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2011年5月31日 (火)

ミュージックハーモニー

 日曜日の朝は、イルカの声を聴くというのが私の習慣になって久しい・・・

 このあたりの事は、昨年「イルカの声」という記事の中で語ったことがありますが、5年前にも「ご機嫌な日曜日」という記事を書いた時にチョッと触れた事があります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 イルカの声といっても、海を泳いでいるあのイルカのことではなくて、シンガーソングライターのイルカのことなんですがね・・・(笑い)

 

 7時にアラームで目覚め、枕元のミニコンポの電源を入れ、ニッポン放送にチューニングを合わせると、番組のテーマソングに乗ってイルカの声が聞こえてくるので、ベッドの中でしばらく聴く・・・というのが、ここ10年くらいの私の日曜の朝の生活スタイルです (^^ゞ

 下に、一昨日放送された「イルカのミュージックハーモニー」のオープニングを貼り付けてみましたので、7分半の動画ではありますが、どんな感じの番組なのか、まだお聞きになった事のない方で、ご関心がお有りの方はお聞きになってみてください ( ^-^)/ ♪
 Windows Media Player でお聞きになることができますよ (^^ゞ

 

http://max.world.coocan.jp/vimg/175.wmv

 

 

 どうですか?
 私は、毎週こんな感じの番組を聴くのが楽しみでね、とても癒されています (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 イルカのおっとりとした語り口と、なんともほのぼのとしたムードが心地よくてね、日曜日の朝にゆったりと聴くには、ちょうどいい感じがしてお気に入りです。

 

 どうでもいいことではありますが、このオープニング曲である「愛は風まかせ」がヒットしていた頃、タイトルをもじって「愛はカネまかせ」ということばがチョッとした流行語になりました (^_^;
 30年くらい前ですから、バブルの前という事になりますが、そんな頃から拝金主義はまかり通っていたということなんですかね (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年5月30日 (月)

無敗

 20110530001

 ソフトバンクホークスの快進撃が止まらない。

 

 5月17日から始まった、「プロ野球のセ・パ交流戦」ですが、ここまで10試合消化して、

 ナンと!

 負け知らずの8連勝で、勝率10割をキープし続けています ヽ(^◇^*)/

 

 初戦の広島戦こそ、4-4で引き分けましたが、以後、引き分けを一つ挟んで8連勝と、絶好調です (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 一応、ホークスの戦績を下に並べますと・・・

 5/17 広島 4-4 △
 5/18 広島 9-0 ○
 5/20 阪神 4-0 ○
 5/21 阪神 7-0 ○
 5/22 ヤクルト 9-1 ○
 5/23 ヤクルト 0-0 △
 5/25 巨人 2-1 ○
 5/26 巨人 2-1 ○
 5/28 横浜 6-5 ○
 5/29 横浜 7-1 ○

 どうですか、見事なもんだと思いませんか (^_^)V。

 

 まぁ、セ・リーグファンの方には、おもしろからぬ話題だとは思いますがね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 いよいよ、明日からは前半戦最後のカードであり、もっとも警戒せざるを得ない中日戦が始まります。
 ここを最低1勝1敗で乗り切れればいいのですが、相手もじわりじわりと成績を上げ、ついにセ・リーグの首位に立った、日の出の勢いの中日ですから、そう簡単には勝たせてもらえないんじゃないかと不安にもなります(苦笑)

 さすがにこのまま負けずに勝ち続けるなんて夢みたいなコトはあり得ないとは思いますが、どこまで負けずに戦ってくれるのかなと、正直淡い期待も抱いております (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 何はともあれ、ここまで一つも負けていないというコトは事実なわけで、確かに昨年棚ぼたではありますが、リーグ優勝を果たしたチームでありますし、そこにもってきてオフには積極的に補強を行なったワケですから、昨年までとは違って今年はある程度マトモな戦いをしてくれるだろうとは思っていましたが、まさかこれほどまでにチームが変わってしまうとは、嬉しい誤算というか、悲鳴というか(爆笑)

 

 東日本大震災の影響もあって、開幕が20日近くも遅れ、4月11日にようやく始まった今年の公式戦ですが、私の愛するソフトバンクホークスは昨年までとはガラッと変わった顔で毎日を戦い、4月を8勝6敗1分で終えてくれました。

 どんなふうに変わったかといいますと、しっかりと得点できるチームに変わってくれました。
 それも、終盤になるほど得点力が増すというか、7回、8回、9回に点が入るようになったことが嬉しくてね。

 昨年までですと、投手陣におんぶに抱っこと言いますか、それほど点が取れなかったので、投手陣の踏ん張りによるところが大きくて、それがために勝ちきれない試合がどれほど多かったことか・・・

 今年は違います。野手陣がしっかり点を取ってくれますから、投手陣も負担が少ないというか、たとえ劣勢の試合展開でも終盤に逆転してくれるという安心感がありますから、見ていてストレスが溜まらないんですよ(笑い)

 

 20110530002

 そこで、今月からYahoo!動画が行なっている「パ・リーグライブTV」に加入しました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 「球団別見放題プラン」で、ホークス主催試合をネット観戦してみようかなと (^_^ゞポリポリ

 

 とにかく、ファンの一人としては、毎日がありがたくて、楽しくて・・・ ヽ(^o^)尸

 こんなワクワクした毎日が、これからもず~っと続けばいいなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年5月29日 (日)

梅雨

 気象庁は、27日の金曜日、東海と関東甲信地方が梅雨入りしたと発表しました。

 これは、気象庁が統計を始めた1951年以降では、関東甲信では2番目、東海では3番目タイとなる、非常に早い梅雨入りとなります。

 ちなみに、関東甲信地方での最も早い梅雨入りは、1963年の5月6日でした。

 

20110529001  関東甲信地方が5月中に梅雨入りするのは、記録が残っている61年間の中で5度目という事で、直近では3年前の08年に、29日に梅雨入りしたことがありますが、かなり珍しいことです。

 

 例年ですと、6月8日頃が関東甲信地方の梅雨入りの目安となっていますから、それと比べ ても12日早く、昨年よりも半月以上も早い梅雨入りとなった・・・

 

 梅雨の期間は、おおむね一ヶ月半くらいが目安で、関東での梅雨明けは、7月20日頃が平均という事ですが、早く梅雨に入ったからといって、必ずしも梅雨明けが早いというわけでもなく、梅雨入りが最も早かった1963年の場合、入りが5月6日、明けが7月24日という事で、実に79日間もの間、梅雨が続いたことになります (^^;
 79日間というと、二ヶ月半以上もの期間という事になりますから、そう考えると、かなり長いと感じるのではないでしょうか・・・

 

 今年の梅雨明けがいつになるのかは不明ですが、例年通りという事ですと、2ヶ月近くもぐずついた日が続くことになるわけで、雨の日は仕事もたいへんというのが一般的な感覚だと思うので、今年は辛い梅雨になりそうです・・・ (__;)

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2011年5月28日 (土)

三猿

 「三猿」ということばがありまして、一般的には「さんざる」と読まれているようです。

 

 「三猿」の代表は、なんといっても日光東照宮にある「見ざる・言わざる・聞かざる」の彫刻でしょうか。

 皆さんも、「見ざる・言わざる・聞かざる」ということばは、よくご存じだと思います。

 

  20110527004

 これが日光東照宮の神厩舎に彫られている「三猿」で、上の写真はWikipediaからお借りしてきました (^^ゞ

 

 目・口・耳をふさいでいる姿の猿は、幼年期の猿といわれ、「子供のころは悪い事を見たり・言ったり・聞いたりしないで、素直なままに育てた方がいい」という、教育論の意味が込められているそうです。

 

 ところで、「三猿」ですが、日光東照宮の「見ざる、言わざる、聞かざる」が有名すぎて、他にも「三猿」は存在するんですが、そのことは意外と知られていないようです。

 それが、埼玉県の秩父市にある「秩父神社」の本殿に彫られている「三猿」です。

 

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 これらの写真は、昨年の暮れ、12月25日に仕事で秩父市に行った時に、たまたま見かけた秩父神社に立ち寄って撮ってきたものです。

 時節がら、新年を迎える準備が行なわれている中での参拝になったのですが、その時にこの神社に彫られている「三猿」の存在を知りました。

 

 「秩父神社」の歴史は古く、平安時代にはすでに神社が在ったとされ、それを、関東移封を命じられた徳川家康が今の社殿に建て替え、今に至っていると伝えられています。

 徳川家康といえば「日光東照宮」という事で、日光東照宮が建築される際には、秩父神社の建築様式が大いに参考にされたそうです。

 

20110526008_3  そういう経緯もあって、日光東照宮に彫られている「三猿」が、秩父神社にも彫られていても不思議ではないのですが、日光東照宮の「三猿」が「見ざる・言わざる・聞かざる」であるのに対し、秩父神社の「三猿」は、「よく見・よく聞いて・よく話そう」だそうで、そういわれてよく見ると、三匹の猿は目や耳を両手で覆ってはおらず、目や口を大きく開けているのがおわかりかと思います(笑い)

 これにより、秩父神社の「三猿」は、俗に「お元気三猿」と呼ばれているんだそうで・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 ちなみに、日光東照宮の「三猿」も、秩父神社の「三猿」も、江戸時代の伝説的な彫刻職人である左甚五郎の作といわれているそうです。
 しかし、ネットで調べてみたんですが、これらの「三猿」が左甚五郎の作だと明確には書かれていませんでした (^^;

 

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 左甚五郎が彫った作品として公に認められているのは、日光東照宮においては「眠り猫」であり、秩父神社においては「つなぎの龍」という事になっています。

 上の写真が、秩父神社の本殿に彫られている「つなぎの龍」です。

 

 日光東照宮も秩父神社も、社殿にはたくさんの彫刻が彫られています。
 ですから、「眠り猫」が左甚五郎の作品ならば、「見ざる・言わざる・聞かざる」の「三猿」も左甚五郎が彫ったに違いないと思う人がいても当然であり、同じ理由から、「つなぎの龍」が左甚五郎が彫ったものなら、「お元気三猿」も左甚五郎が彫ったんじゃないかと考えるのはもっともなことかと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ただ、一人の彫り物師が、これらの彫刻を全て彫ったと考えるのはかなり無理があり、当然の事ですが、何人もの彫刻職人が招かれて彫り上げたと考えるのが自然だと思います。
 そういう時に、代表者の名前だけが記録されて後世に残るという事はよくあることであり、それが左甚五郎だったというコトなんじゃないかと・・・ (^_^ゞポリポリ

 よく言われることですが、大阪城を造ったのは誰かという質問に、豊臣秀吉と答えると、残念でした、大阪城を造ったのは大工さんですという、意地悪なクイズがありますが、それに似ているなと(笑い)

 

 しかし、左甚五郎が実際に存在していた事を証明する記録などは無く、実際には名人として理想化された架空の人物だったのではないかという説も有力視されています。

 まぁ、実在しようがしまいが、見事な彫り物がそこに在るという事は動かしがたい事実ですから、左甚五郎が彫ったといわれているのなら、それはそれでいいんじゃないでしょうか (;^_^A アセアセ・・・

 

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 最後に、これらは、お正月の飾り付けなどの準備中だった、秩父神社の境内の様子を写した写真です ( ^-^)/ ♪

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2011年5月27日 (金)

誕生会

 民主党の小沢一郎元代表と、渡辺恒三最高顧問の二人が、24日に共に誕生日を迎え、恒例の合同誕生会が3年ぶりに行なわれ、約160人の議員達が集まったと報じられた。

 

 二人は、誕生日が同じ5月24日で、1969年に行なわれた「第32回衆議院議員総選挙」で共に初当選を果たし、同じ東北出身という事もあって意気投合、合同誕生会はその時以来、毎年行なわれてきたといいます。

 しかし、小沢氏の政治とカネの問題が浮上してきてから関係が悪化、08年を最後に合同誕生会は中断していたという。

 

 表向きは、東日本大震災からの復興を応援するためという事で、被災地の産物を食べて風評被害解消をアピールするという趣向で民主党内の議員に呼び掛けたというが、どう言いつくろっても「政治集会」である事に変わりはない。

 この国難の時にあって、誕生会などといって酒を飲んでいる場合なのだろうか・・・ (ノ_-;)ハア…

 呑気というか、空気が読めないというか・・・
 本当に、おめでたい人達だなと(怒り)

 

 そういえば、昔・・・
 小学校の低学年の頃、毎月教室で「誕生会」をした事があったっけ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 月に一度、その月に生まれた児童達を囲んで祝うというものだったけれど、半世紀近くも経ってしまうと、どんな内容の会だったのか、全く思い出せません (^_^ゞポリポリ

 

 一応、学活か何かの授業時間を利用して、教室の机を並べ替え、祝う方と祝われる方とに別れ、何かをして一時間を過ごしたのは覚えているんだけれど、さて、何をしたんだっけ・・・ (?。?)

