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2011年3月31日 (木)

10日ぶりに

 ちょうど一週間前になりますが、「納豆が消えた」という記事を書いて、地震後に市場から納豆が消えたことを嘆いたことがあります (^_^ゞポリポリ

 

 その後も相変わらず納豆の姿を見かけることはありませんで、納豆好きな私としてはどうにかならないのかとずっと思っていました・・・ (^_^;

 ところが、昨日、仕事の合間に成田市内のスーパーをチョッと覗いてみると、なんと!!!
 売り場に納豆が置いてあるじゃありませんか・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

  20110331001

 

 売り場の前に、おばちゃんが二人立って居て、残り一つになった納豆を前に、納豆がどうのと世間話をしているところでした・・・

 見ると、プライスは128円となっていまして、「お一人様一個限り」というポップがついていましたが、ここのところずっと見かけなかっただけに、そんな事はどうでもイイかなと思い、図々しくも「スミマセン」と横から手を伸ばし、残りの一つとなった納豆を強引にゲットしてきました (^^)v
 それが、写真の左側の納豆です。

 

 これで今日の朝食には納豆が食べられると思い、意気揚々と帰宅したんですが・・・ (^^;

 

 「ただいま~」とドアを開けた私に向かって、「ねぇ、納豆、売ってたわよ~」とはしゃぎながら迎えてくれた家内・・・(爆笑)

 聞くと、近所のスーパーで、いつも通りのお買い得プライス、つまり、58円で売っていたので、一個買ってきたと言います(笑い)
 それが写真の右側の納豆です。

 

 私が買ったのも、家内が買ったのも、どちらも業界最大手である「タカノフーズ」の「おかめ納豆」という商品でしたが、私が買ってきたのは「極小粒シリーズ」のもので、家内が買ってきたのは一般的な「おかめ仕立てシリーズ」というものでした。
 個人的には、普通の豆で作られた納豆が好みなんですが、他に商品が無ければ背に腹は代えられませんから・・・ (^_^ゞポリポリ

 家内が買ってきたスーパーの売り場には、他にも業界二位のミツカンが出している「金のつぶ」という納豆も有ったそうですが、そちらは100円以上のプライスが付いていたそうで、そちらはまだまだたくさん並んでいたそうです。

 まぁ、タカが納豆ですから、半値近い価格で買えれば、そっちの方がずっと魅力的に消費者には思えるんでしょうね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 それはともかく、相変わらず品薄であることには変わりはありませんが、お一人様一個限りという限定的な状況ではあっても、商品が売り場に並んだということは、供給も少しずつ従来通りに近づいて来たのかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ・・・というワケで、皆さんがこの記事をお読みになっている頃には、私はおよそ10日ぶりに納豆ご飯の朝食を済ませた頃だと思います o(*^▽^*)o~♪

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2011年3月30日 (水)

「の」

 少し前の事ですが、ラジオを聞いていてチョッと意外な思いをしましてね・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 たまたま聞いていた番組の中で、東京都調布市にある「武者小路実篤記念館」を紹介していたんですが、その時の読みが「むしゃこうじさねあつ」と言っていまして、かなり違和感を感じました。

 番組の中でも、リポーターが「『むしゃこうじ』と言うんですね〜、初めて知りましたよ」ナンて語っていまして、もちろん私も「むしゃのこうじ」という読みで知っていたわけで、今さら「むしゃこうじさねあつ」が正しい読みだナンていわれても、なんとなく別人のような気さえしてしまいます(笑い)

 

 「武者小路」という姓は、公家のものであり、本来は「むしゃのこうじ」と読むのが正しいようですが、実篤自身は「むしゃこうじ」と名乗っていたそうで、おそらくはペンネームだからワザとそのように名乗っていたのではないかと思えなくもない。

 

 たかが「の」の文字が入るか入らないかの違いでしかないといってしまえばそれまでですが、人の名前というものは、一字違ってもたいへんな間違いにつながりかねませんから、私は極力正しいと思われる名前にこだわるようにしている一人です (^^ゞ

 例えば、「渡「渡、あるいは藤」藤」などのように、新字体と旧字体の違いであっても、どっちでもいいというのは乱暴な考え方だと私は思っています。
 本人がどちらでもいいと言ったのならともかく、周りの人がどちらでもいいなどと勝手に言うべきモノではないんじゃないかな。
 戸籍や契約書などの公文書では、名前の文字が一字でも間違っていたら、たいへんな事になりますよ。

 

 そういえば、「中島」「山崎」という姓がありまして、普通は「なかま」「やまき」と、それぞれ濁点を付けて読んでいると思うのですが、中島美嘉や山崎ハコがデビューした当時、濁点をつけて紹介されると、その度に「いえ、なかです」とか、「やま」ですなどと訂正していたのを思い出します。
 これも、本人にしてみれば、どっちでもいいわけではないという強い思いがあったからこそ、いちいち訂正していたんだろうと思います。

 最近の報道で耳に付く地名に「茨城県」がありますが、これも「いばらけん」が正しく、「いばらけん」と濁るのは誤りという事になります (^^)v

 

 そこで、冒頭の「の」ですが、戦国武将の一人に「山内一豊」という人物がいまして、この人の場合は、本人よりも「山内一豊の妻」ナンてことばがあるように、もしかすると「妻」の方が有名だったりするのですが、それでも「山内千代」ではなく、「山内一豊の妻」と言われてしまうところが時代を表わしているのかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 この「山内一豊」も、「やまのうちかずとよ」と読まれることが圧倒的に多いと思うのですが、2006年に放送されたNHKの大河ドラマでは、「やまうちかずとよ」と読んでいました。
 様々な文献を考証した結果、最近では「やまうち」と読むのが正しいのではないかと考えられるようになった事を考慮して、最終的に「やまうち」に決められたそうです。

 さらに言うならば、「一豊」の読みについても、「かずとよ」「かつとよ」の二通りの説があるそうで、一般的には「かずとよ」と読まれているようですが、どうも「かつとよ」の読みの方が歴史的には旗色がよくなってきているそうです。

 ・・・という事で、「山内一豊」は、「やまうちかつとよ」と読むのが最近では定説になりつつあるようです (^_^ゞポリポリ

 「功名が辻」をドラマ化する際に、大河の製作サイドでも、最後の最後まで「やまうち」と「やまのうち」、「かずとよ」と「かつとよ」、どちらの読みにするかで問題になったそうですが、結果的に「やまうちかずとよ」で決着しました (^_^;

 

 ちなみに、私は「やまのうちかずとよ」派です (^^)v
 もちろん、「やまうちかつとよ」という読みが正式に決定されれば、それに従うことは言うまでもありませんが (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年3月29日 (火)

元気が出る歌

 こんな時期なので、ラジオなんかでも「元気が出る歌」みたいなテーマで、リクエストを募ったりしています。

 せめて、歌でも聞いて元気を出していただこうというのが、局としての趣旨なんだろうと思うのですが、一口に「元気が出る歌」などといっても、人それぞれに「元気が出る歌」があるでしょうし、ある人にとってはこの歌を聞いて元気になるけれど、別の人が聞いても全くそんな気持ちにはなれないというようなこともあると思います。

 生きて来た人生も、その人の持っている感性も、人によって様々なわけですから、受け取り方も千差万別で、万人に共通して「元気が出る歌」ナンてものは存在するのかといえば、はなはだ疑問です・・・

 

 一般的にいえば、アップテンポでアレンジも賑やかな作品を聞いた方が「元気が出る」と思われているようで、例えば、映画の「ロッキーのテーマ」とか、ヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」なんかがそういう歌の代表みたいにいわれたりもしますが、必ずしもそういう歌が落ち込んでいる時の気持ちを奮い立たせてくれるとは限りません・・・

 

 そんなワケで、今日の記事のタイトルは、「元気が出る歌」とはなっていますが、あくまでも「私にとって」という前置きが付きまして、ハッキリいって、どうしてこんな歌を聞いて元気がでるのか、全く理解できない方がほとんどだろうと思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 しかし、当たり前に思えるような歌を挙げても、記事としてはそれほどおもしろい内容になるとは思えませんし、こんなふうな「意外なタイトル」を紹介した方が、読み手としては感心を持ってもらえるのかもしれません(笑い)

 

 という事で、私が昔から落ち込んだときなんかによく聴いていた、「元気が出る歌」の代表的な作品を二つご紹介してみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 まず、高校生の時に聴いて好きになった作品で、谷山浩子の「お早ようございますの帽子屋さん」です。

 

 

  谷山浩子の醸し出す、どことなくメルヘンチックな雰囲気が好きで、それは例えばイルカのほのぼのとした雰囲気に似ているようなところがあるのかもしれませんが、イルカの場合はチョッとおっとりとした天然がかったところがあるのに対して、谷山浩子はもっと繊細な夢見る乙女を感じさせるところがお気に入りの理由かな (*^.-^*)♪

 

 「誰だってみんな 優しい人ばかり」

 「疲れるだけですよ 憎んでみたところで」

 「一言話をすれば 誰でも友達」

 こんな歌詞に癒されています・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 

 もう一曲は、中学生の時に聴いて、シングルレコードも持っていた、チューインガムの「風と落ち葉と旅びと」です。

 

 

  この当時、チューインガムは12才の松田りかと10才のマミによる姉妹デュオでした。
 私とも年齢がほぼ一緒ということもあり、親近感もあってよく口ずさんだものです。

 特に目立った活躍はしていませんで、数曲を発表しただけで引退してしまいました・・・ (^^;
 それだけに、この「風と落ち葉と旅びと」の印象がよけいに強いです。

 

 「風は友だち 落葉はなかま」
 「ひとりで旅する 心のなかま」

 好きなフレーズは歌詞の中にたくさんありますが、中でもこのフレーズが一番好きかな (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 中学生の頃は、サイクリングでどこかへ出かけるときなどに、よく鼻歌なんかで歌っていました(笑い)
 40年近く経った今でも、この歌を聴くと、夢と希望に満ちていた中学生の頃の気持ちが、まざまざと甦ってきます (^^)v

 だからといって、今は、夢も希望も無いというわけではありませんが、元気をもらえると同時に、若かったあの当時の気持ちも甦ってくるような、そんな気持ちになれるという意味です (;^_^A アセアセ・・・

 

 いかがですか?

 皆さん方にも、そんな懐かしい思い出と共に、聴くと元気が出る歌がきっとありますよね o(*^▽^*)o~♪

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2011年3月28日 (月)

北方

  20110326011

 千葉県の市川市と船橋市との境、競馬好きな方でしたら「中山競馬場」という名前をお聞きになればおおよその場所がわかるのかもしれません(笑い)

 

 かつては「市川松戸有料道路」と呼ばれていた「松戸原木線」と、「市川印西線」、通称「木下(きおろし)街道」とが交差する「北方十字路」・・・

 

 

 写真は、そんな「北方十字路」を撮ったもので、市川から印西方面に向かって走っているときに、信号待ちで見た時のものです。

 交差点の直ぐ右手には「中山競馬場」が在り、左手に向かえば松戸に至ります。

 

 この交差点付近は、この辺りでも有名な渋滞のメッカであり、特に、京葉道路の原木ICからこの北方十字路にかけては、年中キツイ渋滞が見られます (^^;

 

 ところで、交差点の名前にもなっている「北方」ですが、いわゆる難読地名の一つでもありまして、地元の方なら普通に読めるんでしょうが、そうでなければ、まず読むことはできないと思います (;^_^A アセアセ・・・

 

 普通に読めば、「ほっぽう」、あるいは「きたかた」なんでしょうが、ここでは写真にも写っている通り、「ぼっけ」と読まれています・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 地名の由来はいくつかあるようですが、単に市川市の北部に位置しているので、「北方」なんじゃないかと思うのですが、地図を見ると、必ずしも市川市の北部というワケではなく、もっと北は、松戸市とか鎌ヶ谷市などにも接しており、おそらくは市川市の中心部、いわゆる千葉街道沿いに在る「市川」や「八幡」という市街地よりも北に在るからという意味だったんじゃないかと思います。

 それはわかるのですが、じゃぁ、なんで「ぼっけ」と読むようになったのかといえば、いずれの説も説得力に欠けるというか・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 ただ、今現在は「ぼっけ」だと読めないということから、一部の町名は「きたかた」という読みに変更されており、市川市内には「北方(きたかた)」「北方町(ぼっけまち)」の二つの読みの町名が混在するという、ワケのわからない状況になっています (^_^;

 

 難読地名なんて、どこにでもありますが、私はそういう変わった地名が大好きでね、見かける度におもしろがっていますよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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負けるな

 プロゴルファーの宮里藍の発案で、宮里美香、上田桃子ら三人が、東北地方太平洋沖地震による被災地支援のために、インターネット上で「まけるな日本」をスローガンに共同の募金活動を始めたと報じられた。

 

 かつて、神戸に本拠地を置くプロ野球のオリックス・ブルーウェーブが、阪神・淡路大震災で甚大な被害を受けた地元に対し、「がんばろう神戸」をキャッチフレーズに、一年間を戦ったことがあった・・・

 その年は、オリックスが2位のロッテに対し12ゲームもの差を付け、ぶっちぎりで優勝して神戸市民に大きな勇気を与えた。
 さらに、その翌年も同じキャッチフレーズでペナントを戦い、日本シリーズに駒を進めたオリックスは、巨人を4勝1敗で下して、見事に日本一の栄冠を掴んだ・・・

 

 そんな前例もあり、今回の震災の際にも、当然のように「がんばろう日本」などという文字がマスコミを通じて発信されたこともあった。
 しかし、私は「それは違うんじゃないか」という思いがして、どうしても賛同できませんでした・・・ (__;)

 

 よく、人は誰かに向かって「頑張れ」ということばを、口にすることがあります。

 一番有名な例は、1936年に行なわれたベルリン五輪で、女子200m平泳ぎの決勝に進んだ前畑秀子に対し、NHKのアナウンサーだった川西三省が「前畑頑張れ」などと、「頑張れ」ということばを実況の中で24回も繰り返し、日本中を熱狂させたと伝えられています。

 「頑張れ」と言った本人にはそういう思いはないのかもしれませんが、「頑張れ」ということばにはどうしても上から目線がつきまといます。
 言う方は同じ立場で言っているつもりでも、やはり当事者とは違い、単なる傍観者でしかないわけですよ。言われる方の気持ちは、わかってるようでわからない・・・

 

 以前、バラエティ番組でチョッと興味深い実験を見ました。
 バンジージャンプの高い台の上で、飛び降りるのを躊躇している男の人に向かい、下で見ているギャラリーの女性達が、口々に「頑張って~」と声援を送るのですが、上で聞いている男性は、「勝手なこと言ってら」とか「飛び降りるのは俺なんだぜ」とか言ってなかなか飛び降りようとはしません。
 しかし、「カッコいい~」などとおだてるような声援を送ると、上の男性はチョッと戸惑ってはにかむものの、直ぐにその気になって飛び降りた・・・というものです。

 このように、単に「頑張れ」と言われても、言われた人には言った人の思いはそれほど伝わらないか、逆に反発を買うのがオチで、「頑張れ」はあまり有効な応援のことばではないというのが最近の考え方です。

 

 特に、いろんな意味で逆境にある人に向かって「頑張れ」ということばを言う事はタブーであるとされています。
 「今でも一生懸命に頑張っているのに、もうこれ以上は頑張れない・・・」という事で、言っている方は励ましているつもりでも、言われた方は精神的に追い詰められてしまうからというのがその理由だそうで・・・ (^^;

 

 そういう意味で、「がんばろう日本」というコピーを聞いても、たいへんな思いを強いられている被災地の人達に向かって、「頑張ろう」というのは、ある意味ごう慢な物言いなのではないのかというのが私の正直な気持ちでした。

