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2011年4月30日 (土)

Bach

 「Bach」というタイトルを見て、「バッハ」と読めた人は、相当雑学に長けた人だと思います (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 「Bach」は、ドイツ語だと「バッハ」と読まれますが、英語圏では「バック」と読まれるのが一般的です。

 蛇足ですが、ドイツ語の「Bach」は、「小川」という意味だそうで、日本風にいうなら、「バッハさん」は「小川さん」というような名前になります (^^)v
 これをうけて、ベートーヴェンは「バッハは小川ではなく大海である」と言ったといわれています。
 つまり、それまで小川のようにいくつもの流れがあった音楽を、バッハが一つにまとめ、バロック音楽として集大成させたことを高く評価して、「小川」のような小さな存在ではなく、「大海」のようだということをシャレを込めて言ったというわけです。
 その音楽的な功績から、バッハは「音楽の父」と呼ばれています。

 しかし、今日は「バッハ」について語りたいわけではありません。
 英語読みの方の「バック」について、チョッと懐かしい思い出があるので・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 「Bach」と書いて「バック」というのですが、一般的にはほとんど馴染みのないことばだと思います。
 しかし、トランペットやトロンボーンなどの金管楽器を演奏したことのある方なら、けっこうご存じの方も多いというか、逆に、金管奏者で「バック」を知らない人がいたら、その人はもぐりではないかと疑われてしまうほど、その世界では有名な名前だったりします (*^.-^*)♪

 

20110408001 金管楽器の吹き口には、こんな形をした「マウスピース」と呼ばれる部品が付いていまして、このマウスピースに唇を当て、唇を振動させることにより、それが管の中で共鳴して管楽器独特の音が出るというわけです。

 

 この「マウスピース」の世界的なメーカーが「Vincent Bach(ヴィンセント・バック)と呼ばれるアメリカの会社です。

 おそらく、世界で一番多く使われているマウスピースのメーカーであり、「BACH」のロゴはその道の方たちの間ではたいへんな人気ブランドでもあります。

 

 私も、高校時代に吹奏楽委員会に籍を置いていました。
 そのあたりの事は、4年ほど前に「ブラバン」という記事の中で語ったことがあります (^_^ゞポリポリ

 で、金管楽器を演奏する者のたしなみとして、やはり「BACH」のマウスピースは憧れでもありまして、身の程知らずといいますか、欲しいなとずっと思っていました・・・

 そんな中、高校2年生の時に京都方面に修学旅行がありまして、級友達がそれぞれ土産物をたくさん買いあさる中、私は仲の良かった部員と二人で京都市内の楽器店に行き、憧れの「BACH」のマウスピースを1個買ってきたという思い出があります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20110408002_2 当時、私が担当していたのは、「ユーホニウム」という管楽器でしたが、さすがにユーホニウム専用のマウスピースというのは存在しませんで、トロンボーン用に作られたマウスピースを流用するのが一般的です。

 で、私が買ってきたのが、こんなタイプのトロンボーン用のマウスピースでした。
 さすがにサイズまでは記憶にありませんが、店員さんに相談して、ごく一般的なサイズのものを見繕ってもらい、買ってきたと思います。
 なにしろ、素人ですから棚に並んでいるものを見ていても見当がつきませんから・・・ (^_^ゞポリポリ

 もちろん、マウスピースを有名なブランドのモノに替えたからといって、楽器の演奏力が急に上がるわけではありませんが、そこは「気は心」とでもいうんでしょうかねぇ、なんとなく出てくる音も今までとは違うような気がして悦に入っていました (^◇^) 。。。ケラケラ
 もちろん、練習にもそれまで以上に身が入りましてね(爆笑)

 

 そんなワケで、「BACH」のマウスピースにはとても愛着があったものの、卒業する際には置いてくるしかなくてね (^_^;
 楽器そのものは学校の備品ですから、マウスピースだけ持っていても何の役にも立たないというか・・・
 だからといって、自分で楽器を購入するほどブラバンにのめり込んでいたわけでもないので、後輩によかったら使ってくれと言って渡してきました。
 もちろん、「BACH」のマウスピースを手渡された後輩は、大喜びしていましたっけ (^_^ゞポリポリ

 

 卒業後も、夏休みなんかに何度か部活に顔を出したことがあったんですが、その都度「『BACH』の先輩」ということで、顔を立ててもらいました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 あの「BACH」のマウスピース・・・
 今はどこでどうしているんでしょうねぇ・・・

 30年以上も経ってしまうと、もうお役御免で処分されてしまっているかもしれませんが、もしかして、後輩の誰かが、今でも大事に使っていてくれれば、私としても嬉しいんですが・・・

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2011年4月29日 (金)

けがれる

 「けがれる」ということばを見聞きした場合、一般的には「汚れる」という文字を思い浮かべる方がほとんどだと思います。

 「汚れる」ですと、「きたなくなる」とか、「よごれる」という意味になりまして、場合によっては「(名誉などが)傷がつく」という意味で用いられる事もありますが、今日記事の中で取り上げたい「けがれる」は、「汚れる」の方ではなくて、「気枯れる」の方を語ってみたいなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 「気枯れる」ナンていっても、今ではそういうことばを用いる機会は皆無といっていいと思うので、いわゆる「死語」ではありますが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 2年ほど前に、「晴れ」という記事の中で、「ハレ」「ケ」について語ったことがありまして、その時には主に「ハレ」についての内容だったので、今回は「ケ」の方を取り上げてみようかなと・・・

 

 「ハレ」ということばは、ほとんど使われなくはなりましたが、それでも「晴れ着」とか「晴れ舞台」などということばとして、どこかで使われているのを耳にした事があるかもしれません。

 いわゆる、「特別」とか「おめでたい」というような意味があるのが「ハレ」ということばで、その対極にあるのが「ケ」ということばであり、「普通」とか「日常」という意味で用いられました。

 つまり、「気枯れる」というのは、「ケ」が「枯れて」しまうということを言い表したことばで、日常生活がうまくいかず、順調ではないことを、かつては「気枯れる」ということばで表現していたわけです。

 今風に申し上げるならば、大震災や原発事故で被災なさった方々が、まさに「気枯れた」状態にあるワケですが、こうして文字で書くならともかく、音として「けがれた」ナンて耳にすると、泥や放射線で「汚れた」などと誤解を与えかねないので、配慮が必要です。

 まぁ、今ではまず使われることのないことばですから、そういう心配もないとは思いますが、その昔、「気枯れる」ということばがあったという事は知っておいてもムダではないかと思います。

 

 人は、往々にして「ハレ」をことさら大事にし、「ハレ」ばかりを求める生活をしがちではありますが、本来は「ケ」の方が生活のメインであり、同じような事を繰り返す「平凡な毎日」が延々と続くのが人生でもあります。

 

 しかし、かつてとは違って、日常生活そのものが贅沢になってきており、食事でも娯楽でも、以前なら特別な日にしか口にしないような美味しい食事を毎日当たり前のように食べ、華やかな服を着、楽しみを求めて外出してはお金を使っています (^^;
 マイカーも普通に所有しており、テレビやPCやエアコンを始めとする家電製品が家の中にたくさんあっても、いっこうに便利な生活をしていることに気付かず、それが特別な事だとも思っていない人も多いと思います。

 いうならば、毎日が「ハレ」の生活をしているのが現代人なのかもしれません(苦笑)

 そういう人にとっては、「ケ」と呼ばれる日常の生活は、平凡極まりなく、退屈そのものに感じるのかもしれません。

 

 しかし、人の欲望には限りがありません。
 以前なら、テレビが無い家庭も珍しくなく、近所のテレビのある家に出かけて行って見せてもらった事もありました。
 私も、そういうテレビの無い家の子供だったので、親戚の家にお邪魔してはアニメなどを見せてもらったことを思い出します (^^ゞ

 そういう時代なら、テレビを見に他所様のお宅に出かけることさえも「ハレ」だったわけですが、今は一家に一台のテレビなんて別に特別なことでもなく、一人に一台のテレビがある家庭だって珍しくはないと思います。

 ですから、現代ではテレビを見ることは「ケ」であり、誰も特別なことだとは思っていないはずで、そういう時代ですと、「ハレ」はよほど特別な「何か」がないと有り難がられない事になってしまいます (^^;

 

 そういうふうに考えますと、今は刺激的な毎日が「ケ」になってしまっていますから、より刺激的なもの、より特別なものを人々が求めるようになってしまっており、そういう世の中は、確かに便利ではありますが、幸せな事なのかとあらためて考えてみると、はなはだ疑問ではあります・・・

 よく、現代を評して、物質的には豊かになったけれども、精神的には貧しくなったというような声を聞くことがあります。
 私も、その通りだと思っている一人です。

 

 モノが世の中に溢れれば溢れるほど、人と人とのつながりはどんどん希薄になっていってしまうように思えてならないのです・・・ (__;)

 最近では、人とコミュニケーションをとるのが苦手で、他人とは関わりたくないと考えているお若い人も少なくないようで、そういう人の中には、ネットに逃げ込み、ネットさえあれば一生誰とも関わらずに生きていけるだなんて本気で考えている人も少なくないようです。

 しかし、いくらネットが普及しようとも、自分一人で生きていけるワケがなく、どんなに拒絶しようとも、他人との交わりを完全に断つ事は不可能なことです。

 

 幸いにして、日本語には「人」という文字があり、「人間」ということばがあります。

 「人」は単に動物としてというか、数ある生物の中でどんな種類の生き物なのかを言い表したことばに過ぎませんが、「人間」というのはそういうモノとは違い、どういう存在なのかを見事に言い表したことばです。

 「人」と「人」との「間」に生きているのが「人間」というワケで、「人」は一人では生きてはいけないんだということが、「人間」ということばからもうかがえるワケですよ。

 もし、「人」が無人島のような場所でたった一人で生きていかなければならないとしたら、「ことば」や「文字」ナンていうコミュニケーションのためのツールは必要ないわけで、なぜ「人間」はことばを話し、文字を書くのかといえば、「人」と「人」との「間」で生きていくために必要だからです。

 

 そして、「人」と「人」との「間」で生きていくのが人生ですから、「ハレ」という刺激も時には必要ではありますが、「ケ」という何げない日常の方こそを、大切にするべきだと私は思っています。

 なぜなら、「ハレ」で過ごす時間よりも、「ケ」で過ごす時間の方が、人生の中では圧倒的に長いはずだからです (^^)v

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2011年4月28日 (木)

暑い一日

  20110428001

 昨日の関東はとても暑い一日になりまして・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 写真は、昨日の朝、千葉県の市川市で6時前に撮ったものですが、すでに17度を記録していました (^_^ゞポリポリ

 直後に、TDLのある舞浜を通ると、18度という数字が表示されていました (^^;

 

 日中も、各地で25度を超える夏日となり、いつもなら窓を開けて走るのですが、風が異常に強くて、砂埃が舞っていたので、窓は開けられず、愛車のエアコンのスイッチを入れて運転せざるを得ませんでした(苦笑)

 

 ちなみに、昨日関東で一番気温が上がったのは、
 埼玉県の鳩山町という事で、
 29.1度を記録し、
 真夏日までもう一歩というところまで上がりましたよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年4月27日 (水)

田植え

  20110427002_2

20110427001

 昨日、今年初めての田植えの光景を目にしました。

 場所は、成田空港から成田市街へと向かう途中の道筋・・・

 

 千葉県の成田周辺では、例年ですと、20日前後には田植えを行なっているお百姓さん達の姿を見かけますから、それに比べると今年は一週間ほど遅い田植えということになります。

 田植えなんて、ブログを始める前は特に気にしたことはありませんでしたが、毎日ブログを書くようになり、デジカメを持つようになってからは、ネタの一つとして田植えを気にするようになりました (^^ゞ

 しかし、この数年を見ても、今年は最も遅い田植えとなりました。
 やはり、今年の冬はは寒く長かったということなんでしょうかねぇ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 GWに会津へ帰省する時には、北関東の栃木県辺りでも田植えを行なっている光景を目にするのが常なんですが、今年はもしかしたら見られないかもしれません (^^;

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2011年4月26日 (火)