 机の配置にしたって、誕生日を迎えた児童は前の方に座ったのか、それとも彼等を真ん中にしてその周囲を囲んだのか、よく思い出せませんし、何かを飲食したような気もするけど、もしそうだとするとナニを食べたのか、そのお金はどこから出たものなのか・・・
 まさか、先生のポケットマネーでクラス全員分の食費がまかなえるはずも無いと思うし・・・(苦笑)

 そもそも、一時間もの間、何をして彼等を祝っていたのか、全く思い出せません(笑い)

 歌でも歌ったのか、etc.etc.・・・

 

 個人的には、月に一度の誕生会は、けっこう楽しみだった記憶があるんですが、そうだとするとナニか「楽しい事」をしていたはずなんですがねぇ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 もう、「誕生会」なんてことばさえ、すっかり忘れていたんですが、なんとなく懐かしい気持ちにさせられるのはなぜなんだろうと(苦笑)
 そんなに楽しかった会なら、何かしら内容を覚えていてもよさそうなものなんですがねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 まぁ、昭和40年代の前半なんて、30年代に毛の生えた程度の世の中でしたし、まして私の暮らしていたところは都会とは違って、何もない山村ですからねぇ、チョッと日常と違う事をしただけで特別な気持ちになれたのは事実です。

 今思えば、たわいもない事で非日常を感じ、その都度、嬉々としてはしゃいでいたんでしょうねぇ(笑い)

 

 つくづく幸せな時期だったと思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年5月26日 (木)

これみよがしに

 

 ご覧になった方も少なくないと思いますが、これは、キンチョール「これみよがしに」編と「引き出物」編という二本のCMの動画です。

 

 詳しくは「こちら」「」をクリックしていただければ、メーカーのHPをご覧いただく事ができます ( ^-^)/ ♪

 

 実は、私はテレビで放送されているこちらのCMは全く知らなかったのですが、ラジオ人間なもので、ラジオで流されているキンチョールのCMはよく知っています。

 ラジオでも、基本的にはテレビと同じコンセプトで作られた内容のモノがオンエアされているのですが、実はテレビとはチョッと違い、変わった切り口で作られてまして、これがおもしろくて今日の記事となりました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 テレビでは松本人志を中心に製作されていますが、ラジオでは松本ではなく、その隣に座っている女性が主人公です (^^;

 彼女のナレーションで、「え~、私、キンチョールのCMに出ているものです・・・」というセリフで始まるものなのですが、これが、なんというか、妙に耳に残りましてね、で、テレビではどんなCMが放送されているのか気になって仕方なかったので、ちょっとネットで調べてみました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 一般的には、ラジオよりもテレビの方が馴染みがあると思うので、私のようにラジオのCMは知っているけど、テレビの方は知らないという人は少数派だと思います (;^_^A アセアセ・・・

 

 一応、ラジオのCMをご存じない方のために、下に動画にして貼り付けてみました。

 ラジオのCMですから、音声だけでもよかったのですが、バックにテレビの絵があった方がわかりやすいかなと思いまして、チョッと加工してみました・・・(苦笑)

 目を瞑って彼女の声だけをお聞きになって頂ければ、ラジオの雰囲気を感じていただけるかなと (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 

 どうですか、こういう作りのCMもちょっと変っていておもしろいと思いませんか(笑い)

 いわゆる、テレビとラジオとのコラボとでもいうんでしょうか、それぞれ独立して作られているCMで、どちらか片方だけでも消費者に対して十分にアピールできると思いますが、お互いを知ればより楽しめるような作りになっています。

 

 私は、テレビは録画してから見るタイプなので、CMは早送りしてしまいますから、見る事なんてほとんど無かったのですが、最近はこんなふうに「楽しめるCM」が増えているように思います。

 そもそも、CMは商品の宣伝のために行なうものですから、かつては商品名を繰り返すだけの連呼型が多かったのですが、最近では、これ、ナンのCMなんだ?・・・と思うような、ワケのわからないようなイメージ先行のCMもあったりします (^^;

 このキンチョールのCMは、そういうモノともチョッとタイプの違う、なんといったらいいんでしょうかね、テレビとラジオのコラボ型とでもいうのでしょうか・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 ところで、「金鳥」というのは、てっきり会社の名前だとばかり思っていたんですが、正式な会社名は「大日本除虫菊株式会社」という事で、「金鳥」ナンて文字はどこにも見当たりません (゚◇゚;)!!!

 

 では、「金鳥」というのはナンなのかといえば、「金鳥」・「KINCHO」共に登録商標名なんだだそうで・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 正式な社名よりも、商標の方が一般に広く浸透している例はたくさんありまして、例えばマツダとかシャープとかTDKとか、いずれも、正式な社名は「東洋工業」「早川電機工業」「東京電気化学工業」というんですが、たいていの場合、広く知れわたっている商標の方に会社名を合わせて、社名を変更するという会社が多く、先に挙げた会社も、現在では「マツダ」「シャープ」「TDK」が正式な会社名になっています。

 しかし、「金鳥」の場合は、創業時の事を忘れないようにと、今でも「大日本除虫菊」という社名を大切に名乗り続けているそうです。

 ちなみに、「金鳥」は、「鶏口となるも牛後となるなかれ」という有名な諺から採られたものだそうで、確かに殺虫剤といえば、「キンチョール」・「アース」・「フマキラー」などが業界でも代表的な名前なので、牛後にはなっていないようです(笑い)

 

 私の場合は、キンチョウのCMといえば山瀬まみのピンクのカッパが一番のお気に入りで、今年も彼女がユニークなCMを見せてくれています(笑い)

ちなみに、今年の水性キンチョウリキッドのCM、「買いに行きましょう」篇はこちらでご覧になれますよ ( ^-^)/ ♪

http://www.kincho.co.jp/cm/html/liquid_kaimasyou/index.html#/movie1/

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2011年5月25日 (水)

甚平

 先日、甚平を購入してきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 私は、普段着というか、部屋着としてジャージを着ているのが一般的でして、仕事から帰ってくるとシャワーを浴びて、ジャージに着替えるのが習慣になっています。

 もちろん、着ていて楽だというのが、私がジャージを愛用している一番の理由なのですが、ズボンの裾にサッと足を通し、上着に袖を通すだけで身支度ができますから、脱ぎ着が楽ちんなところもお気に入りの理由の一つになっています。

 

 そんな私の姿を見て、前に家内が・・・

 「ねぇ、甚平さんなんか着たら、あんがい似合うんじゃないの?」

 ・・・ と言ったことをふと思いだして、その気になったのが、甚平を購入した理由だったりします(笑い)

 夏着ですから、洗濯をしている間に着る分と、色違いで二着買って来ました (^^)v

 

20110524002  さっそく甚平を着て撮った写真がこちらです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 どうですか?
 似合っていますかね(爆笑)

 私もそれなりのトシのオヤジですから、こういう格好も、決して嫌いではありません (;^_^A アセアセ・・・

 むしろ、ジャージなんか着ているよりも、こういう格好の方が落ち着くというか、なんとなく山奥の小さな小屋にでもこもって、壺とか皿とか、そんな感じの焼き物をやっている陶芸家みたいな雰囲気がして、けっこう悦に入っている私がいたりします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 第一、軽くて、動きやすくて、涼しいところが、いかにも夏っぽくていいですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 

 今まで、こういう類の服は着たことがありませんでしたが、今年の夏はこれでいこうと思っています (^^)v

 いわゆる、これも一つの「スーパークールビズ」・・・ というか、甚平ですから、どちらかといえば「省エネルック」といった方がしっくり来るのかもしれませんが・・・(笑い)

 

 一夏過ぎて、気に入れば、秋以降は作務衣を着ることも考えています (^_^ゞポリポリ

 

 そういえば、以前と違って、近頃は家庭においての父親の権威が大きく失墜しているそうです。

 かつては、大黒柱とか亭主関白とかいわれ、家の中で恐がられ、大きな顔をしていたのに、最近では濡れ落葉とか粗大ゴミとまで言われ、子ども達にまで臭いとか汚いとか言われて嫌われる始末・・・ (__;)

 どうしてそんな事になってしまったのか・・・

 

 もちろん、大家族から核家族へと生活のスタイルが変わってきたことも大きな理由の一つなんでしょうが、ある意見では、家庭内においての父親の服装が影響しているんじゃないかというのがありまして、私はけっこうそれを支持しています。

 どういう事かというと、かつては和服中心の生活でしたから、ダンナさんの服装も着流しとまではいわなくても、浴衣とか半天などを着て過ごすという事が多かったと思います。
 そういう服装ですと、どうしても動きにくいというか、簡単に腰を上げて何かをするという事は難しかっただろうと思います。

 それに対し、最近は洋服を着る機会が増えた・・・というよりも、和服を着る事なんてめったにありませんから、部屋着は私みたいにジャージみたいな軽装でいることが多いと思います。
 そういうスタイルですと、家族もダンナさんに対してあれこれと気軽に用事を言いやすいし、言われたダンナさんの方でもそれではということで容易に腰を上げて動けるという具合で、要するに見た目の「重み」が無くなってしまったことが、家庭の中における父親の権威失墜に拍車をかけたんじゃないかという意見です。

 

 以前は、上座と呼ばれる席にあぐらをかいてどっしりと座り、動かないことがダンナさんの定番のスタイルだったのに、今は上座はおろか、座る席さえ決まっていないとか、ジャージとかポロシャツみたいな服を着ているので、家族の間でもダンナさんに対して威厳が全く感じられないから粗末に扱われてしまうんじゃないかというものです。

 もし、父親がジャージとの洋服を止めて、作務衣とか甚平みたいな和服を着て、そこに羽織か半天のようなものでもまとっていたら、家族がダンナさんを見る目も自然と違ってくるのではないかという意見があるのですが、はたしてどんなもんでしょうか・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年5月24日 (火)

お茶畑

 お茶といえば、日本人には馴染みの深い飲み物であり、広く飲まれている嗜好品の一つです。
 最近でこそ、ウーロン茶などに代表される中国茶や紅茶など、日本茶以外のお茶を愛飲する人も増えてきましたが、まだまだ日本茶の人気は捨てたものではありません。

 

 お茶の産地で代表的なところというと、誰でも静岡京都といった地名が思い浮かぶと思いますが、それほど有名で大規模ではないにしても、お茶は日本全国で栽培されています。

 関東では、「狭山茶」に代表される埼玉県がなんといってもお茶所として有名なんですが、私の住んでいる千葉県でも各地でお茶が栽培されていまして、「佐倉茶」などは歴史も古く、全国的にもその名が知れわたっていた過去もあるといいますから、まんざら捨てたモノではないと、ちょっぴり千葉県を見直しました (^_^ゞポリポリ

 

 千葉県内でもお茶の栽培が行なわれているという事を知ると、当然の事ですが、今まで気がつかなかったお茶の畑なんかにも自然と目が行くようになりまして、仕事中に車の中からお茶畑を見かけたりすると、道端に車を停めて写真を撮ったりして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 下は、成田市のお隣、富里市で撮ったお茶畑の写真です (^^ゞ

 

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 「田中園」という製茶業者さんの周囲で栽培されているお茶畑です。
 私の自宅からもけっこう近い距離に在るのに、今まで全く気がつきませませんでしたが、なかなかしっかりした製茶業者さんのようです。

 

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 これは、「田中園」さんの近所で見かけたお茶畑です。
 「田中園」さんのお茶畑の一部なのかもしれませんが、別のお宅のものじゃないかと思って写真に納めてきました。

 

 そんな矢先、先週の金曜日のことですが、千葉県の八街市と大網白里町で19日に採取した露地栽培の生茶葉から、食品衛生法に基づく暫定規制値を超える放射性セシウムが検出されたと発表すると共に、県は八街市と大網白里町に対して出荷自粛を要請したと報じられました。

 福島第一原発から200キロ以上も離れている千葉県内で、そういう「被害」が起きている現実に驚くと共に、千葉県内の各地に、お茶を栽培している農家がいくつも在ったことを、今さらながらではありますが教えられました。

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2011年5月23日 (月)

長門裕之が逝く

 映画やテレビで活躍した、俳優の長門裕之が亡くなったと報じられました。

 この2月に脳出血で倒れ、前日までリハビリに努めていたというが、肺炎から合併症を起こし、21日の夕方、77才の生涯に幕を閉じたという・・・

 

 高い演技力と独特の存在感で、見るものを圧倒する、間違いなく日本を代表するアクターの一人だったと思います。

 とはいっても、個人的にはそれほど好きだとかいう俳優ではなく、どちらかといえば、弟の津川雅彦の方が馴染みがある分、好きな役者なのかな (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 でも、凄みのある演技をさせたら、まだまだ津川雅彦は長門裕之には及びません。

 

 それほど露出度が高い方でもなかったので、あまり記憶に残るような作品は思い出せないんだけど、4年前に「鬼平犯科帳」 という記事の中でもチョッと紹介した通り、二代目の相模の彦十役で出た「一本眉」という作品が忘れられません。
 記事の中でも語りましたが、実にいい味を出して彦十を演じていました。

 初代の彦十を演じた江戸家猫八を見ていなければ、間違いなく相模の彦十は長門裕之の当たり役になったと思いますが、いかんせん、彦十は江戸家猫八のイメージが強すぎてねぇ・・・ (^_^;

 

 「鬼平犯科帳」は、まだまだ映像化されると思いますが、そうなると、三代目の相模の彦十が登場するんでしょうか (?。?)