 

 そんな時に聞いた「まけるな日本」というのは、まさにわが意を得たりというか、そういう「弱者」に対して優しいことばを聞きたかったんですよね (*^.-^*)♪

 

 宮里藍さん、私の気持ちを代弁して頂きまして、ありがとうございました m(_ _)m

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2011年3月27日 (日)

さくらの日

 今日は「さくらの日」なんだそうです。

 3×9(さくら)=27の語呂合わせから、平成4年に日本さくらの会が決めたんだそうで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 それはともかく、「桜」は、昔から日本人にもっとも愛されている花の一つですから、桜を題材にした歌も実にたくさん存在します。

 この記事で取り上げた、コブクロ「桜」もそんな中の一つで、この時期には、森山直太朗「さくら」と共によく耳にすると思います。

 

 

 

 コブクロは、非常に音楽性の高い、実力派のコーラスグループというのか、二人組であるだけに、私も大好きなアーティストの一つですから、好きな作品も多いんですが、この「桜」だけはどうしても好きになれなくてね・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 というのも、冒頭の「名もない花には名前を付けましょう」という部分から、おかしな歌唱法で歌い出すからなんですが、どんなふうにおかしいのかは上のYouTubeの動画でご確認ください・・・

 

 「なもない はなには・・・」と、音程を下の方から発声して、目的の高さまで上げていくこのような歌い方は、俗に「スカートまくり唱法」と呼ばれて、特にクラシックを勉強した歌い手からは「いやらしい歌い方」として軽蔑されている歌い方です。

 どうして「スカートまくり」なのかといえば、下から上に持ち上げるように声を出すからなんですが、こういう歌い方というのは、音程に自信がない歌い手がそれを誤魔化すために用いる事が多いので、つまるところ、「下手なヤツ」、あるいは「みっともないヤツ」ということで、蔑まれているわけです。

 

 コブクロは、二人とも実にしっかりした歌唱力を備えていますし、他の作品ではこんな歌い方はしていませんから、こんなおかしな歌い方をしなくても十分この作品を歌えるはずなんですが、敢えてこんな歌い方をしているというのは、最初から何らかの効果を狙ってやっているとしか思えないワケですよ。

 

 しかし、普通に「なもないはなには・・・」と歌った方が、私はこの作品はずっと魅力的だと思うんですがねぇ・・・(笑い)

 

 もしかしたら、桜の花を下から見上げたイメージでこの歌を歌っているのかもしれませんが、だとしても、「桜の花」の可憐さとか慎ましさみたいなモノが、こんな歌い方をする事によって台無しになってしまっていると私は思うんですよ・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 いい作品であるだけに、その点がとても残念だなと、耳にする度に思っちゃうんですよね。

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水騒動

 23日に、東京の金町浄水場で、乳児の摂取制限を超える放射性ヨウ素が検出されたのを皮切りに、昨日までに東北や関東など、13都県の水道水から放射性物質が検出されたと報じられています・・・ (__;)

 これにより、各地で「水騒動」が勃発し、スーパーやコンビニなどの売り場から一斉にミネラルウオーターが消えたという (ノ_-;)ハア…

 

 別にこの件に限らず、ガソリンでも米でもそうですが、不安になるのはわからないでもないけれど、どうしてそこまでして手に入れたがるのだろう・・・

 連日報道される放射線量などの数値に一喜一憂し、いちいち振り回されていても仕方がないと私は思うのだが・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 我が家では、地震以降、特別変わった生活はしていません。

 水ナンて、これまでにも買って飲んだことはほとんど無く、今現在も普通に水道水を利用して生活していますし、買い物もいつも通り、週に一度近所に在るディスカウントスーパーに出向いて買ってくるだけです。
 停電になるからといっても、あらためて何かを購入したナンて事もありません。ローソクも乾電池も、普段から多少の買い置きはしてあるので、今さら慌てる必要は無いからです (^^)v

 地震後に行なうようになったのは、万一を考えて、浴槽に水を張っておくようになったことと、多少節電に気を配るようになったことくらいで、それ以外は、それまでと生活が変わったようなことは何一つありません。

 危機感が無いといわれれば、そうなのかもしれませんが、政府が「大丈夫」と言っているうちは、水も野菜も今まで通りに摂取しようと家内共々思っています。

 

 第一、被災地の人々でさえ整然と行動しており、その姿が海外に伝えられて賞賛されたのは記憶に新しい。
 それなのに、首都圏に住んでいながら、われ先にと買い占めに走る姿はいかがなものか・・・

 みっともないというのか、あるいは恥ずかしいというべきなのか・・・
 とても同じ日本人だとは思えませんし、思いたくもありませんねぇ・・・ q(`o')ブー!!


 少なくても、被災地で不自由な生活を強いられている方々に対しては、申し訳ない姿であり、とても見せられたモンじゃないと私は思う。

 

 地震の前と変わらない、いわゆる「普通の生活」をしていれば、商品が売り場から無くなるなんてこともないはずだし、ガソリンを求めて行列を作るなんて事もなかったはずです。

 

 今回の「水騒動」にしても、本当に「水」を必要としているのは、1才未満の乳児だけと発表されているわけで、福島原発の周辺の人々ならまだしも、首都圏に住んでいながら、どうしてそこまでして「水」を買い求めなければならないのか、私には理解できません・・・

 我も我もと、それも必要以上に買い占めたりするから、本当に必要な人の手には渡らないという不幸なことが起こるわけでしょ。
 アナタ方が不安に思う気持ちはわからないでもないけど、それ以上に、乳児を抱えたご家族の不安は大きいと私は思いますよ。どうしてそのくらいの事がわからないのかなぁ・・・ (ノ_-;)ハア…
 わかってはいるけど、他人のことナンて構っていられないという事なんでしょうかねぇ・・・ (__;)

 

 私だって、政府の発表をそのまま鵜呑みにしているわけではありませんが、だからといってまるっきり信じていないわけでもありません。

 ある程度疑心暗鬼になるのはやむを得ない事なのかもしれないけれど、「さし当たっての健康被害は無い」と枝野官房長官が言い続けているうちは、政府を信じてみたいと思っています。

 だって、長いこと望んでやっと実現した政権交代です。少なくても、政権の座に居るであろう4年間くらいは、黙って見守ってやるのが、民主党に一票を投じた有権者としての責任なのではないかと思うからです・・・ (^^ゞ

 そして、流言飛語に惑わされることなく、政府を信じ、軽挙妄動を慎むことが、今の私にできる最善の復興支援だと思っています (^^)v

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2011年3月26日 (土)

ファミリー割引

 昨日の記事の「続編」とでもいうべき内容で恐縮なんですが・・・

 

 実は、先週のことですが、家内の携帯の通話料金が引き落としできなかったとの連絡を受けて、成田市内のDoCoMoショップに支払いに行ってきました・・・ (^^ゞ

 

 その際に、担当していただいた窓口の女性にお互いの料金プランをいろいろと見直していただき、やっと・・・

 ・・・やはり、「やっと」というべきなんでしょうね、家内とファミリー割引契約を結んできました(笑い)

 

 昨日の記事でもお話ししたように、私らは2年前に結婚をしました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ですから、結婚と同時にファミリー割引に入っていれば、今さらこんな契約を結ぶこともなく、お互いの通話料もお得だったはずなんですが、心ならずも、「今」になってしまったというわけです・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 実は、2年前に籍を入れたときにも、私は「ファミ割」にしようと家内に言ったんですが、「手続きが面倒だからイヤ!」と、にべもなく断わられてしまいまして、それ以来、「ファミ割」の事は言い出せないままになっていました (^◇^) 。。。ケラケラ

 ですから、それぞれの携帯電話の料金は、それまで通りに別々に請求が届き、別々の口座から引き落とされてきました・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 今回、窓口でいろいろとお話を伺っている際に、当然のように「ファミ割」のハナシが出て、今、この場で簡単に手続きができますよと言われ、家内もやっとその気になってくれたようで・・・(笑い)

 

 窓口での私と家内の会話・・・

 

 私:「だから早く入ろうよって言ったのに・・・」

 家内:「・・・・・・」

 

 今回、ファミ割MAX50に入ったことで、家内との間の通話料は24時間無料、メールも無料になりました ヽ(^◇^*)/

 

 加入後の家内のコメントですが・・・

 

 「これで来月から支払いの心配をしなくて済むわ」

 ・・・ですと (^◇^;)

 

 家族なんだから、こうするのが当たり前・・・というか、してなかった今までの方がおかしいと思うんだけどな (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年3月25日 (金)

愛は勝つ

 よく、「結婚は勢いだ」ナンて言われたりもします。

 私もその通りだと思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 恋人同士がある程度の交際期間を経て、いざ、結婚しようという際には、どうしても「勢い」が無くては前には進めないと思うからです。

 「結婚」というのは、一つの「行動」であり、それまでの恋人同士とか同棲などの関係にピリオドを打ち、さらに前に進むための「儀式」というか、「手続き」を行なう事でもあります。

 ズルズルとしたぬるま湯のような関係を断ち、「夫婦」という絆で結ばれるために、自分たちや周囲の人々に二人の「決意」を示す行為が「結婚」ということなのだと思います。

 それまでの関係を続けてもいいところを、敢えて「夫婦」という形にこだわろうとするからには、やはり「勢い」という名の後押しが絶対に必要になるのだろうと・・・

 

 実は、一週間前の18日は、私ら夫婦の2回目の「結婚記念日」でした・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 未曾有の大災害の直後でもあり、決して忘れていたわけではないのですが、ガソリン不足とか計画停電とかのゴタゴタが続いていた事もあって、家内と二人、簡単に「今日は結婚記念日だね」と確認しあっただけで、何のイベントも無いままに過ぎてしまいました・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 一応、2周年目ということで、「藁婚式」、あるいは「綿婚式」と呼ばれているそうです(笑い)

 去年の「紙婚式」から比べれば、「藁」であれ「綿」であれ、多少は「強く」「価値」あるものに成長したのかなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 それはともかく、「銀婚式」「金婚式」を迎えた、仲のよいご夫婦に対し、「夫婦が長い間一緒に暮らすコツは何ですか?」みたいな質問を、異口同音に問いかけるのをよく見かけたりします。

 そういう際に、「諦め」だとか「惰性」、あるいは「我慢」など、そんなことばを臆面もなく口にするご年配の方も少なくありません。
 また、お互いを「空気」のような存在だとおっしゃる方も少なくありません。
 「空気」は、生活する上で非常に大切であり、無くてはならないモノではありますが、普段はその存在を気にしたりするような事はありませんから、「夫婦」という関係を言い表すのに、言い得て妙なのかなと(笑い)

 

 以前は私も、結婚生活には「諦め」や「我慢」が付きものであり、必要不可欠なものだと考えていた事があります。

 しかし、「諦め」や「惰性」、「我慢」、いずれにしても、そういうことばには、どうしても後ろ向きのイメージが付きまといますから、かけがえのない伴侶との結婚生活を、そういう考えのもとに送るというのはいかがなものかと思うようにもなりました・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 まして、25年も50年も夫婦生活を続けてきた人生の大先輩ともあろう方々が、「結婚生活は我慢」だとか、「伴侶は空気みたいなものだ」ナンておっしゃるのを聞くと、そんなことばでしか自分たち夫婦の歴史を語れないのかよと悲しくなってしまいます・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 で、もし私が将来、「夫婦が長い間一緒に暮らすコツは何ですか?」と訊かれたとしたなら・・・

 その時には、「愛する事です」と胸を張って答えたいなと、今は考えています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 まぁ、やっと2周年を迎えたばかりの私が口にするには、おこがまし過ぎることばではありますが・・・ (^^;

 

 夫婦生活というのは、一つ屋根の下で長いこと一緒に暮らすことですから、時には相手の嫌なところも目につくでしょうし、ケンカをすることもあるでしょう。

 そういうときに、自分のモノサシで相手を計るのではなく、愛をもって接するようにすれば、大概のことは許せると思いますし、相手を見る目も自ずと変わってくると思います (^_^ゞポリポリ

 第一、「我慢する」というのと、「許す」というのとでは、相手にとる行動は同じだったとしても、結果として雲泥の差があるとは思いませんか(苦笑)

 

 KANではありませんが、やはり「最後に愛は勝つ」んですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 

 

 

 ・・・という事で、遅ればせながら、今夜の食卓の際には、ささやかなお祝いでもしようかなと・・・ (〃'∇'〃)ゝエヘヘ

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2011年3月24日 (木)

納豆が消えた

 私は「納豆」が大好きでして、そのあたりの事については過去にも「納豆」という記事の中で語ったことがあります。

 ですから、毎朝の食卓には必ず納豆が出されます。
 ほっかほかのご飯の上に乗っけたネバネバの納豆・・・
 私にとって、これ以上のご馳走はありませんねぇ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ところで、今回の大地震の後、市場から納豆が完全に消えてしまいましてね・・・ (^_^;

 そんな事になるとは思ってもいませんでしたし、わかっていてもあからさまな買いだめなんてウチはしなかったと思うので、いずれは冷蔵庫の中から無くなってしまったと思うのですが・・・

 11日の金曜日に地震が起き、翌日の夕方、毎週土曜日に行なっている一週間分の買い出しにいつものスーパーに出かけたときには、すでに納豆は売り場から消えていました・・・ (^◇^;)

 その後、私が近所のスーパーから4Pを1包買ってきたのが先週の初めのことで、その納豆も先週で無くなり、その後はどこにも売っていないので買うことができずに今にいたります (__;)

 

 まぁ、納豆が食べられなくても、特別困っているわけでもありませんが、ほとんど毎朝食べているだけに、チョッと口寂しい思いをしているのは事実です・・・

 

 仕事で出かける度に、スーパーなどを覗いてみるのですが、成田市内はもちろん、神奈川県の川崎市、伊勢原市などでも納豆は売り場から消えていました・・・ (^_^;

 というワケで、今朝も納豆無しの朝食ですから、これで四日間納豆を食べていないことになります (^_^ゞポリポリ

 

 どうしてこんな事になってしまったのか・・・

 

 一部では、納豆のネバネバの中に含まれる「ジピコリン酸」という物質が、ストロンチウム90などの放射性物質を、体外に排出する作用をもっているということで、福島第一原発の事故によってまき散らされている放射性物質からの過剰防衛反応から、納豆が買い占められているらしいなんていう、まことしやかなウワサが流れているそうです (^^;

 まぁ、そういう信憑性が疑わしい理由はともかくとして、市場から納豆が消えてしまった理由は大きく二つあるようです。

 

 一番大きな理由は、やはり工場が地震で被災して、納豆の生産ができなくなっているということだと思います。

 「納豆」といえば「水戸」というくらい、納豆と茨城県とは切っても切れない結びつきがあります。
 現に、納豆業界のシェア№1を誇るタカノフーズですが、茨城県内3ヶ所に工場を持っています。しかも、宮城県内にも東北工場が在ります。

 また、業界2位のミツカンも、茨城県とは利根川を挟んだ香取市内に、水郷工場を持っています。

 両社共に、工場が被災して、現在復旧作業を進めている旨をHPでアナウンスしています。

 この2社だけでほぼ半分のシェアを占めているわけですから、それらの会社の工場のいくつかが稼働不能に陥れば、市場に与える影響も甚大なものになるのは容易に想像がつきます。

 

 次に、納豆は調理の必要がなく、そのままでおかずとして食べる事ができるという点が挙げられます。

 ガスも電気も必要なく、付いているタレなどをかけてかき混ぜるだけで即おかずになるというのは、災害の時などにはとても重宝する食べ物だという事で、おそらくは地震後に消費者たちが、いつもより少し多めに買っていったのだろうと思われます。

