました。
 こうなると、プライバシーを守る事はほぼ絶望的な状況です。

 昔なら、街中で有名人に遭遇したとしても、いきなり写真を撮るような事はあり得ませんで、一応、撮影していいかどうか許可を取ってからカメラを向けたものですが、今は、撮りたいと思ったら即被写体に向けて携帯電話等を差し出し、相手の都合などお構いなしに、問答無用でパシャパシャ撮るのが当たり前になってしまいました・・・ (^^;

 そして、中には、その場から「○○が××で△△しているところです」なんてコメントを付けて、撮った写真をネットにアップする輩が後を絶ちません・・・ (__;)

 

 こういう事は、特別な人でなくても、陥りやすい落とし穴でもあります。

 現に、私自身が、ブログを始めてからは、毎日の記事を更新するためにと、珍しいネタや写真を探し求める生活を送るようになっているからです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 運転しながら、あるいは仕事をしながら、何か物珍しい事象に遭遇すると、デジカメや携帯を取り出して写真を撮るのがここ2〜3年の私のマイブームになっています (^_^ゞポリポリ

 私のHDの中には、そのようにして撮り溜めた写真が、たくさん保存されていますが、今のところはある程度の自己規制が働いていますから、何でもかんでもブログなどで紹介しているわけではありません。
 それでも、中には、こんな珍しいモノを見たよとか、こんな事を知ってるよとか、そういう仕事上の裏話的なネタをこっそりとバラしたくなるような時も無いわけではありません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 しかし、この業界でメシを食べているという義理みたいなものもありますから、そうそう自分勝手な記事は書けないというジレンマもあったりします(笑い)

 

 そういえば、20年ほど前の事になりますが、宇野首相の愛人だった神楽坂の芸者が、マスコミに首相との関係をリークした事があり、それが原因で宇野首相は退陣を余儀なくされ、首相就任からわずか二ヶ月あまりで首相の座を失った事がありました。

 あの時にも、神楽坂の芸者の質が落ちたものだと、嘆いた人は少なくなかったはずです・・・ (ノ_-;)ハア…

 銀座や赤坂などを始めとする、料亭やクラブなどの女性達は、有名人たちと同席する事も少なくないわけで、そういう席で見聞きした事を外部に漏らすような事があっては絶対にならんわけですが、最近はカネに目がくらんだのか、あるいはプロ意識が最初から欠如しているのか、週刊誌等にネタを売るようなバカ者が少なくないようです (__;)

 よく、「報道の自由」とか「知る権利」とかのことばを、錦の御旗のように振りかざし、特ダネやゴシップネタを得意げに報道したがるマスコミ関係の人が居ます。
 勘違いしてもらっては困りますが、正しい情報だからといって何でもかんでもニュースや記事にしていいわけではありません。
 世の中には、知らない方がいい事や、知らせるべきではない事も少なからずあるという事を知るべきです。

 ペンは剣よりも強しということばもあります。

 刃物や銃器を使わなくても、人を傷つけたり、命を奪ったりすることがあるという事を、マスコミ関係者は肝に銘ずるべきですし、ブログやツィッターを利用する人も、絶対に忘れてはならないのです。

 

 翻って、今回の女性アルバイトですが、彼女の場合はプロ意識が欠如していたというよりも、オトナになり切れていなかったというところでしょうか・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 単に、常識がなかっただけなのかもしれませんが(苦笑)

 今や、一億総リポーターの時代ですから、つい、いい気になって暴走してしまったんでしょうかね (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年1月21日 (金)

サウジ戦に思う

 先日行なわれた、日本代表とサウジアラビアとの一戦を、久しぶりにテレビで観戦しました (^_^ゞポリポリ

 

 結果はともかく、日本代表って、ずいぶん上手くなったなぁと思いながら見ていました(笑い)

 パスがおもしろいように通るし、チームとして何がやりたいのか、戦いぶりから明確に伝わってきます。
 第一、チーム全体が一つの生き物のように統率され、キビキビと動いていました(笑い)

 前半のうちに3-0となったので、前半が終わったところで私は寝てしまいましたが、家内は最後まで見ていたそうです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 今の日本代表の基礎を作ったのは、間違いなくトルシェだったと思います。
 彼が、世界でも通用するチームを作るためにと、執った戦法は「トータルサッカー」でした。

 つまり、それまでのように一人や二人のスーパースターを中心にチームを作るのではなく、11人全員で戦うという、言われてみればごく当たり前の考え方で、日本人には非常によくマッチした戦法だと思います。
 そのために、当時も人気絶頂だった中村俊輔は、メンバーに加えないという、私から見ればごく当然の選択を行ないました。

 俊輔は、一芸には秀でていますが、走らない選手の代表みたいなところがあって、ああいう選手がピッチの中に一人居るだけで、トータルサッカーを行なおうとするチームの歯車は、うまく噛み合わなくなり、機能停止に陥ってしまいます。

 トルシェの考え方が間違っていなかった事を証明するように、日韓共催となった2002年のワールドカップでは、ベスト16という、当時としては画期的ともいえる成績を残す事ができました。

 

 しかし、トルシェの後任となったジーコが、全てをぶち壊してくれました (ノ_-;)ハア…

 いかにもブラジル人らしく、トータルサッカーではなく、人気のある個々人に頼ったチーム作りを行ないました。身体能力の高い南米のチームならそれでもいいんでしょうが、日本のチームには向いている戦法だったとは思えません。
 しかも、中田英寿と中村俊輔を同時に起用するという、信じられない顔ぶれのチームで1次ラウンドを戦い、1勝も挙げられずにグループ最下位で敗退しました・・・ (__;)

 昔から、「船頭多くして船山に登る」といいます。同じピッチの中に二人の司令塔が居ては、チームが機能するわけがないと思うのですがねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 案の定、中田と俊輔の連係は悪く、それがために日本代表は空中分解を起こしてしまったのでした。

 

 それを見て、協会が選んだ監督が、オシムでした。
 オシムは、根本から日本代表を立て直し、とにかく献身的に「走る」事を全選手に求めました。
 あのまま日本代表が育ってくれれば、今日のチームへの道のりは早かったように思うのですが、残念ながら病魔に倒れ、急遽後釜に選ばれたのが岡田武史でした・・・ (^^;

 

 岡田監督の評価はけっこう高いと思うのですが、私は終始ダメな監督だったと思っています (^^;

 W杯の直前までチームをまとめる事ができず、ぶっつけ本番で臨んだ本大会で、思い切った英断を下した事が功を奏して、ベスト16の成績を残す事ができました。
 ここで言うところの、「思い切った英断」というのは、中村俊輔を使わなかった事です (^^;

 ケガを抱えていたので、使いたくても使えなかっただけだったのかもしれませんが、結果的に俊輔がピッチに立ったのは、途中交代で出場したオランダ戦の僅か一戦だけでした。
 奇しくも、この一戦だけが黒星で、以後、俊輔がピッチに立つ事は二度とありませんでした。
 これぞまさしく、「ケガの功名」の典型的な例だったのではないかと・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 このアフリカ大会では、本田圭佑というニューヒーローが登場したために、本田一人が目立つ結果になってしまいましたが、あの時の日本代表は決して本田一人のワンマンチームではありませんでした。
 長友を始め、駒野や松井といった献身的にプレーする選手が数多く存在し、見事なトータルサッカーを見せてくれたと思っています。

 

 今の日本代表は、あの時の進化型といってもいいんじゃないかな。

 サウジ戦のメンバーを見ても、遠藤や長谷部といったベテランも確かに居ましたが、抜きん出たビッグネームは存在しませんでした。
 しかし、だからこそチームは一つにまとまり、見事なトータルサッカーができたんだと私は思っています。

 

 

 あと、これは蛇足ですが、どうして日本代表のGKには、「川」の字が付く選手が多いんだろう (^◇^) 。。。ケラケラ

 今回、川島の出場停止を受けて、ゴールを護ったのは西川という選手でした。
 他にも、チョッと思いついただけでも、川口とか下川とかの選手も居ましたっけ・・・ (^^;

 こんなところにも、伝統とか、あるんだろうか(苦笑)

 

 

 さぁ、今夜のカタール戦、楽しみだなっと・・・ p(^_^)q ワクワク

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2011年1月20日 (木)

天敵

 昨日の大相撲で、横綱白鳳が関脇の稀勢の里にいいところ無く押し出されてしまいました・・・ (^^;

 

 先場所、双葉山の持つ69連勝にあと六つと迫っていた白鳳が、同じ稀勢の里に敗れ、連勝を止められてしまったのは記憶に新しいと思います。

 朝青龍なら、同じ相手に連敗するという事は考えられなかったので、そういう点でもイマイチ物足りないと思っています。
 物事を達観したように振る舞っている白鳳ですが、意外と小心者なのかもしれません(苦笑)

 

 もしかしたら、稀勢の里白鳳にとって天敵になり得るかも(笑い)

 

 それはともかく、この稀勢の里という力士、期待しているファンも多いと思うけれど、私は大成しないまま終わってしまう力士なんじゃないかと危惧しています。

 素質は十分にあり、体格も申し分ありません。
 私も以前は、直ぐに大関に駆け上がっていくだろうと思っていたんですが、幕内に上がってからは、三役と平幕の間を行ったり来たりして、鳴かず飛ばずというもどかしい状態が長く続いています。

 

 ケガもないのに、こういう状態が長く続くという事は、「運」が無いんだろうと思わざるを得ません。
 もしくは、目先の事しか考えない、アタマの悪い力士なのかもしれません (^^;

 

 いずれにしても、先場所も今場所も、前に出る見事な相撲で白鳳を下しました。

 朝青龍もそうでしたが、白鳳もそれほど身体が大きい力士ではありませんから、イッキに前に出られるような相撲を取られると、意外と脆いところがあるようです。

 稀勢の里も、こういう積極的な相撲が取れるんだから、もっともっと番付が上がっても不思議はないと思うんですが、どうですかねぇ・・・ (^^;

 

 昨日現在で、7勝4敗ですから、勝ち越しは大丈夫だと思うんですが、二桁は難しいでしょうね・・・

 ・・・とすると、大関への道は、相変わらず遠いという事になります・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 いったい、稀勢の里は、強い力士なのか?
 そうでもない、普通の力士なのか?