 それとも、彦十はもう登場しないのかな (;^_^A アセアセ・・・
 相模の彦十は、年齢も年齢ですから、密偵から引退してもおかしくはないし、亡くなったという設定もアリだと思います。

 しかし、個人的な希望では、「相模の彦十」は、長谷川平蔵が若い時分に一緒になって遊んだ知己ですから、平蔵にとっても他の密偵達以上に思い入れも強いんじゃないかと思うので、ぜひ三代目を誰かにお願いして再々登場させて欲しいですね (^_^ゞポリポリ

 

 ところで、有名なハナシですが、若い頃の長門裕之は、サザンの桑田佳祐にうり二つという事で、昨年、ネッ友さんから「拝啓天皇陛下様」というDVDをお借りして見たことがあり、まさしくそこには桑田佳祐そっくりな長門裕之が出ていました (^◇^) 。。。ケラケラ

 世の中には、似ている人が居るということはわかりますが、ここまでそっくりでなくてもよさそうなものですが・・・ (^_^;

 長門裕之と桑田佳祐の年齢差は22才。桑田が長門の子供だったとしてもあり得ないハナシではありませんし、女性関係もけっこうハデだったと伝えられる長門裕之ですから、「桑田は長門の隠し子」だというウワサがまことしやかに囁かれたりした事もあったようです(苦笑)

 しかし、いくら魑魅魍魎が闊歩している芸能界といえども、そこまではねぇ、さすがに無いんじゃないかな (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 それはともかくとして、長門裕之といえば「おしどり夫婦」ということばがついて回りまして、今回の訃報を報じる際にもマスコミはこぞって「おしどり夫婦」ということばを使っていましたが、「おしどり夫婦」というのは「悪口」でこそあれ、決して「褒めことば」ではないという事を、つい半月前にも「おしどり夫婦」 という記事の中で語ったばかりです (;^_^A アセアセ・・・

 ですから、私は長門裕之と南田洋子とが「おしどり夫婦」だったなんてこれっぽっちも思ってはいませんが、愛妻を亡くしてから1年半、仲の良かった夫婦が連れ合いを亡くすと、残された方も間もなく後を追うように亡くなってしまうとは、よく言われているとはいえ、長門裕之もやはりそうだったのかと、なんとなく切ない思いをさせられています・・・ (__;)

 

 愛妻の待つ天国で、今頃は仲睦まじく肩を寄せ合っている頃だろうか・・・

 合掌・・・ (-人-)

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2011年5月22日 (日)

代替リモコン

20110521006  先日、寝室で使っているDVDレコーダーのリモコンが使えなくなってしまいましてね (;^_^A アセアセ・・・

 

 前日までなんの問題もなく、普通に使えていたんですが、ある日突然ボタンを押しても反応しなくなってしまいまして・・・ (__;)

 最初は、単に電池が無くなったんだろうということで、買い置きしてある新しい乾電池に入れ替えてみたんですが、状況は変わらず、レコーダーはウンともスンともいわない・・・

 具体的にいえば、何度「電源ボタン」を押しても起動しないので、本体の電源ボタンでレコーダーを起動させました。

 

 

20110521004 20110521005

 次に、録画してある番組を見るために「再生リスト」ボタンを押し、一覧を表示させます。
 これは問題なくリモコンのボタンで操作できます。

 そして、見る番組を選ぶために、「カーソルボタン」の上下を使って目的の番組を選択することはできるんですが、再生しようとリモコンの「決定ボタン」を押してもなんの変化も起こりません (^^;
 で、本体に付いている再生ボタンを押せば、問題なく再生が始まりますから、どうやらリモコンで使えなくなっているボタンがあるようです・・・ (ノ_-;)ハア…

 

  20110521002   20110521003

 

 一般的なリモコンであれば、送信口から赤外線が出て、それを本体が受信して操作が伝えられるワケですが、リモコンから赤外線が出ているかどうかなんて目で見てもわかりません。
 しかし、簡単にそれを確認することができまして、携帯に付いているカメラでリモコンの送信口を写してみれば、赤外線が送信される時にはご覧のようにランプが光るので、赤外線が出ているのがわかるというわけです (^^)v

 

 これでリモコンの各ボタンを押して確認してみると、「再生リスト」「機能ナビ」などのメニューボタン、「上」「下」「右」のカーソルボタンは動作していますが、「左」「決定」、及び「再生」などの視聴に関わるボタンは軒並み全滅状態でした (__;)

 

 たとえ、これらのボタンが使えなくなったとしても、本体に同様の機能を持つボタンが付いてさえいれば、さし当たって困るようなことは起こらないはずなんですが、どういう理由からなのか、最近の家電製品はリモコンが壊れると本体の操作ができなくなってしまい、事実上その家電品を使い続けることができなくなってしまうような作りになっています。

 エアコンのリモコンに不具合が出たり、無くしてしまったような場合に、エアコンそのものは壊れていなくても使うことができないみたいなことが当然のように起こるのが最近の家電事情です(怒り)

 

 昔は、リモコンというのはあくまでも補助的な機器に過ぎませんでしたから、本体には全ての操作ボタンが付いているのが当たり前で、リモコンが壊れたり無くなったりしても、本体を直接操作することによって使い続けることができました。

 しかし、いつの頃からか、リモコンの方が操作のメイン機になってしまい、リモコンにはあるボタンが本体の方には付いていないなんていう逆転現象が起こるようになってしまいました。

 私も、かつてテレビのリモコンが壊れた時に、メニュー画面が出せなくなって困った事があり、メーカーに電話でクレームを付けたことがあります。
 そもそも、リモコンなんて、落としたり踏みつけたりして壊れるケースが起きやすいものじゃないですか。それなのに、リモコンが壊れたら本体まで使えなくなるというのはどういう事なんだと q(`o')ブー!!

 一度リモコンに不具合が出ると、修理に出すか新しいリモコンを購入するか、いずれにしてもそれまでの数日間はマトモに本体をつかえなくなるわけで、こういう製品開発のあり方は、ユーザーにとっては大きな問題ではないかと私なんかは思うわけですよ(怒り)

 

 しかし、そんな事を言ってみたところで、録り溜めした番組が見られるワケじゃなし、見るだけなら本体で操作すれば可能ですが、メニュー画面が操作できませんから、予約録画を編集することも見終わった番組を消すこともできませんから、いずれ近い将来に内蔵されたHDが予約録画でいっぱいになり、にっちもさっちもいかなくなることは日を見るよりも明らかです (__;)

 

 やむを得ないので、DVDレコーダーを購入した家電店に出かけ、修理をして治すか、場合によっては新しいリモコンを購入してこようと思ったワケですよ (^_^ゞポリポリ

 しかし、リモコンの修理は基本的に行なわないというつれない返事 (^^;
 理由は、リモコンの修理は基本的に基盤などを交換することになるだろうけれど、技術料と部品代を合わせると相当な金額になるので、最初から新しいリモコンを補修部品として購入して頂いていますとのこと。
 これは理に適っており、もっともなハナシだと私も思います。

 

20110521001  で、その場で新しいリモコンを注文してきたのですが、5年前に購入した機器なのに、すでに純正のリモコンは入手不可能という事で、同等の代替品になりますが、それでもいいですかということで、私としては、純正であろうと代替品であろうと、レコーダーが普通に使えればいいわけですから、お願いしますと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 先日、お店から入荷の連絡をいただきまして、
 代金を訊くと、1,155円だそうで・・・ (*^.-^*)♪

 個人的には、部品扱いの商品は割高という先入観があったので、3千円くらいは覚悟していまして、場合によっては5千円くらいはするかもしれないと思っていただけに、この金額には正直驚くと共にありがたいなと o(*^▽^*)o~♪

 写真をご覧になってもおわかりのように、壊れてしまった専用のリモコンから比べると、ずいぶんと大きくてりっぱなものになりましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年5月21日 (土)

安食バイパス

 ローカルな情報なので、全国はおろか、千葉県内においてもほとんど報じられることのなかったニュースではありますが、3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震により、千葉県内でもいくつかの場所において、地震や津波による被害が出ました。

 

 千葉県内の被災地で、比較的大きなニュースとして報じられたのは、津波によって沿岸部が壊滅的な打撃を受けた旭市と、液状化によって地面が陥没したり地割れを起こした浦安市や香取市ですが、その他の地域においても、報じられていないだけで大きな被害を受けた場所はたくさんあります。

 その中の一つになりますが、一般に「利根水郷ライン」と呼ばれている利根川の千葉県側の土手を走る国道356号線で、その一部となる「安食(あじき)バイパス」が、路面に亀裂が生じたことにより、3月19日18時から全面通行止めになっていました・・・

 

 20110520007

 この「利根水郷ライン」は、国道6号線の我孫子市付近から、利根川の土手沿いに印西市、成田市を経て香取市を通り、銚子市へと至る道路で、そのほとんどが国道356号線であり、平坦で信号らしい信号も無い走りやすい道路が80km近くも延々と続くことから、営業車を始めマイカーなども頻繁に通る、とても利用価値の高い道路です。

 

 特に、印西市内を走る部分が旧道となり、新しく栄町を通る「安食バイパス」が開通してからは、千葉方面と埼玉方面とを結ぶ重要路線として、私も日々の仕事でよく利用させて頂いていました (^^)v

 それが、全面通行止めになったわけですから、私ももちろん困りましたが、多くのドライバーが不便を感じていたことは否めないと思います。

 通行止めになった当初は、「陥没による通行止め」という発表だったので、近いうちに通れるようになるだろうとタカをくくっていましたが、一ヶ月が過ぎてもいっこうに解除になる気配もなく、通行止めのバリケードの前に立って通行車輌を迂回路へと誘導するガードマンの姿を恨めしく見る日々が続いていました・・・ (__;)

 

 先日、地震発生から二ヶ月近くが過ぎまして、それでもなお解除にならない通行止めに、正直どれだけ大きな被害が出ているのか、野次馬根性が頭をもたげまして、母の日のお祝いにと、家内と家内の実家の在るさいたま市へ向かう途中、敢えて通行止めの区間をマイカーで走ってみたことがあります (^^ゞ

 封鎖されているバリケードを別の道から迂回するようにして回り込んで通行止め区間に入り、、地震以来見ることのなかった通行止め区間を走ってみたんですが、別に道路に損傷箇所はなく、普通に走れました。

 どこが二ヶ月も通行止めになるほどの被害なんだと最初思ったんですが、さすがに通行止めマークが表示されている辺りまで来ると、道路は自然と狭い迂回路の方に切り替えられており、ああ、あそこがそうなのかと思われる工事箇所を目にしましたが、実質的な被害区間はせいぜい2~3百メートルくらいだっただろうと思います。

 

 あのくらいの距離の復旧に、どうして二ヶ月もかかったのか疑問なんですが、昨日の夕方現場を通った時に、いつも置かれていたバリケードが無くなっており、あれ? もしかしたら通れるようになったのかな? と、恐る恐る前の車について、昨日まで通行止めになっていた箇所に入って行き、撮ってきた写真が下にアップした一連のモノです (^^)v

 

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 最初の写真が、これまでバリケードが置かれていた「安食バイパス」と旧道との分かれ目である「平岡交差点」です。
 国道6号線方面から銚子方面に向かって走ってくると、この三叉路を直進すれば「安食バイパス」なんですが、これまではガードマンによって強制的に旧道へと右折させられていました。

 アナウンスによると、昨日の16時に通行止めが解除されたそうで、私がここを通ったのがその直後でしたから、パトカーや白バイなどの姿を何台か見かけました (;^_^A アセアセ・・・

 被害の大きかった区間だけは、相変わらず片側交互通行のままではありますが、この通行止め解除で恩恵を受けるドライバーはたくさん居るでしょうね o(*^▽^*)o~♪

 もちろん、私もその中の一人です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年5月20日 (金)

ノーパン自転車

 「ノーパン喫茶」なら聞いたことがありますが、「ノーパン自転車」といわれてもピンと来ないという方も多いと思います(苦笑)

 「ノーパン自転車」といっても、別にノーパンで自転車に乗ることではないんですが、なんとなくタイトルを見てアブナイ妄想を抱いている方も居たりしてね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 実は、20年くらい前のことになりますが、「ノーパン自転車」と呼ばれる自転車が発売されたことがあります。

 「釘を踏んでもパンクしない」という、うたい文句で登場した自転車で、「ノーパンク自転車」という呼び名だったのが、世間では「ノーパン自転車」と略して呼んでいたというモノです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 乗っている自転車がパンクしたという経験をお持ちの方は少なくないと思います。
 乗ろうと思ったらパンクしていたというのなら諦めもつきますが、走っている最中にパンクしてしまうとどうしようもありませんで、普通は近所の自転車屋さんを教えてもらって、そこまで押していく・・・ というのが一般的な対処法だと思います (^^;

 

 なぜパンクしてしまうのかといえば、タイヤの中に入っているチューブに穴が空いて、そこから空気が漏れてしまうからなんですが、それではということで、漏れる空気が最初から入っていなければパンクはしないだろうという事で作られた自転車が「ノーパン自転車」だったわけです。

 空気が入ったチューブの代わりに、ウレタンゴムを発泡させてドーナツ状に成型した発泡ポリウレタン樹脂を、タイヤの中にはめ込んだモノが、パンク知らずの「ノーパン自転車」の正体だったわけですが、所詮は「固いスポンジ」という程度のシロモノでしかなかったので、うたい文句とは裏腹に、乗り心地は悪く、1年も経つとウレタン樹脂がへたって潰れてしまい、乗ることができなくなるという事で、アッという間に「ノーパン自転車」は市場から消えてしまいました・・・ (^_^;

 

 そういう過去の失敗を踏まえ、マステックという会社が「リペアムゲル」という新素材を開発し、今までの「ノーパン自転車」のマイナスイメージをすっかり覆してしまったというのが、今日の記事の趣旨です (^_^ゞポリポリ

 

 これまでのように、ウレタン素材などのチューブを使うのではなく、弾力性に富んだリペアムゲルをチューブに詰めるという画期的な方式を採用することにより、現在使用されている全ての種類のタイヤに使用可能という事で、一般の自転車はもちろん、ロードレーサーなどの極細のタイヤにも対応しているそうです (^^)v

 普通の空気入りのタイヤと全く変わらない乗り心地で、しかも常に「空気入れ立て」の乗り心地を楽しめ、空気を補充するなどのメンテナンスも要らないとあって、ユーザーからはかなり評判になっているそうです。

 