 しかも、納豆は思っているよりもずっと保存の利く食品です。冷蔵庫の中に入れてさえおけば、消費期限を1週間や2週間過ぎていても問題なく食べられます。
 私は、最長で消費期限から1ヶ月近く経った納豆を食べたことがありますが、健康被害は特にありませんでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 冷凍すればさらに長期保存が可能ですから、納豆は意外な非常食という一面も持っています (^^)v
 もっとも、買ってきてから10日も20日も冷蔵庫に入れておく家庭はあまり無いでしょうし、消費期限が切れていれば、普通は食べたりしないで、そのまま捨ててしまうのかな・・・(笑い)

 

 納豆は、好き嫌いもハッキリしている食品で、私はとにかく大好きですが、家内はそれほど好きではなく、食事の時におかずとして食べることはまずありません(苦笑)

 しかし、価格も安く、あれば重宝する食べ物だという事は間違いのないことなので、消費者としては、見かければついまとめ買いしたくなるんでしょうなぁ・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 しかし、いったい、いつになったら普通に納豆が食べられるようになるんでしょうねぇ・・・  (ノ_-;)ハア…

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2011年3月23日 (水)

パーマ屋ゆんた

 最近、ラジオでよく耳にする曲の一つに、BEGIN「パーマ屋ゆんた」という歌があります。

 ちょうど、今時分の人間模様をモチーフにした作品だからだろうか・・・

 

 ご存じでない方のために、下に動画を貼り付けましたので、ぜひ一度お聴きになってみてください ( ^-^)/ ♪

 

 

 

 BEGINの歌というのは、例えば「涙そうそう」だったり、「島人ぬ宝」だったりと、お気に入りの歌はいくつもあるけれど、この「パーマ屋ゆんた」はそういう作品ともチョッと違い、なんというか、身につまされて、聴いているうちにちょっぴり「切ない」気持ちにさせられてしまいます・・・

 

 赤ん坊の頃から髪を切ってきた近所の女の子が、今はキレイな女子高生に成長し、明日は内地の大学に旅立つので、馴染みのパーマ屋さんに寄っておめかしをしている・・・

 そんなお店の中の二人のやり取りを歌い込んだこの歌は、本来なら、よく知っている近所の子供の巣立ちを祝う、おめでたい内容なワケだけれど、聴いていてもそんな晴れやかな雰囲気は伝わってきません・・・

 

 私は、離島で生活したことはありませんが、「陸の孤島」とも呼ばれていた、会津のかなり奥深い山村で生まれ育ったこともあり、おそらくは似たような環境なのではないかと勝手に思ってこの「パーマ屋ゆんた」を聴いています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 私の村にも、隣町の高校の分校が存在しましたが、私が中学生の時には廃校が決まり、募集が打ち切られました。
 そんなワケで、中学を卒業した生徒たちは、進学のためにほとんどが村を離れ、近隣の市や町で下宿生活をする事になります。
 一部は、バスに乗るかバイクを買ってもらって、自宅から隣町の高校に通う生徒も居たりしますが、それでも冬期間は雪に閉ざされることもあって、下宿生活を強いられるのが普通です。

 私も当時、越境入試を受けてまで、喜多方市に在る高校に入学し、学校の近くで3年間下宿生活をしました。

 

 そんな環境で生活していると、進学のために故郷を離れるということは、単に晴れやかな思いばかりではなく、見送る人達は「別れ」の淋しさを味わうことになります・・・

 故郷を後にした彼等が、再び故郷に戻ってくる事はないだろう事を知っているからです・・・

 高校や大学だけではなく、仕事も生活の場も、どこか別の地に求め、故郷に帰ってくるのは、お盆とかお正月などに限られてしまうだろうという事を・・・ (__;)

 そういう私自身も、中学を卒業して、進学のために故郷を後にして、もう37年も経ってしまいました・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 年に2~3度帰省することはありますが、もう、故郷で暮らすことは無いと思います・・・ (__;)

 

 おそらく、この「パーマ屋ゆんた」で歌われている舞台は、沖縄県の八重山諸島のどこかだろうと推測がつきます。

 というのも、この、タイトルにもなっている「ゆんた」ですが、八重山地方に伝わる労働歌の総称ということで、「結い歌」あるいは「読み歌」が語源になったものといわれています。

 労働や恋愛をモチーフに歌われる「ゆんた」は、歌の合間に入る「合いの手」というか「かけ声」というか、そういうお互いの掛け合いが一体となって一つの歌になります。
 この「パーマ屋ゆんた」でも、「ゆいさ~」とか「さ~さ」などの掛け合いが入っており、この作品の大きな特徴になっています。

 

 「明日は内地に行くんでしょ」
 「合格祝いもあげんとね」
 「寮があるなら安心さ」
 「父ちゃんはなんて言ってるの?」
 「赤ちゃんだったよ初カットは」
 「今でも指が思い出すさ」
 「母ちゃんがカーラーを巻いてから」
 「待ってる間にチョッキンね」


  ・・・・・・・・・

 

 こんなふうに、椅子に座った女子高生に向かいながら、小さかった昔のことを思い出しながら、やさしく語りかけつつ手を動かすパーマ屋のおばちゃんの、言いようもない淋しさが歌から伝わってきます・・・

 

 「色をぬいても重ねても」
 「髪の根っこは染まらんさ」

 「髪は切ってもそろえても」
 「同じようには伸びないさ」

 おそらくは、作詞者がこの歌に込めた「思い」はこの部分なのではないだろうか・・・

 いくら髪の毛を染めたり、脱色したりしようとも、「髪の根っこ」・・・この場合はその人自身の本質というか、人間性のようなものだと思うのですが、それは変らない。
 言い換えれば、どこでどんな人生を送ろうとも、アンタはどこまでも八重山の人間なんだよと言いたいのでしょうか・・・

 また、いくら髪を切りそろえても、伸びてくるときにはそれぞれがバラバラなように、回りの人たちに混じって、彼等と同じように生きようとしても、一人一人にそれぞれの人生があり、同じ人生は歩めない。
 つまり、八重山で生まれ育った人間は、どこまでいっても、八重山の人間なんだから、故郷に誇りを持って生きるんだよ・・・みたいな意味に、私は思えるのですが (^_^ゞポリポリ

 

 「だからパーマ屋があるわけさ」

 ここまで聴いてくると、この「パーマ屋」ということばですが、単にお店のことを言っているのではなく、暗に故郷である「八重山」の事を指して言っているのではないかと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 「パーマ屋」「八重山」に言い換えても、この歌の内容は変わらずに伝わってくると思いませんか?

 

 

 「明日は内地に行くんでしょ・・・」

 島に残される人達は、明日、どのような思いで旅立つ子ども達を見送るのでしょうか・・・

 おそらくは・・・

 成長を喜ぶ気持ちよりも、離ればなれになってしまう淋しさの方がはるかに大きいだろうと私は思います・・・

 

 

 

 蛇足ではありますが、この「パーマ屋ゆんた」を加藤登紀子がカバーしていまして、個人的にはオリジナルのBEGINよりもイイ味を出していると思っています (^^ゞ

 ちょうど、歌に出てくるパーマ屋のおばちゃんと加藤登紀子とが、重なって見えてしまいましてね、歌にピッタリではないかと (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 加藤登紀子の動画も貼り付けてみましたので、合わせてご覧になってみてください ( ^-^)/ ♪
 ショートバージョンですので、2分少々になっています・・・

 

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2011年3月22日 (火)

地震の爪跡

 今回の「東北地方太平洋沖地震」については、各地の被災地の様子が様々なメディアで報じられています・・・

 

 中でも、宮城県や岩手県、それに福島県などでは、特に大きな被害が出たという事で、被災地の様子は日本中はもちろん、世界中にも伝えられました・・・

 しかし、東北地方ほど甚大な被害ではなかったとはいうものの、茨城県や千葉県などでも、報じられるニュースの量が少ないだけで、地震や津波による大きな被害が出ています・・・

 

 地震後、私がこの目で実際に見た被災地は、千葉県の利根川沿いに在る香取市と、九十九里方面の旭市くらいですが、今日はその模様を、ホンの少しだけですが見たままにお伝えできればと・・・

 

 《 香取市と旭市の位置 》

20110322006

20110322005 20110320021

 

 これは、香取市の真ん中を流れる小野川の、忠敬橋近くで見かけた光景です。
 場所的には、水郷佐原を代表する、観光の中心地といっても過言ではありません。

 写真の左手に見えている「小野川」は、普段なら観光客が船下りを楽しむ姿が見られる、なんとものどかな雰囲気を味わえる場所なのですが、悲しいことです・・・ (__;)

 

20110322003 20110322004

   20110322002_2

 

 これらの写真は、2年前の夏に、先の崩れた建物とその周辺を撮ったものです。

 以前は、こんな感じのお店だったわけなんですが、この辺りの街並みは、佐原重要伝統的建造物群保存地区にも指定されていますから、老朽化した建物も多く、そういう歴史的にも貴重な建物が地震に耐えられずにいくつも被害を被っていました・・・

 

  20110322007_2

 

 どうですか?
 風情のある街並みでしょ (*^.-^*)♪

 こんな光景が、今年の夏には見られるのでしょうか・・・ (__;)

 

 

  20110320022

 

 同じくこれは、香取市内で撮ったもので、道路脇を流れる川の上に設けられた歩道ですが、ご覧のようにところどころ大きく陥落しています・・・

 これほどではなくても、市内のあちこちで道路が地割れを起こしていたり、陥没して段差ができているところを何ヶ所も見ました・・・

 

  20110320023_2

 

 これは、香取市役所の正面玄関付近を写したものですが、玄関脇に設けられた水道から水を汲むために並んでいる住民たちです・・・
 香取市内では、中心部の水道は復旧したそうですが、今も多くの地区で断水が続いているそうで、車や自転車などにポリタンクを積んで市役所まで汲みに来ていました。

 

 市役所の敷地内も、地割れや陥没があちこちで見られ、車椅子用のスロープも段差ができており、土嚢を積んで段差を少なくしてはいますが、とても通れる状態ではありません。

 市役所そのものも、機能を失っているようで、職員たちの姿はほとんど見られず、内部も手前のホールまでは入ることができましたが、奥はロープが張られており、立ち入り禁止になっていました・・・

 市役所の機能は、公民館などいくつかの建物に場所を移して、そこで行なわれているようです。

 

  20110322001_2

 

 これは、旭市内で見かけた、救援物資を運ぶ自衛隊の車輌です。

 旭市の市街地では、目立った被害は目にしませんでしたが、海に近い九十九里方面では津波による家屋倒壊など、大きな被害が出たそうで、この自衛隊車輌も、飯岡方面の海に近い地区に向かって走って行きました・・・

 普段はこういうものものしい車輌は見かける事がないだけに、とても頼もしく思えました。

 

 

 いずれも、他所者の私が仕事の合間に見かけて撮ったものなので、上辺だけの写真でしかないと思います。
 おそらくは、もっと悲惨な状態になっているところも少なくないんじゃないかと思います。

 報道が取り上げる件数には自ずと限界もありますから、全てを伝えることは難しいだろう事は理解できますが、マスコミが伝える被災地の状況は、氷山の一角でしかないことをご理解頂ければと・・・

 被害の大きなところほど、マスコミ関係の人も足を踏み入れることが困難で、その実態を把握することがかなわないようです・・・ (__;)

 

 最後に、香取市と旭市の様子をお伝えしましたが、両市とも同じ地震によって被災したわけですが、内容的には大きな違いがあるようです。

 香取市は、地震の揺れによって家屋の倒壊や地割れなどが起きましたが、旭市の場合は地震そのものによる災害というよりは、大津波によってもたらされた災害だったというものです。

 いずれにせよ、今もたいへんな思いをなさっている方々が大勢居らっしゃる千葉県の事も、被災地の一つとして忘れて欲しくはないなと・・・

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2011年3月21日 (月)

何もしない

 先日、シンガーソングライターの松山千春が、今回の大災害に対し、ラジオの中でチョッとしたコメントを発して、けっこう話題になっているようです。

 そのコメントの内容というのが・・・

 

 知恵があるやつは知恵を出そう
 力があるやつは力を出そう
 金があるやつは金を出そう
 自分は何も出せないよ
 というやつは元気を出せ

 

 ・・・というものだったそうです。

 

 松山千春は、私も昔から好きなアーティストの一人でして、お気に入りの歌もたくさんあります。

 しばしばメディアにも登場して、様々なコメントを残し、物議を醸したこともありますが、今回のこのことばだけは素直に共感できる人も多いのかなと (^_^ゞポリポリ

 

 さらに、ここに私なりのことばを付け加えるとしたならば、
 「元気も出せないヤツは、何もするな」というのもアリなのかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 今回の災害の影響を受け、例えば計画停電なんて措置もありました。
 そういうような時に、「何もしない」というのは、もしかしたら究極のエコなのかもしれないと思うようになりました (^_^ゞポリポリ

 「何もしない」でジッとしていると、電気も消費しませんし、何らかの燃料を使うこともありません。
 第一、どこかへ行くとか、何かをするというのは、幾ばくかのお金を使うことにもつながると思うので、何もしないでジッとしているという事は、最終的には寝ることなのかなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まぁ、「何もしない」とはいっても、テレビを見るとか本を読むとか、そのくらいの事はさすがにするんでしょうし、もちろん食事とかもすると考えるのが現実的だとは思いますが、よけいな事をしないことで、ムダな「何か」を消費しなくて済むと考えれば、それは回り回って被災地の人達のために役に立つんじゃないかと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 ただ、私なりの持論を述べさせて頂ければ、「何もしない」という事では経済活動が冷え込み、よけいに復興が遅れてしまうように思えてなりません。
 こういう時だからこそ、何かを購入するとか、どこかに行くとか、そういう消費活動を積極的に行なうべきじゃないかと思うんですがねぇ・・・

 自粛自粛で、イベント活動も延期とか中止とかになっているみたいですが、ここは逆に、普段以上に積極的な催しを行なう事で、日本中に活気が戻り、景気が上向いて、ひいては被災地にもなにがしかの還元があるんじゃないかと・・・

 さすがに、ナイターは顰蹙を買いかねませんが、たとえドーム球場であっても、日中に行なうのなら夜間ほどには電気の需要は多くないようにも思えるので、照明を使ってもそれほど非難はされなくても済むんじゃないだろうか・・・
 国民の全てが野球好きだとは思わないけど、やはりプロ野球が開催されないことには、国民も元気が出ないんじゃないかな (^^ゞ

 スポーツというものは、野球であれサッカーであれ、あるいは陸上とか水泳とか、競技種目の如何を問わず、ダイレクトに元気をもらえるという点では、最高のエンターテイメントだと私は思うのですがねぇ・・・

  

 ところで、冒頭に挙げた松山千春のコメントですが、かつて経団連の会長だった土光敏夫氏が語ったとされる、「知恵を出せ、それが出来ぬ者は汗をかけ、それが出来ぬ者は去れ」というのに似ているなと(苦笑)

 だからといって、松山千春が土光氏の語録をパクッたとか言いたいわけではありません。
 参考くらいにはなったかもしれませんが、千春であれば、あのくらいのコメントは不通に語るんじゃないかと・・・ (^^ゞ

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2011年3月20日 (日)

満タン

 昨日は、千葉県の香取市内で仕事をしていました。

 この辺りでもガソリンの供給不足は続いていまして、多くのスタンドが開店休業状態で、営業しているスタンドの前には、給油待ちをする車が長蛇の列を作っている・・・という光景を目にしました。

 

 私は、17日に計5千円分の給油を行なっていたのですが、一昨日も200kmほど走ったので、給油計の残量は1/3ほどになっていまして、仕事の都合上、心許ないこともあったので、朝一番で17日にも給油したスタンドに1時間ほど並び、2千円分給油しました (^^)v

 

 これで、給油計の針は真ん中辺りまで回復しましたが、その後の事を考えると、もう一度どこかで給油したいなぁと思いつつ、午前中の仕事をしていました・・・

 そして、お昼前に、16日の夕方並んだものの、直前で売り切れになってしまった、あのスタンドに並んでみました (^_^ゞポリポリ
 いわゆる、リベンジです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20110320001 20110320002

 

 これが、私が並んだスタンドで、利根川を渡った茨城県の稲敷市に在ります。
 茨城県と聞いただけで、エライ遠くまで行って給油したように感じる人も居らっしゃるかもしれませんが、私が仕事をしていた香取市とは、水郷大橋一つ隔てた場所でしかなく、目と鼻の先です (^^)v

 

 先日とは全く様相が違って、車列は延々と1km近くもありましたが、給油に要する時間なんてタカがしれていますし、このスタンドは比較的大きい方なので、給油機も何台も設置してありますから、そう時間はかからないだろうと思ったのが大きな間違いのモトでした・・・ (^_^;

 どういうわけか、並んでいる車の列は止まったままで、ほとんど動かない・・・ (__;)
 そのうちに車列が少し前に動いたので、前の方に車を進めると、またピタッと止まってしまう・・・ (ノ_-;)ハア…

 そんな事を何度も繰り返しているうちに、一時間くらいアッという間に過ぎてしまいまして、それでもスタンドの敷地内に入るにはまだチョッと距離があるなぁと・・・ (^^;

 こうなれば、こちらとしても並んだだけの見返りが欲しいなと思い、意地でも給油して帰るぞと心を決めましたよ(爆笑)

 

 並び始めてから一時間とチョッと、ようやく敷地内に誘導されました・・・

 

 しかし、敷地内に入ってからも相変わらず待たされ続けまして、どうしてこんなに時間がかかるんだろうと・・・ (?。?)