 とにかく、よくわからない、ヘンな力士です (^◇^) 。。。ケラケラ

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米粒

 私は、奥会津の山村で生まれ育ちましたが、農家の出身というわけではありません。

 父は、一応、職人であり、そういう父の背中をタマには見た記憶がありますが、人口の少ない過疎の村にあっては、思ったほどには仕事の依頼は無かった事もあり、よくある事ではありますが、冬の間の出稼ぎが、そのうちに通年の仕事になってしまいました (^_^ゞポリポリ

 

 そんな我が家でしたから、田畑はもともと所有しておりません。
 しかし、私が幼い頃は、親戚から僅かばかりの田畑を借り、お百姓さんのまねごとをして、我が家で食べる分くらいの米や野菜を作っていたものです・・・

 私は長男という事もあって、田植えや稲刈りなどの農繁期には、出稼ぎ先から帰省して農作業をする父の手伝いを、嫌々ですが手伝わされた思い出があります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 嫌々ではありますが、そういう手伝いをさせられた経験もあって、農作物に対する思い入れは、一応人並み程度には持っているつもりです。

 例えば、ご飯茶碗によそられたご飯は、必ず一粒残らず食べるのが私の流儀です (^^)v

 流儀と言えば聞こえはいいですが、性分といった方が正確なのかもしれません (^^ゞ

 お茶碗にこびりついて、箸ではとれないような米粒は、お味噌汁の具を使って、キレイに拭うようにして食べるようにしています (^^;

 食事が終わった後のお茶碗に、ご飯粒がくっついたままというのは、どうしても申し訳がないような気がして、残したままにはしておけないんですよね (;^_^A アセアセ・・・

 

 申し訳がないというのは、一生懸命にお米を作ってくれた農家の方はもちろんですが、調理をした方に対しても同じ気持ちを抱いています。

 正直、私にはお米を作る事も、食事を作る事もできませんで、できる事といえば、目の前に出された食事を食べる事くらいですから、それなら食べる事くらいはしっかり全うしようと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 私は、出されたものは残さず食べるようにと教えられて育ちました。
 もし、食べ切れそうにないと思ったら、最初から箸はつけないようにとも言われました (^_^;
 箸をつけなければ、後で誰かが食べる事もできますが、箸をつけて食べ残したものは、捨てるしかありませんから・・・ (^^;

 

 個人的な事を申し上げれば、私は山育ちという事もあるのか、海の魚が苦手でして、オトナになるまで海の魚はマトモに口にする事ができませんでした (;^_^A アセアセ・・・

 青森市内に1年間ほど暮らしたことがあって、今でこそ、焼き魚くらいは食べられるようになりましたが、煮魚は今でも苦手だったりします・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20071016035 20071016036

 

 そんな私ですが、時々は焼き魚定食を注文して食べる事もあります。

 その際に、こんなふうに食べるものですから、お店の方に魚がお好きなんですねと言われる事がしばしばあります(苦笑)

 しかし、魚好きというよりは、先に述べたように、箸をつけたものは残さず食べるようにと言われて育ったからというだけに過ぎません(爆笑)
 もちろん、好き嫌いとは別に、美味しいと思わない料理なら完食したりはしませんが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 タカが米粒一つかもしれませんが、私にとってはただの一粒のお米には思えなくてね (^^;

 まぁ、ただ単に、「貧乏性」というだけの事なのかもしれませんが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年1月19日 (水)

チョッキ

20110119003_2  ウチの家内ですが、最近、部屋着としてニットのベストを着るのがマイブームになっています。

 手軽で軽快に動け、なおかつ暖かいというのがお気に入りの理由のようです。

 

 そんな家内が、このニットのベストを「チョッキ」と呼ぶのが可笑しくて・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 私が子どもの頃、こういう類の衣類を「チョッキ」と言っていました。

 しかし、いつの頃からか「ベスト」と呼ぶようになって久しいです。

 ですから、家内が口にする「チョッキ」ということばが妙に懐かしくてね(笑い)

 

 しかし、最近のファッション業界では「ベスト」ということばさえ古いらしく、「ジレ」というのだという事を知ってちょっとビックリ・・・ (^_^;

 もともと、「チョッキ」「ベスト」「ジレ」も、意味の上ではそれほど違いはなくて、言語の違いだけのようです (^_^ゞポリポリ

 

 ベストvestで、英語。
 ジレgiletで、フランス語。

 しかし、チョッキだけはいろいろと説があって、どれがホントなのかよくわかりません。

 

 有力なのは、日本語の「直着(ちょくぎ)からきたというのがありますが、チョッキが日本語といわれてもねぇ・・・ (^◇^;)

 あとは、jaqueという、ポルトガル語説があり、私はこれを支持しています。

 さらに、jacketまたはjackからという、英語説もあります。

 

 私がポルトガル語説を支持している理由は、日本で使われるようになった順番が、古い方から「チョッキ」>「ベスト」>「ジレ」でして、少なくても50代以降の年配の方は「チョッキ」という名前で呼ぶのが一般的だったという事。

 もちろん、それ以前から英語やポルトガル語を話す外国人は日本国内に居た事でしょうし、初めて来日したのも戦国時代とかあたりまでさかのぼる事ができますから、英語とポルトガル語とどちらが先かといわれても五十歩百歩だとは思いますが、当時、外国語は耳から入ってきたと思うので、「jacket」や「jack」などの英語が日本人の耳に「チョッキ」と聞こえたとは考えにくいんですよ。

 それに比べれば、ポルトガル語の「jaque」なら、「チョッキ」に聞こえたとしても不思議はないかなと (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 日本語の「直着」説は、後から誰かがこじつけた理由ではないかと私は思っています。
 あまりにももっともらしい理由というのは、かえって不自然ですし、背広やワイシャツなどのことばも外国語がそのまま日本語になってしまったという事を考えれば、チョッキだけが日本語から派生していると考えるのは、やはりムリがあるんじゃないかと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 ところで、「防弾チョッキ」だけは、今でも「チョッキ」ということばが使われていまして、「防弾ベスト」とか「防弾ジレ」ということばも、もしかしたら使われているのかもしれませんが、私は聞いたことがありません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 むしろ、最近の現場では「ボディアーマー」ということばで呼ばれる事の方が多いのかもしれません。

 私は、軍事系の事には疎いので、このあたりの事については、正確な事はわかりかねます (^_^ゞポリポリ

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2011年1月18日 (火)

失敗

 「失敗」ということばがあります。
 そのことばの意味はともかく、「失敗」ということばの持っているイメージはあまり良くはありません(苦笑)

 誰もが「失敗」を毛嫌いし、できれば「失敗」とは、一生の間無縁でいたいと思いつつも、しばしば「失敗」と再会してしまうもののようです・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、中には「失敗」を一度もしなかったといわれる人も存在します。

 トーマス・アルバ・エジソン・・・
 発明王として世界に名を轟かせた、エジソンその人です。

 

 彼は、電球や蓄音機など、生涯の間に実にたくさんの発明をしましたが、例えば電球なんかでは一万回ほどの「失敗」を繰り返して、実用化に至ったそうです。

 しかし、彼はそれらの失敗を失敗とは言わず、「うまくいかない方法をいくつも発見しただけだ」と言ったとされています (^^;

 

 このように、「失敗」というと、なんとなく「ムダな事」、あるいは「愚かな事」というイメージがあると思いますが、「失敗は成功の母」という有名な格言もあるように、「失敗」は決して「ムダな事」でも「恥ずかしい事」でもありません。
 失敗した原因を突き止め、それを乗り越える事ができれば、「失敗」は「単なる失敗」ではなくなるわけで、ムダどころか、さらに前進する糧にもなります。