 いいことずくめのように見える「リペアムゲル」ですが、欠点というか、マイナス点を敢えて挙げるとすると、ゲルという物体を詰めるわけですから空気の時よりもタイヤの重さが前後で約2kgほど重くなるという事と、加工を行なう加盟店がまだまだ少なく、しかも1本で3,500円程度の料金がかかるということで、2本で7千円の出費を高いと感じるか安いと感じるかで「リペアムゲル」の評価も変わってくるのかと・・・

 ただ、パンクしないという事は、イタズラなどからも愛車を守れるという事ですし、ツーリングに行く際にもパンク修理キットは不要という事です。

 普段から自転車を利用する機会が多い方には、7千円の出費は決して高くないようにも思えますし、今まで以上に自転車が頼もしい友人になってくれるようにも思えます。

 

 関心がお有りの方は、下のURLから株式会社マステックのHPをご覧ください ( ^-^)/ ♪

http://www3.ocn.ne.jp/~masstech/gel.htm

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2011年5月19日 (木)

私製のバラ園

 ラジオの深夜便を聴いていて、浜松市にお住まいの天野和幸さんという方のことを知りました。
 その内容が、チョッと感動的だったので、簡単にご紹介させて頂こうかなと (^_^ゞポリポリ

 

 天野さんは、鉄工関係の工場を経営なさっている、いわゆる職人さんで、結婚してからもずっと仕事一筋で生きて来られ、奥さんの趣味さえもご存じないような、世間にはよく有りがちな朴念仁と呼ばれるようなお一人だったそうで・・・ (^^;

 そんなある日、天野さんは奥さんがバラの花が大好きだということを知りまして、そんな事さえも知らなかったそれまでの自分を反省し、これからは奥さんの好きなバラの花にも少しは興味を持とうと思った矢先、奥様に先立たれてしまいます・・・

 

 そこで、奥様を偲ばれ、自宅近くの茶畑をつぶしてバラを植え始めたのが2000年の事だったといいます。

 以後、「ばらの都苑」と名付けられた私製のバラ園は、現在は2000平米の敷地に約250種類のバラと様々な造形物を組み合わせ、立体的で見応えのあるバラ園として、一年中無料で開放されており、地元の人からはもちろん、各方面からも注目を集めているそうです。

 ちなみに、バラ園の名前にもなっている「都」は、亡き奥さんのお名前だそうで・・・

 

 もともと、花に関心があった方だったとしても、これほどの広さのバラ園を個人で所有するというのは並大抵のことではないと思います。

 それなのに、ご高齢になってから、奥様を偲ばれて趣味で植え始めたバラの花が、仕事の片手間に手をかけたくらいでここまで見事に咲き揃うものなのでしょうか・・・

 おそらく、計り知れないほどの愛情と努力を、園内のバラの花たちに注いできたのでしょうね。
 そうでなければ、見る人達にこれほどの感動を与えることもできないでしょうし、ここまでの評判にはなり得ないように思います。

 

 願わくば、いつまでも人々に愛され続けるバラ園であって欲しいと思いますねぇ o(*^▽^*)o~♪

 

 いつか、このバラ園には行ってみたいと思ってはいますが、今のところは手持ちの写真などは無いので、天野さんのバラ園を見てみたいと思われた方は、下のURLからご覧頂ければ幸いです ( ^-^)/ ♪

http://www.enjoyflower.jp/season/200705m/

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2011年5月18日 (水)

始業前配送

 昨日、宅配のヘルプをしてきまして、その時に感じたことを少々・・・ (^^ゞ

 

 私は、自営で運送屋をしていますが、基本的にはその場限りのチャーター便の仕事をしていまして、決まったルートを回る定期便や宅配便は専門外の仕事になります。
 しかし、背に腹は替えられず、時にはそういう門外漢の仕事もせざるを得ない事もあったりします (;^_^A アセアセ・・・

 門外漢ですから、宅配の荷物を配達するとはいっても、いつも担当している専門のドライバーのようにはいきませんで、一日かかっても彼等の半分くらいしか配達はできていないだろうとは思いますが、それでもドライバーに穴が空いたような時には、猫の手も借りたいらしく、部外者の私のような個人業者にSOSの緊急依頼が回ってくることがあります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 20110518001

 昨日の朝、営業所に顔を出すとその日の担当地区の伝票を渡されまして、注意事項などもその時に伝えられます。
 その中の一つに、「始業前配送」という荷物がありまして、私は初めて経験するものだったのでかなり戸惑いましてね (^_^;

 「始業前配送」というのは、ヤマト運輸が昨年から始めたサービスらしく、9時ごろの始業時間前に書類やサンプル品などの緊急品を輸送して欲しいとのニーズに応えるために、夕方までにお預かりしたお荷物を、翌朝10時までに配達しますというものだそうです。

 

 もちろん、商売の基本はお客様の声に耳を傾け、お客のニーズに応える事であり、それを実現することが「サービス」というものの本来あるべき姿だということは私にもわかります。
 そして、ヤマト運輸という会社は、ことごとくそれらを実現し、業界の革命児と呼ばれて久しい。

 だいたい、運送業界にあっては大口顧客を掴むことがセオリーとされており、個人客など手間がかかるだけで利益が出ないからと、ゴミ同然に思われてきた時代、他社に先駆けて小口客獲得に乗り出したのがヤマト運輸という会社であった。
 「宅急便」ということばを作り、「翌日配達」という、当時としては画期的なサービスを始め、他社も世間もこれには度肝を抜かされました (^^;

 今ではすっかり当たり前にもなった、「翌日配達の宅配便」ですが、こういう事を思いつくアタマの柔軟さもスゴイと思いますが、それを全国規模で実現させてしまう行動力がヤマト運輸の素晴らしいところだと私は常々思ってきました。
 その後も、ヤマト運輸のサービスは止まるところを知らず、「午前中」とか「夜間」などの時間帯お届けサービスを始め、「クール便」、「ゴルフ・スキー便」など、利用客があったらいいなと思うようなサービスを次から次に実現させてきました・・・

 

 そして、ついに「始業前配送」という、禁断のサービスまで始めてしまったヤマト運輸・・・

 しかし、何でもかんでもお客の言うことを聞いていたら、そのうちに現場はパンクしてしまうのではないのか (ノ_-;)ハア…

 

 昨日、私が現場で言われたこと・・・
 「この荷物は、10時までに届けないとクレームになるから、とにかくそのつもりで配達してくれ。時間に間に合いそうにないと思ったら、他の荷物は積み残して営業所を出発してもいい」と・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 毎日、同じエリアを配達している担当ドライバーならともかく、時々依頼されるヘルプの私なんかには、この注文はかなりキツイ (^^;
 10時までに納品しなければならないとなると、遅くても9時くらいまでには荷物を揃えて出発しなければとても間に合わないだろう・・・
 プレッシャーを感じながら、それでもなんとか午前中の分の荷物を拾い集め、愛車に積み込んで9時ちょうどに営業所をスタート (^^)v

 目的地に向かう途中、ついでですから2件ほど納品を済ませ、それでも9時半過ぎには無事に納品完了 (o^∇^o)ノ

 

 その後、いつもの宅配業務に戻ったんですが、変則的な時間指定の荷物があったので、配達ルートがいつもとすっかり変わっちゃって、こういう仕事に慣れていない私にはキツイ一日になりました・・・ (__;)

 

 そもそも、「翌日配達」でさえ、お客の立場に立ったらかなり過剰なサービスではないのか
 業界人の一人として・・・ というか、荷物を配達している現場の一人として、私はそう思っています。
 電話やネットなどで注文した荷物が、翌日には間違いなく手元に届く・・・ この事がどれだけ異常なことか考えてみて欲しい。

 「企業努力」といえば聞こえはいいけれど、「努力」しているのは「会社」ではなく、そこで働いている「人」なんですよね (^^;

 

 当たり前だと思っているサービスの裏で、どれだけの人間がどれだけ普通ではない仕事をしていることか・・・

 「企業努力」のおかげで喜んでいるお客がいる一方で、泣いている社員たちも多いという事実を、企業のトップ達を始め、世の中の人々は知っているのだろうか・・・ (__;)

 まぁ、これは、別に運送屋に限ったハナシではないと思うけど・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 それでも、私なんかはヘルプという立場の「協力会社」ですから、昨日一日なんとか頑張ればそれで解放されますが、こういう仕事を毎日「当たり前のように」行なっている宅配業者の方々は、終わりがない仕事を時間に追われながら延々と繰り返しているようなものなので、とても私には勤まりそうもないなと・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 つまり、宅配のドライバー達は、私なんかとは根本的に人間の出来が違うんだろうなと (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年5月17日 (火)

葉たばこ

20110517001 20110517002

 これは、茨城県の鉾田市付近を走っていた時に道端で見かけたタバコ畑です。

 

 「葉たばこ」というのは、タバコになる前の原料となる作物であり、この葉を収穫し、乾燥させて刻めばタバコとなります。
 刻んだタバコを紙で巻いたものが、一般によく見かける「紙巻タバコ」と呼ばれる商品です。

 

 葉たばこを生産している農家を「葉たばこ生産農家」といい、葉たばこは、一応、全国で栽培されてはいますが、生産量は九州地方がダントツで多く、宮城県熊本県鹿児島県などが主な生産地です。
 葉たばこをご覧になれば、なんとなく熱帯地方の植物であることがおわかりになるように、もともとは亜熱帯地方が原産地と聞けば、九州地方で葉たばこ栽培が盛んなのもうなずけると思います。

 しかし、東北地方も葉たばこの重要な生産地であり、特に青森県岩手県での生産量が高く、今回の被災地となった福島県茨城県も、生産量ではベスト10の中に含まれています。

 

20090717005  福島県では、原発事故の影響で、県内に千軒以上ある葉たばこ農家の全てが今年の作付けを断念したと報じられました。

 いつもですと、今月は葉たばこの苗を畑に植え替える時期に当たり、福島県内でもこんな感じのタバコ畑が見られたはずなんですが・・・ (__;)

 

 たばこの成長は早く、2~3ヶ月で収穫期を迎え、夏場はかなり忙しい時期を迎えます。

 2年ほど前にも、「タバコ畑」という記事を書いて、昔の思い出を語ったことがあります。
 興味があれば、そちらも合わせてご一読ください ( ^-^)/ ♪

 

  20090717001

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 これは、大きく成長したタバコ畑の様子で、収穫された後のタバコ畑の様子も合わせてアップしてみました (^^ゞ

 

 嫌煙運動は、世界的な動きになってきており、タバコ農家を取り巻く状況も年々厳しくなってきていると聞いています。
 いっその事、こういう災害をきっかけに、葉たばこ栽培から撤退するというのも選択肢としてはアリだと私なんかは思うんですが、農家にとってもタバコは重要な収入源の一つであり、国にとっても重要な税源でもありますから、お互いの利害も一致していまして、そう簡単に葉たばこ栽培を打ち切るとは思えません (^_^;

 

 それでも、タバコ工場の被災もあり、確実にタバコの出荷量は落ちていますから、愛煙家にとっては受難の日々が続きそうです・・・

 まぁ、タバコを吸わない私だから、そんなお気楽なことも言えるのですがね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年5月16日 (月)

水田

 20110516002

 これは、仕事でアチコチ走っているときに見かけた水田の光景です。

 時期的に田植えが終わった頃であり、おそらく似たような光景は各地で見られるんじゃないでしょうか・・・

 でも、何も意識してないと、当たり前の光景だと思って気がつかないかもしれませんが、水田というのはとてもたいへんな努力の上に成り立っているスゴイものだと思うわけですよ。

 日本という国土はその多くが山間部となっており、農地として利用できる面積はそれほど広いものではありません。
 しかも、傾斜地があったりと、平な耕地は決して多くはないと思います。
 写真の水田も、よく見ると全ての田んぼが同じ高さのところに作られているわけではなく、左から右方向に向かってだんだんと低くなっているのがおわかりかと思います。

 

  20110516004

 これが畑なら、こんなふうに多少傾いていようが、傾斜がきつかろうが、作物を栽培することは可能だと思いますが、水田の場合、一枚一枚の田んぼは必ず水平でなければ田んぼとしての役目は果たせません。

 つまり、一枚の田んぼの全ての場所が、同じ高さでなければ稲の栽培はできないという事です。

 なぜなら、田んぼが傾いていると、水を張った場合に水位の高低ができてしまうからで、一枚の田んぼの中に水がたくさん在るところと無いところができてしまうと、稲はうまく育たないわけです。

 

  20070516005_2

 傾斜がきつい場所に水田を作る場合、それぞれの田んぼを水平に作ろうとすると、どうしても一枚一枚の田んぼは小さくならざるを得ず、その代表が千枚田と呼ばれるこんな感じの水田になります (^^;

 

 いずれにしても、水田というのは全ての田んぼで水平になるように作られていますから、冒頭のよく見かけるような田園風景でも、こうして稲の苗が植えられている陰には、耕作者の並々ならぬ努力が隠されているわけです。

 

 今回の大震災でも、地面が割れたり傾いたりして、昨年までのように稲の植え付けができなくなった水田は少なくないそうです・・・

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2011年5月15日 (日)

音楽の力

20110515001  「音楽の力。」と銘打ったチャリティー・アルバムが発売されて話題を集めています。

 このCDは、東日本大震災によって被災された方々への支援を目的に、レコード会社の枠を超え、世界のトップ・アーティストたちのヒット曲や名曲を収録し、「Songs for Japan」という名前で発表されました。

 

 最初はダウンロードだけのリリースだったそうですが、CD化を望む声も多く、先月から2枚組のCDアルバムとして発売されました。

 