 その理由が、給油機の前まで誘導されてようやくわかりました・・・ (^^ゞ

 このスタンドは、敷地を大きく二つにわけ、一方では有人で普通の対応をしてくれるのですが、もう一方の敷地では(こちらの方が圧倒的に広く、給油機の数も多い)セルフで給油するようになっています。

 私は、これまでにもこのスタンドは比較的よく利用してきた方なんですが、必ずセルフの方に車を着けます。その方が面倒がないからなんですが、この非常時ですから、私は当然のように有人の給油機に誘導して、係員が決まった量(このスタンドでは、入口で3千円までと言われました)を入れてくれるものと思っていました。

 しかし、そうではなく、全ての車がセルフの方に誘導され、お客が自分で給油しているのには驚いてしまいました・・・ (゚◇゚;)!!!

 

20110320003 20110320004 20110320005

 

 これが、私の直前で給油をしていたドライバーです。

 運転席から下りてきて、まず給油機の前で操作法を読んでいました・・・ (^_^;

 しかし、具体的な操作法がわからず、給油機の前でオロオロするばかり・・・ (__;)

 そりゃそうですよね、全てのドライバーが皆セルフスタンドで給油しているわけではありませんし、セルフのスタンド同士であっても、スタンドによって操作法や支払い方法が微妙に違いますから、私のようなプロのドライバーであっても時にはまごつくようなことも少なくありませんもの・・・
 いつものセルフスタンドならスムースに給油できても、別なセルフスタンドだと勝手が違うという事はよくあるハナシだと思います。

 で、彼は係員を呼んで使い方を教わり、なんとか給油して帰りましたが、給油機の前に車を停めてから、給油して立ち去るまで、ゆうに10分以上はかかっていましたよ (__;)

 

 こんな事がそこここの給油機の前で起こっていたとしたら、給油を待つ車の列がいっこうに捌けないのも当たり前だと思います・・・ (__;)

 

20110320006 20110320007

 

 先に、3千円まで給油可能と言われてはいましたが、私の軽トラではとてもそんな量は入らず、目一杯入れても2,171円(給油量は15.18リットル)で満タンになりました(笑い)

 給油渋滞の最後尾に車を着けてから、給油を終えてスタンドを出るまで、2時間近くはかかったでしょうかねぇ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 思えば、15日の朝、静岡県の御殿場で満タン給油をして以来、ずっと制限給油を強いられていましたから、久しぶりに満タンになった愛車に乗って、意気揚々と午後の仕事をこなしましたよ ヽ(^◇^*)/

 運送屋の私にとって、生命線ともいえるガソリン・・・
 それがいっぱいに入っているということが、どれだけ精神的な安心感を与えてくれることか o(*^▽^*)o~♪

 

 今回の震災でも、被災地のことを考えれば、給油の列に何度も並んでガソリンを買うことは慎むべきだなんて事をもっともらしい顔をしておっしゃる方が居ますが、一般のマイカーならともかく、仕事で使う車である以上、私は貪欲にガソリンを買い求めることに負い目は感じませんし、控えるつもりもありません。

 被災地の方がたいへんな思いをしていることは言わずもがなですが、だからといって被災地外に住んでいる方が何でもかんでも自粛してガマンをする事は、はたしていいことなんでしょうか・・・

 少なくても、被災に遇わなかった人は、いつも通りの生活をし、普通に暮らすことが一番大切なんじゃないでしょうかねぇ。
 仮に、仕事も満足にできなくなり、収入が減って生活に困るようなことがあったとしたなら、被災地への援助なんておぼつかなくなると思いますし、経済活動が滞るようなことが起きると、被災地共々、日本中が共倒れナンてことにもなりかねないと私は思いますよ。

 

 今回の計画停電でも証明されたように、多くの方が少しずつでも節電することによって、大きな電力が確保できました。
 同じように、ガソリンや一般の商品でも、一人一人がもう一度身の回りのムダを見直せば、店から在庫が消えるなんてバカな事は、起こり得るはずがないんですがねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 今、巷で横行している「買い占め」が、社会全体にとってどれだけ大きなムダを生んでいるかは私にもわかりますよ。

 

 今回見られるガソリンスタンドの前に並ぶ給油の列は、明らかに必要もない方も並んでいるからでしょう。
 だからといって、ガソリンスタンド側が給油制限をする事は、私は間違っているんじゃないかと思います。つまり、今回のガソリン渋滞は、スタンド業界が自ら招いた混乱だと私は思っています。

 「ガソリンが不足しているから、できるだけ多くの車に給油させてもらいたいので、一台に給油するガソリンの量を制限させてもらいます」というのは、一見正論でいいことをしているようにも思えますが、これはとんでもない間違いだと思いますねぇ・・・ q(`o')ブー!!

 

 多くの人に給油してもらいたいからと給油制限をすることよって、満タンにしてもらえなかったドライバーは、満タンになるまで何度も並び直すか、別のスタンドに行って並ぶだろう事は容易に想像がつきます。
 そういう、チョッとしか給油してもらえないことによって、そこここで給油渋滞が起こり、それを見た多くのドライバーが、ガソリンが無くなっているようだと無用な危機感を抱き、自らも列に並ぶことによって、さらなる給油渋滞を招く・・・というように、悪循環を繰り返した事が、今回首都圏で見られるガソリン渋滞の正体だと思います。

 中には、給油計の針をいちいちチェックし、半分以上入っている車には、即退場願っているという、とんでもないスタンドまで現われたといいます。
 給油してもらえなかった以上、別のスタンドに向かい、そこでまた並ぶのは当然の事だと思います・・・

 トラックというのは、大小問わず、たいていは仕事で使うわけですから、これに給油制限をするなんてのは愚の骨頂だと私は思いますし、ガソリン渋滞の根源となっている乗用車だって、燃料タンクなんてタカがしれています。これを一度満タンにしてやれば、たいていは通勤とか買い物などで使うドライバーがほとんどなワケですから、一週間や二週間走ったからといって燃料計の針はほとんど減りません(笑い)

 つまり、一度満タンにしてあげれば、少なくても一週間や二週間は、ガソリンを給油しようと思うはずもなく、再びスタンドに来ることも無いはずなんですよ。

 それに、満タンにしてもらえることにより、ドライバーはガソリンは好きなだけ給油してもらえるという安心感も同時に与えてもらえますし、給油制限を設けないことにより、スタンドの在庫も早く無くなることでしょう(苦笑)
 在庫が無くなれば、スタンドは閉店せざるを得ないわけで、店の前にいつまでも並んでいる車も無くなるわけで、今のように一日中そこここで給油渋滞が起こるなんてバカな事も無くなります (^^)v

 

 このように、多くの車に給油したいから制限をするというのは、一見親切なようですが、大きなお世話であって、根本的に考え方が間違っていると私は思います(怒り)

 確かに、給油制限をしなければ、一時的にはそこここからガソリンが消え、世の中がパニックになるかもしれませんが、入荷が無くなっているわけではありませんから、どこかで満タンにできるわけで、満タンになった車は当分ガソリンを求めることはありませんから、長い目で見れば、今のような品切れ感を消費者が抱くことも無いと私は考えます。

 少なくても、地震から一週間も経っているのに、今でも満タン給油ができず、一日中どこかで給油渋滞が起きているなんて最悪の状態にはならなかったんじゃないかと思いますねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

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買い占め

 20110320011

 

 このことばは、相田みつをさんが残したものです。

 

 実は、このことばには続きがあって、

 

 うばい合えば足らぬ
 わけ合えばあまる

 うばい合えば憎しみ
 わけ合えば安らぎ

 

 

 本当に、その通りだと思いますねぇ・・・

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2011年3月19日 (土)

陸前浜街道

 「陸前浜街道」と呼ばれる道がありまして、現在の国道6号線がそれに当たります。

 

 もともとは、東京の日本橋から水戸を経て、宮城県の岩沼市に至る道筋全てを「陸前浜街道」と言っていたそうですが、今は、日本橋から水戸までの区間は「水戸街道」と呼ばれるのが普通ですので、「陸前浜街道」は、水戸市から那珂川を渡ってひたちなか市に入った枝川から、岩沼市の国道4号線に合流する区間を指して呼んでいるようです。

 

 実は、この道路は私が仕事でよく利用するルートの一つであり、特に昨年の暮れからは、宮城県の東松島市にある電子工場に、都合5度ほど納品で伺ったこともあり、その時にも当然のように、海沿いのこの「陸前浜街道」を走ってきました。

 私が伺っていたのは、JR仙石線の矢本駅そばに建っていた電子工場です。
 成田空港に空輸されてきた電子部品を、この工場の始業に合わせて納品するという仕事で、この仕事は途中の景色もよく、平坦な道をひたすら走るだけなので、こういってはなんですが、お気に入りの仕事の一つでした・・・

 

 その、「陸前浜街道」沿いに在る、馴染みのある自治体の名前が、今回の被災地として次々と報じられる度に、距離的には遠いところではありますが、とても馴染み深い場所だっただけに、身を切られるような思いでテレビの画面を見つめていました・・・

 もしかしたら、あの日、東松島市の矢本に仕事で行っていたかもしれませんし、そうだとしたら、9時前に納品を終え、いつものように矢本ICから三陸自動車道に乗り、仙台東部有料道路を経て常磐自動車道の亘理ICか山元ICで高速を下りて、「陸前浜街道」をひたすら南下し、どこかで仮眠をとりつつ、ちょうど地震が起きた時刻には、大熊町にある福島第一原発か、富岡町にある福島第二原発の在る辺りを走行中・・・という事は、可能性としては非常に高かったと思います・・・ (__;)

 

 本当に、たまたまそこに居なかっただけで、もしかしたら私も被災者の一人だったんじゃないかと思った事は、この仕事をしていると時々あります。

 

 直近ですと、昨年のクリスマス、福島県から新潟県へと向かう国道49号線では、会津坂下ICと西会津ICの間と、会津若松ICと猪苗代磐梯高原ICの間で、乗用車など約300台が大雪のために立ち往生したニュースが報じられたことがありました・・・

 あの時にも、本当は会津若松への仕事を依頼されまして、大雪が心配でしたから断わったんですが、もし引き受けていたら、あの車列の中の一台になっていたかもしれなかったと思うと、ニュースを見聞きするのが辛くてね・・・

 

 まぁ、それはともかく、太平洋の沿岸に沿って南北に延々と200km近くも走っている「陸前浜街道」・・・
 起伏は少なく、それがゆえに走りやすいので、個人的には国道4号線の「奥州街道」よりもずっと好きな道として仕事でもよく利用しています。

 

 そんな愛着のある「陸前浜街道」を走りながら撮った写真を、今日は何枚かご紹介させてください・・・

 

20110317001 20110317002

 

 これは、福島県内の北部を通っている常磐自動車道を仙台に向かって北上している時に撮ったものです。
 「亘理」、「岩沼」、「仙台」と、今回の津波で大きな被害を出した自治体の名前が写っています。
 写真の右手側が太平洋で、この辺りは、海外線から1kmチョッとしか離れていませんから、おそらく津波の影響を受けていると思われます・・・ (__;)

 次の写真は、仙台東部道路の「仙台港北IC」付近で撮ったものです。
 同じく、写真の右手が仙台塩釜港になります。

 

 この2枚の写真を撮った「常磐自動車道」「仙台東部道路」は、今現在も通行止めになったままです・・・

 

20110317003 20110317004

 

 この2枚の写真は、三陸自動車道を松島方面に向かって走っている時に撮ったものです。

 写真の右手奥が松島湾です。

 

20110317005

 

 これは、仙台東部道路を福島方面に向かって走っている時に撮ったもので、「仙台空港IC」付近を写したものです。
 写真の奥が南側となり、相馬市方面で、道路の左側は太平洋です。
 写真では左奥になりますが、高速道路と海の間に挟まれる格好で、仙台空港が在ります。

 

20110317007 20110317006

 

 これは、常磐自動車道を「亘理IC」で下り、すぐそばを走っている国道6号線、この記事でいうところの「陸前浜街道」で福島方面に向かって走っている時に撮ったもので、場所は亘理公園の付近になります。

 次は、福島県内に入り、「道の駅南相馬」付近で撮ったものです。
 この辺りは、海岸線から2kmチョッとというところでしょうか・・・
 この「道の駅南相馬」も、私がよく利用するお気に入りの休憩場所で、休んだついでに直売の野菜をよく購入しました。

 

20110317008 20110317009

 

 この2枚の写真は、「道の駅ならは」付近で撮ったもので、すぐ近くにJリーグの「J-VILLAGE」が在ります。

 遠方に見えている煙突は、東京電力広野火力発電所のもので、原発ではありません。

 

 これらの写真に写っている場所が、いまはどのようになっているのか・・・
 はたまた、次に通った時にも、同じ光景で迎えてくれるのか・・・

 

 お気に入りの道路なだけに、とても気になっています・・・

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2011年3月18日 (金)

列並び

 先週の大震災以降、関東地方ではガソリン不足が続いています。

 

 決して、ガソリンそのものが無いわけではないのですが、オーナーそれぞれの考えがあるようで、今のうちにできるだけガソリンを入れておこうという人が後を絶たず、ガソリンスタンドに殺到するという現象がいまも続いています・・・ (ノ_-;)ハア…

 スタンドの前の車列を見た人が、自分もうかうかしてはいられないと思い、急いでガソリンを買いに車列に並ぶ・・・という事の繰り返しで、スタンドのガソリンはアッという間に底をつき、店の前には「在庫切れ」の看板が立てられ、それを見たドライバーが、いよいよガソリンが無くなってきたかと焦って開いているガソリンスタンドに殺到する・・・

 典型的な悪循環です・・・ (__;)

 

 それはともかく、運送屋の私にとってガソリンは生命線ですから、これが無いことには仕事になりません (^^;
 で、一昨日、仕事のついでにあちこち探してみたんですが、どこのスタンドも開店休業状態で、敷地の周りにロープを張ったりして在庫が無いことを必至にアピールしていました・・・

 ようやく見つけたスタンドで、車列の最後尾に並んで順番が来るのを待っていたんですが、もう少しというところで、店員が両手をクロスさせ、在庫が無くなったことを車列のドライバーに訴えていまして、結局給油はできず仕舞い・・・ (__;)

 

 そんなこんなで、昨日は朝一番にどこかで給油しないとマジでガス欠を起こしかねない状況だったので、走りながら必死に探してみたんですが、やっぱり売っているスタンドは一つもない・・・
 やみくもに走り回ってもらちがあかないので、仲間にどこかガソリンを売っているスタンドを知らないかと訊ねて、教えてもらったスタンドの車列に並んでようやく事なきを得ました (^^)v

 

 しかし、満タンにはほど遠く、次から次に押し寄せる多くの客を効率よく捌くために、2千円分しか売ってくれませんでした・・・ (^_^;

 ガス欠は免れたものの、2千円分では13リットルチョッとにしかならず、メーターの針も半分にも届かない・・・ (__;)

 こんな状態では心許ないので、どこかでもう一度給油することにしました (^^ゞ

 

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 これは、仕事中に見かけたガソリン待ちの車列です (^^;

 ここは私も時々利用するスタンドで、勝手知ったるというか、いつもなら混み合うところなど見たこともないのに、昨日は延々と延びた車の列が・・・(苦笑)

 

 で、午前の配達が終わったら、私もここに並んでみようと思ったんですよ。
 やみくもに探すよりも、開いているところに並んだ方が給油できる確率は高いですから (^^)v

 

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 これは、午前の配達の帰り道、先のスタンドに寄ろうと、並んでいた車の列の最後尾についた時のものです。

 行きに見た時よりも、車列はずっと短くなっていまして、これならそんなに待たなくてもいいかなと思っていた矢先、店員が出てきて並んでいた車のドライバー一人一人に、何か言っています。
 もしかしたら在庫が無くなったのかなとも思ったんですが、並ぶのを止めて立ち去る車がいる一方で、相変わらず並んでいる車もいる・・・ (?。?)

