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2011年7月25日 (月)

柴又街道

 「わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。
 姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します。」

 お馴染み、「男はつらいよ」の主人公である、寅さんの名セリフの一節です。

 

 「柴又」は、「男はつらいよ」の映画の大ヒットと共に、寅さんの生まれ育った場所として、おそらく日本中の人がその名前を知っているであろう、かなり有名な場所ではありますが、名前は知っていても「柴又」を訪れたことが無い方はたくさんいらっしゃると思います(笑い)

 私は、二十歳前後に3年近く江戸川区内に住んでいまして、柴又とは目と鼻の先だった事もあり、その頃から柴又の様子は知っていまして、今でも仕事なんかで通ることがよくあります (〃⌒∇⌒)ゞ ♪  

 

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 ところで、柴又には、「柴又街道」という名前の都道がありまして、地元の住人たちにはけっこう重宝されている通りだったりします。

 私も、抜け道の一つとして、「柴又街道」を利用するドライバーの一人なので、今日は一つ、そんな「柴又街道」の事をご紹介してみようかなと ・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 

 これが「柴又街道」の場所付近の地図です。

 

 北は、京成金町駅前から、水戸街道(国道6号線)、蔵前橋通り(都道60号線)、千葉街道(国道14号線)、京葉道路などの大きな通りと交差しつつ、江戸川区南篠崎町二丁目付近まで、約10kmほどの距離をほぼ真っ直ぐに南へと延びているこの通りは、地元民にとっては利用価値の高い重要な生活道路です。

 

 下に、京葉道路から京成金町駅前まで、北に向かって走る機会があったので、車窓を写真に収めてみました。

 「柴又街道」のイメージとしては、北に向かうほど道路の幅が狭くなっていく、そんな感じです (^_^ゞポリポリ

 北側の金町とか柴又は、古くからある街並みであり、それに比べれば、南側の小岩とか篠崎などは、後から人口が増えていって大きくなった街なので、ある程度計画的に街作りが行なわれたような印象を受けます。
 そのせいもあって、道路も比較的大きなものが作られたのではないかと私は思っています。

 

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 京葉道路から少し北に行った、鹿骨2丁目付近と、もう少し走った南小岩3丁目付近の車窓です。

 この辺りは、比較的広い通りなので、走るのも楽ちんです (^^)v

 

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 千葉街道と交差している「東小岩4丁目」の交差点と、東小岩5丁目付近の車窓です。

 この辺りから先は、ご覧のように若干狭く、商店街にもなっているので、ワリと走りにくい区間です (^^;

 

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 蔵前橋通りとの交差点を過ぎた、北小岩1丁目付近と、鎌倉4丁目付近の車窓です。

 道幅はさらに狭くなっていきますが、この辺りは交通量もそれほど多くないので、見た目よりは走りやすかったです (^^ゞ

 

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 これは、柴又を語る上で外せない、「柴又帝釈天」へと通じる「帝釈天参道」の交差点です。

 「帝釈天で産湯をつかい ・・・ 」と寅さんが口にする、あの帝釈天であり、映画に登場する、おいちゃんとおばちゃんが経営する「とらや」のモデルとなった、だんご屋の「髙木屋老舗」もこの交差点を右に入ったところに在ります。

 紛らわしいですが、「髙木屋老舗」のすぐそばに、「とらや」というだんご屋さんが実在します (^^;
 ただ、ここはもともと「柴又屋」という屋号のお店であり、映画人気に便乗して、昭和の終わり頃に「とらや」に名前を替えたという経緯があります。

 そういう裏事情をご存じない方がほとんどなので、映画に出てくる寅さんのお店だと勘違いするお客さんも多いようで、そのあたりを慮ってか、第40作の「男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日」からは、映画に出てくるだんご屋の名前は「とらや」ではなく「くるまや」に変わっています(笑い)
 確かに、映画の撮影も何度か行なわれた事があったようですが、それならそれで、「髙木屋」のように寅さんゆかりのお店という触れ込みでもよかったはずで、何も名前まで映画と同じにする必要があったとは私には思えません。

  まぁ、私にとっては、そんな事はどうでもいいのですが、世の中には狡猾というのか、それともセコイというべきなのか、他人のフンドシで相撲を取るような輩も少なくないようで・・・ (^_^;
 不景気で世知辛い世の中ですから、なんでもアリっちゃぁ、アリで、やったもん勝ちなのかもしれませんが、なんとなく、寅さんの「それをやっちゃぁ、お終ぇよぉ・・・」という声が聞こえてきそうな気がするのは私だけでしょうかねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 社名を変更する会社はいくらでもありますが、単に映画の人気に便乗しただけの改名というのでは、明治20年創業という「柴又屋」としての誇りは無かったという事なんでしょうか・・・

 

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 最後に、「柴又街道」の北端に近い、金町浄水場付近の写真と、国道6号線と交差している「金町3丁目」の交差点の写真です。

 

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 この辺りは、「柴又街道」の左側には「京成金町線」の線路が平行して走っており、こんな感じの電車が走っています。

  「京成高砂駅」と「京成金町駅」とを結んでいる「京成金町線」は、営業キロがわずかに2.5kmしかなく、途中駅は「柴又駅」が一つあるだけです (^^;

 しかし、「柴又帝釈天」「寅さん記念館」「矢切の渡し」などの最寄り駅になっていることから、柴又駅を利用する観光客は少なくないそうで、特に年末年始は、初詣の参拝客も相当数利用する、重要駅となっています (*^.-^*)♪

 

 葛飾区内で有名な場所というと、「こち亀」で有名になった「亀有」もありますが、個人的には「柴又」の風情に一票と言いたいですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ

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