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 話題性だけでなく、収録されている作品群にもそれなりのインパクトがあり、私も早速、Amazonで手に入れてみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 なにしろ、全37曲入りで、2000円という価格は、それだけで買いだと (^^)v

 

 洋楽にはほとんど関心の無い私ですが、こういう機会に知らない世界を垣間見てみるのもいいチャンスではないかと(笑い)

 

 そして、それが僅かでも被災地支援になるなら、買わない手はありませんものね (*^.-^*)♪

 

 音楽というものは、時に思っても見なかった力で、聴く人に大きな影響を与えることがあります。
 例えば、その曲が流行っていた頃の想い出がまざまざと甦ってきたり、聴いているうちになんとなく元気が出てきたりすることは、皆さんも体験されたことがあるんじゃないかと・・・ (^_^ゞポリポリ

 「音楽に国境は無い」とは、よく言われることばです。
 たとえ、歌っていることばわからなくても、雰囲気からなんとなく内容とか訴えたい事とかが伝わってくるように感じることは少なくないですよね(苦笑)

 この「Songs for Japan」も、チャリティー・アルバムとして収益金が全額日本赤十字へ寄付されるということも、もちろん大きな意義があることだとは思いますが、収録された歌を聴くことによって、精神的に元気づけられるということだってあるように思えます。

 それが、このチャリティー・アルバムに銘打ってある「音楽の力」という事なんじゃないでしょうか・・・

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2011年5月14日 (土)

世界に一つだけの花

 SMAPの作品の中に、「世界に一つだけの花」という作品があります。

 もともとが人気者の彼等であるだけに、発表する作品もそれなりのセールスを誇るのですが、それらの作品群の中でも、「世界に一つだけの花」はダブルミリオンを記録する大ヒットとなり、CDの売上げは250万枚を超えたといわれています。

 

 私も、この作品はけっこう好きな方でして、初めて聞いた時から、ふ~ん、なかなかいい曲じゃん、と思っていました。

 特に、「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」という歌詞が、なるほど、そういう考え方もあるのか・・・と妙に納得させられ、誰が作ったんだ?
 ふ~ん、槇原敬之かぁ、さすがにマッキー、いい歌作るじゃんとも思っていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、後に、この「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」ということばだけが一人歩きを始めてしまい、あろう事か、教育の現場でまで「NO.1より Only one」などと言われるに至っては、おいおい、人を教え導く教育者がそんなのんきな事言ってていいのかよと、危機感を抱くようになった私がいます・・・

 

 「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」

 確かに、言っている事は間違っていないと思います。
 間違ってはいませんが、親が子供に言うのならともかく、教育者が子ども達に向かってとなると、それを言っちゃぁお終ぇよぉと・・・

 

 「Only one」という事は、言い換えれば「個性」という事であり、それが特別なものであることは、今さら言うまでもないことですが、それが「NO.1」よりも上だと言われてもねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 だいたい、「NO.1」「Only one」と、比べること自体がナンセンスであり、無意味な事なんじゃないの!

 

 「NO.1」というのは、スポーツであれ、勉学であれ、「何かをした結果」として得られるモノであり、座して待つような類のものではありません。

 それに対して、「Only one」というのは、芸術とか研究のように、もちろん何かをして得られる場合もありますが、往々にしてなんにもしなくてもそこに在るモノというか、もともと備わっている事も多いんですよね。
 特に、個々人の「個性」というものは、そういうものじゃないですか。

 

 走るのが速いだとか、画を書くのが上手だとか、声がキレイだとかいうのは、生まれつき備わっている「才能」であり、それを「Only one」だというのは簡単なことです。

 しかし、大事な事は、そういう「才能」を持って生まれたことではなく、その「才能」をどのように育て、生かすかということです。
 走るのが速い人なんて、世の中にいくらでも居ると思いますが、彼等が全てオリンピックの選手になれたり、プロのスポーツ選手として飯を食べていけるわけではありません。

 持って生まれた「才能」をベースに、さらなる努力を重ねた結果が、例えば五輪の代表であり、プロ選手として仕事にもなるわけですよ。
 「NO.1」というのは、そういう「努力」を重ねた先にしかあり得ない世界であり、だからこそ尊いわけで (*^.-^*)♪

 

 したがって、教育の現場で「NO.1より Only one」などと言うことは、子供のためにはならないというのが私の持論でもあります。
 「NO.1より Only one」といって育てる事が大事なのは、教育の現場ではなく、家庭においてだけですよ(笑い)

 だいたい、学校で「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」などと言って育てられた子供が、マトモなオトナに成長するわけがないじゃないですか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 今の教育界にあっては、「競争」をさせて「序列」を付ける事は「悪」なんだそうで、例えば運動会などでも、ゴールの前では皆が手をつないで一緒にゴールをさせるんだそうです(笑い)
 成績なんかでも、クラスの中の「相対評価」ではなく、個々人の能力を「絶対評価」で評価し、生徒たちの間で無用な序列はつけないのが、最近の方針なんだそうで・・・

 

 しかし、社会というのはそんな甘いモノではないのは周知の事実であり、温室みたいな生暖かい教室で育てられた子ども達が、社会という荒波にたった一人で放り出された時に、どのような事になってしまうのか、誰にでもわかりそうなものです。

 ですから、人事担当者は、採用試験にあたってはできるだけ体育会系の学生を採りたがるというのも、よくわかるというものです。
 体育会系の学生なら、基本的に上下関係も身についていますし、闘争心も向上心も一般の学生たちよりはしっかり備わっていますから、社会人として「即戦力」になるという判断です (^^)v

 

 「世界に一つだけの花」の歌詞の中に、

 「それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる?」
 「一人一人違うその中で 一番になりたがる?」

 という二つのフレーズがあります。

 人と人とを「比べる」というのは、もちろん褒められた事ではありませんが、「一番になりたい」という事は悪いことではありません。
 むしろ、人間であるからには、当然の欲求であるだろうと私は思います。

 「競争心」や「向上心」というものがあるからこそ、人間は他の動物とは決定的に違うのだと私は思います。

 

 「2位じゃダメなんですか?」ということばが流行語になったこともありましたが、あの時にも言われたように、最初から2位を目指して頑張っても、結果としては満足いくような成果は得られないというのは自明の理です。

 1位を目指したけれども、残念ながら2位だったというのと、最初から2位を目指して、やっぱり2位だったというのとでは、結果は同じでも内容的にはずいぶん違うと思いませんか?

 1位を目指して努力するからこそ、結果として2位であったとしても、精一杯やった結果として納得もできるわけですよ。

 「目標はできるだけ高く」というのは、何をする上でも大事な事なんですよね。

 

 まして、「NO.1より Only one」とかいって、最初から1位になろうとする努力もせずに、「Only one」で満足しているような人間は、そもそも「人間」なんですかねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 私は、そんな人間は、ただ「怠惰」なだけのダメ人間だと思いますよ。
 教育者ともあろう人たちが、そんなダメ人間を一生懸命に育ててどうするんでしょうねぇ (ノ_-;)ハア…

 

 繰り返しますが、「Only one」の上に、さらなる努力をしてこそ、「Only one」も生きてくるわけで、「Only one」の上にあぐらをかいてジッとしているだけでは、何の花も咲かないという事です。

 花屋の店先に並んでいる、色とりどりの花たちは、それぞれの人が一生懸命に世話をして育てたからこそ、キレイな花を咲かせたわけで、どんな花の種であろうと、ただ持っているだけではナンの花も咲かないんですよね。

 「花を咲かせる努力」をすること、それがすなわち、「NO.1」を目指すことであり、たとえ「NO.1」になれなかったとしても・・・ というか、そう簡単に「NO.1」にはなれないワケですが、「花を咲かせる努力」をした事は、咲いた花に必ず反映されているのが世の中というものです (^^)v

 例えば、ピアノのお稽古をした人が必ずしもピアニストになれるわけではないけれど、一生懸命にピアノの練習をしたことは、人生においてムダだったとは言えないでしょ。

 懸命にピアノのお稽古をしている人が、必ずしも大会で1位を目指している人ばかりではないだろうけれど、それでも昨日までの自分よりは上手く弾けるようになりたいとか、誰かに1曲聴かせたいとかの、何らかの「目標」を持って稽古に励んでいるのが普通であり、それが「NO.1」を目指すということの本質的な意味なんじゃないかと私は思っています。

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2011年5月13日 (金)

喜べば

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 「喜べば 喜び事が 喜んで 喜び集めて 喜びに来る」

 

 ラジオで聞いて知ったことばなので、いつ誰が言ったものなのかもわかりませんが、妙に私の琴線に触れたので、直ぐにメモをとりました・・・

 

 このことばには、亜流というか、変化したバージョンがあるそうで、例えば・・・

 

 「悲しめば 悲しみ事が 悲しんで 悲しみ集めて 悲しみに来る」

 「憎しめば 憎しみ事が 憎しんで 憎しみ集めて 憎しみに来る」

 

 最初のことばは「感謝」でも「嘆く」でも、別になんでもいいんですが、つまりは、最初に行なった事が、巡り巡って自分のところに戻ってくるということです。

 相手を罵れば、自分も罵られるし、誰かを愛すれば、自分も他人から愛される・・・

 別なことばでいえば、「因果応報」とでもいうんでしょうかねぇ。

 

 そういえば、

 「天にツバする」とか、
 「人を呪わば穴二つ」なんてことばもあります (^_^;

 いずれも、自分のした行為が、最終的には自分のところに返って来るという意味です。

 

 「情けは人のためならず」ということばも、行なった行為が自分に返ってくるという点では、同じ類のことばだと思います。

 

 「笑う門には福来る」なんてことばも、つまるところは、そういう意味のことばなんじゃないでしょうか。

 いつも笑顔を絶やさない人のところには、自然と人も集まってきますが、怒ってばかりいる人のところには、誰だって近づきたくはありませんよね (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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2011年5月12日 (木)

ベランダ菜園

 1年ほど前にも「自給自足」というタイトルで我が家のベランダ園芸の様子をご紹介したことがあります。

 興味本位で、ホームセンターからミニトマトや大葉の苗を買って来て、ベランダのプランターに植えたというものだったんですが、ささやかな苗床のワリにはそこそこ収穫できてまして、思っていた以上に重宝して楽しかったので、今年もけっこう家内がベランダ園芸に乗り気でして・・・(苦笑)

 

20110512001 20110512002

 【5月6日撮影】       【5月9日撮影】

 

 で、会津に帰省した際に、そこで目についた大葉とイチゴの苗を買い込んできました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 それらを植えたプランターを撮ったのが左側の写真で、連休明けの6日に撮ったものです。

 プランターの左端には、昨年栽培した三つ葉がしぶとく生き残っていたらしく、可愛らしく顔を出していたので、これも一緒に育ててみようかなと(苦笑)

 

 別に、本格的に家庭菜園をしようというモノではなく、話のタネにチョッと育ててみようかという程度のものなので、買ってきた苗も、大葉が二つとイチゴが一つという、ベランダで行なうにしてもお粗末すぎるほど貧弱なモノなので、「家庭菜園」なんて名乗るにはおこがましすぎて、穴があったら入りたいと思うようなシロモノでしかありませんが・・・ (^_^ゞポリポリ

 しかも、なるべく短期間で収穫できるようにと、できるだけ大きくて、すでに花も咲いているような苗を選んで買って来ました (;^_^A アセアセ・・・
 これも、目的は「育てる」事ではなく、あくまでも「食べる」事だからです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 右側の写真は、植えてから僅か4日後の、9日に撮ったものですが、家内の愛情の賜なのか、それとも元気の良い苗だからなのか、グングンと成長している様子が伝わってきます o(*^▽^*)o~♪

 やはり、売られている苗も、関東辺りで一般的にホームセンターなんかで売られているモノよりは、会津などのように、農家が多い土地から直接買い込んできたから、苗の質も良く、元気だということなのでしょうか・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 という事で、今年もベランダで成長していく苗たちの様子を楽しませてもらえそうです p(^_^)q ワクワク

 

 それはともかくとして、このGW中、よく売れたモノの一つに園芸の「苗」があったそうで、中でも「ゴーヤの苗」が大人気で、ホームセンターなどの中には品切れの店舗も見られたとか・・・

 なぜ「ゴーヤの苗」なのかといえば、栽培に特別なテクニックが要らず、誰でも簡単に育てられるという点が消費者に人気な事と、大震災の影響で夏場の電力不足が懸念されるので、ゴーヤで緑のカーテンを作って冷房の使用を控えつつ、室内の暑さを少しでも和らげられればと考えてのことだといいます。

 

 ゴーヤの苗を植えて緑のカーテンを作り、実が生ったら収穫して食べる・・・

 一石二鳥で、しかも園芸は楽しくて健康にも良さそうですから、もしかしたら三鳥にも四鳥にもなる人もいらっしゃるかも~ ヽ(^◇^*)/

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2011年5月11日 (水)

タジン鍋

 昨年辺りから「タジン鍋」と呼ばれる調理器具をテレビなどで紹介していまして、実際に市場でもチョッとしたブームになっているようです。

 

 家内は料理好きなので、料理番組をよく見ていまして、こういうアイテムなどにもワリと早い頃から興味を示していました。
 しかし、欲しいなとは言ってたんですが、実際に購入するまでにはいたらず、今に至ったというワケなんですが、ついに我が家でもタジン鍋を購入しました (*^.-^*)♪

 

 母の日だった日曜日、家内の義母へのプレゼントを物色中にタジン鍋を見つけまして、値段も手頃ですし、ついでにこれも買っていこうよと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 それがこちらの商品で、1,980円でゲットしてきました (^^)v