 

 ワケがわからないまま、店員が私の車のところまで来て言うことには、レギュラーは売り切れてしまったんですが、ハイオクならありますので、それでもよければ・・・ですと(苦笑)
 朝だったら入れていたかもしれませんが、僅かとはいえ一度給油しているので、気持ちの上では余裕です (^^)v

 そこまでして給油したいとは思わなかったので、その場は立ち去りました・・・

 

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 昨日、あちこちでタンクローリー車を見かけました。
 確かに入手し辛くはなっていますが、ガソリンそのものが無いわけではない何よりの証拠です。

 

 その後、もう一軒別のスタンドを見つけ、少し並んで、朝と同じように2千円分給油してきました。
 これで、メーターの針は2/3くらいまで回復しました (^^)v

 

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 さらに、仕事の帰り道、購入できなかった先ほどのガソリンスタンドの前をもう一度通ると、タンクローリーが停まっているのが目に入りまして、もうレギュラーガソリンが入荷したのかと思い、あらためて車列の最後尾に並び直しました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 午前中とは違い、一度在庫切れになったので並んでいる車もほんの数台・・・

 

 しかし、タンクローリーから降ろし終わらないことには販売はされませんから、待つこと30分チョッと・・・ (^_^;

 やがてタンクローリーがスタンドから出て行き、すぐに販売が開始されました ヽ(^◇^*)/

 

 ただ、今度は店員がいちいち燃料計の残量をチェックし、半分以上入っている車は千円分だけでお願いしますと・・・ (^_^ゞポリポリ

 一応、「仕事で走っているので、ガソリンが無いことには仕事にならないんだよね、なんとか2千円分入れてもらえませんか?」とお願いしてみたんですが、そういう事を認めるとキリがないので・・・とあっさりと却下されました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ・・・というワケで、昨日スタンドに並んだ回数は4度 (^^ゞ
 うち、1度は討ち死にしましたが、3度給油して、5千円分給油しました(笑い)

 

 確かに営業しているスタンドも限られており、ガソリンが入手し辛い状況は続いているようですが、どうしても給油しなければならないのなら、開いているスタンドに並べば、ある程度は確実に買えることがわかりました。

 

 正直、私は列に並ぶということが苦手で・・・というよりも、大ッ嫌いなので、よほどの事がない限り列並びはしないんですが、昨日一日でだいぶ列並びに慣れましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年3月17日 (木)

菜の花

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 今日、千葉県の旭市内で見かけた菜の花です。

 

 工業団地と住宅地との間に広がる、それほど広くはない畑に、黄色い花が一面に咲いていました o(*^▽^*)o~♪

 

 もう、九十九里はすっかり春の装いです・・・

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計画停電

 今回の大地震で、福島の原発に予想を上回る被害が発生し、その影響が広範囲に及ぶことにより、電力需要が供給量を大きく上回ることが予想されるとして、東京電力が今週の月曜日から「計画停電」を実施しています・・・

 

 我が家がある成田市の三里塚は、第3グループに属していまして、一応、月曜日も火曜日も計画停電の予定はされていましたが、かろうじて実施は免れていました。

 しかし、三日目となる昨日は、とうとう我が町内でも計画停電が実施されました (^_^ゞポリポリ

 予定されていたのは、18:20~22:00という事でしたが、実際に電気が止まったのは5分くらい遅れていたんじゃないかな。

 

 あらかじめ停電になることはわかっていましたから、18時20分になると、今切れるか今切れるのかと時計とにらめっこしながら家路を急いでいたんですが、なかなか切れませんで、今日も停電にはならないのかなと思っていた矢先の事です。

 ちょうど家の近くの空港の外周路で信号待ちをしている時に、いきなり目の前の信号機が消えてしまいまして、一瞬焦ったんですが、気を取り直して恐る恐る交差点に進入し、左右から迫ってくる車をやり過ごした後に慎重に左折 (^^)v

 

 そんなこんなで、無事にアパートまでたどり着きまして、部屋に入ると家内が夕飯の用意をして待っていてくれました o(*^▽^*)o~♪

 

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 これが昨夜の夕飯の光景です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 けっこう大きめの余震が度々襲ってくることもあって、これなら万一揺れても安心だからと、家内が大きめの鍋の中にローソクを立てましてね (^◇^) 。。。ケラケラ
 でも、チョッと見はナベには見えないでしょ (^^ゞ

 よく見ると、左右に取っ手があるのがおわかりと思うんですが・・・(苦笑)

 暗闇の中で、うまく写真が撮れるか心配だったんですが、思ったよりも幻想的に撮れました。 (^^)v
 こんな生活を強いられている被災地の方々には申し訳ないのですが、タマにはこういう夕飯も悪くはないなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ローソクを灯した事なんて本当に久しぶりだったモンで、不謹慎かもしれませんが、なんとなくキャンプにでも来たような錯覚を起こしましてね、家内と二人、けっこう楽しみながら、夕飯と晩酌を、ローソクのぼんやりとした灯りの下でとりました。

 被災地では、避難所などで四六時中、灯りはもちろん、暖房もない生活を強いられている方がたくさんいらっしゃるわけで、それから比べれば3時間程度の停電なんてどうという事はないはずなんですが、停電なんてずいぶん長いこと体験したことがなかったので、電気の有り難みを若干忘れかけていました (^_^ゞポリポリ

 

 幸い、停電は2時間程度で終了しまして、20時半過ぎにはいつもの生活が戻ってきました (*^.-^*)♪

 

 今回の「計画停電」は、当たり前に享受していた「電気」の有り難みを、再認識させて頂くいいきっかけになったのかなと思います。

 今の世の中、電気がなければ、ご飯を炊くことも暖を取ることも、何一つ満足にできないんだということを、多くの方が気付かせてもらえたんじゃないかな(苦笑)

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2011年3月16日 (水)

いつものように

 先日の「東北地方太平洋沖地震」以降、テレビやラジオは、連日、その後の被災地の様子や、被災した住民たちの悲惨で不自由な避難生活の模様を伝え続けており、通常の番組はほとんど放送されていません・・・

 もちろん、今回の地震は未曾有の災害であり、規模も被害の大きさもケタ違いであったことから、人々の感心も高く、マスコミとしては報道しないわけにはいかないこともわからないワケではないですが、だからといって、どの局も横並びで同じような内容を繰り返し繰り返し放送しなくてもいいんじゃないだろうか・・・ (__;)

 

 押し寄せる津波と、それに飲み込まれる街並み、そして津波が引いた後の目を覆いたくなるような惨状・・・
 そういうショッキングな映像を、何度も見せられると、こちらの気持ちも重苦しくなってきます・・・

 

 しかし、他の番組を見たくてチャンネルを変えても、どこも似たような番組しかやっていないというのは如何なものか・・・ (ノ_-;)ハア…

 芸がないというのか、はたまた職員が無能なのか・・・

 

 だいたい、被災者にとっても、被災地の外にいる人達にとっても、今一番求められているのは、必要でなおかつ正確な「情報」ではないのか!
 であるのなら、放送局によって番組の内容に違いがあってもいいんじゃないだろうか。

 ある人にとっては、身内や親類縁者の安否がいの一番に知りたいだろうし、またある人にとっては、現地の道路状況や交通機関の情報が気になると思う。
 そこをピンポイントで取り上げる放送局があってもいいと思うし、ぜひそうあるべきだと私は思います。

 

 知りたい情報、必要な情報は、この放送局を見聞きしていれば、いずれ伝えてくれると視聴者や聴取者がわかっていれば、情報もより有効に生かされると思うし、そういう姿勢こそがマスコミの本来あるべき姿であり、社会的な使命というものではないのか。

 それなのに、一つの局が何もかもを全部伝えようとするから、どこの局の放送も似たり寄ったりの番組になり、必要な情報がなかなか探せないというようなことになってしまうんじゃないのかな。

 それに、複数の局がそれぞれに多くのスタッフを派遣し、別々に取材をして番組を作るって、無理もあるだろうし、ムダも多いと思います。

 ある局は安否情報を、別の局は避難所や被災地の様子を、さらに別の局は交通関係の状況を・・・というように、放送局どうしが横の連係を生かし、それぞれの局が個別の情報を伝えるようにすれば、被災者にとってもそうでない人達にとっても、必要な情報の入手はずっと容易になり、感謝されると思います。

 

 そうであるのなら、逆に災害の事は伝えないという選択肢もあっていいのではないか。
 ウチの放送局は、番組を通じて「癒し」を伝えたいということで、音楽や娯楽番組を流し続ける事も大事な仕事だと私は思います。

 非常時にそういう番組を放送することは、不謹慎だというような声も、もちろんあるだろうけど、少なくとも今みたいに、被災地の惨状をのべつ幕無しに、横一線で垂れ流し続けるだけよりは、はるかに有意義で社会的な意義もあるように思えます。

 それに、辛く、悲しい思いをしている時こそ、音楽や笑いが、どれだけ人の気持ちを救い、支えになることか・・・

 実は、私は昨夜、静岡県の御殿場市に向けて車を走らせていました。
 その道筋、私のお気に入りの深夜放送である「走れ!歌謡曲」を聴いていたんですが、もちろん番組の中で何度か被災地の報道があったものの、いつもの番組を、いつものように放送してくれたのがありがたくてね・・・
 オープニングの口笛天国を、いつも以上にワクワクしながら聞いていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 非常時だからこそ、いつもと同じような「普通の番組」「普通に」放送することも、大切なマスコミの努めのようにも思います・・・

 

 話は変って、大地震以降、ブログの更新や掲示板の発言を、一時的に控えたり中止すると宣言なされたネッ友さんを何人か目にしました。
 もちろん、彼等には彼等なりの理由があって自粛しようと決めたわけです。

 辛く悲しい思いに打ちのめされ、書き込みや更新をするモチベーションが保てなくなってしまったのかもしれませんし、あるいは、被災なされた方々に対して、いつも通りの生活をしていることに、申し訳のなさのような「負い目」を感じてのことかもしれません・・・

 

 いずれにしても、彼等もまた大地震によって、普通に送っていたはずの生活を失ってしまった被災者といえるのではないでしょうか・・・
 いわゆる「精神的な被災者」たちだと私は思います。

 

 大震災後も、こんなふうに毎日ブログを更新している私は、もしかすると非常識な人間なのかもしれません・・・

 しかし、たとえそうであったとしても、私はいつものようにこの「居酒屋」を営業し続けていきたいと思っています。

 

 別に、私の独り善がりなブログが、誰かの役に立つとか、力になるとか、そんな僭越なことは考えてもいませんが、いつもの事を、いつものように続けられることに、素直に感謝したいとは思っています。
 そして、それを具現化したものが、この「居酒屋」だと思っています。

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2011年3月15日 (火)

愛するハーモニー

 世の中には、タイトルは知らないけれど、どこかで耳にして、誰もが知っている歌というのは意外と多いものです。
 タイトルに挙げた「愛するハーモニー」も、そんな作品の一つだと思います。

 今日は、とても懐かしいこの作品を、チョッと取り上げてみたいと思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 前置きはともかく、まずは下の動画をご覧頂きたい・・・
 といっても、わずかに2分半ほどしかない作品ですから、アッという間に終わってしまいますが・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 

 

 どうですか?

 懐かしいと思った方も少なくないと思いますが、この曲は70年代の初めに、コカ・コーラのCMソングとして世界中でヒットしました。

 つまり、この曲を聞いて懐かしいと思った方は、当時小学生以上だったろうということで、少なくとも40代の後半、おそらくは50代から60代くらいのご年配の方だろうと推測されるわけです (^_^ゞポリポリ

 

 私が、生まれて初めてコカ・コーラと遭遇したのは、昭和30年代の後半・・・

 確か、3才前後くらいの頃だったと思います。
 当時、父の仕事の都合で、神奈川県の清川村に住んでいました。今では、宮ヶ瀬ダムの底に沈んでしまいましたが・・・ (__;)

 都心に比較的近い本格的な「山」という事で、当時から登山家やハイカーなどに愛されている丹沢山系の懐に抱かれた、いわゆる山里だったので、よく山に向かう山男たちを見かけました。

 彼等はとても愛想がよく、道端で遊んでいる子供の私なんかにも気さくに声をかけてくれ、お菓子などを頂くことも度々ありました(苦笑)

 そんな中の一人・・・お若い男女のグループだったと記憶しているのですが、さすがに50年近く経ってしまうとそのあたりの記憶はいい加減なものですが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 いつものように私に声をかけてくれ、その時に頂いたのがコカ・コーラの小さな瓶でした・・・

 

20110315001  あの頃、コーラなんて見たこともなかった私には、独特の形状をした例のビンがとても珍しく、嬉々として家に飛んで帰り、母に栓を抜いてもらって生まれて初めてコーラを飲みました・・・

 その時の体験は、今でもけっこう鮮明に覚えています。それだけセンセーショナルな味の飲み物だったという事なんでしょうが・・・ (^_^ゞポリポリ

 ナンていうんでしょうねぇ、当時、炭酸が入った飲み物といえばサイダーくらいしか知らなかった私は、ラムネさえも飲んだことがありませんでしたから、真っ黒で独特の苦味のあるコーラは、かなり強烈な印象を与えてくれました。
 個人的には、とても気に入りましてね、「コーラは美味しい」というイメージがアタマの中に残りましたが、その後は飲む機会に恵まれず、宮ヶ瀬から会津の山奥に戻っても、子供だったという事もありますが、コーラとはずっと無縁だったので、その後二度目にコカ・コーラを飲んだのは小学生の低学年になっていました。

 

