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2011年5月14日 (土)

世界に一つだけの花

 SMAPの作品の中に、「世界に一つだけの花」という作品があります。

 もともとが人気者の彼等であるだけに、発表する作品もそれなりのセールスを誇るのですが、それらの作品群の中でも、「世界に一つだけの花」はダブルミリオンを記録する大ヒットとなり、CDの売上げは250万枚を超えたといわれています。

 

 私も、この作品はけっこう好きな方でして、初めて聞いた時から、ふ~ん、なかなかいい曲じゃん、と思っていました。

 特に、「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」という歌詞が、なるほど、そういう考え方もあるのか・・・と妙に納得させられ、誰が作ったんだ?
 ふ~ん、槇原敬之かぁ、さすがにマッキー、いい歌作るじゃんとも思っていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 しかし、後に、この「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」ということばだけが一人歩きを始めてしまい、あろう事か、教育の現場でまで「NO.1より Only one」などと言われるに至っては、おいおい、人を教え導く教育者がそんなのんきな事言ってていいのかよと、危機感を抱くようになった私がいます・・・

 

 「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」

 確かに、言っている事は間違っていないと思います。
 間違ってはいませんが、親が子供に言うのならともかく、教育者が子ども達に向かってとなると、それを言っちゃぁお終ぇよぉと・・・

 

 「Only one」という事は、言い換えれば「個性」という事であり、それが特別なものであることは、今さら言うまでもないことですが、それが「NO.1」よりも上だと言われてもねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 だいたい、「NO.1」「Only one」と、比べること自体がナンセンスであり、無意味な事なんじゃないの!

 

 「NO.1」というのは、スポーツであれ、勉学であれ、「何かをした結果」として得られるモノであり、座して待つような類のものではありません。

 それに対して、「Only one」というのは、芸術とか研究のように、もちろん何かをして得られる場合もありますが、往々にしてなんにもしなくてもそこに在るモノというか、もともと備わっている事も多いんですよね。
 特に、個々人の「個性」というものは、そういうものじゃないですか。

 

 走るのが速いだとか、画を書くのが上手だとか、声がキレイだとかいうのは、生まれつき備わっている「才能」であり、それを「Only one」だというのは簡単なことです。

 しかし、大事な事は、そういう「才能」を持って生まれたことではなく、その「才能」をどのように育て、生かすかということです。
 走るのが速い人なんて、世の中にいくらでも居ると思いますが、彼等が全てオリンピックの選手になれたり、プロのスポーツ選手として飯を食べていけるわけではありません。

 持って生まれた「才能」をベースに、さらなる努力を重ねた結果が、例えば五輪の代表であり、プロ選手として仕事にもなるわけですよ。
 「NO.1」というのは、そういう「努力」を重ねた先にしかあり得ない世界であり、だからこそ尊いわけで (*^.-^*)♪

 

 したがって、教育の現場で「NO.1より Only one」などと言うことは、子供のためにはならないというのが私の持論でもあります。
 「NO.1より Only one」といって育てる事が大事なのは、教育の現場ではなく、家庭においてだけですよ(笑い)

 だいたい、学校で「NO.1にならなくてもいい もともと特別な Only one」などと言って育てられた子供が、マトモなオトナに成長するわけがないじゃないですか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 今の教育界にあっては、「競争」をさせて「序列」を付ける事は「悪」なんだそうで、例えば運動会などでも、ゴールの前では皆が手をつないで一緒にゴールをさせるんだそうです(笑い)
 成績なんかでも、クラスの中の「相対評価」ではなく、個々人の能力を「絶対評価」で評価し、生徒たちの間で無用な序列はつけないのが、最近の方針なんだそうで・・・

 

 しかし、社会というのはそんな甘いモノではないのは周知の事実であり、温室みたいな生暖かい教室で育てられた子ども達が、社会という荒波にたった一人で放り出された時に、どのような事になってしまうのか、誰にでもわかりそうなものです。

 ですから、人事担当者は、採用試験にあたってはできるだけ体育会系の学生を採りたがるというのも、よくわかるというものです。
 体育会系の学生なら、基本的に上下関係も身についていますし、闘争心も向上心も一般の学生たちよりはしっかり備わっていますから、社会人として「即戦力」になるという判断です (^^)v

 

 「世界に一つだけの花」の歌詞の中に、

 「それなのに僕ら人間は どうしてこうも比べたがる?」
 「一人一人違うその中で 一番になりたがる?」

 という二つのフレーズがあります。

 人と人とを「比べる」というのは、もちろん褒められた事ではありませんが、「一番になりたい」という事は悪いことではありません。
 むしろ、人間であるからには、当然の欲求であるだろうと私は思います。

 「競争心」や「向上心」というものがあるからこそ、人間は他の動物とは決定的に違うのだと私は思います。

 

 「2位じゃダメなんですか?」ということばが流行語になったこともありましたが、あの時にも言われたように、最初から2位を目指して頑張っても、結果としては満足いくような成果は得られないというのは自明の理です。

 1位を目指したけれども、残念ながら2位だったというのと、最初から2位を目指して、やっぱり2位だったというのとでは、結果は同じでも内容的にはずいぶん違うと思いませんか?

 1位を目指して努力するからこそ、結果として2位であったとしても、精一杯やった結果として納得もできるわけですよ。

 「目標はできるだけ高く」というのは、何をする上でも大事な事なんですよね。

 

 まして、「NO.1より Only one」とかいって、最初から1位になろうとする努力もせずに、「Only one」で満足しているような人間は、そもそも「人間」なんですかねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 私は、そんな人間は、ただ「怠惰」なだけのダメ人間だと思いますよ。
 教育者ともあろう人たちが、そんなダメ人間を一生懸命に育ててどうするんでしょうねぇ (ノ_-;)ハア…

 

 繰り返しますが、「Only one」の上に、さらなる努力をしてこそ、「Only one」も生きてくるわけで、「Only one」の上にあぐらをかいてジッとしているだけでは、何の花も咲かないという事です。

 花屋の店先に並んでいる、色とりどりの花たちは、それぞれの人が一生懸命に世話をして育てたからこそ、キレイな花を咲かせたわけで、どんな花の種であろうと、ただ持っているだけではナンの花も咲かないんですよね。

 「花を咲かせる努力」をすること、それがすなわち、「NO.1」を目指すことであり、たとえ「NO.1」になれなかったとしても・・・ というか、そう簡単に「NO.1」にはなれないワケですが、「花を咲かせる努力」をした事は、咲いた花に必ず反映されているのが世の中というものです (^^)v

 例えば、ピアノのお稽古をした人が必ずしもピアニストになれるわけではないけれど、一生懸命にピアノの練習をしたことは、人生においてムダだったとは言えないでしょ。

 懸命にピアノのお稽古をしている人が、必ずしも大会で1位を目指している人ばかりではないだろうけれど、それでも昨日までの自分よりは上手く弾けるようになりたいとか、誰かに1曲聴かせたいとかの、何らかの「目標」を持って稽古に励んでいるのが普通であり、それが「NO.1」を目指すということの本質的な意味なんじゃないかと私は思っています。

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