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2012年10月19日 (金)

白河の関

 「白河の関」ということばがありまして、ことばそのものは全国区ではないかと思います。

 

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 ここより先は、「都」を始めとする中央政権の権力の及ばない地域という事で、「道奥」(みちのおく)、もしくは「陸奥」(みちのく)と呼ばれていました。
 今で言うところの、「東北地方」と呼ばれている地域を指す、かつての呼び名です。

 

 江戸時代には、全国にたくさんの「関所」が設けられましたが、「白河の関」はそういう類の「関所」とは違い、蝦夷を始めとする蛮族の南下を防ぐために設けられた「砦」という趣の強い施設です。

 つまり、ここから先は一歩たりとも都に近づく事は許さないぞという、時の政権の最前線であり、防衛の要のような役目を担っていたワケです。

 逆にいえば、「白河の関」以北の地は、中央政権の力の及ばない「未開の地」という、差別的な意味合いもありました。

 

 

 私も、福島県の出身者の一人として、「白河の関」がどんなところなのか、前々から一度は見てみたいとは思っていましたが、「見てみたい」という気持ちと、実際に「見たい」という思いとは必ずしも同じでは無かったようで、今までにもこの近辺は何度となく仕事で来ていたわけですが、一度たりとも史跡に足を運んだことはありませんでした (^_^ゞポリポリ

 ほんのチョッと寄り道すれば、観光の真似事くらいはいくらでも出来たわけですが、それをしてこなかったということは、結局のところそれほど気にしてはいなかったというコトなんだと思います (;^_^A アセアセ・・・

 

 そして、今回初めて彼の地を訪れてみて、どうしてこれまで足を運んでみる気になれなかったのか、その理由がわかったような気がします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 一昨日の17日、白河市内への仕事を依頼されまして、前日の夜に成田空港から荷物を引き取り、深夜というか、早朝というか、午前3時に成田の自宅を出発し、一般道で白河市へと向かいました。

 先方へ納品する指定時間は、朝一番となる午前9時でしたから、成田から約200km、下道で向かっても楽勝というか、そもそもこの辺りは土地勘もありますから、ちっとも遠く感じないので、わざわざ高速道路を使うまでもないと思ってしまう貧乏性な私がいます(苦笑)

 成田から同じくらいの距離を西へ向かうと、静岡県の沼津市辺りですから、かなり遠いところだとイメージしてしまうのとはエライ違いです (;^_^A アセアセ・・・

 

 しかし、通勤時間のはるか前、一日の中でも交通量の少ない時間帯ですから、思っていたよりもずっとスムースに白河市の近くまでたどり着いてしまいましてね、いくらなんでも1時間以上も納品先の近くで待つというのもナンだかなぁというコトで、近くに何かおもしろいところはないかと探した結果、そうだ、「白河の関」に行ってみようと思い立ちまして(笑い)

 で、訪れて撮ってきた写真が上のソレです・・・

 

 私は、史跡ということで、何らかの「痕跡」が残っているのかと思っていましたが、実際には「白河の関」というのはほとんど記録が残っていないということで、何処にあったのかも実際には特定されていないそうで、現実には名前ほどインパクトのあるところではありませんでした (;^_^A アセアセ・・・

 

20121019004  なにしろ、「史跡」とはいうものの、実際に在ったことを物語るようなモニュメントは、ご覧の、白河藩主であった松平定信が、1800年にここが白河関跡であることを断定し、建立した「古関跡の碑」がその全てといってもいいくらい、他には何にもないような、そんな所でした・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

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 もちろん、細かなことをいえば、「白河神社」を始め、様々な観光施設が在って、それぞれにいわれとか目的とかはあるのでしょうが、結局のところ、地元の人々以外にアピールできるモノといえば、「古関跡の碑」くらいしか無いわけですから、こういう観光地を指して「がっかり名所」なんて言われかたをするのかもしれません・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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