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2012年1月11日 (水)

優勝額

 日曜日から、東京両国の国技館で大相撲の初場所が開催されています。

 今場所も、昨場所に続いて新大関が誕生して話題を振りまいていますが、そういうめでたい話題をイッキに吹き飛ばすようなショッキングな話題が国技館全体を覆っています・・・ (__;)

 

20120110002  実は、両国国技館の二階席の真上の位置には、各場所の優勝力士を描いた「優勝額」が掲げられています。
 その数は、正面、向こう正面、東と西の四方に8枚ずつ、計32枚が常時掲額されています。

 この優勝額は、両国国技館で本場所が行なわれる初日に、前回の両国国技館の優勝力士と直前の地方場所の優勝力士の表彰が行なわれ、続いて優勝力士の優勝額の披露が行なわれます。
 スペースの都合もあって、掲げられる優勝額の数にも限界があり、32枚の優勝額のうち古い方から2枚を外し、新しい2枚を掲げるという事が毎回繰り返されてきました・・・

 

 ところが、最近の外国人力士の台頭に伴い、日本人力士の成績が振るわなくなり、今回新しく2枚の白鳳の優勝額を掲げるために、平成18年の初場所と春場所の優勝額が外されることになり、最後の砦だった栃東の姿が消え、とうとう、日本人力士の優勝額が1枚も無くなるという悲しい事態になってしまいました・・・ (ノ_-;)ハア…

 長い大相撲の歴史の中でも、日本人の力士が1枚も無いというのは、初めての事といわれ、いかに大相撲が危機的状況を迎えているのか、これ一つをとっても、如実に現われています・・・ (__;)

 

   20120110001

 

 これが、初場所が始まる前までの優勝額の配置図ですが、栃東と朝青龍の2枚が外され、替わって白鳳の2枚の優勝額が掲げられました。

 これにより、今現在の優勝額の顔ぶれですが・・・

 白鳳 20枚
 朝青龍 9枚
 安馬  2枚
 琴欧州 1枚

 こんな状況となりました・・・ (__;)

 

 思えば、高見山が優勝し、初めて外国人力士の優勝額が国技館に掲げられたのが昭和47年の9月のことでした・・・

 その後も、平成に入り、小錦が優勝し、曙や武蔵丸の台頭で、優勝額の顔ぶれの中に外国人力士の数も増えてはいきましたが、まさか外国人力士ばかりになってしまう日が来るとは、正直、夢にも思いませんでしたよ。

 

 どうしてこんな事になってしまったんでしょうねぇ・・・

 

 よく言われることですが、外国人力士は身体も大きいから、身体の小さな日本人力士では太刀打ちできないんだろうと・・・

 しかし、小錦や曙、あるいは武蔵丸などのハワイ勢が活躍していた頃ならともかく、今は外国人力士といってもモンゴル勢が中心であり、把瑠都とか琴欧州みたいな大型の力士も居るには居るんですが、そういう力士はむしろ例外的な存在であり、日本人力士たちと比べても身体が際だって大きいわけではありませんから、私は他に理由があるんだろうと常々思っています。

 

 では、今の外国人力士たちと、日本人力士たちとを比べた場合、どこに違いがあるのか・・・

 ズバリ、稽古のの差です。

 

 今の若手を始めとする日本人力士たちは、あまり「稽古」をしたがりませんからねぇ・・・ (ノ_-;)ハア…

 あまつさえ、稽古が嫌いだなどとぬけぬけとインタビューで答えるアホも居る始末ですから、強くなれるワケがありませんって q(`o')ブー!!

 それに加えて、四股やテッポウなどという古来からの稽古を時代遅れとかぬかし、筋トレを始めとする近代的なトレーニングとやらを一生懸命にやって、それをもって稽古だとほざく馬鹿者も増えており、そんなんじゃ相撲は強くなれないのは自明の理です。

 

 それに比べて、外国人力士たちは日本に来てから初めて相撲を取る事が多いわけで、そういう力士たちは先入観がありませんから、親方の言う事をけっこうよく聞いて、素直に稽古に励んでいるようです。

 第一、今の力士たちの中で、一番稽古量が多いのが、白鳳と安馬だといいますから、日本人力士たちが太刀打ちできないのも当たり前というか・・・ (ノ_-;)ハア…

 何事もそうですが、人間、素直でマジメでないと、どんなに素晴らしい素質を持っていても、伸びる事ができずにダメになってしまうという典型的な例なのかなと。

 

 まして、最近の力士たちは、下積みを嫌がり、中学や高校を卒業して前相撲から取るという正統派の力士は減っており、大学である程度の成績を残してから、幕下付け出しの資格を取って入門したがります。
 幕下付け出しの番付が得られそうにない時には、キッパリと相撲は諦めるという学生力士はたくさん居ます。
 学生相撲である程度の実績があるのに、中学卒などの連中と一緒になって関取の付け人となり、序の口のさらに下からスタートするという待遇は、プライドが許さないんだそうで(苦笑)

 そもそも、学生相撲出身で優勝した力士なんて、最近では琴光喜とか出島くらいで、栃東や魁皇はもちろん、大相撲の歴史を振り返っても、優勝力士のほとんどは前相撲から一生懸命に稽古を積み上げ、一段ずつ番付を昇ってきた力士たちだという事を忘れてはいけません。

 

 ところで、今回外された栃東の優勝額ですが、縁あって福島県の会津に在る、柳津町の観光協会に寄贈されることが決まっているんだそうで・・・

 と申しましても、栃東自身は東京都の出身ですから、福島県と直接縁があるわけではありませんが、彼の父親である先代の栃東が、福島県の相馬市の出身でありまして、私が子どもの頃には、唯一の郷土力士ということでけっこう応援していました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ちなみに、栃東は通算で3回優勝しており、過去の2枚は、父親の出身地である相馬市と、玉ノ井部屋のある足立区に寄贈したそうです。

 

 今度、両国国技館に日本人力士の優勝額が掲げられるのはいつの事になるんでしょうか・・・

 最右翼は、新しく大関になった琴奨菊稀勢の里あたりなんでしょうが、彼等にそれを期待するのは、ムリかもしれないなぁと思っている私が居ます・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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コメント

え?・・・Σ(゚□゚*)栃東の優勝額が会津柳津町に?
地元出身者なのに夢ピさんの記事で初めて知りましたw

月の半分は田舎で暮らしていますので、そのうち目にする機会もあるでしょうネ♪

情報ありがとうございました(*゚▽゚)ノ

投稿: 会津小太郎 | 2012年1月12日 (木) 07:46

 小太郎さん、どうもです (^_^)/

 会津で大相撲関連のグッズは少ないと思うのですが、私の故郷である昭和村の「からむし工芸博物館」には、昨年お亡くなりになった隆の里の横綱が展示されています (^^)v
 私のブログでも4年ほど前に紹介した事があります。

http://yume-peterpan.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_cf48.html

 栃東の優勝額も、地元の宝物になればいいなと思います (*^.-^*)♪

投稿: 夢ピ | 2012年1月12日 (木) 19:33

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