 他にもいくつかのメーカーで、大きいのから小さいのまで同じようなタジン鍋がいくつも並んでいまして、もちろん、もっと安いタジン鍋もありまして、千円を切るような商品もあったんですが、どうせ買うなら少々大きめのモノがいいということで、一番大きな26cmサイズのタジン鍋を購入してきました。

 

 で、さっそくどんなものなのか、タジン鍋の実力を試してみることにしまして、パッケージの写真にも使われており、添付されていたレシピにも載っていた「豚肉のヘルシー蒸し」という料理を作ってみました。なにしろ、豚肉は私の大好物でして・・・

 といっても、私が作ったわけではありませんが (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これが月曜日の夕飯となった、食卓の写真です(笑い)
 なかなか美味しそうにできまして、ポン酢に浸けて食べました。

 

 私は、現在糖尿病で食事療法を続けているので、豚肉とか牛肉とかはあまり食卓に上る機会は無いのですが、こうしてタジン鍋で蒸した豚肉は、脂分もほとんど無く、まさに私のための料理みたいな感じで、久しぶりに肉料理を堪能させて頂きました o(*^▽^*)o~♪

 似たような料理は、これまでにも家内が作ってくれていたんですが、こうしてタジン鍋で作って出されると、より美味しそうに見えるので、そういう点でもお奨めかなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 今後は、このタジン鍋を使ったヘルシー料理が増えてきそうな予感がしますよ p(^_^)q ワクワク

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2011年5月10日 (火)

おしどり夫婦

 今日から愛鳥週間だから・・・
 というワケではないのですが、今日も鳥の話題で恐縮です (^^ゞ

 

20110510001 「おしどり夫婦」ということばがありまして、仲睦まじい夫婦を、オシドリがつがいでいる様子に例えて言っているわけですが、実際のオシドリは決して「夫婦」というか、オスとメスがいつもつがいで居るというわけではないようです。

 

 オシドリが一夫一婦制をとっているのは間違いないようで、だからこそ「おしどり夫婦」ナンてことばも生まれたワケなんでしょうが、繁殖の時期を過ぎ、卵を温める抱卵期に入ると、オシドリのオスはつがいを解消し、巣から離れていくそうで、卵を温めるのはもっぱらメスが行ない、卵からかえったヒナを育てるのもメスだけの役割です。

 つがいを解消し、巣を離れたオスは、別のメスに求愛し、新しくつがいとなって繁殖行動に入ります (^^;

 つまり、オシドリが「おしどり夫婦」でいる期間というのは、繁殖期のごく一時期だけで、繁殖期を過ぎると、オスの方はメスを捨てて求愛の旅に出、次の繁殖期には新しいメスとつがいを作って繁殖行動をとるということで、意外と冷めた関係がオシドリの「おしどり夫婦」の実態のようです (;^_^A アセアセ・・・

 

 これに対しまして、本当に「おしどり夫婦」を実践している鳥が存在しまして、それがカラスのつがいだということです(苦笑)

 

 カラスは、一夫一婦制で本当に仲が良く、ほとんどの場合でオスとメスとがつがいで行動をとり、子育てもお互いが協力し、役割を分担して行なっているそうで、その点では我々も見習うところも多いのかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 卵を温めたり、かえったヒナに餌を与えるのはメスの役割と決まっているそうで、オスはそういう事には手を貸しません。
 では、オスはその間何をしているのかというと、抱卵期間は巣の周囲に居て巣を見張ったり、卵を温めているメスのために餌を採ってきたりするのが役割ということで、ヒナがかえれば、メスやヒナたちのために餌を採ってくるのはオスの役目であり、巣を外敵から守るのもオスの役目だという事です。

 「カラス」というだけで、なんとなく忌み嫌われている鳥ではありますが、知能はとても高く、家族愛に満ちた鳥ということはあまり知られてはいませんで、なんとなく気の毒な気もします (^^;

 

 オシドリの実際の生態を知れば、「おしどり夫婦」というのは、褒めことばではなくて、むしろ仮面夫婦みたいな、その場限りの夫婦関係を指した、蔑みのことばになってしまいます (^◇^;)

 仲の良い夫婦に対しては、どちらかといえば、「カラスの夫婦」と言った方が適切な感じもしますよ(笑い)

 

 という事で、堀内孝雄が歌った「カラスの女房」という作品がありまして、下に動画を貼り付けてみました (^_^ゞポリポリ

 

 

 この歌は、別に「カラスの夫婦が仲睦まじい」という事を歌っているわけではありませんが、「カラスの女房」というのは、実際にはとても大切にされている存在のようで、「カラスの女房」になれるという事は、女性にとっては幸せの象徴なのかもしれませんね(笑い)

 いかがですか?
 「カラスの女房」・・・ ( ^-^)/ ♪

 なってみたいと思いますか?

 

 それとも、子供ができた途端に捨てられる、「オシドリの女房」の方がいいですかね (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年5月 9日 (月)

鳥・・・

 私は、プロ野球が大好きでして、特に、「ホークス」を昔から応援しており、今年でファン歴は36年目に入りました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 「ホークス」は、もともとは「南海ホークス」という球団でしたが、親会社である南海電鉄が経営難から球団をダイエーに売却し、「福岡ダイエーホークス」と球団名が変わりました (^^;
 それが、1988年のオフのことです。

 そのダイエーも、産業再生機構の支配下に入ることにより、球団は再び身売りを余儀なくされ、ソフトバンクが買収を発表。
 球団名は「福岡ソフトバンクホークス」になって現在に至りますが、いずれの身売りの際にも、「ホークス」という名前は残して欲しいという旧球団の意向が尊重され、「ホークス」という愛称だけは引き継がれてきました。

 

 「ホークス」は、もちろん「鷹」という意味なんですが、プロ野球界には他にも「東北楽天ゴールデンイーグルス」という球団が存在しまして、こちらは「鷲」という意味になります。

 「鷹」「鷲」、どちらも猛禽類と呼ばれる、似たような鳥ではありますが、どこがどう違うのかご存じですか?

 

 名前が違うんだから、別の鳥なんだろうと漠然と思ってらっしゃる方も多いと思いますが、実は両者には明確な違いはなく、どちらもタカ目タカ科に属する鳥ということで、その中でも比較的小さめの鳥が「鷹」比較的大きめの鳥が「鷲」と呼ばれているだけに過ぎません (^◇^;)

 

 これは、ちょうど「クジラ」「イルカ」の関係に似ています。
 クジラの中でも、比較的小さい種類が「イルカ」と呼ばれていますが、実際には「クジラ」と「イルカ」の間に明確な違いのようなものは存在しません。
 また、「シャチ」も「イルカ」の仲間であり、単に大きさだけで分けるなら、「クジラ」「シャチ」「イルカ」という関係になりますが、いずれも同じ種類の生物ということになります。

 

 再び「鷹」の話題に戻りますが、猛禽類の鳥の中には、「トビ」、あるいは「トンビ」と呼ばれている鳥もいますが、これもタカ目タカ科に属する鳥ということで、大きい方から「鷲」「鳶」「鷹」となるそうで、結論から申しますと、「鷲」も「鳶」も「鷹」も、同じ鳥・・・といったら言い過ぎかもしれませんが、つまるところ、「同じ種類の鳥」ということになるそうです (^_^ゞポリポリ

 

 プロ野球界には、他にも「東京ヤクルトスワローズ」という球団が存在し、こちらは「ツバメ」が愛称に使われています。

 

 「燕」は、「鷹」よりは身近な鳥としてよく見かけると思いますが、「燕」は、空を飛ぶ時に翼を上下に羽ばたかせて飛びます。
 もちろん、羽を広げて空中を滑るように飛んでいる姿を見かけることもありますが、おおむね「羽ばたく」という行動によって空を飛ぶのが「燕」のスタイルでもあります。

 これに対して、「鷲」も「鳶」も「鷹」も、空を飛ぶ時には、羽を大きく広げ、上昇気流に乗って高い空をグライダーのように優雅に飛んでいます。
 こちらも、時には翼を羽ばたかせて飛ぶのを見かけることもありますが、どちらかといえば飛び立つ時に何回か羽ばたくだけで、あとは風に乗って空中を飛ぶのがタカ目科などの猛禽類の特徴でもあります。

 これは、両者の生活スタイルの差が、空を飛ぶスタイルにも影響を与えているからで、「鷹」などの大きな鳥は餌を探して飛び回るテリトリーが何キロにも及ぶために、いちいち羽ばたいて飛んでいると疲れてしまうから、省エネのためにそういうスタイルで飛ぶんだそうです。
 それに対して「雀」や「燕」のような小型の鳥は、餌を求めて飛び回る範囲もそれほど広いわけではないので、翼を羽ばたいて飛ぶのが理に適っているスタイルなんだそうです。

 

 プロ野球界には、他にも「千葉ロッテマリーンズ」が、球団名には使っていませんが、キャラクターに「カモメ」を使っています。

 「カモメ」については、4年前に「白いカラス」というタイトルで語ったことがありますので、興味があればそちらの記事もご一読頂ければ幸いです ( ^-^)/ ♪

 

 どうでもいいことなんですが、プロ野球のチームで、私がヒイキにしているチームは、いの一番がホークスであることはいうまでもありません。

 そして二番目が、千葉県に住んでいるからということで、千葉ロッテです。
 三番目は、東北の出身ですから、やはり楽天は外せないということで、いずれも「鳥」に縁のあるチームばかりなのに、この記事を書いていて気がつきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 さらにいえば、セ・リーグにはほとんど関心はないのですが、昔、尊敬するノムさんが監督をしていた頃、ヤクルトを応援していたことも思い出しました (^◇^) 。。。ケラケラ

 う~ん、これって、すごい偶然というか、タマタマではありますが、私って、意外と鳥が好きみたいですよ(爆笑)

 ただ、それも野球のチームだけのことであって、サッカーでは秋田犬をキャラクターにしているジェフ千葉のサポーターでして、カモメをキャラクターにしているマリノスはどうでもイイと思っている一人です (;^_^A アセアセ・・・

 ただ、ヤタガラスをキャラクターにしている日本代表は、やはり外せないというか、大好きです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2011年5月 8日 (日)

不正確な電波時計

2年近く前になりますが、「電波時計」という記事を書いて、便利に使っている様子をご紹介したことがあります。

 

20110508006

 これが、我が家で今現在使っている電波時計でして、とても重宝しています。

 

 ところが、最近、どういうワケなのか、電波受信インジケーターと呼ばれる「アンテナマーク」が消えていることが多く、二台並べても、ご覧のように表示されている時刻が微妙に違っている事も少なくないんですよね (^◇^;)
 写真ではよくわからないかもしれませんが、左側の時計は「8時1分30秒」、右側の時計は「8時1分25秒」を表示しています。

 

20110508003  20110508004

 左側が、アンテナマークが表示されており、正常に電波を受信している状態で、右側が、アンテナマークが消えており、電波を受信できていない状態です。

 

 電波時計というのは、正確無比というのがウリのはずですから、いったいこれはどうしたことなんだろうと思っていたわけですよ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 で、できるだけ窓際に移動させたりして、様子を見ていたんですが、ようやくなるほどというニュースに触れることができました・・・ (^^;

 

 それによると、福島第一原発事故により、福島県内にある標準電波送信所が送信を停止しているために、関東より北側では正確に時刻が表示されない電波時計が存在するというモノ・・・ w(゚o゚)W

 まいったなぁ、原発事故の影響は、こんなところにも現われているのかよと・・・ (__;)

 

 どういう事かというと、原発事故で、福島県内に設置されている「大鷹鳥谷山」の電波時計向け標準電波送信所が、半径20km圏内の避難指示対象区に含まれたために、3月12日に職員全員が避難し、施設内が無人となり、電波の送信を停止したというもの・・・

 これにより、電波による自動時刻合わせができなくなり、狂いが生じる電波時計が出てきたというもので、その後、3月21日に一度送信を再開しましたが、25日に落雷のために再び送信を停止したと発表されました・・・

 21日の送信再開の際には、防護服を着た職員が一時的に施設内に入って動かしたそうですが、その後、政府によってこの地区は警戒区域に設定され、付近の道路が封鎖されてしまったために、部外者の立ち入りが制限され、現在のところ、「大鷹鳥谷山」から送信されることになっている「40kHz」の標準電波の送信再開は、目途がたっていないそうです。

 

 詳しくは、下のリンクからどうぞ ( ^-^)/ ♪

《 日本標準時(JST)プロジェクト 》

http://jjy.nict.go.jp/

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 タカが時計のことでもあり、時刻が多少狂っていたからといってどうという事はありませんが、正確さが身上の電波時計だけに、表示されている時刻が正確ではない可能性が高いということが、なんとなく理不尽というか、納得いかなくてね・・・ (ノ_-;)ハア…

 以前ですと、正確な時計そのものがほとんど無かったので、2~3分くらいのズレなんて、そんなものだと思っていたんですが、チョッと便利になり、テレビやラジオの時報でなくても正確な時刻がわかるようになると、すっかりそれに依存しきって、電波時計はズレないものだと思い込んでいますから、こんな些細なズレでも落ち着かなくなっている私がいます・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 世の中、便利になることは、いいことばかりでもなさそうですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年5月 7日 (土)

昭和温泉

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 一昨日の記事で紹介した「昭和温泉」「しらかば荘」ですが、それほど昔からある温泉というわけではなく、せいぜい40年程度の歴史しかありませんで、私も村の出身者の一人ですから、その誕生からの経緯はよく知っています。