 エジソンはそういう事を指して「失敗は一度もした事がない」と言ったわけです。

 「失敗」を、ただ嘆き悲しんでいるだけでは、本当に「ムダな事」で終わってしまいかねませんから、その経験を今後にどう生かすかが大事であり、必要な事といえるわけです。

 

 昔から、有名な将は、「敗戦」という名の失敗から学ぶ事がいかに大きいかを語っています。

 徳川家康は、三方原の戦いで武田軍に手痛い負けを喫した時、謙虚に武田信玄から多くを学んだそうですし、最近では、野村克也監督やイビチャ・オシム監督が、「勝って学ぶ事は少ないが、敗戦から学ぶ事は本当に多い」と、異口同音に語っています。

 

 にもかかわらず、最近のお若い方は「失敗」する事を極端に嫌うそうで、それは例えば恋愛などをする際にも現われているそうです。
 片思いの相手に告白して断わられる事を、カッコ悪い事だと思い、失恋するくらいなら片思いのままの方がいいと思っているお若い方が増えているそうで、それがために恋人は要らない、あるいは作らないと公言している人も急増しているそうで・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 若い時の失敗なんて、誰も責めたりしませんし、いい経験をするチャンスだと、かつては誰もが思っていたはずなんですが、最近では一度でも失敗したら、もう人生の終わりだくらいに考えているお若い方が多いそうです (^^;
 そうなると、自然と行動は慎重になりますから、若さの特権である「大胆さ」も影を潜める事になり、10代や20代で老成した覇気のない若者が増えていく事になります (^^;

 

 今の日本が、出口の見えない閉塞感に覆われているのは、もしかしたらそういう老成した元気のない若者が増えている事にも原因があるのではないか・・・

 日本経済が日の出の勢いだった60年代や70年代は、学生運動やヒッピー、あるいはロックなどに代表されたように、若者たちには「不思議な」というか「可笑しな」というか、確かに稚拙ではあったかもしれませんが、まがりなりにも「元気」だけはありました。

 あの頃の若者は、私もそうですが、愚かな事や恥ずかしい事も、平気でできましたし、大人たちから眉をひそめられるような事でも、どこ吹く風でやっていたものです。

 

 40代や50代にもなってそういう事をしていたら、世間からも本当の意味で笑われてしまいますが、10代や20代の頃なら、そういう事が大目に見られ、許されるんですよね。

 躓いても倒れても踏みつけられても、それでも立ち上がって前に進んでいくのが、かつての若者たちに共通した姿でした。

 

 それが若い時の「特権」であり、若いという事の「象徴」なんじゃないのかな (^^)v

 

 若人よ、頑張れ!

 日本の未来は、君たちにかかっているんだぞ ( ^-^)/ ♪

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2011年1月17日 (月)

B級グルメ

 最近、「B級グルメ」ということばをよく耳にします。

 中には、「B-1グランプリ」などという催し物も毎年行なわれており、昨年は厚木市内の会場で第5回の「B-1グランプリ」が行なわれ、「B級グルメ」ということばは、すでに世の中に広く認識されたことばになっていると思われます。

 

 しかし、私はこの「B級グルメ」ということばが大嫌いでして、どうしてわざわざ名物にしたいメニューというか、自慢の商品を「B級」という形容詞を使って宣伝しなければならないのかと・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 第一、「B級」と聞くと、どうしても「A級」にはなれない、なんとなくひと味落ちる、低品質のメニューというイメージがついて回るんじゃないでしょうか・・・

 

 ところで、この「B級」ということばですが、品質を表わすような意味で用いられているわけではないといいます。

 昔、音楽の媒体として「レコード盤」が一般的だった頃、「A面」「B面」ということばが存在しました。
 レコード会社が、歌手の作品をレコード化する際に、売りたいと思うメインの楽曲をタイトル曲として表面となる「A面」に収録し、余った裏面に「オマケ」的な「B面」と呼ばれた楽曲を収録して発売したということがありました。

 「B面」の作品は、レコード会社の都合で、最初からオマケ的な駄作を収録することもありましたが、中には制作者側の思惑を越えて、「B面」の作品の方が「A面」を上回る人気を博することも少なくありませんでした。

 つまり、「A面」と「B面」との差は、それほど微妙なモノであり、皆が思っているほどの品質的な差はもともと無いという事になります。

 

 今日話題に取り上げた「B級グルメ」ということばも、「A級」と呼ばれるようなグルメメニューに比べて味や品質が落ちるという意味ではなく、「A級」よりも庶民的で、いつでもどこでも気軽に食べられるようなメニューを指して「B級」と言っているのであって、言い換えれば、安価で親しみやすい「庶民の食べ物」というようなニュアンスで用いられているそうです。

 

 しかし、それなら単に「ご当地グルメ」と言えばいいだけのハナシじゃないかと私なんかは思うわけで、どうしてわざわざ「B級グルメ」なんて聞き慣れないおかしなことばを用いなくてはならないのかと・・・

 単に「ご当地グルメ」と言うよりも、「B級グルメ」と言った方が消費者に対するアピール度が上がるという事なのでしょうか・・・

 それとも、「ご当地グルメ」と「B級グルメ」との間には、もっと何か別の、根本的な違いがあるとでもいうのでしょうか・・・

 

 とにかく、自分が調理して売っているメニューを、「B級グルメ」だなんて公言してはばからない人達の無神経さが私は気に入りません。

 もっと、自分の扱っている商品に対して「愛情」とか「誇り」とかいうモノを持ってほしいなと・・・

 それがお金を出して食べてくれる消費者に対する、お店側としての「誠意」というか、商売の「基本」ではないかと思う次第です。

 

 自ら「B級」の食べ物だと思っているなら、カネを取ってまで食わすんじゃねぇよ!! q(`o')ブー!!

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今朝の成田

【昨日】           【今朝】

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 突然の積雪に驚かされた昨日の朝ですが、今朝はご覧のようにすっかり雪は消えて、いつも通りの寒い朝を迎えています (*^.-^*)♪

 

 昨日の日曜日、寒い日には温泉という事で、家内と日帰り温泉に行って暖まってきました o(*^▽^*)o~♪

 お昼過ぎに着いて、19時過ぎまで、の~んびり、ゆ~っくりと、くつろいできました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 やっぱり、温泉はいいですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 途中、何カ所かで事故を目撃しまして、急な下り坂が続くところでは何台もの乗用車がぶつかり合っていて通行止めになっているところにも遭遇しました (^^;

 突然の雪だからという事もありますが、温暖な千葉県に住んでいると、冬用のタイヤを準備していない人も多いですから、普通タイヤのままで走り出して滑ってしまったんだと思われます (__;)
 雪の恐さを知らないからそういう無謀なことができるんでしょうが、単独の事故ならともかく、そういう心ないドライバーの巻き添えを食って事故に遇われた人は気の毒でなりません・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 今日あたりは、雪の心配は無いと思いますが、それでも北関東辺りでは、今現在も積もっているところがあるみたいなので、できれば近場の仕事があればありがたいなと・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 雪国で生まれ育ち、プロのドライバーではありますが、雪道を走るのは、大嫌いです・・・ (^^ゞ

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2011年1月16日 (日)

雪景色

 今朝、先週行きそこなった内科へのリベンジという事で、7時過ぎに予約をしてこようと思って表に出たら・・・

 

 な、なんと・・・ (゚◇゚;)!!!

 

 雪が降っていて、道路にもうっすらと積もっているじゃないですか・・・ (^^;

 

 いつものように自家用車で出かけようと思っていたんですが、ノーマルタイヤだと足下が危ういので、スタッドレスタイヤを履いている仕事の車に乗り換えて行ってきました (^^)v

 

 以下は、道道で撮った写真ですが、あいにくデジカメを持っていなかったので、携帯のカメラで撮ったものです (^_^ゞポリポリ

 

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 朝の8時前に撮った、三里塚と成田市街地の写真です。

 

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 これは、国道51号と国道295号、及び国道408号とが交差する「寺台インター」での写真です。

 

 

 写真は、国道51号線をオーバーブリッジで越えて、成田空港へと向かう国道295号線の様子を撮ったものですが、交差点の先に跨道橋の坂道を登れない乗用車が居るらしく、後続の車が渋滞を起こしていました。

 右側の写真は、そのオーバーブリッジの側道の様子を撮ったもので、右手上方には渋滞中のバスなどが見えています。
 ここから成田空港までは、5km以上のダラダラした上り坂がず~っと続きますから、無事に空港にたどり着けたのか心配です・・・ (^^;

 

 

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 これは、9時前に撮った三里塚付近の写真です。

 すでに雪は上がっており、雲の切れ間からは青空も見え、ずいぶんと明るくなってきました o(*^▽^*)o~♪

 この感じなら、お昼くらいまでには道路の雪もほとんど融けてしまうんじゃないかな (^^)v

 

 以上、思わぬ雪景色に驚いた、今朝の成田でした・・・ (;^_^A アセアセ・・・

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雪だるま

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 昨日と一昨日、古本屋で有名な神田神保町の在る靖国通りを通ってきました。