 しかし、なんというかな、同じコカ・コーラなんですが、幼い頃に飲んだコーラとは微妙に味が違うというか、ただ甘いだけで、あの薬臭いような独特の味とは違う飲み物に思えました。
 もしかして、あの頃とは味を変えて、飲みやすくしていたのかもしれませんが、私には昔のあのコカ・コーラが好きだったなぁ(笑い)

 そんなのも、ただの思い込みだけで、コカ・コーラの味は昔からちっとも変っていないのかもしれませんが、30才を過ぎた頃から普通のコーラは飲めなくなってしまいました・・・ (^_^ゞポリポリ
 缶コーヒーなんかも同じなんですが、甘い飲み物を身体が受け付けなくなったというか、より甘さを抑えたモノを選ぶようになっている私がいます。

 

 よく、ライトとかダイエットとか銘打ったコーラは、一般のコーラよりも味が薄いなどと言われてきましたが、実際には糖分を押さえているだけで、味が薄いような事はないんですが、イメージ的にライトとかダイエットとか付いているだけで、消費者たちは水増しされた薄味の飲み物だと思ってしまうようです(苦笑)
 個人的には、普通のコーラは甘くて飲めたもんじゃありませんが、ライトやダイエットコークは、キリッと締まった味がして、普通のコーラなんかよりもずっと美味しいと私は思うんですが・・・

 

20070315002  最近は・・・というか、もう何年もコーラは飲んでいませんが、時々無性に飲みたくなるのが「Dr.ペッパー」ですかね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 好き嫌いがハッキリと分かれて、どちらかといえば支持者の少ない炭酸飲料・・・

 そんな「Dr.ペッパー」の事を、「嫌われ者」というタイトルで1年ほど前にも語ったことがあります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 興味がある方は、どうぞ・・・ ( ^-^)/ ♪

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2011年3月14日 (月)

青春のうた Best Collection その33

 みなさん、どうもです (^^)/
 今回も収録曲に沿って当時の思い出をつれづれに(^^;・・・
 お付きあい頂ければ幸いです。

 今回の収録曲は、私が高校生だった頃の作品です。

 

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   《 収録曲 》
 1:ささやかなこの人生/風 76年6月発表
 2:葛飾にバッタを見た/なぎらけんいち 73年8月発表
 3:あばよ/研ナオコ 76年10月発表
 4:スモーキン・ブギ/ダウン・タウン・ブギウギ・バンド 74年12月発表
 5:春うらら/田山雅充 76年2月発表
 6:酒と泪と男と女/河島英五 76年6月発表

 

 「ささやかなこの人生」は、かぐや姫に傾倒していた私にとっては、自然な流れでよく聞いた作品です。この頃、私は高校3年生でしたが、伊勢正三に憧れ、口ひげを真似して生やしたりもしていました (^_^ゞポリポリ

20110314001  これは高校3年当時に撮った私の写真ですが、どこからどう見ても18才の高校生には見えないでしょ (^◇^) 。。。ケラケラ
 今思うと、伊勢正三というよりは、ボクシングの具志堅用高に近かったと思います。若気のいたりとはいえ、本当にバカでしたねぇ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 「葛飾にバッタを見た」は、当時はほとんど耳にすることの無かった作品です。
 後に、ラジオとかで聞いたことがありますが、タイトルのコミカルさとは裏腹に、辛辣な社会風刺をこめたメッセージソングになっています。

 

 「あばよ」は、研ナオコの一番のヒット作となった作品です。
もともと歌唱力には定評があった彼女でしたが、デビュー当時に在籍していた東宝レコードではアイドル路線は取ってもらえず、「京都の女の子」とか「こんにちわ男の子」なんていうコミカルな作品を歌っていたこともありまして、私はこの2枚のシングルレコードを中学生の時に買って持っていたことがあります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 村の電器屋に設けられたレコードのコーナーで、ワゴンで投げ売りされていたモノを見つけて買ったんですが、なんというか、おもしろい曲ではありましたが、それだけのモノでしかなく、とても売れるようなシロモノではないなと(苦笑)

 後に、キャニオン・レコードに移籍し、宇崎竜童と阿木燿子のコンビが作った「愚図」という作品でヒットを飛ばし、ようやく念願の歌手として認められるようになった研ナオコが、中島みゆきと組んで出した2枚目のシングルが、この「あばよ」であり、この作品の大ヒットで歌手としての地位を不動のものにするとともに、紅白にも初出場を果たしました。

 

 「スモーキン・ブギ」は、よく耳にしましたねぇ(笑い)
 ダウン・タウンの初めてのヒット曲であり、ツナギスタイルとリーゼントという彼等のイメージを決定づけたのもこの作品でした。
 なにしろテレビに引っ張りだこだった彼等は、「ツナギロック」というジャンルまで作り上げてしまったのですから(苦笑)

 しかし、彼等のトレードマークだったツナギ服ですが、売れないバンドだったので、メンバー全員の揃いの衣装が買えず、苦肉の策だったといいますから、世の中、何が幸いするかわかりませんね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 「春うらら」は、私も好きな作品で、よく歌ったりもしますが、当時高校生だった私にとっては、なんとなく艶っぽく、オトナの歌という印象が強い作品でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 「酒と泪と男と女」は、河島英五の代表曲の一つであり、私にとっても思い入れの強い作品です。
 酒とギターをこよなく愛し、家族をとても大切にした河島英五は、誕生日も私と同じという浅からぬ縁 (^^; もあって、今も敬愛して止まぬミュージシャンの一人です (^^)v

 その河島英五も、01年の4月に肝臓疾患という事で、48才という若さで急逝しました・・・ (__;)

 

 以上・・・(^^ゞ 

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2011年3月13日 (日)

ガソリン・・・

 今回の地震の影響で、運送と流通が機能不全に陥っているようです・・・ (__;)

 スーパーなどに買い物に行っても、商品棚はどのコーナーもスカスカですし、パンなど、商品によっては完全に空っぽの棚も見られ、マトモな買い物は出来ません・・・

 

  20110313001

 

 これは、近所のガソリンスタンドなのですが、すでに報道もされており、ご存じの方も多いと思うのですが、在庫切れで軒並み閉店していました・・・

 営業しているスタンドでも、1台につき10リットルまでなどの、数量規制を行なっているそうで、これがしばらく続くようだと心配ですねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 私のように、運送屋にとってはガソリンは文字通り生命線ですから、これが手に入らないようだと仕事になりませんし、納品を終えた後、給油できずにガス欠を起こし、配達先から戻って来れないナンて悪夢のような事態にもなりかねません・・・ (__;)

 車も、便利なようですが、燃料がなければ大きな鉄のカタマリでしかないわけで、ガス欠になったからといって、バイクなどのように押して帰ってくる事もできませんから、明日以降、自宅を出るのが本当に心配ですねぇ・・・

 

  20110308003

 それに加えて、中東の情勢が不安定なので、ガソリン価格も異常な高騰を続けているわけで、これは一週間前に千葉県のスタンド撮った写真ですが、レギュラーガソリンが会員価格で134円・・・ (^^;

 

 まぁ、「高い」だけなら諦めもつくんですが、「無い」となると、これはもう、どうしようもありませんからねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 ああ・・・
 本当に心配だ・・・ (__;)

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卒業写真

 「卒業写真」という歌がありまして、この時期になると、必ずといっていいほど、よく巷で聴かれます・・・

 

 ほとんどの方は、ユーミンの作品として、ユーミン自身が歌っている「卒業写真」を知っているだけなんだと思うけど、私はユーミンの歌唱力をあまり評価していないこともあって、「卒業写真」といえばハイ・ファイ・セットが歌っている方が断然好きというか、ハッキリ言ってユーミンの歌う「卒業写真」なんてどうでもイイと思っている一人です (^_^ゞポリポリ

 こんな素晴らしい作品なのに、どうしてユーミンが自ら歌ったりするのだろう・・・ (ノ_-;)ハア…
 作品の持っている「良さ」が、ちっとも伝わって来ないじゃないか q(`o')ブー!!

 

 確かに、荒井由美が作詞・作曲をした作品ですから、オリジナルはユーミンの方なんだろうけど、発表されたのはハイ・ファイ・セットの方が早いわけで、もともとはハイ・ファイ・セットに提供した作品だったのに、それがヒットしたものだから、それじゃ私もと、荒井由美がセルフカバーをしたに過ぎない。

 

 人気も実力も兼ね備えたコーラスグループだったのに、ハイ・ファイ・セットの活動時期は案外と短く、5年ほどで芸能界から消えていった・・・ (__;)
 その後、活動を再開した事もあったけれど、あまりパッとした活躍もなく、今現在は山本潤子がソロシンガーとして活動しています。

 ソロとしての山本潤子にスポットライトが当たったのは、98年に行なわれた「FIFAワールドカップフランス大会」の応援歌に「翼をください」が歌われたことがあって、その時にオリジナルを歌った「赤い鳥」のメンバーとして紹介された時のこと・・・

 

 そんな事もあって、ハイ・ファイ・セットが「卒業写真」という歌を歌っていたという事を覚えている人も、知っている人も、今ではほとんど居なくなってしまいました (^_^ゞポリポリ

 一方のユーミンは、結婚した今でも、現役バリバリで活躍していますから、知名度もバツグンであり、ユーミンハイ・ファイ・セットとを比べるのはハナから無理があるというか、所詮は「横綱」「幕下」くらいの差が、芸能界ではあるのかな(笑い)

 

 でも、もったいないというか、ハイ・ファイ・セットの歌う「卒業写真」の音楽的な完成度を知らない人があまりにも多すぎるように思うので、ファンの一人としては、何としても世間にハイ・ファイ・セットの歌った「卒業写真」の存在を知ってもらいたくて今日の記事となりました・・・

 下に、ユーミンとハイ・ファイ・セットの「卒業写真」を並べてみました ( ^-^)/ ♪

 時間があったら、ぜひ二つの「卒業写真」を聴き比べてみて頂けませんかねぇ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 《 荒井由美 》

 

 《 ハイ・ファイ・セット 》

 

 

 実は、家内もユーミンの歌う「卒業写真」の方が好きだと言う一人だったりします(爆笑)

 家内に言わせれば、確かに歌は下手だけれど、ユーミンにはユーミンの醸し出す歌の世界があり、それは他の誰にも表現することは出来ないし、超えることも出来ないとのことで、つまりは「ユーミンワールド」に魅せらた「ユーミン信奉者」の正直な声という事なのでしょう(笑い)

 

 それは・・・ 

 例えるならば、私がこの上ないほど「みなみらんぼう」に傾倒しているようなモノなのでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 

 このあたりの事は、「ウイスキーの小瓶」というタイトルで、半年くらい前にも語ったことがあります・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年3月12日 (土)

大地震

昨日の午後、東北地方を中心とする東日本の広い範囲で、国内観測史上最大と見られる強い地震があり、宮城県で震度7を記録したと報じられた・・・

 

 私も、成田の自宅に居て地震を感じました。
 最初、小さな揺れを感じ、アッ、地震だ・・・と思ったのもつかの間、やがてゆ~っくりと大きな揺れに・・・ (^^;

 そのうちに、アパート全体がグラグラと横に揺れだし、部屋の中に居るのに恐怖を感じるくらいになりまして、とりあえず玄関のドアを開け広げ、いつでも表に飛び出せるように・・・と思っていた矢先、それまでにない大きな横揺れを感じたので、家内と表に逃げ出しました・・・ (^^;

 そして、駐車場でしばらく様子を見ていたんですが、停まっていた車が大きく横揺れするくらいの規模でかなり長いことグラグラと揺れていました・・・

 これだけの揺れを感じた大地震は、私は生涯で二度目、家内は初めてという事で、幸い私が自宅に居たので、心細い思いをしなくて済んだと言っていました (^_^;

 

 私が前に体験した、自身最大の大地震は、昭和58年5月26日に、秋田県沖を震源とした日本海中部地震で、たまたま出張で秋田県の本荘市内に滞在中で、震源地の直近ということもあり、あの時は本当に恐ろしい思いをしました・・・ (__;)

 地震が起きたのが、正午の直前だったので、私は同僚たちと本荘市内の喫茶店の二階で昼食を食べている最中でした (^^;

 突然、グラッと大きな横揺れが来て建物が揺れ出し、何が何だかわからずに、とりあえずその場にしゃがみ込むのが私に出来る精一杯の避難行動でした・・・
 大きな揺れはしばらく続き、窓の外の電線が大きくたわんで揺れ、火花を散らしながら切れるのが見えていました・・・ (^^;

 幸い、その後の余震のようなものはほとんど無かったと記憶しているのですが、青森に向かう羽越本線が不通となり、翌日の土曜日に青森に帰ることになっていたんですが、何日間か足止めを食ったのを思い出します・・・ (__;)

 

 昨日の地震は、それに近い揺れを感じまして、成田でこれだけ揺れれば、震源地の近くでは相当大きかったろうと瞬間的に思いました・・・

 しかし、揺れの大きさにも驚かされましたが、揺れている時間の長さにも驚かされました。
 具体的な時間は、計っていたわけではないのでわかりませんが、今まで体験したことがないくらい、長~い時間、グ~ラグラと不気味に揺れていたので、正直これはヤバイかな・・・と思ったのも事実です (^_^ゞポリポリ

 

 その後も、夜に至るまで、何度もそこそこの余震があったので、不安な気持ちはなかなかおさまりませんでした・・・

 家の中では、最初の大きな揺れで据わりの悪いものが落ちて壊れたりもしましたが、我が家ではさほど大きな被害は無く、夜半過ぎには家内と共に無事に眠りにつくことが出来ました (^_^ゞポリポリ

 

 今日は、念のために仕事は休みを取ることにしました。

 今回の大地震で、被害に遭われた方には、お気の毒としか言いようがなく、心よりお見舞い申し上げます・・・ m(_ _)m

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2011年3月11日 (金)

坂上二郎が逝く

 「コント55号」で国民的な人気を集めた坂上二郎氏が、昨日の午前、入院先の病院で76才の人生に幕を閉じたと報じられた・・・

 

 私は、もちろんコント55号をリアルタイムで見て育った世代の一人です。
 当時のお笑い芸人としては、クレイジーキャッツザ・ドリフターズが双璧を成していましたが、そこに彗星のように割り込んできて、アッという間にお茶の間の人気をさらっていったのが「コント55号」でした・・・

 暴力的で過激なツッコミを繰り広げる萩本欽一と、とぼけた風貌とワンテンポずれたアクションで欽ちゃんのツッコミを受けるボケ役の坂上二郎とがコンビを組んだ「コント55号」は、確かに一世を風靡した昭和を代表するコメディアンだった・・・

 

 「コント55号」では、過激なギャグを披露する欽ちゃんの方がどうしても目立っていましたから、おとなしい二郎さんが印象に残るような芸はほとんど記憶にないのですが、そんな中で私が一番よく記憶している二郎さんの芸は、「裏番組をぶっとばせ」という番組の中で行なっていた「野球拳」のコーナーです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 このコーナーだけは欽ちゃんは裏方に徹し、二郎さんだけがとにかく目立っていました(笑い)
 二郎さんがゲストの女性と野球拳を行ない、負けた方が服を一枚ずつ脱いでいき、脱いだ服は会場の観客たちにその都度オークションにかけられ、競り落とした観客が現金と交換に持ち帰るというもので、えげつない内容で批判も多かったですが、当時はけっこう人気番組でした(笑い)

 特に、女性ゲストが下着姿になり、さらにブラやパンティまで脱ぐゲストも居たりして、もちろん個室で脱ぎ、脱いだ後はバスタオルを巻いていましたからおっぱいとかは見えはしませんでしたが、子供心にも熱心に画面に見入ってましたよ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 そんな坂上二郎氏ですが、後に俳優としても活躍しましたから、役者としての印象が強い方も少なくないと思いますが、私が二郎さんの思い出として一番強く印象に残っているのは、3年前にも記事に取り上げた「学校の先生」です。

 先の記事の繰り返しになりますが、そのまま引用させていただきます (^_^ゞポリポリ

 

20080301002  これは、坂上二郎が1974年に発表した「学校の先生」という作品です。当時、なかなか良い歌だと思い、さっそくシングルレコードを買いました (^.^; ポリポリ
 私は、子供の頃からこういう渋いというか、暗いというか、そういう歌がお気に入りだったもので(苦笑)

 ちなみに、これ以前にはまった作品は、ぴんからトリオの「女のみち」と南こうせつとかぐや姫の「神田川」です (^◇^) 。。。ケラケラ
 どちらも、一度聞いて私の心に突き刺さった曲です。で、良い歌だなぁと友人たちに言うと、オマエは渋いと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ
 まぁ、中学生が良い歌だなどと言うには、内容がオトナ過ぎましたが・・・(爆笑)
 しかし、私の印象通り、どちらも大ヒットしました(^^)v

 ・・・が、この「学校の先生」は、ちっとも売れませんで、覚えている方も少数派でしたね(苦笑)
 ナンででしょうねぇ、今聴いてもけっこう良い歌だと思うんですが(?。?)