 で、今日はそんな「昭和温泉」のエピソードをチョッと語ってみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 「昭和温泉」といっても、地元の会津でさえもほとんど知られていない超マイナーな温泉ではありますが、この記事をお読み頂ければそれがなぜなのか、その理由が垣間見えるんじゃないかと・・・(笑い)

 「昭和温泉」は、福島県の会津地方にある、たくさんの温泉の中の一つで、下に地図を貼り付けてみましたので、場所はそちらでご確認頂ければ幸いです。

 

 

 温泉がある「昭和村」については、昨年の8月に「大沼郡昭和村」という記事の中で紹介した事があるので、詳しくはそちらの記事をご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

 実は、昭和村のお隣に、金山町という自治体がありまして、そこには「横田鉱山」という黒鉱を産する鉱山がかつて存在し、この界隈では比較的賑わった地区でした。

 黒鉱というのは、銅や鉛、亜鉛などの、外見の黒い鉱石の総称ということで、昭和30年代頃が横田鉱山の最盛期だったそうですが、次第に産出量が減ってくると、もしかしたら横田の周辺でも黒鉱が出るんじゃないかということで、アチコチで黒鉱探査のボーリングが行なわれました。

 その一つが、山一つ隔てた私の村でも行なわれ、結果として出たのは「黒鉱」ではなく「お湯」だったというのが「昭和温泉」の歴史の始まりとなります(笑い)

 

 「昭和温泉」の開業は1972年となっていますが、これは温泉施設として開業した時期を指しており、温泉が出た時期とはイコールではないと思います。
 温泉が発見されたのはもっと前のような気がしていまして、少なくても大阪万博が開催された1970年くらいまでには、すでにそこでお湯が湧いていたように記憶していますが、子どもの頃の記憶なので、正確ではないかもしれません。

 温泉が湧き出たとはいっても、田舎の山里のこととて、それを利用して何か商売に結びつけようという考えは無かったようで、しばらくはそのまま野ざらしで放っておかれたんですが、かなり熱いお湯が豊富に沸き出しているわけでして、そのままにしておくのはもったいないと考えた「誰か」が、野っ原の中にドラム缶を一つ置き、そこにホースでお湯を引き込んで、誰でも入れるようにしたのが、昭和村に温泉が誕生した最初の一歩だったわけです。

 この当時、子供だった私も、友人たちと自転車で出かけて行っては、ドラム缶風呂に入ったことがありますが、山裾の野っ原の中にポツンとドラム缶が一個あるだけで、仕切りのようなものや脱衣所のような類のモノは一切無く、脱いだ服は地面に置き、靴を脱いだ足の裏は泥だらけになりながら、しかも道路からお湯に浸かっている姿が丸見えという、かなり大胆でお粗末なモノでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 やがて、「奇特な誰か」が、丸見えのドラム缶の周囲三方を板塀で囲いまして、多少は入りやすくなりましたが、所詮は男女の区別もないドラム缶一個の温泉ですから、まだまだ一般の人が利用するには敷居の高いシロモノでした (;^_^A アセアセ・・・
 この当時の温泉を利用していた人は、子ども達か、農作業を終えた人がタマに入るくらいだったと思います。

 そもそも、黒鉱の試掘をしようとしたくらいの場所ですから、周囲に民家は一軒もなく、部落と部落の中間点といった感じの、いわゆる何もないへんぴな所で、わざわざ出かけて行くほどのシロモノでもなかったというのが当時の昭和温泉の正直な評価でしたね。

 

 そのうちに、「村」がこの温泉の利用に本格的に乗り出しまして、簡単ではありますが屋根の付いた小屋を作り、男女別の浴室と脱衣所を設け、狭いながらも休憩所を併設したのが、おそらくは1972年頃だったので、それを持って開業としたのだろうと、この温泉の誕生からの経緯を見て知っている私には思えてなりません。

 この当時は、温泉といっても、湯船は家庭用のバスタブが男湯と女湯に一つずつ置いてあるだけで、それほど特別な施設ではありませんでしたが、誰でも無料で入ることができましたし、休憩所ができたので、村民達のコミュニケーションの場として、温泉の利用客は次第に増えていきました。
 ドラム缶ではないチャンとした湯船が置かれ、畳が敷かれた休憩所があるだけの共同温泉施設ではありましたが、他に娯楽など無い山の中の事とて、村民たちにとってはありがたい場所になっていきました・・・

 

 利用客が増えると、いつの間にか施設の前にバス停が新設されまして、ますます村民達に重用されるようになります(笑い)
 そして、さらに一回り大きな建物に建て替えられたのが、私が中学生の頃でしたから、73年頃だったように記憶しています。

 この頃になると「昭和温泉」という名前も定着してきたように思え、休憩室にはテレビなんかも置かれ、村内の老人を中心にけっこう賑わっていました。
 アメニティグッズのようなモノはさすがにありませんで、タオルも石けんも持参しなければなりませんでしたが、その代わり、利用料金も入浴料金も相変わらず一切が無料で、村内外の住人を問わず、誰でも自由に入浴できました (*^.-^*)♪

 

 昭和村役場の公式HPを見ますと、「しらかば荘」の落成は1973年となっていますが、この当時私は中学3年生でして、私が村に居た当時からこんなりっぱな温泉施設が村内にあったような記憶は無いので、もしかして、今の「しらかば荘」と同じ建物ではなく、建て替えられて大きくなった共同浴場が、いつの間にか「しらかば荘」と名付けられていたのかもしれませんが、本当のところはよくわかりません (;^_^A アセアセ・・・

 私の記憶では、今の「しらかば荘」の施設は高校生になって村を離れた以降、知らない間に今の場所に建てられたような気がしているんですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

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 実は、「しらかば荘」の敷地の直ぐ下には、「村民いこいの湯」と名付けられた、こんなこぢんまりとした小屋が建てられています。

 

 村民なら誰でも無料で利用できる温泉であり、一般にいうところの「共同浴場」という趣なのですが、最初にドラム缶が置かれ、昭和温泉としての歩みが始まった場所が、まさにこの辺りになります。
 以後、この場所付近で、何度か移転と増改築とを繰り返し行なってきたのが「昭和温泉」の歴史でもあります。

 今、「昭和温泉」といえば、「しらかば荘」に併設されている温泉施設を指して用いられているようですが、そのルーツは、「村民いこいの湯」が建てられている「この場所」になります。

 

 この「昭和温泉」から北に10kmほど離れた隣町に、「玉梨八町温泉」という温泉があります。
 こちらの方は、「昭和温泉」よりも歴史は古く、周囲の自治体にもよく知られた「由緒正しい温泉」です(笑い)

 たった10キロほどしか離れてはいませんが、「玉梨八町温泉」のお湯は茶褐色に濁っており、多少ヌルヌルした感じがしますが、「昭和温泉」のお湯は弱食塩泉なので、無色透明でヌルヌルした感じも、温泉独特の匂いもありませんで、両者は全く違う温泉という感じがします (^_^;
 お湯が濁っていないと温泉という感じがしないという方も多いと思いますが、子どもの頃から馴染みがあるだけに、私はこういう無色透明の温泉が一番好きだったりします (^^ゞ

 

 それと、「昭和温泉」のお湯の温度はかなり高めなので、ヌルイお湯が好きだという方の中には熱すぎて入れないと感じる人もいらっしゃるかも・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 しかし、「熱いお湯がたまらなく好き」という、私のようなアツイの大好き人間には、二重丸の温泉です (^^)v

 

 まぁ、一般の温泉地のようなイメージを抱かれてしまうと、その落差にガッカリということにもなりかねませんが、温泉のお湯そのものは「瓢箪から駒」みたいなでっち上げ温泉にも関わらず、りっぱなモノでして、決して期待を裏切らないと思います。 (^^)v

 施設も、お世辞にもりっぱとは言えないものの、木訥な従業員達の素朴なサービスが、かえって田舎の宿らしくていいのかなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 しらかば荘の「お湯」と、食堂で出される「蕎麦」は、間違いなくホンモノですよ (^^)v

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2011年5月 6日 (金)

柳津の桜

 先の記事で、柳津ご出身のネッ友さんからコメントをいただきましたので、こんな写真を並べてみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 磐越道の会津坂下ICを出たところから、国道252号線で柳津を抜け、郷戸から滝谷を経て、西山温泉方面へ走った時に見た車窓です・・・ (*^.-^*)♪

 

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 特に説明は付けませんが、いずれも5月3日に、実家へと向かう道筋で撮ったものです (^^)v

 会津路は、現在、桜が真っ盛りです o(*^▽^*)o~♪

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山の幸

 会津への帰省で、山菜を幾種類か買い込んできました。

 山ウドコゴミ、それにコシアブラです (^^)v

 

 山里に行ったわけですから、何をおいてもやっぱりお土産は山菜だろうということで、他にもワラビとかタラの芽とか、お馴染みの山菜も売られていましたが、今回選んだのはこの三種類でした。
 ホントは全部買って帰りたかったんですが、ワラビとかはアク抜きの手間もありますし、第一、欲張ってもそんなに食べきれませんから・・・(苦笑)

 

 他にも、田舎のあぜ道で摘み取ってきたフキノトウも加えた写真がコレです (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これらを天ぷらにして晩酌のツマミで食べたいなぁと思ったものですから・・・ o(*^▽^*)o

 

 実は、帰省の前に柏崎のネッ友さんが、山菜の写真をアップして、天ぷらにしていただきますと書いてあるのを目にしたので、私も真似してみました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 これが家内が揚げてくれた、山ウドの葉とコシアブラ、フキノトウの天ぷらです o(*^▽^*)o~♪

 衣を付けてしまうと、何がナニやらわからなくなってしまったと思いますが、そこはご勘弁ください (^^;

 ウチのカミさんは、料理上手で、天ぷらをサクッと揚げるのがとっても上手でね、とてもありがたいなと (^_^ゞポリポリ

 

 他にも、山ウドの茎は酢味噌和えにし、コゴミはお浸しにしました。
 それと、イナゴのつくだ煮と、じゅうねん味噌のシソ巻、さらには母が作ってくれた「笹巻き」など、会津の味覚をたっぷりと堪能しながら、昨夜の夕飯を頂きました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 食事制限もあって、揚げ物やら糖分とは縁遠い食生活を送っていることもあり、とても幸せを感じた一時でした・・・ o(*^▽^*)o~♪

 こんな高カロリーの食卓は、当分はお目にかかれないと思います・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

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2011年5月 5日 (木)

会津帰省記 11GW編

 例年のことではありますが、GWを利用して、会津の実家に帰省してきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 5月3日の早朝に成田を出発し、1泊して、翌4日に成田に戻ってくるという、いささか余裕のない帰省でしたが、その中身はというと、けっこう濃いものになりました (^^)v

 

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 ソメイヨシノの桜前線は、いよいよ津軽海峡を渡ったと報じられましたが、会津の桜の様子は、すでに満開を過ぎたところ、今が満開のところ、まだ咲き始めのところなど、場所によって様々でした。

 

 会津若松など、会津の中心部では満開を過ぎていましたが、その周辺のような郡部では、まだまだ見事に咲き誇っていました (*^.-^*)♪

 写真は、柳津町から西山温泉へと向かう途中の、三島町辺りの光景で、なかなかキレイに咲いていた桜を見かけたので写真に収めてみました。

 さすがに雪はありませんでしたが、それでも、山肌とか家屋の裏手などには、ご覧のように若干の雪が残っていましたよ (^^;

 

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 これは、両親を伴って泊まった、村営の温泉宿泊施設で、「しらかば荘」といいます。

 特に老人用というわけではないのですが、村の住人の多くは高齢者であり、村外の利用者はそれほどいない状況ですから、実質的に利用しているのは村のお年寄りがメインであることは否めないワケで・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 両親用と、私たち用と、隣り合わせで一部屋ずつ予約を取り、温泉とお酒、そして宿の料理で、文字通り裸の触れあいを存分に楽しませて頂きました o(*^▽^*)o~♪

 近場ではありますが、両親とどこかに出かけて泊まるなんてことは、久しく無かったので、父も母も思っていた以上に喜んでくれましてね(笑い)

 年に2~3回くらいしか顔を合わすこともないので、実家に顔を出しただけでも喜んでくれるだろうことは、間違いない事なんでしょうが、やはり、タマにはじっくりとハナシをしてみることも大切だとあらためて知らされました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 宿の前の桜は、ご覧のように咲き始めで、まだまだつぼみがたくさん目につきましたよ (^^;

 

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 これは、村から会津若松へと抜ける、国道401号線の途中で見かけたしらかばミズバショウの群生地です。
 自然は豊富な私の村ではありますが、その中でもこういう光景は、やはり心が洗われる気がします・・・

 

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 今回、帰省して驚いたのですが、福島県内では測定された放射線量の測定値を、1時間ごとにラジオやテレビで伝えていました (^^;

 私が今回の帰省で見て回った範囲は、会津地方が中心ですから、太平洋沿岸とは違って地震や津波の被害はほとんど見られないのですが、放射能という目に見えない影響は、県内全域に及んでいるのかなと・・・

 

 今年のGW、例年とは違って人出もずいぶん違っていたようですが、高速道路はやはり各地で大渋滞を起こしていたようです。

 しかし、私は常磐道と磐越道を走ったこともあり、行きも帰りも渋滞には全く遭遇しませんで、いつもと同じく、かなりスムースに移動することができました (^^)v

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2011年5月 4日 (水)

radiko

 昨日、ラジオについて語りまして、今日はその続編とでもいうべき内容になりますが、インターネットで聞くラジオ、つまり、「radiko」について語ってみようかなと。

 