TBS

20110327001  「TBS」という放送局がありまして、一般的には「テレビ局」という認識をお持ちの方がほとんどだと思うのですが、もともとは「ラジオ局」として発足したのが最初です。

 テレビよりも、ラジオの方が歴史は古いわけですから、それは当然といえば当然のハナシではあります(苦笑)

 そして、今でもTBSは「TBSラジオ」として放送を続けています。

 

 その「TBSラジオ」ですが、昭和26年に全国で6番目、関東では第一号となるラジオ局として開業しました。
 しかし、開業当時は「TBS」という名前ではなくて、「ラジオ東京」という社名でした。

 

 で、昭和30年に「ラジオ東京」は、民放で2番目となるテレビ放送にも乗り出しまして、その時の名前が「ラジオ東京テレビ」という、今聞くとなんとも滑稽で、ワケのわからないものだったそうです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 さらに、昭和35年に「ラジオ東京」は上場したのをきっかけに、「東京放送」と社名を変更し、略称をTBS(Tokyo Broadcasting System)」と決めました。

 この当時は、ラジオは「東京ラジオ」、テレビは「東京テレビ」と名乗っていたらしいのですが、私はまだ3才の子供でしたし、電気のない生活をしていたこともあって、全く記憶にはありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 翌、昭和36年には、社名呼称を正式に「TBS」に統一して今に至ります。

 

 つまり、「ラジオ東京」から始まった「TBS」の歴史ですが、テレビ放送開始と共に、テレビの方の呼称は、「ラジオ東京テレビ」「東京テレビ」「TBS」と、10年ほどの間にコロコロと変わったわけでして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 それにしても、「ラジオ東京テレビ」というのは、初めて聞きました。

 時代が時代だったとはいえ、傑作な名前ですねぇ(爆笑)

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2011年4月25日 (月)

悪い奴ほど

 福島第一原子力発電所の事故を受け、周辺の住民等への避難指示等、前代未聞の災害対策が3月11日の大地震以来ずっと続いており、先が見えない状況がいまも続いています。

 

 この問題については、それぞれに考えも言いたいこともたくさんあるだろうと思います。

 

 地震や津波によってそれほど大きな被害を受けたわけでもないのに、放射能という目に見えない被害を受け続け、避難を余儀なくされている原発周辺住民の憤りはもっともだと思いますし、お気の毒でもあります。

 それはわかるのですが、連日報道されているニュースを見聞きしていると、なんとなく納得いかない思いがするんですが、こんな思いを抱いているのは私だけなのでしょうか・・・

 

 住み慣れた我が家を離れ、避難所などで不自由な生活を続けている方々が、避難先を訪問した東京電力の社長や菅総理等に向かって、罵声を浴びせている光景が納得いきません。

 お気持ちはよくわかるし、オマエ等のせいで先の見えないこんな状況になってしまって、早いとこなんとかしてくれよと訴えたいのもわかるのですが、菅総理を始めとする政府の面々だって、万全ではないにしても、比較的よくやっている方だと私なんかは思っていますし、事故を起こした原発にしたって、確かに東電の所有物であり、東電が管理運営していたワケですが、背広組はともかくとして、現場で復旧作業にあたっている社員達を始めとする東電や関連会社の方々は、今出来得ることを精一杯やって、終息に努めようと文字通り死にものぐるいになって頑張っているワケじゃないですか。

 にもかかわらず、どうしてそこまであからさまに、悪口雑言を投げつけられなければならないのでしょう・・・ (__;)

 

 確かに、事故そのものは人災だと私も思っていますが、だからといって東電だけが悪者扱いされて、非難の矢面に立たされているのを、善しとできない私がいます。

 見方を変えれば、東電だって今回の地震の被害者じゃないですか。どうしてこうまで一方的に東電が非難されなければならないのでしょう・・・

 

 私だって、いまの政府に対して、不満ももどかしさも持ってはいますが、それでも嘘つきだとか、情報を隠蔽しているとか、そういう政府批判を口にするつもりはありません。
 そういう事を大きな声で言って、何かメリットがあるのなら別ですが、私には、ただ混乱を大きくしているだけのように思えてならないからです。

 

 どうしても、誰かを悪者にして罵りたいのなら、いまの政府や東電に対して行なうのではなく、自民党に向けて行なうのが筋ではないかと私は思うのですが・・・

 

 事故を起こした原発にしたって、東電が自ら望んで彼の地に建設を推進したモノなのでしょうか・・・

 そうであるのなら、非難されてもしかるべきかもしれませんが、おそらくは、時の与党だった自民党の族議員たちが、何らかの甘い汁を吸うために強引に勧めたのが、今の原発政策だったと私は理解しています。

 東電にしたって、誘致を認めた自治体にしたって、自民党の誰かの思惑に乗せられ、うまいこと言いくるめられて今日の原発社会を築き上げたワケでしょ。
 それなのに、いざコトが起きると、政権交代したことをいいことに、表舞台から隠れてしまい、あまつさえ、これ幸いと現与党の足まで引っ張る始末・・・ (ノ_-;)ハア…

 不自由な生活を強いられている避難住民達に、少しでも申し訳ないと思う気持ちがあるのなら、四の五の言ってないで民主党に協力して、一刻も早く事態の収拾に努めるのが、国策として原発を推進し建設してきた旧与党としての責任だと私は思います。

 本当にダメな政党は、いま政権について右往左往している民主党ではなく、そんな情けない民主党の足をこれ見よがしに引っ張って、政権を取り戻そうなんて姑息なことを考えている自民党なんじゃないのか(怒り)

 

 そして、今回の原発事故において、本当の意味で悪い奴は、陰に隠れたままでいっこうに表に出てこようとしない、現自民党や旧自民党の連中なのではないのか、少なくても私はそう思っています。

 

 そもそも、渡部恒三は、今、何をしてるんだ?

 被災以来、公の場には一切顔を出していないみたいだけど、原発被害の渦中にある福島県は、アンタの地盤であり、選挙区もあるところなんじゃないのか!

 「政界の水戸黄門」だかなんだか知らないけれど、普段はマスコミの前でもリップサービス豊富なおしゃべりのくせに、都合が悪い時には雲隠れして知らんぷりかい・・・ (ノ_-;)ハア…

 福島原発については、自民党時代の渡部恒三がいろいろと関わっていたというウワサだってあるわけで、福島県を代表する政治家の一人として、このまま知らんぷりは許されないと思うけどね・・・ q(`o')ブー!!

 何をおいても、真っ先に被災地に足を運び、先頭に立って事態の収拾にあたるべき政治家は、他の誰でもない、渡部恒三クン、キミなんじゃないのか!!!

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2011年4月24日 (日)

田中好子が逝く

20110424001_2 70年代を代表するアイドルグループ、「キャンディーズ」のメンバーだった、女優の田中好子さんが、乳がんのために都内の病院で亡くなったと報じられた・・・

 

 金曜の朝、身支度を整えながら聞いていたラジオから、突然伝えられたショッキングな訃報に、眠気もイッキに吹き飛びました。

 「うそ~・・・ (゚◇゚;)!!!」

 思わず、大きな声で叫んでしまった私の声に驚き、
 「どうしたの?」と駆け寄ってきた家内に、
 「スーちゃんが亡くなったって・・・ (__;) 」と、答えるのが精一杯だった私。

 金曜日は、早朝から翌日の未明まで、20時間以上も走り続け、約1200kmもの距離を走った、とても忙しい一日でしたが、心ここに在らずといった感じで、運転中にもスーちゃんの事をいろいろと思い出していました・・・

 

 私も、リアルタイムでキャンディーズを聴いていた世代ですから、当然のようにキャンディーズのファンでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 私がキャンディーズを知ったのは、中学生だった時のこと、当時信じられないくらいの人気番組だった「8時だョ!全員集合」に、キャンディーズという名前でレギュラー出演するようになってからで、この当時はまだレコードデビューはしていませんでしたが、可愛い三人組は当時から人気者でした (*^.-^*)♪

 一番人気だったのは常にセンターを務めていたランちゃんでしたが、私はぽっちゃりとして笑顔の可愛いスーちゃんが一番好きで、それはキャンディーズが解散し、女優として活躍するようになってからもず~っと変わりませんでした・・・

 

 キャンディーズはその後、「あなたに夢中」という作品でレコードデビューを果たします。1973年の事で、私は中学3年生でした。
 意外と知られてはいませんが、デビュー当時は一番歌唱力があったスーがセンターに立ち、メインボーカルを担当していました (^^)v

 しかし、「そよ風のくちづけ」「危ない土曜日」「なみだの季節」と、4枚のシングルを次々に発表しましたが、ヒットには至らず、いわゆる鳴かず飛ばずといった状態が続きました。

 

 そこで、5枚目となる「年下の男の子」ではランをセンターに立たせ、メインボーカルをとらせます。
 結果的に、これが功を奏し、「年下の男の子」はキャンディーズ初のヒット曲となり、オリコンでもベストテンに入る健闘を見せます。

 以後、ランは解散するまで常にセンターを務め、5曲目以降でセンターを他のメンバーに譲ったのは、16枚目のシングルとなった「わな」で、ミキがセンターを務めた事が一度あるだけで、キャンディーズのセンターはランというイメージは「年下の男の子」の時に決まりました。

 

 下に、デビュー曲の「あなたに夢中」の動画を貼り付けてみました。
 私が大好きだったスーがセンターを務める、キャンディーズの本来の姿だったステージをご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

 

 

 

 当時、「キャンディーズ」の後輩に「ピンク・レディー」がいまして、同じ頃に活躍した似たような女性アイドルグループだったので、マスコミはよくライバルとして両者を取り上げたりもしましたが、「キャンディーズ」は同世代の男子がファンの多くを占めていたのに対し、「ピンク・レディー」はどちらかといえば同性に熱烈なファンが多く、皆振り付けを真似て踊っていました。
 しかも、幼い子ども達からお年寄りまで、幅広いファンから支持を受ける国民的アイドルだったという点でも、キャンディーズとは大きな違いがあります。

 私は、キャンディーズのファンではありましたが、ピンク・レディーに対してはほとんど関心はありませんでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 解散後は、女優として活躍していたスー・・・

 テレビガイドなどで「田中好子」というクレジットを見かけると、迷うことなくそのドラマを見ていた私がいます・・・ (^_^ゞポリポリ
 できるだけスーの出演作は見るようにしていたつもりですが、スーの代表作の一つでもある「ちゅらさん」は全く見ていません (^^;
 そもそも、朝の連続ドラマというのは、仕事を持っている人には、不向きな番組でもあります。再放送にしても、その日のお昼に行なわれるし、15分の連続ドラマというのは、留守録をするにしても細切れ過ぎて観賞には耐えないという個人的な持論を持っていますので、歴代の連ドラはほとんど見たことはありません。
 それに比べれば、同じ15分番組でも、夜の連ドラはよく見ていた方なので、朝の連ドラも夜の連ドラと同様に、週末に一週間分をまとめて放送してくれれば見ようという気持ちも起きるのですがねぇ(苦笑)

 それはともかく、かつてのアイドルも、最近ではけっこう庶民的な「普通のおばさん」になっており、母親役は、かなりはまっていたと個人的には思っています(苦笑)

 

 享年55才という事で、まだまだお若いと思うのに、残念でなりません・・・ (__;)

 心よりのご冥福を祈りたいと思います・・・

 

 ※なお、冒頭のスーの写真は、田中好子の公式HPからお借りしてきました。

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2011年4月23日 (土)

好きな数字

 今日は、私の誕生日です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 一般的にいうならば、今日で私は、満53才になったということになります。

 

 それはともかくとして、4月生まれということもあって、私は「4」という数字が大好きでしてね(笑い)

 日本人なら、「4」という数字は、ほとんどの人が忌み嫌うと思います。
 いうまでもなく、「死」に通じると考えられるからです (^_^;

 

 しかし、私は天の邪鬼ですから、人が嫌う「4」という数字に、ことのほか愛着があります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 4月生まれだからという理由ももちろんありますが、私が小学生の時、出席番号は五十音順ではなくて、誕生日順で付けられていました。
 ですから、4月生まれの私はかなり若い番号になりまして、それが「4」でした (^_^ゞポリポリ

