« アジサイ | トップページ | 風車 »

2012年6月 2日 (土)

また逢う日まで

 一昨日お亡くなりになられた、稀代の個性派歌手「尾崎紀世彦」を偲んで・・・
 追悼の記事です (^.^; ポリポリ

 

 なお、この記事は、5年前に阿久悠が亡くなった時に書いた、「ひとりの悲しみ」という追悼記事と、内容はほとんど同じです (^^ゞ

 決して「手抜き」ではありません。

 「阿久悠」「尾崎紀世彦」を語る上では、避けて通れないエピソードですから、一人でも多くの方に知って頂きたくて、あえてそのまま再アップさせて頂きました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 

 ひとりの悲しみ  ズー・ニー・ヴー

     阿久 悠作詞/筒美京平作曲

 明日が見える 今日の終わりに20070808001
 背のびをしてみても 何も見えない
 なぜかさみしいだけ なぜかむなしいだけ
 こうしてはじまる ひとりの悲しみが
 心を寄せておいで あたためあっておいで
 その時二人は何かを見るだろう

   一人がだまって いたい時には
   一人はなぜかしら 話したくなる
   なぜに 二人だけが なぜに 話せないの
   こうしてはじまる ひとりの悲しみが
   こころを寄せておいで あたためあっておいで
   その時二人は何かを見るだろう

 

 やや、マニアックな話題になってしまいますが、この「ひとりの悲しみ」という作品をご存知の方は相当コアな方という事になる(笑い)

 私も、この作品を知ったのはそんなに昔のことではない。
 一応、昭和45年の2月に発売されたという事ですが、ズー・ニー・ヴーといえば「白いサンゴ礁」という事で、いわゆる「一発屋」と呼ばれるアーティストの一人だ・・・

 で、20年くらい前の事ですが、この作品を初めて聞いた時の感想は・・・というと・・・
 あれ? 「また逢う日まで」の替え歌かぁ (?。?)

 

 実は、この作品は、昭和46年の3月に、尾崎紀世彦が歌って大ヒットした「また逢う日まで」元歌だという事を後で知った (^.^ゞポリポリ

 あの印象的なイントロも、曲全体のアレンジも、「また逢う日まで」とほとんど一緒だ。
 歌詞だけが「尾崎紀世彦」用に新しく書き直されただけで、片や日本レコード大賞に輝き、片やほとんど日の目も見ずに消えていった・・・

 この差はいったいナンなんだろう・・・ (^^;

 

 作詞家の阿久悠の元に、ある依頼が舞い込む・・・ 

 「ひとりの悲しみ」という良い歌があるんだが、なぜかパッとしない・・・
 良い新人歌手が居るので、この曲を歌わせたいから、一つ歌詞を新しく書き直してくれないかと・・・ (^^;

 

 阿久悠もガンコですから、すんなり引き受けたワケではない。

 「一度作品として発表したものを書き換える気はない」という事で、にべもなく断わったものの、尾崎のプロデューサーの熱意に根負けし、どうせならとタイトルも替え、出来上がった作品が「また逢う日まで」という事で、尾崎紀世彦自身はもとより、阿久悠本人も、この作品をきっかけにして一気にブレイクしていく・・・

 実におもしろいエピソードだと思う・・・

 

 ちなみに、尾崎紀世彦の方の「また逢う日まで」の歌詞です (^^ゞ

 
    阿久 悠作詞/筒美京平作曲

 また逢う日まで 逢える時まで20070808002
 別れのそのわけは 話したくない
 なぜかさみしいだけ なぜかむなしいだけ
 たがいに傷つき すべてをなくすから
 二人でドアを閉めて 二人で名前消して
 その時心は何かを話すだろう

   また逢う日まで 逢える時まで
   あなたは何処にいて 何をしてるの
   それは知りたくない それはききたくない
   たがいに気づかい 昨日にもどるから
   二人でドアをしめて 二人で名前消して
   その時心は何かを話すだろう

 

 下は、それぞれの作品の動画です (*^.-^*)♪

 聴き比べてみるのも、一興かと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 

|
|

« アジサイ | トップページ | 風車 »

音楽を語る」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/179664/54851781

この記事へのトラックバック一覧です: また逢う日まで:

« アジサイ | トップページ | 風車 »