 

 坂上二郎といえば、コント55号の一人という認識しか無かった当時、この作品を歌う坂上は、なかなか堂に入った歌唱力を披露していた。
 それもそのはず、坂上はもともと歌手志望だったという事で、正式に歌の勉強もしていたので、クラシックスタイルのお腹から声を出す歌唱法はなかなか見事なものがありました・・・

 

 この「学校の先生」は、歌の部分はごく短いモノが三番まであるものの、作品の大部分は坂上の一人語りのセリフが延々と繰り広げられる。
 聞いているうちに思わずホロリとなってしまいそうな坂上二郎の世界がそこにある・・・

 めったに耳にする事などできないレアな作品ですが、今時分だと稀にラジオなんかで取り上げられたりする事も無いわけではないので、チョッとした楽しみだったりします (o^∇^o)ノ

 今年は、この歌、耳にできるかな (^.^; ポリポリ

 

 最後に、この作品の動画をYouTubeで見つけたので、そちらを貼り付けて〆とさせて頂きます・・・

 二郎さん、本当にお疲れ様でした・・・ m(_ _)m

 

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2011年3月10日 (木)

777円のマウス

 先日、ネッ友さんのお一人が、近所に在る某大手家電量販店で、ワゴンセールのワイヤレスマウスを購入してきたという日記を目にしました。

 

20110310003  これがネッ友さんが購入されたというマウスなんですが、ワイヤレスで、しかも5ボタン・・・

 さらに、その時のお値段が500円だったという事で、こんなマウスが500円で買えるなら私も欲しいなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 で、ネッ友さんがアップした写真を頼りに、ネットで市場調査をしてみました(笑い)

 

20110310002_2  20110310001_2

 エレコムのマウスという事で、エレコムのHPを覗いてみると、ちょうどマウスのアウトレットセールをしていました。

 しかも、ネッ友さんと同じマウスが、エレコムのダイレクトショップでは777円 ヽ(^◇^*)/

 

   20110310007

 ちょうど、ノート君で使っているワイヤレスマウスの使い勝手が悪いからと、引き出しを漁ってストックしてある有線マウスを取りだし、交換した矢先のことでもあり、ノートにはやはりワイヤレスマウスでないとねぇ、コードが邪魔になって扱いにくくてしょうがない (^_^ゞポリポリ

 写真の左側が、今回使い勝手が悪いと引導を渡したマイクロソフトのワイヤレスマウスで、右側がとりあえず間に合わせで使っていたオーム電機の有線マウスです。
 共に、5ボタンのマウスですが、マイクロソフトのはボディの両側にそれぞれボタンが付いています。こういうマウスを使うのは初めてでしたが、もしかしたら使いやすいのかもしれないと思ったのが間違いでしたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 慣れないところにボタンがあるもので、しょっちゅう誤操作をしてしまいまして、いい加減腹が立って使うのを止めたんですが、マイクロソフトのマウスというのは本当にダメな製品が多いですねぇ (ノ_-;)ハア…
 以前にも一度マイクロソフトのマウスを使ったことがあったのですが、その時にも使い物にならなくて、以来マイクロソフトのマウスに対してアレルギーを感じるきっかけになりました。

 キーボードなんかはけっこう優れた製品を作っているのに、どうしてマウスに関してはこうもダメな製品が多いのか、マイクロソフトという会社は不思議な会社ですね(笑い)

 そんな折でもあり、777円なら渡りに船という事で、さっそく注文することにしました。

 

20110310004

 当該のマウスはこんなラインアップになっており、ホントは、黒い色ので欲しかったのですが、購入を躊躇している半日ほどの間に在庫切れになってしまいまして、結局ネッ友さんと同じ、赤い色のマウスを購入しました (^^)v

 その赤い色も、私がポチッと注文を確定した直後に在庫切れになってしまいましたがね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20110310005_2 20110310006

 これが、一昨日届いたワイヤレスマウスです (^^)v

 さっそく、可愛い可愛いノート君につないでみたのが右側の写真です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 エレコムのHPからドライバーをダウンロードし、いつも使っている機能をそれぞれのボタンに割り当てるのもいつもの事。
 普通は、「戻る」とか「進む」など、あらかじめ設定してある機能をそのまま使う方が多いのでしょうが、私は「戻る」はともかく、「進む」なんて機能は必要ないので、いつも「閉じる」を割り当てて使っています。

 その他の操作は、もっぱら「マウ筋」によるマウスジェスチャーで対応しています (^^)v

 

 私は、マウスとかキーボードとか、そういう「小物」に目がなくてね (^◇^) 。。。ケラケラ

 直接手に触れる部分であり、操作性がもっとも気になる部分でもありますが、その反面、とても安価に交換が可能なところが、心惹かれる一番の理由です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 マウスやキーボードなんて、どれも同じような形をしていますし、そんなに違いはないんじゃないかナンて思っている方も少なくないと思いますが、しょっちゅう触って動かしているだけに、私はその操作性がとても気になるんですよね。

 なかなか気に入った製品に出逢えない代わりに、一度気に入るとずっと長く使うことになるのも、こだわりたいポイントですかね(苦笑)

 

 私の、マウスやキーボードに対するこだわりを述べた記事も過去に書いたことがありますので、よければご一読ください ( ^-^)/ ♪

 《 マウス 》

http://yume-peterpan.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_f06a.html

 《 キーボード 》

http://yume-peterpan.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_2a64.html

http://yume-peterpan.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d44b.html

http://yume-peterpan.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-e1d0.html

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2011年3月 9日 (水)

主婦年金

 公的年金の資格切り替えをせずに、保険料が未納となったままの専業主婦らに対する厚労省の救済策について、不公平が生じるとの声が生じているという。

 

 国会でも、連日この問題が取り上げられ、侃々諤々と論争が繰り返されていますが、大臣サマやアタマが良さそうに見える国会議員の方々ともあろう面々が、雁首揃えて、連日いったい何をやっているんでしょうかねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 たいして学のない一般庶民の私でさえ、この問題についての解決案は、一応持っているつもりですよ。

 誰にも不公平だなんて言わせない、しかも、未納の主婦たちを全員救済できる、今すぐにでも実行できる現実的な案です (^^)v

  だいたい、今さら未納の保険料を納付してくれさえすれば、過去の分についてはチャラにしますよとか言われても、毎月の掛け金でさえ払いきれない人が少なくないわけですから、たとえ2年間だけとはいえ、遡って納めるという事は、納付金もそれなりに大きな金額になりますから、現実的な解決策ではないことは明らかです。

 また、仮に納めることが出来たとしても、キチンと納付してきた人から見れば、一時金で完納扱いされては堪らないと思うのも、もっともな事だと思います。

 

 そこで、私の案ですが、今でも普通に行なわれている「国民年金保険料の全額免除制度」を未納の主婦全員に適用するというものです。

 そりゃ、「不満」の声は多少出るかもしれませんが、これならマジメにコツコツと全額納付してきた人達たちからも不公平だと言われることはないと思いますし、まったく納めていなかった主婦たちにもある程度納得して頂けるんじゃないかと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 「国民年金保険料の全額免除制度」というのは、経済的な理由等で国民年金の保険料を納付することが困難な場合に利用する制度であり、これにより保険料の納付が免除されたり猶予されたりするというもので、この制度を利用している方は現在でも案外多いんじゃないかと思います (^^;

 保険料が未納の場合には、納付期間が足りない場合には即、給付対象から外されてしまいますが、免除制度を利用している場合には、保険料は納めてはいませんが、免除されている期間も未納扱いにはなりませんから、年金の受給資格を失って、年金が受けられなくなるようなことは避けられるわけです。

 もちろん、全額納付した人と同じ扱いというワケにはさすがにいきませんで、免除された期間が考慮され、いくらか減額されて支給されるという事で、だいたい満額支給の人の半額程度の給付になるように聞いていますが、たとえ半額であったとしても、全く支払われない事から比べれば、雲泥の差なのではないでしょうか・・・

 

 今回、切り替え手続きを知らずに長期間未納のままになっている主婦たちは、確かに気の毒ではありますが、保険料を払ってこなかったことは動かしがたい事実なので、今さら一般の納付者と同じように救済されると考えるのは甘いというか、ムシがよすぎるようにも思えます。

 しかし、免除制度による救済なら、給付される金額は減額されますが、支給されないという最悪の状況は免れることが出来るわけですから、それで納得するべきではないでしょうか・・・

 免除制度を適用するだけなら、完納者に莫大な金額を還付するみたいな予算も必要ないわけですし、保険料を遡って後から納付するような事態も避けられますから、今取り得る、一番現実的な解決策のように思えます。

 だいたいが、満額支給を前提にした救済策を講じようとするからアチコチに無理が生じるわけで、ペナルティはペナルティとして、ある程度割り切ることも必要なんじゃないでしょうか。

 

 そもそも、年金制度があまりにもわかりにくい内容だからこういう不幸な事が起こってしまうわけで、まず年金の一元化がもっとも求められる措置であり、急ぐべき政策だと私は思います。

 

 将来的には、年金制度なんてものもバッサリ止めてしまって、北欧のような「高負担高福祉」社会が理想だと私は思っています。

 税負担が70%を超える社会なんていうと、なんとなく不自由なイメージで、生活しにくいと思っている人も少なくないと思いますが、テレビなんかで報道される時の北欧の国民たちは、一様に明るい顔をしているのが私にはとても羨ましくてね (^_^ゞポリポリ

 彼等は、決して自分自身を国家の奴隷だなんて思っていない、何よりの証拠のようにも思えませんかね。

 第一、教育や医療や老後にかかるお金の心配をする必要が無ければ、それほど不自由で暮らしにくい社会生活を強いられる事になるとは、私には思えませんもの (*^.-^*)♪

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2011年3月 8日 (火)

昨日の雪

 昨日、関東の広い地域で雪が降りました。

 

 まぁ、今さら雪なんて珍しくもないんだろうけど、関東あたりで雪が降ると、それだけで大きなニュースにもなったりしますから、やはり避けては通れない話題という事で・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20110308001 20110308002

20110308003 20110308004

 これらは、昨日の昼前に、成田市に近い酒々井町で撮った写真です。

 ぼたん雪というほどではありませんでしたが、けっこう大きな雪がボサボサと降ってきていて、周囲はアッという間に白くなっていました。

 

 ただ、この時間、埼玉の上尾市辺りでは、雪どころか雨さえも降っていなかったというネッ友さんの情報がありまして、いつもなら、千葉でコレだけ雪が降っていれば、埼玉ではもっとすごいことになっているはずなのに、今回の雪は太平洋の沿岸に近い方に降ったようです (^_^;

 

 

 

 これは、私の自宅に近い、富里市のはずれで録った動画です。

 けっこうな勢いで雪が降っているでしょ (^^ゞ

 

 

 雪は、昨夜には止みまして、積もった雪も今朝にはキレイに無くなっていました ( ^-^)/ ♪

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やり切れない

 熊本市のスーパーで、女児が殺害された事件ですが、何ともやり切れないですねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 この事件、報じられた当初にも思ったのですが、取り調べの内容が漏れ伝わってくるにつれ、よけいにやり切れない思いをしています・・・ (__;)

 もちろん、何の罪もない女児を殺めた犯人が悪いことは言うまでもないのですが、私にはそれだけとはどうしても思えなくてねぇ・・・

 

 言いたいことは、それこそいくらでもあるのですが、愛娘を失って悲しみの渕にある両親に対し、さらにむち打つような事になるだけに、多くは語りません・・・

 ただ、この女児は、ホントなら殺されなくても済んだんじゃないかと思うと、無性に腹立たしくてねぇ・・・

 

 どうして3才の女児を、たった一人でトイレになんか行かせたりしたのだろう・・・

 そう思っている人は少なくないと思うけどなぁ・・・

 

 今の親って、そんなモンなんだろうか・・・ (ノ_-;)ハア…

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2011年3月 7日 (月)

免許の更新

 ・・・といっても、私ではなく、家内の免許更新だったんですが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 千葉県では、千葉市美浜区にある「千葉運転免許センター」と、流山市にある「流山運転免許センター」の二カ所で更新手続きを行なう事になっていまして、他には各地の警察署が更新の会場となります。

 ただ、即日交付という便宜性と、写真などをあらかじめ用意する手間がないことから、私はもっぱら幕張にある「千葉運転免許センター」、通称「幕張免許センター」で更新手続きを行なっています。

 

 家内は、今まで警察署で更新を行なっていたそうですが、今回は私の勧めもあって、幕張の免許センターで更新手続きを行なってきました。

 まぁ、成田警察署で更新を行なうよりも、家内を送って幕張に行けば、こうしてブログのネタにもなりますから、私にとっては願ったり適ったりということで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20110307001 20110307002

 更新手続きは、朝の8時半から行なわれる事になっていますが、それに合わせて県内中から対象者が集まってきますから、できるだけ早めに行くことにしています。

 私はいつも、7時頃に成田の自宅を出て、8時前に会場に到着するようにしています。
 ただ、直前の2年前に行なった更新の際には、ちょっと出遅れまして、8時過ぎに会場に着くことになってしまいまして、その時にはかなり後方に並ぶことになったので、今回は嫌がる家内をなんとかなだめて、7時ちょうどに自宅を出ました (^_^ゞポリポリ

 会場到着は8時ちょっと前・・・
 確かに大勢集まってはいましたが、余裕で最後尾に並び、手続きに入りました・・・

 

   20110307003

 家内は優良ドライバーということで、講習も30分ほどで終了したので、9時40分には帰途につきました (^^)v

 

 その頃に撮った会場の写真がコレなんですが、どうですか、先ほどのガラ~ンとしたホールとは様相が一変して、身動きできないくらい・・・とまではいいませんが、かなり混雑した様子がおわかり頂けますでしょうか~ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 何事も、先んずれば人を制すの喩え通り、30分の出遅れは午前中に会場を出る事ができるかどうかくらいの差になって現われてきます。

 

 来年は、私の更新でここを訪れることになっていますので、できるだけ早めに自宅を出ようと思い知らされました(苦笑)

 

 成田の自宅着は11時頃・・・

 楽しみにしていたびわ湖毎日マラソンにも余裕で間に合いまして、テレビの前で観戦できましたよ o(*^▽^*)o~♪

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2011年3月 6日 (日)

仏の顔も三度

 「仏の顔も三度」ということばがありまして、このことば自体は皆さんもご存じのことと思います。

 お釈迦様のエピソードがもとになっているそうで、どんなに温厚な人でも、いやなことを何度も繰り返しされれば怒りだすというような意味で用いられます。

 

 ところで、ここでいうところの「三度」って、どういう事なんだ?