 山村の小学校ということもあり、クラスは6年間同じ顔ぶれでしたから、出席番号「4番」とは、6年間ずっとつき合ってきましたので、「4」に対する思い入れも自然と強まりました(笑い)

 中学以降は、普通に五十音順で出席番号が付けられたので、いつもかなり後ろの方になり、不満だったことを思い出します(苦笑)

 

 実は、前に住んでいた千葉県の八街市に住んでいた時の電話番号は、
10ケタの数字のうち、「4」が実に7個も入っていました (*^.-^*)♪

 

 当然、私が希望してゲットした番号だっただけに、かなりお気に入りの電話番号だったんですが、成田に越してきてからは、市外局番からして「4」とは縁遠い番号なので、10ケタ中、たった2個しか「4」は入っていません(苦笑)

 

 かつては、電話番号というのは、電話会社から一方的に与えられるモノだったために、希望の番号というのは、よっぽどの権力者か、あるいは大金を積んで買うかしないと得ることはできませんでしたが、電電公社が民営化されてNTTになった時に、その辺りもかなり規制緩和が行なわれ、ユーザーの希望がある程度反映されることが可能になりました。

 

 一般的には、引っ越しなどで電話番号が変わる時に、転居先のNTTから三つの電話番号が示され、その中から選択するように言われるんですが、実はこの時に、提示されたそれらの三つの番号とは無関係に、希望する番号があればその番号を割り当ててくれる事は意外と知られていません。
 もちろん、「空いていれば」という大前提がありますが(苦笑)

 

 私も、八街市に転居する時に、NTTから三つの電話番号が提示されましたが、その時に「全部『4』という番号は空いていますか?」と試しに言ってみたことがあります (^^;

 全部「4」だと、現在葬儀会社が使っています (^^; と言われまして、そりゃそうだよなと思ったんですが、代わりにいくつか「4」が並んだ電話番号で空いている番号を教えてくれ、その中から選んだのが、「4」が3個入った番号で、市外局番と合わせると、結果として10ケタ中7個も「4」が続く電話番号になりました (^^)v

 初めて自分で希望した番号が自宅の電話番号となり、かなり得意だったことを思い出します (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 好きな数字といえば、一般的には「7」とか「8」なんてのが人気なんですかね(笑い)

 「1」なんてのもけっこう人気があると思います。

 

 でも、「4」とか「9」とかの数字が好きだという人は、やはり少数派なんでしょうねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 そういえば、日本人は何かにつけて「2番目」が好きだというハナシを昔聞いたことがあります(笑い)

 慎重というのか、慎み深いというのか、決して1番目を選ぼうとはせずに、2番目を選ぶというのが日本人気質なんだとか・・・

 例えば、本を買う時には、1番手前とか1番上に並んだモノではなく、わざわざ2番目の本を抜き取って買っていくとか、一番高いとか一番安い値段が付いた商品は敬遠され、高くても安くても2番目の価格のモノがよく売れるとかなどです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 先頭切って何かをやるというのは苦手でも、二番手について頑張るというのが経営でもスポーツでも、日本人のスタイルのようだと、どこかの外国人が日本人を評して言っているのを、昔、聞いたことがあります。

 関係ありませんが、新選組でも、隊長の近藤勇よりも、副長の土方歳三の方が人気があるとかも、二番手好きな日本人気質の現れなんでしょうかね・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年4月22日 (金)

姉さん女房

 俳優の松山ケンイチが、女優の小雪と結婚したと報じられました。

 

 二人の交際は以前から報じられてはいましたが、いざ結婚となると、正直意外というか、小雪のような才色兼備のオトナの女性が、松山ケンイチのような、ず~っと年下の、いかにも頼りなさそうな男性と一緒になるというのは、私自身の想像を超えちゃっていまして、昨日は興味津々で結婚を報じるテレビに見入っていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、一人で記者会見場に現われた松山ケンイチは、私がそれまで知っていた彼とはずいぶん印象が違っていまして、

 あれ?
 顔つきもしっかりして、身体も大きくなったんじゃない?

 という、私がそれまで抱いていた松山ケンイチの子供っぽいイメージが完全に覆った瞬間でもありました (;^_^A アセアセ・・・

 

 やはり、生活が安定すると、精神的にも外見的にもオトナになるのかなと、チョッと意外な松山ケンイチがそこに居ました(苦笑)

 

 松山ケンイチと小雪との年齢差は、8才あるそうで、現実の生活でも松山ケンイチは小雪に甘えっぱなしで、小雪からは子供扱いされているそうですが、小雪からすれば、松山ケンイチのような年下の男性は可愛くて仕方ないんでしょうな (^◇^) 。。。ケラケラ

 小雪が、眉をひそめ、怪訝そうな顔をしながら、「アナタで本当に大丈夫なの?」 ナンて言っている様子が見えるようですよ(苦笑)

 

 私が、最初抱いていたイメージとは違い、この二人、けっこうお似合いなんじゃないかと思い始めているんですが、どんなもんでしょ(笑い)

 

 しっかり者の姉さん女房と、年下のいかにも頼りなさげなダンナ・・・
 まるで、私ら夫婦を見ているみたいだなと、そんな錯覚を感じながら、松山ケンイチの記者会見の様子を見ていました・・・

  (_ _)ノ彡☆ギャハハ!!! バンバン!!!

 ケンイチ君、なかなかやるじゃないか~ ヽ(^◇^*)/

 

 来年の大河ドラマでは、「平清盛」で主役を演じるという松山ケンイチ。
 なかなかセンスの良いキャスティングだと思うので、そちらの方も今から楽しみです p(^_^)q ワクワク

 

 最近にしては、珍しくほのぼのとした、明るい話題に、こちらまで嬉しくさせられてしまいましたよ o(*^▽^*)o~♪

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2011年4月21日 (木)

前後左右

 世の中には、珍しい名前とか地名とかがあるのは、よくあるハナシでして、私はそういう、珍しい名前や地名が大好きです。

 今日は、そんな珍しい地名の話題でもと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 といっても、変わった地名なんていくらでもあると思うので、その中でも「前後」「左右」及び、「上下」という地名です (^^)v

 

  《 前後 》

 愛知県豊明市前後町

 普通に「ぜんごちょう」と読みます。

 

 

 《 左右 》

 福井県丹生郡越前町左右

 これは、「さゆう」ではなく、「そう」と読むそうです (^^;

 

 

 《 上下 》

 広島県府中市上下町上下

 これも、普通に「じょうげちょうじょうげ」と読むそうです(苦笑)

 

 いかがですか ( ^-^)/ ♪

 こんな単純なコトでも、けっこう楽しめると思いませんか(笑い)

 

 ちなみに、昔の地名というか、国名に「前・後」「上・下」が付くことがありましたが、御所があった京都からの距離によって「前中後」や「上下」が付きました。

 「越前」「越中」「越後」「備前」「備中」「備後」は有名ですが、いずれも京都に近い方が「前」で、遠くなるにつれて「中」・「後」となります。

 

 「上・下」も同じで、例えば千葉県には「上総」「下総」という旧国名が在りますが、これも京都に近い方が「上総」で、遠い方が「下総」となります。

 今の地名でいえば、「下総」は現在の千葉県のおおよそ北半分になり、「上総」は南半分になりますが、地図で見ると、北側にある船橋市などの方が南側にある館山市などよりも京都に近いように見えます (^^;
 しかし、昔は、陸路よりも海路で移動する方が便利だったことにより、房総半島の南側の方が京都に近いと思われていました。したがって、陸路では遠い方の南側が「上総」になり、北側が「下総」と呼ばれるようになりました。

 

 「左右」は、例えば、京都の「左京区」「右京区」などが有名です。
 これは、昔は北が神聖な方角とされ、天皇は南を向いて座った事から、御所の東側が「左」、西側が「右」と呼ばれた事に所以します。したがって、一般の地図からみると、左右が逆になっています (^^;

 しかし、「左右」は、「地名」よりも「位」で使われた方がよく知られていると思います。

 「左大臣」とか「右大臣」なんていう、アレです(苦笑)

 この場合、「左」の方が「右」よりも上の位とされていましたから、「右大臣」よりも「左大臣」の方が偉かったという事になります (^^)v

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2011年4月20日 (水)

LED電球

 先日、家内の勧めもあって、LED電球を1個買ってきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 LED電球は前々から関心はあったのですが、いかんせん普通の電球や蛍光灯から比べるとべらぼうに値段が高いので、なかなか手を出せずにいました (;^_^A アセアセ・・・

 私は、こういう消耗品は極力安いモノを買い、ダメになったら直ぐに新しいモノに取り替えて使う主義で、そのあたりの事は3年ほど前にも「安物買い」という記事の中で語ったことがあります (^_^ゞポリポリ

 

 しかし、先日、東電の事故があり、その影響もあって我が家でも多少は節電しなければという気運が盛り上がり、いろいろとこまめに電気を切ったりして生活してきたんですが、テレビを見ていた家内が、「ねぇ、ウチもLED電球にしてみたら?」と、何やら節電対策のノウハウを教授されたようで、私に提案してきました(苦笑)

 「最近は、LEDの電球もだいぶ安くなってきたみたいよ」と・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20110420002  そんなワケで、仕事に行ったついでにホームセンターに立ち寄り、市場調査をしてみると、60W電球相当のLED電球が、一番安いものでは1480円で棚に並んでいまして、この程度の値段なら買ってみる価値はあるかなということで、さっそくどんなモノなのか購入してきました (^^)v

 

 帰宅して直ぐに、玄関の照明として使おうという事で電球をLEDに替えてみました。

 ウチの玄関は、アパートの構造もあるんですが、窓がないのでドアを閉めてしまうと真っ暗になってしまいましてね (^◇^;)
 それでも、居間の入口を開けてさえいれば、日中なら陽の光も入ってくるんですが、居間で冷房や暖房を使う時には閉めきっていますから、そういう時には日中でも玄関の照明は点けていることが少なくありません (^^ゞ

 

 今まで使っていた照明は、電球タイプの蛍光灯でして、これなら普通の白熱電球よりも多少は消費電力が抑えられるということでけっこう気に入って使っていたんですが、LED電球はさすがに省電力を謳っているだけあって、60W相当の電球でも僅かに7.5Wしか電力を消費しないとパッケージに書かれています。
 これは、今まで使っていた低電力を謳っている蛍光灯タイプの電球の、約1/3近い数字でもあります。

 

 常夜灯として点灯するナツメ球の消費電力がだいたい5W程度ですから、それとほとんど変わらないのに、十分すぎるほどの明るさ w(゚o゚)W

 20110420003  20110420004_2

 

 LED電球の底力というか、実力の凄さをあらためて知りましたよ o(*^▽^*)o

 ホンのちょっぴりですが、これでウチも節電に貢献してる事になるのかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年4月19日 (火)

初夏・・・

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20110419002_2 20110419003

 昨日、都内の江戸川区と足立区内を仕事で走ってきまして、道路脇の植え込みに咲いているアヤメツツジを見かけました。

 

 ソメイヨシノはほとんど終わりで、花よりも葉っぱの方が目立つようになりましたが、それでも、桜の花と同時期にアヤメやツツジを見かけるとは思いませんでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 
 アヤメもツツジも、私の中では5月の花という思いが強いので、どちらかといえば春の花というよりも初夏の花というイメージがあります。

 ただ、4月も後半に入りまして、GWも近いですから、アヤメやツツジを見かけても不思議ではないんですが、今年は桜の開花が一週間以上も遅れましたから、見かけるにしてもう少し後かなぁと勝手に思っていました (^_^ゞポリポリ

 

 先週末、名古屋の近くにお住まいになっているネッ友さんのブログで、ご自宅の藤の花が咲き始めたという記事を目にしました。
 関東では藤の花はまだ見かけないので、ずいぶん早いですねとコメントを残してきたんですが、昨日は、写真のアヤメやツツジの他にも、紫色の小さな房がぶら下がっている藤棚のあるお宅も見かけました (*^.-^*)♪