 ここで行なわれている、「神田小川町雪だるまフェア」の雪だるまを写真に収めるためです。

 

 一昨年の今頃、たまたま仕事でここを通った時に、道端に大きな雪のカタマリが並んでいるのに気付きました。
 その雪のカタマリのそばに立てられていた幟に書かれていた「雪だるま」という文字で、ここに雪だるまを作って並べているんだと気付きましたが、あいにく先を急いでいたのでそれきりで終わってしまいました (^_^ゞポリポリ

 昨年は、この時期に靖国通りを通る機会に恵まれなくて、どんな感じの雪だるまなのか、確認できなかったので、今年こそはと思っていました (^^ゞ

 

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【一昨日】          【昨日】

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 上は、一昨日撮ってきた写真で、実行委員らしき人達が、道端に並べられた雪のカタマリをスコップなどで削っているところです。

 

 下は、小川町の交差点で撮った、一昨日と昨日の写真です。
 雪のカタマリを前に、製作を始めたところと、完成した雪だるまです (^^)v

 

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 「雪だるまフェア」なんていっても、札幌などで行なわれている雪祭りの雪像などから比べれば、子供だましみたいなお祭りに見えるかもしれません。

 しかし、東京辺りでもタマに雪が降る事はありますが、直ぐにベチャベチャの黒っぽいシャーベット状になってしまいますから、真っ白な雪を見かける事は希ですし、ましてやこんなふうに大きな雪のカタマリを都会のど真ん中で目にする事は、ほとんど無いと言っても過言ではないと思います。

 

 この雪は、群馬県の嬬恋村から運ばれてきたそうで、こんな感じの巨大な雪のカタマリが、靖国通りのアチコチに置かれていました。

 第10回という事は、もう10年も前からこんなふうに雪だるまが作られて、ここに並べられていたという事になります。
 開催期間が短かったからという事もあるでしょうが、ほとんど知らないままだった事はいかにも残念だったなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 でも、今年は、一昨日が新橋、昨日が世田谷とイイ感じの仕事が入りまして、ムリヤリではありますが、開催期間中に靖国通りを通る機会に恵まれたので、その都度写真を撮る事ができましたよ (*^.-^*)♪

 ラッキ~ o(*^▽^*)o~♪

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2011年1月15日 (土)

タイガーマスク

 昨年の暮れから、「タイガーマスク運動」というチョッと奇妙な社会現象が起こっています。
 児童養護施設などにランドセル等を「伊達直人」名義で寄付する行為を総称して「タイガーマスク運動」と呼んでいるというもので、年が明けて今月に入ると、イッキに寄付行為は全国規模に広がった・・・

 

 この件については、多くの方が様々なコメントを残しているので、今さら私が何かを語ろうなどというおこがましい気持ちはさらさらありません (^_^ゞポリポリ

 ただ、マンガ大好きな人間としては、皆さんとは少し違った角度から取り上げてみたいなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 この運動の名前にもなっている「タイガーマスク」ですが、そもそもは40年くらい前に雑誌に連載されていたマンガがルーツであり、その後70年代にテレビアニメとして放送されて広く知られるようになりました。

 さらに、80年代に入ると、実際に虎の覆面をした「タイガーマスク」と名乗るプロレスラーがリングに登場し、そちらの方でご存じの方も少なくないと思います。

 

 しかし、マンガとしての「タイガーマスク」をどれほどの人が知っているかとなると、その名前ほどの知名度はおそらく無いのではないか・・・

 虎の穴と呼ばれる組織から、次々と送り込まれる悪役レスラーたちと、リングの上で死闘を繰り広げる正義の味方が「タイガーマスク」だという、せいぜいその程度の認識しかないのが現状ではないのか・・・ (^^;

 

 ところで、原作として雑誌に連載されたマンガが、後にテレビや映画で、映像化されることは珍しい事ではありません。

 「鉄腕アトム」や「巨人の星」などに代表されるアニメーションや、「仮面ライダー」や「マグマ大使」などに代表される実写版のものなど、様々な作品が様々な形で映像化されて、お茶の間やスクリーンで再現されました。

 しかし、そのほとんどは原作に忠実に映像化され、中には「漂流教室」などのように多少の脚色を加えられたモノも無かったわけではありませんが、おおむね紙面の作品と映像化された作品は、似たようなストーリーで描かれるのが普通です。

 

 

 しかし、この「タイガーマスク」に限っては、マンガとアニメのストーリーが大きく違っていまして、まるで別の作品だったと私は思っています。

 もちろん、私は子どもの頃に両方見ていまして、それぞれに思い入れがあるのですが、ストーリー的にも、完成度という点でも、アニメ版の方が断然おもしろかったと思っている一人です。

 

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 雑誌版もアニメ版も、ごく最初の方だけは同じようなストーリーで描かれていますが、伊達直人が組織を裏切り、虎の穴から刺客を送られるようになるあたりから、それぞれのストーリーに別れてハナシが展開していきます。

 そして、私が一番納得いかないのが、雑誌版では伊達直人として交通事故で亡くなってしまうという陳腐なラストです (ノ_-;)ハア…

 それに対して、アニメ版では、タイガーマスクの正体が白日の下に晒されたために、飛行機に乗ってどこかへ旅立っていくという終わりになっています。

 夢も希望もない雑誌版のラストに対して、アニメ版では、見ている視聴者(主に子ども達ですが)にも夢が見られる終わり方になっていました・・・

 

 この「タイガーマスク」のコミックですが、年が明けてからの騒動のおかげで、古本を含めて全国の書店から消えてしまったそうです (^◇^) 。。。ケラケラ
 そりゃそうですよね、もともとがそれほど売れるようなコミックじゃないところに持ってきて、急に全国的な知名度になったわけですから、書店側でも対応できないのは当然だと思います。

 販売元の講談社には、どんな内容のマンガだったのかを知りたい新しい読者や、もう一度読んでみたいと思った年配者などから、急な注文が殺到しているそうで、復刻版の増刷に追われているといいます(笑い)

 

 もちろん、私は昔のコミックで全巻持っていますが、さすがに狭いアパートには置いておく余裕は無く、段ボール箱につめて実家の押し入れに押し込んだままなので、もう、2~30年くらいは目を通した記憶がありません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 しかし、私自身も忘れていた「タイガーマスク」「伊達直人」という名前ですが、久しぶりに聞かされて、懐かしいと思ったオヤジたちも多いんじゃないかな (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2011年1月14日 (金)

午前3時半

 一昨日、午前3時過ぎに仕事に出かけたことを記事に書きましたが、最近、ラジオのCMで「午前3時半は、深夜か、それとも早朝か」という口論を聞きます・・・ (^^;

 たいてい、運転しながら聞いているので、なんのCMかは覚えてはいませんが、二人の男性が、「午前3時半は深夜だ」、「いや、午前3時半は早朝だ」とたわいなく言い合うもので、なるほど、そう言われてみれば、どっちなんだろうと思った次第で・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 個人的な見解では、「午前3時半は深夜」だろうというものです (^^ゞ

 

 理由は、この時間帯ならほとんどの人が寝ているから・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 第一、真夏だって、午前3時半はまだ夜明け前で薄暗く、とても朝というイメージはありません。

 

 それに、たとえ「早朝」であっても、「朝」というからには起きている人がある程度はいなければならんでしょう。
 この時間帯、もちろん起きている人も居ないわけではないでしょうが、新聞屋さんとか、夜勤の人とか、そういう「特別」な人を除けば、お年寄りだって3時半から起きている人は希なんじゃないでしょうか (^_^;

 

 しかし、これが4時となればハナシは別です。
 たった30分の違いではありますが、この時間帯なら普通の人達だって起きている人は少なくないと思います。
 さすがに冬なら真っ暗でしょうが、夏場ならけっこう明るくなっている時間帯です。

 

 という事で、個人的には、「午前3時半」「深夜」に一票! (*^-^*)ノ

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2011年1月13日 (木)

スキー

 昨日は「スキーの日」だったそうです。

 明治44年のこの日、オーストリアのレルヒ少佐が、新潟県の高田陸軍歩兵連隊の青年将校にスキーの指導を行なったそうで、日本人が初めてスキーをした日として記録されているそうです。

 

 それはともかくとして、私は雪深い奥会津で生まれ育ちましたから、スキーはとても身近なアイテムでした。
 といっても、さすがにスキーを履いて登下校をしたりするような経験はありませんが、小学校や中学校の体育でも、スキーは授業の一つとして当たり前に行なわれていました。

 スキーの授業がある日は、たいてい2時限続けて行なわれる事が多かったです。
 普通に行なわれている45分や50分の授業では、スキー場までの往復だけでタイムアウトになってしまいますから、一週間の中にある体育の授業を一つにまとめたり、前後の授業をやり繰りしたりするなどして、スキーをする時間を作っていたものです。

 

