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2011年2月 4日 (金)

 昨日は節分という事で、豆まきをしたご家庭もあったことと思います。

 

 ところで、節分の豆まきといえば、「福は内、鬼は外」という口上が一般的だと思いますが、中には、「鬼は外」とは言わずに、「鬼は内」とか「鬼も内」などと言う豆まきも存在します。

 鬼を祀っている神社や、鬼という文字が付いた姓を持つ家庭に多いそうで、例えば、「恐れ入谷の鬼子母神」で有名な、東京都台東区の真源寺では、鬼子母神を祀っているために、「福は内、悪魔は外」と言って豆を蒔くんだそうで(苦笑)

 

 「鬼は内」という口上を用いる神社は少なくなく、私の地元である成田山新勝寺では、不動明王をご本尊として祀っているために「福は内」だけを言って豆を蒔きます。

 鬼頭さんとか鬼塚さんなどのように、姓に鬼の文字が付くご家庭では、鬼を追い出すと家が絶えてしまうという事で、「鬼は外」とは言わないんだそうで・・・ (^_^;

 

 だいたい、「鬼」という存在を、妖怪とか怪物のように考えているから、「恐ろしい」とか「怖い」という思いを抱くわけで、周囲にそういう感情を与えるものはたいてい「悪いヤツ」という事で片付けられてしまいます(笑い)

 

 しかし、そもそもは「鬼」は悪いヤツでも恐い存在でもなかったはずです。

 

 「神」ということばが存在し、人々の信仰の対象となっていますが、「鬼」も「神」と同様の存在であり、人々から畏れられ、敬われていたのは事実です。

 つまり、人を超えた、なにがしかの「特別な力」を持っている「超人」に対して「鬼」という称号を与え、特別視し、敬ってきたわけです。

 

 今でも、「野球の鬼」とか「土俵の鬼」、あるいは、「将棋の鬼」などのように、凡人ではとてもかなわないような強い相手に対して、「鬼」ということばを用いて形容することが少なくありません。
 だからといって、そう呼ばれた人が、格別恐ろしい人だというわけではありませんし、悪口として言っているわけでもないはずです。
 むしろ、尊敬の念をこめて「鬼」と言っているわけです。

 

 しかし、そのうちに「神」とは対極の存在である邪悪なものに対して、「鬼」ということばを用いるようになってしまいました。
 これが、誤解の始まりだったように私には思えます。

 昨今、「鬼嫁」なんてことばまで生まれてしまったように、「鬼」と呼ばれる事は名誉なことではなくなってしまい、どちらかといえば、軽蔑とか蔑みという、相手に対して悪意をこめて用いられるのが普通だと思います。

 

 

 ところで、「鬼」といえば「鬼退治」という事で、4年ほど前に「桃太郎」という記事を書いたことがあります。

 桃太郎というおとぎ話によせて、どうして桃太郎は桃から生まれたのかとか、なぜ犬と猿とキジを家来として連れて行ったのかなんて事をもっともらしく述べた後、鬼を退治した「桃太郎」は、ヒーローではなく、実は極悪人ではないのかナンて、岡山県の人が聞いたら怒り出しそうな持論まで述べています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 そちらの記事も、合わせてご一読願えれば幸いです ( ^-^)/ ♪

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