 あいにく、藤の花の写真は撮る事ができませんでしたが、1日のうちで「アヤメ」「ツツジ」「藤の花」と、初夏を感じさせる花を次々に目にするとは思いませんでしたよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年4月18日 (月)

見えないもの

 先日、ラジオを聞いていてチョッと考えさせられました。

 

 番組のパーソナリティはシンガーソングライターの谷村新司・・・

 そのチンペイが番組の中でこう言ったのです。
 聞きかじりなので、正確な言い回しは失念しましたけど、大意はおおよそ次のようなものでした。

 「目に見えないものはこの世にたくさんあるけれど、実は、目に見えないものの方が大切なものであることが多いんだよ・・・」と。

 

 世の中には「科学万能主義」といいますか、「科学崇拝主義」といいますか、いわゆる「科学」を心のより所としている方が大勢居らっしゃいます。
 この世で起こりうる全てのことは科学で説明できると信じ、科学で説明できないことはアタマから疑ってかかるという、愚かな人間達です。
 とにかく視野が狭いので、私の一番嫌いな人種であり、個人的には××じゃないかとさえ思っています(笑い)

 そういう方達は、例えばUFOであったり、心霊現象であったり、そういう超常現象みたいな事は科学的ではないからと、ハナから信じようとしない心の狭い輩です。

 少なくても、ドラマの「ガリレオ」に登場する湯川学のように、可能性があることは頭ごなしに否定しないくらいの度量の広さを持ってほしいと私は思います。

 

 それはともかくとして、世の中には目に見えないものはいくらでも存在します。

 そして、見えないものが大切なものである事が多い事も、よくあることで、別に珍しいハナシではありません。

 例えば、「空気」なんてのは目に見えないものの代表ですが、それが大事な物であることは誰にでもわかることだと思います。

 他にも、「命」とか「心」とか、チョッと思いつくだけでも、目には見えないけれど、大切なモノはいくつか挙げることができます。

 谷村は、ミュージシャンらしく、見えないけれど大切なモノの例として「音楽」を挙げていました (*^.-^*)♪
 なるほど、音楽は単なる空気の振動でしかありませんけど、それがどれだけ人々を感動させたり勇気づけたりするかは、言わずもがなです。

 そういう意味では、「想い出」とか「記憶」なんてのも、見えないけれど大切なモノなんでしょうね。
 「経験」も、動作としてなら目に見えるけれど、「経験」そのものは目には見えませんよね(苦笑)

 

 目に見えないモノは、存在を否定するという人は、恋人の「気持ち」も見えないから、「愛」も信じられないんでしょうね (;^_^A アセアセ・・・

 なんという、つまらない生き方なんでしょう (^◇^) 。。。ケラケラ

 そんな事言ってたら、他人なんて誰も信じられなくなってしまいますよ。

 

 「科学」で説明できないことなんて、この世にいくらでも存在しますし、わからない事だってまだまだたくさんあります。
 「科学」なんて大仰に言ってみても、タカが学問の一つでしょ、そんなモノを有り難がって信じてみても、万能ではないのだから、「科学」で説明できないからといってアタマから否定するような事だけは止めるべきだと思います。

 いわゆる、謙虚さが大切なんだと思います。わからない事はわからないでいいじゃないですか、それを、ヘンなプライドなどが先に立ち、非科学的だと否定したりするのは大人げないというか・・・ (^_^;

 

 ところで、「科学」を突き詰めていくと、どうしても「神」の存在を信じざるを得なくなると言う科学者も少なくありません。
 「科学」と「宗教」、価値観が相反する二つなのに、根本は一緒だとでも言うのだろうか・・・

 宇宙飛行士達が、後に宗教家に転身した例は少なくないといいます。
 宇宙に飛び出した人間の数はそれほど多くはないのに、その後の人生が宗教家になった人が複数いるということは、確率としてはけっこう高い方ではないだろうか(苦笑)

 彼等は、宇宙で何を見、どんな経験をしてきたというのだろう。

 たいへん興味深い事です・・・

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2011年4月17日 (日)

看護教諭

 先日、宅配の仕事を手伝ってきましてね、その日は小・中学校宛ての書類がまとまって来ていまして、配達の中で、都合20件くらいの小・中学校を回ってきました・・・

 差出人はいずれも同じで、配達先は各学校の看護教諭という事で、おそらくは何かの資料かパンフレットのようなものを送って来たのだと思います。

 宛名が「看護教諭様」ですから、一応は看護教諭に手渡ししてきたのですが、訪ねる先が職員室なので、必ずしもそこに看護教諭が居るわけではなく、たいていは職員室に居合わせた先生の誰かが代わりに受け取ってくれたんですけど、中にはわざわざ呼びに行ってくれたりして、何人かとは看護教諭に会うことができました (^^ゞ

 

 それはともかく、配達していて思った事・・・

 どうして看護教諭は、可愛くて優しそうな女性教諭ばかりなんだろうと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 看護教諭、いわゆる、保健の先生のことですが、私が小学生や中学生の時にも、もちろん保健の先生はいまして、一般の先生たちとは雰囲気も容姿もずいぶん違っていたことを思い出します。

 なぜか、保健の先生は若い女性教諭という事が多くて、子供心にも親近感を覚え、ハナシをする時になぞ胸がときめいたものです (^◇^) 。。。ケラケラ
 なんせ、私は子どもの頃からスケベでしたから・・・ (^^;)☆\(-- )

 

 若いオンナの先生というのは、それだけで生徒たちに人気があったんですが、保健の先生は服装からして違っていまして、私が子どもの頃にはたいてい白衣を着ていました。
 最近は、必ずしもそうでもないようで、私が配達で会った看護教諭たちは、皆、普通の服を着ていました(苦笑)

 

 でも、なんとなく優しそうな雰囲気をしてるのは、今も昔も変わりませんねぇ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 保健の先生だから優しそうに見えるのか、それとも、優しそうな人だから保健の先生になれるのか・・・

 ホントのところはよくわかりませんが、昔から気になる存在ではありましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年4月16日 (土)

GWの予定

 この記事は、内容的には会津に居る友人たちへのオープンメールになります (^_^ゞポリポリ

 そろそろGWも近いので、私の予定がどうなっているのか気になっているかもしれないと思い、記事の形を借りて友人たちにメッセージを書いてみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 毎年、GWには、会津に帰省するのが私の年中行事の一つであり、その際には、会津で暮らす友人たちと旧交を温め合うのが恒例になっています(苦笑)

 簡単に言えば、どこかの居酒屋にでも集まって、心いくまで飲んで騒ぎ、その流れでカラオケに行って歌いまくるというのが、バンド仲間だった彼等との定番の宴会コースです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 遠方に住んでいるとはいえ、普段から不義理を重ねている私に対し、いつも暖かく迎えてくれる会津の友人たちは、本当にありがたい存在であり、私も帰省した折にはできるだけ彼等に会うように心がけているつもりです。

 ただ、今回のGWは、会津に帰省はしますが、会津若松の方には回る予定はないので、この場をお借りしてお詫びを申し上げます・・・ m(_ _)m

 

 ありがたい事ではありますが、会津の実家に居る私の両親は今も健在であり、父は今年で85才、母も今年で83才になります。
 健在とはいっても、このトシになると、正直、いつ亡くなっても不思議ではありませんから、毎年この時期には会えることを楽しみにしている一方で、本当に会えるのか心配している私が居ることも事実ではあります (;^_^A アセアセ・・・

 なにしろ、冬の間は実家のある山村は雪で閉ざされており、容易には近づけないので、毎年GWの帰省は、その年初めてとなる半年ぶりの帰省になるからです。

 いつもですと、帰省とはいっても、実家に顔を出すのはホンの一時のことで、たいていは実家には泊まらずに、会津若松にあるビジネスホテルを利用することが多いんですが、それは、先にも述べた、会津の友人たちとの飲み会があるからで、その方が私にとっても都合がいいから、敢えてそうしているワケです (^^;

 

 しかし、今回の帰省では、実家の両親と一緒に村営の温泉施設で一晩を過ごしたらどうかと家内が言ってくれたので、それは良いということで、すでに予約も済ませてあります (^^)v

 一応、予定では、5月2日の深夜に成田を出発し、3日の早朝に実家に着いた後、お昼くらいから村の温泉施設である「しらかば荘」に両親と赴き、温泉に浸かったりお酒を飲んだりして一晩を過ごし、翌4日に成田に戻ってこようと思っています。

 親孝行なんてつもりはありませんが、ここ何年も実家で泊まったことはないので、両親も寂しがっているだろう事は想像に難くありません。

 もしかしたら、最後になるかもしれない両親との一夜、文字通り裸で触れ合ってこようかなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 友人たちとは、お盆に帰省した時に会ってこようかなと、勝手に算段をつけております (^^ゞ

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バーバラ

 三田佳子という女優がおりまして、彼女の次男に昨年の秋、子供が生まれたのを受け、息子夫婦に「バーバラ」と呼ばせているというハナシを聞いて、思わず笑ってしまいました (^◇^)

 

 孫が生まれると、子ども達夫婦からも孫からも、「お爺ちゃん」「お婆ちゃん」と呼ばれるのが「親」として一般的な慣習であり、当たり前の事だと私は思います(笑い)

 しかし、以前とは違って平均寿命もかなり延び、最近では還暦を迎えたお年寄りといっても、かくしゃくとしており、とても「老人」と一口で言い表すことができないくらい、元気で若々しいお年寄りを目にするようになりました。

 もちろん、これまでのように腰が曲がり、歩くことも容易でないようなお年寄りも見かけますが、多くのお年寄りたちは、年寄り扱いされることを嫌い、凛とした姿をいつまでも保ちたいと考えていらっしゃるようです・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 容姿だって、とても60代とか70代とかのお年寄りには見えない、そんな若々しいお年寄り達はいくらでも居ます。

 

 そんなお年寄り達の中には、特に女性達に多いのですが、「お婆ちゃん」と呼ばれる事を極端に嫌がる人も少なくないようで、子ども達や孫等に、「お婆ちゃん」ではなく、「○○ちゃん」とか「××さん」などのように、名前で呼ばせるようにしているというハナシをよく聞きます (^_^;

 気持ちはよくわかるんですが、これでは正しい躾はとてもできないんじゃないかと私は思っています。

 

 さらにいうならば、自分の娘にさえ、親子の関係ではなくて、友だちのような関係でいたいなどと本気でおっしゃる母親も少なくないそうで、いったいナニを考えているのかと、私は頭を抱えてしまいます (ノ_-;)ハア…

 

 単なる呼び方には違いありませんが、そこには間違いなくタテの関係が存在しますから、いい加減に扱うべきではありません。
 「親子」はどんなに親しい間柄であっても「親子」ですから、友だちのようにお互いが同じ立場というのは絶対にあり得ないワケで・・・

 さらに、「親」-「子」-「孫」となると、それぞれの間に親子関係が存在しますから、「孫」が「親の親」に向かって、名前で呼ぶというのは、あり得ないハナシで、「お婆ちゃん」と呼ぶことで、その人が自分の両親の親だということが、無意識のうちにわかりますし、タテの関係も自然と身についていくわけですよ。

 「仲良くする」という事と、「タテの関係を取り払う」という事とは、同じではありませんし、二つが両立することは難しい事ではなく、自然なことだと思うんですがねぇ・・・ (__;)

 

 「タテの関係」ナンていうと、「古臭い」とか「封建的」だとか、そんな負のイメージをお持ちの方も多いんでしょうけど、これは社会生活を営む上では避けて通れない大事なもので、これがおろそかにされるようになったら、「社会」はアッという間に崩壊してしまいます。

 「家庭」というのは、最小単位の「社会」であり、そこには人間関係の全てが備わっています。
 家族の間の関係すらマトモにやっていけない人が、学校とか会社とか、そういう、より広い社会の中でうまくやっていけるわけがないのは、自明の理です。

 

 翻って、三田佳子が息子夫婦に「バーバラ」と呼ばせているというハナシですが、やはり三田は頭が良いというか、賢い女性なんでしょうねぇ(苦笑)