 こういう事を言うと、雪国で育ったワケですから、さぞかしスキーはお上手なんでしょうねなんておっしゃる方も多いんですが、雪国の人間が全てスキーが得意なわけではありません(笑い)
 ちょうど、外国に行った日本人が、皆、柔道ができると勘違いされるようなものです (^^;

 

 私は、走ることも泳ぐことも、からきしダメな「運動音痴」ですから、当然の事ですがスキーもまったくできません (;^_^A アセアセ・・・

 いわゆる、滑り出しても、曲がれない、止まれないで、それはどこかで転倒して雪まみれになるまで続くことになります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 どこの学校でも運動会が行なわれるように、雪国の学校では冬にも「スキー大会」という名の、雪上運動会が行なわれるのが一般的ですが、校庭で行なわれる普通の運動会ならともかく、雪上のスキー大会は嫌で嫌で仕方がありませんでした (^^ゞ
 で、当日の朝には、「仮病」という名の急な病を発症して、休むことも多かったです (^◇^) 。。。ケラケラ

 児童や生徒たちだけならまだしも、父兄たちも当然のように見物に集まりますから、その中で惨めに転倒する情けない姿を見られることは、子供心にも耐えられませんでした・・・ (__;)

 

 それでも、友人たちがあちこちのスキー場に時々誘ってくれたので、苗場とか石打丸山とか、山形蔵王などのスキー場に行った思い出も、多少なりともできました (*^.-^*)♪

 もちろん、私自身は板もウェアも持っていませんでしたから、身支度は全て友人たちから借り、板や靴などは現地で調達したレンタル物です (^_^ゞポリポリ
 それでも、けっこう楽しかったですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 

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 これらは、四半世紀ほど前 (^^; に、山形蔵王のスキー場で友人たちと撮った写真です (^_^ゞポリポリ

 ゲレンデでは青い上下のウェアに身を包んでいるのが私で、ロッジで上着を脱いでいる写真では、左から3番目の茶色のセーター姿が私です(苦笑)

 ゲレンデでは、板の上に恐々と立っている私がご確認できると思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年1月12日 (水)

寒い・・・

 今朝、3時過ぎに自宅を出まして、お台場に向かいました。

 

 表はまだ真っ暗で、額に冷たいものがパラパラと当たり、地面が濡れていましたので、雨が降っていることを認識しました。
 ところが、走り出して直ぐに、それは間違いだったことに気付きます。

 ワイパーで雨粒を払おうとして左右に一拭きすると、ブレードの上には明らかに雪の細いカタマリが・・・ (^^;

 つまり、降っていたのはではなく、みぞれだったわけです・・・ (^◇^;)

 道理で寒いと感じたワケですよ (^_^ゞポリポリ

 

 しかし、成田を出て佐倉辺りまで走ると、雨さえも上がってしまいました・・・

 それでも、船橋と市川の境辺りで確認した気温は、2℃!
 という事は、おそらく成田では0℃前後くらいまで下がっていたんじゃないでしょうか (^^ゞ

 

 関東の中でも、千葉県は比較的暖かな所なのですが、その中にあって成田という場所は内陸にあって標高も若干高いせいか、意外なほど寒く、県内でも寒いところの代表みたいな感じがします (^^;
 成田近辺で雪が降っていても、佐倉辺りまで行くとまったく見かけないなんてことはよくあります。
 それだけ成田市は、周囲の自治体から比べても標高が違うわけです。

 

 ところで、「寒い」ことを東北や北海道辺りでは、「しばれる」と言われているのは皆さんもよくご存じだと思います。

 

 私の生まれ育った会津でも、「しばれる」と言うことばを用いることがありますが、どちらかといえば、「しばれる」と言うよりも「えてる」ということばを用いる人の方が多いんじゃないかと思います(苦笑)
 もちろん、最近のお若い方たちは普通に「寒い」と言うのかもしれませんが (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 「えてる」というのは、「いてる」と発音することもあり、文字にすると「凍てる」という事で、単に「寒い」というよりは、「冷え込む」というニュアンスが強いかもしれません。

 

 というワケで、今朝の成田はえらい凍てましたよ~ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年1月11日 (火)

成人式

 昨日は、成人式という事で祝日になっていました。

 当然の事ですが、全国各地では、多くの自治体で成人式が執り行なわれたのだろうと思います。

 

 まぁ、それはともかくとして、私は今53才ですから、成人式を迎えた二十歳の時のことなんて、遠い昔のことでほとんど覚えてはいませんが、それでも多少は当時の記憶が残っています (^_^ゞポリポリ
 今日は、そんな私の成人式の思い出話でも語ってみようかなと・・・(苦笑)

 

 高校を卒業した後、江戸川の電器店に勤めながら、電気関係の専門学校に通っていたんですが、そこで迎えた成人式・・・

 もちろん、当時はハッピーマンデーなんてバカな制度はありませんでしたから、1月15日に行なわれたのは言うまでもありません (^^)v

 確か、江戸川区役所からハガキかなんかで成人式の案内が来て、区役所の近くにあった文化センターか公民館のようなところに出かけて行ったと記憶していますが、現在の地図ではその辺りに該当するような施設は見当たりません。
 もっとも、30年以上も時が経っているわけですから、老朽化かなんかを理由に別の場所に建て替えられたという事は十分に考えられます。

 

 成人式の模様は何も覚えていませんが、その時に頂いてきた記念品だけはよく覚えています。
 なぜだかわかりませんが、「江戸川区の歴史」みたいなタイトルの本を一冊渡されまして、今なら読んでみたいと思いますが、あの頃の私にはそういう事はまったく関心が無かったので、一度も開くことなく、そのうちにどこかに消えて無くなってしまいました (^◇^) 。。。ケラケラ

 もう少し実用的な品物ならありがたかったと思うのですが、なぜ「江戸川区の歴史」だったのでしょう・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 自分の住んでいる江戸川区というところについて、少しでも理解を深めて欲しいという、区長か誰かの親心とでもいうべき思惑があったのでしょうか (^_^;

 しかし、私がそうだったように、二十歳やそこいらの年齢の若者にとって、江戸川区の歴史なんてどうでもいい事ではなかったんじゃないかと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 今でも思うのですが、あの本を少しでも読んだ新成人って、はたして居たんでしょうかねぇ・・・(笑い)

 

 皆さんは、ご自身の成人式の思い出なんて、何かありますか(笑い)

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2011年1月10日 (月)

初詣 2011

 昨日の日曜日、初詣に行って来ました。
 当然のことですが、詣でた先は成田山です (^^)v

 

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 国道51号線から、成田山へ向かう参道への入口です。

 今年は、この交差点のところに民間の大きな駐車場ができたので、さっそく使ってみました。
 かつて、ジャスコの成田店があったところで、閉店後に取り壊されて、長い事空き地になっていたのを、昨年の秋くらいに駐車場として再利用し始めたものです。

 例年ですと、市営の東和田駐車場に停めるんですが、新しい駐車場の方が断然近いですし、料金も東和田駐車場は400円の均一ですが、新しい駐車場の方は1時間100円で、最大でも一日400円と、この辺りの相場から比べればずいぶんリーズナブルに設定されていました。
 私は、出る時に表示された200円という料金に、驚くと同時に、ありがたいなぁと思わずにはいられませんでしたよ o(*^▽^*)o~♪

 今年は、できて間もないので、それほど混んではいませんでしたが、これからは初詣に限らず、駅などを利用する人達にとっては重宝するパーキングだと思うので、人気が出てくると思います。
 もちろん、これから駐車場を利用する時には、必ずここを利用しようと決めました (^^)v

 

 それにしても、いつも思うのですが、どうしてみんな混んでいるのがわかっているのに、参道の中へと車を乗り入れたがるのでしょう・・・
 少し歩く事にはなりますが、周囲の駐車場を利用した方が、イライラせずに済みますから、行きも帰りも、もっとスマートに参拝できると思うんですがねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 

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 今年の成田山は、例年に比べてかなり混雑しているように思いました。

 私は混雑した場所は苦手なので、毎年松の内は避けて、第2日曜日か第3日曜日に初詣に行く事にしているのですが、今年の人出は相当なモノで、本堂の賽銭箱の前では身動きがとれないくらいのたいへんな混みようでした (^^;
 もちろん、こんなに混雑した初詣は、私にとっては初めての体験になります (^^ゞ

 

 帰りは、馴染みのお店から商売繁盛の熊手を買い、参道の食事処でお昼を食べてきました。

 朝は順番待ちでチョッと失敗しましたが、初詣は一部始終がバッチリでした (^^)v

 結局、早起きした事による「三文の得」は、駅や成田山により近いところに新しい駐車場を見つけ、例年より200円安く、しかも出入りの時にもスムースに駐車する事ができた事だったみたいですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年1月 9日 (日)

順番待ち

 昨年の秋以降、糖尿病の経過診察のために、時々採血を行ない、その結果を見て日々飲んでいる血糖値やコレステロールを押さえる薬の種類を決めるという、なんとも情けない状況が続いています・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 今朝も、昨年の暮れに採血した結果を伺うために、診察の順番待ちをしてきました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 私が通っている医院の休診日は、火曜の午後と水曜日、及び祝日となっており、日曜日も診察して頂けるのが有り難くて、ここに通うことに決めたという経緯があります。