20110505001  「radiko」については、配信が開始された一年ほど前にも「IPサイマルラジオ」というタイトルでご紹介したことがあります。

 

 昨年までは、関東と関西の両エリアだけで配信されていた「radiko」ですが、今年に入ってからはイッキにエリアが広がりまして、現在では北海道から九州まで、ほぼ全国で「radiko」が利用できるようになりました。

 

 ラジオの受信機さえあればどこででも聞くことができるラジオを、なぜわざわざパソコンで聞かなければならないのかと、違和感を感じる人もいらっしゃるかもしれませんが、コレはこれで利用価値があるわけですよ (^^)v

 実際、「radiko」の配信が始まった昨年の3月からは、少なくても自宅では「radiko」でラジオを聞くようになった私が居ます。

 なぜなら、ラジオやミニコンポで聞くよりも、はるかに高音質で番組が聴けるからです (*^.-^*)♪

 

 しかも、ラジオですと放送局によってバラツキのある感度も、「radiko」ならどこの局でもクリアな音質で聞くことができますから、それだけでも「radiko」の存在意義はあるのかなと (*^.-^*)♪

 

 ところで、「radiko」という名前ですが、なぜ「ラジコ」と言うのかといえば、ラジオは「ラジ男」と書く事ができますから、それをPCで聞くという事で、「ラジ男」に対して「ラジ子」でどうかということになったんだそうで (^◇^) 。。。ケラケラ

 このハナシを聞いた時に、私は思わずガクッとズッコケてしまいましたよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 そういう、ゆるい事がまかり通るん世界なんだなと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 予定では、今日は宿泊先の「しらかば荘」を後にして、磐越道から常磐道経由で、成田に帰ってくることになっています。

 

 昨夜は、多少は親孝行らしい真似ができたのでしょうか・・・

 もしかしたら、これが両親と過ごした、最後の温泉宿での一泊になるのかもしれませんが、家内と一緒に過ごした一晩は、両親にとってもいい想い出となってくれれば幸いです (^_^;

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2011年5月 3日 (火)

ラジオとテレビ

 私はラジオが大好きでして、それはこのブログの中でもしばしば語ってきました。

 

 朝も、ラジオのスイッチを入れることから一日が始まり、仕事中は運転席で飽きることなくラジオを聞いていますし、もちろん、テレビも見ますが、一日の中で占める割合としたら、ラジオを聞いている時間の方が圧倒的に多いという「ラジオ人間」です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 それに対し、家内は完全な「テレビ人間」であり、もっぱらテレビばかり見ていまして、ラジオを聞くようなことはほとんど無いんですが、日曜日の午前中だけはお気に入りの番組があるらしく、台所からラジオの音と共に、家内の笑い声が聞こえてくることも珍しくありません(苦笑)

 

 ラジオテレビ・・・

 共にマスメディアの代表みたいな存在ですが、放送している内容というか、その性質は明らかに違います。

 

 テレビは、完全な一方通行であり、デジタル放送の普及で双方向サービスも可能にはなりましたが、視聴者の意見などが番組にダイレクトに反映されるようなことはほとんどありません。

 一方、ラジオの場合は、昔から「あなたのお便りが頼り」などと番組のパーソナリティが言っていたこともあり、リスナーと放送局は持ちつ持たれつの関係で成り立っています。

 しかも、最近では電話やFAXはもちろん、メールなどの最新ツールを使って、リアルタイムで番組に参加することができますから、リスナーにとっては、ラジオは単なるマスメディアの一つではなく、友人の一人、あるいは身体の一部といった感覚を抱きがちな点が、テレビとは決定的に違うところです。

 

 しかし、私のようにラジオに依存している人間がいる一方で、家内のようにラジオにはほとんど興味を示さない人達も相当数に登りますし、中には、ラジオの放送なんてどうやったら聞くことができるのか、わからないという人だって居るというウソみたいなハナシを聞くことさえあります(笑い)

 私のようなラジオ人間にとっては、ラジオの番組やそれに関わっているパーソナリティたちは、遠いところにいる雲の上の存在ではなくて、身近な友人といった感覚を持っている方が多いと思います。

 

 ラジオとテレビには、それぞれ一長一短がありますから、一概にどちらが優れているかナンてはいえないワケですが、簡単に言えば、お互いにとっての「長所」が、他方にとっては「短所」になるという点で、両方が共に並び立つようなことは難しいんじゃないかと思います。

 例えば、テレビの長所は、なんといっても映像があることで、この点が音声だけで届けられるラジオとは決定的に違う点であり、どう逆立ちしたって情報量という点ではラジオはテレビに適わないという事になるわけですが、逆に、映像があることがテレビにとっては弱点にもなるわけですよ。

 テレビは、映像と音声が両方揃って初めて番組として成立するわけで、映像だけとか音声だけでは、番組を楽しむ事はできませんから、テレビには「ながら族」は基本的には存在しないわけです。

 まぁ、それでも中には、テレビを点けっぱなしにして、掃除や台所仕事などの家事をこなすツワモノも居ないわけではありませんが、そういう人は番組を楽しんでいるというよりは、テレビに依存しているといった方が正確なのではないかと私は思っています。
 いわゆる、テレビが点いていないと落ち着かないといった人達で、番組を見ているつもりになっているだけで、実際には内容は何も残っていないことが多いはずです(笑い)

 つまり、テレビは受像器の前で動かずに見るというのが基本的な観賞スタイルであり、何かをしながらとか移動しながら見るものではありません。

 

 それに対して、ラジオはテレビから比べれば受信機もずっとコンパクトですし、部屋から部屋を移動しながらでも、表を歩きながらでも、番組を観賞することは十分に可能で、この点ではテレビはラジオにはとうてい及ばないと私は考えています。

 それでも、最近は携帯電話に付いたワンセグなどで、テレビ番組を観賞する人も増えているようで、私も大相撲中継などはカーナビや携帯のワンセグで見ることはありますが、見ている時にはそれに集中しているはずで、ワンセグを見ながら歩くとか車を運転するとかは、普通は無いと思います(笑い)

 

 テレビが世の中に登場した時、世の人々もラジオの関係者達も、ラジオの役割は終わったと思ったそうですが、それから半世紀以上経った今でもラジオの放送が無くなることは無く、むしろ以前にも増してその重要性は高まっているようにも思えます。

 特に、今回のような大きな災害が発生した時などは、テレビよりもラジオの放送が果たす役割は、より重要になってきます。
 被災地では、テレビを視聴できる環境が整わないことも少なくなく、ラジオを中心に情報を収集するということが一般的だと思いますし、逆に、被災地以外では、やはりテレビが情報を的確に伝えるという点で勝っているように思えます。

 

 ラジオテレビ・・・

 マスメディアの形態も、これからさらに多様化し、進化していくだろうと思いますが、これからも両者は、それぞれの役割をそれぞれのスタイルで果たしていくのだろうと私は思っています。

 

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 予定では、今日は未明から実家のある会津へと、帰省のために、常磐道~磐越道とマイカーを走らせ、村の温泉施設である「しらかば荘」で、私の両親と家内とで、お酒を酌み交わしながら温泉三昧をしている頃でしょうか・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20110504001  これは、数年前のお盆に、妹と弟の家族達と共に、実家で撮った写真で、私ら兄弟とその子ども達、そして両親と、この時初めて一堂に顔を揃えたのを機会に記念写真を撮ったもので、両親にとっては、子供と孫等とに囲まれて、一番幸せな時だったのかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ちなみに、この時にシャッターを切ったのが妹で、両親を交えてこれだけの顔ぶれが揃うのは、後にも先にもこの時が最初で、おそらくは最後となるだろうと思います・・・ (^_^;

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2011年5月 2日 (月)

八十八夜

 今日は「八十八夜」という事で、お茶の話題でもしてみようかなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20110502002  私は、日本茶が大好きでして、朝から晩まで、毎日かなりの量を飲んでいます(笑い)
 ただ、お茶ならなんでも好きかといえば、決してそんな事はなくて、番茶とかほうじ茶とか、そういう類のモノはあまり好みではありませんで、私が好んで飲んでいるのは、ごく一般的な緑茶である「煎茶」です (^^)v

 

 ところで、「八十八夜」と聞いて直ぐに思い出すのは、やはり唱歌の「茶摘み」ですかね (^_^ゞポリポリ

 

 《 茶摘み 》

 (一)
 夏も近づく八十八夜
 野にも山にも若葉が茂る
 あれに見えるは茶摘みじゃないか
 あかねだすきに菅の笠

 (二)
 日和つづきの今日このごろを
 心のどかに摘みつつ歌ふ
 摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
 摘まにゃ日本の茶にならぬ

 

 この、「八十八夜」とは、立春を1日目として、88日目のことをいうことは、広く知られていると思います。

 この頃になると、静岡に代表される、お茶所では一斉に茶摘みが行なわれるのが風物詩ともなっています。

 

20110502001  「茶摘み」の歌詞の中にも歌われている「あかねだすきに菅の笠」というのは、古来から行なわれている茶摘み娘の衣装ですが、タスキはともかく、最近では笠というよりは手ぬぐいを姉さん被りにしている女性の方が圧倒的に多いんじゃないかな。

 この「あかねだすき」にもチョッとしたエピソードがあって、静岡県のお茶栽培に関わっている方がラジオで話しているのを以前聞いたことがあるのですが、お茶の収穫時期は比較的短いので、広い畑を家族の手だけで摘み取る事は難しく、多くは季節労働者をアルバイトのような形で雇い、一週間から十日間ほど住み込みで行なうという事が広く行なわれていたそうです。

 その際に雇われるのが、茶摘み娘と呼ばれる若い女性達であり、彼女たちは皆赤いタスキを掛けて茶摘みを行なったそうですが、赤いタスキは独身ということの象徴であり、茶摘みの時期には村の男性達は、赤いタスキを掛けた茶摘み娘達を見て色めき立ったそうです(笑い)

 茶摘み娘は、別に若い女性の専売特許というわけではなく、中には年配の女性達も混じっていた (^^; そうですが、そういう女性達は既婚者も多いわけで、赤いタスキではなく、水色のタスキを掛けるのが習慣になっていたそうで・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 いわゆる、茶摘みは男女の出会いの場ともなっていたようですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 なお、上の茶摘みの写真は、伊豆長岡温泉の伊古奈荘のHPからお借りしてきました (^^ゞ

 

 

 ただ、個人的には、「八十八夜」といえば、N.S.Pの「八十八夜」を連想する一人でして、今回、唱歌の「茶摘み」を採りあげたのは、単に茜襷の事を語りたかったから・・・です (^_^ゞポリポリ

 

 最後に、私の好きな、N.S.Pの「八十八夜」の動画をご紹介して、記事を〆たいと思います ( ^-^)/ ♪

 

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2011年5月 1日 (日)

リモコンラップ

 先日、テレビを見ていたらおもしろいものを見つけました。

 100円ショップの優れものということで、いろいろ紹介していたんですが、その中に「リモコンラップ」なるものがありまして、なるほどと・・・(笑い)

 実は、実家の両親が、テレビのリモコンにラップを巻いて使っていまして、それを見かけた時に、なんというダサイ事をしているのかなと思ったものの、年寄りのやる事だから仕方ないのかなと思った事を思い出し、世の中には意外とそういう使い方をしている人がいるんだなとあらためて知らされました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 で、こういうものが市販されているのなら、買っていってあげれば喜ばれるのかなと思いまして、さっそくどんなものなのか買って試してみることにしました(苦笑)
 買っていってあげても、実家でうまくラッピングできなければハナシになりませんから、その前に我が家で一度試してみようと思ったワケですよ。

 100円で喜んでくれれば、安いものだと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20110501001 100円ショップに行くと、似たような商品がいくつかのメーカーから売り出されていまして、リモコンのサイズに合わせてラップのサイズも大小並んでいました。

 今回、私が購入したのは、こんな感じのリモコンラップで、一袋に5枚入ったものを、大きいのと小さいのと、それぞれ一袋ずつ買ってきました (^^)v

 リモコンのサイズもいろいろありますから、一つのサイズだけでは心許ないと思ったものですから (^_^ゞポリポリ

 

 さっそく、ドライヤーを引っ張り出し、家の中にある大小様々なリモコンを集め、一つ一つラッピングしてみました(笑い)

 

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 普段はそれほど意識したことはありませんでしたが、こうして並べてみると、意外とたくさんのリモコンが家の中に転がっていることに気がつかされました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 上の写真が、ラッピングしたリモコン達です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 左側が大きいサイズのラップで包んだ比較的大きめのリモコンで、右側が小さいサイズのラップで包んだ比較的小さめのリモコンです。

 元来が不器用なので、なかなか上手にラッピングできませんでしたが、袋の中にリモコンを入れ、ドライヤーの温風を当てるだけでみるみる袋が縮んでいき、こんな感じに仕上がりました (;^_^A アセアセ・・・

 

20110501004  その中でも、いい感じでラッピングできたのがこの二つです (^^)v

 袋にピッタリして、余るところが少ない方が上手に仕上がることがわかりました。

 逆にいえば、袋が大きすぎて、たくさん余る部分ができるようだと、いくら縮むとはいってもキレイには仕上がりません (^_^;

 

 ラッピングした上からボタンを押してみましたが、特に使いにくいとかの不具合はありません。

 ただ、当然の事ですが、電池が無くなり、入れ替える際にはラッピングを剥がさなければ裏ブタを開けることはできませんから、その時にはあらためてラッピングを行なう必要があります (^◇^;)

 

 こんなモン、便利なものなのか、それとも必要ないものなのか、チョッと判断に苦しむ商品なので、しばらく使ってみてから評価することにします・・・

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