 今年70才になる三田佳子ですが、女優としてのプライドとでもいうのか、「お婆ちゃん」とは呼ばれたくないけれど、だからといって名前で呼ばせるほど愚かな年寄りでもないということなんでしょうか。

 この「バーバラ」というのは、「婆ぁば」をもじったものということで、「婆ぁばラ」という意味が込められているのかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 「お婆ちゃん」とダイレクトに呼ばれるよりは抵抗なく、しかも、チャンと「お婆ちゃん」というニュアンスも、息子夫婦や孫達に伝わるというわけです (^^)v

 

 私も、最初笑っていたんですが、よく考えると、なるほどいかにも女優らしい発想だなぁと感心させられましたよ o(*^▽^*)o~♪

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2011年4月15日 (金)

麦酒

 私は、ビールが大好きでして、お酒はビールさえあれば、他には焼酎も日本酒もウイスキーも一切要りませんし、一年中ビールを飲んでいても飽きないくらいのビール好き人間です。
 よく、「とりあえずビール」ナンてことばを耳にすることがありますが、私に言わせればず~っとビールだけでいいわけですから、「とりあえず」ということばは、少なくてもビールに関しては私にはあり得ません (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ところで、「ビール」の事を、漢字で「麦酒(ばくしゅ)と表記することがあります。
 麦芽から作られたのが「ビール」ですから、「麦酒」とはうまい表記だと私なんかは思っています。

 同じ麦芽を原料に作られたお酒に「ウイスキー」がありますが、こちらの漢字表記は「火酒(かしゅ)だそうで、火を付ければ燃え上がるから「火酒」なのかもしれませんが、「麦酒」から比べればイマイチな発想じゃないかと思いますねぇ(笑い)

 

 なぜこんな事を書いたのかといいますと、先日、横浜方面を車で走っていて、首都高の上からおもしろいものを見かけたからなんですが、今日はそんな話題で・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 実は、首都高神奈川1号線、通称「横羽線」生麦JCT付近を走行中、道路脇のビルに、「KIRIN」というお馴染みのロゴが書かれているのを見かけまして、ここはよく通るルートなので、以前にも何度も目にしているはずなんですが、これまではまったく意識したことはなく、気付きもしませんでした (^^ゞ

 で、「KIRIN」という事は、あの「キリンビール」かぁ (?。?)
 と思いまして、さっそくカーナビでそのロゴが書かれた建物の辺りを確認すると、やはりキリンビールの工場で、「横浜工場」だということがわかりました (^^)v

 

 

 「生麦」という地名の場所に「麦酒工場」が在るなんて、シャレにしてもおもしろいじゃないかということで、今日の記事のネタを思いついたというワケなんですが、どんなもんでしょ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 「生麦」という地名は、例えば日本史でも「生麦事件」ナンて歴史的事件が起こった場所として教わった事があるので、覚えていらっしゃる方も多いと思うのですが、そもそも、なぜここが「生麦」という地名になったのかというと、今年の大河ドラマである「江」のダンナである、二代将軍・秀忠が名前を付けたのが始まりというから驚きです (;^_^A アセアセ・・・

 ある日、徳川秀忠の行列がこの地を通ることになったそうで、村人達は粗相があってはいけないという事で、街道を整備していたんですが、あいにくと水たまりがアチコチにできており、通行するにはかなりの支障があったそうです。
 そこで、街道脇に生えていた「生麦」を急ぎ刈り取り、道路に敷き詰めて行列を通らせたんだそうで、この事を聞いた秀忠は、感謝の気持ちとして、この一帯に「生麦」という地名を与え、村人達には漁業を営むに関しての特別な権利を与えたということです。

 

 それはともかくとして、この地にビール工場を造ろうと考えたのは、やはり「生麦」という地名が大きな理由になったのだろうと私は思います。

 KIRINは、横浜で創業され、当初は山手地区に工場が在ったといいます。
 しかし、関東大震災で横浜山手工場は壊滅的な被害を受け、大正15年の6月に今の生麦に最新設備を誇る新工場を完成させて今に至るそうで、建設地が生麦に決まった背景には、創業地である横浜の山手からも近く、海に近いことから、山あいに在った山手工場と違って拡張性もあり、海運も利用できるという事ももちろん大きな理由だったと思いますが、決め手になったのは「生麦」という地名だったんじゃないか・・・ 少なくても私はそう思っています(苦笑)

 

20110415001

 という事で、キリンビール横浜工場では、工場内に「キリン横浜ビアビレッジ」という施設を造り、工場見学を受け付けているそうで、できたてのビールを無料で試飲できるそうです。

 詳しくは、↓のURLからどうぞ ( ^-^)/ ♪

http://www.kirin.co.jp/about/brewery/factory/yokohama/index.html

 

 

 ヱビスビールの工場が在った事から、東京渋谷に「恵比寿」という地名ができたハナシは有名ですが、他にも、北海道の札幌市が創業の地であることから「サッポロビール」と名付けられたなど、ビールにまつわる地名は少なくありません。

 という事で、この「生麦」だってビール工場が在るくらいですから、そういうビールにゆかりのある地名の一つに数えてもいいんじゃないでしょうかねぇ(笑い)

 なんといっても、「生」「麦」は、ビールにとって「命」そのものですから (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年4月14日 (木)

電柱と電信柱

 「電柱」「電信柱」ということばがありまして、最近は「電信柱」ということばはあまり使われなくて、もっぱら「電柱」と言うことが多いと思うのですが、「電柱」と「電信柱」とは同じ意味のことばで、同じものを指していると思っている方がほとんどだと思います。

 しかし、形も用途も似てはいますが、「電柱」と「電信柱」とは別のモノであり、ごっちゃにしてはいけません(笑い)

 

  20110402001

  これは、「電柱」「電信柱」とを撮った写真で、道路の左側に立っているのが「電柱」であり、右側に立っているのが「電信柱」と呼ばれているモノです (^^)v

 

【電柱】           【電信柱】

20110402002 20110402003

 「電柱」とは、電気を送電するために、電力会社が設置しているモノで、何本もの電線(一般的には横に三本、縦に三本です)が張られています。
 そのために、柱から横に電線を架ける腕状の物が張り出しているのが特徴です。

 一方、「電信柱」は、電話線などの通信用ケーブルを張るために通信会社が設置しているモノで、たいていはこのように一本の柱だけが立っていて、腕上の横木は通常はありません。

 写真をご覧いただければおわかりのように、「電柱」は、けっこう太くて背の高い、りっぱなモノが多いですが、それから比べれば「電信柱は」、スマートで背も低く、こぢんまりとしています。

 

   20110402004

 最近では、電柱が景観を損ねているという指摘もあり、電力会社と通信会社がそれぞれ別個に電柱を立てるのはムダという事もあって、写真のような「共用柱」が立てられることが多くなっているようです。

 

 「共用柱」の場合ですと、最上部に横に三本の電線が張られます。これには6,600Vの高圧電流が流れています (^^;

 その下には、一般に「動力」と呼ばれている、三相200Vの低圧動力線が、縦に三本張られます。

 一般の家庭には、この縦に張られた三本の電線から引き込まれることになります。

 

 低圧動力線のさらに下には、電話線などの通信用ケーブルが張られているのがご覧になれると思います。

 今は、光ケーブルなども一般的になっていますから、通信用ケーブルのうち、太いケーブルが一般のアナログ回線の電話線で、細いケーブルが光通信用のケーブルです (^^)v

 

 こんな事を知っていても、別にどうという事もないのですが、普段よく目にする電柱にもいろんな種類があり、有用な情報が書かれているということは、知っておいてもムダではないように思えます (^_^ゞポリポリ

 特に、携帯電話が普及した今、出先から交通事故や事件などに遭遇して、警察や消防署に緊急電話をする際、自分の立っている場所がどこなのか、とっさに正確な住所がわかる方はほとんど居ないと思います。

 自宅の家電や公衆電話から連絡したのなら、あらたまって住所を告げなくても直ぐに場所の特定が可能ですが、携帯電話からの通話だと、そういうワケにはいきませんで、どうしても自分の所在地を正確に伝える必要が出てきます。

 そういう時に便利なのが、電柱や電信柱に取り付けられている「電柱番号」です。
 電柱には、電力会社が立てたものであっても通信会社が立てたものであっても、必ず1本1本に名前ともいうべき「識別番号」が書かれたプレートが取り付けられています。

 

20110402005_2  この「電柱番号」を伝えることができれば、場所の特定は容易になります (^^)v

 例えば、写真の「電柱番号」の場合、「ミサキ18 東2」というように伝えます。

 

 ただ、立てられている自治体や電柱の所有者である会社などによっても表記の仕方がいろいろとあるようなので、わからなければ、書かれている文字や数字をそのままに伝えても、相手はプロですから場所の特定は可能だと思います (^^)v

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2011年4月13日 (水)

ようやく

 ようやく・・・

 やはり、ようやくというべきなんだろう。
 昨日、プロ野球が開幕し、それぞれの球場において全6試合が行なわれました。

 

 私も、鷹ファンの一人として、京セラドームで行なわれた、オリックスソフトバンクの開幕戦を、BS1で観戦しました o(*^▽^*)o

 

 といいましても、もちろん、プロ野球そのものに関心がない人も世の中には少なくないだろうし、こんな時期に野球でもないだろうと、開催自体に批判的な人がいるだろうことも承知しています。

 しかし、私にとっては毎年恒例の行事であるだけに、プロ野球が始まらないことには春が来た気にはなれなくてね (^_^ゞポリポリ

 そういう、プロ野球を楽しみにしていた人達にとっては、本当に待ちに待った開幕だったわけで、これでやっと今年も一年間が始まったと思っている人も多いと思いますよ(苦笑)

 

 イベントの自粛もけっこうですが、これで被災地の人達にとっても、励みとなる「楽しみ」がひとつできたんじゃないですかね (^^)v

 特に昨日は、ロッテのエースである成瀬を打ち砕き、開幕戦を見事な逆転勝利で飾った星野楽天の大活躍を見て、仙台の人達はもちろん、東北地方の人々は大いなる希望を受け取ったんじゃないかと私は思います。

 

 ところで、昨年リーグ優勝を果たしたソフトバンクですが、損オーナーの方針なんだと思いますが、ここ何年もマトモな補強を行なわず、ケチケチ経営をずっと続けて来ました・・・ (ノ_-;)ハア…

 しかし、昨年の秋はどういう心境の変化があったのか、オリックスからカブレラを、横浜から内川を、そして、西武からは細川をと、多くのファンが納得する、かなり充実した大型補強を行ないました ヽ(^◇^*)/

 中でも私が特に高い評価をしているのが、細川の獲得です (^^)v
 城島が大リーグに移籍して以降、自慢の投手陣をリードする捕手がからっきしダメで、チームのアキレス腱とさえ言われた捕手陣ですが、細川の加入は心強いというか、これでやっと普通のレベルのマトモな捕手がチームに加わりまして、多少は締まった野球が見られるんじゃないかと楽しみでなりません(笑い)

 

 さらに、松中や小久保という大ベテランが、年齢から来ると思われる衰えを見せ始め、12球団一貧弱なクリーンナップと言われ続けた3番・4番・5番が、今年は、内川・カブレラ・多村(昨日は5番は小久保で6番に多村)という破壊力のある顔ぶれになったことだけでも、対戦相手に与えるプレッシャーはかなりのものになると思いますし、応援する方としても期待感が高鳴ります p(^_^)q ワクワク

 

 昨日の試合は、和田と木佐貫の投手戦となりました。

 まず、ホークスが1回に内川のタイムリーで先制し、7回には細川のタイムリーで追加点を取るという、移籍組の活躍で0-2と優勢に試合を進めたんですが、8回にオリックスはバルディリスの一発で1点を返し、9回の裏、後藤の一発で同点に追いつきます・・・ (__;)ガクッ

 延長戦は、12回を戦い、結局2-2のまま引き分けてしまいました・・・ (^◇^;)

 

 なんというか、いつもの事ではありますが、和田という投手は一発に泣くことが多くてね(苦笑)