 

  20110110001

 そして、診察開始時間は、午前が9時から、午後は16時からとなっており、それに向けての受付の時間も決められてまして、それが上の写真です。

 つまり、朝の7時半から受付を開始して、その順番で9時から診察を開始するという事になっています。

 

 私は、いつも7時半の受付開始に間に合うようにと、7時過ぎには自宅を出、玄関前に並んで順番を待つことにしており、入口のドアが開けられると同時に受付用紙に名前を記入して、指定された時刻を確認して帰宅することにしています。
 病院の待合室で、延々と待たされなくて済むので、とても重宝しています (^_^ゞポリポリ

 

 いつもですと、10人弱程度の列がすでにできており、その最後尾に並んで受付開始を待ち、名前を記入すると、10時頃に来て下さいと言われるので、昨日もそんな感じなのかなぁと思っていたんですが、医院の前に着くと、意外なことに5人が並んでいるだけ・・・
 お正月明けですし、寒いので、それで患者さんの出足も遅いのかなと思い、6番目に並んだのが7時半過ぎのこと・・・ (^^;

 いつもなら、入口のドアが開けられているはずなんですが、昨日は閉まったままで、その前で順番待ちの患者さんが5人列を作っていました・・・

 普通なら、この時点でおかしいなと思うんでしょうが、係の人が遅刻して扉を開けるのが遅れているのかななんて勝手に思い込み、ジッと最後尾に並んで待っていました・・・

 

 しかし、いっこうに開く様子もないし、そのうちに患者さん同士で雑談が始まります・・・(苦笑)

 列の一番前に並んでいた患者さんが、建物の裏側に歩いて行って、様子を伺ってもくれたり、携帯で医院に電話をかけたりと、いろいろとアクションを起こしてくれました (^◇^;)

 しかし、8時前になっても開かないドアを見て、さすがに様子が変だと思い始めた面々・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 携帯で家族と連絡をとり、ネットで調べてもらうと、「月曜日が祝日の場合は、日曜休診となり月曜日は土・日と同じ扱いになります。」ということがわかり、な~んだという事で解散になりました・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 道理で、いつも混み合う順番待ちなのに、私らが並んでいる以外は、後から並ぶ人が誰も来ないというのも、不思議ではありましたが、納得です(苦笑)

 朝の忙しい一時間を、ムダに過ごしたのかと思うと、ちょっと残念な気もしますが、まぁ、早起きは三文の得という事で、何かいいことがあるのかなと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 できるなら、こういう時には、入口のドアに「本日休診」の札くらい下げておいて欲しいものだと思いました。
 常連さんでもこのように勘違いして並ぶ人が居るわけですから、そのくらいの気配りはあって当然ではないかと・・・

 

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 写真は、順番待ちをしている時に撮った、イオンモール成田周辺のものです。
 水たまりには薄氷が張っており、芝には霜が降りています・・・ (^^;

 確かに、寒い朝でしたよ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年1月 8日 (土)

沈みゆく日本

 「沈みゆく日本に迷う時間はない」

 これは、1月5日付のウォール・ストリート・ジャーナルの社説に載ったコピーです。

http://jp.wsj.com/index.php/Japan/Politics/node_166737

 

 その通りだと私も思いますが、だからといって迷走する民主党を、ただ非難するだけの無責任なオトナにはなりたくありません。

 確かに、頼りない政権ではありますが、やはり政権交代は、ムダではなかったと思っている一人だからです。

 

 今、野党に下った自民党が、今月下旬に招集されることになっている通常国会で、来年度予算を人質にとって審議妨害を行い、衆議院の早期解散を迫ろうと画策しているようですが、そもそも、抜き差しならないほど閉塞した今の「日本」を作り出してしまった張本人である自民党が、必死になってその尻ぬぐいをしている民主党に向かって、今さら何を言えるというのでしょう・・・ (ノ_-;)ハア…

 国民に対して、申し訳ないという気持ちが少しでもあるのなら、ここは太っ腹なところを見せて、民主党に協力し、一刻も早く来年度予算を成立させることこそが、自民党の株を上げる最良の策なんじゃないかと私なんかは思っています。
 いわゆる、「敵に塩を送る」という作戦です (^^)v

 

 そうではなくて、目先の政権のためにと、民主党の足を引っ張るだけでは、天にツバする行為であり、民主党も支持を下げるでしょうけど、自民党自身も支持を下げるだけだと思うんですがねぇ・・・ (__;)

 昔から、人を呪わば、穴二つともいいます・・・
 まさか、知らないわけではないでしょうに(笑い)

 民主党と自民党が共倒れをする横で、虎視眈々と漁夫の利を狙っているのは、みんなの党か、はたまた公明党か・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 しかし、民主党のお家騒動・・・

 しょせんは、寄せ集めの政党でしかないから、仕方ないのかもしれませんが、見苦しいことこの上ない!

 いい加減にしろよ!!! ・・・と q(`o')ブー!!

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2011年1月 7日 (金)

嫌煙

 昨年の大学生の採用にあたって、タバコを吸うかどうかが、採用に影響した可能性があるとする企業が30%に上ることが、厚生省の行なった調査でわかったと報じられました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110105/t10013212541000.html

 

 喫煙は、嗜好の問題ですから、それが採用の可否に影響を与えるなんて、本来はあってはならない事だと思うのですが、公共の場での禁煙や分煙を求める声はますます大きくなってきており、愛煙家はどんどん肩身の狭い思いをしなくてはならないようです (^^;

 

 企業側の言い分としては、「分煙化で喫煙のたびに席を離れると仕事の効率が下がる」ことや、「喫煙者は肺がんなどの危険が高く、医療費の負担が重くなる」ことなどを主な理由にしているのではないかと研究班は分析しているそうですが、これって、昔、企業が女性に対して行なっていた採用の仕方に似てはいないか・・・ (^^;

 女性は、結婚を理由に退社してしまう人が多いし、生理や出産などを理由に休む人も少なくないから、男性と比べて仕事の効率が悪いといって、総合職としての採用を始めからせず、一般職としてのみ採用するという事が、かつてはまかり通っていました。

 

 後者は、時代とは合わなくなってきていると、男女雇用機会均等法などができて、表向きには男女による差別は無くなってきているようですが、前者は、愛煙家を採用しないようにする事が時代のニーズに叶っているという事なのでしょうか・・・ (__;)

 

 私自身はタバコは吸いませんから、そういう職場が増えることは大歓迎なのですが、タバコを咥えながら仕事をするという人も、まだまだ多いと思いますし、タバコを吸いながらでないと仕事がはかどらないと思っている人だって少なくないと思います。

 第一、採用時にはタバコを吸っていなかったとしても、入社後に喫煙をするようになる人だって居るかもしれないし、そういうケースにはどのように対処するのでしょうか (?。?)

 別にお咎めはなく、禁煙スペースを利用すればいいだけのことなのでしょうか・・・
 まさか、それを理由に解雇されるようなことは無いと思うけれど、採用時に喫煙を理由に不採用になった人が居たとしたなら、なんか割り切れないと思うのは私だけなんでしょうか・・・

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2011年1月 6日 (木)

タイムトラベラー

 昨年辺りから、急に話題になった「タイムトラベラー」の話題・・・

 

 1928年に製作された、チャップリンの「サーカス」という映画の中に、携帯電話を持ったタイムトラベラーらしき女性が映っているというもので、それが下の動画です。

 

 

 動画の冒頭、20秒くらいのところから、シマウマの後ろを、右から左へと歩いていく中年の女性がおり、その左手は左の耳の辺りに添えられていて、なるほど、雰囲気からは携帯に向かって何かを話しているようにも見えないでもない・・・ (^^;

 

 もちろん、この時代に携帯電話などあろうはずがありません。
 となると、この女性は本当に未来から時を超えてこの時代にやって来たタイムトラベラーなのでしょうか・・・

 皆さん方は、この映像を見て、どのように思いますか(苦笑)

 

 私は、いわゆる「タイムトラベル」は空想上の出来事に過ぎず、未来や過去へと、時間を自由に行き来する事は、どんなに科学が進んだとしても絶対にできないだろうと思う一人です。
 もちろん、それは「科学的に」という事であり、言い換えれば、人為的な操作では不可能だという事です。

 それに対し、何らかの理由によって、空間にひずみのようなものが生じ、その隙間から偶然に別の時代へとタイムスリップするような事はあり得るだろうとも思っています。
 よくいわれる、バミューダトライアングルのような不思議な空間が存在し、たまたまそこを通りかかった船や飛行機などが消えてしまうという、アレです (^^;

 しかし、それは自然現象の一つであって、その仕組みのようなものを解明してタイムマシンのようなものを作り上げるという事とはまったく別のハナシです。

 SFの世界では、おもしろ可笑しくタイムトラベルを描いた作品がいくつも存在しますが、本当にそんな事が可能になったら、必ずタイムパラドックスが起こってしまうだろうと私は思います。