 三度目まではOKで、四度目は無いよということなんだろうか (?。?)

 それとも、二度目まではOKだけれど、三度目からはダメよということなんだろうか (?。?)

 

 「三度目まではいいよ」というのと、「三度目からはダメよ」というのとでは、ことばの意味合いもずいぶんと違ってくると思うのだけど、ホントのところはどうなのかしらねぇ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 チョッとネットで調べても、どちらも載っているので、どっちでもいいって事なんだろうか(苦笑)

 それとも、「三度」というのは具体的な回数を指しているのではなくて、「何度も繰り返す」という意味を「三度」という回数に代表させたに過ぎないんだろうか・・・

 

 ちなみに、ことばのもととなったお釈迦様とコーサラ国王とのエピソードでは、三度目まではお釈迦様がコーサラ国の軍隊を引き返させたけれど、四度目に進軍して来た時にはお釈迦様は姿を見せなかったという事で、三度目まではOKだけれど、四度目は無しよという事だったらしいのですが・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 さて、皆さんならどんなふうにお考えになりますか ( ^-^)/ ♪

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2011年3月 5日 (土)

Jリーグ開幕

 今日、JリーグがJ1、J2共に開幕を迎える。

 

 私の愛するジェフ千葉は、明日から12月まで、38節の長丁場が始まります。

 昨年からJ2に落ちてしまったジェフですが、終盤に失速して、最終的な順位は4位となり、昇格レースから脱落してしまいました・・・ (^◇^;)

 今年こそは是が非でもJ1に上がって欲しいのですが、下馬評では今年J1から降格したFC東京の力が抜きん出ているようで、3枚の昇格のキップのうち1枚は間違いなくFC東京が手にするだろうと開幕前から言われています (^^;

 という事は、昇格のキップはあと2枚・・・

 今年もジェフが3位以内を確保するのは難しいのかな・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 一応、開幕戦はJリーグに初めて加入したギラヴァンツ北九州 との開幕戦を、北九州の本城陸上競技場で迎えることになっています。

 さすがにこの1戦を落とすことはないとは思いますが、勝負は下駄を履くまでわからないと言います (^^;

 まして、開幕戦はどこのチームも平常心では迎えられないといいますから、安全パイなんて無いと思います (^^ゞ

 そこにもってきて
、千葉のことですから、相手が強ければ強いほど良い試合をするんですが、そうでもないチームにはあっけなく負けたりするので、安心できなくて・・・(笑い)

 

 それはともかく、今年は何が何でも昇格するぞという気概を持って、9ヶ月間を戦い抜いて欲しいと思います。

 頑張れ~、ジェフユナイテッド市原・千葉 ヽ(^o^)尸

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2011年3月 4日 (金)

東京マラソン 2011

先日行なわれた東京マラソンにおいて、市民ランナーが日本人トップになり、全国に衝撃を与えた・・・

 もう、一週間近くも経ちますから、今さらという感じがしないでもないですが、これは快挙ではありますが、反面、とんでもない出来事だっただけに、どうしても語っておきたいなと・・・

 

 その前に、なんでこんなに経ってからの記事なのかという点について、ひと言弁明をさせてください (^_^ゞポリポリ

 私は、流し見する程度の番組は別として、どうしても見たいと思った番組は、ドラマであれ映画であれ、必ず留守録を行ない、その録画したものを見るのが常です。
 こうすることによって、少なくても見逃すという事は無くなります。
 また、好きなときに見ることができますから、私のように時間に不規則な仕事をしている者にとっては、留守録は必要不可欠な行為だと思います。

 

 しかし、例外もあり、それがスポーツ番組です。
 スポーツ番組だけは、リアルタイムで見ないと感動もナニも無くなってしまいます。

 なにしろ、録画した試合などを後から見ても、結果などはわかっていることが多いので、どうしても試合に感情移入ができないという事になってしまうからです。

 

 今回の東京マラソンも、ホントならいつものようにテレビの前に座って、じっくりと観戦したかったのですが、先の記事でも語ったように、家内の誕生祝いを兼ねて静岡の温泉に出かけていたので、やむを得ず留守録をセットして、後から見ようと思っていました (^_^ゞポリポリ

 しかし、月末でもあったことから、仕事が忙しくて、なかなか録画した東京マラソンを見れなくてね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 昨日、やっと見終わったので、私なりにあらためて語ってみようかなと(笑い)

 ただ、日本勢では川内がトップだったという事はわかっていましたから、どうしても川内中心にレースを見ている自分がいるのに気付いて、コレが生中継でなくて、録画した番組を見ていることの弊害なんだろうなと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まぁ、それはともかくとして、確かに川内の日本人トップはりっぱだったと思うのですが、こういう結果になると、選手層の底上げにつながるナンて単純に喜んでばかりもいられなくて、特に実業団の選手たちへの風当たりは強まるのは否めないと思います。

 なにしろ、一般の社員たちとは違って、仕事らしい仕事はそれほどしているワケではなく、もっぱら会社のカネと施設を使ってトレーニングを積んでいるはずなのに、練習する時間も場所も満足に無いところにもってきて、指導者にも恵まれない市民ランナーに、結果としてかなわなかったというのですから、オマエ等はここまでいったい何をやっていたんだと(怒り)

 

 女子はともかくとして、男子のマラソン界が抱えている問題は非常に大きい。
 なにしろ、バルセロナ五輪で森下広一が銀メダルを獲得したのを最後に、4大会メダル無しという事実を突きつけられているのが、男子陸上界の現実だからです。

 コレについては、4年前にも「箱根駅伝の功罪」という記事の中で語ったことがあります。

 

 男子の長距離ランナーたちは、学生も実業団も、とにかく母校や会社の名前を手っ取り早くアピール出来る「駅伝」に比重を置きすぎだと思う。

 駅伝の練習の一環として、余裕がありそうな選手はマラソンにも挑戦してみる・・・ナンてスタンスの監督や選手が多すぎるんじゃないのか!

 逆に、マラソンを走るための練習の過程で、駅伝も走ってみる・・・という考えでなければ、駅伝ではそこそこの成績は残せても、マラソンで結果が伴わないのは当然だと私は思う。

 マラソンという競技は、それを目指してトレーニングを積まなければ、駅伝の片手間に走ってなんとかなるような、そんな甘いモノじゃないんだよ q(`o')ブー!!

 

 しかし、川内自身が「実業団に入れなかった選手は、自分を見て欲しい」と語っていたように、トレーニングの仕方によっては、一般のランナーたちでもある程度戦えるランナーになれるという事が証明された格好です。
 走る時間がない、走る場所がない、教えてくれる人がいないなどと、自分の不遇を嘆く前に、走る気持ちさえあれば、誰でも、第2、第3の川内優輝になれる可能性があるというのは、夢があっていいんじゃないかな(笑い)

 

 この結果を見てもなお、「川内が特別なだけなんだよ」などと言うような、実業団崩れの情けない市民ランナーが居るとしたら、もう、走ることは止めた方がいいんじゃないか。

 それよりも、川内なんかに負けてたまるモノかと発憤して努力する、そういう実業団ランナーたちが大勢出てくれることを願ってやみません。

 実業団のランナーたちは、いずれも大きな大会で活躍したことのあるエリートランナーたちです。もともと素質があるワケですから、その気になって精進してくれれば、間違いなく川内以上の活躍をしてくれると信じています。

 彼等にエリートランナーとしての誇りがあるのなら、市民ランナーに負けてしまった今回の悔しさをバネに、大きく成長して欲しいと思います・・・

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2011年3月 3日 (木)

わが師の恩

 3月を迎え、卒業式のシーズンに入ったことでもあり、今日は「わが師の恩」について語ってみようかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 「わが師の恩」というのは、言わずもがなですが、「仰げば尊し」の歌詞の一部です。

 「仰げば尊し」については、4年前にも同じタイトルの記事の中で語ったことがあります。
 当時すでに、卒業式に「螢の光」「仰げば尊し」など、卒業式の定番だった歌が歌われなくなっていたので、嘆かわしいことだと憂えた内容になっています (;^_^A アセアセ・・・

 今の生徒たちは、音楽の時間にも「螢の光」や「仰げば尊し」などの歌は教えられていないのでしょうかねぇ (?。?)
 もしかして、もう教科書にさえ載っていないとか・・・(笑い)

 

 それはともかく、小学校や中学校時代の私は、けっこう先生たちの手を焼かせた、いわゆる札付きの不良でしたから、普段から目を付けられていた生徒ではありましたが、決して落ちこぼれではありませんで、一生懸命に勉強はした方なので、学業の方でも先生たちには一目置かれていました (^_^ゞポリポリ

 悪さをしては、よく先生たちにぶん殴られたりもしましたが、だからといって先生方に対して悪い感情を抱いていたわけではありません。
 それが証拠に、40年近く経った今でも、お世話になった先生方の顔と名前は忘れた事はありません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ちなみに、小学校1年の時から、私を担任してくださったそれぞれの先生方のお名前です。
 記事の都合上、敬称は省かせて頂きますが・・・ (^^ゞ

 《 小学校 》

 1年 斎藤
 2年 馬場
 3年 佐藤

 4年 繰り上がりで佐藤
 5年 黒森
 6年 根本
(1学期の途中に脳溢血で急逝)後任は私らのことをよく知っている佐藤が担任に・・・

 《 中学校 》

 1年 井口
 2年 佐々木
 3年 
2年の時と同じ佐々木

 お名前と同時に、それぞれの先生方との思い出もけっこう思い出されます(苦笑)

 一番忘れられない思い出といえば、小学校2年生の時に一ヶ月ほど入院したことがあって、その時にお見舞いにと、鍋に入ったアンコ餅を持ってきてくれた馬場先生かな。
 ちょうどお正月だったこともあって、お餅を持ってきてくれたのでしょうが、お餅は私の大好物でしたし、入院生活は退屈そのものだったので、とてもありがたかった事を覚えています。

 

 もちろん、それだけではなく、他の先生方お一人お一人の思い出も尽きません・・・

 そういう一つ一つの思い出が、つまるところ「わが師の恩」というのでしょうか (^^ゞ

 

 今は、尊敬できる教師が少ないとか言われたりもしますが、そんな事はないんじゃないかな。
 少なくても、「年長者」というその一点をもってしても、教師たちは生徒たちの尊敬に値すると私は思うのですが・・・

 

 まぁ、今は成果主義とか言って、あからさまに年長者を蔑ろにするアホも少なくないですから、そういう人に向かって「わが師の恩」とか言ってみても、しょせんは馬の耳に念仏、いや、蛙の面に小便といった方がこの場合は相応しいのかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 しかし、そういう人達であったとしても、今までどれだけ多くの人達に「恩」を受けてきたのか、知らないでは済まされないと思うのですがね。

 

 「わが師の恩」・・・

 せめて、年に一度くらい、懐かしい先生方の事を思い出してみませんか・・・

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2011年3月 2日 (水)

カンニング

 大学入試問題が試験中にネットの質問サイトに流出した問題で、カンニングが行なわれたとの報道が盛んに行なわれているが、報道されているような「カンニング」は本当にあったのか?

 

 少なくても私は、報道されている流出の手口の不自然さなどから、受験生によるカンニングが行なわれたとは考えていません。

 もちろん、今回の事件の全容がわかっているわけではないので、全てが想像に過ぎないのですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 まず、試験直前に問題の訂正が行なわれ、それがネットの書き込みにも反映されていた事から、受験生が試験会場から投稿したとされていますが、これが現実的でないことは明らかです。
 いくら広い会場だったとしても、数名の試験官が受験生の間を歩き回っているワケですから、携帯を取り出して問題を入力するなんて事が出来るわけがないと私は思います。
 見ているのは試験官だけではなく、周りの受験生たちの目もあるわけで、携帯電話なんか取り出して操作するような、そんな不自然な動きをしていたらたちまち見つかってしまうと思いませんか(笑い)

 

 そこで、報道の多くは、テキスト入力ではなく、携帯のカメラなどを使って問題を写真を撮り、それを外部にいる協力者にメールして、協力者がネットにアップしたとみているようだけれど、これもよく考えればおかしなハナシだと私は思う。

 第一、そんな協力者が居るのなら、なぜネットの質問サイトなんかに投稿しなければならなかったのだろう・・・
 そんな愚かな事をしなくても、協力者が自ら答えを受験者に送れば済むだけのハナシではないのか(笑い)

 質問サイトに投稿したからといって、試験時間内に回答が返ってくる保証はありませんし、返ってきた回答が正しいとも限らないと思います。

 人生を左右するようなそんな大事な場面で、そんな一か八かのバクチみたいなことを、危険を冒してまで受験生がするでしょうかねぇ・・・

 第一、そんな事をしたらカンニングしていたことがバレてしまうじゃないですか (^◇^) 。。。ケラケラ
 今回、このような騒ぎになったのだって、ネットから足がついたわけでしょ。
 ネットに書き込みされた回答を、そのまま答案用紙に書いたら、自分がネットに投稿した関係者だということがバレバレじゃないですか(笑い)

 

 そう考えた場合、今回のこの事件は、受験生が行なった「カンニング」と考えるにはあまりにも不自然で、おかしなことだらけです。

 

 で、私の考えというのは、今回のネット流出事件は「カンニング」目的で受験生が行なったものではないという事。

 つまり、学校関係者など、入試問題があらかじめわかっている立場にある者が、何らかの目的を持ってネットに投稿したんじゃないかということ・・・
 そのように考えれば、今回の全ての事が説明できます。

 試験直前に訂正があったという事だって、関係者なら前もって知ることは可能ですし、試験開始直前までに時間を指定して投稿することだって、やろうと思えば可能です。
 もっとも、そんなまだるっこしい事をしなくても、関係者なら試験が始まってからだって投稿することは容易なことだと思います。少なくても、受験生たちよりは監視の目はゆるいでしょうし(爆笑)

 

 しかし、そう考えた時に問題になるのは、ナンのためにそんな危ないことをしたのかという事ですが、もちろん、愉快犯というケースもあるでしょうけど、例えば試験会場に携帯電話などを持ち込み禁止にしたいと思った関係者の誰かが、受験生のカンニングに見せかけたというのはどうでしょう (^_^ゞポリポリ

 携帯はダメよといくら声高に言ってみたところで、これだけ社会に普及してしまった携帯電話を試験会場から締め出すのは容易なことではありません。
 しかし、携帯電話がカンニングに使われたとしたならば、社会的にも試験会場から携帯電話を締め出そうとする声が上がることは必至です。
 現に、今回の事件を受けて、携帯電話の試験会場への持ち込みを禁止にしようとする動きが文科相からも出ているという・・・

 

 まぁ、いずれコトの真相が明らかになるんじゃないかと思いますが、今回の入試問題のネット流出事件、受験生のカンニングと考えるのは、いささかムリがあるんじゃないのかな・・・ (^_^ゞポリポリ

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2011年3月 1日 (火)

龍津寺

 静岡の温泉に行ったついでに、ネッ友さんに教えて頂いたお寺に詣でてきました。

 このお寺は「龍津寺」といって、可愛らしいお地蔵さんが居らっしゃるとのことで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 家内を伴って、お地蔵さんに会いに行ってきました (^^)v

 

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 山門の前に立っていらっしゃったお地蔵さんです (*^.-^*)♪

 どうです?
 可愛いでしょ o(*^▽^*)o~♪

 

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 こちらは、本堂の前にいらっしゃったお地蔵さんです (^^)v

 こちらのお地蔵さんも、とってもチャーミングで (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 こういうお寺もいいんじゃないかと・・・(苦笑)

 さぁ、今日から3月。気持ちも新たに頑張るぞっと o(*^▽^*)o

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