 それでも、負けなかったから善しとするか~ (^^)v

 昨年も、引き分けが5つもあったおかげで、勝ち星は西武の方が2つも多かったんですが、勝率で僅かに西武を上回ったため、不思議な優勝となりました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 引き分けを侮ってはいけません (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 今日はかつてのチームメイトである寺原との勝負になります。
 今日こそは、白星を頼むぜ! ヽ(^o^)尸

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2011年4月12日 (火)

スペリオパイプ

 先日のことですが、テレビを見ていた家内が私のところへやって来て、

 「ねぇ、『スペリオパイプ』って知ってる?」
 と訊いてきました・・・

 正直、初めて耳にする名前だったので、
 「『スペリオパイプ』? 何、それ・・・」
 と答えた私・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 聞くと、小学校の音楽の時間に使ったリコーダーの事らしいのですが、埼玉県の大宮市で生まれ育った家内は、当時その楽器のことを「スペリオパイプ」と呼んでいたんだそうで・・・ (^^;

 ちなみに、会津の山村で生まれ育った私等は、「縦笛」となんの変哲もない名前で呼んでいました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 「リコーダー」ということばさえ、私らの子どもの頃には無かったように記憶しています。

 おそらく、10才年下の弟あたりですと、今のように「リコーダー」と普通に呼んでいたんでしょうが、私らの世代には、少なくても私の周りでは「リコーダー」というような名前は存在しませんでした。

 

 で、「スペリオパイプ」という名前を初めて耳にした私は、へぇ~、さすがに都会では、田舎の山村とは違ってオシャレな名前で呼んでたんだ・・・と単純にそう思いました (^◇^) 。。。ケラケラ

 家内と私は、ほとんど同い年ですから、呼び方の違いは、単に育った場所と環境の違いだったのだろうと、素直にそう思ったワケですよ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、「コト」はそう単純なハナシではありませんでした・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 ネットで調べてみると、「スペリオパイプ」は、今の「ヤマハ」に吸収合併される前の、「日本管楽器(Nikkan)」が製造販売していたプラスチック製のリコーダーで、おおよそ60歳前後の方々にとっては普通に馴染みのある楽器ということで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 しかし、それがホントだとすると、「スペリオパイプ」を知っている家内と知らない私とでは、同じ50代でもかなりの年齢差があるという事になってしまいます(爆笑)

 そんなはずはないということで、「スペリオパイプ」という楽器の存在がとても気になったものですから、どんな形をしたリコーダーだったのか、ネットで画像を探してみることにしました・・・

 

   20110412001_2 

 

 これは、リコーダーの写真をネットから拾ってきたのですが、中央に写っている、白と黒のスリムなものが「スペリオパイプ」だと家内に見せて確認を取りました。

 そうそう、私が小学生の頃、初めて手にした「縦笛」も、まさにこんな感じのシロモノだった・・・という事を懐かしく思い出し、家内と私は同じリコーダーを使っていたという事が判明しました (^^)v

 私が「スペリオパイプ」という名前を知らなかったのは、やはり、山村で暮らしていた田舎者だったので、そういうハイカラな名前を日常的に用いる事が無く、単に「縦笛」という名前で呼んでいたからという事に原因がありそうです。

 

 「スペリオパイプ」は、その後「リコーダー」という名前で呼ばれるようになり、今に至るそうです。

 

 50年以上も生きてきましたが、私と家内の、こんな身近なところにも、私の知らない世界があったという事を、あらためて教えられましたよ(笑い)

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2011年4月11日 (月)

花・花・花

 4月も中旬に入り、遅かった春がようやくやって来たようで、陽気もかなり暖かくなり、そこいら中で花たちが一斉にほころびだした感じです。

 今日は、昨日買い物に出かけた際に、道端で見かけた花たちを写真に収めてきたので、ご紹介させてください ( ^-^)/ ♪

 

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 まずは、水仙です。

 通りがかりにたまたま見かけた水仙の畑ですが、上3枚と下3枚の場所は、共に成田市のお隣となる富里市です。

 上の3枚は、水仙畑の向こうに咲いている、桃の花と思われる花も一緒に撮ってみました。

 

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 コレも、富里市の道端で見かけた花で、チューリップポピーヒヤシンスです。
 いずれも可憐な花たちで、咲いている花の数もささやかなものですが、目を引いたもので・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これは、買い物から帰宅した後に、家内とベランダでお花見をした時の写真です (^_^ゞポリポリ

 部屋から見えるソメイヨシノが5~6分咲きくらいになったので、スーパーからにぎり寿司や焼き鳥なんかを買ってきて、テーブルと椅子をベランダに出して、ささやかですが花見をしてみました。

 部屋から見える桜なんて、名所と違ってタカがしれていますが、それでもこうして、部屋に居ながらにしてお花見ができることに、ちょっぴりですが贅沢感を感じた一時です (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年4月10日 (日)

友情出演

 昨夜、家内と一緒に「警部補・佃次郎」を見ました。

 

 この作品は、西郷輝彦分する佃次郎が、相棒の六平直政と一緒に事件を解決していく刑事物で、日テレでシリーズ化されたテレビドラマです。

 私ら夫婦は、いわゆるミステリーものというんでしょうか、サスペンスものというんでしょうか、こんな感じの二時間ドラマが大好きでして、「刑事・鬼貫八郎」とか「弁護士・高林鮎子」とか、似たような内容の番組をよく見ています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ドラマそのものは、死体が発見され、犯人を追い詰めていくというお馴染みのパターンで進み、取り上げて語るほどの内容ではありませんでしたが、友情出演というんでしょうかねぇ、ゲストで招かれた出演者の顔ぶれがおもしろくてね、つい、そちらにばかり目がいってしまいましたよ(苦笑)

 主演の西郷輝彦はもちろんですが、橋幸夫が西郷の上司である参事官役で出たのを始め、伊東ゆかり布施明中尾ミエが西郷の小学校時代の同窓生という設定でそれぞれ重要な役で出ていました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 こんなふうに名前を並べても、お若い方はそれほど関心はないんでしょうけど、私らのような50代くらいの年配者にとっては、それぞれが一時代を築いた往年の歌手たちですから、一人一人に思い入れがあって、感激もひとしおです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 橋幸夫西郷輝彦は、舟木一夫とともに「御三家」と呼ばれて一世を風靡しましたし、伊東ゆかり中尾ミエは、園まりとともに「スパーク三人娘」と呼ばれて活躍しました。
 布施明も、伸びのある独特の歌声で「シクラメンのかほり」を歌い、レコード大賞を受賞したこともあります。

 ここまで豪華な顔ぶれを揃えるのなら、ぜひ、舟木一夫園まりも出して欲しかったと思うのは私だけではないはずです(爆笑)
 そうすれば、「御三家」と「スパーク三人娘」の共演というだけで話題になったはずですから (^^)v

 

 この『望郷』とサブタイトルが付けられた第20作は、2005年1月18日に放送されたもので、大井川鉄道の駅がある静岡県川根町にある小学校の同窓生たちが、殺人事件に巻き込まれていくというもので、突き止めた容疑者も意外な人物であり、さすがは夏樹静子の原作だけはあります(苦笑)

 橋幸夫の参事官役はチョッとダイコンで残念でしたが、その代わりといってはナンですが、中尾ミエが実にイイ味出していました (^◇^) 。。。ケラケラ
 伊東ゆかりと布施明は、昔つき合っていた恋人同士という設定で、こちらもなかなかの演技を見せてくれました (*^.-^*)♪

 

 思えば、今回出演した往年の歌手たちも、今は、歌を歌うことよりも、舞台やドラマなどで役者として活躍することの方が多いのかもしれません。
 もしかしたら、彼等がかつて歌を歌っていたことをご存じないお若い方だって多いんじゃないでしょうか (^^;

 

 それはともかく、思わぬところで思わぬ顔ぶれのドラマを見たという事で、昨夜は楽しい一夜になりましたよ o(*^▽^*)o~♪

 下は、番組のHPです ( ^-^)/ ♪

http://www.bs4.jp/guide/drama/sat_special/

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2011年4月 9日 (土)

統一地方選

 現在、統一地方選が全国を舞台に行なわれており、東日本大震災のため延期された岩手を除く12都道県知事選と4政令市長選が、統一地方選の前半戦として10日に投開票されます。

 さらに、24日には統一地方選後半戦となる、100市区長選と、衆院愛知6区の補欠選挙が予定されています。

 首長以外にも、道府県や市区町村などの地方議会議員についても選挙が行なわれる事になっており、全国的に候補者たちの遊説の声が飛び交っている頃だろうか・・・

 

 しかし、折り悪く、大震災直後ということもあり、「こんな時に選挙なんてやっている場合なのか・・・」などという、ご意見をお持ちの方も少なくないと思います。

 

 確かに、おっしゃることはもっともなハナシなんですが、少なくても私自身はそんなことは全く思っていません。
 直接被災なさった自治体なら、選挙どころでは無いだろうというのは理解できます。
 しかし、それ以外の地域においてさえも、選挙はいかがなものかナンて言っていたら、行政はいったいどうなってしまうのでしょうか(笑い)

 知事や市長などの首長はもちろん、地方議会の議員たちの選挙を、延期するなどして行なわなかったら、その間ポストや議席は空席となり、議会も開かれず、何も決まらないということになってしまいますよ。
 そうなったら、一番困るのはそこで生活している人達ではないでしょうか・・・

 被災者たちに遠慮して、何でもかんでも中止とか延期とか、自粛ナンて言っていたら、世の中何も動かなくなってしまいますよ。

 

 という事で、千葉県では今回の統一地方選に関して、一つのニュースが全国的な注目を集めています。

 その内容というのが、液状化により市の3/4が被害を受けた浦安市で、復旧を優先させるとして県議選の投開票を拒否している問題です。

 

 浦安市長は、選挙のための人員確保が困難だとして、県議選の延期を求めましたが、千葉県選挙管理委員会はこれを認めず、あらためて浦安市に対して選挙を実施するよう勧告。しかし、市側はこれをも拒否した・・・

 千葉県には、旭市や香取市など、浦安市の他にも津波や液状化で大きな被害を出した自治体がありますが、旭市も香取市も予定通り県議選は行なうとして、復旧作業と平行して、選挙事務に大わらわだといいます。

 

 浦安市民も、被災当初は市側の対応に一定の理解を示していたそうですが、日を追うにつれて心境に変化が現われてきたといいます。

 改選後は、5月中旬頃に臨時の県議会を開く予定になっているそうですが、住民の声を代弁してくれるはずの県議が千葉県の中で浦安だけ不在となったら不利な扱いを受け、ただでさえ被災して困っているのに、さらに困った状況に陥るのではないかと考え始めている浦安市民たちも増えているという・・・

 浦安選挙区は定員2名のところ、3名が立候補しており、10日の投開票が行なわれる見通しもないまま、空しい選挙戦を続けていると報じられています・・・

 

 

 それはともかくとして、これをご覧くださいな・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 我が成田市では、いつまで経っても投票用紙が郵送されてこないので、おかしいなと思っていたら、定員を超える立候補者が居ないので、無投票になったそうです(苦笑)

 

 世界の表玄関とされている成田市のはずなのに、僅か2名の県議が、無投票で決まってしまうとは・・・ (ノ_-;)ハア…
 最初、候補者は3人の予定だったそうなんですが、最終的に一人が出馬を取り止め、結果的に無投票になってしまったんだそうで・・・ (^^;

 私の住む成田市には、そんなに人材が居ないんだろうか・・・ (__;)

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2011年4月 8日 (金)

今日の車窓から

 今日の千葉県方面はとても風が強くてね・・・ (^^;

 車を運転していても風に煽られるわ、砂埃で前は見えなくなるわで、たいへんな一日でした (^_^ゞポリポリ

 

 下に、そんな車窓を並べてみました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 成田周辺は、空港が在るくらいですから水田は少なくて、もっぱら落花生や野菜などの畑が広がっています。

 しかし、今時分は収穫時期の野菜が少ないのか、あまり葉っぱは広がっていなくて、土がむき出しになっている畑も多くてね (^_^;

 そこで、チョッと風が強いと、ご覧のように土埃が街中を覆ってしまうことも少なくありません・・・ (__;)

 そうはいっても、こんなにひどい日は、さすがにそうはありませんよ(苦笑)