 「歴史を変えてはならない」なんてアタマではわかっていても、その時代に行ったらどんな事が起こるかわからないわけですから、ついうっかりと何かをやらかしてしまわないと誰が言い切れるのでしょうか・・・

 

 翻って、冒頭の「サーカス」の中に映っている女性ですが、そんなふうに見えるというだけのハナシであって、この人物がタイムトラベラーだとは私は考えていません。

 冷静になって考えれば、仮にこの時代にタイムスリップしたとして、携帯電話で誰と話しができるというのでしょう (^◇^) 。。。ケラケラ
 携帯電話を持っているというだけでは、当然の事ながら通話はできません。
 中継のためのアンテナが存在しないからです。

 それとも、電波だけが時を超えて、現代の中継アンテナにつながっているとでもいうのでしょうか・・・
 しかし、そんな都合のいい話があり得るのでしょうかねぇ・・・

 

 合理的な説明ができない事は、世の中にはいくらでも存在します。
 しかし、だからといってそういう事象を、現代人の都合のいいように解釈していいわけではありません。

 明解な理由など無くても、耳に手をやりながら歩く人が居てもおかしくはないと思います。
 単に、耳が痒かっただけかもしれませんし、歯が痛かったのかもしれません。
 あるいは、虫かイヤリングなどが原因で、偶然にそういう行動をとったのかもしれません。

 

20110106001  そういう事をいうのは、夢のない事でしょうけど、例えば、鶴田浩二という俳優が居まして、彼が歌を歌う時には、左の耳に左手を添えながら歌う事でも有名でした。
 この独特のスタイルについて、いろんな人がいろんな事を言いましたが、誰も明確に説明できる人は居ませんでした。

 もしかして、この女性は、左の耳に左手を添えて歩く事がクセだったというだけの事かもしれませんよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年1月 5日 (水)

オート三輪

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 これらは、静岡県の三島市内にある、国道1号線を走っていた時に見かけたオート三輪の写真です。
 道端のスペースに停まっていたので、私もそばに車を止めて撮影してきました (^^)v

 

 昭和30年代辺りですと、映画の「ALWAYS 三丁目の夕日」にも登場したように、オート三輪はけっこうポピュラーな乗り物だったんですが、モータリゼーションが進み、四輪の軽自動車などが台頭してくるようになると、次第にその姿を見なくなりました・・・ (^^;

 

 私も子どもの頃にしばしば目にした事があり、懐かしいなぁと思って写真に撮ったんですが、ネットで調べてみると、この写真のオート三輪は、国産のものではなく、「トゥクトゥク」と呼ばれるタイの三輪自動車だそうです (^^ゞ

 けっこう、日本国内にも、タイから「トゥクトゥク」を輸入して販売している会社があるようで、このオート三輪もそういう会社から購入したものだと思われます。

 

 ちなみに、幌に書いてある「NIGHT.JP」というのは、風俗やデリバリーヘルスなどの情報サイトみたいです(笑い)

 おそらく、人々の耳目を集めようとする宣伝カーの一つなんでしょうけど、こういう目立つ車を使うことによって、トラックなどを使った一般的な宣伝カーよりも、効果が上がる事は間違いないですよね (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年1月 4日 (火)

箱根駅伝 2011

 2日・3日と、恒例の箱根駅伝が行なわれ、私も非常にワクワクしながらテレビの前で観戦させて頂きました。

 

  20110104002

 結果は、早稲田大学の18年ぶりの総合優勝・・・
 思わず、テレビの前でバンザイしてしまいましたよ ヽ(^◇^*)/

 そして、渡辺康幸監督の胴上げを見ながら、独りビールで祝杯をあげました (^^)v

 

 思えば、私が箱根駅伝を初めて見たのが、93年の第69回大会。
 その時に優勝したのが、現監督の渡辺康幸が1年生で箱根デビューを飾った早稲田大学でした。

 早稲田は、渡辺が在籍していた4年間は、優勝1回、2位が3回という、圧倒的な強さを誇る黄金期だったと思っているのですが、渡辺が卒業した翌年から、長い低迷が始まります・・・ (ノ_-;)ハア…

 あの頃の、強く、輝いていた早稲田を知っているからこそ、なんの縁もありませんが「早稲田大学競争部」のファンになり、毎年毎年、早稲田を応援し続けて来ました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 時には、優勝争いどころか、シードを護る事さえ叶わない年も何度かあるほど、早稲田のチーム状態は良くなく、佐藤敦之とか、竹澤健介とか、超が付くほどのエリートランナーが在籍した事もありましたが、選手層が薄いというか、特に箱根の山の登り下りを担う、5区と6区のスペシャリストを育てる事ができないために、平地では善戦するんですが、結果が伴わない大会が続いていました・・・ (__;)

 

 しかるに、今年の早稲田は、1区から終始トップを走り続け、確かに5区で東洋大の柏原に抜かれて往路優勝こそ叶いませんでしたが、猪俣英希も区間9位という走りながら、東洋大とは27秒差まで詰め寄ってゴールしてくれました。

 そして、復路も、6区の高野寛基の区間2位の激走でトップを奪い返すと、7区の三田裕介が区間2位、8区の北爪貴志が区間3位、9区の八木勇樹も区間2位と、トップを守り続け、アンカーの中島賢士も区間2位という好走で優勝テープを切りました。

 10人全てのランナーが素晴らしい走りをしたことはもちろんですが、私は、この5区と6区を走った、猪俣と高野の二人の活躍があったればこそ、なし得た優勝だったと思っています。

 

 今季、渡辺康幸監督が掲げた「エースに頼らない『総合力』のチーム」、まさにそのことばを具現する「新生チーム」による堂々たる優勝だったと思います。
 確かに大砲と呼ばれるビッグネームは存在しませんでしたが、それでも史上初めて11時間を切り、10時間59分51秒という圧倒的なタイムで優勝しました。
 10人の中で区間賞を獲った選手は、1区を走った大迫傑ただ一人だけでしたが、区間2位のランナーは5人もいました。
 それでも、期待されていた志方文典と佐々木寛文が直前の故障でメンバー入りできず、監督が描いていたベストメンバーは組めなかったそうですが、その穴を替わりのメンバーがしっかり埋める事ができたからこそ、優勝できたワケです (^^)v

 

 昨年の秋、出雲と全日本を大会新で制し、学生駅伝三冠に王手をかけて迎えた箱根駅伝。
 戦前の下馬評では、早稲田を本命に推す声が圧倒的で、対抗は三連覇を狙う東洋で、ダークホースに駒沢を挙げ、三つどもえの戦いだろうと予想されていました。

 結果的には、ホントにその通りの展開になりましたが、個人的には総じておもしろい大会だったと思います。
 まぁ、ヒイキの大学が優勝したからそんなお気楽なコトがいえるのかもしれませんが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 それにしても、私が応援を始めると、どうしてこうも長い低迷に入ってしまうチームが多いんだろう・・・
 もしかして、私って疫病神なのかも・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 南海ホークスは、私がファンになった75年は5位、76年と77年は2位でしたが、78年から97年まで、実に20年もの間Bクラス暮らしが続きました (^^;
 その間、最下位が8回、5位が7回、4位が5回と、長いトンネルが続きました・・・ (__;)

 早稲田大学も、私がファンになった93年が優勝、94年から3年間2位でしたが、97年に5位に落ちると、昨年までの14年間に6度のシード落ちを含め、5位以下が11回もあります (^^;

 

 まぁ、それはともかく、昨日の復路は、6区と10区でチョッと珍しいアクシデントがありました。

 

 一つは、6区の山を駆け下りている早稲田の高野に、給水担当の補助員が接触し、その後、高野が凍った路面に足を取られて転倒したこと。
 

 二つめは、10区のゴール直前で、シード権を争っていた4チームの中から、先頭を走っていた國學院のランナーがコースを間違えて走って行った事 (^^;

 いずれも、そうあることでは無いので、目撃者になれたことはラッキーだったと思うのですが、当事者にしてみればたいへんなアクシデントであり、ショックも大きかったのでは・・・ (^◇^;)

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2011年1月 3日 (月)

自己採点

 皆さんは、昨年一年間のご自身を振り返ってみて、採点をするとしたなら何点をつけますか?

