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2012年5月21日 (月)

パイオニア

 大相撲の夏場所は、平幕の旭天鵬が優勝決定戦を制し、初優勝を果たしたと報じられた。

 

 それにしても、史上まれに見る大混戦が、一転して白けた千秋楽となりました・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 史上初の、6人による優勝決定戦にもつれ込む可能性が出てきたという事で、14日目が終わった土曜日の夜には、誰が優勝するのか、ワクワク感でいっぱいだったんですが、なんてことはない、一夜明けてみれば、大関琴欧州が敵前逃亡で休場し、対戦相手だった3敗の栃煌山の不戦勝が決まって、この時点で4敗で優勝戦線に踏みとどまっていた横綱白鵬と平幕の隠岐の海碧山の三人は優勝争いから消え、事実上、優勝争いは大関稀勢の里と平幕の栃煌山旭天鵬の3敗組に絞られてしまったからだ・・・ q(`o')ブー!!

 

 同じ休場するのなら、土曜日の時点で発表していれば、取り組みの変更も叶わないではなかったものを、当日になってから言いだしてみても、後の祭りというか、大関のクセにナニを考えているんだと言いたくもなります q(`o')ブー!!

 

 それはともかくとして、今、角界の一大勢力となっているモンゴル人力士達ですが、元をたどれば、20年前の1992年、旭鷲山を始めとする6人のモンゴル人力士が角界の門を叩き、大島部屋に入門したのが最初でした。
 旭天鵬もその中の一人です (^^)v

 つまり、今現在たくさん居るモンゴル人力士たちのパイオニア的存在であり、横綱の朝青龍や白鳳の大先輩でもあります。

 

 しかし、来日して半年後、稽古の厳しさや日本の食文化などに馴染めず、来日した6人のうち、旭天山を除く5人が、モンゴル大使館に逃げ込むという事件を起こしたものの、当時の大島親方(元大関の旭國)に説得されて部屋に戻ったという過去もあります (^_^;

 

 後に、処世術に長けた旭鷲山は目先の勝利にこだわり、「技のデパート・モンゴル支店」などと呼ばれ、3年後には新十両、4年後には新入幕と、どんどん出世していきましたが、四つ相撲にこだわる旭天鵬の出世は遅く、旭鷲山から比べると、新十両で1年、新入幕は1年半も遅かったものの、2006年に小結を最高位に引退した旭鷲山を尻目に、今現在も現役最年長で活躍し、今場所はとうとう幕内最高優勝という栄誉まで手にしました。

 

 最近は、手っ取り早く結果を残せる「押し相撲」を身上とする力士が増えたようですが、やはり、力士の本分は「四つ相撲」だという私の持論を具現化するごとく、旭天鵬は地道ながらコツコツと積み上げてきた私好みの力士です (^_^ゞポリポリ

 いつも、陰ながら応援してきましたが、今場所は中日を過ぎ、終盤に入っても失速せずに優勝戦線に踏みとどまっている旭天鵬を、これでもか~ってくらいに応援していました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 入門当時、顔が大鵬の若い頃に似ているということで、「鵬」の一字を四股名にもらった旭天鵬。
 その名に恥じない、懐の深さを生かした四つ相撲で、とうとう幕内優勝という最高の栄誉を手にした。

 おそらく、昨日はほとんどの人が日本人力士の優勝を願っていたんでしょうけど、個人的には、稀勢の里とか栃煌山が初優勝するよりも、何倍も嬉しい結果となりましたよ(笑い)

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コメント

 本人も関係者も優勝に感泣していたのが印象に残りましたね。

投稿: ナンカイ | 2012年5月21日 (月) 07:12

 ナンカイさん、どうもです (^_^)/

 20年も現役生活を続けてきたことへのご褒美といったところでしょうか。
 私は、無事これ名馬といった、長く現役を続けているアスリートが大好きでね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 唯一、魁皇の居座りだけは許せませんでしたが・・・ (ノ_-;)ハア…
 彼も、大関を陥落しての居座りなら大いに評価するところなんですが、大関という座に居て、何年もあの無様な土俵を見せ続けた罪は大きいなと q(`o')ブー!!

投稿: 夢ピ | 2012年5月21日 (月) 17:42

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