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福島県民の歌

 昨夜、寝入りばなに突然グラッと来まして、成田でも震度4を記録しました (^_^;

 先月の大地震ほどではありませんでしたが、それでも急いで表に飛び出したほど大きな揺れで、1分間くらいは揺れていたと思います・・・
 揺れが治まってから直ぐにテレビを点けて速報を確認すると、今度も宮城県沖が震源で、震度6強を記録したところも出たという。前回の例もあるので、今度も津波があるんじゃないかと心配していたら、一応警報は出されたものの、今回は津波の被害は出なかったそうです。

 ・・・という事で、大きな余震は今後とも続く可能性があるというので、落ち着いた生活ができる日はいつになったら来るんでしょうか・・・ (__;)

 

 それはともかくとして、このところ、被災地の一つとして「フクシマ」という地名をよく耳にします・・・ (__;)

 ただ、見聞きはしますが、内容的には暗いものがほとんどですから、出身者の一人としては残念でなりません・・・

 連日・・・ それも一ヶ月にもわたって、繰り返し繰り返し「フクシマ」の話題がテレビやラジオで取り上げられたことは過去には無かったことで、こういう事で注目を集める事になってしまうのも悲しいことではあります。

 

 そこで今日は、福島県で生まれ育った人なら、おそらくは誰でも知っているであろう、福島県の「県民の歌」を取り上げてみたいなと (^_^ゞポリポリ

 

 私自身も、あらためて聞くのはずいぶん久しぶりで、最近では帰省した折になど、早朝のテレビ番組を見ていると、冒頭のテーマソングなどでたまに耳にすることがあったりする程度です (^^ゞ

 しかし、私が小学校や中学校に通っていた頃は、運動会など、イベントや式典などの折には、よく歌われていたような気がします。

 こういう歌は、上から押しつけられて覚えるものなので、たいていは嫌々とまではいかなくても、仕方なく歌うというのがほとんどだと思いますが、私自身はこの「県民の歌」が大好きでしてね、今でも時々ではありますが、ふとしたはずみに鼻歌で口ずさんでいる自分に気付く事があります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 下に、動画と歌詞を貼り付けておきますので、よかったら一度お聞きになってみてください ( ^-^)/ ♪

 

 

  《 県民の歌 》

     作詞:吉田武 作曲:星和男

 (一)
 しゃくなげ匂う 山なみに
 呼びかけよう 若い理想をかざして
 あしたの夢が はてなく伸びる
 明るいふるさと 福島をつくろう
 みどりひかる この空いつまでも
 ああ 福島県

 (二)
 けやきの樹に しあわせの
 虹かけよう 若い血汐を燃やして
 嵐をこえて 雪崩に耐えて
 豊かなふるさと 福島をつくろう
 ちから満ちる あしおと高らかに
 ああ 福島県

 (三)
 きびたき歌う 尾根を背に
 手をつなごう 若いあこがれむすんで
 町から村へ ひとつにみのる
 楽しいふるさと 福島をつくろう
 こころあわせ つち音絶やさずに
 ああ 福島県

 

 私は、特に、二番の「けやきの樹に しあわせの~・・・」というところがお気に入りで、ここのフレーズばっかり口について出てくるもので、この部分だけはよく覚えているんですが、他はイマイチうろ覚えだったりします(苦笑)

 

 この歌は、『伸びゆく福島県、健康で住みよい郷土を表現し、いつでもどこでも愛唱される県民の歌』ということで、一般から募集され、昭和42年2月11日に、福島県の「県歌」として制定されました。

 一応、作詞は吉田武、作曲は星和男となっていますが、お二人がどのようなプロフィールをお持ちの方なのかは全くわかりません。
 おそらくは、福島県にお住まいで、音楽に何らかの関わりのある方なのかなとも思われますが、一般募集ですから、全くの素人の方なのかもしれません (^_^;

 

 それぞれの歌詞の冒頭に出てくる、「しゃくなげ」・「けやき」・「きびたき」とは、福島県の花・木・鳥に制定されているもので、県の花は「ネモトシャクナゲ」、県の木は「ケヤキ」、県の鳥は「キビタキ」となっています。

 詳しくは、福島県のHPに載っていますので、どんなものなのかご覧になりたい方は、下のURLをクリックしてみてください ( ^-^)/ ♪

http://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=10669

 

 けっこう力強い歌なので、こんな時こそ、こういう素朴な歌が心の支えになるかもしれないなと思い、取り上げてみました。

 

 福島県を愛する、出身者の一人として、

 「あしおと高らかに」

 「つち音絶やさずに」

 そして、

 「この空いつまでも」

 「ああ 福島県」

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2011年4月 7日 (木)

大相撲に思う

 日本相撲協会は、今月1日、八百長相撲に関与したとされる23人の力士と親方に対し、退職勧告や引退勧告などの厳罰処分を下し、期限とされた5日までに、谷川親方を除く22人全員が退職届や引退届を協会に提出したと報じられた。

 

 私は、常々大相撲は「スポーツ」ではなく、「興業」だと言い続けてきました。

 つまり、力士たちは「アスリート」ではなく、エンターテイメントを行なっている「エンターテイナー」という認識です。

 見る人を楽しませる事がエンターテイナーの仕事ですから、私は八百長相撲など、取るに足らないことで、どうでもいいことだと思っている一人です。
 八百長の有無はともかくとして、私自身は昔から大相撲に八百長はあったと思っている一人で、気にとめたこともないからです (^_^ゞポリポリ

 

 しかしながら、相撲協会は自らの保身のために、八百長は無いと言い張り、今後とも八百長を認めないということで、とりあえず疑わしいと思われる「シッポ」を切り取って生き残ろうとしています。
 私は、この協会の態度に憤りを禁じ得ません q(`o')ブー!!

 個人的には、日本相撲協会がどうなろうと全く構わないのですが、世間体を重んじ、なんとか現状の体勢を守りたいと、必死に保身に務めているその姿が見苦しく思えてね (ノ_-;)ハア…

 どうして財団法人を返上し、一団体として再出発しようという声が上がらないんでしょうか・・・

 

 かつて、大相撲を廃業し、新しくプロレス団体を興した力道山のように、ここは謙虚に一度大相撲を廃止し、一興業団体として再出発するのが、世間も納得するであろう一番の選択肢のようにも思えます。

 一団体となってしまったら、少なくてもNHKはテレビ中継から撤退するでしょうし、本場所を行なう会場の確保さえままならない状況になるかもしれないので、二の足を踏む気持ちはわからないでもありませんが、このまま大相撲を続けていったところで、かつてのような目で大相撲を見てくれるファンがそう居るとも思えません。

 それよりは、一から出直しますと言った方が、世間も温かい目で迎えてくれるんじゃないだろうか(笑い)

 

 神事だとか伝統だとか、そういうものをこれまで通りに大上段にかざしていくつもりなら、スポーツとも興業とも、どっちつかずの今のような中途半端な事はキッパリと止めにして、「見世物」として割り切ることも必要なのではないか。

 

 大相撲が、八百長を認めない、純粋な「スポーツ」を目指したいのなら、土俵入りなんて大仰なパフォーマンスは必要ないでしょ。
 もちろん、マゲもマワシも、単に成績だけを求めるスポーツには相応しいとは思えないし、第一、時代遅れで似合わないですよ。

 そういうものを、「伝統」という名の下に、残したいというのなら、やっぱり一興業団体として再出発すべきだと私は思います。

 

20110406011  蛇足ですが、仕事でよく通る道筋に、「力士料理琴ヶ梅 というちゃんこ屋さんを、昨年から見かけるようになりました。

 名前からしても、元関脇だった琴ヶ梅が経営しているお店だということがわかります。

 すでに現役を引退し、相撲協会の方も4年前に退職していますが、現在はこのお店を経営する傍ら、寺尾が経営している錣山部屋の師範代として後進の指導にも務めているといいます。

 しかし、「琴ヶ梅」という名前からもおわかりのように、二所ノ関一門の佐渡ヶ嶽部屋に所属していた力士が、時津風一門の錣山部屋の力士の指導にあたるというのはいかがなものか・・・

 すでに協会を離れている身だから、そんなしがらみにはこだわっていられないということなのかもしれませんが、いくら現役時代から仲の良かった寺尾の部屋とはいえ、こういう事がまかり通るのは、八百長相撲は認めないと言っている相撲協会にとってはよろしくないことなんじゃないだろうか・・・

 現役時代から、部屋を超えての交友があったということは、現役時代に星の貸し借りをした事もあるんじゃないかと、痛くもない腹を探られてもおかしくないからです。
 琴ヶ梅はどうかわかりませんが、寺尾は昔からガチンコが身上だった力士ですから、この二人の間にそういう八百長の取り組みは無かったと私は思いますが、時期が時期だけに、部屋を超え、一門をも超えた交友関係が公に報じられるのは、私としてはいかがなものかと思えてなりません・・・

 先代の佐渡ヶ嶽親方の時とは違って、今の佐渡ヶ嶽部屋には足も遠のきがちなのかもしれませんが、どうしても後進の指導をしたいのなら、せめて二所一門の部屋にして、寺尾との付き合いは相撲を離れたところで続けたらと、よけいな事を思ったりもしています (^_^ゞポリポリ

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2011年4月 6日 (水)

4月を迎えて

 自粛ムードが全国を覆う中、新しい月を迎え、私の身の回りにもチョッとした変化が起こりました・・・

 

20110406001_2  まず、鯉のぼりを見かけるようになりました ヽ(^◇^*)/

 

 今年初めて見かけたのは、月が変わったばかりの1日、千葉県の八街市内で見かけました。

 

 そして、昨日は、成田市や富里市でも・・・ (*^.-^*)♪

 

 写真は、成田空港の近くで見かけた鯉のぼりです。
 晴れ渡った卯月の空に、勢いよく游いでいました。

 バカげた自粛ムードを吹き飛ばすべく、元気に游ぎ続けて欲しいなと思っています。

 

 

20110407001  そして、私のアパートには、新しい住人が越してこられました o(*^▽^*)o

 

 先週末に、いわきナンバーの車と、ご年配のご夫婦の姿を見かけたので、もしかしたら震災で福島の方から避難してきたのかなと思っていたんですが、ご年配の夫婦とお子さん一家が住むようになったようです。

 昨日、引っ越しの挨拶にも見えられたんですが、さすがに越してこられたご事情までは訊ねるのがはばかられ、詳しい事はわかりかねますが、私の同郷からの隣人に、なんとなく親近感を抱いています (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 新しい月と共に、新しい風が吹き始めたような感じがして、ちょっぴりワクワクしている自分がいます・・・ o(*^▽^*)o~♪

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2011年4月 5日 (火)

桜の花

 今年は、例年になく桜の開花が遅れていましたが、ようやく先月の末に東京でも桜の開花宣言が出され、アチコチで桜の花が咲き出したようです (*^.-^*)♪

 

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 写真は、いずれも昨日撮ってきたもので、最初が成田空港内で見かけたもの、次の2枚は都内で見かけたもので、東京駅のそばと皇居のお堀で撮りました (^^)v

 今週末は、関東のそこここで満開になるんじゃないかと思うのですが、はたしてお花見は行なわれるのでしょうか・・・ (^_^;

 ちなみに、花見で有名な上野公園では、五分咲きであるにも関わらず、石原都知事の自粛発言もあって、夜間のライトアップは中止、宴会も控えるようにとの看板が立てられており、桜の花の下に集まった花見客も例年になく静かな花見をしているそうです・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 それはともかく、「桜」は、日本人にはとても愛され、親しまれている事はご承知の通りなのですが、別に「国花」というワケではありません。
 そもそも、日本には「国花」として定められている花は存在しませんが、皇室の紋章である菊の花が事実上の国花とされています。

 「国鳥」は、正式にキジと定められているのに、どうして日本の国花は明確な規定がないのでしょう・・・ (?。?)

 ただ、決められてはいませんが、ソメイヨシノに代表される「桜の花」は国花に準じる花として、国民の多くが認めているんじゃないでしょうか・・・ (*^.-^*)♪

 

 さて、ここからが本題なのですが、「桜」はなぜ「サクラ」と名付けられたのでしょうか?