 

 ほぼ思い通りにいった一年間だったので、90点・・・

 まぁまぁの一年間だったので、70点・・・

 なんにも良いことがなかったので、30点・・・

 

 いろんな点数をつける人がいらっしゃると思いますが、おそらくご自身の採点に100点満点をつける方は少ないのではないでしょうか・・・ (^^;

 

 しかし、私が昨年の自分を振り返って点数をつけるとしたなら、100点満点の一年間だったと胸を張って言えます (^^)v

 もちろん、一年間の間には、様々なことがあり、中には失敗したことも思い通りにいかなかったことも、少なからずありました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 それでも、私は私自身の自己採点に「100点満点」をつける事にためらいはありません。

 

 実は、昨年の大晦日・・・といっても、三日前のことになりますが、仕事で名古屋方面に出かけまして、その帰り道、夕方の東名高速を走りながら地元のラジオ局である東海ラジオを聴いていたんですよ。
 その時のパーソナリティは、シンガーソングライターの広瀬香美でして、彼女が大晦日の夕方に相応しく、リスナーに一年間の自己採点を募っていました。

 

 いろいろな方々からのメールを紹介した後、広瀬香美自身がつけた自己採点を発表したんですが、大笑いしながら「もちろん100点満点ですよ、それッきゃないでしょ!」と言ってました(笑い)

 

 その理由が彼女らしくて納得してしまいましてね、それを聞いて、うん、私も100点満点だなと思った次第です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 彼女は、アメリカで暮らした経験から、欧米人の考え方と日本人の考え方には、大きな違いがあるという事に気がついたそうです。

 日本人というのは、先のような質問を受けた際、全てがうまくいったのを満点というように考え、そこから○○がダメだったからマイナス○点、××で失敗したからマイナス×点というように、「減点法」で採点するのが一般的だと思います。

 しかし、欧米人はそのような考え方をしないそうで、○○がうまくいったからプラス○点、××ができたからプラス×点というように、「加点法」で採点するのが一般的なんだそうで・・・ (^^ゞ

 

 「減点法」で採点すると、満点から引かれていくだけなので、100点を超える点数はあり得ないという事になりますが、「加点法」なら、いくらでも点数はつけられる事になり、150点とか200点とか、そういう本来なら無いはずの点数だって存在して良い事になります。

 

 世の中にはいろんな考え方がありますから、一概にどちらが良いとか、間違っているとかは言えないわけですが、これだけは言えるという事があります。

 それは、「減点法」というのは明らかにマイナス思考であり、「加点法」というのはプラス思考だという事です。

 つまり、「減点法」だと、どうしても悪いところを探す事になるわけですが、「加点法」で採点する時には、良いところを見つける事に主眼がいくという事で、そこが二つの大きな差になるというわけです。

 

 良いところを探すのと、悪いところを探すのとでは、最初からスタンスが全く違うわけですから、思考にも及ぼす結果にも、自ずと影響を与えるであろう事は誰が考えてもわかるわけで・・・

 よく、子供を育てる時には良いところを見つけ、それを伸ばしてやる事が重要だとか言われますが、それがまさしく「加点法」の考え方という事になります。

 それに対し、ウチの子はアレができないとか、ここが足りないとか、そういう欠点ばかりあげつらうような親のもとで育てられた子供は、不幸以外の何ものでもないと思われます。

 

 私が、昨年の自己採点を「100点満点」だといったのは、そういう事です ( ^-^)/ ♪

 おそらく皆さん方も、先の自己採点をする時には、「減点法」で採点したのではないでしょうか?

 でも、「加点法」という採点方法もあるという事を思い出してみる事も、時には必要なんじゃないでしょうかねぇ (*^-^*)ノ

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2011年1月 2日 (日)

ニューイヤー駅伝 2011

 私が毎年楽しみにしている、元日恒例のニューイヤー駅伝ですが、昨日ももちろん、朝からず~っとテレビの前に陣取って、熱く観戦させて頂きました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 最近では、出場チームの力が拮抗してきており、見ている方はおもしろくてしかたありません(笑い)

 今年も、1区はお互いに牽制しあって超スローペースでレースが進み、全37チームのうち終盤まで30チームほどが大集団でもつれ、第1中継所でのタスキ渡しも、30位のチームでさえトップから28秒差という大きなダンゴでした (^^;

 

 その後は、各チームの戦いがおもしろく展開し、とても楽しめました。

 そして、アンカー区間の7区では、日清食品富士通トヨタ自動車の三つどもえの熱い戦いがゴール手前まで繰り広げられ、2年前を彷彿とさせるレースになりました。

 

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 結果的に、残り500mほどで一番後方からトップに立ったトヨタ自動車が、富士通の追い上げを凌ぎ、1秒差で初優勝を遂げました ヽ(^o^)尸

 

 優勝したトヨタ自動車の健闘はもちろんですが、私が昨日一番喝采を贈りたいのは、九州地区代表の安川電機です。
 安川電機は、毎年出場してくる常連チームの一つではありますが、たいてい、レースの序盤は上位に顔を出すんですが、3区、4区とレースが進むにつれて順位を落とし、テレビに映る事はほとんどない、いわゆる中堅どころのチームです。
 ちなみに、昨年のニューイヤーでは、安川電機は27位という成績でした。

 

 それが、昨日は常に上位で戦い続け、アンカーの飛松君にタスキが渡った時点でトップに立っており、さすがに途中でかわされて4位でゴールはしましたが、強豪と呼ばれ、何度も優勝経験のあるようなチームと堂々と渡り合い、終始見事な戦いぶりを見せてくれたと思います ヽ(^◇^*)/

 

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 この安川電機には、飛松誠という私のお気に入りの選手がおり、毎年彼の姿を見るのが楽しみの一つです (^_^ゞポリポリ

 この写真で、一番右側を走っている選手が飛松君なんですが、なんというか、怒り肩でグイグイと力強く走るその姿が、まるでブルドーザーみたいでね (^◇^) 。。。ケラケラ

 2000年の箱根駅伝に帝京大のランナーとして出場し、5区の山登りで初めてその姿を見た時に、なんて変ったフォームで走る選手なんだろうと、強く私の印象に残り、それ以来、毎年彼の走りを見るのが楽しみになりました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 単に、変ったフォームで走るキワモノランナーというワケではなく、この怒り肩スタイルで黙々と走り続け、大学4年の時の箱根駅伝では、花の2区を任されたほどの実力者でもあります。

 大学を卒業してからも、ニューイヤー駅伝に安川電機のランナーとして出場した彼を見つけ、地道に頑張っているその姿にエールを送り続けていました。

 

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 昨日、安川電機の活躍で、アンカーとして先頭を走っている飛松君をテレビで長く楽しむ事ができ、ファンの一人としては、嬉しさもひとしおでした (*^.-^*)♪

 この映像は、最終の7区の4km過ぎのもので、先頭を走っていた飛松君が、2位の富士通に追いつかれ、さらに3位のトヨタ自動車と4位の日清食品にも吸収されて、4人で先頭グループを走っていた時のものです。

 

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 残念ながら、この後、飛松君は3人に置いていかれ、次第にテレビの映像から消えていってしまったんですが、これは、4位で嬉しそうにゴールする飛松君です (^^)v

 

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 実は、私にはもう一人お気に入りの選手がいます (^_^ゞポリポリ

 かつて駒大のランナーとして箱根路を走った堺晃一君です。

 上の写真が堺君なんですが、大学時代から「太ももランナー」として有名だった選手です(苦笑)

 普通、長距離ランナーというのは、下半身はしっかりしていますが、それに比べれば上半身はワリと貧弱に見えるものです。
 ところが、堺君はご覧のように長距離ランナーとしては異色ともいえるくらい、下半身はもちろん、上半身もしっかりと鍛え上げられた見事な身体をしています。
 このガッチリした身体で、力強く走る姿は、飛松君のブルドーザーみたいな走りとも違い、私は重戦車みたいだなと思いながら見ています。

 駒大時代の堺君は、私のヒイキの早大の強力なライバルであり、彼には何度も煮え湯を飲まされた事を思い出します (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 しかし、卒業後もこうして実業団のランナーとして活躍している姿を見るのは、やはり嬉しいものですね o(*^▽^*)o~♪

 

 飛松君も堺君も、決してサラブレッドと評されるようなスマートなランナーではありませんが、個性的で力強く走るその姿は、喩えるならば、北海道で行なわれているばんえい競馬で見られる「ばんえい馬」みたいで、私好みです (^^)v

 

 普通なら、日清食品の佐藤悠基みたいなエリートランナーが好きだというファンは多いと思うんですが、私は天の邪鬼ですからねぇ、佐藤のようなスマートでカッコいいランナーはあまり好きではありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 「雑草魂」というようなことばもありますが、そんな脇役みたいな立場でも、一生懸命にプレーするアスリートが、私好みの選手だったりします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年1月 1日 (土)

賀正

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 皆さん、明けましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いします。

 

 私は、今日から53才です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 だからといって、どうという事もありませんが、このトシまで生きて来られたことに感謝です (^_^ゞポリポリ

 

 いやぁ、めでたい、めでたい (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 今年も、相も変わらず、拙いブログを続けていこうと思っていますので、どうぞお見捨てなきよう、よろしくご贔屓のほどお願いいたします m(_ _)m

 

 というワケで、一年の始まりは「ニューイヤー駅伝」ですよね ヽ(^◇^*)/

 おそらく、今頃はテレビの前に寝転がって、ビールでも飲みながら観戦している頃なんでしょうが、今年は、どんなレース展開になるのか、非常に楽しみです・・・ p(^_^)q ワクワク

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