 いろいろと説があるようですが、有力なのは二つ。

 一つは、「咲く」ということばに、複数を意味する「ら」がくっついたというもの。「僕等」なんていう時の、あの「ら」です (^^)v
 桜は、ソメイヨシノに代表されるように、ある日そこここで一斉に開花するので、そんな名前になったのかもしれません。

 

 二つめは、「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」の「さくや」が転じて「さくら」になったというもの。
 富士山本宮浅間神社では、「このはなさくやひめ」にちなんで、桜の木が御神木になっているそうです。

 

20110405004  「桜」は、旧字体では「櫻」と書かれまして、名前などでは「櫻田」などのように、今でも時々見かけると思います。

 「貝」は古来はお金や装飾品として用いられていました。つまり、当時の貝はジュエリーのような意味も持っていたわけです。
 「貝」が二つ並んでいる事から、今で言うところの「イヤリング」のようなものを身に付けた女性が「嬰」という文字の意味するところです。

 この事から、桜の花が咲いている様子が、まるで首飾りのような装飾品を身にまとった美しい女性のように見えるところから、「櫻」という文字が作られたそうです (^^)v

 ところで、「櫻」という漢字を覚える時に、最近の方は「貝貝女(かいかいおんな)」と覚えるそうですが、これだと「痒い痒い女」に聞こえて色っぽくありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 昔の人は、「二階の女が気にかかる」と覚えたそうで、さすがに風流がわかる人が考えたことばだなと感心させられます o(*^▽^*)o~♪

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2011年4月 4日 (月)

電力規制

 現在、東北電力と東京電力の各エリア内において、計画停電が実施されています。

 これは、東北地方太平洋沖地震で、沿岸にあった原発と火力発電所がいくつも被災し、運転が止まっていることを受け、電力の供給量が大幅に落ちているために、それを補うための暫定的な措置から行なわれているものです。

 しかし、これらの発電所が、元通りに復旧する見込みは少なく、特に、福島第一原発は、少なくても1号機から4号機は廃炉になるのは決定的だと思いますし、残る5号機と6号機も運転が再開される見込みは限りなくゼロに近いだろうと思えます。

 

 という事は、どこかに何らかの発電所を新しく作り、減った供給量を補わない限り、これまで通りの生活を送ることはできないだろうことは容易に想像がつきます。

 しかし、発電所の建設なんて一朝一夕にできるようなモノではなく、おそらく電力不足はこれからも相当長期間にわたって続くだろう事が予想され、数年、いや、もしかしたら10年とか、20年くらいの長いスパンになるのではないかと思えてなりません・・・ (__;)

 

 しかし、その対策として、現在行なわれているような「計画停電」が何年も続くなんてのは現実的な対応策とはとてもいえないでしょうし、第一、生活もしにくくて仕方がありません・・・ (^^;

 もちろん、電気が使えるだけでもありがたいと思わなければいけないのはわかっていますが、だからといって毎日のようにどこかで電気が使えない時間帯があるようでは、信号や街路灯の滅灯などで交通にも支障が出ますし、工場などの生産活動も予定が立てにくいので落ちてしまいます。

 

 そこで、現実的な対応策として、各家庭の電気の使用量を政府主導で一律に決めてしまうというのはどうかと思います。
 戦時中に「灯火管制」が行なわれた事がありましたが、ああいう非常事態宣言を発令し、強制的に民間の協力を得るというのは、今回に限っては有効な手段ではないかと私は思います。

 具体的に申し上げるなら、一種の戒厳令ともいうべき私の案なのですが、東北電力と東京電力の契約家庭のアンペア数を、単身者や寮などの世帯は10アンペアもしくは15アンペア。
 家族持ちの世帯は15アンペアもしくは20アンペアなどのように、強制的に上限を決めてブレーカーを総取り替えするというものです。

 これなら、ブレーカーの交換の手間はかかりますが、定期的に電気が止まるような最悪の事態は避けられますし、先の見えない、今回のような長期間に渡るであろう電力不足にも対応できます (^^)v
 何よりも、電気の使用量の目安が立ちますから、電力会社にとってもメリットは大きいと思います。

 

 第一、これから夏に向かうというのに、毎日毎日、たとえ3時間でも停電になるというのは生活する方としてはたいへんです。
 しかし、使用電力量を最初から制限する代わりに、停電は行なわず、いつでも好きな時に好きなように電気が使えるとなれば、冷蔵庫もエアコンもとりあえずは使えますし、もちろん、今まで通りというようなわけにはいかないと思いますが、とりあえず生活に支障が出るようなことは避けられるというのが私の考えです。

 電気の使い方によっては、例えば夜間、エアコンを使いながら電子レンジを使ったらブレーカーが落ちるナンて事もあるでしょうけど、そういうアクシデントが起こる事こそがこの案の狙いであり、それによって電気の使い過ぎをユーザーに啓蒙することもできますから、一石二鳥になるのではないかと(笑い)

 だいたい、一つの家庭なのに、同時に2台も3台もエアコンを使うなんてのは、贅沢以外の何ものでも無いと思いますよ。そういうムダな事をしているから電気が足りなくなるわけですしね。

 

 この際、20年くらい時代を戻して、少しくらい不自由な生活を送るのもいい経験になるんじゃないかと (^^)v
 だいたいが、非常事態なんですから・・・

 一軒一軒の節電効果は微々たるものでも、全所帯の使用量が制限されれば、相当大きな節電効果が得られると私は思います。
 その上で、電車なども若干間引き運転を続け、店舗や会社などでもそこそこの節電を心がけるようにすれば、工場などへの負担はかなり減り、生産が滞るような事も無くなると思いますし、エレベーターが使えないなんて不自由なことも避けられると思います。

 

 いくら電気に依存している生活を送っているとしても、1家庭20アンペアもあればそうそうは不自由な思いをすることなく生活ができると私は思いますね。

 問題なのは、オール電化の家でしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ
 20アンペアしか容量がないとしたら、オール電化は無理でしょうね (^^;
 そういう、特別な事情の事案に対しては、その都度考えるとして、特別立法によって強制的に家庭の電気の使用量を制限するというのは、私はアリだと思いますねぇ (*^.-^*)♪

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2011年4月 3日 (日)

してもしなくても

 「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々・・・」

 これは、有名な「阿波踊り」の一節ですが、私はこの考え方が好きでね(笑い)

 

 とかく、人は「批判」や「反対」をしたがるもののようで、どんな考えだろうと、何をやろうと、そこには何らかの批判や反対意見が必ず付きまといます。

 しかし、何もしなくても、他人からは何かを言われるワケで、同じ言われるなら何かをやって、その上で言われた方がずっと前向きだと私は思うわけですよ。

 一番よくないのは、どうせ何をやってもダメなんだからと何も行動を起こさないことで、そういうのは、やって失敗するよりもずっと後ろ向きで、最低の考え方だと私は思っています。
 何事も、やってみなければどうなるかなんて誰にもわからないわけですから・・・

 

 デンマークの哲学者であるキルケゴールは、「結婚したまえ 君は後悔するだろう 結婚しないでいたまえ 君は後悔するだろう」と言ったと伝えられています。
 してもしなくても後悔するのが結婚だというが本当だとしたなら、私は絶対に結婚はするべきだと思っています (^^ゞ
 なぜなら、しないままに一生を終えた人よりも、確実に前向きに生き、いい経験をしたと思うからです (^^)v

 

 そんな事はどうでもイイのですが、今回の大震災を受けての自粛騒動・・・そう、この行き過ぎた自粛騒ぎは、もはや「騒動」といっても過言ではないと思うのですが、自粛の理由はともかくとして、何もしないでいても私みたいな人間たちから、やいのやいのと批判めいたことを言われるワケですから、不謹慎だとか言われても、花見でも入社式でも、何かしらのイベント活動をした方が世の中のためにはなるんじゃないかな。

 

 という事で・・・

 やっても批判される、やらなくても批判される、同じ批判されるなら、やらなきゃ損々・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年4月 2日 (土)

フクシマ

 津波の直撃を受け、施設が大きな被害を受けた福島第一原発ですが、地震から三週間を過ぎた今でも、相変わらず危険な状況が続いているようで、関係者の必死の努力にも関わらず、予断は許さないとの報道が続けられています。

 

 私は、会津の出身ですから、「福島」という地名には、おそらく世間一般の方よりは敏感な一人だと思います。

 

 「福島」という地名ですが、日本人ならさすがに「知らない」という方は少ないと思いますが、どんなところなのかとなると、地名ほどには知られておらず、おそらく知名度の点では、かなり低い方の部類に入るのではないかと思います (^_^ゞポリポリ

 しかし、今回の事故を受け、「フクシマ」という地名は、日本だけに留まらず、全世界の人々が知るところとなった・・・

 それも、あろう事か、「チェルノブイリ」や「スリーマイル島」などと並び、「原発事故を起こした危険なところ」という意味でだ・・・ (__;)

 

 私は、ヒイキ目もあり、福島県に対してはかなり好意的な一人ですが、今後は「フクシマ」という地名を見聞きすると、一歩下がって身構える人達が増えるだろうことは容易に想像がつきます・・・ (__;)

 

 悲しいことではありますが、それが日本に限らず、全世界が「フクシマ」に対して抱くイメージの全てになってしまうのかなと・・・ (ρ_;)・・・・・ 

 

 そして、もしかしたら、「フクシマ」「チェルノブイリ」「スリーマイル島」の順で、最も危険な場所として、世界中の人々にインプットされてしまったのかなと・・・

 

 私は、日本に原発は必要だとずっと思ってきた一人であり、事故が起こった今でも、その考えは少しも揺らいではおりませんが、こういう人災が現実に起こってしまうと、残念でなりませんねぇ・・・ (__;)

 少なくても、東電は、今回の事故がなぜ起こってしまったのか、一部始終をしっかりと検証し、公表する責任があります。

 その上で、あらためるべきところは直ちにあらため、見直すべきところは見直し、今後の安全運転に生かしてほしいと思っています。

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2011年4月 1日 (金)

不謹慎

 東北地方太平洋沖地震による影響で、各地のイベントが軒並み中止や延期になっているそうです・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 5月開催予定の、東京浅草の三社祭を始め、8月開催予定の東京湾花火大会も早々に中止が発表されました。

 卒業式や入学式も、中止と決定された学校が多数あるそうです・・・

 表向きは、未曾有の大災害で被災された方への配慮と、計画停電の影響などを考慮してということらしいのだが、早いハナシ、この非常時にそんな事をやっているのは不謹慎と言われかねないから、とりあえず今年は中止にしようということなのだろう・・・

 

 この分だと、おそらく、間もなく行なわれるであろうはずのお花見も、中止というところが多いのではないだろうか・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 もしかしたら、GWの行楽まで自粛で取り止めなんて事になったら、とんでもない事ですよ。

 タダでさえ不景気で活気の無かった日本経済なのに、こう自粛自粛で、何もかもが取り止めになってしまったら、日本は本当に死んでしまうのではないか・・・

 

 これまでに決定した各種イベントの中止により、失われた経済効果はどれだけの金額になるのだろう・・・

 これは、本当に恐ろしいことだと私は思う・・・ (__;)

 

 被災地以外に住んでいる人たちが、自粛自粛で経済活動が停滞し、売上げや給料が減ってしまい、その結果として経済的に行き詰まってしまったら、被災地への募金や義援金だって思うように集まらないだろうし、ボランティア達だっておいそれとは駆けつけられなくなるように思えてならない・・・
 もちろん、税収も減るだろうから、国家予算も来年はますます苦しくなるだろう事は容易に想像がつきます。

 

 つまり、イベントの自粛は、結果として被災地の復興にブレーキをかけることになるのではないか・・・

 

 今、「不謹慎」ということばを錦の御旗のように掲げ、世の中から活気を削ごうとする事は、一番避けなければならない愚行のように私には思えます。

 

 という事で、「不謹慎」と言うことは、甚だ「不謹慎」なことじゃないかと私は考えています。

 

 今日から月も改まったことでもありますし、4月は少し前向きに歩いて行きましょうよ ( ^-^)/ ♪

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